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はてなキーワード: 光GENJIとは

2021-05-05

モンハンやってたらこれでいいんだなって気分になった

今年で30代も後半になる。当然ながら独身である

まあ、不安だ。彼女はいねえし、コロナ仕事の景気は悪いし、なんだか最近体力も減ってきた。

でも特に何か創造的なことをしようという気力もなかった。

そんなんだからゴールデンウィークも特段やることもなくて、同じように、特にやることもないような男友人連中にLINEを投げて、モンハンをやることになった。

最近発売されたモンハンライズであるディスコードで通話しながら、通信モンハンをやることになった。

俺達といえば、寄ってたかって独身で、多分日本人ランキングをつけたらみんな揃って下位に行っちまうような連中だった。

そんなんが4人でモンハンをやった。

一言で表すと、メチャクチャしかった。

百竜夜行(沢山モンスターが集まるタワーディフェンスみたいなやつ)で、大量に集まったモンスターになんかいつもボコボコにされる友人A。

ちょっとガチ勢チックなところがあるけれど、的確に閃光玉を投げることに誇りを持っている友人B(弱い)。

堅くなに「俺はリヴァイ兵長だ」というのを譲らずになんか双剣グルグル回って撃墜される友人C。

俺は俺で大剣使ってゴロン、大剣抜刀ころころしかできないオッサンである

そんなポンコツ4人組だから結構負ける。

でも、なんかこう、最近モンハンってすごいんだなって。

村の雰囲気がすっげえいいの。和風で、それで集会所もちょっとした旅館みたいっていうか、室内がすごい落ち着いた雰囲気が出てるんだ。

桜の花なんかも咲いてて、少し暗めの照明で、BGM和風な感じ。

そこでアイルーって猫ちゃんが作ってくれた団子食って、茶しばいてから狩りに行くモンスターをみんなで選ぶ。

まあ、結局一番楽しい部分ってのが、モンスターを狩ったり、モンスターを狩るために装備を整えてる場面じゃなくて、そんな集会所で皆で駄弁ってる時だった。

モンハンコープゲーのご多分に漏れず、アホみたいな恰好をして、アホみたいなポーズを決めることができる。

自称リヴァイ兵長が、鬼滅の刃の伊之助みたいな恰好で妙なポーズを取り出した。

「お前リヴァイじゃなかったのかよ」って言っても聞かなくて、「雷の呼吸!雷の呼吸!」って言ってウツ教官集会所にいるカカシ先生的な人)の前で奇天烈ポーズを取り始めた。

そこにきて怪人閃光玉男が、「お前もしかしてイノシシ頭持ってないの?」とか言って煽るもんだから、俺と百竜でボコられるやつも負けじと自慢のクソダサファッションに身を包みウツ教官を囲い始めた。

俺のファッションテーマは令和に現れた光GENJIである鬼のようダサいパン姿で、自称リヴァイの横でポーズをキメた。

百竜でボコられるやつは、「武装錬金」に出てくるパピヨンボーボボを混ぜたような頭のおかし恰好になってポーズを決めた。

俺達が装備を変えている間に酒を飲み始めていた閃光野郎爆笑しながら、自分イノシシ頭になってポーズをし始めたので、オリジナリティがないということで俺達全員でそいつを罵った。

教官がいるところは、外を流れる川の近くのテラス席で、水面は太陽の光を弾いて輝いていた。

俺達はそんな中で、ひたすら妙な格好をしてポーズを決めていた。

集会所の室内で桜が舞っていて、落ち着いた雰囲気BGM流れる中、アイルー太鼓を叩いていた。

イカれたファッションショーは20分程度続いた。ウツ教官は、文句ひとつわずに、ただそこに佇んでいた。

歳をとって、もしかしたら、俺も、世界も、ちょっとは変わったのかもしれない。電車に乗って社会に出れば、色んな責任がある身分になってしまった。

でも、男なんて、こういう馬鹿みたいなひと時があればいいんだなって、その時、ふと思ったんだよな。

ああ、ガキのころから、俺達は何にも変わっちゃいないんだなと。

ああ、楽しかったなあ。

ああ、死にてえなあ。

そんなゴールデンウィークだった。

2020-09-23

ジャニーズグループの終わり方

TOKIO山口さんの逮捕で沸いてるTVとTLだけど、ジャニーズってほんとに終わらせ方が下手な会社だな、って思う。

デビューは華々しいのに解散しててもしてなくてもファンが泣いたり、もう解散した方がいいんじゃない?ってグループ散見する

 

平たく言うとTOKIONEWS

KAT-TUNはまぁ頑張ってる方だと思うけど。

 

「惜しまれつつ解散」って時期に幕を引いて各メンバー会社に残ったり独立したり裏方に回ったりで大人でおじさんになっていくのもいいんじゃないのかな?って思うんだけどそれが出来ないのかな~?

という私は現役若手ジャニーズグループに夢中のおばさんなんだけど、若い頃のTOKIOも覚えてる。

長瀬君山口さんのWボーカルハモリすごく好きだったな。

SMAP会社内でも独特な位置だったので危なっかしいな…と思うこともあったけど、安定と思ってたTOKIOがこんなことになるなんてな…。

 

今思うと光GENJIって綺麗に終わったんだなって思う

2020-08-02

anond:20200802153207

日本アイドル」を馬鹿にする人って、

中居正広の歌と稲垣吾郎ダンス馬鹿にするようなところあるよね。

あとは地下アイドルの低レベルパフォーマンス晒して「これが日本」と言ったり。

チェリー・ピッキング典型例っていうか。

未だにジャニーズに対して光GENJIイメージを持っていたり、

嵐のデビュー時のビニール衣装など、大昔の話を未だにしているのもそう。

韓国は優れていて、日本は劣っているんじゃなくて、

日本ではw-inds.Da-iCEのような実力派がテレビに出られないことや、

国内から地下アイドルの低レベルパフォーマンス情報が入ってくるという構造の話。

韓国の低レベルアイドル情報国境をまたげない。

韓国アイドル情報は、SM、YG、JYP、BigHitのような一流事務所が育て上げたトップアイドル情報だけしか日本に入ってこない。

それに日本アイドルにも高橋海人ラウールのような実力者が個人単位でいる。

個人単位で考えられない人間が雑に考えた結果が、「日本アイドル」を馬鹿にする行動につながる。

2020-07-24

anond:20200723225953

K-POP

https://www.youtube.com/watch?v=ssBGdX5-h94

男性アイドルってこういうテイストになってきてるというか

未だに嵐のデビュー時の透明衣装光GENJIみたいなのをイメージしてるとしたら

最近は珍しいですよそういうのって思う

 

↓今月22日に発売されたジャニーズ新曲はこんな感じ

https://www.youtube.com/watch?v=VUrSsrAnq8M

2020-03-02

1985年から現在までのジャニーズグループ所感

少年隊1985年12月12日デビュー苦労人でストイック東山紀之がいて、東山紀之木村佳乃結婚したということしか知らない
光GENJI1987年8月19日デビューバブル期にヒットしたユニット忍たま乱太郎の曲の人。当時のMステYouTubeに上がっていたので見たら演出が圧倒的マジキチだった。メンバーが薬物で捕まった
SMAP1991年9月9日デビューキムタクイケメンさが社会現象になってた。母親が毎週スマスマを観てた。青いイナズマSHAKEダイナマイトの頃の「天下取った」感がすごかった
TOKIO1994年9月21日デビュー島を開拓している。生き抜く力が強い
V61995年11月1日デビューMCイノッチバランス感覚が好評なことと、岡田くんがひらパー戦争映画に出てることしか知らない
KinKi Kids1997年7月21日デビュー硝子の少年が売れた。光一くんがテレビ番組企画資格を取りまくっていた。堂本剛ファン思い入れ強すぎて信仰レベルで怖い
1999年11月3日デビューSMAP後継者Love so sweetWe can make it!Step and Goの頃の「天下取った」感がすごかった
NEWS2003年11月7日デビュー手越がいること以外なにもわからない。手越スキャンダルが出ても「手越からすべて許される」らしい
関ジャニ∞2004年8月25日デビュー関ジャニ∞クロニクルという番組の「いきなりドッジ」「タズラーグランプリ」という企画が好きでクソ笑った。鳥貴族創業者の息子がいる。錦戸がいた。
KAT-TUN2006年3月22日デビューデビュー曲がスガシカオ提供漠然と、不良みたいなユニットだなと思っていた
Hey! Say! JUMP2007年11月14日デビュー年下の女の子らが「山田くん」と「知念くん」にキャッキャしてて全く話についていけず私が若者枠でいられた時代が終わったことを実感した。一曲も知らない。
Kis-My-Ft22011年8月10日デビューキスブサ」という番組が非常に話題になっていた。男友達ですら視聴していた。私は観ていなかったので誰もわからない。
Sexy Zone2011年11月16日デビュー中島健人通称ケンティーという強烈なアイドルがいて、ゴチとかに出演しており強烈。デビュー時に児童労働みたいな子がいたけど、最近見たら身長が爆伸びしていて驚いた
A.B.C-Z2012年2月1日デビュー何もわからない
ジャニーズWEST2014年4月23日デビュー何もわからない
ふぉ~ゆ~2018年3月13日デビュー何もわからない。なにこのユニット名…
KingPrince2018年5月23日デビュー女の子らが平野紫耀くんにキャッキャしている。アニメ実写映画化したようなやつに出ているイメージ吉沢亮千葉雄大竹内涼真みたいなイケメン俳優枠かと思ってたらジャニーズだった
SixTONES2020年1月22日デビューYouTubeで観た。ジェシー森本慎太郎というサイコがいるグループ。6人中2人がサイコ
Snow Man2020年1月22日デビューYouTubeで観た。佐久間大介がうるさくてさかんに動き回るので見るだけで元気が出る。引き続き、騒ぎ動き回ってほしい

 

2020/03/03 11:05 ブコメ読んだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E4%BA%8B%E5%8B%99%E6%89%80#%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC%E7%B5%84

グループジャニーズ事務所#デビュー組という項目から引用した。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E5%8E%BB%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%82%BA%E6%89%80%E5%B1%9E%E8%80%85

タッキー&翼とか知ってるのになんで載ってなかったんだろと思って調べたら過去ジャニーズ所属者のページに載ってた。

男闘呼組は知らなかった。すみません

シブがき隊は、本木雅弘俳優として邦画活躍したので知っていた。薬丸裕英バラエティ番組に出て、アイドルやってた時代についてイジられてたような。

郷ひろみもわかる。

俳優MCタレントとして活躍したり、再ブレイクしたりする人もいるなか、大半の所属者がジュニアのままデビューできずに芸能界から消えてるということなのかな。

その後どう過ごしているのだろう。金銭感覚とか狂わないのか。

 

光GENJIの勢いってリアタイじゃないとわからないっぽいね

でもオタ以外は本気で引いてたと思う。怖いもん。

 

https://www.youtube.com/watch?v=witiRRDz1ts

アニメPV友達と見て「エエーーーーーッ!?!?!?! ファーーーーーーーwwwwwwww」なった

 

https://www.youtube.com/watch?v=_q_4tAUyyXE

2分34秒くらいからセットが動くのがどういう世界観なのか、もう怖すぎる

それに、もっと服を着たほうがいいし

 

よくわからない動物キャラクターかなにかの巨大な風船がステージの後ろに設置されていて

ユラユラしているのも怖すぎて爆笑したんだけど見つからなかった

https://www.nicovideo.jp/watch/sm20546706

こうしてみるとSMAPってファッションが急激に普通になったんだね

2019-11-14

anond:20191114090213

言うて新御三家光GENJISMAP役割違うやろ。

アイドル観が変わったんやなくてそれがグループ個性ってだけやで。

2019-10-31

光GENJI結婚したいと言ってた女達は適当な男を捕まえてファンを続けてるんやろうな

諸星くんしか覚えてない

2019-04-17

お前ら、ちゃん平成理解しているのか?

平成1989年からだぞ

30歳以下のやつは生まれてずっと平成だし

35歳でも物心ついた頃には平成

平成を語るというのは、30代以下にとっては人生を語るのと同義

バブル平成初期だし、アイドルもまだ全盛期だった

光GENJIやら、プリプリやら、Wink活躍していた頃だ

ゲームはまだスーファミだし、ドラゴンボールZ放送されていた頃だ

 

平成を総括しようとしてる人らは、ちゃん平成を語れるのか?

俺には無理だよ

2018-08-28

ちびまる子ちゃん」の連載開始時、私は『りぼん』を既に読み始めて

いただろうか?

さくらももこ氏の訃報を聞いてふと気になったが、どうにも思い出せない。学齢で言えば小学1、2年生の頃だが、どちらかというと幼い頃は『なかよし』に夢中になっていたような気がする。

当時の『りぼん』は、『なかよし』に比べて恋愛要素の強い作品が多いイメージだった。とは言え対象年齢的には、自分のような田舎女児ぼんやり理解してドキドキできる程度の、恋の入口やもどかしさを描いた作品が多かったのだと思う。

その『りぼん』で、明らかに異質だった作品が二つあった。

言わずもがなの「ちびまる子ちゃん」と「お父さんは心配症である

私は、ひたすらに「お父さんは心配症」の父・光太郎が怖かった。ハイテンションで誌面の中を飛び回り、典子への行き過ぎた愛情から北野くんとの恋愛どころか自分自身まで自虐でぶち壊しまくる光太郎が、ひたすらに怖かった。ページを開きたくなくて、作品ページをホチキスで止めていたかもしれない。他の怖い本はそうしていたから。

逆に「ちびまる子ちゃん」は癒し作品だった。恋愛もの息切れした女児オアシスのように、まる子はただただ普通に家族と友人と、そこで暮らしていた。あるあるネタと少しだけ古い時代背景と共に、穏やかに、時にシニカル空気を携えて、毎月私の所へやってきた。

そう、「ちびまる子ちゃん」は連載時に既にレトロだった。私の知っている人気アイドルヒデキではなく光GENJIだったし、百恵ちゃん引退していた。アニメ放送を母と見ながら解説を受けるまで、私の中でヒデキと西城秀樹は繋がっていなかったし、百恵ちゃんはまる子が憧れる女の子のままだったのだ。

お父さんは心配症」の異質性が『秩序の破壊』だったとすれば、「ちびまる子ちゃん」のそれは『虚実を織り交ぜた過去』だったと私は思っている。

乱暴な括りだが、私にとっての当時の『りぼん作品は、基本的には未来指向した現在進行形のものだった。ドジで失敗ばかりの現状であっても、これから自分はどうしたいか、どうなりたいのか、主人公は常に考え続ける。人の自然成熟過程をなぞり、周囲の支えを受けながら、成功も失敗も糧にして成長していく。

そういう理想の学園生活キラキラと眩しく、同時に私にはどこか息苦しかった。

女の子はいつか好きなひとが現れる」

「今よりももっとかわいくなれる」

その語尾に、私は「…なくてはならない」という言葉を感じ取っていたのだと思う。

作品世界に憧れることと、自分の身に置き換えることは決してイコールではないのだが、拙い想像の中であっても「私はこうなれないだろうなあ」と諦めることは、大人になった今思うより苦しかったのかもしれない。

その点で、「ちびまる子ちゃん」はラクだった。

前述の時代背景と共に、まる子が作者の子ども時代モデルにしているということは知っていた。つまり、すでに「結末が確定していること」であり、「私ではないひと」の話だった。

まる子も成長し、恋愛や友人関係自分コンプレックスに深く思い悩む日が来るのかもしれない。しかし、それは永遠小学3年生の「ちびまる子ちゃん」のまる子には当てはまらないし、モデルとなっている作者はマンガ家という進路を選択済みなのだ

私は、まる子でもたまちゃんでも丸尾くんでも花輪くんでもはまじでも永沢でも藤木でもなく、ただの読者として、安心して「ちびまる子ちゃん」を楽しむことができた。

勿論リアルタイムで読んでいた小学時代にこんなことを意識していたわけではなく、単純に『りぼん』の中で一番楽しんで読むことができた作品だったのだと思う。

クラスのどのカースト女子でも「ちびまる子ちゃん」は必ず読んでいた。あの頃の共通言語になっていた作品代表格だった。

その後私はくるりと掌を返し、破壊度の増したあーみんギャグに恐ろしい程はまった。「こいつら100%伝説」は現在本棚に置いてある。「ちびまる子ちゃん」はもう手元にはないが、「心配症」の方のまる子×心配コラボ掲載巻は実家にあると思う。

成長していく私は、いつの間にか自分がまる子ではないことに安心するだけでは物足りなくなってしまったのかもしれない。けれど、久々にニュースで見た「ちびまる子ちゃん」の表紙には、やはりとてつもない懐かしさと安心感があった。

そして散々言われているが、彼女の初期エッセイは最高に面白い読書慣れしていないひとに「おすすめの本は?」と聞かれた時に挙げる1冊に必ず含めていた。

私にとってさくらももことは、この4000バイト強の文字の分しか接点がないひとではある。

しかし、訃報を聞いて、居ても立ってもいられず匿名アカウントを取るおばさんを生み出してしまう、そういうひとだったのだと思う。

どうか、ご冥福をお祈りいたします。

ただ、訃報に触れて思い出してしまった「ちびまる子ちゃん おこづかい作戦!」。

てめーはお年玉をつぎこんでしまった元小学女児として許さねえよ……という気持ちは、今も捨てられないようだ。

2018-05-22

anond:20180522101209

増田は「勇気100%」を聞いたことないのかな?

♪ やりたいこと やったもん勝ち 青春なら~♪

フレーズくらいは耳にしたことがあるだろう。

光GENJIがそういう位には「青春負け組」は多い訳だ。

理由は諸々あれども、「ヤりたい娘とヤる」ことの難易度はとても高いし、自分がやりたいことをやるだけでもなかなかできることではないのである

それに対して昇りたい山に昇って(下山して)死んだ栗城さんは、我々青春負け組にとって羨望の的であり嫉妬対象であったことは想像に難くないのではないか

エベレスト山の角度とかは凄いけれども、栗城さんはすごくない。

そうやって防衛機制を行わないことには我々もやっていられないんだよ。

2018-05-09

地球裏返ったかと思った

今さ、カラオケ番組見ていて

「この曲懐かしい!」

「あ~いいよね、この歌」などと言っていたが

10歳の息子は「ふ~ん」と。

そういえばこの息子、夕方キッズアニメ主題歌しか好きにならんな?

と思ったわけ。

30代の昭和の末生まれ自分10歳を思い返すと

歌番組出演者にB'zが、ミスチルが、ゆずが、モー娘が、あゆが、GLAYが、

歌番組の懐かし映像松田聖子が、郷ひろみが、光GENJIが、山口百恵が、

兄や母とこの曲好きだと話し、翌日は友人と昨日のMステ見た?と話し、

(父とは音楽趣味が合わなかったw)

好きなアーティストじゃなくても毎月のオリコンに入る曲なら

カラオケで歌えるしラジオで流れれば車の中でも歌ったもんだ。

息子に好きな曲を聞いても最近音楽の授業で習った曲や

ポケモン主題歌岡崎体育のやつ)といい、

とりわけ好きなアーティストがいるわけでもない。

そういや歌番組って観ないな。

地上波歌番組ってなにがやってる?Mステが変わらずやってることくらいしか知らない。

なんとなくさ、人間って自分が歩んだ人生が当たり前っていうか

自分の小さい頃がこうだったから、みたいなのあるじゃん

少なくとも自分結構そうやって自らの幼き頃と息子を比べてみちゃう。ごめん。

んでさ、息子がこれから先、例えば懐かしい音楽聞いて「うわ~よく聞いたよ」とか

しないんだろうな?って思ったら物足りないって思ったんだよね。

でもね、10年前聞いた曲を懐かしいって思わないことを

物足りないと思うのは息子じゃなくて自分なの。

自分が楽しかった頃を思い返してよかったことを

子供経験させようとしちゃうことって親ならあると思うんだよね。

そこでふと思い出したの。

この息子、齢10歳にして未だに母のことをママって言うの。

男子ってうっかり友達の前でママなんて言おうもんなら一生からかわれるでしょ?

そう思って行きつけの美容院担当に聞いてみたの。

「どうしたら母さんって呼ぶのさ」

そしたらその担当ドカベンに似てる)

ママって、今の子みんな言うじゃん。フツーだよ」

って!もうびっくりしたよね!地球裏返ったかと思った。

フツーか!そうか~~~!!

そもそもママって言って一生からかわれるってのも

自分過去経験した中での出来事しかないし。

それが息子にも、というか自分10歳だった時代

息子が今10歳でいる時代って全然違うんだよ。

そんなわけで、10歳の息子は、

好きなアーティストがいなくても懐かしむほど音楽を聞いてなくても

10年後べつにもったいなくないってこと。

私にとって音楽を聞きまくって自ら求めなくても耳に入ってきた時代

私にとって今はそうではないってこと。

って、カラオケ番組観てて思ったの。

最近増えたね?カラオケ番組

2018-04-06

女性アイドル卒業しなくてよくね?

なーーーんで女性アイドルはすぐ卒業ちゃう???

なんかそれが当たり前みたいな風潮だけど、卒業しなくていいと思う。

結婚したって子供いたってアイドルやればいい。

なんで卒業とか脱退すんの?

まだ20代の子ほとんどでしょ?

宝塚なんかも卒業システムあるよなぁ。


アイドルってのは歌って踊ってキラキラしてる限り一生アイドル出来るんだよ。

踊るだけなら体力が続けば40代50代くらいまで出来る。

20代前半までしかアイドルやらないのは何故?

20代前半までしか女としての価値がない?アイドルとしての価値がない?ファンが離れる?そういう風潮だから

そういう風潮を作ってんのはお前ら自身だろって思う。

ぶち壊せばいいのに。


男性アイドル光GENJIくらいまでは卒業システムだったみたいだけど、

V6とかkinkiとか嵐とかいい歳だけど全然まだまだ第一線でアイドルしてんじゃん。

一部は結婚してるし子供もいる。関係ないじゃん。アイドルじゃん。

そこに性差はない。

ドラマ舞台やりたい?

アイドルやりながらでも出来るじゃん。

そろそろ女性アイドル概念も変えよう。

卒業なんてしなくていいよ。

2017-07-17

KinKi Kids 20周年に思うこと

20年前、KinKi尋常じゃないくらテレビに出ていた。月曜は負けたらアカン!というくだらない対決番組の司会で、ダウンタウン松っちゃんにも酷評されていた。火曜は確かバリキン7賢者選択、というこれまたくだらないバラエティ対決番組で、元CCガールズなどのB級タレントばかり出演しており、上原さくらビンタされた光一さんにファンが噛み付いてたのを覚えている。水曜日あたりにTOKIOと出ていたトキキン急行というバラエティ。これはKinKiピンクレディや寺尾聰、ジュディオングなどになりきって歌うコーナーがあり結構面白かった。金曜はかなりの頻度でMステに出演し、土曜日LOVELOVEあいしてる日曜日はそれいKinKi冒険。豆マン資格ゲッターピカイチが登場した番組だ。ラジオは週1のキンキラキンキワールドに、帯番組のどんなもんや。これに加えて、CDが発売されたら歌番組にも出演し、その頃はドラマでも主演クラスだったし、紅白こそ出ないものの、今の嵐よりも消費され尽くしていて、長く持たないだろうなと感じていた。

KinKiデビュー以降、曲に恵まれCDは今でも連続1位を更新し続けギネス登録されているものの、ここ10年くらいは世間の多くが知らないシングルばかりになってきた。同じくドラマ映画でも主演を務めることはなくなり、バラエティも今は嵐や関ジャニジャニーズの主力。光一さんは舞台ソロ活動に注力して実績も重ねているので、ゆくゆくは少年隊ニッキみたいなポジに行くのかと思ってた。剛さんはこれまた独自性の強いソロ活動を持って、他のジャニーズができない活動平安神宮Liveとか)が許されている。よって、KinKiでの活動は限りなく縮小して、コアなファン向けに細々と活動して、そのうち地味な結婚でもするのかなーと勝手に思ってた。

しかし、この20周年を迎えての様々なテレビ出演や薔薇太陽などの周年シングル聴くと、KinKiまだまだいけるんじゃない?と思えた。コアなファン向けの活動だけでなく、一般大衆向けにも魅力があるのではないだろうか。さすがにTOKIO岡田くんには敵わないものの、ジャニーズの中ではかなり良い中年ポジションなのでは。これはひとえに、

LOVELOVEあいしてるに出演したことが彼らの運命を大きく変えたと思う。吉田拓郎からギターを教えてもらい、錚々たるバンドを従えて毎週歌い、作詞作曲ができるようになり、口パクでなく生歌でコンサート歌番組に出るようになったことは、他のジャニーズと一線を画している。キムタクかがLOVELOVEあいしてるに出演したときKinKiのことを本気で羨ましがっていたのをよく覚えている。

マッチさんには皆辟易しているし、少年隊ヒガシだけだし、光GENJI男闘呼組SMAP解散してしまったし、TOKIO副業が主力だしV6グループ格差がシャレにならないし、その中でKinKiファンは割と幸せファン活動ができているように感じる。すごいスキャンダルもないしね。

その点、嵐はどんな中年ポジションになるんだろう。バラエティでわちゃわちゃしてればいいのもあと数年だからソロ活動が増えていくのだろうか。櫻井くんには司会や知性があるし、ニノは演技と世渡りでなんとかなるんだろう。大野くんは植草かっちゃんみたいになりそうだけど、歌とダンス釣りがあるから大丈夫だろう。相葉くんと松潤アラフォーになったらどうやって生き残るのか心配。嵐はスキャンダル多いしね。その他のジャニーズは全てグループとして良い中年期を迎えるのは厳しいように思う。司会とバラエティと演技ができる子がピンで生き残るだけでは。グループで生き残るには、KinKiのようにもう少し音楽に力を入れたほうがいいのに。

途中から何が言いたいかからなくなったけど、ジャニーズの中でKinKiファン幸せに見えるってこと。20周年おめでとう!

2017-07-10

https://anond.hatelabo.jp/20170710135939

いやいや源氏物語検索して光GENJIトップだったら二番目以下がなんだろうが「ありえない」と思うだろうがよ

2016-12-25

ASKA記憶──ASKAFUKUOKA」を聴いて

 ASKA新曲FUKUOKA」を聴いた。

 予想を大きく裏切る名曲となっていた。この曲は、ASKAが、自分故郷福岡を歌ったものだ。ASKA中学一年生から高校二年生までの約四年間を北海道で過ごしたが、生まれから大学在学中に歌手デビューをして上京するまで、彼は福岡に住んでいた。上京するときASKAはどのような心境だったのだろうか。

俺は東へ 上るつもりだ

勝手な奴だと思うだろうが

冷たい風に深くくるまっても

だまって俺は 歩いて行くだろう

「歌いつづける」より

 CHAGE&ASKAは、もともとCHAGEASKAの二人によって成り立っているわけではなかった。CHAGE&ASKAは、バンドメンバー5人を含めて、合計7人のバンド集団だった。だが、デビューできるのは、CHAGEASKAの二人だけだった。「勝手な奴だと思うだろうが」ASKAは、東京にやってきて、歌手活動をはじめることになる。

 デビュー一年後、「万里の河」(1980)でヒットをするものの、その後、約10年間、セールス的には大きなヒット曲に恵まれず、「冷たい風に深くくるまって」、歩き続けたのであった。CHAGE&ASKAを一気に国民シンガーに押し進めたのは、何よりまず「SAY YES」(1991)であっただろう。同年、ASKAソロとしても「はじまりはいつも雨」(1991)でミリオンセラーを達成する。ここからさきの活躍については言うまでもないだろう。「YAH YAH YAH」(1993)など大ヒット曲を連発するとともに、活動アジア圏にまで広げていき、またMTVアジア人初として出演するなど、「世界的」といってもいい活動を繰り広げていったのだった。

 そんな時、ASKAにとって生まれ故郷福岡はどんな場所だったのだろうか。 

 ASKA福岡に曲を捧げたのは今回が初めてではない。福岡市市制100周年を祝して、「心のボール」(1989)という曲を作っている。ここでは、故郷と幼い日を思い出して涙が出てくるが、でも思い出に浸っていてはいけない、人は未来を生きているのだから、ということが歌われている。

次のステージが待っている。自分を育ててくれた故郷ゆっくり過ごしたいが、待っている人たちがいる。自分は「ハンサムな道」を「歩きつづけ」なければならないのだ……。

          *

FUKUOKA」は「SCENE」シリーズ代表されるASKAバラード曲につながるものだとも言えようが、決して「お得意」のジャンルASKAは引きこもっているわけではない。むしろ、この曲にはASKAの新しい展開を予感させるものが凝縮して詰め込まれている。これほどまでに静謐言葉なかに激しい想いが込められたASKAの曲を私は知らないのだ。

発車のベルが鳴る 街が動いて行く

あの頃の僕は何を見ていたのか

 当たり前の、いつもの日常風景。通学する時、いつも見ていた何気ない風景剣道の道具を、あるいはギターを持って、つまらない顔をして車窓風景を見ていたのではないかしかし、車窓から流れていくその何気ない街の風景が、今、映写機が回っていくように、一コマコマ映画のように美しいものとして、かけがえのないものとして記憶の中に流れていく。

こんにちは さようなら おはよう おやすみなさい

繰り返しながら僕はここに居る

 何気ない挨拶たちと共に、出会いと別れを繰り返しながら、生きてきた。その一つ一つが今、生き生きと現れてくるのだ。

僕のニューシネマパラダイス

 ここで想起するのは、傑作映画ニューシネマパラダイス」だけではない。光GENJI提供した曲「パラダイス銀河」(1988)を私は思い出した。

ようこそここへ 遊ぼうよパラダイス

 同じ「パラダイス」という言葉が「パラダイス銀河」と「FUKUOKA」ではこれほど違った響きを与えられて存在している。この響きの違いのなかにこそ、ASKA時間記憶を、私は感じる。

野球の話をする タクシードライバー

 いささか唐突に出てくるこの節。中島みゆきタクシードライバーから引用だと見るのは深読みしすぎだろうか。

タクシードライバー 苦労人とみえ

あたしの泣き顔 見て見ぬふり

天気予報が 今夜もはずれた話と

野球の話ばかり 何度も何度も 繰り返す

 不器用タクシードライバーは、泣いている乗客にその理由を聞くわけではない。どうでもいい話ばかりを客に話すことで、静かに励まそうとしているのだ。静かに励ましてくれる街、福岡。そこでは「風が見える」のであるASKAにとっての「風」とは何かというのは、「風のライオン」「風の住む町」「風の引力」などの曲を再び聴いてもらいたい。

           *

私が「FUKUOKA」で最も感動を覚えたのは、

sweet and good memories

という箇所だ。様々な感情が入り乱れた「memories」の「s」の音である。静かに消えていくsの音には、記憶を手繰り寄せていく中で、当時気が付くことができなかった様々な人たちの気遣いに気が付き、泣きたくなるような「感謝」の想いが、「祈り」にまで高められているように感じられるのだ……

2016-08-15

オリンピックにまつわる思い出(競技以外)

個人の記憶なので、正確性や客観性は無いけれど。

モスクワオリンピック(1980年)

ソビエト連邦アフガニスタン侵攻に抗議するために、日本アメリカ同調してボイコットした・・・などという背景は何にも分かっていなかったが、

とにかくソ連はひどい国なので日本は参加しないことにした、というのは、なんとなく分かっていた。

「いやなもの拒否することをボイコットというのだ」ということを知った自分は、

晩飯の嫌いなおかずをボイコットしたり、全員集合のエンディング加トちゃんが「風呂、入れよ!」と呼びかけているにもかかわらず、

風呂に入るのをボイコットして母親を困らせたりしていた・・・らしい。

ロサンゼルスオリンピック(1984年)

大会マスコットイーグル・サムのアニメは、自分の周りはみんな見ていた。

しか一年くらい放映されていて、「イーグル・サムはロス・オリンピック公式キャラクターです」というのも喧伝されていたから、

子供たちに「今度オリンピックがある」ということをうえつけるのに、実に効果的なやり方だったと思う。

今とちがって、ネットはおろか、ファミコンがようやく発売されたころで、家庭用ビデオも普及途中、

子供は今よりずっと熱心にテレビ見てたし。

アニメ主題歌を歌ったメンバーの中に、後に光GENJIになる内海と大澤がいた、というのは、

かなり後になってから知った)

コカコーラキャンペーンでもらえるイーグル・サムのヨーヨーブームで、自分もほしかったけれど、

なかなか子供コーラなど飲ませない家庭だったので、結局手に入らなかった。

実は、大スポンサーを活用した商業オリンピックが始まったのは、この大会だと、大人になってから知った。

今考えれば、見事に商業主義に乗せられた子供だったのだな。

そういえば、聖火ランナー権利が売りに出されて、日本テレビ局の金で郷ひろみが走ったような記憶がある。


開会式は、記憶の中ではすごく華やかで、とくに「ロケットマン」に大興奮した。

背中に噴射装置を背負った男性が会場をとんだ、というだけの演出で、今の時代ならばそんなに驚かないのだろうが、当時は衝撃的だった。

人が飛んで驚いた記憶といえば、このロケットマンと、はじめて宙乗りやったとき小林幸子だ。

まあ、プロジェクトマッピングなんて想像もしなかったし、今見れば、地味な開会式だったんだろうが。


ソウルオリンピック(1988年)

大韓航空機爆破事件実行犯、蜂谷真由美こと金賢姫が、自殺防止のために口にテープをはられ、両脇を抱えられて飛行機からタラップでおろされる映像は、

鮮明に覚えている。

あれが、北朝鮮ソウルオリンピック妨害するための事件だったというのを知ったのは、あの映像を見る前だったのか、後だったのかはよく覚えてない。

12年ぶりに、東西陣営ボイコットなしに集まったってことで盛り上がって、たしかロスでは140くらいだった参加国が160くらいに増えていたはず。

(いまや参加国・地域は200を越えるんだから、これまた隔世の感だが)

開会式では、聖火台にとまったハトがそのまま焼死してしまったのが話題になった。

昔は、屋外の式典なんかで、よく本物のハトをいっせいに飛ばす演出があったもんだが、たぶん、これを契機にあまりやらなくなった。

今、いっせいに飛び立つハトが見られるのは、ハトヤホテルくらいか

バルセロナオリンピック(1992年)

バルセロナカタルーニャ州というところにあって、スペイン語とは別にカタルーニャ語というのが使われているのを知った。

開会式ではカタリルーニャ語のアナウンスも流れていたはず。

あの、アーチェリーの矢の先に火をつけて、その矢を放って聖火をつけるという演出は、その後も含めて歴代最高だと思う。

まあ、いろいろ危険すぎて、東京では絶対できないと思うけど。

アトランタオリンピック(1996年)

そりゃ、大スポンサー・コカコーラ本社があるからアトランタなんでしょ? 近代オリンピック100周年だからアテネのほうがふさわしいのに、という解説をよく聞いた。

会期中にオリンピックパークで爆破事件があり、結構な数の死傷者が出た。

当時は「爆破事件」といっていて、あんまり爆弾テロ」という表現はしなかった気がする。まあ、いまのISテロみたいな脅威はみんな感じてなかったし。

シドニーオリンピック(2000年)

日本選手団衣装虹色だったんだけど、なんだかLGBT社会運動でよく使われるレインボーフラッグの色合いに似ていて、

「なんだ?日本選手団はみんなゲイなのか?と海外の人たちが驚いている」というような報道があった。

レインボーフラッグにそういう意味合いがあること自体を知らない日本人が多かったと思うけど。自分も含めて。

LGBTとかセクマイって言葉も、ほとんど一般には使われてなかったし。

閉会式では、ドラァグ・クイーンを題材にしたオーストラリア映画プリシラ』の登場人物の扮装した人たちがパレードしていて

実況担当だった、若かりしころの有働アナウンサーが「えーっと、このかたがたはみんな、男性なんですよね!」と、

言葉を選びつつ興奮気味に話していたことを、妙によく覚えている。

アテネオリンピック(2004年)

今回のリオ同様、直前まで「あの工事が終わってない」「ここが不完全」という報道がよくでていて、「大丈夫か?ギリシア」と思っていたが

まさか、その後あんなふうに「大丈夫じゃない」状態に陥るとは、さすがに誰も思っていなかった。

リオの開会式での最終ランナーが、この大会ときに、飛び出してきた男に邪魔されたマラソンランナーだったことは、

今回、開会式後の報道で初めて気づいた。

北京オリンピック(2008年)

世界各地を経由して行われた聖火リレーで、チベット弾圧する中国政府への抗議が頻発。

日本でも善光寺が出発場所になるのを拒否したり、応援する中国人と抗議する人が騒然とする仲で、

聖火ランナーだった萩本欽一に卵がぶつけられたのは覚えている。

しかスピルバーグも、抗議のために、開会式アドバイザーかなんかを降りたんじゃなかったっけ?


ロンドンオリンピック(2012年)

開会式で久しぶりにMr.ビーン(ローワン・アトキンソン)の姿を見たのが懐かしかった。

日本ブームになったの1998年ごろだっけ?

男子サッカーで、韓国人選手が「独島はわが領土」とかなんとか、旗を掲げて、表彰式の参加を拒否されてた。





こうしてみると、なんだかんだやっぱり時代政治・経済状況が忍び込んでくるのだなあと思う。

今回のリオは、とりあえず「開会式いかにも予算なさげな割によかった」「選手強盗にあったり、やっぱり治安が悪かった」「プール緑色に」あたりは確実に記憶に残りそうだが、

残りの期間は無事に終わってほしい。

まあ、あんまりISテロリストとかは、活動しなさそうな地域ではあるが。


多分、オリンピック史上最悪の事件ミュンヘンの例のやつなのだろうが、さすがに、まだこの世に影も形も無かった時代ことなのでよく分からない。

日本ではどんな感じで報じられ、受け止められたのか、ちょっと興味はある。

2016-01-19

光GENJIって何であんなに消えたのか

全員ろくなことになってないよね、代わりに出てきたのがSMAPでトークもコントも出来る新しい売り方で、芸人が顔よくて笑いもやるってずるいですわー俺ら商売上がったりと嘆いていたりして、光源氏はまぁトークからきしやってなかったから年を取ったら消えるのも仕方ないかなーと思ってたけど、考えてみたらマッチもシブガキも少年も残ってるのに何で光源氏だけあそこまで落ちぶれたのか。

2016-01-16

SMAP解散騒動に見るバブル世代の哀しみ

SMAPというのは、日本のいわゆる「失われた20年」を駆け抜けたアイドルなのだろうと思う。

今、あらためてWikipediaを見てみたら、前身であるスケートボーイズ」の結成が1988年

CDデビュー1991年

バラエティーも全力でこなす新しいタイプアイドルとしての存在スタートとなったテレビ番組

夢がMORIMORI』のレギュラーとなったのが1991年

そして、『SMAP×SMAP』が始まったのが1996年だそうだ。

以降、森くんの脱退という事件はさみながらも、日本芸能界トップを、彼らが懸命に走ってきたことは、誰もが知っている。

ちなみに、日経平均株価が、38,957円という今では信じられない高値を付けたのが1989年年末

その後、バブル崩壊して、山一證券自主廃業を決定して、社長記者会見号泣して世間に衝撃を与えたのは1997年のことである

まさに、SMAPメンバー光GENJIバックダンサーなどの下積みを経て、人気を獲得しだすまでの時期に重なる。

彼らをリアルタイムで見てきた世代の中には、

まだまだ「一生懸命勉強して、いい大学に入って、いい会社就職すれば、一生安定した生活が送れる」という、

高度成長期神話(当時は、あながち神話でもなかった)を信じ込まされて大学まで進んだものの、

いざ就職する段になったら、空前の就職難に見舞われた上に、

やっと就職した会社では、自分の目上に掃いて捨てるほどいるバブル世代の下で、

後輩もろくにできず、ブラックな働き方を長年続けさせられたり、

リストラ倒産に襲われたり、

就職活動がうまくいかずに非正規社員になったり、ニートになったりという人が、相当数いるはずである

そして、そんな彼らの中に、SMAPに憧れたり、勇気づけられたり、

やけっぱちになってSMAPの歌をカラオケボックスでがなったりしていた人も多くいるはずだ。

SMAP自身も、アイドルをめぐる環境変化の中で、当初はなかなか売れる見通しが立たず、苦労を強いられたという。

それが「バブル崩壊」と関係あるのかどうかはよくわからないが、ともかく、彼らは有能な女性マネージャーの下で、

あらたアイドル像を打ち立てることに成功した。

歌唱力演技力ダンスも、彼らより優れた人たちはいるのだろうが、

どんなに「スカしている」「いきっている」といわれようとも、かつてのキムタクは「カッコいい」の代名詞として人気は別格だったし、

音痴」という、本来歌手としてあるまじきレッテルを張られながらも、その人柄と気配りで中居くん日本屈指のMCタレントになっていったし、

闇を抱えながらも明るさを振りまく慎吾ちゃんの姿とか、

いつもマイペース吾郎ちゃんの立居振舞とか

あくまで飄々と、ときユースケサンタマリアと、女性の胸が見える見えないではしゃいでたりする草薙くんとか、

五者五様の個性を見せながら、

決して仲良しではないのだろうけれど、互いを尊重しながら「プロアイドル」として彼らは日本芸能界に君臨してきた。


そんな彼らが、「同族企業経営一族」と「自分たちを育ててくれたたたき上げの取締役」の対立が原因で、

分裂させられそうなのだという。

これは、とてつもなく哀しい。

あんなに「スーパースター」な彼らも、所詮権力を持っている年寄りたちの都合で動かされる「労働者」にすぎないなんて。

昨年からSMAPが「のど自慢」に出場して、東京から5~6時間かかる被災地の街を訪問したり、

年末には、中居くんが『笑ってはいけない』に出てきて、お笑いタレントキスシーンを披露するなど、体をはった仕事をしたり、

年明けには『すべらない話』で、中居くん事務所社長誕生日エピソード

(それも、事務所内での近藤真彦優遇ぶりと、中居くん立ち位置彷彿とさせる話)を披露したり、

なんか、SMAP仕事の幅を広げてきているなあ、とは思っていた。

それが、事務所独立を見据えた必死の行動だったと思うとまた、なんとも切ない。

現在事務所に頼らず生きていくためには、そりゃNHK吉本興業との関係は深くしておくに越したことはない。

とくに、中居くんの「肝の座りっぷり」と「体の張りっぷり」は、「SMAPの居場所を俺がつくる」という覚悟の上ではないだろうか。

一部報道によれば、キムタク現在事務所に残留を決めた理由の一端に

奥さんの懇願もあったともいう。

メンバーで唯一、家族を抱える彼にとっては、「安定した現在会社に残ってほしい」という奥さんの願いは無視はできないだろう。

これも「労働者」っぽくって、哀しい。



バブル後に社会に出た人の多くは、バブル以前の社会が残した諸々の「負の遺産」を清算するために、

苦労を強いられてきたうえに、あまり感謝されることもなく、年寄りたちの「わがまま」に振り回されているのではないかと個人的に思っている。

少子化あんたらが結婚して子供創らないせいだとかいわれても知るかよ。

SMAPもそうだ、とは言うつもりはないんだけれど、でも、なんか、やはりどこか重なっているように見えて仕方がないのだ。

さらに突飛なことをいえば、ちょっとだけ、例の「新国立競技場」をめぐる騒動を思い出す。

偉くて権力を持った人たちが決めてしまったことが、たとえ非合理だったとしても、もう覆すことなんかできないのが、

この国の常識だった。

幸いにして、あの膨大な予算を食いつぶす「ザハ案」とやらは変更が決まって、

多少なりとも「世論」が、「権力者が決めたこと」を覆せたのはよかったけれど、

あの、「権力を都合のいいように使う年寄り」の象徴たるオリンピック組織委員会トップ(記すのも忌々しいので、ここのは名前は出さない)は

いまだトップであり続けている。

それが、多分、今のこの国の限界だ。

はたしてSMAP、どうなるんでしょうね?

なんとか存続してほしいなあ。

自分は、そこそこテレビ好きでお笑い好きだけど、SMAPに今まで特別思い入れがあったわけではない。

カラオケ代表曲ほとんどは歌えるけれど、CDを買ったこともない。

でも、SMAP存続の役に立つんなら、『世界に一つだけの花』のCD一枚くらいなら買ってもいいかなと、今回、思ってしまった。

まあ、役に立たないと思うから、買わないけれど。

とりあえず、フジテレビ社長

事務所内部の問題に口に出す立場にはないが、フジテレビとしては、『SMAP×SMAP』は長年、視聴者に愛されてきた番組であり、

今後も放映が続けられるよう関係各所には努力してほしいとは思っている」くらいのことを会見で発言したらどうだろ?

現在ネット上では四面楚歌にあるフジテレビ好感度も、多少は上がるんじゃないかと思うし、

結局は業界にいる人たちが動かないと、事態は良い方向には動かないのだろう。

ライブもグッズもCDも買うわけではない、自分のような立場人間なんていうのは、

事務所にとっては、「直接のお客様」でもなければ「利害関係者」でもないのだから

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