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はてなキーワード: 表現者とは

2018-08-12

anond:20180812112647

コミケは「一人でも多くの表現者を受け入れることを目標とする」となっているからね。

入ってくるのも自由だし、出てくるのも自由。そんな気風があったから、今の規模の巨大な文化に成長できた。

甲子園場合は、「甲子園に興味を示さない奴は非国民」みたいな空気雰囲気があるのも事実

閉鎖的な割には同調圧力が強い甲子園は、批判されても文句は言えない。

2018-07-17

anond:20180717072044

実際の事件を娯楽的に消費してる作品達を見れば解るだろ

最低十年はあけてるしそれより短い場合被害者配慮している

表現者達が配慮してきた一線を踏みにじって事件が起きたら被害者バッシングしたり事件が起きてすぐ娯楽消費したり被害者人権より表現の自由ーと騒いでるオタク達は表現の自由にとっても害悪過ぎる

2018-07-15

現代における表現者が注意しなければならないこと

PVとか注目を集めるために言いたいことを裏に隠して煽りを前面に出すと恨みを買い易い。憎まれ口を叩いているけど本質はこういうことを言いたいんだ、と後から解説しても遅いのである。誤解を生まないようにストレートな"やさしさ"や"おもいやり"のような表現必要である偽悪者を気取っているインフルエンサー煽り屋さんは、注目を集めると同時に恨みも買っていることを忘れてはならない。無敵の人あなたの隣にいるかもしれない。

2018-07-05

anond:20180705173552

まず、左右されるのは読者のコンディションではなく人間性に、である。そしてこれは小説に限らずすべての創作物において表現者と観衆の間に存在するものである

そして、わたし作品欠点探しをしていない。

自分最初発言こちら。「そういうちいさなコレジャナイが堆積してくと作品への没入感は失われ読まされてる感が激増するよね」

こちらは作品の読後感、所感である

次に、

意識的違和感を補完しながら読むと面白く感じたりするものだけど、

上記あなた個人のの読書姿勢

創造力にあふれていて素晴らしいと思います

しかし、個人的には、違和感を補完してしまうと、「作家本来訴求したかった内容と齟齬が起きてしまうかもしれない。」「作品が描いている世界自分主観が混ざり合いすぎてフレームがこわれてしまっているかもしれない。」「ひょっとして邪推だろうか?」などといろいろと考えてしまい、なかなか冷静にページをめくることができなくなってしまうのです。没入感が失われるとはこういうことも含まれます

わたし個人的には、作品世界観にどっぷりつかって没入したいタイプ

ともなって、作品世界観、時代、時勢なんかのバックボーン整合性をもっていてリアリティがあり堅牢でなければ没入できないタイプ

すなわち、わたしは読者自身気付いていない深層意識無意識下にすらアクセスしては息づくような匂い立つようなリアリティをもってセンテンスを紡げる作家をこそよい作家と感じます個人的にです。あなたにこれを求めることはしません。

最後に、「当方読書姿勢の気に入らない点」を指摘することによって増田の「こいつは嫌な読者」という感想正当化するような嫌な増田になってるから気を付けた方がいいよ。

2018-06-29

anond:20180629025439

原因は世紀末からおバカキャラ辺りまでの斜めに構えてカッコつける雰囲気だと思う

あの『俺表現者ッスから』みたいな感じ

ジブラとかな

椎名林檎が未だにその芸風やっててなんだかなあって思った

2018-06-25

幸色のワンルーム』について、弁護士太田啓子氏の記事に思うこと

幸色のワンルーム』(以下、「幸色」)放送中止騒動について、弁護士太田啓子氏の記事を読んで思ったこと。

この日記は、以下の記事を読んでの感想である。筆者が、他所での議論ほとんど追えていないことについては、ご容赦願いたい。

幸色のワンルーム放送中止批判の嵐……弁護士太田啓子氏が「誘拐肯定」の意味を語る

http://www.cyzowoman.com/2018/06/post_190588_1.html

以下では、当該記事の内容について適宜要約し、筆者なりの疑問点を整理していく。

【元記事の要約①】「幸色」放送中止への批判として、『ルパン三世』や『名探偵コナン』は放送中止にならないのに、なぜ「幸色」だけが、というものがある。この批判に対して、太田氏は、現実における殺人犯誘拐犯の認知の違いを説明することで応答している。すなわち、殺人犯自身行為殺人である認識している一方で、誘拐犯はその限りではない、という。また、この認識の違いは、これらの犯罪行為を受け止める側の人々の認識の違いと並行している。

→<①への疑問>太田の応答は、“現実における殺人犯自己行為殺人である認識しており、それを受け止める側の人々もそうなのだから殺人にまつわる番組放送したところで問題はない」というものであり、確かにルパン」や「コナン」が放送中止にならない理由説明しようとはしている(内容の是非は置いておいて)。しかし、この議論から導き出せるのは、せいぜい“誘拐テーマ殺人よりも注意して放送すべきである”程度のところまでであり、副題の「なぜ殺人OKで、誘拐NGなのか」はミスリーディングである

【元記事の要約②】太田氏いわく、『幸色のワンルーム』は、加害者一部の人事件に抱いたであろう妄想作品にしたものであり、「実在被害者に対する中傷のものだと思う」という。

→<②への疑問>言いがかりに過ぎない。

【元記事の要約③】太田氏は、ドラマ公式SNSの“盗撮ハッシュタグ”に触れた後、「公共電波に乗せるのは、表現者社会的責任を伴い、おかし社会規範を作ることに寄与することは、やはりやってはいけないと考えます」と述べる。

→<③への疑問>“盗撮ハッシュタグ”に眉を顰める気持ち、そして“公共電波に乗る表現には社会的責任が伴う”、という点には同意できる。ただ、もっと議論されるべきは、“「幸色」の表現者が十分な社会的責任果たしていない、と言えるのかどうか”という点である問題は、瑕疵の有無ではなく、その大きさなである太田氏の記事では、この点についてあたか自明のことであるかのようにほとんど触れられておらず(太田氏が、別の場所議論しておられるのであれば、申し訳ない)、実際問題、この点についてほとんど議論がなされないまま放送中止が早々に決定されてしまった。

【元記事の要約④】誘拐被害者は「助けを求めなかったからといって、誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない」。しかし、今の日本社会では「女性被害を訴える声を歪曲して捉える空気が強すぎる。このような空気社会の中で、『女児誘拐したが実はその女児はその「誘拐」を喜んでいた』という言説を肯定的に描くことは、女児誘拐についてのそのような歪んだ認知肯定し強化することにならないでしょうか。」

→<④への疑問>まず、「助けを求めなかったからといって、誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない」についてだが、“必ずしもあり得ない”という意味なら同意できるが、“絶対にあり得ない”という前提であるならば、疑問である。“人間が何を望んでいて何を望んでいないかはっきりとひとつに決定できる”という素朴すぎる人間観は置いておいて、実際のところ、実親から虐待から逃れるための緊急の避難が、結果として誘拐事件というかたちをとってしまうケースはままあるように思われるからである(筆者は、それを肯定している訳ではない)。ただ、「誘拐犯と一緒にいることを望んでいたということではあり得ない(というのが常識になるべきだ)」という太田氏の見解は、客観的事実認識というよりはむしろ弁護士としての倫理を加味したものであるように思われるし、そのこと自体に対しては、筆者は敬意を表する。次に、「女児誘拐についてのそのような歪んだ認知肯定し強化することにならないでしょうか」であるが、これに対しては、“それは本当なのか、本当ならどれほどのものなのか”“それは果たして放送中止に足る理由なのか”という二つの疑問が浮かぶ。前者の疑問は、そのままの意味で、「幸色」の放送によって“歪んだ認知の強化”が本当に起こるのか、起こるとしてそれはどれほどの強化なのか(微々たるものではないか)、という疑問である。また、後者の“それは果たして放送中止に足る理由なのか”という疑問は、もし「幸色」によって引き起こされる“強化”が微々たるものであるならば、それは「幸色」の表現者が果たすべき社会的責任範疇を超えているのではないか、という疑問であるそもそも社会というのは、何かひとつドラマによって大きく変わったりするようなものではないだろう。もしそういうことがあったとすれば、それは社会のなかで変化への準備が潜在的に進んでおり、作品最後の一押しになったということにすぎない。そうだとすれば、個々の表現に過敏に反応する態度は、社会本質的領域から目を背けた盲目的な“水際作戦”であり、また作品への“責任押し付け”になりかねないようにも思われる。

【元記事の要約⑤】表現の自由は「公共空間で何をやってもいい権利ではない」。『表現の自由への弾圧』という批判的外れであり、太田氏は、公共空間のあり方や、社会規範の作り方の話をしているのだという。

→<⑤への疑問>表現の自由は「公共空間で何をやってもいい権利ではない」、という点については同意であるしかし、繰り返しになるが、もっと大事論点は“「幸色」は本当に許されない表現なのか”ということであり、元記事では、その点について一方的議論しかなされていないように見える。放送中止批判している人々も、太田氏と同様に、「公共空間のあり方や、社会規範の作り方の話をしている」ことは明白であり、「『表現の自由への弾圧』という批判的外れ」という応答は、それこそ的外れ揚げ足取りではないか

【筆者の意見とまとめ】

 「幸色」放送中止騒動について、筆者が問題視しているのは、公的権力による弾圧ではなく、むしろ私的検閲>と呼べるようなものである公的検閲によって作品発禁になった、という過程ではなく(すなわち、行為主体の種類の問題ではなく)、あるイデオロギーによって「幸色」が放送中止に至った、という実際的な結果に注目しなくてはならない。元記事には「作品が“世間にどう受け取られるか”を熟考することも重要とあるが、「幸色」を放送中止に至らしめた“世間”とは、決して“世間一般”のことなどではなく、特定イデオロギーをもった少数の人々にすぎない。少数の人々から批判テレビ局が過敏に反応し、“本当に許されない表現なのか”を議論する機会が十分に設けられないまま、放送中止の決定が下される。“事実上は”の次元では、特定イデオロギーによる“世間”を無視した検閲が行われているのである。それが果たして公共空間のあり方」として正しいのだろうか?

 ここまで筆者は、「幸色」の表現瑕疵はそれほどまでに大きいのだろうか、という疑問を発してきたが、一方で、「幸色」の表現にはプラスの面もたくさん存在するだろう。生きづらさを抱える少女少年希望を与える(例えそれが幻想にすぎないとしても)ことはもちろんのこと、適切にテロップを入れるなどすれば、虐待問題への啓発にもつながる。そんな大きなことを言わなくても、普段何気なく接してる表現いかに我々の人生を豊かにしているか、考えるまでもないだろう。表現瑕疵ばかり取り立てるのではなく、“望ましい表現”か“許されない表現”かの二分法に訴えるのでもなく、光る部分にも目を向けていくべきではないだろうか。“100%良いもの表現)”というのは、それが人間の営みにおいてほとんど存在しないということもあって、薬にも毒にもならない(ただ筆者は、そんな“何の役にも立たない”ような表現にも、発表の機会が与えらるよう願いたい)。

 「幸色」は、本当に“許されない表現”だったのだろうか。そして、<私的検閲>が事実機能している現在の状況は、果たして公共空間公共表現の場として、望ましいものであると言えるのだろうか。

2018-06-21

ニコニコ利用規約にあった差別禁止規定を削除」はデマ

2015/10/01にニコニコは「ニコニコ活動ガイドライン」を制定してます

それに伴い利用規約のうちこのガイドラインと重複する内容をガイドラインに掲げる行為としてひとまとめにしたため、見た目上は利用規約から削除されたように見えるだけです。

ニコニコの現行の利用規約の「5 禁止事項」には以下の記述があります

ニコニコ活動ガイドライン第3項及び第4項に掲げる行為又はこれらの行為に準じる行為(コメント書き込み動画等の投稿以外の手段を通じて行われる行為を含みます)

ニコニコ活動ガイドライン 第3項には以下の記述があります

他者基本的人権著作権等の知的財産権、その他の権利侵害する内容

基本的人権には差別されない権利はもちろん含まれているので、差別OKとはなりません。

ただ、2015/09/06の利用規約では元note記載の通り

o 差別につながる民族宗教人種性別・年齢等に関する表現行為

と明記されていたのが明記されなくなったという点では指摘の通りかもしれませんが、元の利用規約では基本的人権に関する記述がないので、より広範な行為禁止したと捉えるのが妥当でしょう。

 

 

 

以下出典

2015/09/06の利用規約

https://web.archive.org/web/20150906071158/https://account.nicovideo.jp/rules/account

3. 禁止事項

利用者による「niconico」の利用に際して、以下の行為禁止されています

o 法令違反する行為及び違反する行為幇助勧誘強制助長する行為

o 「niconico」のサーバーに過度の負担を及ぼす行為

o 「niconico」の運営妨害する行為運営会社不適切である判断する行為

o 他の利用者の「niconico」の利用を妨害する行為

o 公職選挙法抵触する行為

o 他人名誉社会的信用、プライバシー肖像権パブリシティ権著作権その他の知的財産権、その他の権利侵害する行為(法令で定めたもの及び判例上認められたもの全てを含む)

o 他の利用者への中傷脅迫いやがらせに該当する行為

o 差別につながる民族宗教人種性別・年齢等に関する表現行為

o 自殺集団自殺自傷違法薬物使用、脱法薬物使用等を勧誘・誘発・助長するような行為

o 性交及びわいせつ行為目的とした出会い等を誘導する行為

o 性的わいせつ的、暴力的表現行為、その他過度の不快感を及ぼすおそれのある行為

o 児童買春ポルノ無修正ビデオ動画ダウンロードサイト等へのリンク掲載

o 運営会社の許諾を得ない売買行為オークション行為金銭支払やその他の類似行為

o 運営会社の許諾を得ない商品広告宣伝目的としたプロフィール内容の公開、その他スパムメールチェーンメール等の勧誘目的とする行為

o 他人の名義、その他会社等の組織名を名乗ること等による、なりすまし行為

o 13歳以上の未成年者が法定代理人親権者)の同意を得ずに、「niconico」を利用する行為

o 公序良俗一般常識に反する行為

o その他上記に準じる行為及び運営会社提示するガイドライン等において禁止される行為

2015/11/01の利用規約

https://web.archive.org/web/20151101102840/https://account.nicovideo.jp/rules/account

5 禁止事項

利用者による「niconico」の利用に関して、以下の行為禁止されています

o ニコニコ活動ガイドライン第3項及び第4項に掲げる行為又はこれらの行為に準じる行為(コメント書き込み動画等の投稿以外の手段を通じて行われる行為を含みます)

o 本利用規約条項違反する行為

o 公職選挙法抵触する行為

o 「niconico」のサーバーに過度の負担を及ぼす行為

o 「niconico」の運営妨害する行為

o 児童買春ポルノ無修正ビデオ動画ダウンロードサイト等へのリンク掲載

o 運営会社の許諾を得ない売買行為オークション行為金銭支払やその他の類似行為

o 運営会社の許諾を得ない商品広告宣伝目的としたプロフィール内容の公開、その他スパムメールチェーンメール等の勧誘目的とする行為

o 13歳以上の未成年者が法定代理人親権者)の同意を得ずに、「niconico」を利用する行為

o 運営会社不適切であると考える行為

o その他上記に準じる行為

2016/07/07のニコニコ活動ガイドライン

https://web.archive.org/web/20160707023919/http://ex.nicovideo.jp/base/guideline

3. コンテンツによる表現の自由は無制限ではありません

前項の通り、発表したコンテンツによって問題が生じた場合当事者同士で解決することが原則であって、ニコニコによる表現規制は最小限にとどめますが、一部、掲載を認めないことがあります

特に、以下のような内容のコンテンツについては、ニコニコ自主的判断により削除する場合があります

犯罪違法行為

例)

日時、場所方法を示し、殺人テロなどを予告する

麻薬武器爆弾など違法な物品の売買を告知する

売春援助交際を求める

劇場盗撮した映画投稿する

他者権利侵害する行為

例)

他者名誉社会的信用、評判、プライバシー侵害する内容

他者基本的人権著作権等の知的財産権、その他の権利侵害する内容

公序良俗に反するもの

例)

性的な内容

暴力的な内容

自殺関与(誘引勧誘、協力、教唆)に相当する内容

<その他、ニコニコ不適切判断するもの

4. 他者表現妨害することは認めません

ニコニコには、コンテンツコメントを付けることでユーザーの皆さんが感情を共有したり、表現者に敬意や愛を表したり、弾幕で大いに盛り上げたり、実にユニークで多様なコメント文化があります

コメントニコニコ最大の特徴であり、ニコニコはその文化を守り抜こうとしています

しかし一方、コメントによって他者表現妨害したり、表現する人を萎縮させたりするようなことはあってはなりません。

そのコメントが、コンテンツを発表した人やそれを見て楽しんでいる人たちの望まないものであるならば、ニコニコ投稿者の表現の自由を守る立場から、以下のようなコメントニコニコ自主的判断により削除する場合があります

犯罪違法行為に当たるコメント

例)

日時、場所方法を示し、殺人テロなどを予告する

麻薬武器爆弾など違法な物品の売買を告知する

売春援助交際を求める

他者権利侵害するコメント

例)

他者名誉社会的信用、評判、プライバシー侵害するコメント

他者基本的人権著作権等の知的財産権、その他の権利侵害するコメント

公序良俗に反するコメント

例)

性的コメント

暴力的コメント

自殺関与(誘引勧誘、協力、教唆)に相当するコメント

対象コンテンツ表現者及びそのコンテンツ同調するユーザー(閲覧者)を傷つけるコメント

例)

誹謗中傷侮辱脅迫いやがらせを含むコメント

不快感嫌悪感精神的打撃を与える、あるいはその恐れのあるコメント

個人情報漏えいまたは拡散させるコメント

例)

他者個人情報を含む、あるいはその恐れのあるコメント

他人の名義を名乗る、組織名を偽る等のなりすまし行為によるコメント

集団表現者に圧力をかけるコメント

例)

集団で行われる他者への誹謗中傷侮辱脅迫いやがらせを含むコメント、並びに他者不快感嫌悪感精神的打撃を与える、あるいはその恐れのあるコメント

個人または少数でありながら集団を装ったコメント

<その他、ニコニコ不適切判断するコメント

2018-06-19

anond:20180619104415

嘗ての偉大な表現者が生きてた時代は、名目上の表現の自由すらなかったわけで、

それを現代と一緒くたにするのは筋が悪いでしょう。

まして、昨今話題になってる、潰されていっている作品の作者たちは

「偉業」など求めてないわけで。

少なくとも名目上は「表現の自由」が保証された国で、

自由創作をしているだけに過ぎない。


問題は、その権利もないくせに彼らに対して不当な圧力をかける輩であり、

「それを避けるために高度な(迂遠な)表現を磨け」というのは創作者たちへの不当な要求に他ならない。

2018-06-12

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180611-00000009-exmusic-musi

寄ってたかって叩いてライブ会場前で抗議デモまで画策しといて

ダサいって思ってただけ」「謝るなんて表現者としての矜持はないのか!」

当たり屋ヤクザもびっくりの悪質さだな

2018-06-11

anond:20180611212530

表現者本人に矜持が足りないのかもしれないけど、批判者には自分批判がどう思われるか匙加減力加減がわからいからなあ。

常に全力でいってたら批判される方だって正当な批判モンスタークレーマー集団リンチなのかわからん

特に大声になりがちなネットだと。

2018-06-07

TBSラジオに抗議するのだけはやめませんか

TBSラジオで毎週火曜に放送してるお笑いコンビアルコ&ピース番組が6日に発表した次週スペシャルウィーク企画内容がツイッター炎上してる。

タイトルは「アベンジャーズからファルコンを脱退させようSPアベンジャーズ新メンバーオーディション!」で、ファルコンファンのみならず数多くのMCUファン激怒し、ネットニュースにもなった。https://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/sponichin_20180607_0099

この件に関し、怒りのあまりTBSラジオや同局の審議会に抗議メールを送ったり、クレーム電話を入れているものもいるらしい。

これはあまりにもやりすぎな上、万が一局が企画を取り下げたらファンベースの拡大を妨げてしまう恐れがあると思うので、この文章投稿することにした。

お読みいただいた方は矛を収め、またMCU市場資する形で事態収束に向かうことを願う。

以下、簡単自分立場説明したい。

企画趣旨→超セーフ

企画不快感を示し、それを表明する→超セーフ

TBSラジオへ抗議→セーフだが、ファンとしてやめてほしい

TBSラジオ企画を中止→超アウト

ちなみに自分はMCU作品は一通り2回ずつ見てるがドラマエージェント・オブ・シールズのみ視聴、原作は読んでない程度のマーベルファンで、アルコ&ピースラジオリスナーでもないしファンでもない。以上を踏まえた上でお読みいただきたい。

「失礼。作品をみてない」「アベンジャーズには無くてはならない人物。許せない」「ファルコンは黒人差別に立ち向かうヒーロー。軽々しくネタにするな」「マーベル歴史を踏みにじるのか」「そもそもファルコンは強い」「人の好きなものを貶めるのは最低。公共電波でやることじゃない」

上記ツイッター流れる批判コメントの一例であるが、これらはほとんど「私が不快に感じるからやめろ」と同義である

特定表現不快だと表明するのは大いに結構だが、それを表現者本人や、雇用である媒体クレームとして伝えることについては注意して欲しい。いずれも正当な権利行使には違いないが、日本メディアユーザークレームに萎縮する傾向が強いことは周知の通り。つい先日もライトノベル作家ヘイトスピーチツイート問題視され、出版社が当該作品を出荷停止にしたばかりだ。(こちらについても、当該アカウントは壁を殴りたくなるような最低のツイートばかりしていたが、出版社だけは作品を守るべきだったと思う)

MCUはまだまだ日本国内ではマイナーと言わざるを得ない。そんな中でマーベルが「メディアで取り上げづらいコンテンツ」として認知されたら、Phase4へ向けた国内の盛り上がりに水を差ししまう。批判ツイートの中に「これでMCUが日本で上映しなくなったら許さない」等の意見もあったが、彼らのケツの穴はそこまで小さくないし、恐れるべきは市場規模の縮小ではないだろうか。極端な話、日本でMCUを見る人がいなければ、MCUを流す必要な無いからだ。

その点、今回の企画番組TBSラジオ視聴者減に繫がる可能性はあるものの、MCUのファンを減らす危険性は全く無いといえる。むしろ、MCUを題材に重要スペシャルウィークを費やすことで、今まで映画を見てこなかったリスナーファンベースを拡大させる機会ではないだろうか。

「『ファルコンが弱い』という間違った情報で広まるのはイヤだ」という意見もあるが、こちらについては何様のつもりだと問いたい。コンテンツがどういう形で受容されるかは受け取った人の自由であり、古参ファンにそれを統制する権利などない。そもそもあなたもそうだったように、ファルコンが強くて重要なのは映画を見ればわかる。まずは見てもらうきっかけを作るのが肝要ではないだろうか。

インフィニティ・ウォー』は全世界を席巻した超絶大ヒット作品だし、MCUは文化史に稀に見るスケール物語郡だ。その巨大さと比例した分だけの楽しみ方があってしかるべきだと私は思う。もし仮にお笑い芸人が「ロケットガーディアンズから追い出そうSP」などという企画ラジオ番組をやったら、私は憤慨する。該当芸人にはセンスが無いと罵り、「MCUはGOG2でロケットが見せた表情を描くために生まれた」等、ロケットの魅力について延々と語るだろう。願わくば別のラジオ番組で「ロケット慰留企画」をやってほしい。次は雑誌で「本当に使えないアベンジャーランキング」を特集してもいい。アメトークアベンジャーズ芸人放送した後、別メンバーアベンジャーズ手芸人をやればいい。理想的な形で波及することは無いだろう。でも、話題になれば話題になるほど、Phase4が終わったあとにMCUを語り続けられる相手場所が増える。

しかし、今は友人に「どのMCU作品が好き?」と聞いて答えられる人はほとんどいない。19作品中1つでも見てれば御の字だ。そんな現状で、ファンが自ら発信源を潰しにいってどうするのか。

 

おもしろさ、与える不快感は別として、現実には起こりえない「ファルコン脱退」と「新メンバーオーディション」を日本ラジオ番組でやるというのは、まるでMCUと現実世界境界線曖昧になったかのような奇妙な企画で、まさにMCU文化圏の拡大を感じさせるものではないだろうか。そういう意味では、ファルコンファン以外のMCUファンにとっては喜ぶべき事態かと思われる。そうでなくとも、TBSラジオを萎縮させるのは避けるのがベストだと私は思う。

以上の趣旨で、「ファルコン脱退企画絶対やり通してください」という題名メールTBSラジオに送った。私の同じような懸念を持つMCUが万が一いたとすれば、中止を食い止める一つの手立てとして参考にしていただきたい。

anond:20180607134014

表現の自由

批判もそれに対する批判さら批判もするのは自由だが、

表現の場を奪う、表現のものを潰す、表現者への攻撃などは相手表現の自由を損なう

2018-06-06

幸色のワンルーム

『たとえ女性が真っ裸で歩いていても、性犯罪を犯していい理由にはならない。女性がどれほどセクシーな格好でいようと、それは本人の自己表現であり権利だ。それで犯罪を犯すのは100%犯す側が悪い。犯す側の倫理観精神問題なのだから犯罪を犯す側を教育するべきであって、女性抑制すべきではない』

というのはツイッターでよく見かける意見ですし、私も同意します。

でも、これをいう人たちが、幸色のワンルームバッシングするのはおかしくないか?と思います

幸色のワンルーム誘拐被害者への見方がゆがめられることが危険なのだというけど、

たとえ歪められるとしても、問題受け手側にあるんじゃないのか?

人間がどんな格好でいようとも、それが犯罪を誘発する要因とされてはならないように、

作品がどんな表現をしようとも、それが犯罪を誘発する要因とされてはならない。

問題受け手側にある。犯罪を犯すとしたら、犯す側が100%悪い。

教育すべきは犯す側であって、表現者が抑制されるべきではない。

と思うんですけど、最初主義を唱えながら幸色のワンルームを叩く人が多すぎて、それはダブスタじゃないんだろうか。

anond:20180605030955

みんなで編集して項目を作るWikipedia個人や団体が自説を主張する場を一緒にしてはいけませんね。

それにWikipediaでも議論が分かれる場合議論ページが作られます編集履歴を確認できますよね。

削除する自由、誰かの口をふさぐ自由を認めてしまうと表現の自由を守れなくなるので、削除も表現という主張には同意できません。

明らかなデマや間違いに対抗する場合反論するのがリベラルの態度であり、間違っている表現者の強制的に黙らせるのは全体主義でしょう。

2018-05-22

anond:20180522164146

彼は山登りではないという批判を受けていたが、それは当たっていないと思う。かれは登山家ではなく、山を対象とした表現者だったからだ。山に"生き様"の絵を描いているような人だった。その表現を続けていく上では死ぬことも選択肢になる。表現者の中では一番恐ろしいことをしていたと言える。彼の挑戦、生き方は、こういう事にもなりうるということ。その意味で、彼は行動しきった。

肯定的に言ってるだけで、「登山家ではない」ことについては認めているようにしか読めないが。

彼がやってることは登山家としてはアウトだけど登山家じゃなくて山の表現者からセーフ!って理屈だろ。

2018-05-17

anond:20180517094214

これな

社会人として正しいとか言われてたけど

表現者としては三流の対応だった

2018-05-15

思考メモ書き

この間あるアイドルコンテンツツアー行ったんですよ ライブビューイングなんですけど

推しが出てるからです

キャラじゃなくて声優の方 コンテンツ自体あんまり興味ありません

というか曲もキャラクターも好きだけどゲームとなによりオタクが好きじゃない

めちゃめちゃ排他的なんですよね オタク

というか2次元オタクほんとめんどくさいなって思いますがその中でも特に理解できない

うまく言えないけど頭ヤバイ人多いなって思います

から一生現地行きたくないんですよね

歌って踊ってファンサービスしてアイドルの真似事してる推し世界一好きだけど絶対コンテンツオタクに囲まれたくないし向こうもそうだと思う

だってわたし推し見に行ってるから キャラクター可視化できないか

ステージに立ってるのは推し1人だし歌って踊ってるのも1人 「○○役の××」ってそれだけ

推しは「○○」ってラベルを貼られることは一切ない なにもない空間もつけられない

キャラが見えた」「完全にキャラ」って言ってる人がよくわかんない

あのね 確かにいつもの推しとは違うよ

推しが「○○」ってキャラと一緒に歌おうとするとき、いつもとおんなじ顔だしおんなじ声だけど違う人な気がする

でも絶対キャラではないし何もない空間キャラは見えない

そもそもそういう場合声優ってどういう立ち位置なの?

キャラクター?表現者?それとも中の人

元々完全に裏方の職業だったのにライブが増えて、アイドルもの戦国時代に入って、声優顔面レベルが求められるようになったか立ち位置がすごく曖昧になってるのではと思う

外野から意見ですけど

キャラクター厨の人ってこういうライブどうやって楽しんでるんですかね

だって自分がつけてる缶バッジとかラバーストラップについてるキャラクターはそこにいないんですよ スタイルも顔も全然違う、声だけが同じ人がそこにいる

声優ってキャラ厨にとってどういう存在ですか?推し声帯、ただそれだけですか?じゃあライブ中って目瞑ってるんですか?それとも声優も好きとかそういうこと?

キャラ厨は声優に、こういったライブでどういうパフォーマンスをして欲しいと思うんでしょうか

キャラの真似事して欲しいんですか?それともただキャラの声を出してくれればいいんですか?

純粋キャラ厨ってそもそもライブみたいな現場くるんですかね

好きなキャラ推してる声優が違うって人も結構ますし全員が並んだときどっち見るんでしょうか

なんかもはやキャラ厨っていう存在自体がすごく不思議

不思議ってまず2次元オタク大体が好きキャラいるとは思うんですけど謎 だって供給少ないじゃん

一時期キャラ厨やろうとしたけど供給の少なさに耐えられなかった

それと比べて生きてる推しって毎秒新規書き下ろしからまれてるよね

しろ2次元オタクってそこを二次創作で補完するのかな そういう目的

なるほど

てかほんとそもそも声優オタクしたことなかったか常識すらわかんない

2次元きじゃなきゃダメなんですかね どう頑張っても推し以外に興味持てないんですが

推しの声がするからってソシャゲ走ったり缶バッジとかラバスト集めたりしなきゃダメなんですかね

イベント出るなら全部行くけど

でもイベント行くにもコンテンツ勉強するのが常識らしいですよ ただ「推しが出てるから」で行くのは失礼なんだって

声優厨って興味ないものにも興味持たなきゃいけないんですかね 大変だね

別に名指しでこのスタンス叩かれようが他人強制される謂れないし変える気もないですけど

というか一応全部一回手は出してみるけど大体飽きてしまう 1つ以上のもの好きになれないんだわ

ほんと声優オタク向いてない

コンテンツライブ推し見に行くことってほんとはダメことなんですかね

推しの出ない時間が長いと飽きてきちゃうんですけど他のオタクに殴られるんですかね

別に常識はあるので座ったり離席したりはしませんけど

わかんないな〜なんかこういうスタンスの違いって今までのジャンル2次元3次元かで違いそう

わたし推しのことアイドルかなんかだと思ってるんですかね でも声優の扱い方ほんとにわかんない

わかんなくても現場行けるからいいけど

2018-05-14

表現さえしてれば褒めてもらえるわけない。表現者は余ってる。

女性シンガーソングライターが、同年代若い女の子ファンがつかなくて、説教おじさんにキャバ嬢扱いされてつらいとか言ってるけど、

説教おじさん追い払ったら、あなた友達しか来てくれないよ。需要無い表現してるってそういうことでしょ。

年代若い女の子ファン需要のあるもの提供できてない。

女性ファン率の高い女性といったら、ゆうこす、みきぽん、関根りさのようなメイクYouTuberとかがある。

彼女たちは女性ファンエンパワメントして、かつ有益情報提供してる。

「ブラのサイズが合ってない人いませんか?正しいブラの合わせ方つけ方を教えます」みたいな動画には、

「抜いた」みたいなコメントをわざわざつけていく男性視聴者が少数居るけど、

女性共感を集める撮り方編集の仕方と、男性に向けた抜きやす撮り方編集の仕方は全然違うものから

女性にとって価値があれば、男性の「抜いた」みたいな少数コメントも、大量の女性ファンによるコメントに流されていく。

西野カナみたいなアーティストにも「ヤリたい」という目線を向ける男性は居るけど、大量の女性ファンいるから、そのパワーでかき消されてる。

必要なのは説教おじさんを追い払う」じゃなくて、

「欲しいファン絶対に獲得する!そのために研究して行動する!」という野心・学習能力・行動力しょうが

望みは何?良質なファンに囲まれて、集客に困らず、おじさんのクソリプ無視できるポジションを得ることだよね?

良質な女性ファンを獲得したいなら、同レベルの売れてない女性シンガーソングライターと「キャバ嬢扱いつらい」と

愚痴りあって慣れあってる暇があったら、成功者研究しろや。

あるいは「キャバ嬢扱いつらい」を曲にしても良いわ。既に女性共感集まってるんだから

 

同様のバカとして、女性ファンを欲しがってる男性向けラノベ作家の知り合いがいるんだけど、

彼の作品って女性が読んでも全く勇気づけられない、楽しい気持ちにもならない、救われもしない、

ただただ「世界がこうだったら男性にとって都合がいいのに」という甘えを見せられた…という読後感なんだよね。

彼はワナビではない。作品出版されてるし、男性ファンはついている。

書きたいものを書いた結果、それを支持してくれる固定の客層みたいなものを得てる。

ある種の男性が喜ぶ作品を作っているから、その種の男性が熱いファンになってくれるという、当然の帰結なんだよね。

男性に夢を見せる作品を作って、女性にウケてモテたい」というのは、本当にバカじゃん。

女性を喜ばせる力のない女性表現者が、性欲おじさんしか来ないって嘆くのも、全く同じに見える。

 

あとクソリプ、クソDMについて。相手時間配慮搾取しようとするのはおじさんだけじゃない。

Twitter美容垢で、「美容皮膚科でこういう施術をしてきました」と投稿する人がいると、女性からわんさかリプライがつく。

DMで悩みを一方的に送り付ける女の子、どこの病院いくら施術だったかなどの情報を一通り聞きだして用済みになったらリムーブするような女の子もいる。

おじさんの特徴っていうより、「他人人生自分のために存在する道具」という認識で生きてる人っていうのが一定数居て、

老若男女が関係ないんだよ。そしてそういう人に対しては怒るまでもなくて、自然と呆れられて孤立してく。

女性から無視され、孤立してる男性に性欲向けられるだけの存在」として路上ライブするのって切なすぎるじゃん。

良いファンつけられるように頑張ってほしい。悪いファン存在感が相対的に小さくなって、消えてしまうくらいに、

良いファンに囲まれ戦略を考え抜いてほしい。

2018-04-15

自分本質に合っていることをやるべき

だと思う。

関ジャニのなんとかくんが脱退するらしく、彼のことはよく知らないが、

本質的アイドルより表現者側の人間だったのかなぁと感じた。


人にはそれぞれ本質があって、仕事でも趣味でもそれに合ったことをするのがいちばん良い、と最近思う。

最近増田でよく見るが、ある仕事場では無能だったが、

転職して別職種についたら有能扱いされるようになったという話。

あれは本質的に合わない仕事についてしまったということなんだと思う。


本質ってふわっとしてて何のことかよくわからないが、

陽キャのグループにいてウェーイってしてるのがいちばん最高に楽しくて心地いい人と、

そんな中にいたら愛想笑いしか出来なくて苦しくてしんどくなってしまう人。

どっちもいると思う。

しんどくなってしまう人は、別のところに居場所があるはず。

誰といるか、一人でいるか、何かをしている時か、

日常でよくやっていること、心地いいところが本質へのヒントであり、自分の居場所であり、向いていることは何か、の答えに繋がっている。


仕事はずっとやることだから合ってないことを選ぶとしんどい

自分人生分析して見極めるのが大事だ。


それが出来てないと遠回りになる。(それもまた人生だけど)

2018-04-10

anond:20180410065723

そうだね、まぁテレビごっこは広すぎるから正確に言い換えると

テレビタレント(芸能人芸人)ごっこにすぎないね

アニメ漫画ドラマごっこにすぎないし

ゲーム映画ごっこにすぎないし

こういう囲み方はべつに表現者クリエーターだけに向けられるとは限らんよね

インスタやtwitterにはまる一般人芸能人ごっこにすぎないし

読書も筆者の脳内トレースごっこにすぎないし

勉強も賢人の思考コピーごっこにすぎないし

労働他人行為価値の認め合いごっこにすぎないし

買い物も他人がつくった価値観への同調ごっこにすぎない

すべての人間の一生なんて誰かが生み出したミーム再現ごっこにすぎないね

まあそれぞれの「すぎない」に些細な例外はあるしその例外こそが重要だって言う人もいるけど

大勢としては「すぎない」だね

それで?

人間なんてごっこ(模倣)を繰り返して生きる生物にすぎないことを示して何を言いたかったんだろ?

ああ、人間人間が大好きって結論になるのかな、平凡な話だね

2018-04-04

anond:20180404191128

コンテクストによっては許容されるべき表現すら不可能になる場合も有り得ます

表現自身倫理観が常に問われるのは、当然のことではないでしょうか。

制作当時ないし発表当時の倫理観コンテクストにおいて正当だったものが、少し時代が流れてから遡及的に規制処罰対象になってしまうようでは、健全表現活動はなされえません

 

遡及的な適用を禁ずるためには、客観的指標必要です。

anond:20180404184047

規制ラインを作って、そこに該当しない表現であったとしても、問題があると感じて抗議する人はしまから

まり意味があるとは思えません。

下手すると、抗議のたびに、さら規制が増えるだけだと思います

してはいけない表現と、してもいい表現が明確な方が、表現はしやすくなります

そうとは限らないと思います。明確がゆえに、コンテクストによっては許容されるべき表現すら不可能になる場合も有り得ます

表現からみて、やっていいかいか判断がつかない、あるいは「発表した後から判断基準が覆る」というのは、大きな萎縮要因ですので

表現自身倫理観が常に問われるのは、当然のことではないでしょうか。

anond:20180404185922

法的な規制公権力による圧力でないのなら、批判したいものは好きに批判したらいいと思います

調整の必要さえありません

それぞれの表現者が、法律に反しない範囲自分が良しと思うものを好きに発表し、

閲覧者は、自分が悪しと思うもの私的批判したらよろしいでしょう

それを否定する権利は誰にもありません。日本には言論の自由がありますので。

 

表現規制議論が紛糾するのは、規制側が公に圧力をかけようとする場合です

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