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はてなキーワード: 表現者とは

2020-05-22

クリエイター政治発言

好きなイラストレーターさんがちゃん検察庁法改正案に抗議しててすごく嬉しかった。

クソリプフォロワー減少を怖がってる人もいるけど好感を持つ人も沢山いるよ。

しろだんまりされると、表現者なのに政治に関心が無いのかなと疑問すら感じる。

 

発注側の人がクリエイター政治的発言は仕事に影響しないと言っていたし、

元来芸術政治は切っても切り離せない関係

もっと積極的政治問題に参加して、作品昇華していってほしい。

2020-05-13

anond:20200513014324

表現者現実人間であるってことを受け入れてなくて架空キャラクターマスコットのように振る舞ってほしいってのはなかなかに無礼だし幼稚なエゴだ、と謗られる覚悟の上でその感情肯定するのだったら、まあそういう人は仕方ないとは思うけど。

しろそういう幻想を抱きがちな人の誤解を生まれる前に消し去る為に、表現者もどんどん忌憚なく政治的発言をすべき、とする方が健全ではない?

演技や創作表現中ではないんだし、そことは分別をつけて、SNSにいるのは現実人間の方なんだから人間フォローするってのはそういうことだし、そういうのを一切受け入れ難いのであれば表現者自身フォローせずに公式アカウント等だけフォローすればいいだけのことだし。

まあ残念な気持ちになる事があるのは誰もが理解できる。でもそこは理性で乗り越えるべき部分なはずで、「良い悪いを論ずるべきでない」みたいに変にタブー視すること自体おかしい。

まあ表現者自発的に専門外のトピック自粛するのならまだしも、他人が「やめてよ」と心の中で思うまではよくとも「やめてください」とは言っちゃダメライン。それだけのこと。

個人名で発信している以上、他人コンテンツである以前に人間なんだっていう当たり前のネットリテラシーを揺らがせてはいけない。

しろ最近なんか会社名を背負ってるアカウントですら個人的な人間臭さをゴリゴリ押し出してくる世の中になってきてるし。

ある意味、みんなで「残念な人」になろう、怖くないよ、炎上なんぼのもんじゃい、死ななきゃかすり傷、的なノリさえ感じることがある。

若干の「寛容の強制」を感じさせるくらいのほうが今のネットではしなやかな態度なのかもしれない。

2020-05-12

anond:20200512132102

俺は将来じゃなくて今現在心配になるおじさんかな。

若いうちに青春体験は一通り、いや、ありったけしといてほしいじゃん。表現者としてもさ。

まあ青春痕跡を表に出すか出さんかは方針次第だけども。

2chなんかで彼氏らしき人と馴れ合ってるウェーイな写真なんかが貼られてたりすると却って安心するよね。

学生時代はずっとぼっちだったんです、なんて告白される方が悲しいしね。オタクのための嘘だとしても。

anond:20200512124115

それ言ってるのネトウヨしかいないから影響力のある人間政権批判されるのが怖いんでしょう

 

芸能人作家はむしろ政治発言しないと駄目

特に作家政治から逃げてる人間表現者失格です。無関心はバッシングされても仕方がない

2020-05-09

平田オリザ問題って・・・

そもそも、前提としてこいつが鳩山内閣時代のブレーンだったことを知らない人が多すぎるんだな。

から正しいか正しくないか判断が遅れているのだと思う。

比喩表現だかなんだか知らないけど、今攻撃中のマンガ業界にたいするコメントを見る限り、表現者としても無能すぎると思うが、本質はそこではなく、左側おかかえの電波芸者というのが正体なわけよ。

anond:20200508235213

ちなみに、漫画業界意味なく引き合いに出して炎上しているようです。

http://blog.esuteru.com/archives/9507593.html

ちょっと表現者としての能力問題がありそうですね。

この程度の表現しかないのでは、社会に対して存在する価値がありません。

2020-05-06

anond:20200506113351

自分所謂インターネット文化周辺の人間なので、むしろ今皆引きこもって逆に活性化しているすらある。

演劇コンサートのような、大きなホールかに集まるオフラインイベント死滅寸前かもしれないが、

オンラインでゲットできる媒体(書籍音楽映像あたり)は逆に今手が伸びやすいよね。

「うちで踊ろう」的なのも金銭の発生は少ないにしても、あれだって文化で娯楽だと思うし。

演劇選択してしまう時点で表現者としては頭がおかし

まあここまで言う気はないけど……。

俺も文化の人だが、演劇の人たちが文化を独占しているのはなんだかなあと思う

小説家で、サラリーマン製造業だ)の俺だが、小説界隈でお国支援を求めている人なんていないよ。

と言うか物書きはそういう発想すらないと思うのだが。

文化がどうだこうだと言うんじゃなくて、演劇死ぬときちんと言って欲しいわ。

日本文化の99%はおかみから支援も無いのがあたりまえというところでやっているんで、死ぬには文化じゃなくて演劇業界だけだろ。

と言うか、演劇業界は日頃から浅利慶太しろ平田オリザしろ政商よろしく、がっつり税金に食い込んでいるんだから、足腰が弱いんだよ。

演劇古代から連綿と続く表現方法だが、正直言って現代基準で言えば表現形式として言えば劣っているだろ。

カメラワークによる構成もできず、ズームインもできない。

まっさら表現者として表現模索する時に、演劇選択してしまう時点で表現者としては頭がおかしいと正直思うわ。

演劇なんてすたれても構わないし、必要なら必ず復興するはずなので、ほうっておけばいい。

2020-05-01

演劇関係者左翼が多いのは

その方が上の方で覚え目出度いし、そうだと言っていた方が業界内では安パイだというだけなんだろう。そりゃ筋金入りもいるかも知れないが。社長幹部巨人ファンが好きだってうからそれに合わせているって、処世術としてはわかるけど、『表現者』とか言っている割には情けないな。

2020-04-28

アーティスト政治から逃げるな

政治を知る事から逃げ、政権批判をしないアーティストは控えめに言って表現者失格

早々に表現の場から去っていただきたい

2020-04-26

英語英文法という規則体系があるのなら、時代による進化を除けば本来それはひとつだ。

その一つが書籍学者によって表現が違うのは、ひとえに表現者の能力不足だ。

読者や学徒に理解させることが目的でなく、自身研究成果の披露しか考えてない。だから内容が体系を満たさず理解できないのだ。

2020-04-19

お金持ち以外チケットの払い戻しはした方がいい

中止になった舞台コンサートライブチケットを払い戻さず推しお金がいくように支援するというオタク

やめた方がいい

チケット推しの芸を見る対価なんだから行われていないイベントチケットのためにお金を消費しないで!

チケット代くらい大した出費じゃないよという富裕層は払い戻ししたくないならしないでもいいけど

貧乏人、庶民中流階級程度の人間が行われなかったイベントチケットの払い戻しをしないのはマジでメリットないよ

あなた推しは行われていないイベント給料が口座に振り込まれて喜ぶ人なんでしょうか?

表現者としてのプライドがある推しなら反応はビミョーなんじゃないでしょうか?

やってない仕事お金が振り込まれラッキーって思う人間なんですかあなた推し

中止になったイベントチケットはきちんと払い戻しして、そのお金でグッズとか円盤とか買いましょう!!

ちゃんとした流れで推しお金を払おう!!

富裕層ならチケット代くらいとんじゃっても大したことないけど

庶民チケット代を失うのはもったいないよ。本当は推しパフォーマンスのためのお金なのに

チケットを払い戻しせずに失っちゃうのはもったいないよ本当に

それにその払い戻ししなかったチケット代、推しの口座に振り込まれるかどうかもわからないよ。

払い戻ししなかったお金がどうなるのか調べたの?

推し応援したいなら真っ当なやり方でお金を払って支援しよう

2020-04-15

安倍総理の例の動画と怒ってる人達

動画自体は失敗だったと思う。

NYCのクオモみたいに頑張ってる政治家演出すべきだった。

実際クオモはジャーナリスト兄弟演出無能なのにあんなに評価されている。

自分動画への初見時の評価は、「おじさんだっせ」「犬いるのか」「それはいらんやろ」だった。

しかし暫くすると、ぶりぶり怒る人が続出した。

まず「パンがなければケーキ」の論調

そして星野源の出した声明に対して「星野源がアベを切り捨てた痛快痛快」、

星野源がアベに日和った!俺らと共にアベと戦え!」という全く正反対のもの

どれも、なんでそんなに怒ることかね?という印象。

パンがなければケーキ」に関しては、完全に安倍総理失策

前述したように政治家としての働きを見せるのが正解。

あと犬派じゃないか他人の犬見ても別に嬉しくない。犬派ってそういうとこあるよね

星野源はアベを切り捨てた」「星野源はアベに日和った」については

どっちも国語教育をやり直したほうがいい。

星野源声明で、表現者として最大限の正解の態度を取った。

シェア素材を発信する側はそれを止める義務責任権利もない。

多少の困惑は見え隠れするものの、うまい文章だった。

そして「切り捨てた」派のほうが反応としてはまだ少し正しい。

実際は切り捨てたのではなく、「無関係です」としか言っていないが。

2020-04-14

ライセンス規定できるのは権利者だけだ

きっと発信者に悪意は無いし、権利者もこの人の意見を強く否定する程では無いと思う。でもこの人の善意による発言が、権利者の、あるいは人類史の妨げになると思うので記す。

まず創作物権利は、当局著作権法万国著作権条約によって定められている。しかしその規定された制約ではなく、独自ルールで利用されたいという人は居る。それは権利者の権利である

今回、多くの興行が中止された。特にチケット販売済みでその日時に表現をしていたはずの表現者は、インターネット上で代わりのコンテンツを配給しているようだ (もちろん興行に関わる人への利益になるよう調整をしている人も居る) 。その中で、該当コンテンツは「コラボ」を許容した。該当ライセンス記述は以下のとおりだ。

誰か、この動画楽器伴奏コーラスダンスを重ねてくれないかな?

非常に曖昧ライセンスである権利者が権利曖昧にする理由は様々だが、該当コンテンツ場合自由に何かを作って欲しいから、作ることによって辛い気持ちを乗り越えて欲しいからだろう。

安倍首相Twitter アカウントで、この動画と組み合わせて作ったコンテンツは、とても多くの人に不快感を与えた。表現である以上、評価コンテンツに触れた人の解釈に委ねられる。でも、 安倍総理の星野源さんコラボは何が問題だったのか / 音楽家からの視点と分析 の主張は違う。「その利用方法が間違っている」と言うのだ。

星野源さんについて詳しく無い (書籍エッセイは全部読んだが) ので、ブコメを参考にした所によると、この楽曲は「家に籠もることができない人も含めて、自分の心の内の世界で踊ろう」というメッセージらしい (後日に対象発言を正確に引用してこの節を書き換えるかもしれない)。だとしたら、「ダンス」に「日常生活を送る姿」が含まれ可能性はある。それぞれなりの生活楽曲になぞらえる、あるいは楽曲から想起され日常気づき、それを表現するということはあり得る。楽曲と、楽曲解釈自分なりに表現したもの。それによって作られたものであれば、権利者は容認し得るだろう。そうでないと言えるのは、ダンスダンスではないもの規定できる人だけだ(それも権利者の権利を上書きする力は無いが)。

この人が「これはセッションではない」と言うことは、その可能性を閉じることである

権利から提示されるライセンスは、権利者と利用者との契約であり、契約に反する場合当局法令によって裁かれる。 つまり権利者が「これは違う」と言うことは、コンテンツ利用者犯罪者と断定する行為である

今回の騒動で、権利者は「違う」と言わなかった。一方でこの人は「違う」と言い、それは多くの人の注目を集めた。場合によっては「違う」という意見が多勢となり、「解釈を間違った人は犯罪者である」という状況を作るだろう。これは誇張ではない。


権利者がコンテンツに対してのライセンス規定できるということは、「コラボ」が許される期間を 100 年程短縮する (権利発生時から権利者の死亡までを 50 年と仮定日本著作権法による) 。そのコラボコンテンツにはコラボした時点で権利が発生するため、そのコラボコンテンツを元にコラボするためにはまた 100 年待つ必要がある。権利者がライセンス規定できることで、その期間をゼロにさえできるのであるさらにそのコラボとなれば、発展の期間の短縮は例を挙げるまでもない。権利者以外の誰かが「これは駄目だ」と言うこと、そして権利者没後の人々が賛同することは、人類文化史を 100 * n 年後退させることである

繰り返しになる。みんなが辛い。みんなが興行ができない。そのために素材を提供した。その素材に依るコンテンツを「これは OK 」「これは NG 」と規定できるのは権利者のみである。外部から NG規定され、雰囲気としてこれは NG とされれば、行われたはずのコラボコンテンツの公開を損なわせる。それこそ権利者の本意に反するのではないだろうか。

今回のことで、インターネット上にコンテンツ配信する人は増えた。そのライセンスが明確であると、それは資源となり、様々なものが作られる。そしてその先には別の未来が待っているだろう。「これは NG 」と規定する非権利者が現れる事によって、人類史は 100 * n 年の遅延を求められるのだ。

まだいつまで続くか分からない状況の中で、興行の代わりに「コラボ可能」なコンテンツ提供する人は多いと思う。そして「細かいことや面倒くさいことを言いたくない」という理由曖昧ライセンス表記提供されるだろう。「分かるでしょ」というのは同一の文化圏でのみ通用する。でも公開する以上、同一ではない文化ともなんかやりたいじゃん。

でもやっぱりライセンス規定するのは難しいし、読む方も難しい。コンピュータソフトウェアはずっと改変によるメリット著作者権利議論し続けていて、ある時クリエイティブ・コモンズという権利者の権利の表示が簡便な仕組みを生み出した。

明確なライセンス表記をすることは、利用者を守る行為でもある。利用者犯罪者にする可能性を防ぐことができる。クリエイティブ・コモンズ表記は極めてシンプルに作ってあるので、これからコンテンツを公開する人はどうか自分自分コンテンツをどう扱って欲しいかを、表記してみて欲しい。だめだったら個別にだめだと言って良い。それは権利者の権利から

余談だが、今回の騒動議論余地があるとするならば、「文化政治利用」が「営利」なのか否かだ。もし CD などの物理メディアを通して金銭の授受が行われれば明確にアウトだが、プロモーションについては判例が少ない。ぜひライセンスガチ勢ツッコミを求める。

あとほんと蛇足なんですが、今回問題になった Tweetクレジット表示が無かったのは本当にだめ。表示をしなくて良いのは Public domain か CC0 のみで、どんな解釈でもそうは取れないのでだめそう。でも異文化に触れた老人たち (本人じゃないだろう) が異文化雰囲気を読み見違えるなんて普通じゃんね。それを超えて老人たちも良い感じのコラボコンテンツを出してくれた方がいいじゃん。

2020-04-05

anond:20200405231015

いい例えですね

フーリガン相手サッカーチーム馬鹿にしたらどうなるか一目瞭然

今回の件も同じことが言えるのに、ビックリするって表現者なのに想像力が欠如してるのかな

2020-03-24

二次創作やったオタクは今すぐ筆を折れ

二次創作同人創作でもなんでもない。ただの著作権法違反

真っ黒の犯罪行為なんだよ。

そんな他人作品を踏みにじる行為をのうのうとやっておいて、

よくも表現者ぶれるよな。酷いことに二次創作やっておいてプロ活動してるクズもいる。

同人作家達は今すぐ筆を折れ。二度と創作に関わるな。

二次創作を消費してるオタク共も同じだ。お前らに表現物を消費する資格は無い。犯罪者が。

ギャルってやっぱいいよな〜

何がいいってなんか強そうなのがいい

強そうなところがいい

というか多分強い

意外とギャルって単独行動してる

ファッションも強い

攻めすぎ

もはや意味わからん海外前衛的なファッションショーレベル個性的

いやマジで

そういう視点で見ると本当に前衛

あの昇天MAXペガサス盛とかもはや完全にそっち寄りだよな


そんなギャルなのに

めっちゃ空気読む

なんか優しい

なんか知らんけど謎の色んな痛みを知ってる優しさ的な

知らんけど

俺はギャルを "歩く孤高の表現者" だと思ってる

というか心の中でいつもそう呼んでる

ギャル派です

2020-02-25

周りが表現者になっていくのに、自分には言葉がない、思想がないせいで何も表現できない。顔やスタイルが良いわけでもない。なにもできないじゃないかという喪失感絶望している。

2020-02-23

anond:20200223104443

そういう何でもかんでも苦情入れる奴は悪質クレーマーといってそいつ自身がはた迷惑表現者なのでしかるべき場で裁く必要があると思う。

2020-02-18

anond:20200218205551

上野千鶴子河合塾学生たちに行った講演を記したもの。1985年の話なので古さがあった。社会はどんどん変化して行くからこれはしかたがないし、時が経っても変わらないものもある。でも、違うんじゃないかな?と思ったところもいくつかあって(意見の相違ではなく事実として違うんじゃないかというもの)、そうしたらこの増補版には最後自閉症についての記事について受けた指摘について認め謝罪する文章が添えられていた。指摘されてすぐに非は非と認める当たり前のことができない表現者もいるので、この点は評価する

謝罪してましたっけ・・・

anond:20200217053738

別にそれにポスターのものに異を唱える事とそれが問題だと指摘する事は悪くないけどエロく感じたか撤去させるっていう方向性自粛自粛で何も面白くないし表現者を萎縮させるだけだから良くないんじゃないかなと思う

それこそ風紀取り締まりって言って山東京伝牢屋に入れたのと同じ事が起きかねないし

オタクが憎くて憎くて仕方ないからこういう事してるってなら別だけど

2020-02-06

ジャンプ中国に負けた

先にもうお前らにはヒロアカ売りませんってやっとけばよかったのに。

表現者矜持を売り渡たそうとして拒否される無様な会社

私の大好きだった2.5次元は死んだ。

2.5次元俳優という言葉を知ったのはいつ頃だろうか。私に至ってはきっと5~6年前である

 

顔面が最早2次元って意味もあるかもしれないけど、漫画アニメを、実写や3次元表現する際に選ばれる男性役者を「2.5次元」の俳優と、今回はそう定義する。

 

まあ、実際に漫画アニメ実写映画化で「2.5次元俳優を使わない作品もあるけどね。ジャ○ーズや大物俳優を使ったり。キャストに関して物申したいことはまああるけど、今の映像作品業界は、如何に俳優を魅せてファンを獲得するかって節があるのでいいとする。(それの善悪については話が長くなるので今回はしない。)

 

今回の「2.5次元俳優は、所謂漫画実写舞台アニメ実写舞台ソーシャルゲーム実写舞台に出演している俳優に関してですよ。

 

最初の話に戻ると、私が数年前にこの言葉を初めて知り、実際にその俳優達を見たときに思ったのは「とんでもないプロ意識」だった。

今まで普通舞台ドラマ映画を見ていた私にとっては、俳優作品ごとに性格や見た目は違えど俳優自身を売りに出すものだと思っていた。

でもここは、普通俳優とは違って、2次元キャラクターを元に、出来るだけその子になることが善とされている世界。元作品をそのままに、世界観をそのままに、キャラクターをそのままに表現する舞台作品ごとにキャラクターが違う、髪型も目の色も違う何もかも違う。これは普通俳優の比じゃないくらい違うと思う。

自分を消しているんだよ、2.5次元俳優は。というか自分じゃ駄目なんだよ。自分はその作品の中にいない。いるのはその作品キャラクターだけ。これが、この意思がどんなに凄いことか、当時の私はとにかく感銘を受けた。

表現である以上、どうしても自己承認欲求が出てくる。でも観客からもらう歓声や愛は、自分に向けられたものではないんだよ、そのキャラクターに向けられたものなの。どんなに自分が嬉しくても泣きたくても怒りたくても楽しくても、キャラクターにそぐわないなら自分を殺す。表現者として。

ほんとうに凄い、と思った。プロだなぁと。

 

そしてその数年後、ある2.5次元俳優が出る、漫画原作舞台を見に行く機会があった。

私は俳優をほぼ知らない(有名な名前の人は数人程度知ってた)状態で、その作品純粋ファンとして観に行った。

最高に面白かった。凄かった。めっちゃ最高だった。

私の大好きな世界がそこにはあって、推しがいて(しかアニメ版の声とそっくり!)皆格好よくて!買うつもりじゃなかったブロマイドを何枚も買ってしまった。あとTシャツパンフレットも買った。後から知ったのだが、俳優の何人かは、何回も何回も漫画アニメを見返して、アニメ版の声優に声や演技の指導をしてもらって、練習間中はそのキャラクターになりきって生活していたらしい。もうここまでくると狂人だと思った。凄い。尊敬

 

実写化!」の文字を見て

その作品を知っていたり好きだった場合は基本観に行かなかった私だが(作品世界観を壊されたくないから)、2.5次元俳優にやって頂けるなら大感激だなぁと思った今日この頃という気分だった。

 

 

 

 

 

※ここから私のモヤモヤ愚痴タイムです。2.5次元好きな人は見ない方がいい絶対。上の感じを見てあれ?って思った人、察した人、見ない方がいい!絶対

 

 

 

……だった。

 

………………だった、なんだよ。

 

………………………………だった。なんだよなぁ。

 

 

結論から言うと、私のみた舞台

"私の中での「当たり」"

舞台、だったのだ。

 

端的に言うと、私の感心して尊敬した「自分を徹底的に消して、キャラクターに成りきって世界観を壊さな舞台を作る」という部分をしっかりと守った作品舞台俳優だったのだ。

 

最近2.5次元俳優はね、正直目も当てられないんだ。見るのが本当に辛い。

 

舞台中に自分自身を出す」「作品の中で作品メタファーをする」「最早俳優同士の身内ネタ満載で会話する」「笑うキャラじゃないのに笑っちゃう」「泣くキャラじゃないのに涙する」「世界観をぶち壊す(例えばファンタジー物で電子機器を使ってウケをとる等)」言い出せばキリが無いんだけど、マジでキリが無いけど、私が感心していた部分ぶち壊し、というか寧ろ俳優として絶対にしてはいけないタブーばっかりオンパレード世界になっているんだよ。今の2.5次元舞台って。

特に原作漫画アニメのしっかりとした基盤が無い、ソーシャルゲーム(タップして進むストーリーのためキャラクターの表情がわからない)、作品オリジナルストーリー(過去編など)の場合は本当にひどい。なんでもやっていいと思ってる。

自分しまくり。世界観ぶち壊しまくり。君の演じてるキャラクターそんなこと言うっけ!?そんな顔する!?笑わないキャラじゃないの!?作中一回も泣いたことのないキャラクターじゃないの!?

と言った具合。原作レ○プ。

 

そして「日替わり」という文化吐き気がする。やめてくれ。

上のぶち壊しキャラクターは勿論、しっかりとしたお笑いの訓練を受けてない若者のスベり芸を見せられてどうすればいいんだこっちは。可愛ければいい、格好よければいい、それはわかるけど、正直クッソつまんなくて死ぬ

 

最初に私が言った、「今の映像作品業界は、如何に俳優を魅せてファンを獲得するかって節がある」という言葉これになりつつあるってだけの話。これが2.5次元俳優世界で同じことが起きているだけの話。

今や、2.5次元俳優写真集を出して、テレビドラマに出て、2.5次元俳優の沢山出るコメディドラマが作られて、私生活に密着されて、バラエティを撮る時代だ。

2.5次元俳優自分自身を出す時代だ。

私の「自分を徹底的に消して、キャラクターに成りきって世界観を壊さな舞台を作る」人達という認識が古い時代だ。

しかし、「2.5次元俳優から」という言葉が一人歩きして、多少ネタが滑ってても可愛い格好いい、多少作品の中で自我が出てても可愛い格好いい中の人が出ちゃってるよ!きゃー!だから

これを普通俳優がやってたら終わりだから。どんなに演技が下手な新人役者でも、作品の中でどんなにキャラクターにそぐわなくても、自分は出さない。そういう世界。この人、どのドラマでもいつもこの人だよね~って言われて、その人の出るドラマは見られない世界

 

かくして、私の尊敬して止まなかった「2.5次元俳優」という人たち、「2.5次元舞台」と言われるものは死んだ。

 

今も、というか今が2.5次元という文化の全盛期なのでは?というところで、私は無理になってしまった。でもこんなに人気なので、2.5次元界隈のマーケティング大成功なのだ俳優達に自我を持たせ、作品内で自分を出していく、「作品中心」ではない「俳優中心」の世界が。

 

私がそれらの需要の海から外れただけのお話

 

 

ちなみに、私の大好きな観に行った舞台に出演していた俳優さん達は、他の世界観ぶっ壊し舞台の中でもキャラクターとして生きている人がほとんどだ。数ある癒しの部分。本当に当たりの舞台だったんだなと思った。

2020-02-04

anond:20200204085022

あの連中に表現を語る資格は無い

あいつらを持ち上げてるオタク表現者はただちに筆を折って表現の場から去れ

2020-02-02

anond:20200202192254

いや、表現者表現自粛する段階で法律による仲裁なんて必要ないのだが。

企業が「〇〇は不適切発言だった」と陳謝する時に「これは〇〇の法律に反していました」なんて釈明は要らない。

事故があった際の示談の条件が法律記載されているなんて事もない。

君はどこの世界線の話をしているんだ……?

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