「永六輔」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 永六輔とは

2019-09-20

お尻よりおっぱいのほうが永六輔だと思ってたけど、それはあちがいだときづいだ。

今日満員電車で左からおっぱいを右からお尻を押し当てられた。

最初はおっっぱいがうれしかったけど、

よく考えたらこれブラなのよな。

しりは布が薄いからこのやわらかさはほんものだ。本物は尊い

あ、ちなみに私は女性なので男は性的消費がぁ~~~~とかわめくおばさんたちはお帰りください。

2019-08-15

Midas先生あいちトリエンナーレ表現不自由展」を語る

どうもMidasファンです。

面白かったのでブクマをまとめました。

https://b.hatena.ne.jp/Midas/

芸術政治化」ではなく「政治芸術化」こそが問題



 もう少し左翼好意的に言っておくとこの件(「消すぐらいならやるな」と憤慨してるひとがいるように)「政治政治ちゃんとやれよ(天皇制を打倒したいなら『表現の自由w』とか言ってないで現実で打倒しろ」につきる。めざすべきはあくまでも現実世界での天皇制廃止ないしは社会改革であって展覧会で「これがボクたちの考えた芸術です」は単に『表現w』の世界へ逃げこんでるだけ(「現実では何も変えれない」敗北宣言にこれも等しい。

 このへんの不純さ、不誠実さが(右翼のみならず)いわゆるノンポリのひとたちの嫌悪感を誘ってるのは疑いないので。結局「歴史上の人物から問題ないですよね」がいまだに大失言だと気づいてないのはそういうとこ。「これは表現の自由だ」が『政治』になりうるためには当然ながらそんな2代まえなんかの肖像いくら燃やしてもアクチュアリティのかけらもないわけで(「歴史上」は「ノーカン」でしかないので)いまの天皇を燃やすべき。ところが令和の陛下が犯した悪行といえば柏原芳恵ラブレター書いたのと嫁の生理があがってオトコみたいなツラになったくらいしかないのであってその責任を問おうにもポイントがみつからない(お人柄もいいらしいし。

 「2代まえのひとだから(歴史上の人物なので」と『表現の自由』だけを切り分けようとするほど政治的には効力を失ってしまうというジレンマがある。「いいかな?」とか言ってる場合ではないのである。かんたんにいうと今回の件が決定的にダメなのは(ちまたで言われてるような)「芸術政治化(本来ニュートラルであるべき美術世界稚拙プロパガンダ芸術をもちこんだ」からではなく逆「政治美術化した」から

 政治美術化とはいうまでもなくファシズムの最も簡潔な定義なので。政治美術館での鑑賞の対象にするとは現実世界矛盾一見みんなで共有してるようでその実は単に審美的判断をくだすだけ。くり返しいっとくが政治ギャラリーでの鑑賞の対象にして「考えさせられました…」とか言ってるのは現実改革あきらめたしるししかないのである政治展覧会ネタにしてはならないとはそういうこと。



表現不自由」よりも「差別排除時代」の方が問題



 たぶんガイジンさんには今回の「表現の自由」いったいなにを争ってるのか全く理解できてないと思う。ちなみに「表現の自由がー」必死に言ってる連中もこれが極めて日本的な『どこに由来してる』か自覚してない。

 (まさかと思うかもしれないが)この『表現の自由はいわゆる『朝日的な』もの(サヨクん)ではなくルーツ雑誌ぴあ』にある。町山が「はあ…昔の『ぴあ』はよかった…」言ってたのを軽くみてはならない。日本の68年以降の文化史ではそれまで『朝日ジャーナル』を小脇にかかえて歩くのが学生さんヤングのひとたち『かっこいい(政治意識がある』と言われてた。雑誌ぴあ』はまさに『朝日ジャーナル』の次にあたる。朝日ジャーナルにかわってこんどは『ぴあ』をかかえて歩くのがかっこいいヤングの条件(ちなみに朝日ジャーナルのまえは『平凡パンチ』とか)になった。『ぴあ』がかっこよかったのはいわゆる『情報誌』だったから。

 ロードショーから場末ポルノ歌舞伎展覧会にいたるまで情報を『差別』せずフラットに扱った最初の例が雑誌ぴあ』。フラットに扱うとは『価値判断をしない』。ただしこの『価値判断をしない』がくせものであって…「町山さいきんクソサヨクなっちゃってどうしたの…(脳に毒がまわったのかな」ふしぎに思ってるひとも多いが情報コンテクストにおける『価値判断しない』は結局は「愚弄する(冷笑する。もちあげない」なので津田やあずまくんにしてみれば「まさかこんな反発くらうとわ…」なのもまあわかる。あの「歴史上だから、まいっかと思って」もホントだったら慰安婦像つくったひとにむしろ「ふざけんな!」言われてるべき態度。

 慰安婦像つくったひとは(わたしにいわせればデタラメもいいとこだが)マジで日本人よ…はんせいしろ」思って(たぶん)あれつくってるので。津田やあずまくんがやってた「表現の自由」実はそこまでの政治性はない。

 雑誌ぴあ』が今週おこってるいろんなイベントおもしろおかし無差別にとりあげれたその点において表現自由だった(ロマンポルノのとなりにハイソ演劇が並んでてよかったね自由社会で)くらいのニュアンス。もちろんそうしたフラットなあつかいができるのも世の中がへいわで経済繁栄しててみんながそれなりに理解力があって寛容だったから。なのだが(実際に「ポルノと一緒にされちゃたまらん」感じてたひともいるはず。

 高尚な演劇とかでポルノと並列に扱われたら明らかに侮辱だ」思うのもまた自然ことなので。『全てをフラットに扱う(価値判断しない』だけでも『表現の自由』そんなに長続きしないしそもそもありえない。もちろんそうしたフラットなあつかいができるのも世の中がへいわで経済繁栄しててみんながそれなりに理解力があって寛容だったから。なのだが(実際に「ポルノと一緒にされちゃたまらん」感じてたひともいるはず。高尚な演劇とかでポルノと並列に扱われたら明らかに侮辱だ」思うのもまた自然ことなので。『全てをフラットに扱う(価値判断しない』だけでも『表現の自由』そんなに長続きしないしそもそもありえない。

 みんな(とくに憲法がくしゃとか)大いに勘違いしてるけどこれ要するにそういうことなので(どうしてこんなかんたんなことがわからんのだという感じ。なぜそうなるかというとつまるとこ『インダスリー』のもんだい。たとえばこんかいあずまくんいきなり前言ひるがえしたりして「なんなのこのひとは…(このていどのこと最初からわかれよ」思うひともたぶんたくさんいるはずだが別に彼らに一貫したものなどありはしないので、こないだまで河村disってたはずのあずまくんいきなり「津田がわるい」になるの丸山ぎいん「みなさんNHK受信料はらうのは国民のぎむ」からの「NHKぶっこわす!」入りと全くおなじ。

 インダスリー問題とはすなわち文化産業問題であり雑誌ぴあ』の「表現の自由」が成立してたのはみんなが中産階級だと思ってたから。永六輔とか旧NHKこうした平等社会の構築に焦点あわせてたしこの環境産物。こうした文化産業の仕組み(従事してるひとたちも含めまだ巨大なインフラが半ば廃墟と化しながら残ってる)いまどきこれでやってけるはずない(もう残念ながら時代おくれ)と誰もが思ってるのは確かなので。

 若干専門的な話でしめとくと(もうネットにたくさんいる情報産業のひとにとっては常識だろうが)おどかすようですまないがこれからは「情報フラットに」ではなく「差別排除」の時代なので(あれこれいってもムダ。差別排除とはゲートキーパーが誰をはじくか決めてその(誰でもゲットできるはずの)情報へのアクセス権がそのひとの社会的な地位をしめすアレ(要は「ブロックだ!」「不可視にする!」みなさん楽しそうにやってるやつ。

 表現の自由なんかよりそっちのほうがよっぽどだいもんだいじゃないの?wという感じだが世の中よくできたものホント重要なことは展覧会テーマになんかなったりはしないのである(みんなのメシの種になってるから

2018-03-09

anond:20180309144514

ああ!永六輔の死にはする殺されはしないとかけてるのか

2016-07-12

最近TBSラジオ

2015年 9月26日『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界最終回

2015年 9月28日『六輔七転八倒九十分』放送開始

2015年10月 3日『土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送放送開始

2015年12月 9日 野坂昭如逝去 * 『六輔七転八倒九十分』「野坂昭如さんから手紙

2016年 2月 4日 「たまむすび放送1000回

2016年 3月 4日 小林悠TBS依願退職 * 『小林悠 たまむすび

2016年 4月 6日 秋山ちえ子逝去 * 『秋山ちえ子の談話室

2016年 4月 8日『大沢悠里のゆうゆうワイド最終回

2016年 4月 9日『大沢悠里のゆうゆうワイド土曜日版』放送開始

2016年 4月11日伊集院光とらじおと』『有馬隼人とらじおと山瀬まみと』『ジェーン・スー 生活は踊る』放送開始

2016年4月度 個人聴取率調査首位獲得

2016年4月爆笑問題高橋秀樹、高橋維新と論争 * 『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ

2016年 6月 2日 荻上チキギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞 *『荻上チキ・Session-22パーソナリティ

2016年 6月 8日 田中康夫参院選出馬表明 *『ナイツのちゃきちゃき大放送準レギュラー

2016年 6月14日 『火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ放送1000回

2016年 6月27日『六輔七転八倒九十分』最終回

2016年 6月30日 ポッドキャスト配信終了、「TBSラジオクラウド」に移行

2016年 7月 4日『いち・にの太郎 赤坂月曜宵の口』放送開始

2016年 7月 6日 荻上チキ、"一夫二妻"生活報道

2016年 7月 7日 永六輔逝去

2016年 7月11日 林みなほ、橋本吉史と結婚報告 *『「ジェーン・スー 生活は踊る」』など担当P

2016年 7月12日 鳥越俊太郎東京都知事選出馬表明 *『大沢悠里のゆうゆうワイド土曜日版』準レギュラー

2016-05-01

黒柳徹子を題材にした、トットテレビかい番組

見たんだよ、昨日ね。

ドラマじゃねえな、あれは。バラエティだ。

テレビ草創期に生きた、存命の人物をネタにしたバラエティで、描こうとしてるものはまさに「テレビ世界」だ。

なんだよ、くっそおもしろかったわ。

満島ひかり、とかい女優? 徹子を演じるわけなんだけど。

なんだよ、あれ。

すげーわ。

真面目な顔してすごいコミカルなことできるんだよ、あいつ。

地の黒柳徹子としての感情表現、つまりドラマ必要な演技もこなすし、この企画要求するメタ面白さみたいなとこも、きっちりやりやがる。

しかも美しい。本当に美しい。横顔なんてマジで神々しいんだよ。

けどな。題材はオワコンと言われて久しいテレビだ。

その誕生のころを組み替えたネタしか、楽しませられないのか?

出演者、裏方これだけを集められるのはやはり、テレビというかNHKがまだ死んでないことの証左ではあるかもしれない。

森繁渥美清永六輔もみんな死んだ。徹子も長くない。テレビ持ってない人の方が多くなるのもそんなに先じゃないかも。

まだ初回だが、この番組の出来が良ければ良いほど、臨終のテレビへのはなむけ的な雰囲気になりそう。

ブコメの人へ

すみません永六輔死んでなかったわ。

小沢昭一勘違いしてた。

2014-04-25

ウンコツイート 倉本圭造の永六輔

今日ニュース見てて、いろいろ面倒な話は置いておいて日本皇室があって良かったなあ、
的なことを思った。理由もなくそんなこと思ったりするのは子供の頃の自分ならムキー
てなった感じの話なんだけど、とにかく素直にそう思ったんだから仕方ない(笑)
自己分析もやればできるけどしないでおこう。
倉本圭造
https://twitter.com/keizokuramoto/status/459326054490853376

 

倉本圭造の言論には

倉本圭造自身でさえ触れられない言論タブー

倉本圭造タブー」が存在する

この文はまさに「倉本圭造タブー」の結果として作られた

ウンコみたいなツイート

 

こんなタブーツイートなんて一人一殺右翼でも書ける

たとえばこんなふうに

 

今日ニュース見てて、いろいろ面倒な話は置いておいて日本倉本圭造殺せと主張する人たちがいて良かったなあ、的なことを思った。理由もなくそんなこと思ったりするのは子供の頃の自分ならムキー!てなった感じの話なんだけど、とにかく素直にそう思ったんだから仕方ない(笑)自己分析もやればできるけどしないでおこう。」

 

な、ウンコだろ?(笑)

防衛線張りまくるあたりも小物感を醸し出している

 

倉本圭造がツイートで書くのをためらった「良かったな」と思ったこととは

もちろん皇室ではない

現在皇室というものを作った日本国憲法戦後政治

それによって形成された戦後民主主義だ それを「皇室」と呼んで

からも批判されないよう倉本圭造は防衛線を引いたのだ

戦後民主主義に対して、子どもの頃の倉本圭造はムキーと反発していて

いまは倉本圭造は戦後民主主義にムキーと反発しないで

素直にあって良かった 日本国憲法あって良かった

戦後政治あって良かった 戦後民主主義あって良かった と

素直に思えているけれど それについては 

やればできるはずの自己分析を 倉本圭造は、したくない(嘲笑)

 

倉本圭造のメンタリティは 大日本愛国ナントカ的な昭和陸軍的なものから

団塊の世代かそれよりも前の世代メンタリティに変化している

一言で言うなら「倉本圭造の団塊の世代化」「倉本圭造の永六輔化」だ(爆笑)

 

倉本圭造は少数派若年世代を捨てて

世論多数派の段階の世代側についたのだろう

それについては長所短所も両方あるが

とにかく素直にそう思ったんだから仕方ない(笑)

 

最後一言

永六輔化さんはいい人ですよ たぶんね

だけど彼の言論によって 狭い意味での政治は変らなかった

これだけは言える

 

2013-01-15

http://anond.hatelabo.jp/20130115094555

大丈夫

あなたもあと40年か50年したら、あなたが怖がった人たちと同じ分類に加われるから

「健常者というのはいない。

 いるのは『心身障がい者と、これから心身障がい者となる人』だけ」

永六輔さんの言葉です。

2012-12-20

anond:20121218161856

けども自民って育児教育少子化対策に金突っ込む気が全く無いくせに

後期高齢者には金撒くよ、つってんのに若い人にすごい支持されてるのな?

俺もそこが一番気に入らないけど、どうやら若者投票率が際立って低いのは本当らしいし……

http://d.hatena.ne.jp/kamosawa/20121214

若者優遇年金減額に等しい支持離れを起こすだろうし、マスゴミ年寄りの味方だろ。

むかし永六輔が「年寄りが下向いて生活するのがいい国だと思いますか」とかなんとか言ったと記憶しているが、

望んだとおりになった。年寄りが上向いて、代わりに若者が下向いて生活してるわ。

世代間格差については橋本が何か言ってたわ。その点を高評価して比例に入れてやった。

2012-05-16

去年の震災直後、ラジオ永六輔が「いろんな考えがあって良いのです」と言っていたのが、ここ数日のネットの流れを見ていて、ネットでこーいう事を言う人いないなぁ、と思った。

2009-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20090727173943

gokiburiみたいなのをみると小渕大臣が順風満帆な人生を送って

ゲスが益々ルサンチマンを募らせるようになりますようにと応援したくなる。

永六輔なみに反吐が出る。

2008-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20081224234009

モノマネ芸人っていうのは元々地方の営業なんかで稼いでいるわけだから、ああいうモノマネ番組で脚光を浴びること自体が珍しいんだよね。コージー富田とか普通にド田舎ホテルとか公民館で営業やってるよ。

ビジーフォーは元々モノマネ芸人じゃないし、松居直美松本明子マルチタレントやってる。松本明子永六輔に歌唱力の太鼓判を押されていたけど、モノマネ芸人の中には歌手崩れも結構いたりする。

2008-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20081104232326

引用が逆転しちゃうけど、

年寄りってレコードをかけることは出来てもCDをセットして再生ボタンを押すことが出来ないんじゃないかって。

いまだに演歌コーナーだとカセットテープが現役だからねぇ。

タワレコHMVといった大手レコード(?)店では気にならない(そもそも演歌コーナーが視界に入らない)

かもしれないけど、街のレコード屋さんとか、ホームセンターワゴンセールコーナーをのぞいてみれば、

それが分かると思うよ。

というわけで、

永六輔がさ、演歌が売れなくなったのって、社会レコードからCDに移行したからじゃないかって考察しているのよ。

レコードからCDに急激に変わってしまったわけではなくて、中間バッファとしてのカセットテープによる供給

残っているから、カセットも含む販売数で議論すれば、必ずしも演歌が売れなくなった理由の全てではない気がする。

どういう統計の取り方をしているのかは分からないけどね。たとえば、「CDのみでみた統計」とか、

演歌オールポップスありがちな「※歌っているのは本人ではありません。」をどう扱うかとか。

単純に、演歌が売れなくなったのは、演歌以外のJ-POP市場が大きくなった(演歌以外という選択肢が増えた)ために、

相対的にも絶対的にも演歌市場が縮退しているだけだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20081104233300

永六輔関係なく、CDが売れなくなったと嘆いている連中テープのことは言ってないね。

微々たるものなのかしら?

http://anond.hatelabo.jp/20081104230014

永六輔がさ、演歌が売れなくなったのって、社会レコードからCDに移行したからじゃないかって考察しているのよ。

年寄りってレコードをかけることは出来てもCDをセットして再生ボタンを押すことが出来ないんじゃないかって。

そりゃ「嘘だろ??」という気もするけれど、実際に年寄りCDショップでどれだけ見るかとか、自分の物理的近辺のジーさんバーさんたちが聞いているかどうかで賛否は分かれるだろうけど、

賛成する人だったら森久美さんの意見に肯くんじゃないだろか。

2008-10-17

今の永六輔の声を聞くといたたまれなくなる

永六輔の声が最近ものすごく老け込んでいる。モゴモゴ言ってて滑舌が悪くなった。

永六輔自体、僕の中では元からお年寄りポジションに有ったんだけど、

ここ数年の声を聞くとシビアな感じで「老い」という物を突きつけられるような気がする。

2007-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20071024214429

子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの(こどもしかるなきたみちだもの、としよりわらうないくみちだもの)

子供の過(あやま)ちを無闇の叱るものではなく、老人の言動を軽々しく笑うものではない。

自分も子供の頃に同じ過ちをした筈だし、やがて年を取れば同じような言動をするようになるということ。

★後に「来た道行く道二人旅、これから通る今日の道、通り直しのできぬ道」と続く。

★作者は不詳。妙好人(=浄土宗信徒の誰か)という。永六輔が著作『大往生』で、愛知県犬山で見たビラの言葉を広めたという。

 
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