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はてなキーワード: フジロックとは

2020-07-10

限界を迎えて糸が切れた話

平沢進音楽が好きだった。増田は彼の音楽を知ってからライブは全て通ったし音源も買いそろえ過去ファンクラブ会報を集める程度にはファンだ。

だが〇〇沼、推し沢、推し曲、マイナーな〇〇沢布教流行しているものがあればヒラサワと関連付けて広めようとする人の増加に伴い、二次元キャラのように扱うか教祖として崇めるかの二極化苛烈になっているのを見てついていけなくなってしまった。

そんなものはその界隈をブロックミュートをすれば良いと思うだろう。増田も当然とっくにしている。

だが当たり前にトレンド入りしたりフジロックのように外部の音楽ファンも目にする場所に出られては予想外の方面からミュートをすりぬけてやってくるのでどうしようもなかったし、平沢進と全く関係ないアカウントからもその手の話題があがるようになってしまった。どこまでも平沢進とそれを布教したいファンから逃げられない

本人が音楽の敗北と先日語ったように、布教する人が音楽について触れることは少ない。大体キャラクター性がこうで、どこかから拾ってきた画像動画を張り付けオタクが好みそうな布教内容で広めてる薄っぺらものが多い。

腐女子ファンが増えたからだろう、ライブへ行っても「絵師さんが推してる曲が」「きっと描いてくれるね」「絵師さんのレポ楽しみ」と盛り上がっているのを散見する。増田は全く知らないが絵師さんが好きな曲や性癖まで分かるほど大声で話している人も居るのでライブでは自重してあげて欲しい。オフ会でやれ。

ライブでのコールも様付で叫んだりオタクが好んで呼ぶ名前で叫ぶのも見るようになった。コスプレもいるし自作グッズをつけてくる人もいる。名刺交換もしているのをそこかしこで見る。ここはコミケか?それともアイドル現場か?オフ会でやれ。

そう思いもしたが先月行われたライブ配信サイリウムを振ってみているアピールを良く見たので彼はアイドルだったのかも知れない。

ファン平沢進本人と関係ないじゃないかと言うだろうが、本人も意図してその手のファンへのアピールもしているのでその姿にも冷めはしないが残念に思う部分はあった。

ライブにも行かなければ良いと思うだろうが、ライブに行かなければ何年先になるか分からない映像化を待たなければならない。2015年ライブは去年やっとDVDが出たし、他のライブも3年経って音沙汰がないのが当たり前になっている。

ライブが今はYouTubeで(昔はUstreamだった)配信されるとは言え、3月ライブのように当日トラブル配信取りやめになる可能性もゼロではない。そうなるとますますライブに行かなければならないとなってしま・・・

会場限定販売のMカードライブアレンジされた曲+画像が後日配信される)はデータダウンロード販売もほぼされていないのでいつ始まるか分からない通信販売を待つか友人に頼むかしない。音楽が好きでファンになったのにその音楽さえ手に入れるのにまずはカードを入手しないと聴けない。

本人が出すと言ったまま数年越しに放置されるのが当たり前になりつつあり、文句を言う姿はあまりみられない。公式は人数が少ないのだから大手のような対応を望むなと圧力をかけるファンもいる。

それらの全てが苦手になりつつも音楽は好きなので活動を追っていたが今週の沖縄旅行ツイートリプライを見て何か糸が切れてしまった。

目撃証言リプライされていると言うことはフェイクではなくリアルタイムで行っているのだろう。この時期に。

コロナをただの風邪と思ってるのかそれとも自分感染しないと考えているのか。症状は出なくても感染源になるかも知れないとは思ってないのか。

ファンも表立って見える範囲では沖縄旅行へのネガティブ意見はない。もしかしたら見えない範囲では苦言を口にする者もいるかも知れないが外から見えなければ無いも同然である

昨日も彼がアップした写真には彼を褒め称える言葉が並んでいた。

何か既視感だ。彼が、かつて批判していたようなものと似たような構図になっているのではないか

そう気付いた瞬間、増田はそっと平沢進フォローを外し自分アカウントを消した。

彼の音楽や語る世界が好きだった。公式に一番お金を落とす方法で買い集めていたが彼を囲うイエスマンの群れを見て無理だと思った。

彼は言う通り何も変わっていないのだろう、増田が見える角度が変わってしまっただけで元からそうだったのだ。勝手理想平沢進を見て心酔していただけなのかも知れない。

今後、増田が買わなくても多くのオタクが金を落としていくし、本人も増田のようなファンなど居なくても平気なのだ。それでいい。

彼にリプライを飛ばす人たちのようにこれ以上平沢進を消費しなくていいのだと考えたらなんだか心が軽くなったが涙は止まらなかった。

性的目線を向けるツイートや沼推し推し曲過度な本人や会人のキャラ付けを見る度に苦痛だった。本人がそれらに応えるようにネタを取り入れるのも気持ち悪いし、音楽の話をできるファンには最後まで出会えなかったことも悲しかった。普通に曲の感想を語り合える人と出会ってみたかった。

〇〇沢が~とかその人が作り出してる幻覚以外の、アーティスト表現者との平沢進の話をしてみたかった。

良くある冷めた話の一つなんだろうし、本人や周辺の目に留まることは無いだろうけど音楽が好きでした。救いだったよ。それは本当。どうせ届かないんだろうけど、ファンおもちゃみたいに消費されてくだけの平沢は見たくなかったな。

2020-06-05

フジロック中止の報道

公式が発表する前に報道するのって意味あるの?

こういう放置しておいても発表されることを、独自取材でわが社がつかみました!とか早めに出したからってなんなんって感じだわ。

フジロックの妹です。この度は兄、ロックが皆様に大変なご迷惑をおかけしていますことについてお詫び申し上げます

この事ははてなブックマークで知りました。本人の口からはまだ聞かされておりません。

兄のロックは毎年楽しみにしておりましたが今回は様々な要因があり中止となったと思います

今後も兄ロックよろしくお願いいたします。

この場を借りてお詫び申し上げます

2020-04-03

フジロック開催されるんやろか。

今年はなかなか興味深いラインナップなので気になる。

2020-02-09

彼女は僕に、私だけのロボになれと言った

女の子夜ご飯を食べた。その後、女の子がうちの部屋に来ることになった。それが土曜の夜で、

明けて日曜日の朝。近くにあっても一度も行ったことのないドトールコーヒーミラノサンドを食べたりした。

世はワールドカップの乱痴気騒ぎで、北区ケーブルテレビではフジロックの総集編が流れてた。

10階のマンションの部屋からは、赤羽駅が見下ろせた。秋晴れの日曜の午後の明るい部屋。

多分事情は、僕が「おまんこ見たい」とか言ったんだろう。彼女は「ええー。たさんも脱ぐならいいですよ」と、

二人は下半身裸になっていた。立てた膝の真ん中にある、女の子おまんこを見た。

おまんこだ。おちんこは半立ちだった。「ど、どうですか?」。僕は鏡を持ってきて、

彼女の前に立てた。「わあー、初めて見るー。ほんとだ、穴が開いてるー」。

彼女処女だし、もちろん陰毛のお手入れとかしてない。

「ちそこ見せてくださいよ。これでいちばん大きいんですか?」「いや、ふにやふにゃ」 。

彼女は体をくねくねさせ「ほら見て私の胸」とかエッチな振りをし始めた。

そうすれば大きくなると思ったんだろう。ぴくんとしただけでしぼみそうなちんこを、

彼女は「ぐい」と掴んでぐにゅぐにゅしごき始めた。

そんな短絡な!と思えど女の子におちんちん握られてるエロさもあって、

がああと襲い抱きつきたいのをがまんしてたら、「なんかぬるぬるがでてきた」と言う。

指にとって糸をひくのを何度か確認したあと、僕の口元に出して「舐めて」と言う。舐めた。

オナニーしてくださいよ」「舐めてくれるんですか」「嫌ですよ」。

彼女おまんこを見ておかずにしておちんちんしこしこした。

彼女はじっとおちんちんの先を見てたように思う。

目を開きながら、頭の中で「綾波レイっぽい、会社の同僚のエロ同人誌描きの地味でおとなしい女の子が泣いてるのを、

「まあしようがないじゃないですか」とのんきにいたずらする状況を想像鉄板のおかず)したら、

ちんちんおっきくなって、「わーおっきくなった。こんなの絶対入らないって」と硬さを確かめたり、

どさくさに紛れて髪の匂いかいだりしたらいった。普段ティッシュで受ける精液が手のひらに、

彼女の太ももにたぜつけてやった。「ぎゃーっ!!」。「なんかドロッとしてる。もっとサラサラしてると思った。」

少し肌寒くなってきたし、汚れたし、二人でシャワーを浴びた。広くない浴室になぜ二人でという違和感もあったが、

風呂場の前で二人は服を全部脱いで、肌がぶつかりながら一つのシャワーヘッドで身体を洗った。

途中「毛を剃りましょうよ」と言われ、ちょっと剃られた。お風呂場ではおちんちんは地面と平行に勃起したままで、

彼女にぺちぺち当たるしじゃまだったが、彼女はそれには何も言わなかった。

「ちそこはこうやって洗うんですか?」とボディソープをおちんちんに塗ってにやにやされたとき

これくらいはいいだろう、と後ろから軽く彼女に手を回した。肌と肌がぴったりと吸い付いて、

その間の20秒間くらい僕も彼女も声を出さずに体の動きをぴたっと止めた。

僕がため息を吐きながら手を解いた。やがてふらりは動き出して、身体を流し始めたとき

僕は彼女の片方の胸をもみってしたら、「信じられない」みたいな顔をされ、

軽蔑やら何この人みたいな目で見られた。

それから服を着て、ふたり毛布にくるまってフジロックを見てたか

ごはん何を食べるか話してたんだろう。

2019-09-06

クライマックスの日

ずっとこの日を待っていた。

ELLEGARDEN復活の日10年間私はそのために生きてきた。

よくよく私は生きることに関する意欲のない人間だった。

食べることも寝ることもさして好きではない。家事なんて高度なことはほとんどできない。

こだわりもなく、思い入れのようなものもない。仕事でも、お前はロボットのようだと言われることがある。

強い感情のようなものを持つことがほとんどない。

そんな中、唯一私が心を動かされたのが、音楽だった。

ELLEGARDENを初めて聴いて以来、ずっとどこか、拠り所のようにしてきたように思う。

ここで才能のある人間ならば、音楽の道を志したりするのだろう。

残念ながら私は、無才で凡庸で弱い人間だったので、そんな妄想を時たまするくらいだった。

当時、私は高校生だった。

お前は何者になりたいのだ、と沢山の人々に問われながら、何者にもなりたくないなどとゴネまくっていた。ただのモラトリアムだ。

そんなときに拠り所としていたのがELLEGARDENだった。何の、と言われても困るけど。

ELLEGARDEN活動休止を発表したとき、私は、突然に基軸を失ったのだと気付いた。

実物を目にしたのは、夏フェスでのたった一度だけだ。

復活をするときには、必ず会いに行く、と何かに誓って、生きてきた。

そして、突然の活動再開。

まれ持ったくじ運の無さから、全て落選

会いに行くこと叶わず

それでも諦めきれず、今年、やっとフジロックで彼らを見ることができた。

ここで感想を書きたいところだが、記憶が断片的で今ひとつ繋がらない。

ただ、漠然と満足したことを覚えている。

そして、先日、ナナイロに申し込んでみた。なんと当選した。

これはもう、私の人生絶頂かなんかなんだろうと思う。

再来月にナナイロを見たら、もうあと人生にやり残すこともない気がする。

もうすぐ多分私は最終回なのかな、という気がする。

とても楽しみだ。

2019-07-28

フジロック蔑称」の季節

はてブ閉鎖されてるんだね

Twitter / riko:昔、ものすごいデスマ状態なのに「僕、初回から毎年フジロック行っててこれから絶対行くことにしてるから休みます」って連休かました奴のことを忌々しげに「フジロック

https://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/riko/status/228660011990126592

2019-07-18

「娯楽の世界政治を持ち込むと嫌悪される」は一般的に真だよ

なぜSCP財団が内部分裂してRCPなるサイトが生まれたのか。

なぜアニメ版さくら荘のペットな彼女」は原作おかゆを別の鍋に変えただけで炎上したのか。

なぜ斉藤和義自分の曲の替え歌投稿したら叩かれたのか。

なぜフジロックステージ上でのトークパフォーマンスが嫌がられたのか。

題材がそうでなかったら。

ただロゴが変わっただけだったら。ただおかゆ雑炊に変わっただけなら。ただの替え歌だったら。ただ愉快なトークしかなかったら。

いずれも、ああはならなかった。

一方で、ただ政治的な主張を行っただけであれば。

そこが娯楽の場でさえなければ、受け入れられた主張もあっただろう。

政治的な主張をするなとは一言も言わない。政治から切り離されたいとも思わない。

ただ、「その場では」というのがあるだろう。

その場にふさわしいテーマ、ふさわしくないテーマがあるだろう。

それがTPOというやつだし、空気を読むと言うやつでもある。別にクリエイター政治的主張をしたって一向に構わない。ただステージ上でそれをしてほしくないだけだ。

2019-06-10

フジロック玉城デニーが出るって

あそこは元々こういう思想運営されている場所から、どうでもいいとは思うが。「首相と飯食うのは芸能政治との距離が…」とか言ってたヤツが持ち上げたりしているのを見ると「本当に発言が一々政治的だな…」としか思えない。

2019-04-23

会社の人と話せなくなってしまった

思い返せば学校生活から、人とうまくやるのが苦手だった。育った環境特に劣悪でもなく、23区のあまり裕福ではないほうで、いじめを受けながらも、それなりに義務教育を終えた。ただし、いじめを受けると、それなりに人付き合いが苦手になるが、現在そのことが影響を深く与えているとは考えにくい。

その後勉強のできる都立高校に進んだ。校則が一つもない学校で、当然服装やら髪型規則もない。しいて言えば、ちゃん学校にある程度来ることと、補導されないこと、それと校内では下履きに履き替えることくらい。友達とさぼって映画を見に行ったり、年齢制限をゆるく見てくれるお好み焼き屋に行ったり、近所の公園浪人生に逆ナンパされたりと、人生初のリフレッシュができた。図書館で山ほど本を読んで、週3回剣道をして、ようやく人生軌道に乗り始めた。

それほど頭は悪くなかったようで、そこそこの大学英文科に入ることができた。映画サークルに入り、何本か映画を撮ったり出演したり、地味だったがそれなりに楽しく生活できていた。

兄弟が4人もいたので、アルバイト高校生のころからちょくちょくしていた。多少を家計の足しに、それと自分物欲のために。高校生のころコンビニで2年弱、大学からファミレスで1年、塾講師で3年。

多分、今に至るきっかけはファミレスのころにうまくいかなかったことに起因している。そして大学生活にも一因がある。

ファミレスでは、厨房ドリンクデザートを出す仕事をしていた。厨房内では仲良く働いていたが、何となくエイターウエイトレスの人とうまく話ができないまま1年が経ち、そこから人と話すのが苦手になっていた。同じくらいの女性とどんな話題を共有すればよいのか、向こうも話しかけてはくれないし、こちらも話すきっかけがない。

厨房の人がとても優しかったのは今でもいい思い出だ。一緒にワカサギ釣り旅行に行ったのが懐かしい。釣ったワカサギを持って、お店で揚げて食べたのもいい思い出。

大学1年生の性欲やらが多感な時期に、自分の口下手と話題のなさが鬱屈を与えたのだろうか。

カート・ヴォネガット短編小説チャールズ・ブコウスキー、初めて英語で読めた小説の「クールミリオン」、高校生から好きで読み漁っていたアメリカ文学自分サークルで作った映画、鉄男や小沢健二Number GirlマイケルジャクソンクラブでかかっていたNirvanaStrokes軽自動車で行ったフジロック、そんなものは誰の興味にもならないと決め込んでしまった自分がよくなかったのだろう。

1年経って結局そのファミレスが潰れてしまったが、「あの人の日とか失敗、つまんないし」といったようなことをぼそっと聞こえるように言われたのが今でもフラッシュバックする。

その後、3年弱塾講師アルバイトをした。個人指導塾で、入って3日目に、「この研修に行くと5000円がもらえる」と言われて行った研修一言発言できなかったことを思い出す。

自分が抱える生徒の多くは、本指名から外れてきた子が多かった。成績もみんなそれほど良くなく、自分にも人を教えるスキルが足りなかった。結局浪人させてしまった生徒のことを時々思い出す。本当に悪いことをした。一人で赤本を解いて、わからないことを聞きに来るというスタンスを取らせればよかったのに、自分無駄に介入してしまたことが悔やまれる。

そのバイト先で覚えたのが、お酒に頼ることだった。安い居酒屋終電まで飲んで、げらげら時間を共有できる。それが社会人になってもコミュニケーションの核となってしまう。

文学部ながらも、BBS簡単アプリを作ることができたので、ソフトハウス就職できた。2年半いたが、デスマーチで体調を崩してうつになり、結局辞める。

新人研修のころやその後の付き合いもお酒が基本だった。キックオフ、とりあえずリリース、最終FIX、とかのタイミングでようやっと胸襟を開いた話ができる。それまでは、ほうれんそう以外の会話もなく、とにかくメールに頼るようになっていた。

時々生意気意見を言ったり、人のプログラム勝手リファクタリングしたこともあった。

記憶がないなか、帰巣本能で家に帰るのもよくあった。タクシー代を貯めていれば相当の金額になっていたのではないかと思う。

少し休んで、プログラマとして別会社に復帰した。総務と経理以外はほぼ男性会社で、よく飲んだ。

その会社でようやっとまともな生活を取り戻すことができ、結婚もできた。

3年ほどプログラマをしていたが、目の前に座っているおじさんプログラマの1/10しか生産性がないことがわかり、社内異動で説明書ライター転職する。

車好きやキャンプ好き、バイク好き、元ミュージシャンが異様に多い会社で、よく泊まりで出かけていた。自分よりも年上が多いから、みんな自分の事を話してくれる。お酒どうこうもなくその人を知ることができる、いい機会だった。ある人が定期購読していた、日経ソフトウェア数年分を借りてJava以外のスクリプト言語自分Python)を学ぶBoot Strapとして使わせてもらったり、ほんとうに幸せな日々を送ることができた。

その会社は、株式公開に伴う人員削減で、半数以上人がいなくなった。自分も窮屈なライターを続けるのが辛くなって辞めて、割増の退職金をもらった。以降半年近く、妻以外の人と話すことなく、引きこもりながら割増退職金に付随する給料をもらっていた。働かずに給料をもらえるのがこんなに苦痛だったのか。

いい加減引きこもりにも飽きて大会社転職するチャンスをもらった。その間に障碍者手帳をもらい、障碍者枠での就職活動をすることにした。

大会社大会社だった。エリートエリートで、二級以下の低級労働者自分は、その程度の扱いしか受けない。大学ランキングを引きずる社内で、

自分はまず

学歴劣る

・それまでの成果は劣る

健康状態劣る

白髪ばっかり目立つ

・とにかくあいつは劣る

という状態になった。

新卒指導をしても、まるで彼が改善しない。自分を責め続け、ぎっくり腰になった。みんなが、「彼はそうだから」と言ったが、彼をある程度に育てることができず、結局リリースした。リリースしたらとたんにぎっくり腰がよくなった自分無責任さにびっくりした。

あと、それほど多く飲み会がない。飲んでも自分のような飲み方は誰もしない。場をわきまえ、何となく優しくやっている。

一杯、二杯多めに人より頼んでしまたことを後悔する。

なんで、しらふで天気の話ができないんだろうとか、自分の好きなことを少しでも話せないんだろうとか、毎日悲しくなる。

行動をしないと、周囲も変わらない。一か月以上、挨拶仕事の最低限のやりとり以外はしていない。たかだか席替えでこんなに弱ってしまうとは。派遣の期限がきてしまう子がいなくなってしまうことにこんなに心が揺さぶられてしまうとは。

ごめん。こんな人間は、やまゆり園の加害者気持ちでは必要のない人間だったんだろうね。でも、家族と過ごす時々の時間を過ごしてもいいのかな。

義理の父はあまり長くないだろうし、せめて少しだけ社会荷物福祉必要人間は生きていていいのだろうか。

2019-04-10

こどもフジロック反対派

ここ2、3年フェス運営側フジロック関連の記事を好んで掲載するメディアでやたら「こどもフジロック」が取り上げられてるけど、こどもの来場を推奨する場ではないと思う

3日間開催でずっと晴天ということは滅多になく、たいてい1回は土砂降り。土砂降りの中舗装されていない道で全面にビニールかけられたベビーカーにのっているキッズを見るとさすがに気の毒になってしまう。親御さんが精一杯の対策をしているのはわかるけど。ライブ会場で大音量から耳を守るためにイヤーマフをしてスマホ動画みてるようなちびっこも多い。

楽しんでるこどもももちろんいると思うけど、本来フェスなんて子供が来る場所じゃないと思う。未成年だってクラブ行けないわけだし。

メディアで推奨するほどのことじゃないよな。とはいえ間口が広がるのは素晴らしいことなので真っ向から批判も出来ず。

2019-03-18

ピエール瀧感謝する。

1995年青山正明雑誌『危ない1号』を創刊、特集は「ドラッグ」。96年に鶴見済が『人格改造マニュアル』を出版人格なんて簡単に変えられる、たとえばクスリを使えばといった内容。

で、鶴見済覚醒剤でパクられて『檻の中のダンス』を出版する。レイヴカルチャーに感化された鶴見社会に閉じ込められた身体ダンスで開放せよと説く。レイヴにはドラッグは欠かせない。特にアシッドエクスタシーはこの頃、日本でもアンダーグラウンドではたくさん流通していた。

96年には『RAINBOW2000』という大型レイヴ富士山の三合目で開催されて18,000人が集まった。フジロック前夜だ。石野卓球アンダーワールド、CJボーランドケン・イシイ細野晴臣アンダーグラウンドから一気にオーバーグラウンドへとテクノが浮上した。NHKでも特番放送されたこフェス日本におけるテクノムーブメントピークだったような気がする。

当時、電気グルーヴ武道館コンサートをするぐらいには成功していた。その一方でクラブカルチャーにもどっぷり浸かっていて、新宿リキッドルームイエローマニアックラブなんかで卓球や瀧がぶっとんでる姿を見かけた。瀧は20代からコークをやってたらしいが、六本木アマンドあたりを歩いているイラン人に声をかければ簡単に手に入るブツひとつだった。スピードよりもクールドラッグジャンキーの間ではそんな共通認識だった。

1995年前後東京クラブシーンはよく言えば熱のある、まあ、テクノに狂ったやつらが大勢いた。この空気感言葉で伝えるのは難しい。ひとつ言えるのは決して退廃した雰囲気ではなく、広義のテクノ音楽未来を感じ、皆、高揚感に溢れていた。当時のことを体験している、そして今もクラブに通うおじさん、おばさんたちは、この界隈の人たちがドラッグが大好きなことを知っている。テクノドラッグは相性がいい、というか、クラブミュージックドラッグありきのカルチャーだという側面がある。本人たちも当事者だったりするので黙して語らずだが。

瀧がパクられて、あの頃の郷愁を糧に生きていたやつらは、まあ俺のことだが、色々と終わったんだなと現実直視することになった。ドラッグ被害者のいない犯罪だというが、いま自分がパクられたとしたら妻や子供がどれだけ肩身の狭い思いをして、世間の冷たい目に晒されるかと想像すると辛すぎる。

90年代サブカルは終わったんだ。Shangri-La幻想だった。ロマン優光新刊を買おうと思っていたが今回の件で読む気も失せた。その金で息子に何か買ってあげようと思う。

2018-09-12

夏祭りの話の続き

以前この日記

https://anond.hatelabo.jp/20180702162258

を書いた者です。

まったくブクマトラバもつかないのでそんなもんかと

思っていたのですが、何故か三週間後くらいにブクマが少しつき、

いまそれに気付いたのでお返事がてら補足を書いてみます


当時のことをネットなどに書いている人がいるかどうかを

調べてみたのですがほとんどおらず、「(8/2に)お祭り行ってきた」

くらいのブログしか見つかりませんでした。

もちろん日程変更に関して発言していた人は誰もいません。


ホームページの誤字というわけではなく、

1日と書かれたお祭りのチラシを開催地付近で見たので

開催日が変わったのは絶対です。

(Aも変更したのを認めているような発言をしていたし)

チラシが無駄になってしまったということになります

チラシが刷り直しされたかどうかはわかりません。


1つ思い出したことがあって、

祭りが終わって帰るときに私は

「やっぱおかしいよねえ。1日だったのがどうして2日になるんだろう。

屋台の人とかスケジュール変えられるもんなのかな?」と

ブツブツAに言ったら、

「でもよくあることじゃない?楽しかたからいいじゃん」

とAに言われました。

「よくあることなの?例えばフジロックが開催一ヶ月前に

一日ずれるなんてありえなくない??」

と聞いたら

「うーん、だからそういうのはー」

みたいにAが言って、その後は信号が変わりそうだったか

走ったとか人混みがすごかったとかで確か話が途切れて

よく覚えてません。

やっぱりAが何か関わっていたのでしょうか。


Aの連絡先はわからないし、もしこれ見てたらなあと思ったけど

さすがにそれは無理か。

お祭りとかイベント主催の方にも聞いてみたい。

2018-08-15

風呂に入ってないオタクって本当にいるの?

あんなに臭いんだから風呂入ってないに違いない」という偏見がもとになって出てきた話ではないだろうか。

というのも、ちゃんとみんな髭が剃られているかである

フジロックの3日目あたりにいるあきらかに風呂入ってないな、っていう髭の感じのやつはコミケでみないのだ。

なぜかオタクは髭だけはちゃんと剃ってくる。

というか身近にいる臭いやつ、温泉入って一時間でもう臭い

旅館浴衣着てても臭い

臭い男は普通に風呂入っただけでは臭いのです。

2018-08-01

ゴミ先生を例えばフジロックかに連れて行ったら

ゴミばかりだと発狂するんだろうか、もじもじしながら喜んじゃたりするんだろうか

2018-07-31

anond:20180731114212

フジロックかぁ~、29日にはボブ・ディランが出たらしいね

羨ましー。

禁煙続けられてなによりです。

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