はてなキーワード: 半信半疑とは
まあ、体調次第なんだけど、
とりわけ、
それらの類いの占いは、
そんなものよね、
そういうのって。
でね、その素子ちゃんが
月の光を浴びて運気を上げなきゃ~って
意気揚々と話してたの。
あんまり月の光を浴びすぎるとヒゲが伸びてきちゃうよ!とか言っちゃったりなんかしてさ。
そのなかで、
満月の光の下にしばらく照らして置いておくと、
ムーンウォーターなるスピリチュアルウォーターが出来るんだってー。
ふーん。
私も試してみたけど、
月のパワーが全部こぼれちゃったわ。
ほれみなさいよ、そんなパワーないんだから、
私は半信半疑。
ごめんね素直じゃなくて。
うふふ。
やっぱり定番は美味しいわね!
セクシーヤミーよ。
たまらないわっ。
朝はやっぱりホッツが欲しいので、
朝寒くて起きられないわ。
でも起きなくっちゃね。
七転び八起きよ!
すいすいすいようび~
今日も頑張ろう!Touch wood!
「全然怖くないよ」
「もう5年以上実名でネットやってるけど不都合な目に遭ったことなんかないよ」
「隠してるとオタクっぽいよ」
などと周囲の陽キャ連中から言われるのだが、今も頑なにハンドルネームを使っている。
理由は簡単で、自分自身がその日新しく知り合った相手をとりあえず検索して情報を漁ってしまうクセがあって、
自分が「他人は自分に興味がない」の反証になってしまっているので、自分以外の他人も裏で同じことをしていても不思議でないと感じてしまうからだ。
覚えてさえいればとりあえず調べてしまうので、2度目に会う時にはTwitterから最近の動向を知っていたり、
うっかりmixiやFacebookのガードをゆるめている人だと職場や趣味、出身校、生い立ち、過去現在の交友関係、
前略プロフとかの黒歴史くさいものまで一通り知っているような状態になっていることがある。
別にストーカーになりたいわけでもなんでもなくて、新しく知って興味を持った芸能人や作家のWikiやブログを読んでみるのと同じノリなのだろう。
名前くらいしか埋まっていないプロフィールカードを渡されたからとりあえず簡単に埋まるところをもうちょっと埋めたい、というような感覚。
少し探せば簡単に埋められるかもしれないパズルのピースを放置しておくのが落ち着かないというか堪えられないというか、まあ何かそういう性分のようだ。
何かを知ってこちらからどうこうするということはないし、知っていることを伝えたりすることは基本的にない。
そんなこと言われたらキモチワルイということはわかる。というか自分が言われたらいやだ。
ただ趣味とかの情報は話題を投げるときにややそっち寄りの話題を選んだり、これが趣味ならこの辺りも興味あるのでは?とアタリをつけて話したりはする。
「趣味:スノボ」という人に「随分寒くなってきましたね」から入るぐらい遠くからアプローチしてるから不自然さはあまりない……と思いたい。
検索しているとたまに成りすまし被害に遭っているっぽい人がいたり、明らかにネットで見栄を張ってストレスを発散していらっしゃる方もいたりするので、
結局はネットから得た情報は自分の中で半信半疑のまま、次回以降少しずつ確認していく感じをひっそり楽しむだけではあるのだけれど、
やっぱり二度目ましてだとおもったら自分の趣味嗜好や性格、過去の発言を一通り把握されている、なんていう可能性はなるべく潰しておきたくて自分がネットで実名を使う気にはなれない。
女の下着も同じなんだろう。
http://digital.asahi.com/articles/ASJDV320XJDVPQIP001.html?rm=655
「自分らのはいたデニムが倍の値段で売れるなんて信じられんけえ。普通は新品がええじゃろ」
田頭さんは最初、無料で1年間デニムをはいてくれという企画に、半信半疑だったが、
「タダではけるんじゃったら作業ズボンも買わんでええし、やってみよか」と軽い気持ちで引き受けた。
1年後、色落ち具合や生地の傷みをチェックされ、4万2千円の値がついた。
自分のはいたものに高値がついてうれしかった半面、「そんな高値で誰が買うんじゃ」
と心配した。ところが、間もなく買い手がついて2度驚いたという。
凄い今さら感があるが、Deep Learningのフレームワークのchainerの作者が日本人だと知って、開発者のサイト覗きに行ったら、すごく珍しい苗字で良く知ってる名前で、すぐに知人だと気づいた。
いやいやいやいや、どうして彼方と此方が陸続きだと言えるのだろう?
半信半疑の目には、大人びた雰囲気が加算されてたら小さめの実写アイコンじゃ全く分からなくて、プロフィールをつい探してしまった。修士卒業年2012年。浪人したから一年違いで、つまり動機だ。学部。どこだったかな。さらに辿ったら、中学、高校......54期生とあります。自分もそうです。本当にありがとうございました。
紛れもなく、一時期一緒に登校してたくらいには親しかった(と自分が思い込んでいた)元クラスメイトだった。
好きなテレビ番組のどんなSEなら今の心境にあうのか、みくりさんじゃあるまいし、俺には全く分からない。
まだ高校生だった頃、文転する前も彼がお昼休みに知人と黒板を囲んで議論していた内容はほとんど分からなくて追い付けない感じがあった。そして今、卒業から十年以上経過してニライカナイに行っちゃったんだなという自分勝手な寂寥感に襲われてる。
任天堂の岩田さんの同級生みたいにいつか語れる?そんな贅沢ができるほどにはまだ、自分の道は到達線には程遠い。言葉も出てこない。
某スケートアニメを見始めたのは、1話が放送されて2週間ほどたってからのことだった。
初めて見た時、主人公が「僕はいたって普通の人間です」的なことを言っていて「いやいやいやwww」と苦笑したのを覚えている。
そんなことを言ってしまうような気弱な性格の彼だが、後半部で流れるスケートには彼の持って生まれたセンスや努力が垣間見え、とても感動した。
しかもトップの選手がそんな彼の演技をたまたまネットで見て、心惹かれ、コーチに名乗り出るなんて!
1話の時点で「面白い!」とはまった私は、気づけば10話まで見ていた。
その間には「あれ?これってBLアニメだったのか…?」と疑問に思ったシーンも多々あった。
特に7話のキスシーン(ハグシーン)ではファンたちが大変にざわつき、自分も少々思うところがあった。
でも、まぁ、ハグだなと私は思ったし、あれは主人公のスケーティングへの感動や、これから一緒に本気で金メダルを目指そう…だとかいう色々混じった感情の爆発に見えたので、あの瞬間を見た私は「あぁ、スケートアニメだなぁ。スポーツしてる!!」と感動を覚えた。
それがどうだろう。10話。どうした?
フィギュアスケートはどこへいった?
そんな気分で今は一杯だ。
ちょいちょい違和感に覚えたシーンも、10話を見た後では納得いく部分ばかりだ。
これはフィギュアスケートアニメじゃなくて、恋愛を描いたアニメなんだ、と。
10話を振り返っていこう。
最初、各キャラクターたちは本番のリンクで公式練習を行っている。
練習時間も終わり各選手がリンクから散っていく中、主人公とコーチが次にやることとして選んだのは観光と買い物だった。
でも、そういう息抜きは前乗りして済ませておくのでは?
精々短い時間で済ませるべきでは?
なのに、彼らのお遊びは夜まで続けられ(おそらく公式練習は午前中にあったんだと思われる)、しまいには観戦に来ていた姉とバレエの先生に強請られファイナル出場選手たちとディナーを共にするという。
初めに、主人公くん。
君はカナダの選手と比べられ「このままの構成じゃ勝てない」と言われているんだ。
公式練習が終わったら、スタッフを集めてこれからどうするかのミーティングをするべきではないのか?
演技構成を変えるのか、それともこのままいくのか、その辺きっちり相談をすべきだろう。
なのに、観光に出かけ買い物に行き、夜まで遊びまわる。
陸上トレーニングとかイメトレとか、氷の上以外でもできる練習は山ほどあるだろう?
なんだそれ。
次にコーチくん。
荷物を選手に持たせているのを見る限り、リビング・レジェンドの傲慢さを感じさせる。
しかも、夜まで買い物に付き合わせるとか…おい、主人公に練習させろ、練習を。
自分たちのテンションが上がったからと言って、弟に強請って他の選手を呼び集めてもらうか?
せめて弟だけにしておけ。
ファンの行き過ぎ行動としては、精々ホテルでの出待ちまでだろう。
なのに、作中のファンたちは選手が出かける先にまで付いて回り、しまいには「これ!彼の髪の毛だわ!匂いがする!」てなもんだ。
ストーカーかよ。
選手に多大な迷惑掛けるファンをアニメで描写されると、フィギュアファンが誤解されそうで心配だ。
「ああ、リアルもこんなことやってそーw」って。
ロシアのコーチもホテルのロビーで自分の選手がファンに迷惑しているというのに、何もファンに注意をしないのも違和感だった。
彼は選手が大切ではないのだろうか…?
そしてまぁ、例の指輪。
人が二人・ペアリング(ウエディングリング)・教会・指輪の交換・頬を赤らめる。
上記の単語で結婚・婚約というイメージをしない人はあまりいないのではないだろうか。
彼らの愛の対象が男だろうが女だろうが無機物だろうがなんでもいい。
でも、それまでの過程や葛藤を描かずに、散々ぼやかしてきて、いきなり指輪の交換というのは納得がいかない。
『お守り』なんて予防線を張らずに、ちゃんと「付き合おう」だとか「結婚しよう」だとか言わないと違和感しかない。
これがたとえ男女の間柄だったとしても、私は違和感しか覚えない。
だって彼らは1年を通して選手とコーチとして付き合い、そして念願のファイナル出場までこぎつけたのだ。
そこに過剰なハグや裸体の見せあい、キスがあったとしても、一言も彼らは「好き」とは相手に伝えていないのだ。
ああ、そうか。
いつだか「離れずにそばに居て」と言っていたな。
あれが告白か…。
EDでは特別EDとして、作中で行われた昨年のバンケットの様子が流された。
バンケットはフィギュアスケートの大会後の打ち上げパーティー的なものだが、選手間の交流や社会での作法を学ぶ場としての位置づけが大きい。
だけど、そこには一定の品が求められる。
でも、そんな場で彼らはパンツ一枚になってポールダンスに興じたのだ…。
なぜ?
酔ってふらふらの男がいきなり脱ぎだし踊り狂うのは下品以外の何物でもないのでは?
そんな醜態を晒していたのに、主人公は「覚えていない」とのことだった。
ここが10話を見て一番信じられなかった。
酔って記憶を無くすというのは、よく話に聞く。
私は記憶を無くすまで酔ったことが一度もないので、本当かどうかは実のところ半信半疑なのだが…。
と、いうのが理解できないのだが、誰かこれがどういう意味なのか納得いく説明を私にしてくれ。
覚えていなくたって、主人公はコーチやスケート連盟などから注意されて当然では?
まわりの選手たちも「君のダンスは最高だったね!」だとか「酔ったからって、脱いじゃダメだよ」なんてことを主人公に言っていてもおかしくないのでは?
なのに、主人公は何も覚えていない。
この世界のスケート連盟は選手たちがが「面白かったね」と言えば「ははー!」と頭を下げる程度のポジションなのか?
だからあれか。
ロシアのスケート連盟は、自国の現役トップ選手が飛び出して他国の選手のコーチになることに何も言わないんだな。
あー。
やべぇ、この世界!
しかもバンケットで「コーチになってよ~」と主人公がねだっているので、冒頭に書いた『彼の演技をたまたまネットで見て、心惹かれ、コーチに名乗り出るなんて!』という部分はまるっきり意味の無い話。
他にもまだ疑問に思った所はいくつかあるのだが、この辺にしておこう。
そんで、なんだ。
あー、あれだ。
原案を描かれている漫画家の方がツイッターにて『(略)この作品の世界の中では絶対に何かを好きになることで差別されたりはしないです(略)』と呟いておられた。
そうかー。
このスケートアニメの世界では、誰を、何を好きになっても差別されない世界なのか。
いい世界だなぁ。
でも…なら、なぜ主人公とコーチの愛にしか焦点が当てられないのだろう。
他の愛は、ギャグや嫌味でまみれていた…。
カナダ人選手の婚約者は「あんたのファンって最低ね」みたいなことを言って、他の選手を煽るような嫌な女だった。
男女と男男のカップルだけで、女女のカップルなんて皆無だし、多性愛の人とかも出てこない…。
ああ、なんだろう。
この微妙にずれている感じ。
私だけだろうか。
最初のころは試合や演技にドキドキしてた視聴者たちの多くが、今は主人公とコーチの今後がどうなるかにしか興味を抱いていない感じ…。
彼らのフィギュアスケートはどこに行ったんだろう?
愛を描くなら、ちゃんと愛を描く。
フィギュアスケートを描くなら、ちゃんとフィギュアスケートを描いてほしい。
どちらも描きたいのなら、今の状況ではどちらもお粗末に思える…。
中村記者は、そもそも連盟が三浦の処分を発表するずっと前から追っていたと文春の記事に書いていたよね(文春の記事はもし未読ならバックナンバー買うか図書館行くかで確認しておいたほうがいいと思う)。
だから自分は渡辺は、三浦との順位戦対局前からその話を聞かされていたと思う。ただ、半信半疑の上に疑わしいだけでは何もなかっただろう。
で、当の三浦に惨敗して、まさかと思って棋譜をソフト解析してみたら、という流れかと。
#うるせーから推敲したったよ('ω')。少しは読みやすくなっただろ?
自己啓発を嫌うのはお前の自由だよ。でもな。お前が全く変われないのは自己啓発本の責任じゃなくてお前の責任なんだよ。人のせいにするなよ。自分の人生に責任を持てよ。このレベルの話はお前が嫌いな『7つの習慣』にも書いてあるぞ。
今日は、特別にものすごく重要な話をするからさ、耳をかっぽじって聞くようにな。ほら、そこに正座しな。現在まだ20名、ホールの定員は残り480名だよ。 スッカスカやんけ!これが無料で読めるインターネットってのは凄いよ。つくづく便利な世の中になったもんだだと思うよ。じぇい近藤さんに感謝しな。
じゃあ、いくぞ!
オレがこれから伝えるのは「なぜ紙に書くと実現するのか?」といった論理的な根拠だ。
あ、ちょっとまて、ウサン臭いと思っただろ?ソッ閉じする前に最後まで話を聞いてくれよ。な?
紙に書いたら何がどう変化して、願望が実現したのかについて、そのプロセスを論理的に説明していくよ。
一般的にこの手の話、つまり「思考は現実化する」だとか「引き寄せの法則」を説明する際には、抽象的でオカルトチックな表現が多様されがちなもんだから、途端に宗教くさくなって説得力が失われてしまう。
例えば「潜在意識」って言葉とか。なんだよセンザイって。臭う。胡散臭くない?ところでセンザイとクサイで思い出したけどさ、最近どんなシャンプー洗っても臭いんだ。汗臭さ・ミドル臭や加齢臭を超越した、第四の体臭がするんだ。ひょっとして異次元生命体なのかな?
ああ……話が思い切り逸れたな。すまねえ。で、その胡散臭さのせいで、せっかくの貴重なノウハウが世に広まらないのは、さすがに悲しいよね。
逆に、オレがオカルトチックな表現は一切使用せずにロジカルに説明することで、もしお前らが本質を理解することができれば、実施に紙に書いてみようという気が起こるだろう?だからさ、3分間だけでいいから話を聞いてくれよ。
まあ、冒頭で偉そうに説教たれた俺だけど、自分も最初は半信半疑だったんだよね。願望を紙に書くって、なんの宗教だよ、書いて実現するなら俺だってハーバード卒で世界動かしてるわって。
でもね、俺は書いた。欲しかったからな。お前らは漠然とした願望をモヤモヤ抱いてるだけで絶対紙になんて書かないだろ?ここが人生の分かれ道。
で、手帳やノートに書いた文章を、毎日眺める。できれば声に出して読む。俺は全くズボラだからたまにしか見なかった。どーせお前らもズボラだろうから、数日に一回からでも始めてみようや。
んで、読み返すたびにどうなるかというと、「あ、俺は子供が欲しかったんだ」って、記憶が蘇るんだよ。
ここが最大のポイント。 もう一度書くぞ。
これさ、冷静に読んでみるとかなり頭の悪い話だと思わない?だって自分の願望だよ?自分が一番よく知ってるはずだよね?
にも関わらず、自分の書いた文章を見てやっとこさ、自身の願望を思い出すんだよ。
人間ってそれほどまでに頭が悪いんだよ。お前が考えているほど、人の能力は高くない。残念ながらね……。
みんな毎日、学校や会社で忙しいだろ?勉強や仕事に忙殺されて、本来自分が何を望んでたかすら忘れちゃうんだよ。仮にそれが、例え心の底から望んでいたことだとしてもね。
だから、書いた願望を読み返す必要が出てくる。見るたびに、自分が書いた願望が思い起こされるわけだ。「あ、俺は子供が欲しかったんだ」ってな。
そのたびに、子供のイメージが頭に浮かんで、「子供作るにはどうすればいい?」って頭の中で勝手に自問自答が始まる。
ここで一つ重要なのが、見返せば見返すほど願望自体は強くなっていく、ということ。そして、願望が強くなることで放っておいても行動力が強化されていく。
俺の場合、インポだったから、読み返すたびにインポを解決する策が、いろいろと自動的に頭に浮かぶようになった。
でも、読み返してもやっぱり1時間程度でそんな目標・願望なんて忘れられるんだよ。
面倒くさいし。さっきも言っただろ、人間はアホなんだよ。
だから、書かれたものをまた見返す。そのたびに頭にいろいろ思い出される。
そのうち、手帳を見ていない日常生活の中でも「子供作るにはどうすればいい?」って頭の中で勝手に自問自答が始まる。
俺の場合、不妊の解決策として「バイアグラを買う」「医者に行って精液検査して精子の運動率を診てもらう」 などといった策が、いろいろと思い浮かんだ。
願望を手帳に書くまでの俺は「医者に行くのは面倒だし恥ずかしいなぁ。そのうち行こう」で終わってた。
でも紙に書いてからは、読み返すたびに、いやがおうでも頭の中で「子供欲しいから恥をしのんでバイアグラ買う」「自慰して精子を紙コップに出して美人看護師に提出する」という解決方法が強制的に思い起こされる。
それが何度も何度も繰り返されるうちに、ズボラでぐうたらでダメ人間である俺の行動力に、火が付いたんだ。一気に点火したよ。
「そのうちやる」で、惰性で生きてきたズボラ人間が、急に欲望に忠実になり、いつの間にか覚悟を決め、血まなこになって不妊治療クリニックのHP検索してた。
あれだけ抵抗のあったバイアグラについても、気づいたら購入していた自分がいたんだ。
話はここまで。単純だろ?
どれもズボラな俺には負担で、手帳に書くまではずっと先延ばしにしていた事案だったんだ。そりゃそうだ、誰だって精液の提出なんて恥ずかしいからやりたがらないだろ?
そんな俺でも、手帳に書くことで願望に火が付き、その願望が自身の行動を後押ししてくれるようになった。
行動するのに根性は要らない。書いたものを何度も見て、思い出すだけでいいんだよ。
書かない限りは、自分の願望や目標ですら思い出すことがないからね。くどいけど、それだけ人間は忘れやすいようにできている。
ま、昔の偉いヒトも言ってたけど人間は昨日起きたことを忘れるからこそ、今日を生きていけるんだけどな。
最後に一つ。
ここに書いた話も、あんた2時間したら忘れてるよ。だから必ず、ブックマークするなりメモするなりしてくれよ。俺たちってアホなんだから。
意を決して剃ってみたんだが…
これが驚くほど臭わない!!
もちろん個人差などあるかもしれないが、
自分は汗かいたとき特有のあの脇の下のムワっとした感覚がなくなり、
本当に快適になった。
なんでも臭いの原因は汗の成分をそれを好む細菌が分解することで発生する物質が原因らしい。
つまり腋毛が生えているとそれだけ表面積が増えて細菌が増殖しやすくなる。
髭が不潔なのと同じだ。
いつも汗かいたあとはスプレーをしていたけどそれでも気になっていたのに
今では少しトイレで水で濡らしたハンカチで拭いてきたらべたつきもなくて快適。
もう快適。
夏になるたびに剃ってたら憂鬱な気分を過ごさずにすんだのに。
それでタイトルに戻る。
男が腋毛剃ってたら気持ち悪いというのが日本社会の一般的な常識。
この常識を何とかしたい。
別に欧米かぶれになりたいわけでも欧米の文化に妄信的なわけでもない。タトゥー怖い。
衛生的に不潔だし、毛のせいで洗いづらいし、見栄えも気持ち悪い。
正直オリンピックの水泳や体操でも腋毛モジャモジャで飯食ってたら食欲なくなる。
汚い。
あちらではシャワーのときに男でも全身の毛を剃るのは一般的で下の毛も剃る。
それくらい剃ってて当然、なぜなら汚いでしょ?という感覚らしい。
俺はあまり詳しくないがその感覚がとても羨ましいし男が剃ってても社会的に奇異の眼で見られない環境も心底羨ましい。
日本の美容メーカーは男の剃毛を一般化させる取り組みをしてもいいのに
男の美容品なんてドンキホーテのエログッズコーナーくらいのシェアしかない。
真面目に取り組む気なんてサラサラないのが伝わってくる。
もし同僚に見られたり家族に変な誤解を抱かれないか不安を抱えることになった。
腋毛剃ってるのをバレたときの言い訳も面倒だしそもそも言い訳する必要あるのかとか要らないことを考えてしまう。
なので日本の常識を変えたい。
男も剃るべきだと。
本当に不幸だと思う。
剃った方が快適なのは分かってるのに日本の常識がそれを拒んでくる。
悲しいよ。
今は俺は男なのに腋毛剃ってツルツルの快適だぜと心の中で思って
職場では精神的な優位を感じているがこれがバレたら逆転だろうなという不安がある。
そのドキドキがつまらない日々の仕事をちょっとだけ刺激的な非日常にしてくれるアクセント。
ぜひ、増田にも試してほしい。
PS:
どういったメリットがあるのか一応簡潔に書いておこう。
・清潔を保てる
汚れは皮膚という表面に付着するゴミが原因だが毛があるということはそれだけゴミが付着しやすい。
ゴミが付着すると細菌の温床にもなり自分のような腋臭に悩まされたり悪い常在菌が住み着く可能性もある。
陰毛は毛じらみが付くかもしれないし汚れやすい局部の汚れが陰毛に付きやすいのは不衛生。
防御的な役割は服を着るようになった時点でほぼないに等しいので剃っても問題ない。
・違和感を感じなくなる
実は毛があることで日頃から服や体とこすれて違和感を感じているはずだが
しかしそれば分かるがこの感じていた違和感というストレスを0にすることができる。
あの腋毛のジャリジャリとしたこすれるノイズが無くなったのを実感できる。
楽しい。
・洗いやすい
頭だってちゃんと流し切れてるか半信半疑だし確信が持てるくらい洗うと時間が掛かる。
腋毛がないとゴシゴシゴシゴシ、これで終わり。
毎日軽く髭剃りでサッサッサと剃ってあとは石鹸でゴシゴシで終わり。
不信感なく洗い終わることができる。
コスパ最高。
・なんか綺麗になった気がする
完全に思い込みだが鏡を見たときにはみ出ていた気持ち悪い腋毛がロストしただけで体が綺麗になった気がする。
体型維持のために始めた腹筋も楽しい。
シルエットがスッキリして体のラインをよりカッコよく引き締めていこうと前向きになれる。
歳を取ってすこし崩れてきて自信喪失してたがまだまだ俺も行けるなという気分にさせてくれる。
結婚を前提として居を同じくしてから半年強.明日,婚姻届を提出する.
付き合い始めて大きな喧嘩がなく,うまくいかないかもしれないと半信半疑だった同棲生活も,大きな波がなく今日まで来た.
明日から「新婚生活」が始まるのかもしれないけれど,大きく何かが変わることはないんじゃないのかなと思うと,
これまでの半年も既に新婚生活だったのかな,と思って少し恥ずかしくなった.
降ってきたような機会なんだから後悔無いように攻めよう,なんて思っていた付き合い始める前後の日々の気持ちが,
奇跡のような巡り逢いなのだからとことん大切にしよう,という気持ちになったのはいつの事だっただろう.
テンポはとてもいいんだけど、細かいところが気になっちゃって、今一つ嵌れなかった。
まあそうはいっても、正直なところ「原子力(微)生物」ってどんな描写にしたらいいのか想像つかない…。
自分で考えようとすると、「原子力」抜きでエメリッヒ版みたいな「ありそう路線」になってしまう。
↓こんな感じ
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グリーンランドのバイキング居住地の遺跡。逆叉の骨が大量に散らばる中に、奇妙な足跡が発見される。
氷河期の巨獣たちが生き残っていたのか? バイキングは何のために逆叉を、危険を冒してまで捕っていたのか?
…訝る学者達。
(生き物としての逆叉の凄さが語られる)
そのころのカナダ。
逆叉の「聖地」で、鯨類の研究……特に、逆叉の「会話」を傍受・研究してきた海洋学者が、パニックを起こしていた。
「とにかく、様子が尋常じゃないんだ!」
…と、報道記者やDFO、さらにNOAAへ必死にアピールするが、禄にとりあってもらえない。
「減ってるって言うけど、ここから移動したのかもしれないでしょ」
「オルカに迫る危機…って線なら良いと思いますが、”人類への脅威”みたいな言い方は疑問ですね。恐れながら、入れ込みすぎでは?」
しかし、すぐに。「北大西洋では、逆叉の個体数は急速に減少している」との見解を、別の科学者も示す。
明らかに何らかの異変が起きている。学会やNGOなどに緊張が走るなか、さらに身近なところで事件が起きる。海洋娯楽施設「マリナーワールド」のスターである逆叉達が。一匹、また一匹と、痕跡も残さずに飼育プールから「消えて」いってるというではないか。
通報を受け、マリナーワールドに張り込むTV局や警察の目前で。10m以上に及ぶ“何か“が「突入」してきて、最後の逆叉が瞬時に両断される。その様子や、警察のライトに驚いて?凄まじいスピードで逃げる「何か」の不明瞭な映像が放映された。
こいつは一体何だ? いったいどうやって海水導入溝の多段鉄柵を越えているのか? 全世界の注目を集め、前後まっぷたつにされた逆叉や現場の遺留物から、様々な「正体予想」が氾濫する状況に。
そして、報道・学者・環境保護団体「シー・リカオン」などが州軍とともに詰めかけるのをあざ笑うかのように、100km以上南にある別のマリナーワールドが襲撃される。今度は一夜にして12尾の逆叉を全滅させ…たのみならず、施設の大規模な損壊・火災に行方不明者を出す事態。
「KWK、ヒトの味を覚えたか?」
騒動が大きくなって、最初の海洋学者に再びスポットがあたるが…。
「頭おかしくなっていたんだ、きっとそうだ…だって、ありえないんだ!」
「どういうことです、あなたは何を見たんです?」
「うぁあっ…勘弁してくれ!」
今度は、西南アフリカ…。とあるマグロ密漁船が、環境保護団体シー・リカオンのIUU監視阻止船「MYキャニー・ロデル」からの逃走中に突然、沈み始めたのである。余りに速く沈んでいき、誰も浮かび上がってこない。
マリナーワールドからは余りに遠く、KWKと結びつける材料もなかったので、現地国家「G国」海軍に対鑑武装を疑われるMYキャニー・ロデルの乗組員たち。調査で乗り込んできた軍人たちの目前で、軍艦のほうが襲われる。船尾の舵が壊されたのち、水中から飛び出して甲板に跳び乗ってきた”それ”は、あの特徴的な背鰭と禍々しい皮膚を備えていた。
「あれは?…あの、KWKじゃないのか?……しかも、脚があるぞ!」
軍人達は銃撃を浴びせるが殆ど利いてない。シー・リカオン側の船長は、とっさにMYキャニー・ロデルの封印装備…「爆発電気銛」を使い、KWKを追い払う。そうこの船は、嘗てノルウェーの捕鯨船だったのだ。シー・リカオンとして決して使ってはならない装備を……苦悩する船長。
そのころ、マリナーワールドの遺留品を調査していた学者達は驚くべき事実を突き止めていた。DNA解析によれば、KWKに最も近縁な生き物は、鯨類だというのである!
(昔は鯨にも脚や頸があった、現世の鯨類からン万年前に分岐した…などの蘊蓄が語られる)
「KWKの正体は鯨類と判明。即ち、キラー・ホエール・キラー・ホエール!」
「ゴンドウ・クジラ類にもっとも近いとされたことから、米NOAAは”ゴジラ”と命名。」
「遺留物の分析から、ゴジラの表皮や背鰭には鯨類が放つ声…音波を吸収ないし散乱させる性質があると判明した。つまり、逆叉はゴジラの待ち伏せを探知することができない。おそらくはソナーも…」
「ゴジラは待ち伏せ型の捕食者であり、ゼロダッシュの加速は凄まじいものがある。」
「頭部の唾液腺のような器官からは、着火性のある炭化水素類を噴出できると思われる…!」
「あのとき私が見たのは、陸へ打ち上げられるオルカ…を追って、このゴジラも上がってきて。オルカをあの後脚で押さえつけて、前足から飛び出したナイフで……おおぉお!」
さて当のG国では、EEZ内でも出没するゴジラに正規の漁船が入漁を見合わせるなど損失が拡大、洒落にならなくなってきた。他国の組織からの介入を強く牽制するが、ゴジラに対応できる改装を行うこともままならない。
一方、シー・リカオンに対しては、G海軍と密漁対策で連携していた経緯から、またKWKが野生動物と判明したことから、G国政府はさらなる協力を求めてくる。
しかし、結果的にせよ”鯨類”に銛を向けてしまったMYキャニー・ロデルは、船長も乗組員も動揺が激しく、身動きがとれない状態であった。
一方。
極東の「鯨類研究所」は、ゴジラを”害鯨”と認定、「調査捕鯨に乗り出す」と公表。インド洋上の目視採集船「シンユウマル」が、喜望峰を回って大西洋に入る。衛星の合成開口レーダーで同船の動きを追うシー・リカオン。シンユウマルは、かつて南氷洋で調査母船シンニチマルとともに、MYキャニー・ロデルを挟み撃ちにして、癒えない傷を追わせた仇敵である。
しかし。G国が箝口令を強いているため、シンユウマルは、ゴジラがどうやって軍艦を航行不能に陥れているか知らない。
そんな中でG国は、シー・リカオンの新造IUU阻止高速船「オーシャン・ハチェット」の派遣を正式に要請した。
「ゴジラはヒトを”密漁”しているのです。それで十分ではないでしょうか? それに、貴団体の新造鑑には色々”特殊な装備”があると伺います。殺処分なら時間をかければ私達でも、あるいはシンユウマルでもできるかもしれませんが…」
実は、G国は。ゴジラを公海などへ追い出してシンユウマルにしとめられるよりも、EEZ内で”確保”するのが望ましいと考えていた。
CBD名古屋議定書に基づき、ゴジラを”遺伝資源”として研究・収益化をもくろむであろうグローバル企業達を呼び寄せ「公正かつ衡平な利益配分」を受けられる、「ゴジラ遺伝資源ライセンサー」としての地位を確固たるものにするのだ。米国などで確保した断片程度の”遺伝資源”よりも、生きているほうが価値が高い。そのためにもシー・リカオンは利用できる、と。
そんなG国の本音を知らないまま。G国沖EEZへと急ぐオーシャン・ハチェットは、ゴジラ「捕獲」の任務を果たせるのか?
その少し後。
G国沖、公海上に停泊するシンユウマルを後目に、海軍のヘリに先導され、EEZへ入ることを許されたオーシャン・ハチェットであったが……そのあとを巨大な影が追ってきた。シー・リカオン側がそれに気づいたのは、G国の港湾に入った後であった。
もう、ゴジラに追われていた?…身構える乗組員。既に接岸していた同船が、回頭できなくなるほど近くまで、巨体が寄ってきている。
しかし、「ピヨオウアッ!」…という鳴き声で甲板の緊張が解け、興奮へと変わった。
「オルカだよ!本当に大きい…すごい…」
それは20mにもなるかという巨大な逆叉。シー・リカオン等では、通常の逆叉が子供サイズに見える望遠写真で有名な個体だ。頭頂部にも、目の後ろのアイパッチと似た白い紋様があるため、「三ツ目」というコードが与えられている。
「三ツ目が、一頭だけ?」
「南から、シンユウマルを追ってか?あいつら、オルカの群に何かしたのか?」
北から来たオーシャン・ハチェットについてきた筈はないから、ある意味当然の発想であったが。レーダーの履歴は、シンユウマルが脇目もふらずにやって来たことを示していた。
「やたらとアピールするな…」
「野生のオルカが一頭で港へ来て、こういうのって…とっても珍しいですよね」
「やっぱり、ゴジラのことじゃないですか?」
最後の質問をしたのは、同船に同乗していた記者である。既にG国のモバイル通信網を経由して、映像の送信を開始していた。
そのわずか5分後。記者のスマホに着信があった。例の海洋学者からである。
『三ツ目が来てますよね?』
『これ、見せられますか?』
海洋学者は、G国検閲済みゴジラ画像のプリントを抱えている。甲板に大型ディスプレイが引き出され、大写しにして、色を少しずつ調整していくと…
「パアアアアアアア!!!」と、すごい大声。
「ほんとかよ。」
「ほら、そうでしょう?」
『発音や解析の環境も一式用意していますので、画像を併用すればある程度通じるかと』
「え、ここでやるの?」
港へ出てきたG国政府の面々も、この状況に驚いたものの。三ツ目がゴジラと接触したがっていることを、すぐ納得した。
『”わたしが囮をやる”と言ってますね…戦闘態勢に入ったオルカには手出ししてこないから、と。』
「何だ、古馴染みなのか?」
『大昔からのつきあいで、協定のようなものがあるそうです。それを破ったのだと。』
「あれだけ狼藉働けば、そうだろう…というか異種間のコミュニケーション、初めてじゃないんだ?」
『北のオルカはエコロケーションに頼りすぎ、だそうです。』
こんな感じで。ディスプレイの中から、図版を沢山抱えた海洋学者が色々言うのに、誰もが半信半疑になりつつ。ともかく大逆叉の意向にそって「作戦」を組み立てることになった。
翌日。MYキャニー・ロデルが舷側に大布を吊し、そこに仮病の三ツ目を「収納」して、囮の役割を担う。かなり距離をとって、「ゴジラ対策」を施したオーシャン・ハチェットと海軍の巡視艇2隻が追っていく。誘いを掛けるために、三ツ目は自らの血液までも提供した。
ゴジラは巡視艇の後方から現れた。急拵えの「枠」に阻まれて舵を壊せなかったものの、舷側に前脚を掛けて甲板に飛び乗ってきて、自重でロールを抑える。もう一隻のほうの甲板に軍人達が現れ、速度を落として併走しながら銃撃を加え始める。ゴジラは音もなく跳躍するが、足場になった側の船は強烈にロールしてひっくり返った。
ゴジラは、もう一隻の舳先に「着地」したかと思うと、そのまま海へ走り抜ける。その反動で急激な回頭が生じ、底を見せた一隻目に激突。軍人達も海に落ち、海軍は脱落を余儀なくされた。
「あれ、助けなくていいのですか?」と記者。
「ある意味、予想通りだろう。後方から救助が来るので、こちらは海岸に沿って遠ざかった方がいい。」
『もう外してくれ、だそうです。』
三ツ目の鼻先、海上すれすれにあるディスプレイの中で海洋学者が「通訳」した。一旦リリースすれば、意志疎通は難しくなるだろう。
「き、来たぞ…?…来たぞォオ!!」
三ツ目の巨体が音もなく沈み、MYキャニー・ロデルの起こした波だけが広がっていく。
「どうなりましたか?」
「あれ…?」
三ツ目の役割は疲れさせるだけ、の筈だが。水中で決着がついてしまったのか?…と全員が思い始めたとき、もつれあった巨大な塊が海面から飛び出したのは…
「あんな後ろで!」
「というか、さっきの軍のほうに向かってる?」
オーシャン・ハチェットは、搭載の無人デバイス類を離鑑させていたが、標的に「無視」されてしまったので回頭を始めていた。
「三ツ目に戻ってくるよう伝えられないか?」
「もう無理だろう」
「こっちに誘導してくれないと、まずいぞ?」
実際、流され続ける巡視艇は公海に近づいていた。ゴジラはその「障害物」を巧みに利用して、三ツ目と渡り合っている様子である。巡視艇の乗員は救命具でひとかたまりになって、二体の闘争から距離をとっていた。
そして、それを観測しているのはシー・リカオンだけではない。「調査」と書かれたブルーグレーの船体に白いブリッヂ……軍艦じみた奇妙な船の操舵室でも、どよめきが広がっていた。
「わざわざ足場を作ってあげてるとは…」
「何とやりあってるんだ、ゴジラさんは?」
「あれ、鯱じゃないか?」
「上を飛んでいるのは何だ?どうぶつ団の連中のか?」
既に公海上であり、シンユウマルが接近していた。乗員達があわただしく動き、捕鯨砲の準備を行っている。
その鑑影を見て、シー・リカオン側に殺気が走った。
「キャッチャーボート接近。シン……ユウ……マル……あれは"シンユウマル"だ!」
「こっちくんな、ポーチャー。」
「雷落としてやれ!」
オーシャン・ハチェットから操られる飛行ドローン「フリゲートバード」は上空で落雷装置を吊り下げたまま、ゴジラの疲れを待っている。同じく潜水ドローン「バスケットスター」も特殊装備「ハイドロメデューサ」を解放するチャンスを伺っていたが、目まぐるしく移り変わる二体の戦いに手を出す隙がない。
そこへ、速度を上げたシンユウマルが突進してきた。
「ああ、下がってくれ!」
「無理だ!手を出すなぁ!」
…と、若干芝居がかった嘆き声が響きわたるMYキャニー・ロデル船内。公海に出たので、例の記者がTV中継を開始したためだ。シンユウマルへの罵声は(なるべく)控えている。
「いやぁ、下がりませんとも。」
「情報戦だなあ。うちも南アに寄って記者でも乗せればよかったかな?」
「よしましょうよ。」
…と、余裕を見せるシンユウマル側では、少し前に”クーデター”が起きていた。
共倒れを狙い待機する方針を打ち出した砲手長が、大逆叉に畏敬の念を抱いていることを、若手の乗員達に見抜かれたのだ。
鯨研の「情報戦」に晒されて育った世代にとって、鯨類へ「食品」や「天然資源」以上の評価を与えようとするのは許し難い裏切りであった。
そして「鯱」はある意味、シー・リカオンの象徴であった。この状況は、シー・リカオンが逆叉を操っているようにも、逆叉がシー・リカオンを操っているようにも見える。
ゴジラと大逆叉。どちらに銛が刺さっても別に問題はなかろう?…この方針に反対する「年寄り」達は、船底の一室に軟禁されることとなった。
迷いの無くなったシンユウマルが急速に二体へ接近する。三ツ目は深度をとっているのか、ゴジラはひっくり返った巡視艇の側で小休止している。
絶好のチャンスに食らいつこうとするシンユウマルは、ゴジラを挑発しようと高度を下げていたフリゲートバードの直下に入ってしまい、軽く「落雷」を食らってしまう。落ちた先がライトニング・ロッドではなかったため、諸々のシステムが停止し行動不能になったところをゴジラに襲われ、舵を破壊されてしまうシンユウマル。
「いや、チャンスだ……シンユウマルの向こう側へ”手”を掛けようとする筈。急げ!」
これまでのゴジラの船舶襲撃パターンから、先を読んだ指示が乱れ飛ぶ。水中ドローンから無数の「浮き袋」が密集状態で放たれた。膨らみながら急速に浮上していく。ゴジラ側の選択肢を制限し、空中ドローンの「雷」を当てやすくするのだ。しかし…この状況では、またシンユウマルの側へ落ちるかもしれない。
しかも、ゴジラは先程の「落雷」をちゃんと見ていた。舷側から上がろうとせず、上方を警戒して、すぐ潜行しようとする。そこにハイドロメデューサが、相互に繋がった無数の「浮き袋」が浮き上がってきた。このまま押し上げられるとまずい…そう判断したのか、ゴジラはシンユウマルを蹴って距離をとろうとした。
「今だ。」「落雷機、投下ァ!!」
フリゲートバードは、ゴジラの進行方向をふさぐように落雷機を落下させる。着水間際に相当なショックが走る筈…しかしその所要時間を見切り、逆に加速するゴジラ。
「全速かけろ!ハチェット!」
「嗚呼これは…間に合わない…」
「光った!落ちたのか?」
「ゴジラ、頭を出したぞ!」
「畜生…」
MYキャニー・ロデルに広がる落胆の呻き声は、途中から歓喜の驚きに変わる。
「あそこ、三ツ目が!」
「痺れてるな…うまく泳げてない」
「ぶちあてろ…ハチェット!!」
三ツ目が発射した「超クリック音」を
労働保険や健康診断の関係でちょくちょく労基署に行くのだが、窓口で仄めかしがどうだの頭の中に機械がどうだの喚いている統合失調症の人が結構いる。
担当の人は半信半疑ながらも真面目に聞き取りをしているようだが、病気なんだから聞くだけ時間の無駄じゃないかなぁ…でも仕事なんだから追い返すわけにもいかんか。それにしてもこんな状態でよく就職できたなぁ…などと考えながら聞き流していた。
しかし最近ブラック企業では神経をやられて統合失調症になる人が多いという話を聞き、妄想を喚く迷惑な人としか見ていなかった統合失調症の人だが、こういう人も排除せず真面目に話を聞き対応することも必要なのかなと考えるようになった。
さっき初めて個々の記事にどんな反応があったのかを見る方法を知った。
真面目なものからレトリックを駆使したものまで数本書いたけど、結局反応が多かったのは、他の記事を漠然と見渡して「こんなのが良いのかねえ」と半信半疑で書いたような超やっつけの代物だった。
恋愛だのアニメだの身近な話題で、とにかく愚痴っぽく、くだくだしく、何かに対する不平不満を出来るだけ主観的な言葉で延々と垂れ流す。
主張の筋が通ってる必要はない。それどころか、ナンセンスすぎるくらいでちょうど良い。
無理矢理いちゃもんをつけるのに必死過ぎて、小学生でも言わないような屁理屈になっていても気にしない。
自分で書いてて、あまりにも話がとっ散らかり過ぎだろうと思ったくらいでも、全然問題はなかった。
むしろ、それが良かったのだろう。
読んで勉強になるような耳に新しい話よりも、自分でも完璧に理解出来るぞと思うような話題で、自分の方が頭が良いぞと思えるような突っ込みどころの多い記事が「彼ら」のテイストなのだ。
ロジックの穴は多ければ多いほど良い。
わざとらし過ぎて、俺なら相手するだけむしろ恥ずかしいと思うような破綻ぶりでも、むしろかえって丁寧に突っ込んでくれる。
なんてくだらない「言論空間」だろう。
馬鹿が馬鹿を書いて、それを大喜びで歓迎する馬鹿が嬉々として更なる馬鹿をそこに付け足す。
何の生産性もない。恨みと溜飲がひたすら溜め込まれていくだけの集積場。
精神的に向上心のないものは馬鹿だって、学校で教わらなかったのか。
昔のはてなはこんなところじゃなかった。
くだらない、実にくだらない。
今後も君たちがこの空しい人生の浪費を続けていくさまを、生暖かい目で見守っていてやろう。
私は半信半疑ながら、食卓に置かれた一房のバナナを眺めていた。
この確かに目の前に存在するバナナが消えるなどという話はにわかには信じがたかったが、日本各地でそのような事例があるという。NHKでも報道されている通りだ。
その原因やメカニズムについてはさまざまに議論されているようだが、私にはいずれも説得力に欠けるように思われた。
兎にも角にも、自分の目で確かめてみるほかないだろう。そう腹に決め、私はこの週末を利用してバナナを観察することにしたのだ。
私はじっと待っていた。
何時間たっただろうか、私はどうやらまどろみかけていたらしい。
食卓に目をやった私は、あっと声を上げた。
バナナが消えていた。
いや、今まさに消えつつあった。
4本のうち、1本はすでに跡形も無く虚空に消えている。
その隣の1本は、半分ほどが闇に飲まれて、いや、西日の中へと溶け出していた。
私はその断面に目を凝らしてみた。だが何が起きているのか見当もつかない。
そうだ、記録しなければ。私は慌ててカメラを手に取ろうと立ち上がった。
が、よろめいて手をついた。何かがおかしい。
私の体は消えつつあった。
私の腹はすでに存在しなかった。
右足もほとんど消えかかり、左足は宙に浮かんでいた。
名前を出しますと「Mface(エムフェイス)」ってやつです。
「mface 詐欺」「mface 評判」で検索すれば怪しいということが一目瞭然です。
あくまで一例に過ぎませんので、人によってはこの3点だけでは参考にはならないかもしれません。
今回の場合から学んだ、ネットを見る前に疑えるポイントは以下でしょうかね。
イマイチ決定打にかける気もしますが、これだけでも疑う要素にはなると思います。なったらいいな。
これらをクリアしてるからといって疑わなくてもいい!というわけではないです。投資話とか簡単な儲け話とか言ってきた時点で斜に構えないといけません。
これを書いたのは、払ってしまった65万弱の足しに…というほどではないですが、ただの無駄金にしたくなかったからです。
誰かにいいたい、でも一人だけじゃだめだ、もっと多くの人に知ってほしい。じゃないと落ち着かない。
だって、老若男女問わず、誰にでも同じような目に合う可能性はあるんですから。
騙される人がこれ以上増えないように。たった一人だけでもいいから、騙されないで踏みとどまってほしい。そう思い書きました。
次に私が騙された経緯について記述しますが、書いていくうちに主観でしかなく、感情的な上に拙い文章となってしまいました。
何がどう騙されていると言えるポイントなのかは、検索すれば沢山出るので、あえて記述しませんし、リンクも貼りません。
騙されたと思っているのも、所詮主観でしかなく、ネットで調べて見出した結論だからです。
数ヶ月前。
手をだす前も実は半信半疑だったのですが、紹介者(仮にAとします)を元々信頼してしまっていたのと、誘われて参加したセミナーでの口車にのせられてしまい、65万弱を出してしまいました。
いつもだったらお金を出す前にじっくりと何度もワードをかえて検索してから判断するのですが、何故かそのときは「mface」の名前だけ検索し、ぱっと2〜3ページ見ただけで「大丈夫だ」と信じ込んでしまっていたのです。信じてしまったのは、飛行機の画像とVISAカードとよくわからない賞をとったことが決定打でした。
今思えば思い込み…マインドコントロールされてましたね。疑うことが怖かったですし、何よりも諸事情で疲れていた時期というのもありました。
Aに急かされてしまったのもあります。急かすのは怪しいと思いながら、勘に従うより都合のいい情報を信じてしまいました。
それが手口だったのではともいえますね。ホントその時の自分どうかしてた。
※実は、払ったあとにも「これやっぱり怪しいよな」と思えることがありました。なかなか本部から連絡が来ないのです。薦めてきた周りの人間は2日ぐらいでログインできる、と言ってましたが、私の場合は4日ぐらいかかりました。怪しんだところで後の祭りだったっていうね。
Aのセミナー勧誘がFacebookメッセージがうっとおしくなり、「勉強会がそんなに必要?めんどくさ」「あんなのやめておけばよかった」と思い始めます。前は信じていたAに対しても、あまりのうざさに嫌いになってました。
事情により嫌々続けていたFacebookがもっと嫌いになり、しばらく放置しました。そのときは人間関係にも疲れ果てていたので、Aのセミナー勧誘は本当にうざかったですし、その疲れの要因の一つになっていました。
元々人間関係が好きではない私は、遂に人と連絡取らなくなります。親しい人ともです。
久しぶりにFacebookを開きました。ある出来事で気持ちが落ち着き、親しい人と話したいと思ったからです。
ついでにずっと放置だったAのメッセージにも目を通し、上辺だけの返事を送りました。
この時までは「うざい」「嫌い」「騙されてるかも」とは思っていましたが、「騙された」という確信まで至っていませんでした。この時までは。
友人(仮にBとします)に久しぶりに会い、いろいろとお話しました。
あのAからこんなの紹介されてから入ったらうっとおしいことになったことも相談しました。騙されてるかもと。
実は一年ほど前に私はBを通じて、後に出るCとAと知り合った経緯があるので、その話ができたのです。
その時、初めて知った事実がありました。
BもAの知り合い、Cの紹介した投資により、詐欺の被害にあっていたというのです。
数ヶ月前、AとCは同じような海外にお金を預けて利子で増やす、といった投資のようなモノに関わっていました。
Bも薦められ、それをやっていました。勿論私にもその話は来ましたが、当時は諸事情でできませんでした。
Cは孤立し、Bは以後AとCやその関連の人間には一切連絡をとっておらず、お金も戻ってこないとのこと。
AがBに薦めたがらなかったので、何故なのか分かりませんでした。その話を聞いたと同時に、Aと自分への怒りがふつふつと湧き上がりました。
Aはそんな詐欺に引っかかりながらも、Mfaceとかいうネットで検索すれば怪しいと分かるようなものを私に薦めてきたのです。
Bと連絡つかないから、Bはその詐欺にあったから、Aは「自分がBに薦めても信頼しないだろう」と私にターゲットをかえたのではないか。全くの確証はなくただの想像でしかないですが、そうとも考えられるような行動です。
そしてそんなAを信用してしまったこと、いつも警戒するのにその時は情報を吟味せず鵜呑みにしてしまったこと、自分が働いて稼いだ金だし自己責任ですむからとぽんと出してしまったこと、多くのことを後悔しました。今でもです。マジであの時どうかしてたんだと思うわ。
もしやる前にBに相談していたら、その事実を知っていれば思いとどまれたかもしれない。正に後悔先に立たず。
決心したきっかけは、AがFacebookメッセージにて「mfcclub個人口座登録をしろ、あの銀行とかこの銀行とかあれとかそれとかあそこのしかできないから。○日までね」と送ってきたことです。
何がどう、とうまく説明できませんが、直感的に「怪しい」と感じました。口座を変えさせることもですが、特に銀行が指定されているというところが怪しく感じたのです。
理由を問うたところで「勉強会参加して」と返されるのが考えられるので(いつも何かしらにつけてそう返すんです、Botかよ)あえて返信せず、検索することにしました。
怖いじゃないですか、払った65万がどこへ行くのかだなんて。払う前じゃなくて払ったあとなんですから。
冒頭でも記述した通り、怪しい要素がでるわでるわ……。怪しいどころか黒だよねこれ。
試しにAに「退会したい。金返して」と送ると「退会するシステム?んなもんナイナイ。お金を回収したい?GRCを売って換金してけー今売り制限がかかってて売れんけどももうちょいしたら分配するからまってぇな」というのです。
退会ゼロ人? そりゃそうだ、やめられないんだから。今すぐ金返してほしいのに「まーまー元取れるからwww」と言われるって。
クーリングオフすることができると一部では言われていますが、私の入ったところだとできないようです。入ったのがミリオンクラブ経緯だから。
そのメッセージのあと、またセミナーの勧誘です。呆れて何も言えない。
仕様が次々変わり、セミナー勧誘のしつこさも怪しんでいた要素のひとつでしたが、これで決定的になりました。
「退会したくてもできない」
個人的にそれだけで十分。
理由は「退会者ゼロ人です!」と謳い文句をだすため、一度とった獲物は離したくないため等。そんくらい、馬鹿な私でもわかります。
自分に呆れました、「やっぱり騙されてたのか」と。
なんでそんな簡単なことを最初から聞かなかったのか。それがわかれば踏みとどまれたのに。本当に悔やまれます。
Aの縁を切りたいのですが、切ったら切ったで余計に面倒になりそうなので、どうにも動けないのが現状です。
今のところどうすればいいのか、どこに相談すればいいのかを模索しています。これ以上お金はかけたくないです。
お金はもう返ってこないものと考えています。払うにはあまりにも高すぎますが、長い人生のうちの勉強代だと割り切るしかありません。
お金を取り戻すためにお金を掛けるのは正直イヤです。そんな忌々しい過去より未来にお金をかけます。
Aからのセミナー勧誘がうっとおしいですが、参加する気はさらさらありません。
あんな老人を騙してお金儲けに利用する人たちの話なんて聞きたくもありません。お金の問題じゃないです。
そんなものに時間を使うなら、働くためのスキルアップや趣味に使ったほうがまだ自分のためになります。
自分自身のことを馬鹿だと思っていましたし、騙されやすいと思っていましたが、ここまで馬鹿だったとは本当に呆れてものも言えません。
そして自分が騙されるよりも、信頼がありしっかり自分の考えを持っているBが騙されてたなんて信じられませんでした。
同じように、Aが何の意図であれ、結果的に騙してくるだなんて思っても見ませんでした。
そんなふうに自分の信頼のおける人間が、他の人に騙されていると思わないまま、自分に投資話や簡単にできるという儲け話を持ちかけられたら?
それが自分がお金に困っているときだったら? 将来に不安を持っているときだったら? 疲れ果てて思考力が低下しているときだったら?
怪しいとわずかながらに感じていた私ですら引っかかってしまったんです。誰にでも隙はあり、騙される可能性はあるのです。
私の場合は世間一般からして言えば、年齢もそんなにとってないですし、払ってしまったお金はこれからコツコツ働いて取り戻すことはできます。
ほかから借りたり、親からねだったりしたわけでもなく、自分が働き、将来のためとつらい思いをしながら必死こいて貯めていたお金です。
つまり、どう使おうが自己責任のお金です。諦めたとは言え、貴重なお金を怪しい団体の手に渡してしまったことは非常に悔しいですし、できることなら返してほしいと思っています。
ですが、高齢者の多くは働くことが難しく、これからお金を稼ぐことが厳しい人たちです。
そんな人達に甘い言葉で誘惑し、わざわざ高齢者には難しいシステムを説明し、わからないならといって勉強会に行かせる……どう思いますか?
個人的には詐欺といってもいいんじゃないかと思います。あくまで私の意見ですよ。
AなどのMface側の人間は「詐欺じゃないよ」、「稼げてる人たくさんいるよ」といいます。
そりゃそうでしょうよ。誘う側が稼げるシステムなんですから、その人は稼いでる人なんです。
私の画面では一向に増える気配はありません。人を誘う気すらないです。入ってしまった時点で同罪なのに、誘ってしまえばCのように孤立するだけです。
どんな人からでも「これお金を稼げるよ!」といえる投資話がきても、話にのってはダメです。
難易度が高いですが、そんな話が来ようもんなら話させないコトがいちばんいいです。聞いてしまうと「その話、いいかも」と思ってしまうかもしれませんから。
もしいい投資話を持っている側ならば、人に薦めてもいいですが、どんな末路を迎えようと自己責任ですよ。
信用を失って孤立してしまうか、感謝されて周りに人が集まるのかはその方次第です。
内容を多少追記しました。身バレが怖いのと、思い出したこと、伝えたいことを増やしたかったからです。
トラックバックを頂いたようですね、ありがとうございます。
A鈍かったのもあって地震の深刻さに全く気付かなかった。
今回の地震で思い出したことを徒然と。
地震が発生したのは学校で一斉に英語の試験(英検みたいなので強制だった)を受けていた時だった。
一度校庭に避難させられたが、揺れが収まって暫くしたらまた教室に戻らされた。
そして安全のため、生徒達は親が迎えに来てくれる子以外は学校に泊まることになった。皆で教室でだべっていたような記憶がある。
実はこの時点では非常に大きい震災だと私は思っていなかった。
何故なら携帯禁止の学校で、外部の情報が私に全く入っこなかったからである。
母校が妙に携帯所持に厳しかった。確か2回か3回見つかったら推薦取り消し&退学一歩手前の状態になる、授業中にどこかから携帯の音が鳴ったら、誰かが携帯を出すまでクラス全員下校時間の18時まで教室から出れま10させられるというぐらいのものだったので、大体の子が持って来ていなかった。正確な所は知らないがこの様なものだった…筈…。
場所も東京だったので「ちょっと大きい地震だなー」ぐらいにしか思っていなかった。学校から帰れない時点で気付くけそうなものであるが私は鈍かったのだ。学校も特に損壊とかしてなかったのも相まってた。
後先生が平然と教室に戻った後試験を続行させようとしたのもそう思わせるのに拍車をかけてた。試験中余震がちょいちょい起き、生徒から「こんな中で試験なんて無理だろ!」とブーイングが起きたのですぐ中止になったがw
TVも教室にあったが生徒だけでは番組映せなかったので意味を為さなかった。オンリー砂嵐。
まあ友達が少なく携帯持ちこんでる子と話せなかったのもあるかもしれない。とにかく外から情報を得る手段が私にはなかったのだ。
なんか呑気に友達と話してた気がする。呑気だったのは私だけかもしれないが。
なので母の迎えによって(地震が大きかったので帰れないか察知して来てくれたんだったかな?)家に帰ることが出来、テレビを見た瞬間は非常に驚いた。
自分の想像を遥かに超える酷い災害だったのだ。母は大変な被害が出ていると言ってたが、実際TVで見るまで半信半疑だった。学校で想像していたものとの落差が半端じゃなかった。先生ももしかしたら不安を与えないために情報を伝えてなかったのかもしれない…。試験やろうとしてたけど。
暫く後、そして自分のような鈍い奴が情報を遮断されると、外で何が起きてるか知ることが出来ない、思い至れない事実に思い至ってゾッとした。
実はこう言うのが存在する。
アスペルガーと言えば基本的に数学や物理、ITなどのロジックを好み、コミュニケーションが非常に苦手と言われる。
しかしながらごく少数だがコミュニケーションが非常に得意なアスペルガーが存在する。
例えば私の同僚だ。常に集団の中心に位置して、問題があれば素早く解決する。技術力はそれほど高くないが、
技術力のそれなりにある人との関係を築き彼らの技術力を使ってあっという間に解決する。私も彼がアスペルガーだとは最初は気づかなかった。
だが確かに時々良くわからない事でふざけて彼が他の人をいらだたせたり、私をいらだたせる事もあった。
ある時彼が突然私にいった。
「実は俺アスペルガーなんだ。」
私は聞き返した。
「アスペルガーってコミュニケーションが苦手なんでしょ?どうしてコミュニケーションのうまい君がアスペルガーなの?」
彼はいった。
「いや、アスペルガーは特定の事に関する興味が強いだけ。そして多くの場合数学や物理やITの事に興味が注がれる。俺は人間同士の関係に興味があって子供の頃から、確か5歳ぐらいからだったかな人と人との関係性を観察して来た。人と人との関係性もロジックだよ。相手の立場関係や利害関係、扱いにくい人の対応とか結構法則がある。コミュニケーションうまくなりたかったら変な本読んでないでとりあえず人と人との関係性を観察してみるといいよ。色々法則が見つかるから。」
でも数年続けているうちに確かにコミュニケーション能力が上がって、人間関係のトラブルは劇的に減った。
この経験を通じて思ったのはアスペルガーがコミュニケーションが苦手と言うのは以下の理由だと考えられる。
1、強烈な興味指向により、興味の対象が若年時にコミュニケーションに落ちる可能性が低い。その結果同年代よりコミュニケーション能力が低くなる。
2、仮にコミュニケーションの重要さを理解できたとしても学習癖のあるアスペルガーは変な自己啓発本に嵌って失敗しますます自信を喪失する。
美容に無頓着な人生を送ってきたけど、今回結婚式にむけて初めて本気だした。
だいたいこんなことをやった。
あと、わたしはやらなかったけど、やればよかったと思うこと
長くなってしまったけど、以上。
どれか単発で効果があったものではなく複合的に効果があったものが多いと思うので、なにが一番効果あった!とかは特にないです。
けど、いろいろ試して、改善されたなーと思うことで、当日自信を持ってニコニコ写真にも写れたし、綺麗だよーと言われ素直にありがとうと言えたので、良かったと思います。
嘘。離婚というのは嘘。好きだから。愛してるから。そこまで思ってないけど、落胆はしてる。
「上場したら株主になって、株主総会に出て、お茶を出してもらうんだ!」
と言い続けて、冗談だよなと思ったら、日興に口座を作ってIPOの公募に応募していた。
応募していたことは、妻が落胆していたのでどうしたのと聞いたら、
と答えが返ってきたので知った。
さすがにそれで懲りたと思ったら、昨日、帰宅した俺に妻が、
「寄り付きでは買えなかったけど、引けに3000円ぐらいで買えた!」
と嬉しそうに言ってきた。
うわー、本気で買ったの?と半信半疑で「何株で何円ぐらい買ったの?」と聞いたら、
高いロードが買えそうな値段を何の躊躇もなくさらっと言ってきた。
こんなことってありだと思う?
これだけ高い買い物をするなら夫に相談するのが普通だと思わないか?
ちょっとキレ気味に「どうしてそんなにはてなに執着しているの?」と聞いたら、
妻と俺ははてなハイクのオフ会で出会い、お互いはてなユーザーであり、
俺がことあるごとにハックルさんがお茶を出してもらえなかったことを楽しそうに話をしていたから、
はてなの株主になるのは二人の中での当然の合意事項だと思っていたそうだ。
妻からは「私がはてなの株主になること、君も喜んでくれると思ったのに…。はてなは私たちの出会いの場所なんだよ…」と泣かれてしまった。
妻には「分かったけど、それでも大金を使うなら事前に言っておいて欲しかった。お茶を出してもらうだけなら単元株数の100株でいいんだから数万円で済んだはず。どうして、そんな大金を投資する必要があったのか?」と聞いた後の妻の返事がこれだった。
妻「はてなの株式の1%を保有して「株主であれば増田を誰が書いたか分かるようにして欲しい」という株主提案を通したいんだ。あなたも知りたいでしょ?」
老人は病むし色々な痛みを抱え医療費がかかる。
薬だなんだとザブザブ金を消費する西洋医学で多くの老人を見るのは限界がある。
私が手を痛めた時に病院にも行ったが何をしても痛みが引かず、親につれられて半信半疑で鍼灸を受けたら一回で痛みがひいた。
痛みをとる事にかけてはかなり有効な治療法だと感じたし、深刻な病ではない老人の痛み系統は西洋医学ではなく薬がいらない鍼灸の方がかなり安上がりに解決できると思う。
ガン患者の痛みをとったりするのにも有効だと聞いたことがあるし、鍼灸と病院が手を組んで積極的に活用してみるのもいいのでは。
このままの状態で私達が老いると今よりずっと医療が受けにくい状態になり保険関係が悪化するだろうし、なんとか対策していってほしいものだ。
MBA(経営学修士、経営管理学修士)の取得に対する世間の目は厳しい。
「(MBAの知識は現場で)役に立たない、(MBAホルダーは)使えない。」
これは、ホルダーや現在進行形で通学している人は痛感しているところだと思うが、そんなことは当の本人が一番分かっている。
MBAの取得の意義はいくつもあるが、その一つ「自分ではできないことがあることを知る。」ことだと思う。
転じて、自分の強みや興味あるところにフォーカスして学んでいく、仕事に繋げていけばいい。
自分が通ったビジネススクールの入学式では、人間力を磨け、と言われた。
どんなにビジネスに直結する知識や思考法を学んでも、仕事は人と人との繋がりで行うもの。いくら成績優秀でMBA取得できたとしても、人間力、魅力を磨かないと宝の持ち腐れだということである。
かと言って、MBAに通いながら人間力を磨くことなんて容易いことではないが、否が応でも「働くこと」の意味を散々考える機会があるため、必然的に人との付き合い方、人の動かし方を考えることになる。
自然とこれまでの自分の仕事の仕方、これからの仕事の仕方を考えさせられる。
ビジネススクールに通って一番良かったことは、学んだ知識も然ることながら、経済界のトップリーダーと呼ばれる人たちの考えや思想、熱意に触れることができたことだ。
新聞や雑誌の字面では綺麗事にに思える言葉も、直接語りかけられると言葉の重みが異なる。
「意識高い系」などと揶揄する言葉があるが、意識高くて良いじゃないかと思う。
誰だってビジネスで成功を夢見ているし、できることなら実現したい、幸せになりたいと思っているだろう。(ただし、成功・幸せの定義は人によって異なる)
夢や希望を実現するために意識を高めることはモチベーションを高めることの一つでもある。
すべてのリーダーは皆意識が高い。そして行動する。当然失敗もあるが、成功するまで続ける。
これぐらいは、「意識高い系」の本や雑誌記事によく書いてある。強調したいのは、彼らはみな自分の夢や希望を実現させることに執着している点だ。
執着心があるから、一時の人とのぶつかり合いは気にしない。半端な人付き合いは蹴散らす。
むしろ失敗の積み重ねをサクセスストーリーに織り込んでセルフブランディングしている人もいる。
執着は信念とも言い換えられる。
堀江貴文氏は「お金の本質は信用だ」 (http://amzn.to/1QeDAGy)と言っているが、実現に執着して行動しているから信用され、結果的にもお金が集まる。これは単に所得としての儲けの話でなく、事業を自ら始めるための資金調達においても同じである。
執着のレベル、度合いで成功が決まると思うと随分腹落ち感をあったことをよく覚えている。
そのぐらい執着した先に何があるか自分には分からないし、そんなに執着できることがないと悟ったのもビジネススクールで学んだことだ。
冒頭の「使えない」評価は、そのMBAホルダーに執着心がないことの評価でもあると思う。
ビジネススクールに通わなくても成功の実現に向かって執着心がある人はいる、ビジネススクールがすべてを解決してくれるなんてことは思っていない。
ただ、名目上、学術的な戦略論、会計学、組織学がカリキュラムのコアであるが、ビジネススクールで得られる学びというのは、実際に通ってみて初めて見つかるものなんだなという感想である。
ビジネススクールを頭ごなしに否定することは簡単なので、もし少しでも興味がある、キャリアについて思うところがあるなら、学校説明会とか近くのホルダーを尋ねて見ることをお勧めする。
http://anond.hatelabo.jp/20130102142639
丁度3年経ち、近況を書いてみる。
元の日記を書いてから程なく、ヴァイオリンのソロレッスンを再開した。
そして、今年からモーツァルトの協奏曲(某有名教本のラスト2巻に載ってるアレ)を習うことになった。
あれから更に色々調べたのだが、普通はモーツァルトの協奏曲の3・4・5番のいずれかを弾き、メンコンという流れらしい。
なので全てが順調に行けば、年内にも念願のメンコンに取り掛かれる可能性が出てきた。
「メンコンで学ぶことはメンコンでしか学べないことだけにしましょう。つまり、それ以外に必要な技術はより簡単な曲で身に付けておいて、メンコンに取り掛かったら一気にクリアする方向で」
と約束しているので、自分の実力次第ではメンコンの前に「寄り道」する可能性はゼロではない。
結局、ここまで来るだけで3年かかったわけだが、これが早いのか遅いのかは良くわからない。
正直レッスンは厳しかったけど、付き合ってくれた先生には感謝している。
当時はわからなかったが、レッスンを通じて自分の実力を正確に把握できるようになって、自分の目的がいかに身の程知らずだったか痛感させられたからだ。
狩りに例えるなら
「弓矢の基本的な使い方は分かっていて、小動物くらいは狩ったことあったかな」
くらいのレベルで
「トラを狩りたい!」
と吹いたようなものだ。
普通だったら
「あなたさー、もういい歳なんだから寝言は寝てから言いましょう?」
と門前払いされかねない話なのに
「なるほど、つまり増田さんは本当に上手くなりたいんですね?」
ちなみにこの3年間でやったことは以下の通り。
これらを体得するためのレッスンは、上述の通り厳しかった。
もう毎回
「ああ、今日も弾けなかったな」
と半泣きで帰ってくるのが当たり前だった。
え?レッスンでそんなの普通だろって?うん、そうだね、変なこと言って悪かった。
そんな厳しい修行っぽいことをここまで続けられたのは、レッスン以外でアウトプットの向上が確認できたからかも。
オケは毎週練習があるので、レッスンで教わった時はたとえ半信半疑の指導内容であってもオケでは即実践、それも非常に難しい曲を弾く中で実践し
「おお、確かにこれはいい!」
と必ず納得する結果になった。
そして最近は
「増田さん上手いから」「増田さんと同じプルトだったので本番は安心して弾けました」
と言われるようになり、更に今まで全く相手にされていなかった「主にコンマスと2ndトップ+αで構成される、よく弾ける経験者の互助会的仲良しグループ」から、トップサイド(トップの隣の席)へ頻繁にお呼ばれするようになった。
これは別に偉くなったわけではなく、狩りに例えるなら「この人なら確実にこの獲物を狩ってくれる」という信頼を得たことを意味する。ってモンハンかよ!モンハンやったことないけど。
逆に言うなら、以前の自分の腕前は「幼少からやっていてその程度」だったわけだ。それどころか、率先してノイズを出しまくっていた自分は、パート内でも腫れ物ないしアンタッチャブルな存在になってしまっていた。
その頃と比べたら、今の周囲の扱い方の変わりようは驚異である。
一方、カルテットはオケと違って本番という期日がないので、同じ曲を数カ月ぶりに弾いてみる機会が結構あるのだが、弾くたびにより弾きやすく、かつ綺麗な音が出るようになっていて、メンバーからの評価も上々だったり。また、弾ける曲も徐々に増えてきた。
こうした実践の場があったことが、レッスンを続ける原動力になったのは間違いない。
「弾けないと楽しくないんですよね」
と言われたことがあって、その時は全くピンとこなかったけど、今だいぶ弾けるようになって、確かにその通りだった。
何しろ、今が一番弾いていて楽しいのだ。もっと上手くなればもっと楽しくなるだろう。
勿論、弾けないなりに楽しみを見つけるやり方も全然アリだと思うけど、自分はそこまで器用じゃなかった。
だって物心ついた頃からやってることはもう体の一部であり、心の一部であり、人生の一部なのだ。
それが誰からも評価されず、自分でも納得できないとか、ケツの座りが悪くて仕方がない。
そんなことに今頃気付かされた。
とにかく、こうなったらもっともっと上手くなって、プロにはなれないにしても、セミプロ級くらいには高めたいと思っている。
その為に、メンコンの更に先、最終的に目標とする曲も既に決めつつある。
今はまだ夢のまた夢だけど、夢に若い若くないは関係ないし、希望はいつだって大切だと思う。
そんな決意を新たにした新年だった。
http://anond.hatelabo.jp/20151217152521
のつづき。
「え、お金がもらえるんですか?」
パーティションが区切られて隣同士が干渉しないようにスペースが作られていた。
各地にこういったスペースがあってオンラインで繋がれており
独自のレーティングシステムによってオートマッチングされる仕組みという。
「あ、スマホは窓口で預けてね。タブレットとかノートパソコンとかも持ってたら預けて。」
女性が詳しい話を聞かせてくれた。
将棋好きの金持ちの道楽で、第二の羽生を発掘し育てるべく作られたシステムで
御存知の通り奨励会には年齢制限があり、規定に達せずに退会するものも多い。
しかし棋力のピークが奨励会の年齢制限よりも上になることもあるはず。
また才能がありながらも将棋一本でやっていくには不安があり、プロ棋士目指すのを諦めてしまう人もいる。
そんな人達を集めて第二の将棋連盟を作ろうとしているというのだ。
「これをリーダーに通してあとは対局するだけ。勝てば多く対局料をもらえるし負けてももらえる。ただし棋譜は都度解析されて不正ができないようになっているから。」
画面は独自のシステムを構築しているようで初めて見るものだった。
対局を開始する。オートマッチングなので少し待つと対局が始まった。
相手の名前は出ない。ということは向こうも誰と対局しているかはわからない仕組みのようだ。
入力された自分のレーティングがやや甘かったのか、初戦の相手には勝利。
いくらもらえるかが気になったので聞くと固定ではないという。
不正がないかをチェックされた後、筋の良い手、悪い手をチェックされてそれらに応じて金額が変わるという。
当然筋が良い手が多ければそれだけ金額が高くなるし負けてもそれら評価が高ければ金額に反映される。
解析には時間がかかるようですぐには結果がでなかったがしばらくすると
金額とともに解析結果が閲覧できた。金額は500円ほどだっただろうか。
解析結果はいわゆるソフトでの棋譜解析で最善手や悪手、筋など改善点が見やすく表示される。
なるほど、これはかなり良いシステムだと思った。これなら強くなりたいと思うし強くなる仕組みができている。
「それとここにも退会規定があるの。年齢ではないけどレートの動きや将来性などを評価して決めている。向上心がなければ退会になって対局できなくなるわ。がんばってね。」