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2016-07-18

任天堂株があがったので、記念に一言

山内博の言葉だか、岩田聡山内博に言われた言葉だったか、詳細は覚えていないがこんなことを言ってた気がする。

「娯楽産業は一番面白いものを作ったところだけが勝つ。

面白い娯楽とつまらない娯楽を並べたら、つまんない娯楽なんかいくら安くたってやらないだろ?」

と。

その一方で、勝ったら総取り、負けたら全てを失う、そういう厳しさについても山内博は語ってた。

ここでいう勝ちとか、負けとかは、売り上げの問題であって売り上げの問題ではない。

勝ち負けとは、一番面白いものをつくれるかどうかで決まるのだから、勝ち負けはあとからついてくるものなのだ

から、売り上げ高で任天堂の力を測るのは大間違いだ。

いくらでも、簡単な例でいえばガチャにでも手をだせばいくらでも稼げた。

子供から大人までレアポケモンを求めていくらでも課金しただろう。

Amazonが稼ぐ気になればいくらでも稼げるのに、資金の回収には目もくれずに拡大路線を続けるのと同じだ。

任天堂は、自社が今やるべきことは稼ぐことではなく、面白いゲームを作ることだとわかっていた。

必要なのは面白いソフトを作ることであって、そのために必要資金さえあればよかった。

現金は潤沢にあるし、人海戦術で作る超大作には興味がない。

満を持して、誰も体験したことのない娯楽をリリースした。

何度、「任天堂は終わった」と言われ続けただろうか。

スーパーファミコン次世代機が遅れ、プレイステーションに天下を奪われたとき

だれもがこれからは大容量の光ディスク時代だと思ったのに、ニンテンドウ64ROMカセットにこだわり続けた。

実際、メモリーカードは快適ではなかったけれど、大容量が実現した美麗な映像に人々は流れていった。

ゲームキューブプレイステーション2勝負にもならなかったとき

ゲームキューブ面白かった。

でも、プレイステーション2の、現行機種(プレイステーション)との互換性、DVDプレイヤー機能としての機能お買い得すぎた。

それでも任天堂は生き残った。

何度でも生き残れる自信があったと思う。

何度でも挑戦できるだけの現金と、どこよりも面白いゲームを作れる自信があったからだ。

俺はどんなに任天堂赤字を出そうが、任天堂の株は売らん。

売るときがくるとしたらは、任天堂が出したゲームをつまらないと感じた時だ。

品質がいいだけじゃ売れない、重要なのはマーケティングブランディング

なんて言うコンサルたちはなにもわかってない。

株式評論家もなにもわかってない。

いいものが作れない会社は沈む。

いいものさえ作れれば、いつかは浮かぶ。

それが全てだ。

今後も、何度となく「こんどこそ任天堂は終わった」と言われ続けるだろう。

そのたびに、任天堂は驚きのソフトを出してくれる。

そう信じている。

2014-01-20

任天堂ハードコントローラーはいつもおかしい。

WiiUコントローラーは攻め過ぎだと思う。

だいたい、いつだって任天堂コントローラーおかしい。

前世ハードWiiなんぞ言うまでもない。

さら前世代のゲームキューブコントローラーの見た目の禍々しさ。

まあ、あれは実際使いやすいんだけど。

というか、さらに先代、ニンテンドウ64、あの頃からコントローラーに奇抜さを求める傾向はあった。

アナログスティックとか、コントローラーが振動するとか。

笑ったね。

すぐプレイステーションが真似したけど。

というかその前世代、スーパーファミコンの時でさえね、おかしいと思った。

メガドライブPCエンジンも、左に十時キー、右にボタンだったのに、LRボタンにABXYとか絶対無理って思った。

人差し指ボタンなんか押せるか!右側にボタン4つとか不器用な俺には絶対マリオ無理って思ったね。

この際だから言っておけば、バーチャルボーイ、あの右にも左にも十時キーって…まあ、今じゃけっこういろんなハードに右にも左にもアナログスティックはあるけどさ。

というか、ファミコンコントローラー、あれからして奇抜伝説の始まり

あの頃のゲーム機コントローラーって据え置きが基本だったもん。

トリガー式だったり、ジョイスティックだったり。

本体ボタンが付いてるとかさ。

握るとか、ゲームウォッチ調子のって変なの作りやがってと思ったわ。

マイクとか付いてたしな。

でも、コントローラー本体収納出来るってなんで廃れたんだろうな?

ケーブルがなくなって無線になった今でも、本体コントローラーしまうところあったほうが便利だと思うけど。

2014-01-12

http://anond.hatelabo.jp/20140103214719

実際のところ、マリオゼルダマリオカートスマブラそいつらは面白いゲームというだけじゃ許されないからなぁ。

特にハード競争が激しくなった64以降は特に

革新的、そのジャンル最初の作品にして最高傑作、誰も思いつかないし、パクろうとしても、劣化コピーにすらつくれない、そういうレベルのクォリティを要求されてる気がする。

一世を風靡したストリートファイター2以降、スト2ライクな格ゲーがあっちにもこっちにも出てきて、けっこう肉薄するものがあったけれど、ゼルダライクな作品がゼルダに並んだかというと、かなり疑問符がつく。

聖剣伝説ゼルダにあこがれて作ったのがはじまりとかなんとか。

なるほど、だから初期はムチを向こう岸の杭に向かって振って、川を渡ったりする仕掛けとかがあったのか。

呪文乱発するだけのFFになり、殴り倒すだけのファイナルファイトになり、ゼルダとは全く別方向のよくわからない作品となり、ついに4でシリーズごと黒歴史としてなかったことになってしまったのは残念だが。

大神ワンダと巨像、いずれも悪くない作品ではあるけれど、頭ひとつ以上ゼルダが上だったと思う。

面白いことゲーム考える人というのは、それこそ呼吸するように面白いゲームを考えられるのだと思う。

子供が新しい鬼ごっこルールを考えるように、なにもないところから唐突になにかが生まれる。

面白いだけでいいなら、今すぐに作れるんじゃないかな。

スーパーマリオブラザーズ3を思い出してほしい。

例えば自分開発者だとして、「ファイヤーマリオで火を出したから、次は水とか雷でも出させるかなぁ」って思っちゃうと思うんだ。

そこを、しっぽマリオとか、クツマリオ地蔵マリオ、凡人には考えつかないし、俺が上司だったら企画書破り捨てるね。

悔しいことに、スーパーマリオブラザーズ3は超面白かったんだけどさ。

話を戻して、ニンテンドウ64以降、ただ面白いだけじゃ済まされない、レジェンド級のソフトであることを要求されてる。

64、GCではゲームを変えること、Wiiでは遊び方を変えることを宿命付けられていた。

WiiUでは、リビングを変えたり、生活を変えるほどのなにかをしたいんだろうね。

残念ながら、僕みたいな凡人には、そんなゲームが思いつかない。

2011-06-14

http://anond.hatelabo.jp/20110613110500

CDとは関係のない話だが、コンシューマゲーム市場では、ひとつハードウェアがその使命を終えようとするとき、こぞって美少女ゲームだったり乙女ゲームリリースされたそうだ。それと構造が似てたりする? のかもしれないぜ。

コンシューマゲーム市場全体でそういった事態は確認されていない。

最後美少女ゲームばかりになるのは、そのマシンハードウェア

「静止画の表示能力メディアの容量がそこそこだが、派手な動きを演出する能力時代遅れになった」

状態で終焉を迎えた場合による。具体的にはMSX2PCエンジンPC-88/98やサターン

それはしか美少女ゲームというジャンルが、マシンパワーを必要としないゲームから

マシンパワー不足のマシン必然的にそうなるのであって、

逆に

「静止画の表示能力時代遅れになった」「全体的に寂れた」「次世代マシンと比べて容量不足」

ようなパターン、たとえばメガドライブスーパーファミコンニンテンドウ64X68kなどの場合

最終的にはシューティングパズルアクションあたりが出て終わる。

たとえばNintendoDS終焉美少女ゲームまみれになると思うか? 違うだろ。

多分どうでもいい知育系かRPGだろ。

それはNintendoDSの表示がしょぼいし、ROM容量に限界があるからなんだ。

PSP美少女ゲームまみれになる可能性がある。UMDはボイスと絵を入れまくるのに非常に適したメディアからだ。

2009-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20091107073255

起動時にそのただ一つのセーブデータを読み込み、ゲームの進捗状況に合わせてオープニングムービー(起動して放置してると勝手に流れ出すムービー)を変化させる

そんなのニンテンドウ64マリオカートの時代からあるような

 
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