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2019-08-13

anond:20180404140258

弁当代に1日500円かけるとしたら、22日で11000円だなぁ。うちの近所の学童保育は月に5000円くらい(夏休み8000円だったかな?)だから、たぶん弁当代だけでそれくらいの請求したらキレる親続出だ。

しかし、そもそもそんなに真面目に弁当手作りしてる親なんかそんなにいるのだろうか。ご飯自然解凍OK冷凍おかず適当に詰め合わせるくらいでいいのに。

2019-05-31

anond:20190531084746

まあ、甘くしてたら妻はその金も全部ガチャにつぎ込めると錯覚して、他の費用全部打ち込むぐらいやりかねないから、「上限がある」学童保育やらのほうが安全だな。

なにより、騙してくるという不安からは逃れられる。

つ~か、自分収入ガチャやるならともかく、結婚相手の金でガチャやらパチンコやるなよ。

2019-05-30

[] #74-3「ガクドー」

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学童小学生を預かる場所だが、色んな点で学校とは異なる。

なにせ下は1年、上は6年生までが小さな家屋に収まっている。

通っている学校や、性別だってバラバラだ。

そんな狭くて深い空間は、独特な文化社会を作り出す。

例えば、相手を名指しで呼ぶ時。

「マスダ、お前の番やで」

「あ、カンくん。サイコロ振って」

基本は呼び捨てであるが、学年が上の相手へは少しだけ気をつかって「くん」付け。

ちゃうやろ、マスダ弟ぉ」

「え?」

「ワイのことは“カン先輩”と呼べ。“カンくん”とか、むず痒くてかなわん」

または希望愛称で呼ぶよう決まっていた。

「先輩呼びだったら痒くないの?」

「あ~?……なんや、不服なんか? そこまでして“カンくん”って呼びたいんか?」

「う~ん……確かにカンくん”はちょっとキモいね」

「“カンくん”呼びやめろとは言うたけど、ディスってええわけちゃうぞ」

別にルールブックがあるわけじゃない。

ただなんとなく、各々の裁量雰囲気でそうなっていた。

から俺たちみたいに兄弟がいると、少々ややこしかった。

「ねえ、マスダ」

「ん? どっち」

「弟の方。マスダの兄さんじゃない」

俺だったら「マスダ(くん)」または「マスダの兄さん(ちゃん)」。

弟は「マスダ(くん)」または「マスダの弟(くん)」。

面倒くさがりな奴からは「マス兄」、「マス弟」とゾンザイに呼ばれていたこともある。

呼び方がまるで安定しないため、俺たちはしばらく混乱していた。


特徴的なのは、この呼称ルール対象例外存在しないってこと。

学童所に唯一存在する大人指導員もそうだ。

「なあ、マスダ」

「どっちのこと言ってんの、ハリセン

学童所の指導員は、学校でいう先生みたいな立ち位置に近い。

だが先生はいわず、皆あだ名で呼んでいた。

名前にハリが含まれていたからハリ先生、略して「ハリセン」だ。

本名は知らない。

「ええと、長男の方ね……あ、もしかして次男だったり?」

見た目から来る印象も朧げだ。

よく不精髭をたくわえていたので中年だと思うが、剃った時の顔は20代のようにも見えた。

声は妙に甲高かった気がする。

「ほら、こういうことになるから、肩を叩くなりして呼べばいいって言ったじゃんか」

「ああ、すまん、すまん。どうも忘れっぽくてな」

学童はみんなタメ口で喋ったが、ハリセン咎めることもなくフランクに接した。

しばらく後になって知ったことだが、学童保育に就く人間は、学校教員とは色々と勝手が異なるらしい。

俺たちのあんな態度を気にも留めなかったのは、むしろそっちのほうが自然だったかなのだろう。

次 ≫

2019-05-28

[] #74-1「ガクドー」

年号が変わる意味なんて分からないけれど、何事にも節目ってのはある。

まれて十数年しか経っていない俺だって、勿論そうだ。

身長は伸び、それに比例して体重も増えて、ついでに色んな所にも毛が生えた。

やりたいことも、やれることも、やらなきゃいけないことも両手に収まらない。

でも年号と同じく、時間は俺たちの気持ちとは関係なく流れ、距離はどんどん離されていく。

からこそ思いを馳せたがるのかもしれない。

俺が今よりもガキだった頃、ちょうど今の弟くらいだった時にまで記憶は遡る。


あの頃の俺と弟は、とても不自由な思いをしていた。

平日のスケジュールはこうだ。

まず午前7時に起床。

朝食を摂ったり、身支度を整えるのに1時間弱。

多少ズレても8時ちょっとには学校に着くようにする。

そこで数時間過ごして下校し、その足で真っ直ぐ学童所へ。

父親が迎えに来る午後6時過ぎまで、そこで過ごす。

買い物を済ませ、家に着いた頃には午後7時前後

そこから晩飯や入浴、睡眠もあることも踏まえれば、自由に過ごせる時間は皆無に等しい。

当然、夜遅いので友達の家に行って遊ぶだとかの選択肢存在しない。

俺たちは実質、1日の半分以上を自宅以外で過ごし、子供時代の豊かで自由時間を拘束されていたわけだ。

まあ、子供自由時間なんて、総体的に見れば無駄だとは思う。

だが、その無駄すら愛せない不自由感が問題だった。


その不自由感の象徴ともいえるのが、当時通っていた『ハテナ学童保育所』だ。

小学生向け保育園みたいな場所で、親が仕事を終えるまで子供たちが時間を潰す場所だった。

「マスダは何で学童に?」

「母さんが母さんでなくなっちゃったらしくて」

「え……」

この時、俺たちの町では『親免許制度』なるものが実地されていた。

体の9割が機械化していた母はこれに引っかかったんだ。

から特別試験仮免をとるまで離れ離れ。

仕事で家にいないことが多い父は、止むを得ず俺たちをここに預けたってわけ。

「マスダ、ほんとゴメン。ちょっと無神経だったよ」

別に謝るようなことでもないと思うが……」

あの時、理由を聞いてきた学童仲間がすごく気まずそうにしていたが、何だか誤解されていた気がする。


学童所での環境は、お世辞にも良好とは言えなかった。

ないよりマシ程度のボロ屋で、壁や柱には歴代学童たちの落書きと傷で溢れている。

まりのボロさに、映画舞台で使われたほどだ。

タイトルは覚えてないけど、多分しょうもない映画だと思う。

「……弟よ。口を開けたまま、天井をずっと見ているが、バカみたいだぞ」

兄貴自分の弟がバカであってほしいわけ?」

「いいや……じゃあ、なんだ? 学祭バカ役でもやるのか?」

「なんか、天井から水が落ちてくるから、どんな味かなあ~って」

「……!?……バカヤロっ、そんなの飲むんじゃねえ!」

雨漏りという現象を直で見たのも、その時だ。

次 ≫

2019-05-05

発達障碍者子供作りすぎ?

Twitter経済的に困窮しているシングルマザーアピールをよく見かけるんだけど、

離婚した理由が発達障碍者の夫によるモラルハラスメントで、2児の母だけど2児とも発達障碍児で、

保育園学童保育に「お子さんが家に帰ると言って暴れています」と呼びつけられ(保育園学童保育スタッフ可哀想だ)、

経済的困窮と育児について相当に難儀している様子なんだけど、そもそも発達障碍者結婚しなければ良かったのでは?

発達障碍者結婚してモラルハラスメントを受け、発達障碍児を2人産み、頻繁に呼びつけられて職場の同僚に迷惑をかけるし低収入

元夫は発達障碍者なので収入不安定養育費ももらえず、それで困窮という。健常者が母親一人だから負担母親にかかっている。

モラルハラスメントを受けるのだから結婚しなければ良かったのでは?障碍は遺伝するのだから子供を産まなければよかったのでは?

見えている泥沼に自分からダイブしたようにしか見えないのだけれど、なぜ彼女たちは被害者意識が強いのだろう?

なぜ社会が助けてくれないと言って恨みつらみをTwitter投稿しまくるのだろう?

2019-03-10

学童保育基準が緩和されたとのこと

団地の集会室が放課後使えるようになればいい

2019-02-09

anond:20190208134100

まず早い段階で倫理道徳面を言葉理解できる子とできない子の差はある

客観的想像力を働かせる事ができない子にも感情面に訴えかける事でそれを自分に関わる問題として自ら行動を制御させる事はできる

野菜食べなきゃおっきくなれないよ、そんなじゃサンタさん来ないよとかはそれ

それでも感情支配され自分でもよく分からなくなってる子とか分かってるけど構ってもらうためだとか別の要因でわざと困らせるようやる子もいる

別に特にやりたくもないし困らせる気もないけど友達と同じ行動を取りたいだけの子もいる

何も考えずテレビで見たのをマネする事に力を傾けたいだけの子もいる

言葉で分からせるためには分からせるための言語理解共感性の下地を作る事が必要だし

下地があってもかまって欲しい子に行動の倫理性を説いてそれを理解させたとしても問題解決しないし場合によっては悪化する

子供のその言動がどこから来るものかの理解が親にも必要でそれでアプローチも変える必要があって

またなぜそれがいけないか客観的正当性言語化と更にそれを言葉で分からせるための子供の立場での主観的発想と表現必要

それが子供社会経験の土壌として外からの影響に対しての取捨選択筋道になっていくんだけど

言葉で分からせる、をただ単に口で伝えるそれだけだと定義するから子供は言ってもわからないでしょ、となる

叱る時手を出すのはそれらの親側の言語化や親自身共感性や社会への倫理観、道徳観の客観的理解の有無も含め、全部すっ飛ばし言葉共感を誘う技術もそれを考える事もしなくても、もしくは出来なくても手っ取り早く動物なすり込みとしてネズミ電流と同じように誰でも容易にできるものから安易に使われて来た部分はあるのかなと思う

少なくとも仮に百歩譲って体罰正当化するなら最低限事前にルールと罰を提示する事と罰として判決理由のような改めてのそこに至った客観的正当性を伴う理由提示必要だろうけどそれさえないただ単に大人側が物事簡単に治めるための手を抜くためのツールとしている場合それは文字通りパブロフの犬のような反射に任せた思考停止しかないし現状の運用としてはそちらに寄っているように見えるからその理不尽さに反発の声があがるようになっているのは当然の事のように思う

感情的にどうにもできない子供へ手をあげて言う事を聞くよう仕向けるのも躾ではなく多くがその実単なる言動の抑止の手段まりになっていてネズミと同じく反復する事での反射的な学習方法とするならそこに論理への理解はないので結局は少し状況が変わるだけでまた新たな学習必要になり効率学習させる側の負担の面でも本人の負担の面でもいいやり方とは言えないと思う

ただでも思春期には感情面が肥大化して世界も広がって当人でさえ自分で舵取りが難しくなるのに下地も土壌もなく判断基準が作れない、作られないまま外の色んなものに触れて影響を受ける事になってそれが反社会的ものだとしたらそれが親にとってもぐら叩きでいたちごっこのようになってしまうのは目に見えているわけだし

そうなったらもう最悪祈るしかないわけで

でも現実親の余裕や知識技術平等であるわけもなく、その差をある程度是正するための幼児学校教育であり、だからこそ教育の場での安易体罰本末転倒で許容されるべきではないんだと思う

あと躾がなってない、は言う人間自覚してるかどうかは知らないけどおおよそその幼児からの土壌の有無、またはそこを怠りその後も相対的に結果が出せていないその事を言われていて躾が出来ない状況をそもそも何で作ったのかという過程への親の怠慢を責める意のもので、その上での体罰による躾と口で伝わらず放置するしかない状況との選択理解価値観下地作りを出来なかったという前提による同グループの中の異なった結果でしかないんだけど、それは言ってしまえば過去に遡らなければ現状どうにもならない事なのでそれを責めるのは人としてどうかと思うから無視すればいいだけだと思う

理解を深めさせる過程の年齢の子に躾がなってないとか面と向かって言ってくるやつはただの何も分かってないクソだからクソの意見なんて無視すればいいだけだと思う

そういう親を無理に責めて暗に子供を制させるよう向ける状況が子供のための教育や躾という意識の枠をこえた不必要公益意識からの焦りによる体罰を生んでいるんだと思う

子供特に幼児の子倫理道徳面での理解必要とされるのは愛情だけでも言葉にする事自体でもなく大人側の徹底的な感情をも含めた論理的思考と計画性を伴ったアプローチ技術とその体系化でしかないし、それが圧倒的に足りてないと思う

そしてその事はセーフティーネットである教育現場への負担としても影響してると思う

この前夕方ニュースかで学童保育の話をやってて子供が泣いてて、それはじゃんけんで勝った方が何かの遊びを出来るって双方ルール理解した上でやった結果で負けた子は悔しかたか思い通りに行かなくて腹が立ったか感情的に抑えられなかったみたいなんだけどそれを忙しそうにしてた大人が勝った子に相手の子が泣いてる事を理由に謝らせてて

一定の体系化と周知は親のためにも子供のためにも現状色んな過程に触れる機会がない、なかった子供に対してのケアとしてもやっぱり必要な事だと思う

親も子供と一緒に親になっていく、親として学びながら、なんていうけどそれは親の情緒面だけの話にすべきだと思う


個人的には幼児の子に手をあげるのは知識以前の大人側の甘さや過信も一因としてあるんじゃないかと思う

子供に対する甘さじゃなく自分に対する、また認識に対する甘さ

何で自分の望みや言葉をただ自分価値観で口に出すだけで自分経験の何十分の一も生きてない存在に通じるなんて甘い考えを持ってるのかと思う

同じ年齢の常識を共有する相手だって通じるとは限らないのに

言語の壁に対してどうして分からないのって叫ぶようなものだし、そういうものだと分かってれば少なくとも通じない事に苛立つ意味の無さは理解できるはずだし、それを手出して事を済ませようとする傲慢さや安易さも分かるはずで

分かってても皆が英会話習う時間お金も余裕もあるわけじゃないように完全な対策を求めるのは酷だってのも分かるけど端から舐めてかかってるようにも見える事も多いし

それは先の親以外の周りの大人もだけど子供という一人の存在に相対するための認識が甘すぎると思う

本当に違う世界の生き物相手にするくらいの心意気でやってもまだ足りないくらいのとこあるのに

から最低限でも知識情報有用指標の共有が求められるんだけど



長いな

2019-02-07

anond:20190206211938

(子育て終わった主婦とか定年したシニアを保育係で雇用)

学童保育なんかも人が足りないのに

それより遥かに大変であろう仕事を誰がするの?

しか民間委託だろ?「『公務員』という身分を手に入れられる」ってメリットすらないのに誰がやんの?

給料高ければいい?その給料どこから出すの?


「ぼくがかんがえたかいけつさく」にしても酷すぎる

中学生の浅知恵か?

2019-01-30

PTA非会員の子供にも記念品は渡すべきだろうJK

棘のまとめで、PTAを退会したけど子供記念品を渡すべきだと主張した人が「義務を果たさず権利だけ主張」と叩かれている。

『本当に怖いのはリアルな地域の人で、助けてくれたのはTwitterの人』PTAを退会したら学童保育を強制退会させられた人のその後 - Togetter

だがこれは大いなる勘違いだ。

PTAは、その学校の全ての子供に奉仕するためのボランティア団体だ。

それに参加する以上、当然非会員の子供にも奉仕することが前提だ。会費で用意した品物を、非会員の子供にも配るべきだ。

だってそういう組織だってわかった上で参加したんでしょう? だったら文句を言うべきじゃない。

それをずるいと思うなら抜ければいいだけの話。抜けて非会員として自分の子供が記念品をもらえるよう主張するべき。

たくさんの人が抜けたら記念品を用意できないというのなら、記念品やめるか、会員非会員問わず全員から実費を徴収すべきだ。

会員の子供だけに奉仕する会を作るのはもちろん自由だが、そういうのは私的空間でやるべきで、学校という公的空間活動する以上は非会員の子供にも奉仕するべきだ。

不公平? いやいや、別け隔てなく子供奉仕したい人たちが集まったボランティア組織なんでしょ? なんでそれを不公平だと思うの?

どう考えても不公平だと感じる方が間違ってるよな。嫌なら抜けろっつーの。

2019-01-28

[]2019年1月27日日曜日増田

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増田合計ブックマーク数 ()内の数字は1日の増減

5965479(2519)

2019-01-27

anond:20190127151425

まずは保育園学童保育の充実

不要です。学校託児所勘違いするサイコパスなアホ親を量産だけです anond:20190127111928

大学無償化

保育は親の贅沢ですが「教育子どものためのもの」です

是非無償化しましょう、所得に限らず

anond:20190127145201

まずは保育園学童保育の充実と、大学までのせめて学業真剣にやるやつの無償化をしたら?

この時代日本会議脳を振り回して当然結婚できないやつに無理にやらせるより、ちゃん相手を思いやれるから結婚できるやつが安心して3人目、4人目、5人目を作れるようにしたほうがいいわ。

anond:20190127102754

今時大多数の親が共働きだし、託児先がなくなると親が困るので

学校託児所じゃありません

重要なのことなので繰り返しますが学校託児所ではありません

無責任教師以上にこういう親はドン引く

勉強以外の子ども教育も、学童保育の用意も、親の仕事です。あなたの子どもです

やはり、無責任教師から子を守ると同時に、クソ親を甘やかさないためにも

教師仕事勉強を教えることのみ』とすべきだな

anond:20190127101613

今時大多数の親が共働きだし、託児先がなくなると親が困るので

結局学童保育が拡大化されて大多数の子はそこに預けられる、ってなるだけのような…

よほど裕福かつ教育熱心な専業ママの子けが自宅学習、で。

(それはそれで進学塾とか行ってそうだけど)

2018-12-04

退職適応障害と元気になってきてからの話

内部出向2日でリタイア

私は会社Aに内定をいただいた。

会社Aは会社Bの教材とカリキュラム使用して「プログラミング教室」をしている。

いわゆるフランチャイズ。よくある話です。

しかし、「教室先生」になるためには会社Bで「講師認定テスト」を受けるか、そのテスト実施できる社員(B社に一定間内部出向していた社員)にテストしてもらわなければならない。

私は「テスト実施できる社員」になるためにB社に内部出向する予定だった。

(A社の社員だけどB社に勤務する形)

勤務先はB社からは「希望は一切受け入れられない」と言われていたが、A社からは「とは言ってもうちの社員だし山手線圏内って言ってあるから」と言われた。→それなら引っ越しはしないと言った→引っ越したら?とは言われた

A社内定承諾後、社宅引越しの案内が届くとの連絡があったが全く来ない。(勤務地も決定していないが)引っ越すつもりもなかったので後々メールしたら「他の内定者は実家暮らしのようでみなさん引っ越さないと思ったので書類送付しなかった」と来た。

ちょっと怪しいな?と思った。

労働条件通知書をくださいと言ったら労働条件はB社の方に合わせるので、と言われてB社で面接した時にもらったスライドが再度送られて来た。(採用ページに書いていた程度の内容)

怪しいな?と思った(とはいえもう2月くらいで就活できる状態じゃない。)

入社式研修のお知らせが2月3日に突然来た。3月25日から仕事が始まるらしい。入社4月1日だとばかり思っていた…

2/4に勤務地決定通知が来たが勤務地決定通知(勤務地決定とは言っていない)だった。

(結局B社の勤務地がわからないのでA社の横浜支部所属ですよ程度の通知書)

3/24 卒業式

遠方から両親が来てくれることになっていた。

両親がこっちにくるのは入学式以来なので次の日とか案内できたらなと思っていたのにほぼ直前になって希望は打ち砕かれたのであった...

3/25 研修

3/26 入社式

その後は研修...

春休みとは???と思いつつ社会人スタートした。

研修都内でもそこそこ近くの教室だったのでとりあえず通うのは大丈夫だった。

とはいえB社の偉い人(B上司とする)が癖の強い人で本当に大丈夫かな??という気持ち研修を受けていた。

子供たちにプログラミング()を教える立場になるので、B社のカリキュラム理解子供への対応、教え方などの研修があり、最終日に実技試験()とペーパー試験()を受けてどちらも合格した人だけがメイン講師になれる...みたいな説明をされたけど人手が足りてないのか研修も受けてないバイトさんが授業を普通にやってるらしい。

研修講師先生普通に優しげでいい先生だった。

A社の新卒私含めて4人、B社の新卒2人(バイト講師経験あり)、B社中途1人、B社学生バイト2人(講師担当経験あり)で研修を受けたが実技とペーパーどちらも合格したのは私だけだった。

4月2日

4月2日会議からはB社で働くことに。

会議と言っても数字報告と夏休み期間のイベント目標数発表だった。

驚いたのは少しでも予定の数字が下がろうものならB上司がその先生が何も言えなくなるまで責めたこと。

これが教育を掲げる会社か?と思うほど。

いびる、責める、無言の圧力。「もう貴方は知りません。」などなど。

社会ってすごいなあと逆に関心した。

私は研修でのテストに唯一一発合格したためかなぜかB上司に期待の新人としてお気に入り登録されたよう。

配属発表ではB上司教室山手線圏外)と、山手線圏外の教室(私メイン講師担当?)と、山手線圏内教室で、圏内教室まさかの週一シフトだった。

お気に入り自分教室に囲われるらしいと聞かされた。

配属の後はイベント会議役割決めなど。同じ内部出向組で女性が1人いたのだけどその子はすぐ役割が決まった。

私は最初、メイン担当教室先生の引き継ぎになってたのに、B上司に無理やりB上司担当イベントに入れられた。

そしてなぜかイベントバス手配とポスター作りと予約取りなど全くよくわからない役割を決められてしまった。

バスの手配方法ポスターの素材その他諸々教えてもらえなかったので大変不安だった。昨年の資料をくださいと言っても特に渡せる資料はないと言われた。周りの先生いかにB上司の期限を損ねずに会議を終わらせるかで必死で忙しそうだった。私は置いていかれていた。)

夜は歓迎会として近くのバルみたいなところで飲み会があった。

最初研修が分かりやすくて好きな先生の卓だったので良かったが席替えでB上司の真ん前にされた。

そしてB会社新卒と私ともう1人の女性と中途の男性目標を発表させる雰囲気に。

目標=◯◯を頑張りたい みたいな話かと思っていたら 「新規○人入会させて上半期で全体○人にします」って言わないといけないらしく?新人全員意味もわから担当先生が耳打ちしてくれた数字を喋る機械になった。

酔った勢いで他の先生たちが話していたのを聞いてみると結構「夜の仕事をしていて、結婚したいのでまともな職に就くために会社に拾ってもらった」という方がいて「結婚式には必ずB上司社長を呼ぶ」みたいな話もされて辛くなった。

4月3日

今日から教室普通に業務するらしい。(研修は教え方とカリキュラム研修しかなかったから突然先生やれ、教室長だと言われてポカン

先生は各先生業務で忙しすぎて私たち新人にはノータッチだった。

午前は完全に放置されていたので担当教室先生コピーの仕方とか今日の授業について教えてもらった。

担当地区の「神」のような先生上司お気に入り登録されている私を心配してありとあらゆる資料が詰まったGoogleドキュメントを共有してくださった。

午後から教室に移動して先生と一緒に授業をやって終わった。

と見せかけて、出社、退勤を社内メーリスで流さないといけなかったらしく(聞いてない)、B上司から朝顔を合わせたにも関わらず)「新卒の皆さんは本日無断欠勤ということで良いんですか?(威圧)」的なメールが全社員宛に届いていた。(嫌味は全社員に公開するらしい)

先生に聞いたところ、仕事量が多いし授業もあるし毎日残業時間は当たり前。社内でB上司への悪口グループができているようだった。

そして直後に「新卒社員+B上司」の謎の「新卒監視グループ」が作られた。

ここで私のメンタル限界になったのでA社の上司に「ここでは絶対にやっていけない、A社の別部署横浜支部で働かせてくれ」といってA社の上司(前年度B社に出向経験)もあそこは異常だからしょうがない、ということで次の出勤日から横浜勤務になりましたとさ。大感謝。(そして私の勤務時間が往復5時間になった)

往復5時間で死にかける

往復5時間毎日通った。

業務内容は午前中に入会書類の整理など、事務系の仕事をして午後から教室に移動してひたすら授業(立つ・声を張る)。または10キロ近いチラシを持ってポスティング

幸いA社の人たちは明るく優しい人たちだったので「楽しい」という感覚を持って仕事ができた。

しか筋肉痛、関節痛の毎日休みも不規則

「(完全ではない)週休2日」という話は知っていたけど6連勤1日休み3連勤、7連勤1日休み4連勤とか普通に入れられる。

なぜ長期連勤の後1日休んで連勤できるのか?というお気持ちだったが人も足りないしそれが社会なんだなぁ(多分間違ってる)と思いながら働いていました。

8時に家を出て23時に帰ってくる感じ。

5月下旬生理ながらも授業してたら今までにないくらいの血の量が出て早退した。(夜用生理用品してるのに10分経たずに漏れてくるくらい血が出て死ぬのかな?ってなった。)(出血過多)

6月下旬、家についた途端全て嫌になったのと体が痛いのとで「マジで死ぬ3日前」みたいな状態になったので急遽休みをとらせてもらって病院に行ったりした。整形外科に行って先生にとりあえず1週間休めと言われたので1週間休む。

7月下旬引っ越し決行。通勤時間は片道40分になり少し希望を持ち始める。

しかし諸々のストレス8月上旬に謎のめまいが多発、駅のトイレで吐いたり異変が起き始める。

膝も痛くなり歩けないほどの痛みがあったりもしたがとりあえず仕事していた。

だましだましやっていたが本当に限界がきて同居している婚約者相談したら「養うの余裕だしとりあえずそこから離れた方がいい」と言われ9月仕事を辞めました。大感謝。本当にこれはラッキーだった。

体調もそうだけど…

仕事内容としては特にキツくもなく楽しくやっていた。

なぜそんなにストレスが溜まったかというと、「周りの情弱がすぎる。」だと思う。

1年先輩社員Excelの行内改行ができず、十数年先輩の上司Excelで連番を入力することもできなかった。(ググるという発想があまりないらしい)

入会書類は紙で、印鑑が押されていないところがあればお客さんに電話して印鑑押しにきてもらわなければいけなかった。

新規開講の教室ほとんどなので数百枚の紙を処理。領収書的なのも全て手書き

そしてFAX至上主義

入会書類的なものは数百枚全てFAX本社に流してから郵送。

出社報告退勤報告はLINEで報告した後に月末に紙に出社日数分の判を押し、本社FAX。その後紙を郵送。交通費などの経費精算も全て手書き。それも本社に郵送。

出社の時間帯も日にちも同部署社員全然違うので休みだろうと休みじゃなかろうとLINEは鳴り続ける。(たまに自分宛のも来るし、上司休みの日も上司でないと判断できない事があると連絡しなければいけないのが心苦しかった。)

FAX初めて使った。

割と色々な情報Googleドライブで共有していたので(そういうことはできるのかと関心したけど)「(出勤簿なども)データ化してドライブで共有かメールで送ったら良いのではないか」と聞いたら「メールGmail)だとどこで盗み見られるかわからいから。」と一蹴された。

FAX番号間違えた方がえらいことになると思うんだけどなあ…と思った。

Slackとかそういうの使いませんか?と言ってみたが「貴方ができても他の社員リテラシがないので導入コスト考えてね。貴方が1人でそれを導入して他社員教育できるならやれば?」とのこと。

面倒なので流石に放置した。

そして各教室Wi-Fiはなかった。全て有線。しか個人PCはない。部署で2つの社用ノートPCを使っていた。

Wi-Fiがない理由も「セキュリティ強化」らしい。でもPCパスは至極単純なものパスワード知らなかったけど違う部署PC借りて仕事したりできていた。

その社用PCにはWordExcelは入っていたがPowerPointIllustrator存在しておらず、各イベント用のポスター掲示物をWordで作らされるという拷問を定期的に受けていた。もちろんWindowsなのでメイリオを使うしか無かったが皆さんポップ体がお好きなようだったので創英角ポップ体に一生分お世話になった。あと100行くらいのExcel開くだけで3分くらいかかる弱すぎるPCなのもストレスだった。

情報リテラシ皆無な講師陣がプログラミング()を教えるのに不安があったがとうとうそれが現実になった日があった。

先輩の担当する授業で「生徒の誰1人として作品が完成しない(動くはずのものが動かない)」ということがあり、それが原因で1人退会した。

聞いたところ、ただモーターを一旦逆回転させて位置を調整してリスタートしたらよかっただけだったらしい。

私はその「動かなかった」授業の次の授業を担当させられ、前回の授業と今回の授業を一度に終わらせるという完全な尻拭いをさせられた。(入社2ヶ月)

ここで、私がここにいて私にメリットはあるのか?という気持ちになった。

生徒募集体験会も担当したが、営業担当の先輩が、子供の父に「他のプログラミング教室との差は何か、ここでは何が学べるのか」と質問されていた。先輩は用意された営業トーク以上のことがわからなかったようで、私がそのお父さんの相手をして気に入られて「貴方のような先生にレッスンしてもらえるなら」と入会を獲得した。(結局私の担当クラスにはならなかったのでごめんなってなった)

生徒が使うPCも弱い共用PCBluetooth接続に最高30分かかったりして、せっかく早く組み立て終わったのに接続できなくて授業ギリギリになってやっと接続できる、みたいな状態になってかわいそうだった。

10人分くらいの機器を繋げた履歴があると一度繋げたことのある端末でもなかなか繋がらくなった。端末の履歴を消すと一時的に復活したりしなかったり謎だった)

ということが毎授業あるのでPCも変更してほしいと相談したら「繋がらないわけじゃないんでしょ?」とのことでそのままだった。

5月から私の直属の先輩(「動かなかった」で授業を終わらせた方)との行動が増えてこれも結構ストレスだったと思う。

来年からは直属の上司主任)が本社に行って先輩が主任になると思うから相談ごとはなんでも一旦先輩を通さなければならないというルールができた。

私より授業できないのに主任なっちゃうの?年功序列LINE個人で繋がってるんだし上司に聞かなきゃいけないことも先輩通すの二度手間では…

と思っってしまったけれど口には出さなかった。

その先輩はいわゆる「文系()」と呼ばれるタイプの方で全く情報系の話は分からない代わりに恋愛系のことをたくさん話す人だった。

一緒の時は先輩の恋愛事情を聞かされる毎日婚約中の彼氏浮気をしていたとか、でもそれは私に構ってもらえなくて寂しいからなんだなって思ったら許せてきた、私には共感できなかった。

その先輩は目先のことしか考えられないようで、「別部署と共用のプリンタ用紙の在庫がなくなった(こっちの営業の人がたくさん使っていたらしい)」時、別部署の人からこちらが責められた(その別部署もどうかと思う)のだが、今すぐ授業に向かわなければ間に合わないという時間帯なのにも関わらず「私たちA3用紙を半分に切るから」と本当に切り始めそうになったのはビビるというか呆れてしまった。

部署との関係もしんどかった。

私たち拠点がなく、学童保育をしている部署と共用で建物を借りていた。学童保育ももちろんA社の事業

こっちの部署も賃料を払っているのだがどうしても学童社員私たちに対して口調がいちいち責めるような口調だった。

そして、授業をした時に1人お休みの子がいたのだが、後からの子父親から「息子が少し遅れて行ったのだが、学童先生と目があったにも関わらず鍵を開けてもらえず、やむなく帰ってきたのだがどういうことだ」との電話がきた。

授業の部屋と玄関の間にドア一枚あるため授業が始まるとこちらのスタッフ玄関を見られない。

そのためそちら側を使っている学童スタッフ対応してもらうしかなかったのだがしてくれなかったらしい。

「あと、学童側のスタッフがあからさまに教室側の生徒に冷たい」と生徒が話していたらしい。

上司相談したが「同じ会社とはいえ会社のような関係なので協力も強く要請できないので今回は報告だけする」「あくまで悪いのは遅れてきた生徒、というスタンス対応する」とのことだった。

同じ会社で隣で仕事しているのに足の引っ張り合いをする、お客様のことを優先的に考えてサービス改善できない(ビジネスといえばそうだが切り詰める所が違うと思う)、先輩との雑談で新しい知識が増えることもなく、ただ自分たちの現状の物を(アップデートもせず)いかに良いものに見せかけられるか、ということしかできない。自分大学で得たものは全て会社社員レベルまで落とさなければならない。

ということがずっと溜まりめまいが始まり適応障害と診断され、鬱も再発してきて眠れない、家事もできない、絵も描けない、PC触れない、という症状がで始めたので辞めました。

辞めてから

会社を辞めると「職を失いました」という証明をするために会社から受け取らなければならない書類がいくつかありました。

離職票 (退職10前後会社から郵送されなければいけない)

健康保険厚生年金保険資格喪失連絡票 (退職日前にもらえるはず)

源泉徴収票 (退職の1か月以内に送られてくるはず)

この3つですがどれも会社から自動で送られてくることはありませんでした。(本当は連絡入れなくても送られてくるべきもの

いつまでたっても来ないので辞めたのに上司LINEして(LINEしか連絡手段がない)離職票保険資格喪失連絡票は手に入りました。

源泉徴収票はこの時も送られてこなかったがまぁ年度末にはくるだろうと思っていました。(こなかった)

確定申告ギリギリになってもこないので会社のお問い合わせメールから連絡したら、「給与事務課に直接電話してください」とだけメールがきて、電話かよ…と思いながら電話してみたら「辞める時に源泉徴収票必要だと言われなかったので送りませんでした(しょうがいから送ってあげます)」という感じでまじでギリギリに送られてきた。(困る)

2018-09-18

息子だけど、親権押し付け離婚した母親について

そういえば自分の周りに親権を押しつけて離婚した母親がいたなあと、元増田を読んでいて思い出した。

もう20年近く前の話だし、元増田の元家庭とはずいぶん環境も違う。

記憶も定かでは無いけれど、「親権押しつけて離婚した母親」がどう見えたか、息子の立場の思い出で自分語りする。

母親最後に見送ったのは私と弟だった。

私の母親は、私が10歳の夏に家を出ていった。

母親の姿を私が最後に見たのは自宅の玄関

私と弟が学童保育から帰ってきて一息ついたあと、入れ替わりで母親は家を出ていって、そのまま帰ってこなくなった。

私と弟がどこにいくのか尋ねたところ、

ちょっと買い物に出かけてくる、あんたたちも来る?」と母親は応えた。留守番をしている、と返したと思う。

まだ日が落ちる前で外は暑かったし、エアコンが効いた部屋から出たくなかった。

それが母親と面と向かって話した最後の会話だった。

その日以来、母親は帰ってこない。ずいぶん長い買い物である

父親が帰ってきたのは20時ごろだったと思う。

母がいっこうに帰ってこないから、勝手レトルトカレーを食べるか迷っていたところだった。

そこから記憶あいまいで、「お母さんは買い物に出かけている」と父親に伝えたこと、その日は結局帰ってこなかったこと、

翌日の夜に「お母さんはもう戻らないんだってさ」と父親に伝えられたことは覚えている。


日経ってから改めて、「お前たちはどうする?お母さんについてくる?」と父親に聞かれた。父と母だけで子供に見えないところでやり取りをしていたんだろう。

私と弟は、間髪入れずに「父親についていく」と伝えた。

子供ながらに、「父親は家に住んでいる、母親は家を出た」「父親仕事をしている、母親パートタイムで働いている」「母親と一緒になるのは不安しかない」と思ったから。

その日からしばらくは子供部屋ではなく、父と母親の部屋で寝ることになった。

父親には「お父さんが寂しいだろうから」なんて言ったけど、たぶん怖かったんだと思う。寝ている間に父親もいなくなったら、とかたぶんそういうことを考えてたんじゃないか

家庭事情、なぜ離婚したのか

正直なところ、離婚前後夫婦関係母親の状況について、父親に聞いたことはない。父の浮気のようなわかりやす理由があったのかも分からない。

当時は、父親の機嫌を損ねたくなかったから、そんなの聞けるわけがなかった。

私も弟も父親も、母親がいなくなって、各々で新しい日々を送ろうと四苦八苦していたし、そのうちに聞くタイミングを失ってしまった。

というかよく考えたら、父と母親の馴れ初めについてすら詳しく知らない。なにしろ私がそんなものに興味を持つ前に離婚してしまたから。

父の年齢から離婚時点の年齢を考えると33~4歳前後になるから、彼らはおそらく大学を出てすぐに結婚したんだと思う。

父は普通サラリーマン帰宅20前後母親も、私が幼稚園の頃からパート勤務をしてて18時頃の帰宅が多かった。

なにしろ大学を出てすぐ私たちを生んだわけだから我が家にも給料的には余裕が無かったはずだ。

共働きということもあって、私と弟は小学校に入るとすぐに学童保育に預けられた。

周りの友人たちの母親専業主婦ばかりだったし、いま思えばマイホームを持った落ち着いた家庭が多かった。

記憶にある限りでは、私の母親PTAなどにもほとんど参加していなかったと思う。地域での友人関係というのも無かったんじゃないか

当時は家の鍵を渡されてなかったから、学童保育から帰ったあとは玄関の前に座って、母親の帰りをぼうっと待っていたのを覚えている。

食事レトルトや総菜がほとんどだった。忙しかったんだろう。

離婚の経緯に関しては唯一、母親祖父から「あの子あんたたちを育てるのを投げ出した、だから勘当をした」という趣旨の話を聞いたことがある。

そのため、母が家を出て行った理由は、私と弟の世話に嫌気がさしたからだと思っている。

実際、当時の私と弟は問題児で、小学校でも幼稚園でも喧嘩忘れ物などの問題行動をよく起こしていた。

まり詳しく覚えていないけど、家庭でも似たような状態だったのだと思う。酷く手のかかる子供だったと思う。

そんな状態である上に、私と弟は昔から比較的父になついていた。母親から見れば「男3人と自分」という対立構造に見えるときも多かったんじゃないだろうか。

上に書いたように、父と母親のどちらにつくかのやり取りもあったから、子供目線だと「母は親権押し付けて出て行った」のではなく「僕たちは自分父親を選んだ」という意識を持っていた。

でも、こうして書いていると、やはり母親私たちと居ることが耐えられなかったんだと思う。

「買い物」に出ていく際の「あんたたちも来る?」という問いは、きっとそんな耐えられない息子たちと自分関係を確かめ意味言葉だったんだろう。

ごめんね、お母さんよりも冷房を選ぶような息子たちで。あの日暑かったからなあ。

離婚のあとのこと

断片的な記憶だけど、父親離婚届を書いているところ、書類を返送する際に「こんな男と10年以上いてくれて~~~」という趣旨手紙を添えていたことを覚えている。

父は「本当にお母さんと連絡したいと思ったら、この携帯番号にかけたらいいから」といって、母の連絡先が書かれたメモ電話機のわきに残してくれた。

何度か電話をかけた記憶はあるが、そのとき何を話したかはもう覚えていない。

しばらくは祖父母が手伝いに来てくれていたこともあり、私も弟もすぐに母親がいない生活に順応した。メモはしばらく壁に貼ってあったけど、どこかにいってしまった。

その後、母親祖父から絶縁されたらしい。

もっとも、何年かに一度は連絡がある、ないしは帰ってきていたこともあるらしいので、本当のところは知らない。

私が二十歳を過ぎたころぐらいに、祖母から母親と会うつもりはないか」と聞かれたこともあった。

ただ、そのときにはもう私も大学生だったし、妙な蒸し返し方をされるのが不気味で会うのを拒んでしまった。「会わなかったぶんのお小遣いをくれるなら考えるよ」とかなんとか適当なことを言って。

小遣い自体は実際にもらった。

大学時代、祖父母の援助で車の免許を取得させてもらった。

あとから聞いた話によると、これは母から祖父母に「息子のために使ってほしい」とあずけられたお金から出されたものとのことだった。

祖父から「残りは、いつかお前たちがいい人を見つけて結婚式をするときに渡したい」と言われた。

父と母親の間で、慰謝料だか養育費だかの金銭のやりとりがあったかについては、知らない。たぶんもう知ることもないと思う。

私のその後

離婚してすぐに一家4人ですごしていた家からは引っ越すことになった。

学校が変わったことがきっかけで、無自覚問題児から自覚のある問題児に変わった。

父親との関係とは紆余曲折あったものの、大学までは出してもらった。

その間、母親がいないことで不便した記憶というのはほとんどない。保護者参観に親が来ないことにもすぐに慣れた。

中高生ときから料理をするようになったし、親が家にいないおかげでのびのびと生活していたから、むしろ恩恵のほうが大きい。

最近になって若干面倒になってきたのは、職場の同僚や知人から

「いつ結婚するのか?」と尋ねられること。

これは母親がいなくなったこととは直接関係とは思うけど、異性と生活を共にして、家庭を持つイメージがどうしても持つことができない。

おじいちゃん、お母さん、ごめんなさい。どうも僕はあのお金をもらう気にはなれません。

母親をどう思っているか

今になって思うと、ひどく気の毒に感じている。

母親が私を生んだ年齢をすぎて数年が経つ。もし今の私が、私のような子どもを持っていたとしたら、おそらく私だって投げ出すと思う。

もっとも、母親が買い物に出かけた理由が、本当に私たちだったのかは知るよしもないんだけど。

元増田について

本当にお疲れ様でした。

自分語りをしながら、もしかしたら私も元増田の書いてるような「隠し通された子供」なのかもしれないのかなあ、なんて考えてしまいました。

ただ、いずれにせよ元増田さんの体験元増田さんだけのものですし、好き放題に増田で叩かれたり、長文で自分語りする父子家庭出身者が現れても、あまり気に病まないでください。

どうにかいろいろと上手くいくようになって、元増田にとってもお子さんたちにとっても一番傷が少ない結果になるように、祈ってます

https://anond.hatelabo.jp/20180918120625

2018-09-17

[] #62-2「アノニマン」

≪ 前

その当時、俺と兄貴学童保育のお世話になっていた。

臭い一階立ての家に、俺や兄貴くらいの歳の子達が数人。

正直、俺にとっては良い環境とはいえなかったな。

家の中にある遊び道具も古臭くて、コマケンダマとかがあった。

普段、俺が室内でやるゲームといえばコンピューターのやつだったけど、ここには旧世代のすらなかったんだ。

そのせいで、俺はいつも手持ち無沙汰だった。

「すごいなマスダ。もうコマを指のせできたのか」

「ああ、つなわたりも出来るぜ」

兄貴最初の内は戸惑っていたけど、すぐにその環境に慣れたようだった。

俺はというと、一週間たってもまだ馴染めない。

「弟くんも、どう?」

先生差し出したコマを俺は受け取ることも突き放すこともせず、ただ無言で見つめるだけ。

その頃は俺は人見知りが激しくて、どう反応すればいいかからなかったんだ。

「弟のことはほっといてやってください。無理してやらせもんじゃないでしょ」

俺は兄貴にいつも引っ付いてばかりだった。

まだ身内に甘えたい年頃だったけど、親と過ごせる時間ほとんどなかったから尚更だ。

「おい、もう少し離れてろ。俺はこれから新技を開発するんだから

兄貴の方はというと、あまり積極的に構ってくれるわけじゃない。

長男立場から気にかけてくれてはいたと思うけど、自分時間を優先したいときは邪険に扱われることも多かった。


そんな時、俺はいつも近場の空き地で身を潜めた。

誰も俺に気づかない隠れ場所だ。

だけど、あまりいい場所ってわけじゃない。

そこで一人でいると、大抵ネガティブ感情ばかりが湧き上がるからだ。

現在未来、親のこと、あることないこと全てが悪いほうへと考えを傾ける。

俺はそうやって、いつも小一時間ほどグズるのが日課になりつつあった。

だけどある日、それは終わりを告げた。

カカッと参上! 横槍アノニマン!」

よく分からないセリフと共に、彼は俺の前に現れた。

そう、これが俺とアノニマンの最初出会いだ。

「え……な、なに?」

最初の時は、俺はいきなりの状況に引くしかなかった。

まあ、おかげで涙も引いたけど。

オープニングテーマ:「アノニマンのテーマ

歌:バンバントロリー 作曲:ボブ・WEBスター


アノニマン アノニマン どこかの誰か

どこにもいるが どこにもいない

それこそ 彼の個性

奴の目的? 知ったところでどうする

奴はスゴイ? どちらともいえなくない

ただ そこにいるだけ

朝 昼 晩 テキストの海

ボットのよう 必ず言及

アノニマン アノニマン 野次馬根性

ブクマ 追記 やれることはやろう

所詮ただの余興 暇なら君もなれるさ

次 ≫

2018-09-02

なぜ私がオフに引きこもるのか

‪どうしてオフの日に引きこもるの?と周りによく聞かれますが、実はこれにはふかーい訳があります(割と深い)‬

‪遡ること小学生時代‬。

‪私はなんと、小1から小6まで、ずっと学童保育にお世話になってました。これは異例措置です。通常大体3年生までで学童保育は終了します。うちは両親とも18:30を過ぎないと帰宅しないため、特別許可されてました。‬

‪私は、小4くらいか同級生放課後遊んだことが、ありません。‬

‪ちなみに、土曜の特別学童保育にも行っていたため、休みの日にも同級生とは遊べません。‬

‪土曜は学童保育が終わり次第すぐピアノのレッスン。通信手段がないので、友達と日曜に遊ぶ約束ができませんでした。代わりに日曜はピアノ練習に費やしました。‬

‪続きまして中学時代。‬

‪入れば難関国公立大学に受かるという謳い文句に唆され、中学受験を経て地元私立中学へ入学。待っていたのは地獄毎日でした。‬

毎日7時間授業、昼休み英単語テスト、週に3回の放課後補習、毎日山のように出される宿題先生から恐怖政治‬。

‪私はそれにピアノ練習が加わります。‬

毎日片道1.5時間かけて登校し、5時まで授業を受け、また1.5時間かけて下校。2時間かけて宿題をし、1時間ピアノ練習をする。寝る。‬

‪この繰り返しです。ちなみに私の中学土曜日も授業がありました。土曜はピアノのレッスンなので宿題ができず、その分日曜に回すことになります。‬

‪こんなの遊ぶ暇ありません‬。

高等部でこれがエスカレートします。宿題の量も増え、土曜授業も増え、休み時間の小テストも増え、それにより唯一自分時間だったピアノ練習もレッスンも削られていきます。‬

‪こうなってしまうと、日曜に誰かと遊ぶ、なんて気力はなくなりました。遊んでた人もいたけど。私には無理でした。‬

そもそも田舎私立電車通学してたわけです。まず同級生と待ち合わせるだけで一苦労です。電車の本数も少ないし。‬

‪結局、小学生時代から高校生時代まで、私は両手で数える程度しか、友だちと遊べませんでした。‬

‪これだけやったのにピアノダメ大学受験も失敗したし、ほんと私の人生何なんだ。という話はまあ置いておいて。

とまあ、自分の遍歴を見て自分ドン引きしている訳ですが、こんな人生どこが楽しんだって話で、もうほんと間違いなく何もかも楽しくなかったです。

大学から出会った人からすれば全く想像がつかないだろうけど、私は人と遊んだ経験ほとんどないんです。

からないんです、人との「遊び方」みたいなの。

からオフの日は、分からいから、家にいるしかないんです。経験がないことはできないし、知らないことはできない。だから人に誘ってもらわないとついてけないし、何も行動が起こせない。

2018-06-18

8歳のぼくへ 24歳のぼくより

8歳のぼくへ

きみは大きな選択をした。

誰よりも勇気の要る選択だった。

友達なんか持ちたくないと思った。

鬼ごっこに勝てなくて、誰かにやるせない気持ちを受け取ってほしかった。

でも誰もぼくの気持ちをくみとってくれなかった。

きみは誰かを傷つけたくなかった。

でも自分が傷ついてしまった。

当時通っていた学童保育所は居心地が良かったけれど、

ぼくの気持ち自分存在曖昧さに困惑していた。

ゲームに負けるぼくは無力感だらけだった。

いやな気持ちでいっぱいだったぼくが嫌だった。

何も誰も許せなかった。

他人の笑い声が聞こえるだけで辛かった。

どんどん追い詰められる気がした。

2018-05-11

anond:20180511151321

そう!それ!

保育園入園待ちとかないどころか、入園者来てほしい所ばっかだし、保育園はもちろん、小学校は遠かったら大体バスが出るぞ。

他のところはわからん中学校まで給食があるし、学童保育もあるし、快適に共働き子育てできる環境は整えられてるはず。

まぁ、その分、図書館とかないところはないから、高校ぐらいになった子どもたちが田舎を嫌いになるのはよくわかるけどな。俺の地元の奴ら大体の不満は遊べるところが少なすぎることだし。

2018-04-09

PTA退会したら学童保育追い出されたとか怒ってるけど

PTA学童保育直接の関係はないとしても同じような面子地域の人や保護者ボランティアで回してるんだから

自分は面倒事には一切関わらないけど恩恵だけはフルに受けます文句あっかなんてやったらそりゃあ周りは何やあいつってなるでしょ。

PTA活動もできないほどバリバリ働いてるならその金で子供の面倒見る人雇えばいいのにね。

2018-03-08

小学生の時、ケツの穴チェックされてた話

エロい話ではないです。

小学1~3年の間学童保育(放課後児童クラブ)にいた。死ぬほどいやだったけどいやだいやだ言っても「共働きの家庭は普通学童保育よ」って感じで気持ちより普通であることを優先されてた。

小学自体は楽しかった。まだ小1だし勉強楽しい、新しい友達出来るの楽しい平和劣等感なんて感じずのびのび生きてた。

だが放課後になると鬱。遊ぶ約束して友達の家でお菓子食べながら人生ゲームたかったけど強制的にまだ学校にいなくてはならない。

この児童クラブで私は6歳にしてカーストを知ったのである

児童クラブには1~4年生が親迎えにくるまでの間預けられていた。

4歳も離れた人間たちが教室より2回りは狭い空間に閉じ込められ、やりたくもない雑巾がけやらを強制される。

終業のチャイムは2時に鳴ったのに6時まで学校にいなくてはならない。まーストレス溜まるわな。

ストレス空間の中にカースト生まれる。

カーストで一番偉いのが4年、次は4年に気に入られた4年グループの1~3年。

当然、私は気に入られない1年。その他

1年女子何人くらいいたっけな 6人くらい

4年に姉がいる子とその子の近所の友達けがカースト上位。

児童クラブカースト小学から小4の間なんて大したことないだろうと思うだろうし母親もそう思っていただろうけど苦痛だった。

まず居心地が悪い。児童クラブには漫画小説があってそれで暇つぶしして過ごすんだけどカースト上位にしか読むことが許されない漫画があった。

きらりんレボリューション結界師

当時きらレボがまじっっっで読みたかった。でも読むことが許されない雰囲気

なんつーか圧?が凄くて

いろいろ言われたなぁ....ほとんど記憶から消し去ったけど。

漫画読めないかエルマーのぼうけん読んでた。

二人はきらレボ回し読みしてたなぁ。一切貸してはくんなかったぜ・・・

別にさぁ自分で買って家で読めばいいじゃんって話なんだけど 親が買ってくれなかった家庭だったんだよね。小遣いが月1000円になったあたりで自分で買ったよ。


ケツの穴の話に入ります

児童クラブの鬱にも慣れた秋頃、

本を読んでいた小1私、なぜか3年の上位層の女(仮名:R)にトイレに呼び出される。

Rと私は特にいいわけでもなく、私はRのことが怖かった。(上位層の女はみんな怖かった その中でもRは3年だけど兄貴ジャイアンそっくりの重量級でRも物理的に強そうだったし雰囲気ヤマンバギャルのはしりっぽくて・・・・) 小1からしたら2.3年違うだけで身長センチ以上差があったか児童クラブの年上大半反論してもかなわないだろうな 理不尽も仕方ないよな という気持ち 少なから子供ながら持ってた。

で、Rにトイレに呼び出された私、同じ個室に入れられる。

そこでケツの穴を見せろと、 

私が立ちバックの受けの体勢になるように言われズボンを脱がされ、Rは屈んでケツを凝視してた。

も~~~~意味わかんないし怖いし意味わかんなかった

もううっすらとしか覚えてないけど、う〇この拭き具合を確認するとか言われた気がする。

BL漫画みたいなア〇ルのピンクさチェックではなかった(小学生だぞ)

ただケツの※を見られるだけではなくトイレットペーパーで私の下半身に手を伸ばして拭きだした。

ケツ拭きプレイである

スカトロまでは強要されなかった。

ケツを拭かれた。ケツ拭きプレイ

今日はここまででいいよが終了の言葉

そのケツ拭きプレイは一回では終わらず数回続いた。

学校が終わり児童クラブで本を読んだり友達としゃべっているとこっちへ来いとよばれる。

もう児童クラブの生徒しかいなくなった小学校の廊下を手を引っ張られ少し離れたトイレへと。

そりゃもー嫌だった。ケツの穴をチェックされてうれしい人なんていない。

本当に嫌だったし変なことしてるって自覚あったから誰にも相談できなかった。

母親に「Rちゃんトイレでケツの穴見せるようにいじめられた」なんて言って児童クラブ先生に伝わり学級会が開かれた日にはもう小学校に行けなくなる。

R「もうちょっと強く拭いた方がいいよ」 「今日トイレ何回した?」

 「こうやってこうやろう?」

いじめというよりケツ拭き講座。ケツ拭き講座を立ちバック状態和式トイレの一室でされ女同士子供同士といえど恐怖でいっぱい。でもケツ丸出し。脳内ストレスマッハ別に私のケツ汚くなかったしちゃんと拭いてたよ まず小学校って学校で大をしてはいけない的な風潮あったし・・・

そしてケツ拭き講座は突然終わりを迎えた。

いつものようにRにトイレに連れてかれてケツ拭き講座が始まる。

数十分経ってもうすぐで解放されるかな・・・ってところで

スクールカースト上位層の女達がRを探しにトイレまで来たのだ。

私はRにズボンを上げられ死界になりそうなドアの裏におしこめられた。ドアが開いたら裏になって隠れるってやつね。

今でも鮮明に覚えてるくらいドキドキした。怖かった。

ばれたらどうなるんだろうとか考える余裕もなかった。私は変なことしてないじゃんて話なんだけど被害者というより共犯者の心境だったんだと思う。

結論から言うと探しに来た女にはバレた。

Rは私を置いて迎えに来た女たちに適当?に説明したのかそこまで掘られなかった。

なにしてたんだよとか責められた記憶あるけどケツの穴チェックはバレなかった気がする。

Rが迎えに来た女たちにバレ、私を置いて女たちに混ざってトイレを去ってから、ケツの穴チェックは無くなったのである

Rも秘め事の意識があったのだろうかこのことはなかったことの様にされた。

から話す仲ではなかったので自分からケツチェックなんだったの?なんて怖くて聞けないしRも話しかけてこなかった。

私とRは目があっても話さない元どうりのスクールカースト上位とその他の仲に戻った。

そのあと小学中学校地元が一緒なのでマックで見かけたり運動会でRの存在確認していてもいっっっさい話してない。

Rからしかけてくることも、私からしかけることもなかった。

Rが誰に話したかは知らないけど、私は誰にもしゃべらなかったよ 何度もネタにしようかと思ったけど言葉が出なくてムリだった。

つの間にかケツの穴チェックのことは私とR二人だけのヒ・ミ・ツってやつになってた(きたねえヒミツだな)

Rさん元気にしてるかな?今もう大学生社会人になってる歳なんだよなぁ 時の流れってはやい

でも小学生の時の誰にも言えない体験ってみんなあるよね?

誰にも話せなかったからここに書いて忘れます。はじめてこんな長文書いた。小学生の時の嫌な思い出なんてさっさと忘れたい。





追記:ちょっと文直した。女が〜って事を言いたかったわけではない。漫画は低カースト男女関係なく読めなかったよ。児童クラブにあったカーストに男女差はないです。

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