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2022-06-17

anond:20220617032142

不公平という課題解決すればいいという話しかしてないぞ

解決策を考えるのは弱者仕事ではない

2022-06-16

ゴミ屋敷に住んでるけど生活をやりたい

助けて〜

タイトル通りです。ゴミ屋敷に住んでるけどどうにか生活したい。当方実家ぐらし大学生です。

解決したいこと↓

重要なモノ、書類を失くす

現在の状況↓

自分の部屋アリ。小学生の頃のプリントからまり大学課題に至るまでが全て地層状に積み重なっていて、とにかく「紙」が多い。本も多い。床が見えない。

「大切な物入れ」を作ってそれ自体を紛失(見失う)、社会的信用を失う、ということを何年も何年も繰り返していて、正直とてもつらいです。そしてその中途半端使用されている「大切な物入れ」や日記帳ToDoリストなどの挫折した跡がまた、部屋を圧迫している原因そのものでもあります

明日の持ち物を正しく揃えるために、今日の私は一体何をすれば良いのでしょうか?

ちなみに大学教科書は今のところ一つのリュックに押し込めているので全て把握できていますが、後期や次年度のことを考えると、このままでは100%失くしてしまうなと思っていて、なるべく早めに手を打ちたい所存です。

…………わかってます、どんなことでも小さなことからコツコツと習慣化して、やがて大きなことを意識せずにできるようになる、それは頭では分かっているんです。

でも、毎日部屋を見るたびに、何かしらの生きる力みたいなものが失われる感覚があるんです。私の部屋が終わってることは、日常接する他者には全く関係のないことだし、言い訳にすらなりません。幼少期からゴミ屋敷暮らしで、整理整頓された生活の場というものを知らずに生きてきましたが、それも他人には関係のないことです。というか、目の前の便利な箱で様々な整理整頓術を調べられる現代においては言い訳です。

普通に生きたい、普通に生活したいんです。

この年になってこんなことで悩んでるなんて……という思いがあり、リアルでは吐き出せず、お見苦しい乱文失礼しました。

もし汚部屋から脱却したよ、っていう方がいらっしゃれば、力になって頂けないでしょうか?一気に片付ける方法というもの存在しないのは承知しています。どうか、あなた日常生活のやり方を少しだけ私に教えて下さい。

anond:20220616200629

多分そういう感じですね。

父はもう歳ですが、生活に支障が出ていたら完全にASDの診断がつくでしょう。未だにサリーとアン課題とか分からないと思います

自分はそんなにASD傾向ありませんが。

anond:20220616081219

なんか大学一般教養美術ででたレポート課題をこういう形でなげこめばなんとなく形になるやろっておもってそう

世間ナメてる大学生はちゃん講義きいとけよイラつく

特に授業中スマホFPSしてるバカ、隣のやつからしっかりチクられてるからな クソうぜえからチクったそうな 次最前列座らすわ

前期中間レポートおとしてしっかり単位おとせよ

以後ちんちんしかいいません

ちんちんちんちん

2022-06-15

日教組被害を受けた僕ら」の歴史的経緯 part2

前半→https://anond.hatelabo.jp/20220615180702

 

 

左翼/リベラル教師扇動アダルトチルドレン転用した小林

こんな形でソ連という敵を喪失してなおアイデンティティの為に日教組を叩いていた人らが居たのだが、社会的には全然相手にされていなかった。

そこでこの批判既存コードを使ってアップデートしたのが小林よしのりだった。

 

小林がやったのは主体性棄損の扇動である

左翼進歩主義者ににとって社会は変革されるべき客体である人間は変革を担う主体である

だが、最初大事なのはその主体社会的矛盾や疎外に気付く事だ。それによって「変革の主体」との主体性を得るようになる。

から大学などに進んでも尚主体性を得ずに高校の延長で勉強しているような学生には「君達は教育による馴致によって自分が何か、何がしたいか動機が予め奪われてここに居るんです」というような事が言われる。説得でもあり扇動でもある。

ルソーの『エミール』等の自然状態礼賛がベースになった考えで、本来人は高貴な野蛮人として生まれるのに教育を受ける間に躾けられ、個性を封じ込められ主体性を発揮する動機さえ喪失してしまう。

君たちは既に侵され殺され抑圧されているがそのことすら気付いていない。卵の殻を破壊せよ世界革命する為に、とそういう具合である

 

だがこの主体性への気付きというのは進歩主義者の専売特許ではない。帰国子女異文化経験によって「今ここ」が異化されており概ね主体的でありそれにより成熟している事が多い。私学エスカレーター組と比べると大人とガキの違いだ。

また就職活動仕事について真剣に考える期間を経ると顔つきが大人びてくる。

 

そこで小林がやったのは「君たちは教師によって騙されていた。君の本来性は殺されたままだ」という扇動だ。その騙しとは真実である歴史修正主義言説を隠蔽していたというものだ。

今ではこういう覚醒物語というのは「レッドピル」として一般認知されている。マトリックスでモーフィアスに「今までの生活がいいなら青カプセル覚醒して世界真実が知りたいなら赤を飲め」と言われるアレだ。

 

この扇動が奏功するには条件が必要だが、その前に指摘しておきたいのが、90年代末当時に流行していたアダルトチルドレン言説である

アダルトチルドレンとはアル中に育てられた人間自分の子供にも暴力をふるってしま現象の事だ。

だがこれが「親の教育のせいで大人になれないガキ大人」という風に俗流解釈されてこれが流布して問題を起こしてしまう。

米国弁護士事務所営業をかけて「自分大人としてうまくやっていけないのは親の教育のせいだ」として親を訴える事例が続出したのだ。

元の意味では自分問題行動が幼少期のトラウマにある事を発見して自覚し克服するのが目的になっている。

対して俗流では自分人格問題教育のせい、と問題固定化するのが目的化しているのだ。訴訟を吹っ掛けるのが目的なんだからそうなる。

さて小林日教組被害論はどっちだろうか?後者であろう。そして小林は当時この言説を知っていたはずであるビル・クリントンが「僕もアダルトチルドレンだ」なんて言ったニュースが流れたのだから

日教組被害論が受容される条件が1998年2000年頃に揃っていた

まず最初

1.主体性棄損論がリベラル教師らによって唱えられ受容されていた

これは既に言った通り。

 

2.主体性探求への強い指向

就職面接対策マナーや受け答え型の技術的なマニュアルから主体性探求型へと移っていた時期である自分が何故この会社職種に賭けたいのか、自分を探求して経験者が起業する時のような事を語るのを求めれた時代である。今の洗脳ブラック研修オリジンはこの頃にある。

別に強度がある自分探しの経験をしたとアピールする為に東南アジアの奥地で死にそうになったエピソードを語る学生が沢山居た頃である

 

3.社会経験で上書きされない

日教組被害論が端的に奇妙で揶揄対象となるのは経験で上書きされていないという事だ。普通大学社会での経験で上書きされて中高の頃の事などいつまでも覚えていない。

上書きされないのはレッドピルからなのだが、それ以外にも当時は社会経験で上書きされないという条件が揃っていた。

当時の新卒就職率は大学でも5割程度である高校卒なら殆ど就職できていない。

学校の上書き」がされずに経験類型を話す時に仕事じゃなくて学校での事で話してしまうような者が半分以上居たのだ。

みなバイト派遣してるうちに社会が変わって何とかなると考えたが何ともならなかった。

 

小林は囲い込みが成功する条件を知っていた

小林リベラル界隈で活動している時に薬害エイズ訴訟支援をしていたが、菅直人が厚労大臣になり原告請求是認して謝罪し一応の解決を見ても運動に参加した学生いつまでも新たな課題に飛びつき運動から離れないので嫌気がさしてしまった。

運動正義を追及する自分アイデンティティになってしまうからである

更に運動に参加した学生が一律同じことを言うようになる。戦後天皇が存続しているのもおかしい、自衛隊存在しているのもおかしい、と。

明らかに左翼運動家に「世界観」を吹き込まれているのだ。レッドピルである。それらのパッケージ全体性自己アイデンティティの保持の為に支持されている。これに「汚ねぇやり方だ」と感じるのは正当であろう。

 

こういう運動のイヤな面を見て嫌気がさして辞めたのに、その方法論を覚えて転籍先で援用したのだ。

世界提示による実存囲い込みの方法もその効果も、経験が少ない若年者を囲うと世界観の保持の為に経験での上書きを避けるというのも知っていた。就職しないで運動を続けたいというのがこれだ。

異論は個々の方法には許されるが、世界観を構成する箇所への異論NGだ。その世界は積み上げたものではなくてパッケージ全体性担保されねばならないものでそれを棄損するものからだ。

 

小林はこんな風に左翼思想/行動的に拙いところの要点を教示されるなどで認識しているのにそれを後に右翼扇動に使うという事を沢山していて例えば橋爪大三郎が後に口の端にも上げないのは小林転向の為ではない。自分説明した事の悪用のせいだ。

まとめ

まとめると、社会が安定した日教組衰退期にソ連敵性喪失した為に敵の乗り換え先としてテーゼとなったが世間では相手にされていなかった。左翼運動方法を知る小林が若年者の実存囲い込みの方法をこのテーゼコピーして実行したところ社会情勢がマッチして成功した。

 

実在有無論は意味が無い

日教組被害論者があり得ない条件を言うのでツッコミ多数で、いやあったんだ北教組は…などという話によくなっているが、日教組実在するのはみな知ってる。

そうでなくて日教組によって自分主体は棄損されて間違った世界を見せられていたというのが訴えたいことだったのだろう。あれはマトリックスに封じ込めるブルーピルだったと。

から揶揄している人は実在問題にしているのではなくて中高の経験いつまでも語るおかしさを揶揄している。思想的な事を多少知る人はその日教組存在世界全体性パッケージの外郭を保持する為のアプリオリ仮想経験だという事に気付いている。

ネットでの対話なら揶揄して終わりだが、身近に居る人なら「それに拘泥している間は経験を擦り合わせて積むことが出来ない」「自由世界住民自我は小傷が多いがそれで壊れたりしない」と忠告してくれるはずだ。

 

冷戦社会党瓦解の影響で日教組協調路線に転じたのが1995年頃なのでもう30年近く前なのだよ。その当時の中高生はもう40代半ば以上なのだ

anond:20220613094136

LGBコミュニティでは、昔っからそういう形で同性婚批判する議論はありますぶっちゃけ50年以上前からあったし、今も同じ事を言ってる人たちはいます

まずゲイ男性同性婚批判について。ハッテン場とかをイメージしてもらうとわかるけど、ゲイ男性界隈というのはだいたい性的交流交渉に対してオープンで(享楽的ともいう)、短期間に多くのパートナーを持ったり、ワンナイトだけと割り切ってたりと、特定相手との排他的関係(モノガミーシップ)に拘束されたがらない人達が多かった(今でも多い)です。アクティヴィストも、基本的にはこういう行動パターン自分たちが創り上げた独自ライフスタイルゲイライフ)、異性愛主義から解き放たれたゲイ男性独自文化的資産とみなし、肯定的に捉えてました。

もちろんそれは、同性との持続的関係を公にしつつ生きることが難しい時代背景ゆえの事情でもあったし、一方で60年代ヒッピー文化でもフラワーパワーとかと並んで性の解放が訴えられてたという事情もあったんですけど、まあ時代の空気だったんですね。で、そういうライフスタイルが主流だったゲイ男性の多くにとっては、「同性婚」というのはあんまりピンと来ないテーマだったんですよ。俺たちがヘテロの真似してどうすんの、という。米国でも欧州でも日本でもこういう言説は根強くありましたし、当事者自身がそう書いている書き物も多く残っています

もう一方のレズビアン界隈での同性婚批判について。こっちはこっちで、結婚制度を「男女の性役割分業を究極的に固定化する差別的制度」という風に見る人たちが多かったんです。今よりもレズビアンフェミニスト的な立場人達の影響も強かったし。家父長制と結婚制度こそが世の女性たちを抑圧しているシステムなんだから、それを自分たち模倣するなんて…という抵抗感もありました。

そもそも当時は、「同性同士が結婚する」というアイディア自体、多くの当事者にとっても突飛な、想像を超える、およそ現実的でない絵空事だったんですよね。大半のゲイレズビアンは、そんなことが本当に実現するとは思ってもいなかったから、それを目指して社会運動したりもしなかった。そもそも「昼間の世界」でカムアウトすること自体自殺行為みたいな時代です。同性愛という性的指向を詳らかにして堂々と同性パートナーと暮らすことすら難しかったわけですからさらにそこに法律婚の仕組みを適用するだなんて発想を持つ人はほとんどいなかったんですね。もちろん「同性のこの人と結婚できたらいいなあ」と夢想する人達は当時もいましたけど、それは多くの場合ロマンティックなファンタジーとして語られていた。結婚制度を同性間に拡張することで、異性カップルに認められているさまざまな社会的権利自分たちも獲得しよう、という発想はまだ乏しかったんです。

こういう流れを一変させたのが、80年代AIDSパニックです。若い人は知らないと思いますけど、日本でも当時はプライバシー侵害なんかガン無視した、壮絶なパニック報道がありました(参考: https://www.janpplus.jp/topic/433 )。今でこそHIVAIDSは、発症抑制も症状の緩和も可能な、生活態度次第では余命を全うできる病気になりましたが、発見当初は本当に不治の病だったんです。震源地ひとつとなった米国ゲイ界隈はもう本当に凄惨な状況で、各都市コミュニティ自体が壊滅し消え去ってしまうほどのパンデミックになりました。バスハウス(ハッテン場)で活動的だった人達を中心にゲイシーン全体に感染が広がり、次々に病み、衰え、死んでいったんです。その中にはもちろん、互いに大切に思っているパートナーと長期的関係を築いていたカップルもいました。その経緯を通して、パートナーの病と死に伴う課題、つまりパートナー医療・看取り・相続などについて、同性愛者は全く権利がなく、法的にとても脆弱立場にある」ということがコミュニティに深く認識されることになりました。

結婚というのは、恋・愛から始まる親密な関係に確固とした法的枠組を与えてくれるものであると同時に、人が生きていればいずれ来る病・苦・死のリスクに対して、信頼できるパートナーと共に備え、支え合うことを可能にしてくれる枠組でもありますAIDSという歴史的な苦難は、そのことへの経験想像ゲイレズビアンコミュニティ全体に与える決定的な機会になりました。「ゲイの老後」という、それまであまり語られなかったトピック海外でも日本でも注目され始めたのこがこの頃です。多くのゲイ男性が「自由享楽的ゲイライフ」という夢の先にある、生活者としての現実シリアスに捉えるようになった…といってもいいかもしれません。これを保守化と取るか、成熟と取るかは人によって違うでしょうが自分後者だと思います

AIDSパニック以後、ゲイレズビアンアクティヴィズムが一気に同性婚推進路線に舵を切ったわけではありませんが、パートナーシップに対する法的保護ニーズを求める声はじわじわと広がっていきました。そして、米国各州で一部当事者法曹支援者同性婚訴訟を起こして、そのうちいくつかで良い結果が出続けたことで、同性婚に対して微妙葛藤を持っていたアクティヴィズム界隈でも「これは行けるかもしれない」という手応えがでてきて、徐々に同性婚をめぐる権利運動が主流化していきました。このあたりの経緯は、ぜひジョージチョーンシーの『同性婚 ゲイ権利をめぐるアメリカ現代史』をお読みください。




というわけで、実は元増田意見は割と真っ当というか、問題の芯をとらえてます。というのは、元増田が書いてることは、かつてのレズビアンゲイコミュニティでの典型的同性婚批判ロジックとしっかり符合してるからです。

自分同性愛者だったら絶対結婚とか目指さんけどな

だって結婚って異性であることを前提とした文化制度法律じゃん

そんなもん同性パートナーとのルールとして採用したくないわ


これは上でも書いた「異性愛前提の制度模倣従属すべきでない」という声。

それよりも新しく同性パートナーと生きていくのに必要なことを自分たちで決めてそれを法律に落とし込んでいく方がいい

それが多様性だろ


これは「既存結婚制度に縛られない、よりフラット意味合い法律関係シビルユニオンPACSパートナーシップ制度など)」を求める声。これについては、保護される権利が同等でない「まがいもの」で満足すべきではない、という批判もあったりして、結局それぞれにニーズのある人達がそれぞれの路線運動して、結果的に両方が実現していくという流れがあります

よく話聞いてると同性婚目指してる人たちって、結婚恋愛のゴールだと思ってる節あるんだよな

から同性愛者にも恋愛のゴールとして結婚させろと言ってるみたいでアホっぽい


恋愛のゴールとしての結婚」も、やはり異性愛主義ロマンティック・ラブ・イデオロギー模倣とみなす批判はあります。一方で、先のチョーンシーはゲイ歴史学者で「自分同性婚法律化されても利用しないと思う」という立場ですが、それでも同性婚をめぐる運動当事者を強くエンパワーしていることははっきり認めています。やっぱり法律婚って、そのパートナー関係に対する社会的承認象徴なんですよね。その関係行政公的に認め、社会も追認する。そういう承認を得ることが当事者にとってどれほど心強く、報われる、喜ばしいことなのかは、想像していただければわかるのではないかと思います

元増田のような問いを受け止めつつ、それでも諸々の紆余曲折を経て、同性婚の実現による法的権利社会的承認の獲得に向かって前進してきたのが、今のレズビアンゲイコミュニティだと思います

2022-06-14

https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/gaiyou/pdf/r04_gaiyou.pdf

この資料を見ると「就職氷河期世代考察」もあるじゃん

「・就職氷河期世代は他の世代比較して、将来に対する不安を強く感じるなど、現在も様々な課題に直面。」

ってあるのに、ここは力を入れて報道しないのか。

ベンチャー企業就職させられて後悔している

自称ベンチャー企業に来て後悔している、というか恨んでいる。自分のいたベンチャー企業なんて、反社会的勢力 隠れ蓑しかなかった。そこで得たもの、というものはなくて、むしろ父親学歴情熱を失った。 だからベンチャー企業とか NPO なんかに社会的価値見出し入社する必要なんてない、むしろ新卒採用では JTC に入れよーという話をしていこうと思う。

スレ

https://anond.hatelabo.jp/20220613020726

https://anond.hatelabo.jp/20220614002648

です。

国立医学部を目指して多浪挫折したあとに入った大学早慶未満マーチ以上の偏差値大学だった。そのため、周りは年が若くなじめないままサークル勧誘期間が終わってしまったのであった。まちがいなく大学内では浮いた存在であったし、自分も馴染む気がなかった。当時の言い方をするならば「ボッチ」であったか大学に入ってすぐに、一緒に入学した同期の入るだろう会社には入社できないのが自覚できたので、授業が終わったら大学図書館 or バイト先にそそくさとむかっていた。幸いにして、高校時代プログラミング部活でしていたので、どこにいっても「卒業したら、うちにこない?」と言ってもらえた。自分富士通とか野村総研なんかは年齢制限で入れないけど、飯を食べるには困らないだろうな、という確信はその当時に得た。大学情報工学の内容は高校時代習得した内容よりも劣っていたので馬鹿にしていたのは、後でボディブローのようにこの怠慢は効いてきた。ここまで書くと大凡スキルコーダー程度であることは察していただけると思う。当時に十分にかけていたのは Ruby, JavaScript, Java, PHPObjective-CMySQL といった応用領域ぐらいで、大学でやるような R や Haskell なんかの基礎領域習得してないで、アルゴリズム勉強はさっぱりだった。まぁ、あんまり優秀な学生ではなかったと思うが、それでも情熱はあったとは思う。真面目な学生ではなかったが、教授には可愛がってもらった。

これが、当時の自分の心境とスキルである。ここから冒頭に書いたような人生スタートする。あれは、記憶が正しければだけれど、twitterリプライだっただろうか。当時の自分他人設計書を基本として書くということにうんざりしていた。いつの日にか自分の書いたコード上場するという目標のために本物のベンチャー企業上場する時を共にしたいというのに、どうやったらそんな会社を見つけ出し、入り込めばよいのか皆目見当がつかなかったのだ。それで、twitterアカウントを手がかりに、あらゆる募集サイトに「プログラミングする企業に入りたいです」という書き込みをした。なんなら、増田にすらその書き込みをした。それで、色々な人から「うちに来ない?」というリプライをいただいた。正直、嬉しかった。それで、そのうちから「選ぶ」という選択をしなかったのは間違いだった。当時の自分は、それをせずに「サイバーエージェントに紹介しますので、とりあえず勉強会に来ませんか?」という書き込みをみて、ふらふらと雑居ビル一角にある共有オフィスへと出向いてしまったのだった。タイムマシンがあればこの日に戻って止めると思う。それぐらい後悔する日々が始まるとは当時は思わなかった。

もうすぐ真冬になろうという頃、「サイバーエージェント正社員になれるかも」という期待で、列車に揺られて前記のビルへ向かった。期待とは裏腹に、妙に古臭いビルであった。ベルを押して、勉強会だという部屋に通してもらうと、若い学生たちがそこにいてプログラミング勉強しているという。正直、自分医学部さえ目指さなきゃこういう生き方もあったのだろうな、とは羨ましく思った。自分オファーしたという人(O氏)は、この勉強会の座長だという。「私は人工知能研究しており、アメリカ博士号を取得した『天才数学者で、日本を活気づけるために母国にもどり、この会社を立ち上げました」という。サイバーエージェントではないらしい。あれ?、とは思った。まぁ、無下にはできないので、そこで課題を出されたのを5分ぐらいで終わらせた。伊達に何年もプログラミングをしているわけじゃない。ループで書くべきところを、再帰で書いた。すごいでしょ、オレっちとね。「できました、見てください」というと、O氏はこう言い出した。「ナニコレ?」とO氏。「ええ、再帰ですよ、漸化式みたいな?」と自分。出力は合っているので、O氏も認めざるを得なかったらしいが顔が険しくなっていく。どうも機嫌を損ねたらしい。そうすると、O氏は自分を別室に呼び出して「履歴書は?」と聞いてきた。「勉強会ですよね?」と返すと、「いいから、履歴書!」と言う。にっちもさっちも行かなくなったが、共有オフィスの他社の中国人職員の方が機転を利かせて仲裁してくれた。「そんなに言うのなら、彼にポートフォリオを作らせてみて評価してはいかがでしょうか」と。

イライラしながら帰宅したあと、もう二度と見たくもないO氏の顔とサイバーエージェント正社員というものを天秤にかけたとき、やっぱりサイバーエージェントにいきたいなーと思った。というか、実は当時に DMMオファーもあったのだけど、サイバーエージェントの方が良いと思って辞退した。このクソ人間(O氏)を認めさせたら、サイバーエージェントで働けるというのは魅力的だった。それで、Android(Java) + iPhone(Objective-C) でマルバツゲームを作り、 Bootstrap + jQueryRuby on Rails と MySQL で集計させてスコア比較させる、そしてサクラVPSCentOS運営するというプロダクトを持っていった。時代を感じますね。閑話休題。ソレを持っていたら、O氏は今回は前回と性格が違った。いきなり、怒鳴りだすのだ。ポートフォリオを見ないで。いわゆる「良い警官・悪い警官」というやつをやろうとしたのだろう。当時はそれがソーシャルエンジニアリングだと気がつけなかったが、いま思えば以前からナンパとかで良い思いをしていたのだろう。後で書くが、彼はロリコンだ。専門に人工知能を掲げているが、本当はチヤホヤされたいだけで自分努力せず、インターン学生にタダでプロダクトを作らせて「弊社は凄いです!」「あわよくば上場して金と名誉はゲット」、そんでもって若い学生インターンセックスしたいという真正クズ野郎だった。自分の深層意識で「こいつはヤバいやつだ」というアラートはビンビン鳴っていたが、「サイバーエージェント正社員」というニンジンが目を曇らせた。

そのあと、一月ぐらいはそのクソ会社でタダで自社サの修正をやっていた。こんなのもできねーのと思いながら。ある日「別の会社に行こう」といわれ、面接をうける。なぜか O氏も同席で。話を聞いていると、派遣させられるらしい。派遣登録もしてない会社が。「サイバーエージェントじゃない!」と抗議をすると、「俺に恥をかかせるのか!東京で働かせなくするぞ!」と脅され、派遣きまったあとで、履歴書を無理やりかかされた。給料ホームページに書いてあった額の半分、社会保険は無し、年金もなし、保険書もなし、という最悪な条件だった。派遣先はキツかったが、優しかった。それに、派遣当日から転職オファーをもらった。記憶が正しければ、平日に働いて、土曜日は帰社日日曜日勉強会に出席という日々だった。本当に休む暇がなかった。平日はほぼ終電だったのに、土曜日東京の端っこにこいとか、日曜日勉強会だから出席しろ、とか本当に辛かった。それでも派遣先の会社には迷惑をかけたくなかったので、期間が終えるまでは必死に働いた。そして、O氏から逃れるために「あなたとは信頼関係が築けない」という文を書いて退職した。そのあと、自分大学にも行かないで、別の会社就職した。あと、O氏は給料を払わなかったので、辞めた後に圧力をかけて支払ってもらった。

プログラミングスキルは働いてもスキルが付くということはなく、自学自習を続けないと上場するのに必要スキルは身につかないというのもわかってきた頃、父が死んだ。事故死だった。自分医学部に行けなかったことの申し訳のなさに、東京大学に行った後は父を邪険に扱っていた。とても後悔した。それで、半年ぐらい真面目に勉強して私立医学部入学し、医学部生として留年しない程度には進級はした。しかしながら、ふと寝る前に「プログラマーでいたかったな」と思うことは毎日のようにある。もう医師になるつもりで、プログラマーに戻るつもりは無いが、それでもプログラミングのことは好きで、毎日時間時間をつくって勉強している。好きなんだよな、プログラミングが。

最後に、O氏についてだ。あまり犠牲者が多すぎるのでネット上で事実を書いていったら、裁判所から開示請求が来てしまった。だからここでは本名と社名は書けない。だけれども、若者たちに「ホイホイベンチャー企業にいくと辛い目にあうかもよ?」っていう事例を例示しなきゃ、とは思うので「ヤバいベンチャー企業実態」について書いていこうと思う。



...という感じ。だから基本的ベンチャー企業に期待しないほうがいいよ。下手をすると、犯罪の手助けをするようなつらい思いをするよ。もし、仮にベンチャーに行くなら、高給かストックオプションマストで行こうね。おじさんとの約束だよ。

2022-06-13

課題を毎回出してるし、授業は毎回出てる。はっきりとした理由はなくなんとなく出てる。これってダメなやつ?

2022-06-12

ボクシング練習

今日ちょっとほめられた

だいぶボクシングの形になってるし相手の動きも見えるようになってるように見える、と言われた

かなり嬉しかった

まだまだ課題も多いけどすごく励みになった

2022-06-11

うちの高校官僚に向いた能力を育てているような気がする。

高校1年生の時の友人は東大法学部に行って官僚になると言っていた。実際東大法学部に行ったことは知っているがその先は知らない。

とにかく鬼のように忙しかった。大学でもこんなに書かせなかったわというくらいレポート課題)を書かされた。

1年生の頃は書くのに数週間を要するような重めの課題学習レポートが各季節に1回くらいあった。スケジュール構成が下手だと、締め切り前日に完徹しても終わらず、ここで15歳の高校生たちが徹夜を覚えた。それから内容はともかく既定の分量を満たす長文を書く小手先テクニックを覚えた。

1年生の3学期は学生4-5人で協力してパワポ資料作成し発表する授業が各教科で3回程度あった。モチベーションの異なる学生たちとどうにか形のあるものをつくるコミュニケーション力とスケジュール力と諦めを学んだ。

2年生になると上記のような重レポートは無くなるが、代わりに物理化学実験レポートが毎週のように課された。それぞれ年間で50本程度書いた気がする。これを1年時のレポートのように毎回徹夜で乗り切ろうとすると週の大半を徹夜しなければならなくなり、体調を壊す。これによりそこまで重くはないがとにかく大量で締め切りが複数ある課題をとりあえずこなす能力が鍛えられた。

さらに、高校2年時に1年かけて研究テーマ設定を行い、実際に研究する活動もあった。私はこういった自分ジャンルを設定する仕事はすごく苦手なのでものすごく手抜きで出した。今思うが社会人になって今やらされている新規事業創出はまさにこれだ。今死んでいる。私には適性がない。

3年生はさすがに受験なのでこういったレポートは落ち着くいた。

もちろん上記レポートのほかにも他教科の予復習、宿題部活学校行事などあった。目まぐるしい3年間だった。私は下から数えた方が早いくら素行の悪い問題児で、色々と周りの人間迷惑をかけながらもどうにか卒業し、大学受験浪人した挙句予備校ではほとんど勉強しなかったが、センター試験は向いていたのか私大に滑り込んだ。

色々あってようやく社会人になった。私は小さい会社のしがない会社である

この高校の人は、「うちの高校大学卒業後に入ってよかったと思える高校だ」といったことをしょっちゅう言っていた。

社会人になったが、本当かなぁ。

でも確かに社会人になって行う仕事って、高校生の時のような課題地獄と少し似ているなぁと感じる。結局はコミュニケーション力なところ。締め切りが複数あるところ。

私の職種はまだ、いわゆる机の上のテストのお勉強ができることを評価される職種だけれど、それよりももっと、幅広い知識アンテナとかが評価される気がする。全然ないけど。

結論はない。勉強サボってこんな昔語りをしてしまった。コーヒーのせいかな。

いい加減おべんきょうせねば。面倒くさいなぁ

2022-06-10

anond:20220610180319

マジやで

ただし誰でもいいわけじゃなくて八咫烏人材が不足してる

低賃金で社内の課題を颯爽と解決してくれる救世主様を求めてるのよ、皆

2022-06-07

anond:20220607143707

男はどんな理由つけてでも女をぶっ叩き続けたいだけだからオタクからフェミニズムな動きがあったらそれも叩く。

自分は何もしないで人を踏みにじってバカにしてるだけのくせに「そのへんにしとけよ?w」とか言って厨二と変わらない、自分は達観して理解してる風の冷笑ムーブメントかまししまう。

真面目に考えて悩んで間違えながらも行動してるオタクの方がよっぽどまともだよ。

フェミ気取りで社会課題について考えて騒ぐオタクより人の尊厳踏みにじってようが達観(笑)して都合いい部分だけ楽しんでる自分のほうが偉いしマトモだ、と思い込むために次はどこに目くじら立てて他人攻撃するんかね。

人として

人として落ちるところまで落ちている。

人間関係の全てが億劫になり疎かになった。余裕がなくなったのもあるが、そもそもLINEを返すのが面倒くさい。かと言って日中会ってもうまく話せなかったり…。

今まで出来ていたのかもわからないが、人に優しくしたり、人のためを想ったり、そんなようなことがここ最近でまるで出来なくなった。

仕事課題が何も手につかない。

毎日毎日進んでは退いて、停滞して、同じところをぐるぐる回っている気がする。教授相談してもうまく話せないので会話が滑る。八方塞がり。

人生設計なんて建てられたもんじゃ無いし、モラトリアムの中で死にそう。

辛い。

何も考えなすぎてペラ絶望ごっこしかできん。

2022-06-06

すべての仕事課題を後回しにしてひたすらオナニーしてる

しにたい

anond:20220605234120

普通世界から優しい世界になっていくんじゃなく厳しい世界から普通世界になっていくんだよ

法律は大幅に変わっているわけじゃない

元々あった人権ジャップどもが気付きつつあるってだけ

その普通世界でどうやって人を成長させるかというのが俺ら30代の課題ではある

自分には優しくされなかったって言いたくなる気持ちはわかるが、それはジャップだよ

2022-06-05

世界は優しくなっていく

新入社員の彼、上司指導が厳しそうだから、君から来週の担当定例でチーム替えを進言してもらえない?」

と、話を受けたのは先週の金曜日の午後。

入社10年目で最早ならマネージャーになっているけど、そうならなかったしそうなれなかった担当者にそんなこと言うなよと思いつつ

波風を立てたくなく、そのオファーを受けてしまった。

その担当定例というのは管理者とチームリーダーが参加し、毎週チーム内での進捗とか課題を共有する場だ。

その場で多分言うのだろう、

「彼のスキル習得状況を考えると、そろそろ次の担当に移してあげた方がよいと思います。」

まぁ、OJTという名の育成担当かつチームリーダーである自分が言うのは間違ってはいない。

ただ、こうも思う。

かに今の担当上長職人気質で厳しいが、そこで得るものも成長するものある、そこで成長していくのもあるのだろう。

そう思うし、それを当の新入社員に問えば、おそらく彼はこういうだろう。

自分大丈夫です!」

と。しかしそれは今の優しい世界では環境的に許されない。

彼はその職人の下から離れ、ゆるふわ上長の下に行くのが組織として求められることなのだろう。

自分10年前を思い出せば、そんな配慮もなかったし、今でいうところのパワハラ常態ではあった。

それを今の様にカバーしてもらえればここに至るまでに心を病むこともなかったし、良かったんだろう。

その一方で、あの日々が自分の成長につながったのかという生存者バイアスを感じることも無くもない。

何が正解か、正解なんてないんだろうけど、今の優しくなった世界では今の彼の処遇を何とかする、それが最善解何だろう。

と、明日の午後にあるその担当進捗で彼の異動を自分が進言するのだろう。

それはまぁ間違いではないし、それが良いことなのだろう。

ただ、何とも言えない引っ掛かりを持ったまま、明日月曜日を迎える。

最近構築されてきた「優しい世界」への向き合い方がまだ理解できない30代。

世界はこれからも優しくなっていくだろうし、それは正しいことなんだろう、でもなんともその正しさに少々の違和感がある。

それをなんと表現すればよいのだろう。

なんて考えると寝れないので、寝酒で月曜日不安から逃げるんだ、そうしよう。

全てに行き詰まってる人の備忘録

あの日からすべて変わってしまった。

いや、ちゃん就活なりなんなりをロクにやらなかったせいなのもあるけども。

とにかく自身に、将来に向き合うことから逃げ続けてきた。

元々理系脳では全くなかった。小学校テスト算数はよく再テストになってたし。

高校受験の際市内でも割合レベルの高い学校合格できると塾の先生から言われた。

でも当時家庭の事情もあって確実に公立校合格たかたかレベルを下げて中の下くらいの高校受験し、無事入学した。

思えばこの頃から努力や挑戦から逃げる癖や他人の目を気にする癖が付いてしまっていたのかもしれない。

高校初の定期試験中学の時と同じように勉強して臨んだ。

そしたら学年2位の成績を取ることができた。もちろん苦手だった理系科目もだ。

ここで僕の勘違いが始まってしまった。

当時僕は自動車とか飛行機に興味を持っていた。まあエー○コンバットとかグラ○ツーリスモの影響もあるし、中学の時離れていたミ○四駆を再開したってのもあった。

ちょうどテストの成績も良く天狗になっていた僕は自動車の開発に携わる人間になると三者面談豪語した。

ただ決めたからには色々リサーチしておくべきだったのだが当時の僕は大学行けばまあなんとかなんやろみたいな感じでのらりくらり過ごしていた。

高校2年、数学系の成績が悪くなる。とは言っても充分上位にはいたので特に問題視はされず、教師からは是非この成績活かして推薦で大学に進んではと意見をもらっていた。

もちろん僕自身もハナからそのつもりだった。

ここでその道に進むとはどういうことなのか、というのをきちんと理解していなかったのがダメなところだった。

高校2年の冬辺りから音楽ゲームの影響で音楽(電子音楽)ハマりだす。

コレが後々いろんな出会いを生み出すことになるし結果的に今の状態を生み出すきっかけになる。

推薦入試県内の中堅私大合格した。もちろんオープンキャンパスにも足を運んだ上で決めた。ただ今思えばここで「県内で近いし大学生になれるならココでいーや」みたいな気持ちがあったのも事実かもしれない。

推薦が決まった後はまあそれなりに真面目に授業を受けつつ、友人が音楽製作始めていて僕も興味あるしやってみるかとiPhoneでいじくり始めた。

そしたらまあ思いの外楽しかった。ただ今思えばココでちゃん音楽勉強とか自分でしておけばよかったと後悔している。

なんやかんやで卒業大学生になる。

前期はまあそれなりに突破した。後期基礎科目なのにも関わらずいまいちついて行けず二つ単位を落とし、物理の授業はほぼお情けで合格と言ったところだった。

この時点で専門科目よりも教養とか英語とかの授業の方が楽しいと感じていた。今思えばこの気持ちに正直になっていればと思う。

そんな最中コロナ騒ぎが始まりオンライン授業になった。

世間大学生らしいことができないだのなんだので騒いでいたが、僕は電車に乗らんでいいし色々ラクできるしええやんみたいな気持ちになっていた。

というかこの時点でもう自動車開発とかの気持ちはなくなっていた。この頃に音楽製作によりハマりだして色々買い揃える。ただ基礎から努力を怠っていて色々不便を感じることもある。(この基礎から努力を怠る悪癖は後々牙を剥く)

オンライン授業のせいにするわけではないが、大して理解せずともまあ単位は取得できた。できてしまった。

大学3年、就職活動とか視野に入ってくる年になる。

しかし、メールとか掲示板とか見ないバカだった僕は就職ガイダンスにロクに参加しなかった。というか気づいてなかった。意識クソ低い系の学生だった僕はインターンとか意識高い系のすることやろとか思っていた。今考えるとアホ極まりない。

というか今考えると意識的にシャットアウトしてたかもしれない。

同時にもう大学の授業に面白みを感じてなかったが、真面目系クズな僕は超低空飛行ながらも単位を取り続ける。

ここいらで自分の考えていたモノ作りはある種芸術的な方向であったと気づくべきだったかもしれない。

というか大学生になるべき人間ではなかったことにさっさと気づくべきだった。

もうこの頃には自動車の開発とかには全く興味がなくなっていた。研究室の配属希望を出すが、自己PR解釈を間違えてクソみたいなことを書いたら第六希望くらいの大して興味もない研究室に配属される。

秋辺りからポツポツと1dayインターンとか行き始める。ちなみに自己分析だのspi対策だのES雛形作成だの全くしていない。

機械科だから機械仕事をすべきみたいな考えでその辺りの会社を見ていた。

特に企業研究とかしていなかった。バカだ。この時点で音楽のが楽しくなってそっち方面で何かできたらと考え始める。

そうこうしてる内にまあちょっと音楽関係でいいことがあったりとか実験がクソ忙しく(実際にはレポートとか課題とか先延ばししまくってたクズ)なって就活から遠ざかる。

というかオンラインガイダンスも後でまとめて受ければいいやで先延ばしにしてそのまま忘れるんだが。

年明け、1月になんとかレポートとか課題を出し終える。

レポートが終わった解放からだらけまくる。クズだ。

合同説明会かにも行き出す。今更かよ。合同説明会に行き、通路を通っただけでウチどうですかどうですかと声をかけられて、顔を覚えられたりして恐怖を感じ、トイレに逃げたりした。

3月エントリーが本格化してくる時期。ようやくエントリーシートなどに取り掛かり始める。が、ここで最悪のつまづきをする。エントリーシートが全く書けない。そもそも将来のビジョンって自分にあるのか。学生時代何を頑張ってきたのか。自分は何をしたいのか。何者なのか。急激にどうにもならなくなってくる。今思えばうつ病に両足突っ込んでいた。ロクに寝れなくなった。食欲もなくなり、ゼリーをかろうじて胃に流し込む日々。

コレもすべて大学生活、もっと言えば高校から自身の適性やキャリアプランを考えなかったツケなのだが。

こんな就活のしの字も分からない自分に誰かを頼る資格もないと考えひたすら内側で自問自答する日々。

就活の助けになるだろうと登録したエージェントからメール電話爆撃で電話に出るのも怖くなる。

このままじゃもうニートまっしぐらだ。周りに自身の、周りからいい子だと言われ続けた自分がこうなってしまうなんて。このままじゃ大学名前にも傷が付く。

そんな気持ちで一杯になった自分は急に自殺しようと自室の窓から飛び降りた。まあ直前で怖くなってしがみついたおかげで打撲と派手な擦り傷で済んだのだが。まあしばらくは上手く歩けなくなった。

この頃はロクに思考も出来てなかった。よく嘔吐もした。体重も落ちた。

からその場の楽ばかり選び、他人からいい子で見られる為に生きてきたことに気づく。真面目系クズだ。

そんな中、企業の方との面談が入る。そこでなぜこの大学に、この学科に入ったのですかと聞かれる。

そこでクソみたいな思考の僕は焦点の合わない目でこう答えた。

「い、家から近かったし理系なら就職が有利と聞いていたので」

クソみたいな考えだ。

そんな最中母親からこう提案される。音楽に興味があったなら卒業後に専門学校への進学も視野に入れてはどうかと。

昔(特に高校生)の僕はストレート大卒ではないといけないという考えに囚われていた。周り道した人と出会わなかったのもあるが。

作曲仕事にするのは難しいが、音響のこととかなら視野に入るのではないかというアドバイスも貰った。ちょっとその気になりつつ、それがある種就活からの逃げではないかと罪の意識に囚われ、いまいち吹っ切れない。

この頃は理由もなく突然泣き出したりとかもよくあった。

そんな状態で4年生卒業研究が始まる。もうこの時点で単位卒業研究以外すべて取り切っていた。

まるで興味のない分野、そもそも興味が薄れていた専攻、そしてこのような精神状態。決まったテーマ希望テーマから外れた。

研究室で昨年の論文に向き合う。が、何も知識がない、というか応用することが全くできなかった(数学公式を暗記して解くモノと思っていた)僕はもう何も理解することができなくなっていた。周りはどんどん前に進んでいるのに自分はどうして何もできないんだという気持ちになり、ますます自身を追い詰める。

研究室に行っても全く集中出来ず、じっとしていられなくなって席をよく立ったり、昔からの癖であった消しゴムペンの戦いごっこが辞められなかったり、高校数学知識が抜け落ちてたりしていた。というかどのように卒論を進めて行けばいいのか、という計画もできない。とはいえ研究室には行かなければという気持ちで毎朝嘔吐したりしていたがなんとか向かっていた。

5月、半ば辺りから徐々に食欲とかは回復していった。とはいえ集中力散漫なままだし頭の中にずっとラップがかけられている感覚は抜けないし、風呂に入る気力もなかったり、帰宅すれば即寝落ちみたいな日々が続くのだが。研究報告のパワポもロクに仕上げられず、自身を殴ったりした。

そんな中共研究者が失踪した。後で卒業研究2年目の先輩に聞いたのだが去年も1人失踪したらしいしなんなら所属学生全員卒論落とす可能性もあったとかなんだとか。

自身テーマ関係する部分の勉強会に参加した。しかし、教授の言ってることがまるで分からない。どうにもならない。卒論は書けるのか。

何も決定できずに時間けが過ぎていく。こんなの書いてる時間があったら少しでも先のことをやるべきだろうが。

結局全ては自分と将来に向き合おうとしなかったツケなのだが。

2022-06-04

NHKでやってるブリティッシュ・ベイクオフを見るのをやめそう

NHKでやってるBBC放送してた海外番組ブリティッシュ・ベイクオフを見てる。

アマチュアパンお菓子の出来を競う料理サバイバル番組だ。

https://www.nhk.jp/p/ts/PN79NV19XL/

事前オーディション選考されたアマチュア料理家(番組内では「ベイカー」(Baker)と呼ばれる)たちが、毎週与えられるテーマに沿ったパンパイケーキ焼き菓子などの出来栄え10週に渡って競い合う番組

なんでこの番組を見てるかというと、NHKはこの前に「ソーイング・ビー」という番組放送していたからだ。

https://www.nhk.jp/p/ts/PM58N4MYMN/

当時ぐうぜん見かけてこれは面白い!と結構長い間見ていたが、それも終わってブリティッシュ・ベイクオフになった。

両者の関係はというとソーイング・ビーはブリティッシュ・ベイクオフスピンオフ番組で、番組フォーマットアマチュアたちが3つの課題をこなしだんだん脱落していく、をそのままに対象料理から裁縫に変えた番組

まり日本放送でいうと新しいほうから放送して元祖のより古い番組を今放送しているということになる。

そのせい(古いせいで洗練されていない?)かはわからないが、ソーイング・ビーと比べてブリティッシュ・ベイクオフ面白くない。

ちなみに増田は服飾も料理も興味がない。

そんな増田がなぜソーイング面白くてベイクオフ面白くないのか考えたら、単純に二つの理由かなと思った。

できあがったものの良し悪しがわからない

食べ物評価となると当然、味が評価対象になるわけだけど、見てる側には味なんてわからないんだから見てても「そうなんだ」以上の感想がわかない。

硬い・ふんわりとしている・水っぽい・リキュールが効いてるなどなどあるけれど、調理途中でアクシデントが起こってそうなったとわかるものもあればなんか普通に作ったけど最後の焼きが悪かったのかなんか失敗した。みたいなものも多い。

もちろん見た目の評価もあるんだけどまあ料理範疇なので見ていても「どれかと言えばこれが好き」程度に落ち着いてしまう。

なんというか一緒に審査している感がない。他人食事を見てるだけ。のような疎外感を覚える。

から結果発表もえーそれが一位?俺はこれだったわーみたいにならない。あーそうなんだ。よく作れたんだ。で終わる感じ。

対してソーイング・ビーは服なのでもうほぼ見た目が9割。途中の失敗が目に見えて結果に反映されるし、時間が足りなかったらそれで未完成品が出される。他方で上手い人の作品は本当に見た目も作りもきれいでああこれは褒められるなとわかりやすい。目に見えて良し悪しがわかりやすいのだ。

さらリメイク課題ではそんな素材で!?(パラソルウエットスーツ)そんなもの!?(SFな服や犬用の服)みたいな物が多くてもう千差万別のものができあがる。

そのなかで上手に出来たものの中から一位予想が楽しいし、予想が外れても「俺はこのデザインのほうが好き」でなんかオッケーな気分になれる。

また、両番組とも「レシピ通りに作る課題」があるのだけれど、ベイクオフは上手くいけば当然どれも似たり寄ったりになるわけで。完成してもめっちゃ地味。

大してソーイングなら生地の選び方からセンスがでるし、生地の種類ごとに合う合わないがあって難易度勝手にあがる参加者もいたりして、「型通りに作る」んだけれど完成品はみんなバラバラな印象になる。

審査員が辛らつ

審査員は男女二人。どちらかと言えば両方の番組海外男性セクシーで注目している。まあそれはどうでもいいや。

でもま、ベイクオフ男性審査員、ポールハリウッドがもう辛らつ。料理の出来が悪いと本当に悪い点をたくさん上げてくる。

まだシーズン初期なので下手な人が落ちきってないという面もあるんだけど、それでも悪い料理には悪い点の指摘しかしない。

女性審査員のメアリーはまだ比較的ましかな?程度。ポールのほうがしゃべるのでやや発言が少ないが、やっぱりダメものダメという。

焼きが足りないとかこねすぎとかこのフルーツは合ってないとかプロとしてご意見はごもっともなんだけど、聞いていて結構つらい。厳しい先生

対してソーイング男性パトリック女性のエズメなんだけど、二人ともまあやっぱり怖いは怖い。威厳がある。

変な生地を選ぶと作ってる途中にパトリックがこれでやるのかい?だとか生地が伸びて難しいだろうが…頑張って。とか言ってくる。

でもユーモアもあって、進行役のタレントからよく弄られたりする程度にはフランクだしそれに冗談で返したりもする。

そしてなにより褒める!

二人ともどの作品ひとつは褒めるんだよ。(たまーに本当にヤバい作品が出るときはこれは完成していない…とかで終わるけど)

まあ大抵生地(色使い)がいいとかステッチが丁寧とかフィットしているとか私は好きよ。とか。

どんなにひどいミスがある作品でも時間切れで未完成品でも「ここは良い」がある。ミスが必ず見つけられて怖いけど優しい先生

ミスから挽回したりできなかったりした作品には(心配したけど)よく頑張ったねとか声かけしてくれる。

からちゃんと見られてる感があって厳しい指摘も見ていて受け入れられるんだよね。

まり

評価曖昧で指摘も厳格なブリティッシュ・ベイクイオフと

評価がわかりやすく会話にジョークが混じり指摘中に必ず褒めるソーイング・ビー。

めっちゃ単純に心理的安全性がある組織とない組織みたいな対比になってる。

んで社会人としてどちらがエンタメとして優れているかと感じるかというと…まあ後者だよね。(ガチンコとかマネーの虎とか厳しい系が流行ときもあるけどね)

つらい番組は見たくないし。比較対象が優良だったらなおさらだよね。

ブリティッシュ・ベイクオフを見ていて面白くないと感じる原因はソーイング・ビーを見ていたせいでなんか転職に失敗しました感を感じてるからかもしれない。

回を重ねる後とに後番組ソーイング・ビーに近づくならもう少しガマンしてみるけど、そうでないなら見るのはやめようかなぁ。

医療費教育費(大学まで)無料にしても、産んでもらうの厳しいとおもう

ワイの通ってた公立小学校で、最も簡単に入れる国公立大学レベルに成績が到達したのは上位2割程度だよ。すごい田舎ってわけでもなく、大阪中心部まで電車20分の町。

教育無料にしても上位2割しか無料大学に行けないわけで、大学のことだけ考えても産もうと思えるのか謎だよ。しかもこの2割の子たちのほとんどは月3万円程度、学習塾を利用していたから国公立行けるような子でも親の負担は少なくないんよな。さら習字音楽などの習い事もある。その他にも山ほど課題があるよな

産もうと思う人そんな多くないんじゃないか

2022-06-02

日記2

https://anond.hatelabo.jp/20220531234049

昨日は寝不足イライラしていた。電車中で課題ができたのでまぁまぁ満足。

乗り換え駅の前にある商店街散歩した。買いたいものはなかった。地元商店街でも歩くだけで満足しちゃうんだよね。

今日も寝るのが遅くなった。完全にスマホ依存中途半端調子が悪い時ってスマホばかり見ちゃうな〜〜

ポケモンキャラデザ心配だったけどデザインのもの普通に良かったか安心した。そして寝た。

2022-06-01

注文時の「並盛」「大盛」という発音は、イントネーション区別できるようにすべきだ

今日も、牛丼屋では「大盛」を注文した客の発音を、「はい、並盛ですね」と笑顔で聞き間違える店員が居る。

これは、「並盛」と「大盛」という言葉があまりにも似ていることに起因する。

語の半分以上も一致しているのだ。どうして間違わないことがあろうか。いや無い。

ここで、この現象に立ち向かった先人に目を向けたい。

それは船乗りである

船舵を左ないし右に振ることを「取舵」「面舵」などという。

2つの語は半分以上一致しており、まさに現在議論している喫緊課題と同様の状況である

彼らは、この重大な問題にどう立ち向かったのか?

それが、イントネーションを変えるという手法である

具体的には、「取舵」の方を「とぉ〜りかじ」と、語の先端にイントネーションを置き、

「面舵」の方を「おもぉ〜かじ」と、語の真ん中にイントネーションを置いて発音したのである

イントネーションを変えるだなんて、誰でも思いつきそうな手法だが、船乗りの間では現代でも生きづいている手法である

それだけ有効手法なのであろう。

から、我らも先人に倣い、「なぁ〜みもり」「おおぉ〜もり」などとイントネーションを変えて注文をしよう。

注文の取り間違いによるアレコレは無くなり、店員さんの笑顔も守られるのである

2022-05-31

性欲って

なんなんだろうねっていう話

大学生半年ぐらい付き合ってる恋人がいる.一人暮らしだしどっかで遊ぶか~~ってよりも家でなんかするか~~みたいなときの方が多くて,週一ぐらいで向こうの家行って適当課題したりネトフリ見たり料理したりするし毎日電話してるし仲いい部類なんだろうなとは思う.でも最近進展もなんもなさすぎて焦ってる自分もいる.

付き合って数か月経ってちょっとそういう雰囲気になったとき(というかそういう雰囲気にしたとき),聞いたことはあったけど,女性の中には自慰すらしたことがない人もいるって,本当であるということを知った.

数年前,好きな動画投稿者セクマイであることを公表したこときっかけにセクマイについて少し勉強した.

彼女自身にはしっかりとした認識がないようだし,本人の認識というものも大きくかかわってくるので断言はできないけれど,見る限りはどうやら恋愛感情はあるけど性的欲求がない,いわゆるノンセクシュアルみたいなやつ.ずっとそういう行為を断り続けるつもりはないって言ってるけど,正直無理なんだろうなあと思ってる.

まあ最悪そういう行為に及べないのはあきらめてる.彼女とは本当に仲がいいと思うしずっと一緒にいたいと思える.まだ半年で,しかも初めての恋人で何言ってるんだというのはあるだろうけどね.

でもハグとかキスとかもちょっと……ってなるのは割と精神的にくるんよね.こういうのが性欲から来てるって実感させられると「ああ、自分って汚い人間なんだなあ」って思わされる気がして.

私も相手も初めてできた恋人で,私は,人を好きになるってこういうことなんだなあ,結局愛って性欲がもとになってるものなのかなあ,という認識を持ってきた直後,彼女に性欲がないことを知って,ちょっとパニックになった.

性欲がないか相手が少し塩対応なのか,性欲関係なく相手塩対応なのか.みたいな感じでちょっとしたことで,相手は性欲がないから本当に自分のことを愛しているのではないのではないか,と思うことが増えた.でもこんなん彼女に言えるわけないじゃん?最近やたら忙しいし.

っていうことでこの1か月ぐらいずっと悶々とした感情を抱きながら今日彼女電話してる.

お互いがずっと一緒にいたいって思ってるのにこの先ずっと一緒にいられるのかなあという不安,それを言い出せないぐらい今相手は忙しいし家行っても互いに課題やってばっかだし相手に心労をかけたくないし.

でもハグキスも,そういうことをしたがる自分の性欲を,相手がいるのに一人で完全に宥めるのは無理だから,どこかで折り合いをつけるしかいねってことになってる.相手がほんとは嫌だったらどうしようとか思いながら,触れ合って,そして切なくなって,いつも理性がよくわからないところにいっちゃって,どうにかしてそれを我慢してる.我慢できてる?って聞かれると多分できてない.猿かよ.まあキス以上の行為したことないんですけど.

性欲絡んでなくても割と色々断られるんだけどね.でも相手は性欲がないから今の関係を維持できればそれでいいんだろうな.そこに性欲関係あるか?って思ったけど.

じゃあ相手に性欲があったら解決してたことなの?セックスしてたら解決してたの?って言われたらなんかもうわけわかんなくなる.この文章そもそも支離滅裂?それはそう.電話先で相手が寝たのに全然寝れないやつがねむい頭で書いてるし.結局相性がそもそもよくないんかなあとかかってに思って勝手ヘラってる,そう,私はメンヘラ

まあ結局何がいいたいのかというと,性欲ってなんなんだろうね?性欲がない恋人となんらかの進展を望むのは割と酷なのかな?という話.ちゃんちゃん

2022-05-29

ベース電源」という言葉を忘れてしまった結果www

ざっくり言うと

クソみたいな制度設計のせいで日本はもう安定供給ができる国じゃなくなりつつあるよ

この項目で言っていないこと

再エネの開発は不要

主力電源化する再エネ

 以前三菱商事系が洋上風力を総取りした件で軽く騒ぎになっていたが、日本で主力電源化しつつある太陽光、風力はコストが低下し、新規の開発案件日本だけでも目白押しとなっている。ただ、この中長期的なベース電源という言葉を忘れてしまって再エネ大正義の「限界費用ベースの電力市場趨勢のために、今まで2回(オイルショック東日本大震災しかたことのなかった電力使用制限令常態化してしまレベル日本の電力環境が本当にめちゃくちゃになりつつある現状は知られていない。太陽光、風力(まとめて変動性再エネ、以下VREと呼ぶ)の3つの特徴を踏まえた議論をしてみたい。

VREの特徴

1. 限界費用が0

2. 出力が不随意に変動する

3. 同期発電機を利用しないインバーター電源である

1. 限界費用が0

 VRE限界費用が0なので市場には0.01円で入札されており(この理論FITがある現状では額面通り受け取れないものの、概ねこの通りである理解していただいて構わない)、実際日本でも晴れた日の昼には約定価格が0.01円となっている。これはまさに燃料の投入が必要ないVRE恩恵と言え、この時間にはスポット市場では火力の電気コスト面で負けるため落札しない。しかし当然VREには発電しない時間がある(設備利用率は太陽光で最大15%、風力で20−30%出典)ため、夕方以降は火力が落札され、現在では資源価格の高騰もあり、15-20円/kWh程度での落札となっている。再エネ関連のトピックでは風力と太陽光は補完関係にあるという言葉ミスリードされることがよくあるが、蓄電ソリューションバックアップ電源なしでのVREのみでは設備稼働率の低さと稼働時間が集中しがちになるため電力を100%保証することは絶対にできない。そのため現在の電力システムへのVRE導入は火力による調整が前提になっている(蓄電池などによる蓄電ソリューションについては当然後で言及するが、少なくとも今の電力システムではあてにできない)。

 しかしながら昼間には火力の電気落札しないため、当然止めることになる。結果として火力発電設備利用率が低下するため、採算が悪化する。そのため、効率の悪い火力発電所は環境的側面というよりは経済的要請から廃止されていく。すなわち、現状のやり方でのVREの導入は火力の調整が前提なのに、VREのものによって火力が市場から追いやられているのである。 加えて、現在電源の大部分を所有する旧一般電気事業者JERA関西電力など大手地域電力系発電事業者のこと)は「自主的取り組み」として限界費用での玉出しを強制されているため、この傾向は当面続くと思われる。

 加えて言及しておかなければならないのが火力発電の燃料確保(主にLNG)における問題である。燃料には長期契約及びスポット調達の二つがある。長期契約比較長期間(およそ10単位LNGを買い続け、価格についても変動が大きくない。これは一見いいことに聞こえるが、LNG価格が低下したとき契約通りの値段で支払う必要があるため、近い将来VREの導入が多くなりLNG火力が落札せずにLNGを余らせた場合LNG転売することになる。しかしその場合(余るのだから安くしか売れないため)差損が発生することになるため、発電事業者としては長期で需要が見通せる場合のみ契約しようとするのは明白である。一方でLNGスポット依存すると、当然高騰した場合でも安定供給のためには買い続ける必要がある上に、いつも買えるとは限らないため、LNGスポットへの依存の増加が電力市場の高騰に結びつく。JERAカタールとの長期契約の終了のニュース記憶に新しい(JERA社長、カタールとの大型LNG契約は更新せず-年末に終了へ - Bloomberg)が、現状の電力市場取引システムは発電事業者スポットへの依存を招く構造になっているため、日本LNGの長期契約が次々と失われている現状がある。これは欧州の脱ロシアの流れの中においてはLNGの安定供給を危うくすると同時に余計な国富流出を招くため、政府として対処すべき問題である付言しておく(参考:https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shigen_nenryo/sekiyu_gas/pdf/018_03_00.pdf)。

 なお、火力発電設備撤廃に伴う電源不足という現在課題は既に共有されており、2024年から容量市場が導入され、電源容量(kW)に価値をつけて取引ができるようになった。発電側としては資金回収の目処がつくため発電所の新設のハードルが下がる、と思われていたが、新電力配慮したい政治的思惑もあって現在の水準は既設発電所の維持はできるが新設は難しい水準となってしまっている。加えて全く語られないので言及しておくが、九州電力管内においては初年度の2024年から既に不調な結果に終わり、供給信頼度が低い結果となっている(ざっくりいうと、九州電力管内は非落札電源はないので「物理的に」電源が不足する)。一体どうするのだろうか?2025年以降の電源容量の不足は全国的に波及しそうで、中長期的に日本国内での電源は決定的に不足している(参考:https://www.occto.or.jp/iinkai/youryou/kentoukai/2020/files/youryou_kentoukai_29_04.pdf)。

2. 出力が不随意に変動する

 これは広く知られていると思うが、稼働できる時間帯の中でも風はいつも吹かないし、太陽は雲に隠れたりする。ただ、その変動にもスケールがあり、数分ー数時間程度の短期間の変動から気候の季節変化に伴う数ヶ月程度の長期間の変動がある(冬に電力が不足しつつある現状を思い出してほしい)。短期間の変動はご存じのとおり蓄電池解決策になる上に、スポット価格が高くなる他のVREが発電しない時間帯に売電のタイミングをずらせるため、発電事業者には収入の増加も見込めるメリットがある。加えて蓄電池VREでも既に価格競争力を持ちつつあり、詳しくは言及しないが今年から始まったFIP制度がそれのインセンティブになりうると期待されており、要注目であるのだが、今のシステム設計では、あえて蓄電池コスト負担しようとする者はいないだろう。

 一方、である長期間の変動は一体どうするのであろうか?残念ながら蓄電池などの既存の蓄電ソリューションでは対応できない上に、将来的にも難しいため、やはり火力発電によるバックアップ必要かつ前提になるのであるが、既に言及したようにこの有様なのでどうしようもないのである。残念。再エネで作った水素火力発電、という声も聞こえてきそうだが、電気で作った水素を燃やして電気をつくるというこの二度手間、つまり現状の火力発電の熱効率が高くても40%程度(高位発熱基準)で電気分解で90%とするなら35%程度のエネルギーしか利用できないことを考えると発電に使うより車を走らせるべきでコスト面やエネルギー効率観点からで圧倒的に不利になる。それならブルー水素の方が良い気もするが、再エネで水素を作れる時代になればわざわざ褐炭だの天然ガスだのの採掘ファイナンスがつくわけないので非現実的。ということで詰んでいます。現状の解決策はありません。どうするんでしょう。再エネのコストが低下しつつあるのは間違いないのだが、それはあくまで発電事業者にとってのコストであり、VREを主電源化するにあたっては社会全体で追加で負担しなければならないコストが発生することはよく理解していただきたい。

3. インバーター電源である

 インバーターとは直流交流に変換する素子のこと。VRE交流発電機は直接利用せず一旦直流で発電してから交流に変えたのちに電力網に乗せるため、従来の電源(火力、水力、原子力)で利用される同期発電機という一定の回転数で稼働させる発電機は利用しない。昼間に晴れた時間帯には以前太陽光の出力制御が行われた四国電力管内の例で言うと6割程度がこのインバータ電源が占めていた。実はこの際に語られないが非常に大きな問題が発生する。と言うのも、インバーター電源には「慣性力が存在しない」のである。?となった方もいると思うので、大縄跳びに喩えてみよう。大縄跳びを飛ぶときは紐に合わせるのではなく、一般に人の声にタイミングを合わせて跳ぶ。このうち、同期発電機は声を出している人、インバータ電源はその声を聞いて飛ぶタイミングを合わせている人である。縄跳びがちょうど周波数に相当し、声が慣性力に相当すると考えてもらって良い。先ほどの晴れた昼間の例で言うならば、昼間は火力が系統から退出してしまっているので、声だしのできる人が減ってしまっている。そのため、仮に残った数少ない声だしのできる人が急に捻挫を起こして縄跳びから退出してしまった場合、声でタイミングを合わせていたインバータ電源は急に声が聞こえなくなるのでジャンプタイミングがわからなくなり、大縄跳びが成立しなくなる(周波数の乱れが起こり、UFRの作動による停電)。お分かりいただけるだろうか。すなわち系統を維持するためには一定割合の同期発電機や同期調相機といった慣性力確保のための仕組みが必要なのだが、現状のVREの導入の仕方では不可能なのである(よく話題になる太陽光発電の出力抑制もこのインバーター電源の割合を抑える目的も持っている)。以前の3/18の地震の際に火力発電所の停止の影響で関東に大規模な停電が起こったが、あれは仮に昼間であった場合、脱落しているのはほとんど火力発電=同期発電機だったため、インバータ電源だらけになってしま周波数の乱れが深刻になり、停電する地域がより拡大していた可能性が高い。復旧の際には系統投入は同期発電機から順に行っていくが、VREほとんどは分散型電源のため司令所で気軽にオンオフもできないため、逆に復旧にかなり時間を要する可能性も高い。つまり野放図なVREの導入はその分散型電源としてのイメージとは裏腹に電力系統災害時のレジリエンスをも低下させてしまうのである。昼間に地震が起こらないことを祈るばかりである

 この対策としては、慣性力をもつインバーターがまだ技術的に開発されていない上に、すでに導入されている太陽光発電の規模を考慮すれば、現実的選択肢としてはフライホイールや同期調相機としての同期発電機タービンのから回しなどなのであるが、このような施策を行えるのは大手電力のみであり、自由化で体力を奪われている彼らに期待するのは難しいだろう。このままでは晴れた日は出力抑制が続出するのに曇れば火力がフル稼働というあまりにも不健全な電力構成となってしまう。なお、送電線の強化は出力抑制問題と絡めて語られるが、この問題対策としてはあまりコスパが良くない。と言うのもJEPXスポット市場をご覧になればわかるが、例えば東京電力管内で晴れている時には隣の東北電力管内でも晴れている場合が多く、その場合にはどちらの場合でもインバータ電源の割合が高いため相互接続しても同期発電機の脱落に備えると言う観点からは(もちろん役立つこともあるが、)役立たないことも多く、この問題解決策として優先度は低い。ちなみに、この件に関しては日本風力開発傘下のエネルギー戦略研究所安田陽氏のコラムNo.275 慣性問題の基礎知識と最新動向 - 京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座)やこれ が参考になる。

コスト負担制度設計

 VREは確かに素晴らしい特性を持つが、裏腹にその主電源化には発電事業者ではなく電力系統大手電力会社の側で新たな投資必要となる。そのため、発電事業者から見たコスト(発電コスト)は「安い(≦10\/kWh)」のだが、電力系統全体で負担するコスト統合コスト)は「高い(~20\/kWh)」(ちなみにこれは電力卸市場VRE大規模導入をおこなっている国はどこでも直面している問題であり、Death Spiralなどの言葉検索していただくと良いと思う)。以前統合コストを論じたエントリ太陽光に火力のコストが含まれていることを批判するブコメが多くみられた(例えば、これ)が、この増田で納得いただけただろうか。筆者自身としてVREの導入は避けられないと思っているし、また賛成でもあるが、責任ある立場の人々からこれらの問題解決しようという風潮があまり見られないので非常に心配している。また、そもそもで言うならばこれらの問題の根源はVREではなく制度設計であり、限界費用の考え方のみで、VREの導入と電力市場の安定を両立させようとするのはどう考えても最初から無理だったと思う。(現在の最もあり得る)結果として安定供給担保されなくなることと燃料費高騰という二つのツケを消費者負担させるようでは現在の小売システムや脱炭素理解を得るのは難しくなるだろう。しか最も高い代償を払うのはエネルギー支出割合が大きくなり、家に太陽光パネルを設置できない低所得者層であるSDGsとは一体何だったのか(「10. 人や国の不平等をなくそう」ってあるんだが)。 再エネ議連の皆様には猛省をうながしたいところである

まとめ

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