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2022-01-16

三十後半、男の婚活

婚活成功しない三十代後半のおっさんが、自らの不甲斐なさを振り返るエッセイ

自分婚活経験使用したマッチングアプリ、そして、まとまりもなく自分の考えを記します。


結論から言えば、婚活成功に結び付かない理由は、きっと、自分性格と折り合いをつけることができないせい、と考えている。

自分性格子供なのか、社会不適合者なのか、それとも今の時代的にはこんなものなのかもしれない。


パートナー選びを意識し始めたのは、ちょうど30歳の時ぐらい。

両親がいなくなった後、自分はずっと一人で暮らしていくのか…と思うと怖くなったのがきっかけだ。就職して一人暮らしを始めたせいもあるだろう(院卒だから遅めの社会人だった)。


恥ずかしながら女性との交際経験はない。

陰気だったし、自分がそういうのに値する人間だと思わなかったから。

学生時代積極性のある人間でもなかった(ただ、ここは社会人になって変化したと思っている)。


マネジメント系の大学院だったが偏差値的には大した大学ではない。

でも大学から勉強に目覚めて情報系の国家資格(高度)も、情報系以外の国家資格も、難易度の高いのはいくつか取得した(一部は働きながら)。

進学したのは勉強が好きだったのもあるが、働きたくなかったから。自信がないことが自分アイデンティティ、だったのだと思う。

社会人になっても学びに対する欲は止まらず、放送大を卒業したし、慶應通信卒業した。

偏屈性格変人なんだと思う。

事実、今でも「恋愛勉強仕事」という行動様式が身に沁みついている。


去年はPairsを使っていた。

女性からいいね」をもらってアプローチされることもあったし、お会いしたこともある。

自分に興味を持ってくれた人もいる。

好みの人ではなかったから続かなかった、のかもしれない。

でも、どうしても恋愛婚活意識を向けることができなかった。

Pairsを始めた理由は、自分キャリアプラン合致する企業職種転職し、転職して年収も上がり、人生が安定に転じ、今がタイミングだと思ったから。

勤務先はネームバリューのある企業だし、JTCではあるけれど福利厚生は良く、経営的には有望で予算も潤沢にある。


でも、結局Pairsはすぐに退会した。

自分婚活に対する意識が甘かった、のだと思う。

Pairsでマッチングしても、お相手から積極的メッセージが来ても、家で仕事の続きをすることが多かった。

今まではデータ分析・基盤構築の仕事だったけど、機械学習勉強も始めたし、ITインフラ構築周りも課題だったから専門書を読み、業務時間中に分からなかったことは帰宅後に調べ、期日は遅れないように努力している…。

相手からメッセージが来ても、返事を1週間後にしたこともある。

普通に考えて、失礼だった。

自分思考は、明らかに恋愛仕事勉強になっていた。

Pairsはユーザー数も多い分、リアクションもたくさん来る。

会う時はそれなりに良いお店を探すし、会ってから店に行くまでの道も事前に確認するし(雰囲気をよくしたいから)、相手プロフィールをよく見て共通話題を探すし、話すべき話題も事前に用意しないといけない。

それが負担だった。仕事にも勉強にも集中できないのが辛い。

冷静に振り返って、私は婚活をすべき人間ではなかった。

でも、自分の決意の度合いが弱いせいなのだと思う。

自分レスポンスが悪くても相手から積極的アプローチしてくれて、グイグイ引っ張ってくれて、趣味も一緒で、そんな女性がいればワンチャンあり得ただろうが、そんな女性は基本は詐欺師だと思う(どうしても日本に居続けたい雰囲気がひしひしと伝わる南アメリカ出身女性はそんな感じだった)。

でも、自分結婚に対する意志が弱かっただけ、なのだ

原因は自分の不甲斐さなのだ。



もう何年前だったか明確に思い出せないが、実は、マッチングアプリ(というかサイト)を初めて使用したのは、ゼクシィだった(当時は縁結びという名前だったっけ?)。

当時はPairsはあったかもしれないが有名ではなく、ゼクシィは堅実な印象だった(個人的印象です)。

関東圏(現在実家がある別の地域に住んでいる)はユーザー数も多いから、わりと沢山の女性がお会いしてくれた。

相手公務員だったり、有名なIT企業だったり、普通OLだったり、国系の特殊専門職だったり。

同じ女性で何度も一緒に遊びに行った人もいる(こちからも誘ったし、先方からも誘ってくれた)。

問題としては、当時の自分は、生活の見通しが不安定だった(貧乏とかではない)。

時期は未定だけど当時の会社は辞めるつもりだったし、ずっと関東いるかは分からなかった。

自分家族大事にしたい人間から地元に帰りたい気持ちも強かった。

関東での生活は楽しかったけど、気持ちが揺れていて、決断できなかった。

そんな状態で、ゼクシィ婚活を続けていた。

最終的に、当時の勤務先に対する不満が爆発したのがきっかけで退職し、地元に帰ることにした。

地元に帰ってからも連絡を取ってくれた女性はいて、会って遊んだこともある。率直に嬉しかった。

でも、「最初から遠距離はきつい」と言われて、結局、実らなかった。

奇特自分性格を受け入れてくれた人だったけれど。


Pairsに比べて、ゼクシィのほうが真剣さのある女性が多かった印象がある。

Pairsで出会った女性は、続いたことがない(一回会って終わりとかが多かった)。

反面、ゼクシィはそうでもなかった(ゼクシィでも続かなかった方はいるけど)。

うまく言えないが、Pairsのほうが「軽い」印象がある。

すごく上から見方かもしれないが、Pairsは世間一般的普通というか、悪く言えば量産型女性が多いのかも。



このまま結婚もせず、両親を看取り、その後はずっと孤独生活になるのだろうか。

結婚しなくても、子供をつくらなくても、一応は社会重要インフラを担う企業ITインフラを支えているのだから

人一倍働くようにしているつもりだから、それが自分ができる社会というか周囲に対する貢献だと考えれば、あながち、そういう人生もアリかもしれない。

無茶苦茶無理難題を言ってくるユーザー毎日丁寧に対応するようには心がけてはいる。

社員ITリテラシー向上も自分仕事だ。


最期は体の自由が利かなくなり、糞尿を垂れ流し、孤独死していると思う。

でも、今の時代、そんなものだろう。

そういう人も、そういう人なりに、社会を支えているのだと思えば。

2021-12-29

仕事以外のことができない

仕事以外のことができなかった。

他のことを考えることができず、残業も断ることができずにやっていた。

休みを取ることもほぼなかった。仕事をしなければという強迫観念に囚われていた。

ちゃんとしたキャリアプランがあってやっていたわけではない。

スキルも大して身についたわけではない。

コロナ時間ができたことで今こうして悩んでいる。

これって鬱か何かの病気なのだろうか。

2021-12-08

結局お里と育ちの問題ですよ

平成1桁生まれ女ですが、これまでセクハラ痴漢女性蔑視発言、ぜんぶ出会たことなんてないもん。

私自身が言われたこともなければ、言ってる人男性に会ったこともない。

周りも、ずっと交流が続いてる人たちに限ればそういった問題に巻き込まれているのを見たことがない。

学生のうちに結婚して、新卒大企業営業として就職

6年目で出産子育てのために休んだものの、ポストはそのまま、休み中に仕事の進みは聞いていたので、復帰後も元いたプロジェクトに戻れた。

給料は変わらず。コロナのせいで残業代が出なくなったけど、基本給は据え置き。

子供は私の父か義母がたまに面倒見てくれる。

母は学生時代に亡くなってる。

これまでの通学出勤経路で痴漢に会ったことないし、学生時代の教授はすごく倫理的にしっかりした人だったし、ウザい上司もいない。

隣の技術営業パワハラセクハラが横行してるらしいけど。高卒が2割くらいいる部署からそうなるんでしょう。

結局、お里問題なんじゃないんですか。

しっかりした人の周りにはしっかりした人しかまらない。類は友を呼ぶので。

実際学歴はとても大事で、偏差値が高いという意味学歴と、学位という意味での学歴とどちらも大切。

高卒あかん

加えて、キャリアプランが明確でない、もしくは無理なプランニングの人が多すぎる。

そりゃね、結婚して子供産んで楽しい暮らしがしたいなら、貯金とかを逆算して、大学決めるくらいか人生設計しろって話ですよ。

なんでそんなんも分からんのかな。

2021-11-16

ただひたすらダルいという理由相談ができない

人に、相談ができない。

多分相談ができない人の多くは、なんとなく話しかけづらいとか相手迷惑をかけやしないかといった配慮が強い人、というのが多い気がする。

自分も、そんな思いやり溢れまくり人間から相談ができないと思っていた時期もあったのだが、そういう人は自分のことを思いやりあると思っていなさそうなので違うなと気づいたのが大学に入った頃だ。

なぜ相談できないかといえば、ただダルいからだ。

これは、何を相談したいかを整理するのが大変とかともまた違う。気がする。

大学院生なのだが、研究上の相談全然できる。それは、相談しないと怒られが発生するのを知っているからだ。

そういうときの私は、きったねぇ数字の羅列となっているエクセルを、部屋に踏み入った特殊清掃員が吐くレベルから初めてお泊りにきた彼氏玄関先で愛想笑いを浮かべて帰るくらいのレベルに整理して相談にもっていくわけだが、そこに申し訳ないとか自責の念はまったくない。

どんなに私がカスのしぼりクズみたいなスカスカ相談をしても、研究室の人は大変ひとが良いのでなんとかなるよう協力してくれる点にはbig感謝である

まぁもしかしたら秘密裏に呪われており、藁人形臓物のあたりを執拗に叩かれているのかもしれないが、あれだけデータ整理を手伝ってくれるなら内臓ダメージ程度惜しくはない。

相談できないのは、主に自分の身に関することだ。

自分の身に関することについては特に相談しなくても怒られない。つまり相談というクソだるだり作業をする外部要因がなくなるわけだ。

割とよくあるのが、遊びの予定に打ち合わせが被ったことを当日までいわないとかだ。わざとじゃないし怒るような相手でもない。2、3人なら日程の再調整を相談しても良いものだろうがなぜか前日ぐらいに39度の熱がでたことにしてしまう。相談するのがダルいからだ。

進学や進路相談でも特に相談というものをしてこなかった。これは金銭的に進学自体を危ぶむ必要がなかったことを親にまず感謝すべきではあるが、それにしても進学先も学部も親しい友人はもちろん家族にも一切相談せず、行き先だけ伝えた。

就活でも面接等身大に悩んでいると印象よさそうという打算から就活で悩むことベスト10みたいなランキングメモって特に悩んでいない今後のキャリアプランを聞いてた気がする。

周りは相談しない私のことを意思ちゃんとしてそうとか自立してそうとなにかをオブラートに包んで評してくれるが、相談しないのはカタブツとか頑固とかでもない、ただひたすらに怠いだけだ。

自分の適正を見極めず、進路方向間違えてめっちゃめちゃになっても、別に怒られは発生しないのなら、私は相談せずにアクセルを踏み抜いてそのまま日本海に落下したい。ただそれだけなのだ

実際進学先の大学学部死ぬほど肌に合わなかったのとコミュ障なことも相まって、4年生まで話せる知り合い0人だったが、それも特に誰に相談するでもなく、グループワークもほぼ初対面の同級生と組んでなんか卒業した。留年して学務に相談する羽目になるなら一人で卒業するほうが怠くないからだ。

一人でやっていけるほど能力的に有能でも鋼のメンタルを持っているわけでもなかったので辛い夜もあった気がするが、それでも何もしなかった。相談するのが本当になにより怠かったからだ。

そういえば高校時代には逆に、同級生にややヤバめのストーカー(同性)がいた。そしてそれも特に誰にも相談しなかった。ここで話すのが初めてだ。

ガラケーメールが日に50通くらい来て、パケット通信料が心配にはなったがそれよりなにより周りに相談するのが怠かったのでしなかった。夜の10時に呼び出され、ナイフを突きつけられたときは流石にこれで死ぬのは嫌だ〜となったが、普通に家まで送ったあと誰に話すでもなく帰って寝た。

思い返せば結構あれだったが、渋谷駅のコンコースで5時間くらい立ちっぱなしで私に進路の相談をしていたので、相談上手という意味では彼女に軍配が上がるかもしれない。


こうして振り返ってみると、自分の周りのことについても相談した方が結局面倒がなかったと思われることが多い気がするが、それでも今あのときに戻れたら誰かに相談していたかと聞かれると間違いなくしていないと思う。

ちなみに現在進行系だと、最近臓器に難治性の疾患があるのが発覚したのだが怠すぎて誰にも相談していない。

最近といいつつもう3年位経つのでさすがに親くらいには話しておいた方がいい気もしているが、考えただけで怠いので困る。

2021-11-10

女性こそ稼げる職につくべき

うちの親は専業主婦で「女の子正社員じゃなくてもいい」みたいな考えだったけど、私は定年まで働くつもりで公務員になった。結婚相手はお付き合い当時は転勤族だったけど、私が大黒柱になるつもりで転職してもらった。幸い転職ステップアップだった。

夫と対等でいたいから、労働は好きじゃないけど絶対やめない。夫婦間は良好だし、夫は私の忙しさを知っているので能動的に家事育児担当してくれている。

結婚しても出産しても稼げるように、女性こそキャリアプランは見通しておいたほうがいいと思う。

極端な話、稼ぎがなければ離婚したくてもできないし、離婚できたとしても女性親権を持って子供を養育する事例がほとんどたし、女も稼げたほうが絶対いいよ

専業主婦ももちろんめちゃくちゃ尊い仕事だと思うけど、24時間職場である家庭に缶詰からストレスが多そうだなと思う。

2021-11-09

上司が信頼できない

転職して3年目(3社目)。今の会社は昔の取引先で、いわゆるリファラルで入社した。

その時は今の上司になる人を人間的に好いていたし、いちプレイヤーとして尊敬もしていた。

が、2年目に突入するころトラブルが起きた。年収リファラル時に約束された業務の件だった。

平たく言うと期待値以上の仕事をしていたのに年収が下がった。その件は上司も加担していた。

事前に約束していた業務からは外されていた(聞けば、私が入社する前から上司がやる仕事として決まっていたらしい)

そんなわけで、なんのキャリアにもならない仕事を、前職より低い収入でやることになっている。

転職をしようにも、完全にキャリアダウンしているかアッパー転職は難しい。


完全にモチベーションは無くなった。一度その件について上司に話はしたが、結局「勘違いしてた」などという言葉で流された。

しか上司けが悪いと言うわけではなかった。

この会社自体人材育成をしていなかった結果、こういうマネージャーが生まれしまったんだとこの3年で気がついた。

内部に入って分かったが、本当に「ダメ会社」だった。

もちろん自分からもっと早くに相談をしていればよかったのだろうが、そもそも何の情報も落ちてこないので、自分が外されていたことに気がついたのは案件始動してしばらく経った頃だった。

喚き散らせば担当者になれたかもしれないが、引き継ぎの工数やそれによって周囲が被る手間を考えると、社会人として「やらせて欲しい」とはとても言えなかった。

というより、些末なことから比較的大きなことまで書き切れないぐらい、今の上司に対する信頼を削る出来事があった。

取引先としては問題なかったが、マネージャーとしては最悪な人だった。


最近、若手の流出や売り上げの低迷のため、会社自体がようやく人材育成にも力を入れていこうと言う方針になった。

部署でも定期的1on1面談などをやっていくらしい。

が、もう上司に対して信頼などないし、今更何かして欲しいなどの期待はない。

はっきり言って、これは全て自分感情によるものだ。

もしもっとビジネスライクに考えられたら、もっと協力的な態度をとってうまく立ち回って環境改善に少しでも繋がることができるだろう。

でもそれができない。生まれて初めて会社に行くことが辛い(仕事を本当にしたくない)と思った。

どんなに忙しくても達成感やワクワク感があったのに、もうそれが全く無くなった。

そして何より、前職では自分も15−20人の部下がいた。

いい上司ではなかったかもしれないが、どんなに仕事が忙しくても月に一回30分面談時間を持ち、彼らの中長期的なキャリアプランを真剣に考えていた。(いずれ仕事を辞めたいという人であっても、そうするためにどうしたらいいか向き合った)

家庭の相談にまでのったし、自分仕事が土日に食い込もうと面談を求められれば絶対に断らなかった。

部下と言っても大事なチームメンバーなので、仕事なんて金稼ぎでしかないが極力本人が納得できる環境仕事をして欲しかった。

自分には話しづらいと聞けば、他部署メンバーやバックオフィスに頭を下げて面談をお願いした。

給与交渉もかなりしたし、少なくとも結果として部下は全員給与アップしたし仕事が嫌で辞めていった人はいなかった。(はず)

そんな風に思っていたからこそ、今の上司が許せなかった。


今月から例の「なんでも話して!頼って!改善しよう!」みたいなノリの面談が始まるらしいが、きっと自分は何も話さないんだろうなと思った。

上司を突き放して、コミュニケーション拒否するんだろう。

2021-09-25

ワイ総合職、転勤はしたいけど出世はしたくないので一般職に変わるかどうかなやんでる

キャリアプランが少なすぎる

2021-08-31

anond:20210831195413

ベンチャーって経営層以外は経験だけ積んでさっさと大手や中堅に転職するものだと思ってた

定年までベンチャーで勤め上げようなんてキャリアプランの人いるんだな

2021-08-25

転職活動中に「キャリアプランはどう考えていますか?」の質問よくされたが、そこにあることを仕事(いわゆるなんでも屋さん)にしていて正しく答えられないので「今やってることをより極めて行きたいです」しか答えられないんだけど、何が正解なんだろう。

2021-07-29

後輩が退職するって言ってる

後輩が退職するって言い出した。

 この後輩は早慶のどっちか出ていて、英語もベラベラだし仕事もできると評判だった。30すぎてまだ独身だがそれでも美人だし、明るくて上司のおぼえもめでたい、いわゆる幹部候補生だった。

 確かに、後輩は地方県庁にしてはオーバースペック気味だったかもしれない。でも、新卒公務員になるくらいだからワークライフバランス重視の、保守的タイプだと思うじゃん。ところがどっこい、後輩はここまできて「キャリアプランが見えなくなった」などとほざきはじめた。

 俺は人事なので、それを言われるとちょっと苦しい。確かに後輩はいい感じの駒だった。この四月に後輩を今の職場に異動させたのも、その部署が育休やらメンタルやらで穴が空きまくりだったから、二人分以上働けそうな後輩を突っ込んでなんとかしようと思ったからだし。まあ、これまでバリバリエリート街道を走らせた後輩に、いきなり土地勘のない水道仕事をさせたのも悪いと思ってるよ。分からないなりにメーター検針にも付き合ってたらしいね。でも、公務員なんて多かれ少なかれそんなもんじゃん。むしろ幅広く仕事できる方が後々有利じゃんくらいにこっちは思ってたのに、半年経たずに辞めたいだと。なんなんだよもう。

 まあ優秀だからと便利に使い倒して、専門性ねじ曲げてジェネラリスト(笑)育成して、それで給料10年で三回育休取ってる子と入社日が一緒なら変わらないって言われると、納得いかないよな。後輩は頭もいいか仕事ぶりは係長級だけど、年齢的にあと3年は係長に昇級しないよって言われたら、嫌だよな。わかるわかる。でもさあ、公務員はそれと引き換えにノルマもなければ仕事の出来も精査されないで生きてけるわけじゃん。そのありがたみ分かってる?

 後輩の転職先は有名な外資だった。外資なんかノルマやばくて明日から来なくていいよって言われるあれじゃん、って言ったら、テレビイメージですか?って真顔で返された。いやいや、俺だって民間経験あるし、3年働いて嫌だったか公務員転職した口だし。後輩も俺も、じっと耐えていれば幹部になれるんだから、あと20年静かにしてればいいんだ。50になれば年収だって一本に乗る。それを待てばいい。なのに、後輩はもう耐えられない、と言っている。

 俺は結婚して子供いるから、仕事ぬるいな、とか、年を取る以外では給料上がんないなと思っても、このまま県庁に勤め続けるよ。でも、後輩みたいに、学もあって美人仕事もできて独身だと、ぱっと丸の内大企業転職できるんだなと思った。なんか人生楽しそうで羨ましい。あーあ、俺も仕事辞めたい。辞めないけど。

2021-07-04

34歳のエアポケット

私は34歳・男性独身地方都市一人暮らしをしている。なんだか最近、何もする気が起こらない。1年前のちょうど今ごろは転職活動エネルギーを注いでいて、おそらくそのせいで体調を崩した。医者に診てもらったら「病気ではないが」との注釈つきで薬を処方され、今も飲んでいる。転職を考えたのは端的にいって待遇が良いとは言えず、先が見えなかったからだ。

私は大学卒業する直前、就活の波に乗れず、今思えば視野が狭かったと思うが「経済至上主義社会に入っていくのは嫌だ」みたいなことを心の中で叫びながらふらふらしていて、とある業界の小さな個人事務所に出入りするようになり、そこに拾ってもらった。当時はその業界仕事がやりたいと思い込んでいたが、今思えばその事業所ボスに憧れていたのだと思う。「人とは違う道」を選んだような、優越感に似た感情もあった。おれはみんなとは違う。月給も一般的大卒初任給よりもべらぼうに安く、健康保険自分で払わないといけなかったが、当時は気にならなかった。それよりも「自分のやりたい道を選んだ自分」に酔っていた。しかしいざ勤め始めてみると、色々と問題があった。有給で働くスタッフが極端に少ない環境で、ボスとは基本的に2人で仕事をすることになる。学生時代に面倒を見てもらっていたので最初のうちこそ「先輩-後輩」という関係性に近かったが、やはりそこは「仕事」としてやる以上「上司-部下」という関係性に変化していく。色々なことの積み重ねでボスと私の関係はどんどんこじれていき、最終的には雑談をするのも苦痛状態になっていた。受診はしなかったがうつ状態に近かったと思う。もう限界だと感じて、数年でそこは辞めた。辞めた時点で次のあてはなく、とりあえずしばらくふらふらと過ごした。転職活動もしてみたがどうにも乗り切れず、とりあえずしばらく休むことにした。

しばらくして、知り合いか仕事を紹介してもらい、そこそこの規模の会社で働くことになった。ただし雇用形態非正規。以前勤めていた業種での経験を買われた専門職という立ち位置だったが、有期雇用だ。賞与も出るには出るが、正規職員とは待遇全然ちがう。それでも最初に勤めたところと比べれば条件は良かったし、なんなら当時は「お試し」で組織で働く、という感覚もあって有期雇用というのは気楽だった。最初の数年はよかった。新卒時代とは違って「組織に守られている感じ」がある。健康保険も半分払ってくれるし残業代ちゃんと出る。安い部屋を借りて一人暮らしも始めて、生活コストを抑えながら、わりと楽しくやっていた。

けれど任期満了の年が近くにつれて「この先どうするのか」という考えが頭をもたげるようになる。この頃には「安定した職に就きたい」という欲求が出てくるようになっていた。いちおう専門職という立場だったが、その「専門性」は公的資格などによって担保されたものではなかった。所属する組織がその「専門性」を本当に必要としているのであれば、もっと優遇されてもいいはずだという憤りも感じ始めていた。そして何より自分自身がその「専門性」で食っていこうという気持ちになれなかった。むしろ、そういうところから離れて、いわゆる「正社員」というマジョリティが歩んでいる道に乗っかりたい、そんな思いを抱くようになっていった。

そんな経緯があって去年、転職した。以前と業界は同じだが、まったく異業種。専門職ではなく、総合職型の正社員だ。内定が決まった頃は嬉しかった。これでマジョリティの道に乗っかることができる。乗っかってみて合わなければまた考え直せばいい。そんな風に思っていた。勤め始めて1年弱が経つが、「正社員になった」からといって根本的な問題解決したという感じがしない。もちろん収入面では以前よりもよくはなった。けれど新卒で今の組織に勤めている同世代と比べればかなり差があるだろうと思う。加えて、「キャリアプラン」みたいなものイメージがわかない。人事部提示する「キャリアプラン」によれば、新卒から複数部署経験して自分に合った分野を見つけて、ゆくゆくは管理職を〜みたいなことが書かれているが、自分はもう30を過ぎた平社員である。同年代人間はたいてい役職つきになっていたりして、なんというか「キャリアプラン」と言われてもピンとこない。このまま働いていて大丈夫だろうかみたいな不安もある。同じ部署の定年間近のおっさんはいわゆる「逃げ切り組」なのだろう。今の心境では「定年まで勤め上げて〜」みたいな感覚になかなかなれない。定年はどんどん引き上げられるし、年金支給額は目減りしていくし、あと30年以上も続けるのか…?今の仕事を…?となる。同世代のみんなはこのへんどう折り合いをつけながら働いているんだろうか。いや、同世代なら多くの人はもう部下がいたりそれなりの立場になったりしていて、仕事をめぐるメンタリティもずいぶん私が書いているようなものとは違うものを持っているのだろう。では自分のように、マジョリティルートに乗ってきたわけでもなく、それでいてマジョリティルートに適合しようと動いてみたもののあまりしっくり来ず、うっすらとした不調を薬の力を借りながらごまかしつつ働くような人間は、今後どんな見通しをもって働いていけばいいのか、と思う。

ちなみに、よく「毎日決まった時間に同じ場所に行くのは苦痛」とか「私は組織でやっていけない人間」という人がいるが、私はどちらかというとそういうタイプではないと思う。毎日同じ時間に起きるのは生活リズムが安定するし、周囲の人間とうまくやっていくのは苦手ではないほうだと思う。ただ、少し前からよく耳にする「HSP傾向」があると思うので、周囲に気を遣いすぎて疲れる傾向にはあると思う。コロナ禍で在宅勤務になったときは心底気楽でよかった。できることなら家で仕事したい。そしてできることな労働時間を少なくしたい。

なんだかエアポケットに嵌ってしまっているような感覚がずっとある。35を超えると転職が難しいとか聞くけれど、たとえば今から転職したとしてもまた根本的には同じような不全感というか「しっくりこない感じ」を抱えていくのだろうという気がする。少し前は過去に使っていた「専門性」を補強するような資格を取りなりなんなりして、こっそり副業でもしながらゆくゆくは独立など…と想像して情報を集めたりしていたが、情報を集めるのも学ぶのにも時間と体力がいると痛感している。金にもならない好きなことをしてストレス解消したり心身の健康を保つことも重要で、そうなると「何もする気が起きない」みたいな状態になる。どう生きていきましょうかね。

2021-06-27

転職するとき

その会社収益構造とか、5年後のプランとか、その辺りは聞くよね。

 

相手がこっちにキャリアプラン聞くんだから

2021-06-18

職業訓練CADとかNCオペレーションとか勉強した人就職してみてどうなん?

経験でもやっていける?

先輩に何を指摘される事多いの?

キャリアプランとかどう考えてるの?

手っ取り早く出世するには製図が上手くなったり、綺麗に旋盤できればいいの?

そもそも上手いって何だろう…)

少なくとも自分批判しないから、後輩のために教えてください

2021-04-29

転職活動してわかったジャップランド生産性が低い理由

非エンジニア資格必要事務をしている。ある会社で、初めはパート募集してそれに則って応募したのに、なぜか採用時の雇用条件提示書では正社員になっており、そのことを指摘したらじゃあ今回はご縁がなかったですね😅となった。

パート求人なので、当然だと思うのだが求人仕事内容A,B,CがあってA,B,は今までの経験から余裕で即戦力になれます。Cは経験ないですけど大体2週間のOJTでモノになります。時給1×00円〜で1日何時間労働、週何日でどうでっか?という交渉に臨んでいたつもりだったのに、向こうは面接で、将来的にD,E,Fという仕事をする気はあるか?とか、5年後のキャリアプランは?とか趣味仕事に生かす気はないか?とか聞いてきて、挙げ句の果てには上記のような行動に出てくるわけで、そもそも会話が成り立っていない。意味不明朝三暮四羊頭狗肉

その頭の悪い会社求人はともかくとしても、スキル有効活用しようとしても。どうしても「フルタイムの壁」に阻まれる。どんな会社であっても1日8時間〜週5でがっつりこき使おうとしてくる。

なぜこうまで採用側は「正社員」にこだわるのかというと、正社員会社にとって定額使いたい放題プランみたいなモノだからだ。よく言われる通り、クソバカアホゴジャップランド企業は、採用時にジョブディスクリプションを作らないので、入社したら求人票に書いて無い仕事までさせて、給料据え置きで「でもお前正社員なんだから我慢しろ、いい経験だろ」なんていうのが目に見えている。実際この条件下で、みなし残業制で契約してしまえば名実共に定額使い放題プランが完成する。

それの何が問題かというと、端的に言って生産性が低いまま長時間働かされる→スキルを身につける余裕も生まれ生産性が上がらないというスパイラルに陥る点がある。

自身自分が専門とする仕事については、プログラムを組んでツールを作ったりして効率化を図ってきたし、在宅勤務が難しかった作業を在宅できるようにしたりした。実際このコロナ禍で内定をもらえたのはそういう点が評価されたのだ思う。そうは言っても、自分の専門外の雑用作業まで効率化を図ったり改善提案するほど暇じゃないし、できるとも思わない。

これまでジャップランド企業は、そういう「非コア業務」、要はオフィスの中にあるマックジョブを「非正規雇用」という政治的に作られた下層階級押し付けてきて、碌にIT投資もせず、新卒はともかく中途へ教育もせず現場運用だけでなんとかしようとしてきた。

もちろんこれは一つの要因に過ぎず、人事部人材育成に対して定見がなく現場丸投げとか、解雇規制が強すぎるとか新卒一括採用とか色々な要因が絡み合っていることが原因だと思うが。

ここへきて、DXだのと最もらしいことを言っているがメンバーシップ雇用の「正社員」という定額使い放題プランにこだわる限り、いくら小手先ITツール導入したって何も変わんねえよと思った次第。

2021-04-11

子育てはいいよな、前に進むんだから

介護は日々出来ないことが増えていくから…………。

ワンオペ育児も辛いんだろうな、相手幼児理屈が通じないこともあるし育児経験からは先輩風も吹かされたりするだろうし。お父さんや親族といろいろ対立もするだろうしね。

でもワンオペ介護も辛いんだよ。私の面倒もみてくれていっぱい働いた家族がどんどん今がわからなくなっていくし、でも時々ふと元に戻ったりするからまるきり子供扱いするわけにもいかいから。冠婚葬祭のこの辺の習慣やら何やらを教えてくれる一方でトイレを失敗して何とかしようと却って汚れを広げちゃったり。

でも歳だから仕方ないことだからこの辺は別にいいんだ。いっぱいお世話になったから今度はお返しだなって気持ちもあるし。

何が辛いのかって?育児と違って介護はやってる人間が前に進めないんだよ。

シングルで育ててない限りは育児パートナーいるか賃金労働してなくても社会的にまだ認められてるでしょう?

卒業してすぐ家族介護だったか定職全然つけてない、今も無職だよ。

しろ介護する相手が2人で片方は病院にかかるのも拒否してたか家中すごいことだった。いつ家が燃える心配するくらいにはヤバかった。

そんなわけで何年か老々介護を見守る生活をしてたわけだけど、つい一年前、片方を医者に診せるのに成功した。もう一方も介護サービスが使えるようになったかフルタイム仕事練習のつもりで期間が定まってる9時間労働従事したわけ。でも労働にかまけてたら救急車を呼ぶ事態になって今春には両方要介護になってたしフルタイムで働くのが無理な状況になってた。意味がわからないって?私だってからない。本当にわからない。

今片方は入院から施設、もう片方はデイサービスを利用して一緒に暮らしてる。

さて八時半にデイサービス出して5時前に帰ってくるからそれまではパートなりアルバイトなりできるけど、まだ20代からキャリアプランかいろいろ考えたい。でもそういうのできる仕事には絶対に就けないわけです。お役所なり就職支援云々ないろんなところに相談はしてた。でもみなさん現状の説明するとパートタイマーが一番いいねとか抜かすわけです。もうね、詰み。デッドロックまな板の上の鯉ってこんな気持ちなのかな、はやく止めを刺してほしいね

出先で世間話なんかしてて今何してるのって聞かれるの最高に辛い。家族介護してていま無職って言うとみんな偉いねって決まって言うんだ。偉いんなら私を雇ってくれないかな。働きたい気持ちはあるんだから。とりあえず在宅でできる仕事とか探してみてるよ。


最近友達なり親戚なりにお前大変だなって言われてやっとこ現状を理解したほうがいい気がしてとりあえず増田に書いてみた。チラ裏だしここなら迷惑にならないだろうし。

初めて使ったから読みにくかったらごめんなさい。

ここまで読んでくれた方ありがとうあなたの根気強さが幸せにつながりますように。

でも人生で今が一番楽で幸せだよ。キッチン自由アレンジできるし呻き声も罵声も聞こえないからね。

2021-04-04

anond:20210404223715

女性にとっては、キャリアプラン足枷なる子育てを一般男性に丸投げ出来る。つまり一夫多妻制は女性活躍切り札だ。

富裕層男性にとっては、不倫批判隠し子告発におびえることなくいろんな女性を抱えることが出来、キャリア積み重ねを促進する。

機会の平等結果の平等?そんなん誰も求めてないよ。

2021-04-01

新社会人になれなかった者による戯言

タイトルからわかる通り自分は21卒無職だ。

これは4月1日の明るさに耐えられなくなったため書き散らす戯言であり社会への当たり散らしのようなものだ。

からからここに書かれることは社会に出られ日夜経済活動に貢献している方々にとっては非常に目に余る文ばかりだと思う。

推敲校正いっさいなし、増田ベタ打ちの文章を読みたい変人の方は以下に目を滑らしてほしい。

さて、さきほど無職自己紹介させていただいた自分だがもちろんこんな将来を2.3年前は想像をしていなかった。

様々な映像文学作品のなかの描写大学に入ってから先輩たちに聞かされた話から常々恐ろしさを感じていたため、正直まわりの友人達よりも早めに活動を始めていたと思う。

大学2年生の終わりごろには企業研究や適職診断などを行い、3年生の夏にはインターンへ参加した。高い講習費用まで払って就活塾にまで通った。

ここまで読むと意識高いと思われるかもしれないが、その逆意識が低いか予防線をたくさんはっておこうと必死だったのだ。

正直インターンと授業だったら後者を取るほど大学の授業が好きだった、学生インターンましてや自分が参加したような短期のもの業界企業理解のための講習がほとんどで実務に触れる機会はなかなかない。(そもそも学生インターンに実務内情を明かせる企業などないと父親から聞いた)

そのため中小企業ベンチャーに絞ってインターンへ行って面接慣れをしようと目論んだ。おそらくここで面接慣れは出来たと思う、多少トリッキー質問でなければ笑顔で回答できるほどには慣れた。

しか惨敗

怪しげな個人就職エージェントではないが100社は落ちた。どれも2次面接、もしくは最終面接まで行ってから不採用通知を受け取った。

こういうことを言ってしまっては非常に品が無いかもしれないが周囲の友人と比べて喋れるほうだと思っており、面接では逆に喋りすぎないことを意識したほどだ。

「2次、最終まで行けるのに落ちる、何故」

ググるとたいていキャリアプランが出来ていない云々、企業への理解が出来ていない云々、そもそも相性が悪かった、などなど様々なifが出てくる。

キャリアプランとか働いたこともないのにわかるかよクソが、と思いつつインターネットインターンで会った社会人を参考にして作ったんだけどな、日経新聞読んでいろいろ勉強したけどな、と絶望する。

就活後半戦の7月ごろ、そんなのばかり見てたら「くだらねぇ」の一言しか出てこなくなり人材派遣会社ばかりを受けた。しか面接志望動機もなにも出てこないので面接辞退を繰り返す無意味時間を過ごした。

そして卒論のための調査などに追われ就活どころではなくなり、あっという間に新年を迎えた。

正直今年に入ってから想像以上に地獄だった。

日に日に就活への焦り、身内からプレッシャー精神的にまいっていった。

夜中は泣きながらぬいぐるみを抱えて眠れない夜を過ごし、正直料理匂い吐き気を催すこともあった。(そもそも食事が好きではなかったため過去にもちょくちょくこういう症状は出ていた)

昼間に起き、リモートワークで仕事をしている家族に引け目を感じながら寝間着で求人を漁り応募する日々。たまにスーツに着替え、就活メイクなるものを施した自分顔面辟易しながらリモート面接

そしてまた求人漁り、たまに友人から声がかかって外出。

すべての行動が自己否定につながるほど毎日地獄だった。

地獄要素は書ききれないほどあるが大まかに分けると3つだ。配慮の無い人事との面接家族への引け目、友人との比較

就活地獄要素はたいていこれで言い切れるだろう。

まず配慮の無い人事との面接。これが一番大きかった。

配慮とは何か、一言で言うと就活生を尊重しながら会話をしようとする姿勢だ。

就活生と人事は対等であるだなんて詭弁、1ミリも信じてない。しかし、あまりにも就活生をおもちゃにしすぎている人事がいることは今回の就活で痛いほど知った。

「一発芸をやって笑わせてください」、「珍しい名字から早く結婚して分かりやす名字になるといいね」、「あなた上司に従えることをここでアピールしてください」

Adoさん呼ぶぞ。

上記は一例だが人事から質問パワハラまがいなものからセクハラ人権侵害なんでもござれの見本市。

もちろんコンプライアンスがしっかりしている企業もあったし、コロナ翻弄された就活生をいたわってくれる人事もいた。

しかし100社以上受けてみると割合としては少ない。あと企業規模が大きいほど質問はしっかりしている。なるほど皆大企業を目指すわけだ。

一発芸云々言ってきたところは大手芸能事務所から業界的な色もあるのだろうが、パワハラすぎて固まってしまった。

腹立ったか逆質問で「先ほどの一発芸についてですが、実際に人事さんはどのような芸を披露されるのか見せて頂いてもよろしいですか」って聞いたら無礼すぎるってキレられて落とされました、草。

次に家族への引け目。家族が家で仕事をしている中、同じく家で就職活動するのは非常にしんどいものだった。

リモート面接、これがとにかく鬼門。いままでは対面の中で行うので多少キャラづくり、外部の人に見せる自分をいつも通りやっていればよかった。

しかコロナ野郎のせいで対面面接が難しくなり、世はリモート面接時代突入

自室は防音機能0、部屋での音は共用部に筒抜けになる仕様のため、いままで友人との電話すら習慣になかった。

ましてや面接となるとさらハードルが高い。自己PR家族に聞かれながら面接するの非常に苦痛、一瞬でいいか露出狂の魂を取り込んでこの苦痛快感にしたいと何度も願った。

また、就活後半になると家族が目の前で働いている中自分には職がないってことがすごい精神的に苦痛だった。

父親就活が上手くいかなさすぎて慰められたとき、「惨めだよな、みんなは働いているのに」って共感(?)してくれたとき本当に死のうかと思った。

最後に友人と比較してしまたこと。

今まで自分自分、己の道を行くタイプで生きていたので授業を一人で受けるとか、マラソンが周回遅れだとか本気で気にしたことがなかった。

そもそも気にしたところで精神的に負担になり、追い詰められていくと思っていたのであえて見ないようにしたりしていた。

しか就活はそうもいかなかった。6月ごろに来た誰だかも思い出せない輩から就職先どこ?俺は○○!」みたいなマウントLINE、やっと落ち着いたからみんな遊んで!みたいな匂わせインスタストーリーさらにはメディアから随時発表される内定率。

周囲を気にしなくてはいけない、他人ではなく自分を選んでもらわなければいけない。そうだった、この世は競争社会だった。

幼稚園の頃大好きだったしまじろうの「自分だけを優先するのではなく誰かに譲ってあげようね」というストーリーで出てきていた「おさきにどうじょ」(ドジョウキャラクターがとても可愛かった記憶がある)。彼はいま元気だろうか。

競争社会絶望し、粘液が干からびていないだろうか。自分は体液が干からびるほど泣いて今まで他人を優先してきた自分を誇っていた気持ちが全部溶け出てしまったよ。

とまあ脱線したが他者比較して自身を魅力的に見せ採用してもらうという就職活動に、マイペース自分はどうにも適合出来なかった。

最終で落ちた企業にも、落ちた理由フィードバックしてくださいって連絡したら他の就活生との兼ね合いでって返されたのでやはり競争に向いていないんだな。最終まで行けたのはたまたまなのかもしれない。

だらだたと書いていたら1時間を溶かしてしまった。これがクソヒキニートの第1日目であった。旧約聖書もびっくりな不毛さ。

これから自分既卒就活生としてまだ就活を続けるつもりではある。しかしこんな就活クソだという気持ちを捨てられずに活動継続するため、きっと毎晩泣くだろうし苦痛を覚える日々を過ごすだろう。

ここまで読んでくれた人に自分は何を伝えたかったのかまとめることも出来ないが、とにかく就活は辛くて厳しい。働きたくないけど金は必要で働かなくてはいけない。とりあえず年金徴収に怯えている。

働いている人がみんなこんな苦行に耐えて職を得ているという事態に非常に頭が下がる思いである。

皆さんこれから新学期、ご自身の体に気を付けて過ごしてください。就活に耐え抜いた新社会人、また社会人の先輩方は本当に立派です。

自分はとりあえず職と金を手に入れるべく頑張りますので、お互いに頑張りましょう。






働きたくねえーーーーーーーー!!!!!!!!!!社会はクソ!!!!!!!!!!

以上、書き散らし終わり!

追記:まじ皆優しくて泣いてる、地元友達かって並みに優しい言葉ありがとうアドバイスとかもまじで心救われました、感謝


追々記:なんかちょっとバズりました?閲覧数増えるとやっぱり厳しいお言葉も多いですが概ね皆さん優しくて救われています

色々と言いたいことは沢山あるけれど、とりあえず今日面接ハロワ行ってから資格取得のための勉強始めました!がんばるぞ~

2021-03-24

anond:20150305021937

読んでないけど、志望理由とか演技だから

どれだけ社会人という演技ができるかというテストしかいか

ぶっちゃけ日本無能の方が生きやす社会だと思うけど

逆に下手に真面目に志望理由があるとか、生きる目標がある方が周囲にも敬遠される、みんなそんなのないか

仮に大企業就職しても希望の配属が叶う人なんてほとんどいないわけで、

まり設計企画がやりたい、って情熱があったり、

大学とかもそういう学科も選んで、専門性を身に着けて、自分キャリアプランがある人であっても、

企業はそういう人に営業やらせたり、生産管理や資材管理やらせたりする可能性があるので、

そうなると、そこでちゃんとした人ほど脱落しちゃう

(明確にやりたいことがないけど、働きたい、誰かに従いたい、という人は生きていきやすいと思う

GIGAZINEだったかでも紹介されていた、IT企業にいがちな邪悪な人のタイプで、

自分出世とか自分の損得しか考えない人というタイプがあって、

その中に、プロジェクト成功するかは意外とどうでもいい、という項目があった気がするのだけど、

日本企業はこのタイプの人が本当に多くて、

逆に、人間関係とかを犠牲にしてもプロジェクト成功させる、企業利益に貢献する、

というのがネガティブものと考えられている

そうなると、真面目にプロジェクト成功を考えてるスタッフは完全に損をすることになる

上司に「〜ということになると、プロジェクトが失敗しかねない。いいんですか?」みたいに質問しても、

「いや、それでいいんだよ」みたいに平気で答える人は意外と多くて、

なんでそうなるかというと、その上司の中では自分の損得で完結して考えて発言しているわけだけど、

その下々のメンバーとか後継を育てるみたいなことは考えてないんだよね

から、その人は出世するけど、他は置いてけぼりになる、プロジェクトコケる、

結局はその出世する人が、仕事をしているフリをしたい、プロジェクトに挑戦したという経歴だけがほしい、のであって、

そうなると、逆にプロジェクト成功されても困る、という人までいたりする

下手にプロジェクト成功すると、自分がその新規事業責任者にされてしまうから

から、わざと自分成功しない新規事業社内ベンチャーみたいな公募で打ち出して、

わざと失敗して、しかしながら挑戦者として人事評価される、それを最初から狙う、みたいな人は意外と多い

大企業になるほど多い

この手の人に、まあ自分場合は両手で数えられるかどうかぐらいだけど、振り回されることは寧ろ普通と思った方がいいぐらい

結論として、公立中学校動物園というネタが前にあったけど、

どんな世界大企業だろうが、田舎ブラック中小企業だろうが、クソみたいな動物園であることが多いわけで、

企業紹介のパンフレットとか脚色されてるだけだから、綺麗な社屋とか、実際は何の縁もなかったりするから

から志望動機云々なんてどうでもいいぐらいの気持ちでいいと思うんだよね

雇用側が、相手が喜ぶ美辞麗句を散りばめつつ、かと言って、下手に本当の志望動機なんて書かない方がいいぐらいかもしれない

どうせ会社社会もクソなんで、期待するほど裏切られるから

保身だけの人が上を占めてるのは日本の政治でも同じだし

と、厭世感で書いて終わりにしようと思ったけど、

ただし、ただしだけど、

保身だけの政治家が牛耳ってたら、国難に対しては弱かったことが近年のように皮肉にも証明されてしまったわけだ

これが東日本大震災コロナだったからまだ良かったとも言えて、

マジで国難戦争だったら、この国は本当に駄目になってしまうんだろうなあとさえ思ってる

巨大な組織が腐敗するというのは必ずしも悪いことではなくて、

例えば、競争入札出来レースだったとしても、出来レース八百長からこそ道路ができたりシステムが開発される、

というのは否めないところがあって、でも、それは平時というか、右肩上がりに成長する日本では問題なかった

でも、そういう安定とか平和を前提にしたシステムは、対衝撃に弱い

から黒船から一発砲弾を食らっただけで、国家というレベルシステムから崩壊しかねない

そうでありながら、日本トップからボトムまで、そういう昭和モデルというか、慣性の法則というか、

これまでのシステム固執してしまっているわけで、これは変えられないと思うんだよね

一度焼け野原に戻るのもありかもしれないと思うぐらい

仮にまた世界大戦レベル戦争とか、そういう時代が来て、もう一度日本焼け野原に戻るなら、

前回はGHQにあまりにも逆らわなかったので、日本社会システムインフラを変えられなかった

変更するにはお金もかかるわけで、そんな金はおまえら黄色サルには勿体ない、問題がある戦前システムでも我慢しろ

みたいに白人に突っぱねられたから従うしかなかった

から、また焼け野原になる未来があるなら、今度こそは侵略者側とちゃん交渉できる政治家なりトップでいてほしいなあ、

と思うわけだけど、それもまあ無理なのかもなあ…

2021-03-15




https://talent-help.lapras.com/ja/articles/3111298-%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8-%E8%88%88%E5%91%B3%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E4%BB%95%E4%BA%8B-%E5%88%86%E9%87%8E-%E3%81%AE%E6%9B%B8%E3%81%8D%E6%96%B9

記入する項目の例

キャリア上の目標キャリアプラン

興味のある仕事技術業界事業内容

転職についてのスタンス

希望する働き方

転職先に求めること


「やりたいこと、興味のある仕事・分野」記入例


開発環境について触れる

今まで小さなチームでインフラからフロントエンドまで全てを担当してきたが、次は少し大きなプロダクトでバックエンドパフォーマンス改善に挑戦できるような環境仕事がしたい。

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興味のある分野・領域について触れる

Railsアプリケーション設計・開発からHeroku, AWS, GCPなどのインフラ構築もできるような、Webアプリケーションエンジニアになりたいと思っています。興味のある分野は、医療健康などです。現在転職活動中です。
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より具体的な記入例


例1

 # 目標
新しい技術に柔軟に対応できるようにしたい
自社開発のサービスに携わり、常に機能改善拡張を考えながら開発がしたい

 # 興味のある仕事自然言語処理画像分析など、データを扱うアプリケーションの開発

 # 興味のある技術Goを主軸としてキャリアを築きたいです

 # 転職先に求めること
新しい技術に対して敏感に反応し、プロダクトにマッチする場合はどんどん導入してゆく風習があるような職場で働きたいです。

2021-03-10

自己解体のなれ果て

現在アラサー

仕事をやめてまもなく1年が過ぎる

1年たつと、去年の感情も風化して、昔の私は真面目に働いていたんだなという風に自己評価をする

んで、ゆとり時間を作って、もう一回就職のことを考えている夜中な訳です

キャリアプランとかってなりたい自分イメージとかしたりするじゃんよ

オフィスカジュアルパソコンに向かいながら、業務に追われてるけどなんかキラっとしてる感じとかあこがれの職種とか

最終的に人のためになっているだろう仕事とか

いろんな将来の自分を、学生の時みたいに想像してみたりするの

けど、イメージするだけで、今私がやりたいことって何か、という問いになるととたんに固まるのね

なりたい自分想像できるけど、いろんな考えが邪魔するのさ

将来、家族が欲しい。子育てをしてみたい。そうすると、お金もそれなりに、でも育休や復帰しやすいところに。

あれ、キャリア断絶するだろうから、30代の経験はガタガタになるのかなとか。

仕事に追われて子どもとの時間がなくなるのも、それはそれで嫌だな、とか。

仕事の内容に飽き飽きしてしまうんじゃないのか、とか。

これから人生が、未知すぎて固まってしまう。というかやってきた。まじで人生ライフステージ激動の時期ここに来たわ、ってなっている。

私だけで生きるんじゃない場合、私はどうやって生きるの、とか考え始めたんよ。

もし、つーかまだ結婚もしてない身だけど、今後結婚して、子ども出来てってなった時に、おそらく私は家族のために働くっていう目標にした方が生きやすいなって思っている。現時点で。

子育てが落ち着いたら、その目標がなくなって働く気力が失せたり、何をやってきたんだとか絶望するんだろうか。

自分がどうありたいか大事にしてねって言われてるご時世だけど、近くにいる誰かのために働くって、今の私にとってはすごく原動力なんだよね

んでそういう目標を据えると、自然とこの仕事で頑張ってみようって決意ができるようになるの。

再び、家族のためという目標を除去した場合あなたにとって仕事は何になるの?っていう声が聞こえてくるんだけど

私が選択した仕事は、自分の関心と家族をかけあわせた最大公約数みたいなところにあるから、まあまあな納得はできるんだと思う、と考えている

前の職場は、あまりにも向いてなかったと思う。また働いてみないと、向いてるか向いてないかなんて分からいかもしれないけど。アラサーからね。厳密に分析しながら仕事先選ばないとかな。

なんていうか、仕事仲間も大事だし、友達大事だし、支えになってくれる存在って感じるけど

なんかなぁ、暮らしを共にする人がいれば、もっと頑張れるって思うんだわな。

これは自分から逃げてますか?

こういう年ごろなのかな。

学生時代は一人でも大丈夫って思ってたのに、最近家族が欲しいって思う。細胞から語り掛けられてる感じ。

仕事の話を書いてたつもりなのに、なんか家族が欲しい話になっちゃった

もつらつら書いてみた結果、私は自分気持ちが少しだけ明るみになったのであった

夜中に長文でごめんね、みなさんおやすみなさい。

2021-02-26

anond:20210226151956

ブクマカキャリアプランってどんなのがあるのだろう

  1. スターがたくさん付けられる
    1. 参考になる系
    2. 皆の代弁者
    3. 露悪系
    4. 優しい系 ←埋没しそう
  2. お気に入られが多くなる
  3. 自分発見してファーストブクマした記事を新着・人気エントリーリストに入れることができる ←お気に入られが多いの亜種か
    1. 増田NHKなどのレッドオーシャン
    2. 個人ブログマイナーメディアなどのブルーオーシャン
    3. 特定ジャンルテーマ持ち ←いそうだけど人気になれるのだろうか
  4. 特徴的な言動で多くの人に個体識別される
  5. 出版社から記事や本を書いてみないかとお声がかかる ←ありえない
  6. リアクションはもらえないが見た人の心に残るブコメが書ける

2021-02-21

無職」の「働きたくない理由」は色んなケースがあるよなぁ

「面倒くさいから働きたくない」って単純な思考プロセス無職してる奴って実際はあんまり居ないと思うんだわ。

勿論「どうしても働きたいけど、こういう事情があって働けない」っていうケースも重度の障害みたいなハンディキャップを除くと余りいないと思ってる。

現在無職の人には「社会に一度も出たことがないケース」と「社会に出てから潰れたケース」があって、「社会に出てから潰れたケース」も「環境問題があったケース」か「自分問題があったケース」もあるし、「自分問題があったケース」も「自分性格理由で周りとトラブルを起こしたケース(自分を認めない社会と周囲が悪いと思いこむ狂人も含む)」とか「先天的自分の頭の情報処理能力の低さが露呈して周りに迷惑をかけて自信を喪失したケース(発達障害の発覚を含む)」とか本当に色々あるよな。

自尊心邪魔して「面倒くさいから働きたくない」で済ます無職の人たちも、本当は自分能力に自信が無くて自分キャパティを超えて課せられる仕事不安で怖かったり、社会と断絶する事で得られる自己万能感を社会評価される事によって失うのが怖かったり、真面目すぎて「社会人としての責任」みたいな見えない物に潰れたり怯えたりしてるケースって多いと思うんだよな。

生活度外視した上で、本当に簡単精神的に負荷がかからない仕事ならやってもいいって無職一定多数居る。

大型事務センター100人規模の一括募集かけてる派遣社員とかで働いたことある人ならわかるだろうけど、そういう現場派遣社員がそういう感じの人多かった。

給料は低いし昇給もないしスキルアップもしないしプロジェクト終了次第首切られるけど、パソコンに向き合ってデータ入力するだけの仕事簡単精神的に楽だから続けてる人。

自分キャリアプランを考えられるほど精神的にエネルギー溢れる人ならこういう環境地獄のような苦しみなんだろうけど、こういう環境天国のように感じる人も一定多数いるので、無職人達もっと自分にとって精神的に楽な就業ルートを選べる世の中になればいいなと思う。

2021-02-10

日本IT20年遅れとニュースが衝撃を受けてるが

そういう中で、NTTデータとかが「ビジネスもできて技術もわかる人材が欲しい」っていうのに

増田SNSエンジニアたちが「そんなのおっぱい大きくて美少女で家柄も性格も最高で処女で床上手な女子高生を求めてるようなものだろ!」みたいなキレかたして発狂してっけどさ

エンジニアキャリアアップとしてはそれこそ80年台くらいか技術から営業寄りになってマネジメントに移行していくって当たり前のキャリアプランじゃなかったか

2000年台初頭くらいか発達障害アスペっぽいエンジニアが大量にバブル流入してきて「30過ぎても開発ばっかりやってないで営業覚えろと言われた!日本死ね!」「40過ぎてPGやってて年収300万以下なんて間違ってる!日本死ね!」とかめちゃくちゃ発狂してる意見とか見かけて

気がつけばそれがネットでは当たり前みたいになっていったが、よく考えたら異常極まりないよな

そいつらが口にする海外では、エンジニアって自分プロフィットセンター的な役割できて当たり前で、できねーならエンジニア辞めてレジ打ちでもしてろアスペって世界じゃん

日本ガラパゴスから衰退したって通りだよな

技術以外のこと一切する気がないやつでも食えるようにしましょうなんてした結果が今じゃねえの?

2021-02-04

キャリアプランを考える意味がわからない

どうせすぐ会社都合で異動させるくせに。

2021-01-30

45歳多重派遣プログラマ退職エントリ

45歳多重派遣と言っても、噂のGitHubの人ではない。すまんな。。

皆さんはプロジェクトの共有ディレクトリの最下層に”女子大生”という何もないファイルを作ってアクセスログをとっていたのがバレて怒られた事はあるか?私はある。2回。

人は暇なとき、意外とディレクトリをめぐる旅をするものだ。

仕事でとうとうGitHubすら使わずプログラマ人生を終えてしまった。

レガシー技術を使いがちな金融プログラマではそこそこ居るのでは無いだろうか。

年収20代後半からは550万~700万位だった。残業代退職金は無く交通費は出ない。

所属会社営業事務も居ない小さな所帯のフリーの集まりのような所で、会社運営必要金額をある程度毎月納めれば良い会社だった。

仕事がなくなれば自分、もしくは他社員の人脈で仕事をとってくる。フリーで居るよりは仕事を取りやすく、単価も上げやすいので一応会社所属にしているだけの所だった。

私はやる気が無いプログラマだった。オフ時間プログラム勉強したことなんて殆どないが30歳、35歳の限界説を越え、45歳まで働けた。

ニート高卒45歳。多重派遣底辺プログラマ退職エントリ

はてなIT技術者諸氏はオフの日にも日々勉強をしているようで。

好きなんですね。この業界が。日本ITは今後も安泰だ。

◯◯出来る人が居ないか?と聞き回る営業を見ていると多重派遣SESとはいえ業務時間内に勉強させろと私は思う。

技術勉強の話になると途端に何プペる?のような、仕事の為の無給勉強時間当たり前のように語られる事がやる気の無い私にはついぞ理解することが出来なかった。

足に鎖でもついてるのかね。私と一緒だね。

45歳で年収300万円多重派遣の彼は問題児なのかもしれないが、私よりはやる気があるプログラマなのではないかと思う。

退職までずっとプログラムを書き、テストをしていた。たまに客に直接要望を聴いて、仕様書に落とすこともした。

C/C++Java・各種Shell・VB/VBA・SQLUNIX/LinuxWindowsサーバーをなんとなーくしていて、他の人が書いたプログラムを流用しまくって書いていた。

苦手なのはプログラムより仕様理解だった。

ざっくりな話になるが、私より出来る人はわんさか居て、私より出来ない人・問題児が2割は居た。後者の彼らのおかげで私は仕事があったのだ。あと、東京からあったのだ。

人並以上の理解をしていたのはLinux構造くらい。仕事カーネル層に潜り込み、デバイスドライバの改造をしなくてはならず、月350時間くらい働いているうちに身についたものだ。年俸制という糞システムのおかげで1円も残業代は出なかったが。

全く知らない技術が使われている新しい現場に上位プロパー会社営業に売りに出されることはままあった。

現場の人にさも「解ってます!」みたいな面で面接をし、何とか切り抜けることは出来た。このときばかりはいやいやながら上辺だけを勉強した。無給でな。

解っている事でも残業が沢山降ってきそうな場合は「ちょっと私には難しいですね・・・」「いやー、解らないですね。。」と出来ない振りをする度量もついていた。

仕事は”出来る(都合の良い)いい人”に回ってくるし、仕事をしてもめったに単価を上げてくれなし、切られる時は切られる。

30歳を越えたあたりから必要な時は定時丁度に上がる精神的な技術も身についた。

それと同時にここ10~15年はブラックIT業界でもようやく過残業を減らそうという機運が増えてきたように思う。

ライブイベントにも足を運べるようになり、推し投資が出来るようになった。

おそらくまだ10年はプログラマとしてなんとなく生活出来たのだろうと思う。

あいつ、そこまで出来はしないけれど居ないと困ることもあるんだよなぁ」位のポジションで。

あるいはもう少しやる気を出し、転職をし、上位層で働くことも出来たのかもしれない。

でも急に仕事がつまらなくなったのだ。だから辞めた。

最後になったプロジェクトのこと。

リーダーが毎朝9時に朝会を開き、進捗を聴く

・そしてその日、”1人日”以上の仕事が割り振られる。残業しても終わらない

・翌朝で何故おわっていないのか?を問い詰められる

仕事タスク割り振りが多すぎて終える事は出来ないとお伝えしましたが?と反論

・その状況で、空いている時間にやっておいてくれと新たなタスクが振られる

・空いている時間とは?と聴いてみるが、コンパイルしている1分の時間に少しづつといわれ、そんなの出来るわけ無いですよね?。どこに空いている時間があるか教えて下さい。

と、毎朝そんな問答を繰り返していた。

今までは流していたこの程度のパワハラが嫌になった。

改善をする気もおきなかった。早く次の現場に行きたいなという事ばかり考えていた。

そして気づいた。この仕事にようやく私は飽きたのだと。

子供も数年前に生まれ子供が成人するまでこの仕事をするのも耐えられないと。

そんな時に副業のほうを本業にする決意をした。会社を辞め、起業をした。

今は全く別業種の業界で働いている。この先うまくいくかは良くわからない。

3次請け、4次請けの会社に居たので理不尽パワハラには事欠かなかった。

理不尽の例1)

まだ若手の時、鉄砲玉として使われた事があった。

セキュリティがゆるゆるだった20年以上前の話である

TVCMもよく見る有名システムとある現場

フロッピーを本番端末のあるセンターに密かに持ち込み、定例メンテナンスの振りをしてシステムを黙って更新するという密命が若手の私と、他社の派遣PG新人のK君に与えられた。何度も。

かばんの奥にフロッピーを隠し、かばん持ち込み検査検査員にばれないようにし、潜り込む。メンテナンス用の作業ID使用して黙ってシステム更新するというのを繰り返し行った。

今考えると下手すると裁判沙汰なんじゃないだろうか。しかも見つかったら責任を取らされるという。

ある時、K君が想像以上にアホだった事で事件もおきた。

テンパった彼は入館証ではなく、隠していたフロッピー検査員に見せつけたのだ。

だが、早朝ということもあり、検査員がほぼ寝ていたので問題なく通れてしまった。

今思うとあの時は首の皮一枚で大丈夫だったんだなと。

理不尽の例2)

大手家電メーカー工場仕事をした時、プログラム仕事なのに作業服をまず”自費”で買わされた。作業服いらねえだろう。

工場内にある窓の無いプレハブ小屋が開発現場だった。人権が無ぇ。ファーウェイ工場にはヨーロッパの街並みが再現されているらしいが。

この現場は電機メーカーIT子会社D社からE社に投げられ、部屋に私以外だと窓際管理職のD社社員1人とE社の人間しか居なかった。

何故、E社の人間の中に私1人だけ他社の開発要員が入るのか?

入ってすぐに理解した。担当するシステムが1人だけで長く開発していたシステムで、スパゲティすぎて破綻しかけているのだ。

これを開発し続けられればヨシ、破綻したら私の(会社の)せいということにしたいのだ。

入って1週間で営業にコレはダメだと、早く抜けさせてくれと直訴した。

結局抜けるのに4ヶ月かかったが、その間、本当に酷い日々だった。

さな改修が多く、納期は1週間か2週間毎にやってくる。だが仕様を投げるD社の人が鬱で会社にあまり来ない。他のD社の人に聴いても何も解らないという。

1週間の仕事金曜日納品なのに、木曜日夕方に2日酔でやってきた担当者に仕様を聞き出し、金曜日に意地で納品するも、気に入らないところがあったらしく「前担当者よりスキルが低いですね~」と言い放たれた。精神の苦行だろうか。

私の抜けた後、E社の別な人間担当するも無事破綻しかけているという話は後ほど聞いた。自分スキルでは本当にギリギリだった。危なかった。

パワハラ1)

高校卒業後はニートだった。猫と母としか会話をしない2年を過ごした。

その後、大手新聞社オペレーター派遣会社が共同で作っていた文科省認定ではなく定期の学割も効かない街のパソコンスクールに通った。

教師は二種(基本情報)も持っておらず、業界歴は1年だけで環境変数理解していなかった。

その学校で多重派遣という底辺で生きる技術者の卵に他の20名と一緒になった。

文科省認定専門学校情報処理科では少しマトモに勉強すれば大手SIer商社の子会社の「何ちゃらソリューション」に入れる事も多い。

アホの一つ覚えのように大手の子会社は「何ちゃらソリューション」なので、「何ちゃらソリューション」というIT会社を見たらセンスの良い経営者が名付けた何処か大手の子会社だと思って差し支えない。あとイノベーションとかな。イノベータとかな。

就職氷河期の真っ最中地方中核都市就職をしたのだが、入社直前に東京勤務になった。

会社からは15万円の引っ越し資金けが支給された。氷河期の3月に転職は出来なかった。

親に敷金礼金4ヶ月分を負担してもらい、親父に秋葉原石丸電気家財一式を買って貰った。

SES企業はまず新人教育の当たりハズレががある。ハズレのほうが多い。

派遣法の隙間をついて、たぅった1人で新人派遣されてくる事も多い。彼らの大体は苦労を強いられている。

私は運良く同じ会社の人が沢山居る現場に入ったのだが、教育担当想像を絶するパワハラマンだった。とにかくどんなことにもキレる。

ある日個室に呼び出され「お前は田舎に帰って缶詰工場で働け。なるべく頭の働かなくて良い仕事を選んでくれ。業界にいると迷惑だ」と言われてしまった。

親に学校に通わせて貰い、引っ越し代も払ってもらったのに使い物にならないと言われたとき絶望感は大きかった。

地下鉄ホームに入ってきた時、ホーム下にふと吸い込まれて行きそうになり、寸前でハッとなり鼻先を電車がかすめていった。

知らないおばちゃんに「しっかりして!」と怒られた。都会の人も優しい。

あと、駅のホームドアは大事だ。全駅につけてくれ。

それ以降、他社でも新人には丁寧に接している。私はまだ恵まれていた方なのかもしれない。

パワハラ2)

とある家電の開発ツール担当していた時だった。

その家電TronからLinuxOSが切り替わり、開発・コンパイル用のソフトウェアシミュレーター新規開発となった。

Linuxカーネルプログラミング必要となり、日本語の文献もインターネット上の文献も少なく、オライリー洋書現在日本語版もある)を取り寄せて読まざるを得ない状況だった。

英語は全く出来ない&私が作るとなると当然開発は遅れた。

私はカーネルプログラミングなんて当時はしたことが無かったし、集められた人員Linux上でC言語仕事したことがある。くらいの人員が集められたのだ。

単価が安い人しか使ってはいけないというルール運用されていたらしい。

開発ツールの開発の遅れはプロジェクト全体の遅延に繋がった。

苛立った家電メーカーの”部長”が私を広いフロア大人数の前でこう叱った。

「こいつ全然解ってないじゃないか!!」「なんでこんなのにやらせているんだ!!」

中国出張で散々おねーちゃんを買った自慢をしていた糞みたいな人間に罵られるのである

月単価55万で350時間働かされ、残業代は1円も出ずである。誰もフォローをしてくれなかった。

徹夜が3日目に突入した午前3時、役職付きが私のPCの後ろで「まだ出来ないのか?」と15分おきにやってくる。

何とか完成はさせた。恐ろしいことに若かった当時は満足感をそれなりに得ていた。

精神的に色々と凹んでいた時に励ましてくれたのは中国人の同じ派遣の人だった。

大卒の育ちの良い中国派遣技術者が沢山居たが、彼らは本当に性格がまっすぐだ。彼らが私の中国感を大分良くしてくれた。

(ずっとメッセンジャーばかりやっている連中もいたが)

彼らのような有益人材が来てくれる時代があと何年あるのだろうか。

余談だが、この糞忙しい間に所属会社がいきなり倒産した。

私は所属未定のまま倒産した次の日も、土日も何故か働いていた。

自分が働かないと他の人が倒れてしまうと当時は考えていたし、ようやく仕事が出来るようになって謎のやりがいを感じていた。

そして、翌週、中間会社から流石に所属未定はマズイのでフリーとして契約しましょうと言われたのだが、単価の話なんて当時若造だった私には解らないのである

結局、300時間以上働く中、残業代無しの45万円固定と言われるまま契約をしたのだが、

当時の私には多い金額に思えていたものの、都内フリー技術者としては当然低すぎる金額であった。

忙しい中、アドバイスを貰う余裕もなく、無知のために中間会社の狸親父に低い金額契約させられたのだった。

みなさんは自分の単価くらいは知っておいたほうが良い。

賢い同じ会社の同僚は失業手当で半年遊んだか、会社契約と同じ単価でフリーとして契約していた。

余談その2、当時なんとなく興味を惹かれて当時流行っていた日本礼賛本を読んでみた。

国産OStron携帯電話世界を席巻!!みたいな事が書いてあったが、その本が出ていた頃、携帯電話OSLinuxSymbianで締められていたのを知っていたので興味深く読んだのを覚えている。

他にも

「1次請けが私の単価を上げてくれても中間会社搾取し、私には全く反映されない話」

野田ドモホルンリンクルバイトのように円高注視し続けた時、円高オフショアブームで単価が2年で2回減った話」

中間会社オフショア開発の失敗の後始末を手伝って欲しいと言われ、現場インフルで倒れた振りをして休んだ話」

「5000円の著作権フリー音源システム使用するのに数百万かかった話」

メモリ枯渇エラーが頻発したのに数百万以上のコストをかけて打ち合わせをする虚無の話」

メモリ初期化エラーが頻発した時に、解決方法としてとんでもない方法提示され、阻止した話」

「15万円のPCが60万円で導入される仕組み」

入社初年度の忘年会の一次会が新宿の有名なゲイショーパブで、他の社員と会話も無く終わった話」

無呼吸症候群で猛烈な睡魔との戦い、現場で怒られるようになり、睡眠薬生活リズムを取り返した話」

同人活動職場にバレて地獄を見た話」

大手会社コンプライアンス啓蒙画像著作権違反を発見した話」

「キレる、人前でイライラする人とは働きたくない話」

「某銀行の開発子会社美人率が高い・銀行員の婚姻率の格差社会の話」

などなど考えていたが長くなったので終わり。

多重派遣先は色々なキャリアの人が多い。元ホスト、元キャバ嬢もいれば元医師中国人、元アニメ会社勤務、元美容師、元寿司職人等の転職組も多い。

以前いたプロジェクトの有名SI企業PMSES上がりの元寿司職人だった。

SES就職の壁が低い。そこを足掛けとして転職し、さらなる転職大手大手子会社転職するのは悪くないキャリアプランの一つなのかもしれない。

SES会社玉石混交なのでまずは良いSES会社に入るのは大事だし、多重派遣改善されてほしいが。

何が書きたかったのか忘れたし飽きた。

業界からやる気の無い45歳が1人減り、業界は少し平和になった。

追記:続編を書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20210131035752

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