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はてなキーワード: オードリーとは

2020-05-31

相方誹謗中傷で訴えられたら負けそうなツッコミ芸人

入選外 : ペコパ「いや知らねーんだったら教えてあげよう」

第4位 : ジョイマン「なんだこいつ~」

第3位 : オードリー「2人ともやべー奴じゃねえか」

第2位 : カミナリバカこの!」

第1位 : トレンディエンジェル「誰ですか」

殿堂入 : ザ・パンチ「(自主規制)」

番外編 : 馬鹿よ貴方は「顔をひし形に してやろうか」

2020-05-29

ライオンウサギに噛み付く

去年11月に行ったお笑いライブ

南キャン山ちゃんがいつものようにタレント悪口を言ってた。確か丸山桂里奈だったかな?その後でオードリー若林に「丸山桂里奈山里亮太、どっちがタレントとしての格が上だと思う?長年何本もレギュラーやらMCやってて女優さんと結婚した山ちゃんの方が上だよ。ライオンウサギに噛み付いてるのを世間の人はどう思うと思う?」と言われてた。会場めっちゃウケてた。うろ覚えだけど。まぁそういうことだよな、と今回の騒動で思った。元々は山ちゃんの方がウサギだったはずだけど。

2020-05-25

オードリー若林を一生恨むだろう

YouTubeオードリー若林ニートに語っている動画を見てしまったんだ。

https://www.youtube.com/watch?v=W_gxIvOgZU8

ニートに対して

「なんの経験もないまま30になりましたよ。親ってのはいつか死ぬんですよ。遺産相続もあるけど結構もってかれる。使い果たしていよいよ働かなきゃいけないときにお前は路頭に迷うんだよ。俺はそれが楽しみなんだ」って言い放ったんだ。

これに殺意を覚えた。

俺は自閉症発達障害精神障害2級だ。

働こうと思っても雇ってもらえない。ついでに障害年金ももらえてない。

金を得る手段がまったくもってないんだ。そんな状況で生きているんだよ。

いずれ路頭に迷うだろう。

からこそ若林言葉が突き刺さったんだよ。

ニートに向けてはなった言葉障害者に突き刺さってるんだよ。

俺は路頭に迷うことを日々不安に感じている。

逃れられないと思っている。

から「路頭に迷うのを楽しみしている」なんて言われたら殺意芽生えるんだよ。

俺は若林を一生恨み続ける。

2020-05-15

祝・矢部復帰 ラジオと私

追記も書きました。ラジオの友たちよ

https://anond.hatelabo.jp/20200517104920

昨日のANNを聞いて、まだまだ岡村さんはぎこちなく、言葉をかなり選んで喋ってる感じではあったけど、先々週のあの居たたまれなさを100としたら、先週は居たたまれなさ70、昨日は30ぐらいまで落ち着いてきたと思う。よかった。

私にとってナイナイオールナイトは、番組開始当初から間断的に聞いてる番組で、ナインティナインにも好意を持っているしそれなりに思い入れもある(リスナーではない。思えばナイナイオールナイトは「リスナー」という言葉意味が他のラジオパーソナリティの言うそれとはかなり濃度が違うものではあって、それが今回の色んな悲劇悲喜劇に繋がったという気もしないでもない)。

深夜ラジオは、深夜だし長い。子ども時代なら深夜に夜更かしして聞くもよし(録音とかはしません、面倒なので)だが、大人になって、仕事があったり家族ができたりするとリアルタイムでは聞けず自然に離れていったりする。だが私は子供じみたオバハンなので、テクノロジーの発展の恩恵を受けて、または、すごい面白いラジオがあるよという噂を聞きつけて、深夜ラジオに戻ってきている。

深夜ラジオを聞きだしたのは小学生デーモン小暮お気に入りだった(クラス男の子に教えてもらった)。たけしのオールナイトもまだやってたと思うんだけど小学生女子には刺激が強すぎたのか好きではなかった。その後いったん色々忙しくなったりして深夜ラジオから離れて、戻ってきたのがナイナイオールナイト。また一旦いろいろ忙しくなって間遠になって、次に本格復帰したのはくりぃむしちゅーオールナイト

ラジオの聞き始めがANNだったせいかもだが、ラジオリスナーの人たちが大好きがちなコサキンは未体験馬鹿力は子供の頃は聞いてない(伊集院さんが朝をやり始めてから逆流して今はたまに聞いてる)。電気ANNはちょうどラジオから離れてた時期なので存在も知らず、極楽とんぼは気が付いたら終わってたから聞いてない。放送室は週末に車で出かけて帰りの深夜に、流れてきてつい聞き入っちゃう感じ。サンデーソングブックはドライブ帰りに渋滞にはまってる時間帯に合致しがち。昼間のラジオはこの数年でデビューという感じ。

くりぃむオールナイトに気づいたのはい大人になってからで、Podcastから見つけた。くりぃむしちゅーオールナイトほんとゲラゲラ笑った。今でも特にゲラゲラ笑ったPodcastデータは残している。デジタルって楽でいい。くりぃむANNPodcastの後期、まだ全く売れてない頃の古坂大魔王ピコ太郎)がクレイジー結婚披露宴構想を機関銃のように喋る回がものすごい好きで、死にたくなるほど落ち込んでても聞きおわるとどうでも良くなるくらい面白かった。あとJUNKシカマンゲラゲラ笑った。シカマンはお題投稿がとにかく面白かった記憶がある。あとPodcast限定だが雨上がり蛍ちゃんの馬になるシリーズも好きだった、馬鹿で。

そんな感じで、熱心な「リスナー」でもないが、ラジオ配信技術と稼ぎ方が多様化してきたことと、あと私はいつも大抵ゲラゲラ笑いたいので、この10数年は、ゆるくラジオとの付き合いを再開している。

Podcastラジオクラウドradiko配信化によって、リアタイで聞かなくても大丈夫になったのがとてもデカい。局側には恐縮ではあるが…、投稿しないしリアタイじゃなくて全然いい。夜は眠いし。主に通勤時間電車の中とか買い物とか、あとジョギングしながらとか、ひたすら風呂掃除してる時とか。配偶者ラジオ趣味あんまりない(こだわりがない)ので、基本は一人でいる時になる。というか、深夜ラジオってそもそも「一人で聞く」ものなのかも。

そして、深夜ラジオポリティカルに色々アレである、というのは、まぁ岡村に限らずある程度はどの番組にもあって、まさに深夜ラジオの魅力でもある。炎上したのは、多分にタイミングが悪かった(世間コロナで暇だったとか、似非運動家に見つかったとか)面もある。一方で。私は矢部氏が卒業して以降の岡村単独ANNを、いつの間にかあんまり聞かなくなっていっていたのだが、その理由の、いつの間にか番組が醸し出すようになっていた「雰囲気」が、なかなかの強い香りになっていったから、というのも、今回の炎上騒動理由として少なくないと思うのだ。

ラジオの聞き方は既に20年近く前から多様化してきている。チャネルが増えたか馬鹿に見つかった、というのは余り筋が良くなくて、番組が醸す「香り」がどんどん強くなり悪目立ちしてきていた、という方が近いかな、と思うのだ。深夜ラジオ芸人が喋ったことをスポーツ紙ニュースにして悪拡散、なんてのは、それこそ昔からあることで、書き起こしサイトが悪いとかtwitter馬鹿拡散するのが悪いとかの説も全然納得できない。この辺は深夜ラジオリスナーなら分かってもらえるのではと思うんだが、芸人たちは頻繁にスポーツ紙記者に怒ったり絡んでキャッキャしたり、「記事にするなら番組パブリシティも入れといてよー!」という定番の落としも定着しているぐらいだ。実際岡村ANNでは以前も、フジテレビ批判ネットを騒がせた時期に「いやなら見るな」と言って炎上した過去もあるが、要するに、何らかの方法で「拡散されてしまった」ことだけが原因ではなくて、やはりあの発言の内容が一定閾値を超えていたことが大きいと思う。馬鹿に見つかったのが悪いわけじゃない。馬鹿だって「うわっ、なにこれ、臭っせえ!」と気づくレベルだった。

岡村さんは無自覚だったんだろう。無自覚が全てにおいて免罪符になるわけでもないが、取り返しのつかない悪業でもない。

現にこの3週間の岡村さんは、「変わらなきゃ…」を寝言のように繰り返して、聞いている私をハラハラさせていた。変わらなくても良いかコントロールできるようになってほしいなぁと思っていた私にとっては、「カウンセラー」役?の矢部氏の復活(昨日のラジオ矢部氏が言うてた、もちろん冗談込みやけど)は本当にうれしいし、少なくとも岡村さん本人が変わりたいから「変わらなあかんですから」とブツブツ言っているんだろう。

「変わる」がどういうことなのかはまだこれからの話なのでどうなるかは分からない。でも「生まれ変わってポリティカルに正しい深夜ラジオを!」とかではないだろう。もしその選択を取るのならラジオから降りることを選ぶんじゃないかなと思うのだ。岡村さんにとってラジオでしゃべることは恐らく大切なことで、一方で、岡村さんに限らずいい大人が完全に変わるのは難しいだろうなとも思うし、そもそも、そんな風に人格が変わる必要もない。

岡村さんの「ああいうとこ」は出し方によっては人を傷つけるナイフになるが、同じ性質は別の方向から見たら、岡村さんの「妙にキマジメなお笑い芸人」という魅力でもある。岡村さんが色々アレな面もあることは古い視聴者としてはよーく知っている。そして岡村さんは妙にキマジメだからこそ、ハードスケジュールの中でエグザイルスマップダンスを完コピしたりして私をしびれさせたりもしてくれるし、「おじさんたちのアニキ」的な役割を自認してラジオでああいう酷い発信をしちゃったりもする。あの発言は妙にキマジメな芸人である岡村さんのキマジメさと妙さがもたらしたのではないか、「おじさんのアニキ」の自認が大きくなりすぎてバランスおかしくなってたから、止まらなかったんだろうなと思っている。残念である

この騒動の後に、4年ぶり?くらいに久しぶりに岡村ANNを聞いて、あれ?そんなんだったっけ?と驚いたのは、スポンサーだ。昔のことは覚えてないんだけど(だんだん聞かなくなってたし)、先々週の岡村謝罪回のスポンサーが、ワンカップ大関高須クリニックエイブル不動産屋)と、その他数社だった。なんていうか男性ホルモン度が高いというか…(ワンカップ大関CM女性ワンカップ大関を飲んでるストーリーだったけど、何ていうか。うーん)。あと昨日の放送ではスポンサー読み上げが無かったんじゃと思う。オールナイトパーソナリティスポンサー読み上げするのが通例だと思ってたので、まぁ番組の立て付けが矢部復活」で変わるし色々あったんかなという気もする。ACラジオCMがいくつか挟まってたから、色々調整が間に合ってないとかあったのかもしれない。

追記ブコメid:sinamon_nekoが指摘しておられるが、矢部氏がスポンサー読みしてたらしい。ごめんね聞き落としてたわ。今日は買い出しをしながら聞いてたから気を取られてたみたい。)

まぁラジオは今とにかくお金が無くて大変だからスポンサーの顔ぶれが変わるのは世の流れだろうとも思う。ANNは今あんまり聞いてなくて、たまにオードリー三四郎聞くぐらいなんだけど、どちらも、ワンカップ高須クリニックスポンサーではない。何ていうか、そういうところにも「香り」が出てきてるところなのかなぁ…と思ったりもしないでもない。別に悪いというわけじゃなくて「中年専」方面に尖ってしまってたのかもなぁ…とか。

今、増田が一番楽しみにしている深夜ラジオハライチのターンだ。

木曜夜中(増田が聞くのは金曜朝の出勤時になる)は、ANN岡村JUNKおぎやはぎという、何ていうか「臭みが強い」ラインナップで普段はどちらもほとんど聞いてないんだけど、ハライチのターンは変で好き。金曜朝は、ハライチのターンの本放送radikoタイムフリーで聞いて、そのあと後撮りのクラウドを聞いてニコニコしながら出勤している(今はリモート中で出勤してないか掃除とかしながら聞いてる)。

少し話は変わるが、三四郎ANNもたまに聞いてどちらに対しても思うんだけど、若い世代は私のような中年とは全然違う世界を生きているなぁと思う。中間地点にいるのがオードリー山ちゃんであの辺の世代分水嶺になっている感じがあるお笑い芸人ラジオ業界岡村とかおぎやは「古い世代」感を感じる。古いから悪いとは言わないが、古いなーと感じる。もっと古いはずの伊集院さんとか爆笑問題は逆に古さは感じない、喋り芸の実力の高さとか爆笑太田思索力の面白さかなぁ…分からないけど。

で、増田が今はまってるハライチのターンのラジオクラウドの、先々週回(5/7)で、岩井が「岡村さんは寅さんだ」と言ってたのが、あーそうかもね成程、と思った。

岩井いわく、寅さん映画で「なんでそんなこと言うの寅さん!」と毎回怒られてしゅんとして「寅さん結婚したら」とか言われてる、箇条書きにすると岡村さんは寅さんだ、と岩井が言えば、澤部が「岡村さんは国民からしたら寅さんみたいなところ(人気者)あるもんね」と返す。「みんなに叱ってもらって、しょうがないなーってなって、寅さんも毎回反省もしてる」、と岩井が説を〆る。まぁ1分も満たない程度のさらっとした言及おしまい

そして、そのあと10分以上は、「澤部は山田洋映画向き」という話になる。そのくだりがすごく面白くて、ハラハラと生々しい関係性が見え隠れして、少し切なくて、そしてかわいいからラジオクラウドハライチのターンを聞いてみてほしいわ。

あとブコメもたくさんついてた太田岡村話以外には、岡村謝罪回の次の月曜の馬鹿力で、ひたすら伊集院さんがやりづらそうだったのが個人的には印象的だった。確かに馬鹿力もかなりの「非モテ文脈における女子いじり」みたいな投稿ネタが多いしなぁーとか思うが、やりづらくて困り当惑し悩んでしま伊集院さんは生身ですごく良かったし、同じようにがんばろうとしてる岡村の生身も、深夜ラジオしか出会えない芸人さんたちの「生身」として愛おしいなとも思うわけです。

あと、今月末5/24日曜の深夜にシカゴマンゴ最終回やるからそれが楽しみ。アンタッチャブルホント面白いから、ばかみたいなんだよ、すごく良いんだ。

2020-05-13

オードリーたんの漢字表記「唐鳳」なんだけど、どういう事?

いまさらな話で申し訳ないけど、「鳳」を「おおとり」って読むのは日本だけの筈。

「鳳(ホウ)」は台湾では「ファン」「フォン」的にしか読めない筈。

だけど「Audrey⇒オードリー⇒おおとり⇒鳳」という偶然の一致なのはどういう事ですのん

2020-05-09

オードリー若林ほとんどの女性タレントは『お前らどうせクラスの四軍だろ』って感じで小馬鹿にしたふうに接してくる」

オードリー若林「そういう目で見てこないのは水トちゃん長谷川潤さんのたった二人だけだった」

芸能界といえども共学のクラスとほぼ同じようなノリなんだなあ。

2020-05-02

フェミ警察、他の深夜ラジオ摘発開始「オードリー若林もやめて」

ぺれちゃんママ@beniko999

オールナイト風俗ネタにして笑いをとってるのは岡村だけじゃない。オードリー若林とかも。すぐ風俗の話する。

聞いてて不快だしつまんないし差別的からやめてほしい。こんな笑いが通じる先進国、どうかしてる。

#岡村

#岡村隆史ANN

2020-05-01

ナイナイ矢部さんの公開説教を聞いてヘビーリスナーの一人が思うこと

これを書いているのはナイナイオールナイトニッポンから15年ほど聞いているラジオリスナー非モテ、30半ばの男性


岡村さんの例の風俗発言を聞いたときは「あっこれはちょっとヤバイかも?」と炎上の気配をうっすら感じるくらいで、こんな大事になるとは思わなかった程度のモラル

今週の岡村隆史のオールナイトニッポン矢部さんの公開説教を聞くと非モテ高齢男性として死にたくなる気持ちは痛いほど分かる。

結婚したら?」は結婚できない俺にもかなり刺さったし、今回の公開説教恋愛エリート非モテを追い詰める公開処刑だと感じて傷つく気持ちもよく分かる。

でも、これはやっぱりナインティナイン矢部浩之が30年以上一緒にやって来た岡村隆史に向かって言った説教から無関係リスナーが「俺も傷ついた」と騒ぐ話じゃないんだとは感じる。

ここで、矢部さんが5年半ぶりにオールナイトニッポンに出てきた事の背景を整理したい。

5年半前、矢部さんが突然(リスナーとしては本当に突然だった)オールナイトニッポン『卒業』した時、

その理由が「やりきった。燃え尽きた」というぼんやりしたもので、当時も不自然というか、『何か事情がありそうだけど穏便に済ませた』みたいな不穏な空気が確かにあった。


それが今週のラジオ暴露された事実によって腑に落ちた。

岡村さんが体調を崩して長期間休んでる間、矢部さんはゲストを呼びつつどうにか岡村さんが帰ってくるまで保たせている感じだった。

今週、矢部さん自身が「自分面白いとは思ってない」と言っていた通り、

当時のラジオリスナーとしてもやっぱり「岡村隆史の面白さ」を求めている部分が大きくて、岡村さん早く戻ってこないかなっていう空気があった。

想像になってしまうが、矢部さんは岡村さんが休んでいる間、「自分面白くない」と自覚していて、求められているのは自分じゃないと理解した上で番組を支え続けていたのかもしれない。

そうやって守ってきたラジオも、岡村さんの「全てを笑いに」の一言で済まされてしまったのだとしたら、「ありがとう」も「ごめんなさい」もなく一行のメールで済まされたら心が折れても当然だ。

そこからさらに続けるのはさすがに無理だと思う。妙に納得してしまった。

(実際には復帰後半年くらい続いたはずだけど)

そんな経緯があって、それから5年半の間、矢部さんは一度もオールナイトニッポンに出ることはなかった。

テレビ企画であったか?)

おそらく、矢部さんはもうオールナイトニッポンに出ることはないと思っていたはずで、岡村さんもコンビとしての距離感から、もう自分の庭であるラジオに出てほしいとは思っていなかっただろう。

から今週の矢部さん出演は、懐かしいか嬉しいという気持ちはなくて(むしろ嫌で)、相手に喜ばれるとも思っておらず、

本当に緊急事態からこそやって来て、それで実現したのが今週の公開説教だった。

※ちなみに、ナイナイオールナイトニッポン最終回矢部さんが「何かあったらいつでもかけつける」と言っていて、

 5年半も経って、その約束が果たされたことにちょっと感動はする。

矢部さんの説教のとくに後半、「結婚したら性格変わる」みたいな主張が強くて、そこには正直賛成出来ないけれど(結婚相手の都合は気にしないのかとか)、

自分人生経験したなかで一番自信を持ってできるアドバイス


結婚して責任を負う」


だったのなら、それはあの二人の中で話し合う正解の一つとしてはアリなんだと思う。


自分も含め、非モテ男性岡村さんに自分を重ねて、ずっと非モテキャラのままでいて欲しいって思うのは依存だ。


岡村さん自身結婚したくない訳じゃないんだから結婚できるならしたほうがいい。

矢部さんが色々な事情を越えて、長い長い付き合いの友達(元友達)に、幸せになると信じている方向に背中を押したってだけ。

もう外野がとやかく言える話じゃない。


しろそんな友達がいる岡村さんが羨ましい。


ネタはがきのコーナーで、何度も繰り返し謝る岡村さんと、その度に「かまへん」と返す矢部さんのくだりで泣きそうになった。


いい関係だなぁと思う。

実際のコンビ仲はもう友達とは言えないくら距離が開いてしまってると聞くし、

お互いプライベート干渉もしないんだろうが、それでもコンビとして自分にも迷惑がかかる立場でこんな事を言ってくれる友達がいるのは羨ましい。


自分には「本当にごめんな」に「かまへん」を繰り返しくれる友達はいないので「成功したうえに良い友だちもいるのかよ」という嫉妬もある。


ところで、オードリーANN岡村隆史のANNの両方を聞いてる人には共感してもらえると思うんだけど、

非モテが「自分もこのままでいいんだ」と安心出来る依存先としてオードリー若林岡村さんにかなり近い位置にいた。


でも若林はすんなり結婚して、その後ラジオで、

『そういう仲間意識みたいなモノを持たれても、自分最初からそういうタイプじゃないし、そんなつもりもなかった』というような事を言っていて、

依存してくる奴らをバッサリ斬って捨てた。

岡村さんがもし今回のことをきっかけに結婚して幸せになったら、

我々依存リスナーに対して若林くらいバッサリやってくれたらいいと思う。

2020-04-28

岡村さんの件感想

正直私は30代中盤で童貞風俗にも行ったこと無い感じなので

風俗がどうとか正直なんも言えんけど、個人的に聞いてて引っかかったのが

岡村さんが、コロナ仕事がなくて毎日家にいる。食事Uber Eatsで毎日松屋

みたいな事言ってたけど、いくら松屋とはいえUber Eatsで配達してもらうのは

さすがセレブだなぁと思ったり。

毎日松屋弁当って話だけなら、ANN聞いてる層も共感や同情したかもだが、

Uber Eats毎日使ってんだと思うと醒めちゃうね。

いや大御所芸人から金持ってるだろうし当たり前なんだけど、なんかね。

土曜のオードリーANNでは、若林春日奥さんが「今日Uber Eatsでいい?」って言ってるんだという嘘の設定で

春日をいじるみたいなネタにしてたりしてたし、彼らも金は持ってるけど目線庶民に近くていいなとは思う。

2020-04-27

anond:20200419071129

バゲットバケットは気にならない。ティーバッグ・ティーバック、ベッド・ベットと同じで、

国語でもdt gk等は混交するものから

でもオードリー屁プバーンはやめろ。まだ以前のヘップバーンの方がマシだし、昭和の記録はすべからくヘップバーンで、

検索するとしたらヘップバーン、なのになぜ屁プバーンと書こうとするのか。

anond:20200427015029

岡村が発端だからお笑いで言うと、お笑い第七世代では「人を弄ったり傷つける笑いってそろそろウケなくなってる」認識がある。

第七よりちょっと前のジャルジャルは人を傷つけない笑いでM-1目指したし、女芸人はナオミの出現で「デブキャラは古い」と気づき始めてるし、オードリー若林ぺこぱの「人を批判しないツッコミで笑いを取る」ことに感動してた。

まりね、古いんだよもう。若者の間ではポリコレがかっこいいんだよ。時代は変わってくよ、残念だったね、おっさん

2020-04-22

内村さまーず 個人的傑作選 ~180まで

#4『俺達、即答倶楽部!!』

#19『必ず奇跡を起こしちゃう男達』

#26『5人揃えば潰しが利く男達』

#27『有吉弘行初の単独シークレットライブ

#41『2008年夏を先取り!愛車を徹底的に洗おうぜ!!』

#82『無趣味人生を改め多趣味になりたい男達』#107『いつの間にかオイシくされちゃう男達!!』

#105『ラグビー合宿に参加したくて居ても立ってもいられない男達!』

#116『オードリーの慌てぶりを覗き見したい男達!!』

#125『僕★狩野英孝2012年を何が何でも成功に導きたい男達!』

#136『水曜どうでしょう内さまでもどうでしょう?』

#153『テレビ大事な大体の事を教えてもらいたいバイきんぐ達!!』

#169『寄ってたかってハライチ岩井面白おかしくしたい男達!!』

2020-04-12

オードリーなんか絶対一発屋だと思ったよね

お前ら見る目がないんじゃ!自分直感に反して流行ったものとか書いていけ

anond:20200412173830

オードリータンも似たようなこと言ってた気がするが、彼らはそもそも語りかける先の耳が馬じゃないことが前提だからなぁ

2020-03-02

そろそろ、

オードリータンなのか山下達郎なのかハッキリして欲しい。

2020-02-24

anond:20200224223909

南海キャンディーズオードリーリーダーどうしが組んだユニットみたい、離れて座った二人が、それぞれノーパソで無言でキーパンチして遣り取りしてたコント

2020-02-19

昔見た黄金伝説に出てた無人島の話

昔、ココリコ黄金伝説って番組だったと思うんだけど「無人島サバイバル生活」みたいな企画で、よゐこ濱口オードリー春日武井壮だったと思うんだけど、誰かが行った島で背景にぼろぼろになった巨大な船みたいなのが映ってた。絶対映ってた。

なのに番組の中で誰も触れないんだけど、あれなんだったの?

ググってもそれらしきものは出てこない。

2020-01-31

お笑い芸人世代分けを再考する

多くの人はこちらのWikipedia記事を参照していると思われる。

日本お笑い史 - Wikipedia

この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。

芸名活動開始人気が出た年代備考
横山エンタツ花菱アチャコ1930年1930年しゃべくり漫才元祖コンビとしては1934年解散するが、それから60年代までラジオ映画などで活躍アチャコ吉本看板芸人となる。
夢路いとし・喜味こいし1937年1950年代1949年ごろからラジオ番組上方演芸会』に出演して名をあげる。いとしが亡くなる2003年まで漫才を続けて「上方漫才の宝」と称される。
中田ダイマル・ラケット1941年1950年代1957年開始のテレビ番組ダイラケのびっくり捕物帖』はテレビの「上方コメディ番組元祖
ザ・ドリフターズ1956年1960年代1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』に出演したこからコントを中心とするようになり、1969年開始のテレビ番組8時だョ!全員集合』にて大ブレイクする。
てんぷくトリオ1961年1960年代大正テレビ寄席』などへの出演で人気を博す。「トリオブーム」の中心的存在三波伸介1970年テレビ番組笑点』の司会に就任するなどしてテレビスターに。
コント55号1966年1960年代1968年開始のテレビ番組『お昼のゴールデンショー』『コント55号の世界は笑う』などで支持を得てドリフと人気を二分する。1975年以降は萩本欽一がピンで活躍する。
横山やすし・西川きよし1966年1960年代60年代後半に演芸ブームに乗って人気を獲得、80年代前半までバラエティ番組の司会などで活躍する。「漫才ブーム」では大将格となる。
B&B1972年1980年代実力は評価されつつ関西でくすぶっていたが、吉本芸人としていちはや東京進出したことで人気を得て、漫才ブームを牽引した。
ツービート1972年1980年代漫才ブームに乗って「毒舌」を武器に台頭。特にビートたけしは、1981年開始のテレビ番組オレたちひょうきん族』などへの出演からピンで大人気となった。
明石家さんま1974年1980年代70年代後半から関西で人気を獲得、東京進出してのち『オレたちひょうきん族』でブレイク。たけし・タモリと合わせて「お笑いBIG3」の一人と称される。
タモリ1976年1980年代キワモノ芸人としてマニアックな人気があったが、1982年開始のテレビ番組笑っていいとも!』の司会を務めるなどしてお茶の間の顔となる。
島田紳助松本竜介1976年1980年代漫才ブームに乗って「ツッパリ漫才」で若者の支持を得る。『ひょうきん族』にも出演して人気を博す。1985年コンビ解散して以降は、島田紳助がピンで活躍した。
とんねるず1980年1980年代お笑いスター誕生!!』に素人ながら出場して知名度を高める。ラジオ深夜番組若者からの支持を獲得する。1984年楽曲『一気!』がヒット、1988年に冠のテレビ番組みなさんのおかげです』を開始する。
ダウンタウン1982年1990年代1987年開始のテレビ番組4時ですよーだ』の司会をきっかけに関西若者から爆発的な人気を得る。80年代末に東京進出深夜番組夢で逢えたら』を経て、1991年に冠のテレビ番組ごっつええ感じ』を開始する。
ウッチャンナンチャン1985年1990年代結成当初に『お笑いスター誕生!!』に出場している。1988年開始の深夜番組夢で逢えたら』で知名度を上げ、1990年に冠のテレビ番組『誰かがやらねば!』『やるならやらねば!』を開始する。
爆笑問題1988年2000年代1994年開始のテレビ番組タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。90年代後半から深夜帯を中心に冠番組が増えはじめ、2000年ごろからゴールデンでもレギュラー番組をいくつも抱えるようになる。
雨上がり決死隊1989年2000年代1991年に結成されたアイドル芸人ユニット吉本印天然素材」のリーダー格。2000年開始のテレビ番組ワンナイR&R』や2003年開始の冠番組アメトーーク!』などで人気を博した。
さまぁ〜ず1989年2000年代90年代前半に「バカルディ」名義でいちど人気が出たが、2000年ごろに「さまぁ〜ず」に改名して再ブレイク、多数の冠番組を抱えるようになる。
ナインティナイン1990年1990年代吉本印天然素材」出身1994年開始のテレビ番組ぐるぐるナインティナイン』、1996年開始の『めちゃ×2イケてるッ!』など、早くから冠番組を持ってブレイクする。
くりぃむしちゅー1991年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』にて「海砂利水魚」名義で人気を博す。2003年ごろから再び人気が出はじめ、2000年代後半には多数のレギュラー番組を抱えるようになる。
ロンドンブーツ1号2号1993年1990年代ダウンタウンナイナイに続く、若者人気の高いコンビとして早くからプッシュされ、90年代後半から『ぷらちなロンドンブーツ』『ロンドンハーツ』など多数の冠番組を持つようになる。
ネプチューン1993年2000年代タモリのSuperボキャブラ天国』で人気を博す。1999年開始のテレビ番組『力の限りゴーゴゴー!!』で司会に抜擢されるなどしてブレイク2000年代には多くのレギュラー番組を抱えるようになる。
バナナマン1993年2010年代あえて『ボキャブラ』への出演をせず、ライブ中心に活動したことで売り出しが遅れたものの、2000年代半ばから徐々にテレビに出演しはじめ、2012年ごろから冠番組が急増してブレイクした。
有吉弘行1994年2000年代『進め!電波少年』の企画1996年に「猿岩石」としてブレイクするもまもなく停滞。2004年からピン芸人として活動を始め、2007年ごろから毒舌ネタ再ブレイク
タカアンドトシ1994年2000年代札幌で結成されたコンビで、2002年東京進出2005年ごろから笑いの金メダル』などで披露した「欧米か!」というツッコミ流行り、2000年代後半には複数冠番組を持つようになる。
ブラックマヨネーズ1998年2000年代2005年M-1グランプリで優勝する。2006年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
チュートリアル1998年2000年代2006年M-1グランプリで優勝する。2007年東京進出し、2010年ごろから冠番組を持ちはじめる。
サンドウィッチマン1998年2000年代2007年M-1グランプリで敗者復活から優勝する。2010年代後半からレギュラー番組が増加し、2018年芸人好感度ランキングトップに立った。
オードリー2000年2000年代2008年M-1グランプリで敗者復活から2位となりブレイク
オリエンタルラジオ2003年2000年代結成してすぐの2005年ごろに「武勇伝ネタブレイクし、まもなく冠番組を含むレギュラー番組を持つことになった。
霜降り明星2013年2010年代2018年M-1グランプリで優勝する。

まず画期としては1953年テレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこいダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。

次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語漫談漫才コントコミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフ萩本欽一コント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。

続いて、1980年放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし明石家さんま山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。

その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成出身の若手が、小劇場ライブで腕を磨き、夕方番組深夜番組きっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴であるとんねるずダウンタウンウッチャンナンチャンがこの世代代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。

次に来るのが「ボキャブラ世代である1992年から1999年まで続いた『タモリボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人ネタ見せ番組に移行。この番組登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題くりぃむしちゅーネプチューンあたりが代表格となる。

2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組スタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人レベル底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年M-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算番組が増加した。(2010年までの)M-1ブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。

2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代バラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか2020年現在芸人の主戦場YouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。

2020-01-08

オードリー若林さんへ

ナナメの夕暮れ/若林正恭 を読むと幸せ気持ちになる。

人に優しくなれる気がする。

すっごい遠いけど、若林さんへの道は繋がっているような気がする。

嫌いなもの嫌いで理解するだけ。

共存するってこういうことかなって思える。

2020-01-01

スプリームスとかヘプバーンとか

最近Wikipediaとかで従来かな表記を変えるのって流行なのか?

オードリーは、日本語表記だとヘップバーンだし、ダイアナロスの居たのはシュープリームスだと思うんだが。

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