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はてなキーワード: 執筆者とは

2021-04-14

女性ホームレス、どっちが弱者か?

炎上中のnote記事

女性というマイノリティと、

ホームレス男性というマイノリティ対立

フェミニズム理論では、男性はすべて下駄を履いており、特権を持っている。

ホームレス男性という特権階級に、女性というマイノリティ弱者対峙したという内容のnote

なぜ執筆者女性批判されているのかが理解できない。

あらゆる状況においても、女性男性より強者になることは有り得ない。

それがフェミニズム

2021-04-07

anond:20210407024501

俺もヘビーなゲーマーだけどちゃん執筆者A(自己紹介ページこちら)とかあるページは文責が明らかで情報も有志より早くてまとまってる

おかしいとおもうところがあったらコメントにいれたら「ご指摘ありがとうございます」っつってすぐ調べて正しく書き直したりしてくれる

有志wikiしかたよりにならないって相当古いかマイナーゲームだとおもう

anond:20210407051433

まともに更新されてないんじゃなくて、メイン執筆者更新期間が終わっただけだよね

世の中の人元増田みたいに毎日永遠に時間をつぎ込めるわけじゃないんだよ

これは企業主導型じゃないふつう攻略wikiにも同じことがいえるよ

どこそこが更新されてないとか古くて間違ってたとかって文句言う奴が定期的に出るんだが、お前が書けよ

2021-04-02

Vと炎上腐女子著作権と私

とあるVがBL同人誌タイトルを9割がた読み上げてしまたことによる炎上について。

それ自体については正直どちらにも悪意がなかった不幸な事故であるという見解なのだけど、あまりにも外野vs外野状態が続いていて、見ていてなんだか思う所もあったので文章にしておく。

私自身は男性向けも女性向けも見る、時には執筆者側(女性向け・男性向け問わず)にも回るいちオタク。(Vも見る)

腐女子ローカルルールというのもおおよそ理解しているし、だからこそ「タイトル読み上げちゃったのはまずいよなぁ」って最初は思った。

でもそれって、よくよく考えたら腐女子ローカルルールであって、外の世界の人にわかるはずないよねっていう。だからこんな争いがおこる。

もう、腐女子の「ローカルルール」というのはやめた方が良いと思う。

はっきり言って、現実に即していない。もう、「ローカル」が「ローカル」ではなくなっている。

同人認知度も10年前とは全然違う。企業側が二次創作/動画配信に関するガイドラインを出したり、2次創作者が公式ゲストイラストレーターとして参加したり、このような認知度の状態で「私たちは隠れている存在なんです」というのは正直無理がある。

あくまで推測なのだけど、女性ルールを守る真面目な方が多い。このローカルルールってそれがめちゃくちゃ裏目に出てる案件だと思うんですよね。腐女子として界隈に入ろうとすると、先輩の腐女子からルールを教え込まれる。真面目な女性は、それをちゃんと守って、また後輩の腐女子にはそれを伝えていくし、守ってない腐女子がいたら「ルールは守って」と言ってしま・・・でも、そもそもルールが変わろうとしている中で、それが裏目に出ている。という印象です)

あとBL不快に思う人が多いから、というのもも時代が変わっている。

もちろんゾーニング必要だけど、それは垂れ幕1枚あればもう十分なんです。

過剰に隠れる(振りをする)のはもうやめて、これからは堂々と活動していくためのことを考えた方がいいと思うんですよね。

(念のため、エロコンテンツ捏造カップリングなんかを堂々とおっぴろげにしていいって言ってるのではないです)

そして、多くの著作側の方々にお願いしたいのは、2次創作ガイドラインを出していただくこと。

これに関してまだまだ多くの腐女子が「藪蛇をつつくようなことはやめろ」と思っているのかもしれませんが、それでだめだといわれたらダメですよ。普通に

かに一定ジャンル数、活動できなくなる方々はいると思います。私だってその可能性は十分あります

でも、時代が変わればできなくなることもあるし、またできるようになることもあるはずです。

少なくともいち同人作家として、訴訟におびえながら活動するのは、私はイヤです。

そして、著作側が本当は嫌がってるのに、2次創作をするのも本意ではありません。著作側が嫌だというならそのジャンル活動スッパリ辞めます

どーーーーしても2次創作がしたいジャンルなら、それこそ個人サイト作成し、パスワード型にして、信頼できる人にだけパスワードを教えます

公式ガイドライン作成することは、少なくとも同人作家側においてメリットの方が大きいはずなのに、なぜ藪蛇扱いになっているのがよくわかりません。

「これまではそれでうまくいっていたんだ」というのは、日本人特有事なかれ主義ってやつです。時代が変わっていて、今までローカルだったものローカルではなくなっているのだから、これまで通りうまくいくんだと思うのはあまりにも楽観的すぎるのではないでしょうか。

実際に今回のVの案件海外も含めとてつもなくたくさんの人に認知されてしまったわけです。

ネット社会で、ネット上に作品を上げている以上、界隈外の人に見られてしま可能性がどんどん上がっているんですよ。

そしてその人たちは界隈特有ローカルルールなんてわかるわけありません。

anond:20210401183840

どこにでも出て来すぎて何が悪い。誰も「わきまえる」必要なんてない。

批判されたくなければ? 批判されたくないなんて言ってる人いないぞ。

あなたこそ短絡的に判断せずせめて解説記事くらい読んでから判断しなさい。

増田にいいブログがあった。note記事執筆者本人が転載してるやつ。

2021-03-31

雑誌映画秘宝』の記憶(33)

【「これはキャンセルカルチャーなのか?」について】

 鷲と獅子合成獣の人に、まとめの手間を取らせてしまって申し訳ありませんが、まだまだ投稿は終えられそうにありません。

 これまで私がはてな匿名ダイアリー投稿した一連の文章において、過去町山智浩高橋ヨシキらが残した「差別的/セクハラ的な言動」を批判していることに対して、他のhatenaユーザーの方からキャンセルカルチャー典型である」と見なす声を頂戴しました。

 そこで今回の投稿では、これについて返答したいと思います

 結論から先に言いますが、私自身は「これはキャンセルカルチャーではない」と考えています

 そのように答える訳を、以下で述べます

 端的に言えば、町山智浩らが自分たち思想/意見/姿勢の「変化」―――或いは、もしも変化していないのであれば「変化していないこと」―――について、明確に自分の口/筆を用いて『説明』をすれば済むだけの話です。何故ならば、町山智浩らは「言論人」なのですから

 仮に町山智浩らが説明をするとすれば、様々な選択肢があり得ます。「元々の自分たち差別的人間である。したがって、これからも変わらず自分たちは、差別発言セクハラも続けていくつもりだ。文句あるか」、「著作物に記録された自分たち過去言動は、差別セクハラにはあたらない。したがって批判を受ける謂れは無い」、「過去自分たち著作には、明らかな差別発言セクハラも含まれる。けれども、それを補って余りある価値が、これらの著作物には有る。その価値とは斯く斯く然々のものである」、「昔の自分たちは、確かに差別的だった。けれども、いついつ頃、斯く斯く然々の経緯があって、反省して自分を改めた。同じ過ちを繰り返さないように、斯く斯く然々のことに気をつける。また、当時の発言で傷つけた人たちに対しても、斯く斯く然々と謝罪する」等々。

 どのような説明を採択するのか、それとも説明放棄して頬被りを決め込むのか、それは町山智浩高橋ヨシキ自身選択であって、それによって他者から納得を得られるのか、新たな批判を招くのか、それも彼らの責任と言えるでしょう。

 現代の我々が入手・閲覧することができるような、過去の何者かによって執筆された様々な書籍出版物の中には、執筆された時代社会的趨勢の影響から逃れ得ず―――したがって、不可避的に―――、今日の我々の目から見れば「差別的表現」と捉えられかねない箇所を含むものが少なからず有ります。それらの書籍出版物が、そういった部分を含むのにも関わらず、何らかの現代的な価値を見出されて現在出版継続されているのは何故でしょうか?

 それは、これらの書籍出版物が、現代人の目や考えに基づく批判プロセスから『逃げずに』それを引き受けると云う洗礼を経ているからです。決して、現代である我々が「批判の手を控えている」から、これらの出版継続されているという訳ではありません。

 もちろん、執筆者が既に故人となってしまって本人が執筆意図などを説明することが叶わない、つまり『逃げようが無い』と云う書籍出版物存在します。しかし、それらについても結局は、執筆者が込めた意図を見抜いたり、或いは、執筆自身執筆の時点では思いも寄らなかった現代的な意義を見出したりする人間たちが存在し、これらの人間執筆者の代理人となって書籍出版物価値や意義の「説明」を行うことで、やはり批判プロセスを経ているのです。

 これに引き換え、町山智浩高橋ヨシキらは存命なのですから自分たち著作物の意義や価値について「説明」することは、弁明の機会も与えてもらえない故人となった執筆者に比べれば、遥かに容易であり、恵まれ境遇にあると言っても過言ではないと私は考えます

 であるならば、はてな匿名ダイアリーに私が投稿することを「キャンセルカルチャーだ」と評して喰い止めようとするよりも、むしろ町山智浩らに対して「沈黙を止めよ。批判から逃げずに説明せよ」と言うべきなのです。

 それとも、私の投稿を止めようと試みる人たちは「町山智浩高橋ヨシキには『説明』の能力が無いのだから批判するのはカワイソウだ」とでも言いたいのでしょうか?しかし、それでは余りにも町山智浩高橋ヨシキらを馬鹿にし過ぎではありませんか?

 なお、2020年出版された高橋ヨシキてらさわホークの共著には「Me Too運動による『過去の悪行』を追求する動きに『行き過ぎ』は無い」「臭いものに蓋をするのは良くない」「被害者しぐさをするのは良くない」と云う主旨の、素晴らしい言葉が記してあります。皆さんも買って読んでみて下さい。

 高橋ヨシキてらさわホークには、是非とも言行一致を求めたいものです。くれぐれも「世間の厳しいバッシングに曝される、カワイソウなオレたち」などといった『被害者しぐさ』に逃げるのだけは、絶対に止めて欲しいものです。

 もしも、言論人としての矜持も持たず、自力での説明も無しで、なし崩し的に「暴言セクハラ差別を行うのが大好きな人間」から社会不正義や不公正と戦う正義人間」へと変節することを、町山智浩高橋ヨシキらが画策するのであれば、これを座視するべきではないと私は考えます

 喩えて言えば、ナチス戦犯たちが、戦時中の罪を償わないまま、顔や名前を変えて戦後の追求を逃れて名士に成り上がろうとしているのに似ています

 また、元・女性パートナー発言奈良さんが被害者となったパワハラ事件などを見れば「かなり昔の話」ではなく「比較最近現在の話」として、彼らは女性立場が弱い人間に対して威圧的な態度を取り、抑圧者となっている疑惑も有ります

 これを喩えて言えば、カトリック司祭説教壇の上で立派な説教をしながら、裏では平信徒女性児童に対して性的強要搾取をしているのに似ています

 貴方ならば、それを黙って見逃しますか?

 過去の行いにしても最近の話にしてもそれらを「反省」して「償う」と云うプロセスを経ずして、町山智浩高橋ヨシキらが「良い人」を偽装することを、見逃したり許したりするつもりは私には有りません。

 結論を言えば、私の行動は「キャンセルカルチャー」ではなく「発掘」なのであって、あまり人に知られずに埋もれていた町山智浩高橋ヨシキらの蛮行を「表から消し去る」ことではなく「世間に知らしめて人々の記憶と記録に残す」ことが目的なのです。

 これで「私の投稿は、キャンセルカルチャーではない」ということを理解していただければ幸いです。ただし、評価については読まれた方にお任せします。

 この投稿は、以上です。アーメン

2021-03-18

雑誌映画秘宝』の記憶(13)

前々回の投稿(11)で言及した『映画秘宝』内部で起きていた「業務の『私物化』」について、引き続き今回も述べようと思います

ムック形式が好評だったこともあり、90年代の終わりに雑誌化・大型化を見事に果たした『映画秘宝』は、傍目には順風満帆に見えました。しかし、初期の同誌を読んでいた方々ならばご存知のとおり、若者購読者を想定した誌面作りとはお世辞にも言えませんでした。初期の『映画秘宝』がそのターゲットにしていた購読者とは「子供時代70年代映画館テレビで観た映画についての記憶を、編集者ライター陣と共有する大人」だった訳ですが、当時そんな条件を満たしていた人たちは、私も含めて既に「立派なオジサン・オバサン、若しくはその仲間入りも間近な人たち」でした。そのままで購読者高齢化によって、ジリ貧に追い込まれるであろうことは明らかでした。

したがって、雑誌映画秘宝』が将来的にもビジネス継続して生き延びるためには、長期的な戦略として「より広範で多様な読者層を開拓すること。それも、特に若者層』と『女性層』を購読者として積極的に取り込むこと」を選択するべきでした。しかし、こんな事を今さら書いても、後の祭りです。

承知のとおり、それとは正反対戦略を『映画秘宝』は選択しました。いや、何らかの戦略選択したと言うよりも、むしろ「長期的な戦略など、当時の『映画秘宝編集者ライター陣は露ほども真剣に考えてはいなかった」と言う方が正確かもしれません。

覚えている方もいるかもしれませんが、高橋ヨシキが『映画秘宝』の表紙デザインとして、邦画から引用した「裸の女性が荒縄で緊縛されて馬に跨がる残酷エロ画像」をコラージュして仕上げたことがありました。この表紙について、町山智浩は「この表紙じゃあ女性が手に取り辛い(=買い辛い)」とボヤいていました(※注)。雑誌の「顔」である表紙がこんな状態だったぐらいですから高橋ヨシキの頭に「女性購読者を獲得すること」など微塵も無かったことは明らかです。

既に述べたとおり『映画秘宝』は「女子供から映画を取り戻せ!」をスローガンにしていた訳ですから、むしろいか女性が手に取り辛い(=買い辛い)デザインにするか」について考えた上で、高橋ヨシキ意図的かつ積極的に「女性が嫌がりそうなデザイン」に仕上げたのだと考えるのが妥当です。きっと、このような表紙を作っていた時の高橋ヨシキは「オレたち男だけの輪を乱すような奴(=女性)は、お呼びでないから帰った!帰った!」「この表紙デザインを見たら、きっと町山さんも喜ぶだろうなあ!」と云う気持ちを込めていたことでしょう。(※注:ところで、町山智浩も本気でボヤいていたのではないのだろうと私は思いますが、そう思う理由については別のところで述べます。)

近年は真魚八重子などの女性執筆者が『映画秘宝』に登場する機会が増えてはいましたが、それで町山智浩高橋ヨシキの芸風が改まったようにはとても見えず、むしろ却って「これでもオーケーなんだ!こんな芸風でも女は許容してくれるんだ!」と彼らの勘違い助長したと云う可能性すら有ると私には思えます。仮にそうだったとしたら、真魚八重子の頑張りが報われていなかったことになって、非常に気の毒な話ですが。

また、これも既に過去投稿でも述べたことですが、比較的早い段階から映画秘宝』は、ごく少数の寄稿者(例:山本弘)を除けば「アニメファン蔑視・敵視・嘲笑する」と云う態度を明確に打ち出していました。この「アニメ叩き」の姿勢は同誌において長く一貫していたと言ってもよく、恫喝DM事件が発覚する直前にも「『鬼滅の刃』は絶対に観ない!」と、訊かれもしないのに自分たちの方からアピールに励んでいました。

もちろん、思想信条自由に照らして考えれば、編集者ライター個々人が「何か」を嫌うこと自体は許されるべきです。だから対象が「萌えアニメファン」だろうと「女性」だろうと何であろうと、高橋ヨシキらが個人的に何かを嫌うことは自由範疇あると言えるでしょう。極端な話、内心だけに留めて現実世界で実行に移しさえしないのであれば、性的マイノリティ/人種民族etc.に対するネガティブ気持ちを持っていても許されるでしょう。

しかし、その上で問いますが、当時の編集者ライター陣がわざわざ誌面を使ってまで「女嫌い」や「萌えアニメ嫌い」を盛んにアピールしたり、ゲイを繰り返し「ホモ」呼ばわりして嘲笑し続けて、雑誌映画秘宝』を売ると云うビジネス全体にとって、何か良い成果を招いたでしょうか?結果的には、女性萌えアニメファン性的マイノリティはもちろんのこと、それらに該当しない人たちにすらも「何だか映画秘宝』は排他的雰囲気があって嫌だなあ。近づくのは止めておこうか」と思われ、遠ざけられただけに終わったように私には見えます

そうして「未来購読者」に成っていたかもしれない人たちも見す見す逃してしまって、長期的に見れば大きな損をしたのではないですか?もしも、編集者ライター陣の個人的な好みに拘ったことによって、ビジネス未来が失われたのだとしたならば、それについての責任を彼らはどう取るつもりなのでしょうか?

当時の『映画秘宝』の萌えアニメ叩きムーブに関しては、こんな出来事もありました。ある時、俳優加藤雅也に対するインタビューを行った際、わざわざ「最近若い奴らは、萌えアニメなんかにウツツを抜かしているんですよ!」と御注進に及んだのです。もちろん、そのインタビュー記事の中では、それに対する加藤雅也の「『萌え』ねえ…」というリアクション言葉を「例の見慣れた太いゴシック文字」で強調することも忘れませんでした。つまり当時の『映画秘宝』は「あの加藤雅也サンも、萌えアニメなんか好きな奴のことは見下して馬鹿にしているんだゾ!読者の皆も後に続け!」と、虎の威を借る狐のスタイル萌えアニメファン嘲笑することに勤しんでいたのでした。それにしても、何の脈絡も無く突然「萌えアニメが云々」とか言い出したので、インタビューを受けていた加藤雅也も反応に困ったのではないでしょうか。加藤雅也についての面白い/興味深い話を読みたい読者の立場からすれば「何でインタビュアーがいきなり『オレは萌えアニメが嫌いだ!』と自己主張を始めるんだよ。お前は主役じゃねえだろ。お前の自己満足にスペースを割くぐらいなら、もっと加藤雅也言葉を載せろよ」と云う感想を抱くしかありませんでした。きっと、このインタビュアー脳裏には、読者の存在及び読者のニーズなどは思い浮かびもしなかったことでしょう。

上で述べたような行動に熱中していた『映画秘宝編集者ライターたちは、ただ単純に「『自分たち欲求』が充たされて気持ちが良かった」のだろうと思います。もちろん自分欲求を充たしたいと思うことは人間として当然ですし、仕事を通じて欲求を充たすことが出来れば、こんなに幸せなこともないでしょう。しかし、それをするならば良識と限度が必要不可欠です。わざわざ無駄に敵を増やし、未来購読者を失ってまで「自分たち欲求を充たすこと」を優先したことは、仕事(ビジネス)として必要なこと、正しいことですか?

ひょっとしたら「眼の前の『利益』を捨ててまで『信念』(=嫌いな奴らを大っぴらに嘲笑すること)を貫くことが出来るから、オレたち(=『映画秘宝』)はスゴいんだ!」と、『映画秘宝切り株派は自分達に酔っていたのかも知れません。しかし、それは別にスゴいことではありません。

洋泉社としては、雑誌映画秘宝』の刊行を「遊び」や「無償ボランティア」として、ではなく「まっとうなビジネス業務」として行っていた訳です。それには先ず雑誌が売れること、それも短期的にだけではなく長期的に売れることが先決であり、その為には更に、購読者を増やすことが何よりも重要でした。したがって、これらの重要事項こそが『映画秘宝製作チームに対して洋泉社が何よりも先に求めたことだったはずです。「何よりも先に」です。

それなのに、購読者を増やさず、と言うよりも増やす為の努力を端から放棄して、逆に無駄に敵を増やすことにだけはキッチリ勤しんでいた訳ですから洋泉社にとって『映画秘宝』の編集者ライター陣は、さぞかし頭痛の種というか獅子身中の虫というか、実に困った存在だったと推察されます

こういった「まっとうなビジネスであれば求められて当然の事柄」には応えようとせず、何よりも先ず「自分たち欲求を充たすこと」を優先して仕事に臨む、これこそが私の言う「業務の『私物化』」なのです。

この文章を読んでいる方は、試しに想像してみて下さい。もしも貴方が何処かの会社などに勤務していて、社員一丸で協力して赤字解消や顧客開拓などに努めねばならない時に、赤字を垂れ流したり顧客どころか敵を増やす行動にばかり勤しむ同僚が社内にいたとしたら、しかも、それに勤しむ理由が「自分気持ちいから」とか「これをやると○○センパイが喜ぶから」とかだったら「テメエの『趣味』の為に業務を『私物化』するんじゃねえよ!」と言いたくはなりませんか?単に「職業人」としてだけではなく「社会人」としても失格でしょう。

このように『映画秘宝』の行動は、とても「長期的な利益を考えている」とは思えないようなものばかりでした。岩田和明による恫喝DM事件を見れば分かりますが、ごく最近の『映画秘宝』内部でも「長期的な利益を考えず、自分気持ち良くなることを優先する」と云う風潮が継続していたことは明らかです。更に、岩田和明が退職するからと云う理由だけで、のんさんの連載を打ち切って雑誌の「売り」を無くすように仕向けたことも、これまた雑誌全体のことを考えない「自己中心的な行動」でしょう。

仕事に関して「長期的な利益」について考えると云うことは「自分よりも若い世代に残す未来」について考えること、つまり責任感の伴う態度」です。これに対して「業務の『私物化』」とは、仕事に臨むに当たって「今」の「自分」のことしか考えないこと、つまり無責任な態度」です。

映画秘宝』は、彼らが「精神年齢の幼稚な奴ら」と見なして嘲笑していたアニメオタクや「馬鹿宣伝に騙されて底抜け大作を観に行く奴ら」と侮蔑していた女性と、彼ら自身とを勝手に比べて「自分たち(=『映画秘宝』の編集者ライター)はアイツらと違って『大人の男』なんだ!」と周りに向けて盛んにアピールし続けてきました。しかし、果たして彼ら自身は本当に「大人」と呼ばれるに値する人間だったでしょうか?

雑誌未来」よりも「自分たち欲求」を優先し続けてきたことを、中心メンバーによる「業務の『私物化』」と呼ばずして何と呼べば良いのでしょうか?「身体大人頭脳はコドモの幼稚な遊び」でしょうか?

高橋ヨシキら「切り株派」が居なくなった2号目にあたる『映画秘宝』に、アニメ作品の特集記事掲載されることが予告されました。この「居なくなった途端に」と言っても良い動きを見るに、おそらく「切り株派」が彼らの一存で他の派閥編集者ライターに対して「『映画秘宝』でアニメ作品を扱うなよ!」と有形無形の圧力を掛けていたことは、想像に難くありません。そのような圧力存在したとしたら、一部の人間の一存で企業努力可能性を封じられていたことになるのですから、これもまた「業務の『私物化』」です。

「今」の「自分(たち)」のことしか考えない「無責任な体質」なのだから、年下の女性に対して恫喝DM攻撃を行ったり、自分たちよりも年下のフリー女性編集者に対してパワハラを行ったりするのも、何ら不思議ではありません。告発を受けるまで、何一つ疑問に思わなかったのは「本当」でしょう。何しろ彼らの頭に有るのは「自分(たち)のこと」だけなのですから

奈良さんがパワハラ告発した後に柳下毅一郎が出した、あの謝罪文としての体を成していない文を読んだ時も「ヨシキくんが報われて欲しい」とか、被害者を置き去りにしたことを書いていて「本当にどこまでも『自分(たち)のこと』だけに終始するんだな」と私は思いました。東大を出たぐらいだから間違いなく柳下毅一郎は頭が良いはずなのに、被害者を含めた「他者存在」に対して満足に想像力を働かせることも出来ず、謝罪文一つまともに書けないとは流石に想像できませんでした。子供か。

映画秘宝』の中心メンバーとも呼んでもいい人間たちが「業務の『私物化』」をし続けても恥じなかったのは、彼らの根底に有る「ボンクラと云う『甘え』」の精神だと私は思います

しかし、長くなったので、一先ず今回はここまでにします。

2021-03-05

雑誌映画秘宝』の記憶(2)

映画秘宝』が特に美少女キャラクターの登場する漫画アニメ作品を敵視して、熱心にバッシングするようになったのは、ムック形式から大判化してからだと記憶しています

特にデザイナー読者投稿担当者高橋ヨシキが誌面の表に出始めて「切り株映画(※注)サイコー切り株映画世界真実を描いている!」と云う姿勢を明確に打ち出し始めた頃と、時期が重なると思います。(※注:人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るような作品ジャンルを指すとのこと。)

同じ頃、中原昌也と共著で『嫌オタク流』と云う対談本も出して、高橋ヨシキは非常に熱心に「美少女キャラクターが売りの漫画アニメコンテンツ」を叩いていました。

いったい何が、これほどまでに彼の情熱を呼び醒ましたのでしょうか?

一つ思い当たる事として、2004年イタリアヴェネツィアで開催された『ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展』において、日本館の出展物として「美少女キャラクターの小型フィギュア付きカタログ」が出されたと云う出来事が、彼にとっての大きな切っ掛けだったのではないかと私は考えています

高橋ヨシキや『映画秘宝』にとって、イタリアと云う国は「マカロニウエスタン映画ホラー映画モンド映画の国」として、特別存在だった。そんな国が、こともあろうに自分の大嫌いな美少女キャラクターコンテンツを、現代アート文脈とはいえ肯定的評価したと云う事実に耐えられなかったのではないでしょうか。

上記ヴェネツィアビエンナーレカタログに付けられたフィギュアは、メディアワークスから販売された美少女フィギュアブックレット商品週刊わたしのおにいちゃん』のフィギュア姉妹作品です。

そのため『映画秘宝』で当てつけるようにして「月刊わたしのおにいちゃん」と題するコーナーが始まりました。このコーナーそのものは数回で消えましたが、その後も「切り株映画ファンは悪いことをしないが、萌えアニメを観ているような奴らは犯罪者予備軍なので、どんどんお上通報しよう!」などと書いて、大変に盛り上がっていました。

一方、メディアワークス仕事をしている編集者が立腹してブログ批判したり、美少女キャラクターコンテンツが好きな『映画秘宝』読者から抗議・批判の投書が来たりと云う反応が起きました。

これに対して読者投稿担当者高橋ヨシキは「映画秘宝に書いてある事を真剣に受け止めて、本気になって怒る人はバカなんじゃないですか?アーメン」といった感じで威勢の良い回答をしておりました。流石は俺たちの高橋ヨシキ兄さん!格好良い!…と拍手喝采をしたくなるところですが、年季の入った『映画秘宝』読者たちは心の中でツッコミを入れました。

「それ、リリー・フランキーと某女性芸能人にも、同じ事を言えば良かったんじゃないですか?」と。

リリー・フランキーといえば、今でこそ「映画ドラマで頻繁に見かける売れっ子俳優」と云う感じですが、嘗ての彼は『映画秘宝』の常連寄稿者だった事を、若い人はもしかすると知らないかもしれませんね。

ある時、リリー・フランキーが某女性芸能人と熱愛と云う内容の記事週刊誌に載りました。これをネタに『映画秘宝』はリリー・フランキーが書くコラム欄の執筆者紹介文で次のように記してふざけました。「某女性芸能人(※実際は実名記載)とヤッてるんだから大丈夫!」と。

次の号で『映画秘宝』は「前号で事実とは異なる事を本誌に掲載しました。お詫びして訂正します」との謝罪文掲載。その後、リリー・フランキー寄稿者として同誌に登場する事はありませんでした。

さて、リリー・フランキーが怖かったのか、某女性芸能人が怖かったのか、何れの理由であったのかは今となっては定かでありませんが、唯一つだけ確かな事は、この頃には既に「『映画秘宝』は何となく弱そうな相手を選んでヤンチャな感じに振る舞うが、相手が怖いと判明すると速攻で尻尾を巻く」と云う行動パターンが完成していたと云う事です。

上記中原昌也高橋ヨシキの共著『嫌オタク流』の中で「萌えコンテンツは幼稚な性欲を満たす為のポルノ」と吹き上がっていましたが、吉田豪による町山智浩へのインタビューで発覚した「町山智浩高橋ヨシキによる女性尊厳を踏みにじる行動」を知った元『映画秘宝』読者としては「実際のところ『幼稚な性欲』を満たす為に『低俗な振る舞い』を実行していた人間は誰だったのか?」と嫌味の一つも言いたくなります。そういえば一時期の中原昌也は「石原慎太郎を●す為に筆を取る」というような趣旨発言をしていましたが、身近にいる町山智浩高橋ヨシキの振る舞いには特に何も思わなかったようですね。女性尊厳を歯牙にもかけず踏みにじり「近頃の若いモンは軟弱なコンテンツウツツを抜かしてケシカラン!」と説教を垂れたがるなんて、実に自民党的な昭和時代保守オヤジ典型的な行動事例だと思うのですが、もしかして中原昌也の目は節穴だったんでしょうか?

さて、元ミュージシャン性犯罪実刑判決を受けて刑務所に服役した男が、出所後に女性に近づく手段として「フェミニズム運動」に接近していたと云う話が最近ありました。近年の町山智浩らが熱心にポリコレ的な言動萌えコンテンツ叩きに勤しんでいた理由根底にも、この元ミュージシャンの男と似たような考えがあったのかもしれませんね。

気が向いたら、また書きますね。

アーメン

2021-03-02

がん闘病ブログを読む楽しみ

がんの闘病ブログを読むのが好きなのだがおおっぴらに語りづらい趣味なのでここにその醍醐味を投下しておく。

闘病ブログに何を求めているのかといえば、自分の死についてのシミュレーション代わりに、というのが一番大きな理由になるだろう。自分もいつか死ぬわけで、その時にどのような考えを抱くのか。どのような苦しみを抱くのか。それを、他者の闘病経験を通じてシミュレーションしたい。いろいろな闘病ブログを読み漁ってきたが、迫真の筆致で綴られる生への希望、そして死への恐怖は、こちらの胃まで痛くなってくるような切迫に満ちている。ぜったいにこうはなりたくないと思う。

いくつも読み漁っていくうちに、そこに明らかに自分エンターテイメント性、おもしろさを感じているし、それを求めていることに気づくようになる。たとえば、50代とか60代の、いってしまえば死ぬことに何の不思議もない年代人間死ぬ闘病記よりも、20代や30代や40代といった働き盛りの自分ががんになって死ぬなんて考えたこともないような人間の闘病記の方が、やはりおもしろい。その年代の人々には子供家族がいるケースも多く、なぜ自分が、という絶望が、深く刻み込まれている。絶望は深ければ深いほどおもしろい。子供がおさなく、自分が死んだあとこの子は、家族はどうしたらいいのかという苦悩が書き込まれていると心が踊る。

それどころか、いつしか闘病記を読む時に、死んで終わってくれと願うようになった。自分の死のシミュレーションとして読んでいるので、生き残ってしまわれたら困るのだ。闘病記は、だんだん執筆者がまともに文章を残せなくなり、最後家族がその死を報告して終わるべきだろう。そう思うようになった。何十もの闘病ブログを読んできて、治って元気になってしまった時ほどガッカリすることはない。死んでこの暗い欲望を満たしてくれ、それもできれば、少しでも生きようという希望と、死に対する恐怖を細かく書き込みながら、と願ってしまう。

こういう欲望を持ちながら闘病記を読んでいる人は数多くいるだろう。口では奇跡祈りますとかなんとかいいながら、心の底では死を願っている。これまでもたくさん楽しませてもらったので、せめて、自分余命宣告レベルのがんになった時は、できるだけ自分理想とする闘病ブログを書き上げてしんでみせようと思う。

2021-02-18

スキマ時間はてブから抜け出したい

数十秒~3分程度の時間を見つけては、はてブを開いてタブロイド的な記事増田を覗いてしまう。

いたずらに興味関心を煽られるだけで、あとに残るものほとんどなかったりする。(1%ぐらいの掘り出し物はあるが)

そろそろ素人放言ばかりに食いつく悪癖から卒業したい。

求めるのは以下5点。

こんなワガママ要望に応えてくれるポータルサイトがあればなあ。

NHK視点・論点が一番イメージに近い

https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/

2021-02-14

反応が欲しいnmmn文字書きへの苦言

表題にあることがすべてではあるけど、どこにも吐き出すところがなくてもやもやしていたのでここに書きます

自分自身はずっと長いこと文字書きをしていたけどいろいろあって今はほぼ見る専(個人的に書いたりはするけどどこにも公開してない)。

まあそんな私がこんなところにわざわざ出張ってきてなにを物申したいのか。

ちょっと前に、詳細はぼかすけれどちょっとあって、nmmn界隈がざわついたことがありました。

好きだった執筆者の方々も続々作品を削除または非公開(マイピク限定)にしたりして、結構な騒ぎだったように思う。

自分自身はもう書き手をしていないので、まあそれなりに冷静に見ていたけど、その時点で書き手をしている方たちからしたらほんとに肝の冷える展開だった。

数日間にかけて普段ほとんどしないマイピク申請をしたりなんかして、早く騒ぎが収束してほしいなあと思ってました。

pixiv作品を公開されていた方の中にはプライベッターに完全移行するって方もそれなりにいて、私は今一番入り浸っていた界隈のTwitterアカウントを持っていなかったので見られなくなるのは残念ではあったけれど、nmmnジャンル特性上ほんとに仕方ないなと、静観?(という表現おかしいが)していた。

最近は鍵ぱかでnmmn過激なのを公開してる馬鹿も増えて、近頃nmmn界隈が騒ぎになることも多かったし、隠れてくれる分には大いに結構

なんせこちらはインターネット老害、それもnanoかに生息していたオタクもの最近nmmn界隈にはひやひやされせられることも多かった。

界隈が騒ぎになることを望んでいるわけではないけど、これで今一度界隈の危険性とか、ルールとか、浸透してくれたらいいと。

とはいえ所詮nmmn界隈の騒ぎなんて全書き手/読み手に浸透するもんでもないから、普通にpixiv投稿を続けてる人もいる(それを読んでる自分自分だけどこの際棚上げを許してほしい)。

ルールとか明言されてないから(だめだけど)知らない書き手公式に見つかるようなタグつけてpixiv作品をアップしちゃってんのは仕方ないと思う。

それについては気づいてもらえるように老害が促せばいい。老害はこういう時のためにいるからね。

ただし一旦pixivから消えたくせに、新しいアカウント作って戻ってきたてめーはだめだ。

例の騒ぎでpixivからプライベッターに作品を引き上げ、ここまではいい。

作品を書くことは止めないし、自分も楽しませてもらっていた側だから

更新頻度も高くて、けれど文字数も多くて、すごいなって思ってた。

ブックマーク数もいつも3桁あったし、さぞ通知も多かったと思う。

自分nmmn、非nmmnわず書き手をしていたころ、それなりに反応をいただいていたからわかる、ブックマーク通知が来ると嬉しいよね。

好きってメッセージもらうと嬉しいよね。

反応がなくても文字を書くけど、人に見えるところに公開するのは結局反応が欲しいからだよね。

本当にわかるけどそれとこれとは話が違う。

pixivで全体公開するのは公序良俗に反することに気づいたからぷらいべったーに引き上げたんじゃないの?

このジャンルが人目についちゃいけないって思ったからだよね。

なんでわかってて戻ってきたの?わざわざ同じユザネで新しいアカウント作って。

おまけに前アカウントで公開してた作品露骨タグつけて全体公開して。

なんやかんや理由つけてるけどそんなん結局反応が欲しいからだよね。

プライベッターに引き上げたら全然反応なくて萎えちゃったのかな。

私もむかーし別のジャンルでその手のサイトから検索除け、pass請求性にした個人サイトに引き上げたときにグッと反応減ったから(当たり前)、ちょっとしかったりしたけど、nmmnジャンルってそもそも見つかっちゃいけない前提みたいなもんだから反応多いほうがおかしいんだよ。

自分自尊心を満たすために、本尊のことも界隈のことも危険さらすのやめてくれ。

法で決められてるわけじゃないし明文化されてないルール跋扈する界隈にこんなこと言うの無駄かもしんないけど、マイピクの承認基準にあれこれ書いてんだからわかってるんでしょ?

晒されたくない、本尊不利益を与えたくない、でも書きたいんならせめて反応がないことを許容して。

あと矛盾したことをいうけど、戻ってくるならせめてユザネを変えるなり、前垢の作品一切出さないとかであればこんな苦言を呈さずに済んだんですけど。(とはいえ文体で気づくとは思う)

本当はこの界隈のことこうやって匿名なのをいいことに持ち出したりするのはよくないってわかってるんだけど、最近どうにも似たようなオナニー文字書きよく見かけるから物申してしまってほんとうにすまん。

まあこの記事オナニーみたいなもんだから人のこと言えないんだけどね(とは)

本人にはわかるように書いたつもりなので、うっかりこれに目を通していただけた場合、いったん考えてくれませんかね。

そしてこれを読んで一ミリでも思い当たる節がある人も。

老害インターネットの奥地に戻るので、どうかよろしくな。

で、おねロリキメセク天皇差別扇動したの?

これって差別扇動なのか?|おねロリキメセク天皇note

https://note.com/kimehito/n/n661fa7a1b3dc

私は差別扇動ではないと思う。

言い出しっぺの金髪先生ですらどういう差別説明できないんじゃないの?

 

以下はてブ非難を見ながら天皇の代わりに反論する。  

 

1.小学生レベルの言い返し

ds20200405 「誰がどう見てもジョークしか受け取りようがなく」これは無理じゃない?誰がどう見てもというのを、どうして記事執筆者がわかるのだろう。

うん、これは小学生レベルだよね。

そりゃあ、「誰がどう見ても」を「1億人に1人の例外もなく」として取るならFALSEになるだろうよ。

世の中には知的障碍者とか精神的に病んでる人とかもいる。

あのtweetASKAが読んだらどういう反応するかは我々には予想できない。

 

けどそんなとこまで責任持てって言い出したら誰も何も言えないでしょ?

マジでこのナントカ天皇にだけそういうレベル責任を問う気なの?

「誰がどう見ても」というのは

予測不能な知能や精神の持ち主ではない一般的社会構成員常識に照らして、

ぐらいの意味だろーがよ。

  

こんな小学生みたいな言い返しがトップに来る時点でまともな反論がないですってゲロってるようなもんだと思うけど。

 

 

2.「ボクが不快なのでジョークじゃない!」

俺はジョークだとは思えず、不快に感じたけどな

あのさあ。

ここで言ってる「ジョーク」か否かっつーのは

バイデン福島井戸に毒を投げ込んでるのを友達が見ました!」

事実として述べられるのか否かだよね?

 

私にはこれは事実として述べてはいないように見える。 

これを読んだ人に実話として真に受けさせようとか、真に受けることを想定したという文ではない。

内容も荒唐無稽通り越して意味不明だし、語り口も故意にいい加減で、ネットDE真実とも一線を画する。

ネットDE真実ならば「バイデンの指示で動いた米軍特殊部隊が水源にウンチャラ~」ぐらいのディテールは出すだろう)

 

俺はジョークだとは思えず、不快に感じたけどな

お前が不快に思うかどうかなんかここではどうでもいいんだよウスラボケが。

反論として成立するのは

「俺はジョークだとは思えず、バイデンならやりそうだと思ったけどな。」とかだろ。

「俺はジョークだとは思えず、日米開戦に向けて株を全部売っちゃいましたどうしてくれるんですか。」とかだろ。

 

 

もうこういうレベルで話噛み合わないバカは口開かないでほしいんだけど

これって傲慢希望なのかな?

こういうバカが話の輪に入ってくるのくっそだるくない?

  

あのね、たとえば虚構新聞あるじゃん

私はあれがデマの流布だとは思わないけどクッソつまんないし不快しょうがないわけ。

社主(笑)もあれを喜んでる低能たちもユーモアセンスが地の底なんだから口開かないでほしいチンコ噛んで死ねぐらい思ってる。

けど、あれがデマなのかジョークなのかって言われたらジョークだと思う。

 

問題の焦点になってるのはそこよ。

このなんとか天皇だって「お前の発言不快」「お前のジョークがむかつく」って言われたら受け入れるんじゃね?しらんけど。 

あのアカウント名の時点で右翼から、町山さんが勝手に釣られて自爆して以降は左翼から

お前の存在不快みたいなリプはずっともらってるだろうしさ。 

そこで「誰がどう見てもこれは爆笑ジョーク」「誰がどう見ても僕は愉快なアカウント」って抵抗したらそれは違うよ。

 

けど「差別扇動だ」と言われたので、それはさすがにおかしいつってるんだよ。

ちゃんと焦点ぐらい理解しよ?

 

「俺には不快からジョークじゃない」ってなにそれ?

お前のお気持ちなんか誰も聞いてねえよ。

  

hamatu 自分で言ってるからかると思うけど朝鮮人井戸に毒を入れた!っていうド直球差別扇動元ネタ存在を強く意識してるから普通に不快だし、規制逃れのためにやったのかと一瞬疑ったわ

2021/02/14

からな?

「お前がご不快であること」と「この発言差別扇動である」というのは全く違うことなんだ。

ナントカ天皇金髪ブタ野郎から差別扇動だ」と言われたので「それはちゃうやろ」って反論してるんだ。

「お前のジョーク不快だ」に対して反論してるんではない。

バカには難しいのかもしれないけど論点は整理してくれよ。な?

  

 

3.「いや、差別である!」

teebeeteeteebeetee 歴史的文脈から言って「井戸に毒」というミーム自体差別性が生じうる、という主張の下でなら、日本語Twitterという環境では差別的だと判断される可能性があるのではないか

2021/02/14 リンク yellow39yellow

この人は上2人の問題外のうすら馬鹿と違って話の焦点が合っている。

ナントカ天皇差別じゃない」

teebeeteeteebeetee「差別だ」

バカうんざりした後だと話が噛み合ってるだけでなんかすごいまともな人間出会ったって感じがするよね。

lastline 小女子威力業務妨害になるくらいにはネットでの情報開示には責任が伴うので、誰が見てもジョークってのは通じない。ジョークとしても関東大震災デマが背景にあるのは"明白"で差別でないと言い逃れ不可能

2021/02/14

同上。

ナントカ天皇「これは差別ではない」

lastline「差別ではないと言い逃れ不可能

気持ちいいぐらいにきちんと噛み合って対立した立場だ。

  

ただ、

差別だというなら、これは誰に対する差別なのか明言してほしいんだよね。

バイデン差別?なにそれ?

アメリカ人差別まさかなあ。

朝鮮人差別もっとまさかなあ。

 

そもそも井戸に毒」って言うのは現代においてはデマリンチ事件としてのキーワードなわけじゃん。

井戸に毒」って言われて歴史的文脈を踏まえるなら「デマ」になるわけ。

歴史無知な人だと「井戸に毒」と聞いて朝鮮人に結びつかないし、

歴史的文脈を踏まえる人には「井戸に毒」と朝鮮人は「被害者」で結びつくわけだ。

 

からバイデン井戸に毒」でまさか朝鮮人差別に値するというのはミラクル論理過ぎるんだよね。

歴史無知な人でも歴史を踏まえる人でもそうはならないんだもん。

 

 

ね。だから

差別と言うならどういう集団への差別なのか明言して?

不思議なことに誰もそこはっきり書いてないんだこれが。

 

バイデン井戸に毒を入れたのを友達が見た」がどういう集団に対する差別なのか、はっきり言って?

言えるよね? 

 

coppieee ジョーク差別は両立するので、ジョークから差別ではないとはならない

2021/02/14

この場合の「ジョーク」は「作り話なのが明らか」と言う意味だと思うけどね。

で、あなたもこれが差別だというなら同上。

どの集団に対するどんな差別なのか、それだけ言ってみてよ。 

 

 

4「社会に悪影響はある!」 

el-condor 「どう見てもジョーク」は甘え。JAnonはバイデン松屋食逃げを真に受ける連中なので「社会への悪影響」は自明。QAnon自体この種の益体もない「ジョークから始まったことは忘れないでおきたい。

それはジョークを増幅して信じる機構個人集団が悪いのであってジョークを発した人間責任を問うことはできない。

もしそんな滅茶苦茶な責任の訴求が通るならナントカ天皇に限らん、悪趣味ジョークに限らん、

twitterの中には「社会への悪影響」があふれている。

 

お前ら寒い奴がだいたい好んでるあの虚構新聞だって真に受けるやつがいから廃止しろって話になる筈だけどそういう運動するの?

(するなら邪な目的賛同して尻馬に乗っちゃうけど、しねーんだろ?)

 

大体今回最初につられたのはネトウヨJANONじゃなくてパヨクサイドの豚野郎さんじゃね?

こんなバカみたいな発言ウヨが釣れようがパヨが釣れようがそいつバカを超えた超バカってだけの話であって

発言主に責任なんかあるかいな。

  

 

5.「可能性があるから責任がないとは言えない」 

RIP-1202 構造をうまく説明できないけど、これを皮切りにバイデン大喜利、毒井戸大喜利始めるからみんなで差別しようぜ的空気入り口にはなるわなーとおもた。本邦では空気が一番凶悪武器になるわけで。

2021/02/14

難癖が段々常軌を逸してくるよな。

そんな「可能性はある」というのがナントカ天皇への批判として成り立つのか?

そもそもそうなってないんだけど、「可能性」で裁けちゃうの?

 

可能性で言ったらお前のそのゴミみたいなブコメが他のバカ脳味噌共振させて

虐殺文法が励起されて日本国大内戦と虐殺につながることだって可能性はゼロではない」んだけど

からお前をテロリストとして非難したり逮捕したりしてもいいってこと?

(まあお前みたいなつまらない奴にそういう影響力はないんだけど)

 

 

6.真人間

xorzx (私にとっては)面白くないのでジョークじゃないって考え方はどうなの?

2021/02/14

まともに日本語論理が通じる人間見ただけでホッとするコミュニティってどうなんだろうな。

はてな民てほんとに脳の血管が詰まった奴だらけなのではと思う。

  

 

7.どうでもいいけど君達がリンチしてるやつ君達の味方サイドじゃね?

lcwin このアカ名で町山さんにとどまらず、津田さんまで釣り上げるのはもはや才能とまで言うべきなのか悩む。

ツイッターも人増えすぎて荒らし自治厨通報厨だらけで煮詰まってるからclubhouse現象も出てくるわけだわ。

2021/02/14

なー。

つかこナントカ天皇ネタ揶揄の方向がだいたいウヨサイドに向いてるように見えるんだが

勝手にパヨの大物が釣れては雑魚パヨ達から攻撃されてるのなんなんだろうな。

安倍イヌ見たら~」っていうのだって安倍が叩かれた動画ネタにアホっぽい安倍支持者のパントマイムしてたんだし、

バイデン井戸に毒を」っていうのだって「誰が見てもわかる」ぐらいに右翼とかJANONとかのデマ揶揄するネタだよね?

 

なんかもうほんとに日本人の知能ヤバくなってんじゃないかと感じて背筋が寒くなる。 

党派性仕草すらまともに出来なくなってる。 

かに「誰が見てもわかる」 はもはや甘えなのかもわからんね。

 

 

ついき 「ボクちんに面白くなければジョークじゃないの!」「ボクの発言主観から説明責任なんかないの!」

ds20200405 一般ジョークって、面白く感じるものじゃないの?お前のジョーク定義って何なんだろうな?

まずさあ、この場合の「ジョーク」の定義は明確に書いてるんだよね。

デマ」か「ジョーク」か。

信じさせよう事実として広めようとしてる作り話か、作り話とわかるように語ってる作り話か。

 

ここではてめえがご不快かどうかなんか関係ねえんだよウスラボ

ってわざわざお前の同類発言を例に具体的に書いてやってんのにこれだもん。

 

バカの為に、わざわざ、くどくど、例として、

「私にとって虚構新聞はクソつまらなくて不快だけど、デマジョークかと言われたらジョークです」って書いたじゃん。

デマジョークかの判定と、ボクチンがご不快かどうかなんてことは何も関係しないよね?

なんでこれぐらいが通じないのかな?

 

まあお前ぐらいバカそうなやつはどうせ「長くて読めないけどムカつくんでちゅ!」ってお気持ちだけで

書かれてること何にも読まずにバカ丸出しのブコメを書いてるんだろうけどさ。

お前みたいなのの相手したくないんだよね本当は。だって会話になんねえじゃん。

 

で、バカに合わせたふわっとしたラインで話を合わせても

面白くないジョーク」「面白くないギャグ」って現実にも論理的にも存在するよね。

まらないのにジョークギャグを言いたがる奴なんかいくらでもいるじゃん。

お前の言うように受け手の相性や主観もあるしさ。

 

そして、差別だとか倫理だとかユーモアって、基本、主観的なものだろ。まさか全て、客観的に計量できると思ってるとか?

んな「ボクチンお気持ちが全てでちゅ!」の地平まで居直られてもなあ。

そういう自分主観100%で「こいつは差別扇動した!客観的根拠などない!」って言っちゃうなら天皇無罪バカに絡まれただけ、で話終わりなんだけど。

 

まあ大半はお前レベルバカなのかもしれないけど、

その中でもまだ頑張って日本語が読める、理論武装できるレベルのマシな方のバカに、

あのおねロリ天皇発言客観的ライン差別扇動とまでいえるならその根拠論理は何だ?って聞いてるの。

 

お前には何にも聞いてないか

「ボクが不快ならジョークじゃなくてデマなんでちゅ!」「ボクが主観的に差別扇動と感じたら差別扇動なんでちゅ!」

って喚いて喚いて喚き疲れたらクソして寝てくれよな。

2021-02-07

勝手に削除から考える文芸時評論理

 『文學界2021年3月号の新人小説月評に関して、評者の荒木優太氏が「末尾が勝手に削除された」とTwitterに訂正願いを投稿、ほどなくして『文學界公式アカウント反論ツイートをした。

 のちに荒木氏は『マガジン航』で「削除から考える文芸時評倫理」と題する文章を発表し、背景を説明した。

https://magazine-k.jp/2021/02/06/ethics-in-literary-criticism/

 まず騒動時系列を把握しよう。

 最初荒木氏の①【訂正のお願い】ツイート2月5日19時半前、②『文學界』の反論ツイートは同日9時過ぎ、その後30分と間をおかず、荒木氏は「とりあえず」との留保付きで③追加説明ツイートを行なっている。

 ④『マガジン航』への掲載は翌日である

 では「削除」に至った経緯について、両者の主張を見てみよう。と言っても、経緯の主張については対立するところはない。

 1. 問題の3行を含む原稿を『文學界』が受け取る。

 2. 『文學界』が「批評としてあまり乱暴すぎるのでもう少し丁寧に書くか、それでなければ削除してほしい旨申し入れ」る。

 3. 荒木氏が「では、末尾に『全体的におもしろくなかったです。』と付け加えてください」と伝える。

 4. 『文學界』が「改稿していただけないのであればその3行は削除します」と申し入れる。

 5. 荒木氏が「『お好きになさるとよいでしょう』、ただし『その事実SNS等で吹聴する』」と返答する。

 6. 削除された状態刊行される。

 7. 「勝手に削除された」と荒木氏がTwitterで吹聴する。

 以上である

 さて、ここからが本題である。『文學界』のツイートは一貫して、「勝手に削除された」という「認識」をめぐるものである

 先ほどの経緯を「削除」の一点に絞って書き直してみよう。

 1. (略)

 2. 『文學界』が「削除してほしい」旨申し入れる。

 3. (略)

 4. 『文學界』が「削除します」と申し入れる。

 5. 荒木氏が「お好きになさるとよいでしょう」と返答する。

 6. 「削除された」状態刊行される。

 7. (略)

 『文學界』の立場としては、まず削除してほしいと提案し、聞き入れられない(どころか批評たりえない(と彼らが判断する)改稿を提示された)ので削除を宣言し、荒木氏が認めたので実際に削除した=「勝手に削除したわけではない」、ということになる。すなわちここでの「勝手に削除する」は、A「著者に一切の了解を得ることなく不掲載とする」ことを指す。

 荒木氏の立場としては、編集部意向で、B「最終的な確認なく削除された」=「勝手に削除された」ということになる。

 つまり問題はこういうことだ。

 「勝手に削除してもよいという合意」の上で削除が行われた場合、それは「勝手に削除された」と表現できるのか?

 一見して難問だが、前件と後件の「勝手に削除」は、指しうる範囲が異なる。Aの意味は「合意」とそもそも相容れないため、前件ではBのみを指しうる。一方で後件は問いの形式なのでAとB両方指しうる。しか命題「〜場合、それは『勝手に削除された』」が真となるのは両件ともBを指す場合のみである

 では荒木氏のツイート時系列に話を戻すと、最初の「勝手に削除された」という荒木氏の言葉は、ここでは後件に相当する。しかし前件はそもそも提示されていないために、AとB、どちらを意味するとも解釈できる状態である。それに対して『文學界』の経緯説明は前件を説明するものであり、ここでようやくBの意味での解釈のみが妥当であることがわかるようになる。

 言い直すと、A「著者に一切の了解を得ることなく不掲載とされた」と荒木氏が主張しているように読めるため、そこに出てくる表現勝手に削除された」は、B「最終的な確認なく削除された」のみを指しうるのだと、『文學界』は反論したのである

 これを踏まえると、「Bでしか解釈できないはずの表現を、Aとも解釈できる状態で公にした」荒木氏側には、『文學界から反論されるだけの落ち度があると言えるだろう。

 荒木氏を擁護しうるとしたら、以下の主張が妥当である場合だ。

 「物理的に手出しできない」という不均衡な関係ゆえに形式同意せざるを得なかっただけで、本来的には一切了解していない、すなわち前件自体が間違っているのだから、Aと解釈すべきである、という主張である。なるほど、物理的に手を出せないのは明らかにである。だが、「ならば同意せざるを得ない」と即座に結論づけられるのか。これは言わば「抗拒不能」を争うもので、論理から法の領域に踏み込んでしまうだろう。

 ここで可能性として生まれるのは、「6. 『削除されなかった』状態刊行された」パターンである。ではなぜそうならなかったのか。『文學界』側が「論理的に適当でないのだから削除するほかないではないですか」という論理的な抗拒不能に陥っていた場合である

 本論では『文學界』側にこの主張が成り立つかを『マガジン航』に掲載された「削除から考える文芸時評倫理から考えてみよう。

 荒木氏は「削除されなかった」場合作家が反応を示した場合を想定して、こう書いている。

そもそも作家から「反応」があったからといって、なんだというのか。怒りたければ怒ればいいし、月評に不満なSF作家樋口恭介がしたとおりウェブ反論文を書いてもいい。場合によっては私はそれで反省するだろうし、或いはやはり自分の正しさを確認するだけに終わるかもしれないが、その過程のなかで新たに発見できるものもあるだろう。

 ちょうど1年前の『文學界新人小説月評に対し、作家樋口恭介氏が反論した例(https://note.com/kyosukehiguchi/n/n54a493f4d4f4)を挙げ、自身の評言に対しても同様に振る舞えばよいではないかと述べている。

 樋口氏の件では反論に遭った両評者とも、作品内容にある程度触れ、自らの解釈をある程度開陳した上で否定的評価を下している。よって樋口氏は両者の解釈そもそも成り立たないことを説得的に示し、古谷から不適切であったと謝罪撤回を得ることに成功している。非常に健全批評的やりとりだった。

 ところが荒木氏の問題の3行には解釈がない。解釈提示されていないのであれば、樋口氏のように「それは誤読だ」と反論することもできないだろう。荒木氏自らが提示たこの事例との比較から、「反論余地を与えない表現批評たりえない、単なる悪口である」という論理が――「論理的に適当でないのだから削除するほかないではないですか」――容易に導かれる。

 荒木氏は「文学作品は作者による産物であると同時に、読者がもつ解釈格子次第でいかようにも姿を変えるものだ」とも述べている。なるほど、その解釈格子を通して得られた感動は「読者が固有の仕方で編み出した創造物」であるという論も含めて同意する。ところが荒木氏は続けて、「読者に伝えたいのは、私のもっているつまらなさや無感動も、いくぶんか自己責任もつところの私自身にとっての大切な創造であるということだ」と述べる。結論はこうだ。

私の最大の、というより唯一の武器は、面白いものには面白いといい、つまらないものにはつまらない、という、正直であることのほかない。

 荒木氏の論理では創造なのは「(無)感動」である解釈のものはそれを生み出すためのフィルターである。そして荒木氏が月評に書こうとしたのは「全体的におもしろくなかったです。」の一言、すなわち「感動」である

 だが、樋口氏の事例との比較で明らかなように、批評文に求められるのは、評者の感動=感想などではなく、それを生み出すにいたったフィルターであるところの解釈である解釈には確かに属人的な部分もあるが、ある程度規範的な部分もあり、さもなくば書き手自身から反論も成り立たず、「過剰解釈」が氾濫する。なるべくそ規範的な解釈をもって評価を下すのが評者の使命であろう。評者個人の正直な感想など、正直言って全く興味がない。文芸誌を買ってまで読書感想文を読みたくなどない。

 月評の制限字数わずであるため十分に論が展開できないというのならば理解できる。ところが『マガジン航』には多少なり岸作の解釈が載るのかと思えば、ここでもやはり「簡単な紹介と個人的所感」にとどまる。「個人的所感」などどうでもよい。

 解釈ができないのであれば、あるいはするまでもないと思ったのであれば、端的に書かなければよいだけの話であり、結果として「勝手に削除された」のは理の当然であろう。

 ある意味当事者となった川上未映子氏はこうツイートしている。

 テキスト論理もなく書かれた感想に怒りで反応する皮相な「緊張感」だけが漂う場を、批評とは呼ぶまい。

追記2021年2月8日

 反応をいただいたのでいくらか補います

 まず公平性を期すためあえて本論執筆者自身の考えを明確にすれば、「『文學界編集部の削除対応は、抗議ツイートまで含めて手続き問題はないが、合理的ではなかった」というものです。

 仮に削除せずに全文ママ掲載し、岸・川上両氏から編集部に対して抗議が来た場合、やりとりの履歴はあるのですから「改稿あるいは削除を提案したが聞き入れられなかった」と説明すればよいでしょう。改稿・削除を要求した理由が両氏への忖度だけなのであれば――「裏工作して保身に走る編集者」なのであれば、交渉をした時点ですでに保身は成立すると言えます

 あるいはもし仮に改稿・削除提案荒木自身の体面を守るためというお節介だったとしても、誌面から削除したところで荒木自身SNSで当該の評言を公開することは避けられないわけです。

 それでもなお最終的に削除の決断をした。非合理的でしょう。「批評を載せるのだ」という編集部としての決意表明のようなものを感じます(これは解釈を経て創造した感想です)。

 無論、コメントでいただいたように、「そもそも読者は批評を求めていない(批評を求めていない読者もいる)」可能性はあります。誌面にどのようなものを載せるか決めるのはまさしく編集作業なので、この場合問題は「作者が作りたいものと受容者が求めているものが違う」ことです。

 ただし荒木自身批評を書こうとしているので(「「批評言葉」かどうかを編集部判断するのがお門違いであり」と主張している以上)、問題の3行を読んで「読者は批評を求めていないのだから問題ない」として荒木氏を擁護しようとすると、逆に氏を裏切ることになります

 よって、時評の存在意義や読者の需要コメントでいただいたように「別の話」なわけですが、それはそれで議論されるべき問題なので取り上げました。

 最後に、本論文末の「緊張感」は、わざと誤読のように用いていますコメントでおっしゃる通り、「テキストへの真摯さ」が本来の緊張感ですが、テキスト論理がないので当然この本来の緊張感も不在です。それとは別の、感情的応酬という緊張感しかないのだ、と表現するために括弧付きで「緊張感」としました。最後までお読みくださりありがとうございます

2021-01-28

anond:20210127224152

それから毎刊、執筆者の内半分は女性ライター女性批評家に書かせる事、ここまでやれば「過去反省してホモソーシャルから脱却した」と演出出来るだろう

女が書く映画秘宝って・・・

それ男性オタク女性ファッション誌書かせたり、暴走族ビジネス誌書かせるようなもんだろ。

金落とさなフェミ警察以外誰も得しないから、そんな雑誌になるなら潰した方が良い。

2021-01-27

ポリコレに潰されるリベラル

映画秘宝の件、寓話みたいだなと思った

昔は反ポリコレ的で下品だった人達が時流に乗ってポリコレ化し、

女性エンパワーメントしてどんどん武器を渡して無敵にしていった結果、自分達に矛を向けられた時にどうも出来なくて潰された

 

件の編集長が「ホモソーシャル」という言葉にあそこまで傷付いたのも、ポリコレ内面化して、それでもどうしようもない「自分男性である事」を突かれたからなんじゃないかと思う

ま、編集長以外のライター達の反応含め、あれが彼らの限界だったんだろうね

これから似たような事は何度も起こるよ、男でポリコレフェミニストの人が自分限界を突き付けられ、落とされる

何度も何度も起こるよ、これから

まぁ男である事にも、おっさんである事にも限界があるんだよね、今の時代特にポリコレに寄れば寄るほど男性性とオッサン性に厳しくなるって事だから

 

映画秘宝はまぁ廃刊じゃないか

ここで一つ、アドバイスをしよう

廃刊後、映画秘宝を復活させたいならどうすればいいか

まぁ復活と言っても復活と銘打ったら叩かれるのは明らかだから名前も変える必要は有るだろうね

重要なのはまず女性編集長を掲げる事、過去の経緯から男性編集長を据えれば叩かれるのは必至だから

それから毎刊、執筆者の内半分は女性ライター女性批評家に書かせる事、ここまでやれば「過去反省してホモソーシャルから脱却した」と演出出来るだろう

結構簡単じゃない?これだけの逆境から復活するには随分安いコストだと思うけどね

今までの男性執筆陣も、まぁ書く機会は半分位に成るかもしれないが、これまでが「下駄を履かされてた」だけなんだから、大したことじゃないでしょ?

心情的にはどうか知らないけど、ポリコレを掲げる側に回った以上、そうするしかないと思うけどね

こういう事言うとフェミニズム側の人間自分達の仕事を作る為に言ってると思われるかもしれないけど、そうじゃなくてももうこの流れは変えられないよ、誰にも

あなた達が女性を指さした者を燃やせる無敵の存在に仕立て上げてしまったんだから

2021-01-21

こんな事なら、アンソロ主催なんてしなければ良かった。

 

もうアンソロ主催なんてまっぴら。

しかすると複数人主催をしたのが間違いだったのかもしれない。

私の心が狭いだけなのかもしれない。

でも本当にこの件で私は今後の同人活動に一歩引いた姿勢ができてしまった。

オタク友達と話すのが楽しいと思って初めたTwitterだけど、もう作品公開の告知しかしないと思う。

 

 

およそ1年前、同じカプ(以下○△)で活動している仲良し4人でアンソロ出したいねという話になった。

4人とも○△でそこそこの数作品も本も作っていたし、何より○△のアンソロがまだ出ていなかったから。

誰が主催する?え〜私は無理だよ。なんて話をしていたら、誰かが「じゃあ4人でやる?」と言った。

4人なら作業分散出来るし、良いんじゃないって。

そうしてとんとん拍子で4人が主催アンソロを作ろうという話になった。

 

私は執筆者への声掛けや、連絡、取りまとめの係。

Aちゃん原稿をまとめて体裁を整え、印刷所へ入稿する係。

Bちゃん執筆者への献本の手配、通販サイトとの連携をする係。

CちゃんアンソロHP作成Twitter情報を発信する係。

誰か一人に負荷が掛かり過ぎないように分担した。

 

そこからしかった。

全員社会人から仕事が終わってから色々と話し合って決める。

誰にお願いするか、テーマはどうするか、ページ数はどのくらいにするか、装丁はどうするか、印刷所はどこを選ぶか。

ある程度決まったと思ったらまた決めなきゃいけない事が出てきたり、4人揃ってSkype出来なくて不参加の人の為に情報を共有したり。

深夜まで話し合いながら作業は本当に大変だったけれど、4人全員が同じ方向を向いていたし、頑張ろうね、良い本作ろうね、と互いに励まし合いながらどうにか乗り越えられた。

 

 

それから8ヶ月後。

執筆者の誰一人欠ける事なく、締め切りを延ばす事なく、無事に原稿が集まった。

この頃からBちゃんが少し仕事で忙しくなったと言っていた。

勿論アンソロの事はちゃんとやるよ!と言っていたけど、Twitterにも前程の頻度で浮上しなくなっていたし原稿の完成もBちゃんが一番遅かったから少し心配だった。

もしBちゃんが本当に忙しくてどうにもならない!という事なら3人でフォローするつもりでもいた。

 

どうにか入稿し、あとは本の到着を待つばかり!という頃になってBちゃんからの返事が目に見えて減った。

例えば私が「Zさんは2冊献本して欲しい(今回は2冊までの献本可能としていた)って言ってたからお願い!」と伝えても返事が無かったり、Cちゃんが「HP更新たからみんなTwitter拡散して!」とグループDMに送っても返事が無い所かTwitterでも何もしなかったり。

Bちゃんを除いた3人でSkypeをした時は、Bちゃん最近大丈夫かな、お仕事忙しいって言ってたもんね、なんて話題が出る程。

何か分担変わろうか?とAちゃんグループDMでBちゃんに聞いても返事は無かった。

 

無事通販サイトにもアンソロのページが出来て予約も始まった。

たくさんの人がアンソロを楽しみにしてくれていたし、Twitter拡散してくれて○△界隈では話題になった。

予約してくれる人が多くて刷った部数が全部予約で埋まってしまい、慌てて増刷をする程だった。

Bちゃんからの返事の無さは前ほどではなくなったけど、相変わらずこちらの連絡には5回に1度返すくらいの頻度だった。

どうしてもBちゃんからの返事が無いと先に進めないとなった時、普段は人に物を催促する事のないCちゃんが「Bちゃん返事して〜」とDMを送った。

それに対して「え?私の返事待ちだった?」と返って来た時には怒りを通り越して呆れてしまった。

 

 

そんな時、Bちゃんが久々にTwitterに出てきた。

最近ツイートをする事なんてほとんどないから珍しいなと思っていたら、内容が『最近別のジャンルのカプ(以下☆□)にハマっている』だった。

見れば別のアカウントを作って最近はそこにいるらしい。

新しいBちゃんアカウントを見れば、Bちゃん仕事で忙しくなったと言っていた頃に作ったようだった。

そこでのBちゃんほとんど毎日のようにツイートをしたり、新しいフォロワーとリプのやり取りをしていたり、本当に楽しそうだった。

 

私は激しく憤った。

別のジャンルに行った事や、新しいアカウントを作った事に怒っている訳でもない。

Bちゃんアンソロの事を適当にしたまま、碌に返事もしないまま、新しいジャンルではしゃいでいる事に憤りを覚えた。

 

アンソロの事でまたSkypeしようとグループDMで決めた時、珍しくBちゃんも参加した。

久々に話したBちゃんは本当に楽しそうで、☆□がどれ程素晴らしい物なのかを熱弁していた。

アンソロのためのSkypeだったのに。

みんな良い歳の大人からそれを「うんうん」って聞いていたけど、正直私はこのままBちゃんの話を聞いているだけなら自分原稿を1コマでも進めたかたから、途中から適当に流して作業しながら聞いていた。

Bちゃんが話したい事を話し終えると話題は当然アンソロの事に移ったけれど、さっきまでの勢いが嘘のようにBちゃんは静かになって、代わりにスマホの画面をカツカツ叩く音が響いた。

大方今ハマっているジャンルクエストにでも精を出しているんだろう。

アンソロの話なんて興味が無いというようで、本当に嫌だった。

 

その割には「じゃあこうしよう」と決まりかけていた事に「え〜でもそれってさぁ」と口を出してきてまた話がごちゃごちゃになったり、かと思えば「私は3人を信頼してるから、3人で決めた事なら何でも従うよ」と言ってきたり。

正直この頃には、Bちゃんの事が嫌いになっていた。

 

 

無事本が通販サイトとBちゃんの家に着いた時もこちから尋ねるまで連絡はなかったし、執筆者への献本一言「これから送る」というような連絡は無く私達の知らない内にいつの間にか行われた。

献本と一緒に送るプレゼントギフトカードノベルティちゃんと全員に届いたらしいけれど、メッセージカードは入っていない人もいれば2枚入っているという人もいて散々だった。

私がお願いしたZさんへの献本は、やっぱりというか何というか1冊しか送っていなかった。

微々たる物かもしれないけれどZさんへ追加で送った送料やメッセージカードの刷り直し代、送料は当然私達の売り上げから引かれ、当のBちゃん全然気にしていないようだった。

私達主催の分も遅れてBちゃんから本が送られてきたけど、本1冊がぺらんと入っただけだった。

以前Bちゃんも参加していたSkypeで「主催は3冊ずつ持っておこうね」と話したのも忘れてしまっているようだった。

 

私はBちゃんのそのあんまり姿勢文句を言いたかったけれどAちゃんも Cちゃんも気にしていないのか、スルーしているのか、何も言わなかったので黙った。

アンソロを手に取ってくれた方がたくさんリプやDMをくれたけれど、それにありがたいと思いながらも変に冷めている自分がいた。

執筆者の人も私達を労ってくれたけど、当然Bちゃんにも同じように賛辞の言葉を送っていたのも、仕方の無い事だと分かってはいたけれど、もやもやした。

 

 

最近Bちゃんは別垢で何かあったらしくまた私と繋がっているアカウントに戻ってきつつある。

それでも話す事は☆□の事ばかりで殆どファボも付かない。

それが悔しいのか知らないけれど、時々思い出したかのようにアンソロの話を持ち出したり○△の話をしたりする。

最近○△の本も出した。

当然私はBちゃんツイートに反応する事も、本を買う事もしていない。

グループDMでAちゃんやCちゃんが「本買ったよ!」とか「よかったよ!」と言っているので、上辺だけの同調はしている。

Bちゃん新刊はこれまで支部やベッターにアップした物の再録だったので、私も内容を知っていたから会話に付いていく事には困らないのが不幸中の幸いだった。

 

Bちゃんは私達に対する配慮なのか、既存アカウントツイートする言い訳が欲しいのか分からないけれど○△の事はまだ好きだと言う。

そう言う割に私達が○△の話をグループDMでしていると全く関係の無い話に無理やり変えたり、何なら☆□の話を始めたりする。

☆や□のキャラどころか、その作品も私達3人はよく知らないのに。

最近の○△で活躍している描き手の話になると、Bちゃんはあからさまに興味が無くなるようでまたスマホの画面をカツカツし始める。

○△の話は出来ても、同人は追っていないか自分が分からない話はつまらないのだろう。

ならSkypeに来なければ良いのに・・・と思ってしまう。

AちゃんもCちゃんも、Bちゃんがまだ○△を好きだという言葉を信じているようで、話に上がった描き手の人を勧めたりどれ程すごい作品かを話しているけれどBちゃんの返事は毎回「今度見てみるね」で、その『今度』が訪れた事は一度も無い。

いい加減AちゃんもCちゃんも気付けば良いのになあとも思ってしまう。

 

出来ればBちゃんブロックしたい。

でもそんな事したらAちゃんやCちゃんと気まずくなるのは目に見えているし、Bちゃんには本を送ってもらう為に本名も住所も教えてしまっているので、何かあったら怖いしそれも出来ない。

 

最近では前と変わらずBちゃん笑顔で話しかけているAちゃんや、SkypeにBちゃんが来ると喜ぶCちゃんにもモヤモヤしている。

AちゃんもCちゃんも悪くないのに。

二人ともアンソロの事はもう過去の事と割り切ってBちゃんに接しているのに、私だけが子供でBちゃんを許せていないと突きつけられているような気になる。

 

アンソロ執筆者には本当に感謝しているし、本を手に取ってくれた人にもありがたいと思うけれど、正直今回のアンソロの件で私は何もかも嫌になってしまった。

 

出来れば違うカプにハマりたい、ジャンル移動してしまいたい。

それでもハマっているカプってそう思って離れられる訳でもないから、私はまだこのカプで本を作ったり作品をアップしたりしている。

本の発送する時、通販サイトとやり取りをしている時、他の人の本を買う為に通販サイト彷徨っている時、Bちゃん適当な、投げやりな態度を思い出してはイライラする。

  

こんな事なら、アンソロ主催なんてしなければ良かった。

 

 

 

2021-01-18

anond:20210118163443

これは割と重要な話

恋愛でも仕事でも配信でも執筆者でも人によって態度をあからさまに変えると嫌われる

男でも良くありがちなのはモデル級の美女普通美人がいたとして、モデルに好かれたいがあまりモデルだけに優しくして、普通美人に対してあからさまに態度が塩対応になる

そういうのは他人から見てすぐわかるし嫌われる原因になる、誰も言ってくれないから本人は気づかないまま婚期を逃したり、ファンが増えなくなったりする

2021-01-14

anond:20210114104501

>>そんなことを言うなら昔は百科事典一家に一式買ってたらしいが、それをいちいち活用していたなんて話は聞かない>>

中古平凡社のを譲ってもらったことがあった。

もちろん旧版だったので、時代は思い切りずれていた。

しかし、私はこのずれを非常に楽しんで読んだ思い出があって、今でもその時間はよみがえる。

そんな時、執筆者名にある人物がいたのを思い出す。

クラシック作曲家は全部渡鏡子が執筆していた。

この人は、今の世なら音楽学教授になれたかもしれない。早逝が惜しまれた。

「そんな話は聞かない」日本人は多いねえこういうの。

2021-01-04

anond:20210104173827

追記野党は対案〜とか書かれてるけど、別に政権擁護でもないし緊急事態宣言に反対!というわけでもなく、緊急事態宣言発出を急ぐ人たちに一旦立ち止まって欲しいだけだよ。

 

追記2:ウッこれは自分の書き方が完全に悪いのだけど市井の人たちにB案を考えるべきと思ってるわけでもないよ

 

追記3:B案はより強制力のある外出規制に決まってんだろ的なコメントについては、

 

・娯楽とか会食は潰せても、エッセンシャルワーカーを中心に現実的に篭るわけにはいかない層は生じる

 

・それで終わりが見えなかった時/規制解除が即再拡大に繋がるような状況になった時の対策をすべき

 

と思う(ていうか本文で書いてる)

 

ただ冷静になって長期戦の覚悟をした方がいいよ、と書いてるだけなのにこんな斜めの方向からコメントがいっぱい来るとは思わなんだ。

 

いや、これは記事タイトルの書き方が悪い。

追記のような読み方は必ずしもできないから。

緊急事態宣言が効かないことに対するプランB(対案と解した)は、

緊急事態宣言をやめること、も指す。

 

気分を悪くされるかもしれないが(俺のブックマークコメントも含め)

誤読は、読者の理解問題から生ずるのみならず、

執筆者文章コミュニケーションからも生ずる場合があるよ。

 

貴方のように、「斜めの方向」と言うことで、

ああ、こいつはまともにコミュニケーションを取る気が無いんだな。

相手にして損した。と受け取る読者だっていないとは言えないよ。

2020-12-27

anond:20201227043515

執筆者自分であるにも関わらず、他者とある程度の衝撃力を持った文章のことだなあ

2020-12-10

anond:20201210233943

2020-12-02

アンソロにも感想がほしい

タイトル通り。

アンソロ執筆のお誘いをもらえるのは光栄なことだし、テーマ性が凝っていたりと執筆自体楽しい。他の参加者作品を読むのも楽しみのひとつ

でもアンソロ寄稿した作品にしっかりと感想をもらえたことはほぼ無い。全体に対して面白かったという感想を見かけることはあるけど、個人的感想を送られたことはほぼ無い。

自分作品面白くなかったなら仕方ないけど面白いと思ってくれたなら感想がほしいのが正直なところ…。

今もまたアンソロ原稿執筆中だけどもらえないかもしれない感想のことを思うと少し悲しい。

もしアンソロを読んで面白かった作品があったらぜひ執筆個人感想を送ってあげてください。待ってる人はたくさんいると思う。

2020-11-25

そもそもなんでフォロワー大勢いないと本が出せないのか

https://twitter.com/keiichisennsei/status/1331027778230046721

このへんのツイートがやや燃えている。

じわじわ燃え続けてる感がある。

 

https://anond.hatelabo.jp/20200716012131

↑の増田にくっついていた↓のコメント(消えてるのではてブ)が元なんだと思う。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20200716203604

 

このへんについて、自分の思ったことを書く。

なお自分出版社で働いている。今の職場で3社目。昔は編集者をしていた。現在のメイン業務知的財産管理から、直接本を作っているわけではないけど……

大手になればなるほど縦割り構造が色濃く残っているんだよね。

 

大手基準は大体、駅内・電車広告を出せるかどうか)の出版社は、ざっくりいえば、戦中戦後出版黎明期から支えてきたタイプ会社(小●館、集●社、講●社等)と、高度経済成長さなか生まれ会社(宝●社、日●BP等)に分けられる。これらの会社はいずれも「ニッポン会社」像を色濃く残したまま現在に至っている。男尊女卑もまあまああるし、給料の差こそ法律でなくなっているだろうけど、女性の昇進はかなり大変そうだ。子供を持たない女性管理者を多く知っている。それ以上に、子供を産んだ後いち編集者まりで生きている女性がたくさんいるのだ。「会社にいられるだけでもありがたい。成果を出さねば」口を揃えて彼女たちは言う。

 

男性社員も同じだ。なかなか上にはいけない。窓際族と呼ばれる人は大抵、厄介払いされた部署に固まっている。そうならないように上のご機嫌を取りながら、どうにか戦力外通告されないように、ガッチリしたエビデンスがある「絶対売れますよ」という企画を出さないといけない。

 

全ての決定権がある管理職の世代は50代以上。役員になると65歳ぐらいまで会社にいるのだ。そいつらが、本を出す・出さない、重版をする・しない、一押し作品として猛プッシュする・しないを決めている。新卒の頃に「津軽海峡景色」や「悲しみにさよなら」がヒットしてたようなオヤジ共がそれを全部決めている。オヤジ共は目先のことしか今は見えていない。かつて抱いていた大志バブルとともに消えたのだから自分のやってきた事業が泡のように消えていく絶望オヤジから肝を引っこ抜いてしまった。

 

そこでSNSだ。オヤジ共にも「フォロワー10万人」は魅力的に見える。オヤジ共は「10万部刷っても売りきれだな!」ぐらいに思っている。バカである。この世の人間全員が本を買いたい・本が好きだと思って疑わない。そこのところがずれている。

しかしそんな中でも10万人のフォロワーの本を出す。「発売即重版!」をつけたいがために5万部。ところが、1万部ぐらいしか売れない。おかしい。企画を出した編集者に「売れないじゃないか!」と叱咤する。若い編集者は売れるように考える。「フォロワー数だけじゃなく、バズったモノなら本が売れる」と企画書に書く。編集者自分キャリアを守りたいのだ。

 

ここでよく聞く「未来の大樹を苗から育てるのが編集者だろがい」派について一つ言っておく。編集者仕事は本当に多岐にわたる。案外外から見えていないだけで、定期刊行物を多数抱えているかである。もちろん、オヤジ共のご機嫌とりの時間も含まれているし、定期刊行物執筆者・著者・イラストレーターフォトグラファーデザイナー等々大勢と関わっているハブ立ち位置編集者である。全員が全員協力的なわけでもないので、撮影は押すし、校了ギリギリになる。どこで育てろと言うのだ。そんな中で!売れるかわかんない人を!!上に推すために!!!使う時間なんてあるか!!!……ということだ。(結局人材不足、ひいては少子化のせいだと思うぞ)

 

 

そういう業務量の暴力を浴びる役職から自分は降りた。編集者をやめて、管理サイドに回った。生きているのが楽になった。

結局、本を売りたいんじゃなくて、自分生存できるために全員必死になっているんだと、俯瞰で見られるようになった。

 

中小出版社はもちろんだが、大手も今はびくびくしながら本を作っていることだろう……。コロナ書店が閉店を余儀なくされて、工場もとまって、大ダメージをくらって潰れている出版社がそこらじゅうにある。書店に左右されないはずの業界専門誌の会社ですら最後の一撃になっている。 

そんな中でも、鬼滅なんかは最終巻がおっかない部数になっているが、そういう「苗から大樹を育て上げられる有能な編集者」が一握りしかいないから、ヒット作がこれだけ少ないのだ。もとい、有能な編集者でも、苗を見誤ることもある。そもそも苗の数も少ないと思う(漫画家志望の持ち込みが減ってると数年前に聞いた、具体的な数は知らない)。

 

 

オチらしいオチはそんなにない。もし今の仕事を追われることになっても、編集者にはもう絶対ならない。恐ろしい。

2020-11-12

anond:20201112140827

記事執筆者が間違っている

フェミ二ストの総意で存在キモいとよく投稿されているぞ

2020-10-09

AI社長よ、

はやく自社ブランドPythonの本を出せよ。また自分出版たかのように売り出すのだろ。10マンだけ執筆者わたして、手柄は自分のものにするのだろ。楽しみにしているのだけど、なんで出さないのー。

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