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2017-03-13

就活がつらい話と世間での考えとの違いについて

去年一年就活を行ったが、内定が得られず、また3月から行っている。

この一年くらいずっとつらかったし、「就活は糞」とずっと思い続けているのだけれど、なんか世間就活うつとかの印象と自分で思った思想とかに食い違いが見られるので書き起こしてみる。

前述として:

私は旧帝大理系所属しており、今年院卒になる。つまり、18年採用には既卒

学歴は悪くないと思うが、理系で忙しかったり何たりでインターンとか、留学とかはできていない。

就活がつらいひとっていうのは主に「自分に自信がない人」である

この、自分に自信がない人が就活をするっていうのは、料理の才能がない人が「今日からあなた他人が作ってくれたもの食べれません。なお、つくった料理についてはプロ料理人にすべて採点してもらいます」と言われているに等しい。

毎日毎日不味い料理しか食べれないとそれだけで吐き気がするのに、その上、不合格不合格と数か月にわたって評価されると、かなり精神的にくる。

その点、意識高い系というのは自分能力に問わず自分の作ったどんな料理もおいしい!と言える人である

私はこの料理が下手な人だった。自己PRと言われても、自分長所が何かわからず、一日ずっと考えても何も思い浮かばなかった。下手なりに頑張った料理にて、「こんなまずものよく作れるね。なんでこんなのだそうと思ったの?」なんていちいち言われると、かなり精神的に病んだ。

いろいろネットを見ていると、「就活ぐらいで精神を病むなんておかしい」とか書かれているし、面接官に言われることを真に受ける必要はないとか出てくるけど、就活が苦手な人って、そういう自分が苦手なフィールドで戦わなければならないっていうハンデを背負ってる負い目があるので、うまくいかないんじゃないだろうか。

ちなみに、私自身、自分コミュニケーションが苦手であること、また自己PRが苦手なことは10年くらい前から自覚していた。そんな自分がそこそこの会社でそれなりの生活をするにはどうすればいいのか考えた結果、いい大学にいくしかないと思って中高でそこそこ勉強してたし、バイトサークルも頑張ってきた。

進路指導の人から受験でうまくいってても就活は別なのよね」とか、今まで人生うまくいってる人を一回叩き潰そう的な言葉を投げかけてくるけれど、逆だ!逆!なんで最初から自分が持っている相対的価値もつ長所みたいなところをつぶそうとするのもまたつらいのでやめてほしい。

しか就活なんて自己申告なので、「今まで本当は何してきたのか」よりもどれだけうまい虚言をはけるかが勝負なところもある。

知人に「特技はお菓子作り」っていってる人がいるけれど、全部目分量で作っているし。メシマズでも自分で「おいしい!」と思っとけば勝利!みたいな図も好きじゃない。

あと、就活サイトで「就活自分をどれだけごまかしても、働いててつらいだけだからね」とかいうのをしばしば見るけれど、内定を一つももらえなかった自分としては、live or deadの就活でそういうことをいうのは社会人詭弁という気がする。

そういうことを言う前にまず、服装自由とかから始めてほしい。

3年ほどスーツ必須職場バイトしていたけれど、就活ファッションの人とかいなかったよ。女性なら私服オフィスカジュアルの服とか用意できるので、自分を出して!とか訴える前に、服装自由とかから始めたほうが個性ができる気がする。

以上。

そのリーマンの無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ!

我々は一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ

リーマンどもに比べ、我がスケベな女に出会いたいだけの50代は30分の1以下である

にもかかわらず今日までひとりで正気を保って抜いてこられたのは何故か?

諸君!我がスケベな女に出会いたいだけの50代たちの戦争目的正義からだ。

これは諸君らが一番知っている。

我々は窓際を追われ、渋谷TSUTAYA移民者にさせられた。

そして、一握りのリーマンらが神泉にまで膨れ上がったニガー達とポールダンサー支配して50余年、蒲田に住む我々が自由要求して何度踏みにじられたか

スケベな女に出会いたいだけの50代の掲げる人類一人一人の自由のための戦いを神が見捨てるはずはない。

私の弟!諸君らが愛してくれた岩◯竜◯は死んだ。

何故だ!?

新しい時代覇権を選ばれたドスケベが得るは、歴史必然である

ならば、我らは下の頭を硬くし、この戦局を打開しなければならぬ。

我々は過酷田都暇つぶしの場としながらも共に苦悩し、錬磨して今日文化を築き上げてきた。

かつて、ワカバ・コシーキは人類革新田都の民たる我々から始まると言った。

しかしながらリーマンモグラ共は、自分たちがスケベな女たちの支配権を有すると増長し我々に抗戦する。

諸君の父も、その息子(もちろんそういう意味で)もそのリーマンの無思慮な抵抗の前に死んでいったのだ!

この悲しみも怒りも忘れてはならない!それを、◯二は!死をもって我々に示してくれた!

我々は今、この怒りを結集し、どうせ私服ガイアが輝けと囁いてるリーマンに叩きつけて、初めて真の勝利を得ることができる。

この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めとなる。

西郷隆盛とその下の息子たちよ立て!悲しみを怒りに変えて、立てよ!アソコよ! がんばっぺ福島

我らスケベな女に出会いたいだけの隆盛たちこそ選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ。

優良種である我らこそ巨乳ポールダンサーたちを救い得るのである

ジークジオン!!!!!!!!

やぱやぱ〜

2017-03-01

病院行くのが不安悪化した

私服で診察すれば雰囲気の軽さが出ると思った?全然でねーよ。

まずはその上から目線と高圧的な態度をどうにかしろよ。面倒な上司の見本みたいな態度をふりかざしやがって。

受付員まで無機物より冷たい態度ってどういうことなんだよ!勝手時間変更しやがって!せめて変更の許可取れよ!

こちらのルールですから一言だし、なんなの?ファミレス店員の方がまだ丁寧なんだけど、お前は高校生中華街店員以下なのか?

そんな奴が心療内科の受付なんかすんなよ。

医師医師だわ。そんなにすっぱり切るのが楽しいなら外科医にでもなれや。

から不安吐き気が酷いんだよなにが心療内科だ糞。見下したいだけのやつばっかじゃねーか。なんでこんなはずれ多いの?

精神的に疲弊してる時にハズレなんか引いてられないのがわかれよ!今までも初診なのに怒鳴られたりしたよ?態度が気に食わないとかその日の機嫌が悪いとかなんで客が店員の機嫌の悪さやいばりたがりに金払って付き合わなきゃならないんだよ。

カウンセラーカウンセラー否定から入るし、休めねぇよ、安らげねぇよ。病院行くのが不安パニックになるんだよ。

2017-02-18

スーツを着た大勢人間がいる空間を見たり、その集団に近づくと

本当に泣きそうになる。

怖くて、気持ち悪い。

その空間にいることもままならない。

数週間後に自分はその現場にいなければいけないらしい。

卒業式なら欠席すりゃいいんだけど、そういうわけにもいかない。

しかも、結構真面目な場。


プレッシャーとか、失敗したらどうしようとか、色々あるけど

それ以上に、スーツだらけの空間に耐えられそうにない。

誰かわかってくれねーかな。


特に同級生スーツ着てるのが、死ぬほど辛いんだ。

自分も同じ格好していてもしていなくても、本当に辛い。

何なんだろうな。


追記

もっと批判されるかと思ったけど、温かいコメントありがとうございます

トラックバックでも言ったけど、能面ピエロなども恐怖症。

マトリックスは見たことない。逃走中も苦手だけど、知っている人が真剣なことをしているのが怖いんだろうな。

実は工業系の学生で、卒業研究の発表会や学会の出席が決まってる。

就職スーツじゃない方がいいなとか漠然と思うけど

目の前の卒業式卒研学会がもう辛すぎて、卒論書くのはいいけどそっちの方が辛くて本当に泣きそう。

別件で心療内科はかかってたことあるんだけど、これ行った方がいい?

なんていうか、いい誤魔化し方ないかな。

こんなんでへこたれてちゃこの先生きていけない…なんて言われるんだよ。

追記2

様々なお言葉、本当にありがとうございますありがとうございます…。

ホッテントリ…。

賛同して頂ける方々、勇気をもらいました。

制服はまだ大丈夫だったけど、同じ方向に向かう同じ学校の人々を見るのが辛い。

私服選びがめんどくさいのはよく分かるし、スーツの「ちゃんとしてる感」に拒否しているのだろうか。

今でも登校がすごく苦手。小中学校大丈夫だったのだけど。

幸い今の学校徒歩圏内なので助かっているけど、それでも大勢人間と登校が本当に苦手。

たまに通勤ラッシュに巻き込まれると、焦っている人々を見て足が竦む。

進路やインターンシップ説明会とか、真面目にならなきゃいけない雰囲気というか。

普段ふざけて遊ぶ同級生が真面目になっているのも見ていられないし、お世話になっている先生がご飯を食べているのも見ていられない。

怖い、気持ち悪い、その場から消えてしまいたい、みたいな。

でも、決してスーツ嫌いなわけではなく、素敵なスーツもたくさんあるし、それを着こなす方々は男女問わずかっこいい。

スーツ否定をしているわけではなく。

ただ、普通にそういう空間に馴染んで、こういうことを思わずに、普通に生きたいな、とか思う。

2017-02-16

社会人になって

それなりに忙しい仕事してるけど

携帯電話する機会ってそんなに多くないよね

そもそも相手がどういうタイミングかわからないし

そう思うと道端や飲食店

忙しそうに電話かけてる人って、平日に私服だったり、なんか真っ当そうでない身なりの人多い

2017-02-15

[][]北朝鮮の揺るぎないバッドエンド感

http://lineblog.me/yamamotoichiro/

暗殺の発生は(仮に北朝鮮が関与しているのなら)金正恩個人がとち狂っていることによるもの(であって、北朝鮮朝鮮人のものおかしいからではない)」という結論に向けて、微妙認識をずらしている、巧妙な記事。この人の記事は、他のも含め、特定ジャンルに限って結論ありきの論調ゴリ押しする物が少なくない

> 何より、現在まことしやかに流れていますが、金正男さんの後ろ盾中国で、現独裁者金正恩さんの体制に介入して打倒後、正男さんを支配者に立てるつもりがあったのではないか、という風聞があります
> もちろん、事実関係はそのような後ろ盾による保護などなかったからこそ、正男さんの行動が割れ空港という公共の場で殺されてしまったことになるわけですが。

大体暗殺なんて、起きる時には衆人環視の前で堂々と行われる事は、ケネディ大統領暗殺然り、先日のロシア大使暗殺然りなわけで

またSPがこれ見よがしに警護をしていたという事はないようだが、私服のSPが密かに警備しているような事すら無かったかまでは、現状のソースでははっきりと断言は難しい

少なくとも公共の場で堂々と殺された事は、彼を中国が軽視や無視していた事に直接結びけるような物では無い。


また、中国が彼を保護した事は、(信憑性には多少疑問があるが)

金正男氏は北京中国政府保護下に」、韓国・聨合ニュース

http://www.afpbb.com/articles/-/2847568?pid=8232595

こう、数年前に記事にもなっており、韓国情報機関国家情報院(国情院)は本日2/15日、「中国が(北朝鮮の)金正男氏の身辺を保護していた」と明らかにもしている

にもかかわらず、「中国が(政治カードとして)彼を保護下においている」という、右左問わず一般的に広まっている観測を、「政治宣伝世界」とまるで陰謀論のように語る彼の見識はいかほどの物だろうと

2017-02-14

他人の顔が覚えられない

家族特に付き合いの長い友人でもわからなくなることがある。

普通友達恋人はまず覚えられない。

大まかな傾向とか、雰囲気みたいなものはわかるんだけど、

その人が本人なのか単に似ている人なのか確信が持てないので待ち合わせの時なんかは向こうから見つけてもらう。

こんなんだけど就職するまでは自分は顔の区別が付かないって自覚がなくて、

多少物覚えが悪い、人の顔を覚えるのが苦手くらいの認識でいたんですよ。

それまで自分がどうやって他人判別していたかというと、

まずその人の所属、その人がどこにいるか区分する。

クラスにいればクラスメイトだしサークル室にいればサークルの人だしバイト先にいればバイト先の人。

にわかやすい見た目の特徴で同じ所属区分内に重複する人がいなくなるまでタグ付けしていく。

どの席に座っているか性別は、年下か同年代か年上か、背は高いかいか、あとは髪型ファッションの傾向とか。

例えば語学時間に前の方に座っている女性で小柄でメイクが濃ければ山下さんだし、

バイト先にいる中年男性、痩せていてメガネなのは大貫さん

先生なんかはその講義で教壇に立つか研究室いるかなので性別と大体の年齢くらいしか把握してない。

と言った感じ。

勿論こんな峻別方法だと困ることもあって、

休日私服コンタクト大貫さんと街中でバッタリ会う」みたいなシチュエーションだと大混乱に陥る。

あとは若手イケメン俳優とか美人女優鬼門で、若い、顔が整ってる、くらいしかタグ付け出来ないので区別のしようがない。

とこんな感じでそれなりになんとかやってきたりこれなかったりしてきたんですけど、

就職したらですね、周りの男性スーツピシっと着てシュっとしたサラリーマンばっかなんですよ。

社内の人は口調やら身振りやらでそれなりに判別出来るんだけど、社外の人で年代と体型被ってたら判別不可能

一年以上顔あわせてる人でもアポなしで来られたり社外で会うと誰だかわかんなくて怪訝な顔される。

いや覚えてる、間違いなくちゃんと覚えてるんですよ。ただ覚えてる人の中の一体誰だかわかんないだけなんです。

というわけで男性私服勤務が一般化してくれると助かる。

おわり

ミミミド~の話

小学3年生の時に転居した土地は、以前住んでいたところよりもかなり田舎だった。

以前は田畑は少々あるが小さな商店住宅がひしめき合っている町。バス10分置きには来るくらい。ほぼ標準語で通学は私服だった。

転居先は、田畑が広がり校内の過半数農家の子バスは2時間に1本程度で、かなり訛りがあり通学着は指定ジャージだ。

転校して一番のカルチャーショックだったのが、その訛りと文章の読み方である

話し言葉にも訛りはあったが、音読の訛り方はそれと全く違っていた。

教科書音読をすると、皆一様にいかにも妙なイントネーションで読み上げるのだ。

そのイントネーションとは、文章の頭からずっと同じ音程で読み、句読点の前の一文字だけガクッと音程が下がりながら語尾を伸ばすというもの

音符に直すと「ミミミミミド~、ミミミド~、ミミド~、ミミミミミミミド~」という風に。

例文で表すと

こんにちはわたしタナカイチロウです、トウキョウから、デンシャで やってきました。」

「ミミミミド~ミミミド~ミミミミミミミミド~ミミミミミミド~ミミミミド~ミミミミミミド~」

このようになる。

決して冗談ではない。

両親に連れられて行ったスーパーマーケットでも店内放送は同じようにミミミドのイントネーションで流れており、大人も同じであることに改めて驚いた。

話が前後するが、私は転入先の小学校いじめに遭っていた。

転校初日学校指定ジャージの購入が間に合わなかったため、以前の学校と同じように私服で登校したことが発端だった。

前述したようにこの学校ではジャージが通学着で、男子は青、女子臙脂色指定ジャージを着用している。

その上指定されてもいないのにほぼ全員がプーマの白いスニーカーを履いていた。

またこのジャージは通学着に限らず普段着としても着用しており、私服を着るのは冠婚葬祭だけという者が多い。

話し言葉服装も違う異端はいじめの格好の的になった。

必死話し言葉を合わせて、ミミミド~読みも会得し馴染もうとしたが、状況は好転することはなかった。

日々の陰湿いじめに耐えるのにもう飽き飽きし、これ以上媚びても仕方がないと、5年生になった時にミミミド~読みを止めることに決めた。

そして国語時間音読指名を受け、私は意気揚々標準語教科書を読み上げた。

周りが、先生までもが私に注目し、読み終えたあとの静寂に誇らしい気持ちになった。

その後いじめが酷くエスカレートしたのは言うまでもない。

2017-02-12

神の目の女

高原ミユキの目には神が宿っているらしい。

部下の安川がそう訴える顔があまりに深刻だったので、おれは逆に安川の事が心配になり、ひとまずふたり社食を出て話に付き合ってやることにした。

2年前に入社してきた高原ミユキは、顔立ちだけでなくスタイルも抜群で、入社した当時から多くの男性社員アプローチが絶えなかったという。女子高生の頃から副社長愛人だったという下世話な噂さえ流れていた。

「そりゃ美人だけど、見つめられたら惚れるなんて話、今更だろう」

オフィスに向かうエレベータの中でおれが言うと、安川が声を荒げる。

「いやぜんっぜん違う!もっと恐ろしい目なんですって!もうぜんっぜん違う!ぜんっぜん違う!」

「じゃあ何なの」

安川は、一呼吸置いて話し始める。


広報課の同期で伊藤ってのがいるんす。いい奴なんだけどチンピラみたいな見た目の。知りません?」

「知らんけど」

高校時代高原の先輩だったらしいんですそいつ入学してきた高原一目惚れして、2年の夏休み告ったけど案の定フラれて。それでも伊藤はしつこく迫ったらしいんですんですけど、そしたら高原に『予告』されたんですって」

「予告?」

「『先輩はあと7年』って」

「なにそれ」

そこでエレベータの扉がするりと開き、まさか高原ミユキ当人が入ってくる。

「キュッ」と安川が小さく悲鳴をあげ、無理やり笑顔を作るも、五木ひろしモノマネしか見えない。

高原ミユキは安川には目もくれず「お疲れ様です」とおれに微笑みかける。かわいい

普段は横顔とかしか見たことなかったが、正面から見つめ返されると爆発的にかわいい。おれに惚れていると錯覚さえしてしまいそうな瞳に、思わず目をそらしたところで、安川が物凄い力でおれを外に引っ張り出す。おれは勢いで転げ、壁に頭を打ち付けてしまう。

ひとり逃げてゆく安川悲鳴が轟く中、頭をさすりながら見上げると、エレベータの扉が閉じてゆく。その間際に高原ミユキがこちらを見つめ何かを言っていたように見えたが、安川の絶叫がうるさくて聞き取ることはできなかった。

その三日後、仕事帰りにおれは高原ミユキに声をかけられる。

お話ししたいことがあるんです」

あの日以来安川が出社していないので、おれは正直そっちが心配だったし、私服がすっげえミニスカだし、目を合わせるとまた心がフワってなると思い「申し訳ないが…」と言いかけたところで目の前にヤクザが現れる。

スキンヘッドで顎髭を生やしたヤクザはおれの方をガン見する。怖い。

なんかしたっけ?と思う間も無く、ヤクザは怯えるように逃げ去っていく。ていうかヤクザじゃないのか?ネクタイしてたし。

「彼が安川さんの同僚の伊藤さんです。私の予言通りにハゲました」

下北沢のしょぼいバーのカウンターで、高原ミユキが語るところによると、彼女は目を合わせた相手の「頭頂が禿げる時期」がわかるという。最初父親ハゲ予言だった。

「4歳の頃だったそうです。父を見て、なんとなく思い浮かんだ数字を言っただけなんですけど」と俯き、長い髪を搔き上げる高原ミユキはやっぱりかわいい

彼女父親予言通り、19年後の昨年見事にハゲた。しかし、それ以前に父親上司教師になんとなく言った年数が、既に悉く的中していたという。やがて彼女は密かに「髪の眼」と呼ばれるようになった。

「『2年後』と言っても、『3日後』と言っても、どんなにフサフサでも、言った通りに髪の毛が一気に抜け落ちるんです。だからもう言いたくはないと思ってるんです。でも、男の人に迫られると、口が自然に動いて…」

高校時代伊藤にしつこくつきまとわれた彼女は、思わず「7年後だ」と言った。そして伊藤24歳の夏、頭髪が抜け始め翌月にはきれいな「頭頂ハゲ」になった。伊藤はいっそのことと、全ての頭髪を剃り、ブルース・ウィリスになることを選んだそうだ。

そして先日、自分告白してきた安川に対し、高原ミユキは「あと1ヶ月でハゲる」と言ってしまったという。そして今、安川会社を三日無断欠勤している。

「こんなに人を苦しめて生きていきたくないのに…」

こちらを見つめて泣きそうになっている高原ミユキは最高にかわいい。抱きしめたくなる。でもおれは言わなくてはいけない。

「それって、予言というよりは設定という気がする」

「えっ」

「君は、相手への好意や期待に比例した気持ちを、年数に替えて言っているんじゃないの?」

「……」

おれは尋ねる。

「お父さんのことは嫌い?」

別に

「禿げは嫌い?」

「嫌いじゃないです」

彼女が即答したのでおれは確信する。

「でもね、自分の事を好きだという男に対して『ハゲ宣告』をするのは、男からしたら正直恐怖に近い。好きな女性に顔を合わせられないと思うものなんだ」

「そうなんですか?」

「だから安川は引きこもってる。君に合わす顔がないと。だがそもそも君は彼をそんなに好きではない」

「まぁ…」

「その気持ちハゲる年数、期間に表れるんだ。君の言う年数は決して予言ではない。君の意思好意で設定する、いわば『宣告』なんだ」

「……」

「それは君の生存本能なのかもしれない。君のような、綺麗で魅力的な人には、放って置いても様々な男が寄ってくるだろう。中には下心だけの輩も寄り付くだろう。そこで君は即座にその人物評価を下し、ハゲタイムリミットを設定・宣告することで身を守る。是非はともかく威力は凄まじいよ」

高原ミユキは聞いているのかいないのか、空になったグラスをじっと見つめている。

「でもね、少しだけ考えてくれ。安川はそれなりにいい男だ。顔はそこそこかもしれないけど、あいつが他人に与える心遣いは人並みはずれている。営業畑だからだけじゃない。あいつは中学生の頃に兄と死別している。しか自殺だ。実家で首を吊られた。俺にだけ語ってくれたよ。それをあいつは誰にも言わず死ぬほど考えた挙句、多くの人を楽しませよう、目の前の人間絶対幸せにしよう、という志を10年以上貫いている。結果あいつが飲み会を開くと500人以上集まる。そしてあいつはその500人に愛情を注ごうとする。まあ当然注げない。でも注ごうとしたことは満遍なく伝わるんだ。そして次はもっと集まる。でも足りないんだ。あい自身は一切満たされてない。ずっと、心から愛したい、愛されたい相手を探していた。そして選んだのが君だった」

「………」

「君は安川のことがどこまで見えている?あいつの愛すべきところはもっと深いところにあるんじゃないのか?」

「私には…わかりません…」

長い沈黙の後、静かに高原ミユキが泣き出すが、おれは手を緩めない。

「君は男のことを見た目でしか判断していない。神の目?そんな立派なもんじゃない。結局は自分の身勝手な願望で男をハゲさせているだけだ。君の人を見る目がもっと優れていれば、被害は少なかったはずだよ。実際君はなにも見えてはいない。上っ面だけで24年生きてきた。控えめに言って人間のクズだよ。自分可愛いから調子に乗って男に恥をかかせ、挙句悲劇のヒロインぶって今は俺の同情すら買おうとしてる。しょうもな。考えが浅すぎる。そんなだから女友達いないんだろ」

遂に高原ミユキはカウンターに突っ伏して嗚咽を漏らし始める。計算通りだ。そこから劇的なフォローと愛の言葉で、おれは高原ミユキを射止めてやる。

「でも君はきっと」と言い始めたところで高原ミユキはおれを突き飛ばす。三日前と同じように床に転がる俺に歩み寄り、ほぼ直上から見下ろす高原ミユキの目が光ったように見えた。「2秒」とその口が呟いた直後、頭皮の急激な衰弱を感じ、おれは一瞬にして温水洋一になった。

ミニスカ高原ミユキは俺の顔に唾を吐き捨てると、身を翻しバーを出て行く。マジでクソ女。だがパンツは一瞬見えた。

1年後、高原ミユキは副社長を妻から略奪し結婚したと聞いた。

副社長は79歳にして今なおフサフサだという。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。

 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。

 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。

 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。

「1位を取ったらデートしてください」

 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。

 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。

 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。

 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。

 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。

共犯者だよ、君も捕まる」

 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから

 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。

 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。

 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。

 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。

 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。

 せんせぇ、さようなら

 はいさようなら

 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-08

名古屋は 背広 > 作業着 >>> 私服

いま愛知名古屋出張に来ている。

意気揚々と3年の出張を受け入れた訳だが、正直後悔している。

まだ名古屋での生活半年も経っていないが、毎週のように嫌がらせを受けている。

普通東京暮らしている分には自分エンジニアなわけだから追求やらを受けることはあっても、職種という要素で差別されることはない。

しかし、名古屋にいくとITというエンジニアは極少数派なのだから当然職種差別される。

ここ半年間で受けた職種差別の例をあげようと思う。

1.店員野態度が露骨に悪い

例えばマ○クやスーパーに行くとする。何かを買おうと思って商品レジにおいたり、店員に注文しよう。そうするとシンプル無視される。

これは地味だがダメージデカイ。大抵はしつこく何度も言えば受け入れてくれるが、たまに店員が「大阪へ帰れ!」と逆ギレすることもある。

2.歩いていただけで

町中を普通に歩いていたとする。そうすると必ず気分が悪くなる。なぜなら突然キレられるからだ。これは若者より年寄りに多い。

すれ違った年寄りが俺の顔を見てニヤニヤする。これには対処法がある。目を合わせればいい。しかし目をそらしたりすると高確率で「ゴーホーム鈴木!」なんてキレながら言われる。

3.警官が厳しい

名古屋ではやたら警官が多い。しかも不良警官が多い。

例えば友達の日さんと話しながら走っていたとする。すると突然警官が現れて「そこのヒュンダイ!止まれ!」と大声で叫ぶ。そうして免許証提示を求められるわけだが、フィットには求めるくせにプリウス連中には何もしない。

4.殴られる

これは洒落にならないし、人に話すと「冗談でしょw」なんて言われるがマジだ。殴られるというよりは集団でどつかれる。

こういうことがあった。ホームセンター観葉植物を買いに行った時、14〜16ぐらいの不良少年グループが「おい見ろよ!鈴木だ!」と指を指してきた。そういうことな日常茶飯事なので特に気にはしないが彼らは無視する俺が気に食わなかったのか、突然飛び蹴りしてきた。しかも後ろからだ。そのまま笑いながら蹴られまくったが周囲の人々は見てみぬふりだった。

2016-12-31

良いお年を

ってスーパーで言われた。

昔はかなり美人モテた風の、それなりの年頃のキャッシャーさんから

若造にもジジイにも、なんかアブナイ人にも、お釣りを渡しながら「良いお年を」って言っていた。

私服微妙なオジさんが嬉々として「良いお年を〜」と返していた。

その流れを見ながら、この国が、

特に大切にするでもなく持ってきた「テキトーにして寛容」な気質が、すごく貴重なんじゃないかと思った。

みなさん良いお年を

2016-11-27

三十越えた男はどんな私服着たらいいんだ?

ほんとわからん大学生みたいな格好するわけにもいかんしさー

増田さんたちはどうしてるの?

やっぱ全身ユニクラーなの?

2016-11-25

痛みに弱い人

ちょっと前に流行ってたロウトみたいに受け口が広くてキャパティが少ないという絵の載った心が弱い人の話ではないけれど、俺はどうも痛みに弱い。

デコピンだのシッペだの肉つまみ攻撃だのをされると「痛っ」「ええっ、これで!?」といったやり取りをちょいちょいすることになる。

痛みや刺激を感じた時に、無視し続けたり耐え続けることができなくなるまでの閾値が人より低いらしい。

極端に筋肉がないわけでも太っててムチムチとかいうわけでもないけれど、

血圧を測られるだけでも圧迫される腕が痛くて眉間に思いきりしわを寄せて我慢している。あれを数分も続けられたら音を上げそう。

正直パワフルな人が相手だと握手ですらちょっと痛いことがある。

採血の痛みはその日ずっと痛いので腕に違和感が付き纏って筋肉が凝り固まるのか、そのうち腕を上げること自体しんどくなる。

単純に刺激に対して感覚過敏めいた傾向があるので、そういうのも影響しているのかもしれない。

その他のあるあるとしては

硬い机の上に肘や手首の骨のあたりをつけるとか、リストレストに手首を預けるだけでも痛くて落ち着かなかったりする。

服の袖の縫い目やボタンが他の物に触れて押し付けられて当たっている程度の事でも仕事差し支えレベルで痛み出す。

襟首の狭いシャツは首が苦しい→痛いとなってしまうので着られない。

ネクタイは相性が悪い、就活成人式卒業式とバアちゃんの葬式に参列したあとに毎回原因不明の熱を出して寝込んでたのは慣れないイベントの疲れだろうけれど、

Yシャツネクタイタイピン感触で過度に体が緊張状態になってたのも一因ではないかと思っている。就職先の選定基準私服勤務必須というのも面倒な体だ。

タンクトップやナップサックは肩に細い紐が食い込んで痛い。靴下ゴムが肉に食い込むのも痛い。

もちろん腕時計ダメ社員証を首から下げるのも重み(社員証何gだよ……)が掛かっている部分が我慢できないほど痛くなるので、胸ポケットに装着するか襟の裏を通して首に紐が当たらないように注意する。

メガネはいろんなタイプに何度挑戦しても耳が痛くて痛くて1日はつけていられなかった。

マスクも痛くなさそうなものを選んでも、やっぱり耳にかけると2時間ぐらいで痛み出すので、柔らかいゴム紐で首の後ろで結んでみたりするが、耳よりはもつけど結局首筋が痛くなったりする。

ダボついていないズボンポケットに替えのボタンが入ったままになっているとケツが痛む。

ダボついたズボンデカいケツポケット生地が座ったときにすこしヨレて圧力がかかるのもケツが痛い。

あとジーパンの前ポケットのあたりのなんか妙に入り組んでて分厚い部分とかもふとしたときに圧迫されると痛みやすい。

トランクスゴムジャストサイズだと腰が痛むから買ったらまず少し動けば勝手にずり落ちるぐらいまでゴムを伸ばしてから履く。

ニット帽をかぶってゴーグルをつけたら、耳と側頭部が圧迫されて違和感我慢してかぶっていたら痛みに変わって堪えられなくなってスキー教室リタイア

マフラーをゆるく巻いても重苦しく感じて、そのうち首とか肩とかがガチガチに凝って頭痛までくるから巻けない。

子供の頃だと、体育の赤白帽のゴムが触れるのが気になったのかすぐ嚙みちぎって親に怒られたり、水泳帽が苦痛だったり、ドッヂボールで痛くて転げまわったり。

爪もお湯でふやかしてからでないと切れなくて、中学で衛生検査に引っ掛かった時に無理にその場で切らされたが、

痛みで声を出さないように必死で堪えていたけれど片手終わるぐらいで涙が止まらなくなってしまってびっくりされた。

Tシャツの袖の長さの調節だけで少し我慢すれば過ごせる春から秋までは気楽なのだが、冬場になってくるとさすがにいろいろ着ないといけないか憂鬱だ。

なんだか感覚過敏の話と痛みに弱い話がごっちゃになってしまったが、なにあkと生き辛くて不便なのはもうこの際仕方ないとしても、

こんな感じなのを口で説明しても人にわかってもらうのがなかなか大変なので、なんか説明やす検査とかできればいいのになーと思う。

2016-11-21

何が炎上して何が炎上しないのかよくわからん

 後出しはよくないらしいので初めに宣言しておくけど、私は女です。大学生。たぶんいいところに行かせてもらってる。ジェンダーの授業なんかは受けてないか知識認識が偏ってると思う。そういう人間です。

 なんだか最近女性差別がどうとか男性差別がどうとかいろいろあって、いろんな人がいろんな所でいろんな理由燃え立っているらしい。ちょっと見ていてよく分からなかったことがあったので書く。事実誤認が甚だしいとは思う。しかし書かねば誰にも聞けないのでしかたがない。

 その一。

 オリンピック閉会式映像冒頭。どれだけ前の話を掘り返してるんだと自分でも思う。しかし私が困ってしまったのはここからなので、どうしても省けない。うん。

 あの映像は「女子高生性的欲求の解消先として選択肢に挙げられる状況にある日本」が「わざわざ女子高生クローズアップしてスタートする映像を作ったこと」で「女子高生性的欲求の解消先として選択肢に挙げている国である世界的に表明してしまった」として問題になった。のだと思っている。違うかな。大体こうだろう。

 もうし尽くされた議論だと思う。でも、あの映像で誰がクローズアップされてたら炎上しなかったのだろう、ってとても気になる。考えた結果、誰が出ていても炎上してたという結論になった。

 ・女子高生性的欲求の解消先として今大荒れしてるからダメ

 ・男子高生は甲子園での酷使なんかが取り沙汰されるように、選手として大切にされてないことが問題になってるからオリンピック閉会式映像で使えない、ダメ

 ・社会人女性こそ常に性的に求められる立場に追いやられてるからダメ、とんでもない。

 ・社会人男性を使ったら、スポーツは結局男のするものなんて認識なのね、けしからんさない、ダメ

 ・お年寄りはもう参加者としてメインじゃないから、ダメじゃないけど使いにくい。この年代ダメとか炎上とかじゃなく起用しづらい。

 ……という言葉が寄せられると考えるので、この件は炎上させない方針をとりたくてもまず負け試合になるだろう。

 制服だったりスーツだったり私服だったり、ということで問題の大きさが変わるだろうか。ならないと思う。女子高生は見た目とても若い社会人女性になり、男子高生は見た目とても若い社会人男性になるだけ。括りが少し変わるだけ。

 「性を越えてる」みたいな認識をされてる、あの選手団主将さんしかベスト選択肢はなかったんじゃんじゃないかな。でも主将さんは忙しくて映像を撮ってる暇なかったよね。

 じゃあ誰を起用するべきだったのか。

 非難代替案とセットにしろ、は時々暴論だけど、どの代替案も非難される可能性を私は見出だしてしまったので誰か教えてほしい。

 あと、あの映像自体がどこにも性的欲求アピールがないのに、女子高生が出てきただけで「性的消費だ!」となるのは本当によく分からなくて、いろいろ調べてみたんだけど納得できる理由を言ってる人が見つからなかった。

 性的欲求の解消先として認識されうる性と年齢の人間が出てきたらそれはもう性的消費になるというのなら、世の女性と一部の男性は全員、映像被写体として使えなくなってしまうと思うんだけど、いかがか。

 こういうふうに質問反論をされてるのはいっぱい見たな。それは極論ですよ、と言い返してるのもいっぱい見た。だからたぶんこれは極論なんでしょう。あんまりそうは思わないけど。

 

 その二。

 I LADY. の映像。今はもう見れなくなっちゃったけど。

 「その一」からかなり時間あいて例を持ってきてるのは、その間に持ち上がった問題については、そんなに彼我の認識の差があると思わなかったから。つまりI LADY. に対する批判非難には、どうしてそんなに炎上してるんだろうとか、その非難は正当なのかとか、いろいろ思うところがあるわけです。

 私があの映像存在を知ったときにはもう既に叩かれまくってたから、私には叩かれているもの・人がいるとそちらに味方しようとする習性があるので、非難に対する反発を抱きながら見たので適切な感想は持てていないかもしれない。それでもやっぱり、どうしてあんなに炎上したのか分からない。何が悪かったのかが分からない。

 「女性にばかり避妊押し付けようとしている」「性に関する問題に答えられない日本の女はバカだ、というイメージを植え付けようとしている」というのが非難趣旨であったと観測している。そう受け取られてしまっているからには、そういうふうに見える描写もあったのかもしれない。でも、本当にそうなんだろうかと今一つ腑に落ちない。

 避妊方法は男女が共同で考えていかなければならない、知っていなければならないことなのは確かだ。そしてあの映像は「女だけ」が避妊に関して誤答をして、罰として粉をかけられていた。そこがおかしいのだと非難する人たちは言う。

 しかし、あの映像ははじめから終わりまでずっと「女だけ」しか写していなかったのは、そもそも「女性側『でも』知っておくべき問題」だからなのだと私は受け取った。男女が共同で考えるべき問題を、まず「女性の方から知っていきましょう」というのは妥当なことだと思う。

 だって、女の方がもしも妊娠してしまった場合リスクが高いから。社会的にも身体的にも精神的にも。先に知識を持つべなのは女の方だと私が考えるのは、「女である私にとって」身に差し迫った問題からだ。

 無責任な男と関係を持ってしまって、逃げられてしまうかもしれない。そうなったら誰が私を守ってくれる? そうなるのが怖いから、まず女の方から知るべきなんだと思う。

 後半の質問内容は、一部をまとめると「彼氏避妊について話を切り出せますか?」になるのだと思う。

 これに「反応が心配から言えない……」と答えて粉をかけられるのは、

避妊を渋るような男を選んではいけない」

「そんな男からは逃げないと意に沿わない妊娠をするかもしれない」

「言えるような男と関係を持とう」

ということを伝えたいのであって、決して言えない女性バカにしたいのではないだろう。当然だと思うけどね。

 粉をかける、という行為自体嫌悪感を示す人も多かった。あの粉には悪意を感じる人も多かった。それでいいはずだ。だってあの粉は、間違った知識のままでいたら身に降りかかる悪意や困難の象徴だろうから。あれを精液の暗喩だと受け取った人も見て、確かにそうだろうなと思った。(でもそれは顔射とかプレイの一環とかそんな話ではないよ。一応念のため)

 あの映像の作り手が女をけなすための粉ではないだろう。そういう粉だと思うのなら、それはそれでひとつの受け取りかただと思うけど、この映像には存在しない悪意を見いだしてるんだなと、私はその人を観測する。

 映像最後には、「これから知っていこう」と決意するような表情の女性が写って終わる。私はとても美しいと思った。

 「女をバカにしている」というような発言はよく見たし、「女はそんなにバカじゃないから」というのもよく見た。

 それじゃあ、ここで描かれているこの女性たちは全く現実はいなくて、みんなこの知識があるのなら、ただの男の妄想女性をまた侮辱したいから作った映像なんだということになるのだけど、そんな目的だけのためにこの映像を作るメリットがあるのだろうか……? 

 知識のない女性がいるはずがないとか、いるとしてもその人たちに伝えたところで気を付けないだろうから意味がないとか、こういうのもいろいろ聞いたけど、口が悪くて申し訳ないのだけど、正気か……? 

 じゃあ誰に対して誰のためにこの映像が作られたのだか全然からない。女性を叩き、女性から叩かれるためにしか作られなかったとでもいうのか? 

色々書きたいことがあったけど、もう疲れてしまったし、わからなくなってしまった。初めに書いた趣旨とずれてきてしまったし、でももったいないのでupする。また気が向いたら書く。ごめんなさい。

2016-11-16

カラオケナイト営業マンとはその2 カラオケ 営業

 前回書かせてもらった、

カラオケナイト営業マンとは」

http://anond.hatelabo.jp/20161115163658

自分で読み返したら、「あれ書けばよかったー」とか、「ここが説明不足だなー」とか色々あったのと、

あり難いことにいくつかコメントも頂けたので、追記分として。

 あと、「カラオケ 営業」ってググるカラオケボックス営業時間ばっかり出てくるので、タイトルに加えてやりました。


コメント

100件抱えてたら、仮にすべて一発回収できたとしても4件×25日かかるじゃない。

>おそらく10%くらいだろう歩合を半分に下げてでも、回収は外注したい。

 回収自体お金貰って領収書渡すだけの簡単作業なので(それが大変ではありますが)

 一日で10件それ以上とかい場合もあります。それこそ朝までかかります

 「今日の売り上げで払うから、お店の閉店後また来て」とか言われますから普通に

 また、上手いこと回収日をずらしている営業マンもいます。たとえば11月なら

 「11月1日(月初め)」

 「11月4日(月の最初金曜日

 「11月25日

 「11月28日(月の最終週の月曜日)」

 「11月30日(月の最終日)」

 みたいな感じで。しかし、お客都合や延滞などでだいたい月末に集中することになります

 そうなると月の最終日は地獄のように走り回ることになります

 また、歩合の話出てますが、私のいた会社では普通に給料貰ってたんで、自分の持ってるところから何%みたいのはなかったですね。もしかしたらそういうところもあるのかもしれません。

 あと、回収が外注になることはないと思いますカラオケナイト営業マンって、とりあえず自前で出来るとこはやらされるし、あったとしても口座引き落とし強制くらいかなぁ。

営業内容としては電話回線屋とかコピー屋と同じなのに、

>俄然、ブラック度合いが跳ね上がってるのが、やはりナイト営業なのか…。

 やっぱりブラックですよね客観的に見て...退職したので恨み成分が強い文章になってしまたかなと思ったので、カラオケナイト営業メリットもいくつか。

特別スキルがいらない

 設置する際に電動ドリルを使ったりしますが、慣れれば誰でもできます

 また、営業ではありますが、大きい法人営業かけることはまずなく、もっというと顧客水商売系の方々なのでそこまでビジネススキルを求められることもありません。なんで営業経験転職してきても、全然大丈夫なくらい敷居は低いです。

・1人行動が多い

 入社して最初はどこの会社も同行で勉強させられるとは思いますが、ある程度覚えてくると、すぐに1人で行動させられます。というか、簡単なので出来ます工事などは複数で行いますが、飛込み業務簡単故障対応などの日々の業務は基本1人で行いますし、社内作業も多少ありますが経費清算と簡単契約関連の手続きくらいです。一本指でぺちぺち一文字ずつ丁寧にPC入力するおっちゃんでも出来るレベルです。なので、要領よくやってる人ほどサボってます。社外は社用車なので社内で寝たり、ゲームしたりカーナビテレビ見たりしてます

 逆にブラックな面かな、と思うのは、これは営業ならしょうがないですが数字ノルマが本当にきついです。カラオケ営業マンは、新規契約を取れたあと、月額料金を毎月頂きますノルマというのは、

新規契約を取る本数」

もありますが、

新規契約を取る本数ーその月で解約になる本数」

プラス、最悪でもプラマイ0にするというノルマもあります

これがきついのは、どんなに新規契約をとっても解約が多ければ評価されない仕組みということです。新規を取る為に既存のお客さんが疎かになっているとこういう悲劇が...

 ブラックといえば労働時間ですが、まあこれが長い業界であるとは思います。少し用事があって午前中から出勤して朝の4時に退社ってこともありますし、この辺はしょうがないっちゃしょうがないですね。しかも、「ナイト営業」と言っても水商売系以外のところに売ったりします。自分が知ってる中では、ホテル宴会場、個人宅(大体金持ち)、公民館的なとこなどなど。そのようなとこに新規営業に行ったり、もっといえば既に既存のお客さんで「午前にきて」と言われた場合は午前にいかなければいけませんので、夜だけでなく朝もキツイです。

 社内の人間関係ブラック要素強いと思います。僕がいた支店では、休みの日に上司私服で来て「俺、休日することないか仕事するわ」と言って休日出勤します。打刻はしません。これに強制的同調しなきゃいけない雰囲気がありました。

 また、前回も書きましたが、オブラートに包んで言うといろんな人が働いてます。包まないで言うと終わってる人が働いてます。ちなみに僕の支店で僕が所属してたメンバーを紹介すると、

業務中一切の食事を(何故か)とらないので見た目が骸骨で、質問するとレスポンスが帰ってくるのが3秒以上後の係長

○見た目は売れないホストで、休みの日はずーーーーっと発泡酒を飲み続けていて臓器が完全にお亡くなりになっていて口からウンコ臭いがする人

○40くらいで金髪長髪で、ずっと悪口をぶつくさ言いながら働くおじさん

の、イカれたバンドメンバーの紹介でもなかなか登場しない人達と日々送ってました。

 そして常にみんなイライラしてました。僕が入社した時の歓迎会では、本当に下品な酒の飲み方をした後、殴り合いの喧嘩社員同士でしてました。いつものことだよ、と周りの人は言っていてドン引きしました。

 あと綺麗好きの人は無理ですね、前回も書いた通りめっちゃ汚いとこで作業しますので。僕自身スーツで勤務したんですが、死ぬほど汚れまくってました。




複合機はトナーで儲けるけどカラオケ機は?

 どこで儲けてるんですかね? 消耗品はないし、仮にマイク壊れたらレンタルなので無償交換ですし。電池もそうですね。多分、前回もちょろっと書きましたが、カラオケって基本的に5年契約なので、長く使ってもらって利益がちょろちょろ出る仕組みなんだと思います

 あと、ナイト市場で使われてるカラオケ機械は、一番新しいモデル以外は中古のことが多いです。これはスピーカーアンプマイクもそうです。まあレンタルなのでそんなもんですよね。

以上、追記分です。やっぱりヤバイですね、カラオケ営業マンになる人はがんばってください。

2016-11-15

http://anond.hatelabo.jp/20161115213916

そりゃ外部のやつとほとんど会わない部署でさえも私服通勤禁止するような古い会社なんだからエクセル方眼紙とか使うのが当たり前だろ。もう感覚麻痺して方眼紙じゃないほうがかえっておかしく感じるようになった

ジャニーズJr.ガチ恋して鬱病になった話

私はジャニーズJr.に本気で恋をしています。俗に言う本気愛、リア恋、ガチ恋的と呼ばれるやつです。ここでは、ガチ恋という言葉を使わせていただきます

イタいヲタクだってことはわかっています。ここからもっとイタいこと書きますし、不愉快表現がたくさん出てくると思いますので、ちょっとこいつ無理という方はそっとこのページを閉じてください(笑)

私の好きなJr.は、最近やっとメディア露出が増えてきたけど、基本的には舞台中心。好きになった当初は、彼に会えなくても雑誌や出ているテレビを見ているだけで幸せだったし、彼に会えると決まったら全ての景色ピンク色に見えて、とても幸せだった。彼に女がいるいないとか、同担への嫉妬とかも考えることなく、彼に対する気持ちガチ恋なのか応援というスタンスなのかどうかも全く考えることもしなかった。後にも先にも、彼が担当でいる限りその頃の自分が1番楽で幸せな時期だと思う。担当になって初めて会う現場を終えると、一気に欲が出てきて、彼が出てる全ての現場に1回は足を運ばないと気が済まなくなり、同じ現場を何回も行きたいと思うようにもなった。彼のことを全て知りたいし、私の知らない彼なんて存在して欲しくない、食べた物も行った場所私服も全て知りたい。そんな欲求が止まらない。もうこの時点で私は彼にガチ恋をしていた。

私は地方住みの大学生ヲタクなので、何回も現場に行くお金も無いし人脈も無いのでチケットも1枚手に入れられるかどうか。そんな状況の中で初めて出待ちというものに並んだ。彼を好きになるまでは超がつくほど純粋ヲタクで、舞台が行われることなんてないド田舎に住んでいるから、出待ちなんて文化ジャニーズにもあることも知らなかった(笑) 彼の列に並んでるとやっぱり私なんかより可愛い人もたくさんいる。彼の好みのタイプであろう方もいた。日によって違うけど、基本的には出待ちをしているヲタクの前で演説と呼ばれる自分プライベートことなどを話してくれる。テレビ雑誌では固有名詞を使えない場合が多いけど、出待ちではガンガン使ってくれるので少しばかりか彼と一緒にプライベート時間を過ごしているような気分になれる。だけど私たちヲタクはこれ以上近づくことが出来ない。出待ちをする度にその境界線を思い知らされて、泣きそうになる。それでも彼を1秒でも多く知りたいからやめる事はできない。

あと、ジャニヲタ文化には糧と呼ばれる掲示板がある。そこには色んなジャンルがあり、出待ちの内容が書かれている掲示板や、女ネタが書かれている掲示板など、私が先程書いた知りたいと思っていることの大半がこの掲示板に書かれている。でも、私は絶対掲示板を見ないようにしてる。だって彼は真面目な部類とはいえ、ジャニーズだ。遊んでいないわけがない。見てもどうせショックを受けてまともに生きていくことすらできないんだから死ぬほど気になるが見ないようにしていた。

同担拒否はもちろんある。現場には行けば同担全員が敵だ。舞台場合だと誰担なんてアイドルからすればわからいからそんなに気にならないが、コンサートととなるともう戦争。近くに同担がいるだけでもう無理だし、可愛い子だと尚更。同担全員滅びればいいのになんて思ってる。だけどTwitter場合だとちょっと違う。ヲタ垢でもフォローしている数よりフォロワーのほうが圧倒的に多いアルファツイッタラーという方が存在する。正直その方々たちは、誰担関係なく苦手だ。ジャニーズたちはTwitterエゴサをしているという話をよく聞くが、そういう方たちのツイートエゴサをすると比較的目に止まりやすいし、Twitter上でだが覚えてもらえる可能性も高い。大好きな彼もエゴサをしているかもしれない。そう考えると拒否反応が出てしまう。もちろん同担に対する拒否もあり、同担と繋がる時にはその人の過去ツイートを遡ったりして、年齢、住み、学生ヲタさんに多い「今日文化祭」「創立記念日休み」などのデータを使ってリア垢を探る。そのリア垢を見て、顔やスペック思想で繋がるかどうかを決める。やばいキモい。だからあんまり個人情報は呟かないほうがいいよ(笑)

あと彼と年齢が近い女性芸能人も苦手だ。特に女性アイドルなんてもうありえないくらい苦手。雑誌もそのページは破って捨てるか紙を貼って見えないようにする。

そして徐々に学校なんてやめて働きたい、彼に会うためだけに生きていきたい、そんなことばっかり考えるようになった。お金のためにキャバ風俗で働こうと思ったが、勇気は無いし実家暮らしなので諦めた。そこで私はチャットレディというものを始めた(ググったら出てくると思います笑)。とにかく稼ぎたかったので、実際に触られることもないし、脱いでいやらしい行為をした写真動画も撮ってそれで何とか10万円は稼いだ。そしてそのお金は全て彼のために消える。チャットレディのお仕事はとにかく苦痛だった。処女で誰にも見られたことないこの身体晒すのは精神的にキツかったが、彼に会えるならこれくらい我慢できた。その繰り返しを続けていた。

こんなことが続いていたある日、私はTwitterで「○○(彼の名前) チャラい」と検索をかけた。すると、「○○って彼女に一途だよねw」というツイート発見した。見たらダメってわかっているが、その方のツイートを遡ると案の定彼に対する女ネタが書かれていた。頭の中ではわかっていたがショックでもうどうすればいいのかわからなかった。私が勝手ボロボロになって彼に会いに行っても、彼に覚えてもらってるわけでもなく気づいてくれることすらなくただ見ることしかできない。この世に彼に愛してもらえる女がいるなんて信じたくない。私のものになってなんて言わないから、お願いだからのものにもならないで。「ジャニーズでも女を取っ替え引っ替えして遊んでいる人よりかは、1人の彼女を大切にしている人のほうがいいよね」という意見をよく見る。でも私はそうは思わない。一般の人なら私もその意見に同感だが、ジャニーズに至っては、彼に至っては逆の方が良い。色んな女がいるほうが、私もその中に入れるかもしれない。精神的にボロボロになりながら私が見ている彼は所詮虚像。わかっていたけどそんな現実は受け入れたくなかった。都合の悪い事は見ないようにしていたが、追いかければ追いかけるほど見たくないものほど見えやすくなる。

この件から私は体調を崩し、家族から心配されたが本当のことなんてどれも言えない。彼のことが好きすぎるのにどうすることもできない自分にいらついて夜も眠れない。いつの間にか泣いている。流石にこのままだと命に関わりそうなので、心療内科に行ってきた。全部話した。自分でもドン引きだわ。アイドルへの依存悪化して鬱病になったと先生に言われた。私の彼に対する気持ちは恋じゃなくて依存なの?というのが率直な感想だ。アイドル以外にも興味を向けれるように頑張ろうと先生は言ったが、出来そうにない。チャットレディはもちろん、今までしていたバイトも全てやめることにした。でも次の現場チケットはもう手元にある。でも遠征するお金が無いから、またチャットレディ始めるんだろうなぁ。

アイドルガチ恋している事実に気づいてからは、楽しいことより圧倒的に辛いことの方が多い。なんでヲタクやってるんだろうとつくづく思う。でもやめらない。麻薬かよ。辛い、とにかく辛い。今も現在進行形で恋している。もうこれが恋なのかもわからないし、それこそ依存かもかもしれない。鬱病にまでなってもまだ好きだし、この鬱病ってどうやって治せばいいの。

彼にとって来年は節目の年だから、退所する可能性が割と高い。退所してくれたら私のこの気持ちピリオドを打てるのかな。とか考えるけどそんなに上手い事はいかないだろうな(笑)

アイドルに恋なんてするもんじゃないし、誰かここから抜け出せる方法あったら教えてください。

2016-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20161029220950

製造業事務やでー。

本日私服出勤の日だったんだが、

そいつはいつもインスタ界隈にいるみたいな

女の子みたいに可愛い男の子(線が細くて髪サラサラ目がキラキラ)がするような格好でやってくるんだ。

別にそれはいいんだが(服装個人自由意思だし)

でも自分の格好について聞かれたのは初めてだったんだ。

はっきり言ってキツかったわ。

カワイイね、を明らかに強制してた。

私いくつに見えるとかそういう質問しないようにと心から誓ったよ。

質問じゃなくて露骨誘導だもん。

結局何歳までミニスカートってオッケーなの?

18歳の女。

私服OKなバイト先に30代中盤のきれいなお姉さまがいる。

顔立ちがキレイスタイルがいい、たぶん若いモテたんだろうな、って思う。

結構ミニスカートを着る人で、私も好きなもの着ればいいじゃんって感じだったからどうでも良かったんだ。

ある日その人がタイトニットワンピを着てきたのだけど、まず最初下品だなって思っちゃった。

足が細いし顔もしゅっとしてるけど、タイトニットのせいで下っ腹が出てるのが見えた、これって年のせいなの?

多分、私はその時初めてその人の全体を見たんだと思う。キレイな人なんだよ、本当に。

でも顔と服装全然合ってなくて、ミニスカートから伸びるきれいな足も下品しか見えなかった。

言い方は悪いけど、昔の映画に出てくる安いベテラン娼婦さんみたいな、それに近い下品さを感じたの。


自分の友だちがミニスカートを履くことに違和感なんて無い。むしろみんな似合ってて良い。

私もミニスカートを履く。最近またミニスカート流行ってるんだって


何歳までミニスカートを履いていいんだろう。

自分が30歳になった時どうなってるんだろう。

2016-10-25

子供無視する母親イライラする日々

たまに街でも見かけますけどもね、これは居候してる親子の話。

母親は日がな一日リビングに転がってスマホを弄ってる。

子供が目の前に居ようが、

「お母さんこれ見て!」と何かを差し出して来ようが、

「一緒に遊ぼうよ!」と言おうが、

ほぼ無視してlineに齧り付いてる。

子供はまだ5歳である

そしてこのやり取りは毎日いつでも行わている。

子供幼稚園に通っている。

毎朝子供を起こし、メシを食わせ、制服に着替えさせ、そうして幼稚園バス時間まで、母親スマホを弄る。

その間、子供大人しくさせるため、3DSを与える。

子供幼稚園へ送った後、母親リビングに転がってスマホを弄る。

幼稚園から子供が帰ってきたら、私服に着替えさせ、子供には3DSを与え、母親スマホを弄る。

夕方、ワタシの家族仕事から帰ってくると、子供はつまらなそうにしている。

「お母さん、見て見て!」の応酬が始まる。

そして一通り母親無視された挙句、ワタシや家族に向かってくるのだ。

晩御飯の時もそう。母親はさっさとメシを喰い席を立ち、リビングに転がってスマホを弄る。

子供食卓テーブルに一人残されたまま、適当に目の前の食べ物を食べる。

母親子供が何を食べたか、どのくらい食べたか、全く確認しないで、スマホを弄っている。

結局、子供食事の世話はワタシや家族がする。

風呂になると、ワタシが入った途端に子供風呂に送り出し、母親は寝転がっている事もある。

子供は、しょっちゅう自分お菓子を皆に分け与えてくれる。

母親は「こういう優しい子なんだぁ」と誇らしげだ。

でもこれって、子供自分お菓子を分け与える事で、皆に構って貰おうとしているように、ワタシは感じている。

しろ母親は構ってくれないのだ。話もろくに聞かず、ずっと携帯を弄る。

例えば「子供の面倒を見たいけど出来ない」時は勿論ちゃんと引き受ける。

しかし「面倒を見られるけど見ない」人の代わりに子供を世話して、イライラしない人が、いるのだろうか?

当然、対価などない。給料貰って雇われてる方がどれだけマシか。

ていうか、今の時点で、母親は「きちんと子供の面倒は見ている」と言っている。

面倒を見る。5歳の子供の。

それは着替えさせたら放置することを言うのだろうか。

しか母親はずっとスマホに目が行ってるのだ。

何をしてるのかは知らないが、子供が近くにいる間だけでも、やめられないものか。

ワタシは独り身だしこれからも独り身のつもりだし、子育ての辛さも知らないし、経験する予定もない。

そんな人からエラソーに「子供を構え」と言われたら、腹が立つかもしれない。

でも、仕事もしないでゴロゴロトドみたいに転がってるんだから、少しは自分のするべき事をしたらどうかと思うのだ。

せめて、ゲストルームに籠って、具合悪いのかもしれない風を装ってくれ。

貴方の姿を見てると、何れ胃に穴が開いてしまうだろう。

早く、新しい身の振り方を決めて、出ていって欲しい。

本人にそんなこと言ったら修羅場になりそうだけれども。

2016-10-23

http://anond.hatelabo.jp/20161017210031

乗っかって、自分語り。許して。

 

さいころはピンクとかリボンとかスカートとか大好きだったのが、小学生になって自分がブスだと気づいてしまい、以来スカートワンピースリボンピンク等々は封印していた小中時代小学校高学年でオタク発症したのもそれに拍車をかけていた。高校遠足修学旅行私服がいやだった。というより困った。高校の友人の中には、髪を染めてみたりピアスを開けてみたりマクドナルドアルバイトしたり体育祭では男子と手を繋いでお姫様抱っこをしてもらうようなダンスをしたりするようないわゆる「フツウの女子高生」な子もいたので、遠足前にはそのような子と一緒に買い物に行くこともしたけれど、ブスダサオタクはそもそも服が似合わないのだから何の意味もないのだった。

 

ボーボーの眉毛、一重の厚ぼったいまぶた、たらこのような唇、ぱんぱんのほっぺた。

伸ばしっぱなしの真っ黒剛毛、所狭しとはびこる無駄毛、ニキビだらけの顔。

ごわごわの肌、地黒の肌、へたくそ笑顔

プリクラで盛られないレベルのブス。(当時のプリクラはおよそ今のそれほど盛り盛りではなかったし、ほぼ写真に近かったけれどそれでも多少は可愛く写るものだ)

下校途中、他校の男子高校生にすれ違いざまに「うわブス!」と言われるレベルのブス。驚かせてごめんよ。

 

私の場合、「ブスダサオタクからおしゃれしちゃいけない」という強迫観念よりは「どーせブスダサオタクだしセンスもないし、つまりもし仮に多少は可愛くなれるとしても限度はあっという間に来る上に人並み以上に努力する必要があるわけでしょ、やってられっかめんどい」という、人になる努力<ブスでいる楽さを選んでいた節はある。-100を努力で0にしたところで0は0だし、そもそも普通の人は10努力10が手に入るんだからずるい。やだ。めんどくさい。というわけだ。

諦めというか、言い訳がましい。

それでも、そんな時間より漫画を描いたり読んだりする時間のほうが圧倒的に大事だった。平面に在る美しさが美だった。

 

転機がどこだったかは、はっきりとは覚えていない。多分、男性アイドルにはまって、コンサートに行くようになって、三次元の美しさ・可愛さを見るようになったせいだと思う。アイドルは総じて可愛いしかっこよかった。ちょっとおへちゃだったりぶさいくだったりするところも含めてだ。そこでおそらくは、私の中の美に対する概念が変わったのだ。

あと、アイドルを見る女の子たちも可愛かった。

コンサートへ行くにはおしゃれをするのが通例らしいと知り、別のアイドル好きな大学の友人に連れられて好きなメンバーカラーワンピースを買ってみた。褒められたし、その色がとても似合うと言われた。基本的単細胞なので、それに気を良くしてコンサートのたびにその色の服を新調した(これが紫だったので今思えば大変扱いにくい色の服ばかりよく集めたなそして着ていたな!と思うがそのあたりはアイドルオタクの性なので何も言えない。もっと扱いやすい色の人を好きになればよかったのに、なぜよりによって紫だったのだろう…)。その色を着慣れると、今度は「そうか君は濃い色が似合うんだね」と言われ、そうかと気をよくして赤だの青だのいきなりビビッドな色を取り入れ始めた。おしゃれし慣れていない人間ビビッドファッションなど、今思い出してもおぞましいけれど、とにかく「似合う(らしい)色」を言ってもらえて楽しくなって、せっかくならいい感じに着こなしたいと思ってファッション雑誌に手を出した。

With2007年2月号。なんとまだとってある。

ファッション誌には、服だけでなく、化粧品メイク方法特集も載っていたからそれに乗せられ、大学に入って2年ほどしたところでやっと毎日のお化粧もするようになった。派手色趣味と一重コンプレックス反動が相まって、カラーシャドウと極太アイラインでギラギラだった(当時アイプチはそこまで流行していなかったように思う)。できあがったのは、勘違い派手派手オタクブスだった。それでも、楽しかった。今思い出しても、恐ろしいけどおぞましくはない。楽しかった。

 

それから紆余曲折を経て、一重コンプレックスは根強くいまだにアイメイクは濃いものの、気づけばダイエットもなしに高校時代から10kgほど痩せ、メイクファッションビビッドカラーの使い方はある程度覚え、職場では一応人間の扱いを受けている。

新しいコスメ用品を買うのは楽しい。新しいお洋服を買うのも楽しい。お風呂上りにパックをするのが楽しいすっぴんから化粧を施して、いまだに一番慣れなくて苦手でへたくそヘアスタリングちょちょいとやって(でも頑張るとたまに褒められてまた嬉しくなる)、昨日買ってきたお洋服なんかに腕を通すのは、とても楽しい

痩せた分容姿をほめられることは増えたけれど、心の中では「いや目が覚めるほどのブスなんで」と思っている。周囲にあんまりイタリアンな感じの人が男女問わずいから、たまに勘違いして「私結構いけてるのかも??」なんて思っちゃいそうになるときもあるけれど、結局毎朝鏡を見ては「…おう、目が覚めるほどのブスとはこのことだな……」と思いながら顔を洗っているので勘違いしきれない。残念。

それでも、楽しい

人生のどの時間を切り取っても総じてオタクなので、いわゆる世間の可愛くて綺麗でセンスもよくておしゃれなフツウの女性とはまったく別の生き物なのは分かっているのだけれど、自分可愛いと思ったものを買って、身につけて、それを誰かが可愛いと言ってくれて(もちろんその「物」を)、言ってくれなくてもまあ別に私が可愛いと思って買ったんだしちょっと変でもまあいっかー劇的に変だったら誰か何か言ってくれるだろうで済ませて、それで働いてまた自分可愛いと思ったものを買う。可愛いと思ったものを少しでも可愛く身につけるために、パックしたりマッサージしたりする。楽しいんだな、これが。JKがおばちゃんに次ぐ強キャラなのは認めるけれど、私は明らかにJKより今が楽しいです。よく「人になる努力<ブスでいる楽さ」な精神が首をもたげるけれど、

今はブスでいる楽さよりも、人になる努力のほうが楽しいので、必要最低限の、苦にならない程度の「人になる努力」はしていこうと思える。-100を0にする作業も悪くない。深海から水面に上がってくる感動は、きっと空を飛ぶより大きい。

果たして0になれているのか、水面まで上がれているのかは分からないけれど。(多分なれていないし、上がれていない)

2016-10-19

私服OK!を鵜呑みにして面接に行ったら差別的面接にあった件

会社名は伏せておく。

転職サイトで見つけた求人面接に行ってきた。

私服OK!カジュアル服装でおこしください。

記載があったので、鵜呑みにして私服面接に望んだ。

デザインが関わる仕事なので、

スーツで行くほうが無難すぎて印象が悪いかな、

と勘ぐってしまたからだ。

会社に到着し、部屋に案内されてから

面接官が何度も部屋から出ていき、

なかなか始まらなかった。

10分ほど待ち、会社説明が始まった。

会社説明が終わってから軽く感想を聞かれ、

スーツで来ないのは非常識すぎる。」

と突然言われた。

一瞬何を言われているのかわからなかった。

しばらくして状況をようやく把握し、

「これはひっかけだったのか。しまった鵜呑みにしてしまった。」

絶望しました。

最初言い訳はせず、スーツで来ない非常識な人

というお叱りをひたすら聞いていた。

非常に申し訳ないと思ったからだ。

そのうちに面接官に

「君の親の職業は?」

と聞かれ、質問内容に疑問を感じつつ素直に答えたら、

「親が一般的企業で務めたことがないから、こんな非常識人間が育つんだ。」

と訳の分からないことを言い出した。

あなたの言う一般企業って何だよ。

少なくてもあなた会社面接方法からして一般企業じゃねーよ。

この時点で自責の念から一転、

私は聴覚シャットダウンすることに決めた。

それから面接官の口から出てくるのは、

親の職業への侮辱とその子である私自身の非常識さへの罵倒であった。

その時間は数十分にも及んだ。

正直私自身悪く言われるのは耐えられる。

でも親の悪口は耐えられない。

いい大人になってるのに、

関係ないでしょ。

そもそも差別的質問事項だと思うのですが。

ここでいい加減に耐えられなくなり、

サイト私服OK!と書かれていると

実際にサイトを見せて指摘。

手のひらを返したように謝罪(?)。

急に優しくなる。

もうね、非常に悲しかったです。

この会社はこっちから願い下げです。

それ以上に、誰も就職してほしくないです。

こういう会社が淘汰されることを祈り、ここに記します。

2016-10-17

ブスでもオシャレしていい

残念ながらブスに生まれさら小学生にしてオタク

5年生のとき、当時の自分の中で精一杯のオシャレだったヘアピンを「似合ってない」「調子こいてる」「きもい」とクラス馬鹿にされてから、『オシャレ』がトラウマになった。

今思えばくだらないことだが、あのときの私にとってはそうでなかった。小学生の私にとって学校は全世界だった。

からさらに地味な服を着るようになった。好きだった花柄シャツも着なくなった。気に入っていた髪飾りもつけなくなった。

オシャレをして攻撃されるのが怖かった。ブスで似合わないから、ブスが着飾っても見苦しいから、オシャレしてはいけない、資格がないと思うようになった。

その状態から全然成長できなかった。

中学高校大学ととにかく身なりに気をつかわなかった。髪は真っ黒モサモサひっつめ。所有するスカート制服のみ。私服ジーパンにヨレヨレパーカー。化粧はおろかスキンケア皆無。眉はボサボサ。オタクメガネ

それでも、いつか「綺麗になりたい」とは思っていた。

いつかパーマをかけて茶髪にして化粧をしてコンタクトにして、綺麗なスカートを履いてみたい。

今なら「したいならすればいい、アホか」と言ってやれるが、当時はそう思えなかった。

オシャレが怖いのに、オシャレに物凄く憧れていた。拗らせていた。

彼氏などいるはずもなく暇はあったので、アニメゲームの合間に勉強だけはした。コミュ力容姿抜きでも就職やすい分野を選んで必死勉強就活して、周囲より相当遅れたがどうにか内定をもらった(就活時は「マナー」として、ムラだらけのファンデーションだけは塗っていた)。

そしてやっと転機。就職して一年後、たまたま激務だった時期があり夕食を怠ったせいで計らずとも痩せた。Mサイズの服が着られるようになった。アニメが豊作だったり残業代が多く入ったりで浮かれた私は、これくらいなら許してもらえないか、と水色で花形ボタンがついたカーディガンを買った。それまで茶・紺・黒のヘビーローテーションだったから、自分としては大冒険だった。レジに持っていくとき比喩でなく本当に動悸がした。店中のひとが「ブスのくせにそんなの着るな」と思っているような気がした。病的だった。

そして二週間後(着る決心がなかなかつかなかった)、着て行ったら予想以上に職場で反応があった。小5のときとは違い、誰も馬鹿にしなかった。「珍しいね」「いいね」と言ってくれた。お世辞だとしても、何かが覚めるような気分だった。

ここでようやく考えた。

別にオシャレをしてもよかったのではないか

そもそも、誰も禁止してなどいなかったのではないか

かかる費用はもう自分で稼げるのだし、今の環境ではバカにもされないらしい。

何も問題無いではないか

割と単純な気質なので、遅くなってしまったが頑張ってみようと決めた。

しか魔法コンパクトがあるわけでも、テレビ企画のようにスタイリストが1日で大変身させてくれるわけでもない。一気に化粧品をそろえ服を買い替えるほどの財力があるわけもない。そもそも何から手をつけていいかからない。

から脱オタ系のサイトブログを読み漁り、書いてあることを少しずつ、素直に実行することにした。最低限のスキンケアにそれなりの化粧を覚えて、もう2キロ痩せて、近所のおばさん美容院でなくて街の美容院に定期的に行くようにして、眼鏡をかえて(コンタクトドライアイで無理だった)、タンスの中に白や緑、薄ピンクなんかが増えるまで一年かかった。もちろん失敗もあったが、ドラッグストアや服屋をキョドりながら探検して自分に似合うものを探すのが、いつからか楽しくなっていた。整形したわけでないので当然美人にはなれなかったが、いわゆる「小奇麗なブス」にはなれた。喪女であることもオタクであることも変わらないが、職場では褒められた。親も喜んでくれた。素直に嬉しかった。

汚いブスから小奇麗なブスになって、私の場合は間違いなく生きやすくなった。打ち合わせの相手が優しくなった。上述のとおりもともと職場ではひとに恵まれていたが、みんなさらに優しくなった気がした。店員が話しかけてくる系服屋に入れるようになった。洒落喫茶店で休憩できるようになった(もともと一人飯自体は苦じゃない)。バス電車で、隣に若いお姉さんがよく座ってくるようになった。その他諸々。で、今に至る。

上記の経験を得て思ったのは、「オシャレしたいならしていい」ということ。オシャレしなくてはならない!ではない。

別に興味がなかったり、そんなものよりもっと大事と思うことに追われていたり、そういうひとに「オシャレすべきだ」などと主張するつもりは一切ない。

しかしオシャレしてみたい、でもブスな私には許されない、どうせ似合わない、世界が許さない、そんな風に拗らせている私のようなひとがもしいるならば、「ブスもオシャレしていい」と言いたい。私の場合は、「美人」ではなくて「人」になるためにしている。美人にはなれないが小綺麗なブスにはなれる。生きやすくなる。楽しくなる。

オシャレは強要されるものではないが、逆に誰かにやめろと命令されるものでもない(校則仕事TPOは除く)。クラスメイトでも親でもなんでも、「ブスで似合わないからオシャレをやめろ」と命令する権限はないんじゃないだろうか。

普通のひとなら「当たり前だろ」と言いそうなことに気付いた私は、とても出遅れしまったが毎日楽しくブスオタクをやっている。

これはいいか悪いか微妙だが、ひとと会いたいという気持ちが生まれたのでオフ同人にも足を踏み入れた。オタク友達もたくさんできた。本当に毎日楽しい

しみじみとそんな回想をする小奇麗なブスオタクは、

今日も次の新刊ネタを考えながらポイント2倍のドラッグストア化粧水を買うのであった。

2016-10-12

私服涙目

http://anond.hatelabo.jp/20161012124613

ジャージで冬はウィンドブレーカー着てるのが一番安上がりで機能性が良いわけだが

スーツ機能性云々いう奴に限って実践してねえからな。

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