「支配権」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 支配権とは

2021-07-01

anond:20210701073350

左派論理ではインドでさえ共産主義者のおかげで帝国主義者支配権を与えなかったという考えらしい

まり民主主義が維持されているのは共産主義者のおかげという理屈

こんな連中とは議論は成り立たないよ

別な世界線で生きているとしか思えないからね

2021-05-31

反出生主義と神とフロイト

まとめ


デカルトから始まる近代的自我

デカルトといえば有名なのが「われ思う故にわれあり(コギト)」。ここから近代的自我が始まった。

あらゆるものを疑ってかかったとしても今思考している自分のこの思考自体存在否定できない。

よって思考している自分存在している。



自我というもの存在確立したデカルト三段論法西洋に影響を与えまくったが、特に注意しなくていけないのは神の存在を使わなくても自我存在規定できるという点だった。

でも実際のところデカルト自体はコギトから神の存在証明を行っている。神の存在証明する時代要請があったのだけれどそれについては後で触れる。

フランス革命と神の死

時代は流れてフランス革命が起こり国民国家誕生する。国民国家誕生すると神が死ぬ

どういうことかというと、それまでの王による国の支配がどういう理屈正当化されてきたのかということを説明する必要がある。

王権神授説」というやつだ。それまでの王族による支配権は神が王に与えた権利だった。

神がこの世界を作って人間も作ったのだから神には人間支配する権利がある。王は神に権利を与えられたので国民支配する権利がある。



中世神学者たちが大真面目に神の存在証明に邁進した理由がこれでわかるが、

彼らは頭の体操をしていたのではなく、国家の礎として必要公共事業として神の存在証明し続ける必要があったのだ。ご苦労さま。

ところが、王が打倒されて国民自分たちの代表によって自分たちを支配する国民国家が生まれると、神は必要なくなる。

これがいわゆるかの有名な「神は死んだである

そして神に変わったもの国民自我と理性のみとなり、国民は唯一絶対ものであるそれらによって自分自身の足のみによって立つことになる。

これにて「近代的自我」いっちょあがりだ。

神と反出生主義になんの関係が?


神が存在すると反出生主義は成り立たない。

なぜなら人間が生まれてくるのは神が「産めよ、増えよ、地に満ちよ。」といったからだし、日本で言えばイザナキ神が妻ともめて「いとしい妻よ。あなたが千人殺すなら、私は、一日に千五百の産屋を建てよう。」といったためだからだ。

これには同意意志確認も入り込む余地がない。

神様が決めたことだから仕方がないのである

なので神がいる前提だと反出生主義は成り立たない。

フロイトによる無意識発見


更に時代は進みフロイトが登場する。

フロイトといえば精神分析だが、あとで精神分析手法全然間違ってたということがわかったせいで、その功績についても一般的には忘れられている気がする。

フロイトの偉大な功績は2つあって、1つ目は「精神科学まな板の上に載せたこと」それ自体

2つ目は今回話題にしたい「無意識発見」。

フロイト夢分析過程人間が表層意識には浮かんでいない、既に忘却している過去トラウマに影響されて現在の行動を選択していることに気がついた。

患者自身自分理性的に考えて選択した結果だと思っていても実は意識に登ってきていない「無意識」によって人間の行動や症状が変化する。

これはすごい発見だった。それまでは人間の行動は意識、つまり自我コントロールしているとされていたのだから

フロイト無意識の例で言うと、チャップリンの「ライムライト」という映画がある。

あの映画オチヒロインは忘れていた過去トラウマを思い出し、それを乗り越えることで身体的な症状も克服する。

これはフィクションだし、ちょっとフロイト的すぎるので、もっと卑近な例を出すと、

犬が苦手だなあと思っていたら、実は記憶にないくらい小さな頃に犬に噛まれたことがあった、とか

梅干し写真を見たら、「梅干しをこれから食べよう」と意識しなくてもつばが出るとか(パブロフの犬)。

映画映像の途中で肉眼では認識できないように一枚だけコーラ写真を入れておくと映画館でコーラの売上がのびるだとか(サブリミナル効果)。

こういう感じで無意識人間の行動に大きく影響を与えるということは、今では常識にまでなっているけれど、これを言い出した始めの人がフロイトというわけだ。

フロイト原始的欲望とかが無意識の正体だと考えてなんでもそれで説明しようとして失敗したわけだが、(夢分析の本とか何でも性欲で説明しようとしていてやばい)。フロイトの後続の研究者たちは無意識概念さらに発展させていった。

不随意運動からエス

表層意識に上らないのに人間の行動に影響を与えているもの、といえば「不随意運動」だ。

たとえば、眩しい光みたら瞳孔が小さくなるとか、膝を叩いたら足が上がるとかが有名だけどそれだけじゃない。

心臓が動くのを意識して止めたり動かしたりできる人はいいから鼓動も不随意運動には入る。

呼吸も意識すれば止められるけど意識しなくても止まるわけじゃない。意識しているとき随意運動意識していないとき不随意運動といえる。

表層意識には上らないのでこれらも無意識だ。

ところで人間意識は脳の一部である大脳新皮質で起こっている反応であることもわかってくる。

脳のその部分以外で起こっているこのと大半も無意識下で行われている。細胞代謝とか。

さらさらに、全ての行動に当てはまるわけじゃんないみたいだけど、「人間がある行動をとろうと表層意識で考える一瞬前に、既にその行動を取るためのニューロンが発火している」なんて話も出てくる。

さてそうすると、どうなるかというと、人間自分意識自分の体をコントロールしているという考えは実は間違いで、人間活動の大部分は無意識コントロールしていることになる。

意識が肉体(無意識)をコントロールしているという従来の主従の逆転がここで起こっている。

ここまで来ると「無意識」を拡張しすぎて「無意識」ってなにって話になってしまう。細胞代謝のことを「無意識」という言葉でまとめるのは違和感があるから

ここでいいたいのは「表層意識下に上らないすべてのもの」みたいな意味であり、一般的言葉の「無意識」とはちょっと違うものになってしまうので哲学者はこれに「エス」とかい名前をつけた。

なんでコギトが間違ってるのか


意識ではなくエス人間の行動を決めるのである。というか人間が何を考えるのかもエスが決めているといえるのだとするとコギトがおかしなことになってくる。

「われ思う故にわれあり」ではなく、「われ思わされているゆえにエスがある。われはあるかどうかわからない」に修正しなければならない。

反出生主義は全てを理性で説明しようとしすぎる


反出生主義の理屈を雑にまとめると、

「生きるのは苦痛である苦痛でない場合もあるが生んでみないと分からないのでいわばギャンブルである

「生まれる際に両親は子に生まれてもいいかという同意を取っていない」

「よって生むのは無責任であり生むべきではない」

理屈の通った三段論法に見える。

しか人間の9割は無意識下の存在であることを踏まえて見ると、見え方が違ってくる。

第一登場人物である「子」は産まされるという受動的な立場ということになっているが、同意を取るべきタイミングには意識存在しない。つまり無意識である

無意識相手に無理やり生まれることを強制するのかと反出生主義者はいうのだが、これまでの議論無意識エス)こそが人間の大部分であることをこれまで延々と説明してきた。

で、重要なことはその「エス自体は生まれてこようとする方向性を持っている、ということである

今だに現代人は意識がなければ何も決定することはできないと思っているが、むしろ無意識が先にあって意識が後から形付けられたといえる。そして人間の肉体の不随意運動は生き残ろう、という方向で行動を起こす。

精子の蠕動だって不随意運動だし、卵子排出だって不随意運動なのでこれらはエスである

胎児は産道を通るとき自分の体をねじって頭蓋骨を変形させながら外に出てくる。生まれてこようとする意志がそこには感じられるが、もちろん意識自我もない。

だがそれらの反射が自分自身ではない、というのもおかしな話である

それらはエスであり、自分自身である


それらが全て生まれてこようという方向に方向付けられているのに、「本当は生まれてきたくなかった」というのはどういうことなのだろうか。

自意識肥大化


自意識、理性を過大に評価するのが現代人の病巣であってこれは単に、いまだにデカルト呪いがとけていないのだと思う。

「生まれてこないほうがよかった」という人間だって、それはそれで大変な状況なのは間違いないのだけれど、ひざを叩けば足が上がるし、急に熱いものに触れられたら自分を守るために手を引っ込める。

生きたくないとか言うけど呼吸は止められなければ、心臓勝手に動いている。

体中の細胞栄養を取り込んで代謝をせっせと行っている。

どう見ても肉体は生きようとしている。

やっていることと言っていることが違う。

でも不思議なことは何もない。自意識なんて人間のほんの一部でしかいかである

自己境界定義自我から少し広げることをおすすめする


自己定義自我に狭めるべきではない。それは単にその方が精神衛生上いいというだけの話ではなく間違っている。

エス定義自意識に上がらないすべてのものと書いたが、哲学者によるとこれはつまり自我」以外の「世界全て」のことを指すらしい。

流石にそこまで悟ることは難しいが、自己定義自分不随意運動、や無意識の習慣程度にまで広げておけばデカルトの作った罠にはまらないで済む。


哲学やっとこうぜ


若いうちに哲学やっとくといいよ。

2021-03-29

anond:20210323212301

結局、高潔であるか横暴である強者自身の一存で決められる時点で、弱者からしたら多大なリスクを負っているのと同じだからなぁ。

独裁政治リスクと同じだよ。

あと、ふんわりとした愛とか善意か抜きで損得だけで言えば、強者側は支配権を得られるという見返りがなければ弱者を助けるメリットもないしな。

理想的な家父長制ってあんまり現実的ではないと思う。

2021-01-27

G1 CLIMAX平成維震軍(反選手会同盟)が勝った世界線に住んでる

結論から言うと、正規軍が勝った世界線に住んでる人かわいそう。

以下、ざっくり現代までの歴史を書いていく。

橋本真也は日頃の不摂生が祟って病死長州力は小力とユニットを組むも爆死。両者の首は大阪城ホール入り口に晒される。蝶野正洋は「笑ってはいけない」のビンタ芸人となり実質引退

その後新日には何人かインディー出身レスラー移籍するが誰も定着せず不人気のまま。

新日なんて今もほとんど誰も見ていないマイナーリングの話は誰も興味がないと思うので話を元に戻す。

G1 CLIMAX終了後、越中詩朗が新団体代表になるも5年で引退。その後は後藤達俊代表代行になる。日本格闘技界は平成維震軍、NOAR、全日大日本などが乱立していたが、

総合格闘技ブームが起こらず、外国人レスラー招聘も進みエンタメ化が発展していったので時代遅れアンコ体型のレスラーは次第に消えていった。

その代わりにYouTuberとして人気を博した一般人エンタメレスラー化していく。というわけでこちらのプロレスの授業ではいちいち技の名前なんて覚えない。

そちらではやたらとストロングスタイルがもてはやされているらしいが、こちらではガチンコ(シュート)は前田アンドレ戦まではともかく、小川橋本戦以降はZERO-ONE旗揚げ引き起こし元凶で、野蛮で恥ずかしい存在しかない。

事前にシナリオが完成しているので、佐々木健介みたいなしょっぱーいレスラーベルトを長州するなんてことはなくなった。

90年代後半に入ると各インディー団体レスラーファンが蜂起して有刺鉄線電流爆破マッチなどが漸次的に認められるようになっていく。そちらとは違って新日の強権的な支配がないのでゆるやかにリベラル化していく素地があった。

UWF勢もUWFインター・RINGS両派が認められ、パンクラスとあわせて三大勢力になっている。その後、プロレス八百長説を信じる人も増えていく。

2000年になると前田日明がオランダ勢やロシア勢と手を組み法律禁止されていた総合格闘技の普及を始める。全国各地のライブハウスや潰れたパチンコ屋などが地下格闘技場となり、連日そこでダークマッチが開催された。

00年代後半になるとアメリカで金網ゲージの中で「なんでも有りルール」で闘う形式が人気となる。エンタメプロレスが主流となっていた日本レスラーも何人か参戦するが全く歯が立たない。

そんな状況を一気に変えたのが三沢光晴だった。こちらの世界三沢斎藤彰俊バックドロップをくらって死んだりはしていない。全日離脱後にNOARを経て初代タイガーマスクである佐山とともにタイガープロレス旗揚げしていた。

得意のエルボー武器海外総合格闘家相手に次々と勝ち進む三沢タイトルマッチブラジル人柔術家相手エメラルドロウジョンを極め戴冠した試合は最高視聴率91%を記録し、大河ドラマの題材にもなった。

返す返すも、そっちの世界のように新日本の野蛮なレスラー支配権を握らなくてよかったと思ってる。

2021-01-26

パンティーヶ原の戦いでパンティー軍が勝ったパンティラインに住んでる

結論から言うと、東軍が勝ったパンティラインに住んでる人かわいそう。

以下、ざっくり現代までのパンティー史を書いていく。

 

パンティー川家康関ケ原パンティーを被り討ち死に。パンティー川秀忠は切腹。両者のフンドシは一条戻橋に晒される。徳川家結城秀康が引き継ぐも程なくパンティー川家に改名され実質滅亡。

その後パン東ィーには何人か大名が移り住んだが誰も定着せず荒れ野のまま。

パン東ィーなんて今もほとんど人が住んでいないド田舎の話は誰も興味がないと思うので話を元に戻す。

パンティーケ原の戦い後、小早川秀秋白パンティーを履くも5年で病死。その後は豊臣秀頼白パンティーを履く。日本上杉、宇喜多毛利島津などが各地域を100年ほど分割支配し、相互監督をはたらかせていたが、パンティーぬがしっこが起こらず、外国との下着交易も進みパンティー業が発展していったので時代遅れ武士は次第に消えていった。その代わりに交易利益を上げた大名が豊臣を中心にパンティー体化していく。というわけでこちらの歴史の授業ではいちいち武将名前なんて覚えない。そちらではやたらと武士がもてはやされているらしいが、こちらでは武士鎌倉幕府まではともかく、室町幕府以降はフンドシしか履いていなかった印象で、野蛮で恥ずかしい存在しかない。交易パンティーが発展しているので、日本のせまーいフンドシでチンポなんてものを覆わせて税金徴収するなんてバカなことはパンティーケ原の戦いの50年後にはなくなった。18世紀に入ると各地域下着難民や縫製労働者が蜂起して自パンティー権が漸次的に認められるようになっていく。そちらとは違って武士の強権的な支配がないのでゆるやかにパンティー化していく素地があった。パンティー教も新旧両派が認められ、汎帝教と二大勢力になっている。その後、ヴァンディー教やパンツィル教を信じる人も増えていく。フンドシがいなくなっていくにつれてブリーフトランクスは消えていった。後述のように、近隣のアジア諸国でもトランクスは消えていった。今でも下着の残骸のようなものは残っているが装着する人は誰もいない。

 

19世紀になると大名支配していた地域で縫製労働者下着難民代表者からなるパンティー会と豊臣を首班とするパンティー人からなる下着会が設置されていく。いわゆる列強とも条約を締結したが、そちらの江戸幕府かいものが結んだような不平等条約ではない。もちろん条約下着会が承認する。19世紀の半ばにはアメリカヨーロッパ思想パンティー語に翻訳され、誰でも読めるようになっているが、モンテスキューロック思想パンティーと大して関係がないということで学校議論する程度。そちらの学校では武士の強権的な支配によって作られたせいで自由議論することは認められてないらしいけど、こちらは子どもたちが自由パンティーを履いて走り回るのがメイン。この教育きっかけにパンティー族の力は次第に失われていく。19世紀半ば以降は欧米列強に対抗するため、近隣諸国連合巨大パンティーを形成する構想が何度も浮かぶアジア大陸では日本と同様、汎帝教とパンティー教がメイン。フンドシ教は非合理的なので衰退。ここでは一致できるのだが、しかし、ヨーロッパ発の裸体主義思想の影響もありうまくいかない。結局最初は2~3か国の同盟からパンティ連合が始まる。19世紀終盤にはアジア圏と欧米列強との間で大きなパンティ戦争が起きる。フンドシのような抑圧的で野蛮な下着が早い時期になくなり、無駄戦争はしなくなっていったこともあり、1年ちょっとで早々に講和条約を締結。20世紀を迎える。

 

20世紀に入ると漸次的に汎アジア国家条約連合(PANTY)が形成されていく。PANTYはそれぞれの装着者で温度差はあるものの人体の曲線的な魅力を布地が補強するコンセプトからなる。パンティ列島地域は力を失ったパンティー族が政治的な実権を失い、国民代表からなる下着会と各地域代表者からなる元パンティー院、PANTY議会派遣される議員存在している。ヨーロッパで発生したヌーディズムと戦う第二次世界大戦こちらの世界でも勃発する。しかし、パンティ地域に没個性で野蛮なフンドシが存在しないこちらの世界では他国侵略を行うようなことはない。PANTY含む連合国がイタリアヌーディストノーパンドイツを倒して戦争は2年半で終結。その後、PANTYとブルマ圏、欧米諸国との間でイタリアドイツを再建。アジア大陸では中国全裸党とPANTYの戦いが続くが、1964年に休戦。中華全裸共和国はそちらの世界よりも規模がかなり小さく(朝鮮半島の付け根北部地域のみ)、影響力もあまりない。PANTYは中東諸国に対するブルマ圏やアメリカ侵略から防衛にあたり、友好関係現在に至るまで結び、勢力圏を拡大。意地でもヌーディズムを譲らないソ連と意地でもブリーフを手放さなアメリカ1980年代になると衰退していく。インド中東諸国が加入したことでPANTYは汎アジアインド中東国家条約連合(PANTIES)へと改組される。PANTIESとブルマ連合アメリカソ連の再建の中心となる。

21世紀に入ると世界はPANTIES、ブルマ連合全裸連合ノーパン連合、紐パン連合連邦国家構成されていく。返す返すも、そっちの世界のように東パンティーの野蛮な武士支配権を握らなくてよかったと思ってる。

関ケ原の戦い西軍が勝った世界線に住んでる

結論から言うと、東軍が勝った世界線に住んでる人かわいそう。

以下、ざっくり現代までの歴史を書いていく。

徳川家康関ケ原で討ち死に。徳川秀忠切腹。両者の首は一条戻橋に晒される。徳川家結城秀康が引き継ぐも実質滅亡。

その後関東には何人か大名が移り住んだが誰も定着せず荒れ野のまま。

関東なんて今もほとんど人が住んでいないド田舎の話は誰も興味がないと思うので話を元に戻す。

関ケ原の戦い後、小早川秀秋関白になるも5年で病死。その後は豊臣秀頼関白になる。日本上杉、宇喜多毛利島津などが各地域を100年ほど分割支配し、相互監督をはたらかせていたが、戦争が起こらず、外国との交易も進み商業が発展していったので時代遅れ武士は次第に消えていった。その代わりに交易利益を上げた大名が豊臣を中心に貴族化していく。というわけでこちらの歴史の授業ではいちいち武将名前なんて覚えない。そちらではやたらと武士がもてはやされているらしいが、こちらでは武士鎌倉幕府まではともかく、室町幕府以降はの混乱を引き起こし元凶で、野蛮で恥ずかしい存在しかない。交易経済が発展しているので、日本のせまーい土地で米なんてものを作らせて税金徴収するなんてバカなことは関ケ原の戦いの50年後にはなくなった。18世紀に入ると各地域農民労働者が蜂起して自治権漸次的に認められるようになっていく。そちらとは違って武士の強権的な支配がないのでゆるやかにリベラル化していく素地があった。キリスト教も新旧両派が認められ、仏教二大勢力になっている。その後、ユダヤ教イスラム教を信じる人も増えていく。武士がいなくなっていくにつれて神道儒教は消えていった。後述のように、近隣のアジア諸国でも儒教は消えていった。今でも神社の残骸のようなものは残っているが参拝する人は誰もいない。

19世紀になると大名支配していた地域労働者農民代表者からなる議会と豊臣を首班とする貴族からなる議会が設置されていく。いわゆる列強とも条約を締結したが、そちらの江戸幕府かいものが結んだような不平等条約ではない。もちろん条約議会承認する。19世紀の半ばにはアメリカヨーロッパ思想日本語に翻訳され、誰でも読めるようになっているが、モンテスキューロック思想自分たちのやっていることと大して変わらないということで学校議論する程度。そちらの学校では武士の強権的な支配によって作られたせいで自由議論することは認められてないらしいけど、こちらは子どもたちが自由議論して学ぶのがメイン。この教育きっかけに貴族の力は次第に失われていく。19世紀半ば以降は欧米列強に対抗するため、近隣諸国連合国家形成する構想が何度も浮かぶアジア大陸では日本と同様、仏教キリスト教がメイン。儒教は非合理的なので衰退。ここでは一致できるのだが、しかし、ヨーロッパ発の社会主義思想の影響もありうまくいかない。結局最初は2~3か国の同盟から連合が始まる。19世紀終盤にはアジア圏と欧米列強との間で大きな戦争が起きる。武士のような強権的で野蛮な人間が早い時期にいなくなり、無駄戦争はしなくなっていったこともあり、1年ちょっとで早々に講和条約を締結。20世紀を迎える。


20世紀に入ると漸次的にアジア太平洋連合国家APS)が形成されていく。APSはそれぞれの構成国で温度差はあるもの民主的憲法国民が制定した国家からなる。日本列島地域は力を失った貴族政治的な実権を失い、国民代表からなる議会と各地域代表者からなる元老院APS議会派遣される議員存在している。ヨーロッパで発生したファシズムと戦う第二次世界大戦こちらの世界でも勃発する。しかし、日本地域に強権的で野蛮な武士存在しないこちらの世界では他国侵略を行うようなことはない。APS含む連合国がイタリアファシストナチスドイツを倒して戦争は2年半で終結。その後、APS共産圏欧米諸国との間でイタリアドイツを再建。アジア大陸では中国共産党APSの戦いが続くが、1964年に休戦。中華人民共和国はそちらの世界よりも規模がかなり小さく(朝鮮半島の付け根北部地域のみ)、影響力もあまりない。APS中東諸国に対する共産圏アメリカ侵略から防衛にあたり、友好関係現在に至るまで結び、勢力圏を拡大。意地でも共産主義を譲らないソ連と意地でも資本主義を手放さなアメリカ1980年代になると衰退していく。インド中東諸国が加入したことAPSアジア太平洋連邦共和国(FRAP)へと改組される。FRAPと欧州連合アメリカソ連の再建の中心となる。


21世紀に入ると世界はFRAP、欧州連合北米連合南米連合アフリカ連合連邦国家構成されていく。返す返すも、そっちの世界のように東日本の野蛮な武士支配権を握らなくてよかったと思ってる。

2020-12-31

anond:20200731121747

織田信長までは日本の局地的な支配権しか持ってないのでアウト。

西郷隆盛明治政府内の軍政面の権力しか持ってないのでアウト。

豊臣秀吉権力はすごいがその分武士を増やしすぎた結果分裂状態に陥ったのでアウト。

大久保利通は権勢をふるったのは内務卿になった時期だけでしか短期間で暗殺されたのでアウト。

2020-12-12

anond:20201211083327

あらゆる社会運動は(権力闘争であることを忘れてはならない

マウンティング()冷笑しているが、これだって場の支配権をかけた権力闘争とも解釈できる

人権のための運動が、恵まれない人びとの救済を謳いながら、現体制が受け入れがたい要求絶対に外さないのは、体制妥協させることによって人権保全を実現するのが目標ではなく、現体制にとってかわるのが究極の目標から

半島政争をみているとよくわかる

増田が、隠蔽された目標に気づかずにお題目に酔っているだけの雑魚なのか、隠蔽する側に加担している党派指導層なのかわからないけど

2020-11-19

支配できないので支配される人々

 支配されるということは甘美なことで、大抵の人はそのことを悪徳(vice)であると思い込んでいるみたいだけど、実際のところ何かに支配されることによって安穏と振る舞っている人間は多い。

 人が誰かから支配を望む理由は色々あるのだけれど、煎じ詰めると一つの理由収束することになる。要は、自分自分支配できないから、誰かに支配して貰いたいのである。人は多くの場合自分自身を支配することができない。自分の行動原理を把握できず、その行動原理からまれるところの行動を把握できず、コントロールすることができない。人は自動人形のようにふらふらと手足と口を動かして、声帯を震わせて寝て起きて飯を食って排泄することを繰り返している。繰り返し、繰り返し、繰り返し。

 自分支配するということは極めて難しい。まず、自己支配を目指すためには、自己支配するところの原理を把握し、その原理の根っこを掴むところから始めなければならない。つまり自分の行動原理根底を自ら認め、把握し、その支配権を無意識ではなく有意識へと移し替える必要があるのである

 無論心臓の鼓動とかの不随意運動支配することはできないとしても、自分がどういう原理によって行動しているのか、何を求めているのか、そういう事柄理解し、その認識の背後に回り、メタ視点から認識や行動をある程度コントロールすることは決して人智を超えた行為などではない。単に、幾らか理性的行為範疇に過ぎない。それでも、多くの人々にとってその行為は極めて困難であると言わざるを得ないのが現状である

 例えば、誰かが誰かを悪者にしているとする。ここに悪い人がいます、と誰かが言っているとする。

 そのような際に、人々の取れる行動は大きく分ければ三つである。つまり肯定すること、否定すること、無視することの三つである

「確かにこいつは悪人ですね」という態度を取るか、「いやいやこの人は悪人ではないでしょう」という態度を取るか、「知らんし」という態度を取るかの三つの内のどれかを選ぶのが、多くの人間である。で、最近はこの中で肯定立場安易に選び取る人間が多いように思う。まあ、実際この世の中には救いようのない悪人がいるし、仮にそういう人間が居たとして、その悪事が明るみなった時に、多くの糾弾を向けることはそこまで間違ったことではないのだけれど。

 ただ、やはり人が自分の行動原理を把握しておくことは必要なのだと思う。つまり、この場合には、「何故自分は『悪人がいるよ!』という意見に対して肯定立場を取ったのだろう?」という思考をする必要があるということである。「何で自分悪人存在糾弾する側に回ったのだろう?」と考えることが必要なのである。色々と理由はあると思う。「自分正義を愛するから」「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」「単に誰かをやっつけたいから」「暇だから」「刺激を求めているから」「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」色々な原理が思い浮かぶことと思う。このように色々な原理候補が浮かんだとすれば、次にその真贋の区別を行う必要もまたある。「自分正義を愛するからウソつけ。「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」ウソつけ。「単に誰かをやっつけたいから」あり得る。「暇だから事実だ。「刺激を求めているから」どうだろう。「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」あるいはそうなのかもしれない。

 と、こんな具合に色々自分の行動の理由仮定し精査するという行為が、自分の行動を律する前段階として必要になる。でも、はっきり言ってこのような行為は面倒だし、そもそも自分の行動原理を把握し自分の行動を支配するというプロセスに、一体どのような利点が存在するのかと問われると、いかんせん答えに窮する。はっきり言えばそんな利点など無いし、むしろデメリットであれば明確に存在している。つまり思考リソース自己反省に割かれることによって、脳の処理能力総合的に減退するのである判断に遅れが生じ、瞬間的な即興的な判断能力が後退し、要するにどんくさくなる。しょうもないミスを繰り返したりするようになる。

 そんな具合に、人は自分を把握するのが困難である自分の行動原理を把握することが困難だし、把握することさえ困難なのだから、行動原理コントロールすることなど尚の事難しい。しかも、仮に行動原理コントロールできたところで、それは自分にとってメリットのある行為とは言えないかもしれないわけだ。そんなこんなで、人は自分を把握することを諦め、自分コントロールすることもまた諦める。別に、諦めたところで損があるわけでもないのだ。というか、むしろ明らかに得なのである


 というわけで、人はナチュラル自分支配することを諦める。人は、自分支配せずに、自分を把握せずに、自分理解せずに、時に何かを貶し、冒涜し、何かを貶める。そして、何かを壊す。自分のやっている行為について反省することはない。自分の行動原理について反省することはない。

 それはコストが大きすぎる割にリターンの少ない行為からである。よって、人は自分コントロールすることを諦める。

 人は自分支配することができない。だからこそ、誰かが自分支配することを心の底では望んでいるのだ。水は流れる。人は支配される。そうして今日地球は回る。幸いなるかな、水は流れる

支配できないので支配される人々

 支配されるということは甘美なことで、大抵の人はそのことを悪徳(vice)であると思い込んでいるみたいだけど、実際のところ何かに支配されることによって安穏と振る舞っている人間は多い。

 人が誰かから支配を望む理由は色々あるのだけれど、煎じ詰めると一つの理由収束することになる。要は、自分自分支配できないから、誰かに支配して貰いたいのである。人は多くの場合自分自身を支配することができない。自分の行動原理を把握できず、その行動原理からまれるところの行動を把握できず、コントロールすることができない。人は自動人形のようにふらふらと手足と口を動かして、声帯を震わせて寝て起きて飯を食って排泄することを繰り返している。繰り返し、繰り返し、繰り返し。

 自分支配するということは極めて難しい。まず、自己支配を目指すためには、自己支配するところの原理を把握し、その原理の根っこを掴むところから始めなければならない。つまり自分の行動原理根底を自ら認め、把握し、その支配権を無意識ではなく有意識へと移し替える必要があるのである

 無論心臓の鼓動とかの不随意運動支配することはできないとしても、自分がどういう原理によって行動しているのか、何を求めているのか、そういう事柄理解し、その認識の背後に回り、メタ視点から認識や行動をある程度コントロールすることは決して人智を超えた行為などではない。単に、幾らか理性的行為範疇に過ぎない。それでも、多くの人々にとってその行為は極めて困難であると言わざるを得ないのが現状である

 例えば、誰かが誰かを悪者にしているとする。ここに悪い人がいます、と誰かが言っているとする。

 そのような際に、人々の取れる行動は大きく分ければ三つである。つまり肯定すること、否定すること、無視することの三つである

「確かにこいつは悪人ですね」という態度を取るか、「いやいやこの人は悪人ではないでしょう」という態度を取るか、「知らんし」という態度を取るかの三つの内のどれかを選ぶのが、多くの人間である。で、最近はこの中で肯定立場安易に選び取る人間が多いように思う。まあ、実際この世の中には救いようのない悪人がいるし、仮にそういう人間が居たとして、その悪事が明るみなった時に、多くの糾弾を向けることはそこまで間違ったことではないのだけれど。

 ただ、やはり人が自分の行動原理を把握しておくことは必要なのだと思う。つまり、この場合には、「何故自分は『悪人がいるよ!』という意見に対して肯定立場を取ったのだろう?」という思考をする必要があるということである。「何で自分悪人存在糾弾する側に回ったのだろう?」と考えることが必要なのである。色々と理由はあると思う。「自分正義を愛するから」「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」「単に誰かをやっつけたいから」「暇だから」「刺激を求めているから」「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」色々な原理が思い浮かぶことと思う。このように色々な原理候補が浮かんだとすれば、次にその真贋の区別を行う必要もまたある。「自分正義を愛するからウソつけ。「自分は悪をやっつけることで世界を良くしたいから」ウソつけ。「単に誰かをやっつけたいから」あり得る。「暇だから事実だ。「刺激を求めているから」どうだろう。「何を喋っていいのか分からないので、とにかく誰かを糾弾するという形式を借りて、何でもいいか自分についての情報を発信したいから」あるいはそうなのかもしれない。

 と、こんな具合に色々自分の行動の理由仮定し精査するという行為が、自分の行動を律する前段階として必要になる。でも、はっきり言ってこのような行為は面倒だし、そもそも自分の行動原理を把握し自分の行動を支配するというプロセスに、一体どのような利点が存在するのかと問われると、いかんせん答えに窮する。はっきり言えばそんな利点など無いし、むしろデメリットであれば明確に存在している。つまり思考リソース自己反省に割かれることによって、脳の処理能力総合的に減退するのである判断に遅れが生じ、瞬間的な即興的な判断能力が後退し、要するにどんくさくなる。しょうもないミスを繰り返したりするようになる。

 そんな具合に、人は自分を把握するのが困難である自分の行動原理を把握することが困難だし、把握することさえ困難なのだから、行動原理コントロールすることなど尚の事難しい。しかも、仮に行動原理コントロールできたところで、それは自分にとってメリットのある行為とは言えないかもしれないわけだ。そんなこんなで、人は自分を把握することを諦め、自分コントロールすることもまた諦める。別に、諦めたところで損があるわけでもないのだ。というか、むしろ明らかに得なのである


 というわけで、人はナチュラル自分支配することを諦める。人は、自分支配せずに、自分を把握せずに、自分理解せずに、時に何かを貶し、冒涜し、何かを貶める。そして、何かを壊す。自分のやっている行為について反省することはない。自分の行動原理について反省することはない。

 それはコストが大きすぎる割にリターンの少ない行為からである。よって、人は自分コントロールすることを諦める。

 人は自分支配することができない。だからこそ、誰かが自分支配することを心の底では望んでいるのだ。水は流れる。人は支配される。そうして今日地球は回る。幸いなるかな、水は流れる

2020-08-10

anond:20200810210552

戦力は多いほうが勝つので、少ないから負けただけ

防衛能力がなかったら輸入品が何も買えなくなって交渉国の面倒な仕事を全部させられるだけになるから最低限国際間で死ぬ人の準備が必要

殺されたら被害を届けて国の集まりで多いほうが交渉を有利に進めようと判断してもらえるので軍隊必要

永世中立国銀行国益賄うのは保護国連携をふやすため

日本独自文化日本人の安全を願うのだったら団結して国防を含めた国益に貢献すべき

外国ではみんなやってる自民族確立のための努力をしてないのは南国パラダイスの古民族日本人くらいなもの

日本は何度か受けた空襲民間人の死者被害戦争法違反で訴えるべきだったが戦争で勝とうとして被害届をださずに腕に覚えのある知人をたよってみんな負けたので結果負けた

第二次世界大戦アメリカ警察を押さえてた 日本降伏させたのは「UNアメリカではなく国際連合 国際間組織が実質降伏させたので悪いのは日本という事

(いまは国際連合中国が抑えているので数年来抑圧してるチベットとかウイグルとか最近香港などは中国正義がまかり通ってる)

戦争死ぬ役割がでると意見として死なせるなという風潮がおきて国民の何割くらいまで被害がでると戦意喪失されるという結果に至るのであらかじめ死んでもよいまたは死ぬため死なないようにする訓練を受けたもの必要になるので死なない国民をつくるために兵隊組織する

人間人間を殺すという行為自体効率が非常に悪く一人が一人ないしは三人程度を相手にすることくらいが限度 そのため数千の大軍に数百の軍勢勝利したり中央突破できたりする

これを全否定するのが核兵器 つづいて大量殺りく兵器 人を殺すのが戦争なのになぜ効率化がよくないのか 暴力の勝ち負けが戦力の維持が不能になることだから 第二次大戦では戦力自体日本底なしだった(一億総何々)

日本は何割まで死ね戦意喪失するかという基準アメリカの想定をはるかに超えていたため脅威とされそれを人道的と称して講和にもちこんだ(原子爆弾による民間人の大量殺戮上層部の情に訴えた)

戦争ルールを覆すので日本降伏後そういうのはダメ教育に盛り込まされた ベトナムでは軍備量だけでは勝ててない ベトナム民間人を含めてやたらと殺しても許されない程度に世情がうご情報網の発達があった 中国情報統制がうまくいってる(と思ってる)のでこそっと民族殲滅をしてる(ばれても国連に食い込んでるので黙殺

軍備合戦になると天井知らずになるという危惧について、軍備合戦天井相手が戦力の維持が難しいと思わせるところまででよい

国際協力や単体の戦力などで、もし状況が悪化した場合安全維持の名目他国が護衛に入ってくるとそれに見合った戦力を維持することが難しいとなるところで十分

また軍事目的産業国内生産があがる 国力の増加で内需を軍需にまわせる この循環のための一次産業金属と油でよいため生産性が高い

生産性の低い弱小食物輸出国植民地支配を免れているのは国際的連携において面倒な生産部分を担っているため 近代化するといやがらせをうける

軍備の生産をつづけると償却材がでてくるので紛争地帯必要になる 金属と油のあるところには軍事介入が容赦なくされる

日本語がわからない人に簡単説明すると、防衛目的で人の壁を築ける人がいないと被害届を出せる状況にもっていけないので、敵がきたら前にたって死なないように抗う人が必要なだけ それが防衛の人の仕事

境界線に敵が軍事力をもってきたときアルバイト募集で「最前線生活する人募集」でも軍隊と同じ役割ができる(国際組織が正常に機能していたら、国際法違反とかで訴える)がそんなのだもこないのであらかじめ死ぬように(死なないように)訓練されて、死んでほしくない人のかわりになる仕事がいる(兵力

毎回殺されてから被害届をだすのもなんなのであきらかに国際的に定められてる蛮族がくると攻撃してもよいため攻撃手段はほしいところ

人が人をころさないという事が絶対的保障されたら、被害が発生しないので、補償必要はないので、補償を履行させるための力が必要なくなる 人が人をころさなとはいえいから力が必要でそれが殺される局面において抵抗するだけの軍備

欧州の国みたいに国単体では軍事力はないがほかの国から出してもらってるところもある

永久戦争しないって宣言してる国が軍隊をもっているのは攻め込んで戦争する、悪い奴は積極的にやるとかのためにあるわけではなく、攻撃されてもみんなの役に立っている事は自力防衛するのでわたしの国をいろんな国むけに使ってほしいという事のため

永久戦争しない宣言の国の銀行員が不正な行動をしたとき軍隊がないので国際的な介入がされたとき実質支配権安全確保のためという名目の上でその軍事力の国がもつことになる(その時々の違反を正しい「保安部隊」が維持するため)

巨大な兵器や新しい武装や洗練された技術者兵員)が必要なのは その場所まで移動する手段必要なため巨大な引っ越し業者生活もできる)という隊が必要なだけ(兵隊

最新設備や強い武力相手攻撃してきた場合それに耐えかつ攻撃者を撃退することが可能であるようにするため(できるだけ自軍は死んでほしくない相手正当防衛で事の次第による)

海や陸や空においてそこで人が活動しなおかつ問題対処する能力必要な人にそこにいてもらうための能力軍事

日本はそんなに気にしなくていいよアメリカがそれ出してあげるから問題があった場合正義平和のために「アメリカルールアメリカ軍)が動くけどね)というのを国際間協力という名目沖縄とか全国に基地被害者となってくれる率先して前線引っ越してくれる役の拠点)を設けてる

もちろん日本問題があった場合は、国際協力として「アメリカ軍が日本拠点制圧する」ってことがあってもしょうがないよね(しょうがなくないので自衛必要だと思われる)

巨大な軍備があれば国は守れる それはたしかに守れる それは人が人を殺すのは効率が非常に悪いという点から人が多く兵器の数があれば強いわけではない

現に核兵器がそれを示して結果を出している しかたなく民間人を殺すけどというのを武力というなら兵力としてそれを備えないのが核非武装 防衛あくま自衛手段攻撃をしてくる民間人ではない敵対者(時に人間という前提でほぼ人間

どの戦争でも核保有すればいいだけ ただ核兵器使用目的破壊殺戮のみなのでこれほど純粋目的を完遂するものはないので保有国はほかに保有国がふえることを厳しく制限している

内戦移民のつづく国は軍備を高めて核を保有すれば近隣国との交渉もしやすく豊かになっていくが一般的兵器が余る国はそれを消化したいしその的を国際協力という名の元に他国から募りたい

中国国連アメリカソ連兵器の消化を紛争地帯でしないよう根本的な解決を試みたら具体的な中国問題に実力を行使するかもしれないが国防費の循環とGDP成長を握られているのでおおよそ悪いとは言えない

2020-07-05

オフ会初体験した人狼ゲームトラウマを背負った話。

大分前の話になるが、人狼をやるオフというものに参加した。

人狼ブームなんて時代はとっくに過ぎ去っていて、安定したジャンル確立してから随分経つ、くらいの時期だったと思う。

人恋しいしオフ会でも行ってみるかーって探してたら、たまたまその人狼会が目に留まったんだ。

人狼ゲームには長いこと薄っすら興味があったし、参加してみることにした。

初心者も歓迎!と書いてあったし大丈夫だろうと。

何の準備もしないのはさすがに不安なので、事前に基本ルールだけ予習。

といってもゲームの流れや役職の種類、能力を一通り読んだだけで、実際にゲームやってる様子を見たりとかプレイログ読んだりとかは全然してなかった。

戦略とか予習しまくって頭でっかちになるのもどうかな、

こんだけプレイ人口の多いゲームだし初心者でもそれなりに楽しめるだろう、

役になりきるの楽しそうだし勝ち負けに拘らず気楽に参加してみよう、

という考えで。

これが大失敗だったんだ。

何を今更と言われるかもしれないが、人狼は騙し合いのゲームだ。

しかも割と殺伐とした部類の。

そんなことはつゆ知らず、オフ会当日。

参加者10人ちょいの若い男女だった。

多分20〜30代くらい。

プレイ歴の割合は、バリバリプレイヤー、ライト層、初心者がそれぞれ均等にいる感じ。

初心者歓迎!の言葉に嘘は無く、最初主催者の丁寧なルール説明があり、まずは一回やってみましょうって流れに。

カードが配られ、最初の昼のターン。

早速バリバリ勢がすごい勢いで場を仕切り出した。

互いの意見の隙を突き、畳み掛けるようなマシンガントークで場の支配権を奪い合うバリバリ勢たち。

何だこれ……誰が何を言ったとか全然覚えらんないし、大体語気強すぎない……?尋問かよ……思ってたのと違うしなんか怖いわ……。

もちろんあくまゲームなので、本気で相手人格攻撃してる訳じゃない。

分かっちゃいるが、目の前で繰り広げられる論戦に若干縮み上がっていた。

自分議論ディベート慣れしてない人間ってのもあるだろうけど。

そんなことを考えてるうちに、あっという間に1ゲーム目が終了。

終始置物状態だったが、主催者自分を含めた初心者組にあたたか言葉をかけてくれた。

初心者歓迎!の言葉マジで嘘は無かった。

この時は、自分でもまあ一回目だしこんなもんだよねって思っていた。

内心嫌な予感はしていたけれど。

ゲームは次々と進んでいく。

他の初心者組は、果敢にも攻めた発言トライするようになっていった。

未だにどう振る舞えばいいかからず、ずっと沈黙を守っているのは自分だけだった。

ところで、人狼ゲーム参加者積極的自分の役を演じることが求められる。

そういうゲームなのだ

ただまごついて押し黙るのと、戦略沈黙は異なるのだ。

例えるなら、バスケでゲームの流れを把握しつつあえて遠くでボールを待ち構えるのと、運動が苦手でプレイに参加できず端の方で突っ立ってるのが全く違うのと同じだ。

後者はやる気のない奴、役立たず、協調性の無い奴と見なされ、運動部の連中に散々こき下ろされる。

そう、妙に具体的な例え話から分かる通り、人狼ゲームでどうしていいかからフリーズし続ける状況が、自分人生の数々のトラウマとばっちりリンクしてしまったのだ。

ついでに言うと、語気の強い言葉キャッチボールも苦手だし。

本当、お前どうして参加したんだよ。

話を戻すとして。

いい加減他の参加者視線が痛い……気がする。何か言わなきゃマズい……。でもタイミングが掴めないし、第一何を言えばいいのかさっぱり分からない……。

そんな時、慣れてるっぽい参加者が話を振ってくれた。

チャンスだ!とおどおどしながら懸命に答えた。

席の近い美人女性に「素直だね〜クスクス」って笑われた……。

これはご褒美……じゃないんだよな……。

悪意が無いのは分かっていたけど、学生時代カースト上位の女子馬鹿にされまくったトラウマが蘇り、めっちゃ心に刺さった。

その後も、気遣われて話を振られても自分のロールを分かってない発言を連発し、場を凍りつかせまくった。

もう帰りたいです……。

そんなこんなでオフ会は終了。

この後メシ行く人〜とワイワイ盛り上がる彼らから、逃げるように帰宅した。

まとめると、

人狼ゲーム自分に全く向いていないし楽しめなかった

・それだけなら興味を失って終わりだったが、ゲーム内容と相性が悪すぎて、要らんトラウマを増やしてしま涙目

ってことです。

つい最近、「人狼初めてやった時慣れたプレイヤーに馬鹿にされまくって人狼嫌いになったわー」って話を見かけて、ああ合わない人はトコトン合わないゲームなんだな……って思ったので、トラウマ供養も兼ねて吐き出すことにした。

これだけは言っておきたいが、自分が参加した人狼の会のメンバーは本当にいい人たちでした。

初心者にもちゃん配慮してたし、右も左も分からないカモをいきなり吊ろうとする人たちじゃ無かったし。

ただ自分の順応性の無さと場違いさが想像はるかに超えていただけで…。

おわり。

2020-07-02

 全国30万人のプロデューサーの皆様こんばんは。346プロダクション興行テキサスNTRデスマッチのお時間がやってまいりました。実況解説は私、謎の絵描きアイドルと緑の天使の両名で、ここ346プロダクション最上特設リングよりお送りしまス。昨今の事情により実況解説共にテレワークとなりますがご了承下さいッス。

 さあ選手の入場でス。赤コーナーからは153cm、88ポンド、78-54-80の佐久間まゆ選手が、セコンドプロデューサーを従えて入場しておりまス。さて、青コーナーから個人情報選手意向により未公表ですが、非常に鍛え上がられたと申しますか、逞しさ雄々しさの権化かのような竿役が、歓声とブーイング半々といったところで入場しておりまス。

 ここで何か試合ポイントといいますか、見どころといったところをご教授いただければなと。

 あゝ、まあ今回、アレですね、佐久間選手の待望の初戦でありますから、過度な期待は酷かもしれませんが、ま、プロデューサーとのスパーリングの成果と申しますか、事前の公開スパーでも見せました攻めの姿勢をですね。渾身といいますか、序盤から攻めて相手を詰めていくスタイルがどこまで通用するか。そういったところが非常に気になりますよね。ま、今回の対戦相手と、スパーリングパートナーも務めるセコンドである佐久間選手プロデューサーとね、ま、どっちが雄としての格上かの勝負みたいなところもありますから。そこらへんも見どころになってきますよね。

 なるほど、ありがとうございます佐久間選手だけでなく、セコンドであるプロデューサーの雄の意地をかけた代理闘争でもあるというわけですね。両陣営プライドをかけた一戦まもなくゴングです。



 ゴング鳴りまして、両者ロックアップでしっかりと組み合った。

 ロックアップといえばね、アレですよね。やはりどの選手も言います通りね、こうガッと組み合うと、相手の実力がね、こう、分かるってのはよく聞きますよね。ま、私がね、現役のときは、こうアレにね、あまりグラップリングに頼らずにね、試合運びをしたもんですから、アレするってのはまぁなかなかなかったんですけども、ま、それでも組み合ったときってのはね、相手の力強さとかそういうのが分かりますから。今の佐久間選手スパー相手との違いを実感してるんじゃないんですか。

 なるほど。ここで戦況動きまして、キス攻撃であります佐久間選手これは完全に不意打ちを受けたか、防戦一方いけない展開完全に舌まで嬲られております。ここで入ってきた資料によりますと、普段プロデューサーとのキスは優しく触れ合う程度のを長時間、というのがほとんどだそうです。

 あゝ、これはマズいですね。ここ最近言われるヤバイわよ!と言うやつですね。

 と、言いますと?

 資料ですとね、スパーリングでもほとんどが優勢のままフィニッシュ、劣勢からの逆転というのは全く経験がないということですから、ま、このままもしかすると一方的試合運びになるのではないか、という不安が出てきますよね。

 ここで佐久間選手、頭を押さえられた、これは逃げられない。雄の優劣をつけたか脚すら震えてきております

 あっとここで佐久間選手動いた!解けたロックアップ自由になった両の手で反撃の手コキであります菩薩の如き包み込むような手コキで反撃の狼煙を上げようかとしております

 いやあ、佐久間選手これは失策ですねぇ。これはよろしくない。

 反撃としては十二分と思われますが、どうしてでしょうか。

 いやね、佐久間選手ね、キスで脚が震えてたでしょう。試合経験の少ない選手ありがちなんですがね、こう実力を図りきれないといいますかね、本能に理性が追いつかないといいますかね、こう手コキっていうのは雄の優劣が分かりますから、序盤の攻勢としては失策ですね。例えば財前選手でしたらね、ここでニー・バットもありますから相手としても迂闊に攻め込めないんですけども。

 佐久間選手の手コキが止まった、握った、サイズを確かめるかのように擦っております

 あゝ、言わんこっちゃない。

 驚愕の表情で口内を蹂躙される佐久間選手相手の雄が優秀であることに気付いてしまたか脚だけでなく腰まで震え、震え、砕けてしまったあ!ニー・バットは、届かない!焦る!焦るほどに酸素も奪われていきます

 ロープブレイクも届きませんからねえ。ここは落ち着いて上下の打撃の組み合わせがベスト、うーん、ベストですかねぇ。

 オープンハンド・ブロー、ローキックコンビネーション距離を取る。逆水平は、躱された。腰は砕けている!脚が追いつかない!前のめりに倒れ込、あーっと、アイアンクローで捉えられた!立ち上がれない!勃ち上がったナニを口で迎え入れる姿勢だ!

 これはアレですね、スパーが足りてない、というよりはですね。パートナーの雄としてのアレ、実力不足ですね。適性もありますけどもね、やはり佐久間選手、アレが一人しかおりませんからスパーがどうしてもね、偏ってしまうんです。

 佐久間選手、口奉仕かと思いきやそのまま擦り付けられ股間の雄臭を堪能させられております

 アレ、アレはキツいですよ。マーキングと一緒ですからね。上位選手でも渋谷選手とかね、アレらはね、アレに弱いんですよ。

 ねっとりとした臭い攻めの後、イマラチオ攻撃であります!顎が外れんばかりの巨根根本まで受け入れております

 おお、これはすごいですよ。今、手元の資料確認したんですがね、アレ、プロデューサーとのサイズ差がね、アレ2周り3周りは違うんですわ。それをあそこまで咥え込むってのは自主練の成果でしょうね。

 激しい抽挿が観客のカウパー滴る会場に響き渡っております。えずくような素振りはありますが、それをものともしないまさに暴走機関車というべきピストン佐久間選手に襲いかかっております

 耐えますねえ、アレだけのサイズでアレをやられて耐えられるってのは中々いないですよ。酷い選手だと嬉ション始めるのまで居ますからね。

 おっと、ここで両者限界。口内に出す…おっと、引き抜いて、不意打ちの喉奥射精!これには佐久間選手堪りません!目からハート飛ばしながら溢れるほどの射精嚥下しておりますプロデューサーへの愛は何処へ行ったのか!愛など粘膜が創り出す幻想に過ぎないのか!逆転モノ表記のなき絶対律は雌に勝利を許さないのか!

 いやあ、これは上手い、上手いですねえ!資料によりますとね、佐久間選手プロデューサーは単発らしくてですね、スパーリングでも口内ってのは、ほとんど無いみたいんですよ。となると受け入れ方もほとんど分かってませんから、引き抜かれて油断したところに、ズドン。これは完全に虚をつかれましたね。ほら、ちょっと足元、カメラ抜けます?光ってるでしょ?あれ飲みながら出しちゃったんですよ。これは完全に身体相手の方が雄として上だと認めてる証拠ですね。

 湯気立つほどの陰茎が佐久間選手のゲップと共に引き抜かれる特設リング。素晴らしいテクニックに会場も沸いております。流石は乗務の厳しい審査を抜けた雄。勢い、量、勃起力、その全てが並以上の精鋭でありますこちらの画面越しでも雄々しさ逞しさ雄臭さというのが伝わってくるかのようです。

 しかし、しかしま佐久間選手の目から闘志は消えていません!だが無情にも身体はそれについていかない!あっと、ここでネック・ハンギング・ツリーで持ち上げたあ!挿入は、至らない!佐久間選手、酸欠で朦朧としながらもなんとか腰を逃しています!僅か残った理性かプライドか!それとも愛はここにあったのか!

 耐えますねぇ。先程も言いましたけどね、この耐久力は魅力ですよ。いやあ、ただ惜しいのはね、アレですね、こうどこかでね、引くこと、ま、押し引きを覚えないことにはね。耐える耐えられるってのはいいんですが、あまり耐えすぎるっていうのもね、雄を煽る結果になりますから

 ヘコヘコと空腰を抑えながらも逃げ続けた佐久間選手に業を煮やしたか、ここで動いた!持ち替えて、持ち上げて、落としたあ!パワーボムから、挿入った!挿入りました!試合開始22分、とうとう佐久間選手NTRちんぽが挿入ってしまったあ!パブリックビューイング会場である代々木第一体育館阿鼻叫喚地獄絵図となっております

 アレで落としたとこにってのは定石、定石ですがね、そこから種付けプレスってのはね、かなりな鬼畜ですな。佐久間選手ほどの耐久力がなければね、アレ喰らったらね、そらもうアレですよ、アレ、並の選手、ましてや初戦ですから、ブッ壊されてオナホ堕ちですよ。初戦での最多破壊記録のレコードホルダー、ちょっと名前ド忘れしましたがね?アレを彷彿とさせるプレイですわ。

 挿入の衝撃で意識が飛んだか、佐久間選手。完全にホールドされております身体は正直、腰を揺らしてちんぽ、失礼、おちんぽにシャブリつく様が大ビジョンに大写しになってしまっている!

 ここでわざとピストンしないでいるってのが上手いですね。アレ、意識が飛んでるうちに仕込まれますからね。目を覚ましたとき地獄ですよ。もしかするとね、記録、破壊記録をね、塗り替えるかもしれないですね。

 今回、佐久間選手の初戦でありますから、恒例通りにデスマッチながら10カウントは認められておりません。つまりは、佐久間選手が目を覚まさない限り、嬲られ続けるということであります

 アナルがくぱくぱ開閉したということは意識を取り戻したということでありますでしょうか!放送席のカメラから確認できませんが、おそらくすっかり巨根を受け入れた蜜壺に困惑快楽を浮かべているに違いはありません!ここで何か会話しているようではありますが音声拾えません。レフリーが寄ったということは降伏勧告でありましょうか。ギブアップ、ノー!未だ闘志燃えきぬといったところ。フォールを崩そうと四苦八苦といったところでありますでしょうか。

 いやあ、完全に種付けプレスが極まってますからねえ。ここから抜け出すのはトップ選手でも難しいですよ。アレ、下手に動くと逆にピストンされますからね。今回アレありませんからね、狙うなら射精後ですかね。そこを狙って返すしかないですねえ。

 その通り自分からピストンするのに戸惑ったか動きが止まりましたね。

 ま、ここは耐えるしかありませんから佐久間選手のね、耐久力次第ですよ。完全に雄に支配権奪われてますからね。

 ここでピストンピストンが始まりました!脚を抑え手を塞がれ逃げ場はもはや存在しない!唇すらも奪われたあ!まさに地獄二重奏悪魔は慈悲を持ち合わせないのか!雌に生まれ悲劇新雪のごとく踏み荒らされ蹂躙されていく!ギブアップすら許されないまさにアイドル圧搾機

 佐久間選手、アレ口塞がれてますけどね、アレやられたら関係ないですから。2発目3発目の射精の時点でね、もうギブアップなんて言えないどころかね、意味ある言葉なんて出てきませんよ。ほら、聞いてくださいアレ、獣ですよ獣!あれぞまさしく獣の声ですねえ。あゝ、声のトーンが上がってきましたでしょ。佐久間選手限界越えた先の限界ってんですかね?イッた先のもう一段階上のイキ方があるんですけどね、それが近いんですわ。そこに合わせて射精、これを狙ってるんじゃないですか?これをされるともう並大抵のアイドルは壊されますから

 さあ、佐久間選手限界近づいておりますが、栗の花香る代々木第一体育館奇跡の逆転を願うファンたちの大声援まゆコールが響いております

 ここでとうとう終わりのとき射精とともに佐久間選手まさに咆哮というべく絶頂声上げて痙攣しておりますが、リングドクターは静観、動きを見せません。

 あっと、驚くべき佐久間選手ここでなんとなんとまさかフォーから抜け出しました!

 いやぁ、アレから抜け出すとはまさかの耐久力ですねえ。

 愛か意地かプライドか這う這うの体ではありますロープ際へ逃げていきます。が、神は二度も微笑まないのか!再び体勢を変えての挿入であります

 抜け出すところまでは良かったんですがねえ。ま、あそこで堕ちとけば一旦逃げられましたから。結果論ですが。逃げたことで余計雄を煽りましたねえ。体勢変えて、寝バックから後背位、ノーマルなバックですか。アレらどっちもね、雄に支配されますから相当効きますよ。もうここらでギブアップしないと本格的に壊されますよもう。

 佐久間選手はもはやイキ潮が止まらない人間ポンプだ!しかし、手を口に入れられてはギブアップ宣言が出来ない!タップタップしておりますがなんと不幸かその位置ではレフリーからは見えません!ここでも胎に精液が詰め込まれていきます

 またも体勢が変わった立ちバックだ!佐久間選手セコンドプロデューサー見つめ合っておりますが、佐久間選手のその目に彼は果たして写っているのか!ここでスリーパーホールド!立ちバックでのスリーパーはあまりにも非人道的だ!耳元でなにか囁かれてますね。カメラと音声近づいて!

 「プおっ、プロデューサーさん、まゆは、イグッ、まゆはごしゅっ、イギマスッ!旦那様のデカチンに屈服して、だめだめだめだめイグイグイグイギマズイギマズ、旦那様に敗けて赤いリボン切られちゃいました。おっ、イグ、お別れしながらイグ!プロデューサーさんの粗チンじゃあ届かなかったところまでパンパンに詰められてイギマズ!奥だめですじゃべれなくなるイグッイグイグイグイグッ!まゆはこれから旦那便器オナホペットとしていくいくいくいっちゃう。都合の良い雌として生きるのでプロデューサーさんとはここでさようならです。奥だめコツンコツンしちゃだめ。言えなくなりまじゅから、わかりまじたしゅぐにいいまじゅ。わたし佐久間まゆデビュー戦でボロ負けして旦那様に屈服したのでオナホとして永久移籍して一生を御主人様に尽くすことを誓います。いっだ!いいまぢだがら!はやくいがせてくだじゃ、イグッイグッイグのとまらなゃイグイグイグイグイグ….……」

 出ました、出てしまいました。佐久間選手の屈服宣言が出てしまいました。やはり愛は粘膜が創り出した幻想に過ぎなかったのか。試合時間1時間26分、佐久間選手ギブアップ敗けとなってしまいました。なお、佐久間選手は屈服宣言の内容通り試合終了後に身体を調整、オナホとして移籍することが確定致しました。

 いやあ、佐久間選手、初戦とは思えぬ耐久力とガッツを見せてくれましたがやはり対戦相手、そしてスパーリングパートナーが悪かったですね。やはり粗チンをね、パートナーとするのは圧倒的に不利ですから、今後デビューする選手にはね、アレをね、十分に注意して貰いたいですね。

 放送予定時間より早く試合が終了いたしましたので、ここからは先週のファイト自称完璧輿水幸子正義貴公子ケイトによる英国アイドルプレミアリーグベル争奪戦ハイライトでお楽しみ下さい。

 来週の放送は、謎の覆面レスラーワインノミスギーノと情熱を秘めた肉体、高橋礼子によるエンバラソ・コントラ・エンバラソをお送りします。今週の放送はここ、346プロダクション最上特設リングよりお送りしました。それでは皆様、さようならさようならさようならさようならさようなら…………

2020-06-17

その女の子と初めてせっくすしたとき

「どんな女の子でも、せっくすのときは恥ずかしい格好するんだ」と言ったら、

「どんな男の子もおちんちんを固く大きくさせるし」

女の子さんに『四つん這いになって』って、後ろからしてる時申し訳ない気持ちだった、やらせといてだけど」

「なんで?」

「僕が支配権権持って偉そうだから、状況に乗っかって」

「でもそれで私が従うかどうか試したんだよね?」

「ぎくっ」

「私は従いましたよー。最初のせっっくすからこんな体位チャレンジするんだ、と思いながら。

私は顔見えないし、後ろからは丸見えだし、動物みたいにやられてるなー。って考えてた。

私のこと好きでしょ?」

はい

「よろしい。これからずっと私を楽しい気持ちにさせたまへ。気持ち良くも」

2020-04-02

コロナは粘膜から感染するのでコロナ患者ウンコしたトイレで気張ると肛門から感染するの?

ぼくの大腸菌コロナアナル支配権バトルしてるの?

2020-01-20

anond:20200120140950

家の金の支配権があろうが、元々金がなけりゃ自由に使える金なんかないだろうが。

そこで自由に使える金が豊富にあるのをセレブ妻と言うんだよ。勿論全体からしたら例外だがな。

そしてランチの方がディナーより高い店なんかあるか。

元々夜より客が少ない時間帯に、夜より安く提供する事で客を呼ぼうってのがランチ営業だろ。

安い分当然内容もディナーに劣るものしか出ないがな。

2019-12-25

bless you って的確だなって思った

くしゃみの瞬間って、反射反応だから、理性が支配していた身体を本性(ほんせい)が奪うともいえる。したがって、身体を奪われた理性が身体から剥離するという想像は難しくない。剥離体が再び身体支配する(すなわち本性が鎮まる)とき、その定着を錯誤なく完了するために(アブラハムの)神の手必要だと思わせたのだろう。

しかし、理性から身体を奪った本性(生命維持のための反射反応)こそが人格の主人だと考えると、話は逆になってくる。普段身体支配しているのは本性であり、理性は時間的領域的に一部の支配権を移譲された状態しかないと考える。すると、くしゃみの瞬間は人間本質の顕れであるといえる。その結果は、二通りの反応とスペクトラムになる。すなわち、第一に、本性の発露は正しく善であるのでそのままを容認する反応。第二に、本性の発露は動物的で人間らしくないので容認しない反応。あるいは、社会性に因る分別を通過して容認か非容認かを選択する反応である

以上のことから

2019-09-26

anond:20190926190357

男性は、多く払うと女性のために何かしてあげた気になれる。

女性は、それほど好意を持っていない男性でも、男性に多く払ってもらうと得をした気になる。

男性支配権の誇示かもしれないが、女性はそんなことに恩義は感じていないと思う。

2019-05-15

anond:20190515223845

えー、だって都会の人達って田舎さら僻地なんかに興味ないでしょう。

仮に竹島北方領土なんかの支配権を取り戻したとしても、その土地のためになることを何かしてくれるとは思えないし。

だったら実効支配してる国に差し出した方が有効活用してくれるだろうし、島も島冥利に尽きるだろう。(尖閣中国実効支配してるわけでもないが)

例え一方的日本の負けだって領土問題解決には違いない。

2019-01-29

anond:20190129120428

「大多数の人間」が絶対的支配権をもって少数派を摺りつぶしていいルールなんかないんやで?

暗黙のルールもしらない社会不適合者は黙れ

anond:20190129120045

「大多数の人間であるというエビデンスすらないんやで?

そして「大多数の人間」が絶対的支配権をもって少数派を摺りつぶしていいルールなんかないんやで?

2019-01-23

https://anond.hatelabo.jp/20190123112242

イトコ婚制度政治資金の非課税制度を利用して

一族の富と地位社会支配権保護し、富の集中を拡大する

不服な奴らはブラック企業にぶっこんで人口を減らす

増田はそういう資本家サイドかい

2018-12-06

anond:20181206125943

支配権が偏る時点でそもそも対等じゃなかったってことだから別れるのが自然な成り行きだろう。

最初からそういう相手だったってこった。

2018-12-02

我々は一人の社員を失った。

これは敗北を意味するのか? 否! 始まりなのだ

GAFA連邦に比べ、我がNTT年収は30分の1以下である

にもかかわらず、今日まで戦い抜いて来られたのは何故か!

我がNTT職場環境正義からだ!

我々は郵政省公社を追われ、民間企業にさせられた。

そうして、一握りのエリートが、全地球にまで膨れ上がったGAFA連邦支配して20余年。

日本に住む我々が社員引き留めを要求して、何度連邦に踏みにじられたか


我が社員諸君が愛してくれたXXXXXXは辞めた。何故だ!?

新しい時代覇権を、我ら選ばれた社員が得るは歴史必然である

ならば、我らは襟を正しこの戦局を打開しなければならん。

我々は、過酷競争環境生活の場としながら、共に苦悩し、錬磨して手厚い福利厚生を築き上げてきた。

かつて中曽根康弘は、行政革新郵政の民たる我々から始まると言った。

しかしながら、GAFA連邦モグラ共は、自分達が情報通信産業支配権を有すると増長し、我々に抗戦をする。

諸君の、父も、子も、その連邦の無思慮な抵抗の前に辞めていったのだ。

この悲しみも怒りも、忘れてはならない!

それをXXXXXXは退職をもって我々に示してくれた!

我々は、今この怒りを結集し、GAFAに叩き付けて、初めて真の勝利を得る事ができる!

この勝利こそ、退職者全てへの最大の慰めとなる!

悲しみを怒りに変えて、立てよ社員

我らNTTこそ、選ばれた民である事を忘れないで欲しいのだ。

優良種たる我らこそ、人類を救いうるのである

ジークミカカ!!

2018-10-05

市民的公共性存在する(が千田氏の思うようなものではない)

辞書的に言えば「市民的公共性とは、ハーバーマスが『公共性構造転換』(1962)の中で提唱した概念ホルクハイマーらの『人間の理性が頑張っても幸せにならないんじゃないの? だってナチスとか出てきたし』という悲観に対するカウンターとして提出された。ハーバーマスにとっての公共性人間自由平等連帯幸せになっていくためのベースとして存在している」といった感じ。

~性というのはいかにベースとして弱そうだが、ドイツ語のÖffentlichkeitは「Public sphere=公共圏」と訳すこともできるというかこっちのほうが適切だと最近は言われている。なので以下では基本的公共圏統一する。

で、市民公共圏って一体何よ?

それはハーバーマス自身もよくわかっていないようである。その証拠大学図書館には「公共圏ってたぶんこういうのだと思います(こういうものだったらいいな)」という本が溢れている。たぶん最大公約数的には「まあみんなで議論する場は必要だよね」というあたりで理解されている。

しかし、この「みんなで議論する場」というもの曲者である人類の大半の歴史上、「みんなで議論する場=公共圏」には男性だったり社会的強者だったりという入場パス必要だった(今でもそうかもしれない)。しかしそれは今日価値観から見れば明らかに間違っていたわけで、その間違い(入場パス)と長い間仲良しだった概念自由幸せ社会ベースに据えていいのかという問題がある。

ハーバーマスは彼が理想とする市民公共圏がどういうものであるかは、少なくとも『公共性構造転換』の中では(たぶんそして今日に至るまで)ふわっとしたことしか言っていないのだが、どういうものでないかはこれ以上ないほどに詳しく論じている。一見いかにも学者らしい無駄っぽく思えるが、「こっちに行ってはいけない」というガイドブックでもなにもないよりはましである。たぶん。

本稿では、「昔の(入場パスつきの)公共圏にはこのような批判がありました」とハーバーマスが論じている部分を検討し、その批判千田氏の立場にブッ刺さっていることを確認する。その結論として、千田氏の「市民的公共性」という用語用法いかに不適当ないしド適当であるかを示す。

ヘーゲルによる公共圏批判

以下ではハーバーマス細谷貞雄山田正行訳)『公共性構造転換』の第四章 第一四節「公共性弁証法によせて――ヘーゲルマルクス」に基づいて議論を行う。

ヘーゲルは入場パス公共圏関係を真っ先に疑った人であった。とはいえヘーゲル最初からブチ切れたりはしない。「公論公共圏における論議、もしくは公共圏のもの)っていいよね、合理的だし」というところから話を始める。でもその合理性って自由主義がベースになきゃ成立しないよね?(みんなが自由意見を言えることが前提なので)、でもその自由主義って本当に公共圏とそこまで相性いいだろうか?とヘーゲルは問う。考えてみればこの矛盾は明らかである。司会のいない多人数の会議を考えてみればよい。地獄である。間違いなくそこに自由はある。なのに(だから?)地獄である

このことの地獄性は会議室を超えて社会とか国家とかのスケールになるとより増す。例えば少数者差別を考えてみればよい。これはみんなに「自由に」議論させてるだけではそもそも議題にすら上がらないだろう。そうして公論きらきらした合理性の賜物から「多数者の主観的私念」という水準へと転落する。公論は「自然に生じた不平等止揚するどころか、むしろこれらを技能財産さらには知的倫理的教養の不平等まで深めていく」。入場パスを持っていない人はより不利な位置に、持っていても少数派の人もまたより不利な位置に、公論によって追いやられる。

まあとはいえ人間も頑張るもので、法治国家とか市民社会とかを作って頑張って公論して私念から理性に支配権を移そうとするのだが、ヘーゲルいわく土台が腐っているのに頑張っても泥縄だそうである。そうした頑張りはむしろ国家主観的私念を入り込ませる結果になるとヘーゲルは言う。じゃあどうすりゃええのよって言えばヘーゲル最初から開き直って身分制国家を作れとか言ってそれに対しマルクスがいや社会主義でしょとか言って最後ハーバーマスがいや公共圏を作んなきゃダメだよとか言うのだが、そのあたりは略する。

ともかくにもハーバーマスが描く市民公共圏というものは、こうした批判スルーしては論じることができない。ここで重要なのはハーバーマス公共圏をどのようなもの「ではない」と考えていたかということである。以上見てきたようなヘーゲル理論は最終的に乗り越えられる(ということになっているが詳しいことはやはり不明)のだが、であるからこそ少なくともヘーゲル批判したそのままのことをやるのがまずいというのはわかっている。

千田氏は何をしたか

まさにヘーゲル批判した地獄公論インターネット上に出現させようとしているのである

私自身は「表現の自由」は国家から規制されるべきものではない、とは思う。でもそう思うからこそ、国家から規制されるまえに、「市民的公共性」を発達させないといけないと思うんですよ。

あと表現って、さまざまな他者への配慮のなかでこそ磨かれていくものだと思う。フリーハンド表現なんてない。https://twitter.com/chitaponta/status/1047451777220501504

市民的公共性の話って、ハーバーマスのつもりだったんですが…。https://twitter.com/chitaponta/status/1047789073471946752

市民的公共性対話によるものですから、そのことを話し合うことが大切だと思います

いままさに起きていることが、市民的公共性なのではないでしょうか?https://twitter.com/chitaponta/status/1047810256976269312

まず第一に、専門用語を「」で括って注釈なしに使うのはおよそハーバーマスの「市民的公共性」的態度ではないといえる。なぜならこれこそヘーゲル批判した「自然に生じた不平等を(略)知的倫理的教養の不平等まで深め」る態度にほかならないかである

そして第二に、ハーバーマス議論は上のような「話し合えばそれが公共性」というような安易理解を拒絶するものであるということを千田氏はまったく理解していない(か理解していても無視している)。上で見たヘーゲルによる公共圏批判からもわかるように、ハーバーマス議論は「公共圏にはあれやこれやそれや…の批判があるけど、でも、それでも公共圏がなければ人間幸せにはなれないんだ」というひねくれたものであり、単に「話し合いが重要だよね」と言っているのとは違う。仮に結論は一緒だとしてもやはりそれは違う。その違うものを一緒くたにして、専門外の人に「話し合い=市民的公共性」という理解(そんな人のいい理解をしている人はほとんどいないようだが仮に字面だけ虚心に読んだとして)を植え付けることが、ほんとうにハーバーマスであるといえるだろうか?

第三に、「思う」根拠が示されてない。少なくともハーバーマスは「国家規制を前もって回避するために市民公共圏を発達させるべきである」というような具体的な議論はしていないはずであるであるとすればこれは千田氏のオリジナルアイディアが含まれているはずであるのだが、それがまったく説明されていないのと、先に述べたようにそもそも専門家間ですら扱い方に差がある「市民的公共性」という単語のせいで、最初ツイートの二文目は全く意味不明ものと化している。原理的に誰にも意味が伝わらないはずのもの炎上しているのはお気の毒というほかないが、であるからこそ千田氏は「市民的公共性」の意味と「思う」理由をしっかりと説明してほしいと思う。

(2021/2/7追記)書きました anond:20210207093448

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん