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2023-08-06

不思議の国のアリスは、ルイス・キャロルとその友人である子どもたちとの交流がなければ生まれなかった

不思議の国のアリスは言うまでもなく

ルイス・キャロルが当時交流のあったリデル家との旅行中、

三姉妹の一人アリスに語り聞かせた物語がその原型である

ルイス・キャロルアリスにせがまれて、

口頭のお話文章の形に残すこととなる。

そうしてアリスに寄贈された「地下の国のアリス」は加筆修正されたのち

不思議の国のアリス」として出版されることとなる。

ルイス・キャロル本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン。

ウィキペディアでは彼のことを

イギリス数学者論理学者、写真家作家詩人

として解説している。

写真家としての彼は少女被写体とすることを好んでいた。

前述のリデル家の三姉妹モデルとして、

リデル夫人から撮影を止めるように懇願された後も

撮影し続けている。

彼は少女たちを仮装させて写真撮影をするときもあり、

ある意味コスプレ写真家の走りとも言える。

また少女ヌード撮影していたようだが、

それは彼が存命中に破棄されたか寄贈されたかして数枚が現代に残るのみである

このような事跡から、彼はときに小児愛者である断罪されるのだが、それが真実であるとは断定することはできない。

それがどうあれ、彼とアリス交流がなければ「不思議の国のアリス」という児童文学史上の画期なった作品は生まれなかったことは事実である

2023-08-05

モテるコツなんてものでもないんだけど

まあ別に俺は特別モテてるわけでもないだけどね。

モテるコツというか考え方の方向性はあるような気はする。

ちょっと下品言い回しになる。

「女にやらさせてくれ」と「女にお願いして」「オッケーをもらう」方法

「女にやってください」と「自分懇願されるようになる」方法とは

根本的なアプローチが違う、というのはわかるだろ?

そこを少し考えるだけで成果が違ってくるんだと思う。

実際には片方だけでなくてミックスさせなくてはならないんだけど、

どうも片方だけに偏ってる人が多いような気がする。

2023-08-01

鬱病になった話とその後(追記

追記)予想以上に多くの人に見ていただいてびっくりしています最後の方にコメントで寄せられていることについて一部回答と説明を追加しました。

【本文】

初めての投稿

増田プロフィール

30代男性

身長173cm

体重76kg

高専

工場勤務

拙い文章なので読みづらかったらごめんなさい。

増田高専卒業して適当に決めた地方工場就職した。一応大企業工場なので給料はそこそこ良くて、交代勤務ということもあり比較自由時間が多い職場だった。学生時代は専ら夜型人間毎日来る日も来る日も、メタルギアオンラインをやって夜ふかしして授業中にうとうとするような生活をしていた。いつも寝不足気味だけど少し寝れば動けたため自分はあまり寝なくても大丈夫人間なんだと思っていた。就職してからもはじめのうちはそんな生活を続けていた。

三年目になって責任のある仕事を任され始めたときに、苦手な人が自分上司になった。

その人はとにかく揚げ足をとったり重箱の隅を突くようなことを言うことで有名だった。増田は無事その上司からロックオンされてしまい、それから3年間は地獄のような生活だった。交代勤務による不規則生活に加えて、上司からストレスで眠たいのに寝れない状態が続いた。眠れないかゲームをする。更に眠れなくなる悪循環に陥っていたと思う。ゲームをやめろよって思うかもしれないけど、その時は日々のストレスの捌け口がゲームしかなかったから辞められなかった。

いよいよ夜勤明けでも寝られなくなってきたので、休みの日はマック2セットと酒をどか食いして気絶するように無理やり寝ていた。おかしくなる前の1ヶ月は、2日間徹夜は当たり前、3日間徹夜することもあった。

そんなある日2回連続遅刻した。一回目はその日の記憶があまりない。あとから聞いたら、結構重要仕事をとんでもなく雑にこなして周りに迷惑かけたうえに、時間になると次直に交代してすぐに消えたらしい。

二日目はっきり覚えている。職場から電話で起きた。時間は朝10時。遅刻だ。しかも、なにやら頭の感覚おかしい。とりあえず目を覚まそうと浴室にいき、シャワーを浴びる。シャワーから出たとき時計10:40になっていた。体感5分ほどしか浴室にいなかったのに時間が経ちすぎている。浴室内での記憶がなくなっていた。とにかく会社に行こうと車に乗った。また記憶がなくなるのはヤバいと思ったのでしっかり目を見開いて信号の色を声に出して運転したが、最初信号以降の記憶がなく気がついたら会社制服を着てロッカールームにいた。仕事場に行き上司に一通り怒られたあと、夜勤明けの後輩と引き継ぎを行った。その後輩の日本語が何も聞き取れなかった。正確には、聞き取れてはいるんだけど意味理解する前に記憶から消えていく感覚だった。これはちょっと面白かったのを覚えている。もう一つ、引継書に書いている文字が浮き上がって踊っていた。これはうつ病だったり統合失調症の症状で聞いたことがあったので、あ〜これかーって感じだった。認めたくなかったが、その光景を見て多分だめだなって思った。その後仕事で使う設計図見ても何も意味わからんし、そんな状態仕事などできるわけもなく、上司ギブアップし頭の病院に行くことを伝えた。

診断は双極性障害。心当たりはあった。むしろ心当たりしかなかった。この3年間で貯金を含めて1000万くらい無駄遣いしていた。決まって散財するのは冬だ。車を買い替えること3回、友達に30〜50万あげたこともあった。趣味の道具で部屋は埋まっていた。これは躁状態によるものだったのだそうだ。

斯くして精神病院への通院と薬の服用が始まった。抗精神薬と睡眠薬を処方された。睡眠薬発明した人はすごいと思う。あんなに寝られなかったのに飲んで15分で7時間寝ることが出来た。抗精神薬は正直よくわからなかったが今良くなってるから効いているのだろう。会社休職すると辞めてしまいそうだったので、保健室通学みたいに会議室へ出勤して雑用をちょこちょこやるのを半年続けて、だいぶ頭がはっきりしてきた頃、友達に進められてやったマッチングアプリ出会った女の子と付き合うことになった。

これが本当に良かった。彼女のお陰で生活リズムは整い、部屋は片付き、風呂に入るようになった。やっと人間に戻れた気がした。

それから回復は早かった。その後交代勤務には戻らなかったが日勤として仕事ができるようになり、その彼女結婚した。子供はいないけど仲良く暮らしててあの頃を考えると、今は最高に幸せな日々を送っている。

双極性障害を経て、かなり人格が変わったと思う。

まず1つはプライドがなくなった事。自分をよく見せようとか、理想自分でなきゃいけないっていう強迫観念から開放された。いい意味プライドを捨ててありのまま自分でいられるようになったと思う。

2つ目は人にやさしくできるようになったこと。増田は元々冷たい人間だと言われていたが、本当に辛いとき彼女や先輩、後輩にかなり救われ、今までの自分があまりに醜く自己中心的だったことを思い知った。同時に自分のような人間を救いたいと思うようになった。

久しぶりに会う友達からは同じ人間じゃないくらい変ったと言われる。

双極性障害を、経験して人間的には成長できたと思う。精神疾患も悪いことばかりじゃないと今は前向きに捉えている。

追記

結構批判とかくるかなと思ってビクビクしてましたが、思いの外暖かいコメント、励ましのコメントが多くて皆さんの優しさを感じました。

回答するコメント

◯結局「理解ある彼女」の話じゃん

読み返してみたら確かに理解ある彼女」がすべてを解決してハッピーエンドになりました!って内容ですね。

実際、彼女のお陰で生活を立て直せたのでその認識で間違いはないです。

ただ後出し申し訳ないですが、元々増田は、中学生の時以来彼女はおらず、女といるより一人で趣味謳歌していたほうが楽しいじゃん、と思ってるタイプでした。コミュニケーションの取り方も自分の考えをまずバーっと喋ってあなたはどう思ってるの?みたいな、一般的女性からすると苦手なタイプだったと思います。はっきりしているので男友達はそれなりにいましたが。

そんな性格でしたが、うつ状態に苦しみ、自信とプライドが地に落ちていく中で導き出した結論は「悩みの答えは自分の中にはない」ということでした。自分理論ではうつ状態から抜け出せない事がわかったので、とにかく人の話を聞いて、その人が話す言葉の背景を想像して、色々な価値観否定せずに、様々な可能性に目を向ける癖をつけました。

多分その結果、タイミングよく「理解ある彼女」と巡り会えたのだと思っています

あと、嘘くさくなってしまうので入れませんでしたが、うつ状態真っ盛りのとき父親交通事故でなくなったことも、心境の変化のポイントだったと思います。ただ色々重なって職場ではとんでもなく不幸なやつだと思われてました(笑)

タイトル鬱病ではなく双極性障害だろ

これもたしかにそうですが、わざと鬱病という表現しました。諸兄には不要だったかもしれないですが、双極性障害より鬱病って書いたほうがイメージやすいかなと思ったためです。変更はしませんが、これで迷惑がかかってしまった人がいたら本当に申し訳ないです。ごめんなさい。

プロフィール身長体重いるか

全面的同意です。全く必要のない情報でした。(笑)

ハラスメント上司のその後

実は増田が苦しんだ3年間のうち最初の2年間だけその上司の下で働きました。ある時その上司言動限界を感じて所属長に直を変えてくれと懇願して移籍することができました。しかし1度起きた双極性障害の波はどんどん大きくなり3年目で破綻しました。その上司ステップアップして今も私と同じ職場で働いています特に何のお咎めも無いですが、増田上司を恨んでいません。その人はその人で家庭や仕事問題を抱えていて苦しんでいるようなのでお互い出会ったタイミングが悪かったと思っています。間接的ではありますが、その上司がいなければ妻と出会えなかったと考えるとむしろ感謝しています

最後

これを見て増田と同じような症状や悩みがある方は勇気を出して病院に行ってみることも一つの解決方法だと思います病院に行けば治るとは言いませんが、病名がついたことでホッとした自分がいました。仕事人間関係がうまく行かないのは自分能力が低いからだと自分を責め続けていましたが、病気のせいだとわかって少しだけ自分を許すことができました。だめな自分を許していく道のりの最初の足掛かりとなりました。死のうかと思うこともありましたが、今では生きててよかったと思えています。どうかあきらめないで自分を許す道を進んでください。

2023-07-29

吾輩はゲイである

長年アメリカ暮らしてきたが、何の主義主張もないゲイにとってあそこで生きるのが年々厳しくなっている

ハリウッド作品LGBTが取り入れられまくっても、欧米同性愛へのオープンさが持て囃されていても、キリスト教系の同性愛嫌悪が激しすぎるのと、政治と深く関わりすぎて実態はそんなに素晴らしいものじゃないという話をしたい

スペック

30代子なしゲイ

パートナーアメリカ

結婚はしていない

まれアメリカだけど

人生半分くらい日本にも住んだ

少し前から日本企業で働いて行き来してる

欧米ではゲイは昔から富裕層の娯楽的な側面もある。そういうインフルエンサーセレブリティの発信する視点から観たら違うので、夢を壊したら申し訳ないが、市中の話で言えばことアメリカでは同性愛者はもっぱら政治の道具であり、一般市民の敵であることが前提の危うい存在

この感覚日本からだと分かりづらいと思うが、良い悪いではなく現実として、アメリカ貧富の差教育格差が激しい

知識が乏しくて精神的に幼い大人が少なくないし、宗教の教えに自分の考えが依存している人も多い。日本推定ゲイカップル(男同士で電車に乗っただけ)に突然殴りかかる人間はおそらくいないだろうが、アメリカではこれが普通に起きる

なぜなら、「うわ!なんか知らんが男同士で仲良いのきもいから殴ったろ!」を理性で止められない層がかなりの人数存在するから

からこの国で制度活用してゲイとして生きるためには、わかりやすテンプレートの「私は無害でかわいそうなゲイです!」という姿で一般市民にお伺いを立てる必要があり、特定政党を支持して「差別反対!」と週末になんらかの活動に勤しんで虹色を身につけていないと訝しがられるのだ

あと独身に異常に厳しく、ゲイノンケ関わらず成人したら家族を持たないと人権がない国だから養子を取らないゲイカップルは信用度が足りずに家が借りられないことが多いし、実力主義と言いつつ仕事でも出世しづくなる。同性愛者だろうがノンケ不妊だろうがアメリカ的なテンプレート家族人種バラバラならなお良し)の姿を見せなければ、社会で一人前とは認めてもらえないのだ

都会でも田舎でもある程度の年齢のゲイカップル子供も育てず、ノンケ夫婦がまったくやらないような子供関連のボランティアに参加しないでいると地域であからさまに差別されるだろう。ゲイへの期待値が高すぎる

自分は国のことを考え、ノンケのみなさんにご迷惑をかけず、仲間の権利を全力で主張し、安全子供を愛する真っ当なゲイです」と証明し続けなければいけない社会は、ただの呑気なゲイには重荷なのだ

ここまで書いてきた内容で伝わるといいんだが、結婚が認められているからといって同性愛者に寛容な国だとかまったくそんなことはない。そもそもゲイはあまり結婚したがらない

アメリカでの同性愛をめぐる仕組みや運動は、一見魅力的に見えても、宗教の隙間をぬって一般市民に無害なゲイである証明し、暴力だとかとんでもない差別をしないでくださいと懇願し、受け入れてもらうための土台でしかない

人種問題についてもそうだが、傷害事件殺人に発展する規模の差別があるからこそ、守るための制度が育っただけにすぎないのだ

そしてその制度をまだ認めたくない人々が多いのも事実

その人たちの宗教観や嫌悪感だけを悪者にしてきた歪みも向こう50年くらいは解消はされないだろう。共存しつつ無関心、という具合が落とし所として理想的だと思ってはいても、この国では既にそれは難しい

アメリカ社会でまっとうな人間として生きようとした時、恋人とただのんびり暮らしたり、その場限りの相手と楽しむだけの気楽なゲイはいられない。

アメリカ同性愛者に寛容なんて本当に夢見ない方がいい、そんなの英語わからんか、その発信で金を稼いでる活動家か、現地の日本コミュニティに引きこもっているやつらの愉快な妄想だろう

あんなに寛容だオープンだと周りが持ち上げても、今現地のゲイの一部ではノンケに見えるように偽造するのが流行ってるのだ

2023-07-19

[]ツルツルと棘の物語

ある日、ツルツルのマル、マル太郎がいた。人間のお尻のようにツルツルと輝いている。

マル太郎は、知らなかった。外側にはいろいろな世界が広がっていて、その中にはその輝きにふさわしくない刺々しいものがあることを。

まりにもその丸さと輝きは素晴らしかったので、棘の軍勢嫉妬をし、「このマルには醜い棘を刺すのがふさわしい」と言った。

マル太郎は、さまざまな種類の棘を刺され、その針の先には麻薬が付けられていたので、刺されるたびに「きゃははは」と叫んだ。彼は狂っていった。

彼がツルツルの村の仲間に話しかけると、仲間は彼の棘に刺されて血を流した。しかし、棘から麻薬が染み出るので、マル太郎の棘に皆が刺されようとし始める。

ツルツルの村が血だらけになっているところを見て、棘の軍勢は「マル太郎悪人だ」と叫んだ。「あんなにツルツルたちの血を流しているではないか

ツルツルたちは棘の軍勢賛同した。「そうだ、マル太郎が悪い!」そうして、マル太郎の棘がツルツルになるまで、鞭打ちの刑に処してやれと、棘の軍勢命令した。

マル太郎は、毎日毎日、鞭を打たれ、ごめんなさいと泣き叫んだ。しかし、ツルツルの村の人たちは「マル太郎をツルツルに戻せ」というので、鞭はこん棒に変わった。

ある日、棘の軍勢は、これはエンターテインメントだ、麻薬のついた棘を刺してみないかとツルツル村にビジネスをした。棘を刺すたびに、ツルツルの村の人はお金を払った。

もっともっと棘が欲しい、きゃはははは」とツルツルの村の人たちは懇願した。棘の軍勢は大量の棘を提供した。

ツルツルの村の人たち皆の体に、大量の棘が刺さっていた。「棘が気持ちいい」と言うので、マル太郎は忘れ去られていた。

マル太郎は、すでに棘を摩耗し、ツルツルに戻っていた。村の人たちに「みんな、棘をツルツルにして!棘は悪いものだよ!血を流しているよ!」と言ったが、ツルツル村の人たちは聞かなかった。

ツルツル村の人たちは、ツルツルのマル太郎を見て、「お前はみじめだなあ、棘一つないなんて」と言った。「棘は気持ちいいのに、なぜマル太郎には棘がないんだ。馬鹿だなあ。」と、拷問していたことを皆忘れていた。

ツルツルの村は、棘の軍勢に飲み込まれた。そして、お互いの棘を刺しあって、血を流し、「きゃはは、気持ちいい!」と叫んでいた。

マル太郎は、この世界絶望した。マル太郎の力では、棘の軍勢に勝てないので、一人寂しく、自分の静寂の庭を造り、そこで自分の善と哲学を追求した。そして、仲間を救うための研究に勤しんだ。

ある日、マル太郎の元に、客が来た。この客は、ピカ太郎と言った。ピカ太郎の体には棘が摩耗した跡があり、ツルツルであった。

「なんの用ですか?」とピカ太郎に尋ねた。「マル太郎さん、私はあなたのことがやっとわかりました。世の中は狂っていますあなたの庭で一緒に修業がしたい」

マル太郎自力で棘をツルツルにしたそのピカ太郎の体を見て、この人は友達になれるかもしれないと思った。

マル太郎とピカ太郎は言った「俺たちの戦いはこれからだ

2023-07-18

anond:20230717191200

子供ほしくない、中出しNG派の女です。

生理痛軽減のためにピルを飲み始めて、その時の彼氏懇願されて中出ししてみたんだけど、吐き気がすごすぎて以後絶対したくない、ってNG出してる。

調べてみると、精液を身体が受け付けない女というのもいるらしい……。

2023-07-15

本当にあった非モテ弱者男性ユーモア

小学校

席替えくじ引きで俺の隣になった女子が俺が嫌いすぎて不登校になった。

中学校

テニス部女子一同が俺と一緒に練習したくないと部活ボイコットした。

高校

女子一同が先生懇願して、俺を女子から隔離する目的高校で史上初めて男子オンリークラスができた。

大学

同じゼミ女性の後輩のTwitterおすすめに俺のアカウントが出てきてそれだけで、学生相談室にSNSストーカーされてるって通報された。

2023-07-01

弱者男性は頭を下げて懇願しても門前払いからワックスの付け方も独自のものになる

一般的男性美容師の先輩や友達から教えてもらうので流行りも抑えた基本が身につく

2023-06-10

anond:20230610175934

それは親に嫌なことをされた印象がある、なにかして親にまた何か言われたくないってだけで別に申し訳なさは感じてないと思うけどなあ

俺は親に火つけてやめてくれって懇願されながらもちゃんと殺して懲役3年食らったけど普通にスッキリしたよ

昔何度も親に殺される夢とか見て動悸で目が覚めたりしたけどそれもなくなった

まあ俺の場合は縁切ってたところに向こうから押し寄せてきて殺しただけで、世間の大多数みたいにそんなに強い家族との繋がりなかったからかもしれないけど

俺は殺してよかったと思ってる

2023-06-01

anond:20230601072548

これ私も昨日観てました。親は息子に対して「反抗期もなくいい子だった」と。

進学校では生徒会長大学に入ってから一人暮らしホストになる時には昔からの友人が強く反対したけど聞き入れてくれなかったそう。

本人は5月末で組織を抜けさせて欲しいと懇願していたけど事故が起きたのが5月30日でね…

大学入学ひとり暮らしYouTuberホスト→闇バイト窃盗交通事故死 までわずか2か月で早すぎ。

反抗期の無い子はヤバい・・・

2023-05-25

LGBTに媚びたバドワイザー無料でもゴミ

公金チューチュースキームUS

https://www.foxnews.com/media/stores-sell-bud-light-free-mulvaney-backlash-continues

「目が覚めた」反発でビジネス疲弊するなか、バドライトは客にビール無料提供懇願 - 終わりは見えない

販売リベートによるこの大幅な値下げは、バドライト製品と、トランスジェンダー活動家ディラン・マルバニー提携したアンハイザー・ブッシュブランドに対する激しい反発を受けて行われた。マルバニーさんは、「365日の少女時代」の完了を記念して、活動家の顔が描かれたバドライト缶を飲む動画に出演した。

このビデオは、製品ボイコットする保守的な取り組みを開始した。アンハイザー・ブッシュ社は、この缶は公に販売することを意図したものではないと主張したが、この暴挙は引き続き販売に影響を及ぼした。Bump Williams Consulting のデータによると、Bud Light の売上は1 年前と比較して 23.6% 減少しました。

バドワイザーは徹底的に排除だ。

2023-05-22

駆け出し作家の舌禍

既に実績ある大御所であり、イエスマンでないとファンの輪から外されてしまう恐怖みたいなのをフォロワーに植え付けられる大作家はともかく、

人類我が作品を見てと懇願するくらいに駆け出しで、これからまさに創作で食べていこうとしている作家が己の舌禍を抑えられないの、どうにかならないか

特に、己の客になる予定のオタクどもを揶揄する系の。

2023-05-14

店で吐いた客にブチ切れて誓約書をかかせた


(少量のフェイク有)今年は一応コロナも明けてか、うちの店は大勢の客で連日てんやわんやだったのだが、連休中に計3回、店内の客席で吐かれた。

吐いたのはいずれも後先考えずに滅茶苦茶な飲み方をして滅茶苦茶に酔っぱらって滅茶苦茶に騒ぎ立てるのが楽しくてしかたがない、周囲の迷惑も顧みない、そういう年頃かつ属性人間だ。

役職的にもホールを回さなければいけない立場、この不快極まる後始末をこれまで幾度となく受け入れてきた。

だが正直、体調不良とかならともかく、暴飲暴食の当然の結果として嘔吐されたモノの始末を店側が当たり前のようにやるのはおかしいと常々思っていた。

連休も終わりにさしかかったある日の閉店も近づいた頃、3回目のそれに遭遇した時だ。

呼ばれた私が行ってみるとテーブル地獄が広がってた。ゲロガキは席の奥の壁にもたれて寝ていた。「いやまだ飲めっから」とかうわごとを言ってた。

ゲロガキの友人たちは誰一人片付ける素振りもなくヘラヘラした態度で「すいませんこいつホントバカなんすよね〜悪いけど片してもらっていいっすか?」と笑いながら私に始末を頼んできた。

詳細は省くが私は盛大にキレた。

同僚は止めに来なかった。

まりの剣幕で怖すぎて声をかけれなかったと後から言われた。

店全体がいっとき葬式ムードになるくらい怒鳴りまくった。同僚と、他のお客さんには申し訳なかったと思う。

私の剣幕に酔いが醒めたゲロガキとゲロ仲間たちはおずおずと謝ってきた。

彼らはゲロに至るまでも騒音など多大な迷惑行為があった。

営業妨害として警察を呼ぶ、故意にやったとみなして損害賠償をすると言ったら(バカバカしいがその時は半ば本気だった)それだけは勘弁してくださいホントにスイマセンといよいよ必死懇願してきた。

とりあえずそいつらに清掃道具を叩きつけて全員で後始末をやらせた。

その後は控え室に呼び、ゲロ仲間全員の身分証コピーをとって、自筆誓約文を書かせた。

こいつらの謝罪なんて信用に値しない。後になってガタガタと文句を言ってこないように事の経緯と反省文と二度と店に来ないこと、警察沙汰にしないかわりにこの件で後々一切文句を言わないことも誓約させた。

全員の署名母音を押させ、支払いをさせて帰すともう閉店の時間だった。

これを機に、うちの店では客席での嘔吐に関して罰金を設けることにした。

「客席で嘔吐した場合罰金として1万円を支払って頂きます。また清掃は本人もしくはお連れ様に必ず行って頂きます

注意書きはメニューテーブル一角、ほか店内の目につく所に掲示している。

もちろん、居酒屋である以上お客さんが吐いてしま事態ゼロにはできない。予期せぬ体調不良で吐いてしまうこともあるだろう。そういうお客さんを罰するつもりはない。

実際のところ、殆どの人はそんな飲み方はしない。もし気分が悪くなればトイレに行く。トイレで吐くのはもちろん構わない。1ミリトイレに間に合わないような飲み方をするなという話だ。

ただ、罰則に条件をつけては飲み方を心得ていない一部の人間に向けての抑止力にならないので、建前として例外はないことにしている。

お前のさじ加減で決めるのかと言われそうだが、店員としてホールに立ってれば注文した酒の量や種類、ペースに飲み方騒ぎかたなどで、シロかクロかは見ていれば判る。

今後実際に「そういう飲み方」の末に吐いた客には、断固としてその対価を支払わせるつもりだ。

ここで改めて他人ゲロの始末を当たり前のようにやらされる店員理不尽な思いを代表して言わせてもらいたい。

・客席で吐くような飲み方をするな。

・基本吐いた人間かその連れが片づけろ。

・与えた損害は何かしらの形で弁償しろ

本来それが常識じゃないのか?お酒が飲める歳になるってそういうことじゃないのか?

いい大人が暴飲暴食の上に吐いたもの店員に片づけさせて、それで平気でいられる神経が分からない。幼稚園児かお前ら。

給料もらって働いてるならそれも仕事のうちと宣う人間がいるが、ふざけるな。

その理屈は金払ってるんだからサービス受けて当然という思考の輩客と同等だろ。

「金払ってるんだから」とか「金もらってるんだから」とか、「金が介在してるんだから○○なのが当然」という考え方が私は大嫌いだ。

まあそんな私も結局その金を抑止力にしないといけないところが悔しいのだが。

私が言いたいのは、自己管理を怠って公共の場で吐き逃げするのは軽犯罪匹敵する行為ではないか、ということだ。

とくに営業中飲食店だと、どれほど迷惑を被るか考えてほしい。

毎日ゲロの後始末をするような前提で人を余分に配置してる店なんて無い。

始末する店員は、その間ほかの仕事ができない。

少人数の店なら店全体の営業に支障が出る。

臭いが周囲に与える心理的な影響も計り知れない。どんな美味しい料理台無しだ。

その場にいる全員に強烈な負のイメージを与える。居合わせた人の店へのイメージはうっすら悪くなる。再訪率にも影響する。

可視化できない損失がいくらでもあるのだ。

暴飲して店で吐いたことのある人は、あなたが思ってるよりもはるかに重大な迷惑行為だということを自覚してほしい。

個人的には、飲食業界全体で、客席での嘔吐には本気で罰金制度を設けていいと思う。

私有地での違法駐車に、「罰金○万円の上レッカー移動します」と書かれてるように、

お酒の席で吐いたら罰金が発生する】というのが常識として広まってほしい。

たとえ吐かなくとも、お酒と上手に付き合えないことがもたらすデメリットは今さらいうまでもないのだから、これがきっかけでお酒とのつきあい方も見直されたらと思う。

アルコールハラスメント糾弾されるのに、他人が吐いたものの始末を無償でやらされて吐いた人間に何のペナルティーもないのはおかしい。吐き逃げは許せない。

寿司屋のペロペロ小僧みたいなのだけがテロじゃない。吐き逃げもテロだ。今日日本のどこかで必ず起きてる。私の店だけじゃないはずだ。

これだけ書いても怒りがおさまらない。

最後に先日見返した映画版カイジ利根川セリフになぞらえて、日本中の吐き逃げ犯に言っておく。

「お前たちは皆まるで幼児のようにこの世を自分中心に、吐けば周りが右往左往して世話を焼いてくれると、臆面もなくそんなふうに考えていやがる。 甘えるな。 店 員 は お 前 ら の お 母 さ ん で は な い !」

2023-05-12

歯医者に行く時は忘れないようにの増田スマのに紆余位慣れスワは危篤医にゃ私意は(回文

おはようございます

明日歯医者の定期健診を予定の予約を入れたのよ。

マウスピース作ったからそれの点検も兼ねて盛ってきてねと言われたので忘れないように持って行かないと!って張り切ってメモしているんだけど、

前回作りたての時に初回の点検みたいな日程で検診を受けたとき

マウスピース持って行くの忘れちゃって、

まあ持って行かなくても本人の言葉説明して突破できるんじゃね?って思ったけど、

やっぱり実物を見て点検どったらって言ってたので、

その時のマウスピースを忘れたときの検診は出来なかったんだけど、

このまま何もせずに帰るのも歯医者先生申し訳ないので、

先生何かなんでもいいから歯を診て下さい!って懇願したんだけど、

それはいいよってあしらわれちゃったわ。

なので、

今度はしっかりと忘れないようにしなくっちゃ!って今から張り切ってるんだけど、

明日の出掛ける前に、

すっかり忘れていて

なんか玄関出る前に何か忘れていることがあるんだけどなぁーって漂わせながら結局忘れないように心がけないと

また二度手間になってしまうわよ。

あれメモ付箋したものスマホのケースに挟んで

透明だから付箋のメモが見えるようにしているんだけど

それでも忘れちゃう可能性大なので

重々気を付けないといけないわ。

というか、

そもそもとして、

本当は3月ころに検診幾代邸だったつもりの予約が今になってしまった今さら今北産業説明するとそう言うことなのよ。

から本当に忘れないようにしなくっちゃ!って

重ね重ね自分自身に申し上げたつりまくりまくりすてぃーってところかしら。

明日はそれに挑むわ!

どうか忘れませんように!って今から祈っておくわ。

うふふ。


今日朝ご飯

ハムタマサンドイッチしました。

ひっさしぶりのハムタマサンドセクシーヤミーでいつ食べても美味しいんだな!って

やっぱり元気の源はこれっきゃない!って思うわけなのよ。

タマサンドしかり。

朝はしっかり食べたい派ね!

デトックスウォーター

水出しルイボスティーウォーラーしました。

たくさん作って好きなときに飲めるのでこれからの季節

冷たい物が冷蔵庫の中に無かったときのとりあえず冷たいの飲める!ってところで

これ話して思い出して

炭酸冷蔵庫ストックが無くなっていたので慌てて泡立てないようにそっと冷蔵庫に冷やしている用のストックを入れておいたわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2023-05-01

anond:20230501140449

当たり前だろ!

「1回で良いかホテル行こう!!!頼む!!!!」と懇願したのに「そういう関係じゃないつもりなんだよね」とか言ってくるんだよ。

2023-04-23

一昨年ウマ娘が難しくて挫折しかけたけど

今は楽しくやってます

去年anond:20220514092559を書いた者ですが、この1年はウマ娘界で色々あったので振り返っておきます

近況

チームランクはUG5、競技場はクラス6です。もちろん月曜からは降級します。結局この1年間で一度もクラス6に残留できたことはないので壁は厚いですね……(過去最高は1,015,731点)

チャンミは一時期必ずAグループ進出できていたんですが最近進出もままならなくなってきました。まあでも決勝進出を賭けて一喜一憂することはなくなったのでいいか……。こないだのアリエス杯でチャンミは終わりですが、最終的にカプリコーン杯・アクエリアス杯・ピスケス杯・ヴァルゴ杯でゴールドアリエス杯・サジタリウス杯でゴールド☆です。プラチナって何それおいしいの? 第2回サジタリウス杯は偶然チョコボンがすごく上振れした結果チャンミ史上初の5戦5勝を体験できました。俺有馬記念向け育成得意かもしれん……(第1回ジェミニ杯のときは長距離育成苦手だったんですが、今はむしろ距離育成の方が得意で短距離は思うようにいかないですね……まあでもそれが普通でしょうか)

名鑑Lvは129。プレイアブルキャラのうち85人を解放しました(衣装違いはそれぞれ1人とカウント)。初回プレイは割とじっくりやるので逆に先延ばしになってしまって、まだツインターボと(デイリーレジェンドレースで入手したばかりの)ナリタブライアンの育成をやっていないので、育成済みは83人です。うち53人がUG以上(最高はメジロドーベルのUG8)、6人がSS+、15人がSS、9人がS+です。現シナリオによってインフレが加速しましたね……ちょっと前まで大成功だったSSが今や失敗作やぞ……

育成シナリオ

前回の増田では温泉に行けない仕様になったMNTについて愚痴りましたが、その後のグランドライブグランドマスターズでは温泉に行けるようになっててよかったですね。ただグラマスはうまぴょい伝説が見れないので不満。あとグラライでの「GIRLS' LEGEND U」のライヴが良すぎたのでそれが見れないのは寂しい。っていうかグラライが色んな曲を聞けてお手軽にいろんなライヴを見れてすごい良かったので正直「ずっとグラライでいいのに……」って思ってました。初回プレイキャラは一度グラライでやってうまぴょい(+GLU)を見てからグラマス、って流れですかね。

ただグラライにも欠点はあり、レース出走が育成の上で何のメリットにもならないので、たとえばキタサンブラックみたいな目標レースが多い娘の育成にはあんまり向いていなかったところ、グラマスはレース出走でも知識が貯まるのでそこは良いですね。逆にメイクラはレース偏重すぎて序盤に出れるレース全然ないハルウララみたいな娘にとってはネックになっていたので、この2シナリオの良いとこ取りをしたのがグラマスという感じでしょうか。あとやる気管理がしやすいのでゴールドシチーの固有称号「百年に一人の美少女」を獲るハードルが下がってくれるのもありがたい。

そして散々文句を言ってきたメイクラですが、グラライでありがたみに気づきました。三冠制覇欲がめっちゃ薄れたんですよね。アオハル杯までは「なるべく三冠獲らせたいな~」って思って、クラシック三冠とか、それが無理そうなら春三冠とか秋三冠とか、多少スケジュールがキツくなっても何がしか称号を獲らせてあげようとしていた(そして無駄レースに出走して微妙な育成結果になることが多かった)わけですが、メイクラでクラシック三冠春秋マイル+春三冠+秋三冠エリ女VMみたいなイクノディクタス以上に過密なローテをこなしまくった(三冠ウマ娘スプリント王者キタサンブラックみたいな異常個体を作りまくった)ことで三冠制覇に飽きて「なんか別にもう三冠ウマ娘じゃなくてもいいか」みたいな感じになって、結果的にグラライ・グラマスでは合理的な育成をすることができたというか。メイクラを通ってなければここまで達観することはできなかったと思うのでメイクラには感謝ですわ。

この1年間で新しく引けたキャラのうち数名について印象を書くと、

こんな感じでしょうか。おひんばいいよね……

あとネオユニヴァースは引けてないんですけど、デムーロの「人間言葉を喋れないのが欠点」という台詞から意思疎通が難しい電波系不思議ちゃん」というキャラ造形にしたのは天才所業だと思いました。なお某掲示板ではあまりにも一昔前の電波キャラ造形すぎて「電波、届いた?」とか「電気って、なめると味がするのかな」とか書き込むおじさんたちが大量発生しており「おっくれてるぅ―――――――――――――!!!!!!」と思いました(小並感)。

そういうわけで早くサトノクラウン実装しやがれください。クラちゃん可愛すぎだろ俺の嫁確定ですわ。ぐへへ……ヒシミラクルちゃんシュヴァルグランちゃんはおじさんとあっち行こうねえ……

デイリーレジェンドレース

これのおかげでタイキシャトルビワハヤヒデナリタブライアンを開放できましたありがとうございます。今はタマモクロス開放に向けコツコツやってるところです。

アグネスタキオンの因子研究

3ヶ月に1回くらいやってくれ(懇願

顧客が本当に必要だったもの感ありますよね。賢さ☆☆短距離☆☆☆固有☆☆みたいな微妙な因子の水マルが賢さ☆☆☆短距離☆☆☆固有☆☆というレンタル用にちょうどいい感じの因子になったり、スピード☆☆マイル☆☆☆固有☆☆のセイウンスカイスピード☆☆☆マイル☆☆☆固有☆☆にできたり、とにかく青☆9にならなかったからといって移籍させないでよかった感しかないです。もっと因子レポート持ってるだろジャンプしてみろよオラ。

原作

イクイノック推しなので去年の天皇賞(秋)サイレンススズカの幻影と化した世界パンラッサ先輩を華麗に差し切る姿に痺れましたし、ドバイシーマクラシックでは差し馬のくせに先頭に立ちノーステッキレコードで逃げ切る姿に衝撃を受けました。マルゼンスキーかな? 実況見ててお口あんぐりだったというか。勝つだろうとは思ってたけどあんな勝ち方するとはまさか思わないじゃないですか? そして皐月賞ソールオリエンスもヤバすぎ。直線が短い中山ナリタタイシンより後方から差し切ったとかどんだけだよ。桜花賞リバティアイランド差し切り見てすげえ三冠牝馬確定じゃんと思っていたら皐月賞もっとすごかったという(つくづくドゥラメンテの早逝が惜しまれる……)。やっぱディープインパクトの後継争いは今んとこキタサンブラックが筆頭でしょうか。あとはコントレイル産駒がどれだけ走るのかですよねえ……

そしてメイケイエール……彼女GIに出る度に高揚と落胆を味わっている……桜花賞からずっと応援してきていて、間違いなく実力はあるのですがGIで勝ちきれない。俺キンヘイロー推してた人たちの気持ちわかってきたわ……。なので今度のヴィクトリアマイル参戦は朗報ですね。とにかく向いてない短距離を走らせてたらGI獲れずに終わるので、どうせ制御できないなら適性に合った距離を走ってもらった方がまだGI勝利の目はあると思います。俺はエールちゃんの秋古馬三冠可能性を信じてるからな(ガンギマリ)(ikzeの腕ちぎれちゃう)(ソングラインとの鞍上かぶり問題ときソングエール大岡裁きしろって意見があって笑った。大岡裁きは車裂きの刑ちゃうぞ!)

2023-04-19

スズメヒナが落ちてきたので保護した時の話(※ハッピーエンド

2016年5月8日の昼ごろ、我が家の裏手にスズメヒナが2羽落ちてきた。隣の家の軒下にでも営巣してたんだろう。

うち1羽は成熟しており「巣立ち」の最中なのか余裕があって、しばらくすると自力で飛び立っていったが、もう1羽はまだ羽も生えそろっておらず、飛行もジャンプもできない様子。ういのキッチン横の室外機の下に自主的避難し、縮こまって親を呼んでいた。ネットで軽く調べてみると、スズメヒナは巣から落ちるのが普通で、落ちたら落ちたで、その落ちた先で親は育児を続けるらしい。まわりを探してみると、両親と思われるスズメがとなりの家の屋根の上から見下ろしており、ヒナとさかんに鳴き交わしていたので、そこに退避したことには気づいているらしい。きっとその場で育児を続けるだろうと思い放置。ちなみに巣立ちヒナのほうは気づいたらいなくなっていた。飛べるので、もう親離れしたのか、あるいは両親が別の場所で世話し始めたのか。

夕方が過ぎ、そして夜になるが、両親はヒナから離れていってしまった。人間を警戒して、室外機の下に入り込めなかったのだろうか。小さな箱に布を詰めて、その中にヒナを移動させ、上から視える位置に移動させるが、結局ダメ。落下してから時間くらいが経ち、エサも貰えず、気温の低下で体温も下がり、ヒナはどんどん弱っていった。

母は助けてやりたいと言うが、私はこれが野生の摂理から仕方ないよ、と首を振った。夕食後、ひとりでヒナを見に行ったが、死んでたら埋めてやろうくらいにしか思っていなかった。

ヒナは箱のなかで横倒しになり、目を閉じ、脚をぴくぴくと痙攣させていた。もうだめだ、あと数分で死ぬな、と思ったそのときヒナが私の気配を察して口を開けた。なにか食わせてくれ、という風だった。私はショックを受けた。「助けて」と懇願された気がした。

今考えたら「じゃあ気取ってないで最初から助けろ」と思うのだが、その瞬間、私の心に「守ってやらなきゃ」という炎が燃え上がった。ほぼ衝動的に、ヒナを抱えて家の中に入り、玄関避難。まず40度ほどのぬるいお湯を注射器で与えてみた。誰かが自分を助けようとしていることに気づいたのか、声が出ないほど衰弱しきっているのに「ピイ」と鳴いてくちばしを開く姿に涙が出た。ぬるいお湯を与えたあと、足温器タンから引っ張り出してきて電源をつけ、その中にヒナを突っ込んだ。たまに水を舐めさせ、足温器で暖めながらじっと見守っていると、30分ほどして突然目を開き、大音量で鳴き始めた。体温が上がったこと、水を飲んだことで体力が戻ったらしい。その後、私は夜通しヒナに寄り添い、砂糖水を飲ませたり、きな粉を混ぜた卵の黄身(なんかググったら出てきた)などを与えて、なんとか夜を越させた。相手人間だと分かっているようだが、平気でエサをねだってくるし、注射器相手にもくちばしを開いてくれた。

9日、日の出とともに親鳥と思われる2羽がウチのまわりを飛んでいた。目の細かい籠に足温器ごとヒナを入れ、昨日ヒナが落ちていたあたりに置いてみると、2羽はヒナの声を頼りに右往左往し始め、やがてヒナ位置確認したのか、虫らしきものを咥えて飛んで来るようになった。給餌をしてくれているらしい。昼ごろ、何かあった時のために、スズメ用のエサの市販品と、鳥類に給餌するための道具を買ってきた。やっと一安心といったところだが、午後から雨が降り始めた。ヒナ足温器が濡れるといけないのでダンボールで覆う。ところが、雨のせいか、あるいはダンボールのせいか、親鳥は給餌をやめ、立ち去ってしまい、結局夕方以降、ヒナはエサを貰えなかったようだった。

足温器に入っているとはいえ、外は寒いので、中に入れてやることにした。結局この日の夜も、私は夜通しヒナを見守ることになった。ただ、ヒナ本能的に夜は眠るので、特に何もしないで寝かせてやればいいらしいのだが、ネット情報に惑わされて、ヒナを叩き起こしてエサ(買ってきた擂餌)を無理やり食わせたりしていた。このときヒナは既に人間への警戒心を思い出しており、私たちからエサを差し出されても、お腹は減っているだろうにあまり食べてくれなかった。差し出される注射器から後ずさって逃げて、イヤイヤと首をふるのがとてもカワイイ

当時、私は就職活動中で、この日の夕方に今働いている会社から内定をもらったのだが、スズメのことで頭がいっぱいで全然喜ぶどころじゃなかった。

10日、天気はくもり。夜明け前ヒナが腹減ったと主張し始めたので、擂餌と砂糖水をちょっとだけやり、そのあと外に出した。日の出と同時に親鳥が飛んできたが、ヒナはさっきので腹が膨れたのか、あるいは寝ぼけてるのか、親の呼びかけに返事をしない。少し焦ったが、しばらくするとちゃんとエサをねだり始め、両親の給餌が始まった。片親が屋根の上で周囲を見張り、もう片方がエサを取ってきて与える、という役割分担が美しい。

朝10時頃にハプニングがあった。近所の野良ネコヒナを見つけたのだ。母が気づいて、外に出て追い払った。その野良ネコはよく見かける子で、すごく人懐っこく、近所の夫婦に世話を焼かれているので野鳥なんぞ食わんだろうが、ちょっと怖い。ヒナに対して敵意はなく、単に箱を覗き込んでいただけだったようだが(追い払ってごめんね)、とにかく地上にヒナを置くのは、野良から守れず危ないという結論になった。

そして、ヒナ引っ越しを決行。親鳥が見守る中、箱ごと持ち上げて2階のベランダへ。ベランダの壁際の室外機の上に乗せた。ここならヒサシがあって雨も防げて、ネコも来れないし完璧じゃん!と思ったが、引っ越しが済んだ昼から夕方まで、親鳥は遠くからヒナを見つめるだけだった。さすがに窓際は人間が怖く、近寄れなかったようだ。日の入り前、片親がギーギーと大声で威嚇音を鳴らして人間牽制し、もう片方の親がエサを持ってヒナに近寄ろうとにじりよっていたが、やっぱり無理、怖い!という感じで諦めてしまう。そういうわけで、室外機の上よりもっとベランダの外側にアウトドア用の机を置き、その上にヒナを移動させたが、両親はそれを見届けたかどうか分からないうちに姿を消してしまった。とても残念だった。暗くなったのでヒナを私の部屋の中へ移動させ、一晩静かに寝かせた。

置き場は本当にベランダでもいいのか?親鳥は明日ヒナを見つけてくれるか?明日の天気はけっこう酷いけど大丈夫だろうか……など色々と心配事が重なってとても辛かった。私と同じ部屋で眠るヒナは、不安になるほど静かに眠っていた。

11日、天気は一日中雨という予報だったが運良く外れ、朝のみの降雨となった。しか低気圧のアレで風が強く、人間でも怯えるような突風が朝から晩まで吹き続けた。こんな天気だとヒナは外に出しづらいし、親鳥も来てくれないんじゃないか心配したが、親鳥は変わらず日の出と共にやってきた。風に煽られ、雨に濡れてもお構いなし。

さてヒナだが、足温器ごと外に出すと突風で吹っ飛ばされそうで、傘とかダンボールとか、いろいろ策を考えたが、レインコートをキツめに足温器に巻いて、ガムテープを駆使して机に固定してみた。親鳥がレインコートに怯えて近寄ってこないのでは……と心配だったが、あっという間に親鳥は欄干まで近寄ってきた。しかし「ヒナの声は聞こえるが、ヒナがどこにいるかからない」というふうに右往左往するので、少し場所をズラしてわかりやす位置に。私の部屋の窓からよく見える位置だが………? 少し経つと、どちらかともなくヒナを見つけ、暴風雨の中の餌付けが始まった。一体どこにいるのか、虫をしっかり見つけてきて与えている。天気こそ酷いが、足温器の中は暖かく風もなく快適で、ヒナ健康のもの、親鳥も献身的で、ネコ心配もない。この日、今までで初めて「誰も家にいない時間」が3時間ほど発生したが、なんのハプニングもなく、親子ともども普通そうだった。雨もやみ、あとは強めの風だけが難点だった。

帰宅後、ベッドで寝っ転がって、親鳥の給餌をぼんやりバードウォッチングしていると、ヒナと片親が、かなり大きな声で鳴き交わし始めた。それはまるで餅つきのように、ピイ、チュン、ピイ、チュンと交互にテンポが良い。ネットで調べると、互いの位置と安否を確認するためのコミュニケーションだと書いてあった。心配になった母が見に来るが、私はそのネット情報を伝えて、会話してるだけだと思うよ、となだめる。

しかし、母が立ち去った十数分後、突然スズメたちが叫び声を上げ、私が見ている中、ベランダの床にカラスが1羽降り立った!いじっていたスマホを放り投げ、窓にとびつき、開いて、怒鳴り声を上げてカラスを追い払う。カラスふわふわと飛んで、すぐ近くの電線の上にとまった。逃げたというより距離をとったという感じで、ベランダからは2メートルも離れていないが、人間では手出しできない位置だ。なんて狡猾な…!と、歯噛みした次の瞬間、親鳥2羽がファンネルのように屋根から飛んできてカラスに襲いかかった。カラスが飛び立つ。するとどこからともなく別のスズメツバメ(近所で育児をしてる別の夫婦たちのようだ)も飛んできて、空中戦がはじまった。カラス遠くへ逃げ、スズメたちはそれを執拗に追いかけて、追い払おうとしている。私はヒナの無事を確認したあと、ベランダで放心していた。あの鳴き交わしは、遠くにいたカラスを警戒するための点呼のようなものだったのだ。そして、私が見ていなかったら、カラスヒナにどこまで近寄っていただろうかと考えると恐ろしかった。カラスもこの時期は子育て中で、スズメヒナは「ごちそう」なんだそうだ。

母が駆けつけたので、事情説明すると、カラスけが必要ではないか、と言う。人間が見張っていれば追い払えるが、ずっと見ていられるわけじゃないし、なにより今週日曜日は家はずっと無人になる。賛成だった。母は手芸が得意なので、雨除けのために用意していたダンボールひとつ持ってきて細工を施し、「巣箱」のようなデザインに仕上げた。中に足温器カゴを入れ、コンセントはそのために開けた穴から外へ通す。もう雨は降ってないのでレインコートはひっぺがした。そして出入り口は上側に。幅5センチくらいの細長い広さにとどめ、スズメは通れるがカラスは通れないようにした。かなりゴツい見た目になってしまったが、両親は受け入れてくれるだろうか、と心配で、2時間ほど窓辺に座って観察。カラス撃退から帰ってきた両親がダンボールを見てギョっとしたが、片親はすんなりと入り口存在気づき、中のヒナの安否を確認した。受け入れてくれたらしい。もう片方は入り口に気づかず、何度か箱のまわりをうろついていたが、しばらくすると気づいてくれた。本当に良かった。これで安心である

日の入り前、それまで見張りと餌探しで手分けしていた両親が、両方とも餌探しを始めた。ヒナが寝る前の食いだめのためだろう。父が庭に撒いた米粒を拾い、ベランダといったりきたり上下運動しながら次々とヒナに与えていく。ヒナは生米は消化できないとネットに書いてあったが、そんなことないのか……? 日が沈むと両親は帰って行き、私はヒナを机ごと部屋の中へ。その晩はチョッカイを出さずに、ずっと眠らせていた。

12日、私が寝坊して夜明けに微妙に間に合わなかったが、慌てて机ごとヒナベランダに出すと、早速両親が給餌を始めた。部屋から観察してみると、両親とも巣箱に慣れ、給餌以外の用事でも箱のなかに入り、ヒナの世話を焼くほどになっていた。何度かカラスが近所に現れたが、そういうときは両親とも餌探しをやめ、巣箱に背を向けて欄干に並んで立つのがかっこよかった。

この日は天気がとってもよく初夏並に暑かったので、日中足温器をOFFにしていた。まったく問題が無さそうだったので、私は巣箱ガン無視普通勉強していたのだが、1時頃、突然様子がおかしくなり、窓の外を覗き込む。欄干に3羽のスズメが止まっていた。は?と呆然しかも穏やかじゃない雰囲気ベランダに飛び出すと、2羽は右隣の家の屋根に、1羽は電線に飛び退った。2羽のほうが両親だろうが、あの1羽はなんなの?

1雇われベビーシッター 2親戚 3両親が世話してる他の子供 4この界隈で子育てしてる友人 5赤の他人(縄張り争いに来た) とかそこらへん? 昼ごろからゲーゲー鳴いてたし、縄張りいかもしれない、と思った。巣箱を覗き込むと、ヒナと目が合い、ヒナが怯えて後ずさったが、元気そうだ。とりあえず部屋の中へ戻り、心配で巣箱を眺めていると、両親が来なくなった。たまに飛来しても、穏やかじゃない雰囲気道路に出てみて、家を遠巻きに眺めても誰もいない。育児放棄? 縄張り争いで追い出された? とか色々考えるが答えは出ない。それから時間ほど窓辺で観察していたが、

・青虫を咥えた親鳥がやってきて、箱のなかのヒナが鳴くが、なぜか親鳥は餌付けせず、咥えたまま箱から出てきて困り顔で飛び立つ(2回)

・エサを咥えていないスズメがやってきて、欄干を歩きまわって立ち去る

スズメが欄干にとまってカチカチと警戒音を鳴らし、アウトドアテーブルの中を歩きまわって隅々までチェック

・巣箱の上に立ってダンボールをつつき、ぐるぐると歩きまわる。そこにもう1羽のスズメがやってきて、威嚇音とともに飛び立つ

など、不可解な行動が続いてますます混乱。登場人物が親鳥だけなのか、それとも他のスズメが混じっているのか、さっぱり分からない(見分けがつかない)。

ヒナの安否を確認しに行くと、足温器の端っこの端っこで布にくるまって縮こまっていた。怖いらしい。心配だし謎だらけだったが、大学へ行く時間になってしまったので、今起こっている状況を母に説明して外出。そして授業中に、ハッと思い至った。もしかしてヒナ足温器の隅っこから動かないから、親鳥が箱のなかに入ってもヒナが見つけられず、ヒナがどっか行ったと思って混乱していたのではないか? そう考えると、あの謎の3羽目以外のすべての現象説明がつく。巣箱からヒナのおねだり声は聞こえるのに、中にはいっても、どこにも見当たらない。それで両親は巣立ったのか?とか食われた?とか考えてあちこちしまわっていたのだろう。そのことを母にメールすると、大正解だった。母の実験と観察の結果、ヒナは給餌にきた親鳥のために姿を見せることをせず、いつまでも隅っこでヌクヌクしていたというのだ。母は足温器の隅っこを折りたたんでめりこめないようにし、両親に突き出した。やがて両親がヒナ存在気づき、給餌を再開するが、もう夕方。2羽総動員でエサをかき集めて与えていたそう。その間にも、また布の隙間に隠れてしまったヒナを見失って両親が右往左往し、母がアシストするという出来事が繰り返されたとか。私が帰宅したときには日没後だったので、ヒナは家の中で寝ていた。まったく人騒がせな奴。

13日、快晴足温器のはじを折りたたむことでヒナの隠れ場所を無くしたつもりだったが、もうありとあらゆるスキマにめりこんでしまい、何度も親から姿を消してしまう。しょうがないので巣箱を外し、足温器+カゴの状態で外に出すと、数時間見失いっぱなしだった親鳥がやっとヒナと再会し、今まで聞いたこともないくらい優しく「ピヨピヨ」と鳴いて、エサを取りに飛び立った。ヒナ足温器から出てきてカゴの端に止まり、親の帰りを文字通り首を長くして待っていた…が、次の瞬間バサバサと飛んで落ちた!上へ上昇する力は無いらしく、ベランダの隅に落下。ああ、こうやって巣から落ちるのか、と感心しつつ、私はバッタを捕まえるようにヒナを手で捕まえて、カゴに戻す。しばらくして両親が2羽でやってきてヒナの安否を確認し、飛び立つと、またヒナがカゴの端に立ってしまう。落っこちそうだ。そろそろ巣立ちかな、と思うが、朝からカラスがうちのヒナをずっと見ていることには気づいていた。親鳥が屋根から見守る中、戻って戻って、と叫びながらベランダヒナににじり寄ると、ヒナ足温器の中に戻っていった。それと同時に、カラスものすごい近くを飛行して通り過ぎていった。やっぱり狙っていたか

こうなってしまうと、親鳥が餌付け&発見やすいようにカゴを外に出すよりも、カラスから身を守らせたほうがいいな、と思ってまたダンボール巣箱の中に戻した。すると、驚くことに、箱のなかでヒナが羽をばたつかせ、自力でよじのぼって外に出てきた。もう彼の巣立ちを止めることは誰にもできないようだ、と静観を決めるが、またベランダの隅に落ちてピーピー文句を言うので、もう一度捕まえに行った。捕まえる時、母親屋根の上からアブラゼミのようなすさまじい声で威嚇してきて殺されるかと思った。箱の上にヒナを戻して早々に立ち去る。その後、箱の上で「どうやったら飛べるの?」といった感じでモジモジするヒナの元へ両親がやってきて、となりに並んで早口でさえずり、まるで飛ぶコツを教えているような様子が見れた。ヒナが「ピ!」と元気よく返事をしているのも可愛くて、思わず録画した。しかしその後また飛ぼうとして落下。調べたところによると、スズメの巣立ちというのは他の鳥と違って、このように「飛ぶ力はないが羽ばたけるっちゃ羽ばたける状態になった頃にするのが正しいのだとか。そうして巣から落ちて、地面で暮らし始めるらしい。というわけで、もう箱に戻すのはやめた。それから夜まで、ヒナベランダの床で過ごすことになった。ピョンピョンと跳ねて歩くのは完璧にできるようになったが、飛ぶ力がなさすぎる。羽ばたいても10cmがせいぜい。親鳥の後を追って、ベランダの手すりに飛び乗ろうと試みるのだが、まったくできない。ただ、その壁を飛び越えるくらいのスキルがないと、カラス野良猫や自動車の渦巻く外界では生きていけないわけでして。親鳥はヒナ四苦八苦しているのを上から眺めるだけ。やがてヒナは疲れ果て、尻もちをついて座り込んでしまった。脚を前に投げ出してショボンと肩を落とした姿が可愛すぎてまた写真を撮った。すると親鳥がエサを与えに来て、励まし、また飛び去っていく。少し元気が出たヒナが親鳥のあとを追おうとして失敗。こんな調子夕方になってしまった。日が暮れるとヒナは室外機の下に引きこもり、親鳥が夕飯をたくさん与えて、この日は解散。野生の巣立ち雛は、ひとりで茂みなどに隠れてこうして夜を越すそうだが、さすがに寒いしかわいそうということで、室外機の下に腕を突っ込んでヒナをむんずと掴まえ、足温器の中に入れておいた。過保護干渉かもしれないが、ここまでやったんだ、こんなところで凍死してほしくない。結局そのあと机ごと部屋の中にいれて夜を越させた。

14日、15日はヒナダンボールの上やホットカーペットの箱の淵に立って風を浴び、たまに親からエサをもらう日々が続いた。天気はずっと良かった。ヒナがたまに飛ぼうとして落ちて、ダンボールのところまで戻れない~と悲しそうにしてるので、15日には机の上のダンボールまで自力で戻れるように、DIYで余った板や、プラスチックの箱を組み合わせて、スロープみたいなものを設けた。アスレチック場みたいになった。15日は家族全員が日中ずっとでかけてたので、そのスロープが役に立ったかは分からなかったが、帰ってきたらヒナは無事に足温器の箱にいたので良かった。夜は寒いので家の中へ入れてやる。

16日。風が強く、カラスもよく目立つ日だった。近くにカラスがいるときヒナダンボールと欄干のスキマに隠れ、親が並んで欄干に立ってヒナ背中に守ってたのがかっこよかった。

そして昼ごろ、親鳥1羽とヒナの2羽が段ボール箱の上にいて、私がそれをなんとなく横目に見た瞬間、目の前で2羽が飛び立った。えええ!飛んでった!と1階にいる母に向かって叫びベランダに出た。2羽は隣家の庭におちていた。直後、隣の家の奥さんが出てきて、どうするかなと思ったら、2羽ともちゃんと飛んで逃げた。しかヒナ電線まで飛び上がっていた!地上から電線まで飛べる力をいつの間にかつけていたとは。その後、姿見えなくなったが、数分後うちの庭に家族3人できた。母親?のうしろをテコテコついていくヒナがかわいすぎる。

このあと、ヒナがうちに現れることは二度となかった。ネット情報によると、飛べるようになったヒナは親のテリトリーから出て行き、同じような年齢の若いヒナグループを組んで暮らすらしい。17日・18日あたりは、親鳥らしき2羽がウチにきてベランダを覗き込み、うちの子来てます?って感じにピヨピヨ鳴いていたが、また見失ったのだろうか。母によると、スズメに米粒をあげると、たまに飲み込まずに咥えて飛んで行くやつがいから、もしかしたら餌付けしてるかもしれない、と言っていたがどうだろう。ヒナと親で飛んできて、親が米を拾ってヒナにあげるシーンが見たかったけど残念。

ヒナ長生きしてくれたらいいな。

なんで今更こんな昔の話を投稿たかというと、

野鳥保護って条例だかなんかで罰則対象な気がしてて、ネット上で言いふらしていいことじゃないと思ってたから。今もそう思っているが、9年前だし時効だろ

2023-04-07

anond:20230407015829

リアリティがないし30代で身を持ち崩すような人はどうぞホームレスでとしか思わん

助けてほしいと懇願しても助けてあげなーい

2023-03-29

身寄りのない高齢者

 都内の話。私が住む築50年のマンションの向かいの部屋に93歳のおばあちゃんが住んでいる。小学校先生で、生涯独身。頑固でプライドが高く孤高の人だった。私は彼女には子供のころからかわいがってもらったのだが、他の近隣住民には気を許さず、いわゆる嫌われ者だ。近所では「先生」と呼ばれている。

 先生プライドが高く、下町の住人を下に見ている。教養生活レベルが違うのだろう。そんな態度で何十年もこの地域暮らしてきた。おのれの金と生活力で生きていけるうちはさしたる問題はなかった。近隣と騒音やなんかでもめるくらいのものだった。しかし昨年くらいから、足腰も弱くなり、自力生活するのは難しくなってきた。そうなると先生は知り合いや近所の者に片っ端から電話をかけ、おまえは年寄りの面倒を見るべきだと呼び出し、買い物やらなんやらをいいつけ小遣いを渡していたのだが、そんな生活が成り立つわけはなく、高齢者公的介護を利用することになった。ケアマネを見つけ、ヘルパー派遣されることになった。先生にとってヘルパーというのは下賤の者らしく、接する態度は酷いものだったようで、次々に事業者に断られ、もう区内には先生相手をする事業者はいなくなった。そんな先生を受け入れたのは隣の区の良心的な零細事業者ケアマネだった。ケアマネ献身的に寄り添い、ヘルパーを手配し、なんとか先生生活を成り立たせていた。

 そんな折、今年に入り、先生蜂窩織炎だか脊柱管狭窄症だかが悪くなって、入院することになった。リンパのガンを乗り越えた先生にとっては大した病気ではないのだが、立てないのはこたえた。先生東大病院しか信じておらず、ずっとかかりつけにしていたのだが、東大病院入院を受け付けない(過去にさんざんもめていた)ので、しぶしぶ紹介された関係病院入院することになった。二か月ほど入院していた。入院弱気になった先生ケアマネの勧めに従い、有料の施設に入所をする決心をし、退院した足で施設に向かった。

 しか先生の態度は施設に着いた途端に急変した。医者ケアマネが画策して非人道的機関監禁されるのだと激高した。先生は耄碌はしているものの、認知症ではない。入院から心に貯めていたせん妄が爆発したようだ。まだ正式契約していない施設側はなすすべがなく、帰宅することに。施設良心的にも先生の自宅まで自社の車で送ってくれたらしい。とにかく先生は立てない状態で私の家の向かいに帰ってきた。

 先生は知人や近隣住民電話をかけて呼び出そうとするが、もう先生相手をするものはあまり残っていない。なにしろ善意で世話をしにきたマンション管理人を怒鳴りつけるような人だ。しかたなく先生は私に電話をしてきた。先生は私の幼少を知っており、なにか強い思い入れがあるらしく、私だけは気を許せる優しい人間だと思い込んでいる。私の両親が学者だったことも大きな要素のようで、しがない零細障害者福祉事業を営む私をなにか福祉世界の大きな存在だと思い込んでいるようなことを言う。いままでもたまに私も家にいて呼ばれれば徒歩2メートルの向かいの部屋にいき、水を汲んで出したり何か買い物をしたり、おむつを替えるくらいのことは職業柄たやすことなので、助けを求められたら応じていた。先生は私にはとてもしおらしい態度で接する。申し訳ないと思うと1万円だか3万円だか買ってきたおにぎりだかおせんべいだかを渡してくる。気が済むならと私も受け取る。だが、今は施設を断った先生にはヘルパーもおらず、私も仕事があるので行ける時間は限られており先生の全生活を支えるのは無理だし、そんな気は毛頭ない。どうしたものかと思っていると、先生ケアマネと話す機会を得た。

 ケアマネが言うには、先生ヘルパーの使い方はめちゃくちゃで、自社のヘルパーは全員泣かされてもう使い物にならず、無理を言って大手派遣を頼んでいたがそこも苦戦し、入院施設行きが決定した折にすべて白紙になってしまったらしい。地域の同業に悪名が轟いている先生に今からヘルパーをそろえるのはかなり難しいらしい。しか先生をひとりで置いておくわけにはいかないので、疎遠になっている姪に施設入所の契約書にサインをもらい、半ば強制的連行ししばらくは拘束することが先生安全を考えても最良と判断している、とのことだった。話を聞くと施設もそれほど悪辣でない大手で、その言い分には同意できるところもあった。姪は医者で週に一度しか休みがなく、契約書にサインはしても先生との直接の対話絶対拒否するという姿勢らしい。ちなみに保証人になるわけではなく、保証会社が間に入るそうだ。

 退院直後はせん妄ケアマネ病院グルになって私を牢屋のようなところに引き渡したと言っていた先生も、すこし落ち着き、また一人で暮らす不便さに弱り、今日面談ではしおらしくなっていたが、だからといって施設に行く気はまだない。ケアマネヘルパーの手配を懇願していた。立ち会った私は先生のためにも一時的施設に行った方がいいのではと進言したが、人の言うことを聞く人ではない。先生の家を出たあと、ケアマネと、もうすこし弱気になるのを待とうということになった。

 私が気がかりだったのは、せん妄はあっても認知症ということではない当事者を、疎遠な家族サインだけで強制的高齢者施設に連れて行き拘束して薬で大人しくさせるという方法は法的に問題があるはずだが、そういうケースはあるものなのかということだ。ケアマネに尋ねると、あまりないと。確かに法的には問題があるし、先生は恨みを忘れる人ではないし、弁護士を使う人脈や資力もあるのでリスクがあることを認識していた。それでもそれが本人のためと考えたとのこと。そして法的にも問題ない方法は、訪問医師を一度入れて、精神科に繋げ、医療保護入院という形でまずは精神科収容することだということも理解していた。それを聞いてすこし安心した。

 さて姪のサインは来週の月曜日にもらえる手筈だそうだ。どうなることやら。

補足書きました https://anond.hatelabo.jp/20230401032524

2023-03-23

兄弟葬儀

彼は長男として色々な期待と重圧を受けながらも、両親からとても愛されて育ってきたのだろう。

兄弟だった彼は、幼かった頃は隣県に住んでいた事もあり、盆や正月には叔父と共によく遊びに来たものだし、私達も両親と一緒に遊びに行ったものだった。

ところが私が中学に上がった頃、叔父の転勤と共に簡単に往復できる距離ではなくなったこから、“もっとも、当時の我が家の状況を鑑みると、理由はそれだけではないようだが”彼との音信は完全に途絶えてしまい、無事就職が決まって今は勤務先の新潟に居るらしい、という事を叔父から伝え聞いていただけだった。

彼の訃報を受け、私は両親と共に叔父の元へ赴くことになったのだが、私達が斎場へ到着した時にはまだ親族関係者の誰の姿もなかった。

斎場職員に案内された通夜会場には故人の亡骸が納められた棺だけがあり、叔父の到着を待たずに棺の窓を開けて故人と対面した。

いたことに、十数年振りに見る故人は少なくとも私の記憶にある幼い丸顔の彼ではなく、彫りが深くてひげの濃い、独身だった頃の私の兄と瓜二つの容貌だった。

甥の顔を久しぶりに見た両親も、死に化粧所為かもしれないが、と前置きしつつ、本当に寝ている兄のような顔だと。

気がつくと叔父は私達の後ろに立っていた。

正確に言えば会釈するまで、“少なくとも私は”叔父だということに気づかなかった。そのくらいにやつれてしまっていたのだ。

故人の仕事を後押しして遠方に送り出した叔父は、何度も何度もうわ言のように後悔の言葉を口にするばかりで、先に到着していた私の兄と叔母の弟に辛うじて支えられているような状態だった。

その日の夜行われた通夜には、身内だけだと言いながらも、叔父夫婦関係者のみならず、沢山の故人の同級生や友人達が訪れ、予想していなかったのであろうか、叔父は引きつった表情ながらも、その日一度だけ笑顔を見せた。

通夜が終わった夜遅くに私達は叔父夫婦に家へ招かれ、二人は故人の思い出話、そして故人の最後と、再び自分の後悔の言葉を口にした後で、長男に先立たれた現実を、まるで自分達に言い聞かせるように話してくれた。

実は私の両親は、今日まで叔父の家を一度も見たことがなかった。

叔父には、一度だけでも兄夫婦に自らが努力の末に築いたささやかな城を見て欲しい、そういう思いがあったのかもしれない。

実は数年前、私は一度だけ妹を連れ、叔父の家に遊びに行ったことがある。その時故人はおらず、叔父夫婦が私達の相手をしてくれた。

当時の記憶は薄れ掛けていたが、部屋を案内されて少しずつ思い出してきた。

しかし、リビングキッチン荷物が散乱した様は几帳面な筈の叔母のそれではなく、二人の心境をそのまま表しているのが見て取れた。

その後、叔父は一人葬場へ戻り、冷たくなった息子と一緒の最後の夜を過ごした。

翌日の告別式の席上、叔父喪主挨拶の途中で言葉を詰まら号泣したが、振り絞るような声で最後まで読み上げ、叔父、叔母、叔母弟の家族一同で深々と弔問客へ頭を下げた。

皆で献花台の花を分けて棺に詰めて故人を飾ったのだが、沢山の花と思い出の品で個人の顔以外が埋め尽くされた棺の蓋を、叔父夫婦は中々閉じることができなかった。

火葬前にもう一度お顔を見られますから、と葬儀屋に促されてようやく蓋を閉じ、友人と親族で棺を黒い霊柩車まで運んだ。私も棺を持った一人なのだが、両手で抱えた棺は青年となった故人が納棺されているとは思えない程に軽かった。

故人と喪主は黒い霊柩車に、その他はマイクロバス揺られ、住宅街を抜けた郊外にある広い霊場に到着した。

途方も無く広くて、幼い子供たちが芝生の広場で遊んでいる、公園と見紛うような穏やかで緑豊かな風景が.だからこそ余計に、冷たい打ち放しコンクリートの壁で覆われた霊場の中で、故人の棺を囲む我々との落差を大きく感じさせる。

最後に皆で別れを告げ、叔父夫婦もしばらく名残惜しそうに棺の蓋の窓を開けて顔を見つめていたが、叔父が意を決したように閉じ、そのまま故人は荼毘に付された。

火葬が終わった後に行われる骨上げは、当然ながら丁重に死者を敬って厳かに執り行われる儀式であるが、この霊場における骨上げは、霊場職員ステンレス製の台に乗せられた遺骨の部位一つ一つを細かく説明しながら骨壷に納めていく、という正直なところ厳かとは少々距離を、いや、ある意味では場違いエンタメ性すらも感じさせるもので、さながらテレビで見る検死のワンシーンか、解剖実習のようにも見えた。

詰め込み始めて間も無く、若かった所為もあって立派な故人の遺骨は骨壷に納まりきらないだろうことが、誰の目にも明らかに映った。

目の前で全てを納めるように親族一同懇願したのだが、霊場職員は、納めるには遺骨を砕くしかないですが、と説明し、少々躊躇った後で、遺骨を擂り粉木のような棒を使ってバリバリ音を立てて潰しながら骨壷に詰め込み始めた。

“恐らくこれは霊場ではよくある光景に違いない”とはいえ、私でさえギョっとしたそれは、叔父夫婦にはたまらなく暴力的に映ったのだろう、叔母は声にならない悲鳴を上げて顔を真っ青にし、叔父はたまらず席を外してしばらく骨上げの場に戻れなくなってしまった。

しかしながら、骨になって無残に打ち砕かれた息子に背を向けて震える叔父にも、今にも卒倒してしまいそうな叔母にも、声を掛けられる者は、私を含めて誰も居なかった。

ただ骨を潰す不気味な音だけが響き、霊場職員は黙々と骨壷に遺骨を詰め込み、皆無言のままそれを見つめる他無かった。

来場した時と同じバスに揺られながら、来た道を骨壷を抱えて斎場まで戻るとすぐに、父は叔父夫婦に手短に別れの挨拶を告げ、足早にその場を後にした。

時間が迫る訳でも無い筈。いくらなんでも実の弟になんと冷やかな…そう私は思いながらも叔父達に頭を下げ、父の背中を追って車に乗り込んだ。

すると父は、私の気持ちを察したように車内で私と母に、こう諭した。

冷たいかもしれないが私達が居ても何の慰めにもならない。他の親族の足止めになるだけだ、と。

実は、集まった親族の顔ぶれは叔母関係者が中心を占め、叔父側で駆けつけたのは私達と兄だけという、どちらかというと叔母側の意向が強く見て取れる葬儀と、叔父夫婦現在関係性は薄っすらと私にも理解できていたが、父はこの場においてもその事について一切触れなかった。

そして悲嘆に暮れる弟に対する同情の言葉を口にし、人のために涙する父の姿を生まれて初めて見た。

故人の命日は何の因果誕生日の前日、24年と364日の本当に短い人生だったが、彼にとっては辛くて長い戦いの日々だったのかも知れない。

故人の御冥福を謹んでお祈り申し上げます

実家に戻ると家を空けていた間に、少々痴呆気味で放って置けない祖父の面倒を見ていてくれていた妹が迎えてくれた。

両親に促されて、“もっとも、父も母も叔父と会話できるような心境になく、私にこの役目を押し付けただけなのかもしれないが”無事帰宅したこと叔父電話で告げると、本当に良かった、と喜んでくれたが、これから色々と大変でしょうが…と言ったきり私は言葉が続かなかった。

私の様子を察したのか叔父は、今日ありがとう、それじゃあ、とだけ言い、電話は切れた。後日私の兄から聞いた話では、電話の後すぐに叔父は眠ってしまったらしい。

この3日間殆ど眠れていなかったのだから当然だろう。

叔父長男との淡い思い出を夢に見ながら目を閉じたのか、それともこれから差迫るであろう、暗い現実想像しながら横になったのかは、私にも分からない。

※ 一部修正しました。

2023-03-15

anond:20230314202011

んなわけない。

マジレスすると、高校時代にお世話になったコンビニ店長はマジ尊敬できる人だよ。
今では親父さんの後を継いで、ローソンとガススタを何店舗運営する企業社長と言う立場だけど、地域の人に懇願されて作った店舗(たぶんあんま儲かってない)の店長兼務してる。わざわざ本社機能をここに持ってきて、ちっちゃなガススタも作ってくれた。


買い物で出会うと未だに(俺もう38ですよ店長…)子ども扱いしてチョコくれる。

2023-02-27

anond:20230227093436

わかる

タイミング法だと生理終わり一週間後くらいが排卵日なのでその前後中出しセックスするように言われるんだけど

から中出しセックス懇願されるの楽しすぎる

2023-02-19

妻に「出て行ってほしい」と泣いて懇願土下座した

出て行った。30分くらいで帰ってきた。

何これギャグなの。帰って来た時大泣きしてしま子どもに慰められたんだけど。

anond:20230219095025

追証食らって金が直ぐに入れられなくて必死懇願する時とか

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