はてなキーワード: 蜂窩織炎とは
都内の話。私が住む築50年のマンションの向かいの部屋に93歳のおばあちゃんが住んでいる。小学校の先生で、生涯独身。頑固でプライドが高く孤高の人だった。私は彼女には子供のころからかわいがってもらったのだが、他の近隣住民には気を許さず、いわゆる嫌われ者だ。近所では「先生」と呼ばれている。
先生はプライドが高く、下町の住人を下に見ている。教養と生活レベルが違うのだろう。そんな態度で何十年もこの地域で暮らしてきた。おのれの金と生活力で生きていけるうちはさしたる問題はなかった。近隣と騒音やなんかでもめるくらいのものだった。しかし昨年くらいから、足腰も弱くなり、自力で生活するのは難しくなってきた。そうなると先生は知り合いや近所の者に片っ端から電話をかけ、おまえは年寄りの面倒を見るべきだと呼び出し、買い物やらなんやらをいいつけ小遣いを渡していたのだが、そんな生活が成り立つわけはなく、高齢者の公的介護を利用することになった。ケアマネを見つけ、ヘルパーが派遣されることになった。先生にとってヘルパーというのは下賤の者らしく、接する態度は酷いものだったようで、次々に事業者に断られ、もう区内には先生の相手をする事業者はいなくなった。そんな先生を受け入れたのは隣の区の良心的な零細事業者のケアマネだった。ケアマネは献身的に寄り添い、ヘルパーを手配し、なんとか先生の生活を成り立たせていた。
そんな折、今年に入り、先生は蜂窩織炎だか脊柱管狭窄症だかが悪くなって、入院することになった。リンパのガンを乗り越えた先生にとっては大した病気ではないのだが、立てないのはこたえた。先生は東大病院しか信じておらず、ずっとかかりつけにしていたのだが、東大病院が入院を受け付けない(過去にさんざんもめていた)ので、しぶしぶ紹介された関係の病院に入院することになった。二か月ほど入院していた。入院中弱気になった先生はケアマネの勧めに従い、有料の施設に入所をする決心をし、退院した足で施設に向かった。
しかし先生の態度は施設に着いた途端に急変した。医者とケアマネが画策して非人道的な機関に監禁されるのだと激高した。先生は耄碌はしているものの、認知症ではない。入院中から心に貯めていたせん妄が爆発したようだ。まだ正式に契約していない施設側はなすすべがなく、帰宅することに。施設は良心的にも先生の自宅まで自社の車で送ってくれたらしい。とにかく先生は立てない状態で私の家の向かいに帰ってきた。
先生は知人や近隣住民に電話をかけて呼び出そうとするが、もう先生の相手をするものはあまり残っていない。なにしろ善意で世話をしにきたマンションの管理人を怒鳴りつけるような人だ。しかたなく先生は私に電話をしてきた。先生は私の幼少を知っており、なにか強い思い入れがあるらしく、私だけは気を許せる優しい人間だと思い込んでいる。私の両親が学者だったことも大きな要素のようで、しがない零細障害者福祉事業を営む私をなにか福祉の世界の大きな存在だと思い込んでいるようなことを言う。いままでもたまに私も家にいて呼ばれれば徒歩2メートルの向かいの部屋にいき、水を汲んで出したり何か買い物をしたり、おむつを替えるくらいのことは職業柄たやすいことなので、助けを求められたら応じていた。先生は私にはとてもしおらしい態度で接する。申し訳ないと思うと1万円だか3万円だか買ってきたおにぎりだかおせんべいだかを渡してくる。気が済むならと私も受け取る。だが、今は施設を断った先生にはヘルパーもおらず、私も仕事があるので行ける時間は限られており先生の全生活を支えるのは無理だし、そんな気は毛頭ない。どうしたものかと思っていると、先生のケアマネと話す機会を得た。
ケアマネが言うには、先生のヘルパーの使い方はめちゃくちゃで、自社のヘルパーは全員泣かされてもう使い物にならず、無理を言って大手に派遣を頼んでいたがそこも苦戦し、入院、施設行きが決定した折にすべて白紙になってしまったらしい。地域の同業に悪名が轟いている先生に今からヘルパーをそろえるのはかなり難しいらしい。しかし先生をひとりで置いておくわけにはいかないので、疎遠になっている姪に施設入所の契約書にサインをもらい、半ば強制的に連行ししばらくは拘束することが先生の安全を考えても最良と判断している、とのことだった。話を聞くと施設もそれほど悪辣でない大手で、その言い分には同意できるところもあった。姪は医者で週に一度しか休みがなく、契約書にサインはしても先生との直接の対話は絶対に拒否するという姿勢らしい。ちなみに保証人になるわけではなく、保証会社が間に入るそうだ。
退院直後はせん妄でケアマネが病院とグルになって私を牢屋のようなところに引き渡したと言っていた先生も、すこし落ち着き、また一人で暮らす不便さに弱り、今日の面談ではしおらしくなっていたが、だからといって施設に行く気はまだない。ケアマネにヘルパーの手配を懇願していた。立ち会った私は先生のためにも一時的に施設に行った方がいいのではと進言したが、人の言うことを聞く人ではない。先生の家を出たあと、ケアマネと、もうすこし弱気になるのを待とうということになった。
私が気がかりだったのは、せん妄はあっても認知症ということではない当事者を、疎遠な家族のサインだけで強制的に高齢者施設に連れて行き拘束して薬で大人しくさせるという方法は法的に問題があるはずだが、そういうケースはあるものなのかということだ。ケアマネに尋ねると、あまりないと。確かに法的には問題があるし、先生は恨みを忘れる人ではないし、弁護士を使う人脈や資力もあるのでリスクがあることを認識していた。それでもそれが本人のためと考えたとのこと。そして法的にも問題ない方法は、訪問の医師を一度入れて、精神科に繋げ、医療保護入院という形でまずは精神科に収容することだということも理解していた。それを聞いてすこし安心した。
フェレットにかまれた警察官、16年以上経過し「蜂窩織炎」で死亡
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191113-00053020-otonans-life
2002年6月26日、「近くの公園にフェレットがいる」との通報を受けて出動し、
休職と復職を繰り返しましたが、今年1月に大分県内の病院で亡くなりました。
41歳でした。
増田さん「感染症の一つで、皮膚に生じた傷から細菌が増殖することで発症します。原因となる細菌は、黄色ブドウ球菌と連鎖球菌が代表的で、表皮(皮膚の表面)の下の層である皮下組織を中心に問題が生じます。人間の場合、顔や脚に発生しやすく、とりわけ肌の露出が多くなる夏場に多発する傾向にあります。肌が赤くなったり、腫れたり、痛みや熱い感じが急速に拡大したりして、発熱や頭痛、悪寒、関節痛、全身のだるさなどを伴うことがあります。
治療は、原因となっている細菌を特定し、その細菌に効果を示す抗生物質を使います。合わせて生じている症状があれば、それも同時にケアをしていきます。ただ、病変が広い範囲で、さらに時間が経過している場合は改善しにくいことがあり、重症化することもあります。致死率は、一般的にそれほど高くありませんが、持病がある人、特に免疫関連の病気がある人は注意が必要です」
まだ若いのかな?
夜中の菓子の盗み食い…というか起きてきて甘いもん食べて寝るをうちも若い頃の父がやっていたが、あっという間にすごい太った
歳そこそこ行ってからまず転んで膝を片方壊した
今もまあ歩けてるけど杖がないと徒歩10分強の駅にたどり着けるか怪しい
痛い痛いいつも言ってるし正座は出来ない
痛み止めもしょっちゅう飲んでる
ワーファリンという薬飲んでたけど飲んでる間は納豆食えなくてきつそうだった
がんの開腹手術もした
一番の問題は各入院中の時には腰をもう壊していて傷口等も痛いが寝てる事によって腰が地獄の苦しみだったみたい
蜂窩織炎の時はめっちゃ悪化して私の両肩につかまってでないと歩けなくなってた(今は上に書いた外は杖つけばまあなんとかくらい)
まあ何がいいたいかっていうと、174cm/90kgくらいまで太ると病気してもその病気だけの要因でなくすごく大変そうなので、食べちゃうのやばいと思うなら解決に本腰入れた方がいいよ