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はてなキーワード: 席替えとは

2017-10-31

anond:20171030181400

小学校低学年の時、クラス知的障害者男の子がいた。クジ引きで席替えをする度にその子の隣になった。

から大人に聞いた話によると、私とその子が隣同士になるよう、先生が仕組んでいたらしい。その子は私のことが好きだったんだと。

自分意志抜きで知らないうちにお世話係にされていたということも不愉快だったし、私は他に好きな子がいたから、その子と隣の席になれなくて残念に思っていただけにショックだった。

人と仲良くするかどうかを決めるのは本人であって大人じゃないと思う。

2017-10-12

どうして

席替えは「大臣」で、

鍋は「奉行」なのか。

2017-10-08

anond:20171008154706

隣の席にA君みたいな子がいて結構仲良かった。

コツは唐突に別の話を振ることかな。

自分はこれを「A君を黙らせる裏技」と呼んでいた。

先生ー A君がうるさいでーす」は最悪手。

ますます興奮する。

席替えしたばかりの頃は、机の横にかけてるこっちのかばんをよく蹴られたものだけど

よく話すようになってからは、蹴られなくなった。

A君なりに気を使ってくれてたと思う。

2017-08-21

零細の職場には席替えはあってもクラス替えはない

田舎だと外に昼食を食べにいけないので、何十年も同じ連中と食事が同じになる。

上司意向ブレントーミングの場にされたら最悪。

席替え程度で歓喜してるあなたにこの苦しみがわかりますか。

https://anond.hatelabo.jp/20170817131944

2017-08-17

職場席替えをした

動作がうるさくてうるさくてたまらなかった奴が隣から別の島にいった

姿は見えてるし音も聞こえる距離だが全然気にならなくなった

前は挙動ごとに「殺すぞ!」ぐらいだったのにもうなんともない

距離って大事


しかしなんであいはいちいち音を立てたり急激に身を起こしたり突っ伏したり椅子引いたりファイルのガワを机にぶつけてバカバカンいわせたりするんだろ

まあもう自分関係いから考えなくていいんだけどね

わーハッピー

2017-08-06

会社ストーカーがいた

もう何年も前に終わった話。

でも、同じことで苦しんでいる人のために書き残しておく。

ストーカー騒動の時に、しっかり対応してくれた会社には感謝している。

から迷惑かけないように、多少フェイクを入れて書く。

個人会社特定するのは無理だろうけど、話の大筋は変わっていない。



会社に勤めていた時、社内にストーカーがいた。

その当時、私は経理系のパート

ストーカーは、他部署派遣だった。


会社は365日営業していた。

部署によっては平日だけのところもあれば、土日祝も営業しているところもあった。

そのため、経理も基本は週7日営業シフト制だった。

ストーカー部署は、繁忙期だけ週7日営業をする。

そして相手部署フリーアドレス採用していた。だから座席毎日自由に変えられた。

そういったこともあって、付け回されているのに気づくのが少し遅れた。


最初は、よく挨拶してくる人だなと思っていた。

経理はたくさんの部署と関わる。

挨拶をする相手も多くて、その時点ではただの丁寧な派遣さんという印象だった。


私が結婚しているという話は、相手も知っていた。

ストーカー本人に、休日は何をしているかと聞かれて「旦那デート」と答えたことがあるから、知らないはずはない。

そして、ストーカー自身も既婚者だった。

これも本人の口から聞いたし、他の人も言っていたから確実な情報だ。


ストーキング気づきはじめたのは、勤めはじめてちょうど1年経った頃。

会社にも慣れて、どの部署が何をしているか、その人がどういう仕事をしているのか。

そういったことが、おおよそ理解できた時期のことだった。


気づいたきっかけは、挨拶を交わす頻度と遭遇回数の多さ。

他の人と比べて、挨拶する回数が多過ぎた。

いくらフリーアドレスと言っても、さすがに変だと思った。

ある日、会って挨拶する回数をカウントしてみたら20回を越えていた。他の人は多くても8回だったから、あきらかにおかしかった。


そして、少しずつ馴れ馴れしくなってきてもいた。

ただ挨拶を交わす相手だったはずが、ある時期から肩を叩いてくるようになった。

軽く叩くだけだったけど、なで方が変というか、どこかねっとりとしていて気持ちが悪かった。

何となくブラ紐の位置確認されている感じがあって、この時点でようやくヤバイ相手だと認識するようになった。


ヤバイと気づいてからストーカー確信するまでは早かった。

いちいち体をさわってくるから、こっちとしても会いたくない。

から相手がいる場所をできるだけ避けるようにしようと思った。

でも、その人はいつも経理席の近くに居座っていた。

経理席は、給料情報の他にも個人情報が山ほど置いてあるから、そこだけパーテーションで区切られていた。

そしてストーカーは、いつもパーテーションの出入り口確認できる場所仕事をしていた。


これは確実に見張られている。

私が経理から出れば、きっとついてくる。


そう思って、その日はお腹が痛いとウソをついて、タイムシート回収の仕事を同僚に頼み、一日外に出ないようにした。

出るのはお昼の時だけ。

ストーカーは、私が一人でいる時しか寄ってこないから、休み時間は同僚と行動を共にした。


異変があったのは、終業時間30分前のこと。

今日はやり過ごせたなと胸をなで下ろし、ちらっと時計を見た時、パーテーションの隙間に黒いものが見えた。

あんなとこに何かあったかな?と見てみたら、それはストーカーの目だった。

私が外に出てこないのに焦れたのか。休みか早退とでも思ったのか。私がいることを確認しにきたらしい。

青いパーテーションの間から見えた目が不気味で、背中鳥肌が立った。


正直なところ、何で私が狙われているのかわからなかった。

経理には、モデルアイドルかという評判のかわいい子がいて。社内の男性は、ほとんどその子狙いだった。

の子が狙われるのなら、きっと誰でも納得するだろう。

けど、30過ぎた既婚者の私が狙われる理由が、この時は全然からなかった。


この日から、しばらく地獄が続いた。

なるべく一人にならないよう。

経理席の外に出ないよう。

用事で出たとしても、基本は駆け足で移動した。

経理は、たくさんの締め日と締め時間があったから、走っていても違和感がない。

でも、ストーカー部署はそこまで忙しくないから、もし走っていたら違和感がある。


相手は走ってまで追いかけてこない。

もし走ってついてきたら、誰かがおかしいと気がついてくれる。

そう信じて、1ヶ月くらい走りながら仕事していた。


自分でも、うまくやり過ごせていたと思う。

でも、精神的な限界が思っていたより早くきた。

毎日毎日、じっと見張られている。

視線を受けているのがこんなに疲れるなんて、思ってもみなかった。

外で同僚と一緒に作業していても、触れるか触れないかという距離を歩いていく。

一緒にトイレに入っていくと、廊下足音が通り過ぎていく。

ストーカー足音は独特で、また来たというのがわかってしまう。

一人でいるところを見つかれば、ものすごい勢いで歩いてくる。

慌てて知り合いに声をかけ、どうにか立ち話に持ち込むと、ゆっくりゆっくり時間をかけて隣を歩いていく。


怖くて、気持ち悪くて。

会社に行くのが嫌になって辞めようかと思い、ついに上司相談した。


はっきり言って相談するのは嫌だった。

30も過ぎたというのに、人間関係のいざこざを処理できないことが恥ずかしかったし、情けなかった。

すごくいい上司だったから、呆れられてしまうんじゃないかと思うと、なかなか言い出せなかったのもある。


でも、上司の反応は想像していたのと真逆だった。

もっと早く言いなさい」と私を叱って、すぐに部署会議をはじめた。

まず仕事の割り振りを変えてくれた。次の日から、私は経理から出なくていいようになった。

いつも誰かが私といるように配慮してくれて、シフトまで変更してくれた。

そして「こういうのは、大ごとにするべき」という方針を立てて、上に掛け合うために経理全体で証拠を集めることになった。


私は「なんとなく見られている」というのは、とても証拠にならないと思っていたけど、上司の考えは違った。

就業中は、経理全員がテキストファイルを起動し、その人の動向を記録していく。そうすれば、必ず異常性が浮き上がってくると言っていた。



次の日から、記録付けがはじまった。


○○:×× 経理席の前を通り過ぎていった。

○○:×× 経理席の前で印刷したファイル確認していた。ちらちらと増田さんの席を見ている。


こんな感じの記録を10人がかりで残していった。

最初、1週間続けるという指示だったけど、2日目で方針が変わった。

十分過ぎるくらい証拠が集まったからだ。

なんとストーカーは、多い時は2分に一回のペースで私の姿を確認しにきていた。


こりゃまずいぞと、上司が私を引き連れて、ストーカー上司とかけ合ってくれた。

10人で残したメモを見た相手上司は、「これは……」と言ったまましばらく黙って、どこかに電話した。

しばらくしてやってきたのは、システム管理部長係長

この人達事情を話して、PC経由でもっと証拠を取れないかと聞いてくれた。

どうやら派遣会社に掛け合うために、動かない証拠が欲しいようだった。


すると、システム管理係長が、試したいソフトがあると言ってきた。

フリーアドレスを利用する人は、ノートPCを使っている。

そして、離席する時はノートPCスリープにするという規則があった。

ストーカーノートPCに、フリーアドレスを利用して、サボっている人がいないか確認するためのソフトを入れたい。

いろいろと難しい説明だったから私には理解できなかったけど、それを入れたら、ストーカーの離席の頻度がわかるという話だった。


ソフトは、その日のうちにインストールされた。

表向きはアンチウイルスソフトテストで、各部署の数人だけランダムに選んだということにして、ストーカーノートPCインストールした。


そこから2週間の間。

ログを残すために、経理席でじっとしていた。

ストーカーがよく覗きにくるパーテーションの隙間は、上司がどこからか持ってきた広報用のポスターで全部潰した。

経理席の席替えをして、入り口から見えないようにもした。

ストーカー上司のはからいもあってお昼時間もずれたし、シフト情報共有もあったから、お互いの出勤日が被らないようになった。



2週間後、システム管理から連絡が来て会議室にいった。

結果は黒。というか真っ黒。

私の休みの日のログだと、1時間のうちに5分も離席していなかった。

ところが私が出勤していると、1時間のうち40分も離席していた。


ストーカー上司は即座に派遣会社担当を呼んで、ストーカーの勤務実態を伝え、月末で切ると通告した。

私に害があってはまずいからと、基本は離席時間の多さからサボりということで呼び出し、もう今月で辞めてくれと言ったらしい。

そうしたらストーカーは「ただの休憩です。最近、友人関係で悩んでいて……。今後は改善するから辞めたくないです」とすがりついてきた。

派遣担当も「必ず改善させる。せめて契約期間まではお願いします」と言ってきた。


それで仕方なく、あくまストーカー上司が気づいたという体で「いつも経理席の近くをうろついているのはなぜだ?」と聞くことにした。

最初は、一向に口を割らなかったけど、じわじわ証拠を出して追い詰めていったら、やっと「増田さんと仲良くなりたかった……」と言い出したらしい。


きっかけはタイムシートを返す時に、少し話したというだけ。

私は、他の人にもするように単に返しただけだったけど、ストーカーにとっては「俺に気があるように笑っていた」ように見えたんだとか。

ストーカー上司が、「お前、嫁さんいるだろう?」と聞くと「会社のことは嫁には関係ない」と。

そして「増田さんならわかってくれる。彼女と話したいから呼んで欲しい。彼女の誤解がとけて仲良くなれば、もう仕事中に離席はしないから、このまま働かせて欲しい」と意味わかんないことを言ったらしい。


それでストーカー上司激怒して「会社仕事する場所であって、不倫をする場所じゃない!」って、その日に派遣切りして終わった。

派遣担当者はもう頭を下げまくって、ストーカー荷物を一緒にまとめて引き取って行ったとか。

いちおう誓約書のようなものも書いてもらったとは聞いたけど、私には見せてはもらえなかった。


ストーカーは社内の付け回しだけで、勤務後は追いかけてきてなかったからこっちの住所バレはしていない。

しばらくは派遣会社内で働かせて監視する。もし、逃げたらこっちにも連絡すると言われて以降、まったく連絡はなく。1年経ってから念のために確認したら、まだそこで働いているということだった。


上司達の対応は、すごく早くて的確だった。

これについては感謝してもしきれない。心からありがたいと思っている。


もし、いまも社内ストーカーに苦しんでいる人がいれば、メモでいいか証拠を残すことと、一人でも多くの味方を作ることを勧めたい。

会社って逃げ場がないから、悩んでいる間に追い詰められていく。

気がついたら、声を上げることが難しくなっていたりするから、早めに動いた方がいいと思う。

勘違いかもしれないから、一緒に確認して欲しい」って言えば、協力してくれる人が出て来る。次から、悩む前にそう言って味方を作れと上司に言われた。

もちろん、頼れる上司ならさっさと相談するのが一番いい。



あれから5年経つけど、ストーカーとは一度も会っていない。

上司達のおかげで、完全に撃退できたと信じている。


ストーカー心理は、いまも謎だ。

同僚がFacebookをやっている人で、ストーカー派遣切りされた日に、なんとなく検索したらアカウント発見し、記事を読んだらしい。

そうしたら、その日の夜に嫁さんと仲良く食事している写真がアップされていた。

私のことをストーカーしている期間も、ずっと嫁と仲良くしている写真がアップされていて、友達からコメントは「相変わらず仲がいいね!」で埋まっていたんだとか。


異常なまでに追いかけてきていた人が、家に帰ると嫁と仲良くしているのが理解できなくて、この話が一番ゾッとした。


たぶん、私とのことは恋愛以外の感情だったのかな。

まさに異常行動だったんだなと、そんな風に思っている。




追記を書きました。

会社ストーカーがいた(追記)

https://anond.hatelabo.jp/20170807191723

2017-07-04

普通人生

自分は、小さい頃からプライドが高かった。一人っ子というのもあり、自分に都合の良くないことが大嫌いだった。幼稚園小学校低学年のときはそれでも楽しかった。ガキ大将のように好き勝手に行動しても、勝手についてくる人はいたし、そんな人間を好きになる子もいたのだ。でも、そんな人間が好かれ続けるわけもなかった。それは小学六年のことだった。今までのように好き勝手に行動していたが、それが気に入らない人間はもちろんいる。端的に言えばいじめにあった。相手は隣のクラスのものだった。そのクラスリーダー存在たちから嫌われ、無視悪口を言われ続けた。中学に上がり、自然いじめはなくなったが、あのいじめによってその時自意識というもの意識したのだと思う。自分は、小太りで容姿も下の中、運動がとても苦手だったが、それをはっきり意識させられたのがあの頃だったと思う。女子の陰口でそのことを言われ、とても傷ついたことを覚えている。中学は隣の小学校の生徒とおなじになる。今まで、小学生の頃は小さい頃からの知り合いだったため好き勝手にしても友達でいられたが、中学で初めて会う人間はそうではなかった。容姿面白さが何よりも重要自分にはそれがなかった。いじめによって嫌われることが怖くなっていたのも相まって、なんとか面白さを手に入れようとして、いわゆるキョロ充になった。他人の顔色を疑い、会話中にはすぐ笑う。そうしていろいろなグループとなんとかやっていった。しかしそんなことをしても得られるのは薄い知人関係であって友人ではないとしるのは卒業する直前だった。

高校入学し、また容姿面白さにより決まるカーストと戦わなければいけなかった。中学とは違い、もともとの知り合いがほとんどいなかったため、そのカーストに勝つことはできなかった。無為なことはわかっていてもどうしようもなく、キョロ充に甘んじていた。それが2年まで続いた。カースト上位に行くために自分に残されているのは勉強だけだとこの時おもった。そして、三年になり、勉強に打ち込んだ。しかし、3年は最悪だった。自分のことを嫌っている体育教師担任となり、小学生以来のいじめをうけた。席替え自分だけ教卓の前固定でくじすら引かせてもらえなかった。また、受験勉強をはやくから頑張っていたのだが、毎日ホームルームで「運動せずに勉強ばかりしているこいつは気持ち悪い、そう思わないか?」ということを担任がふざけ半分で言い、笑いを取るということが当たり前になっていた。たちの悪いのが、自分部活女子同意を求め、「女子気持ち悪いってさ」と異性をつかってけなしてきたことだと思う。当時は意地の悪い教師だと思うだけで、気にしていないつもりだったが、大学に入ってこの記憶が頭にこびりついて、どの女子容姿の悪い自分のことを気持ち悪いと思っていると感じ、女子を恐怖してしまうようになってしまった。

まあまあい大学に入り、それでカースト上位になったと自己暗示を掛けて今日まで生きてきたが、もうだめかもしれない。

見ないふりをしていて、気にしていないふりをしてたが、みんな当たり前に大学生を楽しんでいて、自分はただ学歴を得ただけで、それ以上のことをなにも成し遂げられていないことに気づいてしまった。ツイッターを見れば、高校の同期の自慢が目に飛び込んでくる。見なきゃ良いじゃないか、そう思ってもつい見てしまう。羨ましい。どうして彼らは当たり前のように友達を作り、当たり前のように遊び、当たり前のように恋人を作ることができるのだろう。もちろん、そうでない人もいる。でも、そんな人達自分世界を持っていて、特別不満があるわけではない。カースト上位に行きたいと思ったのは、そういった楽しそうな人たちを見てきたからだ。彼らになりたくて、そのためにカースト上位に行きたくて、学歴でそこに行こうとしたが、学歴を手にする満足感で、それ以上のことができずにいた。というより、学歴を手にすれば後はなんとかなるものだと思っていた。でもそんなことはなかった。それに気づいたのが今だった。皆に比べて自分はどうか。大学勉強楽しいとも思えず、サークル活動もせず、バイト塾講師のような割のいいただ稼ぐことを目的にしたものしかできず、出会いもなく、友達も作ることができず、日々無為時間を過ごすのみ。大学まで来て、何もできていない。誰にも相手にされず、ただただ空気となるだけ。サークルに入っていれば、出会いのあるバイトをしていれば、もっと学部の人に積極的に話しかけていれば、高校の頃に友達付き合いを密にしていれば、そういった後悔を毎日している。でも、もう取り返しがつかない所まで来てしまった。3年になり、もうすぐ研究が始まるし、新しい関係を気づくには時間がおそすぎる。何にも本気になれずこの学年まできてしまった。将来なりたいものがあるわけでもない。みんなが普通にしている普通人生を味わってみたかった。でも、普通のはずの行動が、自分にはまったく当てはまらない。どうしてそんなに簡単普通が手に入るのだろう。大体の人は、勉強恋愛バイト、遊びなんでもそつなくこなしていく。自分より劣っているところが何もない。どうしてそんなに当たり前のように行動できるのだろう。羨ましくて、妬ましくてしょうがない。このまま進んでいって、人生楽しいのだろうか。一番楽しいはずの大学生活がまったく楽しめず、これから先の長い長い人生を過ごしていけるのだろうか。年をとるにつれ、経験が当たり前になる。いまだに小学生から進歩のない自分がそのギャップに耐えきれるのだろうか。後悔してもしょうがないことはわかっているが、友人と恋人は欲しかった。かまってほしいし、承認してほしかった。最近、こうしたことをずっと考えている。一ヶ月ほど、夜なかなか眠れず、鬱々とした気分で自分人生いかにつまらないものかを実感し続けている。これは鬱なのだろうか、どうにかなるのだろうか、どうすればいいのだろうか。本当に死んでしまいたいが、自殺する勇気すらわかないのだから、どうしようもない。

延々と考え続けてしまう。思ったことを書いただけで、支離滅裂だ。文章すらまともに書けない。

どうしても誰かに聞いてほしくて書いたが、たぶんツイッターでの自分と同じくほとんど相手にされないんだろうと思うと悲しくて仕方がない。

2017-07-02

あなたには何万人も

フォロワーがいるの

わたしはそのうちのただひとり

あなを初めて知ったのは偶然に見た数秒の動画

それからまいにち

わたしあなたエゴサーチ

こんなことをしてもなにも変わらないけど

しかしたら名前を知ってもらえるかもしれないとリプを送り続けた

あなたタイムラインに素敵な友達との写真

私はなんの特徴もない道端の写真

6月タイムラインを見るのがちょっとこわいの

ともだちの白いドレスと見たこともない人の写真

今週末もなんとなく

タイムラインをみるのを避けてた

しかしたらあなた

ネクタイ姿が流れて来るかもしれなくて

私は1人家で

ネトゲレベルが上がったの

年齢的には仕事恋愛クラスチェンジがあってもいい歳なのに

十年前に描いていたようには何一つ成長してないのよ

実は一度だけ

100人規模のオフ会とき

あなた10人斜め前の席に座ったことがある

からあげしか出てこない

その店に行くために

花柄ワンピースを買ったのよ

私が持っている中で一番高い服

3回目の席替えを楽しみに

レモンサワーを飲んでみたけれど

オフ会はそこで終わってしまったのよ

あれから3年くらいたったかな?

青い帯のホームページ

あなた面影をもとめていたんだけど

今はピンク写真がたくさんあるところに

みんな行ってしまった

まらないハッシュタグ今日のご飯をアップしている

遠い世界みたいな場所

わたしネトゲをやめて、

働くようになった

毎日楽しいのよ、あなたアカウントは知らないけれど

あなた交際ステータス

以前とは変わってしまったわ

こころの中で何回も

「おめでとう」っていったのに

押せるいいねは一度だけ

もも7月なの

くよくよねんてしてられない

私は新しい世界

旅立つの

2017-06-24

聞いてもらいたいだけ?

職場の隣の席の人がかなりクセがある人。

だけど、仕事は早くて正確で頼りがいがある。

1日に数回、

その人に、何かのスイッチが入ったら、

おしゃべりが止まらなくなる。

のらりくらりとかわしても、それでも話しかけてくる。

話はおもしろくないし、文句ばかり、悪口ばかりで、嫌味ばかりで、

まともに聞いてたらこちらのモチベーション下がるから

適当な相槌で「へー」「まー」「そー」って返事をする。

私の相槌が気に入らないのか、しゃべりは更に加速。

頭がおかしくなりそうだ。

でも、その話を誰かにすると、

上司に言った方が良い」「席替えを申し出た方が良い」ってすぐに言われる。

私は、確かに悩んでて、

拷問の様なおしゃべりでツライ日々を送ってて、

「しゃべってないで早く仕事しろよ」「自慢ばかりでおもしろくないよ!」「集中できない!!!」と、嘆きながらも、

注意ができる立場でもなく、

仕返しが怖かったり、

もぞもぞしながらウップンが溜まっていき、

誰かに聞いてもらいたくて、仲良しさんとかに話してしまうのだけど、

周囲はすぐに「上司に言った方が良い」って言う。

そうじゃなくて、

命に関わる事でもないし、転職する程の事でもないし。

悩んでるわりには、答えじゃなくて解決策でもなくて、

「わかるー」「えー、ひどいねー」「そんな事されたら大変じゃない?だいじょうぶ?」って共感してもらいたいのかもしれない。

解決策なんて今は求めてなくて、

から、隣でノンストップで話し続ける人と私は同じ人種なのかな?って思うとますますツライ。

2017-05-30

職場の後ろの席の人が臭い

シャツが生乾きの臭いがする。

湯シャンなのか知らんが頭が油臭い

みんな気付いてるはずなのに何も言わない。

時々気分が悪くなって吐きそうになる。

席替えは当面ない。

マジで辛い。会社辞めたい。

2017-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20170417020841

俺さ、ニール・ヤング聞きながら夜な夜な小説書いてた中学生活送ってたけど

友だちいたかどうかも怪しいし体育や部活では嘲笑の的だし

当然席替えで隣になった女子は犬のうんこでも見る態度で俺に接していたよ

その黒歴史小説、部屋のすみっこに押しやってたけど今度燃やす

そろそろ過去と決別しないといけないと思うんだよね

2017-04-06

やれたか委員会

中学の時、朝練が急きょなくなりいつもより早めに教室に入ったら、隣の席の女の子が何人かでエロ本を読んでいた。

「何やってんだよ・・・」ってクールな感じで切り抜けたけど、「絶対言わないでよ」って言われてから、その子からのボディタッチが日に日に多くなった。

ある日の帰り道、方向が一緒だったので一緒に帰っていたらエロ本の話になって「ウチくる?」って話になり生まれて初めて女の子の家に行くことになった。

部屋に入るまでは特に思わなかったけど二人きりになった途端、なんだか急に恥ずかしくなってドキドキして無口になった。

親は仕事でいないらしく童貞の俺でもこの状況はやれると確信できる空気だったのだけど、無言の空間に怖気付いて「用事思い出した」って言って帰った。

あれから席替えやらクラス替えがあったけど、あんまり話さず高校も別々になった。

そんなクラスメート女の子から突然Facebook友達申請メッセージが来て飲みに行くことになった。仕事上京しに来たらしい。

もう30近いし中学のころからさすがに老けてたけど、笑顔の素敵な巨乳女性に成長していた。

仕事の話、高校大学の話、どこかに旅行行った話など他愛もない話で盛り上がって楽しかった。

2件目を出てそろそろお開きかなと思い「品川駅まで送ってくよ」と言ったら「泊まっていい?」と言われて、あの日の思い出がよみがえった。

女の子の部屋の匂いキスしそうな空気の中で逃げ出したこと、置き去りにした俺の青春走馬灯のように脳裏を駆け巡った。俺はもう子供じゃない!

一呼吸置いて「おう、いいよ」と返事をしたら「増田はいくじなしだからやっぱやめとこ」って笑顔でそう言って、その子は本当に新幹線に乗って帰ってしまった。

これ、やれましたかね?

2017-03-26

1年目を乗り越えた社会人から就活生へ

俺はこの文章を、これからエントリーシートや、OB訪問や、面接に挑む就活生が、一人でも読んでくれればと思って書く。

俺は昨年、とある企業新卒入社した。社会人1年目がもうすぐ終わる。

その間に、俺の友人たちは多くが退職し、転職し、また心を病んだ。

それを眺めながら、俺は多くのことを学んだ。それを、少しでも誰かが役立ててくれればいいと思って書く。

君が会社入社して、働き始める。そこで何か致命的な不都合が起こる。そういうときに君は仕事を辞めるとか、違う仕事を見つけるとか、休職するとか、そういうことになる。

俺の知る、ブラック企業入社して、転職したやつらは、みんな楽しそうにやっている。それは良いことだ。転職は悪いことではない。

そしてやつらは、「2度目だから社会人を一瞬でも経験たから、良い仕事に就けた」と言う。それは一理あることだ、というか当然のことだ。

それでも、退職転職ものすごくパワーと時間を要する。そしてそこに前の職場で過ごした時間プラス、とんでもなく無駄時間だ。

(前職を無駄だとは思わない!というような転職の話は今回したい話ではない)

できれば、その会社に1度で入れるにこしたことはない。

これから書くのは、「どんな職場が生きやすいか」ということについて、一年見聞きしてきたことの感想だ。

身も蓋もない話だが、これを知っていたからといって、やばい状況を確実に避けられるというわけではない。

ただ、少しでもリスク回避ができるかもしれないとか、泥沼を泥沼と判断できるのが早くなるかもしれないとかそういう話だ。

最初に言っておくが俺はいわゆる典型的オタクだ。

家で一人で過ごすのは苦にならないし、あまり喋るのは得意ではない。パリピの対極に存在する。

というわけで、俺は大卒の中でも、どちらかと言えば同類の方のことを考えて話をしようと思う。パリピは頑張って生きて欲しい。君たちは大丈夫だ。

そんな、大勢でわいわい、体育会系のノリにはついていけない、という人間が、就活サイトとにらめっこをしながらどんな条件の場所で働きたいかを考えたとする。

「土日祝日休み残業はなし」

「小規模でアットホーム職場

上司との距離が近い、フラット職場

転職がない」

こういう文句に、君は惹かれるかもしれない。

趣味時間を使いたい。大企業大勢の中に溶け込むのはしんどい体育会系上下関係は苦手。できれば同じところでずっと働けた方が楽。それはその通りだ。

「この条件さえ揃っていれば、どんな仕事でも暮らしていけるだろう。私の生きがいは趣味にあるから仕事人間になる気はないし」

そういうふうに考える人もいるだろう。

しかし、ここには大きな落とし穴があると思う。

万が一、何か問題が起きたとき、逃げ場がないのだ。

まず1つめの「土日祝休み残業なし」。そもそもこれはけっこうな会社が条件に挙げている。しかし、本当にこれが徹底されている企業は多くはないと俺は思う。

残業めっちゃあります!土日も仕事してもらうぜ!」と看板にかかげる会社普通ない。(ぼかしてそう書くところはある)

職種によるところはあっても、完璧に条件通り、ということはないと思っていたほうがいい。

1つめの砦は早々に崩れるものだと思おう。そんな時、「それさえあれば、あとはなんとかなる」という発想で仕事を選んだ者は簡単に折れる。

二兎を追えないからと一兎を追おうとしたのに、その一兎すら捕まえられないのだ。

君がそのために生きようとしていた趣味は、もはや君を支えてくれるかどうかも危うい。

2つめの「小規模でアットホーム職場」「フラット職場

これは間違いなく危険だ。気をつけたほうがいい。

君は同じ職場の人とうまく人間関係を築けるだろうか。うまくいけば何の問題もない。

しかし、もしもうまくいかなかったらどうだろうか。

これは別に周囲の全員と、という話ではない。

1人、どうしてもうまくいかない人がいたとしよう。または、君をめちゃくちゃにいじめてくる先輩がいたとしよう。

前述したような場所で、誰かに相談をするのはそう簡単ではない。

そこそこの規模の企業というのは、相談先が多いのだ。

上司がひどいことをしてくるなら、別の部署上司でもいい、とりあえずたくさんいる同期にでもいい、どこかしらに逃げ場がある。

また、序列がはっきりしているなら、先輩がヤバイ人ならもっと偉い人に、もっと偉い人がヤバイなら同じランクの偉い人に、など、相談先の道ができる。

「小規模でアットホーム」な職場と言われて、極端に言えば銀魂の万事屋みたいなのを想像する、これが悲劇の始まりなのだ

そういう場所がないわけではないと思うが、まず新卒では入れないだろう。

3つめの「転職がない」も同じ理由だ。

会社だって簡単に辞められたくはない。

大きい会社場合、何か問題を抱えた人間がいると、一旦別の部署へ異動させたり、本人や問題人物を支社へとばしたりする。

そういう選択肢が、選べないということだ。

仕事内容ならなんとか対応できても、人間関係などに病巣があると、やめるか続けるか、0か1か、みたいなことになる。

たぶん、これらのことを忘れがちになるのは、俺たちがその人生ほとんどを学校で過ごしてきているからだと思う。

隣の席の人とうまくいかない、それでも半年もすれば席替えがあるだろう。

クラスちょっとなじめなかった、1年待てばクラスは変わるだろう。

別に仲良くする必要なんてない。やることだけやってれば文句はないだろう。

本当にそれをあと30年以上続けられると思っているのか?

こんな後ろ向きの話をするのもどうかと思うが、逃げ道というものを考えて、就職活動をしてもらいたい。

とは言っても、なかなかに難しい。入ってみないとわからないことも多いし、別に前述したような企業が悪いわけでもない。

ただ言えるのは

「これさえあればいいから」

というような心持ち職場を決めると死ぬぞ、ということだ。

今のこの日本では、人生の多くの時間仕事をして過ごす事になる。

それを、ただ金がもらえさえすれば(しかももらえないかもしれないのがこの時代だ)という気分だけで過ごすのはあまりもったいない

考えろ、サボるな、欲張れ。

「金」「やりがい」「得意分野」「人間関係」「休暇」「仕事量」「社会的ステ」

保険をできるかぎり多く持て。万が一どっかが欠けても、とりあえずいきなり心を折らないだけの支えを持て。

俺が言いたいのは理想論かもしれない。

けれど、頭のどこかに置いておいてくれたら嬉しい。

来年の俺が同じことを言えるか、それはまだわからない。けれど、自分自身のための保険として、こう言いたい。

社会人は、楽しい

良い結果が出ることを祈っている。


PS.ついでなので、そこそこ元気に社会人してる俺が、どういう点で生き延びられているか簡単に書いておく。参考になるかはわからない。

・前述したような逃げ場がある会社だということ

実際に別の場所しんどい目にあって、異動して別の仕事を楽しそうにしている人を見ると、まぁ生きてはいけるかなという気がしてくる。この余裕はでかい

上司が強い

社長世襲じゃない感じの、そこそこのサイズ会社なので、偉い人はそこそこすごい人。当たり前のようだけれど、案外人の話を聞くとそうでもないのだ。

護廷十三隊想像して欲しい。偉い人はなんとなく偉いのではなく、間違いなく強いのである。それを時々見て、うおお!卍解だ!強ぇえ!ってなるのはテンションがあがる。

ついでにちょっと他の部分で難があっても、まぁでもこの人卍解使えるしな……ってなるのでこころが穏やかになる。

一人暮らし

クッソ疲れて帰ってきても部屋が寒いし夕飯もない。それはつらいかもしれない。しかし、自由だ。俺が稼いだ金は俺のものなのだ。俺が捻出した時間は俺のものなのだ

というか正直、家族関係仕事で磨り減ったなけなしの精神強度を更に持って行かれている社会人をよく見る。そこそこの年齢の大人が狭いところに集まっていたら問題がおこるのは当然のことだぞ。家を出ろ家を。

以上。幸運を祈る。

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-09

高校で好きな女の子ができて恋人になり人生がすごく変わった

恋の力は凄いとよく言われるが俺も恋の力で人生がすごく変わったなと思う。

 俺は自分で言うのもあれだがまあまあのイケメンだと思う。少なくとも女性10人中7人位はイケメンと言ってくれるかな?でも高校時代メガネを掛けてたので痩せたオタクよりの顔だった。

 高校地元偏差値53程度の普通普通科高校になんとか入ったものの中3の受験勉強反動なのか高校1年の秋までは全く家では勉強しなかった。特に数学英語が大の苦手で毎回赤点を取っていた。部活テニスをやっていた、だが部活仲間と仲が悪くなり部に居づらくなったので高1の12月には辞めてしまった。

まあ部活をやめた後もとくに勉強することもなく、むしろ部活やめれてラッキーだし大好きなゲームができる!ということで学校から帰ったら即PS3の電源をつけてゲームばかりやってた。その当時やってたのはCODMW2だったな。あとBF3とか。

 そんなこんなで見事帰宅部根暗ゲーヲタになった俺、数学英語で毎回赤点取りまくり、親を学校召喚させられクソ教師特別3者面談もしたこともあった。

 しかしそこで人生の転機が訪れる、隣のクラスにめちゃくちゃ可愛い女の子がいた、とても自分の好みだった、名前は(Rちゃん)にしておこうか。髪の毛もサラサラでツヤツヤ、芸能事務所前を歩かせれば即スカウトされるレベル女子がいた。定期テストはいつもトップ5に入る、まさに才色兼備であった。「恋人になりたい…!」そう思っていたが頭の悪い俺では釣り合わないだろうし、そもそもこんなにかわいければ彼氏なんてとっくにいるだろうと諦めていた。しかし周囲の話をよく聞いてみると彼氏はいないっぽい、じゃあ後は何をするべきか、才色兼備彼女釣り合うために勉強するしかないと思った。そう決意したのは高1の3月であった。

 高2になりクラス替えが行われたが、なんとRちゃんと同じクラスになった、もうその時は心の中では雄叫びを上げてガッツポーズでしたよ。

 というわけで高2の最初定期テストで1位を取るという目標を掲げ、ほとんどしなかった勉強宿題すら解答丸写しで提出してるレベル)を家でもしたがやっぱり今までサボって多分、特に数学はどこから手を付けて良いのかすらわからなかった。まあとりあえず数学教師数学苦手だからどうすればいいですかと聞いたら俺のために特別プリントをくれた。毎日学校がある日は数学プリントを解き教師に丸付けをして間違ったところを徹底的に復習したりした。

 授業も次の授業で習うところを予想して予習した(まあ教科によっては予想が結構はずれた…)その日に習ったことはその日のうちに大学ノート自分なりにまとめ復習をした。定期テスト前なんか家に帰ったら5時間勉強した。これで定期テスト対策は万全、最初定期テストでは320人中17番を取った、けどこれだけ勉強してもトップ3に入れなかったのかよ…と思ったが、けど自分もやればできるじゃないかと自信もついた。一方Rちゃんは学年1位だった。

 んでその後は席替えでRちゃんと隣ではないにしろ近くになり結構話すようになった、といってもRちゃんと俺2人ではなく、俺の男友達1人とRちゃんと彼女友達2人というなんとも漫画アニメででありがちな男2女3の群れ?が出来てしまった。Rちゃんは政治経済が多少苦手だったので俺によく質問してくれたおかげで仲良くなった。

 5人でテスト間中勉強を良くし合うようになった。おかげで切磋琢磨でき成績も順調に伸びた、定期テスト模試も学年10位以内はキープできるようになった。

 Rちゃんと俺2人だけのときプライベートな事もよく話すようになるくらい仲良くなった。そして高2の10月にRちゃんに想いを伝えた。「前からRちゃんのことが好きでした!」それ以上の言葉はでなかった。彼女はいきなりの告白に驚いていたが俺の気持ちを受け入れてくれて晴れて恋人となった。

 それから休みの日は近くのイオン地方都市だしもうそしかデートスポットないよ…)なんかでデートした。Rちゃんの家にも遊びに行った、初キス彼女の家でした。なんやかんやで彼女の家でセックスもした。

 その後はどうなったかというと高3の3月に別れた。理由はお互い別々の大学に行くことになったしRちゃんのほうから別れよっかってなった。意外とあっさりだった。悲しかったがオレと彼女は互いに目指しているものは違うし仕方ないと思った。

 んで俺は九州大学に進学し順調に勝ち組人生への道に向かって歩いているところだ。でも彼女ともし出会わなければ?高卒フリーターで一生底辺貧乏生活だったかもしれないと思うとゾッとする。

 人生における「勝ち組」とは人によって捉え方は違うだろう。俺にとって「勝ち組」のボーダーラインとはどこかの旧帝大には入り大企業社員公務員になり、かわいい女性結婚して子供は2人くらい、そして子供2人とも奨学金を借りさせることなく満足して大学に入れさせるくらいの経済力があることだと思う。批判承知で言うと世帯年収800万以下で子供を作るのは児童虐待だと思う。子供がかわいそうだ。大学すら満足に通わせることが出来ないのはかわいそうだ。子供借金を背負わせないと大学に行かせられないのは恥を知れと言いたい。貧乏人は子供を産むな!まあ公務員2馬力でもなかなか世帯年収800万って難しいだろうしやっぱり大企業を目指すべきなのかな。

2017-03-03

社内付きまとい被害者だったのが加害者

昨年から、部内の50歳前後独身男性社員からランチタイムコピー機などで、偶然を装った付きまといや、わざと視界に入るような行動や、ジロジロ見られる機会が増えた。

こちらがトイレオフィスからフロアーに出るような時に遭遇するのだが、挨拶をする訳でもなく、黙って私の前を通り過ぎ、私の視界に入るような不気味な行動が目立つようになった。

私は特定の日時に他部署用事がある時間帯があるのだが、その時間帯をいつの間にかチェックされており、他部署に移動する導線のフロアーに男性社員が待機してスマホを持ちながら立っていたりした。

年末匿名上司にそのような事案があることを報告し、暫く様子を見た。 自意識過剰や単なる偶然の可能性もあるからだ。

しかし、先日、私の退社時にエレベーターホールで待機していたら、そのタイミングを狙って居合わせたり、いつも決まった時間社食にいく時間をわざわざズラして私に合わせる行動が見られた。この2つの事案が決定的な付きまといだと判断した私は上司に報告した。

この時点で、すでに精神的に疲弊していた私は、業務内に舌打ちしたり、男性社員の前を通り過ぎなければならない時に足音が大きくなったり、感情が乱れたりし、平静でいられなくなった。周囲もその異変には気付いていた。

最終的に人事部による事実調査などの面談があった。その結果によると、トリガーとなった2つの事案は、偶然鉢合わせたという裏付け証明され、私の被害妄想ではないかとの結論で片付けられた。裏付けとなる根拠妥当だった。

確かに、2つの事案は本当に偶然だったのかも知れない。ただ、私自身、過去に渡って付きまとわれた経緯があっただけに、とても偶然とは思えないほど精神的に疲弊していた。

その経緯についても、たまたまではないかと片付けられ、被害者であった私は一転し、加害者になってしまった。

男性社員は一昨年、私がうつ病から復帰し、異動した際に隣の席だった。その時は特段付きまといなどの問題はなかった。リハビリ勤務だった私は、部署に慣れ、周囲との調和を図るために、その男社員とも積極的コミュニケーションを取るよう心掛けていた。

男性社員内向的性格で、社内外に友達もおらず、社交性に欠ける。立食パーティーなどでみんなとワイワイ会話できず、隅っこでひとりぽつん食べ物をひたすら食べているタイプだ。ただ、学歴だけはあるのでプライドは高く、瑣末な1つのことに異様なこだわりを持つ。

私はそんな性格を把握しながらも、相手価値観否定せず、適当に会話を合わせていた。私は気に入らたようだった。どうやら地図鉄道オタクのようで、私自身、その手のオタク話の合いの手になるようなライトオタク的な要素があるからだ。

昨年の夏にレイアウト変更で席替えをし、物理的に男性社員とは距離ができた。付きまといが始まったのは、その頃からである

距離ができたので、必然的に会話しなくなった。男性社員は私と会話したかったように見受けられる。

正直、その男社員価値観に沿った会話を展開するのは非常にウザいのだが、社交辞令だと思えば、同僚と共にランチ程度をご一緒するなら、何とか凌げる。

しかし、男性社員は社交性に欠けるため、私をランチに誘うことなどできるタイプではない。まず無理だ。逆に私が同僚と共に男性社員ランチに誘ったところで、必ずむっつりとした表情で断るだろう。社交性や対人関係の間合いが小学生男子のまま、成長していない。恐らく女性経験もないと思われる。

直属の上司は、私が男性社員と隣の席だった時に、積極的コミュニケーションをして潤滑油になっていたこと、性格性格だけに、気に入らたら、婉曲的につきまとうようなタイプだということは理解されたが、事実調査の結果に基づく限り、メールなどで付き合いをほのめかすというような決定的な証拠がないため、あくまでも私の思い違いという結果になってしまった。

男性社員は、付きまとい行為が付きまといであることすら無自覚で、私が不気味がっていることすら意識していない。他人不快感を与える自覚がないのだ。

部署管轄本部長は表面的には中立立場を保ちながら、私の思い違いということで、問題がなかったこととして片付けたい気持ちが強く伝わってきた。私の昨今の感情の乱れは部署の風紀を乱しており、落ち度として厳しく指摘され、威圧的な態度だった。本部長のその態度は非常に傷ついた。まるで私が加害者であるかのような扱いは心外であるということは指摘した。

部署不祥事賞与査定に響くし、自身出世に少なからず影響を与える。どの会社もそうだと思うが、昨今は業績以上にコンプラ違反や、セクハラパワハラ問題の方が重視されている。マイナス金利下で低迷している業界のバックオフィス部門の業績評価は、減点主義以外の評価はない。

今後も男性社員ランチタイムなどの付きまとい行為や、コピー機の付近無駄にジロジロ眺めたり、接近してくる態度は継続されると思われる。

アラフォー後半の私は年齢的にも、キャリア的にも転職はできそうにもない。外資系同業他社もあるが、今のポジション求人殆ど無く、むしろ、今の勤務先にアウトソーシングしているくらいだ。あとは異動しかないのだが、使えなくなった50代の出向社員の受け皿組織のため、身動きが取れない。

今の私にできることといえば、感情の起伏の激しさを抑制するカウンセリングやら、コーチングくらいか。また、どんなにジロジロ眺められたり、偶然を装ってフロアーですれ違ったりしても、反応しない耐性も身に付ける必要がある。

しかし、そのようなことに果たして労力や、多額のお金をかけるべきなのか、否か、判断できない。いや、そんなお金をかけるなら、洒落レストランビールワインを飲んでいた方がいい。

2017-02-27

A組39番の彼女

私が彼女出会ったのは2年生の時。

初めて同じクラスになって、私は38番で彼女が39番。席が前後だったけど彼女は40番の子とは中学から友達らしく、さらに二人ともアイドル好きで、ずっと喋っている。二人とは会えば挨拶するしクラスメイトとして喋りはするけれど、基本的には40番ちゃんのキレのあるトーク彼女の少しゆるいツッコミを聞き耳立ててこっそり楽しんでいた。

クラスでの立ち位置としては、私は中心とは離れていて、彼女達は中心じゃないけど中心の子と仲良し、という感じ。

1学期の中間試験が終わるとくじ引き席替えが行われて、ことごとく彼女とは近い席にはならなかった。テスト期間だけ前後になれた。さらに体育は番号順だから近くでまた二人のおしゃべりが聞けたり、グループが一緒になったりした。苦手科目だけど楽しみだった。彼女スポーツ基本的に上手だけれど、身体が硬くて柔軟の時に全然届かない足に向かって苦しそうに手を伸ばしているのがかわいかった。

高3になって、また38番39番40番は同じ並びとなった。番号順で座った時に隣になった33の子は高1の時にも隣で喋りやすい。さらアイドル好きで後ろの二人とすぐに打ち解けていた。アイドル話題の時は入れないけど、何気ない会話には他の席の近い子も含めて、混ざったりしていた。去年よりも距離が縮まって「ただのクラスメイトから「それなりに喋るクラスメイト」ぐらいにはなった。煙たがられてはいなかったはず。

文化祭クラス対抗のダンス大会があって、私のクラスウェディングテーマでみんなでそれっぽい衣装を着た。大会が終わってわいわい自由にと写真撮影勇気を出して彼女に一緒に撮ってもらうようお願いした。彼女は二つ返事でOKしてくれて、彼女友達の子に頼んで私のスマホツーショット。その子に「LGBT人達のゴールインみたい」と言われみんなで笑ったけれど、ちょっと意識してしまった。その後ラインクラスグループから友達追加して写真を送る。彼女との初トークは少し雑談もできて、もっと仲良くなりたい!と言ったら、私も!と返してくれた。話の流れ上そういう返事がくるのは当たり前だけれど、それでも嬉しくなる。

3学期になると自由登校で半分以上は学校に来なくなるけれど、私も彼女自習で来ていて毎日挨拶を交わして数回喋ることもあった。

女子校バレンタインデーというのはきっと共学のそれとは違う。戦場に向かうよな顔をして、お菓子でいっぱいの紙袋を携え、友達先輩後輩と交換をする。共学では男子がそわそわ女子がもじもじするのだろうけれど、それは若い男性教諭ガチ恋の一部の生徒のみ。しかも生徒は中年の既婚の先生ガチってたりする。

そんな異様な空気感も高3だとそもそも人がいないし、受験真っ只中ではポッ◯ーとかアル◯ォートとか簡単な物を用意する。私も同じようなもの。その日も彼女学校に来ていた。チョコを渡したい。でも彼女友達同士でわいわいやっているところには入っていけないし、勉強中なのを遮って渡すのも忍びないし関係的に変な感じ。結局渡せなかった。

別に彼女のことで常に頭がいっぱいなわけじゃない。男性恋愛感情を抱いたこともある。なのに彼女友達とも他のクラスメイトとも違って見えて、関わる中で得られる喜びはとても恋愛の時と似てる。私と彼女の進路は地域からから違うみたい。もう日常的に会うことはない。でもきっと成人の同窓会で会えたら目で追ってしまう。話しかけるか悩むと思う。

卒業式では写真を撮ってもらおう。きっと文化祭の時みたいにできる。

2017-02-15

街コンの記録をしていく(3回目)

月曜朝、一時保存機能かなんかかと思って「形式特記」のところだけ記載して投稿してしまいました。削除できるんですね。今回のはちゃんと書いてます

前回: http://anond.hatelabo.jp/20170213014703

■3回目 2017年2月11日(土) 13:30~16:30

形式:個室着席 席替え有り

規模:38人程度

年代20~35歳(男女共)

参加:1人

特記:とくになし

1月の2戦を経て、また予約。

当初は2月4日に予約するつもりだったが、1月末の週に似たイベントに参加することになったり、

のんきに過ごしすぎて良さそうな所の予約を逃したりとあってこの日付になってしまった。

良しとか悪しとかやめます。たぶん毎回2,3種類の同じことを書くことになる。

◎初の女性多数

1部屋目からまさか女性3男性2。女性側が3人組参加だっただけということもあれど、

そこにあてがわれる男が3人でないというのは正直なところおどろいた。

部屋総数は8、それぞれ男女2:2が基本。女性3人の所を2部屋は見たので、総人数はそれくらい。

男3の部屋があったかは知らねっす。

20~35歳対象に攻めた

席を移動するごとに「若い」と言われる事態に。

特定を恐れず言えば自分が22。女性はだいたい28,29歳の層が多数だったと思われる。

自分席替えを共にした男性は30歳。7部屋移動したが、内1部屋だけ年齢を公開していない2人組がお待ちだった。

成果としては、28あたりまで(更に言えば本人次第)を許容とするならアリではないかという所感。

おそらく男女比に関してもこの対象年齢が影響していると思うので好印象。

というか、20~29対象場合でも大抵女性は25歳~くらいであり、実質大して変わらないという面も。

その上で、相手が年下を許容するかどうかである。たぶんこれが厳しい。ぶっちゃけ楽しく話して終わった感のある部屋が多い。

個人的なはなし

実は今回、集合からしてから1部屋目の開始直前に片側のコンタクトが外れる事件が発生していた。

明らかに最大の失点で、なんかこいつ片目瞑ってんぞみたいな姿を晒すはめになった。

それぞれの部屋で隙あらば話の種にはなったものの、失った視力以上の効果にはならなかった模様。

◎成果

連絡先2 LINE継続微妙

男性交遊1

手荷物2点紛失(注)

感想

若い若いと扱われたことを中心に、楽しんで帰った感の強い回でした。

上では年代差を良しとしつつも、恐らく現実はいい影響になっていないものと思います

街コンの場にして、何故か全く関係の無い与太話をしたりした。完全にウケのための会話をしていた。

成果で手荷物紛失とか訳のわからんことを言っている件ですが、

男性交遊1」の人(席替えを共にした人)に誘われて二次会なんやに出たことに起因します。

流れのまま24時近くまで酒を飲むことになり、結果バーで近くの人に絡むなどしてしまったところ、

気付いたら午前3時前にさっきまで飲んでいた店(閉店済)の前で寝ていた所を通りすがりの男女4人組に起こされるという珍事が発生したためです。

アレな話ですが、財布だとか現金だとかは無事なため、まあ普通に失くしたんだと思っています。仕方がない。

そういうあたりで以上です。正直に言って最後完全に泥酔してからが一番楽しかったと思っています。これではいけない。

次回参加は2/18です。連チャン

2017-02-13

街コンの記録をしていく(序、1回目、2回目)

先月今月と、街コンというやつに行き始めた。

きっかけは、別の機会に話せたらいいと思う。

ちなみに、昨日2017年2月11日で3回目の参加だった。

何度目でそれなりの成果を得られたかとか、これまでどんな失敗をしたかとか、そのあたりの記録になればいい。

で、とりあえず、今回は過去2回分を先にざっくり記録していく。

■1回目 2017年1月21日(土) 13:00 〜 16:00

形式:着席 席替え有り

規模:40人程度(推測)

年代20~29歳(男女共)

参加:1人

特記:いわゆる謎解きコン

年始に思い立って、というか友人と色々話して予約した。友人と話しはしたが一人参である

初参加の為、「とりあえず楽しそう」の観点選択アトラクション要素を強く宣伝されており、そこに期待した。

◎良し

・「自己紹介シート」みたいなものがよく整備されていた。

自分のことの記載欄に、相手からのひとこと(連絡先とか)記載欄、切り離して使うメモ用紙と、デザイン含めて整っていた。

思えば、謎解きも含めて、準備に比較的手間のかかった街コンなのかもしれない。

◎悪し

・そもそもアトラクション要素が期待できる程のものではなかった。

その上で、謎解きをしたのは初めの席の5人組だけである。それ以降全く関係が無いのは不満足と言えた。

プロモーションのページから、なんとなく雰囲気だけでも日テレの「DERO!」みたいなものを期待してしまった自分が悪いかもしれない。

よくよく考えればそのへんのそれっぽい雰囲気居酒屋を間借りしているだけである妥当と言える。

ただ、3回行った今となってはこの要素も別にいらんわなとは思う。

性別比が基本男性3:女性2であった。

というか席替え的に男性3は固定なので他の組の人数がわからないが、どの組も女性2だった気がする。

割と致命的なポイントだと言わざるをえない。

◎成果

ガチの皆無

感想

話を盛り上げることはそこそこ出来たりしたが、本当に全く成果が無かったことには初参加からしてハートブレイクである

ちなみに連絡先がどうとかそういうことも全く無く、当日はなかなかにショックを受けた。5時帰宅とか、そんなんギャグでしょ。

終了直後流れるように散開していく参加者たちには本当に驚いた。昼開催であるからには、その後2次会がどうとかするものだとばかり思っていた。

この結果から、以降に続いた。

■2回目 2017年1月22日(日) 13:00 〜 16:00

形式:着席 席替え有り

規模:16人

年代20~29歳(男女共)

参加:1人

特記:とくになし

1回目から何が「以降に続いた」のかというと、これである

1回目は1月21日、2回目は1月22日。そう、ハートブレイクのあまり、帰り道でそのまま予約をしてやった。

全然ハートブレイクしてなくないか

◎良し

・広めの部屋にテーブル別着席、全3席。おそらく開催想定は4席だったと思われる。

個室席替え比較して、全体の雰囲気が感じられた。また反則的だが、別の席とも絡むことができた。

・豆に全体への指示があった。

席替えごとの乾杯に一捻りがあったり、入場時に配られた用紙のコレを話題にしてみてくれなど、面倒でない範囲で指示があった。

というか、面倒であればスルーするだけなので、共有話題が増えるという意味で良いことかと思う。

・あと何故か女性可愛い率が高かった気がする。(個人の感想

◎悪し

性別比がひどかった。1回目と比べても圧倒的である。おそらく男性10女性6人。

自分のところは男3女2だったが、男4女2のテーブルもあったようで、そこは本当にかわいそうとしか言えない。

・あと、同じ机の隣の男がマジクズファッキンカス野郎だった。これは開催側は全く悪くないが本当に勘弁してくれと思った。

具体的には「高校の時女の先輩にこんなん(自分褒める系)言われてさあ」の如く常に女がいてどうのということを言いたがる、

女性が正直あまり可愛くない二人組のテーブルで「うわなんか腹痛くなってきたわ」とか露骨に態度が悪くなる、

視力話題が少し出た時に

「ほんっと視力大事だよね、俺ちょいちょい目羨ましいとか言われるけどそんなんどうでもよくて視力ほしいもん」

→(周囲ポカーン)(女子はてなを叩きつける)

→「ん、二重とか」(以上記憶の限り原文ママ

とか喋りだすなど、お前さっさと帰ってくれとしか言いようがない。マジでウザいタイプカス野郎だった。(個人の感想

◎成果

連絡先3件 尚レスポンスは続かず

感想

かなり仲良くしたい相手が1人ないし2人いた(入手連絡先に含む)が、成果は振るわず

とりあえず開催中対面で話している時はともかく、開催後のムーブが弱いことを自覚しつつある。

また、前日昼に滑り込めるということは、そういう予約状況ということである

結果的にそれほど不満ではなかったものの、人数については事前に予見できたかもしれない。

思ったより書いてしまった。

3回目のことについてはまた日を改めて記録することにする。

今回は以上です。

2017-01-31

どうやら上司の口がクサい

自分は街を歩いていても周囲の人が気付く匂いに全く気付かないなど、それほど匂いに敏感な方ではないのだが、

香りの強い芳香剤香水柔軟剤など、強い匂いをいざ感知してしまうと、割とすぐに気分が悪くなってその場にいられなくなったりする。

先日会社席替えをして以来、たまに甘ったるいような、それでいて何かが腐ったような妙な臭気が流れてくることがあって、

その度に気持ち悪くなって、ひどいときは反射的に胃液がせりあがってくるのを飲み込みながら席を立って避難したりしていた。

しばらくは気のせいだと思うことにして自分ごまかしてきたのだけれど、

やっぱり斜め前の席の上司電話し始めたり、深く息を吐いたりした数秒後に漂ってくるので、どうやら上司が口を開くとクサいというので確定のようだ。

ちょうど天井エアコン送風口が近くにあって、空気の流れがこちらに向かっているのも原因だろうか。

上司に直接言うというのもハードルが高いし、過去に今自分のいる席に座っていた人たちは別に平気だったようなので、何かしら自衛するしかなさそう。

マスクすると息苦しくてそれはそれで仕事に影響するから、あまりしたくはないんだけど、仕方ないか……。

2017-01-11

不倫肯定する?周囲の人たち

前々から社内で既婚者(40代男、低身長、声がでかい)が、同僚の女性独身アラサー、暗い)に不倫アプローチかけてるらしいことは知られてた。

でもやっぱり不倫だし、何やかやで女性の方が避けてるっぽかったので周囲は静観していたんだけど、ある社内行事きっかけに急激に親しくなったらしいことがわかった。

本人たちはどういうつもりか知らないけど、昼休みに給湯室で(本人たち的に)隠れてイチャイチャしていたり、理由をつけて二人きりで残業しようとしていたりしたので社内の噂に鈍感な自分でもすぐに察することができたレベルだ。

まあ本人たちの問題だし知りたくもないやと思っていたら、先日年に一回の駐車場席替えがあって、そのあとに例の二人がお隣同士に配置されてて「はあ?」と思った。

うちの会社は毎年一回人事異動関係もあって自分の車の駐車場所を本人の希望を聞きながら移動調節することになっているんだけども、まさか特等席と言われている会社から移動距離の近い場所にお隣で配置されるなんて全く予想していなかった。

どういう方法で決められたかは知らないが、少なくとも社内の多くの人が不倫関係を知っているとは思う。

それでそういう配置にしたということは「長年不倫をお願いしていてよかったね」という祝福か「これからも仲良く不倫してね」というメッセージか。

いずれにしてもこの会社ダメだなということを感じ始めている。

何なの?この不倫をまるで手柄みたいに扱う空気

2016-11-30

[]11月30日

○朝食:ヨーグルト

○昼食:助六

○夕食:ちゃんぽん餃子みかん

調子

はややー。

12月から人の入れ替わりが大々的にあるらしく、席替えしたり机を動かしてスペースを作ったり、

を横目で見ながら「プロパー新人って大変だなあ」と思いつつ定時でさっさと帰った。

来週から上流工程にがっつり関わるので、色々下準備中

はいえ、技術検証しつつ横から口出しする役目なので、ある意味気楽かな。

スーパーみかんが25個で850円だったんだけど、みかんってこんなに安かったけ?

実家祖母和歌山の人で毎年ダンボールで送ってくれてたので、みかん大好きっ子なんですが、

一人暮らし始めて自分食べ物買うときみかんが高くて腰抜かした記憶があるんですが、

これならお買い得でいい感じだ。

今日だけで5個も食べちゃったし、もっと買いたいな。

○お便り返信

まさかネタバレwwww未プレイでこれからプレイ考えてるって人間へのアンサーとしてネタバレは悪手だろwwwネタバレせずにどんだけ面白いか語ってほしかったなー

プレイ済みだからかい所語りたくなるのはわかるけども・・・

http://anond.hatelabo.jp/20161130092047

配慮が足らなかったですね、すいません。

今一応ネットハイのこと書いた日記を読み返して見ましたけど、たしかネタバレ避けてますね。

(ただ、あれはミステリ的な「○○がバツバツだった!」ってことが重要作品だった、ってのもありますが)

ネットハイは、自分感情を揺さぶられる系の楽しさで、

ポケモンSMは、物語構造とかキャラクタ演出とかを見ていて感じる楽しさ、

って感じで、ちょっと面白さの質が違ったので、それについて語る文章の内容も違ってしまいました。

ただ、その、本当に申し訳ないんですけど、すごく根本的に僕自身あんまりミステリ以外のネタバレ気にしない性質なので、できれば「ネタバレはやめて」的な文章を添えてもらえると助かります

気にしない、というよりどこからどこまでかの擦り合わせが面倒くさいって言っちゃうと乱暴なんですが、僕の持論の「他人感想を聞くときネタバレをされる覚悟をしてから聞く」っていう自己責任論を他人にも強要してるだけかもですね。

ポケモンサン

シンクロ要員孵化

れいせいが出たので切り上げて、ゲッコウガの育成かなあ。

ポケモンARサーチャー

プレイ

バッジとれ〜るセンター

ノー課金

ポケとる

・メインステージ257ドゴームまで攻略

これまだ全体の半分も行ってない上に、Sランク集めとかもあるのか……

ちょっとこのボリューム感はうんざりするタイプボリューム感だな。

ポケモンコマスター

イベルタル欲しい。

この能力ポケモンが欲しくない悪ポケ好きはいないよなあ。

というわけで、1000円課金……

はあ……

はあ……

しんどいわ。

つらいわ。

課金よくないわ。

(そろそろ学べや)

2016-11-25

スメルハラスメント

スメルハラスメント最近この言葉を知った

「同僚臭い」 で検索たらこ言葉が出てきた。

いわゆるIT企業に務めているのだけど

両隣の同僚が臭い、片側はおじさんの加齢臭。もう片側は若者なんだけど

カビ臭い

両隣が臭いだけでも辛いのに、となりの人との距離も近くつらい。

(会社が狭いスペースに人を詰め込む会社なんです)

上司にやんわりと席替え要求してもだめだったから、転職したい

労働時間社会的な大きな問題になってるけど、

労働環境重要課題だと思う。

派遣を何年かやっていたので、何社か回ったけど、人を詰め込む会社のほうが雰囲気、業績ともに良くない。

特に鶏舎ように、従業員を詰め込むと、スメルハラスメントも発生するし、何より集中できないです。

また、この時期一人が風邪ひくと周り中に感染するします。

業績を上げたい企業の皆さんは、社員にある程度のスペースを与えてください。

鶏舎のように詰め込むと仕事に集中できないです。

メンタルヘルスもいいけど会社に1台におい測定器を設置して全員チェックしてほしい。

2016-11-24

出席番号で増田当てる手阿多素真で宇言刃牙接ゅし(回文

出席番号32番あたりって、

日付で当てさせる先生いたけど、

32日なんてないから、

ギリギリセーフ当てられないわ。

って安心させといて

フェイントかまして31日だけど今日は32でとかのパターンもあるから

逆に油断できないわ!

そう言えばさ、

高校の時3年間ずっとクラスが一緒で

出席番号も近くてずっと私の後ろに座ってた

ハルちゃん元気かなーって、

席替えとかも懐かしいわね。

なんか急に青春なことを思い出しちゃった。

うふふ。


今日サンドイッチはじゃなくて

朝ご飯おにぎり

節約志向よ引き続き!

あのさ、

サンドウィッチ伯爵が

サンドイッチ発明したって話は有名だけど

で、その時のサンドイッチの具はキュウリだけだったってのも

有名な話よね。

なんかキュウリだなんてテンション上がらないけど、

当時イギリスでは育ちにくくって、

キュウリは高級食材だったので、

まさに貴族のゴージャスな食材としては

うってつけだったのかもね。

ちなみに「キューカンバーサンドイッチ」って言うんだって

3センチ角の小さいサンドをお行儀良くつまんでたみたいよ。

一度サンドイッチ伯爵のやってるお店に行って本場を味わってみたいわね。

イギリスお茶お呼ばれしたとき

いいカップを使ってて、

良い仕事してますねって中島誠之助ばりに言ってみようと、

カップをひっくり返してどこのか見ようと思ったら

はしたない!って女主人に怒られちゃった。

知りたいなら直に訊きなさいって。

話が長くなっちゃったわね。

今日デトックスウォーター

顆粒昆布だしをリメイク

と言うかリメイクも何も白湯アンド昆布だしホッツウォーターよ。

白湯だけじゃそっけないので、

味が付いてほんのりいいわよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2016-11-23

いじめについて

小学校ときいじめられてた。

ありがちな「○○菌」とかってやつ。

俺が触ったものバイキン扱いだったし、席替えでとなりになった女子が泣いたこともある。

フォークダンスはこっちが気を使ってエアハンドだったし、ジェンカは常に一人だった。

死のうと思ったことも一度や二度ではない。

今思えば教師は気がついていたはずだけど、特に何もなかったな。

いじられと思っていたのか、単に事なかれで見逃していたのか。

加害者側には、これがいじめだという認識はあったののかな。

多分、ないだろうな。

子供特有同調圧力で、少しでも違う相手がいると迫害する。

少しずつエスカレートしていって、誰もが引き返せなくなる。

俺は転校でいじめから逃れられたけど、

転校先の学校いじめられている女子がいた。

しかに見た目が少し特殊で、からかってもニヤニヤ笑うだけで気味が悪かった。

残念なことに、このいじめをやめさせる勇気は俺にはなかった。

ゴメンと心のなかで誤りながら、無視してた。

いじめに関わらないと、こっちがいじめられてしまう。

教師が気がついていないはずはない。多忙責任所在なんか言い訳にせず、

子供もっと積極的に関わってほしい。

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