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2020-09-02

anond:20200902144303

エロ以外でも気持ち悪いけど。

たとえば作家引っ越したばかりのタイミングでその体験をもとにしてキャラクター引っ越しをするBL二次創作をやる人がいてもなんか気持ち悪い。

親が死んで喪主をやる体験をしてそれを二次創作キャラクターやらせても、離婚体験キャラクターやらせても気持ち悪い。

性的でなくても全然気持ち悪い。コミックエッセイ全般気持ち悪いんだわ。

猫を飼ってる作家が、原作で猫飼ってないキャラクターが猫飼ってる設定の二次創作して猫の世話する漫画投稿してても気持ち悪い。

伝わる?

2020-08-15

日中戦争従軍した祖父

過去記憶を頼りに書いているため、情報の正確性を保証できません。それを了承の上でお読みください。

前置きを飛ばしたい場合引用ブロック部分へ

今は亡き私の祖父は、日本軍兵士として末期の日中戦争従軍した。

10年前、祖父は私にその時の詳細を一度だけ語った。

第二次世界大戦が終わって75年、その話を自分記憶がこれ以上劣化しないうちに書き留めておく。

祖父1920年12月まれ1944年頃〜1945年従軍体験を語った当時90歳(認知機能正常)

・私 …1990年まれ、話を聞いた当時21歳

私は幼い頃から祖父中国戦争に行ったことを知っていた。

しかしそれ以上のことは何も知らないままだった。

大学2年のGW、私は両親、妹と共に父方の祖父母宅へ遊びに行った。

祖母と母が台所食事の片付けをし、祖父、父、妹、私が居間で団欒していたその時だった。

祖父が何の前置きもなく、そして極めて淡々と、幼少期から戦争体験を語り出した。


祖父淡路島の山深い農村で生まれた(長男ではない)。

高等小学校卒業後、街の酒屋で奉公した。

将来なりたい職業兵隊だった。

こんな田舎の子供でも「兵隊になる」と思わせる学校教育がなされていた。

奉公が終わった祖父本州民間企業就職した。

そして、徴集がかかった(徴兵検査1921年春?)。

戦地へ赴くよう命令されるまでは、日本国内で訓練を受ける。

兵隊には任期があり、その任期を過ぎると、戦場へ行かなくても良くなる。

任期陸軍・常備兵役現役の2年間?)

祖父任期満了の直前に「中国・石家荘」への出兵命令を受けた。

祖父の話しぶりからは、小学生頃は兵士に本気でなりたいと思っていたが、

いざ徴集される段階になってからは、出兵せずの任期満了を願っていたように感じられた。

ちなみに祖父JR国鉄と呼ぶノリで、中国全体を「満洲」と呼んでいた。

そのため私は石家荘を旧満洲国の都市勘違いしていた。


祖父日本から中国沿岸部まで船で移動し、その後陸路にて石家荘に到着した。

石家荘で祖父はある鉄道の警備を任された。

この鉄道を走る汽車日本軍の物資を運んでおり、これを中国側に妨害される恐れがある。

そのため駅だけではなく途中の線路も警備する必要があり、

祖父担当箇所は山あい農村に近い線路であった。

日本軍は農村占拠し、逃げ遅れたり抵抗した現地の民間人捕虜として捕らえ、使役していた。

しか日本軍に捕まっていない現地人もいて、

彼らが日本軍を襲ってくることがあった。

祖父は彼らに応戦し、山中を駆けずり回った。

当然ながら地の利日本軍より現地人にある。

それに山は樹木で覆われ視界が悪く、敵の姿が見えず、どこから襲ってくるかがわかりにくい。

彼らは銃を含む武器を持っており、しか自分たちの生活基盤を取り戻すべく必死こちらに向かってくる。

木と木の間からは、壮大な万里の長城が見えた。

祖父が戦ったのは民間人のみだったのか、民間人擬態した軍人だったのか、それとも両者混ざっていたのか」

という、かなり重要情報が私の記憶から抜け落ちてしまっている。


ある日、祖父は仲間達と共に銃の撃ち合いをしていた。

もちろん敵から銃弾自分達に向かって飛んでくる(祖父は「プププププッ」という効果音と共に

親指と人差し指でつまむようなポーズをとり、右から左に水平に移動させることで弾道を表現した)。

その時、横にいた年上の兵隊に弾が命中し、彼は息絶えた。

そしてその後、祖父の片脚にも弾が当たった。

祖父は山の中を担架で野戦病院へと運ばれた。

運んだのは、中国人の捕虜達だった。

銃創のでき方によっては、当時の医療技術では脚を切断しなければならなかった。

しか祖父場合銃弾は膝上を貫通しており、脚の切断は免れた。

ただ、祖父の傷の縫合は無麻酔で行われ、激痛が伴った。

祖父野戦病院入院している間、祖父のいた部隊中国側の総攻撃に遭った。

結果、部隊の多くの兵士犠牲となった。

祖父は小柄で屈強ではないため、戦友会では「あの時入院していなかったらお前も死んでいただろう」とよく言われたという。

祖父はその後、1945年8月15日太平洋戦争終戦」を現地で迎えた。

一ヶ月後に日中戦争終結したが、他の任務があったらしく、

祖父帰国は1945〜1946年の冬頃となった。

この部分を聞いた時、私は色々なショックを受けた。

戦争リアル、穏やかでニコニコしている「おじいちゃん」の抱える痛み、そして父や自分誕生紙一重だったということ。

私は祖父の膝上・その裏の傷跡をこの時初めて認識した。


祖父による戦争体験の話には後日談がある。

実は、祖父は膝上の銃弾貫通と同時に片足の小指を失っていた。

このことは、祖父葬儀喪主の伯父(祖父長男)が挨拶の場で初めて語った。

喪主挨拶では他にも、祖父が夜中に大声を出して飛び起きていた(のを幼き日の伯父が目撃した)ことが明かされた。

祖父戦地体験を引き金としたPTSD発症していた可能性がある。

これらの話を祖父がすることはなかったし、裸足の祖父を何度も見ているはずなのに、指が無いことに全く気がつかなかった。

銃弾効果音まぬけさといい、「自分中国人を撃った」経験を話さなかったことといい、

祖父の語りは孫娘用にかなりマイルドになされていたに違いない。

祖父がなぜあのタイミング戦争体験を孫に話したのか、その意図を聞くことはもうできない。

話に圧倒されてしまい、また深堀りを戸惑ってしまい、曖昧情報確認や疑問の解決ほとんどできなかった。

90歳で突如戦争体験を語った3年後、祖父は93歳で他界した。

2020-07-19

ある日の通夜のこと

引越しの準備をしていたら、昔のことを思い出したので、日記の代わりに書き残す。

その日は親族のみの通夜で、神式だった。

参列者も斎主も既に揃い控え室にいて、雰囲気は穏やかだった。

一つあったことといえば、斎主レイジ(位牌)に書く日付を間違えてしまい、今書き直していることくらいだ。

スタッフ葬儀担当者、司会の先輩、案内の私の3人。

そこは火葬場に複数併設された式場のひとつだった。

忙しそうな他の式場の様子を眺めていると、控え室にいた喪主が降りてきて「祭壇を見てもいいですか?」と言った。

神式の祭壇は、仏式とは雰囲気が違う。壇の上には鯛、生卵、生米、野菜乾物などのお供えが並び、白い陶器で出来たさまざまな神具。周りには花はなく榊が飾られている。

一頻り祭壇を眺めていた喪主が「あの中央の鏡はなんですか?」と聞く。

「あの鏡は御本尊のようなもので、一番大切な神具ですよ」

へー…この鏡が、喪主が祭壇と棺の狭い隙間に入った。

その瞬間。

ゴオッと音がし、「危ない!」と先輩の声がしたと同時に、物が壊れ割れる音が響き渡った。

顔を上げると喪主が倒れてきた祭壇と棺の間で潰れかかっていた。

慌てて駆け寄り祭壇を全員で押し戻す。神具と卵が割れ、供物や米や榊の葉があたり一面に散乱していた。

蒼白して辺りを見回すと喪主が「これ…」となにかを差し出してきた。鏡だ。

「思わず受け止めてました…一番大事なんですよね?」と言った。

開式20分前だった。


原因は、式場裏の搬入口を花屋が開けたことによる風圧だった。最悪だが、ままあることらしい。

喪主謝罪し控え室に戻ってもらった。

私はもう頭がパンクして事務所に送るメールのことを考えていた。

先輩が言った。「ご親族斎主に開式が遅れることを伝えてきますから、2人は式場を見れる状態にお願いします」

この人は女杉下右京みたいな人で、いつも冷静で優雅で、信頼できる人だった。この時も蒼白している私と担当者を尻目に、顔つきは変わらなかった。


掃除をしてわかったことがあった。

たくさんの細かな神具があるにも関わらず、割れたのは数枚の皿だけだった。

そして辺り一面は卵で汚れきっていたが、目の前にあった棺だけは何故かピカピカのままだった。

そして、本来ならもう置かれていたはずの位牌は、書き直しによりまだ斎主の元にある。

鏡も、喪主のおかげで無事だった。

そもそも、あの狭い隙間に喪主が入らなければ、祭壇は倒れ、棺は下敷きになり、ご遺体がどうなっていたかもわからない。喪主危険な目に合わせてしまったが、その可能性を考えたらゾッとした。


必要なのは卵と米と皿だけで、最悪だが、事態を見れば奇跡的だと思った。

そうこうしているうちに先輩が帰ってきた。

親族にも斎主にも事情お話しましたが、のほほんとしてました。これ位牌です。"書き損じてよかったな〜"なんて言ってました」

続けて「あとこれ、卵とお米です。料理屋さんにお話ししたら、神式って聞いて一応持ってきたんだそうです」

驚いた。と同時に外のガラス戸が空いた。胸にネームプレートがついている。他の葬儀屋だ。

「大きな音を立てて、申し訳ありません」と言い出ると、「いえあの、祭壇倒れちゃったんですか?うちも今日神式なんです。余ってる神具します、言ってください」と言った。

今度は先輩も驚いていた。今は多くが仏式という中で、併設式場6つ中2つの式場で神式をやっており、更にこんな申し出をしてくれる可能性がどのくらいか


そういった偶然や、優しさが重なって、20分前あの惨状だったにも関わらず、その式は18:00定刻に始まった。

何事もなかったかのように、厳かに、そして和やかに終わった。

最後に改めて全員で喪主謝罪するとと「びっくりしたけど、父にも皆にも何事もありませんでしたから。直前に鏡の話を聞いていてよかった」と笑っていた。


帰り道、先輩が言った。

「びっくりしたわ。定刻に始められるなんて思わなかった。こんな大事な日にこんなこと。ご遺族から斎主からも大変なクレームになると思った。本尊も位牌も棺も無事、御供物も揃って、神具まで貸していただけて…こんなことあるのね」

続けてこう言った。

今日のお式には、神様がいらっしゃいましたね」

葬儀仕事をしている間、不思議なことはいろいろあったが、この日は特に不思議な日だった。

わたしはこの言葉が忘れられない。

2020-07-17

anond:20200717124512

こういうバカに限って葬式に喪服で来たりするから質が悪い

喪服というのは喪主が着るもので参列者は死ぬことが予め分かっているわけではないので喪服で行くのは貴方死ぬのは知ってたので準備万端ですって言ってるのと同じ(生前葬なら問題ないだろうけど)、同様の理由香典ピン札を使ってはいけない

2020-07-15

田舎に帰りたい

私の祖母が亡くなったのは、この春の事だ。

世間は県外移動の自粛を求めており、不要不急の外出を控えるように、と声高に叫ばれてる、そんな頃だった。

彼女は90歳を超えた大往生であり、こればかりは致し方ない、というやつだ。

自宅の布団で昼寝をしたまま二度と起きて来なかった彼女は、穏やかな顔だった、らしい。

 

らしい、というのは、私は祖母葬式に出れなかったからだ。

東京という土地で住む私は、喪主たる伯父から直々に電話を貰い『申し訳ないが、葬式への出席を遠慮して欲しい』と言われたのが、理由だ。

正直、悔しかった。私は祖母が好きで、最後のお別れをきちんとしたかった。

けれど同時に、伯父が意地悪で言っている訳では無いとも、分かって居た。

田舎葬式だ。そして祖母の年齢になると、弔問客も、親戚も、高齢者層が増える。

そこに、東京から帰って来た孫が、まかり間違ってウィルスを持ち込みでもすれば。

伯父の苦渋に満ちた声に、私は泣きながら『分かりました』と返事をし、折れるしかなかった。

現地に居る兄が時折寄越すラインの画面を見つめながら、部屋で孤独に過ごす時間は酷く悲しかった。

 

あれから3か月。

私は、骨になった祖母にすら、まだ会えていない。

 

致し方ないと思う。

親戚の家だけではない。その近所にも沢山の高齢者が住み、そうして小さな村社会で生きている。

毎日都心100人とかニュースが出て、そんな私が田舎に帰って発生原になったら、と考える皆の意見は良く分かる。

それでも、祖母葬式にも出られず、位牌を拝む事も出来ず、骨壺を見て泣くことも許されず、今日まで生きて来た。

 

 

から、私はGoToキャンペーンが憎い。

私は未だ田舎に帰る事も出来ず、大事な人に手を合わせる事すら許されないのに、観光客は私の田舎に土足でやってくる。

旅行キャンセル料が勿体ないから、政府が後押ししてくれているから、という理由を盾に取り、ほいほいと流入する。

観光業はもういっぱいいっぱいなんです。死に体なんです。このキャンペーンが無いと路頭に迷うんです』というが、私の好きだった店で、もう何件も閉店をした所がある。

正直、苦しさであえいでいるのは観光業だけじゃないだろう。

死なば諸共、なんて意見が正しいとは絶対に言わない。誰かが痛い思いをしたなら、他に痛い思いをする人が出て来ない様、手当てをするのは当然だという理由も分かる。

けれど、どうしてあのお店達は助けて貰えなかったのに、観光業だけ助けて貰えるんだ、って思うと、尚憎い。

多分これは『自分禁止されていたのに、どうしてあの子は良いって言うの!?』っていう悔しさも、加味されているのだろうけれど。

 

知っている。これは全部八つ当たりであって、別に誰も悪くない。

それでも、不要不急でない、少なくとも帰る理由が過分にしてある私は田舎に足を踏み入れられないのに、観光客は知らん顔でやって来る。

観光客はその土地に住んでいる人間責任を負わなくて良い。だから彼らが発生原因になっても、別に私の親類縁者は何も困らない。

けれど、そこの出身地であるという私は、発生原因になると責任を負わなくてはならない。私の親類縁者に迷惑が掛かると言われ、それを承服するしかない。

 

 

繰り返すが、これはただの八つ当たりである

それでも、私はGoToキャンペーンなんて奴が大嫌いで、一刻も早く取りやめて欲しいと願っている。

そうやって歯を食いしばっている人間からすれば、観光客、なんて不要不急の人間のせいで、私の田舎クラスターが発生する事だけは、止めて欲しいからだ。

そこで発生したコロナで、また私の身内で、知人で、人死にが出たら、と想像するだけで堪らなく苦しくなる。

少なくとも、そういう所にしか、今の私の怒りの拳は、下ろす先が無いのだ。

 

 

一日も早く、コロナ収束して、あるいは特効薬が出て、私は祖母挨拶をしたい。

私は、田舎に帰りたい。

2020-06-09

社員の身内の不幸情報が集まってくる部署にいるんだけど

最近立て続けに社員の親とか祖父母まり高齢者バタバタ死んでる

昔の弔事連絡書には死因を書かせる欄があったけど今はそんなのないから分からない

急に暑くなったからなのか緊急事態解除で市中感染煽りを食ってしまったのか

あと喪主の欄「逝去者との続柄」って書いてるのに理解できてない奴多すぎ

祖父が亡くなって祖母喪主】なのに【逝去者との続柄祖母】とか

90近い爺ちゃん祖母喪主とかすげえな120歳くらいで喪主できるくらい健在なのかよバラエティ番組取材してもらえよ

それから手続き上は会社からの弔電とか花とか全部不要にしてもらえると助かる

名前出したからって威張れるような会社じゃないし何より手配がめんどくさい

頭のおかし社員だと親族が足りないから総務が通夜の受付やってくれとか誰か参列しろとか言ってくる

知らねえよお前がやれ

2020-04-09

anond:20200409035606

もし親が両方死んだらお前が喪主やるんやが?理解してんのか?って言ってやれ

2020-02-13

昔、従姉妹自殺した。

訃報を聞いて最初に浮かんだ言葉は、「先を越されてしまった」だった。

自殺はね、馬鹿がすることですよ」

何年目かの法事喪主の伯母の代わりに挨拶をしたのは、親族の中の代表的存在の人だった。

その一言を聞いた時、何て残酷なことを言う一族だろうと思った。

自殺なんてそんなに簡単にできることじゃないのに。

一瞬でも死ぬのが怖いと思ったら死ねない。

遺族の事を考える余裕があったら死ねない。

その思考ができなくなるだけの絶望が、彼女にはあったはずなのに、

その絶望抗うために、彼女は懸命に生きたはずなのに、

何故それを想像することができないのだろう。

何故、彼女が遺した母親の前でそんなことが言えたのだろう。

その代表言葉に誰も言及しなかったあの異質な空気が、私の頭の隅に記憶として焼き付いている。

でも、従姉妹の死に「先を越されてしまった」と思ってしまった自分も、

その残酷一族の血を色濃く継いでしまっていることに、最近気づき始めた。

表面上で良い人を取り繕っているだけで、結局は自分の事ばかりだ。

過去の失敗経験フラッシュバックするようになってから、そんなことを思うようになった。

私の無自覚が、沢山の人に迷惑をかけた。沢山の人を傷つけた。

しかし、今更性格を直したいと思っても、そんなことがすぐにできる筈もなく、

失敗を繰り返す度に自分自分の浅ましさを思い知らされる。

こんなことならさっさと死ぬべきだった。

立て続けに親族が死んだら可哀想とか、

うちの家族も、私が死んだだけでああして露骨馬鹿にされるのだろうかとか、

そんなことを考えずに、とっとと死ぬべきだった。

無自覚害悪としてのうのうと生きていける自信が、今はもうない

開き直って生きるようになる前に、一思いに死にたい

2020-01-08

anond:20200108154647

今の若い人が喪主になる頃には葬儀は行わず地域火葬場に直接持ってくだけみたいな感じが主流になるかもなあ

葬儀会社の◯レマがクソだったので、詳しく伝える

2020-01-08 22:10 追記しました。

事の経緯

先日、父が亡くなった。がんだった。

父がなくなってから

父の呼吸が止まったのが14時半。来てくれた担当医さんが死亡確認したのが15時半ごろ。家族皆が泣いていた。自分も唇を噛み締めながら我慢して、それでも涙が溢れてくる。

訪問看護をしてくれていた看護師さんがとてもいい人で、自分たちも手伝いながら、髭をそったり着替えさせてくれたりして、父の準備をしてくれた。

家族で湯灌してあげて、最後見送りすることがとても良い時間になるよ。と、いろいろ教えてくれた。

これまでの看病で疲れているし、親族や知人の対応は母することになるの明らかだったので、葬儀会社とやりとりするだけでもと、喪主をかってでた。

葬儀会社を選ぶ

闘病中、なくなる数日前に、◯レマの営業さんが来て、契約とれないと来週クビになると言われ、母が契約したとのこと。

父は元教員だったので、教え子含めてある程度の人数が来ることが予想されたので、駅チカの広い葬儀場が使えるのが良いかと決めたそう。

15年ほど前に祖母がなくなった時には、地元葬儀会社で、自宅葬だった。

在宅療養していた父がなくなり皆が動転している中、母は最後まで地元葬儀会社にするか迷っていた。

とりあえず契約してるんだからという理由で、◯レマに電話を掛けた。

最初対応

担当営業契約担当者と葬儀場で連携が取れておらず、あちらに掛けて、こちらにかけて、折返し待ちして、とたらい回しされた。

加えて、最初電話をかけた時点でこの時間で決めますがよろしいですか?と念押しされた。

こちらのことを知ってる営業からなんのコンタクトもないのか?と疑問におもいつつも、下手に時間を掛けても仕方がないので、最短の日にちで申し込みをした。普通なら、死亡後3日後が告別となるのが最短になるのだが、3日後が友引だったため、4日後となった。結果的には、日付が伸びたことで運良く救われることとなった。


葬儀プランナー来たる。


葬儀プランナー担当者が来たのは18時ごろだった。

準備しますねと。ドライアイスと祭壇のセットをしてくれる。

それが終わると、葬儀プランや料金についての説明が始まった。

私達は営業さんから貰った資料確認しながら、プランの詳細を選んでいくが、一つひとつ決めるたびに、営業が話してた葬儀プランと言ってることが違うやんと言うことがどんどん出てくる。

契約時には、一般的葬儀費用のように見えるこの内容で、事前予約75万のプラン契約していた。

この契約があれば、全部まかなえます。と営業さんは言っていた。追加のオプションは断れば良いとも。

https://cerema.co.jp/funeral/plan.php

 

契約葬儀プランに会場費(+5万)が入ってない。

契約葬儀プランでは、入り口近くの小さい部屋しか使えず、+10万ださないと、50名規模のホールには対応できません。

プランで出来ると書かれていた花祭壇は、+10万ださないと、できません。

病院から自宅までの寝台車費用は入ってるが、自宅から葬儀場への寝台車費用は入っていない。

 →自宅で亡くなったため、おかしくないか?と問い詰めたら、じゃあプラン内の費用対応します。と

・周りに飾る花代が最小16万~。無いと困りますと言われる。親戚から送られる分が合っても、親族一同の分が必須ですと。

・祭壇に飾るフルーツ必須です。(+1万)

白装束(+4万)に着替えるのが普通です。

棺桶に掛ける布は燃やすために毎回新しいもの必要です。(+4万)

・湯灌できるけど、郊外施設まで連れて行く必要があり、家族参加は不可。(+7万)

・骨壷も今のママだと貧相なので、アップしたほうがよいですよ。あと分骨するなら、追加費用+1万)。

告別式粗供養品は返品不可です。

初七日もするなら、食事が一人5000円~


などなど、諸々で、事前の見積もりが180万ほどとなった。通夜の来場も50人と、少なく見込んだ上でだ。

契約書の文面を確認し、クーリングオフできますよね?と問いかけると、厳しい表情。

家族は皆疑念不安が募るばかり。

葬儀トータル費用相場からは離れてない。でも、言ってることこれだけ変わるというのはオカシイちゃんと湯灌してもらえるのか?葬儀が滞りなくすすのか?

ただ、もう期日の予約はした、場所も親しい友人には伝えてしまった。今更変えるのも・・・・。悲しみに浸る間もなく、不安なまま夜を過ごす。


翌日



枕経をあげに住職さんが来る。母は自分世代だと、珍しいと言いつつ、なんだかんだ年3回の法要を欠かせず行っている。

なので馴染みのある住職さんだ。

住職さんに、これまでの経緯を相談すると、◯レマの色々黒い噂を教えてくれる。噂についてはあとで詳しく述べる。

住職さんが、馴染みなので連絡してみますね。と地元葬儀会社をあたってくれるが、友引明けなので、空きがないそう。

帰宅後にも別の葬儀会社を探してくれて、隣の市ならホールの空きがあるよと教えてくれた。

母の不安っぷりと、担当者が不審すぎて信用できない。これはキャンセルするしかない。

キャンセルする

キャンセルもとい、クーリングオフすることを示すように電話証拠として、電話の内容は録音する。

「次の予約が入っているのですが、そちらにお譲りして良いのですか?」何度も念を押される。

こういう引き止め工作が本当に手慣れている。

簡易祭壇の設置費用と、ドライアイス代で3万ほどかかったが、サンクコストとして考えれば安いもの

新しい葬儀会社さんがくる。


営業担当の方が来て、説明してくれる。仏壇屋さんだったが、仏壇買いに来る人が葬儀文句ばかり言われるので、なんとかせねばと作った会社だそう。

・全部入って100万~のプラン

花代は3万~。独自ルートで花を仕入れているのでその値段で胡蝶蘭も入っている。

・謎オプションゼロ。分骨、フルーツ、棺の布、白装束。全部追加費用不要

・会葬返礼品の価格が、2万円ダウン。

・湯灌は自宅で行うので、家族見送りの準備してください。

初七日するなら、会場費5万かかります。自宅ですることもできますよ。と教えてくれる。

葬儀後に花が余ったら自宅に戻してセッティングしますね。

見積もりは160万ほど。ただし、親族花代と、通夜の時の親族食事費用(2万)も含まれている。

費用は下がって、質が確実にアップした。

どこが違ったのか。



来てくれた営業担当さんが、最後まで付き添ってくれた。

最初プラン説明から、会場までの送迎、当日のオペレーションナレーション葬儀後の祭壇設置まで。服装から振る舞いまで、すべてがプロ仕事だと感服する内容でした。

プラン説明時のアドバイスが的確で、常識よりこちらの都合を優先させて柔軟な対応してもらえたのが、ありがたかった。1時間以上かけて車で来る親戚が多かったので、通夜ぶるまいを通夜の前に変更。通夜中にお腹減ることや、通夜に来てくれた人の対応を後回しにせずに済んだ。また来てくれた親戚も早く帰せた。初七日供養後に、食べるのが普通だけど、粗供養品として、食事券を渡して帰ってもらうことにした。

他にも細かい相違点が色々。

・守り刀が、100円カミソリ→刺繍袋に入った短刀に。

・火立てがたて芯タイプからキャンドル型に。

・◯レマの線香が化学薬品臭がして、妻が煙たがっていたのが、変えた瞬間に問題なくなる。

・湯灌は家族でやれてよかった。父の体を拭いたりするのは、嫌な人は嫌かもしれないけど、お風呂入って背中流す感覚で、キレイにしてあげれたのは、最後親孝行でしょう。

・花壇の品質ガッツリ上がった。◯レマの価格を見てたので、安いと思い、親戚からの花もだいぶ増えてしまった。棺に入れれなかった分は、すべて自宅に飾ってあり、1ヶ月近く経つがまだ元気だ。

・姉が嘱託で働いている先の互助組合提携葬儀会社だったため、-10万の割引。こちからは何も言っていないにも関わらず、弔電を見て対応してくれた。

葬儀会社変更して、本当に良かったと思っている。変更の連絡しなおしたり大変な部分もあったけど、満足度が段違い。

結婚式と同じぐらいの金額払うのに、なんで文句言いながら、我慢しながら、サービス受けなあかんのかと。激しく問い詰めたい。


◯レマがクソな点

勘違いさせる前提の資料を元に営業して、キャンセルできない。

マルチ商法かと思うぐらいに、不安で人を動かそうとする。◯◯するのが普通。◯◯はできません。

無駄オプションつけてくる。ってか普通断れへんやろうぐらいの勢いで、オプションつけてくる。

説明しない。

振り返り


こうして◯レマをキャンセルして、地元葬儀会社に変更できたのは、幸運が重なったからだった。

契約して間もない状況で事前支払いが0円。クーリングオフで押し切れる状況だった。

営業を受けた本人の葬儀ではなかった。

友引明けで、日程に1日分の余裕があった。

・付き合いのある信頼できる住職がいて、他の葬儀会社が見つかったこと。

看護師さんからアドバイスがあり違和感を覚えたこと。

これだけの条件が揃っていてようやくキャンセルできた。

今回は父の葬儀分を母が契約したが、普通はこんな契約はしない。なぜなら、営業担当自分葬儀を事前に支払う契約を勧めてくる。ここの情報格差を奴らは狙っている。

過去の噂を聞くかぎり、支払い済みの状況でキャンセルしようとすれば、事前支払い済み分は返金できませんと、そう脅されるだろう。

ちゃんとした式をあげるには+100万かかる状況で、葬儀までの時間はなく、決断は伸ばせない。

親族が亡くなって、気が動転している状況で、あとで事例調べるなり、情報収取するなり、冷静な判断がくだせるだろうか?

すでに親が70万支払いずみの状況で、プランの内容を聞いた後に、キャンセルする覚悟あるかと?

人を嵌めるような商売していること自体が腹立たしい。

近所にも契約している人いたが、母はすぐ解約するように勧めた。

住職から聞いた噂


上にも書いたが、事前契約をメインに営業しているため、後々キャンセルされるケースも多い。

その場合に、解約手数料が掛かる形ではなく、1割も返金しないらしく、訴訟沙汰となっている。

https://www.sankei.com/affairs/news/150122/afr1501220037-n1.html

契約書にも、契約後、180日以後の解約は不可と書かれていた。

・どこかのお寺の檀家ではなかった場合、◯レマから仕事を依頼されることがあるという。

その場合お布施の6割がピンはねされるとのこと。

あなたに出来ること



伝えれる範囲は限られるが、あまりタブー視せずに両親と話すこと。

自分葬儀代は自分でためておきたい。」「子供負担を掛けたくない。」

そういう想いに、奴らは付け込んでくる。

なので、早めに話をして、事前に知っておけば、怖くない。

ほぼ悪徳商法なので、早く潰れることを願って、匿名ダイアリーに記します。


[追記]



ブコメもらえて、拡散したので嬉しいです。(普段ブログでこんなにバズったこと無いので)

もちろん親族や各位には今回のことは包み隠す伝えたのですが、さすがに友達に言いふらすわけにも行かず。。。匿名ダイアリーに書きました。

親族でも、少し大きい規模で、280万という人もいて、葬儀場での話題になりました。

いくつかブコメに返答します。

安くなってない

ちゃんとしたものお金を掛けれた。という印象です。ロウソクや線香一つとっても、ケチるだけケチ姿勢が見えてしまい、なんの信用もできませんでした。5000円のランチ頼んだら、業務スーパーパウチスパゲティが出てきた感じです。

あのまま乗っかった場合に、普及不要請求をされそうだったのが一番の不安でした。

かに160万は安くないと思います。(実際は来場者増えてもう少しかかりました。)満足度は5,000円出して、ちゃんホテルバイキング食べれたぐらいの気分です。


ほんとか嘘が分からんけど、


消されるの怖いので、反社記述だけ消しておきます。にしてもこんなこと匿名ダイアリーじゃなきゃかけない。

フルーツ1万円です!←オプションだし断れよ。


向こうは百戦錬磨でフル武装営業モード。こっちは虚弱状態からスタートして意思だけで戦わなければいけない状況。

正直オプションを断ることだけに、体力と意思力を必要します。途中から、やり取り自体不毛だったので、さっさとやり過ごしてキャンセルできないか相談するモードに入ってました。

当日に葬儀会社まで決めてしまうのも良くなかった。という考えもあるので、決めるのはなくなった翌日でも良かったんじゃないかなと、後から思い返します。ドライアイス代が+1日で、+10,000円ほどかかりますが、4日後でも、最初から問題ないです。葬儀場が相手ないなら、1日ずらすとかでも良いくらい。


先に住職さん

おっしゃるとおりです。次からそうします。

看護師さん最強

ほんとうに何から何まで、助けてもらいました。

看取ってくださったのが、緩和ケアを専門にやっている町医者さんだったので、看護師さんも経験豊富でした。(決して、年配の方ではないのですが)

冷たい対応されると、余計に辛いだろうなと思い返してありがたい限りです。

営業病人をさがして来る。

可能性としてはありえます上記の通り、緩和ケアは車で訪問診療してますので、尾行すれば。なんの証拠もありませんが。

古めの住宅団地なので、営業さんがかなり訪問してまわっているそうです。

焼けば何でも良い。

そのとおりですね。自分も、亡くなった父もそういう考え方です。

ただ、亡くなった人のためではなく、亡くなった人の家族・友人・知人・親族に向けてやるという感じでしょうか。息子としては、親がどんな生き方をしてきたのか知る数少ない機会だったので、ちゃんとやってよかったです。

2020-01-01

anond:20191231190824

故人を送る人たちがその事に集中できれば良い

自分の格好や無作法ノイズが入るような事がなければ良いと思う

目立つな、という事だ

喪主が気に食わないようにする、というのが一つの基準であろう

2019-11-26

電池喪主になった

葬式相場ってリーズナブル

 

このダジャレフリーダジャレです。使いにくいと思いますがそのままお使いいただけます

2019-11-14

anond:20191114110502

葬式でこなれるんじゃなくて

喪主になるぐらいの年齢だとそれなりの仕事してるやつなら

人前でそつのない挨拶スピーチは何度もやってるわけ

それが出来ないってことは大した奴じゃない

若くして親に事故死された長男とかならしょうがないけど

2019-07-19

俺は私刑肯定してしまうかもしれない

普段から俺は物事感情で決めるなど言語道断

犯罪者ルールのみに則って裁かれるべきである

かわいそうランキング量刑世間の注目度が決まるのはおかし

と思っていた

しかしそんな俺に強烈すぎる事件が起こった

池袋の例の交通事故

被害者松永さん一家家族構成や年齢があまりにも俺の家族と似すぎている(そんな家族腐るほどいるだろうが)

なので残された松永さん(夫・父)の気持ちは「わかり過ぎてわからない」

もし自分松永さんの立場だったら絶望や怒りを感じるメーターが上がりすぎてぶっ壊れるだろうというのがわかり過ぎるのでどんな感情理解できない

なので俺は遺族である松永さんに感情移入し過ぎてしまうので、松永さんの意向に反してあのニュースから可能な限り目を背けるようにしていた

そんな中こんなニュースが目についた

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190718/k10011997541000.html

加害者である飯塚幸三氏に厳罰を求めるよう署名活動をするというもの

俺はおそらく署名するだろう

選挙に行くのすらめんどくせーと思う俺だが、これに関してはインターネットで配布された署名用紙をずっとインク切れで放置されてるプリンタインクを補充して印刷し、コンビニ切手を買いに走ってでも署名に協力するだろう

俺の大嫌いな「感情で裁く」ことに加担することになってもだ

勘違いして欲しくないが俺はもともとは人前だろうが一人のときだろうが感情的になることはほとんどない人間

だが妻と娘の存在が俺を変えてしまった

池袋事故のような事件はもちろん

お悔やみ欄でまだ若い方が亡くなって喪主に夫や妻と書いてあるだけで泣きそうになる

不幸にも亡くなった子供の話はもちろん泣くがはじめてのおつかいでも泣く

俺にとって家族存在はそれくらい強力なものなのだ

から例えば今回の署名に関して例えば

「あとあなた一人の署名飯塚死刑にできるんです」と頼まれたとしても俺は迷わずその署名用紙に本名と住所を書くだろう

飯塚氏にも家族がいるってことはわかってるのにね

というわけで俺は感情物事判断する愚かな人間側に行ってしまった

みんなゴメンな





余談だけど自分事故被害者になったとき加害者厳罰を求めるかどうかは検察?に普通に聞かれたので、署名活動まではわからないけど、被害者や遺族が感情厳罰を求めること自体司法のありかたとして何もおかしくないことだと思うよ

2019-06-26

もうすぐ夏がくる

小学生の頃の思い出です。夏休み中、私の家にやってきてずっと過ごす、親戚のお姉さんがいました。痩せ型で強い目を持つかっこいいお姉さんでした。中学生だと言うのに、家の裏でこっそりタバコをふかしていて「おじさんおばさんには言っちゃだめだよ」と私にもタバコを咥えさせて共犯にしたり、一緒にお風呂に入って「女の子なんだからちゃんと髪を綺麗にしなきゃだめだよ」とコンディショナーの使い方なんかを教えてくれました。優しいお姉ちゃんだったんです。あんなにドキドキすることは未だに無いくらい大好きでした。

そんなお姉ちゃん父子家庭で、大変だろうから夏休みの間はうちで預かっていたんですね。彼女のお母さんが早くに病死して、親戚一同結構心配してたようなんですがみんなでなんとなくの援助しながらをつづけてたんです。

そして本当に急なことでした。彼女のお父さんが事故で亡くなってしまいました。彼女高校卒業したあと近所の農協事務仕事を始めたというタイミングだったそうです。葬式ときわんわん号泣している彼女は今でも忘れられません。喪主もつとめられる状態ではなかったのですがなんとか周りも手伝って葬式は一通り終わったんです。

その数ヶ月後、彼女農薬を飲んで自殺してしまいました。

妊娠していたそうです。

夏休み、どうして私の家でずっと過ごしていたのか当時はわからなかったんですが、

彼女父親が娘を抱いているという話を親戚の集まりでおっぱじめた事があって、真偽はともかくちょっと距離取らせようと夏休みホームステイ計画され、彼女のお父さんと親戚での話し合いが有り、そんなわけ無いでしょうで解決って事になってたみたいなんですよね。

そうじゃなかったんですね。親戚一同もう口を閉ざしています

の子妊娠していたのか。父娘の関係はわからないまま。

もやもやしたまま、私は、もう何度目かの彼女を思い出す夏を迎えます

2019-06-03

🍣SUSHI🍣食べたい🍣

喪主なんだから我慢しなさい

2019-05-30

嫁の姪っ子の産んだ子供

育てて5年たつんだけど、そんなに可愛くもないし、そんなに嫌いでもない絶妙な感じなんだよな

嫁さんに家の中でいつでもどこでもエッチしよーっていうのができなくなったり

裸でウロウロなんて論外になった以外は割と生活も大変じゃないし

6歳って結構喋るからな。一緒に朝外で運動すればかなりなコミュニケーションがとれるし、成長もみてとれる

医療費もこんなに手当あるんだってくらい、猫よりかからない

猫はすごいよ。こないだCT撮ってガス抜き治療(結局投薬)で5万かかったわ。

自分の子供がいないからアレだけど、まあ別に托卵とかでもいったん家族になってしまえば

一緒に住んだ仲として愛着がわいてくるんじゃねーのかな

そこまで激可愛いってわけじゃないけど、ウンコ漏らしたりしても別に汚いと感じないし

しかたないねーとしか思わない。他人の子からかそんなに悩まない

朝9時に起きるのが定番だった嫁も朝6時から起きて弁当作るようになったし、

俺も仕事中の暇つぶし以外でははてなTogetterに入り浸らなくなった。

はいはい反ワクさようなら~ってアマチュア思想家イライラすることもなくなった)

早く帰って世話しないとなと思えば、やることも決まってヒマとかなくなるから

割と他人の子供を育てるのは健康にいいかもしれません。

ちなみに今は当然暇つぶしという名のサボリ中なわけですが、

誕生日が週末なのであとでスケボー買いに行かなきゃいけないんだけど、

地元でいい感じの売り切れ多いんだよなあ

なんか最近流行ってるんだってさ。たしか公園でやってるキッズ多いもんな。

でも女の子なのに大丈夫かな。俺も教えられないしさ。

女の子なのにとかいったらまたはてなで揉めるかな?

うちの子女の子なのにスケボーを欲しがって困るとか

ブクマ間違ったら4つくらい付きそうだね。

俺としては健康でそれなりにまともな社会人になって、俺ら夫婦が死んだりする時の喪主かになってくれりゃ

最高だなと思うんだけど、そこまで他人の子にのぞめないし、色々あって養子は選べないんだよね。

まあ、関係性知ってれば真面目に生きてれば誰も否決しねえだろうけどさ

親戚血縁関係ってメンドクサイね。嫁が西日本からか家がどうのとかなんとかさ。

北のクソ田舎出身でよかったわ。

具合悪くなったら看病するし、こっちの具合悪い時も猫トイレとかもう掃除してくれるようになったし、

そんなにほんと大変じゃないんだよな。もう少し税金安くなったら最高なんだけど、まあ仕方ないよね。

こんなこともあるんだなあって感じで子供引き取ったけど

なんとかなって別に大きな喜びも苦しみもなく平凡に生きてるんで今んとこ

トータルでオッケーかなってかんじかな。おすすめできるかはわかんねえ。

2019-03-29

anond:20190329105219

あんな、喪主というか遺族だと2、3日は最短なんだよ

火葬場いっぱいで燃やせないから2日待機とか入ったり

燃やした後も行政手続きあるしな

1週間休んだわ

2019-02-20

コンビニオーナー現代奴隷制度 本部悪魔

セブンオーナー過労死寸前」で時短営業…「契約解除」「1700万支払い」迫られる

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190219-00009269-bengocom-soci

分かります

親の葬儀の時でも本部は手伝ってくれなかった。

店やりながら、所々抜けて喪主務めました。FCはお通夜にも来なかった。憎しみは未だに拭えない。

早死も過酷な日々のせい。

やめたい。でも莫大な違約金。

私も甘かった。でもこんなアコギなやり方許されるのか。

2018-12-01

anond:20181201000638

個人的には

「ごめん、その手の言葉は今は聞く気になれない。

しばらくしてからまた話す」

って正直にいって電話切ってから一人でキレるくらいの

芸当ができる大人でありたいけどな。

 

慰めが無駄だなんて慰める方だって重々わかってるけど

それでキレられて増田にまでえっち正当化しに来られても。

 

この先俺もお前も伴侶も親も子供も全員いつかは死ぬ

かならず出席しなけりゃならない葬式とき喪主

「この度はまことにモゴモゴ」の挨拶もできない

(したら殴られるかキレられる)ようじゃ困るんだよな。

 

葬式一つ出せずに老親の死体遺棄して逮捕されちゃうバカな奴らを

毎日ニュースで見てるんだから

葬式くらい出してほしいし

そこではありきたりなお悔やみの言葉くらい言わせてくれる社会であってほしいぞ。

まあ、お悔やみ電話のまえのメールとか必要になるかは知らんけど。

2018-10-23

父親と縁を切りたい

父親が嫌いで縁を切りたいと言うと、咎められるのは何故だろう。

私は父親が嫌いだ。
家事もせず、学校などの行事にも来たことがない。
休みの日は寝てばかりで、家族サービスはほぼ無し。
(仕事付き合いでの飲みは極たまにだったし、帰宅はほぼ定時だった)
手をあげることはしなかったが、すぐに怒鳴るし、いつも反省文を書かされていた。
気分が悪いと言って、多いとき会社を週に2,3回は平気で休む。
その休む旨を伝える会社への電話も、母に押し付ける。
発言責任を持たずに、言ってることがころころ変わる。
競馬パチンコなどのギャンブルが好きで、株で失敗して借金を作ったこともある。
たから見れば小さなことかもしれないけど、嫌悪感は塵も積もれば山となっていた。

小学生の頃、母と一緒に風呂に入っていると、湯船に浸かっていた母がこみあげたように泣き出した。
「辛い」「もう耐えられない」
私は泣いている母をただぼーっと見ていた。
離婚したいならすればいいのに、と内心思っていたが漂う空気が重たくて言えなかった。
きっと、私の為に耐えていたんだろうけど。

私が大学生になったとき、両親は離婚することになった。
父親にどちらについていくのか聞かれて、母がいいと言ったら、考え直せと言われた。
何をどう考え直すんだよ、と思ったが、結局父親と暮らすことになった。

父親についていきます、と半ば無理やり言わされたようなものだった。
大嫌いなのに、離れるチャンスなのに、逆らう勇気が私にはなかった。
金銭的なことを考えると、父親を選ぶしかなかったという理由もある。
母はパートを掛け持ちしていたが、それでも父親に稼ぎは敵わなかった。
今思えばバイトを増やして、母に生活費を渡せばよかったなぁ。

父親と2人で暮らしている時、掃除洗濯は全て私が担当していた。
晩御飯は週5で私が作り、実家暮らしをしている同年代社会人の中では生活費もそこそこ納めていた方だと思う。
(最初10万入れろと言われたが、なんとか7万に減らしてもらった)
私がかつての母の代わりの役目になっていた。

最近私は一人暮らしを始めた。
父親がいない、一人の空間がこんなに快適だとは思わなかった。
父親からは週に1回位の頻度でLINEがくるようになった。
無視をすると面倒なことになりそうで、スタンプだけを返している。

父が老いて、腰も曲がって思い通りに動けなくなった時、私は一切の連絡を絶つと思う。
介護もしたくないし、喪主にもなりたくない。仮に遺産があったとしてもいらない。
私に関わることなく、知らないところでひっそりと死んでほしい。

これくらいの父親普通だろ、とか、甘えたことを抜かすな、とか言われるんだろうなー。
育ててもらった恩が~とか、きっと言われるんだろうなー。
二十数年の積み重ねで父親に対する評価は、地にめり込むほどに下がっているんだからしょうがない。だって本当に人として大嫌いだし。
金銭的な意味では感謝しているが、ただそれだけだ。
稼いでいた額は違うだろうが、母の方が仕事家事も私の面倒も手を抜かずにしてくれていた。
母の面倒を見るのは全然構わないが、あの人の面倒を見るのだけは御免だ。

母は今、婚活サイトで知り合った人と同棲をしているらしい。
写真を見せてもらったが、温厚そうな人だった。
再婚するかは分からないが、幸せになってほしいなぁと思う。

こんなにも嫌いなのに、自ら縁を切る勇気がない。
人様に迷惑をかけない方法で、あの人が早く死んでくれないかなぁ。
縁切り神社って効果はあるんだろうか。

2018-10-11

今年登った大人階段

1月 プロポーズ

5~6月 伯父が亡くなり相続手続きを少し手伝う(自分にも相続権があったので)

7月 父が熱中症で倒れる。入院手続きとか諸々の準備

9月 結婚相手の両親と顔合わせ(父のことは報告済み)

9月 入籍

10月 父が亡くなる。諸々の手続き葬儀喪主をやるとか。相続関連の手続き

大人階段を一気にうなぎ登りな感じだなぁと思っています

入籍はしたけど、このままだと挙式できないやん。。。

2018-07-16

毒親ではないと思っているけど、親子関係がつらい

母親しんどい

私は30歳、母親は70歳。そして一人っ子の私は今、母が一人で暮らす実家飛行機距離暮らしている。

前提として、私は実家に帰る気がある。母もそれは認識している。

実家には年に3,4回帰っているし、電話も度々する。

みんなは、合わない実親とのかかわりをどうやっているのか、どうやって気持ちに折り合いをつけているのか、とても気になるので投稿します。長いです。

しんどいこと① 過干渉自分の思い通りにならないと攻撃してくる

つい最近の例としては、婚約者との同棲を決めたことを事後報告したらとても不機嫌になられた。

「事前に何の話もなく自分たちで決めてきたことがとても悲しかった」そうだ。

悲しい、というだけならまだしも、それについてとてもネチネチ言われた。

しまいには「昔から全部自分で決めてしまって人(=母自身)の言うことを絶対に聞かなかった」と言われた。

「いや、そんなことはないでしょう」と反論しても「いいや、あんたは絶対に人の言うことを聞かなかったよ」と強く否定された。

一万歩譲ってそうだったとしても、私の人生一般的な水準からみて成功している部類なので、母がそれを今否定してくる意味が全く分からない。

自分の頑張りをすべて否定された気になり、非常につらいし涙が出てくる。

母の言う通りにしないで一番人生に大きな影響があったのは、大学編入を決めた時だった。

ストレートで入った大学は強く望んだ学校じゃなかったが、母の意見や家庭の金銭的な事情気持ちを押し殺して入学した。

結局精神的にダメになり、せっかくの授業もまともに受けられず、お金時間無駄、そして自分人生にとって良いことがないと判断したので

学費生活費は自費でも極力出すから実家を離れてしまうが別の大学編入させてくれと言った。

その時は非常に険悪な仲になったが、一年休学して勉強して志望校合格したとき母は半泣きで喜んでくれたのですごくうれしかった記憶がある。

周りの人に、「あの子は○○大学に受かった」とうれしそうに吹聴していた。

それなのに、こういう話をさっきのように「人の言うことを聞かない」と否定材料にしているのだとしたら、まともに話し合いをすることはできない人だなと感じて辛くなる。

しんどいこと② 自律心、自立心がない

とにかく、自分自身で何かを成し遂げたりすることが極端にできない。おまけにそれについて、「甘やかされて育ったから」「周りがみんなやってくれたから」と開き直る。

父が死んだとき、死亡手続きや諸々の手続きなど、すべて当時大学生だった私が行った。喪主は母だったが、「挨拶なんてできない」と言われたので私がやったし、火葬スイッチも私が押した。

参列してくれた人たちには少し驚かれたが、「母がこういうこと苦手ですし、私は平気なので」とフォローした。母の兄弟たちは母の性格を知っているので何も言ってこなかった。

父が残した遺産全然ないw)や、借金手続き相続等、必要書類の取り寄せ・行政書士とのやり取りもすべて私が遠方から行った。大学の授業やバイト掛け持ちと並行していて時間的に辛かったが、父の親族とそれで揉めて縁が切れたりしたことが一番精神的にきつかった。

こういう重い出来事以外でも、日常的に新しいことを始めたり改善する気概がまったくない。「習い事に行こうかな」「最近お客さんが減った(母は小さなお店をやっている)」などは十年以上言い続け、それを自分で実行・改善したことはない。

お店の客数については「チラシを配ったら?」「店を綺麗にすれば?」など優しく提案しているのだが、「そんなことやって今のお客さんが来なくなったら困る」「「お客さんが増えすぎても困る」などと言って何もしない。

母の妹などには「あんたのお母さんは本当に自分で何かをしようとしないね…」と言われた。昔からそうなんだろうと思う。

しんどいこと③ 平気で矛盾したことを言う、感情的

例えば「早く結婚しろ」「孫見せろ」というのに、私がこれまで恋人婚約者を紹介しても喜んでくれたことが一度もない。

おそらくいざとなると、「実家に帰ってこないかもしれない」という自分にとって辛い想像のほうが母の中で強くなるのだろう。

結婚して孫が見たい」のは私のためではなく全部自分のためなんだろうな、と思う。

これも機嫌が良いと相手のことを聞いてきたりするのに、そうじゃない時はあまり良くないことを言ったりする。

別れた人のことを「だからあの人はダメだって言ったでしょう」と得意げに言ったりもされた。

あと論理的な話し合いはまったくできないので、重要なことを決めるときに母の意見を仰がなくなる(大学のことや同棲ことなど)のは当然のことなのだが、その説明をしても最終的には何故か母が被害者になって終わるので説明はしなくなった。

同棲はまだ早い」と反対されたことがあるのだが、付き合ってどれくらいで早くなくなるのか聞いても答えてもらえなかったし、結婚しろって言われてる30歳の女であることを考えてもまったく早いとは思えない。

ちなみに今の彼氏ではない人と同棲を考えた時に母親の言う通り同棲をやめたことがあるので、①のような「人の話を絶対に聞かない」ことはない(結果的にこれはやめて良かったので感謝してる)。

そんな感じで、とにかく感情否定してくることが多い。

しんどいこと④ 被害者意識が強い

何が一番つらいかって、①②③に被害者意識の強さを乗っけてぶつけてくることだ。

一番顕著な例は、私が県外の大学に通い始めてから父が病気になったので、母は一人自宅で介護してくれていたときのこと。

これについて毎晩のように電話がかかってきて「お前は両親を捨てた」「介護が辛いか離婚したい」「結婚しなければよかった」と愚痴を話す。

介護が辛いものなのは理解しているつもりで、母にそれを任せる形になってしまたことは申し訳なかったが、将来のため進学しているのに「両親を捨てた」と言われたのは本当に驚いたし悲しかった。

いずれ実家に戻るから、とその時から言っていたのに、勉強を頑張っている最中でそんなことを言われるなんて思わなかった。頻繁に実家にも帰っていたのに…。

何で私が加害者になっているのだろう。そして、周囲に反対されても結婚を決めたのは他でもない自分じゃないか

から、「あんたとお父さんは頭が良いから私は何もできないかバカにされている気分になる」とグチグチ言われ、とても辛かった。物心いたこから勉強しろ死ぬほど言ってきたのはあなたじゃないですか。

「じゃあなんで努力しないの?」という疑問が湧くのだが、それができないから②の「自立心がない」人になったんだろう。

あとよくあるパターンは、体調が悪いときに「どうせ死んでもいいか病院には行かない」とアピールしてくることだ。

「こういう体調で一週間くらい寝ていない」「あんたのことを心配して寝ていない」など。とにかく自分がかわいそうらしい。本当に心配から病院に行け、と言っても「私なんてどうせ」としか言わない。

で、話を聞く限り結局病院に行ってることもあるのだが、大抵その報告はない。

総合すると「マジで母とウマが合わない」。

ハッキリ言ってしまうのも心が痛いのだが、母親じゃなければ絶対に付き合いたくないタイプ人間なのだ

他責志向被害者意識が強く、自分の都合のいいように記憶微妙改ざんし、同じテーマでもその時の気分で私に対する接し方や発言が異なる。

何よりも私が苦しんでいるのが、「愛情はとにかくたっぷり注いでもらったし、すごくかわいがられている自覚がある」ということだ。

母にはすごく感謝しているし、とても愛している。だからこそ実家に帰って面倒を見たいと思っているけど、うまくやっていける自信が年々なくなっていく。

母には長生きしてほしいし、孫の顔も見せてあげたいと思うけど、最近はふとした時に「長生きされたらつらいな…」と思ってしま自分がいて、それがめちゃくちゃ辛い。

これが毒親育ちの特徴だと言われたらぐうの音も出ないのだが、母はほんとうに優しくてお茶目で人に好かれるし、よく友人たちからもうらやましがられた。

それだけに、先述したような悩みを友人に打ち明けると「あんたのお母さん、意外なところがあるんだね…」と口をつぐまれることも良くあった。

70歳の人間に今さら人格を直してもらうことなんて不可能で酷なことだと思っているし、文字通り伝えても理解できず直せないことも分かっている。

たぶん、多くの人には「縁を切れ」とか「関りを薄くしろ」と言われるんだと思うけど、母を愛しているだけにそれができないのが苦しくてしょうがないのだ。

私のような葛藤を抱えている人ってたくさんいると思うんだけど、みんなはどうしているんだろう。

泣きながらこの増田を書いていて、私もしかしたら結構限界なのかな?と思っている。

2018-05-12

anond:20180512092214

増田は何一つ気にする必要はない。

まず初めに母親父親秘密にすると誓わせたのがそもそもおかしい。

ブクマカトラバどもはアホみたいにそこを責めたててるが、最初から邪悪約束は守らなくていいんだ。

配偶者ゼロ親等、一親等の増田より上、万が一の場合喪主になる、そんな相手に隠そうとするのが間違っている。

第一、手術の同意書はどうしたの? 子供増田まさか書かせたの?

父親が屑人間であることを母親は知っていたのにそれを隠して流して生きてきた。

しかもそのツケを自ら引き受けようともせず、増田に頼り、増田が支えきれなかったら裏切りと責める。

母親は最悪離婚すれば他人だが、増田は一生屑の父親と親子でいなければならないのに。

癌の手術だって失敗すれば母親は死んで、パニックで騒ぎ立てる父親増田一人でどうにかしなくてはならなかったはずだ。

夫婦は合わせ鏡。父親が屑なら、それと関係を続けてきた母親も屑だ。

子供騎士にしようとする母親を、決して許してはいけない。

増田は何も悪くない。

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