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はてなキーワード: 気づきとは

2021-09-15

25歳の陰キャ女、この歳になってようやくコスメとかファッションとか「オシャレ」の楽しみ方が少しずつ分かってきたよ

10年前に気づきたかった……嗚呼陰キャ女の灰色青春よ…二度と叶わぬ青春よ…

とりあえず明日は秋っぽいスカートリップを買いに行きたい

2021-09-14

コンビニセルフレジ

NewDays>>>>>>>>>>>>>ファミマ>>>>>>ローソン


ローソン

決済方法選択

電子マネークレジットカードバーコード決済/全額ポイント支払]

電子マネー選択した場合は種類を選択

交通系iD楽天EdyQUICPayWAONApple Pay]

レジ袋の有無を選択

[有りの場合は枚数も指定

商品バーコードスキャン

「購入する」ボタンを押す

ポイント読み取り方法選択

カードスライド携帯スマホタッチバーコードを読み取り/持っていない]

ポイントカード登録

決済



ファミマ

ポイント有無&ファミペイ有無を選択

[ファミペイ+ポイントカード/ファミペイのみ/ポイントカードのみ/持っていない]

ファミペイ有りの場合はファミペイバーコードを読み込み

ポイントカード有りの場合ポイントカードの種類を選択

dポイントカード楽天ポイントカード/TカードモバイルTカード

ポイントカード読み込み

商品バーコードを読み込み

レジ袋が必要場合は併設レジ袋のバーコードも読み込み]

「お支払へ」ボタンを押す

決済方法選択

[Tマネー交通系iD楽天EdyQUICPayWAONクレジットその他/バーコード決済/ファミペイ/ポイント支払]

決済



NewDays

商品バーコードを読み取り

レジ袋が必要場合は併設レジ袋のバーコードも読み込み]

「お支払いへ」ボタンを押す

決済方法選択

交通系クレジットカード楽天EdyWAONnanacoiDQUICPayバーコード決済]

決済



他はミニストップにもセルフレジあったはずだが1回しか使ったことないのでわからん

セブンは完全なセルフレジはなく、支払のみがセルフになっているレジの導入を進めているよう。特段おかしなところはないのに微妙に使いづらいと思っていたが、レジ機はたいてい店員に対して右側に来るように設置されているため客側からは左に置かれることになっているからだった。左利きはいつもこんな不便を強いられてんだなという気づきを得た。

2021-09-13

anond:20210913152826

ぐうの音も出ないです。やはり他人から思い切り指摘されるとすっきりできてありがたいです。

劣等感の解消に恋人を付き合わせてしまった罪悪感が大きいことに気づきました。

2021-09-12

anond:20210912224216

たまにでも眺めてる自分がソイツより下衆いっちゅうことには気づきたくないんやな😩

オタクが恥ずかしくなった日

前置きとして、私は一般的に言うオタクです。

中学生の時はリ○ーンや銀○や○.Gray-manなんかを通り後に、女性向けジャンルにハマって「○○くんは旦那さん☆」なんて言って1020代は順当に黒歴史を積み上げて生きてきた人間です。

30を少し過ぎた今、オタクであることが恥ずかしくて仕方がないと痛感したもで書き捨てていきます

コミュニケーション

前述のような痛いオタク青春時代を過ごした私は、学生時代の友人も同じような趣味人間に偏っていました。

ここで友人をA子B子しま

2人に共有しているのは、極度に他者とのコミュニケーションが苦手なこと。

例えば友人とファミレスに行くと、オーダーの時2人とも小声で自分の食べたいものを私に向かって言い、私が同じことを店員に伝える。

オー!マイキー』に登場するボブ先生とボブママ状態と言えばわかる人がいるだろうか。

オタク同士で趣味の話をする時はやたらデカい声で騒ぐのに、それ以外の人間とのコミュニケーションが全く取れない。

私は昔から我が強く比較外交的タイプであった故か、友人たちと外界との窓口になってきた。

お互い大人になってたまに集まると、未だに相変わらずオーダーは私に向かって小声。

店員はA子やB子に向かって紅茶ホットアイスか尋ねているのに、2人とも私を見て小声で「アイス」なんてって言ってくる。

どんなお店でもこの状態で毎回店員さんはやりとりをしづらそうにしている。

でも自分の好きなジャンルの話は周りもドン引きテンションで話す。

私はそのジャンル全く興味ないって何度も言ってるのに布教と称して一方的に語られるのも辛かった。

趣味で盛り上がるのも学生時代は楽しかったけど、今では冷めた感情を抱くしかなかった。

TPOがわからない

学生時代仲が良かった友人Pちゃん結婚式の時があった。

Pちゃん自体オタクではないが、私を含めてA子とBことも接点があったため招待してくれていた。

席に着くなり2人のカバンから出てくるわ出てくるわ俗に言う『もち』『まんじゅう』『アクスタ』の数々。

彼女たちは自分推しを、テーブルに綺麗に並べてスマホ撮影

そのスマホキャラクターデカデカプリントされてたり、どう見ても本人に似つかわしくないデザインなのでキャラクターモチーフ系と思われる物。

挙句Pちゃんと友人みんなで写真を撮る時も彼女たちの推しも一生。

もう一度言うが、新婦であるPちゃんオタクではない。

そして私たちも30といういい歳した大人なのである

テーブルにグッズを並べ始めた時点で流石に見かねて「そういうことは他人結婚式という場でやるものではないよ。」といった旨を彼女らに伝えたが、「えーでも〇〇くんたちもお祝いしたいって言ってるからぁ〜...フフフッ!」と言った返答で諦めた。

後に確認して彼女SNSには写真と共に『(推しカプ名)が結婚しました/////』と投稿されていた。

A子が行きたいと言い出して誘われた格式高めのホテルアフタヌーンティーでもずっと男言葉全開で自分の好きなBL推しカプの話をされた時も嫌だった。

どんなシチュエーションでも自分がどう思われるか全く気にせず趣味を主張し続けることが何かのステータスなんだろうか。

ファッション

遊びに行くときB子格好が、タボダボの無地のネイビーシャツ・パツパツのデニムダボダボのグレーのロングカーディガン・黒のショルダ・爪先のところがくしゅっとしてる茶色バレエシューズ。そしてすっぴん

目立つのが嫌だからと地味な色しか買わなかった結果、地味な色オールスター感謝祭結構されてしまう。

本人は地味な色という統一感を感じて安心して家を出たかもしれないが、一般的には大事故だ。

というか、根本的な問題として学生時代の持ち物と変わらない。

新しいものを買っていないというわけではなく、毎回似たものを買い続けているせいで不変が生まれている。

A子の服装は『擬態』と称したファッションであるサイズ感や着丈のバランスもめちゃくちゃ。配色も全身推しキャラ担当カラーを好きなCPイメージで固められている。そしてすっぴん

一般的に『擬態』の定義は、オタクっぽくない非オタキレイ女性雰囲気に近づくことを指していると考えていた。

まり「えっこんな綺麗なお姉さんがオタクなの〜!?」というノリを想像しているのだろう。

他者からの外見的印象とは、洋服だけじゃない。

髪型や髪色、アウターや靴や靴下カバンも含めて洋服バランストレンド感、自分の体型にあったもののチョイス、それらとバランスの取れたメイクか。

パッと考えたけで『擬態』端的に言えばオシャレな人に見せる行為というのはものすごく大変である

見様見真似で1日2日で簡単にどうにかできるものではないのだ。

そしてこれは男性オタクダメファッションにも挙げられるが、自分の服のサイズがわかっていないのは共通している。

原因としては、MやLだと入らない気がしてXXLなどを毎回購入しているとのこと。しかし2人とも中肉中背である

そしてメイクもよくわからないし、グッズ買い過ぎてお金に余裕がないかコスメを買おうとも思わないと。

自分はオシャレではないが、20代前半で自分ダサいことに気づき、遅れを取り戻すようにPC診断や骨格診断を行い3サイズや肩幅なども定期的に測って洋服サイズを細かく見て必ず試着して購入、美容室にもこまめに通って特にコンプレックスがあった部分なので昔の自分ダサいと気付かず30を越えた場合の姿を見ているようで本当に許せない気持ちになっていた。

結論として、自分自身もオタクであった。

しか学生時代20代前半は許せていたいたことが年を重ねるにつれどんどん許せなくなり今に至る。

公共の場オタクグッズを広げないで欲しい。

公共の場BLとかの話をしないで欲しい。

公共の場で汚い言葉使いやプギャーとか死語含めてオタク用語を交えて離さないで欲しい。

大人なんだから他人と会話できるようになってほしい。

大人なんだからグッズ買いすぎてお金ないとかやめて自己管理して欲しい。

大人なんだから求められる身だしなみが歳とともに変わることに気づいて欲しい。

こんなことが20代の後半から積もっていき、30を超えてついに爆発した。

一緒にいるのが恥ずかしい。もっとオシャレな友達が欲しい。

オタクであるというのは彼女たちと同類世間的には見られるんだろうか。

昔は楽しかったのに、今はこんなにも恥ずかしい。

恥ずかしい。恥ずかしい。

気づいたらずっとクローゼットしまったきりだった過去に買ったグッズの処分を始めていた。

山のようなゴミ服を見つめながら色々な思い出を振り返りこれを書いている。

書き終わったらA子とB子LINESNSブロックする。

2人がそのままでいいならいいのだ。

こちらが強制的に変えたいわけでもない

しかし私は変わってしまった。

ただそれだけの話。

2021-09-11

”さっくりそん”

約 8 件 (0.27 秒)

イリヤ座のさっくりそん على تويتر: "易者の気づきはかつて突然に ...

https://twitter.com › semagist007 › status

イリヤ座のさっくりそん · @semagist007. 成人済み見る専リツイートアカウントです^ ^. RIP. انضم في نوفمبر ٢٠١٥. Tweets. © 2021 تويتر; عن تويتر · مركز المساعدة ...

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アナアンナ)ズレモンシンズクッキー - こもも

https://47219.diarynote.jp › ...

2005/09/13 — 大人向けクッキースウェーデンのですよ。ごてごてしたクッキーはもう嫌だという方は是非。とっても薄くって、さっくり、そんでちょっとほろ苦い(これがいい!)んです。味はジンジャーとかカプチーノとか色々あります

47219.diarynote.jpブロック

ふふ

2021-09-10

anond:20210910172938

丁寧に説明してくれてありがとうサロンでの洗顔指導とか興味あるな。普段ネット上の文字映像ばかりだから直に教えてもらったら色々と気づきがありそうだ。

色々と道具を使ったりもあるんだな。洗顔にブラシってのは意外だった。

2021-09-09

社会不適合VS多様性社会

都内私大文学部出身です。

いつも、同じ大学に縁のある人間たちが、隣駅の駅前ロータリーを汚していて、

恥ずかしい思いでいっぱいです。

随分前ですが、学生時代文芸をやっていました。

その頃の知人とは、今もSNS交流があります

ただ、ほとんどが就職を拒み、

さらなる学びや、芸術世界への羽ばたきをたのみにしている人達です。

自分は、既に就職して数年経ちます

自分にとって彼らは、勉強はできるが社会に合わせない人、という印象です。

正直、生きている世界の違いに、戸惑います

彼らを見ると、

「俺より歳いってんだから、いい加減就職したらいいだろ…」と

「この人が就職する会社可哀想だな…」の、

両方の感情を抱えます

そうした時、自分は、『何も見なかった』ことにしがちです。

自分の食い扶持くらい自分で面倒見るべき、

という自分の考えが、

多様性」の物差しで見たら古さや因習のくくりに入る考えなのだろう、

と分かりつつも、

でもそれが正しいよな?と

結局自分価値観他人排除したくなってしまう、

自分の醜さに耐えられなくなって思考を辞めます

相手を軽んじながら、相手侮蔑する自分を認めないために

自分思考すら完遂しない、ということが、

自分の誇りを傷つけている気がします。

学びの豊かさが至上という人達の、

学びへの愛情や熱意や、

そうした言葉では表せないほどその人自身癒着した実感を、

否定したくはありません。

彼らのそういうところを、

まあそういう奴だよな、と、

隣人として愛しています

からこそ、その人たちの前では、

「働くことは結局は悪なんですよ楽しいですけどね」というポーズを取るしかなくなります

彼らと労働の話になってしまうと、

働くことはつらいけど楽しいと思っている自分を密かに殺しているような、

俺をこんな目に遭わせているのはこいつらだ、と相手を憎みたくなるような、

底意地の悪い気持ちになります






話は変わりますが、以前、その中の一人と、

食事ついでに何かいものを見ようと、

美術館を訪れたことがあります

彼は、不忍池の周りを意味もなく歩いたり、黙り込んだり、話したり、

弛緩ばかりの時間を共有してくれる、数少ない友人です。

自分の入館料を出そうとすると、彼は

「俺の手帳でタダで入れるからいいよ。

これくらいしか先輩らしく奢れないから」

と言いました。

自分は、固まってしまいました。

それはあなたに奢られた訳では無いだろ

あなた障害を俺が言い訳に使うのは違うだろ

俺は入館料も払えず美しいもの無償享受するような人間ではない

先輩らしさとは奢りのことなのか?

先輩らしさとは後輩に手帳を見せることなのか?

しかしこれらは”日本的な”健常賛美に基づく人格否定だ、

それをこの人に投げかけるのは俺の情が許さな

この人の厚意を無碍にしてまで俺がプライドを通す必要は無い

今日は楽しかった、この人が障害を持つことでこの先遭遇するだろういくつもの苦しみのひとつに、今日を加えたくない

乱れる思考のなか、咄嗟に掴んだ言葉は、

「あ、じゃあ、それで…」。

美術館は印象的でした。

洗練された気持ちになりつつも、

胸の奥に何かが引っかかり続けていました。

その人と美術館に行くことはもうないでしょう。

働かなくても(公的な補助と親の支援で)生きていけるという人たちが、

熱心に自分思考時間を費やし、

学食の安いメニューで一日をしのぎ、

障害手帳を駆使して芸術に親しむ暮らしを、

惨めでみっともないと感じてしま自分気づきました。

自分の醜さを恥ずかしく思います

でも変わりたいと思えません。

彼らの魂の高潔さと、自分の魂の高潔さは別の種類のもので、

彼らを清くするために自分が汚れる必要は無いと思います





長くなりましたが、

そういう汚さを飲み込んで生きていくのが、

多様性社会なんだろうなと、

社会適合」側にしか立てない自分は、

勝ちも負けもせず思います

みなさんはどう思われますか?

2021-09-08

なぜオタク妊娠を好むのか

かつて誰が言ったかオタクとは「エロ漫画で抜ける者」を指すらしい。

曰く、普通の男はエロ漫画では抜けない、と。

それはともかく、なぜオタク妊娠を好むのか?

エロ漫画を読んでいると頻繁に妊娠示唆する描写が現れる。

思いつく限り挙げると、

・膣断面図を用いたグラフィカルな受精描写

・「今日安全日(ウソ)だから中に出して♡」

・「孕め!孕め!オラ!!」

・「おまえがママになるんだよ!」

・オークやゴブリンの子を孕むエルフ

等々・・・

これらの描写3次元エロコンテンツ(AV等)ではマイナーだ。

顔射、挟射、外出しが一般的だし、中出しプレイがある場合も「中に出す」ことが目的であり、妊娠について特に触れることはない。

妊婦モノに至ってはさらに稀だ。

なぜこのような傾向の差異がみられるのだろうか?

プレイボーイ・プレイガールの多い増田諸氏ならとっくにお気づきだろうが、現実における妊娠はとてつもなくめんどくさい。

セックスが好きなら極力避けたいものだ。

日常的にセックスを嗜む男たちは女が妊娠したとわかるや否や、あの手この手を使って責任から逃れようとする。

中出し気持ちよさは得たいがめんどくさい妊娠は極力避けたい。

それが普通の男というものだ。

ではなぜオタク妊娠を好むのか?

まず考えられるのはオタクにとって現実セックス幻想に近いものだということだろう。

日常的に女性と接する機会すらない非モテオタクにとってセックスファンタジーであり、妊娠させると自分気持ちよくなると勘違いしているのかもしれない。

いやいやまて、と。さすがにオタクと言えども一度もセックスしたことがない者は極少数だろう。

お金を払えばだれだって体験を得られるのが現代社会だ。

と、ここで核心が現れる。

そう、オタクセックスはできても妊娠はさせられない生き物なのだ

オタクにとってセックスとはお金を払ってするものであり、もちろんその際はゴム有りのセーフセックスが基本である

よっぽどの間違いが起きない限り、妊娠させてしまうことはない。

からこそオタクにとって妊娠は憧れであり、だからこそオタク妊娠を好むのではないのだろうか。

BBCウーマノミクス記事

ゴールドマン・サックスは、新卒採用での男女比目標を「50:50」にしている。

同行は、エンジニア雇用する新入社員候補女子学生が少ないことに気づき2019年にはコーディングの基礎を教えるワークショップを始めた。その背景には、大学工学部における女子生徒の割合が約15%にとどまっている事実がある。

真の女性活躍の推進は、日本政府企業課題でもあると同時に、日本人女性意識問題でもある。

(出典:https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-58473035)

ウーマノミクスって、興味のない女子学生に無理やり理工系に行けと煽ることなん?

女子学生が好き好んで集まってくる学問でも安定した賃金が得られるように頭をひねることじゃないん

2021-09-07

ssig33

近所に住んでいるっぽいことに気づき震えている。

2021-09-05

独身男性が太ったなと思ったら単性生殖していて

だんだん体調悪くなって、何かがおかしいけど途中で妊娠していることに気づき、誰にも相談できないで、ある日自分そっくりの子供が生む羽目になったら怖い

元の独身男性をタロウAで新たに生まれた子をタロウBとすると、タロウBには危険を感じると単性生殖する機能が備わっていたら怖い

最初は怖がっていたタロウAもなんとか隠しながらタロウBを育ていたけど、タロウBが生後一週間で「これ美味しくない」ってしゃべって、タロウBが完全に人間とは別種だと悟らされたら怖い

そのタロウAはタロウBに恐怖のあまり手を挙げてしまうんだけど、その危機に応じてタロウBが幼い体で単性生殖してしまったら怖い

ロウAはあまりの気味の悪さに吐いてしまうんだけど、その恐怖でタロウAも再び単性生殖していたらつわりだったら怖い

ロウA自身が恐怖が単性生殖トリガーであることに気づきそもそも自分が単性生殖してしまったきっかけが自殺未遂だと思いだしたら怖い

ロウBにもタロウAの気質が明らかに受け付けられており、タロウBが「こんな自分嫌だ、死にたい」とか言っていたら怖い

ロウAが自分自殺の恐怖を乗り越えることができずに死という恐怖を感じることで単性生殖する化け物だと自覚したら怖い

ロウAが発狂の雄たけびを上げたとたん、押し入れやタンからさなロウたちがわらわらと出てきて、自身が気づいていないだけでずっと単性生殖していて、恐怖の大きさに沿ったタロウを生んでいたことを悟ったら怖い

※この場合、タロウオリジナル死体が押し入れから出てきて、すでにタロウAはタロウオリジナルの恐怖からまれた別個体だっていうパターンはそんなに怖くないし好みでない

2021-09-04

桜庭一樹のアレを読んだ

メタ的な視点になるが、面白かった。

まず前提として ”わたし原稿に〝介護中の虐待〟は書かれておらず、”という、一連のアレのしょっぱなに位置する桜庭一樹の主張は正しく、件の夫婦が老々介護であったというのは分かるようになっているが、虐待と読むのは明らかな誤読であろう。

で、内容は多岐にわたっており、田舎の人々の行動や東京での自分現在仕事・交友関係山陰伝承風俗など題材が描かれている。

当該シーンはざっくりいうと「人間記憶はあてにならんよ」というテーマの一つのクライマックスシーンなのだ

桜庭一樹投影である主人公の冬子は当然、自分の都合のいいように記憶改竄している母親に呆れ、批判的な目を向けているのだが、

あくまでそれは「他者限定の」愚かさだ。

桜庭一樹は「自分の書いたことが唯一の真実であり鴻巣友季子の書いたことは間違い」と断言できるし、鴻巣友季子斜め読みした無能の売文屋と断言できる。

冬子が自分の都合のいいように記憶改竄しているかもしれないという自省も畏怖も気づきもそこには存在しない。


わたし原稿に〝介護中の虐待〟は書かれておらず、」は事実としても、そもそも、なんで「そのような事実はありません」と断言できるのか。

24時間365日見てなけりゃ虐待してないとは断言できないはず。 現実老人保健施設における入居者虐待だって見てないところでされてるわけで。

作中の冬子はほとんど鳥取に帰っていないんだ。年末年始帰省しても実家には夕食食べに上がるだけで、食べ終わったら夜はホテルに泊まってると記述されている。

そういう意味で、鴻巣友季子が言うように老々介護の間に虐待があったかもしれない、というのはまったく可能性がないことではない。

冬子が自分の都合のいいように記憶改竄しているかもしれないという自省も畏怖も気づき存在しない。

読者が桜庭一樹自分を同一視し「ああ、ジジイババアしょうもないあいつらは愚かでズルいな」と軽蔑するその場所は、嘘松読んでスカッとするのと大して距離は離れていない。

2021-09-02

プリンセス・プリンシパルを見た

久しぶりにアニメが見たくなったのでオリジナルで短めのものを探し、宇宙よりも遠い場所と迷って現代舞台じゃないこちらを選択

総評としては、ビジュアルアニメーションもすごくいい。ただし雰囲気は良いがところどころ肌に合わないところがある残念作。続編が映画で作られてるそうだが、たぶん触れないと思う……。

リアル世界に不自然演出が盛り込まれすぎなんだよぉ!

あらすじ

19世紀末。アルビオン国は強大な軍事力である王立航空軍通称「空中艦隊」により世界勢力図を一変させ、アルビオンから産出される新時代動力源であり、特定範囲無重力化することのできる「ケイバーライト」を独占することにより、ローマ帝国の再来と謳われる覇権国家樹立していた。

しかし、議会共和である「アイアンサイド党」が主導する革命の結果「王国」と「共和国」に分裂し、アルビオン王国アルビオン共和国の両勢力により東西を隔てる「ロンドンの壁」で分割され、以来10年、各国のスパイが暗躍する「影の戦争」の最前線となった首都ロンドン。その王国領域にある名門校クイーンズメイフェア校に通う「博物倶楽部」の5人の少女には、王国に潜伏する共和国側のスパイ組織コントロール」に所属するスパイという裏の顔があった。

共和国とて一枚岩ではなく、政府は穏健共和派だが、軍の一部で強硬革命推進派が策動する中、5人は各々の能力立場を活かし、時には悩み傷つきながらもスパイとしてロンドンを駆け巡る。

Wikiより。

OPED

OPはあまり気に入る部分はなし。ひとつ挙げるとちせ殿の横顔がイイ!曲は唸るような?歌い方がそんなに合っている風には思えなかった。

ED曲は結構好きで、一聴してリンゴ日和っぽいなと思った。今調べたらアマゾンレビューでも似たようなこと書かれてて、吉良さんを思い出し少し悲しく。映像モンハン3rdみたいな紙質感で好き。

EDのような球体を歩く感じの演出が好きなのだ脳内がヨシヒコに完全に乗っ取られていつも山田孝之がちらついてきて非常にウザい。ヨシピコ見たくなるから出てくんな。閑話休題

音楽

特に印象はなし。梶浦由記氏?へー。まどかも劇半はマミさんテーマ以外グッと来なかったしBGMの相性は自分と悪いやも。

キャラデザ

スタッフストーリーも調べずに見始めたので女の子かわいいなー程度に見ていたら2話ぐらいで黒星紅白?と思い出し3話でちせのマロ眉を眺めて確信した。

氏は好きなのでラッキーと思いつつも、氏がキャラデザ原案か。した作品アニメはあまり評判が良くない印象があるので一抹の不安を覚えた。

キノさん…ディガイアポッピンQ…ズヴィズダー…

アリソンも改変されたんだったかな。見ないけど。

シゴフミはまあまあ好きだったよ。


キャラとは直接関係ないですが王族上流階級設定ならドレスは毎回変えてほしかたかな。いいデザインだったのでもっとたかったという意味で同じドレスで出たときはすこし残念。現実でどうだったかは知らんけど。

1話

非常に良かった。キャラクターの顔見せや世界ビジュアルなどの雰囲気も良好。期待が持てる1話だった。

特に主人公が発砲したシーン。天邪鬼なので撃たないんだろうなと思いつつ撃てよ撃てよ撃てよ~と願っているので撃ったときはヤッター!となりました。

この感動は鉄血のオルフェンズ以来で、すごく期待してしまった。まあオルフェンズはほぼ右肩下がりでそれに倣わないことも願いましたけど。

時系列シャッフル

割とかっきり直線のストーリーがある、オムニバス系でないアニメ作品だとハルヒ以来かな?ハルヒ原作読了済みだったので新鮮に楽しめたと思う。

キャラクター

アンジェ

主人公

わかりやすい嘘つき、低感情個人的好きな要素が多くて好きだったキャラ。声も一番好きかな。引退したけど。

能力は万能と無重力化によるアクションだけど、超人的動きはちせが(特に理由なく)できるので被ってる気がしないでもない。非常に高い跳躍や高高度降下や運搬が見せ場か。

できればもっと動きの嘘を利かせてスパイダーマン的ワイヤーアクションがあれば映えたかも。

無重力装置が回光通信機としても使えるのは良いアイテムギミックでした。

ドロシー

チームリーダー20歳能力は「お色気」。後述すると思うが「お色気」要素はいらなかったと思う。年長者としてのお姉さん役、組織との連絡役とキャラを引き立てられる要素はしっかりあるのでそっちに割り切ったほうがよかった。

おそらく一番感情移入しやすキャラに作られているので素直に好感度が高い。ギャルゲー化して無目的プレイすると自分ならドロシールートに入るはず。

ベアト

プリンセス命で巻き込まれなんかスパイの一員になっていた人。能力は「声だけコナン君」。ダイアルを回すだけで即座に声を似せられるのはインチキくさいがコナン君で慣れすぎて受け入れている自分が居た。

立ち位置がよく飲み込めなかったけどあまり葛藤など描く暇もなく素人スパイ活動してる。

行動原理プリンセス第一主義なら受け入れられるのだが……

4話で二手に分かれる場面、5人なので必然2・3になるのだが残ったベアトが悩んだ末「プリンセスが居ない二人組み」のほうに参加してしまう。ベアトが参加できてないアンジェとドロシーの会話でなんとなく「その他3人」に入れられた流れだけど2話や3話からもわかる強い過保護プリンセス第一主義者なら無理にでもプリンセス側について行くかなと強く解釈違いを感じた。時系列シャッフルなのでちせ参加後から見て強い信頼感ができている時期ともとれるし、一応迷う動きも描いたしとも受け取れる。

3話の和解後は楽しそうにやってるが彼女スパイになる彼女なりのメリットがなにかひとつ提示されていればなおよかった。

プリンセス

プリンセス能力は「プリンセス」。優越的地位濫用してフリーパスしていく。アンジェとのバックボーンは良かったがいかんせん人当たりが良すぎて影が薄い。学校や仲間内ももう少し諧謔的にプリンセスを使い引っ張っていく強引さを見せれば7、9話でキャラが立ったかなと。

強固な思想はあるものの実現への行動を描く暇がなく、そういうのは劇場版でやっていくのだと思う。

なんだかんだで2話と8話好き。

ちせ

個人的問題児。わたくしファンタジーにおける東の島国やKATANAが非常にアレルギーなのですが真正面にぶっこんできたキャラ

容姿性格・声と高水準でよきなのがなお狂おしい。

こういう日本人キャラ日本人が作ること自体が少し寒気を覚えるのですが逆に他国人をこんな風に描くのも時代的に難しいかなぁ。

異なるカルチャー同士の交流は好きなのですがそこに漬物相撲土下座などを入れられると…9話は良さ1/3苦手さ1/3、この作品の悪さ1/3で出来ております

能力は「白兵戦」。余裕で弾丸を見切って弾く。

彼女の一番の問題点は話し方。「~じゃ」や「~しておる」と古風な話し方だが、当然舞台ロンドン英語コミュニケーションしているはずじゃ。

舞台外国異世界のもの日本語で見るときは、特に説明がなければ翻訳吹き替えを見ていると解釈しているのですが、そうすると彼女(に限らず日本人)の正解は「カタコトの英語」を翻訳した「カタコトの日本語」になるのかなぁ、と。外交官免除でいいけど。作中、日本人同士でしゃべるときとそれ以外に差異がないのが気になる。それだけだとギリギリギリギリ受け入れられるラインなのですが、主人公学生として振舞うとき田舎物設定として「だべ」口調でしゃべるのですよ……普通に考えると「英語地方訛り」で田舎物を演出していて、それを翻訳して「だべ」口調になってると見るのですが、じゃあちせの「~じゃ」口調などはどう考えればいいのやら……

滞在は最終的に4ヶ月以上。しかし初期から話し方は変わっていない。辞書を引くシーンもある。と非常に解釈に悩みました。超人体術日本語の固有表現も堪能に訳せられる超人語学力を併せ持っている超人説は採りません。

背景とアクション、よかったです

詳しくないのでどうよかったかは書けないのですけどね。ロンドンの街中もよかったし学校草原と空のような明るい絵もきれいだった。街は1話の霧たっぷりなのも良いけれど日中や雪中など変化に富んでるし下層市民も焦点になるので下町感もあってよかった。話数があれば偽装としての博物倶楽部活動学校の中と5人の楽しそうなショットがあればよかったな。

アクション最近アニメで悪いと感じるほどの質は出会いにくいので比較するものでもないでしょうけどよかったんじゃないでしょうか。1話と5話は文句なしに見入りますメリハリというかタメが効いたような動きだったような気がします。あとはぼんやりですが車の加速がとんでもなくすごかったような記憶があります

ないことのよさ

は往々にして気づきにくいもの

今作の感想ひとつとして傑作百合アニメと評しているものがあります

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886711486/episodes/1177354054890392693

これを見て逆に私は、この作品は「百合恋愛もない良いアニメ」だと思いましたな。男性とのロマンスはなく、仲間内でも過剰な身体接触すらない。それらが苦手な自分ストレスフリーで見れていたことがわかったわけで。アンジェプリンセス関係性は非常に感情を揺さぶものでありましたが、これを百合と称されてしまうとうん?となる。自分百合アンテナは低いですし「尊い」という言葉自体にはなんとなくそうだねと言えそうなもの同性愛とまでは絶対いかないよな?と。百合も広くなりけりで友愛も含められるとむにゃむにゃ…マリみて百合かむにゃむにゃ…とかくメインキャラ内でドストレートな性愛はないです。自分センス百合作品判定ではなし。百合として見れるは何でも見れる!どう見えるかだ!捕まってあれこれしてやるぜゲヘヘ未遂もなし!たしか!ハニトラは除く!ごめん軽い女衒未遂はあった!

ガッカリスパイ最前線

最初の数話は国の分裂と

"各国のスパイが暗躍する「影の戦争」の最前線となった首都ロンドン"

が繰り返し説明されるのでスパイが入り乱れる話かと思ったのだが、主に描かれるのは主人公たち共和スパイ敵役ノルマンディー公のスパイ公安王国側とあとほぼちせしか居ないが日本ぐらいしか登場しない。終始アルビオン国で完結していて肩透かしを食らった感は否めない。12話でこれ以上の複雑さは望めないか

シナリオもだいたい王国側の暗躍を検知して先回り…といったもので、もちろん知らないものは知れないのでしかたないがほぼしかける側であまり緊張感がない。逆に2話終盤は緊張感があってよかった。

ガッカリコントロール

共和スパイ司令部コントロール」。その描写がにんともかんとも。電信室と併設の狭い部屋に大人が4・5人テーブルを囲んで詰まってる。机上に紙はあるがその数は少なく、ないことも多い。壁には何の物もない。

全員がほぼ手ぶらに近しい状態で話し合い意思決定してるのだが…みんな頭の中にすべて入っている超人なんか?移転隠滅の容易性のために質素なんか?彼らは意思決定機関として描かれているが、「高度な意思決定」がされているようには見えない。これがスパイリアル描写なのかもしれない。私はリアル描写も好きだ。でもここはもっとケレン味を効かせてほしかった。ほかの部分でははったりたっぷりなのだから

ガッカリスチームパンクパラレルワールド

舞台19世紀末ごろから無重力を引き起こす「ケイバーライト」を契機に異なる歴史を歩んだ地球ロンドンスチームパンクに類するSF要素を含んだ作品である

である、のだが。ぶっちゃけSF要素はほぼ無い。(前面に押し出されてはいない)

肝心のケイバーライトを使い覇権を取った「空中艦隊」はほぼ作中に絡まない。出ても大きな飛行機以上の役割は無い。では国内ケイバーライト活用して発展しているかといわれればそのような描写もない。ところどころで蒸気が噴出する機械仕掛けがあるがビジュアルや目くらまし以上の意味もない。ケイバーライトを使っているか不明1話ケイバーライト障害が軽く触れられたがその後はなし。扱いも公害病程度か。そもそも王国側ではケイバーライト装置の小型化が実現できておらず、公式HPではもう少し詳しく書かれているが作中でわかる範囲では携帯用まで小型化できている、そのことを知っているのは共和国内スパイ組織内のごく一部、即ち使うのはほぼ主人公のみである

その主人公装置を使った常人はるかに超えるアクション常人以上の動きを理由無く生身でこなす仲間が隙間を埋めてしまっている。携帯用小型ケイバーライト装置物語のカギというわけではなくて…TVシリーズ範疇では別にSF要素を入れることなく分断が起きた19世紀末でも成立しそうで、主人公にはほかの得能を持たせてみてもよかったんじゃないかなとも感じた。

anond:20210902215251

anond:20210902170143

こういうイベントのたびに、「あれ天皇制っていらなくね」って、みんな徐々に気づき出すと思われる。

2021-08-30

ブラインドサッカー日本ブラジル試合

ブラジル強すぎ

見えてないのにドリブルフェイント入れて交わしてくるし、サイドチェンジガンガン通してくる

さらワンステップやノーステップで打ったシュートが正確かつ強烈

特にサイドチェンジがエグい

日本は一人にほぼ全員で当たって囲んでボールを奪おうとするんだが、ドリブルで引き付けてからのサイドチェンジであっさりかわされる

浮いたボールから音では気づきにくい

当然ブラジル選手ボール位置を把握しにくいはずなんだが、それをピタッと足元で止めてくる

ある程度予め決めた位置に向けて蹴ってるのだとは思うんだが、それを試合の中で実行するのはかなり難しいはずだ

受け手自分現在位置を正確に把握しておかないといけないし、出し手は味方が居るであろう位置に正確に浮き球のパスを通さなきゃいけない

それをポンポン決めてくるんだからちょっと次元が違う強さだった

このブラジルに勝てるチームなんて存在するのだろうか

2021-08-28

アイアンリーガーに騙された -2-

1(https://anond.hatelabo.jp/20210828215226)のつづき

プログラムされた意思

 第九話では、トップジョイの正体と過去が明らかにされる。もともとダークスポーツ財団で「作られた」トップジョイは、ショックサーキットという枷を掛けられ、スパイ行為を「ほとんど」強制されていた。これまで意思を持ち、それを自由行使できると思われていたロボットが、実はそうではなかったということが、ここで明らかになる。

 もちろん、ショックサーキット自体第一話の時点でマッハウインディに埋め込まれた形で登場している。ダークスポーツ財団ロボットたちに背反を許さないようにし、彼らの自由を奪っている事実は、物語の冒頭から提示されていた。

 だが第九話から続くトップジョイ物語は、マッハウインディがショックサーキットに苦しみ、そして克服した第一話・第二話とは少し様子が異なる。マッハウインディが自らダークの元を去り、早々にショックサーキットを切除して完全にダークとの絆を絶ったのに対し、トップジョイはそこから十三話まで、「自らの意思で」ダークとの関係を持ち続けているのである

 トップジョイが――シルバーキャッスル好意を抱き、マグナムエースから手を差し伸べられていたにも関わらず――なぜ十三話までダークとの縁を切らなかったのかについては、明確な描写がなく、少々解釈が難しい。ここから先は憶測比重が非常に大きくなるので、ご容赦いただきたい。

 第九話で、トップジョイはフェアプレーを重んじるシルバーキャッスル、及びそれに共感する子どもたちを「理解できない」と言った。「ラフプレーをすれば客は喜ぶ」「客を喜ばせるのがアイアンリーガー」だと。

 これは、シルバーキャッスルを内部から撹乱するというスパイ行為による言葉ではない。トップジョイ本心だ。彼は本心ラフプレーを正しい行為と捉えているのである。同じ本心で、第八話でキアイリュウケンオーナーの絆に涙し、子どもたちと純粋交流を楽しんでいる一方で。

 同時に、九話ではトップジョイ過去と思いが垣間見える。「楽しむ」ことを大切にした結果、バスケットチームから放逐された過去。それでも忘れられない、バスケットリーガである自分に向けられた観客の歓声。あの場所に戻りたいという思いが、トップジョイ根底にある。

 彼がぎりぎりまでダークとの絆を絶てないでいたのには、この思いが大きいのではないだろうか。トップジョイがダークに従っているのは、ショックサーキットけが理由ではない。もっと根底の、自分存在のものに関わる意思ーーあるいは、心ーーである

 これは完全に僕の推測であるが、第八話で示唆された「ロボットは、人間役割を与えられ、それに相応しいように設計プログラムされて生み出される」という事実を踏まえると、トップジョイのこの「意思(心)」もまた、ある程度製造者によってプログラムされたものではないだろうか。

 作中で、ロボット意思思考、心が人間プログラムされたものだという直接的な言及は(現状)ない。だが彼らが「注文に応じて製造される商品」としての一面を持つ以上、ロボット人間赤ん坊と同じようにまっさら状態で納品されるとは思えない。彼らは製造された時点である程度の機体性能、そして知能と知識を有し、そこには人間意向が相当程度反映されていると考えるのが自然である

トップジョイ」という名前であるがーー彼らがある程度完成された状態で世に出るとしたら、彼らの名前は、その機能・性能にちなんだものであるのだろう(もちろんまったく関係のない場合もあるかもしれないが)。ロボット機能・性能は、つまり製造者が彼らに込めた役割と期待である。「ジョイ」つまり「喜び」。彼は、人に「喜び」をもたらす存在としての役割を期待されたのではないか。故に、ああいった明るい性格に設定され、他者の喜びを自分の喜びとするような性格プログラムされたのではないか。そして、そのプログラムされた心でラフプレーに喜ぶ観客たちを見て、それを自分の喜びとして、そして正しいこととして学習したのではないだろうか。

製造された時点でラフプレーを正しい行為としてインプットされていた可能性もあるが、第九話のトップジョイの「教わった」という言い振り的に、その可能性は薄そうである。)

 だが、その期待は裏目に出た。明るく楽しくを第一義とする性格チームメイトの反感を買い、彼は本来活躍するはずだったバスケットコートに立つことができなくなった。その後、シルバーキャッスルにおいてはーー彼自身純粋から本来スパイという立場を越えて、彼らに好意を抱いているにも関わらずーー逆にラフプレーを許すことができないシルバーキャッスルの皆の心を理解できず、孤立してしまう。

 そして、ダークから虐待を受けても、マグナムエースたちから手を差し伸べられても、本当に自分が望むことに気づきかけても、プログラムされた心で過去に学び、感じた喜びを忘れることができず、ダークとの繋がりを断つことができなかったのではないか

 人間の都合によってプログラムされた「心」によって、トップジョイは傷つき続けていたのではないか

 人間と全く同じように喜び、悲しみ、悩み、傷つく「心」を、人間の都合によって作り出すというこの世界の不気味さが、トップジョイによって突きつけられる。

 そして、第十一話でのS-XXXの結末が、それを決定的にする。

 S-XXXはこれまでのロボットたちとは違い、意思感情の乏しい存在として描かれる。それは本来、僕たちが「ロボット」と聞いて思い浮かべるイメージに近い。

 S-XXXはテンプレート的な「ロボット」として、命令だけを忠実に実行し、サッカーフィールドで「戦争」を繰り広げた。そして最後は、マグナムエースによって破壊される。

 第十一話では、これまでよりも明確にロボットが「商品であることが語られる。S-XXXはアイアンソルジャーという「商品」として、敵を殲滅する者としての役割として与えられ、その破壊力を期待され、品定めされる。彼のロボット然とした意思感情の薄さは、兵士として忠実に命令を実行することを求められ、そうプログラムされた結果なのではないだろうか。

 しかし一方で、S-XXXは「敵を倒す」という目的に対し非合理的シルバーキャッスルの行動に困惑し、動揺する。そして、マグナムエースの「新しい道」という言葉に、ほんの一瞬であるが、本来あるはずのなかった「迷い」を見せた。

 S-XXXにも、心は存在した。

 なぜS-XXXの製造者が「兵器であるロボット「心」が生まれるような知能を搭載したのか、その理由はよく分からない。スポーツ選手であるアイアンリーガーであれば、人間がある種のカタルシスを得るための機能として、人間と同じような心や感情を搭載する理由もある程度理解できるが、迷いが命取りとなる戦場に送り込む兵器に、それは不要のはずである

 もしかしたら「心」というものは、それは製造者意図的ものではなく、自分学習し、アップデートしていくことができるほど高度な知能には、逃れられない副産物なのかもしれない。

 いずれにしても、例え人間ほとんどをプログラムされたものであったとしても、兵器であったS-XXXにさえ、心は存在した。そして僅かに、けれど確かに「新しい道」へと進む可能性があった。

 にも関わらず、第十一話の商人たちは、彼を徹底的に「商品」として扱った。そしてS-XXX自身も、「戦場でない場所には存在不可能」と語っている。

 ロボットは、人間によって役割定義されている。そしてその役割を果たせなければ、彼らは自らの存在意義すら失いかねないのである

 この『アイアンリーガー』の世界に横たわる現実を受け止めるのに、相当な時間を要した。いや、実際まだ受け止められてはいないのかもしれない。人間は自らの都合によって、自分たちとほとんど変わらない心や感情を持つロボット役割という枠に押し込めて生み出し、その存在をも人間の都合によって左右する。この神の模倣とも思える傲慢さに、幾たび怨嗟を吐いたかしれない。

 一方で、自らの意志で生き、誇りを持って戦っているロボットたちを哀れみ、同情を寄せるようなことは、彼らに対する侮辱ではないかという思いもずっとあった。

 僕の心は千々に乱れ、分裂し、二転三転し、自己矛盾に苦しむ日々が続いた。「ロボットスポーツをする子ども向けのアニメ」を観てそんな感情に取り憑かれるなど、一体誰が予想できよう。

 しかし、である。一通り憎悪煩悶に身を投じた後に、ふと気づいたことがある。

 ロボットたちが置かれた現実は、結局、僕たちの生きる現実と同じなのではないか、と。

人間ロボットロボット人間

 僕が七転八倒している時、僕に『アイアンリーガー』を教えてくれた先達は、一つの問いを僕に投げかけた。「ならば、アイアンリーガーはどうなったら幸せなのか」と。

 頭を殴られたような衝撃を受けたせいで、僕がその時どのように答えたのか、正確には記憶していない。「彼らが、やりたいことをやりたいようにやれる」のようなことを言ったような気がする。

 月並み言葉を振り絞りながら、僕はぼんやりと「どこかで聞いたような話だな」と思った。よくある話。人間幸せを語るときに、よく言われるような言葉だと。

 そして、僕の思考は再び振り出しへと戻った。『アイアンリーガー』に最初に感じた、違和感にも似て、それでいて温かかった感覚人間ロボットが、同じ意志や心や感情を持つ存在として、同じように生きている世界

 第一話でマッハウインディはこう言った。俺たちロボットも「人間と同じなんだよ」と。

 それはつまり人間もまたロボットと同じであることを意味する。

 この国で生まれれば(その実態はどうあれ)、僕たちは一応、自由意志(ここでは各種の哲学定義無視して、単に「他から強制・拘束・妨害などを受けないで、行動や選択自発的に決定しうる意志」という意味で用いる。)を認められた存在である

 しかし、完全に自由人間など存在しない。人間もまた、さまざまな制約の中で生きている。親、夫、妻、上司、部下、教師学生、老人、若者、友人……そういった役割立場を与えられ、家庭環境ジェンダー経済力文化時代価値観……そんなあらゆる枠に押し込められながら、社会の中での「あるべき姿」「あるべき意志」を定義され、それに応える「社会人」に育てられてゆく。それは、人間、あるいは「社会」の要請意思や心をプログラムされるロボットと、実はそう大差ないのではないか(語弊を恐れずに言えば、教育とは一種プログラミングである)。

 真に自分の望むように生きている人間などほとんどいない。皆、社会の中で折り合いをつけながら成長し、社会の中で生きている。そして、労働市場の中で自らの価値を計られ、自己存在意義を証明し続けることを要求される。

(そうあるべき、と思っているのではない。ただ事実として、それが資本主義社会の一側面であることは否定できないとも僕は考えている。)

 その姿は、役割を与えられ、商品として売買されるロボットに重なる。

 もちろん、『アイアンリーガー』においてロボットたちが置かれている状況は、僕たち人間より深刻だ。彼らは自らの存在の前提として役割がある。役割がなければ彼らは存在し得ないし、その役割への期待に基づいてプログラムされた意志や心の拘束度は、人間のそれよりも遥かに強い。

 しかし、あらゆる寓話がそうであるように、度合いが強いからといって、それが全く違うということにはならない。制約の中で、それでもなお自らの意志を貫き通そうとするロボットたちの姿に、僕たちは僕たちの姿を見るのである

アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の訳者あとがきに書いてあったことだが、アンガス・テイラーという人は、フィリップ・K・ディックの書くアンドロイドについて(「機械的な行動パターンに侵された」、あるいは「内面的に阻害された」)人間隠喩象徴であると述べたそうだ。そして訳者浅倉久志氏は、この作品の中に「人間とは何か?」というテーマに取り組んだとしている。『アイアンリーガー』も、それと似たような物語ではないかと、僕は思う。つまり、『アイアンリーガー』に登場するロボットたちもまた、僕たち「意志を持つモノ」、つまり人間隠喩であり、『アイアンリーガー』は、「意志あるモノが自由を手に入れる」物語ではないかと。

 こんなことを考えているうちに、僕は『BEASTARS』のことを思い出した。『BEASTARS』の登場「動物」も、姿形は動物のそれであるが、やはり人間と同じような意思感情を持つ。彼らを通して描かれているのは、そういった心を持つモノたちのドラマだ。人間と同じ意思感情を持つモノたちが、しかし肉食・草食動物それぞれの身体特性、言い換えれば宿命という強制と制約を背負いながら、学校という一つの閉鎖社会の中で苦悩し、ぶつかり合い、時には折り合いをつけながら生きていく。負った宿命の中身や程度は違えど、そこに描かれているのは紛れもなく心を持つモノーーつまり僕たちの物語である

 と、このような書き方をしたが、あくまでこれは『アイアンリーガー』(や『BEASTARS』)という作品に僕たちが心を動かされる「絡繰」、結果論をそれっぽく言い募っているだけである。『アイアンリーガー』は(恐らく)寓話ではないし、アニメスタッフが彼らロボット人間象徴、あるいはその苦悩の投影先として選んだ、というのも(なんとなくだが)違うような気がする。正直、単にロボットが好きなだけな気がしてならない。

 これについては、象徴隠喩というよりも、同じく『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の訳者あとがき引用されていた、次のような表現が相応しいように思う。(原典に当たっておらず申し訳ない。)

ディックにおいて、人間アンドロイド生物学上の、あるいは自然科学上の区別は、まったく無意味である。(中略)ディックは、『アンドロイド』と『人間』の形式上区別には関心がない。(中略)ディック世界では、そもそも人間機械自然と人工といった単純な二分律は棄却されている」(『銀星倶楽部12 後藤将之氏「フィリップ・K・ディック社会思想」)

アイアンリーガー』に描かれているロボットたちの生き様を語るのに、彼らが生み出された経緯や理由に潜む人間の驕慢さなどは、意味をなさない。彼らの前で、人間自分たちと同じ心を持つモノを恣意的に生み出すという行為の是非を問うことは無意味であるいかに彼らのルーツに薄ら寒い人間欲望が渦巻き、彼らの意志人間によって指向性を持たされているとしても、それは彼らが「その」自らの意志決断し、戦い、生きてゆく征途の輝きを何ら曇らせるものではない。

 彼らは、ロボットとしての宿命を背負う自らの存在を呪うことはない。背負った宿命の中で、心を持つ故に葛藤に苛まれながらも、心を持つ故に抱いた意志で、自らの宿命を乗り越え、未来を切り開いていく。フェアプレーをしたい。スポーツをしたい。道を極めたい。この場所にいたい。君と一緒にいたい。たとえ世界がそれを許さなくとも、世界がそれを笑おうとも、自らの意志で在りたいように在る。その姿は僕たちと地続きのものだ。彼らはロボットであるから尊いのではない。僕らと同じであるから、眩しいのである

3(https://anond.hatelabo.jp/20210828220439)につづく

革新的で軽量なブラウザー(自称)、Floorpブラウザこき下ろす

Floorp ウェブブラウザと名乗るブラウザ最近出てきて、開発が終了したKinzaパッチが公開されたら取り入れると宣言してKinzaの後釜を狙ってるらしい。中の人学生(中学生高校生?)らしく、使っていくうちにチャラさ、痛々しさが目立ってきたのでこき下ろしていきたい。

このブラウザが気になってしょうがない人はTwitterアカウントに行けばダウンロードリンクがあるのでダウンロードして確かめればよい。

※以下の話は、断りのない限り8/28に公開された公開ベータ版(v1.1.3)のことである

使用許諾契約書に突っ込みどころが多すぎる (v1.1.3)

インストーラーを実行するとまず使用許諾契約書が出てくる。

*Floorpブラウザ利用規約

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Floorp デベロッパープレビュー利用規約

1.Floorpをお選びいただきありがとうございます。高速で軽量なブラウジングをお楽しみください。

2.Floorpのソースコードは一部をAblazeのGithubにて公開しています。また、ChromiumライセンスBSDライセンス」に基づき、作成者は本ソフトウェア(Floorp)によって発生した損害は保証できません。

3.Dev Previewエディションの場合TwitterなどのSNSスクリーンショットなどをアップグレードしないでください。

4.感想やご不明な点がございましたら、お聞かせください。これは義務です。Floorpの改善に協力してください。

5.Ablazeの利用規約に沿って本ソフトをご利用ください。

6.以下に表示されている利用したオープンソースソフトウェア感謝しましょう。Floorpはこれがなければ実現しませんでした。

7.開発者はあまりすごいことをしていないことに気づきましょう

8.ソースこちhttps://github.com/Ablaze-MIRAI/Floorp-Browser

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利用したオープンソースソフトウェア

[※以下略]

さて、どこから突っ込もうか。

Floorp デベロッパープレビュー利用規約
いやこれ、公開ベータ版でしょ?
Floorpをお選びいただきありがとうございます。高速で軽量なブラウジングをお楽しみください。
これ、規約内に組み入れる必要あります
スクリーンショットなどをアップグレードしないでください
アップグレードwwwwwどうやったらアップグレードできますかね?めっちゃ草生えたわ。
感想やご不明な点がございましたら、お聞かせください。これは義務です。
あったら教えてなのに義務と言い切る。どっちなんだよ。
Ablazeの利用規約に沿って本ソフトをご利用ください。
それなら「Ablazeの利用規約」とやらをここに載せろよ。超不親切。
開発者はあまりすごいことをしていないことに気づきましょう
これ、規約内に組み入れる必要あります

8/29公開版(v1.2.4)の使用許諾契約書は遊びすぎ

*Floorpブラウザ利用規約

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

あああああああああああああああああああああああああああああああ開発つかれた

1.Floorpをお選びいただきありがとうございます。高速で軽量なブラウジングをお楽しみください。

2.Floorpのソースコードは一部をAblazeのGithubにて公開しています。また、ChromiumライセンスBSDライセンス」に基づき、作成者は本ソフトウェア(Floorp)によって発生した損害は保証できません。

3.Dev Previewエディションの場合TwitterなどのSNSスクリーンショットなどをアップグレードしないでください。

4.感想やご不明な点がございましたら、お聞かせください。これは義務です。Floorpの改善に協力してください。

5.Ablazeの利用規約に沿って本ソフトをご利用ください。

6.以下に表示されている利用したオープンソースソフトウェア感謝しましょう。Floorpはこれがなければ実現しませんでした。

7.開発者はあまりすごいことをしていないことに気づきましょう。後眠いんだけどどうしよう?癒してください!彼女ください()

8.Floorpは有志によって無料提供されています寄付は受け付けますのでダイレクトメッセージ https://Twitter.com/Floorp_Browser へお越しください

9.ソースこちhttps://github.com/Ablaze-MIRAI/Floorp-Browser

[※以下略]

利用規約をなんだと思っているんだ。「利用規約は楽しく、ユーモアにありふれさせたい」とか「Floorpの利用規約最後に・彼女になることに同意しますか?って書けば同意させられんじゃん」とかつぶやいてる時点でなめてるしふざけてる。

公開されているソースコードタイトルが痛い

Ablaze-MIRAI/Floorp-Browser: Chromiumで一番軽量なブラウザの大部分のソースコードです。

というタイトルなのに、実際に公開されているのはブラウザコンポーネントに比べてかなり少ない。これのどこが「大部分」なの?

あと何の根拠もなく「Chromiumで一番軽量」って言い切ってるだけで相当痛い。一番軽量かどうかは知らんが、メモリ使用量が少ない=軽量と思い込んでる節がある。ほか、

Chromium本体BSDにのっとって公開なし

という文は誤解を生むから今すぐ止めろ。これだとBSDライセンス違反するぜ!と宣言してるような解釈もできるから利用規約OSS感謝しましょうとか言っておいてこの扱いひどくないか

ブログ記事も痛い

このブラウザ自己紹介記事(https://blog.ablaze.one/573/2021-08-16/)が先週公開されていたが、ここに書かれてる内容も相当痛々しい。

メモリ使用量が少ないのは見せかけ

ブラウザインストールするとメモリカスタマイザーなるものが同時にインストールされる。これが動作することでFloorpブラウザメモリ使用量が劇的に減ってるから軽い、ということらしい。

しかし、ブラウザを起動したまま放置してみてから、実際のWindowsタスクマネージャーの様子をよく見てほしい。メモリ使用量が数MBとありえないぐらいまで減っているのがわかるだろう。Windowsタスクマネージャー上ではメモリ使用量が減っているように見えるが、ブラウザタスクマネージャーで表示されるメモリ使用量はそれほど減っていない。では何が起こっているのか?

メモリカスタマイザーの正体はFireminである名前の通り元々はFirefox用で、仮想メモリにページアウトさせて物理メモリ使用量を減らすものらしい(実際の動作は細かく見てないのでよくは知らない)。Fireminの名称変更、起動時にFloorpを自動的対象にするといった改造を施している。FireminによってWindows10の途中の大型アップデートから搭載されたメモリ圧縮がより積極的にかかるようになり、物理メモリ使用量も減らせるメリットはあるようだ。YouTubeトップページを開いてしばらく待った時、メモリカスタマイザーの使用時と未使用時で約0.1GBの差はあるのは確認できた。ただし、メモリ圧縮の代償はパフォーマンスの低下。特にページアウトによりディスクI/Oが増える。ディスクI/Oが足を引っ張って重くなる場合があるので、必ずしも軽いとは言えない。

結局の所、Chromiumを改造するなどの根本的な解決策を取っているのかは疑問である(もししているならTwitterなりに書いているだろう。技術アピールができるし)。Floorpブラウザの作者はWindowsタスクマネージャーに出てくる見せかけの数値だけを見て「えっ、Floorp軽っ、、、、、」とか言ってるのだから、実に恥ずかしい。いつ気がつくか見物である

メモリ節約(?)のせいでパフォーマンスが落ちる

500ms単位メモリ節約機能動作するせいで、Speedometer 2.0ベンチマーク結果がさえない。未使用時と比べて7%ぐらいスコアが落ちてる。Edgeよりもスコアが良くない。メモリ使用量のことばかり気を取られて、速度のことには関心がないのかもしれない。

インストールされる拡張機能が他のChromium派生ブラウザに影響を与える

Chrome Web Store外から拡張機能(Deepl翻訳と同期機能)をインストールさせるためにレジストリ使用した結果、他のChromium派生ブラウザ(SRWare Ironで確認済)でも拡張機能インストールされたという通知が表示されるようになってしまう。

その他

インストール先がCドライブ直下

Cドライブ直下フォルダー作ってそこに入れるとか、いつの時代ソフトだよ。Program Filesに入れてやれよ。

FloorpLuncher.exe

スペルミスウケるwwwこれじゃ昼飯食う奴じゃんwww

Wikipediaの該当記事が早々に削除されそうになる事態

https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/Floorp

https://twitter.com/surapunoyousei/status/1431961462734352385

作者から依頼されて書かれた記事客観的証明なんてどうやってするんだろうね。

本番はこれから

まあKinzaパッチが出てからが本番っぽいし、それまではこれぐらいにしておこうか。

メモ

Uniant Browser → Floorp Browser? UniantとAblazeの関係がよくわからん個人で開発してるのか寄り集まって開発してるのかもよくわからん

2022/2/8 追記

中の人Twitter中学生と書かれていたことがあったので、高校生ではないかもしれない。高校生表記から学生(中学生高校生?)」に変更した。

2021-08-27

性器を道具扱いするポルノ女性向けに少ないのはなぜだろう?

男性向けポルノを見てると、ヒロイン女性器を道具扱いするセリフ結構あるじゃん

凌辱物で男が「グフフいいオナホだ」みたいに言うのはベタだし、イチャラブというか友達以上恋人未満物でも「いいよいいよ、穴貸すくらいしてあげる」「そんじゃ失礼します」なんてやりとりがちょいちょいある。

そんなに性具が好きならオナホのまがい物である人体ではなく本物のオナホを使えばいいじゃん、って話になりそうだがそういうわけではなくて、人体や性器をあえて道具として扱うと考えることで性的興奮が増す心理があるわけだな。

そこで思ったんだけど、女性向けポルノだと、男のペニスを棒扱いするの作品が、少なくない?

凌辱物で「棒の仕事くらいしっかりしろ!」とか、和姦物で「俺のちんぽ使いたいなら勃たせようか?」「えへへ、悪いね」とか、あんま見ないんだよな。

なんでなんだろうね。

男性向けジャンルの中の、マゾ男性向けだと、「お前は肉バイブだ!」とか「オスオナホとしてしっかり締めろ!(マゾ男の肛門を犯しながら)」みたいなセリフちゃんとあるんだよ。

からペニスアナルなど男性性器の道具扱いも、十分ポルノとしてポテンシャルがある。

しかし、女性向けではそうではない。皆無ではないが少ない。

あえていえば、女性向けでは、男性ぬいぐるみとか大型犬みたいな便利で都合のいい癒し存在として使ってる(でもそのことに読者は気づきづらいように描写する)作品ポルノでも非ポルノでもかなりあるんだけど、男体や男性器をバイブとして使いたがらないっぽい。

不思議だわ。

2021-08-26

掛け算の順序問題計算論理の科目としての算数

掛け算の順序問題なるものがある。
りんごが4つ入った袋が3つあったらりんごは全部でいくつありますか?」という問題に「4×3=12 答え 12個」と「3×4=12 答え 12個」という回答があって、前者だけを正答とすべきだとか両方正答とするべきだとか、そういう問題だ。長方形の面積について話している場合もある。

この意見対立には、(一面として)数学をどのように抽象的に捉えるか、というのや数学算数という科目の持つ役割に関してのスタンスの相違が原因にあると考える。
数学をより純粋抽象的に捉えるにしたがって「順序強要」→「順序容認」→「順序強要」のように立場が変化することを以下で述べる。

念の為記しておくが、この文章は掛け算の順序問題に関してどの立場が正しいというような文章ではない。
俺は教育専門家でもなければ小学生算数を教えたベテラン教師というわけでもない。
数学への向き合い方が真摯になるにつれて変化する立場が単調でないことに気づき、その非自明な振る舞いについて筆を執ろうと思っただけのものである
この文章で誰かの何らかに影響があればそれは幸いである。

順序強要派1

りんごが4つ入った袋が3つあったらりんごは全部でいくつありますか?」という問題に「4×3=12 答え 12個」と答えるのが正答であり、「3×4=12 答え 12個」と答えるのは誤答であるという立場である
"4×3"という数式には「『1つぶんが4つ』のものが『3つぶん』ある」という意味があるとして、"3×4"という数式は題意にそぐわないとする。

正直なところ、数学でこれを正当化するような解釈を俺は知らない。
より高学年、あるいは中学高校大学・それ以降で出現する数式(例えば e^iθ=i sinθ+cosθ が成り立つとは、どういう意味合いのものが等しいということを言っているんだろうか?)に対して、その数式の"意味"は適切に存在して、何らかの実態と一致するだろうか。そのような体系がある場合、ぜひ知りたいのでご一報いただければ嬉しい。

順序容認

上記思想とは翻って「4×3=12 答え 12個」も「3×4=12 答え 12個」も正答とする立場である
数式そのものに何か「実際的意味」はなく、そこには記号の間の関係操作があるという立場はより現代的な数学に近いものであり、納得できるものだろう。

俺が現実計算をするときもこの立場にいる。「日本国民全員が2回ずつ…」などと聞いたら脳内で出てくる式は"1億3000万×2=2億6000万"だし、「2人が1億3000万個ずつ…」と聞いても思い浮かべる式は"1億3000万×2=2億6000万"のままだ(自分の脳は乗数が単純なほど高速に乗算が行えるから、そのような式のほうを思い浮かべるように訓練されたのではないかと思う)。単なる道具としての使い勝手ならば、この立場はとても強い。道具として(正しい答えを出せるなら、という条件付きだが)順序を気にしない方が順序を気にする方より楽だろう。

算数を「現実事柄に付随して必要となる計算を正しく行う能力を育てる」科目だと考えるなら──教養大学などで学ぶそれではない)としての算術としての用途としては実際にそれで十分だろう──、真っ当な立場だろう。

しかし、この立場には少し弱いところがある。
数式そのもの意味はないとするのはよいが、その結果立式の段階で「状況」から一足飛ばしで「数式」が出来上がっている。これは、少なくとも数学の厳密な操作ではない。より厳密であろうとするならば、次の立場になるだろう。

順序強要派2

数学的に厳密な立場であろうとするならば、意味論的操作を取り除く必要がある。この立場において、「『ひとつ分の数』が『いくつ分』あるとき、全体で『(ひとつ分の数)×(いくつ分)』あります」という定義にしたがって被乗数と乗数を区別することには意義がある。

この立場では、「りんごが4つ入った袋が3つあったらりんごは全部でいくつありますか?」という問題文に記述欄があった上で、「4×3=12 答え 12個」と答えるのも「3×4=12 答え 12個」と答えるのも厳密には誤答とする。
「これは、りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で4×3個のりんごがある。4×3=12なので、答えは12である。 答え 12個」のように定義形式に構文的に当てはめて答えて初めて正答である。この立場は「3×4=12」という立式を否定するものではない。「りんごを袋にひとつずつ入れていくことを考えると、これは一周分につき3つのりんごを入れ、4周分入れるので全体で3×4個のりんごがある。3×4=12なので、12個入れたことになり、全部でりんご12個ある。 答え 12個」という回答も正答である

この立場のもとで、「これは、りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で3×4個のりんごがある。3×4=12なので、答えは12である。 答え 12個」という回答は全くの間違いとなる。「3×4=12」という立式ができる解釈はあるが、その式を導出するに至る構文的操作が誤っているためである。同様に、定義が「『ひとつ分の数』が『いくつ分』あるとき、全体で『(いくつ分)×(ひとつ分の数)』あります」というものならば、「これは、りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で4×3個のりんごがある。4×3=12なので、答えは12である。 答え 12個」という回答は間違いとなる。

"3×4"と"4×3"はそれが"12"と等しいことを示すための証明木も異なるなど、式として完全に異なるものである。値が等しいことは証明されるべき非自明命題であり、何も断らず用いてよいことではない。
「被乗数と乗数を入れ替えても答えが変わらないため、立式の際に断らずにこれらを入れ替えることがある」と答案の先頭で述べてある答案があれば(このようなことが書ける生徒は単なる乗算でつまづくような生徒ではないだろうが)、「りんごが袋ひとつ分につき4つあり、袋が3つ分あるので、全体で3×4個」でも正答としてよいだろう。

余談だが、長方形の面積に関してさらに状況は混迷を極める場合がある。長方形の面積を「たて×よこ」とするとき、これは「定義」か、「定理」かすら明らかでない。「1cm×1cm正方形の面積は1cm^2」で「1cm×1cm正方形がある図形にすきまも重なりもなく敷き詰められる場合その図形の面積は 使った正方形の個数 cm^2」という定義によって導かれる「定理」とする立場もあるだろう。この場合、「たて×よこ」は単なる立式の1宗派に過ぎず「よこ×たて」で面積を計算しようと1つ1つ数えようとどんな式で計算しようと使った正方形の個数を正しく導くことができる式ならば正答である。対して、「たて×よこ」が「定義」ならば、どちらを"たて"と見るかを記述する2択のみがあり、それ以外は誤答である(別の定理がある場合を除く)。

この思想は非常に窮屈に思えるかもしれないが、数学直感理解否定するものではない。
必ずしも全生徒がそこまで進むわけではないが、数学科などで学ぶような数学においてはこのような思想が顕著になる。
純粋数学において、自然数すら現実の何の対象とも厳密には対応せず、論理学は実際の"正しさ"と一致する保証を持たせるものではない。数学基礎論などを学ぶことでこのような数学思想に触れることができると考える。

もし俺が正義感とやる気と生徒への期待と十分な時間を持ち合わせているなら、生徒にこのように指導するだろう。算数(は賛否両論あるかもしれないが)・数学計算するだけの科目ではなく、論理学を学ぶための学問でもあるからだ。特に文章題を「現実対象数学的にモデル化してそこから論理的結論を導く」ことを問うものであるとするならば、この立場に立つことには合理性がある。

しかし、これは理想的な状況における対応である。例えば回答欄が「(しき) (こたえ)」のように分かれている場合そもそもこのような記述を行うべき欄がない。この場合問題文を「『ひとつ分の数』が4であるようなものが3つ分あるとき、全体でいくつあるでしょう?」のように非常に定義に近づけて初めて「3×4=12」を減点する準備が整うといえよう(これでもまだ即座に誤答とするべきではないだろう)。そうでない場合、「4×3=12」と「3×4=12」の2つの式は同程度に論理の飛躍を伴っており、それらに点数の別をつけるべきではないかもしれない。

まとめ

冒頭でも述べた通り俺は教育専門家でもなんでもないから、どの立場を取れば生徒がよく理解するかなどについて何も言えない(どの立場に対しても理解できる生徒と理解できない生徒がいるだろうと思うが)。
個人的には2つ目と3つ目の中間のような立場だ。算数計算をするだけでもないし論理をするだけでもない。単に計算をする手段としてなら順番なんてどうでもいい、素早く正しい答えが出るなら3袋の4個入りみかんを見て3+3+3+3だと思おうが(2*2)*3だと思おうが10+2だと思おうが構わない。他人と考えを共有するための道具なら前提から論理を組み立てる訓練が必要で、掛け算の順番にまで気を遣わなければ意味のある結果を出せない。数学はどちらをする科目でもあることに我々は自覚的だろうか。

2021-08-24

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24時間スーパー搬入音が深夜うるせえって書いたけど、

逆に言えばそれ以外は静かなんだよな

上下左右静かって、気づきにくいけど地味にすげーあたりだと思う

まあ鉄筋マンションってのもあると思うけど

2021-08-23

昨晩に発熱に気づいたが、昨日朝から37度ではあった

朝はたまたまだと思っていたが、夜になって悪寒とともに発熱してるのに気づき

布団かぶって寝てみたけど今朝も37度の微熱

ここしばらくずっとの乾いた咳もちょっと悪化してる気がする

昨日は珍しく腹を壊した

なんだ、もしかしたらもしかするのか

ワクチンも打って2週間経ってない

知らないうちにどこかで感染したとかなのか

2021-08-20

Kindleの4000冊の蔵書が吹っ飛んだ

Amazonアカウント使用停止になった。

理由アマゾンギフトをほかから安く買って、定期的に使用していたため。

今回のセール10万円くらいの商品を買うために、追加でギフト券を購入して使用としたら、審査に引っかかり、2日間くらいの間に、アカウントの利用停止→審査によりアカウント永久凍結となった。

10万円のギフト券が返ってこないのは、まあ致し方ないかなぁと思いつつ、スマホKindleを立ち上げたら全部見れなくなっており、ああそりゃそうかぁという気づきが。

直近で友人に聞かれたんで調べたこともあって3800冊以上はKindleで購入しており、その大半がマンガ

400円✕4000冊の単純計算で160万円くらいは吹っ飛んだという状況のものの、アカウント利用停止段階から、そこまで精神的なダメージが大きくなく、逆に驚くという。

思い返せば、電子だったら物理的スペースの圧迫がないことをいいことに、手当り次第、気になる漫画レコメンドに従って買い漁ってはいものの、二回目以降もう一度読みたいという漫画は言うほど多くなかったなぁと。

7割以上が1巻目を買った手前、2巻目以降も読むか…という惰性だったのだと、アカウントを停止されて気づくという。

どちらかといえば、自分がどんな漫画を買った・読んだというリストが紛失してしまたことのダメージのほうが大きかった気がする。

Kindleでもう一度蔵書を買い直すほどの胆力はなく、とはいえ漫画は今後も読み続けたいので、どうするのがいいのかを考えている。

電子書籍のデメリットは売ることが出来ないことなので、全部紙の本で購入する方針に切り替えて、読み終わったら即売りに出す(ただし売るのにも手間はかかる)のがいいのか、

週イチくらいのペースで、漫画喫茶に行って、雑誌ベースで週刊・月刊連載を追いかける+過去の読みたい漫画単行本ベースで読み返すのがいいのか、

真面目に今日一日考えてしまった(心理的Amazonで本を買い直すことは出来ないので、次にどこのプラットフォームを選ぶべきか含め)

4000冊近く蔵書を貯めた身としては、電子ですら結局自分が何を持ってるかを把握できない、かつそこを資産として活かせないことが確定した都合、

自分で購入する以外の方向性モチベーションを向かわせたほうが、短期的にみても幸せ未来がある気がするのだが、はたして。

映画「ヘレディタリー 継承」を観ての感想

アマゾンプライムで観た。

最後まで観たのだが、意味がわからなかった。この映画から、どんな教訓や気づきを得られるというのか?この映画を作った人は見た人にどのようなメッセージを伝えようと意図していたのか?まるでわからない。

解説を書いてくれているサイトがいくつかあったので読んでみたが、やはり意味がわからない。これはモダンアート現物と、その解説を読んだ時の感覚に近い。

私が感じられたのは、制作者の自己満足感のみである

それだけならばいいのだが、制作者の悪意が感じられた辺り、問題があるようにも思えた。

・己を支配しようとする外部のものに対して、人である自身は無力なのだというすり込み。

理不尽出来事も、人である己には受け入れるほかないという無力感を与える暗示。

悪魔信仰主題としているようだが、悪魔サイドに立って、観客・視聴者に影響力を行使しようとしているのではないかと勘ぐりたくなるようなつくりでもあった。

まともな神経を持った者が、果たしてこういう作品に意義を見出せるものだろうか?

周囲に流されやすい人がこういうものを繰り返し観ていれば、己を無気力にするのではないかという懸念けが残った。

追記

観て、ためになる映画が良い、というのは勝手な決めつけに過ぎないということらしい。

人格の向上を促してくれるコンテンツといったものを私は求めて、そういう雰囲気のものを好んだりするのだが、世の人々が求めるのはそういうものではないということのようだ。

世間が高く評価するものは、世間が求めているものを上手に提供できているということであり、世間の求めに上手に応えられているということなのだから、確かに価値を与えているといえる。私には価値を感じられなくとも、世間一般には高い価値を与えている。

世の人々は、見て楽しいものを求めている。それはそうだ。自分にもわかる。ホラー映画であれば、ハラハラキドキさせてくれる2時間が求められているのであって、その欲求を満たしてくれるものには皆喜んでお金を払う。人生に役立つ、人格向上に資する、そんなものを求めているのではない。

世間が求めるもの優先順位を、己の勝手思い込みで決めつけてはならないのだ。うむ、勉強にはなった。

追記2:

・それにしても、映画批評のわかりづらさよ。自称映画通の人々の独りよがりの評にはおそれいる。まったく感銘を受けない文章というのも、ある意味すごい。

サンダンス映画祭なるもので絶賛されたのだそうだ。なんのこっちゃである。本当に面白い物語を観たり読んだりしたことあるのかと訊いてみたい。

映画好きの人たちって映画見るのに忙しくて、本とか読んでいないような気がする。読書家の映画好きっているのかな。

2021-08-16

核とか戦争とか独裁者とか色々あったけど、人権結構やばいよなと気づき始めた21世紀

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