はてなキーワード: ファンアートとは
滅茶滅茶嵌ったアニメがあった。適当にテレビつけてやってた、やっすいCGのアニメの二話、特に何があるって言うわけじゃないのに、なんか面白くて見終わる頃には連ドラ予約を入れてた。3話4話と続けて見るうちに、とんどん世界観に引き込まれていって5話からはリアタイ視聴。アイスとポテチを用意して、テレビの前で毎週毎週待機するのほど好きなテレビ番組なんて出来たの初めてだった。そのうち、アニメだけじゃ飽き足らずネットでも情報を収集するようになった。こんなアニメの情報あんまりないだろ、と諦めつつ調べたのに、物凄い量の二次創作が出てきてたまげた。何年も見ていなかった2chにも張り付くようになって、ピクシブ、ツイッター、ふたば、ニコ動も週七チェックした。みんなでワイワイコメントし合いながら、大好きなキャラを愛でるのは楽しくて、アニメ本編と同じぐらいファンアートも好きになった。クライマックス11話を見終わった後は放心状態。ナルトのキャラが死んで自殺、なんてニュースを信じられないと思っていた自分が、仕事も手につかないほどそのアニメに引き込まれていた。ついに12話放送の日、最終話は気になるのに、アニメが終わってしまうと思うと見たくなかった。そんなしんどい気持ちで12話を見始めて、終わる頃には涙目。見てよかった。ラストも最高によかった。続きが気になる終わり方。すぐにスマホで「〇〇 2期 いつ」とか検索して。待ちきれないから、友人と1期周回したり、ニコニコの放送でコメ欄眺めてニヤニヤしたり、アニメとコラボしていた商品を買いまくったり。終わったと思っていた1期に監督がおまけ続編を投下してくれたりして、待つのも楽しい初デートみたいなノリに乗った状態だった。
が、まあわかると思うが、2期を楽しみにしていた俺達にきたヒホーは「監督降板」。監督が脚本やってたし、監督の功績が大きかったから、降板はただただ残念だった。俺の好きなキャラも、版権の問題で2期には出ないらしいと言われたし、まさかのおまけで熱狂した12.1話も「監督が暴走して版権無視して作った作品」という扱いになってしまって、好きなものにケチがついて悲しかった。それでも、そのアニメには他にも好きなキャラが沢山いたから、2期はやっぱり心の隅で楽しみにしていた。
んでさあ、アレだった。大好きだったのんびりほんわか時々シュールなアニメは、2期ではなんかギスギスしてた。まあ5話ぐらいまではそれでもよくある子供向けアニメかなって感じだった。6話は本当に酷かった。1期の作中で、主人公達がかなり時間をかけて乗れなくなっていたバスを修理するんだよ。んでそのバスで旅をするのね。最初から最後までずっと乗ってた旅のお供。いろんな思い出の詰まったバス。それが6話では、敵になって襲ってくるの。それを主人公のうち1人がパンチで粉々に砕く。見てて、えっえっ?えっ?あっ…って。あんなに頑張って完成させたバスが一撃で。みんなで完成を喜んでわーいわーいするシーンが俺の中でも1、2を争うほど好きなシーンだったから6話は心底がっかりした。がっかり以上に、心臓がキュッとするぐらい精神的ダメージが大きかった。それでも、一応好きなアニメ「だった」から最後まで見た。見なきゃよかった。どこもいいところがなかった。途中で出てきたちょっと気になるキャラも、健気に主人公を守ろうとしてボロッボロに傷ついてたのに、主人公にガン無視されて放置。2番ちゃんはまだ立ち直れてないので割愛するけど、脚本はなんであんな仕打ちをしたのか。12話で1期のOPが流れた時は急いでチャンネルを変えた。見てられなぐらいストレスだった。本当に訳がわからない酷いアニメだった。
それまで、落ち込むから出来るだけネットは見ないようにしていたが、モヤモヤに耐えきれず、ニコ動を見た。呪詛が作った呪詛動画、2期製作陣が淫夢にクソコラしてある動画、2期主人公が爆発する動画、初めは無感情で見ていたが、ある時から笑えるようになった。例のカエルも嫌悪の対象になっていたが動画で馬鹿にされてると笑えた。2期はダンテ神曲のメタファーだ!主人公はロシアのスパイだ!という動画もゲラゲラ笑いながら見た。カ〇カワには以前から理由があって悪印象を抱いていたので、あの一件で炎上してザマアミロと思った。初めは吉崎観音が炎上に巻き込まれて可哀想だと思っていたが、いつのまにか自分の中で戦犯扱いするようになっていた。嫉妬説の真偽は知らないけど、もうただの嫌悪の対象でしかなくなっていた。
せめて、なぜ監督が降板したのか説明が欲しかった。結局監督降板のちゃんとした理由は明かされなかったし、Twitterでは製作陣の裏垢が暴れてたし、総監督はダンマリだし、訳のわからないまま、前作主人公は消されてバスは破壊されて、焼け野原だけが残った。
一緒にスレやコメントを盛り上げた1期ファンも、クソリプマンになって、信者と呼ばれるようになって、煙たがられたりして、何も望んだ通りにならなかった。
1期が楽しかったのは本当なのに、もうあのアニメの話をしても、炎上のことがついて回るようになった。ファンによる自給自足版や、ケムリクサは確かに大好きだけど、1期も同じくらい好きだった。胸がキュッとなるぐらい好きだったアニメは、今観ると心臓が締め付けられて気持ち悪い。どうしてこんなことになったんだろう。
どうも,声あり圏外担当Pです.第8回シンデレラガールズ総選挙の中間発表が行われましたね.私の担当は圏外でした.まぁかく言う私は,今回担当に1票たりとも投じていないのですが.
大量の新アイドルが追加され,荒れることが想定されていた今回の総選挙.案の定荒れています.始まる前から今回のダークホースとして期待されていた夢見りあむは中間で堂々の総合3位,属性別Pa2位という結果でした.久川凪もPa12位と大健闘しています.総合1位2位を走っている本田未央と北条加蓮は誰しもが想定していた結果でしょう.圏内のアイドルは多少の例外もあれど,代わり映えしないのメンバーというのが私の正直な感想です.
私はデレマスアイドルの担当Pになってからずっと,この総選挙は傍観者でした.走れど走れど担当は伸びず,価値が不透明な票を延々と投じてきました.圏内に入るという結果に結びつかなければ徒労感は募るばかりです.もちろん,そんな中で少ない機会をモノにしたPの皆様の努力は素晴らしいと思いますし,応援できました.しかし私にそれができるかと言われれば,Noと言わざるを得ません.単純に熱意の差でしょうが,声が付いているということも理由の一つかもしれません.
声あり声なしに関してPの皆様は色々な意見をお持ちでしょうが,私はデレマスを始めた当初,直感的に思ったことが1つあります.
今はその理由も見つかったのですが,以前までは本気でそう思っていました.もしかしたら,声なしアイドルが大多数の時からの古参Pの皆様的には到底あり得ないのかもしれません.
私たちが生きる世界とは別の世界を生きる彼女たちを感じることができるのは,当然視覚と聴覚の2つしかありません.ただでさえ五感を制限されているのに,聴覚すらも欠けてしまったのならアイドルとの出会いの後には一体何が残るのでしょう.何も残らないからこそ,新規が参入しても声なしアイドルの担当Pは増えず,むしろ相対的に人気が落ちていってしまうのだと私は思います.
総選挙で面白いのは,所謂古参Pほど,担当以外のアイドルの良い面を知っているので応援票の余地があるというところです.そこに声なしアイドルの活路はあるのでしょうが,それもまた当然いばらの道です.
その点,私の担当アイドルは総選挙と関係なく声が付いており恵まれていると思います.その代わり,選挙での応援票も特に期待できません.
そういった声あり圏外担当Pがどういう行動を取るのかは知りませんが,私が選択したのは「総選挙を走らない」というものでした.少しだけ手に入る票は担当に数割,他は気分で投票するというのが私の常でした.
そんな中で実装されたのが,夢見りあむを始めとする新アイドルたちです.特に夢見りあむはTLの話題を席捲し,それ故の様々なファンアートを見ました.声なしの彼女は,その強烈な個性と爆発的な話題性を以て出会いに大きな爪痕を残しました.これで興味を持つなという方が無理な話です.彼女は単純に可愛いし,言動が面白いし,見ていて飽きないですよね.私は彼女を知って,足が遠のき始めていたモバマスの総選挙を走ることを決めました.どなたかが指摘されていた,言わば存在しない票を彼女によって生み出したPの一人が私です.
ネット上にはりあむに投票する新規ではないPに対して否定的な意見を持つPもそれなりにいるようですが,その気持ちも分かります.しかし,圏外に投票した結果何が齎されるというのでしょう.勝てないから担当替えかと言われれば,担当替えではないですが勝てないから投票先は変えますといった感じです.今回,結果が目に見えて初めて総選挙の楽しさを噛みしめています.
アイマスシリーズは無印→ミリ,デレ,シャカ(ここではSideMは除く)と増え,他のアイドル作品とだけでなく,シリーズ間でのユーザーの奪い合いが激化しているだろうことは十分想像できます.しかし,長期稼働のアイドル物としてやっているからには他のソシャゲの様に新しい作品をバンバン打ち出して新規を獲得しながら使い捨てる訳にもいきません.怒涛の新アイドル追加は新規獲得のために仕方ないのでしょう.これによって私の担当は更に圏内から遠のくわけですが,デレマスというプラットフォームが続くことと天秤に掛ければ小さな問題です.
私たちは今,岐路に立たされています.夢見りあむに投票するのか,しないのか.その岐路です.夢見りあむが新規獲得に大きく寄与していることは間違いありません.夢見りあむが声を得ることは,夢見りあむがシンデレラガールに輝くことは,同時に実装された辻野あかりや砂塚あきらに声が付くことにも繋がりやすく,新規Pの定着が確実に一歩進みます.夢見りあむに投票することで,デレマスというプラットフォームの更なる繁栄が約束されるでしょう.
夢見りあむは,約束された女なのです.
私は報われない担当への思いを彼女に託し,明日も夢見りあむに投票します.
https://matomedane.jp/page/28029
Twitterを見ていると、
「ただのファンアートじゃん」とか「何が問題かわからない、ただのいちゃもん」とか、
あげくのはてには「外圧勢の攻撃だろ」とか言ってる人が思いのほか多くて驚いている。
今回、サテー氏は絶対にやってはならないことをし、燃えるべくして燃えた。
なのにこの「この人のやったことは明らかにアカンことなんだ」ってのが、いまいちわかっていない人が多い。
わかってない人が多いせいで、信者VS外圧の問題にすり替わりつつさえある。
というかそもそも肝心のサテー氏が自分のしたことのなにが悪いのかをわかっていなかった。それは炎上後の対応のまずさにも見て取れる。
なので、なにがいけないのかを解説しようと思う。
・今までのサテー氏の漫画
これまでサテー氏は「1コマFGO」と題して、FGOのファンアートを定期的に描いてきた。
ゲーム内の印象的なシーン、または界隈で起きた印象的な出来事。それを抜き出して「ダイジェスト」にする、というもの。
サテー氏の個性の一つに、このダイジェストを少ない枚数の中に極端に高密度に詰め込むという独特な手法がある。
彼が今の人気を築いたのは高い画力もさることながら、この独特な手法があったからこそと言っても過言ではないだろう。
ただ一方で、最近の「1コマFGO」は、1シーンだけを抜き出してイラストにすることも増えてきていた。
というよりも、彼の「1コマFGO」は、以前と比べて、「ページ数が増え」かつ「ダイジェストのシーンが減って」きていた。
この変化が実は、まずもっての発端である。
・直近のサテー氏の漫画
炎上した件の漫画の一つ前に描かれたものは、ある種の分水嶺として捉えることができる。
これ。
https://twitter.com/syatey_12/status/1119573130098331648
(余談だが、この漫画のことを炎上した原因だと勘違いしている人が一定数いるけど違うよ!)
この作品は、見ればわかるが、イベント「極東魔神戦線1945」のストーリーの、クライマックス部分をほぼそのままダイジェストにしたものだ。
この漫画は大勢の人に絶賛され、受け入れられた。経験値氏本人もRTしている。
・「ダイジェスト」のさじ加減の話
……なのだ、つまるところ。
従来の、というより初期のサテー氏の「1コマFGO」は、たとえば1ヶ月とか3ヶ月の間にあった出来事、いうなれば「1000の中から印象的だった10を選び取りダイジェストにした」ものだった。
それは、時間とともに少しずつ変化していく。
有り体に言うと、投稿スパンが短くなり、絵の密度が下がり、選ぶシーンのネタバレ度が強くなった。
「1000の中から"印象的だった"10を選び取る」が「500の中から"めちゃくちゃ印象的だった"10を選び取る」となり、
やがてそれは、この「絶剱」と題された漫画のような「100の中から"重要な"10を抜き出す」ものになっていく。
サテー氏がこの手法に疲れてきたのか、承認欲求のためにイラストの投稿回数を増やしたかったのか、原因は定かではない。
ただこのさじ加減が間違ってきていることに、きっと彼自身は気付かなかったのだろう。
勘の良い方ならもうおわかりかもしれない。
「絶剱」の後に投稿された、炎上した”幕末昔噺「龍が如く」"は、
「100の中から80を抜き出す」どころか「100の中から重要でない20を削ぎ落とす」ほどの、「ダイジェスト」を超えた「リライト」になってしまっていたのだ。
プロの創作物は「成果物」と呼ばれる。仕事の結果であり、作品であり、同時に商品でもある。
いみじくもプロのクリエイターであるならば、同じ立場にある「プロ」の作った成果物について、敬意を払わなければならない。
この経緯とは何か。それは「製作者のコアの部分には立ち入らないこと」だ。
たとえばブーディカは蒼月タカオ氏のデザインしたキャラクターだが、たくさんの人によってファンアートが描かれている。
そこにはプロとして活動している人も多くいて、中には蒼月タカオ氏よりも上手い(上手い下手の定義はいろいろあるが本記事では置いておく。「経験値氏よりサテー氏の方が絵が上手い」程度の意味合いとして捉えて欲しい)人もたくさんいる。
だが、彼らプロ作家のファンアートに「ブーディカのカードの構図やポーズ、背景をなにからなにまで真似た『俺の描いたブーディカさんのカード』」なんてものがあるだろうか。
断言してもいいが、絶対にない。あったとしてもそれはセミプロ、もしくはアマチュアの手によるものである。
何故なら、それは「製作者のコアの部分に土足で立ち入ること」だからだ。
「製作者がその仕事によって得た社会的評価までもを己の創作に取り込んでしまう行為」……と言い換えたらわかりやすいだろうか。
それはひいては、製作者に成り代わろうとする行為であるとも言える。
好きだからこそとか。良かれと思ってとか。宣伝のためだったとか。
いかなる理由であれ、結果がどうであれ、線を超えたのなら戦争なのだ。
好意による領分の侵犯という意味で、フラゲした雑誌のキャプチャーでアニメ化情報を拡散するとか、違法アップロードされた動画を使って紹介するとか、そういうのと本質は変わらない。
サテー氏の件の龍馬とおりょうさんの漫画を、コミカライズ、と形容している人がいた。
奇しくも言い得て妙だと思う。
コミカライズだとかノベライズとかいうのは、作品を作った人間、原作者の成果物のコアの部分に踏み込む行為である。
だからこそ「公式」なのだ。公式に版元がプロに依頼し、原作者がそれを承諾し、コアの部分に入ってくることを許可した上で描かれるのだ。
作品の成果を、その作品によって得られる社会的評価を、原作者と分かち合う行為なのだ。
彼は無断でコミカライズをした。それも「漫画をコミカライズする」という、よりコアな部分に踏み込む方法で。
経験値氏が得るはずだった感動の声を、賞賛を、サテー氏は横から割って入ってきて、不当に食い漁った。
公式のメディアミックスをクリエイター同士のセックスとするなら、これは強姦に等しい。
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結局のところ今回の問題の原因は、
「サテー氏にプロ意識がなかった」
これに尽きる。
前段のことは、プロであるなら誰しも肌感覚でわかっているはずのことで、一方でプロのクリエイターとして活動していない人には今ひとつピンとこないことであろう。
サテー氏はピンとこなかった。「ファンアート」と「侵害」の境目がまったく理解できていなかった。
その後の謝罪を見るに、たぶん今でもよくわかっていないと思う。
>「幕末昔ばなし」はもっと詳細が描かれてて細かい事情がわかるのでですね…ぜひお手にとってもらえると
ショートケーキのイチゴとクリームを先に食べさせておいて「スポンジも美味しいので残り物を買ってね」とはまったく恐れ入る。
これをきっかけに経験値氏の原作を知った人たちが不憫でならない。彼らは本来なら経験値氏へ向けるはずの感動や興奮をサテー氏に向けた。
いみじくもプロならば、経験値氏が「原作」で描いていない寺田屋騒動あたりのことを「想像して」「創造する」とかにするべきだった。
どうか経験値氏の「ぐだぐだエース」を購入して、騒ぎの元になった「マンガ幕末昔ばなし」を読んで欲しい。
あの独特なデフォルメ絵に手書き文字を、真っ白のスカスカ漫画と思う人もいるだろうし、下手だと思う人もいるだろう。
Bのつくシリーズの某音楽ゲームにハマって早くも数年が経過してる。
それでも当時から窮屈に感じてる部分があって、それがユーザー層だった。
音楽ゲームというのは他のゲームとは違って音楽が主役なのが特徴で、音ゲー界隈で活躍する定番のアーティストというのはかなりの数存在する。
ゲームなので当然やり込み要素だったりゲーム内のキャラクターに熱中する層がほとんどなのだけど、自分はそのゲーム内のとある作曲家にハマってしまった。
それこそメジャーシーンで活躍してる歌手やDJにお熱になるのと同じような感覚で、サントラでその人の曲をリピートしまくったり行けるイベント(※1)には参加したりもしてる。
しかし意外にもこういったファンは界隈の中だと少々特殊で正直あまり良い顔をされなくて「コンポーザー厨」なんて揶揄されたりすることも多い。
特にK社に在籍してるアーティストに関して言えば「会社員」と「作曲家」の二面性を持った上で活動してるので、ファンアートを描く層に対しても「会社員のファンアートとか気持ち悪い」なんて言い出す過激派もいたりする。
棲み分けしろとか鍵かけてやれとか言ってすぐ晒す人もいたりしてちょっとカリカリしすぎなのではと。
それ言い出したらファンアートの多い歌い手さんとか実況主さんなんかにも会社員と兼業の方いるのでは?と思うし何かにつけて叩きたいのかなとか思っちゃうんだよな。
ちなみに「お手紙や素敵なイラストありがとう」なんてツイで言ってくれてる方もいた。
確かに目に余るファンを今まで見てきたし自分も行き過ぎた行動あるだろうなと思うけど、コンポザ好きな人を「これだからコンポザ厨は」とひとくくりにして叩くのはやめてほしいし、露出なくなった原因(※2)を根拠もなく我々にしないでほしい。
というかそういう人って好きなアーティストいないのか疑問。
………と言いつつゲームにお金を落としもしないでアピール激しい人や、某執行役員とシンセマニアのユニットにいがちな顔だけファンとかは良い気しない。ごめん。
※1:前述したように音楽が主体のコンテンツなので結構頻繁にライブを行ったりしてた。過去にはサイン会やトークイベントも多く、会社自体が割とアーティストをプッシュしていた印象
※2:界隈にいる人ならわかると思うけどBST騒動なんてものもあって「あれはポザ厨の厄介のせいだ」なんて根拠のない理由で声を荒げる人がいた。(実際にはパチスロの事業と統合したからみたいな説の方が濃厚っぽいけど。)
私は、名もなき1人のオタクである。最近ある悩みで苦しんでいるので、整理するためにここへ記そうと思う。長いぞ。
私は普段、アニメ、イラスト、漫画、ノベル、ゲーム、音楽、動画、等など様々なオタク的コンテンツを楽しんでいる。が、それらを自分で作ることが出来ないのだ。当たり前のことのように思うかもしれないが、私はそこに強いコンプレックスを感じている。
コンテンツには絶対に作り手がいる。そりゃそうだ。作る人がいなければ、何も生まれない。
さらに、オタクの世界には「ファンアート(二次創作)」という文化がある。自分はこれが好きですよ、とハマっている作品のキャラクターを描いたり、そのキャラの登場する小説を書いたり、動画を作ったりすることだ。オタクをしていると、それらを目にする機会がとても多い。上手い下手はともかく、全てのオタクが何らかの創作活動をしているのではないかと思ってしまう程度には多い。オタクは、オタクが生み出したものを目にする機会が途轍もなく多いのだ。
だが私は、絵も満足に描けなければ、小説も書けないし、音楽が作れるわけでもないし、何も生み出せない生産性のないオタクだ。
自分なりに考えてみた。
魅力的なコンテンツがあって、それを好きなオタクのコミュニティがあって、そのコミュニティは大抵絵や小説が描/書ける人間で構成されていた。少なくとも私の周りではそうだった。(オタク友達を求めて入った部活が美術部や文芸部だったからね)
生産が出来なければ、オタクの輪にはまず入れない。友達ができない。
私もオタクであるはずなのに、何一つ生み出すことが出来ない。ただ消費するだけの存在。世の人々(私の目に映るオタクたち)が当たり前のようにやっていること(創作活動)が、私にはできない。技術力も、才能もない。今更頑張る勇気もない。
素晴らしいものを見て、聴いて、私も同じことが出来たらどんなに素敵だろうかと夢想するだけの日々だ。
絵を描いたり、小説を書いたり、音楽を作れたり、動画を作れたり、立体物を作れたり、作品の考察を発表したり、そういう生産者側への憧れが非常に強く、消費するだけのオタクに価値はないと本気で考えているのに、どこまで行っても結局消費者でしかない不甲斐ない自分。
最近ではどんなに良い創作物を見ても、罪悪感と劣等感ばかりが己の中に積もり、楽しめない。
コンテンツに深くハマっていくほどその裏にある作者の存在を意識せざるを得なくなる。生産者の才能への嫉妬、生産の努力すらしようとしない自分への苛立ち。
だんだんと、オタクコンテンツを見ること自体がしんどくなる。しかし私の趣味はそれしかない。
幼い頃からパンピの持て囃す流行のアーティスト、アイドル、ドラマ、スポーツetc…には唾を吐いて生きてきたのだ。今更手のひらを返して推すことはできない。
こんな私だが、創作的な活動をしてみたいと手を出したことはある。
漫画を初めて読んだ小学3年生の頃から絵は描き続けているし、ライトノベルにハマった高学年の頃から数年間小説の執筆にトライもした。
ボカロが流行っていた中学時代、楽曲制作に憧れてギターやピアノを始めた。DTMの勉強もそれなりにした。
MMD等のCG動画にハマった頃は動画も作ってみたし、3Dキャラクターのモデリングにも挑戦した。
拙いシステムとクソみたいなシナリオとゴミのような立ち絵で、自作のゲームを作ったことだってあるのだ。
しかし何一つ、満足に完成させることはできなかった。自分で納得のできるものは作れなかった。納得ができるクオリティになるまで粘り強く努力をするだけの忍耐力もなかった。
軽率に何かに挑戦し、すぐに諦めるダメな自分。結局無産な凡人のまま。
才能のある人が羨ましいと喚きながら、努力をしない自分から目を背け続けている。
オタクとして生きていくのがつらい。でもオタク以外の生き方を知らない。オタクっぽくない話はできない。
絵描きは絵描きしか相手にしないという話が一時期Twitterで話題になったように、生産者でなければオタク友達はできないように思う。(大抵のオタクは創作活動をしているという前提)(その前提が間違っている可能性には気がつかないふりをしている)
この状況を打開できる策はまだ思いついていない。
なにもかも諦めて消費者として一生を終えるしかないんだろうか?
どうなんだろうね。
ちなみに今私はバーチャルYouTuberにハマっている。
好きになったものに軽々しく手を出す癖だけは治らないので、自分で描いた立ち絵を動かして、ボイチェンを使って美少女ライバーごっこをしようとしている。
全体的に「鍵をかけなくて良いのでは」という論調にまとめてしまったけれど、自分はツイッターは鍵をかけているし、検索避け済みパスワード指定の出来るSNSでしか現在は作ったものをあげていない。
青い鳥のSNSで半生の二次創作は役者さんに迷惑がかかるから鍵をかけろという話が回ってきたので今度はなんの炎上話かと調べた上で、そう言えばなんで鍵をかけているのだろうと自分でもよくわからなくなってきたので考えをまとめたくなった。
よく言われるが、御本人そのものを題材とした生とは違い、演じているだけの半生でそこまで嫌がるものなのだろうか。
これは嫌がらないから表に出せといいたいわけではなく、実際にそう言われている役者さんの発言を自分が見たことがないから不思議になったが故に思った。
むしろ生で、なおかつ二次創作ではないガチのファンのかたの性的な妄想のほうがきついときもある。
こういった人たちは鍵をかけるということをしない。知らない。
某アイドル系の人が主演のドラマが面白かったので御本人のお名前で検索したところ、性的な意味合いのとてもきつい発言が多数引っかかってげんなりしたことがあった。
実際に発言主がそういうことを某アイドル系の人にやられているという趣旨の内容の発言もあった。当然妄想だろうが。
というか、生はセクハラにも当たるんじゃないのかな。正直にいうとドン引きした。勝手に自分から見に行っておいてごめんね。
年齢層も若い子だけかと思いきや全然そんなこともなく幅広かった。
また、二次創作イラストを御本人が集めている写真がブログやSNSに上がっていたり、役者さんが同人イベント会場に来ていたりという件もある。
こういった役者さんが演じている場合は上記の理由は当てはめられない。
よく聞くけどこれ普通の漫画や小説、アニメも一緒だと思うのだけれどどうだろう。
読み終えた漫画の感想を青い鳥のSNSで検索したところ、上の方に二次創作でBLカップリングのイラストが出てきたことがある。普通に感想が見たかったので驚いた。
また、別の視聴層には子供が多そうなアニメのキャラクター名を青い鳥のSNSで検索したときに、二次創作のイラストが出てきたことがある。
わかるよ、一般書店の端っこの方に何故か置いてあった海賊同人誌でそういう印象を持ってしまった漫画やそういう印象を持ってしまったキャラクターがいるからね。
それが理由だったら普通の漫画やアニメ、小説などにもそういった印象がついてしまうので是非とも鍵をかけてほしい。これは若干本気だ。
ついでにいうと、イメージがつくのは役者さんではなくキャラクターにではないだろうか。
何度か都市伝説的に聞いたことがあるが、実は実際にこういうことだったと聞いたことが無い。
自分が知っている公式に言われて消えた同人は、現在○関係で漫画を描いている漫画家がサイトに載せていた△関係の漫画を下げた件だ(当時のブログの表現的に公式にやめろと言われたと読めたのでそう表記したけれども、実際は違うなどありましたら申し訳ありません)。
結局同人誌として復活した作品だが、あれは前述の理由に当てはまるとは思えない。
また、アイコンが青っぽいイラスト等SNSと同じところがやっている創作物総合マーケットでは、日曜朝に放送されている子供向け番組のガワを使った同人グッズが販売中止した。
ちなみに変身前のものは消されず、変身後のものなどは消された。
立体物の版権はガワのほうが強いのかもしれない。
他にもあのジャンルであった、このジャンルであったという噂位は青い鳥のSNSなどで何度か散見したが、実際それについて詳細に書かれたページが見つからなかった。しかも大半が生であって半生ではない。
某アイドル事務所物で活動していた人が土下座したなんて話は十年以上前から耳にするが、詳細はほとんど出てこない(もしソースとなる詳しい事件を知っている方は教えていただければ幸いです)。
なんで半生はこんなに危険だと言われているのか、誰が嫌で隠されているのか、なんで二次元ジャンルは隠れずにあんなに堂々としているのか。
個人的には、性的な内容の含まれるイラストなどはセンシティブなものとして設定してもらえると有り難いが、これは自分が行うわけじゃないし他人に強要もしたくない。
前に公式の名称で検索して眺めていたら、公式で結婚した男女二人組の性的な行為の最中のイラストが出てきた事があった。できれば見たくなかった。
できれば公式より踏み込んだ物に対しては、青い鳥のSNSよりはワンクッションある場所に置いてほしいと思った。
現在は青っぽいアイコンのイラスト等SNSや、青い鳥のSNS連携のイラストや文章をあげられる場所などがいくつもある。そういった場所にあると突如被弾することは減る。
他人を変えるのは難しいし、それぐらいなら自分が何かするほうが楽だ。
自分は、なにかあったときに同意をした人にだけ見せていたとせめて言えるように、古の同人サイトが如くパスワードをつけられる検索避け済みSNSなどを利用する。
最悪の時の免罪符になる。
ところで、今までは無いからといって今後は無いとは限らない。
一般人の目に止まったから騒ぎになるのが確率的に高いのではないかと自分は考えている。
体感的に一般人の多さは青い鳥のSNS>青いアイコンのイラスト等SNS>その他個人サイトやgoogle検索避け済みパスワード付きSNSだ。
なので、一般人が多い場所が焼かれているうちに、もっと奥地に潜んだ自分はケツまくって逃げる予定だ。
こういったときにオンラインだから晒されるんだ、オフラインで同人誌を出せば良いという発言が流れうことがある。
同人誌をプレボに入れるなどの都市伝説は置いとくとしても、とある中古同人ショップは買い取った本のジャンル名やタイトル、カップリング、サークル名を丁寧に書き出してネット上に載せている。なんなら表紙も上がっている。
ところでアレはどこから情報持ってきてるんだろう。検索避け済SNSのパスワード付きの場所でしか発行を告知しておらずなおかつ頒布部数が両手足の指の数しかない本もデータベースに入ってたんだが売った人がいるんだろうか。
役者さんが唐突に「友達からもらった」と書いてブログにあげた画像が、青いアイコンのイラスト等投稿SNSにしかあげられていないものだったりする。
これはナマモノだが、検索避け済みSNSのパスワード付きのイラストを、腐女子ではない一般のファンと名乗るアカウントが転載したこともある。
いくらどれだけやっても見つかるときは見つかるし、晒されるときは晒される。
考えていてもわからなくなった。
一応書いておくと、もともとは公式がやっている場所までと思っていた。
公式と青いアイコンのイラスト等SNSがコラボしたためにおそらくは公式が投稿されたイラストや小説を見ているだろうとあるジャンルは、公式でキスシーンがあったがそこまではファンアートとして青いアイコンのSNSにあげてもセーフなのだろうか。
日曜朝に放送されていた子供向け番組のネット配信では男性同士のベッドシーンがあったが、これはファンアートとしてそこまで描いてあげてもセーフなのだろうか。
また、原作がドラマのジャンルのコミカライズで何かを描く場合は、コミカライズ準拠ならば二次元ジャンルがそうであるように隠れずに公開しても良いのだろうか。
外見はドラマのコミカライズなためにほとんど役者と同じだが、それでもコミカライズの設定ならば良いのか。コミカライズが原作とほぼ同じものでしかない場合はどうなる。
ここまで書いてみて、やはりどこからが危険でどこからがセーフなのかわからない。
ゲーム単体として見たら凡ゲーといったところで、グラフィックはしょぼいし、シナリオも平坦、システムは意欲的だが荒削り、でも音楽と世界観とキャラクター造形が良くできていて、総合したら星3つ程度の評価が妥当なところだと思う。実際他人のレビューでも星3か4で色々惜しいと言われていた。
このキャラクターと世界観がどうしようもなく刺さってしまい、ファンアートを描いたり考察を垂れ流していた。ただ、良作ではなく凡ゲーだという認識は十二分に持っていたので、こうだったら良かったのにとガッカリしている気持ちも当然持ち合わせている。それでも好きだと言っていたつもりだった。
発売からまだ1年も経っていないが、このゲームの話をしてる人間がとにかく少ないので本スレを見に行ったら、スレは荒れまくりディレクターへの個人攻撃が繰り広げられていた。ここアンチスレだったか?
挙げられてる作品そのものへの不満点はだいたい共感できるものだったが、俺の理想のゲームにしなかったディレクターはクソでキモい(気持ちはわからなくもないがディレクター以外を棚上げした個人攻撃が酷い)、これを好きだと言ってる信者もキモい、さらには信者ヲチアピールまであって、これ本スレだよな??とげんなりした。
ログを遡っていくとファン叩きで盛り上がっていた時期があり、それが今では垢消ししてしまったフォロワーのことだというのも判明してしまった。内容と時期が完全に一致していたので間違いない。貴重な交流相手が垢消しするという実害が出ている、最悪だ。同時に好きだと発信することが怖くなってしまった。作品への不満は分かるだけに、盲目的な信者と一括りにされるのも嫌だ。信者は嫌いだ。
もっと有名なタイトルであれば、似た者同士寄り集まって騒いでいればいいじゃないかと思えたが、とにかく人口が少ない。今残っているのは未だに粘着してるアンチが大多数で、粗いゲームだったけど好きだというファンなんて全然いなんじゃないかという思考が消えない。でもこのゲームが好きだと思う気持ちは強くあって、絵を描いたり考察をやめたいとは思わない。恥ずかしい話だが、二次創作で物語をかきたいと思うくらいにはこの世界観とキャラが好きらしい。キャラがただ好きだから絵を描くのと、キャラが生きて動いているところが見たいという気持ちは少し違うんだなとこのゲームで初めて感じた。
……やっぱり信者なのだろう。来週公式が募集した企画に参加しようと思っているが、本スレ民の目に触れることは間違いないので叩かれる不安しかない。信者で何が悪いと開き直れる強さが足りない。
数日前に公式で小さな動きがあったのに本スレの書き込みが突然ぱったり止まったので、どうしたのだろうと思ったら葬式スレが活性化していた。本当にアンチしかいないんじゃないかと思った。
〜注意喚起〜
このブログはモラルの欠けらもない。悪口・愚痴・文句など言いたいことを言うだけのブログなので、彼らのファンは絶対に見ないことをおすすめします。
もしこのブログにコメントする人は彼らの擁護コメント以外でお願いします。
ココ最近Twitterで我々だ!や我々だ!のファンに対してのアンチ長文が出回っている。我々だ!のアンチとしては「周りに迷惑をかけている」「最近面白くない」など。ファンのアンチは「マナーが悪い」「民度が低い」「キッズが多い」などなど。
自分は我々だ!はhoi全般、マイクラ(見てないシリーズ多々)、マイクラ人狼(途中で切った)、Wot(全部見たか記憶曖昧)は見たことがある。異世界は体に合わなかった。
我々だの実況スタイルは広い層に受け入れられるようにできている。大人数で全員を覚えにくいと最初は思ったが、動画を邪魔しない程度の字幕や簡潔なアイコン・色分けでわかりやすいように工夫されていた。薄いがストーリー性があり、企画もよく練られていて安定の面白さ。芝居かかったセリフなども人気のひとつ。まぁ自分が見ていたものだけで言わせてもらうとこんな印象があった。
今回の文章を書くために最近の動画をちらっと見てきたが、質の落ち方が酷くていろんな意味で笑った。字幕もyoutubeでよく見る安っぽいクソデカ文字。「異世界の主役は我々だ!」という漫画のキャラクターが決め台詞を言う寒いシーン。何もかもが薄ら寒い。なるほど、昔からのファンが離れるのも分かる。
ファンのコメントも他の実況動画のコメントと比べるまでもなく酷い。「結婚して」だの「〇〇×〇〇萌える(腐を匂わす発言)」だの、自分が言うのもなんだがモラルの欠片もない。
ファン、と一括りしてはさすがに一部の純粋に応援しているファン(いるのか知らないが)に申し訳ないので害悪とこれから呼ぶ。害悪達は我々だ!を「二次元のキャラクター」かなにかと勘違いしている。そういうもの達が書くイラストは動画内容と関係ない、所謂「捏造イラスト」は我々だ界隈のみならず他の実況界隈までも汚している。
関係ないゲームのコスプレ。女装・女体化。創作(笑)漫画。何もかもが妄想の産物。それを嬉々として描いているもの、見ているもの、全員が狂っている。
どうして他の界隈よりも圧倒的に荒れているのか。それは我々だ本人から、ファンアートに対する公言が主な原因。
「(我々だ二次創作全般において)私たちは『あらゆる創作表現を歓迎』しており、
表現の自由はこれまでも、そしてこれからも保障され続けるべきであると考えています。(一部抜粋)」
コスプレ、成人向け表現(R-18)もルールを守るならOKと書かれている。
頭が可笑しいのでは?
自分が一通り上記のグルッペンの文章を読み終わった後、そう思った。
別にこの文章内容に思ったわけじゃない。重要な文章がないことに思った。
どうして「他の実況者のルールは自分たちのルールと違うので迷惑をかけないように」と書かないのだろうか。
我々だが現在進行形で荒れ、他の界隈に嫌われるのは、我々だ自身がこういう所に配慮が足らないせいだろう。
そのせいで元我々だ界隈にいた少し有名な害悪が他の界隈に移動した途端に、態度の悪さにそこのファンにボロクソに叩かれて、そこでようやく自分たちがとんだ恥さらしだった事に気づく。なんとも面白い話だ。そこで気づくならまだしも、気づかない馬鹿もいる。そういう奴ほどUターンしてまた我々だの評価を下げる。悪循環だ。
我々だは他の実況者とコラボすると途端に面白さが減る。気の利いたコメントも言えず、痛々しい自分たちのキャラも振る舞えない。幕末のように迷惑はかけないが、孤立してるせいで微妙な空気を生み出す。害悪も右にならえで態度が一層悪く見える。
我々だが他の界隈に嫌われなくなる事はほぼない。唯一あるのは、もっと頭のイカれた実況者が現れてそっちに流れていくのを祈るしかない。
絵を描くのは好きだけど、絵を描くのが辛い。
自分は小さい頃からの絵を描くのが割と好きだった人間で、学校の休み時間とかによく絵を描いていた。そこそこ上手い絵を描けるという自負もあった。(そこそこというのは、イラストレーターのレベルではもちろんないが、ファンアートとしては中の中くらい)
けれどそれを評価してもらったことが一度もない。上手だね、と言ってもらうことはたまにあるけれど、それだけというか、何か感想的なものはもらったことが全く無い。
一方で、自分の周りでは客観的に見てもあまり上手くない絵を描く人の方が褒められていて、とても複雑な気持ちになってしまう。
絵を描くのはもちろん好きで、もっと上達したいとも思っているのに、いつもモヤモヤしてしまうせいで挫折しそうになる。
辛い。
半ナマのマナーについては時代の動きによってかなり揺れていると思います。そもそもOLなどは漫画やアニメ業界と同じように、二次創作(ファンアートくらいに捉えているのかもしれませんが)も販促になって良い、くらいの歓迎ムードを公式から感じます。実際どうかはわからないですが。
ナマについては、色々な考え方のご本人様がいらっしゃることなので、ご本人様と自分を守るためにまだ昔ながらのルールを遵守すべきだとは思います。
時限販売は列ができない工夫があれば問題ないと思いますね。〇〇時に戻りますという紙に「スペース前での待機はおやめ下さい」と添えたり、「離席中です」というツイート自体は時限販売に関わりないですし、「スペース戻りました」と戻ってからのツイートも当然問題ないと思います。
ただ、サークル主が思っている以上に人気があってそこを読み切れなかったり、同人活動ではいろいろなイレギュラーが発生するので、できるだけ無難に、明記されたイベントのルール遵守で行動するのがよいと思いますね。イベント会場こそ秩序やそれを守る意思が強く必要で、普段の生活よりさらに細やかな思いやりや想像力を働かせるべき場だと思っています。
まず初めに。
増田で公開してる時点でお察しなんですけどこの記事はとある踠き苦しんでる嵐ファンの嘆きです。
従って既に前を向いてるファンの方や特に大野担の方にとっては胸糞悪い内容になること必至です。
私は10年以上嵐のファンをしている。それが一般に短いか長いかは別として、個人的には短くない時間だと思ってる。多分これからもずっと好きだと思う。
私は所謂お花畑ファンというやつで、どんなに熱愛報道が出たって全然平気だった。全然信じなかった。だからずっと言っていた「私は嵐に裏切られたことなんかない」と。
だから全然気づけなかったのだ。私は今嵐に裏切られたということ。会見から1週間近く経った昨夜、やっと気付いたのだ。
だって考えれば考えるほどあんまりだなと思った。私が無邪気に感動して泣いていたSong for youの時も、これからの未来を信じられるような「未完」の時も、もう既に終末へのカウントダウンが始まっていたなんて。酷い話だと思う。むごい。
潤くんは言った「まだ見せたい景色、見たい景色があります」「これからもついてきてください」。まさか2020年末という終点が確固として存在しているとも知らず私は信じていた。
そして昨日気付いてしまった。潤くんは未来の話をしていないのだと。いや、もしかしたらニノもかもしれないけど。
潤くんにはレギュラー番組がない。ラジオもない。翔くんが冗談めかして「個人の仕事は絶賛募集中です!」と言った時も、相葉くんが「マナブは続けたい」と言った時も心底羨ましかったのがそこだ。潤くんのリアルタイムな言葉が聞けるのはもうEnjoyしかなくて。そのEnjoyでも、2020年末までのことしか書かれてなくて。じゃあ2021年からは?急に潤くんが生活からいなくなったら私はどうやって生きていけばいいの?
翔くんと相葉くんが言ってくれてる「復活はあります」って一体何年後の話なんだろう?だって長いこと嵐のファンしてた人は絶対思ってると思うんだ。自由を知った大野智が果たしてこんな窮屈な芸能界に戻ってきてくれるのかって。
そのまま5,6年休んで、やっぱり芸能界への未練はないやってそのまま退所しちゃう可能性だって結構あるでしょ。だって縛られるの大嫌いな大野くんだもん。
一度そう考えたら絶望しかなかった。アイドルの潤はもう二度と見られないのかもしれない。兄ズに囲まれてニコニコして心底幸せそうな潤がもう見れないのかもしれない。
そう思うと大野くんを庇ってるようなファンアートも #大野くんの夏休み のハッシュタグも無理だった。いやいやだって貴方が言い出したことじゃんってなってしまった。どんなに綺麗な言葉並べても、5人の総意ですって言われても、でも大野くんが言い出さなかったらこんなことにはならなかったって思ってしまう。
「大野くんだって人間なんだよ」「嫌々アイドルやられて嬉しいの?」と自分の中の理想のファン像がそう言って攻撃してくる。うるせぇ、そんなこと分かってるわ。
理想のファン像から著しく外れてしまって、それでも嵐は好きっていう想いだけ残って。
私はどうしたらいいんだろうなって、虚無感しか今はない。
とある作品投稿サイトで、1人の(サイト内だとそこそこ有名な)創作者のファンを何年も続けてる女がいた。
私もその創作者のファンであり、その女の事はそいつが描いてた創作のファンアートを見かけて知った。
その女のイラストは飛び抜けて上手いと言う訳ではなかったのだが、全て丁寧に描かれていて愛の感じられるイラストで、創作者に媚びる事だけ考えてファンアートを描いていた自分が惨めになりながらも覗き見する事をやめられず、いつしか創作者よりその女のファンアートだけを見るようになった。
しばらくして創作者がTwitterを始めていた事を知り、すぐにフォローをして会話をしていたら別の人にフォローされた。
あの女だった。
私は暫くの間この女の作品を追い続けてはいたが、一切ブックマークやコメントはせずにいたので、向こうは私の存在をTwitterで初めて知った様で、たどたどしい様子で向こうから「あなたも○○さんのファンなんですね!」と話しかけてきたので普通に返事をし、よく話す様になった。創作者の話をされ、細かいネタ等も持ち出してきて、会話には正直付いていけなかったが、そこまでひたむきに一つの作品を愛せるこの女が羨ましくて仕方なかったし、ストレスしか感じなかった。大嫌いだった、話すのも苦痛だった。別にこの女が悪くないのは分かってる、その創作者とは私の方が仲が良いし、絵だって私の方が上手いのに、何故だか劣等感が拭えなかった、こいつに勝ちたいとずっと思っては頭を掻きむしっていた。これが親友との出会いだった。
それからその女が創作者に恋心を抱いてる事を知るのに時間はかからなかった。
そこで私は、身体を使って創作者に取り入る事にした。オフ会をして、媚びて、そういう行為に至り、その優越感に浸る事で羨望、嫉妬は消えると思った。が、何も変わりはしなかった。それどころか余計に綺麗に、純粋に生きているその女と汚い感情にまみれた自分を比べて、惨めになるばかりだった。結局その創作者ともその後、友達という関係に戻った。
その女含め創作者達とリアルでよく遊ぶ様になって一年が経とうとしていた頃、創作者と女が付き合っていた事を聞かされた。幸せそうだった。それから恋愛相談をされる様になり、惚気話や喧嘩話に一喜一憂する様を間近で見ていた。
私は相手が安心出来る、笑顔になれる様な返答を心掛けた。そうすれば何だか救われる気がした、許される気がした。それを何年も続けているうち、その女に喜んでもらう事が生きがいになり、依存し、その女の為なら何でもする様になり、いつしかその女しか友人はいなくなっていた。
荒んだ家庭で理不尽に暴力を振るわれ、精神疾患になり、生きる意味など分からなくなってる自分が、平凡な家庭で健やかに育てられ、友人や恋人に囲まれて過ごしているあの女と話してる間、その間だけは、自分が普通の人間でいれる気がした。
何でこうなったのかは自分でも分からない、最初は大嫌いだった、今も幸せそうなあいつを見てるとイライラする、でも自分が普通であるフリをするにはそれしかない、いやそれも言い訳か、私はいつしか7年間その女を追いかけていた、近々、創作者とその女は結婚するらしい。
私は、失恋したのだ。
BLではないですが、好きな作品のファンアート(二次創作)も描きます。
友人には腐女子の方も、そうでない女オタクの方も居ます。腐男子も男オタクも居ます。どちらの性別にも属さない方も。即売会にもほそぼそとスペース参加しております。
今回において「腐女子カースト~底辺同士のマウント合戦~(COMIC維新りあら)」という漫画作品に脅迫的な批判をするつもりはありません。法律や条例に抵触するかどうかを語りはしません。ただ少し倫理的に問うことは一つ二つあります。
また、各配信サイトで無料試し読みで設定された話数が、出版責任者が「つかみ」と判断した範囲とみなし、その中で感じた所感だけにとどめることを事前に断っておきます。
匿名の場所にこうして文書を上げるのも、私自身の「顔」や「作品」や交友関係などのプライベートを見たがる人達に対する、防衛だと了承していただければ幸いです。いかなる名品名作であっても、つつけば必ず「粗」が見つかり賛否がわかれる物だと私は考えております。私は自分の作品を愛していますが、悪意をいちいち気にしてしまう繊細さも自覚しておりますし、大事な友人達に迷惑はかけられません。
なのでこの文書は、ある漫画書きの、ごく個人的な感想として見て頂ければと思います。
誰にでもわかるようにと書いた結果長くなってしまいましたが、よろしければお付き合いください。
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同時に読者は面白くないと思ったものを面白くない、酷いと思えるものを酷い、ノットフォーミー(自分向けではない)な作品はそうだと言える自由も有ってほしいと思います。彼らの感想もまた創造性を持つ表現行為だからです。
そして作品が流行することによって起こる「意見の封殺」と文化の断絶は、人々の自由に害を与え、文化を停滞させるものであるため、避けるべきだと思っています。
この文章は、それが起こってほしくないがために出す私の意見なのです。
以下の諸々の前提について、あなたが再確認する必要がないと思ったなら3.まで飛ばしてください。
今やWEBでの作品公開は、電子化された過去の名作や現代の人気作と同じ土俵で戦うことになるため、無料公開しても「時間と電池がもったいない」と思われては不利です。戦略的に失敗に陥りやすいです。時事ネタについても個人の公開速度には叶いません。
ただただ露悪的な本はただただ露悪的で、熱心ではない、無駄なお金を出したくないライト層だけに消費されて消えていきます。私自身がそれを好んで読み、染まっていた時期が長らくあったために、それらの寿命が如何に短いのかをよく知っております。
外側に居ても内側に居ても不明瞭です。
その文化の多様さや精神性、変容の歴史を、長く迫害を受け分化してきた巨大宗教のようなものだと今の私は捉えております。
そうした点と、物語を見る目が肥えていることも含めて、漫画で描くには「気を付けるべき題材」であると考えています。
今回の作品「腐女子カースト」にはエッセイというジャンルが振り当てられています。
もしも仮にあなたが「作品ジャンルが実録エッセイなら、ヤマ・オチ・意味のない物語でも成立するのだ」と考えているのであれば、それは読者への甘え、ひいては全てのエッセイ作家への侮辱となることでしょう。
そのように考えて行動した時のリスクを、自身のために想像しなくてはいけません。
エッセイとは自らを省みる内観であり、自らの魅力でもって読者を個人的生活に惹き込むものです。『私小説』『ドキュメンタリー』『ノンフィクション』に連なる伝統的なジャンルです。
そこに登場人物を増やすのであれば、名前を出さない通りすがりの人であっても、存在しない架空人物であっても、最大限に配慮しなければなりません。
エッセイ漫画は「画力が伴わずとも描ける」としばしば思われていますが、それ以外の部分での構成力と魅力を問われるものなのです。
エッセイだからと言って、醜い本音を受け入れてもらえると思ってはいけません。空費させてはいけません。
エッセイだからこそ『第一話』の初対面で『印象良く』見えるように、深く考えなければ、思った通りに読んでもらえないのです。
それは化粧にも似ています。化粧に作法手順があるように、漫画の第一話にも作法があるのです。
現実とずれた部分、主人公の欠落した部分、作者個人の主観があるなら、それもまた、納得を得て面白くするために、最初のフックの時点で、注意深く描写するべきなのです。
共感できる相手だけを狙って描くのも間違いではありませんが、共感できない者でも楽しめる工夫、そして+αで得る物が無ければ、買って読むまでもない孤独な見世物的な内容になってしまいます。結果的に長続きはしません。
誰もが作品をアップロードできる現代では、心の底からの叫びを見つめ続けた尖った『自主制作作品』が作者本人の手によってすぐに届けられるのです。それと競争することを考えても、エッセイはますます難しいジャンルになっています。
足すべき部分は足し、引くべき部分は引かなければなりません。本当に面白い漫画はたったの1コマでも、読者を満足させるのです。
技巧や経験とは必ずしも正比例しません。作家が描くべき時に描いた時に輝くのです。
面白くないと感じながら、面白くないと言われながら描くのはとてもつらいことです。それは作家がするべき我慢ではありません。感覚が麻痺してしまいます。
最初から捨てるつもりの名義だったとしても、それを描いたという傷は全人類が記憶喪失でもしないかぎり一生描いた本人に残ります。
本当に面白い作品で、届くべき人の所に届けば、口コミで売れていくという強みが電子書籍にはあります。
そのためには、読者の目を甘く見てはいけませんし、読者の声を額面通りに受け取らないように注意すべきです。
作品と作家が自由であるためには、正しい戦略を立てなければ、生き残ることは難しいのです。
作品内の第一話、即売会イベントへ向かう電車内で、ノーメイクの女性二人連れに主人公が心の中でツッコむシーンがあります。
この時の主人公の思慮の浅さは、エッセイ漫画としても致命的ではないでしょうか。
表情や服装から即売会という目的地を同じにしていると確信しているからこそ、ノーメイクの女性を「同志だ」と確信して、その気を抜いた姿と能天気な様子に、イベントへ向けて気合いを入れて来た主人公は憤慨しているのかもしれません。
しかし、続くコマはただただ妄想の中で、相手が言いそうな言葉を言い訳だと否定し、持論を展開するだけで、相手のことを考えていません。
取材力・想像力ともに範囲が充分でありません。狭いのです。自分の中で完結してしまっています。
たとえば化粧を禁止されている、お小遣いもギリギリの学生かも知れない。
遠征で電車や高速バスが遅延して時間がなかったのかもしれない。
身バレの可能性があり、恥を忍んで素顔に近い顔で来たのかもしれない。
経済的に苦しくて、自分に合う化粧品やファッションに出会えずにいるかもしれない。
家庭事情も経済事情もさまざまです。また、障害を持つ場合もあります。
化粧をしない理由はそれぞれです。
それぞれが努力によって対策可能だったとしても、皆がそれを完璧にこなせる訳ではありません。
私が考え過ぎで、素顔で出歩くことに特に理由がない人もいるでしょう。普段から化粧をする必要がない仕事に就いているのかもしれない。それを「ろくでもない仕事」だと考えることは職業差別です。
もしかしたら彼女達は「ノーメイクで行く」という行動と、互いの美醜を互いにイジらないという暗黙の了解によって、目に見えない友情を確かめあっているのかもしれません。私はそれを尊いと感じます。決して馬鹿にはできません。その感情に、外見も性別も関係ありません。
素顔で出歩く女性を、腐女子というだけで見下してしまうのであれば、もしも、彼女達が会場前の駅に降りず、手前で降りたなら、あるいは過ぎ去ったならどう感じたでしょうか?
腐女子について話すためにここまで考えなければならない理由がわかるでしょうか?
「格好がバラバラな集団がいたら高確率で腐女子」という有名なネット上の言説があります。これはオタバレの指摘でありながら、腐女子文化を捉えることができる好ましい例なのです。
化粧やお洒落そのものが大好きで趣味とする女性は居ます。それと同じくらい、化粧とお洒落をしない、できない女性は決して珍しくありません。この二者は普段の生活では交わらない存在です。それでありながら、ただ「腐女子」「オタク」「アマチュア作家」であるというだけで、同じものが好きというだけで、SNSや作品を通して同志となり話し合えるのです。
本当に「腐女子カースト」は存在するのでしょうか。色眼鏡をずらして、少し観察すればわかることです。実際に腐女子の集まりを見て、外見の美しい人にそうでない人が付き従ってるように見えましたか?
なぜ、かような形で消化してしまったのでしょうか? なんのフォローもなく、嘲笑して終わってしまったのでしょうか?
私は想像力が狭いまま物を作り続ける人間に対して「そのままでは続けられないよ」と教える以上のことはできません。
想像力を鍛えるには『違う価値観』と対話しインプットしなくてはなりません。他人との会話でもいいです。怖いなら文学でも好きな漫画でも、アニメ、ドラマ、映画、音楽。なんでもいいです。時間がある時に良質だと思う作品に、幾度も視点を変えて触れてみてください。でなければ、他人を知ることが出来ず、それゆえに自分を正しく見つめることも出来ず、自分だけの世界に閉じこもってしまいます。
インプットをしないまま作品を描けば、描くほどに、ただ自らが傷つき続けることになるからです。
また作者は最低限の身嗜みを礼儀と捉えているようですが、その最低限ラインも上記の理由で人それぞれだと想像できなければなりません。好みの服装もそれぞれ、地域文化、仕事もそれぞれです。
主人公が綺麗でかわいいと感じた『神』の多くも、自分や買いに来た人の姿を気にしていません。コスプレイヤーだって、キャラに入っていない時の自分の姿は出来れば注目されたくないのです。懸命に作って共感を求めた作品ではなく、日常の延長で作った「最低限の礼儀」の姿を褒められても、彼女達は嬉しくありません。そこがそういう場だからです。
腐女子やオタクが「恥ずかしい趣味だ」という感覚も最近では少なくなってきています。
オタク向けのイベントに行くなら、張り切ってグッズを身に纏って「オタクの姿」をすべきだと判断する人もきっといるでしょう。それもやはりその人なりの身嗜みなのです。
またイベント外なら、服装の奇抜さだけでオタクかどうかを判断する材料にはなりません。ゴスや原宿系等、日ごろから周りに迎合しない、自分自身を出したお洒落を好む人々が存在します。似合うか似合わないか他人の判断基準で彼らは服を選びません。オタク文化と重なる部分も多いですが、その文化をオタクと一括りにするのは、私は違うと思っています。
そもそも即売会は『交流』のためのものです。街の本屋さんとは違います。売り手と買い手の信頼で構成された、本来は技術の見本市なのです。この辺りは運営委員会のガイドラインなどにも書いてある範囲でしょう。
会場において相手の姿を気にする時間はありません。イベント会場はまさしく「戦場」なのです。時には顔すらも覚えておりません(これまで自分のスペースに来てくれてる方、すみません)人気壁サークルでなくとも、友人に頼んで売り子を立てる作家さんも居られます。
時間が限られているのに、車の試乗会で車を見に来たのに、同時にディーラーの外見をいちいち品定めしてチェックしますか?
自社のために技術を持つ小さな会社と契約したあとで、社長のブログに自慢が書いてあっただけで「そういえばあの社長不細工だったな、嫁さんも不細工だろう」などと、いちいち思うのですか?
それらを書いた冊子を、彼らの職種を冠したタイトルで売ったらどうなるでしょうか。
まさにそれこそ、礼儀を欠いた行動ではないでしょうか。
表現の自由の下であっても、不快になった当事者には怒る権利があります。
ここまでの説明によって第一話のあの一連の流れが如何に的の外れた低俗な「笑い」であるか、理解できたでしょうか。
ありとあらゆる多様な価値基準を無視して、己が良しとするものだけに迎合する。そこを頂点に据えて妄想の中でカーストを構成する。
腐女子を冠して発表するには、あまりにも浅く、無防備なのです。
そして、何分の一か、ほんの一部だけ、この作品の主人公のように他人を品定めしてしまう人間も、腐女子は間口が広いがゆえに存在しているのです。
主人公と同じ悪意を秘めた女性達は、この作品を読めば共感するでしょう。
ひっそりと楽しんでいた人もいたのかもしれません。
しかし、この「腐女子カースト~底辺同士のマウント合戦~」はつい最近、無料公開分がツイッターに投稿されました。現在はアカウントごと消滅しております。
広範囲の誰もが評論できる場所に出してしまえば、本を共有してしまえば、彼女達の罪悪感を無理矢理抉り出すだけの結果になってしまいます。
安易な形で発表し、コントロール不可能な批判を浴びたことによって、彼女達は愛想笑いを続けて、怒れる友人と一緒になって作品を叩かなければいけません。作中で一般人に擬態する主人公のように、怒れる腐女子としてその社会の中で信頼を維持しなければなりません。腐女子という世界の中にカーストが存在しなくても、社会は存在しています。愚痴垢や捨て垢で陰口を叩いて共感しあうのとは全く違います。
そうして作品を叩くうちに作者を、版元を本当に憎悪していくか、あるいは交友関係を切って何もかも忘れてしまうというような極端な行動しか取れなくなります。
作品は、発表の仕方まで気を使わなくてはいけません。これもまた貴重な顧客を失う『失敗』なのです。
この主人公のように、見た印象だけで人を判断して遠ざけて来た記憶が、私にもあります。作家デビューした相手に嫉妬したこともありました。自分と交わらない人間の人生を、いかに踏みにじってきたのか。それを考えるたびに私は後悔と反省を繰り返しています。
自分が野次馬根性の暇人であるというのは理解した上で書く。文章書くのも下手なので読みづらいと思うけど吐き出しのために。
先日たまたま、とある小さな界隈で揉め事が起きているのという話を聞いた。その人もその界隈の人間ではなくツイッターのフォロワーから愚痴か何かを聞いたらしい。
内容は、その界隈のとある2名(A、B)が公式ロゴを使ったグッズを作成し、公式タグ(#ジャンル名)を使ってツイッターにグッズの写真を投稿。
その後、同じ界隈のCが「それは著作権的にいかがなものか」「公式タグを使ってそう行ったことをするのは良くないのでは」「著作権を知らないのか」と言った言葉を少々口が悪い言い方で、AとBのツイートをRTした後に批判したらしい。
個人的に、AとBの行為はグレーゾーンだが公式タグを使うというのはあまり賛成できないと思った。もし自分ならFF外なら見かけてもスルー、FF内なら作った人と距離を置くと思う。自分も同人を行なっているが、公式のロゴをそのまま作品に使ってしかもそれをインターネットにあげるのは怖い行為だと思っている。(ちなみに今回のABCはAとBが仲良し、Cはどちらとも相互ではないようだった)
その後、RTされた二人がCの発言を見たらしくAがショックを受けツイートを消す。そしてそれにBが怒り出した。というところまで人づてに聞き、Bのアカウントを見てみることにした(正真正銘の野次馬である)
BはCのいろんなツイートをRTしては批判、Cはそのジャンル内で上位ランカーだったようだが(ゲームジャンルらしい。今回初めて聞く名前だった)「以前にも似たようにRT後の苦言で界隈の空気を悪くしていた、同じ行為で今回Aを傷つけたのは許さない。」とBはCのこれまでの口の悪いツイートなどもRTして空中リプライで批判した。
怒っているわりに空中リプライで笑ってしまった。なぜリプライを送らない。
途中、Cのお仲間?らしい人も何人かRTしては煽りのようなツイート(「お仲間なら助けるべきでは?注意するべきでは?なぜしないのか」)をしていたが、お仲間認定された人達のツイート内容は「C粘着されてるの?」というものこそあれど、そのほかは関係のない普通のツイートばかりでABが行なった行為に関するツイートは一つもなかった。が、Bは「Cお仲間は集団で私達を笑っている」と怒り心頭だった。
ここまで見てきてBの行動言動があまりにもおかしかった。はっきり言って厨二病と言わざる得ないツイートが多く、それも面白くて観察していた。
そのうち、Bは質問箱を設置して意見を求めた。するとCへの苦情、Bの反撃の仕方への苦言、Bへの煽りなど様々な文が送られていた。Bはそれら一つ一つに持論で回答。その持論も個人的にはずれているように思えた。
その中に「Cと同じやり方をするのは良くない」というものもあったが「そうしないとこれが嫌な事だとCは気づかない」と回答していた。Cが界隈の空気を悪くしてる事を怒ってたのでは?同じことして界隈の空気悪くしてどうするんだろう。しかも関係ない人のどうでもいいツイートをRTするのは同じ行為なのか?そしてなぜリプライしないんだ。Bはこの行為がCへの抗議になっていると本当に思ってるのだろうか。謎ばかりだった。
Bが質問箱を使って踊っている最中、そのジャンルの公式が「公式ロゴ使って作品作って公式タグ付きでツイートしていいですよ」と発表した。びっくりした。こんな炎上とも学級会とも呼べないくらいの小さな話に公式は回答を出すのか。すごいジャンルだ。そしてその内容にもびっくりだ。許可出すのか、公式が。すごいな。
正直この手の事は問い合わせがあったら問い合わせの個人に返答、そしてジャンルによっては許可が出ない可能性も大きい。許可が出なかった場合が怖いので公式に凸などしない(今まで善意でスルーしてたものに問い合わせがあると公式はNOと言わざるをえないから)というのが自分が経験してきたジャンルだった。この狭い小さな界隈では公式とファンとの距離がとても近いんだなと感じた。
そんな公式の発表があってからBの勢いはました。Aに謝れ、Cの今までの行動は界隈にとって悪い事だったんだ、自分達は元々公式に許可を得て作成していた(これは公式発表があった後言い出した)
それらをツイートしてたが相変わらずCにリプライする様子はない。
そしてとうとうCはBをブロックしたらしい。なるほど自分の部が悪いとわかったので逃亡したのか、と思ってさらに見ていたらどうやらAには謝罪のリプライをしたようだ。その後AとCでDMで話したようで詳しくはわからないがCがまた失言でもしたのかAの固定ツイートが「謝罪いりませんは許したではありません」のような内容に変わっていた。そしてCは鍵をかけていた。
Bはその後もAに謝れやらなんやら言っていたが、途中からそれまで荒々しかった口調が突然丁寧になり「Cの行動をなぞる事でCにこの行為を嫌なものだと分からせたかった」「自分は界隈をより良くしたい。公式タグにファンアートのないジャンルは衰退する」と述べた。(個人的にはイラストや2次創作物に公式タグをつける人は苦手なのでこの感性はよくわからない)
あと「自分は対話を望んでいる。Cは一方的にブロックしないで欲しい」とも言っていたが、ではブロックされる前にリプライ送って抗議するべきでは、と思いながら見ていた。何がしたいのだろうこのBは。部外者の自分からはCと同じ界隈を荒らした人間にみえる。
Bへの質問箱には「C一派は昔から声が大きくて迷惑していた」などという内容や、Cの動向を教えるいわゆるユダなんかもいたがBは変わる事なく現在も「対話を望んでいる」「貴方の行いは良くない」と空中リプライで一人で踊っている。
と、一連の知らない界隈の学級会?をBを中心に覗いてたわけだが内容見る限りCはランカーで課金もかなりしてるようだがそれを盾に口調がきつかったり言い方がひどく、かなり危ない人物であり自分が同じジャンルでも近づきたくはないなと思ったが、Bもどう見ても危険人物だ。それなのに質問箱にはBの行動を応援する声もあってすごい界隈だなと思った。
Bは途中、「RT先でバカにするのはいじめと同じだ」と言っていたがツイッターでRTからの批判なんて良くみる光景だがこの界隈は違うのだろうか。質問箱にも「Cに指摘すると自分が標的にされそうで怖かった」なんて文章も来ていたがAに謝罪文を一方的にしろ送ったCはまだ会話ができる人間に見えた。この界隈の人達は今までCをたしなめた事があったんだろうか。RT後の批判に怯え、Cを不快に思うならなぜブロックするなりやめてと言うなりしなかったんだろう。自分と感性が違いすぎておもしろいとすら思った。
途中、読んでいてBの厨二病加減にムズムズしてしまい、C寄りな内容になったかもしれないがCもBも同じ穴のなんとやらのようだ。…今時「自分を怒らせたら怖いぞ」なんて言葉吐く人いるんだな。
この話はCの鍵垢逃亡によって終わるんだろうが、今だにBは対話しよう対話しようとTL上でCに呼びかけている。
もしかしたらこの小さなジャンルの学級会?に続きがあるのではと思ってしまう。
暇つぶしになるのでもう少し見ていようと思う。
スパチャとか広告収入は半分以上元締めに入るから、それ以外の部分で稼ぐ必要がある
主な収入源はお金持ちファンからのお布施なので、その環境を作っていく
まず最初にするべきことは、適当に推しを作ること。大勢が推してる大手じゃなくて、自分が声かければコラボできる程度の相手が望ましい。
この推しは本当の推しじゃなくて構わない。嫌いじゃない程度、仲良くお話できる程度の相手ならなんでもいい。
②次に深夜の配信を中心に行う。昼間は推しを応援してたりで疲れる配信は連発しなくて構わない。
深夜の配信は遅くまで働いているお金はあるけど使い道が少ないサラリーマンに目をつけられやすい。狙い目である。
③ここまでやると、自分を推す人々の中にお金持ちの存在が見えてくる。そこで狙うのは、異性の人気絵師。
ファンアートを描いてもらえたら、お礼がしたいからとdiscordに誘う。通話する仲になって、たくさんファンアートを書いて貰えるようになる かどうか手腕しだい。私は専属のファンアート絵師がたくさんできた。
そして仲良くなった絵師は食事に誘おう。仕事でネットの相手とも顔を合わす機会の多い絵師は、案外簡単にあってくれる。
そこでファンアートを貰ったことのお礼と、とにかく絵を褒めちぎる。褒めると言うよりは、あなたの絵が本当に好きでみたいな方向で。
すると絵師はファンアート以外でも私にずっぽりになって、アマギフをくれたり、遊びの誘い、お小遣いをくれたりする。とてもありがたい。
そんな絵師のファンを10人でも作れば、月に20万以上そこから収益が取れる。方法はなんでもいい。とにかく楽しませていい気分にさせて、お小遣いをもらうのだ。
④そんな貢がせてその絵師たちが喧嘩したりしないかって?そこで効果が出るのが①の推し活動だ。
推しを宣言して日々追うことで、本命はそのVtuberだとファンにも絵師にもアピールできる。基本お小遣いをくれる絵師は自分が2番目の関係でもいいと思ってくれる。ただし1番だと思い込むとつけあがって他の相手を蹴落とすストーカー地味た存在に変わる。そうさせないための推し。
他にも異性の新人Vtuberに優しく接したり、格下でも笑顔でコラボしてるとこを見せつければ、誰にでも優しい、周りに慕われてる人格者の完成だ。
動画だってタダで作ってもらえるし、同業者から高価なプレゼントだって貰い放題。転売して更に稼ぐ。
オフ会は色々問題が起こりやすいので回避、人と会う時は基本一体一にしよう。
ここまで読んだら闇深そうに思うかもしれないけど、Vtuberはアイドルじゃなくてキャバ嬢を目指すべきなの。
いまツイッターで話題のまとめはこちらです。
「名探偵コナン安室透スピンオフ漫画家、安室とペアで部下を描いただけで新年早々袋叩きにされる 「梓は炎上するけど風見なら大丈夫とでも?」by安室の女」https://t.co/LhfEE4krw2.— トゥギャッター公式 (@togetter_jp) January 3, 2019
1時間前
ハイ正解。
件の年賀ツイート直後から5chで赤井×安室腐女子の巣が大荒れしていた。
年賀状への怨嗟だけでその日のうちに1スレ使い切って突撃リプを煽ってる。
https://phoebe.bbspink.com/test/read.cgi/pinknanmin/1546138203/54-
54 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:27:19.390
新井垢でやりよった
55 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:30:07.600
まじ無理
ほんまふざけんなよ
56 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:30:57.610
57 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:34:37.040
新年早々冷やされたわ
どんだけ眉好きやねん気持ち悪すぎる
58 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:35:33.330
年明け早々萎えさすなや
59 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:35:40.860
60 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー 転載ダメ©bbspink.com2019/01/01(火) 00:36:13.220
虚無垢ではあむとハロだけに見せかけて個人垢で実は眉もおりましたやろ
61 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:36:25.010
106 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:52:00.090
来年からは新作映画の時期だし眉推し落ち着くとか話してたらこれやで
107 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:52:37.460
これ仮にあむと犬だけやったら受けあむ婆も攻めあむ婆もあむドリ婆も喜ぶやん?
眉くっついとるだけで降風婆しか喜ばないイラストになってんの気付かんのか
110 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 00:52:59.080
結局眉ゴリ押しやめろの声は新井には届いて無かったってことやね
わいらの声なんてなーんも届いてないんやなぁ
136 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:03:53.340
大嫌いです
178 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:19:05.500
こいつほんまに過去何を見て来たんや?
192 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:23:16.800
いっそ白湯みたいにきついテロされてまた苦情大量にいくしかないんか
歴史は繰り返すんや
244 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:33:32.590
いくらファンアート言うても公式に関わってる作家がここまで設定丸無視したもん描いたらあかんやろ
254 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:35:12.480
刀も初期は滅茶苦茶やった
255 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:35:13.030
新井自分の作品であむ眉が赤安並みのブーム作ってると思ってるやろ
257 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 01:35:50.010
747 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 11:07:51.560
なあー赤安ンチー安中にキャラの私物化すんなって凸ったのになんで新井には凸せえへんのー?
836 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 13:15:10.900
嫌や嫌やあむのニコイチ相手が赤井からあんなモブ出身の不細工にすり替わるなんて嫌や
867 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー2019/01/01(火) 13:30:36.390
あむで稼ぎたいならブサモブより赤井とニコイチ推した方が稼げるんにな
ブサモブにキャッキャしとる奴ら金にならん上に金出す層減ってマイナスや
アホやで
閃の軌跡Ⅳをやって(終わらせてはいない)、今作に感じた不満を一気に爆発させたい気持ちになったので、この記事を綴ろうと思う。
閃の軌跡シリーズは、言ってしまえば、「腐女子」にも「ギャルゲ好きの男オタク」にもウケるように作っていたのが1、2の印象だった。
カプ厨自体「女が大半を占める」という偏見があるからこういう書き方をしているけど、まあ、男ユーザーの中にもカプ厨はいるかもしれない。
あと、カプ厨自体にも色々な定義や意味があるけど、この文章においては「男女カップルがいっぱいいる作品を好む人」と定義する。
言ってしまえば、ワーキングとか徒然チルドレン、今期で言えばベルゼブブ嬢とか、そういうタイプの作品。
とにかく、閃の軌跡は3以降、突然そういうカプ厨向きの作品になって「は?」という感じだった。
俺はギャルゲやエロゲをよくやる男オタクだけど、あまり一人の女性キャラに執着しない。
というより、色々なギャルゲをやっていると、かえって「超好き」と思える女の子には滅多に出会えなくなってくる。
そんな中で、ミリアムというキャラは一目惚れに近く、ものすごいドハマりをした。
まさかRPGでこんなに好きになる女の子がいたなんて……、と衝撃を受けた。
閃の軌跡1を遊んだのは気まぐれだったが、ミリアムとの出会いは俺にとって運命的で、今シリーズを追うことへの決め手となった。
余談だが、ミリアム役の小岩井ことりさんがファルコムラジオでゲストに登場した時、
ミリアムに言って欲しいセリフを送るコーナーに投稿したし、実際に読んで貰った。
その時は「よっしゃあ!」とガッツポーズをした。とにかくそれぐらい好きだった。
だから、3を終えた時、人生で、ゲームをやってあんなに最悪の気分になる日が来るとは思わなかった。
泣きながらキレ散らかした。
ファルコムにPS4と閃の軌跡3の代金、あとは精神的苦痛への慰謝料を本気で請求したかった。
ここまで来たのだからという、オタク特有のコンプリート精神で4は買った。
でも、4を遊んでいる限り、あの3のラストの嫌な気持ちが付きまとってきて、中々プレイできない。
結局、閃の軌跡4は3、4回しか起動していないし、一章もクリアできていない。
本当か嘘か知らないが、結局ミリアムは生き返って最後はユーシスと結ばれるらしい。
まあ、生き返っても、あの不愉快な時間は返ってこないので、いまのところ4をちゃんとやる気は起きない。(なんで買っちゃったんだろう……)
もう一つ絶対に許せない要素があって、前述の通り、ミリアムはユーシスとくっついた。
3の時点でフラグが立ちまくってて、ラストシーンより前から、眩暈がするほど不快な出来事の連続だった。
俺にNTR趣味はない。
良い歳したキモオタのオッサンだけど、ゲームやっている時は主人公=俺だ。閃の軌跡をやってれば、リィン=俺。
それなのに、ミリアムはユーシスとくっついた。最悪としか言いようがない。
1でリィンに妾の子であることを告白するシーンや、3のラストのルーファスとのやり取りなどもあって、思い入れもある。
可哀想な、報われて欲しい、普通に良いキャラだとは思っている。
だから、この出来事に対して、ユーシスのことをあまり悪く言えないのも辛い。
でもさぁー……、だからといって……、俺のミリアムとくっついて良い訳じゃねえんだよなぁぁーー!!??
確かにミリアムとユーシスの漫才は1から面白いものがあった。でも、これはあんまりである。
強い怒りを感じる。言葉に言い表せないほどの、強い、とにかく強い怒りだ……。
3では感動的な台詞をいっぱい言わされて、その後に死んだ。
俺以外のユーザーもミリアムの死は嘆いていたけど、恐らく、2までの時点で死んでいたら、大半のユーザーが何とも思わなかったのではないか。
2までのミリアムはそれぐらい目立った活躍が無かった。(2の彼女が泣き出すラストシーンは感動的だったが)
3で急に株を上げて、殺すみたいな。今にして思えば、ずいぶんと雑な死亡フラグだったような気がする。
今、手元に明示できるソースはないけど、明らかに絆イベントのトロフィー率が他の女キャラより低かったはずだし、
あるいは他のキャラが売り切れてる中、ミリアムだけは残っている感じ。
これは一ユーザーの俺の体感でしかないけど、絶対に下から数えた方が早い位置だったはずだ。
というのだけは間違いないだろう。
でも、だからといって、
1から、ずーーーっと、ミリアム一筋に生きてきた俺みたいなユーザーもいて、そんなユーザーを裏切っていいのだろうか?
あと、1,2でユーシスとホモエンドにした腐女子も少なからずいたはずで、そういう人たちに対しても普通に不誠実だと思う。
(3の旧Ⅶ組の男子メンバーとの絆イベントは明らかにホモホモしさが薄くなっていた、
1,2でファルコムは腐女子を商売相手にならないと判断した可能性も考えられるか?)
身勝手な言い分かもしれないが、じゃあ、なんで絆イベントで攻略できるようにしてたんだよって話だ。
不人気だからといった理由で、好きなキャラを殺されたり、他の男に寝取られたりする道理はない。
日夜、あらゆるコンテンツに「自分の好きなキャラを活躍させろ」というクレームが届いているんだろうけど、
ただ、攻略できるようにしていたからには、他の男とくっつくなと言っているだけだ。
ギャルゲーみたいに攻略できるシステムを作っておいて、この仕打ちはあり得ない。
不人気なミリアムだったら怒られないだろう、というスタッフの舐めた態度をゲームから感じたから、今回は声を上げさせてもらった。
「そんな訳ねーだろ!!!!! タヒね!!!!!!!!!!!!」
あと、これは純粋な疑問なんだけど、2もラストでクロウが死んでとても悲しかったわけだ。
クロウは死ぬためにいるようなキャラだったし、男だし、俺としてはモチベーションをそこまで砕かれた訳ではなかった。
2のエンディングが、3をやらない理由には、俺はならなかったけど、少なくとも2を終えた時も気分は最悪だった。
(っていうか、このゲームのユーザーは、俺を含め、1も2も3も最悪の気分で終えるゲームを良くやってこれたよな)
でも、クロウが死んだことで大ダメージを負った女性ユーザーは結構いたよね?
なんか3で結局生きてたし、4では大活躍しそうだったけど、これでクロウが死んで悲しんでた勢は嬉しいのか?
「いや、なら、最初から悲しませるな」って感じだし、4を最後までやってミリアムが生き返っても、俺は全然許せそうにないなんだが?
(“生き返ったところでユーシスとくっつくからモチベが出ない”というのも、俺の場合はかなりのウエイトを占めるんだけど)
(死んだキャラが実は生きてたとか、簡単によみがえるような“ファッション死”が、俺はどんな媒体でも嫌いっていうのはある)
閃の軌跡1,2で軌跡シリーズ自体にハマった。(ミリアムが好きなだけじゃなくて)話も面白かったからだ。
だから、零碧まではevoで復習した。
零碧もめっちゃ面白かったけど、この二作をやった後、更に空の三作にさかのぼる気力はなかった。
空の知識は、零碧での空メンバーの登場部分で覚えたのと、すこしwikiを見て回った程度。
アガットとティータとか、子安と褐色女とか、空の軌跡はそういうカプ厨向け作品だった、
ということを、閃の軌跡3、4で学んだ。
もしかしたら、俺の軌跡シリーズへの理解が足りなかったのかもしれない。
これだけ男女共に色々なキャラがいるのだから、そういうカップル乱立へと動きたくなるスタッフの気持ちも分からないでもない。
でも、だったら、最初から、そういうカプ厨向きの作品にして欲しかった。
下手にギャルゲっぽくしないで、正ヒロインはアリサで、それ以外の女には手が出せない。
その代わり、もっと雑にⅦ組内で色んな男女カップル作ってれば、それはそれで盛り上がったじゃん……?
絆要素というギャルゲBLゲみたいな、一人のキャラを攻略できる要素が1,2に無ければ、俺も誤解せず楽しめたかもしれない。
でも、現実はそうじゃなかった。
ミリアムを愛していた俺の心は、悪魔みたいなファルコムスタッフ達によってズタズタに傷つけられた。
絶対、ファルコムの社内とか制作スタッフ内に、ミリアムとユーシスのカップルを推す声のデカい女がいたと思うんだよなー。
こういうふざけたことをやりたがるのは、ほぼ間違いなく、女スタッフなんだよ。
ミリアムは人気無いし、デカい声のスタッフいるし、似たような感性を持った女性ユーザーがツイッターに何人かいるから、「まあ、いいか」って上が判断してこうなったんじゃないかなーと。
ただ、もし、そういうこと言い出した女スタッフが実際にいたなら、もうそいつの意見が絶対に通らないようになって欲しいなー、
もっと言えば、なんか事故にあって人生破滅して欲しいなーというのが俺のささやかな願い。
普段、SNSはやってないし、自分の心情などをネットに書き込む趣味なども特にはない。
ツイッターアカウントは持ってるけど、特にやるモチベーションもなく放置してる。
この、文章も最初はファルコムの公式アンケートにだけ送るつもりだった。
しかし、200文字までしかダメだったので、こうして匿名でエントリーさせてもらった。
もしかしたら、俺がそんな態度だったからいけなかったのだろうか。
俺がちゃんと、ミリアムの良さを1の時から声を高らかに謳い続けていれば……
俺に絵心があり、ミリアムのファンアートをツイッターに上げていれば……
あるいは、漫画を描ける能力があり、毎年コミケでミリアムのエロ本を描いていれば……
こんなことには……ならなかったのだろうか……。
そういうファン活動をしていれば、ミリアムを守れたのだろうか……。
そんなことまで考えてしまう。
まあ、でも、今更ネットやSNSでファン活動をしたいという歳でもない。
常にこうやって自分の感想を高らかに声を出す生活も辛くて虚しいと思っていて、普段はあまりネットをやらないようにしている。
ハラミ会とか女だけの街とか結構批判的だった人も多かった印象だけどさ
仮にネタバレOK・ネタバレされないと逆に興味が向いてこないタイプの人たちが「ネタバレNGの人たちが入ってこないSNS作って自由に作品の感想とか呟いたりネタバレ含むファンアート投稿したりしたい…」って言って実際にそれを作った、って場合はどうなるんだろ?
ネタバレOK派の人がそっちに作品を投稿するようになって、結果的に情報格差が作られることになりそうだけど、それも理屈的にはダメなんかな。
ハラミ会も女だけの街もネタバレOK派のSNSも、たぶんゲーテッドコミュニティのバリアントだと思うけど、社会的な許容度はそれぞれどう違ってくるんだろう。
というか、ぶっちゃけると、ネタバレNG派の人たちも、最初はOK派だけで集まります!って聞いたら割と賛成すると思うんだよね。
後から「好きな二次創作者があっち行っちゃって見れない…」となって初めて、「OK派はNG側にもアクセスできる」/「NG派は予想外のネタバレ踏む危険を侵さずにOK派にはアクセスできない」という情報アクセスの非対称性に気づくことになるだろうけど。
これは実際なんの問題なんだろう。差別の問題っぽくないし、どっちかというと作品の楽しみ方の権利の話っぽいし、そのスタンスに対する個人の選択の結果として、ふつーーーにあってもいいやつなのかな。
なんかそんな気がしてきたけど、それでも上にあげた二つと実際何が違うのか、ちょっとはっきりさせておきたいな。