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はてなキーワード: 神曲とは

2021-09-10

ウマ娘プリティーダービーの良いところ

キャラ可愛い(当たり前)

キャラデザがいい(個性的アクセサリー実施のうまに関連している)

作画がいい(アニメ1期がPA制作、2期は違う制作会社だがほとんど作画が変わらない)

個性豊かなキャラ(実際の競走馬なのでドラマや背景があり深い)

ほんへに散りばめられた競馬ネタ(気になるところを調べると実際の競走馬エピソードからとっていることが多い)

史実に忠実(マックイーンとゴルシ、ルドルフとトウカイテイオーなど実際の家系が反映されている。調べると面白い)

熱い(挫折があってそれを乗り越える展開が熱すぎる)

実際の馬がかわいい(気になったキャラを調べるとYoutubeに馬の動画があるので、見てみると可愛い。馬ってこんな可愛かったっけ?、となる)

曲が最高(1期、2期OP神曲すぎる。何よりうまぴょい伝説が神すぎる)

擬人化x有機物x固有名詞=神

2021-09-01

おいハニトラ工作員、お前らが魂を売り渡して手に出来るものの正体を教えてやる。

 連中が女をギャルのように攻撃的にしたり、腐女子のように男女のセックス嫌悪させたりして、男女の分断を図るのは、主に三つの理由からである

 一つにカトリック権力者という真の処女厨たちが、より多くの処女の女と姦淫するため。

 一つには少子化させ、治安が悪く貧しいカトリック国の、教会のためなら四肢切断して拷問することも平気な工作員移民を増やして支配するため。

 一つには男を性的に抑圧し、少しハニトラしてやっただけで喜んで女を通して操られる犬を増やすため。

 このために優秀な男でさえ、このような陰謀がなければもっと抱けたであろう淫売とやるためだけに、この陰謀に加担する。

 彼らは目先の性欲のために、本来ならもっと安定した幸福約束してくれるはずだったお見合い文化破壊し、連中の犬にならなければ女一人抱けない世の中にしようと悪魔に魂を売り渡し、永遠に赦されざる者となって働いている。

 実際、お見合い文化がどれほど優れた社会制度だったかは、お前らのご主人様たちが証明している。

 お前らのご主人様たちは、お前らの魂と一緒に破壊させたそのお見合い文化を、自分たちだけは未だに保持しているではないか

 このカトリック権力者財閥企業の連中の結婚相手を見ろ。

 みんな良家同士のお見合いだ。

 連中は、表面上は恋愛結婚偽装していても、その内実を見れば、家同士が決めた政略結婚であることは目に見えて分かる。

 こうした権力者たちは、自分たちの嫁さんだけは、他に男を知らず、夫に忠誠を誓う、温室育ちの処女お嬢様結婚するのである

 当然こうしたお嬢様たちには、彼らの歪み切った性欲の捌け口となることはない。

 そんなことをすれば連中の使い捨てたメス犬のように、夫を憎む、ぶっ壊れた男性憎悪女を嫁にすることになるからだ。

 溜まった変態性欲は、メディアを通して洗脳したそういうメス犬でのみ発散する。

 お前らには下賜されるのは、このメス犬の成れの果てだ。

 お見合い文化が残っていれば、彼らはただ真面目に働くだけで全ての男が夫思いで従順で、しかも他の男を知らない妻を独占し、安定した家庭を築けたはずの社会破壊し、過労死するか精神を病むほどの労働環境酷使され、その上で連中の犬として悪事に加担し、かつ飛びぬけて優秀でなければ淫売一人ともまともに付き合うことが出来ないような社会を築いたわけである

 しかもそうして身と魂を犠牲にしてようやく手に入れた淫売というのは、連中の権力者からあらゆる暴力的体位実験台に散々利用され、使い捨てられた中古ガバマンで、そのため心の底から男に逆恨みを募らせ、いつでも己のエゴイズムのために夫を毒殺しても何とも思わない文字通りの毒婦なのである

 彼ら彼女からしたら配偶者などと言うのは、権力者のためにあらゆる屈辱拷問に耐えた結果に与えられた性奴隷ATMに過ぎず、そのためお互いにどんな些細な要求をされることも耐えられないので、その結婚生活は憎悪暴力によって支配される。

 ちょうどそうした陰謀の中心であるハリウッドイケメン俳優たちのように、どんな女でも思い通りに出来るはずの金とルックス社会的地位を手にして完全に充足しているはずの者たちでさえ、その結婚生活は破綻し、どんな些細なことでも女を殴らずにはいられない精神状態に追い込まれているのだから、それ以外の使い潰されている工作員の家庭など、どうなるものか誰でも想像できる。

 

 しかしこのような煉獄さえ、この陰謀さらに進行した挙句には、やがて天国だったとさえ感じさせられるだろう。

 カトリック世界はこんな生易しい代物ではない。

 地獄という概念を作り上げ、彼らの神学的支柱を作った偽典『パウロ黙示録』や小説神曲』は、おそらく実際にあったことをモデルにしている。

 あの凄愴な残酷描写は、全てカトリック国の使徒たちが、各地で彼らにとっての異端者や罪人に対して実際に行わせていたこなのだろう。

 その裏にある思想は、異教徒、どころか異端者、特にそれが自らの教会を慕う者、あるいはその臍を噛み、彼らに経済的従属する者に対しては何をしても赦される、ということであり、エジプト修道院、あのヒュパティアを殺害したキュリロスの倫理観を、更に醜悪に、残酷推し進めた結果のものである

 なぜならこの異端者という者は、彼ら自身教会からも生まれる者とされているからだ。

 実際のところは異端者というレッテルを張って、都合よく搾取し、虐めぬき、狂犬として暴れさせる工作員を作る口実にしているだけだろうが。

 今もその名残が、中南米フィリピン韓国などの新参カトリック国において行われていることを、我々はニュースによって知ることが出来る。

 それがお前たちが築き上げようとしている社会、お前たちが子供たちに約束する未来とやらの正体だ。

 お前たちは偉大な先駆者となることなどない。

 お前たちは地獄を地上に引っ張り上げた、醜い餓鬼どもだ。

2021-07-17

anond:20210717162602

Reolさんの才能にかけてみたい。

彼女ならわずか1週間でも神曲を作れると思う。

2021-07-06

anond:20210706162949

全くですよね。

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にベルギーレオポルド2世像が飾られていたら

「我々はコンゴでの黒人弾圧肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になるのと同様に、

市が性的ポスターを使っていたら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」という無言の主張になりますよね。

2021-07-05

anond:20210705074251

たとえフェミニスト性嫌悪者が少数であっても公共の場所では配慮されるべきだろう。

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にベルギーレオポルド2世像が飾られていたら

「我々はコンゴでの黒人弾圧肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になるのと同様に、

市が性的ポスターを使っていたら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」という無言の主張になる。

それを我慢させていたら却って多様性の実現からは遠ざかるのであり、そうならないためにも性的ポスターはむしろ積極的排除していくべき。

2021-06-29

表現の自由戦士

表現の自由戦士は「自由権とは不快我慢させる権利である」と言うけれど、

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。

からネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。

からムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になり、

市が萌え絵で町起こしをしていたら

「我々は萌え絵肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミはここに来るな」という無言の主張になる。

それを我慢させていたら却って多様性の実現からは遠ざかるのであり、このような物はむしろ積極的排除していくべき。

2021-06-16

増田レクイエム

はてなブックマークを見たら、この増田が目に飛び込んできた。

anond:20210615105840 死んでしまった大切な人に思いを馳せる曲を教えてくれ

はてブに何か曲名を書こうと思ったけど、100文字では収まりそうもないので増田トラックバックするね。

 

memento mori(汝の死を想え)

かに近親者の死は、喪失感が大きくて悲しい。

しかし、忘れてならないのは「自分も同じ定めにある」ということ。

 

レクイエム - Wikipedia

ラテン語: Requiem)は、ラテン語で「安息を」という意味の語であり、以下の意味で使われる。

 

空虚さを埋め、自分の中身を充実させていくための曲

 

1. 君といつまでもtogether forever mix)feat. ECD×DJ Mitsu The Beats - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=oQhNns7hSx4

加山雄三名曲君といつまでも」をリミックス

ECD(イーシーディー、本名石田義則、1960年3月29日 - 2018年1月24日)は、日本ヒップホップミュージシャン。妻は写真家植本一子

2016年自身Twitterで進行性のがんであることを公表した。

2018年1月24日死去。57歳没。

交通事故だと一瞬で亡くなり、知人への挨拶をする時間もない。

癌だと余命数ヶ月でも、幾何かは時間が残されており、恩人への感謝などを伝えたりできる。

不幸中の幸い~癌でなくなった方で「残り時間があった分だけ、まだ癌で良かった」というような事を言っていた方がいた。

 

2. 【LIVE】Pellicule/神門 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=A95hZR5QC6o

不可思議/wonderboy 「Pellicule」のカバー

不可思議/wonderboy(ふかしぎワンダーボーイ1987年12月30日 - 2011年6月23日)は、日本男性シンガーソングライター、ポエトリーラッパー

2011年6月23日、不慮の交通事故により急逝

こちらは交通事故で亡くなった方の場合

友人のラッパー神門 (@_goudo_)が、「Pellicule」をカバーして追悼。

「次、交差点出たら、右に曲がれよ!」という歌詞は、つまりそういうこと。

 

3. キャプテン・フューチャー EDポプラ通りの家 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=omUDAYHEQks

アニメソングだが、しっとりとしたバラードゆっくりしたテンポ感傷的な曲)。

人と人の出会いは「一期一会であることを感じさせる歌。

 

4. There will be love there - 愛のある場所 - the brilliant green - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=ahGBaAlcYiU

「いつかは 誰かのために 生きていたい~♪」

お世話になった人がなくなって、もう「恩返し」ができなくなっても、「恩送り」ならまだできる。

人生の前半は自分のために生きたのなら、人生の後半は他人のために時間を使っても良い。

そんな気付きをもたらす一曲

 

5. Flipper's Guitar - ドルフィン・ソング - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=JePfsVUTclA

「本当のこと 知りたいだけなのに 夏休みは もう終わり~♪」

自分死ぬとき人生走馬燈のように思い出されて、いろんな出来事があったことを懐かしむのだろう。

もしも死ぬとき後悔することがあるとしたら、今ならまだやり直せる、頑張ろう!と思える一曲

 

6. 薔薇は美しく散る / 日本テレビ「ベルサイユのばら主題歌 / 歌 : 鈴木宏子 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=yhoYOzFJf3g

どの星が めぐる時

散ってゆく 私だろう

平凡な 人生

かなえられない 身だけれど

私はバラの 命をさずかり

情熱を燃やして生きてくいつでも

バラバラは 気高く咲いて

バラバラは 美しく散る

もしも長く生きることができなかったとしても、納得のいく人生を送れたのなら、それもまた良し。

 

7. 宇多田ヒカル - Automatic - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=-9DxpPiE458

やさしさがつらかった日も

いつも本当のことを言ってくれた

ひとりじゃ泣けない rainy days

指輪をさわれば

ほらね sun will shine

 

人間の本性が現われる時は3つある。

  1. 一人でいるとき
  2. 喜びの有頂天とき
  3. 苦しみの極限に追い込まれとき

 

今まで多くの生き物たちが地球上を去来してきた。

たまたま時代に、同じ国に生まれ出会った人々。その中の一人がパートナーだった。

地球ができてから経った長い時間の中では、人の人生などほんの一瞬の出来事のように短い時間なのかもしれない。

ほんの少しの時間差で登場と退場が生じただけ。

瞳を閉じて指輪を触れば、そこに故人のいた軌跡を感じるだろう。ほんの少し前の出来事なら、いつでも思い出せる。

死別の後は自分一人になってしまったけど、もしかしたら本当は一人じゃない?

 

8. 電脳コイル - Dennou Coil AMV - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=ENkV73j40G4

Perfume「Electro World」のMAD

説明不要!~Perfumeテクノ三部作神曲

本当のことに気づいてしまったの

この世界のしくみ キミに手紙残すよ

時間性質は、これから先の10年は長いと感じるけど、過ぎ去った10年は一瞬だったと感じる。

貴方も必ずいつか死ぬときが来ます

から見ると、まだまだ先と感じるけど、その時が来たら、本当に一瞬だったと感じるはずです。

残された時間はあるようで、ほとんどないのです。

今日の夜に寝て、明日の朝起きられる保証はどこにもありません。

この増田を見たら、今すぐに、未来の人々へメッセージを残してください。

 

9. Mr.ブルー ~私の地球~ / 八神純子 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=UUVCmiFyKoU

大丈夫だとは思いますが、「後追い」はやめましょう。

地上の全ての生き物は、地球からまれ地球に還ります

母なる地球を想う時、故人も貴方同胞であることが分かります

またいつか、違った形で出会えるかもしれません。

 

さよならは半分だけ」

2021-06-11

ダンテ神曲

ってここ数年でだいぶイメージ軽くなったよね。

サブスクで聴けそう。

2021-05-05

ネットのせいで頭が悪くなってきた

ダンテ神曲」 → 「かみきょく」と読んでしま

シェイクスピアリア王」 → 実社会の王かな? と思ってしま

円柱 → 「えんばしら」と読んでしま

こういうのある?

2021-04-30

anond:20210430011518

Google翻訳

私たちファンフィクションについて話すとき私たちはめったに「ジョンミルトン」とは思いません。 それでも、サタン聖書ではほとんど言及されていない)を連れて、この倒れたアーチフィーンドをアンビバレントで壮大なヒーローにする彼のパラダイスロスト(1667)にどのように近づくのが良いでしょうか? ウェルギリウスアエネーイスオウィディウスの変身物語ダンテ神曲スペンサー妖精女王、その他の無数のテキストジャンルから借りた技術テーマに基づいて構築されたミルトンは、古典ルネッサンス形式を再混合して、英文学の(おそらく)最高の設定に聖書宇宙を作り上げました フィリップ・プルマンが信じている詩は、[「決して超えられない」」。

DeepL翻訳

ファン・フィクションというと、「ジョン・ミルトン」を思い浮かべる人はほとんどいないだろう。聖書にはほとんど登場しないサタンを、堕落した弓矢のような存在であるサタンを、アンビバレント叙事詩ヒーローに仕立て上げた『失楽園』(1667年)に、どのようにアプローチすればよいのだろうか。ヴァージルの『エニード』、オヴィッドの『変身』、ダンテの『神曲』、スペンサーの『フェアリークイーン』など、数え切れないほどのテキストジャンルから借りた手法テーマ構成されたミルトンは、古典ルネッサンス形式を再構築し、聖書世界英文学の(おそらく)最高の詩の舞台に仕立て上げました。

みらい翻訳

ファン・フィクションのことを話すとき、 「ジョン・ミルトン」 とはめったに思いません。しかし、悪魔 (聖書ではほとんど言及されていない) をとり、この倒れた大魔王を両義的で叙事詩的な英雄にする失楽園 (1667) に近づくには、どうしたらよいのだろうか。Virgil's Aeneid、Ovid's Metamorphoses、Dante's Divine Comedy、Spenser's The Faerie Queene、その他無数のテキストジャンルからテクニックテーマを取り入れて構成されたMiltonは、古典ルネッサンス形式リミックスして、聖書世界英国文学 (おそらく) の最高の詩の舞台にし、Philip Pullman [n] が 「超越される」 と信じているようなものにした。



[“n]ever be surpassed”.とか訳しにくそうだな。

2021-03-18

ウマ娘に対するお気持ち表明。

擬人化を好きになり始めたのは、ビスケたんの頃である

もう少し仔細な話をすると、2chというか、オタクな界隈で「擬人化=モノや概念美少女化」というふうに通じる時期があった。今はもっと多様と言っていいだろう。

当時流行っていたのは、覚えている限りだと、下妻市シモンちゃんびんちょうたん、当時ネコミミ新幹線として話題を呼んだファステックたんなど…

あとは某島田先生のWW II期の戦闘機擬人化など…

書いてて思い出したが、当時はやたら「たん」けが流行っていた。

そうした後、擬人化たん白書なる書籍販売されたりと、擬人化界隈は小さな広がりを見せていた。

商業化という面では、エロゲの題材のほかに鉄道むすめなどある程度成功しているものもあるが、明確に大規模なマーチャンダイズが行われたのはおそらく、ヘタリアが契機のように思う。

キャラクター商売」の型ができ始めたあたりだろうか。

AKB48アイドルマスターがおよそ2005年ヘタリアはおよそ2006年。この辺りで、通信デバイス進化趣味の個立化によって「キャラがいればいるほど、一人以上の推しがつく」時代に入る。

擬人化においてヘタリアがもたらしたもう一つの意義は「語らざる背景」にある。

これはこの後の擬人化ビッグマーケットである艦これ」、「とうらぶ」などに通ずるが、単なるモノの擬人化に対して、「国」「艦艇」「刀剣」には、その名の由来となる歴史(背景)が付随することとなった。

これにより「最初キャラ造形とその後の保守さえ矛盾なく頑張れば、残りのキャラの(膨大な)コンテクスト各自で拾ってくる」という、実に効率的かつ大胆大規模な商品が生まれることとなった。

上手いやり方なのだ。例えばネット流行ったMeたんキャラなどは、どこまで行ってもスーパーフリー現象ぐらいなものだ。他は同人で膨らませるしかない。

だが、のちに「ナマモノ」とも言われるこれらは、取扱注意がある反面、物語は湧いて出てくる。

しかも種類が多い。莫大な数だ。四十七士や48人どころではない。

かくして大量消費社会にあって物語を湯水のように消費するマーケットができた。

かつてあった擬人化たん白書を今作るなら、野球名鑑やタレント名鑑の厚さを超えてしまうだろう。そんな歴史をひたすら消費してきた。

そこにまた新たなナマモノ消費がやってきた。

ウマ娘だ。

やっとウマ娘の話だ。

ただ前段でちらと述べたがナマモノは取扱注意なのだ

それを、おそらくは初っ端から、しくじっていた。

もちろん実際にどういうやりとりがあったか想像するしか無いが、企画先行で、根回しが足りていなかった(ないし認識が甘かった)可能性はある。

それはそれとして、プロジェクトとしては続行となり、擬人化が好きな筆者としては、新たな商品にワクワクした。

ギリギリオグリキャップはしらず、マキバオーを読んでこなかった筆者は、それでもディープインパクトハルウララ、そして何故かテイエムプリキュアは知っていた(確かエリ女で二着だった年で、知人が名前買いしていた)

せっかくの競馬擬人化ながら、当世最強の名高いディープインパクトが、噂ではトラブルで出せなさそうという話は、ちょっと残念ではあったが、

その後jraの2011-2013の激アツcmを見てからは全く気にならないどころか、その辺りはドンピシャで出てくる娘が多く、期待は高まった。

その後この期待は乱高下することになる。延期の発表、アイマスの有名Pの参加、その脱退、コンテンツ広報であるぱかチューブの勃興と黄昏カンリニンチャンの失踪

それでもウマ娘を待ったのは、擬人化コンテンツが好きで、一期のアニメが良かったからに他ならない。

この頃には、ウマ娘を契機として今の競馬を追うようになっていた。

まさか2018JCを目の前で見る日が来ようとは思わなかったが。

この時点では、擬人化コンテンツとしてのウマ娘を待ち続けていた。

からゲーム内容はそんなに気にしてなかったのだ。多少面白ければよい。第一クオリティアップのための延期」はあまり良い予兆では無い。まず安全リリースをして欲しい。擬人化コンテンツの消費がしたい。

そういう思いだった。

2020年度。

コロナ禍吹き荒れる競馬界でいくつかの奇跡が起きた。キセキはあまりいい成績ではなかったが。

ディープインパクト以来の無敗の三冠馬英雄の子コントレイル、史上初の傷なきトリプルティアラ神威の子デアリングタクト、そして全ての記録を過去にせん勢いで疾る灼熱の少女平成最後アイドルホースアーモンドアイ。

この三帝が一堂に会するJCは、今後100年は見ないだろう。

障害戦線では、老いて尚壮健な黄金血統オジュウチョウサンが記録を打ち立てていた。

かにも色々あるが目立つものだけでこれである

その年末に、待ち侘びた奇跡がやってきた。

カンリニンチャンが帰ってきたのだ。

間違えた、ウマ娘リリース予定日が初めて日付になったのだ。

この時点でも、ウマ娘は、擬人化コンテンツアイドル要素の融合ぐらいに思っていた。

アニメ一期のスポ根は、まぁストーリー要素程度だろうと。

認識が変わり始めたのはアニメ二期二話からである

このコンテンツは、ウマが勝つことに真摯であろうとしている。

それは、最初の開発からは感じられなかった点でもあり、しか競馬のもの擬人化の範としたときに不可欠な要素だった。

そしてそれは、二期のアニメを経て、GIRLS'LEGEND Uで高らかに掲示された。

顔のいい女の子たちが、頑張るぞーってなしかめつらで、とっとこターフを走る光景は、ついに裏切られた。

相手を食い殺さんばかりの気迫、道々宿敵をねめあげる眼差し、食いしばられる歯、揺れる大地、高速で過ぎゆく背景。

そこにあったのは「アスリート育成ゲーム」だった。

大概にして、ゲームでの勝ち負けなど、ただの数値である

それでも、レースを通して、シナリオを通して、曲を通して、「勝つことの意義」に魂を宿そうという意図が受け取れる。

そして、それを説得させるだけのゲーム映像技術を持ってきたのには舌を巻いた。

そうして、競馬のもの追体験するようなゲームの熱が、今日このように広がって行くようなことは、全く予想しなかった。

擬人化コンテンツが遊べれば良かったのだ。

エヴァの例え話で25年のパンケーキなんて話があったが、

ウマ娘で言えば、前評判のいいサイゲ屋のパンケーキを注文したら、ちょっと作り直すと言われたのだ。

焦がしたのかな?トラブったような音も聞こえた。まぁ食えるのが出ればいいや。変なものは出るまい。

そうして出てきたものが、行列ができるレベルの至高のパンケーキだったのだ。

魂消る。そりゃ魂消るさ。

ウマ娘リリースされてまだ一ヶ月も過ぎていないが、自分の中では、このような擬人化史が去来していった。

だが今は、擬人化コンテンツとしてのウマ娘…ではなく

ウマ娘」の、情熱理念に惹かれているのだ。

余談としてウマ娘ゲームとしての魅力を付記する。

ウマ娘を通しての競走馬の育成シミュレーションとしては、おおよそパワプロのようなシステムなので、こういうシステムが苦にならない人には向いている。あれもアスリート育成だしな。

その上で、シナリオ内で、史実競走馬についてくる物語がなかなかどうして、熱い。

歴史を超えるリベンジなどというのは艦これに引けを取らない熱さである

艦これとの比較として、お祈りゲーであることは同じであるが、大艦隊のうち6艦艇を率いるため育成が平らであるのに対して、ウマ娘は一アスリートを根から育てることとなり、まさに密である。一頭との濃密な関係が、レース本線を熱くする。

「キミと勝ちたい」。これがまさにテーマなのだ

かつ、この娘たちが今「生きて」いて夢を「夢のまま終わ」らせないチャンスがある。

それが史実リンクしたとき、血がたぎるのだ。

最後に、このお気持ちポエムを書かせた、ぶっ飛んでる構成してる神曲、GIRLS'LEGEND Uに敬意を表する。

2021-02-12

必読書コピペマジレスのやつのパクリ海外文学

パクリ元→ https://anond.hatelabo.jp/20210212080317

だって楽しそうだったから...(自分文学的教育は受けてないし、誰かと読んだ本の感想を共有することなんてないので、元増田文学サークルとか友人とか出てくるのがうらやましい)

ネタバレありだけど、ちゃん確認せず書いてるので記憶違いがあるかも。あと、後半になると全然読んでなかったわ。

ホメロスオデュッセイア

オデュッセウストロイ戦争から帰る途中で船が難破して右往左往頑張るのを眺めるお話なのだけど、勇敢で直情的な普通おっさんなので苦労するところは苦労してて良い。あと、イリアスと比べても昔の神話らしく出てくる人物とか神様の類がガチ理不尽なので良い。話がズレるけど、イリアスにはディオメデスというやつが主人公然として出ずっぱりなのだけど、オデュッセイアの回想には全く出てこないし、アガメムノンとかアイアスとかと違って他の作者の物語にも出てこないのだけど、あいつなんなん?

旧約聖書創世記

途中で読むのをやめた記憶がある。

ソポクレスオイディプス王

エディプスコンプレックス父親に対向心を燃やし、母親に恋慕する、的なやつ)の語源だと聞いて読んだら、全然そういうノリの話じゃなくて「へぇ」ってなったやつ。オイディプス自身は預かり知らぬところで運命に弄ばれて、最後にはすべてを理解してしまって絶望する可哀想な話なのだけど、どうでもよいことで人を殺したことトリガーでもある(それも運命ではあるのだけど)ので、自業自得感もある。気楽に人を殺してはだめ、絶対シェイクスピア悲劇とかもだけど、「100%落ち度がない悲劇被害者」ってあんまり昔の物語には出てこないね

唐詩選』

タイトルすら知らないやつ、その1

ハイヤーム『ルバイヤート

いまいち印象に残ってないけど、なんかずっと酒を楽しんでて幸せそうだなって思ったような気がする。

ダンテ神曲

地獄編の半分くらいまで読んだ。作者(ダンテ)が古代詩人だか哲学者かに褒められて地獄めぐりを導いてもらうところから始まって、自分の嫌いなやつ(政敵とか批判者)が地獄で苦しんでるのを巡ってはひたすら口汚く罵って回るという、その性格の悪さというか根暗さに嫌気がさして読むのをやめた。原文だと詩的というか言語的な美しさとかあるらしいけど、こちとら娯楽としてしか本は読まないので日本語で読むからそんなん知らん、こいつは陰湿

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

確か冒頭に「酒でも飲みつつゲラゲラ笑いながら聞くためのもんだから」みたいな説明が入るのだけど、そんな感じ。すごいでかい巨人の話だけど、家を椅子にしたと思ったら小便で洪水を起こして家を押し流したりするので、巨人としてのサイズも大概統一性がないんだったはず。なんか「人間の絆」だったかで、大真面目なキャララブレーを手放さなかった、みたいな描写があった気がするのだけど、ニュアンスがわかるようなわからんような...と思った記憶がある。

シェイクスピアハムレット

シェイクスピア作品は、意図はどうあれよく「様々な作品元祖とも言えるものなので、読むと後続の作品がより楽しめる」的に紹介されるのだけど、普通に単体で楽しめると思う。そもそも、別作品を読んでて「あ、これシェイクスピアで見たやつだ!」ってなったからって楽しいか?という感覚個人的にはある。ひとつ上にラブレー云々も別に良い要素だと思わなかったし。で、ハムレットシェイクスピア戯曲の中でも登場人物精神性の完成度が一番高いと思っていて、劇的さでは「オセロー」とか、キャラクターの鮮烈さでは「リチャード三世」とかには劣るかもしれないけど、舞台装置としてのキャラクターではなく、"異なる価値観教育etc...の元に自分で考えて行動する登場人物たちがつくる物語"としての面白さが本当に高いと思う。歴史的価値とかは忘れろ、楽しめ。

セルバンテスドン・キホーテ

パルケエスパーニャにいた。

スウィフトガリヴァー旅行記

巻末の解説すら読まないことが多いので、アイルランド云々の話をパクリ元で見て「そうだったんだー」ってなった。それぞれの国には短編小説くらいの分量しか滞在しないので、それぞれ短編SFとか的なノリで読んで面白かった記憶がある。自分自然科学系の研究者なので、科学なき探求(無為)をひたすらやってる国の印象が強い。なんかおまじない的なやつで作物の収穫量が増えるのでは?ってそれを試してるんだけど、当たり前に効果はまったくないし、それを評価するというプロセス存在しないので無限無為を繰り返してた。

スターントリストラム・シャンディ』

タイトルすら知らないやつ、その2。

サド悪徳の栄え

「目玉の話」は読んだけど、その結果として「悪徳の栄え」は読まなくて良いかな。ってなったやつ。

ゲーテファウスト

最強天才ファウスト博士悪魔契約して、「悪魔の力で楽しませてやる代わりに、人生楽しみきって満足したら魂もらうからな」って契約をする話なのだけど、すべての学問を修めた最強天才のはずのファウスト博士普通精神的に未熟なおっさんなので、酒飲んで暴れたり恋愛ごとやったり神話的な体験したりと色々していくなかでの言動がいちいち子供じみてるのが面白い。最後理想国家のために働く的なパートでいきなり聖人的になってたり、全体の流れが説教臭いのが多少鼻につくのだけど、ラストシーンの迫力は自分読書歴の中でトップクラスだと思う。ちなみにこの作品は「時よ止まれ、お前は美しい」って言葉元祖なのだけど、これってファウスト博士からの「この世界を楽しみ尽くして満足した。これ以上の瞬間などこれ以降はありえない(だからもう魂を持っていって良いよ)」という悪魔への宣言で、なんかラブロマンス的なシーンで使われてるの見ると、「ん?」てなるんよね。

スタンダールパルムの僧院

面白かったな」という感想を持った記憶はあるのに内容はまったく思い出せない。なんか年上美人若者恋愛する話だったと思う。多分登場人物が本気で生きてる感があって各シーンは面白いって読めたけど、全体の流れにはさほどの興味が持てなかったタイプの話だと思う。

ゴーゴリ外套

うだつの上がらない貧乏役人のおじさんが一念発起して外套を新しく買うのだけど、可哀想な目にあう。っていう胸糞の悪い類の話。どこかユーモラスなので面白がりつつも、「可哀想じゃんヒドイよ!」って思いながら読んだ。みじめな人間をみじめな人間視点で描ききるって案外すごいことだと思う。でもゴーゴリナンセンス小説ならもっとポップな「鼻」のほうが好きだし、大真面目な雰囲気ナンセンスをやっている感のある「死せる魂」も良い。死せる魂は未完だけど、なんだかんだ一つのエピソードちゃんと完結してるので、未完だからって敬遠しないで良いと思うよ。

ポー盗まれた手紙

タイトルとあらすじを知ってて、なので読んでいない。

エミリー・ブロンテ嵐が丘

主人公女性の半生記的なところがある物語なのだけど、主要登場人物であるキャサリン主人公)やヒースクリフ主観的感情があまり描写されない(まったくされない?)ので、なんかヒステリック意味不明言動キャサリンと内心が読み取れないヒースクリフが読者を置いてけぼりにしながらすごく力強くて迫力があって得体のしれない物語を作っていく話だったと思う。主観的情報がないからこそ感じられるキャラクターたちの感情の力強さってなんかあるよね。

メルヴィル白鯨

クジラに関する雑学(どう考えてもガセのものがある)がしょっちゅうはいってくるクジラ漁船物語体感で全体の3割)。エイハブ船長とクイークエグのキャラクターの良さを傍観者主人公視点で楽しむ感じだった気がする。ラストシーン映像的な迫力は「ファウスト」のラストシーンの迫力にも匹敵するものがあると思う。文章映像的迫力ってなんよ?って自分も思うけど、なんかそういうのはあるんだ。多分。

フローベールボヴァリー夫人

間違えなく読んでるし、面白かったと思った記憶もあるけど内容が思い出せないやつその2。多分、貴族恋愛ものってジャンルはいろんな作品があるので、自分の中でごっちゃになってるところがあるんだと思う。あらすじを読むとなんとなく思い出すのだけど...

キャロル不思議の国のアリス

ディズニー映画って、ノートルダムの鐘とかを筆頭にとんでもなく改変されてるもんだけど、不思議の国のアリスについては、その「不思議の国」感は素敵に映像化されてると思う。一方で、原作の「ひねくれイギリス人が伝わるかどうかは無視してそのアイロニー子供にぶつけてる感」はなくなってるので、そういうひねくれたおっさんのノリのために読んでみても良いと思う。

ドストエフスキー悪霊

ドストエフスキーノイローゼ死語患者独白を描かせると人類史最強だと思っているのだけど、この作品でも割とそういうところがある。ノイローゼ感のヤバさだけなら地下室の手記とか白夜でも良い。でも個人的には「罪と罰」の主人公の単純なノイローゼ患者ではないせめぎあい感が一番好き。

チェーホフ桜の園

由緒ある一家が没落していくんだけど、正常化バイアスなのかなんなのかどこか他人事で、お母さんなんて特に事が進む毎に悲しんではいるんだけど、一切その精神性が変わらなくて(成長しなくて)、「多分この人死ぬまでこうなんだろうな...」感があってすごい。ラストにお年寄り使用人に対する家族全員に関するシーンがあるのだけど、それがすごい印象的で、チェーホフの他の作品戯曲を抑えてこれが良く代表作として出てくるのはこのシーンのせいだな、って個人的には思ってる。自分チェーホフ戯曲より小説のほうが好き。

チェスタトンブラウン神父童心

タイトルすら知らないやつ、その3。作者名も知らない。

プルースト失われた時を求めて

5冊だか6冊だかにのうちの一冊目だけ読んで続きを読んでなかった。忘れてたわ。

カフカ審判

読んだけどあんまり好きになれなかった記憶がある。カフカ基本的キャラクターに人間味がないのが面白いところなのだと思っているんだけど、「変身」とかの短編ならともかく、「城」とかこれくらいの分量になると、人間味のないお話自分には楽しめないのだな、と思った。

魯迅『阿Q正伝』

読んでないけど、なぜかあらすじは知ってる。

ジョイスユリシーズ

読んでない。「ダブリン市民」があまり楽しめなかったという記憶があって手を出していない。ダブリン市民はどんな話だったか覚えてない。

トーマス・マン魔の山

結核患者の療養施設であるところのサナトリウム生活するおっさんの話。ワナビー小説家だか学者だか(主人公ではない)のエピソードや、立派な紳士とその子供の印象的な挿話があったかと思うと主人公と別の患者哲学かなにかの論争がてんやわんやあったり、女性患者との恋愛未満関係の話があったりと色々な要素がある。ただ、どの部分でも人物精神性についてバリエーション豊かで不思議リアリティのあるキャラクターが独特な言動をするので楽しめた。でも、突然こっくりさんをはじめたときは「作者どうした?」って思ったよ。なんなら今でも思ってるよ。

ザミャーミン『われら』

タイトルすら知らないやつその4にして作者名も知らないやつその2。

ムージル特性のない男』

タイトルすら知らないやつその5にして作者名も知らないやつその3。自分1900年あたりを境に新しい作品に苦手意識があってあんまり読んでないんだなって実感する。

セリーヌ『夜の果ての旅』

このへんはすごい現代的なんだけど結構好き。現代的というのは勝手自分定義なのだけど、この辺の世代になるとやっぱり文章が少なからず技巧的になって、観念的な表現とか比喩とかが増えてくるので、「うるせぇ、自分感情もっとわかりやす説明しろ!」って要求をしたくなるのだった。でもこの話は割とそれでもなんだかんだ心理がわかるので楽しめた。

フォークナーアブサロム、アブサロム!

このお話はすごい好き。南北戦争前の南部黒人バリバリ奴隷として使われてる時代地域)のある町にトマス・サトペンというヤバげなおっさんがやってきて領地開拓し、南北戦争を挟みつつ色々する話なのだけど、時系列出来事を追っかけずに何人かの周囲の人達の回想などでだんだんとそのおっさん人生全体像を見せてくる構造になっていて、ただのヤバげなチンピラおっさんだったサトペンが、相応の過去と野望をもったクソチンピラになっていく(自分の中で)のがすごい迫力満点で面白かった。この作者の有名どころの読みにくさは、「響きと怒り」>「アブロサム、アブロサム!」>「八月の光」なので、この逆順に読むのがおすすめ短編から読むのも良いけど、「ウォッシュ」だけは「アブロサム、アブロサム!」のネタバレから後に回すのがおすすめ

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

タイトルすら知らないやつその6にして作者名も知らないやつその4

サルトル嘔吐

そこまで好きにはなれなかった。説教臭さとも違うなんか面倒臭い思想みたいなものが全体に漂ってる感じで、個人的にはそれが鼻に付いたんだろうなぁって思う。

ジュネ『泥棒日記

読もうと思ってたけど読んでなかったのを思い出した。読もう。

ベケットゴドーを待ちながら

なんか意味がありそうで(少なくとも自分が考える限りは)何も意味がないという、意味ありげさで成り立っている戯曲。ただ、それぞれのシーンが映像としてかなり印象的なので、その力でのめり込みながら読んた。で、読んだあと思い返すんだけど、結局何がなんだったのかイマイチからないのだった。偉そうなご主人様とその奴隷のシーンとかあったけど、結局なんだったんだあいつら。

ロブ=グリエ嫉妬

タイトルすら知らないやつその7にして作者名も知らないやつその5

デュラス『モデラートカンタービレ

読んだはずだけどちょっと印象が薄い。同じ作者の「愛人」がそうだったと思うのだけど、登場人物の心情描写が変に淡々としていて、でも行動はどこか直情的で不思議だなぁと思いながら読んだ気がする。その不思議さを楽しむのかな。なんか村上春樹小説登場人物の行動を感情的にしたような感じ。

レム『ソラリスの陽のもとに』

タイトルすら知らないやつその8にして作者名も知らないやつその6。自然科学研究者なのにSF全然読まないのだった。でも、SFに興味のない研究者って外部の人が思うよりは多いと思うよ。そもそも本を読まない人をおいておいたとしても。

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラテンアメリカ文学って魔術的リアリズムとかなんとかって、「なんかありそうにない魔術的なシーンだけど、不思議リアリティがある」みたいな評価がされてるらしいのだけど、それってヨーロッパ人感性日本人ヨーロッパ文学も大概魔術的なものとして受容してるところあるよなって思う。ただ、それはともかくとして、この作者の作品ではその言葉がしっくりくるとは思う。同じ作者の「族長の秋」とか短編の「エレンディラ」とかは割とお話全体のストーリー意味と(場合によっては)ある種の寓意を持っているのだけど、この作品だけは全体の流れとかはあまり意味ないんじゃないか個人的に思う(何度も読めばなにか見えるのかもだけど...)。それぞれのシーンをただただ楽しんでいたら、読む前に覚悟した長さの4分の1くらいの体感長さで読みきっていた。

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

タイトルすら知らないやつその9にして作者名も知らないやつその7。なんかすごそうなあらすじだね。

残り全部

詩はたしなまいから知らない。ツエランはなんか親が読んでて好きだと言ってた気がする。ブレイクって多分宗教画を描く人でもあると思うんだけど、この人の絵はどっかで見てすごいなぁって思った気がする。

終わり

ちなみに、「哲学思想」のパートと「日本文学」のパートは両方合わせても5~6作品しか読んでなかった。多分後30年経ってもさほど増えないだろうなと思う。

必読書コピペマジレスしてみる・海外文学編(1)

方針

ホメロスオデュッセイア

イリアス」は捕虜奴隷女の配分をめぐった交渉がこじれた結果、勇者が拗ねて戦場に出ず、味方がどんどん死ぬところからスタートするので、昨今の倫理観から問題があり、神話初心者にはこっちをお勧めしたい。「オデュッセイア」も家で待っている妻を忘れてよその女のところで数年過ごすが、まあ魔法をかけられていたということでこっちのほうがマシだ。舞台もあちこち移動するから飽きないし。

ユニークなのは劇中劇的にオデュッセウス時間をさかのぼって事件の進展を語る箇所があることで、ホメロス時代にはすでに出来事が起きた通りに語る手法が飽きられ始めていたのかな、と想像できる。

実は「ラーマーヤナとある共通点があるが読んでみてのお楽しみ。

旧約聖書創世記

聖書はなんせ二千年前以上の宗教書から原典に当たる前に基本的出来事の流れと時代背景や当時の常識理解していないと読解が難しい。当時のユダヤ民族偏見も混じっているし。加えて、ところどころ立法全書的に当時の習慣や禁忌を延々述べる箇所があり、通読はさすがにできてない。新約聖書だけは何とか意地で読破した。

ところで、どうして「創世記」だけを取り上げたのだろう。たとえば物語として盛り上がるのは「十戒」の「出エジプト記」だ。「ハムナプトラ」とかでエジプトが悪役になるのは大体これのせい。いきなりこれにチャレンジするのなら、手塚治虫聖書物語のほうがいいかもしれない。

ソポクレスオイディプス王

犯人探しが不幸を呼ぶことからミス的な要素もあるし、ギリシア神話の「不幸な運命を避けるために必死になって行動した結果、結局その運命を呼び寄せてしまう」というアイロニーが大好きな自分としては、その典型例なので好物だ(予言鵜呑みにした結果ドツボにはまる「マクベス」も好き)。

これが面白かったら、アイスキュロスの「オレステイア三部作」もおすすめしたい。何世代にもわたる恨みの念が恵みの女神として祀られることで鎮められるというモチーフは、異国のものとは思えない。

唐詩選』

一般教養唐詩の授業を取ったので岩波文庫でぱらぱらとめくった覚えがある。なにぶん昔のことなので記憶曖昧なのだが、はっきり覚えているのが王梵志の「我昔未生時」で、天帝に生まれる前の時代の安らぎを返してくれるように願う詩だ。当時は反出生主義が哲学思想界隈でここまでホットトピックになるとは予想してはいなかった。

他にいいな、と思ったのは杜甫厭戦歌「兵車行」。

ハイヤーム『ルバイヤート

酔っ払いの詩。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞーという内容。著者は文学者であっただけでなく天文学者数学者としても知られるが(三次方程式を解いた実績がある)、ここで展開されている詩はひたすら現世の美しさとはかなさをうたったもので、酔っ払いは世の東西を問わず、というところか。イスラム世界の厳格なイメージをひっくり返してくれるので面白い。ガラン版のアラビアンナイト高野秀行の「イスラム飲酒紀行」とあわせてどうぞ。

ダンテ神曲

フィレンツェ追放されたダンテが苦しみの中生み出したキリスト教最高峰文学のはずだけれど、とにかく気に食わない政敵地獄でめちゃくちゃな責め苦に合わせているところを面白がる下世話な楽しみ方ができる。地獄にいる人物聖書ギリシア神話歴史上の人物も多く、ヨーロッパ歴史文学をざっくり知っているとダンテがどれだけやりたい放題やったかがわかるので愉快。

ただし、地獄編の続きの煉獄編・天国編はキリスト教哲学をかじっていないと結構しんどく、しか風景が山あり谷ありの地獄と比べてひたすら恵みの光が明るくなっていくだけなので、絵的に面白いのは地獄のほうだ。

ついでに、ヒロインがかつて片思いをしていたベアトリーチェという女性なので、ベアトリーチェの美しさを歌う箇所も下世話な目線で楽しめる。妻帯者の癖に未練たらたら。

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

未読。後述のラテンアメリカ文学とかジョイスとかは読んだんだが、そこに出てくる過剰なものや糞尿譚も結構楽しんだので、いつかは読みたいと思っている。

シェイクスピアハムレット

四大悲劇と「ロミオとジュリエット」はざっくりと読んでおくと、いまにも受け継がれているネタ結構あることがわかって楽しいし、意外と下ネタオンパレードなので当時のイギリス人に親しみを持つことができる。ついでに上記のうち二作は黒澤明映画元ネタでもある。

興味深いのは、劇中劇というかメタフィクション必然性を持って登場することだ(父を殺した叔父の目の前で、その殺人の場面そっくりの劇を演じて動揺させるシーン)。すごく先進的だ。かっこいいぞシェイクスピア

セルバンテスドン・キホーテ

基本的には正気を失ったおじさんが繰り広げるドタバタ劇で、下巻では著名になったドン・キホーテからかう公爵夫妻までも出てくる。これだけだと精神を病んだ人をおちょくる悪趣味書物だとしか思えないのだが(というか最初時代遅れの騎士道精神批判するために書かれた)、昨今はドン・キホーテに同情的な解釈が主流。最近テリー・ギリアム映画化した。

スウィフトガリヴァー旅行記

自分が道を踏み外した元凶。誰だこんな子供人間嫌いにする本を児童書の棚に並べたのは。クレヨンしんちゃん夕方アニメにするレベルの蛮勇だ。四部作だが、最後の馬の国では人間という存在醜悪さをこれでもかと暴き立てており、おかげさまですっかり自分人間嫌いで偏屈な人になってしまった。作者の女嫌いの影響を受けなくて本当に良かった。

とはいえ、当時のアイルランド支配はこれほどまでの告発の書を書かせるほどひどかった、ということは知っておきたい。

スターントリストラム・シャンディ』

夏目漱石吾輩は猫である」に出てくる。基本的にはふざけた話であり、著者が自分誕生から一生を語り起こそうとするがなかなか著者自身誕生せず、しか物語の進捗が遅いせいで半年ごとに本を出す約束なのにこのままでは永遠に現在自分に追いつかない、みたいな語りで笑わせてくる。挙句の果てに著者が途中でフランス旅行に出かけてしまう。英文学というジャンルがまだ黎明期なのに、こんな愉快なのが出てくる懐の深さよ。

だが、これだけふざけているのに、登場人物の一人がうっとうしい蝿を「この世の中にはおれとおまえと両方を入れる余地はあるはずだ」といって逃がしてやるシーンはいい。

サド悪徳の栄え

未読。「毛皮を着たヴィーナス」と「眼球譚」は読んだんだが。バタイユどんだけおしっこフェチなんだよ。自分もお尻とかブルマーとか競泳水着が好きだから笑わないけどさ。

ゲーテファウスト

個人的にはとても好き。人生できっと何かを成し遂げられるはずという万能感ある思春期に読みたい。主人公行為は決して褒められたものではない。様々な悪事を働き、幼い少女妊娠させたうえ捨ててしまう。このシーンのせいで、もしかしたら二十一世紀には読み継がれない古典になってしまうかもしれない。しかし、主人公最後にたどり着いた境地の尊さの価値は失われることはないと信じている。現世で最も美しい瞬間とは何か、あらゆる物質的な快楽を手に入れた主人公が見つけた答えを読んでほしい。後半はギリシア神話を知らないとつらいかもしれないが、そのためにギリシア神話入門を読む値打ちはある。

スタンダールパルムの僧院

未読。同著者の「赤と黒」は貧乏青年がひたすらのしあがろうとする話で、あまりピンとこなかったのだが、文学サークルの友人から最近来たメールに「訳者を変えて再読したら面白かった」と書いてあった。

ゴーゴリ外套

さえないかわいそうなおじさんが好きなので好き。ロシア文学というものは、名前がややこしいうえに同じ人物が様々に呼ばれるので敬遠されがちなのだが(イワンが何の説明もなくワーニャと呼ばれるなど)、登場人物メモしたり、ロシア人名の愛称の一覧を頼りにしたりして飛び込んでほしい。このハードルさえ超えれば最高の読書体験が待っていることは保証する。ロシア文学はいいぞ。

ポー盗まれた手紙

ポーは大好きなんだけどどうしてこれを代表作に選んだのかはよくわからない。個人的には王道の「黒猫」とか「アッシャー家の崩壊」とかを最初に読むのがいいと思う。中学生の頃、狂気や暗鬱さにどっぷり浸っていた頃に読んだのだが楽しかったし、作中の詩が今でも世界で一番好きな詩のひとつだ。ちなみに、東京創元社ポー全集には、ポーユーモア作品もいくつか収録されており、意外な顔を知ることができる。もっとも、今読んで面白ジョークかどうかまでは保証しないが、こじらせ文学少年文学少女としては必読か。

エミリー・ブロンテ嵐が丘

最高の昼ドラにして非モテ文学。俺は愛されずに育った、俺は永遠にからも愛されない、だから他人幸福破壊してもいい、的な気分に一度もでもなった人は何としても読んでほしい。

メルヴィル白鯨

スターバックスコーヒー元ネタ

映画マチルダ」の中で児童書に飽きた天才少女がこれを読もうとする場面があるんだけど、これ小学生が読む本じゃないだろ。単純に難しいのではなく、とにかく話が脱線しまくる。まともにストーリーが進まずに、著者自身クジラに関するうんちくが延々と続く箇所もある。雑学隙の自分は楽しく読んだが。

敵のクジラを殺してやろうとするエイハブ船長狂気についていけるかどうか。

フローベールボヴァリー夫人

自分人妻萌え発症した元凶の一つであり、世界文学初のカーセックスシーンがあることでも知られている(自動車ではなく馬車でだが)。ストーリーは夢見がちな女性が夫に幻滅して若い男やチャラ男浮気し、サラ金から借金を重ねて自殺するという「闇金ウシジマくん」的なノリ。妻の浮気を知ったさえないボヴァリー氏の哀れな反応は必見。自分が寝とられ文学が好きになってしまった元凶の一つ。

続きますanond:20210212080411

2021-02-10

本好きなら高校生までに読破しておきたい古典100

哲学思想

プラトン饗宴

アリストテレス詩学

アウグスティヌス告白

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』

マキァベッリ『君主論

モア『ユートピア

デカルト方法序説

ホッブズリヴァイアサン

パスカルパンセ

スピノザエチカ

ルソー社会契約論』

カント純粋理性批判

ヘーゲル精神現象学

キルケゴール死に至る病

マルクス資本論

ニーチェ道徳の系譜

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

ソシュール一般言語学講義

ヴァレリー精神危機

フロイト快感原則彼岸

シュミット政治神学

ブルトンシュルレアリスム宣言

ハイデッガー存在と時間

ガンジーガンジー自伝

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品

ポランニー『大転換 市場社会形成崩壊

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法

アレント全体主義の起源

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

レヴィ=ストロース野生の思考

マクルーハングーテンベルグ銀河系

フーコー言葉と物』

デリダ『グラマトロジーについて』

ドゥルーズガタリアンチオイディプス

ラカン精神分析の四つの基本概念

ウォーラーステイン近代世界システム

ケージジョン・ケージ

サイードオリエンタリズム

ベイトソン精神自然

アンダーソン『想像の共同体

本居宣長『玉勝間

上田秋成『胆大小心録』

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』

岡倉天心東洋理想

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』

九鬼周造『「いき」の構造

和辻哲郎風土

柳田國男『木綿以前の事』

時枝誠記国語学原論

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア

旧約聖書創世記

ソポクレスオイディプス王』

唐詩選』

ハイヤーム『ルバイヤート

ダンテ神曲

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

シェイクスピアハムレット

セルバンテスドン・キホーテ

スウィフトガリヴァー旅行記

スターントリストラム・シャンディ』

サド悪徳の栄え

ゲーテファウスト

スタンダールパルムの僧院

ゴーゴリ外套

ポー盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ嵐が丘

メルヴィル白鯨

フローベールボヴァリー夫人

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー悪霊

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ審判

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン魔の山

ザミャーミン『われら』

ムージル特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナーアブサロム、アブサロム!

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』平

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ嫉妬

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット荒地

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキー詩学

ブランショ文学空間

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉にごりえ

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋蒲団

徳田秋声あらくれ

有島武郎或る女

志賀直哉小僧の神様

内田百閒『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩押絵と旅する男

横光利一機械

谷崎潤一郎春琴抄

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如エロ事師たち

島尾敏雄死の棘

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉円陣を組む女たち』

後藤明生挟み撃ち

円地文子食卓のない家』

中上健次枯木灘

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥小説神髄

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉福翁自伝

正岡子規歌よみに与ふる書

石川啄木時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝復興期の精神

吉本隆明転向論』

江藤淳成熟喪失

2021-02-02

anond:20210201195648

単純な人間が居るから簡単に騙せるんだよなあ。

それが安易証明できるのはキンコン西野のやり方だって分かるから不思議

人は単純な生き物。金を配れば神対応扱い、ちょっと共感できるだけで神曲扱い、その程度の生き物。さて、どこに複雑な部分があるんだね?

2021-01-11

[] banger = 神曲

甘雨ちゃんが待ち遠しくなるだけの動画

https://www.youtube.com/watch?v=_yZTVFSzJC8

しか日本語版公式なのに相変わらずコメント欄外人ばかりである

トップコメでbangerに名曲神曲みたいな音楽を褒めるスラング的な用法があることを知った。

多分だけどクラブ的な意味テンション上がる系の曲に使われる感じだろう。

2021-01-06

聖☆おにいさんに登場する後代の人物カウントしてみたよ

きっかけとなったのはこのツイート

https://twitter.com/dogu_fm/status/1346029676813115393

まとめ

https://sumatome.com/su/1346029676813115393

この主張に関しては、特に問わない。

宗教的に寛容だから笑いにできる」とした言説なんて、あまり聞いた事が無いのだけど。

しろ日本宗教にいい加減だからだと思うんだけどね。良くも悪くも。

そもそも宗教馬鹿にする文化アメリカにもイギリスにも有る。

気になったのはそこでは無くて、キリスト教聖人バンバン登場しているのに、仏教導師祖師が登場しないという分析

これは本当なのか確かめてみた。

以下はその結果。

集計ルール

聖☆おにいさんを読んでいると、キャラクター達は登場パターンで分類出来る事がわかる。

そこで、キャラクターの扱いについて大まかに分けてみる。あくま便宜上の分類。

1. 主人公二人組

2. 二人にがっつり絡むキャラクター天使弟子達)

3. ゲスト的に登場し、二人に絡むキャラクター

4. 二人の会話の回想シーンに登場するキャラクター

これら全て登場人物なんだけど、4は聖☆おにいさん独特の登場パターン

元のツイートで例に出しているルターはこれに相当する。

今回はあくまで後代の聖人導師などや、その他伝説となった人を対象としている。

ペトロとかアナンダなどの直接の弟子カウントしていない。

実在人物でも聖書登場人物などもカウント外。

3の登場パターンは○

4の回想での登場パターンは△

名前だけしか出ていないのは※

集計結果

1巻

特になし

2巻

△ 聖ニコラウス 9話 クリスマスネタ

3巻

空海 18話 伊豆旅行の時にガイドさんが発言弘法大師名義

ルター 22話 免罪符ネタ。1コマ

4巻

△ ヴァレンティヌス 23バレンタインネタ

ダ・ヴィンチ 27話 漫画アシスタント候補として名前が挙がる

ラファエロ 27話 同上

5巻

特になし

6巻

ダンテ 39話 神曲の作者として

空海 41話 ショムジョのチームの一員として登場。セリフあり

三蔵法師 42話

7巻

天草四郎 48話 イエスさんが知っている戦国時代人物として挙げる

8巻

ルター 52話 ボウリング話題

9巻

ジャンヌダルク 62話 聖人認定話題

10

※ 聖ニコラウス 69話 クリスマスネタ

※ ヴァレンティヌス 71話 バレンタインネタ

ゴディバ夫人 71話 バレンタインネタ

11

即身仏 78話 ゾンビ映画ネタの絡みで登場

12

耳なし芳一 81話 ブッダさんの発言

13巻

特になし

14巻

特になし

15巻

特になし

16巻

ニコラウス 110話 クリスマスネタ

△ マルガリ119話 出産系の守護聖人として

ライムンド 119話 出産系の守護聖人として

※ アエギディウス 119話 出産系の守護聖人として

アントニオ 119話 出産系の守護聖人として

17

ジャンヌ・ダルク 123話 大家フランス語教師として登場

○ フラ・アンジェリコ 127話 イエスの絵を描こうと登場

18巻

ジャンヌ・ダルク 131話 セミレギュラー

ゴディバ夫人耳なし芳一は迷ったけど、モデルが居るみたいなので入れた。

即身仏名前は出ていないので、人によってはカウント外だとも思うが、とりあえず入れてみた。

他にも抜けが有るかもしれないけど、とりあえず。

○は仏教2回、キリスト教3回

△は仏教2回、キリスト教8回

※は仏教1回、キリスト教8回

一応、キリスト教多め。だけど…

分かったこ


ツイートへのちょっとしたツッコミ

キリスト教側については使徒はもとより四大天使に旧約の人物や遙か後代の聖人マルティン・ルターまで登場する。ところが仏教側は釈迦十大弟子天部梵天など)、釈尊の血族、悪魔如来観音菩薩は出てくるが、仏教重要な後代の導師祖師は出て来ない。

一度だけ空海イエスブッダに顔を会わせないかたちで登場してはいるらしいが。ともあれ後代の大乗仏教重要ボーディ・ダルマは出ていない。まして日本仏教にとりわけ大きな影響を与えた鎌倉仏教祖師である道元栄西法然親鸞日蓮は登場どころか名前すら出てこない。

マルティン・ルターは回想で触れられるくらいで、それほど。総登場5コマ程度だし。

空海についても何故か伝聞風に書いている(自分で読んだんだよね?)けど、ちゃんと登場しておりセリフまで有る。(登場コマは2コマだけどw)

そもそもキリスト教親鸞に当たる人物となると、キリスト教の成立史に名前が挙がる人物なんだろうけど、Wikipediaキリスト教歴史の項目に出てくる歴史上の人物は、それこそルターぐらいで。教皇も初代教皇ペドロ以外、名前も出てこなかった。

そうなると、作者の単純なネタ選択と考えたほうが自然じゃないかと。

しかし『聖★おにいさん』はあくまでそれらの人物を出さない。この数年はネタ切れなのか北欧神話まで持ち出してきた。七福神神道側として出してきたことも苦しい感がある。「八百万の神」の名は出たもの天照大神イザナギイザナミスサノオ辺りの名を出すのを避けているようにも感じる。

これに関しては、19巻に収録される予定の回でイザナギさんが出てくるので、完全に穿ち過ぎかと。

結論として

最初に述べたとおり、日本人の宗教に対する態度は寛容ではないという意見否定しないけど、漫画作品の描写だけで断ずるのは早計じゃないかな。

そもそも日本人の宗教観を批判する事が念頭にあったのか、バイアスが掛かってる様子だったし。

これだったら、聖☆おにいさんを持ち出さずに自分言葉で論じればよかった。

あと、こういう増田も見かけて面白かった。

一応クリスチャンだけれども聖★おにいさんは大好きだよ

https://anond.hatelabo.jp/20210106032817

つーか、自分クリスチャンじゃないけど、大いに賛同する。

2020-10-28

anond:20201028124344

わかりやすくいえば

本来ならヤミ金ウシジマくんに出てくるマイルドヤンキー底辺層従事するブラック産業になんか選択肢にさえ入らない大卒エリート層の雇用が突然消滅した」という認識が分かりやす

現に地獄のような就職状況だったと氷河期世代はいうが、有効求人倍率割ったのは2000年の一度きり

からダンテ神曲みたいな地獄巡りの状況に陥ったって人間が「大卒者層で」大量に出たというのが氷河期世代の大まかな認識で間違いはない

から「職さえ選ばなければいくらでもあっただろ」ってのは、嫌がらせでも嫌味でもなく今に比べたらホントのことだったんだよね

東大卒八百屋やれっていうようなもんだが、職がないよりマシだろうって感じで

2020-10-24

魔女の旅々をダンテ神曲地獄篇と称している人がいて笑った。

2020-10-05

anond:20201004173050

上澄みになればなるほど人間性も見られるから落ち着いた人間多いのよなこの業界

ベンチャーとかブラックで腕を磨いてホワイト転職とか絶対無理から

マトモな会社でマトモな人間たちとマトモな仕事をするスキル

狂った会社で狂ったキチガイたちと狂った仕事を形にするスキル全然違うし求められるレイヤーが違う

大学出た時点で健常者だったとしてもキチガイエンジニアキチガイ企業に関わってしまって逃げそびれたら自分キチガイという狂気適応してしまって二度とホワイトにいけなくなって一生ブラック地獄彷徨ダンテ神曲IT業界版になってしま

からキチガイジョブズみたいによほど天才的な才能がない限りは最終的に上にいけないようにはなってるし、キチガイにはネット上以外では関わらないようにしないといけない

2020-09-18

頼むからゆらゆら帝国を聞いてくれ

この日記を読んでいる人へ。

頼むからゆらゆら帝国を聞いてくれ。

から聞けばいいかからない?

そうだな、とりあえず最初に聞くなら『発光体』(https://www.youtube.com/watch?v=IOa-nZiIeiw)『ズックにロック』(https://www.youtube.com/watch?v=GXqZ5EXE9ho)『ゆらゆら帝国で考え中』(https://www.youtube.com/watch?v=M9CM44MohAs)らへんがおすすめ

どの曲もそんなに長くない。ストリーミングでも聞ける。

さ、早く。

聞いた?

ほんとに聞いた?

「なんだ、増田民提案になんて乗らねえぞ」って人にも一度は聞いてほしい。

場合によっては人生損するかもしれない。

というわけで、以降の記事は「ゆら帝を一度でも聞いてくれた人」に向けて書く。

あんまりハマらなかった人、回れ右

こういう曲が苦手な人、申し訳ないです。回れ右

というか、日本人の大部分が上ふたつに当てはまると思う。

私の周りの友達もみんなそうだった。

ただ、心をぐっと掴まれて、早送りボタンを押せなかった人もいるはずだ。

誰かの心にズドンと響く音楽っていうのは、諸刃の剣みたいなものだと思う。

ある人にとっての神曲が、他の人に全く響かないなんてこと、日常茶飯事だし。

もしこれを読んでいる人の中にゆら帝のファンがいたら、こんなに嬉しいことはない。割合的に厳しいと思うけど。

新参がイキってすみません。でもね、このバンドもっともっと広まってほしい。

正確にいうと、ゆら帝を聞く星のもとに生まれた人たちが、ゆら帝を知らずに死んでいくという事態を防ぎたい。

もうね、頭の中では今たいへんなことがおこっています

手と足と胴体がそれぞれバラバラに動き出しそうで、それを押さえつけてジッとしているだけでやっとの状態です!

再結成とか、メジャーシーンでの再評価とか、どうでもいいんだ。

届くべき人に彼らの曲が届いてほしいだけ。これは完全に自分エゴ。生温かい目で見守ってください。

私がゆら帝存在を知ったのは2020年夏。彼らが解散して10年が経っていた。

きっかけはとあるコント番組だった。

私だけでなく、同世代ゆら帝を知った人の大部分がそうだと思う。

外出できない夏休みオンデマンドサイトを見漁っているうちに、奇天烈OPが耳から離れなくなっていた。

コロナ自粛がなければ、ゆら帝には出会えなかったかもしれないということだ。人生というのは分からないものである

ゆら帝は他のどのバンドとも違う。

私は結構ロックが好きで、メジャーからインディーズまで広く浅く聞いてきただけに、ゆら帝の曲を聞いたときは、衝撃を隠せなかった。

分類的にはサイケデリック・ロックだのオルタナティヴ・ロックだの言われているけれど、このバンドは「ゆら帝」というくくりでいいと思うくらい特殊である

ゆら帝の魅力。

まずメロディがいい。前期の渇ききった感じも、後期のしっとりと美しい感じも、最高だ。

個々の技量も素晴らしい。特にベースが好きだ。亀川千代氏のベースラインには中毒性がある。

そして歌詞がいい。非の打ち所がない。

「もう一度頭絞ってにじみ出てきた緑の液体がぼくの全てさ バカだろ?」

「雨が降る日は何もしない 髪がベタベタするから 風が吹く日も何もしない どこか消えたくなるから

どういう人生を送っていたら、こんなにクール歌詞を書けるんだろうか。

昨今の音楽メロディ重視というかなんというか、文字数合わせが目的の物足りない歌詞が目立つ(もちろん例外存在する。サカナクション山口一郎氏は歌詞真摯に向き合っていると思う。私は高校生ときからサカナクションの大ファンだ。魚民諸氏はゆら帝にも興味を示すのではないかと思う)。

ライブもいい。クッサイMCも余計な演出もなく、淡々音楽だけを届けてくれる。

生で見たことのある人は本当に羨ましい。

とまあ凡庸言葉で色々述べてきたが、はっきりいってゆら帝の魅力はこんなもんじゃない。

言葉では言い表せない。

この圧倒的な衝撃は、当事者しかからないと思う。

私の好きなバンドにも、ゆら帝の影響が見られる。

サカナクションライブ理想形はゆら帝らしい。なるほど、と腑に落ちた。

サカナクションライブは、それ自体芸術作品と言っても差し支えないほど完成度が高い。演奏レベルCD音源レベルだ。彼らは安っぽい感動でも変な共感でもなく、「音楽」という体験私たち提供してくれる。

ゲスの極み乙女。川谷絵音氏も、『タコ物語』(https://www.youtube.com/watch?v=qbkxCVNsFsY)に影響を受けたとか。この曲はMV含めてとても狂気的だ。ぜひ聞いてほしい。

ゆら帝という存在は、ロック界の『AKIRA』のようなものなのかもしれない。

ゆら帝音楽はいだってフレッシュだ。

凡庸感性しか持ち合わせていない私でも、心を揺さぶられるのだから、大したものだ。

きっと、人間の奥底にある普遍的な何かに響く音楽なのだと思う。

私が心配するのとしないのとにかかわらず、ゆら帝100年後もその色を保っているはずだ。

色を保てるバンドなんて、昨今それほど多くない。

まりにも多くの音楽が、産生されては飽きられ、時代とともに消えていく。

その意味において、ゆら帝は安定感が半端ないのだ。

彼らが再結成しようものなら、私は大きな失望を抱くだろう。最終回再放送は無い。ゆら帝はすでに完成してしまった。完成とはまた、終わりを意味するのだ。

もちろん、生で見てみたかったという気持ちはある。こればかりは生まれ時代を恨むしか無い。

ゆら帝完璧ロックを生み出したことと、私たちが生きている間に彼らの音楽へたどり着けるかということは、全くの別問題だ。

私自身、番組のことを思い出さなければ、絶対にゆら帝を聞こうとは思わなかっただろう。運良く名前を目にしたとしても、有象無象バンド判断し、スルーしてしまうと思う。

だらだら書きすぎたせいで主旨がぶれたような気がするので、もう一度。

頼むからゆらゆら帝国を聞いてくれ!!!

昆虫ロック』(https://www.youtube.com/watch?v=MX2W1kNiOcc)も『夜行性の生き物3匹』(https://www.youtube.com/watch?v=n_dk8ChdCA8)も『空洞です』(https://www.youtube.com/watch?v=mKUhq7SYouA)も『グレープフルーツちょうだい』(https://www.youtube.com/watch?v=SaP6Ui93iUM)も最高だぞ!!!

私は彼らに救われた。才能も取り柄もない私が、ちょっとでも頑張ってみようと思えたのは、ゆら帝のおかげだ。

無味乾燥だった人生が、彼らのおかげで色づいた。

から暴力を振るわれたり、好きな人が死んだり、正直散々な人生だ。

でも、音楽ひとつ人生は変わる。

これを知らずに死ぬなんてもったいねえよ。マジで

もしこの記事奇跡的にバズって、世の中にゆら帝ファンが増えてくれたら、頭ひねって書いた時間無駄じゃなかったんだなって思える。

拡散コメントよろしく頼む!

追記】指摘を受けて、YouTubeリンクを貼りました。貼り方が悪かったらスミマセン!

2020-04-05

外出禁止からアニメ観た

タイトルで8年くらい敬遠してた『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない』を観た

結構面白かった

シークレットベース神曲すぎる。。。EDが飛ばせなかった

自分ポケモン金銀世代から結構小ネタも楽しめた

・多分リアタイで見た方が自分への投影という意味では楽しめただろうな

キャラデザは皆かわいくて好き

ストーリーはゴチャゴチャのドロドロの恋愛ドラマ

輪廻転生という当然のように出てくる宗教観が受け入れられるかどうか

・つっこみ所は多そうだったけど、そういうのをスルーするのは得意なので、あまり気にせず観れた

最終話は、悪くないけど過剰すぎた。。。大盛り油多め味濃いめみたいな。。。

・まあとにかく全体的には結構面白かったのでよかった

2020-04-01

civilization 6、春の雪ドラゴンフルーツ

三月二十八日(土)

普段テレビニュースを除いてほとんど見ていないのだが、金曜日にはたまたま放送していたぴったんこカンカンというバラエティ番組に、エヴァンゲリオンで有名な鷺巣詩郎が出演していたのでぼんやりと眺めていた。放送された内容によれば、鷺巣氏はふとした気まぐれで欧州日本の別邸を移動する生活をしており、しかも移動すると決めるのが当日になってからで、おかげで妻はほとんど私物が持てず、生活必需品は七か所の自宅にそれぞれ置いているそうであるしかも、音響に対するこだわりから生活のこまごました面まで徹底して管理されているらしい。トイレを流すときにも許可がいるとのこと。これだけだと鷺巣氏がただの暴君のようだが、妻のほうも夫がきちんと入浴していないと怒ったりするそうなので(どうやらインスピレーションがおりているとそれどころではなくなるらしい)、妙なところでバランスが取れているのだろう。人様の家庭の事情とは斯様にわかりにくい。

さて、土曜日は午前中にうとうとしていたが、午後から雨が降るとのことだったので、えいやと気合を入れてジョギングをした。本当は先に筋トレをして走るつもりだったのだが、いつ降り始めるか予測がつかなかったし、なんだったら日曜日筋トレをしたってかまわないではないか、と考えたのだ。無酸素運動の跡に有酸素運動を行うのが一番効果的だというけれど、まったくやらないよりはましだろうと考えたのである

だが、帰宅してから久しぶりにcivilization 6をプレイしたのがまずかった。結局、十七時半から二十六時半まで、食事を除いてぶっ通してプレイしてしまった。いつも日付が変わる前には就寝することを徹底している自分が、そのルールを破ってしまうほどに中毒性が高いゲームであり、こういうコロナウイルスで出かけられないときには重宝するのだが、事態収束したらまた封印しなければいけないゲームな気がする。

この日の夕飯は、妹が一時間以上かけてソースを作ったお手製パスタティータイムは妹のお手製ベーグル

三月二十九日(日)

civilization 6の話の続きをしよう。

結局この日は起床した九時から十五時半までプレイしてしまった。一ゲームに十五時間以上かかっており、しかもそれが主観的にはあっという間なのだから始末が悪い。なんでこんなに時間がかかったのかといえば、一つには久しぶりにプレイしたのがあり、もう一つには自分ゲーム下手だからというのがあるのだが、さらには普段は六人プレイでやっているのに今回は八人でやってしまったのも原因だ。この手のゲームで実際の地形を模したマップでやるのはある種のロマンがあるのだが、そのマップ選択したときデフォルトで八人プレイになることを知らなかったのだ。

プレイしたのはアキテーヌ女公アリエノールで、特殊能力芸術の力によって相手都市を離反させて自分のものとすることで、要するにある種のチートであるしかも、ヨーロッパマッププレイしたのだが、AIと違ってこっちは地図の概略を知っているので、これもまたチートだ。それなりに苦労はしたものの、広大な空白地があると予測されるところにポコポコ入植していくのは楽しかった。おかげで敵の領土挟み撃ちする形にできた。

延々プレイしていたのは、日曜日が朝からずっと雪だったからというのもあるのだが、ちょうどプレイが終わった頃に晴れてきたので、散歩がてら外に出ることにした。家にこもってゲームばかりしていると頭が痛くなるし、新鮮な空気も欲しくなる。ついでに、梅や桜に雪が積もっているところも撮りたかった。写真ツイッターに載せた。

夜はすることがなくなったので「デカメロン」の第九日目を読んだ。別にコロナウイルスペストを重ねていたわけではない。ただ、何となく読みたくなっただけであるボッカッチョダンテ意識して創作したと聞いたので、「神曲」が好きな自分としてはどんなものなのかを知りたかったのも理由だ。しかし、読んでいるうちにコロナはどんどん大ごとになってきて、結果的タイムリー読書になってしまった。ちなみにカミュの「ペスト」は大学生の頃に読んだきりだ。

結局、筋トレはさぼってしまった。civ6中毒のせいだが、これをやっているとソープランドに行く気がなくなるのでいい。というか、歓楽街が封鎖されては行きようがない。

三月三十日(月)

身体障害があるので自宅で業務をしていた人が退職するとのことで、この大変な時期なのにわざわざ車いすオフィスまであいさつに来てくれた。しかも、世田谷のおいしいクッキーまで用意してくれていた。自分も、仕事の合間に少しだけ世間話をした。おかしかったのが、身体障害のある人が、はじめのうちこちらのことを文章の癖から女性だと思い込んでいたことだ。

小説執筆というか、手入れを再開した。

三月三十一日(火)

最近スリッパ臭い。冬用に買ったモコモコスリッパなのだが、仕事から帰ってきた靴下のままはいていたので、そのにおいが移ってしまったらしい。蒸れてくるとにおいが漂ってくる気がする。もっと暖かくなってきたら洗濯するべきだろう。洗剤につけておけば大丈夫だろうか。

この日、普段行くカレー屋さんがラッシーを切らしていたのだろうか、ランチセットを頼んだらドラゴンフルーツジュースを出してきた。味はベリーともバナナもつかない独特の甘さがあり、個人的には好きだった。

そういえば、この店にマスクを忘れて行ったら職場のあるビルまでわざわざ追いかけに来てくれた。なんて親切な店だろう。関係ないが、この店に一時期一週間に三度も通っていた時期があり、おそらく顔は覚えられてしまっている。

四月一日(水)

今日タイ料理を食べに行ったのだが、そこでもマスクを忘れてしまって、結局帰りの電車ではマスクなしだった。別に非難しているわけではない。気づかないのが普通だ。で、そのタイ料理屋に行く途中に新しい別のカレー屋さんができていて、暑苦しい青年たちが呼び込みを行っていた。あまり好きな雰囲気ではないが、味が好みかもしれないので、レビューを見てから行くかどうか判断したい。

そういえば今日は異動があり、かつての部長係長になった。これは何か問題があっての降格ではなく、一定年齢を超えると部長からは退くことが社内のルールになっているからだそうである

今朝のパンもまた妹の手作りテレワークが続いているので気分転換必要からだろうか?

関係ないけれど、はてなキーワードでは「四月」はないが「4月」はあるらしい。日記をここに書き続けるとしたら、4月2日、と書くことにするかもしれない。

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