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はてなキーワード: 五感とは

2021-04-22

テニプリにハマって多分1年ぐらい経った

ここのはてブロテニプリの話しか書いてないけどハマって1年以上経ちました。アラサーです。忘れないように時々書き散らしてますコロナ禍なのでアプリのテニラビずっとやってたらランクが350ぐらいになりました。えーすけさんより上手い自信がある、多分。

最近主人公校じゃなく、氷帝vs立海のいわゆるスピンオフ新作アニメU-NEXTで前編後編公開されました。氷帝推しなのでもちろんのこと氷帝応援しています

とりあえずネタバレ配慮して感想を書くと、跡部の2年生教育がすごい。失敗しても次負けるなとか良くやったとか涙は取っておけとか、マイナスのこと一切言わないんですよね…。3年生に対しても叱咤激励がうまいのなんの……長から退きつつもカリスマ性は衰えず。

勝敗ぼやかてるけど氷帝より立海が強いのは当たり前なのでまあそういうことなんですよ……………。

立海教育すごくないわけじゃないけど三強はほぼ放任主義で赤也は勝手に強くなる、ってみーんな思ってるんですよ。ジャッカルという最高の男は2年の次期部長玉川くんを育てるために試合を譲ってくれた訳ですが、ジャッカル丸井ちゃんと先輩してくれてていつも感動します。赤也のことも可愛がってるし、サンタ信じてる赤也を守ろうと必死です。かわいいよ。詳しくはテニラビ2020のクリスマスイベントを見てね。

ちょっとテニプリ齧ってる人に向けてなんですが、跡部テニススタイルってめちゃくちゃ偉そうなんですけど、ああ見えてすごく泥臭いんですよ…。描写シーンは負け多いですし……。あと今回さら進化が加速してしまうので笑ってしまうかもしれない。「踊ってもらうぜ!」って感じの派手派手脳筋テニスを見てください。

幸村は魔王五割増です。越前に負けてるけど負け知らずです。なんか今回見たことない顔します。パワーSって感じ。幸村は派手な技は無いんですけど、本当にただボールを返してるだけで、ついでに五感が奪えちゃうだけなのでめちゃくちゃ強いです。この部長たちもある意味対比なのかな〜そうだね〜。

赤也くんは最近本誌で頑張ってるので語るまでも無いんですけども、日吉日吉若を!見てください!2年部長アグレッシブベースライナー神経質な面もあるが常に負け向きで虎視眈々と正レギュラーの座を狙って……いま部長になりました。試合で散々負けたし、跡部が負けるところも見てたし、成長のタネを撒かれ続けて、とても大きくなりました。なるほど若くん。

U-NEXT入って氷帝vs立海を見てください。

樺地を泣かせた真田絶対に許さない。



はぁ〜立海のベスフェス行きたかったな〜〜チケット先行参戦が遅かった……………

おわり

2021-03-31

anond:20210331230910

自我自意識五感。(ぐっと下がって)その個体にとっての過去記憶

以上が信じられなくなったとき、その個体はこの世には存在しない。

2021-03-20

anond:20210320012632

なにかいいことだとおもったりおもしろいことだと自分がおもってることをする人ってなにをどう注意してもダメだとおもうんだよね

冷蔵庫に入ったらダメっていったら冷凍庫ならいいのかとかおでんスープならいいのかとかそういうのがダメだっていってんのわかんないのかなってとこあるよね

というかむしろしてないこととかダメなことをしてもいいんじゃないかって思考になってそう

そういうのを斬新なアイデアとかおもっちゃってるとこってまともなことをどこまでも教え続けてもそのたびに「そうじゃなかったらオモシロイんじゃない?」とかいいだすよね

それをほんとうにボーダーこえたところだけダメだって折檻してもそれはそれってまた違うところでやらかしそうなのは想像に難くないよね

極端な話だけどさ

手足をもいで五感をうばってもたぶんそういう気持ちってなくならないんじゃないのかなっておもうんだよね

そういうのって人権かいものって感じするけどその人権のものから迷惑行為が発生してるってこともいえなくもなくないよね

人権があるとか人であることがそういう創造的な行動をしてるみたいな

大義名分としては文字として聞こえはいいけどひどく迷惑な話だよね

だと人権を直接攻撃するのはちょっと無理だよね

実際に手足をもぐとか物理的に攻撃とかあからさまにダメージをうける部分を狙っての攻撃とかそういうのは無理筋だよね

ときれいな言葉ダサいとか受け入れられないとかいいとおもったかもしれないけど私たち一般としては全面的に受け入れられない否定するしかない最低の考えだったとか間接的にこっちが突っぱねるのがいいよね

実際人権とか攻撃したいと思うんだよね

五体が満足でも心が折れたらその人権のなんとかみたいな行動がなにもできなくなるよね

その迷惑行為をやめさせたいっていもってるその目的はきれいに達成できるんじゃないのかな

そうじゃなかったらほっとくと絶対またどこかで迷惑行為するでしょ

そうなるの見逃せってそうなったらそうなったで被害者が発生したらそのとき考えようってそれストーカー規制法ができる前の警察対処じゃんね

実際に物理的な被害が発生してからはじめて調査しましょうっていうのよい文化だったか考えたいよね

いまもその文化を残して継承していこうってなってるか考えてみたいよね

再犯するのが放置されてるのってもう教師による未成年者への変態行為くらいだよね

あれも実際に子供被害届だしてないと人権とか問題なしなんだからいいっていうならいいとおもうんだけどそうなのか考えたいよね

それをやめさせるのに手足がなくてもあきらめないっていうのはもう実際にそういう人がいるのでわかるよね

じゃあそうできる体があるのにしない人やできない人がいないのかっていったらいるよね

そういう人になってもらいたいからそうなるように攻撃するんじゃないのかな

攻撃ダメだって言うならそういう迷惑行為をする人に首輪をつけて監視をする人をつけてくれるのかな

その人が再犯する前にとめてくれる人が常についててくれるなら今回はしょうがないって次回はその監視役の人に責任をとってもらうってことでもいいかもしれないね

いまのところやっぱり被害者を減らすためにはそういう根本的に歪んでる人をまっすぐできないなら折ってしまわないとほかの人たちが折られていくのを容認してるのと同じことになるんじゃないのかな

危害を加える人の人権を守るために被害者がふえることは容認されるべきなのかどうか考えたいよね

2021-03-16

anond:20210311013624

毛が生えてる描写であるボーボー

と近い五感鼻毛神拳とか出てくるから意外にタイトルに沿った話やろ

ボーさんは破天荒気取りで意外に優等生なんだよ

2021-03-13

anond:20210313013441

別に無理に機嫌取る必要ないでしょ。

仲良くなりたい、っていうのの延長っていう感覚だけで。

仲良くなりたいときに、余計なこと言うのを自制するときだってあるよね。

その後は五感総動員して仲良くなるけどね。

2021-03-12

人間とはなにか?それ以前に "自分" とは何か?

エヴァ理解ある彼くん や 関係萌え に乗じて 人生観人間 について語りたい増田がいるようなので新しく増田作りました。 

タイトルの『人間とはなにか?それ以前に "自分" とは何か?』に入る前に、大前提としておさえて欲しいことがあるよ。

 

1. 大前提としておさえておいて欲しいこと:すべての個は独立したユニーク存在他者世界をみることも同化することもできない。

 

 

 

上記はおさえられている前提で話を進めるよ でないとタイトルに入れないので

 

 

2. 人間(Homo sapiens)とは何か?

スコープの大き過ぎる問いなので、ここでは、サピエンス理解する、知っている、知恵のある とは?限定するよ

 

増田の考える、"理解する" とはなんだろうか?人間以外の生物コンピュータ理解することはないのだろうか?

増田の考える、"知っている" とはなんだろうか?人間以外の生物コンピュータは知ることはないのだろうか?

増田の考える、"知恵" とはなんだろうか?人間以外の生物コンピュータは知恵を持つことはないのだろうか?

  

  

3. それ以前に"自分"とは何か?

増田の考える、"自分" とは何か? 自分身体のどこにあるのか?指し示して欲しい。

 

ちなみにこれは既に答えが出ているので先に答え書いちゃうね。頭を指し示してもそこに "自分" は無い。

身体環境文脈から完全に独立した脳機能は皆無だ。もっと言えば自由意志存在しない。

 

更に根本的なこと言えば "自分" は連続していない。

過去の "自分" と今の "自分" は組織からして物理的に違う。

人間記憶は同じだから連続した存在(同じ存在)とするのもだいぶ無理がある。

記憶五感を伴うものであり、身体組織が違っていれば、思い出しても当然感じ方は違うし、

(似たような環境で育てたとしても完全に同じ個体にならない理由がまさにこれ)

そもそも記憶インディックスを失い、正しく記憶を読み取れなくなるかもしれない

(いわゆる"忘れる")

 

早い話が人間は、身体記憶連続していない。少なくとも、連続性を保証するものは何も無い。

 

 

 

4. そもそも生物と非生物の違いは何か?

有機物無機物本質的な違いはない。

 

日本生物物理学会も材料的には生命と非生命物質の間に本質的な違いはありません.それでは,「生命」と「物質」の違いはどこにあるのでしょうか?“ とか言ってる。

 

強いて言うなら生命(命)とは現象

 

そしてその生命現象人類はいまだに理解が出来ておらず、生も死も非常にモヤっとしたものだ。

"未だ生を知らず、焉くんぞ死を知らん" (まだ生についてよくわかっていないのに、どうして死のことがわかろうか)みたいな?

 

たとえば、食肉処理場から食用解体された(お肉になってるので臨床的には当然死んでいる)の 豚🐖の頭部を使った実験

 

Nature]Pig experiment challenges assumptions around brain damage in people

https://www.nature.com/articles/d41586-019-01169-8

[日本記事][Nature ダイジェスト]死んだブタの脳を体外で数時間生存させることに成功

https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v16/n7/%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A0%E3%83%96%E3%82%BF%E3%81%AE%E8%84%B3%E3%82%92%E4%BD%93%E5%A4%96%E3%81%A7%E6%95%B0%E6%99%82%E9%96%93%E7%94%9F%E5%AD%98%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AB%E6%88%90%E5%8A%9F/99254

 

どうしよう、日本記事タイトルの通り、食用解体されお肉になった豚🐖の脳🧠が復活しちゃったよ?

 

研究チームは、BrainExに組み込んだブタの脳が6時間でどの程度回復できるかを調べた。

> その結果、保存液を注入しなかった対照群の脳の細胞崩壊してしまったのに対し、

BrainExに組み込んだ脳では個々の細胞や部位の構造が保存されていた。また、ニューロンや他の脳細胞が正常な代謝機能を再開したことや、

> 脳の免疫系も機能しているらしいことが分かった。さらに、BrainExに組み込んだ脳から採取した組織試料に通電したところ、

> 個々のニューロンがまだ信号を伝達できることも判明した。

> ただし、高度な脳活動意味する脳全体の協調的な電気活動パターンは全く見られなかった。

研究チームによれば、そうした高度な機能を復活させるには、電気ショックを与えるか、もしくは、もっと長い時間にわたって脳を溶液中で保存し、

酸素供給がない状態で受けたあらゆる損傷から細胞回復させることが必要だろうという。

> すでに、BrainExを使ってブタの脳を最大36時間生存させている。

 

さて明確に活動を再開してるのだけどこれは "生きる" のかな?"死んでいる"のかな? 

 

 

 

5. では1−4を踏まえて改めて問おう、増田にとっての "人生" とは? (人生観を語るのが好きな人が好きなワード "成長" や "大人" や "希望" や "救い" とかでもいい)

「我思う、故に我在り(Cogito, ergo sum)」

「私は在る、私は存在する、これは確実で ある。しかしどれだけの間か。もちろん、私が思惟する間である

なぜなら、もし私 が思惟することを完全にやめてしまえば、おそらくその瞬間に私は、存在することを まったくやめてしまうことになるであろうから

 

とか言った人もいたが、実際的には "自分" という存在は気のせいだ。

  

だが、増田は 『自分なんて気のせいだから自分があるように振る舞うのはやめろ!!』 と他人に言われて従う?従わないでしょ?

 

増田世界の主人はこの世の誰でもない増田自身なのだ

世界の主人が自分自身であることに正しさは要らない。

他ならぬ自分自身がそう選択し決めたことだ。

 

ーーーー・・・以上で前振り終わりで、本題に入る。

 

1−4を踏まえて、増田にとっての "人生" とは? (人生観を語るのが好きな人が好きなワード "成長" や "大人" や "希望" や "救い" とかでもいい)

社会的ごっこ遊び (Social Pretend Play) じゃないヤツで頼むね。

 

2021-03-04

言語とは精神病発言の主たる要因である

私が毎日使っている言語は、一種記号である

五感で得た情報を司り、言語という枠を使って漠然としたイメージ表現する一種記号である

言語は想起のための指標である。それは経験知識の曳き手であって、イメージリアリティではない。

 書くことは、他者とのコミュニケーション可能であることを前提に、ラベル付けされた一連の記号を用いて、他者に対して主張や理性を主張する方法の一つである

 口頭での主張は、私たちが獲得した仮説推論の致命的な能力と、類似点を見つける病気悪用して、メディアミーム感染させる一種ツールである

インターネットを通じて他人イメージを乗っ取ることを意図して書かれている。この思索は、言語というナンセンス方法を使っているので破綻している。

       自由幸福は、自分の手に負えないもの無視することで得られる。


 これは古代ギリシャ哲学者エピクテテスの発言です。これは権威的な重み付けのための引用であり、特に意味はありません。

松井秀喜がこのストイック哲学者と似たようなことを言っていたので、歴史的にも理解できる考え方だと思いました。

言語の美点は、話し手意図した通りに「もっともらしい」もの人間に刷り込むことができることである。ある公理を真理として刷り込み、恐怖や扇動によってその絶対性を刷り込む行為は、様々な組織の中で日常的に見られる。

 そもそも言語誕生は、人間による宗教の獲得と不可分である人間はある時点で、言語を通じて空想力、理性、類似性を見出す能力を獲得し、自分ではどうしようもないことを生活の中に内在化させてきた。

それは例えば、お金権威などの暴力一種であったり、感情という人間状態一種であったりする。

すぐには永続させることのできない現象が、言語という記号を使って他者と共有されるようになったのである

それだけでなく、活版印刷インターネット技術革新によって、言語は時空を超えて広く、長く保存されるようになりました。

それと引き換えに、宗教絶対性を広めることで、言語習得デメリットである上記のような制御不能事象を打ち消そうとする試みがなされたのである

上記記述には何の根拠も示せないので、適当な本やネット上の類似情報相互参照して、ご自身結論否定判断にお任せすることにします。

エピステーム

 精神病についての深い考察は、ミシェル・フーコーの著書をお読みください。エピステームという重要概念提唱されています

エピステーメとは、ギリシャ語で「知識」を意味する言葉をもとにフーコー造語した言葉である簡単に言えば、私たち認識形成される知識の枠組みを指す。私たちの知覚は、私たち経験から直接、媒介されずに得られるものではありません。私たち経験はすべて、私たちが持っているある認知的枠組みに適用されたとき知識となるのです。

 そもそも精神病」という名前を使うのはよくありません。何と言っていいのかわからない。ラ・ラ・ラ・ラ・ラ。なんだっけ?

インゲニヤトー

 1213世紀ヨーロッパでは、労働組合倫理規定により技術開発が停滞していましたが、後のルネサンス期の15世紀には、相次ぐ戦争対応するために様々な技術が開発されました。この時の新技術はインゲニウムと呼ばれていました。その技術を開発したのがインゲニウム・トーである。インゲニウムは、今日エンジニア語源です。レオナルド・ダ・ヴィンチもインジニアトールの一人でした。

 レオナルドの写本の中で最も有名なのは、アトランティコ写本とマドリッド写本である。彼はすべてのもの描写するために、フォトリアリスティックな絵を必要としていました。言語のような一対一の記号ではなく、より具体的なイメージを捉える方法必要だったのだと思います

 ピクトリアルジオメトリという幾何学技法がありますガスパール・モンジュによって確立され、産業革命期にエコール・ポリテクニークで教えられました。ルネサンスの数世紀後には、主に軍事目的であったが、イコノグラフィーが導入された。

2021-02-22

必読書コピペマジレスしてみる・日本文学

方針

森鴎外舞姫

留学先で女性妊娠させて見捨ててしまう話なので、近頃は評判が非常によろしくない。そのくせ、この文体のせいで美しいと感じてしま自分がいて、実はこれ、レトリック文体によって騙されることに注意しろっていう警告なんじゃないかって気もする。「自分おすすめ編」にも書くつもりなんだけど、ナボコフロリータ」もそういう自己正当化がとにかくうまい

余談だが、鴎外自身東洋人だったこともあり、留学先では写真を撮らせてくれと頼まれたことがあったという。それに対して、構わないけどもあなた写真も逆に撮らせてくれ、と言って、相手も満足させつつ日本人としての尊厳も守ったことがあって、これは割と好きなエピソードの一つ。まあ、漱石よりは世渡りうまいよな。

樋口一葉にごりえ

古風な文体挫折しかかるも何とか読破。これよりは幼馴染系の「たけくらべ」のほうが好きだったなあ。増田では古文いるかどうかで議論になったことがあったらしいが、古文がすらすら読めるほうがこういう趣味というか楽しみが増える気もするし、純粋実用面だけでいえば法律用語や古い公文書を読む必要がまだあるんじゃないのかな。

舞姫」の話の続きだけど、古典文学にもやっぱりクズエピソード結構あり、じゃあどれを教えてどれを教えないかは割と難しい。

泉鏡花高野聖

僧侶山間で美しい妖怪出会う話。文庫ちくま日本文学全集で読んだ。全集と銘打っているけど、このシリーズ日本の近現代文学作家ベスト盤みたいな感じで、チョイスはいいのだけれどときどき抄、つまりダイジェスト版みたいなのが紛れていて、コンプリートしようとは思わなかった。

話としては幻想的ですごく好き。幻想譚が好きな自分がどうして泉鏡花にどっぷりはまるまでいかなかったのかが不思議なほどだ。当時は、著名な作品をどんどん消化しようと思って乱読していたからかもしれない。そういう意味でも、課題図書読破することが自己目的化した読書には幾分害がある。

国木田独歩武蔵野

とても好き。小説が読めなくなったときには、文豪の書いたこうした随筆というか、風景描写の豊かな文章を読むことで、自分リズムを整えたくなる。外出の難しい昨今、こうして空想世界でだけでも豊かな自然のなかで過ごしたいものだ。五感が刺激される文章というのはなかなかない。

夏目漱石吾輩は猫である

我輩を吾輩に修正

ここ最近漱石の評判はあまりよろしくないと聞く。所詮は当時の欧米文学の輸入に過ぎないとか、結局は男社会文学だとか。言われてみれば確かにその通りなのだけれども、日本近代文学開拓者にそこまで求めちゃうのも酷でしょうと思わないでもないし、この作品からたったの十年で「明暗」にまでたどり着いたのだから、やっぱりすごい人ではないかと思う。五十になる前に亡くなったのが惜しまれる。

で、肝心の内容だが。基本的おっさんおっさんの家をたまり場にしてわいわいやる日常ものなので、当時の人にしか面白くないギャグを除けば、普通に笑える。最終回は突然後ろ向きになるが、もしかしたら漱石の本分はユーモアにあるのかもしれない。

余談だが漱石留学時代日記に付き合いのお茶会について「行カネバナラヌ。厭ダナー」とのコメントを残している。

島崎藤村破戒

素直に面白かった。若干のプロパガンダっぽさがなくはないが、読んだ当時は差別する側のねちっこさや意地の悪さが良く書けているように思われた。とはいえ、昨今は善意から来る差別についても考える時代であり、問題はより複雑になった。

被差別部落問題については気になっているのだがなかなか追えていない。日本史について読んでさまざまな地域実例について断片的にかじった程度だ。それでも、地域によって温度差やあったり、差別対象が全く異なっていたりすることがわかり、どこかで日本全体の実情について知りたく思っている。

田山花袋蒲団

女中の布団の残り香を嗅いで悶々とする話だってことは覚えているんだけれども、読んだときにはあまり印象に残らなかった。なぜだろう。自分が読んできた近代文学は、基本的ダメな奴がダメなままうだうだする話ばかりだったからかもしれない。その多くの一つとして処理してしまたか

で、自分が好きなのは飢え死にするほど悲惨じゃないくらいのダメさであり、親戚のちょっと困ったおじさんくらいのダメさなんだろうと思う。

有島武郎或る女

読んだことがない。ただ、ドナルド・キーンの「百代の過客〈続〉 日記に見る日本人」によればこんなことを書き残しているそうだ。「僕ハ是レカラ日記ハ僕ノ身ニ大事件ガ起ツタ時ノミ記ケルコトニ仕様ト思ツタガ、矢張夫レハ駄目な様デアル。日記ヲ記ケ慣レタ身ニハ日記ヲ一日惰ルコトハ一日ヲ全生涯カラ控除シタ様子ナ気ガスル。夫レ故是レカラ再ビ毎日日記ヲ始メ様ト思フ」(意訳。日記書かないとその日が無かったみたいで落ち着かない)。ここでツイッターに常駐している自分としては大いに共感したのである。そのうち読もう。

志賀直哉小僧の神様

読んだはずだが記憶にない。「暗夜行路」で娼婦の胸をもみながら「豊年だ! 豊年だ!」と叫ぶよくわからないシーンがあったが、そこばかり記憶に残っている。これを読んだ当時は、この小説のように自分がどれほど理想を抱いていたとしても、モテいからいつかソープランドに行くのだろうな、とぼんやり思ったことを覚えている。

ちなみに、自分が初めて関係を持った女性貧乳だった。だがそれがいい

お父さんとうまくいっていない人は子供の才能をつぶす話である清兵衛と瓢箪」が刺さるんじゃないかな。あとは少女誘拐視点の「児を盗む話」もよかった。

内田百閒『冥途・旅順入城式』

大学時代知り合った文学少女から薦められて読んだはずなのだが、覚えているのは「阿房列車」の何編かだけだ。それと、いつも金に困っていて給料を前借りしていて、そのことのまつわるドタバタを描いた作品日記もあって、そうした印象ばかり残っている。

関係ないけど就職活動中に、この文学少女から二次関数を教えてくれと言われ、片想いしていた自分はそのためだけに都内にまで足を延ばしたことがある。いいように使われていたなあ、自分あいつには二度と会いたくないが、元気にしているかどうかだけは気になる。

宮澤賢治銀河鉄道の夜

めんどくさいファンがいることで有名な作家全集には第三稿や第四原稿が収録されており、比較するのも楽しい。俺は〇〇は好きだが〇〇が好きだと言ってるやつは嫌いだ、の○○に入れたくなる作家の一人。○○には「ライ麦畑で捕まえて」「村上春樹」「新世紀エヴァンゲリオン」「東京事変」などが入る(註:この四つのものとその愛好家に対する歪んだ愛情から来る発言です。僕も全部好きです。すみません)。サブカル系にはこれがモチーフになっているものが数多くあり、その点では「不思議の国のアリス」と並ぶ。

思想に偏りはあるが、独特の言語感覚や観察眼は今でもすごく好きだ。余談だが新書の「童貞としての宮沢賢治」は面白い。

江戸川乱歩押絵と旅する男

知り合いにいつもぬいぐるみキーホルダーを持ち歩いてかわいがっていた男がいたが、それで本人が落ち着くのならいいと思う。不安の多い世の中で、人が何か具体的に触れるものにすがるってどういうことなんだろう、って、ってことをこの作品を思い出すといつも考える。どこで読んだか思い出せなかったが、これもちくま文庫全集でだった。

横光利一機械

狭いコミュニティの中でこじれていく人間関係の話ではあるけれども、新潮文庫場合表題作よりも他の話のほうが気に入った。印象に残っているのは十二人の旅芸人夜逃げする「時間」と、ナポレオンヨーロッパ征服に乗り出したのはタムシのせいだったという「ナポレオンと田虫」。

谷崎潤一郎春琴抄

実はこの作品は読めていない。谷崎作品は割と好きで、「痴人の愛」「刺青秘密」「猫と庄造と二人のおんな」「細雪」は読んだ。「痴人の愛」という美少女を育てようと思ったら逆に飼育される話は自分人生観に多大な影響を与えたし(例の文学少女気持ちをもてあそばれても怒らなくなってしまったのもこれが遠因だろう)、「細雪」はただ文章リズムにぷかぷかと浮くだけで心底気持ちがいい。ついでに、戦時中生活爆弾が実際に降ってくるまでは震災コロナでただよう自粛雰囲気そっくりだったこととよくわかる。

ところで、最近久しぶりに谷崎作品を読もうと思ったら、ヒロイン名前が母と同じだったのですっかり萎えしまった。というか、ここ最近趣味が「健全」になり始めていて、谷崎作品に魅力を感じられなくなっている。感覚がどんどん保守的になっていく。これはいかん。

夢野久作ドグラ・マグラ

ミステリ編参照。anond:20210215101500

川端康成雪国

高校生の頃に読んだのは確かに記憶に残っているのだけれど、高校生川端康成エロティシズムが理解できたかどうかはよくわからない。たぶんわかっていない。せいぜい伊豆の踊子の裸の少女を読んで、ロリコン発症させたことくらいだろう。

太宰治斜陽

太宰はいいぞ。自分は愛される値打ちがあるんだろうか、というテーマを本人の育った境遇パーソナリティの偏りや性的虐待疑惑に求める説は多いが、そういう心理普遍的ものでもあり、だから多感な時期に読むとわかったつもりになる。芸術に何歳までに読むべきという賞味期限原則としてないが、これもできるだけ若いうちに読んでおくといい。太宰の理解者ぶるつもりはないが。

もっとも、本ばかり読んで他の活動をないがしろにしていいものだとは全く思わない。あまりにもドマイナーな本を読んでマウンティングするくらいならバンジージャンプでもやったほうが話の種にもなるし人間的な厚みも出るというものだ。たぶん。

三島由紀夫仮面の告白

天才的。男性のあらゆる種類のコンプレックスとその拗らせ方を書かせたら彼の右に出るものは少なかろう。ただ、大学卒業してから突然読めなくなってしまった作家でもある。息苦しくなるまで端正に磨きこまれ文章のせいかもしれない。

武田泰淳ひかりごけ

極限状況下でのカニバリズムテーマにした小説なんだけれども、途中から戯曲になって、「食べちまう葬式ってえのは、あっかなあ」などとやけにのんびりした台詞が出てくるなんともユニーク小説。ただし、これは単なるブラックジョークではない。物語は序章、戯曲第一部、第二部と別れているのだけれども、その構成にきちんとした意味がある。

人類全体の原罪を問うようなラストは必見。あなたは、本当に人を食べたことがないと言えますか?

安部公房砂の女

祖父母の家から貰ってきた作品で、愛蔵版らしくカバーに入っていた。カフカにはまっていた時期だから楽しんだ。カフカ父親の影から逃れられない主人公とは別の種類の渦巻にとらわれてしまった主人公がだらだら、ぐだぐだしてしまうのだが、カフカ男性によって抑圧されているとしたら、こちらは女性に飲み込まれている文章だ。

大西巨人神聖喜劇

未読。不条理陸軍の中で、最強の記憶力を頼りにサバイブする話だと聞いて面白そうだと思い購入したのだが、ずっと積んだままだ。これに限らず、自分戦争もの小説漫画をあまり読んでない。戦争に関しては文学よりも歴史書からアプローチすることが多い。

これは自分の悪癖だが、戦争ものになると庶民よりも知識人にばかり感情移入してしまう。

大江健三郎万延元年のフットボール

大江健三郎は初期の作品をいくつかと、「燃え上がる緑の木」三部作を読んだきりで、どういう態度を取ればいいのかよくわかっていない作家の一人だ。狭い人間関係の中のいじめだとかそうした描写に病的に関心のあった時期に読んだせいで適切な評価ができていない。

燃え上がる緑の木」は新興宗教原子力発電といった(結果的には)非常に予言的であった作品であったが、癖が強くカトリック宗教教育を受けた自分であっても世界観に入り込むのに時間がかかった。「1Q84」よりもきつい。面白いが。

萩原朔太郎『月に吠える』

大学時代の友人に薦められて読んだ。「この家の主人は病気です」と、飢えて自分を食ってしまったタコの詩ばかりを覚えている。覚えているのはこれだけだが、この二つが読めたからいいか、と考えている。大体、詩集ってのはピンとくる表現ひとつでもあれば当たりなのだ。そして、それはあらゆる書物にも当てはまることである

福沢諭吉福翁自伝

祖父学生時代に送ってくれたのだけれども、ぱらぱらとしか読んでいない。

子供向けのものだった気もするし、近々原文にチャレンジするべきか。自助論西国立志編)なんかと合わせて、自己啓発書の歴史を知る意味でも興味深いかもしれない。

正岡子規歌よみに与ふる書

読もうと思って読めていないけれども、これまたドナルド・キーンの本で面白記述を見つけた。「墨汁一滴」の中に、つまらない俳句乱造しているやつの作品にはどうせ碌なもんなんてありゃしないんだから、そういう連中は糸瓜でも作ってるほうがマシだ、という趣旨のくだりがあるそうだ。創作する上でのこういう厳しさは、いい。

石川啄木時代閉塞の現状』

ローマ字日記しか読んだことがない。たぶん日本最初フィストファックが描写された文学かもしれない。春画はどうか知らないけど。

小林秀雄『様々なる意匠

詩集翻訳しか読んだことがない……。

坂口安吾堕落論

堕落と言いつつもある種の誠実さについて語った本だった気がするが、それよりも新潮文庫で同時に収録されていた、天智天皇天武天皇家系にまつわる謎についてのほうが印象に残っている。

哲学編に続く→anond:20210222080300

関係ないけど芥川が載ってないのは納得できないぞ。

2021-01-24

新聞を取る阿呆と取らない阿呆

先ほど、面白いツイートが私のTLに流れてきたので私見を述べる。

新聞、月5,000円も払って昨日のニュースが紙で届くってやばいな』(原文ママ)

このツイート自体は確か面白いな、と一笑に付したが、そのツイートには大量の同意・賛辞のリプライがぶら下がっていた。

"5,000円で油を取る紙を買っている"

"たしかに、今どき新聞なんて古い"

"ぼったくりだ"

やはりこういう意見は少なくないな、と気づかされる一方で一つの疑問が浮かんだ。

"この新聞批判をしている方々の何割が自分の金で新聞を購読している、ないし購読したことがあるのだろうか?"

というものである


私は某紙で新聞記者をやっている。

夜討ち朝駆けという言葉は古い価値観かもしれない。しかし、身を粉にして社会情報のものを自らの五感で直接インプットし、それを文字アウトプットする。そんな自分仕事やりがいを感じ、自身ジャーナリズム精神にも誇りを持っているつもりだ。

それでは「新聞こそが公正で正確な情報を素早く伝えるツールとして最も優れている!」と言いたいのか、と聞かれると答えはNOである

インターネットメディアの急速な発展と共に情報世界を巡るスピードは目に見えて早くなった。

地球の裏側で起きていることがリアルタイムで手元の端末で確認できる。

何十年も前の『正確・早い・多い』という新聞優位性を持っていた情報三種の神器は既に別媒体(主にインターネット)に負けているのだ。

実際に私も

こんな記事を書きたいからこういう方からこんな話を聞きたい、と結論ありきの取材を行い結論ありきの記事を書いたこともある。

上司からこういう紙面を作れ、と命令を出され自分が紙面に載せたい情報を翌日に回したこともある。

新聞記事には、偏向とまではいかないまでも記者自身会社自体の色眼鏡を通したバイアスがかかっているのだ。

しかし、「新聞こそが公正で正確な情報を素早く伝えるツールとして最も優れている!」わけではないにしろ「読む価値があるか」と言われれば声を大にしてYESと叫ぼう。阿呆でなければ。

なぜならば、新聞紙の必要性を語る上で最も大切なのは、その色眼鏡の良し悪しだからである

新聞は、政治右派左派経済の支持不支持社会記事の着目点。会社によって特色があり、多くの記事記者名前が載っている。それぞれの記事会社としての社会的責任と個人としての社会的責任を抱えた上でなんらかのバイアスをかけられて掲載されている。

しかし、これは新聞に限った話ではない。

そもそも情報というのは全てがそうなのだ

自分で直接見聞きしたものを除いて、新聞ニュースSNS・人伝の情報に至るまで。

全てがその経路の中であるいは削られ、あるいは付与され、或いは歪められるのだ。ここに例外はない。

新聞記事の優位性はその経路の希少性にある。

(手前味噌ではあるが)優秀な能力を持った記者が他にはない一次ソースから仕入れ情報提供する。

眼鏡を通しての内容であることを理解さえしていれば極上の情報であることに違いはないだろう。

さて、私が言いたいのは「新聞を取れ」ということでは断じてない。

なぜならば、そもそもその色眼鏡に対して価値を置いていない人間(以下、阿呆)には新聞というのは豚に真珠もいいところだからだ。

阿呆はいいように削られ付与され歪められた情報を信じ哀れにも踊らされる。新聞を読んだとしても、新聞に踊らされるだけだ。

TwitterでもFacebookでもYahooニュースでもまとめサイトでもYouTubeでもテレビでも新聞でもなんでもいい。

あなた情報を入手しているツールはどれほどまでに信頼できるものなのだろうか?

そもそも新聞の特長を情報の正確さ・スピードだと考えている人間にはどれほどの情報リテラシーがあるのだろうか?

私が投げかけたいのは、そういうことなのだ。

さて、こういうのは自分大丈夫だ、と思っている人間の方がよっぽど危険だ、というのはよくある話で。

特にこの記事を読んで

「なるほど、確かにその方面で働いている人は正鵠を射た発言をするなあ」

なんて感心した人は特に注意が必要である

そもそも、この記事の冒頭に引用させていただいているツイートリプライ欄には、新聞不要だとする内容と同じくらい、新聞必要性について肯定的意見を述べているツイートがあるのだ。

いったい、この記事を読んだ内の何割が

原文ママと書かれてあるが本当に元ツイート存在するのか"

と疑問に思い確認し、

"それに対する意見は実際にはどのようなものなのか"

とそれを検証しただろうか?

改めて、私が言いたい情報リテラシーとは、そういうことなのだ。

阿呆は鏡の向こうにいる。



ちなみに、そもそも私は新聞記者だ、というのも真っ赤な嘘である

以上。

2021-01-14

anond:20210114235042

すべての人間連続していない存在 (過去と今と未来では完全に別の存在) やで

だって過去と今と未来では身体組織物理的に異なるし

 

人間記憶は同じだから連続した存在(同じ存在)とするのもだいぶ無理がある

記憶五感を伴うものであり、身体組織が違っていれば、思い出しても当然感じ方は違うし、

(似たような環境で育てたとしても完全に同じ個体にならない理由がまさにこれ)

そもそも記憶インディックスを失い、正しく記憶を読み取れなくなるかもしれない

(いわゆる“忘れる”)

 

早い話が人間は、自我云々以前に身体記憶連続していない。少なくとも、連続性を保証するものは何も無い

 

 

そういう話じゃねぇんだわ、物覚えと記憶の読み出し能力が落ちてて凹むって話なんだわ〜なら

ストレスが原因かもよ

2021-01-12

anond:20210111155522

謎の返信がついている。

ただし、自分のじゃないけど・・・増田って面白いな。

>ただ、こっから先は単なる感想なんだけど、

>何度も言う通り今回の話の発端は「あなたの考えていることがわからない」と言われた牧師の話なんで、

>その話を展開していった果てが「考えてることがわからないと言われる前に何とかしろ」ということになるなら、

>この手の話って不毛なんだなって思う

不毛な想いにさせてしまったようで、その点は申し訳ない。

これは、僕が、自分の言う「ラポール」作りができていなかったようだ。

まず、その点は反省する。

議論はほぼ収束傾向なので、

ここからは、伝わるといいなあ、って思うことなんだけど・・・

リー議論を読む限りでは、牧師さんのカレーの例で、牧師さんが「何と答えれば」正解だったのか?

という意識になっているような印象を受けている。

「正解じゃないこと」を話したために、相手の反応が悪くなって・・・・。

という体験があったのかもしれない、と理解した。

少なくとも自分が昔そうだったので。

これ、どうやって伝えたらいいかな、って思うんだけど・・・

毎回正解は違うんだよね。

そう言うと、「そんなの覚えられないよ」って話になるかもしれない。

「毎回正解が違う」のは、「相手が伝えてきたこと」をベースに作る必要があるから

(「相手が伝えてきたこと」は、相手自身にとっては100%当然のこと。それをベースにしたメッセージは、当然受け入れられやすい)

「おうむ返し」はそのための1つの型に過ぎない。

そのやり方を身につければ、そんなにやることのバリエーションはない。

感情五感で感じたことを付け加える時もあるけど、それも汎用性が高く、パターンは少ない。

お互いに意見の相違が起きにくい、ざっくり表現で返すことがポイント

難しいことではないんですよ。

頭悪そうに見えるお兄ちゃんが、口から出まかせのようなことを言いながら、

お客さんや、上の人に気に入られているのを見るじゃない?

やっていることは、きっと複雑ではないんですよ。

うまくいくコミュニケーションをするには、他の人が開発したコミュニケーションパターン

練習することが望ましい、と改めて伝えておきます

(自分で考えてしまうと、相手の反応が読めないことから、毎回迷ってしまうので・・・。少なくとも自分はそうだった)

一通り情報は伝えたと思うので、またじっくり消化してもらえれば幸いです。

2021-01-03

栗花落カナヲと不死川玄弥がハブられててすごく嫌

鬼滅の刃公式グッズいっぱい出てるんだけどさ、

グッズのキャラクターって炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助+9人の柱でほぼ固定されてて、栗花落カナヲも不死川玄弥もいないことが多いのよ

ドンジャラしろランドセルしろ

おかしくないですか?

煉獄さん以外の柱の面々が具体的に活躍するのってまだアニメ化もされてない中盤以降なわけですやん?

でもカナヲも玄弥も前半から後半まで重要キャラとして登場してるわけですやん?

柱みたいなまとまった名称はなくても、常に一緒に行動してなくても、視覚聴覚、触覚、味覚、嗅覚を分担するいわゆる五感組ですやん?

それをね、善逸と伊之助は残して、カナヲと玄弥はハブるというのは配慮が欠けていて残酷じゃないですか?

2021-01-01

テレビを見るのがつらい

テレビを見るのがつらい

騒がしいからっていうのもあるけど

私には生きる価値がないので

テレビを見ていると、ああこの人たちはみんな生きる価値がある人、生きてていい人たちなんだなって思う

顔がいい芸能人はもちろん、スポーツ選手とかアナウンサーとかみんな

なにか特技があったり、人の役に立てる何かがあるから、損なわれたら困る人がいて

この世に必要とされているしこの世に存在する価値がある

彼らには彼らなりの苦労があると思うし、努力もたくさんしてるんだろうけど

同じ理由舞台とか映画とかライブとかも見ていると涙が出てきて見られない。

感動しているとかではなくて、お前には生きる価値がないんだぞって五感証明されてる気分になる。

こういうものに無邪気に感動できたり、出演者応援できる人っていうのはその人も仕事勉強でしっかり成功を収めたり、信頼できる人が周りにいて生きる価値が確保できた人なんだろう。

たとえばもし彼らが刺されたりしたら沢山の人が悲しむし、犯人非難するだろうけど

私が殺されたら殺人のもの咎められても

私を殺したこと自体に何か思う人はいないと思う

家族とか少数の関わりがあった人は多少悲しむかもしれないけど

それって私にかけた手間暇やお金が損なわれたことに対しての悲しみとか

たとえば野良猫とかが車に轢かれてるのを見て気分がよくなる人は少ないと思うけど

それと一緒で人型の生き物が目の前で死んだらなんか気分が悪い、その程度の話だと思う。

幸い私には私よりずっと見た目も中身も優秀な妹が2人もいるし

長子で両親の子育てプロトタイプの失敗作がいなくなったところで大した損害ではないだろう。

芸能人は極端な例にしたって

今の時代SNSを見れば一般人でもすごい人はたくさんいるし

私が多少得意な分野でも、私なんか足元にも及ばない人なんかごまんといる

じゃあ努力しろよって話なんだけど

小さい頃からそうだったけど

たとえば100点満点のテストで頑張って97点とったら

何であと3点がとれないの?と言われ

英語テストで満点とったのには全く触れられず

点数の悪かった数学についてひたすら責められる

満点のテストを持っていっても字が汚いと言われる。

それでも褒められるように、わがままはいけない

いい子でいたつもりだったけど

いい子でいることが私の生存戦略だったけど

大人になったら何も残らなかった

私がやらないようにしてきた事を平気でやってるような人や、子供の頃は私より出来の悪かった妹のほうが普通に成功してたり、少なくとも私よりずっと生きる価値がある

今までしてきた事は全てがムダだったし、

私がしてた努力努力にならない。努力のうちに入らないことを最近になって知った

比較さらせない私に存在する価値はない

比較さらさないどころか最低限の自分のことも出来ない私なんてもうゴミ以下だ

死ねるなら早く死にたいけど

それも怖くてできないので本当に詰んでいる

安楽死できるって言われたら絶対飛びつくと思う

もしこれを読んでいる人に若者学生の人がいたら

君たちは今現在学生」「若者」という身分

「もしかしたら将来なんか役に立つかもしれない」っていう希望のうえに生きることを許可されてるだけなのであって

何もしなかったら君の価値時間と共に下がっていく一方だから

私みたいになりたくなかったら

努力を怠ってはいけないよ

勉強趣味恋愛もすべてやるんだ。

私みたいになるな

生きる価値のない生ゴミより

2020-11-17

anond:20201116235530

おれも分からん

生きられるだけの資源を全員に配布すればいいのかとも考えたが、どうやら人はより高みを目指さずにはいられないらしいし、他人より自分が勝ってると実感したい欲というものがあるらしい

今のところ、現実区別つかない五感フルダイブVR技術発明されて、個々が自分だけの銀河系を所有出来るようになれば全員幸せになれる、というのがおれの最有力候補

2020-11-06

ソープ備忘録

行くまで

 某日、仕事が早く終わったため、何かやることを考える。晩飯を食うには早く、すぐ帰るのも面白くない。帰りの電車で何かないかと探っていると風俗街のある駅が次の停止駅だった。思い立ったが吉日、ソープに行くことを決めた。この時点でノープランである。とにかく目的の駅で降りたはいものの行くべき場所も何もわからない。道端でググって紹介サイトを巡り良さそうな店を探し、昔の記憶を頼りに「そういう区画」を目指す。縁がないと思っていたが「そういう区画特有の暗さの中に目立つ明るさのおかげで掘り当てることができた。

ついた

 初ソープなので無難に60分で22k。店はおっぱい重視で系列店もある規模も小さくないという初心者にしては悪くないところを選んだと思う。足を運んでドアを開ける。今まで見たことのない向こう側はピンク色だった。

 あれよあれよという間にテンションの高い黒服説明をされながら女の子を選ぶことに。写真とその他数値を見つつ選べた。ここで表示されるパラメータ、実物と違うやつだ。顔も加工がありそう。本物がモビルスーツみたいな人かもしれないこともある。これらはTwitterで学んだ。写真と数値の補正脳内で解除しつつ、よさそうなOさんを選ぶ。運良く一番待ちも短く、入浴料を払ってから30分ほど待ち。

 待合室に入ると30-40代男性が3人ほど。平日の夕方、ちょうど仕事終わりたてか?彼らは呼ばれた瞬間、そそくさとこの部屋を去っていく。わかる、見られたくないもんな……。目の前のテレビ大統領選ニュースをずっとしていた記憶がある。俺の心は初めてのソープでこんなに緊張しているというのに、アメリカトップなどどうでもいいのだ。この時の緊張具合といったらない。以前、気まずさとか気持ち問題で全く勃たなかった事があったのでトラウマになっている。今回もそうなれば金払って何しに来ているかからなくなってしまうので友人へのウザ絡みLINEテンション普段に戻しにかかる。「いきなりソープ来た報告をする狂った人間にどうコメントしろと言うのだ」と一蹴された。

入った

 お手洗いを済ませ、少しすると番号を呼ばれた。向かう先ににOさんがいる…。廊下に出るといくつかの確認運命の瞬間。「はい、ではごゆっくり〜」とスタッフの掛け声とともにカーテンが開けられる。「どうも〜Oです!私で良かったですか?」顔を向けるとカーテンの奥にはカワイイ系のお姉さんがいた。モバマスの誰とか言われても履修してないしテレビは数年見てないので例えろとか言われてもわからないが可愛いと思った。細くはないくらいの体型で好み。服うっす。おっぱいでっか。見ていいんか?倫理観おかしくなるぞ?電車でも目の前に女性がいたら目を逸らすし近寄られたら逃げるくらいの気概でいる俺が見てもいいのか?

 敬語の抜けないたどたどしい挨拶を返すと差し出される手。これは何だ?戸惑っているとどうやら手をつないで移動するようだ。指を絡めて、一歩を踏み出す。どんな距離感で行けばいいのかわからない。初めてのソープであることをネタにすることと手が冷たいことをネタに無言の間を埋めつつ、部屋に向かう。

 初めて入った部屋は異世界だった。寝床風呂場が合体した部屋は普通物件にない構造なので常識の違うパラレルワールドに迷い込んだかと思った。しかもここで本番までするわけで。倫理観の壊れた世界に来たのかと思ってしまう。

風呂の流れ

 湿気と倫理の高低差にやられている間にそそくさと服を脱がせてくれる。Oさんと身長差が結構あるので上は自分で脱ぎ、下は脱がせられた。下を脱がせられるのはいつ頃ぶりだろうか。親よ、俺ソープで服脱がせられてるよ。

 今度は逆に脱がせる。パッパと済ませ、ブラジャーホックを外して。ブラジャーホック構造が見てわかりにくい。外すのに力入れていいんですか? おっぱいでっけ〜。外した瞬間にかさが増したかのように広がるおっぱい。でっか。これ見てていいんですか?でけえ。スタイルも悪くない。ちょうどいいくらいの肉付きでむしろ好きなくらい。なんかい匂いするし肌もきれいだし世の中にこんな生き物いるか?という気持ち五感で生と性を実感する。

 お互いが裸になった段階で二人で風呂場へ。といっても2歩歩けば風呂であるバスタブ、シャワー、そしてあの椅子がある。流されるままに噂に聞くスケベ椅子に着席。スケベ椅子のものは別のところで座ったことがあるので初めてではない。玉袋が宙にある感覚面白い。

 泡で身体を洗ってもらう。体を洗われるのも何年ぶりか。全身ということでちんこも含めて洗われる。それはそれとして、手持ち無沙汰なのが困る。手を動かせば胸に手が当たるし。いやこのあとそういうことするんだろうと思うけどそういう雰囲気ではないし。仕方ないのでめちゃめちゃおっぱいを見る。でけー。ロケット型、とか呼ばれるタイプだと思うが、生で見ると構造と動きからそういう形になるのも納得する。重くて密度があるのだろう。

 この辺までの雑談自分と年が同じことが判明(20前半)。ちょっと話しやすくなる。雑談の内容はとりとめのないもの。「仕事帰りに思いつきで行きたくなって初ソープ」とか「一人〇〇で何かする行動力がほしい話」とか「冬に入るから上着お金がほしい話」とか「お店の子みんな仲いい話」とか。思ってたより普通日常してるんだな、と思いつつ。

 バスタブに浸かりつつ歯磨きとうがい。実家みたいなムーブだが、目の前には体を洗うOさん。動作光景による日常と非日常コントラストが美しい。後からバスタブにOさんも入ってくる。俺の図体がでかいので足でマルを作り、Oさんを囲むようにして密着、絡むように二人で入る。狭くねえか?これ大丈夫なやつ?やわらかいけど。この間もちまちま雑談。話すのが好きじゃない俺に対してOさんは話すのが上手い。気まずくなりたくない俺が開いた間を埋めようと話を振ってもほどよく返してくれる。会話のキャッチボールの返しやす場所に玉を投げてくれる。ちらっと大変そうな話もした。

ベッドで本番

 そしてこの段階でちんこは全く反応していない。とてもエロい環境にいるのは間違いないし実際そう思ってはいるけど勃たん。申し訳ないしもったいないよ…。前日全く予定に入れていなかったので普通に昨日シコったのも良くなかったか

 プレイ希望は「初めて」をタテに攻めてもらうことに。ベッドで横になり、Oさんが上からかぶさる。この時点でOさんの陰毛がないことに気がつく。胸を見過ぎ。キスからまり体重はかけてもらいつつ(好き)乳首舐めと手コキ。きもちえぇ……。俺は強めに扱いてもらうのが好きかと思っていたが、ゆるくしてもらう方が好みだったのかもしれない。そもそも普段自慰圧が強すぎたのか。勃ってきてからそのまま咥えてもらう。 体で感じる柔らかさと刺激でちんこも元気になる。あんなに「いや、俺は清純派から」みたいな顔してちょこんといただけだった息子が存在を主張する。自我の芽生えか?それもそう、ちょっと顔を下に向ければいい匂いするしくちゅくちゅ音するし全身にほどよく圧かかってるしすごい光景がある。性の宝石箱である。途中でおっぱいを触らせてくれと懇願。やわらけ〜。こんなに柔らかくてモチモチしたものある?安心感しかない。片乳を乳首舐めさせてもらいながら片乳揉む時間で一生を埋めたい。

 ほどよく中断してフェラの続き少しと本番。慣れた手付きでテロテロ(このオノマトペが最適)とゴムをつけ、挿入。あったけえよ……。挿入の感覚を口頭で説明するのは難しい。ちんこがヌププ…と包まれていく。どちらかというとビジュアルを楽しむやつかもしれない。胸も一生揺れてる。騎乗位で足を開いてもらいつつ腰を振ってもらう。耳元には吐息がかかる。天井のシミを数えていると終わってしまう。景色を目に焼き付けた方が良かったが、インパクトが強すぎて逆に忘れた。

 一度止まって、再びちょっと触らせてもらいつつ感動。肌も綺麗だし体のメンテ大変なんだろうなとか考える。Oさんも手コキで続けてくれていたのでちんこ全然余裕だった。開始前の心配杞憂であった。

 ちょっと出そうな感覚があったため、ペース配分の意識のため報告。すると突如競馬最後の追い込みの如く腰の振りを早め、深くまで腰を落としてくる。え、自分から射精するんですか?急にガチ射精させるモードに切り替わった。腰の運動がうますぎる。もうちょっとのんびりと行こうと思ったがこれは耐えられない。唐突すぎて「えっ!?ごめん!!!」と大きめの声を出して腰を抱えて奥に入れさせてもらいながらそのまま果てる。めっちゃ出た感覚を残してしばらく繋がったままでいてくれた。

 それはそれとして唐突に出そうになった謎の驚きでちょっと声が大きくなってしまった。それに射精の瞬間に謝るのもなんかやばいやつな気がする。でかい声については謝った。

終わり、退店

 終わったけどここから何するんだろうか……。ちらっと見た時計微妙時間がある。大体のソープレポはあまり事後の話を書いていなかったのでここからは未知のエリア。終わりにはベッドで添い寝してもらいつつちょっとおしゃべりをする。手を繋いでもらいつつ足を絡めて抱きついてくれた。人肌を感じるのも久しぶりだ。「初めてで緊張してたけど普通に楽しめて良かった」と伝えると「普通の兄ちゃんって感じだったしわかんなかったよ」と返され、まだまだ俺も人として生活できる権利はあるなと安心するなど。他のお客さんの話とか帰りの話もしていた気がする。聞いてまずいことは無かったが、知らない世界があった。

 そんな感じで雑談をしているとタイマーが鳴った。馴染みの深いカラオケの内線コールと同じ音だ。音を聞いてOさんが起き上がり、そそくさとシャワーの用意を始めた。ベッドに入る前の流れと同じように体を洗うようだ。先ほどより軽めに洗い直す。股間周りのみさっぱりするように少し念入りに。洗うためと言えどもイった後に触られるやつ、明確に性器を触りにきている感が強いのでまた別の趣がある。体も拭き服を着る。人がシャワーを浴びているのを直に見ながら服を着るのも新鮮である

 荷物を整理してお金を払って退室。致した後の虚無の時間に財布から出る野口漱石は重みが違う。部屋を出る。帰りも手をつないでカーテンのあったところまで戻る。服を着て自分のにおいが戻ってきたこともあり、Oさんの甘い匂いが引き立つ。長い階段を降りていくと現実との境目が見えてきた。「またきてね?」「もちろん。ありがとう」などと社交辞令をしつつキスハグをして出た。『キスハグをして出た』などとあっさりした一文で済ませるべき事象ではないのだが、感覚麻痺している。受付には最初に見た黒服の人にアンケート差し出されたので記入し、そそくさと退店。外にはすっかり冷えこんだ街の空気外套からふわっと現れるOさんの移り香がそこにはあった。明日もがんばろう。

その他感想まとめ

雑談苦手マンだけど向こうが喋ってくれるので助かった

・むしろ本番より自分普通に会話してたことの方が驚き

・「行くとなんか変わるよ」というのをどこかで読んだがあれは嘘。陰の者は陰の者

・知らない世界を見るという体験なら良い

・また行くかはわからない。お金がない

・これから行く人間の参考になれば

おっぱいはでかい方がいい

2020-11-05

anond:20201105131826

なんというかなあ。

普通学問なら質疑応答の時に胃がキリキリしたりするくらいだけど、フェミニズム場合五感が突き動かされて様々な生理現象に影響が出てくる。

2020-11-04

もう男から五感を奪いとるしか道は無い

視覚

性的まなざしの根源。男は何を見ても性的妄想を抱く生き物なので視覚を奪うしかあなた安全保障する方法はありません。

嗅覚

あなたお気に入りシャンプー香りも、男にとっては性的興奮を掻き立てる興奮剤にしかなりません。今すぐ全ての男の鼻の穴を塞ぐ必要があります

聴覚

声優彼氏が発覚した時「耳に精子がかかる」と発言したオタクが居ました。女性の声それ自体性的に受け取られてしまうのです。男は耳が聞こえないようにすべきでは?

触覚

痴漢が後を絶たないのだから言わずもがな。触覚を持った男が自由に街をうろつくなんて信じられない。自分の胸か尻に両手を接着してしまえ。

味覚

ハイヒール舐めて興奮するんですよ信じられない。舌を抜けばいいとおもう。

  

あぁ、これで安心して街を歩ける。

2020-10-22

観光っていうか旅全般

https://anond.hatelabo.jp/20201020160713

観光は何をするものなのか分からないという増田を読んだ。

観光というか旅行定義って人によって本当に違うから一概にどうこう言うのは難しいと思う。

俺はバックパッカーをやってたので海外旅行=気ままに1人で放浪という認識だったんだけど、世間的にはハワイグアムのようなリゾート地家族と贅沢に過ごす的な認識の人が多数派らしく、ギャップに驚いたことがある。

そんな中でも、万人に共通する旅行エッセンスがあるとするならば、それは「五感で味わう非日常感」なのかなと思う。

地方在住の人が東京にきて体験する「通勤ラッシュ」。

青森県津軽地方外国語のような方言

沖縄の町で見られるおおらかさにあふれたローカル広告

イスラム教信仰する国の街中に響く礼拝の声。

中華圏の国の屋台調味料匂い

どれもこれもオンラインでは体験できない、現地に行かなければわからない非日常感覚だ。

結局のところ、こういう何かしらの違う文化にふれられれば、特別なことを何もしなくても、価値ある旅の経験になっていると思うのだ。

2020-10-13

鬱病の妻を支えてたつもりが離婚を切り出され慰謝料請求された話

まずは私たち夫婦スペックを書いておく。

私:都内外資系に勤務。トータルの年収は800万円ぐらい。貯金は数百万円程度。

妻:今年の4月まで派遣社員年収300万円いかないぐらい。4月から鬱病発症して休職6月には退職して治療に専念中。

今の妻とは去年春から付き合い始めて、去年秋に同棲開始、今年夏に結婚した。

今年の4月から妻が鬱病になり、とりあえず休息してもらわないとダメだなと思った。

なので、仕事家事もしなくていい、とりあえず休んでほしい、やりたいことだけをやってほしい、お金がかかるものなら、私に言ってくれれば払うと伝えた。

最初の方は、「せめて家事をしないと申し訳ない」とか言って色々やってくれてたんだけど、実際は相当負担だったらしく「やっぱりやりたくない」と言われ、「やっぱそうだよね」と受け入れてそれ以降は私が家事をやってた。

妻はほとんど貯金がなく、傷病手当けが唯一の収入源だった。(毎月申請しなきゃいけないけど、手続きが面倒で2ヶ月ぐらい申請してなかったぽいけど)

生活費は全額私が支払い、それとは別に毎月5万円は妻に渡してた。(生活用品の購入分も含む)

こんな感じで、できるだけ妻に負担をかけないよう私なりにサポートしてたつもりではあったんだけど、妻からしたらサポートどころか、逆に精神的に追い詰められてる気分になってたらしい。

私は共感能力が低く、相手がなにを考えてるのか察することができない。だから相手質問して考えを探っていこうとするんだけど、それが相当キツかったらしい。「なんでそう感じるのか」「なんでそう考えたのか」って私が質問しまくるので、妻自身が言いたいことが言えないと。質問するのはいいことだという考えが根付いてたから、妻のその意見にハッとさせられた。以降は気をつけるようにしてるけどなかなか改善できない。というか、質問すること以外で相手を知る術を持ってない。

あと、妻にかなり甘えてしまっていた。すぐ不機嫌になって態度に出したり、ちょっと何か言われたらすぐ家を出ていこうとしたりした。

3回ぐらい、壁にモノを投げるという行為もしてしまった。そういうことをするたびに妻はしっかり話し合って、解決しようとしてくれた。その妻の優しさに甘えきってしまってた。まるで小さな子供母親に甘えるみたいに。

恐らくアダルトチルドレンの傾向があるから、そこは今カウンセリングコーチング改善しようとしてる。少なくともモノを投げる行為は金輪際しないと誓ったし、抑えられてる。けど、その事実が妻の心に深い傷を残してしまった。

あと、日中の過ごし方もまずかった。私は今年2月から在宅勤務になったんだけど、私がオンラインミーティングしてるときに気を遣わなきゃいけないのが苦痛だったぽい。結構高性能なノイズキャンセリングイヤホン買って渡したんだけど「なんで私が我慢しなきゃいけないんだ」って言われて拒否された。1LDKで2部屋しかいから、妻が寝てる時はリビングで、妻が起きてきたら寝室で仕事するようにしてみてもやっぱり話し声が聞こえるのがキツいと言われた。結局、私が個室のネットカフェに出向くようになった。

妻はHSP体質らしく、五感がかなり繊細らしい。それと鬱が相まって、私の言動が相当キツいと感じていたらしい。

あと、鬱病になってしばらくしてから、妻はスピリチュアル方面にハマっていってた。自分には大天使がついてるとか、今この部屋に白天狗がいるとか、言うようになってた。スピリチュアル系の動画を見せられ、動画で言ってる内容を理解できたかどうかよく問い詰められた。

妻は、そういう世界の素晴らしさを私に理解してほしかったみたいだけど、私は大天使も白天狗も見えないか理解しきれなかった。

こんな感じで、妻からは、私の言動によってどれだけ辛い思いをしているのかを都度言われ、それに対して何とか解決しようと試みてはいたんだけど、なかなか改善できてなかった。

そして、9月のある日、遂に、もう離婚したいと切り出された。とっくの昔に限界を迎えてるし、私があまりに幼稚すぎて、結婚相手として見られないと。そもそもそんなに好きじゃなかったけど付き合ってと言われたから付き合ったとか、自分よりも家事レベルが上の人じゃないと嫌だと思ってたとか、いろいろ前提を覆されることを言われてもの凄いショックを受けた。

ひどく動揺してしまい、1分でも早く家から出たいと思って、その場ですぐ14日分のホテルを予約し、荷物をまとめて今度は本当に家を出てしまった。

家を出ている間の生活費として、結構まとまったお金を妻の口座に振り込んだ。

そこからどうなったか。妻は人が変わったように散財し始めた。

スキンケア用品、服、スピリチュアルグッズ、健康グッズを買いあさり出会い系で男を漁ったり、ホストにも何回か通ったらしい。占いにも行きまくってた。

SNS投稿や妻からの報告で散財状況を知ってかなり心配になったけど、それでストレスが発散できてるならいいかなぐらいに思ってた。

私がホテルから帰ってきて、改めて話し合ってもやっぱり離婚したいという意志は変わっていないと言われた。私も諦めて離婚届にサインした。

から現在は支払い能力がないから、当面の生活費としてまとまったお金が欲しいと言われ、まあ渡してもいいかなと思ってた。

ただ、離婚が決まって、それぞれが別々に生きていくとなった後も妻の散財はひどくなる一方だった。鬱病になる前からそれほど収入の多くなかった妻が、鬱病回復して再就職したとしても収入が激増するとは考えられない。完全に私からの援助を前提にしたお金の使い方をしていた。

と、ここまで書いてきた話を、信頼できる友達に打ち明けたところ、「普通にもっと怒っていいだろ?」と言われた。私の自罰意識が強すぎて、すべての責任自分にあるから、何をされてもしょうがないと思ってる節がある。もちろんモノを投げるなどの幼稚な行為は良くないか改善していくべきだと思うけど、だからと言って全面的自分だけか悪いと感じる必要はないんじゃないかと。コーチング先生からも同じようなことを言われた。

そこで、あれ、もしかして私だけが悪いわけではないのか…?と気づき始めた。

鬱病患者への接し方は誰にとっても難しいものから気に病む必要はない。生活費をすべて負担し、働きながら家事も引き受けてる時点でかなり頑張っている。そこから更に離婚後の生活費まで払う必要ないのでは?とアドバイスされ、確かにそこまでやる義務はないなと感じてきた。

しろ、妻の言動の方がアダルトチルドレンぽい、妻があまりにも求めすぎなのではないかとも言われた。妻からはずっと、私が幼稚で人間性問題があると言われ続けてきたけど、実は妻も大して差はなかったのかもしれない。

そうやって友達に話を聞いてもらって、離婚後の生活費はやっぱり払わなくていいかもしれないと考えが切り替わってきたその日の夜。妻はどこかに出かけていたんだけど、深夜にいきなり「今ホストにいる。今すぐ飲み代として10万円振り込んでほしい」と電話してきた。

少しも悪びれることなくそんなことを言ってきて、怒りで頭がどうにかなりそうだった。

とりあえず10万円振り込んで、今後一切お金は渡さないと伝えた。

すると妻は裁判起こして慰謝料請求すると言い出した。もう裁判でも何でもしてくれって感じ。

この1ヶ月ぐらいで別人のように豹変してしまった妻に対して、もう未練も何もない。必要以上に自分を責めず、今回得られた教訓を活かして生きていこうと思う。

2020-10-12

鬱病の夫を支えてたつもりが離婚を切り出され慰謝料請求された話

まずは私たち夫婦スペックを書いておく。

私:都内外資系に勤務。トータルの年収は800万円ぐらい。貯金は数百万円程度。

夫:今年の4月まで派遣社員年収300万円いかないぐらい。4月から鬱病発症して休職6月には退職して治療に専念中。

今の夫とは去年春から付き合い始めて、去年秋に同棲開始、今年夏に結婚した。

今年の4月から夫が鬱病になり、とりあえず休息してもらわないとダメだなと思った。

なので、仕事家事もしなくていい、とりあえず休んでほしい、やりたいことだけをやってほしい、お金がかかるものなら、私に言ってくれれば払うと伝えた。

最初の方は、「せめて家事をしないと申し訳ない」とか言って色々やってくれてたんだけど、実際は相当負担だったらしく「やっぱりやりたくない」と言われ、「やっぱそうだよね」と受け入れてそれ以降は私が家事をやってた。

夫はほとんど貯金がなく、傷病手当けが唯一の収入源だった。(毎月申請しなきゃいけないけど、手続きが面倒で2ヶ月ぐらい申請してなかったぽいけど)

生活費は全額私が支払い、それとは別に毎月5万円は夫に渡してた。(生活用品の購入分も含む)

こんな感じで、できるだけ夫に負担をかけないよう私なりにサポートしてたつもりではあったんだけど、夫からしたらサポートどころか、逆に精神的に追い詰められてる気分になってたらしい。

私は共感能力が低く、相手がなにを考えてるのか察することができない。だから相手質問して考えを探っていこうとするんだけど、それが相当キツかったらしい。「なんでそう感じるのか」「なんでそう考えたのか」って私が質問しまくるから、夫自身が言いたいことが言えないと。質問するのはいいことだという考えが根付いてたから、夫のその意見にハッとさせられた。以降は気をつけるようにしてるけどなかなか改善できない。というか、質問すること以外で相手を知る術を持ってない。

あと、夫にかなり甘えてしまっていた。すぐ不機嫌になって態度に出したり、ちょっと何か言われたらすぐ家を出ていこうとしたりした。

3回ぐらい、壁にモノを投げるという行為もしてしまった。そういうことをするたびに夫はしっかり話し合って、解決しようとしてくれた。その夫の優しさに甘えきってしまってた。まるで小さな子供母親に甘えるみたいに。

恐らくアダルトチルドレンの傾向があるから、そこは今カウンセリングコーチング改善しようとしてる。少なくともモノを投げる行為は金輪際しないと誓ったし、抑えられてる。けど、その事実が夫の心に深い傷を残してしまった。

あと、日中の過ごし方もまずかった。私は今年2月から在宅勤務になったんだけど、私がオンラインミーティングしてるときに気を遣わなきゃいけないのが苦痛だったぽい。結構高性能なノイズキャンセリングイヤホン買って渡したんだけど「なんで俺が我慢しなきゃいけないんだ」って言われて拒否された。1LDKで2部屋しかいから、夫が寝てる時はリビングで、夫が起きてきたら寝室で仕事するようにしてみてもやっぱり話し声が聞こえるのがキツいと言われた。結局、私が個室のネットカフェに出向くようになった。

夫はHSP体質らしく、五感がかなり繊細らしい。それと鬱が相まって、私の言動が相当キツいと感じていたらしい。

あと、鬱病になってしばらくしてから、夫はスピリチュアル方面にハマっていってた。自分には大天使がついてるとか、今この部屋に白天狗がいるとか、言うようになってた。スピリチュアル系の動画を見せられ、動画で言ってる内容を理解できたかどうかよく問い詰められた。

夫は、そういう世界の素晴らしさを私に理解してほしかったみたいだけど、私は大天使も白天狗も見えないか理解しきれなかった。

こんな感じで、夫からは、私の言動によってどれだけ辛い思いをしているのかを都度言われ、それに対して何とか解決しようと試みてはいたんだけど、なかなか改善できてなかった。

そして、9月のある日、遂に、もう離婚したいと切り出された。とっくの昔に限界を迎えてるし、私があまりに幼稚すぎて、結婚相手として見られないと。そもそもそんなに好きじゃなかったけど付き合ってと言われたから付き合ったとか、自分よりも家事レベルが上の人じゃないと嫌だと思ってたとか、いろいろ前提を覆されることを言われてもの凄いショックを受けた。

ひどく動揺してしまい、1分でも早く家から出たいと思って、その場ですぐ14日分のホテルを予約し、荷物をまとめて今度は本当に家を出てしまった。

家を出ている間の生活費として、結構まとまったお金を夫の口座に振り込んだ。

そこからどうなったか。夫は人が変わったように散財し始めた。

スキンケア用品、服、スピリチュアルグッズ、健康グッズを買いあさり風俗メンズエステにも何回か通ったらしい。占いにも行きまくってた。

SNS投稿や夫からの報告で散財状況を知ってかなり心配になったけど、それでストレスが発散できてるならいいかなぐらいに思ってた。

私がホテルから帰ってきて、改めて話し合ってもやっぱり離婚したいという意志は変わっていないと言われた。私も諦めて離婚届にサインした。

から現在は支払い能力がないから、当面の生活費としてまとまったお金が欲しいと言われ、まあ渡してもいいかなと思ってた。

ただ、離婚が決まって、それぞれが別々に生きていくとなった後も夫の散財はひどくなる一方だった。鬱病になる前からそれほど収入の多くなかった夫が、鬱病回復して再就職したとしても収入が激増するとは考えられない。完全に私からの援助を前提にしたお金の使い方をしていた。

と、ここまで書いてきた話を、信頼できる友達に打ち明けたところ、「普通にもっと怒ってよくない?」と言われた。私の自罰意識が強すぎて、すべての責任自分にあるから、何をされてもしょうがないと思ってる節がある。もちろんモノを投げるなどの幼稚な行為は良くないか改善していくべきだと思うけど、だからと言って全面的自分だけか悪いと感じる必要はないんじゃないかと。コーチング先生からも同じようなことを言われた。

そこで、あれ、もしかして私だけが悪いわけではないのか…?と気づき始めた。

鬱病患者への接し方は誰にとっても難しいものから気に病む必要はない。生活費をすべて負担し、働きながら家事も引き受けてる時点でかなり頑張っている。そこから更に離婚後の生活費まで払う必要ないのでは?とアドバイスされ、確かにそこまでやる義務はないなと感じてきた。

しろ、夫の言動の方がアダルトチルドレンぽい、夫があまりにも求めすぎなのではないかとも言われた。夫からはずっと、私が幼稚で人間性問題があると言われ続けてきたけど、実は夫も大して差はなかったのかもしれない。

そうやって友達に話を聞いてもらって、離婚後の生活費はやっぱり払わなくていいかもしれないと考えが切り替わってきたその日の夜。夫はどこかに出かけていたんだけど、深夜にいきなり「今お店にいる。今すぐ飲み代として10万円振り込んでほしい」と電話してきた。

少しも悪びれることなくそんなことを言ってきて、怒りで頭がどうにかなりそうだった。

とりあえず10万円振り込んで、今後一切お金は渡さないと伝えた。

すると夫は裁判起こして慰謝料請求すると言い出した。もう裁判でも何でもしてくれって感じ。

この1ヶ月ぐらいで別人のように豹変してしまった夫に対して、もう未練も何もない。必要以上に自分を責めず、今回得られた教訓を活かして生きていこうと思う。

2020-09-29

[]ハイリーセンシティブ・パーソン

HSPと略される。

先天的五感が鋭く、何らかの刺激に対して鋭く、深く反応してしまう人のこと。

さな変化に気付きやすく、相手ちょっとした意図を察することができる。

人類20%程度がそうらしい。意外と多い。

2020-09-15

シンギュラリティを実現できない理由として

人間には簡単にできる判断AIは間違える」みたいなこと言う人がいるけど

そこで例示されるのが人間でも難しい作業だったりするのは何なのか。

人間がその五感もとい超高精細な各種センサーを最大限に駆使して

まれから今までずっと情報収集し続けているという前提を忘れ、

まるで「生まれてすぐの人間でも簡単にその判断ができる」ように主張している。

2020-09-09

anond:20200909185342

増田がいう自我とやらはどこにあるんですか(素直に読めば脳か?) 以前に

 

すべての人間連続していない存在 (過去と今と未来では完全に別の存在) だぞ

だって過去と今と未来では身体組織物理的に異なる

 

人間記憶は同じだから連続した存在(同じ存在)とするのもだいぶ無理がある

記憶だって五感を伴うものであり、身体組織が違っていれば、思い出しても当然感じ方は違うし、

(似たような環境で育てたとしても完全に同じ個体にならない理由がまさにこれ)

そもそも記憶インディックスを失い、正しく記憶を読み取れなくなるかもしれない

(いわゆる“忘れる”)

 

まぁ早い話が人間は、自我云々以前に身体記憶連続していないのだ。少なくとも、連続性を保証するものは何も無い

2020-09-07

「文」を書く

例えば歌詞とか小説かにおいても、そもそも受け手立場にとっては他人ことなんかわからないわけである尾崎豊歌詞を書いたって、俺には尾崎豊人生のこともなにもわからないし、なんで亡くなったかとか、マジで15歳でバイク盗んで走ってたかとかもわからない。なぜなら俺はそんなことをしたことがないから。これはきっと15歳でバイクを盗んだ人間しかからない「経験」だし、20歳になった今バイクを盗んでもそれとは違う。なんなら15年間尾崎豊という人間を生きていなければわからない歌詞であるのに、そこに人気が集まったのは、「なんとなくわかる」という自分を持っている、もしくは作り上げてそこに投影たからではないだろうか。では作り上げた自分という人格価値があるのか。

文章」を理解するのは大変に難しいと考えている。ハグキスといった身体コミュニケーションに比べて明らかに難易度が高いのは、目に見えないからだろう。受け取り手感性に多く順応するために最も適切なコミュニケーション方法五感依存するものと比例している。たとえば本のなかでも絵本は最大限に五感攻撃している。絵と文章読み聞かせなど、幼少期に「自覚」の獲得に必要感性に訴えるもので、人間はそこから物心をつけていくわけだが、そこに協調性というノイズが入るせいで感性はやがて鈍ってゆく。

人間所詮動物であるため、種の保存という目的さえあれば何の問題もなく活動を行えるはずだが、そこに思考という足枷がかかる。人間は考える葦であるが、考えなくてはならない葦である。この葦は協調性多様性といった様々な性質を持たざるを得ない葦である本来必要ではない、無駄思考であるこれらを動物にとってプラスにとるかマイナスにとるか。それもまた一つの多様性というノイズひとつになる。

詩や文章という他人知識や語彙に依存したメディアが発展するのは特に人間的でもあり、前時代的でもあると考える。人間思考した結果が他人への依存であるならば、思考したこと無駄であると一蹴できるからである。なぜなら思考は内的感覚への訴求であり、それもまた自らの知識や語彙に依存しているからだ。他人から受け継いだ知という感性を自らに受け止め、それを発展させることに意味があるとすると、それと矛盾するからだ。その矛盾と戦う人間たちは極めて無駄であり、また自然であると考えるのである。こんな「文章」を書いている自らについて。

2020-08-15

anond:20200815151252

>見ない権利

少なくとも「見て不快になる」だけが論点であるならば優先順位は極めて低いと考えます。なぜならば五感の中でも『嫌いなものを見ない』は目を背けるだけで実現できる比較的容易なことであると考えるからです。

聴覚嗅覚はそうはいきません。なので、『見て不快になるコンテンツは見る側に目を背けるという努力をさせるのではなく、不快になる人が見なくて済むように見せる側を規制するべきだ』が受け入れられるならば、

自閉症の人が突然上げる不快な奇声を聞かなくて済むように自閉症の人が公共の場所に出てくるのを規制しろ』『ホームレス悪臭を嗅がなくて済むようにホームレス公共の場から追い出せ』はもっと通ってしまうのはないでしょうか?

もちろん、「極端な光量で直接的に目が痛くなる」「激しい点滅により少なくない人に光過敏性てんかんを起こす」ような具体的な被害があるならば別です。

>その他公共の福祉問題

まず『子どもへの悪影響』というのが考えられますが、これについてはおそらく『実際に悪影響があるのか』に関する実験結果存在しないと考えます(あるなら真面目に教えて欲しいです)。

とはいえ、『(子どもも見る場所においては)男性器・女性器・肛門はアウト。おっぱい場合による』程度が個人経験の平均としての現状の社会的合意であると考えますし、その点については否定するものではありません。

(無論、『子どもの脳を正確に再現したAIが開発され、子ども性的コンテンツを見せることの影響が詳細に研究された』『人権無視国家ガチ子ども実験台にして研究した』『並行世界観測装置発明され、性的コンテンツを見た世界線と見なかった世界線の違いが数万人分調査できた』などが起きた場合には基準が厳しくなったり緩くなったりすることも考えられます。)

それ以外に関しては、少なくともポスターがあることでの直接的な権利利益侵害は無いと考えます

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