「流浪の民」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 流浪の民とは

2017-05-27

恋と服

恋をするとお金がかかる。

なぜなら女子とは、恋をした途端に着る服がなくなってしまう生き物なのだ(※)。デートが決まったりなんかした日にはもう、新宿原宿銀座に向かわずはいられなくなる。私は主に、恋をすると新宿をあてもなく徘徊する流浪の民となる。ルミネや界隈のショップというショップをまわり、クローゼットの肥やしを片っ端から一新し、それまでさして気にも留めなかった化粧品を手にとってはレジに持って行ったりするのだ。

というのも、恋をすると、何らかの力により、これまで自分が何をどのように考え服を着ていたのか、まったくといっていいほどにわからなくなってしまう。馬鹿になってしまっているのだろうか。恐ろしい。ルミネエスカレーターを何往復も上下しながら、これは面白い現象だなぁと毎度俯瞰してみたりするが、そう考えている本人は何と言っても必死である。それまで手持ちの服で十分に生活していたはずなのに、ある日を堺にクローゼットの服たちが途端に色あせて見えてしまうのだ。なんということだろう。こんな服で外へお出かけになんて行けない。ましてや好きな人の前になんて、とてもじゃないが立てやしない。その思いは焦燥となり、私の足をルミネ伊勢丹へ向かわせる。

目の前の彼に、少しでも可愛いとかきれいだとか思ってもらいたい。きっと恋をすると誰もが、そんな気持ちでいっぱいだ。しかしそれよりも切実なのは、彼の前に立ったその時、はやる心臓邪魔されず彼の目を見つめられるような、なんでもない涼しい顔をして会話できるような、そんな自信を持つために、私は服のちからを借りるのだと思う。

着るものとはとてもすごいちからを持っている。誰に見られるわけでない下着ひとつとっても、新しいブラやお気に入りパンツを身につけるだけで、それだけで気分は花が咲き、なんとなく遠くを見て歩けるようになるものだ。勝負下着とは、彼のためではなく、自分の自信のために身につけている。

恋をするたびに私のクローゼットには新しい服が増え、その分惰性で着ていたものたちは消えていく。新陳代謝のようだなぁと思う。惰性で着ていたものたちだって、昔いつかの誰かを思いながら買ったものなのだ。それなのに、新しい恋をするとまるで世界が一変したかのように、とにかく古臭く、やぼったく見えてしまう。よくこんなもの着ていたなと、中にはそう思ってしまものだってある(一応言っておくが私は相手の好みの服装に合わせるタイプ人間ではないので、そういう意味世界が一変したのではなく、あくま自分の中で、大好きだった服が色褪せて見える)。

誰かに恋をするたびにこの現象が起きるので、人生の七不思議としてここに書き留めておく。

今日新宿夕方まで歩き回った。

明日デート代々木11時待ち合わせ。パックしてもう寝なくちゃ。



※…すべての女性がそうではありません。それから妙齢なのに女子とか言ってごめんなさいね

※※追記:妙齢とはうら若いという意味だそう。誤用ごめんなさいね。この場合はじゃあいい歳してとか言ったほうがいいのかしら。

2017-05-21

BLAME!劇場版を見てきた

公開日5/20(土)に見てきましたよ。

全体的な感想としては「まあ、こんなもんでしょう」。(面倒なオタク特有の、上から目線。)

いや、こっちの問題なので、映画は悪くないです。

ビジュアル面は、仕方ないんです。

原作を初めて見たのが「アフタヌーン」誌連載の見開きページで、見た瞬間に脳を焼かれてしまって(ちなみに 内山英明 の写真を見たときも似た衝撃を受けました)。

もう何度も読み返して、脳内でグッツグツに煮えているわけなので。公式映像化というとどうしても期待が膨らんで、好きなシーンがいくつも脳内にフラッシュバックしてくるので、何を見ても物足りなく感じてしまう。マーベル・シネマティック・ユニバース作品並みの予算を投入しても満足できるかどうか。

アクションや、アニメーション(物の動き)に関しても、まあ。

これも脳が煮えてるので。

原作みてて思うのが、絵にモーションブラーをあまりつけてないので、躍動感というか「動いている感」はあまりないんですけど、どんな動きをイメージしているかは伝わってくる。そして、その動きはめちゃくちゃカッコいい。キャラクターアクションだけでなく、建築物や装置の動きも好きです(東亜重工入り口とか)。格闘描写は「ABARA」でも切り拓いているなあと思いました。

あ、霧亥とサナカンの格闘シーンはよかったです。

原作から削られた要素については、単発の劇場作品だから無理ないなと思いました。珪素生物はセーフガードと区別がつかないし、臨時セーフガードも人間と区別つかないし。

唯一文句を言いたいのが、メガストラクチャーが登場しなかったこと。作品の建築物描写における超重要ギミックじゃないですか。これによって、そのへんのビルがどこまでも積みあがっているわけじゃないんだな、ってのがわかる。

重力子放射線射出装置メガストラクチャーに穴を開けて新天地に行く、という名シーンは映像化して欲しかったですね。射出装置がただの強い銃程度のものになっていたのが残念。

劇場に行く前にインタビュー( https://akiba-souken.com/article/30072/ )読んだんですが、感情移入しやすいドラマを入れようってのはなるほどなあと思いました。原作みたいな突き放したつくりにすると、私みたいな性癖の者には刺さりますが、それだけでは売り上げはアレですからね。大勢の人に刺さる普遍的要素を入れるのは良いことでしょう。

でも、なんか、つまらない実写ドラマみたいな出来だなと思いました。面白い人間ドラマを作る難易度って、面白いアクション映画を作るとか、面白い恋愛モノを作るとか、面白い巨大建築物徘徊マンガを作るとかってのと、大差ないと思います。

あと、説明してくれるのはいいんですけど(私も「ABARA」のラスト意味不明でしたから)、視聴者の知性を信頼してないところが、なんか、つまらない実写ドラマみたいだなと思いました。“ながら見”されること前提で作ったテレビドラマじゃないだからもっと信頼してくれてもいいのになあって。特に微妙に思ったのが、自動工場にいくまでの背景の建物が、前のシーンのおやっさんのクソ長い説明台詞のときに写っていたやつそのままだったというとこ。

まあ、これで楽しめるって人が多くて、売り上げが上がるっていうなら、いいんですけどね別に。(面倒なオタク特有の、選民思想。)

私が原作で一番ドラマを感じたのは、臨時セーフガードと珪素生物の確執でした。結局パーソナリティは人間と同じなんで、出しても平気だったと思いますけどね。まあ前述のとおり単発の劇場作品では難しいのでしょう。「あのセーフガードが味方に」って意外性は連載を積み上げていたからこそだったし。

セルルック3DCGはとてもよい感じでした。

あのキャラクターたちが動いてる喋ってる、というのは嬉しいものですが、やはり違和感もありますね。

違和感つっても、映像版のデザインはそうなんだから、映像版においてはそれが本来の姿なわけで、文句を言う筋合いではありませんが。

まあ、私が原作を見てイメージしていたのはこんな感じだった、という話がしたいだけです。

霧亥は、妙に顔が太いなあって思いました。「BIOMEGA」の庚造一のような太さではなく、アゴはシュっとしているのに、なんか太い。原作もっと細いイメージでした。あとイメージよりずいぶん声が低くて喋るのが遅い。

シボは、すげえ高飛車になってました。顔や髪の描写はとてもよかったのですが、服と靴のデザインがそれかいって感じ。

サナカンは、全世界三億七千万人の 弐瓶勉 ファンが驚いたと思いますが、まさかアクセント付くのが「カ」だったとは。「サ」だとずっと思ってたのに。

電基漁師たちについては違和感がまったくなくて、モブとしてしか認識してなかったんだな、という感じ。髪やその装飾の描写がよかった。

捨造は、宮野真守の声してんだからもっと活躍せえやと感じました。電基漁師としては活躍していた方ですが。

づる の、最初の頬染とか、インナーチラ見せとか、そういうのいらねえなって感じでした(個人の感想です)。アレな深夜アニメ並みに突き詰めてくれればまだしも。

霧亥を踏みつけ銃口を突きつけるサナカンをローアングルから見上げるシーンとか最高だったので、そういうのをもっと個人の感想です)。

コンピュータ接続する際に無線が基本なのが、時代にあわせてアップデートしてきたなと思いました。原作ではは有線が基本でしたね。

視線に写る文字などのCG、映画では普通にCGで描写していましたが、思えば原作においてはCGを手描きで描写するというのがいい味出してました。原作が当時されていた当時は特にパソコンスペック向上が激しかったのでうっかりCGを導入すると陳腐化が早かったろうと思います。こういう描写で、手書きフォントみたいな、あえてガタつくような表現をしたら面白いかもしれません。

妄想キャスティング

 霧亥 浅沼晋太郎

 シボ 瀬戸麻沙美

 サナカン 花澤香菜 (あまり低くせず大人っぽくしたときの声がハマる気がする)

 メイヴ 悠木碧

 イヴィ 羽多野渉

 メンサーブ 茅野愛衣

 セウ 宮野真守

 ドモチェフスキー 中村悠一

 イコ 山下大輝

 ダフィネ 斎賀みつき

 プセル 早見沙織

 スチフ 細谷佳正

 ナギナタの人 種﨑敦美 (このイラストの手前に座っている珪素生物です https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=25548289 )

「ブラム学園」が映像化されるとよいですね。

================================================

2017年5月23日火曜日 追記)

5/22(月)に二回目いってきましたよ。

初回は自分の中のイメージとのコンフリクトから「あれが無いこれが無い」を意識してしまいましたが、こんどはちゃんと「劇中にあるもの」だけに集中して見れた気がします。

スゲーよかった。

建築物の描写とか環境音とか。ずっと浸っていたい雰囲気。人間ドラマちょっと脇に置いて、世界観を楽しむ感じですね(って原作と同じやないかい)。

建築物の、特に質感(テクスチャー)がよいですね。原作よりもリッチ表現。今後原作を読むときは映像版のイメージ逆輸入すると、また一段と脳が煮えてきますね。

 

本編終了とエンディングテーマの間に流れたパートキャラクターの静止した3Dモデルがアップになり、カメラだけが動くやつ。

似たようなのが「パシフィック・リム」でもありましたね。あれを意識したのでしょうか。

サンダーバード」のエンディングにも似てるような気がしますが。

 

メカ描写では、電基漁師スーツの背中とグローブデザインがいいですね。強化外骨格という感じで。

 

一度目の鑑賞で気になって、二度目の鑑賞で深まった懸念があるのですが。

原作を知らない方は、建物が水平方向にも垂直方向にもどこまでも続いていて、「外」があるのかわからない、ってことを理解できたのでしょうか。

一見さんにもわかりやすくしたいってことで、ある面では手厚い説明がありましたが、この点については説明が足りてないように思われます。

なんだか、外があるっぽい気がしたんですよね。集落入口の谷とか、ビルの屋上と天井の挟まれた横に開けている場所(ポスターにも使われている)とか、遠くから光が差し込んできていますが、あれ自然光っぽくないですか? シボが塊都を回想シーンひとつでも、アトリウムみたいだと感じました。

映画の最初の方で「都市はどこまで続いているのだろう?」のようなセリフがあり、最後の最後で「無限に続く都市……」というセリフがありましたが、これ、都市が増殖しているのは水平方向だと思われてませんかね。地表を覆い尽くす、みたいな感じで。

都市の高さは「ブレードランナー」や「フィフスエレメント」くらいだと思われるんじゃないかなって。あと、開けた空間にも天井があるのも、「FF7」のミッドガルのようなものだと思われてないかと。

霧亥の「六千階層下からきた」ってセリフがあり、下に関する言及はありますが、上に関する説明がない。舞台となっているのは地表付近で、地底深くからやってきた、という解釈も普通にできますよね。

つか、私も不安になってくるんですよ。ひょっとして原作から改変してて、あれは実際に自然光なんじゃないか、この世界には普通に空があるんじゃないかって。原作通りだと閉塞感で不快になる人がいるかもしれないから避けたのかなって。

原作だと、霧亥が登っても登っても建物が続いていて、「うおー、この世界は何なんだー、上はどうなっているんだー、気になるー」ってなって、霧亥の探索から目が離せないわけです。終盤では木星サイズ距離が提示されたりして、少なくとも惑星よりもデカいんだなってわかる。でも映画だと舞台が固定されているうえに説明が無いので、普通に地球が舞台でミッドガルのようなものの中に住んでて、そこから外に出ないまま終わっちまった、みたいに思われてないか不安になりました。原作の壮大な世界観スポイルされてないかと気になります。

 

あと、原作を知らない人が、ネット端末遺伝子ネットスフィアに関してどう思ったかも気になります。

原作においては、マクガフィンのようなものでしたよね。登場人物の行動原理に芯を通し、「結局こいつら何がしたいの?」って支離滅裂にならないようにするもので。きっと見つからないまま終わるんだろうなあ、と覚悟していました。(実際に、まあ、ねえ。)

単発映画というところに重点を置くと、ネットスフィア接続するために端末遺伝子を探している、ってのは、「天空の城ラピュタ」における、ラピュタに行くために飛行石を探している、みたいなもんじゃないすか。そう考えると、劇中に飛行石もラピュタも出てこないまま終わったようなもんじゃないすか。

たとえば現代が舞台で「政府の重要書類」だの「世界最大のダイヤモンド」とかのありきたりなものだったら、はいはいマクガフィンねとわかりやすいものですが、違う世界が舞台で作品オリジナル造語なわけですからクライマックスバーンと出てくるのかな、って期待してもおかしくはないでしょう。

原作への「引き」になるといえばなるような気もしますが、それがきっかけで原作にきても、マクガフィンですからね。

大丈夫なんですかね。

まあ、私のような原作既読の頭の煮えたファンが考えても詮無きことではあります。

 

結局ネガティブな話になってまいりましたが。

 

二回目の鑑賞でも電基漁師はやっぱり、なんか、微妙でした。

パワードスーツで増強した筋力にモノを言わせて都市をパルクールで駆け回り、セーフガード監視をかいくぐりながら強かに生き延びてきたテクノ遊牧民の末裔——とは思えないほど、どんくさい

ヅルは新人だからまだしも、捨造とかおやっさんとかはベテランでしょうからもっとプロっぽくキメて欲しかったですね。原作なら所詮モブなので、どんくさい方が「霧亥カッケー」ってなって好都合なんですけど。

なんで棒立ちでのんびり喋っているかなあ、って思うことがしばしばありました。声優の演技は素晴らしいのですが、テンポが悪いというか間延びしているというか。

プレスコの仕方が悪かったんじゃないかなあという気がしないでもないです。

いや、アニメ制作プロに対して私が言うのもおこがましいんですが、劇場舞台挨拶の記事 http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1495262889 なんかには「キャラクターの行動が伴うようなシーンはその場でディスカッションをしながら演じていた」「今回全く絵が無くて、あるのはト書きくらいなもんです」「セットが無い状態の舞台演劇をしている感じだった」とありまして。

たとえば、即興で作詞作曲して歌うとか、即興で会話を考えて劇をするとか、すごいスローになるじゃないすか、探り探りになって。本作もそんな感じだからモタついているように感じるのかなあ、と。

全員が原作読んでてグツグツに脳が煮えていればまた違ったでしょうけど、そんなことあり得ませんし。

原作の読み合わせも無かったようですし(そんな長時間拘束するような浪費的な契約は普通しなさそう)。

 

会話の内容で、ちょくちょく引っかかるところもありました。

シボが自動工場がどこにあるか言ったとき、その地域について何も把握してないようなリアクションだったのに、入口についてみると「この場所から帰ってきた者はいない」って言ってて、“おまえら知ってるんかーい”ってなりました。(話は逸れますが、自動工場といえば、新しい武器とか作って電基漁師がパワーアップとかするとわかりやすく燃えたかもしれませんね。「メトロイド」で新しい武器やスーツの強化パーツを手に入れるみたいな。原作でも倉庫から武器をとっていくシーンがありました。)

それと、自動工場にて、別行動していた仲間と合流した際に「彼女はどうした」「駆除系に潰された」のような会話があったのに、行ってみると当の彼女が腕を怪我した程度で座り込んでいて、でも誰も不審に思わなくて“え、おまえ潰されたとこ見たんだろ? だったら疑問を口にするんじゃない? それとも襲われたときすぐさま見捨てて逃げたの? おまえが彼女のことが好きだっていう感じの描写があったし、だから一緒に行動してたんじゃないの? 見捨てたのを悔んだりしないの? 別のやつも誰も気にしないの?”ってなりました。

 

人間ドラマ面で一番ひっかかるのが、死に対するリアクションでした。

あるキャラが死んだ後のヅルのノーリアクションっぷりはどうなのかと。

それだけでなく、冒頭で三人やられたことについても。人口が200にも満たないような小さな集落で、自分たち以外の人間に会う事ができないような寂しい世界で生きていて、同世代の仲間が死んでいったのに、それか、って。

声高に泣き叫べばいいってもんじゃないですけど、なんだかなあ、と。

ヅルに限らず、死んでいった者に対する思い入れがまるで無いように見えました。誰も死んだ者の名前を呼びません。何人やられた、っていうふうに、数しか言いません。

現代日本に比べて死が身近な世界からそうなってるのかもしれませんが、だったら結局は感情移入を拒むようなキャラクター造形だなあと。

悪い意味感情移入できる気がしました。視聴者的には特に思い入れも無いモブキャラが死んだくらいのテンションなわけですが、劇中の人物のテンションもそれくらいっていう。

 

ところで、原作だと電基漁師は死んだ人間の人格保存とかやってまして。

あれはグレゴリイ・ベンフォード小説「大いなる天上の河」が元ネタです。死んだ人間の人格チップに移して人工知能みたいな状態にできて、個人でチップを携行し、先祖たちと頭の中で会話をすることができます。

「大いなる天上の河」の他にも「銀河の中心」シリーズとしていくつか作品がありますが、「BLAME!」に劣らず暗い話で、宇宙からきた機械文明と人類が絶望的な抗争を繰り広げます。地球を飛び出し銀河の中心付近に進出した人類は、かつては巨大な宇宙コロニーを築いて機械文明と闘っていましたが、やがて敗北し、惑星上へと縮こまり、さらには惑星上の要塞も破壊されて流浪の民となり、機械文明の物資を略奪して生きる存在となった、という感じです。原作者が影響を受けた作品として明言しており、インタビュー http://kai-you.net/article/41199 などでも言及されています。

原作の電基漁師はけっこうサイバーパンクですが、映画では捨造が「機械と繋がるなんて嫌だね」と言ったりしていて、普通の人間像に寄せてきたなあと感じました。

 

ついでにもう一つ海外作品を紹介。「BLAME!から影響を受けたPCゲーム「NaissanceE」。

http://www.naissancee.com/

http://store.steampowered.com/app/265690/NaissanceE/

 

一回目の鑑賞よりもポジティブなこと書こうと思ったのですが、ネガティブ話題も多くなりましたので、最後は気楽な萌え語りで〆たいと思います。

 

二度目の鑑賞だと、改めて、霧亥、シボ、サナカンの演技が素晴らしかったです。

霧亥とシボが階段で別れるシーンはグっときました。

シボといえば、ヅルから霧亥を奪っていくシーンがラブコメの波動を感じてよかったです(語弊があります)。入室してくるシボの、あのドヤ顔花澤香菜の見下し声とあいまって最高ですね。

サナカンは、なぜか初回では気にならなかったのですが、すごい顔変わってますね。原作既読映画について知らない人に「プセルだよ」って言ったら信じるかも。額のセーフガードマークが髪で隠れてましたが、見えていたほうがよいかもと思いました。

顔といえば、駆除系の顔。原作より下膨れって感じで、ちょっとダサい気がしました。能面をフィーチャーしたのかも?

 

ところで http://www.ota-suke.jp/news/192644 によると早見沙織曰く「サナカンは、霧亥とは拳で語り合ってるんです。きっとですが、わりと無口な人って、モノローグでいっぱい考えてるんだと思いました」だそうで、私はセーフガード映画ターミネーター」のT-800のような存在であり、原作終盤はともかく、映画では原作初期の立ち位置なんだから、拳で語り合うとかいうのは解釈違いに収まらない明確な誤りなんじゃないか、スタッフはこういう基礎的なところも伝えずにプレスコやらせたのか、だからグダグダになったんだ、とか思っていましたが、考えているうちに映画版ではこの解釈が正しい気がしてきました。キャラデザカワイイ寄りのチューニングされてますし、表情豊かですしね。

ラム学園が映像化されて、「早見沙織のふり〜すたいる」のジングルみたいなやつをたくさんやってくれるといいですね。

 

それにしても、連載開始から20年の時を経た今になって、こんなに多くの人が同時期に「BLAME!」について見たり聞いたり語ったりするというのは、夢のようです。

2015-01-15

[]タモリ

森田ユンケル感情が壊れているので次はV6を繰り返す。安産を願うなら近づいた方が良い。毎度おなじみい流浪の民番組い。

2012-12-03

仕事軌道に乗ってきた頃に、

人一倍世間体を気にする実父が早期退職の道を選んで流浪の民に→結果、派遣労働者に。雑務担当の。

→そのストレスから家族にかなり当り散らしていた。陰湿な感じで。

妹が結婚が駄目になり精神的に病んだ(父の常軌を逸した心配の仕方が追い込んだといってもおかしくない)→自殺未遂

→母から電話があり病院にかけつけた。父はこず。後日病院に行っても医師に何も聞けず。

バカ正直にこうした事情を説明した上で病院に駆けつけた結果…私は、社内ニート状態に追い込まれた。

退院後も、周期的に殺すか殺されるかの勢いで暴れまわったり(近隣の人に警察を呼ばれなかったのは奇跡だと思う)ようやく落ち着いて仕事に戻ったと思ったら実父が仕事で帰りの遅い妹を責め立てる(帰宅が遅いのがおかしいと。寄り道もするなということらしい)

こんな状況が続いていたので…それを言い訳に使っているのかもしれないが、こんな状況で泊りがけの社員旅行になんていけるはずが無いので、いかにもうそ臭い理由をつけて旅行には不参加。今時、社員旅行に参加しないのはおかしいという会社なので、より社内ニート状態に追い込まれる。

そうした状況に追い込まれていることも露知らず、実父と妹は言いたい放題やりたい放題やらかしますよ。

自分の状況を言えばいいじゃんって?


「恩着せがましいことをいうのか」と言い出すか、

意味がわからない」「理屈ごねるな」と言い出すので言わないだけです。

生まれ育った環境関係ないって言うけれども、関係ない事は無いよ。

人生成功を収めたとしても、生まれ育った環境が必ずネックになる時がある。

実体験からそう思うだけ。仕事がそれなりにやれていないと、人生にも影響が出てくるよ。

それも甘えかね…それも甘えなら好き勝手に言いたい放題やりたい放題やっている連中はなんなんだよ

「僕は…ダメだ。ダメなんですよ…。ヒトを傷つけてまで、殺してまでエヴァに乗る資格ないんだ。

僕はエヴァにのしかないと思ってた。でもそんなのごまかしだ。

何もわかってない僕にはエヴァに乗る価値もない。僕にはヒトの為にできる事なんてなにもないんだ。

アスカにひどいことしたんだ。カヲル君も殺してしまったんだ。

やさしさなんかかけらもない、ずるくて臆病なだけだ。

僕にはヒトを傷つけることしかできないんだ。

だったら何もしない方がいい!」

ヒトを傷つけたわけじゃないけど、自分アクションを起こすことで大騒ぎが起きるのなら何もしない方がいい。

あの連中のおかげで人生が狂った…そんな考えに陥ってしまう。これじゃもしまた事件が起きた時、あの時と同じように疑われるよね。世間様に。もちろん悪さをするつもりは無い。こんな連中の為にもう人生おかしくしたくない。でも、また何か起きたらまた疑われるんだろうね。僕は。

それをこのキチガイたちはわかってない。それが悔しい。

2012-08-08

遺伝子的にヤバイ国や民族

モテと遺伝と国民性」…NHK番組さりげなくタブー中のタブー」に触れてるんだが! - 見えない道場本舗

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/gryphon/20120807/p2

この人が差別ハンタイ偽善者が言ってることを真に受けすぎてただけで

国や地域ごとに伸びてる特徴なんて絶対あるに決まってるんだよね。


もっともっと差別ハンタイ偽善者激怒しそうな例を出せば、

日本のそばのあの国なんて常に大陸覇者に脅かされて、

海に出ようにも対岸にやっぱり自分達より強い国があって、

どこにも行けないか流浪の民みたいなスキルも身に付かないし

しょっちゅう侵略されて支配されて、

誇りを持って戦った人間(三別抄とか)から淘汰されて死に、

仲間を出し抜くぐらい早く外敵にへつらった奴が生き延びて、

レイプ犯を父親に持ち卑屈な被迫害者・服従者を母親に持ち、

仲間同士では信頼より裏切りと誤魔化しと機会主義が大事にされ、

強い相手には即はいつくばって、弱い相手をいじめ抜き、…

みたいな奴じゃないと生き延びられなかったんだよ。

どこにも突破口や脱出口がないまま自分達より強大な外敵に囲まれ続けてたら

どんな人間性・行動パターン遺伝子が伸びて来るかって…

2011-08-29

差別対象になるのが怖い

モタモタしているうちに放射能汚染は広がって

判断を下せない政府に変わり、国連東北関東一円を居住禁止区域に設定

日本人の半分は、国を持たない流浪の民になりました。

強制的に移住させられた外国で、汚染された日本人は出て行け

国の保護を不当に受けて焼き太る日本人死ね。とかシュプレヒコールをあげられて

どうする事もできなくて悲しくなるという、そんな夢を時々みる。

2010-03-26

Bridge Over Troubled Space 備考

<登場人物>

アラノレイウ:ステラコドランのワラワヘム(サルガッソー)研究員。※デブ

ホウイックラン:同上。※トンガリ

ヂスチスワガン:同上。※ヒゲ

メラスコニーヴェ:調査艇パイロット

ロリロルロゥウェ:同航法士。

タジルアラスキ:ステラコドラン戦闘艦艦長

バラック=マン:輸送船長

ダルー=カタリ:輸送クルー

ターニャ=クルバンスク:同上。

アッキーム=バザラム:同上。

ステラコドラン人について>

 ステラコドラン人は幼体のうちは上の二本の腕(陽腕)しかない。脱皮をする度に成長していくが、これを毛期という。8毛期まである。稀に長寿で9毛期を迎える者もいて、師父として尊ばれる存在になる。師父は一族の名付け親になることが多い。

 社会内の地位はいつ陰腕(下の二本の腕)が生えるかで決定される。標準は4毛期。5毛期からは「腕遅れ」とされ、基本的に生涯の地位は低くなる。ロロは5毛期。

 脱皮とともに突然生えてくるわけではなく、脱皮の前には肘を曲げた状態の組織が脇腹の部分に隆起している(オエ〜)。これを人前に晒すのは大変恥ずかしいこととされる。

 稀に脱皮しても隆起の状態で次の毛期まで腕として機能しない者もいる。地位のために外科処置で無理矢理腕化する場合が多いが、陰腕の発達が知能や体力に影響するために、結局能力の低い成体になる可能性が高い。ロロも4毛期の脱皮で腕化しなかったのだが、次の毛期を待ったので正常(むしろかなり優秀)に発育した。

 ステラコドラン人はなんと雌雄同体。というか雄しかいない。8毛期を過ぎた成体は子供を産むことが出来る。その時期はコントロールできない。ロロもそのうち産むかもしれない…。生殖器はあるが生殖機能はない(快感は、ある)。

 ものすご〜く大昔には雌もいたのだが、本星を失い流浪の民になってからは戦闘種族ということもあってか、力の秀でた雄だけで繁栄できるように進化していったのだという節が有力。現在は「巣」と呼ばれる巨大なコロニー船を繁栄の基盤にしている。巣は巨大な星間船でもあり、いくつもある。

 本能的に雌的なモノ(力が弱かったり可愛かったり)を愛でる感覚が残っていて、ペットを飼うことが文化として根づいている。だからどのようにペットを愛玩するかが文化としての高尚さに繋がっている。早い話がどれだけハァハァできるかってこと(生殖器はだから文化に対して用いられる器官なのだ)。

 寒さにはめっぽう弱い。一方で真空に数時間耐えられる身体の構造を持つ。血の色は赤い。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん