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2021-06-21

anond:20210621205037

共産主義者は何でもかんでも資本主義自由主義のせいにする癖がついてるから自分たち省みるってことができないんだろうね

私は共産主義ではなく「道徳主義倫理主義」の側の人間だが付記しておこう。

なぜ資本主義で銃乱射が起きる?

なぜ民主主義いじめられっ子自殺する?

よく考えてくださいね

それが解決しない限り資本主義自由主義永遠に批判される。

共産主義批判されたが、今でも18歳までに教育無償にしようとか、それらは全部共産主義発明ということをわかってもらわないと困るよ。

完璧主義存在しないし、もう自由主義時代は終わった。

信用スコアで「この人は元ヤンキー」「この人は元いじめっ子」とか国家管理される社会が正解。

anond:20210621203447

共産主義者って元増田の言ったとおりの反応をするからおもしろいよね

中国世界で最もまずいパターン人口動態になってるじゃん

急激に人口が増えたのに凄いスピード少子化するって他の先進国の何十倍悲惨未来がすぐそこまで迫ってるのが認識できないんだろうね

その膨れ上がった世代は30年後50年後には誰に面倒見てもらうんだよ

もしかして使えなくなったら虐殺するつもりなのかよ

対策若い世代移民だけど自由主義国家から宗教国家から総スカンを食らってるのにどうやって若い世代人口を維持するつもりなんだろうか

先進国価値観を共有してるから例え弱い状況に陥っても助け合いをするから

それをしないと戦争になることを歴史から学んでいるしね

共産主義者は何でもかんでも資本主義自由主義のせいにする癖がついてるから自分たち省みるってことができないんだろうね

2021-06-08

東浩紀猪瀬直樹共通点

彼らはなぜ、自己評価がむやみに高く、他者評価がむやみに低いのだろうか。

自分はこれだけのことを考え、行動を起こしているのに、○○はサボっている。やるべきことをやらず無責任だ」

これが東氏や猪瀬氏による人物批判基調だ。自分努力や手柄を絶対視する一方、他人事情に関しては一顧だにしない。

両氏は、自分から離れて行った人々の数を振り返りながら自分省みることはないのだろうか。

2021-05-10

自分勉強しないくせに子供勉強させようとする親

まずお前が勉強しろ、で完全に終わる。

仕事とか生活とか加齢とかは全部言い訳に過ぎない。

ゴチャゴチャ言い訳をする子供イラついたなら、勉強をしない言い訳をゴチャゴチャ捏ねてるお前自身の心を省みるとよい。

2021-04-30

anond:20210430143533

違うね。

フェミニズム自分達の活動社会に何をもたらすかについて自覚責任感もない、という事を吐露しているだけだよそれ。

フェミニズム構造上、男性側にも協力を得る必要がある。女性社会進出歴史を見ればそれは明らか。倫理的に、性別に囚われない平等重要である、というお題目について、現在の「強者である男性側の理解を得ないと話は進まない。

男性側に既得権リリースや、なんらかの痛みを要求する以上、少なくとも倫理的道徳的な正しさが重要になる。

しかし、フェミニズムは、男女同権は重要から、と思考停止して、自分達を省みる、という思考回路を捨てた。だから、今のフェミニストは、相手にだけ、倫理的道徳的に正しく振る舞えと要求するだけの、モンスターなんだよ。

面白い事にフェミニストを名乗りながら、自分男性ジェンダー体現した男とくっつくとか(卑怯者のフェミニストになると、それを隠すケースもあるな)いう人間も出てくる。言うだけで実践しないフェミニストゴロゴロ出てきている。(「エリート女はエリートしか愛せない」とか言ったフェミニズム学者もいたな(笑))

まりフェミニストの言うことを間に受けた男は不幸になるってこと。そして、フェミニズムには自分を顧みるための論理体系も、謙虚さもないってこと。なぜなら男性のせいにすれば解決するから

2021-04-03

anond:20210403094007

(前提として、「映画秘宝」前編集長による恫喝DM擁護するつもりはまったくありません)

貴方が悩んでいるとすれば「如何にしたら、町山智浩らに対する私の批判を止めさせられるか?」についてでしょう

私が悩んでいるのは、町山氏や映画秘宝の次は、私が好きな作品ひいてはそういった作品が好きな私自身も燃やされる側になるんだな、ということです。

町山氏や「映画秘宝」がきっかけで知った作品作家もたくさんいましたからね。

批判自由にすればいいと思っていますよ。議論すればいいじゃないか、と。でも差別だ、セクハラだ、ですべて燃やすのは違和感があった。

そこで増田が『映画欠席裁判』を取り上げた。あの本は増田引用した部分以外を読んでも悪口しか書いてないような本です。

そんな本から差別的、セクハラという部分だけを抽出する。何がしたいのか、そのとまどいをコメントした。

すると「貴方は~だ」「〇〇論法」「釣りですか?」とひどい決めつけをする返答が返ってくるだけだった。

今回の回答で増田差別発言やハラスメントを徹底的に燃やしていくんだな、ということは分かりました。そこに議論余地はないんだな、と。

省みるに、私の職場で起こったパワハラ事案で、私は傍観することしかできなかった。無力だった。やはり焼かれてしかるべき側の人間なんでしょう。

増田活動の先に世界がよくなることを願います

アーメン

2021-03-28

anond:20210328094627

もうネットで散々言われていることだけど、『美白』を否定するんじゃなくて『美黒』という新しい価値を創るのでは、なんで駄目なの?

「白いことは美しい」しかし「黒いこともまた美しい」で良いじゃん?

ポリコレが嫌われるのってここなんだよな。

価値があるとされていたモノをブッ壊し、優れているとされているモノを貶めることでしか平等を実現できない。

今まで低く見られていたモノに対して価値を創り出すようなことをしようとしない。

他人迷惑を省みず、破壊という楽な方へ楽な方へと流されているか現代ポリコレはクソなんだよ。

こういうポリコレの傾向って結局声のデカい層の根底にあるのが、平等という正義の実現を望む意思ではなく、良い目を見ている奴らの足を引っ張ってやりたいという醜い性根だからだと俺は思っている。

あとはもし美白と美黒の両方が商品として並べられて、自由意思商品を選ぶ権利のある消費者達の手に取ったのが結局美白ばかりだったらどうしようという恐怖か?

もっと言えば、美黒という価値自体ができれば良いとは言ったけど、それも花王がやる義務はないだろう。

花王は数ある企業の一つでしかないんだから、白を美しいと思う人をターゲティングしてそこに特化した商品を売る企業として活動したって良い。

黒を美しいとする人向けの商品はそういう価値観がお好きなポリコレ勢力商品作って宣伝すれば良いんだから


別に今回の花王の話に限らないが、他人寄生し、他人のモノを破壊することでしか作り出せない平等正義があるとは思えない。

ポリコレ連中はその辺りをもう少し省みるべきだと思う。

2021-03-21

オタクお気持ち長文セレクション

お気持ち長文といえば女オタクが書くものというイメージがあるが、男オタクが書いたお気持ち長文も少なくはない。

簡単な紹介文とともに紹介したい。

7年間いたジャンルを離れた自分ハム太郎アンチを笑えない

anond:20200614131659

ゆるゆり作者が自分取り巻きばかり優先し、普通ファン蔑ろにすることで心が折れてしまった増田

タイトルの付け方、文章構成オチまで完璧。圧巻。

作者と繋がっていなくても作品を好きでいることで愛を証明しようするも、ついに折れてしまう展開は哀愁を誘う。

無償の愛を捧げ続けるだけであれば耐えられたかもしれないが、露骨な扱いの違いに疲れ果てる様は同情するに余りある

クラウドファンディング対応のお粗末さは制度自体への信頼を揺らがすものであり、増田ならずとも憤りを感じるであろう。

まとめておいてなんだが読み返したら女性のような気がする。でも紹介したいので許して。

追記百合好きが野郎キャラヘテロババアお気持ち表明

anond:20200717180056

アイカツ! -アイドルカツドウ!-の大空あかり瀬名翼のカップリングが許せない増田

ヘテロ同人に対する暴言の切れ味が鋭く小気味良いが、それ以上に公式側の人間投稿したせなあかを推奨するようなツイートに対しての激怒が凄まじい。

可能性を生み出しただけでアウトなんだよ」はけだし名言であるが、原典以外でこれほどこの言葉が似合う文章を私は知らない。

女の子同士の友情を描いてきた作品で急に恋愛を入れるなというのは一種正論であり、素人が言うのと公式サイドの人間が言うのはわけがうから立場を考えろというのは完全な正論である。怒りを覚えるのも当然だ。

最後に冷静に自身省みる辺りに増田人間性が伺えどこか微笑ましさを感じられる。

続き(anond:20200817181345)にあるブクマカへの返信も愛を感じられて必見。

追記アイカツ!に引導を渡された

anond:20200812183017

実写とアニメを融合させたアイカツプラネットに引導を渡された増田

今までアニメしかなかった作品名前を使って突然実写ドラマ化を発表されて戸惑うのは当然であるし、作品への愛ゆえに感情を爆発させるのもまた当然だ。

「うるせえでございます。黙ってろでございます。」から続く冷笑系へ向けての罵倒と、わかっているがその上で怒っているのだという下りは名文。

「俺たちは数字で動いてるわけじゃない」とはオタクであれば誰もが一度は思ったことがあるだろう。抑えきれない感情とはこのことをいうのだ。

そうしてひとしきり怒りを吐き出した後、最後に改めてアイカツプラネットへの期待を綴って終わる。爽やかな読後感を残す稀代のお気持ち長文。これぞオタクだ。

こちらも続き(anond:20200813130432)が投稿されている。

アイカツ!に引導を渡されたアイカツ!ゾンビに引導を渡した

anond:20210120180007

上の続編。アイカツプラネットを受け入れ楽しんでいる増田

DCDの方は今ひとつダメなようだが、実写パートがありガワが変わってもやっていることはアイカツなのだと楽しめているよう。

本人が楽しめているなら何よりであり、アイカツプラネット増田の期待に応えてくれたようだ。

このような後日談を読むこともまたお気持ち長文を読む楽しみの一つである

作者に嫌われているキャラクターを好きになってつらい

anond:20200724234926

ぼくたちは勉強ができないの武元うるかの扱いが不遇で作者に愛されていないと嘆く増田

原作の展開をつぶさに追いながら感想を書いていて、憤怒と憎悪愛情がありありと伝わる。

上の2人のアイカツ増田からはある種の爽やかさを感じるが、こちから感じられるのはドロドロとした激情だ。

ハンロンの剃刀であって好き嫌いというよりは無能想像力の欠如の合わせ技に思えるが、当事者にとってはどちらも変わらないのだろう。

煮えたぎる怒りを文章にして、叩きつけるように書き殴る。これもオタクだ。

追記】作者に嫌われているキャラを好きになったら特典でも冷遇されてつらい

anond:20210308181806

上の続編。ボイスドラマと各ルート最終話後の後日談ヒロインの中で武元うるか一人だけなかったことが許せない増田

ヒロイン全員が並列、平等を謳った作品での推しキャラへの仕打ちであり、増田の心情は察するに余りある

作中以外での扱いの違いは無能ではなく無配慮と無神経の産物であり、実情がどうあれその格差に悪意を見出すのはそれほど難しいことではない。

無限死体蹴りされると書いたら現実になったとはまさしく増田の実感なのだろう。

愛が報われるとは限らない。公式に切り捨てられたファンの恨みつらみが詰まっている。

追記③】女児アニキャラに乳を盛る馬鹿と賛美するアホ全員死ね【続き有】

anond:20210210183005(削除済)

魚拓https://megalodon.jp/2021-0211-1903-52/https://anond.hatelabo.jp:443/20210210183005

webarchive:https://web.archive.org/web/20210211040932/https://anond.hatelabo.jp/20210210183005

アイカツフレンズ!の友希あいねにブルーアーカイブエイミの衣装を着せる二次創作が許せない増田

豊富な語彙の鋭い罵倒にキレのある文章で人気を博したもの身バレして削除。脇が甘い。

ブログ増田投稿したとアピールするとかここをなんだと思っているのか。

もっと女児アニメキャラに乳を盛ること、露出度の高い衣装を着せることに嫌悪感があるファンがいるのは当然であるのでその気持ち尊重すべきだろう。

それを理由二次創作をやめる必要がないこともまた当然であるし、発端の絵は性的魅力より可愛らしさが全面に出ているようには思うが。

公式に殴りかかる男オタクほとんどな中、二次創作界隈に向けて書いた点で希少性が高い。

総評

オタクお気持ち長文は女児アニメ百合関係が多かった。というかアイカツが多かった。一体何が彼らを狂わせるのか。

男が好きで炎上やすジャンルといえばラブコメだが意外にもぼく勉以外は見当たらない。あれだけ言われている五等分にないのは予想外だった。

サンプル数が少ないものの、二次創作同人界隈に向けてではなく公式に向けて呪詛を吐くのが男オタクの傾向といえそうか。

アイマスFGO関係もありそうだが増田を見始めた時期のためか、見かけたことがなく紹介できなかった。

なおエヴァネタバレ回避のため見ていないのであしからず

余談だが!や?が多いとカラッとした印象になり、それが少ないとドロドロとした印象になる。

余白になる部分の差なのか脳内で読み上げたときの差なのかはわからないが、書くときの参考にされたい。

2021-03-10

毒親定義

自分が正しいと信じている

絶対謝らない、病的に謝れない(すみませんでした〜〜〜みたいになっちゃう)

うつ気持ち問題だと思っている

過程が原因で子どもうつ病になったとき一緒に通院するのを拒む

自分省みるのが嫌いと公言している

医者先生よりも自分意見が正しい

これらの特性に気付いてあえてやっているのではなく、指摘されても気づけない

これって毒親

2021-03-08

anond:20210308111537

頭の回転早いけど頭がいいわけじゃないクズって感じよな

でも普通の人はこういうクズ威圧されると丸めまれちゃうのも事実

自己正当化をここまで出来るようになると、自分省みる能力も落ちるから、何かに躓いたときヤバそうだなーと思うわ

2021-03-07

雑誌映画秘宝』の記憶(4)

高橋ヨシキが前面に出るようになった頃から映画秘宝』は「切り株映画」を猛烈にプッシュするようになった事を先に記しました。(「切り株映画」とは「人体が盛大に破壊されて血飛沫が飛び散るようなグロテスク描写が売りのジャンル」を指す為の『映画秘宝』による造語です。しかし、こんな単語を知っていたところで何の役にも立たないので、これを読み終えられた方は忘れてもらって結構です。)

それと共に「切り株映画は『世界真実』を描いている!」と云う、何だかよく分からないアジテーションも盛んに行い始めました。切り株映画に含まれスプラッターホラー作品の事は私自身も嫌いではありませんでした(若い頃の高橋ヨシキが参加していたとされるスプラッターホラー映画情報雑誌『V-ZONE』は私も読んでいました)が、流石に「世界真実云々」と云う主張に関しては理解共感もできませんでした。また、このアジテーションと連動して「女子供から映画を取り戻せ!」というスローガンも誌面に踊るようになりました。しかし、それも変な話です。元来スプラッターも含めたホラー女性ファンが大変に多いジャンルなのに、まるでそれらが男性専用であるかのような言い草ではありませんか。

ここで私自身の若い頃の話になりますが、読書映画観賞でミステリサスペンスが人並みには好きだったこから大学入学してそこの図書館を利用できる機会を得たのを良いことに、これらのジャンルをより深く楽しめるような知識を得ると云う目的のために、書庫法医学関連の専門文献を漁って実際の事件事故記述遺体写真等に目を通しました。医学部生でもないのにそれらを漁る私は、さぞかし周囲の目には不審に感じられただろうと思います。それは兎も角、これらの情報摂取によって、一般的に「グロテスク」とされる映像描写についての耐性は、それらが苦手な他の一般人よりは私の身に付いたと思います。でもまあ、単にそれだけなのであって、別に私は「世界真実」らしきものにはアクセスできませんでした。ただ、事件事故で亡くなった方が亡くなる時に感じたであろう痛みや苦しみに思いを馳せて、何だかとても辛く悲しくなったように記憶しています。なお、そのような感情とは別の話として「生物学的・医学的な現象としての人体の破壊はこのようなプロセスを辿るものなのか。興味深い」と云う知的好奇心の充足が得られた事もまた事実です。

このような文献資料などを通じた私の経験など所詮は「借り物」ですから高橋ヨシキのような「世界真実」を見る事が可能人間の境地には、足下にも及ばないのかも知れません。

では、切り株映画ではなく現実世界仕事で「本物」と接しているような方々、例えば警察消防自衛隊医療関係者の方々の場合はどうなのでしょうか?

実は過去に『映画秘宝』的な作品が好きだという医療関係者の人に接する機会があったので、この時に『映画秘宝』の「切り株映画世界真実を描いている!」と云うノリについて、どう思うかと訊ねた事があります。さぞかし酔狂質問だと思われたことでしょうが、それでもその人は真面目に答えてくれたので、n=1のケースに過ぎない話ではありますが、ここで記憶を呼び起こしてそれを記します。

一般の人たちは、人間遺体や人体が破壊や侵襲を受ける現象に接する機会そのものが少ないから、遺体を何か『特別なモノ』として捉えてしまうような人がいても無理はない。ちょうど、映画スタンド・バイ・ミー死体探しの旅に出かけた少年たちのように。たまたま自分現在仕事選択したので、遺体にしても未だ生きている人体にしても一般の人の目から見て『グロテスク状態』とされる対象に接する機会と経験は多い。しかし結局のところ、自分仕事職業暮らし・日々の営みの一部なので、何も特別な事は無い。もしも貴方医療なり警察なりの職業に進んでいたとしたら、その時はおそらく貴方も私と同じように慣れて、貴方の『生活の一部』になっていたと思う。私個人が、その『世界真実』とやらに目覚めたという経験は私には無い」

ねこのような言葉だったと思います。要するに、最初は「非日常的」と思えた物事でも「日常化するプロセス」を経て受容する事で徐々に「普通物事」になっていくということなのでしょう。

上の対話を今を思い返して、ふと私は次のような譬え話を私なりに思いつきました。

異性の裸と性器セックス存在ぼんやりと知った子供は『この世界には何だかスゴイ事が有るらしいぞ!』と、未知の存在であるそれらへの期待が膨らみ、必要以上に興奮してしまものです。しかし、大人になって恋人が出来るなり夫婦になるなりすれば、異性の裸や性器セックスだって単なる日常生活の一コマになります。謂わば「切り株映画を見ることで世界真実を見た!」と吹き上がっている高橋ヨシキの姿は、異性の裸や性器を見た事もセックス経験も無い子供が、雑木林で拾ったエロ本を見てしまって『スゴイ!ボクは同級生が知らない世界真実を見た!』と興奮しているのに似ているのかもしれません。

また、私が思うに「日常化のプロセス」が機能するのは単純に「慣れ」だけが理由なのではなく、受容する対象を「人間扱い」することも理由の一つとして有るのはないでしょうか。上記の譬え話に則して私自身を省みると、若くて未熟で性体験が無くて性的欲求悶々としていた頃の私は、アダルトコンテンツ女性の裸体や性的行為が出ているのを見ると、只それだけで、たとえそれがレイプ描写などであっても性的に興奮していました。今となってはお恥ずかしい限りです。しかし、現実女性との交遊や結婚を経て「人間としての女性」に接するようになると、そのような描写では「人間としての女性が感じる苦痛」を思い浮かべて悲しく辛くなってしまうので、私は性的に興奮はできなくなりました。愛の営みには、やはり愛が必要なのです。

スプラッターホラー映画を含む切り株ジャンルも、決して全面的に嫌いになったという訳ではない(それが証拠に今は『チェンソーマン』にハマっています)のですが、現実悲惨殺人事件事故知識人生経験を得た為なのか、これもまた若い頃のような熱狂でのめり込んで楽しむ事は減ったような気がします。

雑誌映画秘宝』が「女子供から映画を取り戻す!」を合言葉に「男のための映画雑誌」を標榜して、雑誌内部における「ホモソーシャルな結束」が最優先されて「女性蔑視な言動」が内部で野放しにされていたことと、高橋ヨシキが前面に出て「切り株映画は『世界真実』を描いている!」というアピールをし続けてきた(することができた)こととの間には、何らかの関連性が有るように私には思えます

町山智浩の機嫌を取るために、己の身近にいる女性尊厳簡単蔑ろにした高橋ヨシキ(※その詳細を知りたい人は、吉田豪による町山智浩インタビューを読んでみて下さい)にとって、彼の主張する「切り株映画が描く『世界真実』」とやらの『世界』の中には「女性を含めた『他者』」が存在する余地は無かったのではないでしょうか。また、彼の言う『真実』も所詮自分本位、男性本位のものに過ぎなかったのではないでしょうか。

かつてのモンド映画が「深刻な問題について啓蒙の契機となるために」という口実の下に残酷映像を垂れ流し、日本を含めた「先進国」とされる地域で暮らす観客たちがそれを「外国で起きた他人事」として消費して楽しんでいた事はよく知られています。近年の町山智浩高橋ヨシキらが垂れ流していたポリコレ的な言動も、モンド映画のオープニングとエンディング申し訳程度に付け足されていた「社会を憂うポーズ」の粗悪なパロディに過ぎません。萌えコンテンツを叩いたりポリコレ的な言動に勤しんだりすることで「女性の味方」であるかのように盛んにアピールしていましたが、彼らの心の中で「女性の苦しみ」は、モンド映画の観客が残酷映像を楽しむのと同じく「他人事」に過ぎなかったのです。その「他人事感覚の露見したのが、先日発覚した真夜中のパワハラ事件です。

しかし、仮にパロディとはいえ正義喧伝する行為」によって己と意見が異なる人間を盛んに責めて追い詰めてきたのは、外ならぬ町山智浩高橋ヨシキ自身なのですから、今こそ彼らは報いを受けるべきでしょう。『映画秘宝』の信者である功夫やBazilらも言っているではありませんか。「他人を盛んに責める人間たちは、自分たちはそんなに上等な人間なのか?だったら手本を見せろ」と。彼らに手本を見せてやって下さい。

町山智浩高橋ヨシキらのような人間たちが追放された『映画秘宝』が、今後は幼稚な性欲を野放しにするようなホモソーシャル的な雰囲気偽善から脱却して、良い方向に変われば良いですね。少なくとも「切り株映画男性のもの」と言わんばかりの愚かな主張が無くなると幸いです。

気が向いたら、また何か書きますね。アーメン

2021-03-06

anond:20210306142214

他所の国に対して、

反省する必要はないぞ!

つーか、戦争経験者の多かった

昭和平成初期ならまだしも、

今の時代にそんなこと

求めてくるやついるのかね?

だが、失敗の要因は分析して

真摯改善策を省みる必要はある

その意味で「反省」は必要だ!

これはどんなにネトウヨ

正当化しても、敗北した事実

揺るがないものから

でも、勘違いするな

この「反省」は諸外国に慈悲を

求める情けない謝罪ではない

次の機会では確実に勝利をする

という、闘志を内に秘めた「反省」だ

怠けている者がいたら、促すといい

コロナに対する日本政府対応

全く「反省」の色が見られない

2021-02-26

トップブコメはクソ差別野郎

https://anond.hatelabo.jp/20210226105220

普通にありえる話なのだと思うが、前提が一つ抜けていて、この<パンティー人>の本国では所得が低く、教育水準が低く、犯罪率が高いって事なんだろうと思う。

また、仮に日本でこの<パンティー人>が多く住む地域治安が悪いという明確なエビデンスが本当に存在しないのなら、<パンティー人>の犯罪率の悪さは本国政治不安に起因するものであると思うのが普通だと思うし、日本教育治安の良さに順応した日本に住む<パンティー人>にはなんら問題ないと思ったほうが良いと思う。

逆に、<パンティー人>が住み始めた時期もあるだろうし、統計に出てないだけかもしれない。市役所に問い合わせるなど詳細に調べた結果その地域犯罪率に差が見られるのならその地域に住まない選択肢もあるだろう。

なので、それらの事実をきちんと調べて考えた上に結論を出すべきで、パートナーが「差別を憎む公正な人」とあるが、それらの事実を共有しないままコイントス提案に乗るということはあり得ない、と自分は思った。

その上で、本当にどちらの物件にも差がなければ、”どちらでも良いよ””君が決めて””決められないならコイントスでも良いよ”と言うと思う。

ただ、ひっかかったのはそこじゃない。

ハテブのトップブコメid:warulaw)。

パンティー人は犯罪者が多いので、そこに住むのは辞めましたと、公の場で言わないことが大事

なんだこりゃ。差別思考そのまんまじゃねーか。この増田を書いた奴は今頃ほくそ笑んでるぞ…。

住居に対して個人自由ってところに★つけた可能性もあるけれど、前提が間違ってるのでまずは自身差別思考省みるべきだと思う。

スターつけた奴も含めてクソ差別野郎だな。

と思ったら、スターつけた奴の中に id:fromdusktildawn 先生がいて笑った

2021-02-25

「敵の意見か、味方の意見か」を判断基準にする奴=バカ

ツイフェミネトウヨ嫌儲民、プペル、高須ニコニコ二次裏、ネラーネットはいろんな馬鹿巣窟があるが共通していることがある。

それは奴らが他者意見を「まず最初に」「敵か味方か」で判断していることだ。

馬鹿は脳の思考力を司る部分がゴミなので相手意見論理的理解することができない。

同時に、自分省みる能力が低く鏡にうつる間抜け自分であることにすら気づけないため、自分まさか相手の言ってる事が理解できていないはずかないと思い込む。

その矛盾を埋めるのが「敵の意見なら間違いなく間違いで、味方の意見なら正しく正しい」という虚無のロジックである

まず相手発言を見て自分たちに批判的か肯定的か、自分たちがいつも使う言葉を使っているか、敵側の言葉がないかを探す。

そして敵か味方かを判断したら、それから文書斜め読みして、敵の文章だと思ったならわずかなミスを過大にあげつらい、味方の文章だと思ったならいいねを入れる。

そうやって敵味方かだけで文章を読む癖のついたアホが増えると、話にならないからまともな人間はいなくなり、そのことを奴らは自分たちに都合よく「正しさが証明された」と判断するのだ。

敵味方で文章判断する癖がつくのは何も頭が悪いからだけではない。

それは彼らが瞬間の発言と全人格を切り分けることができないことにある。

これは知性というより思考の癖によるものだ。

常に発言に全体重を預ける彼らにとって、一瞬一瞬の発言批判人生すべての批判となり、そのためなんとしてもその正しさを守り抜こうとする。

結果、全肯定以外のあらゆる返答を敵対行為とみなし、己の全人格をかけて反撃を試み、そのたびに泥沼へと沈んでいくのだ。

そうしてゆくゆくは完全に一つの思想に染まりきったコミュニティの中で批判されることのない発言だけを繰り返す存在となる。

当然そこに、まっとうな思考経路など残っているはずもなく、コミュニティにとって味方になる発言をし、それ以外のすべてを批判することしか考えていないゾンビとなる。

そんなゾンビ支配されているのが、ツイフェミや一部の腐女子界隈、エロ無罪のスケベオヤジに、5ちゃん二次裏を始めとした完全に終わってしまったムラ社会なのである

そうならないために必用なのは発言価値や是非の判断基準から自分の味方か敵か」を完全に排除する他ない。

これは学習によって身につく不自然であり、自然にふるまえば思考力や理解力は少しずつポジショントークエコーチェンバーの沼へと消えていく

2021-02-19

anond:20210218193205

悪口を言わないことと、選ばないことは全然違う

世の中には、自己責任とそうでないことが両方あって

太った私を選ぶかどうかは他人自由なんだし

私が怒っていいのは馬鹿にされた時で、私の代わりにかわいい子や痩せてる子が選ばれた時ではない

たつを区切る線はどう引きます

例えば、あなたが太っているって理由パーティに呼ばれなかったとき、それは彼ら選ぶ自由か。それとも馬鹿にされているのか。パーティ職場の懇親会だったら答えはどう変わるか。

全然違うとおっしゃるけれど、線引きの論拠は書かれていなかったように思える。論破されて直ったのでなく段々と気持ちが傾いて変わっていった。…あなた自身にとっては良いことだったろうけど、

批判理論が無ければ、暴走するツイフェミを止められないでしょう。明日明後日も若き腐女子たちは次々とツイフェミに変わっていく…

コンプレックスをどう扱うかを自分社会との合議で決めたのではないのだからコンプレックスを抱くあなたをどう扱うかを決める周りの責任と、コンプレックスを持つあなた自身責任は並行して独立存在する。周りを・社会批判すると同時に自分自身のあり方を省みることができる。両者は別々に存在するから矛盾ではない。「太ったら周りがどう扱うかを解った上で太った、だから自己責任だ」という意見がよくあるが誤りだ。双方はそれぞれの自由意志を持ち互いの責任無関係からだ。周りの酷い扱いを責めつつ、太っていることを自己批判できる。ふたつは両立する。

個人的には肥満理由パーティに誘わないなどやるべきではないし、そんな人間にならないようにといつも思っています。不合理で身勝手偏見を元に人間を選別して誰かを傷つけるなら、私は社会としての責任果たしていないということになる。

2021-02-17

バイデン井戸に毒を入れた」の差別対象バイデンまたは日本人

バイデン井戸に毒を入れた」という冗談が、一部の人には「朝鮮人に対する」差別煽動投稿に見えるらしい。驚いた。

これが「朝鮮人に対する」差別だと主張する模範的文書を、藤崎剛人がコラムとして公開している。(差別煽動投稿だと最初に断じた津田大介が、これが「朝鮮人に対する」差別煽動と述べているかどうかは確認していない。)

https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2021/02/post-3_1.php]

井戸に毒」というのは藤崎も指摘するとおり「1923年関東大震災での流言飛語連想させる」フレーズとして選択されている。つまり、ここで連想されるのは、井戸に毒を入れる行為ではなく、「流言飛語」つまりデマという評価である

井戸に毒」から朝鮮人連想できる人は、必ず、それがデマであることをセットで連想する。藤崎がそうであるように。

もし関東大震災時のデマを知らずに「井戸に毒を入れた」を真に受ける人間がいたならば、彼は毒を入れたのはバイデンだと考える他なく、「井戸に毒」が朝鮮人と結びつくことはない。(そして、バイデン日本に居らずテロリストでも無いのだから殆どは「井戸に毒」が嘘であることに気付くだろう。加えて、バイデン大統領なら、「バイデン井戸に毒を入れた」と信じる狂人が居たとしても危険は及ばない。)

朝鮮人連想は、デマによる虐殺というエピソードを前提にして初めてもたらされる。

もし朝鮮人差別する意図があるならば、デマに踊らされたという愚かな過去を引き合いに出すことはあり得ない。

したがって、「バイデン井戸に毒を入れた」という文字列は、流言飛語朝鮮人虐殺を招いた歴史を想起させ悪質なデマに惑わされないための注意喚起諧謔とともに表現したものと読むほか無い。朝鮮人に対する差別煽動と読む余地は無い。

ところが藤崎はなぜか、「バイデン井戸に毒を入れた」という文字列から流言飛語朝鮮人虐殺を招いた歴史を想起し、悪質なデマに惑わされないための注意喚起をしようと考えたようだ。

藤崎は、「バイデン井戸に毒を入れた」が「井戸に毒」をネタ化したものであるとした上で、次のように述べる。

我々は、我々の社会がかつて行ってしまった民族ジェノサイドに対してどのように向き合うのかについて改めて問われている。こうした状況のもとで、「井戸に毒」をネタとして消費してしまうことは、ジェノサイドという事象の軽視であり、それは論理必然的差別扇動となるのだ。

しかし、ここでネタ化されているのは「井戸に毒」ではなく「「井戸に毒」というデマである

ここで揶揄されているのは、荒唐無稽デマに惑わされて愚かな行動に出たかつての日本人に他ならない。

我々の社会がかつて行ってしまった民族ジェノサイドに対してどのように向き合うのか

愚かな行為であったと反省し反芻し定着させることが、歴史に学ぶということである

「「井戸に毒」デマ」をネタとして消費する行為は、愚かな歴史省みる優れた手段の一つである

2021-02-14

[]おそ松さん3期18話「やめておけ」について

おそ松さん3期18話を見て、思いの外キツい内容だったので、取り急ぎ1男と3男に関する感想を投げておく。あくまでも個人的な、考察とまでもいかない感想です。ネタバレあります

1男おそ松→

ミソジニーを深めたんではないかな。今までのおそ松にとって、女性セクハラナンパ対象しかなく、自分には決して振り向かない架空の生き物同様だった。だから、”女性”や”女体”という分かりやす記号に対して、小学生のように無邪気に反応して騒げたのである。そんな異性にも感情があり、その異性が自分好意を向けてくることがあることに初めて直面してさぞかし戸惑っただろう。さらに目の前の女性が、自我を持って異性としての自分を選ぶ可能性が生じた現実は彼にとっての未知との邂逅だっただろう。好意を抱いてくれている異性に異性として一対一で向き合うとはどういうことか、恋愛感情とはどういうものなのか、それらに自分で向き合おうとした矢先に、結局こっぴどく振られてしまった。やっと、自分の箱庭の外に存在する他者との関わりを持つ手がかりを見つけかけた矢先に。この一件からおそ松は余計に、女はどうせ結局自分相手にはしない、女は何を考えているかからない生き物だ、という価値観を強固にするだろう。また、性別関係なく、他人自分に向ける感情が移ろいやすく身勝手で、必ずしも自分相手に割いた感情リソースと見合わない動きをする生き物であり、他人関係構築するためには傷つきながらも対話をしていくしかないという、二十歳過ぎた大人なら誰しもが経験して気付いている事実に彼は気付いていないし、経験値もない。だからこそ深い痛手を負うし、余計家族内、兄弟内の絆に逃げ込むしかなくなるんではないかな(兄弟内、家族内にも他者同士としての人間関係存在し、それらは時に厳しいものであるのはひとまず置いておこう)。なんか良いと思って好きになったけど一晩経てば気持ちが変わってしまった、にゃーちゃんの行動は至極ありふれたもの現実世界人間達はそのように自分の都合の良い感情他人を揺り動かす生き物であるが、おそ松には理解できないだろうなという話。

3男チョロ松→

チョロ松は推しを失った、という話になる。何年もかけて応援してきたアイドル。チョロ松はあくまでもクズなので下心が見え隠れしていたこともあるが、それでもライブに足繁く通い詰め、グッズを買い応援してきたのだ。オタクにとって。“推しを推す”ということは一種守られた箱庭での非常に内省的な活動であり、それが彼の変哲のないニート生活にとってどれだけ価値があることだったのか容易に想像がつく。その上で、チョロ松は一人のファンとしてアイドルを推すとはどういうことかを徹底的に突きつけられた。あれだけライブに通い詰め、接触イベントにも顔を出していたにも関わらず、顔も覚えてもらえていなかった。まあ、それも当たり前なのだが。アイドルファンの顔を覚えない(アイドル個人としての信念に基づいてファンの顔を覚えるアイドルもいるでしょうが、覚える必要は全くはありません)。18話でにゃーちゃんに語りかけるチョロ松に、にゃーちゃんが言い放った台詞がこうだ、「急になんなんですか。にゃーちゃん……馴れ馴れしいなぁ。初対面なのに。」だ。そう初対面なのだ他人他人。チョロ松からしたら大好きな可愛い推しだろう。四六時中にゃーちゃんのことを考えていたと言っても過言ではない。でも当たり前の話だが、アイドル現場ではあくまでも”アイドル”と”ファン”という関係性だし、アイドル現場の外では完全な他人だ。冷静になってみると、初対面のニャーちゃんタメ口で馴れ馴れしく話しかけるチョロ松もどうかしてますね。チョロ松がにゃーちゃんアイドルとして推すことにどこまでの期待をしていたかは分からないが、自分が沢山お金を使って、たくさん現場に通ったそれらにかけられた想いは、当たり前ではあるが、ファンとしての領域を超えてにゃーちゃん自身に影響を及ぼすことはなかったのだ。アイドルとあわよくば……なんて考えていた、なんなら認知くらいされているだろうと考えていた傲慢なチョロ松への盛大な皮肉だろう。今までも、おそ松さんというアニメを通して、むつごが身勝手幻想女性に抱き、結果こてんぱんにその幻想を打ち砕かれるという構図が見られてきたが、今回のは5年ごしのしっぺ返しなんですかね。それをチョロ松に突きつけたトリガーとなったのが実の兄で、よりによってあのおそ松だったというのがあまりにも手厳しい。18話のエンディングがチョロ松バージョンで、「世の中色々あるけど、推しさえいればそれだけで良い!」と歌っていたのがなんともいえない皮肉だった。結局チョロ松は、アイドル推していた自分自身姿勢省みることなく、クズモテるという記憶を塗り替えるために旅に出るのだが、このことからチョロ松は成長しているとは言い難い。なぜならこの惨状が、自分アイドルを推すことで現実から目を背け、あらぬ幻想推しに都合よく押し付けた結果であることには気づいていないかである。ショックなのは分かる。自分が同じ立場でも立ち直れない痛手を負うだろう。ただあの時チョロ松がしなくてはならなかったのは、クズ長男推しモテたという記憶を抹消することではなく、あくまでも自省だったはずだ。解脱していたのは流石にオモロかったけど!!生きてくれよな......チョロ松。

今回の話、兄弟間の関係性までもを変化させるような出来事が起こったと思ったが、おそ松さんから次週からはいつも通りにむつごは生活してゆくのだろうな。しかし結局のところは、兄弟は成長できてはいない。おそ松は、異性との関わり方、他者との関わり方の手がかりを決定的に失ったに過ぎないし、チョロ松に関しても自分現実と折り合いを付けられないまま、推す対象を失っただけに過ぎない。3期18話、個人的にはあまりにも残酷な話だった。

優生思想が悪だと思うなら

まず我が物顔で街を闊歩して喧嘩売って回る老人とガイジがいなくならない限り優生思想絶対悪として根絶するのは不可能

貧困からの僻みが彼らを見下す優生思想になるのならば福祉補償範疇でどうにかなるだろうが、奴らが勝手に外に出て自分言動省みることすら出来ず不特定多数他人喧嘩を売り続ける限り、本来淘汰されて然るべき存在である以上、社会から全否定されても誰も擁護できないだろう

同じ社会に属する同種族はことごとく庇護されて当然、と言うのはあくま性善説的な発想であって、その存在言動自分以外の誰かを攻撃するものと想定されていない

本来庇護しあうべき同種族から攻撃は即ち裏切り

コロニー内において、制御不能かつ周りを攻撃するその姿はまさしくガン細胞存在のものが全体に悪影響を及ぼし死に至らしめる

今すぐ切除しろとは言わない

人権派を気取って庇護したいならすれば良いが、俺にはガン細胞庇護する余裕も趣味もない

から税金保険料もそんなもののために払う義理はない

人間としての余裕をアピールしたいなら、お前の金で、お前の座敷牢で、お前のために、飼っておけ

あくま他人様の迷惑にならないようにな

自分の飼い犬が道にしたクソを片付けられない飼い主のように、自己満足根拠他人に許容や寛容を強制するのは、老人やガイジが良くやる喧嘩叩き売りと同罪だ

まあ喧嘩買ってやってもいいが自殺に俺を巻き込むな

死にたいなら各々一人で死ね

2021-02-09

組織化された暴力のみが変革を起こしうる

カテゴリ差別発言は許し難いと思うけれど、それと同時に実害のない差別発言程度のことで心にダメージを受けるのはちょっと弱すぎるんじゃないか

老人の差別発言とかネット上の魑魅魍魎妄言とかそんなものに心を囚われる方がどうかしている。このくそったれの世界には羽生結弦アンチ佳子さまアンチだっているんだ。誰だって悪意に晒されている。それぞれの地獄の中でそれぞれが生きている。

差別主義者との戦いは正義の棒でブン殴ることで行わなければならないんです。気持ちはどうでもいい。傷付いた表明は要らない。そんなもの省みることができる人間差別主義者にはならない。奴等は組織化された暴力で黙らせるしかないんです。

そこに優しさも思いやりもいらない。ただ本気で暴力に頼ればいい。人の価値観を変えるのは不可能なので、その人間にはもう暴力に屈してもらうしかない。目に見える前例があれば奴等は軟弱になる。そうして価値観の変革が起きるんです。

2021-01-13

熱血教師の子

「これ以上負担をかけないでくれ。このままだと、父さんも母さんも過労死してしまう」

父親言葉が、今でも頭から離れない。

この日記はダラダラと長いだけの自分語りである

愚痴相手もいないので、せめてこの場を借り発散させてほしい。

私の両親は学校先生だった。常に多忙で、食事や看病など日々の世話は、祖父母にみてもらっていた。

冒頭の言葉を投げかけられたのは確か中学生の頃だ。父から説教は珍しいことではなかったが、〈過労死〉のインパクトは強かった。

私は日頃から親に負担をかけないよう、手のかからない良い子でいるよう努めていたつもりだった。部活で悩んでいた時も、学校いじめられた時も、愚痴だって全部我慢した。親に反抗するなんて以ての外だった。

その時の父はきっと大層イライラしていて、つい口走ってしまったのだろう。(母の名前も出たが、父が説教する時の主語は基本「父と母」である。母本人の意向無視していることも多い)

それでも私は真面目に考えた。何か気に障ることをしてしまったのか?家の手伝いが足りなかった?成績が少し下がったから?外出の誘いを断ったから?そんなちいさな不満の積み重ねが父の負担になった?

私の存在のもの負担なら、いっそ消えてしまったほうがいいのではないか?と、この頃から漠然と思うようになった。

ここでタイトルの話に入る。

父は授業や部活顧問のほか、生徒指導担当として、非行に走る生徒や素行不良、不登校の子サポートを行っていた。

そういう仕事なので熱血も何もないが、イメージが伝わりやすいと思い、少し大袈裟だが〈熱血教師〉という言葉を使わせてもらう。

父はよく生徒指導の話を私にしてくれた。

例えば、暴走族学校に入ってきたと思ったら、かつて指導した子が笑顔挨拶しにきたこと。

不登校生徒が夜になると、父とお喋りをしに職員室にやってくること。

大人になった元不良少年が、先生のおかげで更生できたと感謝手紙をくれたこと。

そんなことをいつも誇らしげに語っていた。

家庭に問題があったり、居場所がなくて道を外した子供たちの親代わりになって導いた、教育者として立派な仕事だと私も褒めそやした。

が、胸の内は複雑だった。

の子である私は、手を煩わせないようにいつも良い子でいるのに。甘えたくても「今疲れてるから」で後回しにされるのに。私が父の帰りを待っている間も、彼は問題児たちの世話をしているのだ。

他所の子供の面倒を見るのが教師仕事。それは理解している。家庭を優先的すると保護者からクレームがくる。だから仕方ない。学校行事に親が来ないことは当たり前だったが、それは気にならなかった。

でも、〈手のかかる子〉の話はどうしても耐えられなかった。

私の父親が、顔も知らない子供に取られてしまったようで、嫉妬のような恐怖のような感情を抱いた。父の仕事は立派だとは思う。けれど私の前ではその話はしないで欲しかった。

そんなに手のかかる子が好きなら、いっそ私も家出して消えてしまおうか。親はとても不安になり、血眼になって探してくれるだろうと、ふと魔が差したこともあったが、できなかった。

そんな自分勝手で親を過労死させたくなかったから。

その後も良い子を続けた私はそれなりの大学入学できたものの、今までストレスを堰き止めていたダム決壊したことにより、現在は鬱の寛解と再発を繰り返しながら社会の底を這いつくばっている。

私はとうとう〈手のかかる子〉になり、両親の不安の種となってしまった。

こうして文章を書きながら自分の弱さを省みる。厳しくも根気よく育て上げてくれた家族に対し、本当に申し訳ない限りだ。

未だに実家寄生を続ける私に、定年近くなった父はこう言った。

「我が子も満足に育てられなかった自分が、他の子供をちゃん教育できているか、もう自信がない」

私は何も答えられなかった。

2021-01-12

もっと正しい存在に生まれ育ちたかった

高校生の頃、女子主導のいじめを受けた。

どこへ行っても何をしてもキモイキモイと蔑まれて、

女子キモがらせる奴を懲らしめる」名目男子暴力を振るってきた。

いじめ行為自体女子から男子からもあったけど、

正直こちらが反撃しても名分が立つ男子ストレート暴力よりも

反撃することが許されない女子から嫌がらせの方が辛かったし、

何より苦痛だったのは「女子から男子に」だったことでいじめ正当化されることだった。

実際先生被害を訴えても、せいぜい男子暴力行為暴言処罰された程度で

女子の仕掛けた暴言中傷ほとんどお咎めなし。

こちらがより深く傷つけられたのはむしろ女子から流言飛語言葉暴力だったのに。

ひどく傷ついたけど、そのころは「女子不快にさせるなら良くないよな」と無理やり自分を納得させるしかなかった。

元々女子と話すことなんてなかったけど、極力女子から距離を置くようになった。

女子不快にさせず、また攻撃を受けないようにするにはそうするしかないと思った。

でも、それでもキモイキモいと悪口は絶えなかった。身に覚えのない悪評も流された。

キモい、という言葉は本当に辛かった。

痴漢キモい。セクハラキモい。買春キモい。

そんな忌むべき性犯罪とも同列に並べられる。

何も悪いことなんてしていない、ただそこにいると言うだけでも。

今思えば、女性たちが気軽に吐き出すこの言葉

どれだけ自己肯定感を傷つけられ、生きていくのに必要な自信を失ったか

女子が俺の容姿侮蔑することから始まったイジメなのに、

つの間にか「人格が劣るから相応の扱いをしてやっている」ということにされていたのも傷ついた。

曰く、「キモいって言われてるのにキモいまま改善しないのは向上心がない、周りへの配慮がない」とか。

なんでお前らの好みに合わせないだけで嫌がらせされなきゃならなかったの、

って今だったら思えるけど、当時の俺は真に受けてしまって、

俺は性格が駄目なんだ、嫌われる人格なんだ、とすごく落ち込んだものだった。

そして改善しようとしてもその取り組みを嘲笑われ貶される。

イジメの原因だったろう脂漏性皮膚炎の薬を塗るのを見られたらキモいと笑われ盗まれた。

美容院に行ったり服を買い揃えてみたりしても、似合ってないとバカにされて。

街でクラスメートの男女グループに遭遇したら大声でバカにされたのは

自分が街に繰り出しちゃいけない存在みたいに思えて、ある意味学校でのいじめ以上に辛かったな。

目的のはずの買い物もしないまま、逃げるように家に帰ったあの気分は今でも思い出してしまう。

いま、こうやって「被害」を振り返ってはいるけれど、

あの頃の俺はイジメが平然と正当化される日常を過ごすうちに

被害被害とも思えなくなっていった。

自分被害者だと確信を持てなくなっていった。

自分キモくて、ただいるだけで女性不快感を与え、

人格も劣悪で、人に特に女性に好かれない。

排斥されて当たり前、世の中の邪魔・・・

存在のものが正しくないんだと思うようになった。

学校をやめて引きこもった。

外出は精神科に通う日だけになったけどそれすら苦痛だった。

病院のある街にいくたび、女性視線が怖くてしかたなかった。

電車内でやむなく隣り合ったときエレベーターで同乗したとき

女性不愉快そうに露骨に顔を歪めるのを見ると、

自分はおぞましい不快生命体なんだと実感させられた。

こういう反応は決まって女性からばかりだったから、

ますます女性から視線に怯えるようになっていった。

それでも精神科に通ううち、どうやら俺は何も悪くなくて、

クラスメートたちが邪悪なだけだったのだと、

自分被害者だったのだとようやく、本当にようやく思えるようになった。

ただ、どうしても腑に落ちなかったのはなぜあの頃イジメが、

とりわけ女子言動咎められずあまつさえ正当化されていたのか。

不思議加害者たち本人への怒りはあまり湧いてこなかった。

彼ら彼女ら、特に女子たちは「普通の」人間だったと思う。

(俺は当初信じられなかったが)性格の良い娘だと評判される女子もいた。

そんな人たちを平然と加害へと導くなにかがこの社会にあると考えて、

その正体が知りたくて色々調べるようになった。

そうしたら、なんとなくわかってしまった。

社会正義平等、公平。

そんな「正しい」リベラル概念は、もはや俺のような男の傍には存在してくれないのだと。

総じてリベラル標榜する人たちには俺のような男はまったく視界に入っていない。

女性保護すべき絶対弱者正義体現者であり

そんな彼女らに攻撃される男は悪に違いない、という決めつけが蔓延っていてそれを糾す様子もない。

要するに女性の持つ加害性について何も批判できないし省みることもない。

教師政治家マスメディア学者もみんな。

そして今の世の中はそんな人達によって価値観規範を先導されている。

とりわけフェミニストと呼ばれる人たちは明確に俺の敵なのだろう。

彼女らはキモいという言葉で異性を傷つけることになんの躊躇もない。

(一部の悪質な男に対して使っているだけだなんて、俺の体験を通してみれば欺瞞しかない)

そして女性の加害性というものに対する自省もまったくしない。あっても同性への加害に対するものばかり。

女性社会的自立を謳うなら、女性の加害を批判自己を律するように要求することは不可欠なはずで

実際に男性に対しては「有害な男らしさ」とやらを自省するよう求めているのに。

男性女性から受けた被害体験吐露すれば「男社会」という言葉を使って、

さも世の中の女性の持つ価値観には悪い部分はないかのように吹聴し、

酷いときには男性被害者意識こそが問題なのだ非難する。

「男社会」で起きたことだから女は何も省みなくて良いということだろうか。

現実の世の中は、男社会どころか女性が不在の場面のほうが珍しいんじゃないのか。

そして、残念なことに「自分より下」と見なした男性に加害的に振る舞う女性は相当多い。

そいうときは決まって、有無を言わさず「人格面がクズ」ということにされるのだ。

俺がなんとか鬱から抜け出して働くようになってから目の当たりにした社内イジメもそうだったし、

ネット交流した、女性からイジメを受けた男性ほとんどがそうだった。

少なくとも、リベラルな人たちが考えている以上にこの手のケースはずっと多い。

そして周囲は彼女たちの味方をする。対象男性がそのコミュニティ追放されるまで。

女性の加害が加害とみなされず放置され、女性は自らの加害性に無頓着であり続ける。

俺が短い高校生活で味わったものと同じ地獄

そんな社会を推進しているのがフェミニストなのではないか

自分の加害を加害とも思えないなら、セクハラを繰り返す醜悪ジジイと同じ。

制裁を受け社会から退場して然るべきではないのか。

なぜこの問題からフェミニストは目を背け続けるのだろう。

女性の加害性なんてまさしく「女性問題」ではないか

踏みつけている足をどけるべきなのは女性もではないのか。

下駄を脱ぐべきなのは女性もそうではないのか。




・・・と、そう思っていたが、最近になって納得するようになった。

女性の加害性も男性被害無視するのが「正しい」、そんな世の中なのだ

女性の加害性の前に男性の加害性。

なぜそんな順番が設けられているのか全くわからないが、

学者先生がそう言っている。

そして女性の加害性が批判される順番は永遠にやってこない。

価値観アップデートとやらの内容に「女性男性に対する加害は許されない」が含まれることはないだろう。

男性が生きづらさを吐露すれば「男も辛いんだ論」などと揶揄される。

女性から迫害された経験もないような学者ジャーナリスト

「男の辛さなんて大したことない」と断定しては世の中の言説を先導していく。

気に入らない男性に対して粗暴に振る舞い、傷つけるような言動を取り嘲笑

それをネット上で誇示するような女性が「強い」と持て囃され共感を集める。

女性価値観絶対で、女性不快と感じればその存在のものが罪悪。

女性承認されるか否かでその男性の人格面までジャッジできる。

正義とはそういうものだったのだ。

俺をいじめていた女子男子も、彼らは「正しかった」からロクに罰されなかった。

女子不快な俺を存在自体が罪悪と見なし排斥対象マークを付け、

男子はそんな彼女らの味方をし正義をなした、それだけのこと。

俺は存在自体が正しくない。

まれつき正しくないのだろう。

もう疲れてしまった。

俺はもう、女性が怖くて嫌で、人間らしく家族を営んだりはできない。

親も死に、何を生きがいにすれば良いのかわからない。

趣味もあったけど、それも女性からクレームを付けられるようなコンテンツを楽しむ「正しくない」趣味だった。

ずっと社会から排除されないよう女性不快にさせないように近づかないようにと気をつけていたけど、

女性世間話の一つもできないような男は社会に溶け込めるどころかどんどん社会から疎外されていった。

ただ、同じ人間として扱ってほしいというだけのことがどうしてこんなにも辛くなってしまうのだろう。

この世の中で生きていく自信がなくなってしまった。

追記

やはりというか、「性別関係ない」とか「女も男からいじめられる」とかそういう話になってしまうのか。

俺はあくまで「女性による男性への加害」の話をしているつもりだったのだが、

正直言って、この話を性別関係ないなんて言われても女性の加害性についての追求を

有耶無耶にされてるようにしか感じられない。

仮に男性からいじめを受けた女性が、男性の加害性の話をしているのに対して

男性女性からいじめられているがそれについてはどうなんだ?男女関係ないよ」なんて言われてたらどう思うか。

そういうのはどっちもどっち論だとかWhatAboutismなどと呼ばれて批判されてたはずなのだけど。

もうこういうダブルスタンダードにも、それが当然のようにリベラル人達の間でまかり通っている状況に疲れ果ててしまった。

「お前は正義対象外だ」とネットを覗くたび、テレビを見るたび日々突きつけられる気持ち

リベラルとして正義謳歌してる人たちにはわからないんだろう。

もう疲れた。楽になりたいよ。

2021-01-11

個人的2020年増田の振り返り

1月に入ってから1週間以上が過ぎもう成人の日連休中だが昨年自分が書いた増田の中で気になったものをまとめておきたい。

僕は他人自分の話を聞いてもらいたくて増田を書くことが多い。

聞いてもらいたいといっても大層な主張ではなくてくだらない話が常だ。

しかしくだらない話題であっても小難しく単純明快はいかなかったり重箱の隅をつつくような珍妙話題だったりで、雑談の中に織り込むのは憚られるような自論や疑問である

そういう特定人間には面白いかもしれないが一般的感覚ではつまらない話を増田に投下している。そして何らかの反応があることを期待している。

ブクマカトラバ増田玉石混淆だが、たまに自分では思いつかない気づきがあってそういうことは強く印象に残る。

そして傲慢といえばそうかもしれないが期待したものの全く箸にも棒にもかからないことも当然多い。

印象深い増田も惜しい気持ちがある増田も毎年溢れるほどあるが、読み返して募った気持ちを供養したいので、この場を借りて列挙し読み返して思ったことを書き連ねておく。

ごめんCR超雑食腐女子に見えた…

anond:20200127125713

いわゆる腐女子長文にぶらさげたトラバ。当時はけっこうウケると思った。その気持ち寒い

ちなみに生まれてこの方パチンコはいたことはない。

あれだけパラサイト話題で…

anond:20200216024658

"前田建設ファンタジー営業部という映画オススメ "(https://anond.hatelabo.jp/20200213214854)という増田に下げたトラバ

まごうことなクソリプ。のちのち有名になるがあの豪邸の大部分はCGという事実省みるとアイロニカルな気持ちになる。

3月上旬自粛期間に国や東京都は何してたんだ?

anond:20200327102210

いまでも何してんだって思うよ。

ハリーポッタージャンプ連載作品

anond:20200322113704

ものすごーく湾曲的に現在連載中の作品Mを揶揄してるんだけど、書いてあることが馬鹿すぎて誰にも相手にされなかった。

男だけどこじるりの筋肉発言はわかる気がする

anond:20200504070205

筋トレ自己肯定感が上がる」とかいうの、結局自己満足じゃないですか。ある程度絞れた体見て主観で「オレスゴイ」って言ってるわけで、それができる奴はもともと自己肯定感高いはずなんですよね。

からすれば漫画キャラになりきって周りにお構いなく生活してるのと変わらない気がする。自分がそうだと信じて憚らない人いるでしょ?右手邪神が宿った奴とかヒーローとか魔法少女とか猫の化身とか…

そういう痛い奴、中二病精神病者たちとどう違うんだってどうしても考えちゃう

多分、自分フィジカル客観的評価する視点があればトレーニング尊敬できるんだと思う。明確な数値目標があったり試合とか大会とか結果が問われる環境に身を置いたり。

実際に俺はボディビルダーとかすげえなって思ってるし、オリンピックとかも存在意義はあると思うタイプ

でも筋トレ精神面がー生活の質がーとか言い出す人ってだいたいはちょっとランニングしたりストレッチしたりって程度でしょ?個人でやる分にはいいけどそれをアピールしたり人に勧めたりされると鬱陶しい限りで、それでお前より人間が出来てるって調子マウント取り始めたときなんてもう耐えられないね

暇つぶしで体動かしてるって次元じゃなくて、意義のあって何らかを生み出すレベルに達してる筋トレって絶対何かが犠牲になってると思うんだよね。

それに費やした金銭時間別に回せばあり得た未来を惜しんだり、鍛えすぎて却って体に負荷がかかったり精神的に追い詰められたり。

そんなこと考えずお気楽にやってる程度なら、ラーメン味わったりゲームしてケタケタ笑ってんのと何が違うんだろう。

やってほしくないとかやるのはおかしいとか思わないけど所詮個人趣味なんだから正義面したり他人からの賛美や協調を無理強いしたりは辞めてほしい。だまって粛々とやっててほしい。

豆腐屋って本当に実在してたの?

anond:20200630220407

煽りすぎタイトル。流石に豆腐屋は今でも実在する。

でも豆腐屋経営はどう成り立っているのかは今も疑問。

あるときから小島アジコ氏が描いた…

anond:20200627091810

とあるブクマカについての増田に下げたトラバ

今のアイコンになってからちょっと苦手になったのって俺だけかな。

大河の主演に和泉元彌ってすんなり受け入れられたもんなの?

anond:20200711191757

純粋Wikipedia見てて気になった。和泉元彌ってみんなにとってどういう人だったの?

あらすじ紹介系Youtuber

anond:20200820005256

語り口調がなんかやらかしてるな。2か月くらいまえにネットニュースとかでこの話題ちょっとバズってて、やっぱりみんなそう思ってたんだってちょっとホッとした。

パプリカ

anond:20200820162005

シュールってこういうことなのかな?って思いながら書いた。

日本が歌下手アイドルの国になったのではなくて洋楽にはもはや音痴という概念がないという話

anond:20200927060919

言いたいことが元増田の内容と少しずれてたり、ブクマカ受けを意識して変に煽り口調や極端な断言をしたせいでやや支離滅裂になってしまった。

要は「カラオケ精密採点で競い合うバラエティ番組みたいな評価軸が海外文化にはなくて、それよりもアドリブで尺を埋めたり即座にハモったりする様な表現力が評価される」

「これがオリジナリティでもあるけどJ-popコード進行に対する拘りが強すぎて曲に拡張性がない。今は二次創作的なリミックスでヒットを広げる時代で、その都合上全世界的にポップスアレンジやすループミュージック主体に変わってきてて日本もいずれそういう流れになるかも」

「『メロディを考えること=作曲』『メロディを考えてからアレンジャーが細部を考える』という認識が変わってきてて、ビートバックトラック)ありきでメロディを考えるというヒップホップのやり方で他ジャンルの歌もの制作されるようになってきてる」

ってことが書きたかった。

人生賛歌かと思ったらただのラブソングで幻滅

anond:20201107114821

反対にお洒落のつもりでMegan thee stallionの下ネタな曲流してる服屋とか見かけるとちょっと笑っちゃう

Megan thee stallionはヒロアカミルコっぽくて好き。

ネット最初のシーン結局何だったの?っていうのの考察ネタバレ有)

anond:20201101080121

無駄に長いし書くのが遅い。

吹き替え版TENET観たいなー。

鬼滅の刃を蹴ってさらざんまい放送するテレビ局ってめちゃめちゃ尖ってるよな?

anond:20201203164559

これも煽ってやらかしてるやつ。なんとなくあの時ノイタミナと幾原作品についてちょっと書きたくなったんだと思う。

当たり前だが三文ゴシップ誌に書いてあるような、作風がどうだとかそんなんで企画が通ったり製作に関わったりが決まるほどテレビ局事情は単純な話ではない。

パプリカ」と嵐の「カイト」と米津玄師

anond:20201231121747

はてなの、それも増田ジャニーズアイドルの話をしてもせせら笑われるのがいいほうで、「カイト」にしても増田では米津玄師に幻滅したというファンエモい心情が何回か吐露されただけだった。

俺は「カイト」という曲が好きで、それはオリンピックアイドル活動休止といった一市民生活に直接は関係のないことを意識的に取り扱いながらも、あらゆる人にとって共感できる曲として昇華されているからだ。

そしてあの「パプリカ」と通底するポイントがありこの二曲を同一世界だと捉えることでイマジネーションが広がる壮大なストーリーに一人感動した。

2021-01-06

今日のおサヨク

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20210106/k10012799061000.html

言うに事欠いて中国のやり口がネトウヨと一緒とか、お前ら国際的中国問題視され大きく取り沙汰されるまでなんて言ってたかもう忘れたのか?

中国批判したり、中国侵略行為危機感を抱いてやがて日本にも攻めてくると言う言説を見下して笑いネトウヨと、差別主義者だとレッテルを貼っていたんだよ

自分省みることもなく今日も都合良く生きてるな!

anond:20210106230756

自分の言っていることを省みる知能がないなら物を書くのをやめたほうが良い

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