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2022-09-20

anond:20220920003134

どんな美術展にも共通して言えることですが、最近ウェブサイトなどで告知があるのですから「どんな作家のどんな作品が来るか」を事前にチェックすることを「強く」お薦めしま

その上で「最低1点」は作家もしくは作品を知っていて「生で見たい」と思うかどうかが美術展に行く前にやっておくことです。

ルーヴル美術館展 愛を描く』なら https://www.ntv.co.jp/love_louvre/ です。

と言っても「どうせリンクも踏まない」でしょうからウェブサイトから抜いてみます

◎ジャン=オノレ・フラゴナール 《かんぬき》

フランソワブーシェ《アモルの標的》

◎アントワーヌ・ヴァトーニンフサテュロス

フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》

◎サッソフェラート《眠る幼子イエス

サミュエルファン・ホーホストラーテン《部屋履き》

◎アリ・シェフェールダンテウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニパオロ・マラテスタの亡霊》

フラゴナールを「かろうじて」知っているかいないか瀬戸際という人が多いと思います

ヴァトーやジェラールの作品は絵を見れば見たことがあるかもしれません。

作家作品を知らなくても「ウェブで閲覧出来る作品」を見て「生で見てみたいな」と思う作品があるなら行くのも良いでしょう。

私は行かないかな。

anond:20220920003134

どんな美術展にも共通して言えることですが、最近ウェブサイトなどで告知があるのですから「どんな作家のどんな作品が来るか」を事前にチェックすることを「強く」お薦めしま

その上で「最低1点」は作家もしくは作品を知っていて「生で見たい」と思うかどうかが美術展に行く前にやっておくことです。

ルーヴル美術館展 愛を描く』なら https://www.ntv.co.jp/love_louvre/ です。

と言っても「どうせリンクも踏まない」でしょうからウェブサイトから抜いてみます

◎ジャン=オノレ・フラゴナール 《かんぬき》

フランソワブーシェ《アモルの標的》

◎アントワーヌ・ヴァトーニンフサテュロス

フランソワ・ジェラール《アモルとプシュケ》

◎サッソフェラート《眠る幼子イエス

サミュエルファン・ホーホストラーテン《部屋履き》

◎アリ・シェフェールダンテウェルギリウスの前に現れたフランチェスカ・ダ・リミニパオロ・マラテスタの亡霊》

フラゴナールを「かろうじて」知っているかいないか瀬戸際という人が多いと思います

ヴァトーやジェラールの作品は絵を見れば見たことがあるかもしれません。

作家作品を知らなくても「ウェブで閲覧出来る作品」を見て「生で見てみたいな」と思う作品があるなら行くのも良いでしょう。

私は行かないかな。

2022-07-10

anond:20220710211753

自由主義から人を殺す自由も認めろよ』ということは当然にない。そこで重要なのは他者危害概念だ。

殺人は生きる権利を奪うから罰せられ、窃盗財産を奪うから罰せられる。今の犯罪はそのように考えられている。

そう考えた時、たとえ自分土地であっても人目につくようにヒトラー銅像をあちこちに設置する行為は「我々はホロコースト肯定します。だからユダヤ人はこの町に来るな」というメッセージであるから法律禁止されるべきだし、

同様に、市の至るところにネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)やベルギーレオポルド2世セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだし、

市の至るところにウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだし、

市の至るところににコロンブス像が飾られていたら

「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだし、

市の至るところにダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだし、

市の至るところに福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだし、

市の至るところにオリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人はここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだし、

市の至るところに萌え絵vtuberポスターがあったら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」という事実上メッセージになるから規制されるべきだとリベラルは主張しているの。

2022-07-05

『人を不快にするだけの表現』は規制すべきではないのか

像や彫刻を飾るのも当然に表現の自由だ。ましてや私有地ならばなおさらだ

たとえば人口の2%のみを占める『マイノリティA民族記念館』があり、その記念館の入口にA民族代表する彫刻の『A民族の子繁栄を願う彫刻』があることについて、

露出が多いわけでもないし性器乳房が強調されているわけでもないが、子孫繁栄という時点で性的な要素を感じて不快になるから撤去せよ」とマジョリティの大半が言い出しても撤去されるべきではないのは明らかだ。

だが一方で、ネオナチ金持ちが町の至るところに土地を買い、その土地に誇示するようにヒトラー銅像をあちこちに設置して、そのことへの不快感をユダヤ人たちが訴えても、市長市議会議員ネオナチではないにせようっすらと反ユダヤ的な考えを持っていて「そうは言っても私有地に設置されている私有財産ではどうにも」とのらりくらりと躱し続けたら。それは事実上の「我々はホロコースト肯定します。だからユダヤ人はこの町に来るな」というメッセージであり、不当である条例撤去させない町は差別主義の町である

同様に、市の至るところにネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)やベルギーレオポルド2世セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という事実上メッセージになり、

市の至るところにウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市の至るところににコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という事実上メッセージになり、

市の至るところにダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という事実上メッセージになり、

市の至るところに福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という事実上メッセージになり、

市の至るところにオリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人はここに来るな」という事実上メッセージになり、

市の至るところに萌え絵vtuberポスターがあったら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」というメッセージになる。撤去させない方が不当である

2022-05-01

「なあサトシ。俺がここにいるのはミュウをゲット!するためだけど、サトシはなんでゲッコウガの隣にいないんだ?」

そしてダンテに打ち勝ったサトシはウネウネ根絶のためにカロスに戻り、アニポケ卒業したのであった。ポケモンマスターサトシのこれから活躍にご期待ください!!!

2021-11-16

anond:20211115220625

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にベルギーレオポルド2世像が飾られていたら

「我々はコンゴでの黒人弾圧肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になるのと同様に、

温泉地が性を強調した温泉むすめのパネルを使っていたら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」という無言の主張になるから差別のものになる。

2021-10-23

最近読んだBL

やっとお目当ての漫画を買えたし、Kindleセールもやってたしで、ほくほくした気分で今月のお小遣い残金を一気に遣い尽くした。

Red Hood』(ハジ)

 童話の『赤ずきん』がモチーフ漫画

あらすじ

 あるところに、森の魔女に生贄として女の子を捧げる風習のある村があった。魔女ハンターのゴルダは村の青年に雇われ、魔女を狩るために森に入った。ところが、ゴルダの被る赤頭巾を見た魔狼達が、ゴルダを魔女の一味と勘違いして襲いかかる。

 ゴルダは魔狼のリーダーであるフェンと利害が一致していることを知り、フェンに共闘を申し出るが……。

増田感想

 これは、シリアスストーリーと見せかけて、頭空っぽにして読む系のエンターテイメントwww 赤ずきんゴルダのキャラデザがとてもいい。性癖ぶっ込み過ぎなのに『魔法少女 俺』になりそうでならないところがいい。  

 BLには珍しく、攻めと受けと狼たち以外の殆ど女性キャラ。ゴルダ周りの女性キャラ達のにぎやかな掛け合いが面白い

 ストーリーには全然難しいところがない。とにかくゴルダのエッチで(胸ボタンが)弾けるワガママボディと人の心が無さすぎる言動を楽しむ漫画だった。ガチムチ好きな助平な人向き。

 読みごたえがすごい(ページ数多い)

『マイリトルインフェルノ』(朝田ねむい)

 どうやら『アラジン魔法のランプ』がモチーフであるらしい漫画上下巻。

あらすじ

 新井仁東京大学に行こうと思っていたが、受験に失敗。仕方なく地元大学入学した。高校時代まではいじめられっこだったが、大学に入ってからは痩せて髪も染め、パッとしないながらも平穏キャンパスライフを送っている。

 ところがある夜、通りがかりにふと目にとまった車のトランクから、どう見てもその筋の人っぽい、ガタイのいい男が飛び出してきた。男の腕にはガムテープで拘束された跡。どう見ても怪しい男に仁は財布を取られ、貯金も奪われ、家に居つかれてしまう。

 しかしこの、「まーくん」と名乗った男、なかなかのスパダリで……。

増田感想

 朝田ねむい作品大好きと言いつつ、ずっと読むのを後回しにしていた、朝田ねむい先生代表作。朝田先生商業BL界のなかでメジャーマイナーかといえばマイナーな方なんだけれども、本作は異常に人気があるので気になっていた。

 読んでみてその人気に納得。まーくんアントニオ猪木みたいな見た目とのギャップが凄まじい、スパダリ力のバリ高さがすごいのだ。朝田作品にしては珍しくハッキリとBLって感じだし。

 スパダリといっても大枚をはたいてゴージャスな世界を見せてくれる系というよりは、朝ご飯に鮭を焼き夜ご飯には唐揚げを作ってくれる、そしていつの間にか液晶テレビを1ランク上のでかい液晶テレビに買い換えてくれていたり、部屋の掃除もしてくれるという、実力派のスパダリである。地に足の着いたスパダリまーくん。一周回って夢がある。

 しかし裏では何をしているのかよくわからない、怪しい所がまたいいし、仁君に「おいていかないで」と泣かれて戻って来るのがまたいい。

 まーくん元彼存在感が濃くて、下巻では現受けの仁君よりも元彼の方が前面に出てきがちなので、攻めの元彼絶対さない系の人には向かない。

『Badass』(ハジ)

 タイトルは一周回って「最高の」っていう意味になる系のスラング竜人×人間 のバディもの

あらすじ

 亜人アルフォンスは警備業界大手ライフディフェンス」社の本社総務部で働いていたが、休日に遭遇した銀行強盗事件を単身で解決してしまたことで左遷されてしまう。

 左遷先は、社内でも回されたくない部署ナンバーワンと言われている「特殊害獣対策室」だった。だが室長ダンテアルフォンスを亜人からといって差別せず、バディとして対等に接してくれる。自由奔放で人たらしながら、繊細な気配りも見せるダンテに、アルフォンスは惹かれていく。

増田感想

 バディもの現場でのお仕事シーン(害獣退治)は少なめ。それよりはオフィスでの同僚達との会話シーンとか、アフター5とかのシーンが多め。設定はファンタスティックだけど、正統派オフィスラブっぽい感じ。

 これまたキャラクターデザインがとてもいい。アルフォンスのデザイン特に凝っている。

 ダンテのお姉さんみのあるお兄さんなキャラクターがとてもよく、そんなダンテアルフォンスが惹かれていくとこがすごくいい。

 表紙絵からはそんなに甘々な印象はないし、電子書籍サイトTwitter無料公開されている第1話にはラブ要素が全くないんだけれども、2話以降はアルフォンスとダンテは始終イチャイチャし続けている。しかも「※付き合っていません」という注釈状態で、これで付き合っていないだと!? という驚愕のイチャつきぶり。そしてアルフォンスの悩みっぷり。

 これ、商業BL好きの腐女子向きというよりは、二次創作BL好きの腐女子向き。

 「※付き合っていません」なのに果てしなくラブい……これ重要!!!!!

 二次創作BLを覚えて商業BLに手を伸ばしてみたものの、なんか思ってたんと違ってがっかりしたという腐女子おすすめの1冊。

 本編もボリュームがあり、おまけ漫画まで沢山ついて来るので、お腹一杯になる。

 が! この設定とストーリーでたった一巻で終わらせてしまうのは勿体ない! ぜひ続きを描いて欲しい漫画

 

2021-07-06

anond:20210706162949

全くですよね。

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にベルギーレオポルド2世像が飾られていたら

「我々はコンゴでの黒人弾圧肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になるのと同様に、

市が性的ポスターを使っていたら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」という無言の主張になりますよね。

2021-07-05

anond:20210705144343

あくまで俺のお気持ち基準であって他人押し付けるつもりはないが、

ヒトラー、ネイサンベッドフォードフォレストレオポルド2世同意する。

コロンブス微妙

セシル・ローズは実際に撤去されたらしいが、大口寄付者なら撤去はやりすぎではないかと思う。(大口寄付者でなく創設者だが)福澤諭吉も同様。

ダンテやウルバヌス2世は言い掛かり。萌え絵も同様。

anond:20210705074251

たとえフェミニスト性嫌悪者が少数であっても公共の場所では配慮されるべきだろう。

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。だからネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら

「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にベルギーレオポルド2世像が飾られていたら

「我々はコンゴでの黒人弾圧肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら

「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になるのと同様に、

市が性的ポスターを使っていたら

「我々は性的客体化を肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミ性嫌悪はここに来るな」という無言の主張になる。

それを我慢させていたら却って多様性の実現からは遠ざかるのであり、そうならないためにも性的ポスターはむしろ積極的排除していくべき。

2021-06-29

表現の自由戦士

表現の自由戦士は「自由権とは不快我慢させる権利である」と言うけれど、

市役所の前にヒトラー銅像が飾られていたら

「我々はナチズム肯定しています。だからユダヤ人はここに来るな」という無言の主張になるし、

市役所の前にネイサンベッドフォードフォレストKKK創設者)の銅像が飾られていたら

「我々は黒人差別肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にウルバヌス2世の銅像が飾られていたら

「我々は十字軍肯定します。だからムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にコロンブス像が飾られていたら「我々はネイティブ・アメリカン弾圧肯定します。

からネイティブ・アメリカンはここに来るな」という無言の主張になり、

市役所の前にダンテ像が飾られていたら「我々は神曲におけるムハンマドの扱い(聖書を歪めて解釈したとして地獄に落とされている)を肯定します。

からムスリムはここに来るな」という無言の主張になり、

大学セシル・ローズ銅像が飾られていたら

「我々は白人至上主義肯定します。だから黒人はここに来るな」という無言の主張になり、

大学福澤諭吉銅像が飾られていたら

「我々は脱亜論肯定します。だから中国人韓国人はここに来るな」という無言の主張になり、

国会議事堂前オリバークロムウェル銅像が飾られていたら「我々はアイルランド虐殺肯定します。だからアイルランド人は議員になるな」という無言の主張になり、

市が萌え絵で町起こしをしていたら

「我々は萌え絵肯定し、牟田和恵氏や小宮友根氏の主張を否認します。だからツイフェミはここに来るな」という無言の主張になる。

それを我慢させていたら却って多様性の実現からは遠ざかるのであり、このような物はむしろ積極的排除していくべき。

2021-06-11

ダンテ神曲

ってここ数年でだいぶイメージ軽くなったよね。

サブスクで聴けそう。

2021-06-10

古典教育否定論を見て思ったこ

もしも「シェークスピアバイロンシェリーブレイクコールリッジ、ワーズワーステニスンの詩なんか学校教育で教えるのは無意味」とか言う英国人がいたとして、それを見たら、英国人じゃない自分でも「うわ……」と感じるだろう。上の例でピンとこない人は、ホメロスなり、ダンテなり、ゲーテなり何なり、適当人名に入れ替えて下さい。

実際は、欧米政府首脳や政治家は、演説聖書の一節、ギリシャ/ローマ古典、有名な詩人の詩から引用することが珍しく無い。そういう場面を見ていると「風雪に耐えて残った古典」の価値を見抜ける/理解できるような頭の持ち主でなければ、国家百年の計と云う長期的なプランを建てる重職を任せられないと云うコンセンサスが、政治家有権者の間に有るように見える。

また、古典宗教その他の思想バックボーンを反映しているものなので、良かれ悪しかれ国民性を反映している。政(まつりごと)をするには民の心を理解して掴まねばならない。したがって、為政者は和漢の古典を読み、よく人の心を学ぶべしと云う旨を、江戸学者は説いていた。昔の中国でも、知識人は同じ旨を説いていたと思う。それらは理想論に過ぎなかったのかもしれないけれど、理想を失くしたら人間は御仕舞だと私は思う。

自民党政治家もそうだし野党政治家もそうだけど、日本の政治家は古典引用した演説をしない(できない)。それを見ると、この人たちは、行き当たりばったりで長期的に物事を見る能力に欠けている、その場凌ぎ思考人間ばかりなんだなと私は思う。五十年〜百年経ったら、後は野となれ山となれと云う考え方の持ち主なのだろう。

虚偽答弁をする政治家に対して、対立政治家が「いつはりの無き世なりせば如何ばかり人の言の葉しからまし」とか知的洒落皮肉を言えたら、グッとくると思う。しかし、現実日本の政治家は、バラエティ番組的な物言いをする人間ばかりである

古典に関する教養は、即物的意味で役立つ訳ではないのは確かである。けれども、頭の中身や心が貧しい人間か否かを見抜くためのバロメーターにはなり得ると思う。心が貧しい人間政治家をすると、人間に対して酷薄政治をすると思う。例えば、麻生太郎言動を見ると、そう思わないだろうか?まあ、野党政治家も五十歩百歩なのだけれども。

少なくとも、口先だけは愛国心を説くくせに日本古典に対する教養を持たないような政治家を、私は信用できない。そして、それを国民が見抜ける状態でいるためには、やはり古典に対する教育必要なのだと私は思う。

2021-05-05

ネットのせいで頭が悪くなってきた

ダンテ神曲」 → 「かみきょく」と読んでしま

シェイクスピアリア王」 → 実社会の王かな? と思ってしま

円柱 → 「えんばしら」と読んでしま

こういうのある?

2021-04-30

anond:20210430011518

Google翻訳

私たちファンフィクションについて話すとき私たちはめったに「ジョンミルトン」とは思いません。 それでも、サタン聖書ではほとんど言及されていない)を連れて、この倒れたアーチフィーンドをアンビバレントで壮大なヒーローにする彼のパラダイスロスト(1667)にどのように近づくのが良いでしょうか? ウェルギリウスアエネーイスオウィディウスの変身物語ダンテ神曲スペンサー妖精女王、その他の無数のテキストジャンルから借りた技術テーマに基づいて構築されたミルトンは、古典ルネッサンス形式を再混合して、英文学の(おそらく)最高の設定に聖書宇宙を作り上げました フィリップ・プルマンが信じている詩は、[「決して超えられない」」。

DeepL翻訳

ファン・フィクションというと、「ジョン・ミルトン」を思い浮かべる人はほとんどいないだろう。聖書にはほとんど登場しないサタンを、堕落した弓矢のような存在であるサタンを、アンビバレント叙事詩ヒーローに仕立て上げた『失楽園』(1667年)に、どのようにアプローチすればよいのだろうか。ヴァージルの『エニード』、オヴィッドの『変身』、ダンテの『神曲』、スペンサーの『フェアリークイーン』など、数え切れないほどのテキストジャンルから借りた手法テーマ構成されたミルトンは、古典ルネッサンス形式を再構築し、聖書世界英文学の(おそらく)最高の詩の舞台に仕立て上げました。

みらい翻訳

ファン・フィクションのことを話すとき、 「ジョン・ミルトン」 とはめったに思いません。しかし、悪魔 (聖書ではほとんど言及されていない) をとり、この倒れた大魔王を両義的で叙事詩的な英雄にする失楽園 (1667) に近づくには、どうしたらよいのだろうか。Virgil's Aeneid、Ovid's Metamorphoses、Dante's Divine Comedy、Spenser's The Faerie Queene、その他無数のテキストジャンルからテクニックテーマを取り入れて構成されたMiltonは、古典ルネッサンス形式リミックスして、聖書世界英国文学 (おそらく) の最高の詩の舞台にし、Philip Pullman [n] が 「超越される」 と信じているようなものにした。



[“n]ever be surpassed”.とか訳しにくそうだな。

2021-02-15

ここ数年で切った漫画から、これから読む漫画向いてるか教えて欲しい

>読むのがだるくなって止めた漫画

双亡亭壊すべし 8巻まで

怪物事変 7巻まで

僕のヒーローアカデミア 12巻まで(今現在の展開のあらすじは知ってる)

波よ聞いてくれ 6巻まで

凪のお暇 3巻まで

SPY×FAMILY 6巻まで

ダンジョン飯 2巻まで

九龍ジェネリックロマンス 3巻まで

不滅のあなたへ 7巻まで

>完結したら読むと思う漫画

亜人 16巻まで

宝石の国 9巻まで

>迷い始めてるの

転生したらスライムだった件 16巻

(あとちょっとで終わるっぽいし、最後まで定期購入した方がいいよな・・)

>いまんとこ続いてるの

幼女戦記

メイドインアビス

天国大魔境

葬送のフリーレン

新九郎、奔る!

貧民、聖櫃、大富豪

吸血鬼すぐ死ぬ

海王ダンテ

MURCIÉLAGO -ムルシエラゴ-

僕の心のヤバイやつ

1日外出録ハンチョウ

>本題の、これから手出そうと思ってる漫画

怪獣8号

ヨルの鍵

呪術廻戦

チェーンソーマン

紛争でしたら八田まで(はてな人気のめしにしましょう楽しく読めたので、読めるのでは?と思ってる)

最近結構読んでからだるくなって止めるの多いので、これから手出そうと思ってる漫画の中に

私が向いてない漫画ってある??ストーリーがどんどん進むの好きな傾向あるんだよね。

あと止めてるけど、再開した方がいい漫画ある??(何巻からよくなってくるか教えて欲しい。具体的なネタバレはなしで。)

2021-02-12

必読書コピペマジレスのやつのパクリ海外文学

パクリ元→ https://anond.hatelabo.jp/20210212080317

だって楽しそうだったから...(自分文学的教育は受けてないし、誰かと読んだ本の感想を共有することなんてないので、元増田文学サークルとか友人とか出てくるのがうらやましい)

ネタバレありだけど、ちゃん確認せず書いてるので記憶違いがあるかも。あと、後半になると全然読んでなかったわ。

ホメロスオデュッセイア

オデュッセウストロイ戦争から帰る途中で船が難破して右往左往頑張るのを眺めるお話なのだけど、勇敢で直情的な普通おっさんなので苦労するところは苦労してて良い。あと、イリアスと比べても昔の神話らしく出てくる人物とか神様の類がガチ理不尽なので良い。話がズレるけど、イリアスにはディオメデスというやつが主人公然として出ずっぱりなのだけど、オデュッセイアの回想には全く出てこないし、アガメムノンとかアイアスとかと違って他の作者の物語にも出てこないのだけど、あいつなんなん?

旧約聖書創世記

途中で読むのをやめた記憶がある。

ソポクレスオイディプス王

エディプスコンプレックス父親に対向心を燃やし、母親に恋慕する、的なやつ)の語源だと聞いて読んだら、全然そういうノリの話じゃなくて「へぇ」ってなったやつ。オイディプス自身は預かり知らぬところで運命に弄ばれて、最後にはすべてを理解してしまって絶望する可哀想な話なのだけど、どうでもよいことで人を殺したことトリガーでもある(それも運命ではあるのだけど)ので、自業自得感もある。気楽に人を殺してはだめ、絶対シェイクスピア悲劇とかもだけど、「100%落ち度がない悲劇被害者」ってあんまり昔の物語には出てこないね

唐詩選』

タイトルすら知らないやつ、その1

ハイヤーム『ルバイヤート

いまいち印象に残ってないけど、なんかずっと酒を楽しんでて幸せそうだなって思ったような気がする。

ダンテ神曲

地獄編の半分くらいまで読んだ。作者(ダンテ)が古代詩人だか哲学者かに褒められて地獄めぐりを導いてもらうところから始まって、自分の嫌いなやつ(政敵とか批判者)が地獄で苦しんでるのを巡ってはひたすら口汚く罵って回るという、その性格の悪さというか根暗さに嫌気がさして読むのをやめた。原文だと詩的というか言語的な美しさとかあるらしいけど、こちとら娯楽としてしか本は読まないので日本語で読むからそんなん知らん、こいつは陰湿

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

確か冒頭に「酒でも飲みつつゲラゲラ笑いながら聞くためのもんだから」みたいな説明が入るのだけど、そんな感じ。すごいでかい巨人の話だけど、家を椅子にしたと思ったら小便で洪水を起こして家を押し流したりするので、巨人としてのサイズも大概統一性がないんだったはず。なんか「人間の絆」だったかで、大真面目なキャララブレーを手放さなかった、みたいな描写があった気がするのだけど、ニュアンスがわかるようなわからんような...と思った記憶がある。

シェイクスピアハムレット

シェイクスピア作品は、意図はどうあれよく「様々な作品元祖とも言えるものなので、読むと後続の作品がより楽しめる」的に紹介されるのだけど、普通に単体で楽しめると思う。そもそも、別作品を読んでて「あ、これシェイクスピアで見たやつだ!」ってなったからって楽しいか?という感覚個人的にはある。ひとつ上にラブレー云々も別に良い要素だと思わなかったし。で、ハムレットシェイクスピア戯曲の中でも登場人物精神性の完成度が一番高いと思っていて、劇的さでは「オセロー」とか、キャラクターの鮮烈さでは「リチャード三世」とかには劣るかもしれないけど、舞台装置としてのキャラクターではなく、"異なる価値観教育etc...の元に自分で考えて行動する登場人物たちがつくる物語"としての面白さが本当に高いと思う。歴史的価値とかは忘れろ、楽しめ。

セルバンテスドン・キホーテ

パルケエスパーニャにいた。

スウィフトガリヴァー旅行記

巻末の解説すら読まないことが多いので、アイルランド云々の話をパクリ元で見て「そうだったんだー」ってなった。それぞれの国には短編小説くらいの分量しか滞在しないので、それぞれ短編SFとか的なノリで読んで面白かった記憶がある。自分自然科学系の研究者なので、科学なき探求(無為)をひたすらやってる国の印象が強い。なんかおまじない的なやつで作物の収穫量が増えるのでは?ってそれを試してるんだけど、当たり前に効果はまったくないし、それを評価するというプロセス存在しないので無限無為を繰り返してた。

スターントリストラム・シャンディ』

タイトルすら知らないやつ、その2。

サド悪徳の栄え

「目玉の話」は読んだけど、その結果として「悪徳の栄え」は読まなくて良いかな。ってなったやつ。

ゲーテファウスト

最強天才ファウスト博士悪魔契約して、「悪魔の力で楽しませてやる代わりに、人生楽しみきって満足したら魂もらうからな」って契約をする話なのだけど、すべての学問を修めた最強天才のはずのファウスト博士普通精神的に未熟なおっさんなので、酒飲んで暴れたり恋愛ごとやったり神話的な体験したりと色々していくなかでの言動がいちいち子供じみてるのが面白い。最後理想国家のために働く的なパートでいきなり聖人的になってたり、全体の流れが説教臭いのが多少鼻につくのだけど、ラストシーンの迫力は自分読書歴の中でトップクラスだと思う。ちなみにこの作品は「時よ止まれ、お前は美しい」って言葉元祖なのだけど、これってファウスト博士からの「この世界を楽しみ尽くして満足した。これ以上の瞬間などこれ以降はありえない(だからもう魂を持っていって良いよ)」という悪魔への宣言で、なんかラブロマンス的なシーンで使われてるの見ると、「ん?」てなるんよね。

スタンダールパルムの僧院

面白かったな」という感想を持った記憶はあるのに内容はまったく思い出せない。なんか年上美人若者恋愛する話だったと思う。多分登場人物が本気で生きてる感があって各シーンは面白いって読めたけど、全体の流れにはさほどの興味が持てなかったタイプの話だと思う。

ゴーゴリ外套

うだつの上がらない貧乏役人のおじさんが一念発起して外套を新しく買うのだけど、可哀想な目にあう。っていう胸糞の悪い類の話。どこかユーモラスなので面白がりつつも、「可哀想じゃんヒドイよ!」って思いながら読んだ。みじめな人間をみじめな人間視点で描ききるって案外すごいことだと思う。でもゴーゴリナンセンス小説ならもっとポップな「鼻」のほうが好きだし、大真面目な雰囲気ナンセンスをやっている感のある「死せる魂」も良い。死せる魂は未完だけど、なんだかんだ一つのエピソードちゃんと完結してるので、未完だからって敬遠しないで良いと思うよ。

ポー盗まれた手紙

タイトルとあらすじを知ってて、なので読んでいない。

エミリー・ブロンテ嵐が丘

主人公女性の半生記的なところがある物語なのだけど、主要登場人物であるキャサリン主人公)やヒースクリフ主観的感情があまり描写されない(まったくされない?)ので、なんかヒステリック意味不明言動キャサリンと内心が読み取れないヒースクリフが読者を置いてけぼりにしながらすごく力強くて迫力があって得体のしれない物語を作っていく話だったと思う。主観的情報がないからこそ感じられるキャラクターたちの感情の力強さってなんかあるよね。

メルヴィル白鯨

クジラに関する雑学(どう考えてもガセのものがある)がしょっちゅうはいってくるクジラ漁船物語体感で全体の3割)。エイハブ船長とクイークエグのキャラクターの良さを傍観者主人公視点で楽しむ感じだった気がする。ラストシーン映像的な迫力は「ファウスト」のラストシーンの迫力にも匹敵するものがあると思う。文章映像的迫力ってなんよ?って自分も思うけど、なんかそういうのはあるんだ。多分。

フローベールボヴァリー夫人

間違えなく読んでるし、面白かったと思った記憶もあるけど内容が思い出せないやつその2。多分、貴族恋愛ものってジャンルはいろんな作品があるので、自分の中でごっちゃになってるところがあるんだと思う。あらすじを読むとなんとなく思い出すのだけど...

キャロル不思議の国のアリス

ディズニー映画って、ノートルダムの鐘とかを筆頭にとんでもなく改変されてるもんだけど、不思議の国のアリスについては、その「不思議の国」感は素敵に映像化されてると思う。一方で、原作の「ひねくれイギリス人が伝わるかどうかは無視してそのアイロニー子供にぶつけてる感」はなくなってるので、そういうひねくれたおっさんのノリのために読んでみても良いと思う。

ドストエフスキー悪霊

ドストエフスキーノイローゼ死語患者独白を描かせると人類史最強だと思っているのだけど、この作品でも割とそういうところがある。ノイローゼ感のヤバさだけなら地下室の手記とか白夜でも良い。でも個人的には「罪と罰」の主人公の単純なノイローゼ患者ではないせめぎあい感が一番好き。

チェーホフ桜の園

由緒ある一家が没落していくんだけど、正常化バイアスなのかなんなのかどこか他人事で、お母さんなんて特に事が進む毎に悲しんではいるんだけど、一切その精神性が変わらなくて(成長しなくて)、「多分この人死ぬまでこうなんだろうな...」感があってすごい。ラストにお年寄り使用人に対する家族全員に関するシーンがあるのだけど、それがすごい印象的で、チェーホフの他の作品戯曲を抑えてこれが良く代表作として出てくるのはこのシーンのせいだな、って個人的には思ってる。自分チェーホフ戯曲より小説のほうが好き。

チェスタトンブラウン神父童心

タイトルすら知らないやつ、その3。作者名も知らない。

プルースト失われた時を求めて

5冊だか6冊だかにのうちの一冊目だけ読んで続きを読んでなかった。忘れてたわ。

カフカ審判

読んだけどあんまり好きになれなかった記憶がある。カフカ基本的キャラクターに人間味がないのが面白いところなのだと思っているんだけど、「変身」とかの短編ならともかく、「城」とかこれくらいの分量になると、人間味のないお話自分には楽しめないのだな、と思った。

魯迅『阿Q正伝』

読んでないけど、なぜかあらすじは知ってる。

ジョイスユリシーズ

読んでない。「ダブリン市民」があまり楽しめなかったという記憶があって手を出していない。ダブリン市民はどんな話だったか覚えてない。

トーマス・マン魔の山

結核患者の療養施設であるところのサナトリウム生活するおっさんの話。ワナビー小説家だか学者だか(主人公ではない)のエピソードや、立派な紳士とその子供の印象的な挿話があったかと思うと主人公と別の患者哲学かなにかの論争がてんやわんやあったり、女性患者との恋愛未満関係の話があったりと色々な要素がある。ただ、どの部分でも人物精神性についてバリエーション豊かで不思議リアリティのあるキャラクターが独特な言動をするので楽しめた。でも、突然こっくりさんをはじめたときは「作者どうした?」って思ったよ。なんなら今でも思ってるよ。

ザミャーミン『われら』

タイトルすら知らないやつその4にして作者名も知らないやつその2。

ムージル特性のない男』

タイトルすら知らないやつその5にして作者名も知らないやつその3。自分1900年あたりを境に新しい作品に苦手意識があってあんまり読んでないんだなって実感する。

セリーヌ『夜の果ての旅』

このへんはすごい現代的なんだけど結構好き。現代的というのは勝手自分定義なのだけど、この辺の世代になるとやっぱり文章が少なからず技巧的になって、観念的な表現とか比喩とかが増えてくるので、「うるせぇ、自分感情もっとわかりやす説明しろ!」って要求をしたくなるのだった。でもこの話は割とそれでもなんだかんだ心理がわかるので楽しめた。

フォークナーアブサロム、アブサロム!

このお話はすごい好き。南北戦争前の南部黒人バリバリ奴隷として使われてる時代地域)のある町にトマス・サトペンというヤバげなおっさんがやってきて領地開拓し、南北戦争を挟みつつ色々する話なのだけど、時系列出来事を追っかけずに何人かの周囲の人達の回想などでだんだんとそのおっさん人生全体像を見せてくる構造になっていて、ただのヤバげなチンピラおっさんだったサトペンが、相応の過去と野望をもったクソチンピラになっていく(自分の中で)のがすごい迫力満点で面白かった。この作者の有名どころの読みにくさは、「響きと怒り」>「アブロサム、アブロサム!」>「八月の光」なので、この逆順に読むのがおすすめ短編から読むのも良いけど、「ウォッシュ」だけは「アブロサム、アブロサム!」のネタバレから後に回すのがおすすめ

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』

タイトルすら知らないやつその6にして作者名も知らないやつその4

サルトル嘔吐

そこまで好きにはなれなかった。説教臭さとも違うなんか面倒臭い思想みたいなものが全体に漂ってる感じで、個人的にはそれが鼻に付いたんだろうなぁって思う。

ジュネ『泥棒日記

読もうと思ってたけど読んでなかったのを思い出した。読もう。

ベケットゴドーを待ちながら

なんか意味がありそうで(少なくとも自分が考える限りは)何も意味がないという、意味ありげさで成り立っている戯曲。ただ、それぞれのシーンが映像としてかなり印象的なので、その力でのめり込みながら読んた。で、読んだあと思い返すんだけど、結局何がなんだったのかイマイチからないのだった。偉そうなご主人様とその奴隷のシーンとかあったけど、結局なんだったんだあいつら。

ロブ=グリエ嫉妬

タイトルすら知らないやつその7にして作者名も知らないやつその5

デュラス『モデラートカンタービレ

読んだはずだけどちょっと印象が薄い。同じ作者の「愛人」がそうだったと思うのだけど、登場人物の心情描写が変に淡々としていて、でも行動はどこか直情的で不思議だなぁと思いながら読んだ気がする。その不思議さを楽しむのかな。なんか村上春樹小説登場人物の行動を感情的にしたような感じ。

レム『ソラリスの陽のもとに』

タイトルすら知らないやつその8にして作者名も知らないやつその6。自然科学研究者なのにSF全然読まないのだった。でも、SFに興味のない研究者って外部の人が思うよりは多いと思うよ。そもそも本を読まない人をおいておいたとしても。

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラテンアメリカ文学って魔術的リアリズムとかなんとかって、「なんかありそうにない魔術的なシーンだけど、不思議リアリティがある」みたいな評価がされてるらしいのだけど、それってヨーロッパ人感性日本人ヨーロッパ文学も大概魔術的なものとして受容してるところあるよなって思う。ただ、それはともかくとして、この作者の作品ではその言葉がしっくりくるとは思う。同じ作者の「族長の秋」とか短編の「エレンディラ」とかは割とお話全体のストーリー意味と(場合によっては)ある種の寓意を持っているのだけど、この作品だけは全体の流れとかはあまり意味ないんじゃないか個人的に思う(何度も読めばなにか見えるのかもだけど...)。それぞれのシーンをただただ楽しんでいたら、読む前に覚悟した長さの4分の1くらいの体感長さで読みきっていた。

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

タイトルすら知らないやつその9にして作者名も知らないやつその7。なんかすごそうなあらすじだね。

残り全部

詩はたしなまいから知らない。ツエランはなんか親が読んでて好きだと言ってた気がする。ブレイクって多分宗教画を描く人でもあると思うんだけど、この人の絵はどっかで見てすごいなぁって思った気がする。

終わり

ちなみに、「哲学思想」のパートと「日本文学」のパートは両方合わせても5~6作品しか読んでなかった。多分後30年経ってもさほど増えないだろうなと思う。

必読書コピペマジレスしてみる・海外文学編(1)

方針

ホメロスオデュッセイア

イリアス」は捕虜奴隷女の配分をめぐった交渉がこじれた結果、勇者が拗ねて戦場に出ず、味方がどんどん死ぬところからスタートするので、昨今の倫理観から問題があり、神話初心者にはこっちをお勧めしたい。「オデュッセイア」も家で待っている妻を忘れてよその女のところで数年過ごすが、まあ魔法をかけられていたということでこっちのほうがマシだ。舞台もあちこち移動するから飽きないし。

ユニークなのは劇中劇的にオデュッセウス時間をさかのぼって事件の進展を語る箇所があることで、ホメロス時代にはすでに出来事が起きた通りに語る手法が飽きられ始めていたのかな、と想像できる。

実は「ラーマーヤナとある共通点があるが読んでみてのお楽しみ。

旧約聖書創世記

聖書はなんせ二千年前以上の宗教書から原典に当たる前に基本的出来事の流れと時代背景や当時の常識理解していないと読解が難しい。当時のユダヤ民族偏見も混じっているし。加えて、ところどころ立法全書的に当時の習慣や禁忌を延々述べる箇所があり、通読はさすがにできてない。新約聖書だけは何とか意地で読破した。

ところで、どうして「創世記」だけを取り上げたのだろう。たとえば物語として盛り上がるのは「十戒」の「出エジプト記」だ。「ハムナプトラ」とかでエジプトが悪役になるのは大体これのせい。いきなりこれにチャレンジするのなら、手塚治虫聖書物語のほうがいいかもしれない。

ソポクレスオイディプス王

犯人探しが不幸を呼ぶことからミス的な要素もあるし、ギリシア神話の「不幸な運命を避けるために必死になって行動した結果、結局その運命を呼び寄せてしまう」というアイロニーが大好きな自分としては、その典型例なので好物だ(予言鵜呑みにした結果ドツボにはまる「マクベス」も好き)。

これが面白かったら、アイスキュロスの「オレステイア三部作」もおすすめしたい。何世代にもわたる恨みの念が恵みの女神として祀られることで鎮められるというモチーフは、異国のものとは思えない。

唐詩選』

一般教養唐詩の授業を取ったので岩波文庫でぱらぱらとめくった覚えがある。なにぶん昔のことなので記憶曖昧なのだが、はっきり覚えているのが王梵志の「我昔未生時」で、天帝に生まれる前の時代の安らぎを返してくれるように願う詩だ。当時は反出生主義が哲学思想界隈でここまでホットトピックになるとは予想してはいなかった。

他にいいな、と思ったのは杜甫厭戦歌「兵車行」。

ハイヤーム『ルバイヤート

酔っ払いの詩。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞーという内容。著者は文学者であっただけでなく天文学者数学者としても知られるが(三次方程式を解いた実績がある)、ここで展開されている詩はひたすら現世の美しさとはかなさをうたったもので、酔っ払いは世の東西を問わず、というところか。イスラム世界の厳格なイメージをひっくり返してくれるので面白い。ガラン版のアラビアンナイト高野秀行の「イスラム飲酒紀行」とあわせてどうぞ。

ダンテ神曲

フィレンツェ追放されたダンテが苦しみの中生み出したキリスト教最高峰文学のはずだけれど、とにかく気に食わない政敵地獄でめちゃくちゃな責め苦に合わせているところを面白がる下世話な楽しみ方ができる。地獄にいる人物聖書ギリシア神話歴史上の人物も多く、ヨーロッパ歴史文学をざっくり知っているとダンテがどれだけやりたい放題やったかがわかるので愉快。

ただし、地獄編の続きの煉獄編・天国編はキリスト教哲学をかじっていないと結構しんどく、しか風景が山あり谷ありの地獄と比べてひたすら恵みの光が明るくなっていくだけなので、絵的に面白いのは地獄のほうだ。

ついでに、ヒロインがかつて片思いをしていたベアトリーチェという女性なので、ベアトリーチェの美しさを歌う箇所も下世話な目線で楽しめる。妻帯者の癖に未練たらたら。

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

未読。後述のラテンアメリカ文学とかジョイスとかは読んだんだが、そこに出てくる過剰なものや糞尿譚も結構楽しんだので、いつかは読みたいと思っている。

シェイクスピアハムレット

四大悲劇と「ロミオとジュリエット」はざっくりと読んでおくと、いまにも受け継がれているネタ結構あることがわかって楽しいし、意外と下ネタオンパレードなので当時のイギリス人に親しみを持つことができる。ついでに上記のうち二作は黒澤明映画元ネタでもある。

興味深いのは、劇中劇というかメタフィクション必然性を持って登場することだ(父を殺した叔父の目の前で、その殺人の場面そっくりの劇を演じて動揺させるシーン)。すごく先進的だ。かっこいいぞシェイクスピア

セルバンテスドン・キホーテ

基本的には正気を失ったおじさんが繰り広げるドタバタ劇で、下巻では著名になったドン・キホーテからかう公爵夫妻までも出てくる。これだけだと精神を病んだ人をおちょくる悪趣味書物だとしか思えないのだが(というか最初時代遅れの騎士道精神批判するために書かれた)、昨今はドン・キホーテに同情的な解釈が主流。最近テリー・ギリアム映画化した。

スウィフトガリヴァー旅行記

自分が道を踏み外した元凶。誰だこんな子供人間嫌いにする本を児童書の棚に並べたのは。クレヨンしんちゃん夕方アニメにするレベルの蛮勇だ。四部作だが、最後の馬の国では人間という存在醜悪さをこれでもかと暴き立てており、おかげさまですっかり自分人間嫌いで偏屈な人になってしまった。作者の女嫌いの影響を受けなくて本当に良かった。

とはいえ、当時のアイルランド支配はこれほどまでの告発の書を書かせるほどひどかった、ということは知っておきたい。

スターントリストラム・シャンディ』

夏目漱石吾輩は猫である」に出てくる。基本的にはふざけた話であり、著者が自分誕生から一生を語り起こそうとするがなかなか著者自身誕生せず、しか物語の進捗が遅いせいで半年ごとに本を出す約束なのにこのままでは永遠に現在自分に追いつかない、みたいな語りで笑わせてくる。挙句の果てに著者が途中でフランス旅行に出かけてしまう。英文学というジャンルがまだ黎明期なのに、こんな愉快なのが出てくる懐の深さよ。

だが、これだけふざけているのに、登場人物の一人がうっとうしい蝿を「この世の中にはおれとおまえと両方を入れる余地はあるはずだ」といって逃がしてやるシーンはいい。

サド悪徳の栄え

未読。「毛皮を着たヴィーナス」と「眼球譚」は読んだんだが。バタイユどんだけおしっこフェチなんだよ。自分もお尻とかブルマーとか競泳水着が好きだから笑わないけどさ。

ゲーテファウスト

個人的にはとても好き。人生できっと何かを成し遂げられるはずという万能感ある思春期に読みたい。主人公行為は決して褒められたものではない。様々な悪事を働き、幼い少女妊娠させたうえ捨ててしまう。このシーンのせいで、もしかしたら二十一世紀には読み継がれない古典になってしまうかもしれない。しかし、主人公最後にたどり着いた境地の尊さの価値は失われることはないと信じている。現世で最も美しい瞬間とは何か、あらゆる物質的な快楽を手に入れた主人公が見つけた答えを読んでほしい。後半はギリシア神話を知らないとつらいかもしれないが、そのためにギリシア神話入門を読む値打ちはある。

スタンダールパルムの僧院

未読。同著者の「赤と黒」は貧乏青年がひたすらのしあがろうとする話で、あまりピンとこなかったのだが、文学サークルの友人から最近来たメールに「訳者を変えて再読したら面白かった」と書いてあった。

ゴーゴリ外套

さえないかわいそうなおじさんが好きなので好き。ロシア文学というものは、名前がややこしいうえに同じ人物が様々に呼ばれるので敬遠されがちなのだが(イワンが何の説明もなくワーニャと呼ばれるなど)、登場人物メモしたり、ロシア人名の愛称の一覧を頼りにしたりして飛び込んでほしい。このハードルさえ超えれば最高の読書体験が待っていることは保証する。ロシア文学はいいぞ。

ポー盗まれた手紙

ポーは大好きなんだけどどうしてこれを代表作に選んだのかはよくわからない。個人的には王道の「黒猫」とか「アッシャー家の崩壊」とかを最初に読むのがいいと思う。中学生の頃、狂気や暗鬱さにどっぷり浸っていた頃に読んだのだが楽しかったし、作中の詩が今でも世界で一番好きな詩のひとつだ。ちなみに、東京創元社ポー全集には、ポーユーモア作品もいくつか収録されており、意外な顔を知ることができる。もっとも、今読んで面白ジョークかどうかまでは保証しないが、こじらせ文学少年文学少女としては必読か。

エミリー・ブロンテ嵐が丘

最高の昼ドラにして非モテ文学。俺は愛されずに育った、俺は永遠にからも愛されない、だから他人幸福破壊してもいい、的な気分に一度もでもなった人は何としても読んでほしい。

メルヴィル白鯨

スターバックスコーヒー元ネタ

映画マチルダ」の中で児童書に飽きた天才少女がこれを読もうとする場面があるんだけど、これ小学生が読む本じゃないだろ。単純に難しいのではなく、とにかく話が脱線しまくる。まともにストーリーが進まずに、著者自身クジラに関するうんちくが延々と続く箇所もある。雑学隙の自分は楽しく読んだが。

敵のクジラを殺してやろうとするエイハブ船長狂気についていけるかどうか。

フローベールボヴァリー夫人

自分人妻萌え発症した元凶の一つであり、世界文学初のカーセックスシーンがあることでも知られている(自動車ではなく馬車でだが)。ストーリーは夢見がちな女性が夫に幻滅して若い男やチャラ男浮気し、サラ金から借金を重ねて自殺するという「闇金ウシジマくん」的なノリ。妻の浮気を知ったさえないボヴァリー氏の哀れな反応は必見。自分が寝とられ文学が好きになってしまった元凶の一つ。

続きますanond:20210212080411

2021-02-10

本好きなら高校生までに読破しておきたい古典100

哲学思想

プラトン饗宴

アリストテレス詩学

アウグスティヌス告白

レオナルド・ダ・ヴィンチレオナルド・ダ・ヴィンチの手記』

マキァベッリ『君主論

モア『ユートピア

デカルト方法序説

ホッブズリヴァイアサン

パスカルパンセ

スピノザエチカ

ルソー社会契約論』

カント純粋理性批判

ヘーゲル精神現象学

キルケゴール死に至る病

マルクス資本論

ニーチェ道徳の系譜

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

ソシュール一般言語学講義

ヴァレリー精神危機

フロイト快感原則彼岸

シュミット政治神学

ブルトンシュルレアリスム宣言

ハイデッガー存在と時間

ガンジーガンジー自伝

ベンヤミン『複製技術時代における芸術作品

ポランニー『大転換 市場社会形成崩壊

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法

アレント全体主義の起源

ウィトゲンシュタイン哲学探求』

レヴィ=ストロース野生の思考

マクルーハングーテンベルグ銀河系

フーコー言葉と物』

デリダ『グラマトロジーについて』

ドゥルーズガタリアンチオイディプス

ラカン精神分析の四つの基本概念

ウォーラーステイン近代世界システム

ケージジョン・ケージ

サイードオリエンタリズム

ベイトソン精神自然

アンダーソン『想像の共同体

本居宣長『玉勝間

上田秋成『胆大小心録』

内村鑑三『余は如何にして基督信徒となりし乎』

岡倉天心東洋理想

西田幾多郎西田幾多郎哲学論集Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』

九鬼周造『「いき」の構造

和辻哲郎風土

柳田國男『木綿以前の事』

時枝誠記国語学原論

宇野弘蔵経済学方法論』

海外文学

ホメロスオデュッセイア

旧約聖書創世記

ソポクレスオイディプス王』

唐詩選』

ハイヤーム『ルバイヤート

ダンテ神曲

ラブレーガルガンテュアとパンタグリュエルの物語

シェイクスピアハムレット

セルバンテスドン・キホーテ

スウィフトガリヴァー旅行記

スターントリストラム・シャンディ』

サド悪徳の栄え

ゲーテファウスト

スタンダールパルムの僧院

ゴーゴリ外套

ポー盗まれた手紙

エミリー・ブロンテ嵐が丘

メルヴィル白鯨

フローベールボヴァリー夫人

キャロル不思議の国のアリス

ドストエフスキー悪霊

チェーホフ桜の園

チェスタトンブラウン神父童心

プルースト失われた時を求めて

カフカ審判

魯迅『阿Q正伝』

ジョイスユリシーズ

トーマス・マン魔の山

ザミャーミン『われら』

ムージル特性のない男』

セリーヌ『夜の果ての旅』

フォークナーアブサロム、アブサロム!

ゴンブローヴィッチ『フェルディドゥルケ』平

サルトル嘔吐

ジュネ『泥棒日記

ベケットゴドーを待ちながら

ロブ=グリエ嫉妬

デュラス『モデラートカンタービレ

レム『ソラリスの陽のもとに』

ガルシア=マルケス百年の孤独

ラシュディ『真夜中の子どもたち』

ブレイクブレイク詩集

ベルダーリンヘルダーリン詩集

ボードレール悪の華

ランボーランボー詩集

エリオット荒地

マヤコフスキーマヤコフスキー詩集

ツェランツェラン詩集

バフチンドストエフスキー詩学

ブランショ文学空間

日本文学

二葉亭四迷浮雲

森鴎外舞姫

樋口一葉にごりえ

泉鏡花高野聖

国木田独歩武蔵野

夏目漱石我輩は猫である

島崎藤村破戒

田山花袋蒲団

徳田秋声あらくれ

有島武郎或る女

志賀直哉小僧の神様

内田百閒『冥途・旅順入城式』

宮澤賢治銀河鉄道の夜

江戸川乱歩押絵と旅する男

横光利一機械

谷崎潤一郎春琴抄

夢野久作ドグラ・マグラ

中野重治村の家

川端康成雪国

折口信夫死者の書

太宰治斜陽

大岡昇平『俘虜記』

埴谷雄高死霊

三島由紀夫仮面の告白

武田泰淳ひかりごけ

深沢七郎楢山節考

安部公房砂の女

野坂昭如エロ事師たち

島尾敏雄死の棘

大西巨人神聖喜劇

大江健三郎万延元年のフットボール

古井由吉円陣を組む女たち』

後藤明生挟み撃ち

円地文子食卓のない家』

中上健次枯木灘

斎藤茂吉『赤光』

萩原朔太郎『月に吠える』

田村隆一田村隆一詩集

吉岡実吉岡実詩集

坪内逍遥小説神髄

北村透谷人生に相渉るとは何の謂ぞ』

福沢諭吉福翁自伝

正岡子規歌よみに与ふる書

石川啄木時代閉塞の現状』

小林秀雄『様々なる意匠

保田與重郎日本の橋』

坂口安吾堕落論

花田清輝復興期の精神

吉本隆明転向論』

江藤淳成熟喪失

2021-01-06

聖☆おにいさんに登場する後代の人物カウントしてみたよ

きっかけとなったのはこのツイート

https://twitter.com/dogu_fm/status/1346029676813115393

まとめ

https://sumatome.com/su/1346029676813115393

この主張に関しては、特に問わない。

宗教的に寛容だから笑いにできる」とした言説なんて、あまり聞いた事が無いのだけど。

しろ日本宗教にいい加減だからだと思うんだけどね。良くも悪くも。

そもそも宗教馬鹿にする文化アメリカにもイギリスにも有る。

気になったのはそこでは無くて、キリスト教聖人バンバン登場しているのに、仏教導師祖師が登場しないという分析

これは本当なのか確かめてみた。

以下はその結果。

集計ルール

聖☆おにいさんを読んでいると、キャラクター達は登場パターンで分類出来る事がわかる。

そこで、キャラクターの扱いについて大まかに分けてみる。あくま便宜上の分類。

1. 主人公二人組

2. 二人にがっつり絡むキャラクター天使弟子達)

3. ゲスト的に登場し、二人に絡むキャラクター

4. 二人の会話の回想シーンに登場するキャラクター

これら全て登場人物なんだけど、4は聖☆おにいさん独特の登場パターン

元のツイートで例に出しているルターはこれに相当する。

今回はあくまで後代の聖人導師などや、その他伝説となった人を対象としている。

ペトロとかアナンダなどの直接の弟子カウントしていない。

実在人物でも聖書登場人物などもカウント外。

3の登場パターンは○

4の回想での登場パターンは△

名前だけしか出ていないのは※

集計結果

1巻

特になし

2巻

△ 聖ニコラウス 9話 クリスマスネタ

3巻

空海 18話 伊豆旅行の時にガイドさんが発言弘法大師名義

ルター 22話 免罪符ネタ。1コマ

4巻

△ ヴァレンティヌス 23バレンタインネタ

ダ・ヴィンチ 27話 漫画アシスタント候補として名前が挙がる

ラファエロ 27話 同上

5巻

特になし

6巻

ダンテ 39話 神曲の作者として

空海 41話 ショムジョのチームの一員として登場。セリフあり

三蔵法師 42話

7巻

天草四郎 48話 イエスさんが知っている戦国時代人物として挙げる

8巻

ルター 52話 ボウリング話題

9巻

ジャンヌダルク 62話 聖人認定話題

10

※ 聖ニコラウス 69話 クリスマスネタ

※ ヴァレンティヌス 71話 バレンタインネタ

ゴディバ夫人 71話 バレンタインネタ

11

即身仏 78話 ゾンビ映画ネタの絡みで登場

12

耳なし芳一 81話 ブッダさんの発言

13巻

特になし

14巻

特になし

15巻

特になし

16巻

ニコラウス 110話 クリスマスネタ

△ マルガリ119話 出産系の守護聖人として

ライムンド 119話 出産系の守護聖人として

※ アエギディウス 119話 出産系の守護聖人として

アントニオ 119話 出産系の守護聖人として

17

ジャンヌ・ダルク 123話 大家フランス語教師として登場

○ フラ・アンジェリコ 127話 イエスの絵を描こうと登場

18巻

ジャンヌ・ダルク 131話 セミレギュラー

ゴディバ夫人耳なし芳一は迷ったけど、モデルが居るみたいなので入れた。

即身仏名前は出ていないので、人によってはカウント外だとも思うが、とりあえず入れてみた。

他にも抜けが有るかもしれないけど、とりあえず。

○は仏教2回、キリスト教3回

△は仏教2回、キリスト教8回

※は仏教1回、キリスト教8回

一応、キリスト教多め。だけど…

分かったこ


ツイートへのちょっとしたツッコミ

キリスト教側については使徒はもとより四大天使に旧約の人物や遙か後代の聖人マルティン・ルターまで登場する。ところが仏教側は釈迦十大弟子天部梵天など)、釈尊の血族、悪魔如来観音菩薩は出てくるが、仏教重要な後代の導師祖師は出て来ない。

一度だけ空海イエスブッダに顔を会わせないかたちで登場してはいるらしいが。ともあれ後代の大乗仏教重要ボーディ・ダルマは出ていない。まして日本仏教にとりわけ大きな影響を与えた鎌倉仏教祖師である道元栄西法然親鸞日蓮は登場どころか名前すら出てこない。

マルティン・ルターは回想で触れられるくらいで、それほど。総登場5コマ程度だし。

空海についても何故か伝聞風に書いている(自分で読んだんだよね?)けど、ちゃんと登場しておりセリフまで有る。(登場コマは2コマだけどw)

そもそもキリスト教親鸞に当たる人物となると、キリスト教の成立史に名前が挙がる人物なんだろうけど、Wikipediaキリスト教歴史の項目に出てくる歴史上の人物は、それこそルターぐらいで。教皇も初代教皇ペドロ以外、名前も出てこなかった。

そうなると、作者の単純なネタ選択と考えたほうが自然じゃないかと。

しかし『聖★おにいさん』はあくまでそれらの人物を出さない。この数年はネタ切れなのか北欧神話まで持ち出してきた。七福神神道側として出してきたことも苦しい感がある。「八百万の神」の名は出たもの天照大神イザナギイザナミスサノオ辺りの名を出すのを避けているようにも感じる。

これに関しては、19巻に収録される予定の回でイザナギさんが出てくるので、完全に穿ち過ぎかと。

結論として

最初に述べたとおり、日本人の宗教に対する態度は寛容ではないという意見否定しないけど、漫画作品の描写だけで断ずるのは早計じゃないかな。

そもそも日本人の宗教観を批判する事が念頭にあったのか、バイアスが掛かってる様子だったし。

これだったら、聖☆おにいさんを持ち出さずに自分言葉で論じればよかった。

あと、こういう増田も見かけて面白かった。

一応クリスチャンだけれども聖★おにいさんは大好きだよ

https://anond.hatelabo.jp/20210106032817

つーか、自分クリスチャンじゃないけど、大いに賛同する。

2020-12-27

格闘ゲームを超久しぶりにやってみた

格闘ゲームをやってみたんだよ。なんとなく。いやなんとなくっていうか「新規層が薄くなってる! 格ゲー未来はあるのか!?」みたいな記事を昔読んだ記憶が、ゲームパスに入ってたマーベルvsカプコンインフィニティットを見た瞬間フラッシュバックたから。すでにゲームパスに金払ってるから無料DLできるし、やってもいいかなって思えて。ロックマンキャプテン・アメリカも好きだからね。

格ゲーするのは超久しぶり。確かゲーセンギルティギアゼクスちょっとやって「俺には無理だなぁ」と思ってやめちゃったくらい以来。スト2も夢中でやったけど小学生の頃の話だ。

んで、今の格ゲーがどうなってるのかワクワクしながらやってみたわけよ。衝撃を受けたね。この面倒臭さの塊に。

キャラが一人ひとり必殺技コマンド違うのはわかるよ。それくらいは覚えろっていうのも。波動拳コマンドは体が覚えてたかサクサク出せた。よかった。

んでこのゲームキャラごとにそもそもシステムが違うのな? ロックマンチャージがあるし、クリスはよくわからん残弾仕様だし、ダンテコンボは何が何なのかわからない。

しかもこれインフィニティストーンで立ち回りも変わるんだろ? それ全部覚えるんだろ? んで、そこから相手の相性を覚えて、それでようやくスタートラインなんだよね?

ぜってー無理! 無理!! 面倒くさい! こんなのオンラインで遊ぼうとか無理だよ! ストーリーモード始めたけど、毎戦ごとにキャラがかわってそのたびに操作方法行方不明になって迷子だもん。これ格ゲーマーは全部覚えてるの? 尊敬するけど真似したくはないわ。今はもうアンインスコしちゃった。たぶん二度と格ゲーにふれることはないと思う。

2020-11-01

anond:20201027205822

DMC2とか1と比べてスピード感が無くなったりダンテキャラが変わってたりで色々と叩かれるのは分かるんだけど

それでも初DMCが2でそこから1→3とプレイした人間から2は叩いて良い物みたいな扱いは正直辛い

2020-10-28

anond:20201028124344

わかりやすくいえば

本来ならヤミ金ウシジマくんに出てくるマイルドヤンキー底辺層従事するブラック産業になんか選択肢にさえ入らない大卒エリート層の雇用が突然消滅した」という認識が分かりやす

現に地獄のような就職状況だったと氷河期世代はいうが、有効求人倍率割ったのは2000年の一度きり

からダンテ神曲みたいな地獄巡りの状況に陥ったって人間が「大卒者層で」大量に出たというのが氷河期世代の大まかな認識で間違いはない

から「職さえ選ばなければいくらでもあっただろ」ってのは、嫌がらせでも嫌味でもなく今に比べたらホントのことだったんだよね

東大卒八百屋やれっていうようなもんだが、職がないよりマシだろうって感じで

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