瓶の底で、蛍は微かに光っていた。
しかし、その光はあまりにも弱く、その色はあまりにも淡かった。
僕の記憶の中では、蛍の灯はもっとくっきりとした鮮やかな光を夏の闇の中に放っている筈だ。そうでなければならないのだ。
蛍は弱って死にかけているのかもしれない。僕は瓶の口を持って、何度か振ってみた。蛍は瓶の壁に体を打ちつけ、ほんの少しだけ飛んだ。しかし、その光は相変わらずぼんやりとしていた。
多分、僕の記憶が間違っているのだろう。蛍の灯は、実際にはそれほど鮮明なものではなかったのかもしれない。僕がただ、そう思い込んでいただけのことなのかもしれない。あるいは、その時僕を囲んでいた闇が、あまりにも深かったせいなのかもしれない。
僕には思い出せなかった。最後に蛍を見たのが、いつのことだったのかも思い出せなかった。
僕が覚えているのは、夜の暗い水音だけだった。
煉瓦造りの、古い水門もあった。ハンドルをぐるぐると回して開け閉めする水門だ。岸辺に生えた水草が、川の水面をあらかた覆い隠しているような、小さな流れだった。辺りは真っ暗で、水門の溜まりの上を何百匹という蛍が飛んでいた。その黄色い光の塊が、まるで燃え盛る火の粉のように、水面に照り映えていた。
あれは、一体、いつのことだったのだろう。
そして、一体、どこだったのだろう。
上手く思い出せない。