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2019-04-18

交通情報など(掛川市金城

https://www.gaccom.jp/safety/detail-347593

不審者情報

静岡県警察本部より不審者情報がありましたのでお知らせします。詳細は下記のとおりです。

○発生日時 

平成31年4月17日(水) 午後1時40分ころ

○発生場所 

市内 金城 公園

○状況   

遊戯中、「どこの学校?体育とか好き?教師から教えてあげる」と声をかけられ、立て伏せをさせられた。

○遭遇者  

小学生女児数人

不審者の特徴

60代、160cm位、中肉、眼鏡薄茶野球帽、薄茶上衣ジーパン

 なんだこれ………

 なんだこの変態(?)ーーっ!

 

2019-02-06

anond:20190206214756

毎日パサパサの薄茶色の飯食わされたことないか増田はそんなことが言える

ニンニクリンゴ人参の混合液を飲まされれば分かる

白米と白砂糖コーヒーのない家で作られる飯は虚無

多少腹回りがぷよってようと顔がでかかろうと普通の女が一番です

2019-01-20

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

2019-01-05

anond:20190105142939

客観的に臭くてシミだらけの薄茶けた布のかたまりになってるはずだし

tシャツの加工なんかそんなやつができんやろ

創作増田は全くアスペ貶しが下手だなー

2018-12-22

anond:20181222093433

自分もそれを10年ちょいくらい続けたが、あるとき腕とか腿のあたりが何か薄茶色くなってることに気づいて

それをこすったら落ちた=垢だ!と分かって、月1~2回くらいはボディソープ付けて垢すり的なタオルでこすることにした

他人には特に何も指摘されなかったし、垢すりするようになっても何も言われてないな

2018-02-26

anond:20180226162158

お菓子は良いとして。薄茶は良い抹茶以外はしんどいです(実は)。


抹茶コーヒー並みにカフェインあるんでお気を付けくださいね。真夜中に飲むと眠れないよ。

http://chakatsu.com/basic/caffeine_matcha/

2018-01-29

猫の...

昨日、川の遊歩道で2匹の猫を見かけた。

撮影しようとしたら一匹が寄って来てスリスリし始めたので、こっちを撮影してたら、

もう一匹の奴が地面をガリガリ引っ掻いているような音がした。

寄ってきた猫が近過ぎて上手く撮れないかケータイをもう一匹の方に戻したら、

その猫の前に、薄茶色っぽい脳みそのようなものが落ちてる。

結構な量だ、小さなお茶碗で一杯分くらい。

あれっ、さっき有ったかなーと思って、映像最初の方を確認してみたら、

撮影開始時には無いものと判明。

えっ、これ、ゲロ!?

あの猫のゲロの形状と色が頭から離れない。

2018-01-26

18年間ずっと歯磨きのときに舌を磨かずにいたら

高3のとき、ガム食べながら塾の授業受けてたら突然、口の中にガムではない何かが出現して焦った。

ビックリして手を突っ込んでその異物を引っ張ってみたら、ペリペリ~っと舌から剥がれていった。異物の正体は膜状になった蓄積された舌の汚れだった。薄茶色。

隣の席に座ってる友達に気付かれないよう、慌ててその膜はティッシュに包んで隠したよ。

考えてみればそれまで一度も舌をケアたことがなかったんだよね。虫歯にも一度もなったことなかったから、歯医者指導を受ける機会もあまりなく、歯磨きがかなり適当だったんだと思う。以来、歯磨きするときは舌も丁寧に歯ブラシで磨くようにしている。

膜状の汚れが舌から剥がれるあの感触はどうにも忘れられない。

でも、歯磨きのとき舌も磨くようにって学校や家庭で習った?習ってない気がするんだよな。舌の汚れがある日剥がれるという自分と同じ経験たことある人、結構いるんじゃないかな。

2017-08-25

乳首無いのが怖くなってきた

エロ漫画広告でへったくそな絵で乳がぶるんぶるんしてる漫画が出てきたのだが、乳首が無い為に不自然な形がなお一層不自然ゴムボールみたいで気味悪くなった。

よく見たら乳首を白い丸で修正したせいで無いように見えたらしい。

漫画アニメでも男の胸に乳首が無いのがデフォルトだが、あの手も不自然さが怖く感じるようになってきた。

乳に薄茶色の楕円二つ書くくらいで卑猥にならんやろ、書けや不自然で怖いんや。

2017-04-29

ジャガイモの当たり

数年前に食べたジャガイモの味が忘れられない。

スーパーで買った1袋150円程度の鹿児島産の小粒の新ジャガ。

そのうちの一つに大きな半透明の染みができていた。

最初見た時は「腐ってるんじゃねえのか?」と怪しんだが腐ってる臭いはしなかった。

成長して芽が出始めてるわけでもない。

半分に切ったら中まで半透明状の薄茶色の染みが深く入り込んでいた。

怪しい物を家族に食べさせるわけにはいかないと、とりあえず毒味してみることに。

ラップして電子レンジでチンしてみた。

開けてみるとものすごくいい匂い

食べるとものすごくあまーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!

何だこの旨さは!トウモロコシを食べてるような甘さだった。

どうやらあの染みは、蜜が凝縮されたものだったようだ。

リンゴ中心部に半透明状の蜜が溜まっているのと似たような感じだろうか。

まりの美味しさに結局1人で独占してしまった。

新ジャガの季節になると、この蜜入りを求めて小粒の袋詰を意識的に購入しているが、これ以降「当たり」は出ていない。

品種改良して蜜入りジャガイモとか作れれば、売れると思う。

2017-03-18

連休初日新幹線で、私たちの横に座った人が、ヒョロガリで剃り残しヒゲが目立つアラサー男子一人

席に着いた途端PC開いてずっとネトゲ?みたいなのに熱中しててご飯もくちゃくちゃ食べで、うへーキモイと思ったら

くしゃみも咳も手で口を覆うこともしないしで、うわあ…てなった。

おまけに挙動不審というか間断なくゴソゴソ動く、貧乏ゆすり

おじいちゃんがハイキングする時にしか持たなそうな薄茶色?みたいな変な色のリュックノートPC入れてさっき新幹線降りてった

2016-07-02

ノーセックス・イン・ザ・シティ日本に住む外国人女性気持ち

何年も前の記事だけど、ふと思い出して訳してみた。

反応が気になるので、ちょっと長いけど増田投稿してみる。

ノーセックス・イン・ザ・シティ日本に住む外国人女性気持ち

Reannon Muth

女性教師に長くいてもらうのは大変なことなんだ。」東京英語教師になって初出勤の日、私の上司はこう告げてきた。「大抵の場合、6ヶ月以上はもたない。」私は驚いて、登録教師リスト(30人―全て男性から目を上げた。

「それはこの学校でという意味ですか?」

「いや。日本で、という意味だ…。」彼は肩をすくめた。「東京は独り身にはつらい街なんだ…西洋人女性にとってはね。分かるよね…。」

 彼の後ろの壁にかかっていた写真をちらりと見た。四人の中年白人男性。みんなひげを生やして禿げかかっていた。同じような歳の取り方で、垂れ下がった髪がメタリカメンバーに似ていた。そして全員が、モデルのようにほっそりした身体の、厚化粧をした美人日本人女性に抱きつかれていた。

 問題を抱えることになるとは思えないけど、と私は思った。

 私が魅力的な美人だったからそう思ったのではない。私は美人からは程遠い。スリムで中背、薄茶色の目とそばかす。良く言えばかわいい、悪く言っても並程度。でも私は競争相手が持っていないものを持っていた。長くて自然ウェーブのかかったブロンドの髪。その上私はバイリンガルで、旅行にも慣れていて、大卒だった。

 でも日本に来てから数週間の内に、不可解なほどに、もどかしいほどに、自分自身透明人間になっていることに気がついた。

 スターバックスかわいいバリスタ達は私に見向きもしなかった。自転車に乗ったビジネスマン達は私を無視して走り去っていった。大学生達はボソボソと謝りながら急いで私から遠ざかって行った。天気のことを話したり、道を聞いたり、何か話すきっかけを持とうとした時はいつもこうだった。彼らは挨拶すらしてくれなかったのだ。本当に。

積極的にならないと。」と日本人女性友達アドバイスをくれた。「日本の男はシャイからあなたから行かないとダメよ。」だから私はバーでもバスでも、男性達には誘いかけるように微笑んだ。レストランメニューや、地下鉄の案内の読み方を聞いたりした。

「何かおすすめの本/ドリンクはありますか?」本屋で隣に立った時や、バーで隣に座った時には、このおなじみの台詞男性達に尋ねていた。でも魅惑の眼差しや会話のきっかけなんてものは、相手が私を見てくれなければ効果がない。彼らが私と完全に目が合うのは、うろたえた表情を向ける時だけだった。まるで「私が将来産む子供達の父親になって。」と、たった今私がお願いしたかのような表情だった。上司が言っていたことは正しかった。独り身の西洋人女性日本に住むのはつらい。でもどうしてなんだろう?

 アドバイスを求めてインターネットを見てみると、デートできない西洋人女性というのは国外居住者の間ではおなじみのキャラなのだと知って驚いた。国外居住者が集う掲示板での、孤独独身女性書き込みの多さを見た限りでも明らかだった。

 深刻な問題のように思えたのだけれど、多くの女性が話すのをためらっていた。議論するには難しいテーマであるのも無理はない。その国の50%の人たちを極端に一般化することになるし、より悪く言うと、レイシスト男嫌い俗物女のように思われてしまうからだ。

 国外居住者日本人との間で同じように広まっている見解なのだが、実のところ日本人男性西洋人女性に魅力を感じてはいるのだ。付き合うために行動する度胸がないだけで。国外居住者達の間では、アジアにいる西洋人女性ジェニファー・アニストンのようなものだった。強くて、自立していて、積極的で、はっきり物を言う。遠くから見とれるには興味深い存在だが、実際に話しかけてみようとする男性はいない。西洋人女性は違いすぎて、異国すぎて、デート相手にするのは事実上不可能と思われていた。

 Y染色体を持つ国外居住者達にとっては話は別だ。女性国外居住者達が土曜の夜を一人で、ラーメンどんぶりに涙をこぼしながら過ごす一方で、男性達はキープしている女性達と我が物顔で飲み歩く。彼らはそうやって過ごしていた。

 アジアに行ったことのある人ならば、弱々しくてガリガリに痩せたベトベトの髪の白人少年が、完璧メイクしてミニスカートはいアジア人女の子と手をつないで歩いているのを見たことがあると思う。こんなことは世界の他の地域では決して起こらない。アジア以外の場所では、バービーケンと結ばれることになっている。不完全雇用で人付き合いの苦手な、日本刀コレクターの隣人、ケビンとではないのだ。でもアジアでは、デートルールがあらゆる論理進化法則に反している。アジアでは、オタク王様なのだ

 立場が違っていたらよかったのにと願ったとか、そういうことではない。ほとんどの場合で、私は彼らを喜ばしく思っていた。彼らは自分の国にいた時にはデートの予定を書き込むこともできなかっただろう。でもアジアでは高嶺の花を勝ち取ったのだ。彼らはまさにサクセスストーリーのものだ。魔法抜け道を使って、有利な条件の元で高根の花とデートしているとはいえ、誰がそのことを非難できるだろうか?西洋人女性にとってのそのような涅槃の地が存在するならば、きっと私もそこへ移住するだろう。

 時折、カップルを見て「彼女は本当にあの男と付き合っているのだろうか?」という疑問がかき立てられることはあったが、なぜ日本人女性西洋人男性を(オタクっぽいのでさえ)魅力的なデート相手候補と見ていたのかを理解するのは簡単だった。彼らは一つの物事に対して、真っ直ぐで広い心を持っていた。彼らはメガネ越しの西洋の目で、恋愛関係を対等な協力関係として見ていた。それは、昔ながらの了見の狭い日本人男性には、まだできていないことだった。西洋人男性達がガールフレンドを大切に扱って、お互いが二人の関係に満足しているのを見て、それが分かってきた。彼らの思いがけない行動や奇妙な言葉遣いが、翻訳で多少失われて、伝わらなかったとしても何の問題があるだろうか?社交的でない人も、愛し愛されてしかるべきなのだ

 でもうらやましいと感じないようにするのは大変だった。私が毎週末、クラブダンスフロアに一人で立ち向かっている一方で、バカっぽい外国人男性達が上手にナンパして電話番号を交換し、最初デートの予定を決めているのを見た時は、特につらかった。彼らは駄菓子屋ではしゃぐ子供達のようだった。日本人女性グルメ向きのトリュフチョコレート。一方で西洋人女性は、容器の底に溶けてこびりついた三年物のトッツィー・ロール。日本人男性達はたぶん私達に気後れしていた。外国人男性達は私達を気兼ねなく無視するだけだった。

 でも私は出会いを求めてアジアに来たわけではないのだ。いつもそう自分自身に言い聞かせていた。ここに来たのは、日本語マスターして、自分の国とは大きく異なる文化を楽しみたかたからだ。でも生活日本に移すことが、恋愛生活故郷に置いてくることを意味するとは予想もしていなかった。東京での生活を存分に楽しんでいたとはいえ、公平な取引だったとは思えなかった。

 外国人女性恋愛には成功話がほとんどないと言っているわけではない。知人の何人かは日本に来た後、夫または婚約者を連れて帰国して行った。でも彼女達は少数派だ。ほとんどの西洋人女性は一人で日本に来て、ずっとそのままだった。

 とある金曜の夜、仕事からの帰り道の途中、自分がもう日本に九ヶ月いることに気がついた。この逆境に打ち勝ったことを内心喜んだ。上司が間違っていたと証明したのだ。でも重い足取りで帰宅し、『The Office』の再放送を見ながらセブンイレブン寿司の残りを食べるという、いつも通りの夜を過ごしていた時、何のために頑張ってきたんだろうと疑問に思った。魅力がなくて、誰からも求められない、最低で、女性扱いすらされない。ずっとそう感じてきた。短いスカートはいた時や、ぴったりとしたトップスを着た時でさえ、男性達はちらりと見るだけだった。いやらしい目を向けるような建設作業員でさえ、私に対しては退屈そうで無反応だった。自分火星人になってしまったように感じた。そしてすごく、すごく寂しかった。外国人女性達を、デートのチャンスがある輝かしい境地へ連れて行ってくれる最後の船に乗らなかったのは、もしかすると間違いだったのかもしれない。

 なぜなら事実として、東京は独り身にはつらい街だからだ…。西洋人女性にとってはね。分かるよね。



記事No Sex in the City: What It's Like to Be Female and Foreign in Japan - Vagabondish

2016-04-07

[] アナル遺伝法則

遺伝というものを初めて発見した人物をご存じだろうか。

19世紀ザーメンデルという男がいた。

彼は無類のアナル好きで、毎晩可愛い女の子アナルをおがんでいたそうな。

ザーメンデルしわしわアナルがたいそう好きであった。

ある日、あまりシワのないアナルもあることに気付いた。

エイノゥ(アナル)のシワの数が女の子によって違うのはなぜだろう?」

ふと、疑問に思ったザーメンデルは、エイノゥの研究・開発に取り組むことにした。

シワのあまりない女の子の両親のエイノゥを調べると、同じくシワがあまりないことが分かった。

一方、しわしわ女の子の両親のエイノゥはシワシワであることが多いのだが、片親があまりシワがない場合もあることが分かった。


また、ザーメンデルエイノゥの色素沈着にも関心を持った。

茶色エイノゥと薄い茶色エイノゥは何が違うのか。

色素沈着もシワと同様に両親から影響を受けることが分かった。


研究を進めていくうちに、ザーメンデルはある仮説を思いつく。

優性の法則である

この仮説によると、シワの多いエイノゥと茶色エイノゥは優性、シワの少ないエイノゥと薄い茶色エイノゥは劣性であるというのだ。

ここで、遺伝子記号で表してみよう。

シワが多い A

シワが少ない a

茶色い F

薄い茶色 f

これら遺伝子は対になっており、優性の遺伝子表現型として発現する。

まり、シワが多くて薄茶色いエイノゥは、AAffまたはAaffとなる。


純系の茶色いシワエイノゥAAFFと純系の薄茶色いシワ少エイノゥaaffを交雑させると、

茶・シワ多(AF) : 茶・シワ少(aF) : 薄茶・シワ多(Af) : 薄茶・シワ少(af) = 9:3:3:1

比率で、その形質のエイノゥが発現した。

これは、ザーメンデルの仮説を裏付けものであった。


しかし、この偉大なる発見歴史の闇に埋もれてしまうことになる。

なぜなら、ザーメンデルが恥ずかしくて公には発表しなかったからだ。


後に、メンデルと呼ばれるザーメンデルの生涯はここで幕を閉じた。

彼の死から50年後、このザーメンデル遺伝法則は、ドフリース、コレンス、チェルマクらによって掘り返され再発見された。


*参考文献 アナル遺伝学 第6版 ケツ穴出版


アナル増田

2016-03-12

にんじんって別に美味しくない

にんじんってまずくないけど美味しくもない。

にんじん薄茶色できゅうりのように大した栄養がない野菜だったら私は絶対食べない。

安くて栄養があってオレンジ色だから仕方なく食べてるだけ。

なすやきゅうり栄養が無くても美味しいから食べちゃうんだけど。

2015-11-07

純潔の表現としてのピンク

我々は黄色人種から乳首基本的にはピンクがかった薄茶である

当然色黒の人は乳首も黒いし白い人はピンクよりになる。

妊娠したら赤子に吸わせるために準備として皮膚が分厚くなり黒ずんでくる、授乳が終わる頃には元に戻る。

まれエロ性的に純潔である表現として綺麗なピンク乳首を見かけることがあるが、当然ファンタジーだ。

この純潔の表現としてのピンク男性向けエロだけではなく、腐向けエロで利用されることもある。

性的に純潔である受の陰水焼けしていない綺麗なピンク性器、これはファンタジーなのかどうか気になる。

男性が実感としてあるからこそ、エロ女性の純潔の表現としてピンクを使うのでは。

どうなんだろう。

2015-09-18

鬼女

「あ、綾香さん、今日も昼からシフトぉ?」

色黒の顔を隠すかのように、全身黒の野暮ったい服を着た

中年女が、今会社に着いたばかりの綾香に声を掛けた。

すぐ傍には思いを寄せている係長がいた。

女の目には、自分とはまるで正反対の綾香が、

係長の大のお気に入りであるということは明白だった。

 

「綾香さんさぁー、これからは朝からシフトにしたらぁー?

 綾香さんが会社に来たとたん、係長が嬉しそうな顔になるしさぁー」

近くに係長がいることを知った上で聞こえよがしに厭味を言う。

中年女にできる精一杯の嫉妬アピールだ。

「そんなことないですよねっ、係長っ」

ふわっとした笑顔中年女ではなく、係長に微笑みかける綾香。

その態度がまた、中年女の嫉妬心を刺激する。

中年女が嫌味を執拗に続ける導火線になった。

 

その夜。

仕事が終わり、ある家での会話。

「いやぁ、昼のあのオバサンの言葉にはウケたよねー」

そう笑いながら、件の係長はグラスにワインを注ぐ。

「ほーんと傑作っ」

差し出されたグラスを受け取りながら、綾香は答えた。

男はあの中年女の不愉快言い回しを真似してみせる。

「『綾香さんが会社に来たとたん、係長が嬉しそうな顔になるしさぁー』って。

 まったく、何も知らないって怖いよな。

 こっちは、会社でも家でも、綾香の顔を見てるっつうんだよ」

「ほーんと。うちらが一緒に暮らしてるのも知らずに、

 あんなこと言っちゃって、孤独中年って悲惨ね」

「でも、あんな言い方されて腹が立たない?」

全然だってあなたがいつも味方してくれるんだもん」

「いや気にしてないならいいけど。…でもなんかひとこと言い返してやりたいよな」

「…じゃあ、さ。」急に真面目な顔になる綾香。

「えっ、なに?」

「ここに連れ込んでよ、あのひと」

「え?」

「だから、あの女を誘惑して、ここに連れてきて」

「で、どうするの?」

復讐よ」そう小声で言って綾香はワインを飲み干した。

復讐?」

「そう」ゆっくりと頷き、言葉を続けた。

「女はね、一度抱かれると、ますますその男を好きになってくの。

 あのオバサン、あなたが欲しくてたまんないみたいだからさ。

 で、もう後戻りできなくなった頃に、種明かしをするの。

 …どう?抱ける?」

薄茶色の黒目をいつも以上に大きくし、悪戯な笑みを浮かべる。

「うーん…女ってずいぶんと残酷なこと考えるんだな」

「その女がだーい好きなのは誰よ」

「うるさい」

黙らせる代わりにその唇を塞ぐ。

「んん…。せ、背中背中…強く噛んで」

ボートネックニットの右肩を自ら引っ張り下ろし、

その肩を男の顔の前に差し出す。

細いうなじから肩までの透き通った白い肌に、

数箇所、歯型の痕が赤々と残っていた。

2014-09-06

祖母と母と三人で祖父の墓参りに行った。

お彼岸まではまだ遠いし、命日が近いわけでもなかったが、祖父母と実家の家が遠いので

行けるときにお参りをするのが習慣になっている。

実家と私の家は同じ関東圏といえど、父とは折り合いが悪かったことがあって

何のかんのと理由をつけて仕事理由に家を出た後戻ることはなかった。

あるとき家に立ち寄った学生服の妹が、実家にある私の部屋は今お父さんのパソコン専用になってるよと

教えてくれた。多分、サーバールームかなにかなのだろう。そこまでするのかと当時はただただびっくりするばかりだった。

そんな次第で、母と会うのは久々だった。

記憶ではもっとふっくらした方だったのが、その面影はあとかたもなく、様相は一変していた。

20kg痩せたらしい。

以前が転がるビア樽だとすれば、今は歩くまな板である

ナイトメアビフォアクリスマスにまじっていても気付かないと思う。

祖母は変わらない。祖父が亡くなったことを機に髪染めを止めた頭は、

薄茶と白のまだらな髪だったはずだが、真っ白になっていたことくらい。

いつも穏やかに微笑んでいる姿はそのままだった。

お墓に向かう途中で、同じお寺の檀家さんの方に挨拶される。

会話が面白かった。

「私の孫です。」

娘をおいて挨拶するあたり、昔からなぜか自分に大甘の祖母らしかったが、その紹介がまさかの誤解に。

母とセットで兄弟に間違われたまま会話が進んで、

檀家さんが孫だと思っていた人が娘と知って目を丸くしていた。

東京オリンピックって何年だっけ。母の歳の計算を脳裏で思わずしてしまう。

恰幅がいいとは、親父のような男性に対する上品な言いかえだと知ったのは社会人に入ってのこと。

部署編成で久々に顔を合わした同期に先日も言われたが、仕事帰りにお酒で潰すほど呑ませた。

「まぁ、そんなに大きなお子さんがいるの」と対面のご近所さんに何度も言われて、

おかしいと思っていたら姑さんと奥さんと造作がよく似た二人に交互に言われていたのよと

祖母に自慢する母の姿は、確かに若かった。

2013-10-04

http://anond.hatelabo.jp/20131004190004

革製のマウス"パッド"な!?

革張りのマウス本体はさすがに知らない。

普通に最高級マウスとなるとロジクール10ボタンマウスとかになっちゃうけど

(ちなみにG700は鼻血が出るほど使いやすい)

ここは色を合わせて木製マウスキーボードでどうよ。

http://item.rakuten.co.jp/otogino/t3q108-nn/

やや薄茶色の皮製マウスパットと組み合わせれば、いい感じの落ち着いた雰囲気になると思う。

良いものを送られれば、なかなか乱暴には扱いづらくなるしね。

(まあそれも人によるけど)

2013-09-26

落し物を落とした事にすら気がつかなかったボケ女の話

ある雨の日に出掛けようとしたとき、初めて異変に気がついた。

地味な傘ばっかりささってる傘立てを華やかにしているはずの一本のピンク日傘がそこにない。

何故?いつから?ここじゃない家の中のどこかにあるのか?

ないと困る。母親に買ってもらったそれなりの値段がするブランドものの傘である

しかし傘立て以外に傘が収まる場所はこの家にはない。

失くした?いつ?どこで?

心の奥から絶望感がジワジワと拡がっていく。

申し訳ない気持ちや、怒られる恐怖や、喪失感、

何より失くした事にすら今まで気がついていなかった自分脳みそにただ、ただ絶望する。

何故こんなことに。

いつどこで失くしたかもわからないものが、見つかるとは思えない。

もうダメだ。

良くないこととはわかっているが、この事実隠蔽したい。

同じものを買う、とか。買えるのか?セール品だったのに?

とりあえずブランド名で検索、財布やら何やらは出てくるけど傘の情報ほとんどないし、

同型の商品の情報は何もない。Amazonにもない。

もうダメだ。

この不良品で使い物にならない脳みそをもう一度使って考えてみる。

何処で失くしたか

そもそも最後に使ったのはいつか。

基本的に折り畳み傘を使うし、自転車での移動が多い。

使うとしたら電車バスの移動のときだ。

電車の中、バスの中、飲食店などのお店の中

この3つが忘れる可能性が高いと思われる。特に前二つが可能性として考えやすい。

電車は何線なのかわからないが、

最寄り駅沿線が一番可能性が高い。

鉄道会社ホームページを見ると3日保管後、警視庁遺失物センターに保管されるとある

警視庁遺失物センター…どこで落としたとしても最終的にそこに集まるのか?

だとしたら最初からそこに問い合わせれば事足りるのではないか

しか飯田橋遠いし、手続きに時間かかりそうだ。

なんせこの大都会東京のあらゆる場所からの遺失物が集まるところなんでしょ??

傘なんて何万本あるんだ?

もう一つの可能性、よく使うバス会社ホームページを見てみる。

遺失物は営業所で保管。営業所は近いぞ!とりあえず営業所に行ってみるか近いし。

バス会社営業所に行ってみた。

窓口が非常に狭い。客が2人いたら満員である

窓口のお兄さんに用件を伝えると奥にいったっきり暫く出てこない。

「いつ頃失くされました?」

「えーと、結構前で、先月末、多分20日くらい…」

今更なう曖昧でなんとも恥知らずな客である

「色は?」

ピンクです」

しばらくひたすら記録簿のようなものペラペラめくってる。

ああ、ごめんなさいごめんなさいもういいです諦めます

「あの、ない、ですよね?」

「いや…」

(いや?)

「一件だけそれっぽいのがあるんですよね。骨は多いですか?」

骨の本数なんて覚えちゃいないが(聞かれるとは思わなかった)

造りはしっかりしてるので普通の傘よりは多いかもしれない。

普通のよりは多いかもしれないです。」

「なるほどね」

骨の本数なんて記録してるんだろうか。特徴のポイントとしては盲点だった。

「30日に届けられたもので、日傘じゃなくて普通の傘として届けられてるのですが、取手薄茶色で、リボンの留め具が付いていませんか?」

!!こっちが伝えてない特徴が出てきたぞ!これは期待できるかもしれない。しかし30日って!全然違うじゃないか自分

「そうです!」

警察署に届けてあるのですが、結構前なので、さらにそこから飯田橋の遺失物センターに送られてるかもしれません。とりあえず問い合わせてください。」

受領番号、管理番号警察署電話番号が書かれた手書きのメモをくれた。ありがとうお兄さんありがとう

しかしこれが本当に私のものじゃなかったら?また振り出しに戻る事になる。まだ喜べない。

ここは電話するスペースもないし、天気も悪かったから、駅まで行ってから警察署電話をかけてみる。

若い女の人の声で、たどたどしく対応してくれた。即刻伺うことにした。

警察署に行くのは免許証の住所変更のときに来て以来である。確かに遺失物コーナーみたいなのがある。

カウンターではおばちゃんがぶっきらぼうに対応してくれた。

ほいさ、と出てきた傘は私が求めていたそれである。おまえこんなところにいたのか!放っていてゴメンよ!

遺失物届出書っていうのと、受領書っていうのの2つの書類を書かされた。

この遺失物届出書っていうのを書くのがまず最初にやるべきことだったのかもしれない。

見つかってから書くのも変な感じである

やがて雨が止み、傘を2本持って街を歩くボケ女の姿がそこにあった。

我が家の傘立てに華が戻った。

2013-09-10

高速飛行 あいつは何?

いま薄茶色の巨大な何かが物陰に高速で飛んでいったんだが。何? ゴキブリの色ではないし蛾かと思ったんだけど、一瞬歩いた気がしたから違う。アシダカグモかね? 蜘蛛ってちょっと飛ぶしな。怖い。猫がいれば食べてくれるのに。

2013-07-09

兄・兄カノありがとう

ずーっと疎遠だった兄の家に居候して、兄すいませんとここに書いてから早4ヶ月。やりました、やっとこさ内定ゲット。途中うまく行かなくて嫌になりそうだったけど、やっぱり最後も兄のおかげで就職活動を終わることができた。

どうやっても面接に慣れないと嘆くわたしに、「面接って自分を売り込む機会だから、それ相応のやり方をすれば多分受かる」とボソリ。面接官が何を見て評価しているかからないと悩むいうわたしに、「考えるプロセスでしょ、学生社会での実績なんて求められるとは思えないし」とポツリ。面接での質問って何すればいいか迷う自分に「友達会社も、選ばれるためにってだけじゃなく、こっちだって選んでるんだよ、そう考えりゃ質問ひとつやふたつ…ねぇ」とチクリ。いつも答えに飛びつこうとするわたし向けに、答えではなく、優しいヒントをくれた。

兄は自分のことを語ろうとしないから、兄が家を出てからの全てを兄カノに聞いた、もう全部。学生ビザだけ取って、母から手切れ金を手にし一人渡米した兄は、怪しいバイトをしながら向こうで大学卒業大学24時間オープン図書館には、いつも深夜までいたそうな。大学を出て現地で就職祖国日本に「転勤」に。これまで壮絶なんて言葉で片付けられないものだったと思う。50万円だけ持って渡米、仕事がバレたら最悪は強制送還という環境の中で学費を稼ぎ、並行して学業を修める。3年で卒業し、現地人を押しのけ出世ですか。これもまた、ひとつアメリカンドリームなのかも。

兄がまだ家にいた頃、あからさまにおかずが少なかったり、むりやり家に近い公立高校に入れさせられたり、血の繋がらない母に酷い仕打ちを受けてきた兄。こういうことは兄カノも知らなかった。当然、兄カノ爆泣。「これで彼の兄くんの性格や言動、どこかでその生い立ちは想像したけど、これで全てが繋がった」と。「すごくエゴな言い方だけど、私が彼を幸せにすることは、私のライフワークなの」と言い切る薄茶色の眼は本気そのもの。兄の昔を話す過程で、兄カノが兄に寄せる想いは恋愛とかそういうのを超えたものを感じた。兄カノとはそうやって、日本で育った兄と米国で生き抜いた兄の歴史をつなぎ合わせた。目眩がしそうなくらいの洋書に囲まれた兄の書斎、綺麗に片付いた机の上の"Stay Faced"という木彫りの置物。常に現実直視せよ、と解釈してる。多分、兄はこれまでそうせざるを得なかったんだろう、と今やっと理解。

全てを把握したところに帰宅する兄。私も兄カノも目がボンッボンに腫れてて直視できない。板チョコみたいな腹筋をボリボリ掻きながら「さて夕飯でもいただきましょうかねぇ」とお風呂から出てくる兄。畏怖の念さえ覚えてうつむく二人を気にすることもなく、「今日おみやげは…じゃーん、スイス帰りの部下にもらったチーズワインいきますか兄カノさん、ワイン」と。

わたしはもう我慢の限界。「兄カノちゃんから全部聞いたよ、わたしも兄カノちゃんに全部言った」と。「ん?何を?」と兄。「だから、全部」とわたし。少しため息と沈黙の後、兄。「大体何話したか想像つくけどさ…どれも過去の話でしょ、後にも先も生きられないんだからとりあえずいま妹の内定祝いってことで飲もうよ」

「いや、でも、嫌かもしれないけど、お金のことも聞いたし」「それもまた過去」「じゃあ過去の話としてさ、兄はどう思ってんの?」「昔の話だし、どうとも思ってないよ」「母のことも?普通あの扱いはひどいんじゃない?」そんなやりとり。

少しの溜息のしぐさだけして、兄は言い放ちましたよ。「じゃあさ、もし、昔がひどいとか可哀想とか、いまさら何かできる?可哀想といま思われちゃっても、『ああ酷かった辛かった』って言って今が楽しくなる?まぁこの際だからちょっと言うけど、当の本人としては、どうしようもないことをウジウジ思い悩む暇も余力もなかなかないわけよ、そもそも自分は可哀想じゃないとどこかで思ってるから人が可哀想と思えるんでしょ、自分一人だとそういう考えないんだよね、もうね、すぐそこに対処というか対峙しなきゃいけない現実があるんだな、だから、俺が気にしていない、もしくは気にできないことを他の誰かが気にするとかさぁ…とまぁ当の本人は言ってますよ… ハイ昔話おわり、喉かわいた、さ、ワイングラス」

これが唯一過去に関して兄の過去に関しての見解が聞けた機会。触れてほしくないと思わせる言い方というより、兄の中で完全に区切りがついているということだけはわかったので、もうこの話にはならなかった。兄もいつもどおり無口に戻った。

この人は本当に強いと思った。飄々としてるけど、ブレない何かを持ってる。だからこそ、言葉がずっしり重い。寡黙が故にたまの発言が注目を引くからでもなく、大きな身体から発せられる野太い声だからでもないんだ。この人の魅力は上のような経験に裏打ちされた深みから来ている、不思議な引力みたいなものなんだと思う。

もし、人生ゼロサムゲームなのであれば、この兄にしてこの初見ドン引きするくらい美しく、聡明で、慈愛に満ちたカノジョは当然の果報だ。お金にしてもそう。最初成金だと心の中ではちょっと軽蔑していたけど、彼の不遇の時期を考えれば、表参道の家も、3台の車も、3人なのになぜか15万の食事も、すべて兄自身で獲得した富だ。ましてやあんな母に対しても、娘の学費・結婚費用と、その豊かさを分配している。

わたしは、この気持ちに嘘が付けなくなる前に、いまはひっそりと田舎に帰ろうと思う。兄、兄カノありがとう

2011-01-28

http://anond.hatelabo.jp/20110127214117

依頼元の不満は、主に配色という意味だと推測する。

「文字と背景のコントラストが高くないと、若くない人は見にくい」

beforeを見ると、メニューとかコンテンツタイトル薄茶の上に濃茶になっている。

afterでは緑地や青地に白文字コントラストはbeforeよりずっと高め。

そういう意味で、目を引くのはどちらかといわれたら、後者なわけだ。

対策としては、作った距離+1mくらいから見てみること。

どこに目を引きたいのか、実際に目を引けているかがけっこうわかると思う。

配置やタイトル文句などはほとんどいじっていないので、

そこはそこそこ気に入ったというか納得してるんだと思うんだよね。

デザイン性の高い品物を売っている人への対策としては、

手書きでもいいのでできるだけイメージを相手側から出させること。

自分は清書機になったくらいの気持ちで。

とにかく見た目のコンセンサスをしっかり取ること。

打ち合わせが1回多くなったからって、リテイク1回よりはよっぽど楽だ。

 
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