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はてなキーワード: 平易なとは

2021-04-05

anond:20210405081954

Wikipediaより難しい文章読めます?読めるなら検索すればいくらでも出てきますよ。

まずは自分限界を知って、平易な文章からまれるといいと思います

2021-03-08

anond:20210308141254

そもそも単語熟語に区切って考えるから腑に落ちないのでは?と思ってしまう。

単語意味なんて古文現代文とで同じものごまんとあるわけだけれど、同じ意味文章話し言葉書き言葉で違う書き方になるのであればそれは乖離してると言えるんじゃないかなと。

例に出してる安愚楽鍋がまさに新しいものだったというか、そういうものがあったからこそ文学も誰もが読める平易な話し言葉に近いもので書かないとダメだね、というようになったってのが流れでは。

こうでなくてはならない、けしからん、という姿勢の人が多くいたんだと思うよ、当時は。変えたい人たちと伝統通りにしたい人達のせめぎ合いの結果、口語体が残っていったって話であって。

オタク外国人と話してるのは気楽です

ことの発端はツイッターで宇崎ちゃん国際問題に発展した時。

日本でもバズった英語ツイートの中に

あなた達がその話をしたらゼノモーフ(エイリアン宇宙人)が来るぞ!」

とリプをしている人がいた。

何となくその人が気になってタイムラインを遡ったら

「朝起きてリビングに行くと、俺の本棚にあるハズのヘルシング3巻があった。俺は外に出した覚えはない…娘、俺の愛しい3才の娘がぁぁぁ(意訳)」

と、世界の親御さんあるあるツイートしていて、英語で2以上を取ったことがないのに

あなたはとてもキュートなお父さんだね」

とリプを送ったら、速攻でfavとリプがきた。

おいおい、スラング盛り盛りの英語Google翻訳先生が苦手とする分野だぞ。

でも、そうやってツイッターでの付き合いが始まった。

そして、リプライDMブツブツ

宇崎ちゃん論争っていつまで続くんだろう?パトレイバーは傑作だよね!俺は秘密にしているが、シロマサ版のMOTOKOも大好きなんだ、萌えって逆に萎えるよね、ヘルシングで一番好きなキャラは誰?

などということを、日々彼はなるべく平易な英語で、私は拙い英語で、画像gifを交えながら話している。

たまには少し難しいことについて話したりはするけれど、基本的にはオタク話と、最近身近であったこしかさない。

オタク趣味以外全く接点のない、国籍人種性別が違い、年齢の開きもかなりあるから偏見の持ちようがない同士だから他愛無い話ができる、むしろ、それしかできないんだけれど。相手属性所属を読んでからさなきゃいけない最近の時世に疲れてるとそういう関係がとても心地よい。

この前、ロボット談義をしていて、モーターヘッドって知ってる?と聞いたら

ファイブスター物語の話ができる人と会える日が来るとは思ってもみなかった!!」

と凄く感激してくれた。

2021-03-07

anond:20210307055157

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない」

あのね、この時点で完全に間違いなの。

平易な短文を積み重ねて、子供の作文じみたものにせずに、大人の鑑賞に耐えうる文章にするっていうのが、どれだけ難易度いかわかってない。

一度自分でやってみ。ほぼ間違いなく読むに耐えない文章になるから

こういう「一見子供の作文みたいだけど実は」っていう文体最初発明したのはヘミングウェイなので、増田は一回ヘミングウェイの初期短編を味読するとよい。できれば原文で。

ヘミングウェイ文体チャンドラー経由で村上春樹にも入ってる。

文章における技術とは、小説における技術とは何か、両者の関係はいかなるものか、については以下の本でも読んで自分で考えてください。

佐藤信夫レトリック感覚

同『レトリック認識

デイヴィッド・ロッジ小説の技巧』

ちなみに佐藤亜紀が『ロリータ』の冒頭について言ってることはロッジの本で言われてることほぼそのままだったりする。

村上春樹文章は「うまくはないが読みやすい」(補足あり)

https://note.com/historicalmoc/n/n284957b96801

出したな! 俺の前で! 村上春樹文章の話を! 

村上春樹作品はほぼ読んだので大体同意だけれど、肝心の文章について全く語られていないのは片手落ちしか言いようがない。こういう何かを語っているようでその内実がわかりにくい言葉を並べるからハルキストだのなんだの揶揄られるんだ。ファンなら真面目にやれ。村上春樹以外の人間村上春樹の真似したら中身がない駄文しかならないって小学校で教わらなかったのか。

つーか村上春樹文章別にうまくねえから。特徴的で読解大好き人間ほいほいってだけ。

  1. リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)
  2. 比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない
  3. めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

というこの3点が村上春樹文章もっとも印象に残る要素である。本気で語るなら時期によっての文体の変化とか、もっといえば情景描写についてもまとめたいのだけれど、とりあえず書き散らす。なお、3に関しては他作品に関する読解を含み、ひとによってはネタバレ解釈しうるものも混じるので注意。

1.リズムがあり、断定調である(巧くはないが読みやすい)

実例を挙げてみる。

四月のある晴れた朝、原宿の裏通りで僕は100パーセント女の子とすれ違う。

正直言ってそれほど綺麗な女の子ではない。目立つところがあるわけでもない。素敵な服を着ているわけでもない。髪の後ろの方にはしつこい寝癖がついたままだし、歳だってもう若くはない。もう三十に近いはずだ。厳密にいえば女の子とも呼べないだろう。しかしそれにもかかわらず、3メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。

村上春樹4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて

1文1文が短い。技巧的な表現を使うわけでもない。文章から浮かんでくるイメージ閃烈鮮烈なわけでもない。日常語彙から離れた単語を使うこともない(「閃烈鮮烈」とか「語彙」といった単語が読めない人間は思いの外多いからな。ここでの「外(ほか)」とか/悪いATOKに頼りすぎて誤用なの気づいてなかった。指摘ありがとう)。ただただ「シンプル」だ。わかりやすい。

また、冒頭の1文の次にくるのは「~ない」で終わる文章連続だ。テンポがいい。あと、どのくらい意図的なおかわからないが、↑の文章音読していみると適度に七五調がまじっているのがわかる。そして、大事なところで「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断言を入れる。リズムで読者を惹きつけた上ですっと断定されると、その一文がすっと印象的に刺さってくるのである

まり別にうまい」わけじゃないんですよ。ただ「読みやすい」。それにつきる。読みやすい以外の褒め言葉あんまり信用しちゃいけない。「うまさ」って意味なら村上春樹をこえる作家なんてゴマンといるし、村上春樹の「文章」がすごいなんてことは絶対にない。うまいとか下手とかを語るならナボコフあたり読んだ方がいい。

とはいえ個人的な所感だと、この「読みやすさ」は村上春樹発見あるいは発明した最大のポイントだ。「リズムがよくわかりやす文章で圧倒的リーダビティを獲得する」という、一見してみんなやってそうでやっていない方策村上春樹が徹底しているせいで、誰でも座れそうなその席に座ろうとすると村上春樹と闘わなければならない。

2.比喩表現を多用し、不思議モチーフをたくさん取り入れるが、書いてることの中身について説明しない

で、そのあとにくるのが「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ彼女の姿を目にした瞬間から僕の胸は地鳴りのように震え、口の中は砂漠みたいにカラカラに乾いてしまう。」という文章である村上春樹比喩表現は独特で、たとえば『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を適当パラパラめくって見つけた表現として、「不気味な皮膚病の予兆のよう」「インカの井戸くらい深いため息」「エレベーターは訓練された犬のように扉を開けて」といったものもあった。この、比喩表現の多様さは彼の最大の持ち味であり、真似しようにもなかなか真似できない。

そして何より、「100パーセント女の子である。何が100パーセントなのか、どういうことなのか、この6ページの短編ではその詳細が説明されることはない。ただ、語り手による「彼女は僕にとっての100パーセント女の子なのだ。」という断定だけが確かなもので、読者はそれを受け入れざるをえない。それはこの短編に限らない。「かえるくん、東京を救う」におけるかえるくんとは。『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』における〈世界の終わり〉とは。「パン屋再襲撃」はなんでパン屋を襲うのか。「象の消失」で象はなぜ消失するのか。「レーダーホーセン」でどうして妻は離婚するのか。羊男ってなに。

こういった例には枚挙に暇が無い。文章単体のレベルでは「読むことはできる」のに対して、村上春樹小説比喩モチーフ物語様々なレベルで「言っていることはわかるが何を言っているかがわからない」ことが、ものすごく多いのだ。

3.めちゃくちゃはっきりした含意が含まれていることがある(ないこともある)

じゃあ、「村上春樹作品ふわふわしたものを描いているだけなのか?」と言えば、そんなことはない。村上春樹作品には「答えがある」ものが、地味に多い。

たとえば、「納屋を焼く」という作品がある。ある男が恋人の紹介で「納屋を焼く」のが趣味だという男性出会いふわふわした会話をして、ふわふわとした話が進み、語り手は時々恋人セックスをするが、そのうち女性がいなくなる。読んでいるうちは「そうか、この男は納屋を焼いているのか」という、村上春樹っぽいよくわからないことをするよくわからない男だな……という風に、読んでいるうちは受け入れることができる。

だけれど、この作品問題は、「納屋を焼く」とは「女の子を殺す」というメタファー可能性がある……ということを、うっかりしていると完全に読み飛ばししまうことだ(あらすじをまとめるとそんな印象は受けないかも知れないが、本当に読み落とす)。それが答えとは明示されていないけど、そう考えるとふわふわとした会話だと思っていたものが一気に恐怖に裏返り、同時に腑に落ちるのである

その他、上記の「レーダーホーセン」においてレーダーホーセンが「男性にぐちゃぐちゃにされる女性」というメタファーでありそれを見た妻が夫に愛想をつかした、という読みが可能だし、「UFO釧路に降りる」でふわふわゆきずりの女と釧路に行ってセックスする話は「新興宗教勧誘されそうになっている男」の話と読み解くことができる(『神の子どもたちはみな踊る』という短編集は阪神大震災地下鉄サリン事件が起きた1995年1-3月頃をモチーフにしている)。

勿論、これらはあくまで「そういう解釈可能」というだけの話で、絶対的な答えではない。ただ、そもそもデビュー作『風の歌を聴け自体断章の寄せ集めという手法をとったことで作中に「小指のない女の子」の恋人が出てきていることが巧妙に隠されていたりするし(文学論文レベルガンガン指摘されてる)、「鼠の小説には優れた点が二つある。まずセックス・シーンの無いことと、それから一人も人が死なないことだ。放って置いても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。」と書かせた村上春樹がその小説の中で実は死とセックスに関する話題を織り込みまくっている。近作では『色彩をもたない田崎つくると、彼の巡礼の年』で○○を××した犯人は誰なのかということを推測することは可能らしい。

何が言いたいか

まり村上春樹は信用できないのである

たとえば、『ノルウェイの森』で主人公自分のことを「普通」と表現する箇所があったが、村上春樹作品主人公が「普通」なわけない。基本的信頼できない語り手なのだ。信用できないからしっかり読み解かないといけないようにも思える。

(なお、なんなら村上春樹自分作品について語ることも本当の部分でどこまで信用していいのかわからない。「○○は読んでない」とか「××には意味がない」とか、読解が確定してしまうような発言はめちゃくちゃ避けてる節がある)

ただ、勿論全部が全部そうというわけじゃなく、羊男とかいるかホテルって何よとかって話には特に答えがなさそうだけれど、『海辺のカフカ』『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』あたりは何がなんだか全くわからないようにも見えるし、しかし何かを含意しているのでは、あるいは村上春樹本人が意図していないことであっても、読み解くことのできる何かがあるのではないか、そういう風な気持ちにさせるものが、彼の作品なかにはある。

このように、村上春樹メタファーモチーフには、「答えがあるかもしれない」という点において、読者を惹きつける強い魅力があるのである

増田も昔は村上春樹を「雰囲気のある作家」くらいの認識で読んでたんだけど、『風の歌を聴け』の読解で「自分作品ちゃんと読んでないだけだった」ということに気づかされて頭をハンマーで殴られる経験してから村上春樹には真面目に向き合わないと良くないな」と思い直して今も読み続けてる。

……なお、それはそれとして、セックスしすぎで気持ち悪いとか(やれやれ。僕は射精した)、そもそも文章がぐねぐねしてるとか(何が100パーセントだよ『天気の子』でも観とけ)(なお「4月のある晴れた朝に~」が『天気の子』の元ネタひとつなのは有名な話)、そういう微妙な要素に関して、ここまで書いた特徴は別にそれらを帳消ししてくれたりする訳じゃないんだよね。

たとえば『ノルウェイの森』は大多数の人間経験することの多い「好きな人と結ばれないこと」と「知人の死を経験し、受け入れること」を描いたから多くの人間に刺さったと自分は思っているが、だけどそれが刺さらない人だって世の中にはたくさんいるのは想像に難くない。

から、嫌いな人は嫌いなままでいいと思う。小説は良くも悪くも娯楽なんだから

余談

マジで村上春樹論やるなら初期~中期村上春樹作品における「直子」のモチーフの変遷、「井戸」や「エレベーター」をはじめとした垂直の経路を伝って辿り着く異界、あたりが有名な要素ではあるんだけれど、まあその辺は割愛します。あと解る人にはわかると思いますがこの増田元ネタ加藤典洋石原千秋なので興味ある人はその辺読んでね。

文章うまい」に関する長い補足(「小説文章」に限定

「うまくない」って連呼しながら「『うまい』のは何かって話をしてないのおかしくない?」 というツッコミはたしかにと思ったので、「この増田が考える『うまい』って何?」というのを試しに例示してみようと思う。村上春樹に対する「別に文章うまくない」とはここで挙げるような視点からの話なので、別の視点からのうまさは当然あってよい。

小説家の文章が読みやすいのは当たり前だが、「文章が読みやすい」なら「文章が読みやすい」と書けばいいのであって、わざわざ「文章うまい」なんて書くなら、そこでの文章」は「小説じゃなきゃ書けない文章であるはずだ。

じゃあ、増田が考える「(小説の)文章うまい」は何か。読んでる間にこちらのイメージをガッと喚起させてくるものが、短い文章のなかで多ければ多いほど、それは「文章うまい」と認識する。小説のなかで読者に喚起させるイメージ情報量が多いってことだから

具体例を挙げてみる。

 長い歳月がすぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、父親に連れられて初めて氷を見にいった、遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。

 そのころのマコンドは、先史時代怪獣の卵のようにすべすべした、白く大きな石がごろごろしている瀬を澄んだ水がいきおいよく落ちていく川のほとりに、竹と泥づくりの家が二十軒ほど建っているだけの小さな村だった。

ガルシアマルケス百年の孤独』の冒頭。大佐子どもの頃を回想して大昔のマコンドに話が飛ぶ際、「先史時代の」という単語を選んでいることで文章上での時間的跳躍が(実際はせいぜいが数十年程度のはずなのに)先史時代にまで遡るように一瞬錯覚する。

津原泰水バレエメカニック』1章ラスト昏睡状態のままで何年も眠り続ける娘の夢が現実に溢れだして混乱に陥った東京で、父親世界を元に戻すために夢の中の浜辺で娘と最期の会話をするシーン。

「お父さんは?」

「ここにいる」君はおどける。

彼女は唇を尖らせる。「五人兄弟の」

「さあ……仕事で遠くまで出掛けているか、それとも天国かな。お母さんがいない子供は いないのと同じく、お父さんのいない子供もいない。世界のどこか、それとも天国、どちらかに必ずいるよ」

 彼女は君の答に満ち足りて、子供らしい笑みを泛べる。立ち上がろうとする彼女を、君は咄嗟に抱きとめる。すると君の腕のなかで、まぼろしの浜の流木の上で、奇蹟が織り成したネットワークのなかで、彼女はたちまち健やかに育って十六の美しい娘になる。「ああ面白かった」

 理沙は消え、浜も海も消える。君は景色を確かめ自分腰掛けていたのが青山通り表参道形成する交差の、一角に積まれ煉瓦であったことを知る。街は閑寂としている。 鴉が一羽、下り坂の歩道を跳ねている。間もなくそれも飛び去ってしまう。君は夢の終焉を悟る。電話が鳴りはじめる。

作中の主観時間にしてわずか数秒であろう情景、ありえたかもしれない姿とその幸せ笑顔から夢のなかで消えて一瞬で現実に引き戻すこの落差、そこからまれる余韻の美しさですよ。

あるいは(佐藤亜紀小説ストラテジーから受け売りで)ナボコフ「フィアルタの春」という小説ラスト

フィアルタの上の白い空はいつの間にか日の光に満たされてゆき、いまや空一面にくまなく陽光が行き渡っていたのだ。そしてこの白い輝きはますますますます広がっていき、すべてはその中に溶け、すべては消えていき、気がつくとぼくはもうミラノの駅に立って手には新聞を持ち、その新聞を読んで、プラタナスの木陰に見かけたあの黄色自動車がフィアルタ郊外巡回サーカス団のトラックに全速力で突っ込んだことを知ったのだが、そんな交通事故に遭ってもフェルディナンドとその友だちのセギュール、あの不死身の古狸ども、運命の火トカゲども、幸福の龍どもは鱗が局部的に一時損傷しただけで済み、他方、ニーナはだいぶ前から彼らの真似を献身的にしてきたというのに、結局は普通の死すべき人間しかなかった。

ふわーっと情景描写ホワイトアウトしていって、最後にふっと現実に引き戻される。この情景イメージの跳躍というか、記述の中でいつの間にか時間空間がふっと別の場所に移動してしまうことができるというのがナボコフの特徴のひとつである

散文として時間空間が一気に跳躍して物語世界を一気に拡張してしまう、この広がりを「わずかな文章」だけで実現していたとき増田は「文章うまい」と認識する。自分村上春樹文章を「うまくない」って書く時、そのような意味での「小説としての文章」を判断軸にしてた。

村上春樹は下手ではない。村上春樹に下手って言える人いるならよっぽどの書き手だし、その意味村上春樹に関しちゃ言うことはないでしょう。しかしごく個人的私見を言えば、「文章」って観点だと、文章から喚起されるイメージに「こちらの想像を超えてくる」ものがめちゃくちゃあるわけではないと思う。

日本語文法に則りシンプルで誤解の生まれにくい文章を書くことは高校国語レベル知識可能で、その点村上春樹文章プロとしてできて当たり前のことをやっているに過ぎない。平易な文章を徹底しつつその内実との間に謎や寓話モチーフを織り込んで物語を構築するところがすごいのであり、そこで特段褒められるべきは構成力や比喩表現の多様さだろう。その際に使うべきは「構成力がうまい」でも「比喩表現うまい」であって、「文章」などという曖昧模糊とした単語で「うまい」と表現することはない。小説=散文芸術において「文章うまい」と表現しうるときもっと文章としてできることは多いはずなので。そして、このことは、村上春樹がしばしば(「小説」ではなく)「エッセイ面白い」と言及されることと無関係ではない。

ちなみに、増田津原泰水ナボコフ文章技巧には翻訳村上春樹じゃおよぶべくもないと思ってるけど、面白いと思うのは圧倒的に村上春樹ですよ。技巧と好き嫌いは別の話なので。

ここで書こうとした「うまさ」は佐藤亜紀がいうところの「記述運動」を増田なりに表現したもので、元ネタ佐藤亜紀小説ストラテジー』です。

2021-03-03

マーチにも落ちる人間だったのに早慶首席になれた

運良く早慶の某文系学部首席に選ばれた。これが何かに直接役立つことはないだろうけれどやはり嬉しい。

私みたいな馬鹿にも首席を取らせてくれるこの大学のこの学部に受かって本当に良かった。

思い返すと本当に、何故受かったのだろうと感じるような受かり方だった。やはり受験ロト6。(マークシート場合)

元々高3の夏まではマーチ指定校推薦で行こうとしてた。(高校偏差値が高くなかったので早慶指定校推薦はなかった。)今思うと本当にやめて良かった。夏にオープンキャンパス行って通学時間長すぎると思ったのと、本当に早慶じゃなくて後悔しないか不安になったので、結局やめた。

浪人して早慶目指すつもりだったのと、学校通って宿題やるだけで疲れる人間だったか受験勉強全然できなかった。予備校にも行ってない。受験勉強と言える勉強をし始めたのは高3の冬休み入ってからだった。学校休みに入ったのと、一応で受けるセンター試験の結果を学校に報告するときにあまりにも点数が低いのは恥ずかしいと思ったからようやく基礎から勉強を始めた。といっても、その時ちょうど新しいソシャゲをはじめてしまったりとそれほど頑張れたわけではない。

寝不足センターを受けた。勉強不足と頭の悪さで国語は6割を切る始末だった。その後燃え尽きて一週間はほとんど何もやらず。その後ぼちぼち少しだけ勉強した。どうせ来年が本番だしと、始めたばかりのソシャゲバレンタインイベを完走するなどした。

その後模試感覚マーチを2,3回、早慶を2回だけ受けた。私は小テストにも一々気持ち悪くなるほど緊張する人間だったのだが、「どうせ落ちるし。お試しお試し。来年がんばろ〜」みたいな感覚で受けたのが功を奏し、緊張や焦りは抑えられた。しかしそれでも勉強不足。普通にマーチに落ちた。知ってたことなのであまりショックでは無かった。受からせてくれたマーチは1つだけだった。

その後1,2週間があき、早慶受験。はじめに受けた方は赤本すら買っておらず過去問すら解いていない。「ここにいる人たちにとっては大事な日なのかな〜私はお試しお試し」と物見遊山感覚受験。一応は真面目に取り組むも、英語でかなりの長文を書く問題が出され、めんどくさくなって放棄した。ここは落ちた。

そしてその次に受けた学部が私が何故か受かり、何故か首席をとれた学部だった。なぜだか忘れたけどここの学部赤本は一応買っていて、一周くらいならしたような気がする。問題平易な方だが合格点は高めの学部という感じだった。前に受けた学部とは違って、ここのは一応最後まで真面目に取り組んだ。模試気分だからこそ緊張せずに解けたが、それでもバカ勉強不足の私には難しかたから、まさか受かってるとは思わなかった。マークシートで運が炸裂したのだろうなと思う。(マークシート記述混合)

そうして思いがけず早慶に受かって、浪人もすることな予備校にも行かずに何故か早慶入学模試高校実施の以外面倒で受けなかったような人間なのに。受験って運の要素強すぎるのだなと感じた。

その後ちゃん卒業できるのかも危ぶみながら学生生活が始まった。高校偏差値は低いし真面目に勉強取り組めない人間だしマーチにも落ちるし、過去問等の入手もコミュ障ぼっちなので高難易度単位取れないのでは?と思いながら授業情報雑誌にらめっこ。

長くなったしここら辺で終わる。GPAとるために個人的したことなどやる気が出ればまた書くかもしれない。

とりあえず思ったのは、GPA取るのにあまり地頭必要ないということ。過去問とかもあるに越したことはないが、無くてもA+はくるということなど。文系だけかもしれないが。

自己満備忘録でした。

(追記)

首席(学部事務所の方曰く総代という言い方でした)に選ばれたのは学部の成績がトップだったからです。最終的にGPA約3.9でした。

卒論は…ゴミの塊ができました。

2021-01-11

anond:20210111163210

タイムリープしても人生はやりなおせないが、タイムリープしなくても文章は書き直せる。

いきなり一行目から日本語おかしい。

ひょっとしたらタイムリープという時系列おかしくなる現象表現するために、

あえてこのような文章にされたのかもしれませんが、

一行目から変な日本語で始まると読み手が逃げます

平易な文章を書いて読ませる努力をされているだけに一行目を再考すればもっと良くなると思いました。

アイデア面白いと思いました。

何の制約もないのに、過去に戻っても過去を変えない男という話を、私は読んだ記憶がありません。

しかし、せっかくのアイデアなのにタイトル序文ですべてを語ってしまっているので、

ストーリーに驚きがありません。

どうせタイムリープして過去を変えていく話だろう、と読書が読み進めたところで、

いやそうではなくて主人公が慎重すぎて過去を変えない、

という読者への裏切り面白さの全てであるこの作品が、

タイトル序文のせいで死んでしまっています

あと、ひょっとしたら、このアイデアはパクられるかもしれません。

そのリスク覚悟の上でのことと思います

匿名掲示板アイデアを出すのであれば、ご自由にお持ち帰りくださいと言っているようなものです。

ですから間違っても火をつけたりはしないでください。

色々と失礼なことを書きましたが、おもしろかったです。

次回作も期待しています

しかし、やはり盗作ことなどを考えると、小説サイトに発表するほうが無難かとも思います

それと、私は以後、あなた文章に対して返事を書かないと思います

それは無視をしているのでなく、それが今の私の過去2度めのタイムリープの始まりと「現在」の終わりだからなのです。

さらばだ、私よ。

浜崎あゆみが好き

ただし1998年2000年に限る

最近浜崎あゆみと言えば、年下のダンサー熱愛報道が出たり、インスタにバリバリ加工した写真を載せたり、よくわかんないけどシングルマザーになったりとあまり良いイメージはないと思う。だがしかし、いやだからこそと言うべきか、最近のこの有り様(あえてハッキリと言うが、醜態晒している)すら、浜崎あゆみデビュー当時と比べればその輝かしさを引き立たせるための背景に過ぎない。

当時、彼女はまさに天才だった。彼女に学はなかったし、何なら多分頭も悪かったと思う。当時書いた彼女歌詞はいずれも誰にでもわかる平易な言葉だけで構成されていて、言っていることだって特に深いわけではない。ただ、そこには確かな感情があったし、人々はその感情に心を震わせていた。そういうものを求めている時代だったのだ。彼女はきっと90年代初頭にデビューしてもヒットしなかっただろうし、2000年代後半でもきっと遅すぎたと思う。20世紀21世紀という小さな時代狭間で、クラブで拾われた育ちの悪い女の子はその才能を狂ったように全て咲かせ、散っていったのだ。

花は枯れるからこそ美しい。失われたものけが持っている輝きを浜崎あゆみは持っている。

2021-01-02

anond:20210102011521

一個目については自分バカなせいで何を問いたいのか分からなかったからもう一回平易な言葉翻訳して聞き直してくれ

受け攻め基準については自分場合「よりかわいい子が受け」「より喘いだり弱ったり甘やかされたりしているところが見たい子が受け」「兄属性の子が攻め」って決めている…多分(組み合わせも左右も基本的直感無意識化になんとなく決まっていくからこれまで好きになったCPの傾向分析しかないんや)

だがかわいい子を攻めにする奴や攻めにより喘がせるのが好きな奴や兄属性けが好きな奴もいるかあくま自分個人基準だと理解しておいてくれ

2020-12-15

anond:20201215170321

平たくは平易な言葉で言い換えるとすると、の意味普通じゃない

主題じゃないしどうでもいいけど

で、わかった?他ブログサービス増田の違いは

2020-11-30

anond:20201130172921

てんちむのことは動画一本見たのと、豊胸騒動での発言ライブでの発言)のまた聞きしか知らないが、

劇場うそつきというか…

 

自分が信じさせたいウソを、視聴者に信じさせるのが上手い人間だという印象を受けた。

自分にとって都合の悪い科学事実言及することを上手に避けつつ、専門家を敵視させつつ、自分を信じさせる言い回しを心得ている。

しかもそれを平易な言葉でいうことに長けている。

 

こういう人間信者が多くつく。

たいていの人間は断定口調で自分の信じたいことを言い切ってくれる人間にすがるから

2020-11-26

anond:20201126044548

すげー罠の塊みたいな増田

平易な語り口で大筋としては納得の行く感じを押さえてあるから

馬鹿安易に乗っかると火傷するやつだ。

2020-11-25

画面の文字ではネタベタ区別がつかない

とても惹かれる物語を書く人はいるし、その人を「神」と呼ぶ人もいる。「もう公式でいい」みたいなタグも見たけど、本気でそれを書いてるとは思わなかった。

結局「一度覚えた言葉を繰り返しちゃう問題」「強い言葉をどんどん使っちゃう問題」なんだと思うんだよな。

子供の頃にしょうもないフレーズ流行ったのと一緒で「同じ言葉を使う私たち僕たち」を確認しあうグルーミング一種。それを繰り返す中で平易な表現は飽きられて言葉が強くなっていく。ものすごい速さで。

2次系の男オタクだとこれがクソビッチメスガキとかハイエースとかで、若い女性が多い分野だとよく見るのは大優勝とか「人権」(カッコ書きで察してくれ)とか。

使われる言葉は違っても根っこは同じ。

でもって、それがネタなのかベタなのか、使ってるうちにわかんなくなってくるんだよな。本人も、周囲も。

ネタだと思ってノってるだけの人がいつの間にか本気になってたり、自分も周りもネタだろうと思ってたらベタっぽい面が見えて驚いたり。ネタだと思ってても鈍感になって、それがすでに佯狂レベルだなんて感じなかったり。

自分はできるだけそういう言葉を使わないようにすることにしてるけど、仲間とのコミュニケーション楽しいのも分かるから、なかなか難しいよね。

2020-11-20

夫婦別姓からどんどん選択肢を増やしていこう

夫婦別姓選択肢を増やすだけで別姓にする選択肢を選ばない人には無害だとする論がある。選択肢は多ければ多いほど良いのだと。現在ある制約を緩くして選択肢を増やしていく思考実験をしてみよう。

夫婦は姓を夫妻どちらかから選ばなければならない

これにチャレンジするのが現行の夫婦別姓案。

夫婦の姓は別姓としても元のものから選ばなければならない

選択夫婦別姓が達成された世界であっても田中さん鈴木さんが結婚した時には田中さん田中さん鈴木さんは鈴木さんに留まるだけであり新たな姓を作ることはできない。新たな姓を作ることができる世界だとどうなるだろう。田中さん鈴木さんが結婚して同じ超合金という姓を名乗ることも、田中さん鈴木さんがそれぞれ超合金さんと木材さんになることだってできる。選択肢を増やすのは良いことだ。多様な名前楽しい世界になるだろう。

新たな姓を自由に設定できる世界では更にややこしい制約が発生することだろう。どんな文字を使えるのかという制約だ。現行法では子供名前に使われる文字に関して戸籍法が定めている。

戸籍法第五十条には

1 子の名には、常用平易な文字を用いなければならない。

2 常用平易な文字範囲は、法務省令でこれを定める。

とあり、この常用平易な文字というのは戸籍法十条において以下のように定められている。

戸籍法第五十条第二項の常用平易な文字は、次に掲げるものとする。

一  常用漢字表平成二十二年内閣告示第二号)に掲げる漢字(括弧書きが添えられているものについては、括弧の外のものに限る。)

二  別表第二に掲げる漢字

三  片仮名又は平仮名変体仮名を除く。)

これを鑑みるに、姓が自由に決められる世界では次のような制約が発生するだろう。

新姓には常用平易な文字を用いなければならない

新姓を設置できる新たな世界は素晴らしいが現状では常用漢字プラスアルファカタカナひらがなしか使えない。これは不便だ。新姓をつくる際に使えない文字存在するのは不便だ。外国人結婚した際にその外国人の姓を名乗ることを決めた場合であれば発音が違うのに無理矢理カタカナを使うことを強制される。不便だしアイデンティティー喪失につながるだろう。

文字制約を緩めるのは非常に難しい問題だ。どこまでの緩和を認めるのか。ローマ字も良いのか、漢字簡体字も含めるのか、アラビア文字も許すのか。現状世界中の文字を一手に扱え最も普及しているものとしてはUnicodeがある。最新のUnicodeに含まれ文字は全て許すとすれば制約はかなり緩まると考えられる。新姓も子の名もUnicodeに含まれ文字なら許されるというように変えれば自由度は格段に上がるし選択肢も増える。選択肢の多い世界は素晴らしい。例えば㍻㍍くんという名前合法だ。人種配慮した名前の付け方もできる。👋🏿くんも👋🏻ちゃん存在可能だ。多様性配慮選択肢の広まった素晴らしい世界だ。

姓の変更には家庭裁判所許可必要であり裁判では日本語使用必要である

夫婦別姓、新姓の自由を手に入れ、文字選択肢自由も手に入った世界になったは良いが未だに問題は残っている。別姓を名乗っていたのに同姓にした場合、またはその逆、または新姓を名乗りたくなった場合はどうするのだろうか。現状の世界では戸籍上の氏の変更には家庭裁判所許可必要だ。そして裁判所法第七十四条には「裁判所では、日本語を用いる」とある。せっかく文字自由を手に入れたのに日本語以外の文字だと問題が起きてしまう。より選択肢の多い自由世界を手に入れるためには家庭裁判所許可要請廃止するか、裁判所法を改正する必要があるだろう。

面倒なのでこの際どちらも変えてしまおう。戸籍の氏の変更に家庭裁判所許可必要ないし、裁判では日本語を使う必要もない。素晴らしい世界だ。選択肢が増え世界は良くなった。

2020-11-09

anond:20201109140119

今のJ-POP世代は語彙力が低いから仕方ない。聴くほうの読解力もないか歌詞意味を持たせられないんだよ

平易な言葉を使っても文脈を読み取れないことが多い。だから、今のJ-POPは昔に比べて歌詞

好きな言葉を羅列する方法に変わっていってる。歌詞物語を持たせるなんてもってのほか


からかい目で見てやってほしい

2020-10-26

anond:20201026155433

海外学者起業したり金を引っ張ってこれる力が段違いだしな。

特に有名な教授論文って英語なのに日本人教授が書いた日本語論文より読みやすいようなのもあったりする。

機械学習のものは本当にそう。

英語がわかりやすくて小説みたいに文章に引き込まれる。小洒落インテリジョークがそこら中に散りばめられてるし、例えはわかりやすくて面白い

実力ある教授平易な言葉で難しい概念説明しようとし、とてもinclusive尊敬できる。

日本人教授難解な専門用語を使いまくって「分からないのはお前が馬鹿から。内容を理解たかったら俺の奴隷になれ」みたいなものすごいexclusiveな態度が目立つ。

簡易な説明をしたら格が落ちると言わんばかりの閉鎖的な態度。

とてもじゃないけど尊敬なんてできない。

なんだかよくわからないけど、凄そう。みたいな権威主義教授ばかり。

2020-10-25

anond:20201025223121

その通り。中田さんが解説してたファクトフルネスだって平易な文だけど、正しく読める人は2、3パーってとこだろう。

2020-10-11

好きな歌手商売に利用されて勝手不快になっている一ファン戯言

私はシンガーソングライターAを贔屓にしている。

Aは邦楽歌手として幅広い世代に知られ、ヒットソングを何曲も出してきた。

またその歌詞は、平易な日本語が組み合わさっただけなのに、独特の不思議世界観を持っている。

私もこの世界観に大いに惹かれたファンの一人である


先日、TwitterフォローしているAのファンが、ある投稿リツイートした。

その内容は「野菜を題材にした、Aの楽曲替え歌歌詞」で、それを見て興味深いと思った。

というのも、替え歌は色々な人がよくやっているが、数々の野菜に注目したものは初めて見たからだった。

そのツイートはやがてタイムラインに埋もれて行った。


それから数日後、同じファンツイートに目を疑った。

件の替え歌披露したアカウント主Bから野菜の詰め合わせセットを購入したという内容だった。

実はBは野菜を専門とした小売業者で、Aのファンだという。

そして店名や商品名に、Aの楽曲名が使われていた。

これを見た私は非常に不快気持ちになった。


歌手名前曲名あやかった店などいくらでもあるはずだし、Aの曲名を冠したカフェファン経営していることも知っている。

なぜ私はBに対してだけ不快になったのか、不快の中身は何なのか、考えた。


まず一つ目、私と同じファンのはずの人間が金儲けのためにAを利用したことに対する怒り。


Bのフォロワーは千人もいないし、替え歌ツイートも決してバズってはいなかった。

また使われている曲名アルバム曲の中でもマイナーな部類のものであり、「日本語平易な名詞である

Aのヒットソング商品名にするならともかく、コアなファンではない人達には、商品名一見しても意味がわからないだろう。


しか替え歌一年上前から継続して作成ツイートされており、その間に商品説明ツイートが挟まっている。

現にBのフォロワー共通ファンとしてBをフォローし、(恐らくそれがきっかけで)顧客として商品を購入した。

私の目には、Bが「商品名」と「替え歌」によって商品と何の関係もないAを無理やり結び付けて、宣伝に利用している様にしか見えなかった。

商売は厳しいものだ。ライバルと差を付けなければ売れない。

その差に自分の好きなものを利用された、そこに私は怒っている。


蛇足:Aの曲名を冠したカフェに腹立たないのは、売上を左右する店の雰囲気に影響する

BGM」にAの曲を起用し、店主が使用料を然るべき機関に支払っているからだと思う)


二つ目、Bの行動が法律的には全く問題ないことに対する腹立たしさ。


Aの公式ホームページには、著作権パブリシティ権に関する注意喚起が明記されている。

仮にBがそれらに違反しているならば、私は即座に公式ホームページの問合せフォームからこの件を報告するだろう。

しかしながら、曲名著作権範囲であるし、Bのタイムライン公式写真イラストは一切載せられていない。

Bは法を犯していない。でも営利は得ている。

有名な食品会社が同じことをしたらどうなるか。コンプライアンス違反を問われないだろうか。

私は部外者であるにも関わらず、このことに勝手に腹を立てている。


最後に三つ目、Aの楽曲序列を付けられたことに対する憤り。


Bの商品ほとんどが、野菜の詰め合わせセットである

野菜の種類や数によって価格の異なるセットが数種類用意されており、それぞれに異なる楽曲名が付けられている。

それぞれの曲に、異なる値段。

仮に「松」「竹」「梅」という曲があって、それらが高額な順に付けられているならまだユーモアを感じられただろう。

しかしそうではない。曲に序列など存在しない。

自分の好きな曲を軽く扱われたことに、私は憤っている。


フォロワーがAのファンばかり、かつBもフォローしている人が複数いるアカウントでこんなこと呟けないし、

Bに見つかって訴えられでもしたらアホらしいので、ここにひっそり垂れ流す。

2020-10-06

ホリエモン餃子騒動

ホリエモンを攻めてる人が多いけど、日本人ってこんなに馬鹿が多いんだなとビックリしたわ。

ホリエモンYouTubeTwitterでの解説ってかなり平易な日本語で書かれてて読み間違う要素ないのに、正しく読めてる人が殆どいないもんな。。。

2020-10-04

書きたいように書けばスターはもらえる

ブックマークコメント

自分は書きたいように書くだけでわりと自然スターがもらえてる。

「よーしスターを集めるぞー工夫するぞー」とかは特に考えておらず、気になった話題について自分なりの考えを整理するために書いている(100字にまとめると考えも整理されるので)。

自分意見表現方法として気をつけていることは、

といったこと。

ちなみにこのルールで書くと、ブコメとしての印象はたいへん地味に、埋没ぎみになる。

そのせいか俺のコメントがつまらんせいかわからんが、★100個以上の爆発的な評価はめったに得られない。

そのかわり、★10個~30個くらいのまあまあな評価をまあまあな打率で得られる。

人気コメントにも入っていない真ん中らへんの地味なブコメでも丁寧に読んでいるユーザーちゃんといるということがわかるよ。

2020-09-09

文章の書き方で気をつけていること

①何度も読み返す

出来れば声に出して読むか、頭の中で人に読み聞かせるようにする。誤字脱字や「日本語としておかしい」と感じる言い回しに気づくことができる。この後に挙げる項目の助けにもなる。

②なるべく簡単言葉で書く

単純な例えとしては「出来るだけ平易な用語記述する」→「なるべく簡単言葉で書く」こんなかんじ。

無駄に難しくする必要はまったくない。わざわざ「出来る」とか「全く」とかひらがなでも通じるもの漢字にするのも私は好きではない。

③読点(、)は声に出して息継ぎをする場所に入れる

最初の数文字で読点を打つこと(最近、〜)や読点を大量に使うことはやめたほうがいい。例えば今の文(最初の数文字で〜)は一呼吸で言い切ることができるから読点はいらない(並列の「や」の後に入れてもいいけど)。

無駄に改行しない

これも読点と同じく多用しないほうがむしろ読みやすい。基本的には作文での意味段落と同じ使い方でいいだろう。

⑤同じ文末を繰り返すのは避ける

「〜だ。」「〜だ。」「〜だ。」みたいにすると幼稚に見える。自分が今まで書いてきた文章を読み返して、同じ文末が繰り返されていたらそれを変える練習をするといい。ただし敬体(です・ます調)の場合は気にしなくてもよい。

2020-08-09

秋元康作詞最高傑作

秋元康の書く歌詞というと

のものはいざ知らず、今の作品平易な言葉

子供の日記みたいな

ポエジーのかけらもない駄作が多い印象なのだ

秋元康のこの歌詞はすごい!」という作品ってあるんだろうか?

2020-08-07

anond:20200807125206

世間への申し開きをしようとするときでも外向きの世間コード対応ができず内側の理屈を延々並べ立てるさまがダメ意味でのオタクすぎてきもい

 

だな

まあ元増田程度の平易な文と文量でも辛抱して読めない低学歴大勢いるサイトではあるが

2020-08-04

anond:20200804102807

東方場合作者も有名だが作者の手から離れた部分が大きいので、相対的に作者の力が弱まる。

映画化なんかは顕著だ。ブレードランナー電気羊とは別解釈スピンオフとして通用している。

作者と二次メディア距離が遠ければ遠いほど作者の発言権はなくなってゆく。

攻殻機動隊で有名なのは押井守神山健治であって、士郎正宗ではないのと一緒。

特に攻殻ブレードランナーは作者と別レイヤー公式がある。

読み手書き手問題について。

作者が有名なら深読み勢が出てくる。

無名場合正しく読まずにフラットに読み飛ばし怪文書扱いする人も多い。

そもそも読み込みが苦手な人もいる。

彼らに合わせて全てを平らかに表現してしまうのが正解かどうかは疑問が残る。

プロ場合言うまでもなく表現は適切であるから、読めない多勢には問題があるといっても言い過ぎではない。

例えば『ポニョ』における、手塚ディズニーを乗り越えて宮崎ポニョがいるという表現部分。

読めない人たちは恣意的解釈だと攻撃した。彼らには明確なメタ表現すら読みとれない。

創作において難読化が最適解かどうかはスタイルによる。

表の平易な部分と深読みできる裏を作ってゆく宮崎スタイル

安直な層も無理やり謎世界にぶち込む庵野スタイル

何れにせよ公式意図ぴったりに読んでくれる人はいない。

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