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はてなキーワード: 健全とは

2022-07-06

決闘罪撤廃したほうがよくね?

いつまでも解決しない水掛け論でお互いに罵り合うなら

お互いに殴り合って最後に立ってたほうが正義定義したほうがいいじゃない

政治的論争も、フェミニストvsミソジニストも、オタク規制派も、全て互いに殴り合ってどっちが正義であるか決めたら早いのに

どうせ理性的に話し合うのは無理、バイアス混じりの独善的な事を抜かすしかしてないんだ、ならもう本能で「お前嫌い!俺が正しい!!お前を反論できなくなるまで殴る!!!」でいいじゃないか

どうして本能法律なんかで縛るんだ?法改正して決闘合法化したほうが健全だろ

中国が色々規制しているのは豊かな証拠

マーダーミステリー業界に足を踏み入れる人々は増え、脚本の種類も急増していた。しかし、一部で内容にホラーポルノ要素など不健全な内容があり、未成年者の心身を害するとして中国政府は取り締まりに乗り出した

https://www.chaitopi.com/2022/07/04/murder-mystery/

ちょっと眉唾だけど中国ならありうると思えてしまう。だけどこういった背景も国が国民をがっちり管理しつつ全体を豊かで強くする方向に全力で向かっているからこそなんだよ。

端的に言って「貧乏な国が規制とかをやりだしたらより貧乏になる」

はてなってブラック企業から逃げる技術だけは一流なのに、健全会社就職するとか国を豊かにするとかは全く専門外だよな

2022-07-05

anond:20220705053509

そのエグいエロBLがそこら中の書店一般向けに売られゾーニングすらしない恥知らずなせいで不健全図書指定されまくってるのに

よく見えないところでやってるとか言えるよな

2022-07-04

anond:20220703120023

萌えラッピングバスがなぜ無理なのかについて考えていた。

考えあぐねていたところ、増田のよい考察を読んだ。

そう、公共の福祉については意外と知られてないんだよな。

触発されてたので、勇気を出して俺も投稿してみる。

先日増田で、萌えラッピングバスが上手くいかない、って話を聞いたので調査していた。

実は千葉市では、クルマに付ける広告は厳しく制限されているみたいだ。

市民感情への配慮に関する事項


このような、いわゆる屋外広告物規制条例は、日本のあちこちで制定されているらしい。

当然、表現の自由との摩擦で燃えて、かなり昔に、最高裁判所判断を下した過去がある。

結局、大阪市屋外広告物規制条例は憲法違反ではない、という結果になった

…ビラの内容が営利関係ない物でも、都市の美観、風致を害するものとして規制されている。国民文化的生活の向上を掲げた憲法のもとでは都市の美観、風致を維持することは公共の福祉を保つことになるので、この程度の規制合理的制限である


判決文に明示されていないが文面から公共の福祉表現の自由の対抗になったのは、おそらく「生存権」だと思う。

日本憲法 第二十五条

すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

② 国は、すべての生活部面について、社会福祉社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。


同様に、フェミニズム希求してやまない、公共広告萌え表現規制も成立しうる。

女性子どもたちの健全文化的生活を営む権利を守るために。

私が「親ガチャ」「毒親」という言葉を嫌う理由

ここ最近SNSネットニュース上では「親ガチャ」「毒親」という言葉流行しているが、自分はどうもこれらの言葉が好きにはなれないでいる。

いや、正確には「言葉自体」が嫌いなのではなく、「その言葉を使うことを無条件に肯定する人間や風潮」が嫌いなのであろう。

その嫌悪感は、「親の言うことは無条件に正しい」「産んでくれたことに感謝しろ」「みんな大変なんだ、自己責任だ」といった無根拠精神論根性論によるものではないということは、初めに強調しておきたい。

どうも、インターネット上ではこれらの言葉に反感を抱く者は、上記のような精神論を振りかざしていると、誤解により、若しくは意図的レッテルを貼られ、

無理解大人である」とカテゴライズされることを免れないようだが、せめてもの抵抗として、ここにその旨を記しておこう。

さて、私が「毒親」「親ガチャ」を不快に思う理由は、主に以下の3点にまとめられる。

1.本来問題矮小化することに繋がる

2.無条件な肯定により健全精神的成長を阻害する

3.非論理的属人的論法に持ち込まれやす

この3点について、それぞれ考えを述べていきたい。

1. 本来問題矮小化することに繋がる

毒親」「親ガチャ(外れ)」の定義は非常に曖昧だ。

精神的、身体的、性的虐待をしている、経済的に困窮している、近所とトラブルを起こす、アルコール中毒である自身の進路や恋愛への過干渉、単に性格が合わない等々、

その問題の大小を問わずに使える点で、便利な言葉であろう。

しかしながら、その言葉意味の含有する領域があまりに広いことにより、非情カジュアル意味合い

(具体的には、自分意見を聞き入れてくれないといった、思春期にはありふれたような悩み)でも使うことができてしまう。

この言葉使用者目線で言えば、自らの具体的な悩みを抽象的で使用やす概念を指す言葉に置き換えているので、

当然自らの状況が「毒親」「親ガチャ」に該当するのである確信を持てている状態となる。一方で、この言葉を見る者からは、

毒親」「親ガチャ」といった抽象的な概念を指す言葉から発言者の具体的な悩みを推し量ることは難しい。

こういった「発信者」と「受信者」の理解に隔たりが生まれることは、良い状況を生まない。

信者は深刻なSOSのつもりであっても、受信者は「カジュアル意味合いで使っている者との区別がつかず、無条件に肯定し難い」のである

この問題は、単なる親との不和を指す言葉として「毒親」「親ガチャ」を使う話者が増えれば増えるほど、深刻化していくだろう。

では、そういった発信者と受信者のすれ違いを解消するには、どのような方法を用いればよいのか。

私は単に、それぞれの問題に相応しい言葉を使うべきだと考える。

虐待虐待貧困貧困、我儘は我儘なのであって、それ以上でも以下でもない。

果たして、「親から虐待を受けているから早く家を出ていきたい」「貧困のツケを子供に払わせるような親を恨んでいる」といった趣旨発言に対して、

冒頭のような「親は悪くない/自己責任だ」と心無い言葉を浴びせる者が、そう多くいるだろうか。

たとえ同じ悩みについて語っていたのであっても、「毒親」「親ガチャ」と表現するより、遥かに信者にはその深刻さが伝わるだろう。

毒親」「親ガチャ」の言葉定義曖昧さに起因するカジュアルな響きは、「万引き」「いじめ」といった言葉において指摘されているような、問題矮小化という欠点を抱えている。

いじめ万引きは、その加害者責任者が使うことによる問題矮小化を指摘されているので、正確にはやや性質が異なることは承知しているが、毒親、親ガチャ被害者自らがそれに類似した矮小化を招いていると言える。)

自分の悩み、心の叫びを誰かに聞いてほしいのであれば、より正確に、相手にそれが伝わる言葉を用いることも一つの工夫であろう。

毒親」「親ガチャ」といったサーチに引っ掛かりやすい、目につきやす言葉を用いて形容することで、より多くの人の目に触れる可能性は高まるというメリットも確かに存在する。

よってその言葉自体を使うことを非推奨するわけではないが、用いる場合も自らの具体的な悩みを併記する方が、真剣に捉えてくれる人は多いはずだ。

2.無条件な肯定により健全精神的成長を阻害する

これは、「毒親」「親ガチャ」を使用する側の問題ではなく、「受信者」の、更に言えば「大人」の責任問題だ。

毒親」「親ガチャ」を使うことは何も悪くない、どんどん使うべきだ、批判者は恵まれているだけだ、こういった無条件な肯定は、同世代共感からくるものとは限らない。

自分虐待などに苦しんだ、などの経験を持つ「善意の」大人からも多く寄せられている。

しかし私には、どうも「嫌ならやめよう、逃げよう」論と同様に、自らが責任を持たなくて済むのを良いことに、軽々しく注目を浴びたいだけの者や、

毒親」「親ガチャ」といった言葉存在社会問題に繋げたい者といった、「悪意ある」大人が多分に含まれているように思えてならない。

(思えてならない、というのは正確ではないかもしれない。実際にそういった趣旨の発信を観測したことや、発信者のbioおよび過去の発信を観察した結果などから鑑みるに、上記大人一定以上の確率で紛れ込んでいるのが事実だ。)

1で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」は曖昧言葉で、本来は「虐待」「貧困」などといった深刻な問題から、単に思春期特有不和なども含まれている。

そこに新たな社会問題が生まれたのではなく、「元々そこにあった問題が別の呼称をされている」に過ぎない。

もし社会的問題が新たに生じているのだとすれば、青少年SNS使用する機会が増えたことにより、そういった「無責任大人や唆したい大人」の意見へ触れる機会も、必然的に増えてしまたことこそが問題だ。

(無論、SNSの繋がりによって救われる人も多い。SNSのもの青少年に悪影響である、と主張するつもりは全くない)

本来であれば、後から思い返して「自分が若かったな」で済む話を、周囲や社会責任転嫁するような、拗らせてしまった人が量産されることは、自分は望ましくないと考える。

(「じゃあ『悪い大人』の狙いを嘯くお前の狙いは何なのだ」と聞かれたら、自分幸福を守るためです。単に拗らせた他責性の強い人が社会に出てこられると迷惑なので。

ついでにその人自身も拗らせない方が幸せだとは思っていますし、正確な言葉でSOSを求める人が増えた方が、社会全体の利益に繋がるとも考えていますが。)


3.非論理的属人的論法に持ち込まれやす

これも言葉を使う若者というより、それに付随する議論で生じる「悪い大人」の話に近い。

冒頭で述べた通り、「毒親」「親ガチャ」へ不快感を示す人は、その論の内容について考慮されることなく、「無理解大人」のレッテルを貼られることが多い。

加えて言うと、「あなたは恵まれた家庭環境(親ガチャ当たり)だからまれない人の気持ちはわからない」というレッテル貼りを、非常によく見かける。

この論は全く筋が通っておらず、安易社会の分断を加速させる、極めて悪質極まりないものであると私は考える。

何故ならば、「毒親」「親ガチャ否定派の家庭環境についてはどう頑張っても想像の域を出ることはなく、属人的論法でありながら「人」の部分を故意に都合よく歪めているからだ。

このやり口には一欠片ほどの正当性もない。

毒親」「親ガチャ」という言葉好意的な者の家庭環境が、批判的な者よりも劣悪だったという根拠は何一つない。そもそも家庭環境のものに対する評価が極めて多様なベクトルからなされるものであり、単なる比較しづらい。

更に言うならば、「『毒親』『親ガチャ批判派には人の気持ちがわからない」論者は、この点を最大限悪意的に利用し(または思慮深くないためか)、他者の家庭環境ジャッジしている。

ガチャ批判派「自分貧乏だったけど…」→虐待されてないだけマシ

ガチャ批判派「自分虐待されていたけど…」→裕福なだけマシ

といった具合である。彼らは相手によってゴールポストをずらすことで、自分たちが相手よりも恵まれていないことを強調する。繰り返すが、そこに根拠は何一つないのである

先ほど、家庭環境については想像の域を出ない、と記したが、珍しくこの点についてある程度確度がある情報が世に出ているにも関わらず、誤った「ジャッジ」がなされた例もある。

昨年、某男性アイドルが「親ガチャ」という言葉に難色を示した件について、多くのネットユーザーが「お前は恵まれていただけだ」「アイドルになれる時点で親ガチャ当たり」

と、当該のアイドルについて勝手想像を基に批判を行った。

しかし、当該アイドルは幼少時に父親から身体虐待を受けていた事実カミングアウトしており、ニュースにもなっている。

虐待を行い、我が子に恐怖を植え付ける父親を、どういった基準判断すれば「親ガチャ当たり」なのだろうか。全くもって理解に苦しむ。

毒親」「親ガチャ」といった言葉を無条件に肯定する者の中には、勝手想像で同情し、勝手想像批判する、

真の意味他者の心に寄り添うだけの器量を持たない人間が多くいるということが、あの一件だけでも証明されたと言っていいだろう。

家庭環境について想像の域を出ないことは、「毒親」「親ガチャ」を使う人に対しての批判にも当てはまる。だから私は、「毒親、親ガチャは甘え」と、使用者のもの批判するつもりはないのである

ただ、「その言葉が多用され、繰り返し無条件な肯定をされると、社会は少し良くない方向に進む」と考え、非推奨しているに過ぎない。

最後

以上、3点にまとめて私の意見を述べてきた。

おそらく、「こうやって書くお前自身ガチャ当たりなんだろ」と、全く内容を理解しているとは思えないコメントや反応も来るかもしれない。(そもそも誰にも反応されないかもしれない)

属人的な話をしたところで正当性担保されるとは考えていないため、私自身については語る必要はないと思っているが、やや長めの文章を読めない人のために、家庭環境のうち、あまりよろしくなかったと感じている点を一応書くことにする。

私の両親は治療を要するレベルアルコール中毒者で、父は酒を飲むと理不尽に怒るため、家の中で遭遇しないようにしていました。

母は酒を飲むと暴力へのハードルが著しく下がる方だったので、対処に苦労しました。今の関係性は身バレを少しでも防ぎたいので書かないことにします。

今回の文章を通して、それぞれの立場の人に伝えたかたことを簡単にまとめて、締めくくりたいと思う。

・家庭環境に悩む青少年

然るべきところ(学校児童相談所)へ相談しましょう。インターネット愚痴をこぼすことで発散するのも、それはそれでいいと思いますが、

本当に困っているなら、より正確な表現を用いた方が、真剣に聞いてくれる人は多いはずです。あと、悪意ある大人の、わかりやすいけど破綻しているような話には気を付けましょう。

・「毒親」「親ガチャ」が苦手だと言う人へ

その不快感の理由言語化しないと、単なる無理解大人と映ります

深刻な悩みを抱えているかもしれない人へ、心無い言葉を浴びせるのは絶対にやめましょう。

自分経験から、家庭環境に恵まれない青少年心配する人へ

本当に心配なら、言葉不快感を示す人を煽ったり、無条件な肯定をするのでなく、

相談を呼びかける、貧困解決や、虐待防止運動をするNPOなどへの寄付をする(又は呼びかける)など、もっと当事者たちのためになることがあると思います

・ただのバズりたい無責任大人と、自分のような拗らせたい大人再生産したがる人へ

頼むからインターネットやめてくれ。青少年の悩みはお前らの玩具じゃないんだよ。

2022-07-03

anond:20220703224352

SNSとかで見かける、誰それ候補がなんとかのために頑張ってます!とかいうのも禁止なんだっけ…?

応援できないから敵の落選運動というのは不健全だなあ…

anond:20220703084716

公共コード」をどう解釈するか、で表自側とフェミ側が議論してるはずなんだよね。

「それは公共コードに触れる」「いや触れない」と言い合うのはコードの中身を問う健全議論だと思うが、その中で「不快もの排除するのが公共コード」だと思ってる単細胞が炙り出されてしまったのですね…

anond:20220703083548

現状(自分たちが乗っかっている既得権益)を守るのが保守で、保守すべき「健全家族像」というのは男女が「正しく」恋愛をして子どもを作り、「健全な」子どもたちがまた恋愛結婚をして家族形成し、その繋がりが国を紡いでいく…みたいな話なので、それに「反する」ものは除外される。

から本音では結婚しないシングルや、子どもを作らない家庭も存在しないことにしたいはず。

続・表現の自由についてのメモanond:20220702054142追記

anond:20220702054142追記。基本引用元は元記事ブコメhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220702054142)。

1. 表現の自由私人間で問題となる場合はどんなものがあるか

frothmouth 公権力でないか規制でない、ってのも今の時代実態にそぐわない気がするなあ。キャンセルカルチャー批判とか考えるとね/真面目に書いた増田に「精液で全身ドロドロ〜」みたいなブコメ付けられて気の毒

 ここで問題にしているのは一般人の抗議運動ボイコットのことで、その手のものは「規制」と考えることは不適切だということである公権力でないか規制ではないとは言っていない(私人間効力の論点はもう半世紀以上前からある)。せっかくだから書いておこう。

 2022年現在公権力以外の「規制」を論じる意味があるとすれば、デジタルプラットフォーマー問題だろう。我々の言論はあまりにも出版放送通信インフラ依存している。たとえばツイッターフェイスブック、「マンガアニメ」の類を配信しているプラットフォームpixivなんかの同人投稿サイト。こうしたプラットフォーム言論依存しているので、もはや作者の書く自由擁護するだけでは何の意味もない。その手のプラットフォーマー恣意的管理をすれば言論は生き残れない。一方で、こうしたプラットフォーマーもまた出版自由を有するから、「持ち込まれ言論絶対出版しなければならない」義務政府が課すことは許されない。そして実例として、SNS各社はプラットフォーム内でのヘイトスピーチ禁止しているし、pixivも同様である。みんなプラットフォーマーというとGAFAしかイメージしないが、もっと小規模なレベルプラットフォーマーに目を向けるのが大事だ。

ピクシブ株式会社サービス利用規約14条

23 極端な思想反社会的行為を賛美・助長する表現投稿または編集する行為

24 人種信条職業性別宗教などの差別を賛美・助長する表現投稿または編集する行為

言論流通過程全体を保護するためには―わかりやすく言えば2chの削ジェンヌみたいな滅茶苦茶な「管理」をされないようにしないとけない―プラットフォーマー私人はいっても、その行動を公権力によって規制する必要が出てくる。そしてプラットフォーマーもつ出版自由との慎重な調整が必要となる。その繊細な調整が表現の自由論の課題ますますなっていくだろう。

 なぜ繊細慎重な調整と必要となるか。DPへの介入は、プライバシー名誉毀損にあたる言論裁判所差止めるのと同じ構図だし、言論の分野ではないが、旅館業法が、ホテル旅館(これも私人だ)に宿泊者を原則として拒否できないとする義務を課すのと同じ構図がある。似たような調整はこれまでも行われてきたわけである。ただ、後者営業自由は、もともと社会権保障したり公平な自由を確保するために制限することが幅広く認められると観念されているのと違って、前者は、差止めの要件がかなり厳しく設定されている(『宴のあと事件などを見れば明らか)。それは表現の自由がそれだけ「重い」権利だという観念があることによる。プライバシー名誉毀損営業に対する介入を比較すれば分かるように、表現の自由就中送り手の自由)を重視すればするほど、プラットフォーマーもつ表現の自由」へ介入するのは困難となる。ブコメした多くの人が「表現の自由」はとにかく大事なんだという観念を持っているようだが、果たして一般論として表現の自由称揚すればするほど、プラットフォーマー地位が向上していき、利用者立場は低下していく関係にある。DPに限らず、出版社も独自ポリシーを持っていて、刑法175条の要求とは別に原稿に対していろいろな要求をして、修正しないなら出版拒否する。表現の自由称揚し、表現の自由地位を向上させればさせるほど、出版拒否に対して裁判所が介入するのは困難となっていく。皮肉な話である。「表現の自由」を称揚すればするほど、公権力以外の「規制」はつよくなりうる。私人間同士の対立場面で「表現の自由」を登場させないことには、それなりの理由がある。

 なお、私は一般人の抗議運動を「規制」と言っているような人に調整作業やらせたいと直感的に思えないところがある。その人こそが削ジェンヌになるのではないか

2. 規制とはなにか

minominofx66 まずは宇崎ちゃんしろたわわにしろ萌え絵アニメ規制されるべき「エロ」なのか、健全表現範囲内なのか、この際だから徹底的に議論して白黒はっきりさせるべきだと思う。

 第一に、さしあたって規制されるのは「わいせつ」(刑法175条)である。「エロ」ではない。そして「エロ」とか「健全」かそうでないかという問題は、表現の自由擁護する上でどうでもいいことである重要なのは「不健全」でも公権力によって規制されないということではないか。「不健全」なら規制しても良いという観念が前提にあるように見えるのは驚くほかない。アニメマンガの類の少なくない作品が不健全とか不道徳とか退廃的とか言わざるを得ないのは確かだろう(少なくともハード・コア・ポルノ的なものなら、だいたいどれかには当てはまるだろう)が、だからといって公権力刑罰をもって発売頒布禁止することは許されない。それが表現の自由論ではないの。

 第二に、「規制」がどんな規制かも考えなければならない。仮に刑法175条が廃止されたとする。そうすると性器修正処理などは全廃されるだろうが、成人向けの書籍ビデオ等は依然として年齢制限が課せられる(公権力法律条例をもって年齢制限を課すこともあれば、出版業界の内部協定として行うこともある)。販売頒布禁止されなくても、流通過程制限されることがある。それは言論の内容に着目したものではなく、付随的害悪(たとえば見たくない人の目に偶然触れるのを防ぐため)の阻止するための規制(内容中立規制というやつだ)である一般論としてそのような規制は認められなければならないだろう※。付随的害悪を阻止するための規制もいっさい認められず、街路に成人向け書籍広告を出したり、街頭モニタービデオを上演したりすることも制限なく認められなければならないというのなら、もはや見解の相違としか言えないが。

 第三に、宇崎ちゃん欠缺ポスターやたわわのポスターに対する抗議や批判は、いかなる意味でも規制ではない(国連からという声もあるが、それは「日本の」公権力ではないし、日本国に対して強制力を持ったなにものでもない)。批判や抗議は、表現の自由がもともと予定するものであろう。「不健全表現規制せよ」と主張することすら(私はそうは思わないが)、表現の自由である。それに反論するのも自由だが、そういう主張自体が「規制」と言うのは馬鹿げている。

 とはいってもこれがかなり厄介で、そのような規制によって出版社に過剰な経済的負担を課し、実質的に内容規制をしていこうという方法がないではない。しかし、付随的害悪の阻止のために合理的規制を行うことは、一般論としては認めなければならないだろう。あとは個別事例による。

3. 雑多に。

(1)

daydollarbotch 用語はそれっぽいが内容が所々おかしい。嫌がらせがあるなら不法行為たり得るし、間接適用説の下で表現の自由考慮され得る。判決引用部分では特にわいせつ表現表現の自由保護範囲外とは読み取れない(2階へ

①「わいせつ」に該当してもただちに保護範囲外にならないと最高裁認定しているという趣旨か。だったら以下は何なのだろうか。なお、これはわたしあなたが考えているところのあるべき「わいせつ概念ではなく、最高裁判例法理では「わいせつ」がどういう扱いを受けているかという問題である

ところが猥褻文書は性欲を興奮、刺戟し、人間をしてその動物存在の面を明瞭に意識させるから羞恥感情をいだかしめる。そしてそれは人間の性に関する良心麻痺させ、理性による制限度外視し、奔放、無制限に振舞い、性道徳、性秩序を無視することを誘発する危険を包蔵している。もちろん法はすべての道徳や善良の風俗を維持する任務を負わされているものではない。かような任務教育宗教の分野に属し、法は単に社会秩序の維持に関し重要な意義をもつ道徳すなわち「最少限度の道徳」だけを自己の中に取り入れ、それが実現を企図するのである刑法各本条が犯罪として掲げているところのものは要するにかような最少限度の道徳違反した行為だと認められる種類のものである。性道徳に関しても法はその最少限度を維持することを任務とする。そして刑法一七五条猥褻文書頒布販売犯罪として禁止しているのも、かような趣旨に出ているのである

チャタレイ夫人の恋人事件最大判

②間接適用説のもとで「誰の」表現の自由考慮するかが問題である。抗議者の言動裁判所差止めれば、それこそが表現の自由制限となるから裁判所差止権限行使するにあたっては、表現の自由趣旨を取り込んで適用しなければならない、というのが間接適用説だろう(ドイツリュート判決はこれとそっくりな構図だった)。表現の自由私人間効力は、抗議者に対して、一般論として相手表現を一切抑制しないように注意する義務を課すものではない。もしそうだとすれば、あらゆる抗議の類が不法行為になるはずである

嫌がらせがあるなら不法行為なのは違いない。それは個別事例による。

関連して。

type-100 175条にしても猥褻物の作成・所持を禁じているわけではない。猥褻性を持つもの表現言論自由保護を受け、他の権利との綱引き規制されている。

 確かに刑法175条はわいせつ文書・図画等の作成・所持を禁じていない。その限りであなたのいうとおり、「保護を受け」ると考えてみよう。しかし、販売頒布禁止される。警察刑法175条の取締り方針を変更して、性器露出したり、性行為描写するあらゆる作品を取り締まったとする。そこで作成・所持だけが保護されたとして、何の意味があるのか。「保護されない」という言い回しが気に入らないなら、「保護レベルが著しく低い」という風に言い換えた上で読んでいただきたい。加えて、最高裁作成・所持の禁止まですれば違憲となる、とも言っていない(アメリカなら、Stanley v. Georgia, 394 U.S. 557 (1969) 判決がそう言っているが)。

(2)

CocoA "一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずである"<-えっ、廃止に賛成している表現の自由戦士たちを知らない・・・

 「戦士」なら刑法175条を廃止する署名運動なり政治運動なりをやるべきであろう。あるいは「戦士」とはただのネット弁慶か。廃止提案されたら賛成するが、そうでなければ特に何かしないのか。

(3)

hom_functor これだけ長文書いても表現規制する合理的理由絶対説明しないんだよな。「抗議をやめる~ように請求する法的資格を有する」なんて見かけない主張を創作したり反論やすブコメチェリーピッキングするだけ

 「規制」なのかという問題か否かを読み取っていただけてないらしい。上記で書いたように、抗議運動なりボイコットなりは「規制」ではない。政治道徳的な観点からそれに理由があれば正当だし、理由がなければ不当だというだけのことである。むろん嫌がらせの類は、不法行為である。抗議運動なりボイコット理由があるかという部分はともかく、「規制」というおかし問題設定をしていることが馬鹿げているということだけはくみ取っていただきたいのだが。

(4)

sirobu 表現不自由展に対する街宣カーも自由制限する不当な圧力だと思ってるんだけど、増田はそう思わないってことかな?

 あなたが街宣カーで街宣される時点で表現の抑圧だと考えていることはよく分かった。そういうレベルから見解が異なるのなら、議論がかみ合うことはないだろう。以下は参考まで。街宣カーで道路を走りながら何か言うだけなら、それは自由である馬鹿なことを言っているなとは思うが)。問題は街宣カーそれ自体ではなく、殺害予告だったり大量電話のような嫌がらせだろう。また、名古屋市長支出拒否しかり、大阪府知事の会場施設利用許可しかり、公権力規制に乗り出していることを考えれば、表現不自由展では「不当な圧力」どころか、ズバリ規制」が問題だった。公権力嫌がらせを煽っていることも見逃せない(特に名古屋市長愛知県知事リコール運動)。

(5)

thesecret3 憲法法律ではないので専門家判決がどうでも各自独自解釈で主張してもいいと思う。自由保障すると言ったら基本は保障されなければならないのであって政府邪魔しなければいいってもんではないと私は思う。

 それは畢竟独自見解ですね。

 なんか進次郎構文っぽいトートロジーが・・・。

Core Keeper Dedicated Server をサービス登録する

なんで?

手順

/etc/systemd/system に corekeeperds.service って名前で以下の内容のファイルを作る。

[Unit]
Description=Core Keeper Dedicated Server
Documentation=

[Service]
Type=exec
User=steam
Group=steam
TimeoutStartSec=0
Restart=always
RestartSec=30s
WorkingDirectory=/home/steam/Steam/steamapps/common/Core Keeper Dedicated Server/
ExecStartPre=/home/steam/steamcmd +login anonymous +app_update 1007 +app_update 1963720 +quit
ExecStart=/usr/bin/env "/home/steam/Steam/steamapps/common/Core Keeper Dedicated Server/_launch.sh"
SyslogIdentifier=CoreKeeperDS

[Install]
WantedBy=multi-user.target

※ ExecStart はバグっているので空白のあるパスを食わせるとうまく処理できない。なので /usr/bin/env 経由で文字列を食わせている。古の知識

作ったら、

chmod 755 /etc/systemd/system/corekeeperds.service
systemctl daemon-reload

して、完了

あとは

systemctl start corekeeperds.service

サービス開始。

systemdがプロセスを死活監視して、異常終了した場合(この辺の挙動は 後述の Note 参照)に勝手再起動してくれるようになります

状態

systemctl status corekeeperds.service

で見て、

止めるとき

systemctl stop corekeeperds.service

で。(時間かかる)

Note

Restart=on-failure で大丈夫だと思うのですが、うまく上がってこないときalwaysかにした方がいいかもしれません。

Restart の各設定値の挙動については以下が詳しいです。

https://tex2e.github.io/blog/linux/systemd-restart-config

ごめん

ぼっちなので、私のサーバーには Dedicated Server が落ちるほどプレイヤーが来ません。

なので Systemd への登録で、ちゃん再起動するかどうかは確認できてない感じです。

出来なかったらごめんなさい。

anond:20220627125211

2022-07-02

そうやって皆が疑心暗鬼になって健全な会話ができなくなるので釣り創作実話ステマ有害だなーって思うわけ

anond:20220702144917

教育政策の一環だとしても、事実として新規ゲーム制作ができなくなり倒産大量発生している時点で、ビジネスおよび創作行為に関してはもはや子ども向けだけの問題ではない。

まともに成長していきたい会社国外拠点を構えるようにするしかなく、実際そういう流れが起きている。

なにが「健全」なのかを声の大きい独善独裁的な思考回路もつ人々に決定させてしまうと、そういう社会になる。

自由主義的な社会であれば、広く意見を募り、適切なプロセスを経て第三者による倫理機関を置いてバランスのとれた柔軟な形の規制模索していくことができるが。

性風俗が不健全だといって給付金対象外になるならばエロ漫画エロ小説だって~」という理屈、全く理解出来ない

だって漫画小説性風俗店とは異なり、それ自体別に女性人権直接侵害しているものではないでしょう?(内容やゾーニング問題となるというのは全く別の話)

殺し屋と、殺人事件を書く小説家や漫画家とで比べたら全然違うのが当たり前に分かると思うんだけど

まさに現実二次元区別をつけろよ案件

anond:20220702054142

なお、私は実は「アニメマンガ」の中の特定作品群のみを対象とした偏頗な政治運動自体けしからんというつもりはない※5。しかし、「表現の自由」という看板は下ろしてもらいたい。

まあ、個人の願望に文句を言っても仕方ないけど、特定業界ロビー活動する時に憲法法益を掲げるのは、極めて健全民主的な仕組みに依ったものだと思いますけどね。

そもそも表現の自由」という法益を、国家権力から自由ありさえすれば良いと考えるのも、だいぶ粗雑な捉え方だと思うんですよね。

何らかの手段で「差別」の二語のレッテルを貼られた表現は、そのレッテルが正当かどうかがまだ一方で議論余地を残していたとしても、流通は容易でなくなる。

それはやはり「表現の自由」が侵害されている状況と考えるしかない。

SNSによる誹謗中傷問題であるのとよく似ていて、根拠の乏しい「差別批判が大きくなれば、誹謗中傷になり得る。

そういった不利益は、まさに「表現の自由」という文言によって守られるべきだと思うんですよ。

表現の自由」についてのメモ的なもの

 下記のエントリーanond:20220701074807)で色々と書いてある点について。目下話題になっている「表現の自由」について。自分用の整理として。

1. 表現の自由とはなにか?

 目下話題の「表現の自由」は、いかなる意味表現の自由なのだろうか。それは憲法21条1項に見られるような法的なそれだろうか。それとも、憲法21条1項のようなものとは異なった何かなのだろうか。たとえば、JAなんすんが制作した『ラブライブ! サンシャイン!!』のキャラクターを利用したポスターについて、絵の内容がが性的である※1という批判があった(なお、これや宇崎ちゃん欠缺ポスター事件の余波で、赤木氏らツイッター凍結騒動があったりした。覚えているだろうか?)。

 ここで、抗議をJAなんすんが考慮して、ポスター撤回したとする。すると、「誰の」自由が「誰によって」侵害されているのだろうか。侵害者をざっくりと抗議する者として捉え(本来ツイッター批判的な言葉を言っている者、電話をかけて意見を伝える者、付和雷同していたずら電話をする者、大量の手紙を送りつける等のいやがらせをする者等を十把一絡げに全部抗議者として捉えるのは適切ではあるまいが)、被侵害者をさしあたってJAなんすんとして、JAなんすんが抗議者に対して抗議をやめる(たとえば、ツイッターで「ポスター撤回すべし」等の意見つぶやくのをやめさせる)ように請求する法的資格を有する、というのが表現の自由主張の趣旨か。

 はっきりいえば、そのような主張は法的には認められない。私人間効力の論点を見直すべきであるしか言い様がない。ここで、抗議をやめるように要求する資格があると裁判所肯定すれば、抗議者の表現裁判所(=国家機関!)が介入することになり、それこそが表現の自由侵害である。この構図において、憲法21条1項が保障する表現の自由恩恵に浴するのは抗議者の側となるだろう。目下話題の「表現の自由」は、憲法21条1項とは異なる問題であると解するのが相当である・・・のだろう。

2. 規制概念

 元々のエントリーでは次のような言明がある。

言いたかったのは、フェミニストあくまで「女性実質的表現言論の自由を高めるための環境づくり」を目指しているのであって、「表現規制派」というレッテル貼りは間違いだということ。フェミニストリベラル派が目指すのは、あらゆる階級属性の人が等しく表現の自由行使できる社会だ。

 これに対するブコメはこう言っている。

preciar おまえ等がぶっ叩いてきた作品ほとんどが女性の手になる物である時点で、ただの妄想というか開き直りしかない/そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ?恥に加えて知恵も無い

 後段の「そもそも平等のために表現規制しろと言う主張が「規制派」でなくてなんだ」という部分に注目したい。再びポスターを題材とする。「規制」という言葉を使うのは公権力ではないか不適切のように思うけれども、例のポスターに対する抗議は、ポスター掲示することを抑制しようとする意図を有し、ある一つの表現を抑圧する行動である、という部分を問題として切り出すことにしよう。ここで想起するべきなのは表現すべてがまったく自由(というより、放縦のまま)とされることなどあり得ないということである。たとえば名誉毀損的な言動は認められない。名誉毀損言動をしている者を叱りつければ、それは一つの表現の抑圧には違いない。しかし、名誉毀損をされないというのも重要利益であり、自己表現利益と考量される対象となる(そうならないという人はいないだろう)。プライバシーも同様であるノンフィクション『逆転』事件を想起すれば良い。前科実名暴露されない利益を重視する見地から、『逆転』における表現抑制されている(この事件では、慰謝料請求裁判所が認めているから、公権力による「規制」ですらある!)。プライバシー保護のために表現抑制するべきであるという主張は「規制派」であろうか。

 名誉毀損プライバシーは具体的な個人利益問題となっているが、女性蔑視の問題はそうではないと思うかもしれない。しかし、番組準則のように、社会に薄く広く広がる利益保護(たとえば、放送番組政治的公平性)を保護するために、表現抑制する(番組編集準則であれば、放送局の自由)ということは、そうおかしな話ではない(なお、憲法学では、番組準則は、それへの違反総務大臣による放送免許の取消原因になり得る等の効果もつ限りで違憲であるとしている。)。たとえば、大阪府知事大阪市長橋下徹トーク番組に対して、政治的に公平ではないという批判は、無論番組作りを抑制する可能性がある。実際、激しい批判を浴びて、大阪毎日放送社内調査を行って検証したのである。これも「平等のために表現規制しろと言う主張」だから規制派」となるのだろうか?それはそれで一貫した立場ではある。それこそ「知恵も無い」と思うが。

 なお、念のためにいえば、プライバシー名誉権も日本国憲法は明文で保障していない。そのような利益であっても、憲法21条保障する表現の自由にとっての対抗利益となることができる。憲法の明文で保障されていない権利表現の自由の対抗利益になり得ないという考え方は、畢竟独自見解に過ぎない。

3. 「表現の自由」は個別的特殊的な権益なのか?

 ここからは元のエントリーとの関連性は薄くなる。

 選挙において「表現の自由」を掲げる政治家がいる。彼らの問題意識は極めて偏頗ではないか日本表現の自由をめぐる問題状況は深刻なものがある。ところが、こと選挙で「表現の自由」を旗印にする者の言動を見ていると、選挙運動の規制公務員政治的意見表明やストの広範な禁止放送資源の分配問題政府情報保全・公開等々、様々な形で存在しているはずの問題状況が捨象されて、取り上げられているのは「マンガアニメ」の自由ということになっている。また、「アニメマンガ」だけを対象にしても、取り組む分野が偏っているのではないか。たとえば、これ(https://twitter.com/KenAkamatsu/status/1542366137979400193)には『国が燃える事件が入っていないが、右翼の抗議は免罪されているのか。あるいは、最近の『「神様」のいる家で育ちました』も入っていないが、宗教団体からの抗議は免罪されているのか。上記は、批判としてはマージナルかもしれない(忘れていただけかもしれない)が、刑法175条の廃止等(ポルノ合法化;「有害図書販売規制廃止ないし合理化)を公約に入れていないのはどうしたことか。

 「表現の自由」を掲げる政治家言動を観察していると、一つ気づくことがある。彼らは、表現の自由抑制している制定法を改廃するのではなく、規制対象外となるように関係機関に働きかけを行って「免除」(制定法の外部で活動しているのだからお目こぼしに近い)するという活動に主眼を置いているようである。念のためにいえば、そういった活動政治家が行うこと自体は奇妙なことではない。問題は、「表現の自由」といった一般的普遍的権利を掲げながら、規制廃止を唱えるよりも、特定表現に限って規制免除するように(制定法の改廃ではなく)法執行機関に働きかけをしていることである※4。取締当局に働きかけをして有利な方針を引き出すという方向性は、自由にとって脅威であることに変わりはない。結局、働きかけをする人物意向によって「自由」の内実が左右されることになるからである。「免除」の仕組みを動かす人物特定出版社特定作品群を代表している場合、その他の出版社表現には「免除」を拒否するという形で脅威となる可能性が存在し続ける。政治家言動ナイーブに受け止めてはいけない。

 なお、私は実は「アニメマンガ」の中の特定作品群のみを対象とした偏頗な政治運動自体けしからんというつもりはない※5。しかし、「表現の自由」という看板は下ろしてもらいたい。

4. 「エロ」の規制をめぐって

 「表現の自由」を掲げる政治家ないしツイッターアカウントを見ていると、「エロ(・グロナンセンス)」の自由を重視しているような印象がある。こういった表現一般について、公権力の介入を排除する防御権があるのは当然だ、という前提があるような気がする。しかし、「わいせつ(obscenity)」にあたる言論憲法上の権利として保護されないはずである憲法上の権利として保護されないということは、内容規制をしても合憲であるということになる。日本最高裁の考え方もそうであろう:

なお性一般に関する社会通念が時と所とによつて同一でなく、同一の社会においても変遷があることである現代社会においては例えば以前には展覧が許されなかつたような絵画彫刻のごときものも陳列され、また出版が認められなかつたような小説も公刊されて一般に異とされないのである。また現在男女の交際男女共学について広く自由が認められるようになり、その結果両性に関する伝統観念修正要求されるにいたつた。つまり往昔存在していたタブー漸次姿を消しつつあることは事実であるしかし性に関するかような社会通念の変化が存在しま現在かような変化が行われつつあるにかかわらず、超ゆべからざる限界としていずれの社会においても認められまた一般的に守られている規範存在することも否定できない。それは前に述べた性行為非公然性の原則である。この点に関する限り、以前に猥褻とされていたもの今日ではもはや一般猥褻と認められなくなつたといえるほど著るしい社会通念の変化は認められないのである。かりに一歩譲つて相当多数の国民層の倫理的感覚麻痺しており、真に猥褻もの猥褻と認めないとしても、裁判所良識をそなえた健全人間観念である社会通念の規範に従つて、社会道徳的頽廃から守らなければならない。けだし法と裁判とは社会現実を必ずしも常に肯定するものではなく、病弊堕落に対して批判的態度を以て臨み、臨床医役割を演じなければならぬのである

最大判1957(昭和32)年3月13日 刑集11巻3号997頁:チャタレイ夫人の恋人事件

エロ」の自由擁護していくとなると、「保護されない言論」の判例法理桎梏いかに除去していくかを考えるべきであろう。スウェーデンではポルノ出版自由対象とされていることに注意する必要がある。スウェーデン憲法典の一部を構成する出版自由に関する法律は、出版自由制限できる場合限定列挙する。児童ポルノ出版自由制限できる場合に挙げられている※6が、ポルノ一般は挙げられていない。他方で日本の状況を考えてみよう。もはや何の修正もなく『チャタレイ夫人の恋人』は出版されているが、刑法175条自体は生きている。最高裁判例を変更していない。捜査機関取締り方針を変更すれば、刑法175条でもって再び刑事罰が科されるであろう。他の成人向けのアダルトビデオにしても、マンガにしてもアニメにしても同様である一般に「エロ」の表現の自由を目指していきたいのであれば、少なくとも刑法175条を廃止しなければならないはずであるしかし、この最大の桎梏存在認識していない者も少なくないように思う。もしかすると、このような規制状況はもはや動かしがたいので、所与としなければならないと考え、より低い脅威度のものを優先しているのかもしれない。あるいは、彼らが取り組んでいる「マンガアニメ」は実は「わいせつ」にあたらない物件のみで、ハード・コア・ポルノ的な「マンガアニメ」は眼中にないのかもしれない。しかし、それでは『チャタレイ夫人の恋人』や『悪徳の栄え』、あるいは『蜜室』に取り組んだ人々と比べてあまりにチャチな取り組みだと思う。

 丸山眞男を引き合いに出すまでもなく、日本人は既成事実に弱いと指摘される。いったん規制されると大変だから規制される前に対処する政治家必要であるという言い分を聞くが、既成事実に屈服して「一端規制されると大変」な状況を強化しているのは誰なのだろうか。

※1 ここで「性的」として批判されているのは、単に裸体だとか性器描写されているという意味ではなく、ほぼ女性蔑視的という意味に等しいことに注意するべきである

※2 書いているうちに思ったが、リュート判決の構図に似ている。

※3 スウェーデンなどの欧州諸国ではポルノ合法化されている。スウェーデン等で購入したヌード写真集日本に輸入して税関検閲に引っかかる、というのが税関検閲事件の流れだ。

※4 なお、児童ポルノ禁止から創作物を除去せよとの主張は、一般的規制問題として評価できよう。

※5 むしろ出版社利益を守るためと考えれば、個別出版について規制お目こぼししてもらう活動大事だろう。だが、あくま出版社権益であり、表現の自由という共通財の問題ではない。

※6 日本出版されている成人向けマンガイラスト児童ポルノにあたるかと言った事件があったのだが、スウェーデン最高裁マンガ表現形態に十分配慮した判断を行っている(NJA 2012 s. 400. 翻訳もある。外国立法255号[2013年]223頁)。このような判断日本最高裁がするかというと、全然しないだろう。

2022-07-01

エロマンガを描いて生きている 2/3


長編作品DLsite投稿した次の日だった。

サイトを眺めたところ、新着のおススメ欄に自分のやつがあった。クリックしてみると……「ランキング 24時間1位」とあった。「ファッ!?」という声が出た。無意識だった。あんな声が人間から出るのだなと素朴に感じた。

pixiv活躍している絵師です」と自分のことを紹介してくれる人がいた。嬉しかった。コメントを読んでいると、こんなに多くの人が気持ちよくなってくれたんだと思って涙が出た。自分がやったことは無駄ではなかったんだ、これでよかったんだ、と心臓の奥からじんわりとした感情が湧き出した。

マックフライヤーに真新しいオイルを入れた時の、あの澄んだ小麦色の油面脳裏に浮かんだ。生卵をそこに割って落として、ポーチドエッグを作って食べるのが当時の朝マッククルーの楽しみだった(追記 お湯に落とすのが本来ポーチドエッグです。当時の呼び方尊重しました)。

朝五時くらいの周囲がまだ暗い中、夜マックから朝マックに切り替わるまさにその時、みんなでワイワイと集まって創作料理をやっていた。自分が作るのはポーチドエッグ相場が決まっていた。皆、おいしいと言ってくれた。そんな記憶が、あのランキング1位の画面を観た時に脳裏をよぎった。

デビュー作品投稿した年だけで1000万以上も稼いだ。図に乗った自分は、また同じ系統作品を作り始めた。再び三ヶ月程度は労しただろうか。前作と同程度の執筆期間だ。

いよいよその時だ。満を持して販売開始ボタンを押した。はっきりいって二番煎じだった。濃さについては前作よりも強いつもりだ。

売れ行きは……前回とほとんどいっしょだった。24時間ランキングは1位だったし、1週間ランキングでも、1ヵ月ランキングでも一番になった。コンテンツ需要があると確信した瞬間だった。

次作はこれとは違う作品を作ってみようと思い立った。妹凌辱ものではなくて、もっと社会的健全とされるエロ分野に挑戦してみようと思った。多くの大家のページを巡っていったところ、クリムゾン先生のページに辿り着いた。販売作品ひとつずつ見ていったところ、「この人すげー安定してるな」と感嘆したのを覚えている。それでいて創作ペースも早い。

自分場合はこうはいかない。下書きの段階では絵も字も死ぬほど汚いし、ペンタブを握ってもそんなに変わらない。初稿は売り物にならないレベルで、第二稿、第三稿と繰り返すたびにちょっとずつ売れる絵になっていき、販売開始をクリックする頃には第7稿とかになっている。

クリムゾン先生の安定感は素晴らしいとは思ったけど、自分には到底真似できないことも理解した。でも、これでいいのだ。自分場合は遅筆で、年に投稿できる作品は少ないけど、その代わり、とびっきり質のいいやつを出してやろう。それで読者に喜んでもらえばいい。

それから、いろんな経験をした。

DLsiteFANZAから個別に連絡があって、「今度、このようなキャンペーンで~~」といった内容で、いわゆる商談というやつだ。あとは出版社からも連絡があった。オリジナル作品をウチで出してみないか? という提案が。乗り気ではなかったが、編集者がいい人だったので1冊だけ紙の本を出した。

社会のことをもっと勉強しておけばよかった。会社員の人って、みんなけっこうシャキンとしていて、キビキビとしていて、マナーレベルが高かったりするだろう。絵描きというのは社会経験がない人が多いので、そのあたりはルーズだ。

例えば、FANZAとかで滅茶苦茶に売れている大御所の人で、態度が凄まじく横柄な人がいる。出版社の人や、イラストレーターや、もっというと初対面の人が誰だかわかっていなくても、自分が神であるかのような傲慢な態度で望む。20代はもちろん、30代、40代の人でさえそういう行動を取る人はいる。お金があれば何をしてもいいんだ、という心が透けて見えるようで気分が悪い。

自営業にとっては自然なことだ。自分が作った世界勝負して、それでお金を稼いでいるのだから会社員みたいに礼儀マナーを身に着ける必要はない。傲慢だろうと誠実だろうと、ご飯を食べていけるならそれでいい。他者への態度は、その人が自分責任で決めることだ。



かくいう自分も失敗をした。

二作目を売りに出してから少し時間が経っていた。通帳をみると、一作目の投稿から数えて約二千万円が入金されていた。このお金で何かしてみようと思ったところ、秋葉原にあるメイドカフェで豪遊してみようと思い立った。

専門学生だった頃に、友人と2回ばかり行った経験があるのだが、そこにはいい年をしたおっさん連中がいた。メイドさん達をわが物のように扱い、ほかのお客のところに行かせないようにしていた。彼らというのは基本的に、ものすごくうるさくて、ありえないほど近い距離メイドさんに接する。心理的にも物理的にも。ああいうのは苦手だ。

対照的に、ものかに食事を嗜んでいるおじさんや若い人もいたが、少数派だった――年齢は関係ない。大人びた人というのは、大抵は子どもの頃から大人だったりする。

結局、学生だった当時は、メイドさんとロクに喋ることはできず、40分ほど滞在して割高なオムライスを食べて帰った。世知辛い思い出だ。

ある秋の日、自分は一人でその店を訪れた。当時と変わらない佇まいだった。木目調のカウンターに色とりどりの置物が飾ってある。メニューもおしゃれだ。簡素だけど、手作り感が満載の。

あの時と一緒だった。おっさん連中が三人ほどいて、お気に入りメイドさんドリンクを飲ませていた。

観察してみると、カラオケサービスを頼む際にメイドAさんの胸を人差し指タッチしたり、フロアに立っているメイドBさんの隙を探して肩を揉んだりしていた。

40を過ぎた大人が、若いの子に対してお金と引き換えにセクハラをする場――学生などお呼びではない。それが当時のメイドカフェに対する認識だった。

でも今は違う。今の自分は専門学生ではなく、pixiv発のいっぱしのプロ絵描きなのだ

入店してすぐ、メイドさんこちらに気が付いた。

「お帰りなさいませ(はぁと)。ご主人様」

紋切り型の楽しげな挨拶を受けて、カウンター椅子腰かけた。今のはメイドCさんとする。ちょっとしゃがんで、上目遣いでこちらを見上げている。猫耳を付けていた。リボン付きの首輪も。

「初めてですか?」

はい。初めてです」

こちらがメニューです~(以下、お店のシステム説明)」

了解しました。1時間で帰る予定です」

「ご注文は何にいたしましょう? ご主人様」

オムライスください」

かしこまりました。オムライスの種類がこちらになります

「『くまたんはんばーぐ☆オムライス』にします。ドリンクは『ふりふりしゃかしゃか♥オレンジじゅーちゅ』で。何分くらいで来ますか」

「お飲み物はすぐに。オムライスはお時間かかります

了解です」

オレンジジュースはすぐに来た。メイドの人がふりふりしゃかしゃかすると、魔法がかかって味が変わるらしい。「今回はいいです」と断って、その場でグラスの半分まで飲んでみた。普通にうまい。前回は、お金がなかったのでウーロン茶を頼んだはずだ。

オムライスはあと20分お待ちください。私はあちらのご主人様の方にいますので、何かあったら呼んでくださいね

「そうですか。では待っている間にシャンパンを飲みます。これをください」

メニューの一番右上にあるシャンパンを指さした。ドンペリ白だった。当時、ドンペリが何なのかわかっていなかった。とりあえず高い酒ということは知っていたが。メニューには55,000円とあった。

メイドCさんは、「えっ!?」という声にならない声を上げて、おじさん方の接客をしているメイドAさんとBさんのところに駆けていった。

一時的キッチンの中に引っ込んでの作戦会議の後に、メイドBさんとCさんが自分のところにドンペリを――おそるおそる持ってきた。今思えばけっこう揺れていたかもしれない。Aさんは接客に戻っている。

ドンペリの瓶について、ずんぐりとした形状だったのを覚えている。天井LEDに照らされた酒瓶は、生まれたてナイフのような恥じらいを帯びていた。鈍い色の光沢が煌めいてる。生涯で初めてのドンペリだ。

こちらでよろしいですか」

OKです」

「ご主人様。ご自分でお開けになりますか――?」

「開け方がわかりません」

「そうなんですか。実は私達も開けたことがなくて」

「何……だと……?」(ブリーチ

Aさんの前にいるおじさん3人がこちらを睨んでいる。メイドAさんなら開け方がわかりそうなものだが、色々と事情があったのかもしれない。

やけくそだった。なんかもう適当ねじねじとしたやつを外して、ボトルの蓋を解体していった。コルクだけになったところで携帯電話をパカッと開いて、ようつべドンペリの開け方を調べた。どうやら、ねじねじとしたやつは残しておくものらしい。

ようつべの画面に映ったバーテンが、コルクの栓を捩じりながら開けていくのを見て成功確信を得た。自分も真似してやってみよう。メイド2人が手元をまじまじと眺めている。

何十秒かそこらだったと思うが、ずっとコルクを捩じり続けていた――ポォンッ!! という音を立てて、コルク天井に突き刺さった。すごい音だった。直後、メイドBさんの方にコルクが落っこちるのを観た。

冷たい、と感じた。見れば膝にドンペリが零れているではないかテーブルの上はさらにヒドイことになっている。

やってしまった、ドンペリの瓶を揺さぶり過ぎたのだ。炭酸がこんなに強いなんて。当時の自分は知らなかった。ドンペリの四分の一くらいが零れたのを見て、さっきのおじさん達がゲラゲラと笑っていた。メイドAさんがこっちに向かってきて、BさんとCさんを悲しそうな目で見た後で、

申し訳ありませんご主人様!」

謝罪したのを覚えている。

「いいですよ。みんなでゆっくり飲みましょう」としか言いようがなかった。零れたものしょうがないのだ。これが現実なのだハム太郎)。

メイドさんとしばらく話をした。あれは楽しかった。初めての体験というのが大きい。以下に抜粋してみよう、うろ覚えだ。BさんとCさんとの会話がメインで、Aさんは傍で見ていてたまにしゃべる感じだった。半ば酔っていたので、お見苦しい発言がいくつもある。

「改めて、Cといいます。どちらから来られたんですか?」

千葉の端っこからきました」(比企谷くんの近所に住んでます

「へー! わたし千葉に住んでるんです」

もしかして家が隣かもね」(なんてね!)

「かもしれませんねー」

「このお店、やって長いんですか。この木目調のカウンターとか。古さがいい感じです」(i'm lovin' it!)

「えっと、たしか五年目ですね。前ここバーだったんです」

へぇバーですか。どおりで。照明を消したらバーになりそうですね。ところで姉さん、失礼ですが年はおいくつですか」(24とみた)

「えー、いくつに見えますか?」

「22」

「ブー、違います

「うーん、25?」

「違います!」

「27?」

「ブー、ぜんぜん違います

「参った。正解を教えてよ」

「正解は……17才です!」

「あー、そっちかー」

意味わかるんですか? おにいさ……ご主人様」

「わかるよ。有名な声優さんのやつ。で、ぶっちゃけ本当は年いくつ? 自分は26。見た目はおにいさんじゃないけどね」(おにいさんってあなたもしかして夜の店で働いてた?)

「こないだ19になりました」

若いね。ところでなんだけど。なんかさ、たばこ匂いがするよ?」(この子まじでヤニ臭いんですけど……)

「そんな匂いしません! 未成年ですから

煙草は吸わないけど、ドンペリは飲むんだ」(やりますね!)

「ご主人様だから特別ですよ。内緒にしてくださいね

(ここで一瞬、AさんとBさんが神妙な顔つきに。Bさんが話してくる)

「ご主人様って、アニメ好きな人ですか~?」

「うん。アニメ好きです。毎季いろいろ見てます!」(うえぃ、酔いが回ってきた)

「え。アニメ好きなんですね。今のだったらどんなのおススメですか? 観てみたい」

「うーん。すぐにはちょっと。頭の回転が追い付かない。Bさんは、どんな感じのがお好み?」(装甲騎兵ボトムズとか? あまり答えたくないな。恥ずかしいし)

「笑えるやつがいいです」

「どんなアニメだって笑えるじゃん」(話題よ逸れてくれ)

「泣けるのが好きかな~。わたしにもおススメ教えてくださいよ」

「うん、ちょっと考えるね」(こんちきしょうめ!)

「あー、ご主人様かわいい。頭ひねってる」

「焦らずに。ちょっと待ちなって」(お答えしますよ!)

(当時のアニメ視聴リスト。○が思い出せた)

あかねさす少女 ○

・うちのメイドがウザすぎる!

アニマエール! ○

・俺が好きなのは妹だけど妹じゃない ○

寄宿学校のジュリエット

ジョジョの奇妙な冒険黄金の風

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない ○

やがて君になる ○

ゾンビランドサガ

アニマエール一見やんちゃなようで、友情がしっかりしていて面白いんで見ることにしましたよ。やがて君になるも捨てがたいですねェ」(戸愚呂弟)

アニマエール見てないです。どのへんが面白いんですか」

「緩くて、緩くて、緩いところかな。1話を見たらわかる。それだけでいい」(語彙貧困

「ご主人様、すごいですね」

「恐縮です。Bさんのおススメはある?」(もっと褒めてもいいんですよ)

「色づく世界明日から、てゆうのが感動できます。泣きますよ~」

「素晴らしい作品を見てるんだね」(そんなの知らない!)

「ご主人様、見る目あるんですね」

「どういたしまして」(ヘヘッ!)

絶対みてくださいね

(※翌年、全話視聴してガン泣きした)

「ところで。そちらのお姉さんはベテランさんですか?」(Aさん!Aさん!)

はい……まあ。そうですね。オープンからいるんで」

「へー。オープンから!! それはそれは!! 大事役割を任されてるんですねェ。今日開店時間からずっといるんですねェ」

「そういう意味じゃありません」

「ごめんなさいwww」

(※このあたりから記憶がない。ドンペリ白をほとんど飲み干していた)

「ご主人様ってなんか。自分をお持ちのお顔ですね。アニメだけではなくてー、ほかにもいろいろ趣味が多そうな気がします」

はいイラスト描くの好きですよ」(わかってますね!)

「そーなんですね。渋のアカウント持ってます?」

「持ってますとも」

「見せてくださいよー」

「また今度ね。もっと別の、楽しい話題に移りませう」(絶対みせないでをかう……)

「ご主人様の見たいです。次は絶対見せてくださいね

「その時が来たら見せますよ! ところで、自分さっき、どの漫画キャラの真似してたかわかりました?」

アニメ版の戸愚呂弟かなって思いました」

あんたもなかなかやるねェ」(ヘ、ヘッ!)

「ご主人様は、イラスト以外にもモノマネお上手なんですね」

「戸愚呂が一番好きなんです」(へへッ!)

わたし、戸愚呂兄のモノマネが得意なんですよ。今からやってみますね!」

割愛

しばらく喋っているうちにドンペリ(3/4)をほぼ1人で飲み切り(メイドAさんとCさんが2杯ずつ飲んだ)、美味しいオムライスを食べた後、現金でお会計を済ませると、のんびり歩いて秋葉原駅まで行った。

おじさん連中には、キッチンから出てきた料理担当とおぼしきメイドさん対応していた。あの時のおじさん達のことは今でも覚えている。自分カウンターを立って会計をする時も、物笑いにするような目つきでこちらを眺めていた。

それで、実家への帰り道の途中、酩酊した状態自転車に乗っていたものから、見事に転んでコンクリート水路蓋に頭を打ちつけた――転んだ自分の目の前に、青い空が映っていた。千葉県某所の空に、みたいなタイトルが頭をよぎった。当時は若かった。今の自分飲酒運転など絶対にしない。

しかし。真の失敗は飲み方の汚さにあった。あの時以降も、グラスに注いだ高い酒をペースを考えずにグイグイと飲みまくった。どう考えても見た目が悪い。高い酒を飲むやつが偉いだろうと心の奥底で考えていた。その時点で、あのおじさん達と同じ穴の狢というわけだ。

今はそういう飲み方をすることはなくなった。世の中には優しいおじさんもいて、ある時だった。別のメイドカフェで、ピンクドンペリを直飲みでイッキして騒いでいたところ、隣にいたおじさんが言ったのだ。

「君の飲み方は汚い。もっと周りのことを考えて吞みなさい」

はっとした。そのとおりだった。自分調子に乗っていたのだ。「ごめんなさい」と謝ったら、「俺もね、あなたくらいの時にお酒で失敗してね……」といろいろ話してくれた。

お金を稼げたから、それだけで偉いなんてことはない。人間の偉さがあるのだとしたら結局、人柄とか、人格とか、行動とかで見られるんだと思う。まだ30手前だけどわかる。人生の明らかな事実だ。



次で最後です

https://anond.hatelabo.jp/20220701210746

実写エロファンクラブサイトいくつか使ってみたのでレビューするぞ

実写エロファンクラブサイトいくつか使ってみたのでレビューするぞ!

■■ndf■n■

明らかにスベってる設定の個人を装った業者や、コンテンツの質の低いコンテンツ提供者にフォローされる

ブロック機能はあるがブロックしてもフォローが外れないのが不愉快

SI■S

クレカを使えるのが24時間で1回だけ、しか金額は大小4種類の中から固定額のみ

なので目的コンテンツを購入するのに金額ぴったりにしようとすると3日とかかかって不便だった

f■n■■a

サイト健全性が高そう、平然とラインを越えちゃうやつはすぐさまBANされている

コンテンツ提供者に女性が多いせいかコンテンツ価格が驚くほど高額な割にコンテンツの内容がショボく特定用途全然使えない

m■F■ns

パソコンブラウザアクセスしても画面がスマホと同じ

特定用途に使うものをあらかじめ開いておきたいのに1画面しか開けないため、特定用途中に忙しい

いかがでしたか

さああなた玉石混交の中から性癖にブッ刺さるおかずを探す旅に出よう!!

舞妓さんちのまかないさん

※この物語日本は『登場する置屋労働契約に基づき全て健全で、賃金携帯も持ち、未成年飲酒は行われず、出てくる客は全て良い人で、児童買春をしていない』設定ですのでご安心ください。

日本男がガキなのは当たり前

日本男に精神年齢低い奴が多いのは当たり前なんだよな

女は、日本社会を女という性別で生きるためには当然優秀かつ人当たりが良く人からまれて、見た目に気を遣っていなければならないと永遠に現実を見せられる

男は、ただでさえエロいことばかり考えて1日をエロに費やしてるだけで一年が経過しがちなのに、そのエロの中身がダメクソな主人公にいきなり現れて無条件で好きで尽くしてくれる奴隷女、ゴミでもカスでも愛してくれるエロオナホ無料飯炊き女、だから

ポルノ中毒IQ低い男衆が更に社会性訓練を削られてる


優秀かつ人当たり良く人からまれ人徳の持ち主で見た目に気を遣ってなければ日本社会を生きるのは難しいという真理をバカにした厨二病のままで育ちやすいわけ


厨二病の腐ったゴミ底辺男で他に何もできなくて発達障害パン工場でもクビになるようなやつでも、汚い絵柄でも、エロならウケるのでな

エロ漫画描いてるやつなんて精神年齢ゴミカス底辺ゴロゴロいるからね

そいつらの描いた理想の女ってのはそうなるよな

ゴミさらゴミ教育してゴミを育ててんのよ

必要なのは社会性訓練と他人バカにしない健全自尊心なんだけど現状のエロはそれらから目を逸らしたまま気付かせない毒だよな

エロがただの人間関係にすぎないという現実認識できない知能障害バケモノに成長してる

週刊少年漫画ラブコメエロいのか? エロくないのか?

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220628145642

ラブコメを全部エロ枠扱いは雑。/不人気で打ち切りも多いので、ジャンプエロコメは不利。/ジャンプアップデートしろとか言ってたフェミ、アオのハコもっと押してもいいのにとんとそういうの見ない。

エロ枠にも濃淡あると思う。ジャンプにはおそらくラブコメ枠みたいなものがあるんだからラブコメをほぼ無条件でエロ枠に入れてたらそりゃまあ実質エロ枠も常設になるだろうけどちょっと恣意的じゃないか

ラブコメエロを別物として扱う人はさ、客観的に双方の要件をあげられますか? 恐らくかなりの部分が被るし、程度なんて個人主観による所が大きいでしょ。/個人の好みでこれはエロだと決め付けているだけでは?

ラブコメエロいかエロくないか話題になってたので、主観で週刊少年誌ラブコメエロランクを1~10でつけてみたよ!

ちなみにエロ10ToLOVEるあやかしトライアングルゆらぎ荘の幽奈さんくらいのイメージで、エロ度0はアオのハコのイメージです。この辺は読めば分かるだろうからいいよね!

選出基準

いわゆるハーレムラブコメから結構続いてたの3作品ずつ選んだよ! そんなたくさんやってられないからね!

最近流行りの単体ヒロインものは外したよ! なんでかっていうとジャンプと条件を揃えるためだね。

イメージだけど単体ヒロインのがエロい気がする。フェチ的な。一人のヒロインの魅力で引っ張っていかなければならないからかな多分。

ジャンプ

いちご100% 8

いちごパンツが題材なだけあって結構エロいね

北大路さつきで抜いた男子中学生は相当いるだろうし、東城もまあエロい。外村妹とか先生とかのサブキャラエロかった。

でも健康的な西野が一番人気というのは色々示唆するものがあるよね。

ニセコイ 3

ちょっと思い返したけどあんエロくないな……。

お色気担当だった鶫はブラスケとかそこそこあったけど他の三人はあんまりそういうシーンはなかったはず。

温泉シーンとかはあったけど。そういう意味で0じゃないけど、エロいかっていうと全然

少なくともジャンプの中では相当健全な方だったから、そういうのもあって売れてるんだろう。

ぼく勉 8

ゆらぎ荘と同時期にやってたか比較してあんまりエロくないイメージ持ってる人もいそうだけど結構エロいよ!

執拗スカートパンツの線浮き出させてるしブラ透けとか着替えシーンとかラキス描写も相当多いよ! エロくないように感じるのは絵柄が可愛い系だからかもね!

さつきみたいに体で迫るキャラはいないけどその分トイレに閉じ込められたりとかノーブラバスケやったりとか無理なシチュエーションが多いね! じゃあエロ減らせ? それは違うよ!

でもまあエロ推しだと売上的には弱いのかもね。ゆらぎ荘もだけどアニメ化しても全然売上上がらなかったし。

マガジン

甘神さん 6

そこそこエロいね! でも不思議設定急にぶち込むのやめて? 未来予知くらいなら「へー」ですんだけどエンドレスエイトは「は?」ってなったわ。伏線あったっけ?

いがみ合ってた女の子たちとイベントこなしながら徐々に仲良くなってく古き良きラブコメって感じで、弟子であっても五等分の花嫁の後継にはなり得ないけどそこそこ好きだよ!

でも令和の時代に合わせてるのか露骨エロは減ってるね! たまにはあるから希少性が高まるからそれもいいと思うよ!

レンカノ 4

それなりにエロいところもあると思うけど……。主人公のウザさがエロさより上回るっていうか……。

ヒロインエロさ可愛さとか俺がわかればいいんであって主人公に逐一解説されたくないんだわ。言語化しなくていいところもあるのよ。萎える。

五等分 2

巨乳美少女の5つ子とかいう設定の割に全然エロくない。

これは作者が意図的にそういう描写は減らしてたらしいので当然だね。

そのおかげもあってか女性とか小中学生ファンも相当映画に来てたのでやり方としては正解なんだろう。

サンデー

ハヤテのごとく 3

あの絵柄はエロくない。ニチアサアニメやっただけあるわ。でもヒナギクエロい。

ラブコメ枠に入れていいかわからんけどコメディ萌えるキャラの作り方が強かったよね。

神のみ 5

もっとエロかった覚えがあるんだけど読み返すとたいしてエロ描写がないな……?

当時からなんか知らんが女性読者をそこそこ見たのはエロ描写が少なかったからか?

エロゲオタの作者の割にはエロより可愛いに寄っていた。意外な発見だ。

初恋ゾンビ 7

江火野さんエロかったね! 少年アビス読んだ後に見返すとそういう気分には全然なれないんだけど……。それはそれとして確かにエロかった。

指宿くんはかわいいけど、でもやっぱ江火野さんいいよね……長身巨乳いい……。太眉好きになれたよ。

帝乃三姉妹 2

ひらかわ先生~~~~~!!!!! クソ推し作家なので4つ目だけど入れとくね!

初期のもう男にしか見えない眼力の強さとちょろかわな女の子の表情になったときギャップは分かるしいいんだけど、でもやっぱ男にしか見えんわ……

から眼力が弱まった最近普通に可愛いけど若干の物足りなさを感じなくもないね! でもどっちか選ぶなら今の方選ぶのでひらかわ先生ありがとうございます!!!!!!

めっちゃかわいいんだけどエロいかっていう基準だと全然エロくはないね! 今週の二虎の赤面はクソ可愛かった!

次に来るマンガ大賞ノミネートされてるのでみんなよろしく!!!

感想

やってみて思ったけどラブコメエロってイメージ、単にジャンプラブコメエロいってだけじゃない……?

アンケート至上主義ジャンプアンケート取るのにエロが強いってだけじゃない……?

少なくとも他誌にはイコールで結ばれるほどの広がりがあるように思えない。

とはいえこれも僕の主観しかないけどね! でもラブコメエロではないんじゃないかということだけは伝えたかった。

悲報表現の自由戦士日本性風俗差別ダンマリ

性風俗事業者コロナ給付金対象外 東京地裁合理的区別

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.asahi.com/articles/ASQ6Y748XQ6TUTIL002.html

性風俗業は「大多数の国民が共有する性的道義観念に反し、国が許可という形で公的認知するのは相当ではない」

「限られた財源の国庫から支出で、性風俗業の事業継続を下支えすることは相当ではない



裁判官お気持ち判決「フーゾクは本質的に不健全だって大多数の国民も思ってるのおおおおお!だから国がフーゾクの事業継続を下支えするなんて相当しないのおおお」

これまんまフェミじゃん草

データもないのに「えっちなのはみんな不快に思ってるんですよ!だから差別されて当然!」って裁判官が言ってるんだぜw

えっ、表現の自由戦士はこれ看過してていいの?

抗議とかしないの?

君らの大好きなエロコンテンツ危機だよ?

この裁判官お気持ち判決を認めるってことは「えっちなのは健全なので差別されて当然、支援されなくて滅びても仕方ない」ってフェミ意見を支持してるも同然なんだけど、表現の自由戦士表現の自由がなくなってもいいんですかね・・・

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