はてなキーワード: 男衆とは
秩父に縁もゆかりもないのだが、今年の夏、仕事がやたら忙しく、週末になんとなくラビューにのって秩父にいったら、すっかり魅了されて5回も行ってしまった。
秩父のなにがいいかって、都内からちょうどいい距離感で抜けるような空と山と渓流があるところで、駅からちょっと離れたところにある道の駅に入るとポテくまくんの上りが上がっているすぐそばでみそポテトが売っていて、御花畑駅前の駅そばのはなゆうのそばのダシが美味く、長瀞にいくと最高な感じのロープウェイに乗れて、降りると山の中腹の意外と規模の大きい動物園で猿が大騒ぎをしており、秋になると紅葉が美しく、宝登山神社の参道の道の脇に野菜やお風呂に入れる用の柚子が無人販売されてたりして、自然を胸いっぱい摂取した後は西武秩父駅前の祭り湯で都内に帰る最終のラビューが出る21時ギリギリまで風呂に入れて色々最高なのである。
参拝すると人生が変わるとまで噂の三峯神社は最近やたら人気で、秩父市内からは結構遠い上に、山の上の駐車場に参拝者の車が入りきらずに2時間の駐車場渋滞が発生したりするのでちょっと注意だ。
秩父はこういった観光資源と生活の場があんまり明確に分かれてなく、観光地にありがちな緊張感があんまりないのがいい。
神社もロープウェイも温泉も、そこにいくまでの特急も、実のところ箱根にあるし、よりちゃんと観光地然としてるのはなんだったら箱根で、秩父はちょっとユルいのだが、そのユルさがいいのだ。
箱根は海外でも有名で、最近は外国人観光客でいっぱいなんだが、そこいくと秩父は欧米の外国人にはあまり知名度がないらしく、たまに台湾や韓国から見た人を見かけるくらいで呑気なものだ。
秩父は生活の場というのもあって、土地に「秩父LOVE」的な空気が流れており、それも心地いい。
秩父夜祭を見てきて興奮冷めやらなかったので秩父について書いた。
朝おきて夜祭と昨夜秩父土産で買ってお風呂に入れてゆず湯にした路上販売のゆずの香りを思い出しながら、ささっと書いたエントリーがバズっててびっくりした。
嬉しい。
書くきっかけの夜祭についてちょっと書くと、ブコメで紹介した人の言うとおり、秩父夜祭は日本三大曳山まつりの一つで、昼に出発した山車が町内を周り、夜の帷が降りた後も、冬の花火が上がる空の下で男衆や女性の引手がボンボリの赤い光で照らされた山車を引き廻す。
2日の宵祭に行った時には秩父神社で神楽が奉納されていて、演目は日本神話で最も有名なエピソードの一つである天の岩扉開きでなんかラッキーだった。
演目のクライマックスのアメノウズメの踊りは神話に忠実にやると結構凄い事になってしまうんで、そこは榊をもってバタバタするコミカルな表現になっていたりした。
で、山車の方なんだけど、夜になると照らされるボンボリの光源はLEDとかでは無く、トラディショナルな蝋燭で、そういうモノとはいえすげーなと思った。
圧倒されたのが山車の方向転換で、秩父夜祭の山車には車輪に方向転換できるような舵がない。
なので、ゆるいカーブは大回りに曲がるけど、90度の方向転換が大仕事になってくる。
これをどうするのかというと、山車の側面に備え付けてある角材を抜いて、山車の底面にかまして、そこに20人ほどの男衆がぶら下がってテコの原理で持ち上げて、下部に方向転換用の軸を入れて水平に回すという「ギリ廻し」で山車を回す。
これが見もので、2階建ての家屋ほどある木造の山車に角材突っ込んで上げるもんだから、乗っかった男たちが掛け声を上げる中、「ギギギ」とちょっと心配なるようなすごい軋み音を上げて山車が持ち上がるのだ。
この「ギリ廻し」は動画でも見られるし、実物を見たい人は来年12月に秩父に行ってみてほしい。
読んでくれてありがと!
親戚の集まりがあると女であれば中高生でも配膳を手伝わせられる文化
どちらに転んでもクソな文化だ
私が高校生までは年に1回、飛行機の距離にある父方の本家へ行っていた。
集まりには、車の距離から私達のように遠方に住んでいる10家族ほどと、多分血縁の遠い親戚が年によって顔を出したり出さなかったりな感じで集まっていた。
成人男性だけでも最低でも10人、でかくなった息子や息子夫婦を連れてきたりもするので多い時は20くらいいたと思う。
嫁と女の子たちはもちろん台所に籠って一日中料理を作り、運ぶのが仕事だった。
そうすると中学〜大学生の娘に、家事なんてお母さんたちに任せてこっち来てお酌しながら飯を食えと男衆から声がかかる。
しかし大学生くらいの娘がいる叔母さんは配膳を手伝いなさい!あんなところに行くな!と厳しく言ってくるのだ。
もちろん小中学生の私もなぜ同い年くらいの男の子は座ってご飯食べれて、私は料理を運ぶだけ、余った酒のつまみを台所の隅で食べなきゃいけないのかと言う不満もあったし、私の母も嫁の立場で、こう言った親戚付き合いの経験がなかったので配膳を手伝わせるのは可哀想と思い一緒にご飯食べてきなさいといってくれるので、私は喜んでお酌しに行った。
お酌しに行くと毎年、生理は来たのか、彼氏はいるのかという質問をされた。はじめてお酌しに行ったのは小学3年生くらいでその質問をされる意味も様々な質問の意味もあまり理解できなかったのだ、酒のつまみの話題としてのセクハラだった。中学生になり体も成長するとお触りも増えてきた。この頃になるともう気持ち悪さが理解できるのでお酌はしに行かなくなった。また、高校生や大学生のお兄さんは来るのに、仲良かったお姉さん達が来なくなる理由も分かった。毎年母と私に台所仕事してなさいと年長の叔母さん達が私と母を諌めてた理由がわかった。私と母に無理やりにでも台所仕事をさせて叔母さん達がお酌しに行く事もあり、自分ばかり楽しいことをしてずるいと思う事もあったが、ああいうセクハラから守る為だったというのも今なら理解できる。
高校生の頃本家当主が亡くなり葬式に参列したのが本家に顔を出した最後である。
その日の宴会の時当主の伴侶(おおばぁと呼んでいた)に呼ばれ、本家により近い家に30代独身の男性がいるので夜の相手をしろと言われた。
勿論意味はわかっていたが、ここまでさせるのか!?と怒り?悲しみ?かは分からないが配膳をしようとしなかろうとどう転んでもよく扱われない文化やそれを良しとする文化全てが嫌になり、何も分からない振りをして宴会の席に行き、おおばぁに〇さんの夜の相手をしろって言われたけどどういう意味?と大声で聞いてやった。
その日は一晩本家側の女性達に蔵に閉じ込められ、次の日には葬式の一貫でやることがまだあったが、家族共々帰らせられた。
その時以降は両親も出向いてないそうなので所謂村八分?親戚八分?になったのだろう。
本家に集まった時によく遊んでくれたお兄さんに今高校生の娘がいて、あの時の事を思い出して連絡をくれた。
本家には家族で行くことは避けていたが、家族で顔を出せと言われたらしい。
ちょうど私が問題発言をした時と同じくらいの年齢だから何も無かったとしてもバックれると言っていた。
もう当時の半分にも満たないほど集まる親戚も少なくなり、高齢化し賑やかではなくなったそうだ。
このまま滅びて欲しいし、うち以外でも似たような文化は残ってるところもある。
須らくクソなので全て亡びて欲しい。
ある程度脚本家の自由にして良いんだよ。もちろん。ドラマだし。
でもさすがに無理な展開はその前にちゃんと地ならしとかしてもらわないとさ。ついていけないよ。
たとえば鎌倉殿の13人だと、尼将軍の演説に向けて坂東武者の気質とか義時と政子の関係とか、政子がやってきたこととやってこなかったこととか、執拗なほど丁寧に描かれてたから、史実を超えるリアリティがあったわけですよ。
突然あのシーンやられても何言ってんだコイツ?ってなるんですよ。
そういうの無しに、何こいつ?アカシックレコードに触れちゃったの?ってくらい唐突に21世紀でも不可能な絵空事を語り出して、実際に戦場で戦ってる男衆までその夢物語に賛同したりすんのやめてくださいよ。
もう本当にドン引き。
あれに感動したとかTwitterに流れてくんだけど、あれは全員松潤か有村架純のファンなの?
その人出てたら後どうでも良いみたいな。
あれは無理でしょ?どう考えても。
でもあれは本当に酷い。
「あそこまでの色狂いは尋常のものじゃない。病気だから一度医者に診てもらうと良い。」
そこで紹介されたのが男衆の間で評判の夜鷹照経という医者で、お久が頼むと長兵衛の長屋に問診に来てくれた。
「なるほどこれは確かに治療が必要だ。ちょいと荒療治になるが、父親の情けない姿を見せるのも忍びない。お久さんはこの桶にぬるま湯を入れてくれたら、半刻ばかり余所に出ておいておくれ。」
お久が言われたとおり桶に湯を入れると、医者は薬を取り出し湯に溶かしはじめ、お湯はみるみるうちにどろどろとオクラかナメコの汁のようになった。
「さあお嬢さん、ここから先は医者の領分だ。なに心配は要らぬから出て行っておくれ」
そういうわけで、お久が半刻ほど街をぶらついて長屋に帰ると、ちょうど医者が帰り支度をしているところだった。
見れば長兵衛は憑き物が落ちたようにスッキリした顔をしている。
「お父さん、体は良くなったかい?」
「あぁ、あれは大した手管だ。今度からは吉原ではなくあの先生にお願いするよ」
お後がよろしいようで。
ご近所のAご夫婦が、旦那さんの母親を引きとり同居することになった。
父親が亡くなって、一人にさせとくのが不安だから引きとったらしい。
A旦那母さんはかなり遠方に住んでいた人で、方言も習慣もこっちとは全然違う。
初対面の時、ちょうど日曜日で、早起きで午前に活動するのが好きなうちの夫(午後はお昼寝する)は菜園の草むしり、私は家の中で子供にごはん食べさせてた。
そしたらA旦那母さんに
って驚かれた。
いや旦那の趣味の菜園だし、草むしりもその一環なんですけどね。
その他にも
陰で残り物を食べるのが女のたしなみで、男に食べる姿を見せないのが誇り」
とか
「男尊女卑で有名な県みたいに思われてるけどそうじゃなく、女が尻に敷いてるのよオホホ~」
みたいなことを、こっちが聞いてもいないのに方言でまくしたてて帰っていった。
と思った。
(A奥さんがノイローゼっぽくなったら愚痴だけでも聞いてあげよう)
とか勝手に考えてた。
でも予想は外れて、弱っていったのはA旦那母さんの方だった。
「男はこう、女はこう」
と言っても息子夫婦もみんな
反論してくれば戦えるのにそれもなし。
ただみんな笑顔で
「そういうのもいいですね」「そうなんですか」
でやんわりスルー。
そしてだーれもA旦那母さんの言うとおりにしない。
いくら言っても息子は嫁のために重い物を持つし、息子夫婦は一緒のテーブルでごはんを食べるし、土日は夫婦だけでデートしたりするし、よその家もそう。
スーパーに行けば仲良く買い物してる夫婦ばかりだし、何なら奥さんの方がズンズン歩いて旦那が付いていくとか普通に見るし。
とどめに息子夫婦の勧めで習い事に通ったら、そこでは自分の死んだ夫と同年代~年上のお爺さんまで女性に優しくて、怒鳴ったりかんしゃくを起こす男性が全然いなくて、
Aご夫婦はよかれと思って習い事に行かせたのに、A旦那母さんは鬱になってしまった。
A奥さんが役所に相談して、福祉関係の人が今通ってA旦那母さんの話を聞いてあげてるらしい。
A旦那母さん
「ずっと女が尻に敷いてる、女のたしなみだと思ってやってきたけど、自分の人生は本当にこれでよかったんだろうか」
「まわりの人がみんな自分より幸せそうで、旦那さんに大切にされていてつらい」
死んだA旦那さんの父親はけっこうなDV夫で、A旦那さんはそれがいやでさっさと家を出た人だから、自分の母親に対してもちょっと突き放した感じらしい。
A奥さんが
「元気づけてあげたくて外に連れ出しても、幸せそうな夫婦を見るとさらに鬱ってしまうからどうにもできない」
って困ってた。
フィクトセクシュアル(二次元に性的に惹かれる事)という言葉を最近見つけたおかげで、説明しやすくなったわ
題名通りだけどトランス女性への不信感は、フィクトセクシュアル(以下、Fセク)への不信感と同じなんだよ
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二次元の女性キャラを消費する事で、現実の女性への認知を歪めた挙句、それが差別にまで発展してる現状で果たしてFセクは尊重されるべきか? 尊重されるにしてもそれは女性に限った話で、上記を考慮して男のそれは尊重されなくていいと思ってる
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トランス女性もこれとほぼ同じで、心の性別とは尊重するにしてもあなたの股にぶらさがっている男性器、あなたが身体的男性だからこそ女性より優位に立ちやすい筋肉や骨格は女性を襲う為に悪用されてきた
手術しようがしなかろうが、トランス女性は残念ながら信用問題をクリアできてないんだ
トランス男性もやはりスペースの話になると女性として扱うべきなのは信用の無い男衆の所に行かせて無事に帰ってこられるかが不安だからだ
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ちなみに誰かが男性は全員レイプしなきゃ気が済まない生き物という話は否定するのにと言っていたが
男性が全員レイプしなきゃ気が済まない生き物だというのを否定するのはそういうバイアスを解消する為だ
何よりそういう話はミソジニストの言い訳として出てくるものなのだから
今この瞬間に男性の信用問題がクリアできていないのとは話は別だ
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ちなみにFセクという言葉を知るまでは、ロリコンと並べて考えようかなと思っていた
ロリコンと実際に児童を性虐待してしまう男性は重ならない事も多々あるからだ、しかしそれでもロリコンの信用問題がボロクソなのは
実際に児童を性虐待する人々を止められないどころか、時に肯定してしまう時があるからだ
そんな社会においては児童にいくら手を出さないにしてもロリコンは脅威に見えても仕方ない、ただ並べて考えるのはやめておいた
トランス女性はたとえ自分の性を告白してもそれだけなら大丈夫だが、ロリコンはそれを告白した時点で児童への脅威になってしまうからだ
女は、日本社会を女という性別で生きるためには当然優秀かつ人当たりが良く人から好まれて、見た目に気を遣っていなければならないと永遠に現実を見せられる
男は、ただでさえエロいことばかり考えて1日をエロに費やしてるだけで一年が経過しがちなのに、そのエロの中身がダメクソな主人公にいきなり現れて無条件で好きで尽くしてくれる奴隷女、ゴミでもカスでも愛してくれるエロゲオナホ無料飯炊き女、だからな
優秀かつ人当たり良く人から好まれる人徳の持ち主で見た目に気を遣ってなければ日本社会を生きるのは難しいという真理をバカにした厨二病のままで育ちやすいわけ
厨二病の腐ったゴミ底辺男で他に何もできなくて発達障害用パン工場でもクビになるようなやつでも、汚い絵柄でも、エロならウケるのでな
エロ漫画描いてるやつなんて精神年齢ゴミカスの底辺がゴロゴロいるからね
必要なのは社会性訓練と他人をバカにしない健全な自尊心なんだけど現状のエロはそれらから目を逸らしたまま気付かせない毒だよな
舞台は江戸時代の下町、猫が一番威張っている長屋、通称「鯖猫長屋」。猫描き絵師の拾楽は、故あってオスの美三毛猫のサバとともに細々と暮らしていた。
ある日、鯖猫長屋に一人の若い女性が越してきた。彼女の名はお智。独り身の若い女の独居なんて胡散臭いと、長屋の女達はざわつく一方、男衆はお智の美貌にそわそわ。ところがやはり、お智は厄介な事情を抱えていたようで、ひと悶着起きるのだった!
江戸時代小説を読むのなんてたぶん人生初なので、知らない単語が沢山あって、ググりの手が止まらない。そんなに長い小説ではないのに、読了まですごく時間がかかってしまった。でも、ここまで調べたんだから、もう江戸時代小説どんと来いや! って感じだな。問題は、私の記憶力が物凄く悪いってことだけど。
長屋に表と裏があるなんて知らなかった。時代劇に出てくる貧乏長屋は「裏長屋」なんだな。なるほど。
江戸時代ハートフル人情物かと思って読み始めたら、なんか思ってたんと微妙に違った。猫のサバのいばりん坊具合が想像の斜め上を言っていた。飼い主の拾楽に対するあしらいが杜撰でどS。つよい。そして猫なのに何でも解りすぎぃ。リアル寄りかと思ったら幽霊は出てくるし、拾楽はただのうらなりかと思ったらなかなかのチートぶりだし、成田屋の旦那は存在自体の浮世離れ感がすごい。
ふつうに下町人情が挟まってきつつ、ハートフル人情物とは思えない少年漫画的な活劇シーンがあったり、まあ退屈はしなかった。
登場人物のかけ合いがメインで、情景描写はほぼ死んでるぶん、知らない単語が頻出するとはいえ、頭をパァにして楽しめた。
人気シリーズだったらしく、図書館に文庫本が10巻までずらりと並んでいたから、後で続刊を読んでみよう。
今回はたまたま急展開な作品が多かった。そして人気作のいくつかが連載再開されて豪華な感じだが、全部で11作品しか載っていない……。私がこの雑誌を買い始めてそんなに長く経っていないけれど、今までで一番掲載作品が少なくないか? 大丈夫なのかCanna……。
前々回から主人公のアポロもフィーもそれぞれ人知れず悶々と悩むばかりなので、ちょっとストーリーが中弛んでいる印象かも。その前の話(2巻収録分)がかなり盛り上がっていたので、落差が激しいというか。(単行本でまとめて読むぶんには気にならないほどの弛み感かもしれないが)
で、やっと二人が劇的って訳でもなくベタに再会したのだが……、おや、なんだか道を外し始めたぞ。それはやっちゃダメなんじゃなかろうかという事をフィーが思いつき、窮状に陥って元気のなかったアポロがずるずると引き込まれてしまった。
テンションダウンしたところからこの流れは、楽しんで読めるかどうか微妙だ。共感力とモラルガン無視力を試されつつあるのかもしれない。じつに不安だけど続きが気になる。
うーん、第一印象よりは悪くない。でもいいとも思えんなあ。雑誌で推し作品のついでに読むぶんにはいいが、前情報無しで単行本を買って読んだら、膝から崩れ落ちそう。バンドマンBLが好きなら他をあたった方がいいと思う。『ギヴン』とか。
グループ交際回。すっごい、王道の少女漫画だなぁ。毎回読んでそう思う気がするのだが、王道過ぎてさっぱり記憶に残らないので、第1話どんなんだったっけと思って読み返した。王道の第1話だった。王道から一歩たりとも道を外したくない少女漫画好きの人にはおすすめできる、たぶん。
前回までずっと、ドロドロな昼ドラみたいな鬱展開が続いていたので、主人公の悠生が可哀想過ぎて読むのが辛かったのだが……。
うひょーー!! ついに悠生がブチキレたwwwwww しかも、ぷっつんした時の心の中の第一声が、
「くっっ……さいな」
(※攻めの恭悟が他所のΩの匂いをぷんぷんさせて帰宅したので)
って最高wwwww
キレにキレて反撃に出たところで次回に続く。頑張れ悠生ちゃんwwwww
しかし、悠生のモノローグで、元々自分はこういうキャラじゃなかったなどとあり、えっそうだったっけ? と思って第1話を再読。すると、子供時代の悠生は確かに成績優秀スポーツ万能で自信に満ち溢れていたようなのだが、第1話冒頭、恭悟と婚約した時にはすでに、昔の面影など全く残っていないほど暗いしもべ的なキャラになっていた、とのこと。恭悟は自信満々時代の悠生に惚れ込んで、多額の結納金を積んでまで悠生を手入れたのだが?
あれれぇ、これってもしかして、ハッピーエンドの予感じゃない???
はぁ、ネコチャンは癒し……のはずなのだが、今回はピリピリ回。いまぢの元同級生女子がほづつみを陥れた性悪サイコ女だと判明し、温厚ないまぢがガチギレ。こわい。しかし、ネコのサンの正体が宇宙人であることが何ら関係ない感じの展開で盛り上がってしまうのか? それはなんか微妙だ。
あぁ……私の最推し作品……。どうやら次回が最終回の模様。学生時代回想回、温泉回、頑張ってほにゃらら回と、エモーショナルな話が続いていて、主人公の佐田がゾンビで間宮がマッドサイエンティストだということを危うく忘れかけそうになっていたところ、今回は冒頭からふつうにに二人で殺人を犯していた。
めっちゃ突き付けられてからの急展開きた。本当にこの漫画、次回で終わってしまうの……?
学生時代回想回の盛り上がりがあまりにも凄かったために、最終回が尻切れとんぼになったらやだなとビクビクものでもある。しかも今回のラスト、すごい引きが強いし。どんな最終回になるのかなあ。佐田と間宮が実にいいキャラをしているので、終わってしまうのは残念なんだけど。
思ってたんと違うー! 全然ハードボイルドじゃないー! と衝撃を受けてから、もう7話も過ぎてしまった。今回も絵柄がハードボイルドな恋愛漫画だった。すごくほのぼのとしていた。今回のCannaは全体的に不穏展開が多めの中、この漫画だけがほっこりしている。まさかこれに癒される日がくるとはね……。
これもまた衝撃の展開。手に汗握っちゃうな……。ネコ耳獣人達がただのネコ耳獣人ではなかったと、初めて知った。
かなり久しぶりの本誌再登場。ちなみに、『石橋防衛隊(個人)』の方はpixiv漫画で無料で読めるはず。
今回も某衛大ネタ盛りだくさんというか、もはや某大が舞台のBLというよりは某大漫画となっている気が。今回も国分寺榛名は頑張っていた!
私は至極興味がないのだが、このシリーズは商業BL漫画の中ではとても人気がある。何故そんなに人気なのか、読んでもいまいちわからないのだが、少女漫画の王道みたいなところがよいのだろうか。
今回も私にはわからないが、これが人気なのか……と思って読了。
あれ? なんか一つ足りないような? と思ったら硯遼先生の『MADK』が休載だった。次が最終回らしい。
次回は『コントラスト』のitz先生の新連載が始まるらしい。『コントラスト』もすごく人気のある作品だ。まあ好みではないがわからなくもない。確かpixiv漫画で無料で読めるはず。『スリーピングデッド』が終わって『MADK』も終わるとなれば、新連載が1、2本始まっただけでは間に合わないと思うが。誰か推し作家さんの連載が始まらないかなー。
【閲覧注意】
抜毛症は呪いだと思っている。この記事を読むと、抜毛症が発症するかもしれない。よって閲覧注意である。
先日実家に帰って机の引き出しを開けると、まつ毛が大量に入ったプラスチックのカードケースを見つけた。それを見て俺は抜毛症の原体験を思い出した。
高校生の頃、化学の授業中に「まつ毛を引っ張るとまつ毛が抜ける」という至極当たり前のことに気づいた。
面白いくらい抜けるので、抜いて抜いて抜きまくった。抜くまつ毛がなくなり、抜ける毛はないかと髪の毛を梳いていると、もみあげ、襟足、耳の後ろが特に抜けることに気づいた。
それ以来、抜毛症から抜け出せないでいる。
抜毛症は、集中力の著しい低下を招く。抜くことに夢中で他のことに意識が向かなくなる。そして、毛の抜きすぎは痛みを伴う。まつ毛を抜くと目が痛くなるし、襟足を抜くと襟足がじんじんと痛くなる。全く授業に集中できなくなった。
宿題をやろうとノートを開いて、10分考えてわからないとなると襟足を抜いてしまっている。抜いた毛をノートに並べだして、気づくと1時間が経過していて、俺は一体何を…という時間を過ごしたことは一度や二度ではなかった。
ある日いつものように家で抜いていて、抜いた毛をノートの上に並べて眺めていた。ふと引き出しからヴァイスシュヴァルツのカードを入れていた透明のプラスチックのカードケースを取り出すと、そこからカードを抜き取り、ノートの上に並べたまつ毛をピンセットでひとつひとつ、そのカードケースに移していった。まつ毛は数が少なく貴重だったので、捨てたくなかったのだ。
抜ける毛には、「良い毛」と「良くない毛」がある。
抜いた毛の先に白くて丸いのが付いてるのは、健康で新鮮な良い毛である。
白くて丸いのがついていない、黒くてねちゃっとしているのは、疲れて後味の悪い良くない毛である。
抜き始めは良い毛が抜けて気持ちいいのだが、次第に良くない毛が抜け出す。良くない毛が抜け出すと、「抜きすぎ注意」のサインである。痛みが伴いだす。
良い毛が抜けるときは音もなく抜ける。抜き続けていると、たまに「ピンッ」という小気味いい音で抜けるものも出てくる。このあたりから痛みが出てくる。そして抜き続けていると、「ブチブチブチッ」という引きちぎれるような音が出るようになる。このとき良くない毛が抜けだす。こうなると辞め時なのでやめたいのだが、このときは本当に軽くつまむ程度の力でも何本も抜けるので、フィーバータイムでもありやめられない。最後は、抜毛の念を断ち切るために思い切り立ち上がって、顔を洗ったり別のことをしているうちに抜毛のことを忘れる。たまに机に戻ってみると、ティッシュの上に広がった大量の抜け毛が放置されていて、「キモすぎ!?」となることもある。
もちろん今でも抜いている。仕事をしていて行き詰まったりイライラしたり、そうでなくても手持ち無沙汰になると、襟足かまつ毛を抜いてしまう。
何気なく襟足を引っ張って1本でも抜けてしまうと最後、「抜けなくなるまで引っ張る」という行動がやめられなくなり、実際には「抜けるまで引っ張る」ということを繰り返している。「抜ける毛は要らない毛」という考えが染み付いている。
襟足を一回引っ張って、戦果を見る。同時に4本くらい抜けていると、「大漁じゃないか…」と嬉しくなる。1本でも普通に嬉しい。0本だと、「いやまだ抜けるはずやねんけどな…」といろんな所を試す。基本的に一度やりはじめるとやめることはない。
会議中も、自分の発言のとき以外は襟足を触っている。抜いた毛はそのまま床に捨てるときもあるが、大量に抜いてしまったときは、ポケットに入れておいて、あとでティッシュにくるんでゴミ箱に捨てる。
イライラしたときは、まつ毛を抜いてしまう。引っ張ったらぶちぶちと抜けるのが快感で、イライラしてなくても定期的に抜いてしまっている。「今月は抜いてないな」と思ったら月末に抜いてしまっている。
まつ毛が無性に痒くなり熱くなる日があり、その日は「抜ける日」で、実際軽く引っ張っただけでめちゃくちゃ抜ける。たくさん抜けるのが楽しくて、「抜ける毛は要らない毛」なので、抜けなくなるまで抜き続けてしまう。というかまつ毛がなくなるまで抜く。
インターネットで「抜毛症」で調べると、抜きすぎてハゲてる人の写真が出てくる。
幸い(?)、俺が抜くのは襟足とまつ毛がメインなので、そこまで目立つわけでもなく、あそこまで悲惨な状態ではない(集中力の低下という意味では悲惨だが)。それに抜いても全然また生えてくる。
とはいえ父母の家系の男衆が全員ハゲているので、俺もいずれハゲてしまうことは確定している。「抜ける毛は要らない毛」のはずなのだが、前髪と頭頂部は全く別の話だ。ハゲたくはない。
自分は何か特別な捜査をする刑事で、捜査の際、勢い余って悪人を射殺してしまう。それで殺人犯として追われるんだけど、なぜか「あなたは追われている、逃げろ」みたいな電話がかかってきて指示通りに逃げていると遊郭に匿われてなぜか良い感じの嬢にやさしくされてエッチしてありがたかった。しばらく遊郭の離れに男衆みたいに暮らしているとあるとき電話がかかってきて・・・目が覚めた。
たぶんジャックリーチャーとブラインドスポットと鬼滅の刃遊郭編をみたせいだと思う。
容疑者としてニュースに映る自分が見えたのはオンライン会議で自分の画像みたせいだと思う。
脳が変な処理してるの面白い。
僕の知り合いには、見た目が残念で、明らかに発達障害系なので感覚的な話が通じなかったり、喋り方や笑い方や仕草などもキモいけど、頭脳は優秀、将来有望で、しかも「いいヤツ」であることは間違い無いし人倫の大道を犯すようなことは絶対しない男衆が沢山いるのだが、こういう人は今結婚出来ない。
https://twitter.com/ganrim_/status/1391645865454968835
雁琳の発言で一番許せないのはこの手のやつなんだよな。お前の知り合いが結婚しようがしまいが本人の自由だろうし、挙句の果てに「見た目が残念で、明らかに発達障害系なので感覚的な話が通じなかったり、喋り方や笑い方や仕草などもキモい」とか、バカにするのも大概にしろと思うわ。まずは鏡見ろよ。
村落、集落、部落、ほぼおんなじだべさ
いやお前らさ日本語わかるっけ?オラの村さ来てみぃ?
爺様婆様の言葉遣いさ聞ぃたら部落部落ってなんまら言うべぇなぁ?
内地のことはさほっとんどわっかんねっけどさぁ、内地はそこに城さあれば部落あったって聞いたことあるべな
穢多・非人だがなんだが小中学校で習った気さしたけどさぁ、正直オラたちじゃ実感ないもんよぉ
オラの家さ先祖代々アイヌ系でなぁ、TVとか観てっと差別だ何だ言うけどさぁ、周りの村の衆さもさおんなじアイヌ系の家でさぁ、オラの村さ差別する人居なかったみだいなんだぁよねぇ
就職差別さあったとか聞くけどさぁ、オラの村って農家と漁師ばっかだからさぁ就職とか有っで無ぇのよなぁ
もっつろんさぁ差別されたアイヌの衆とか居だんだろうけど、村の爺様の話聞けば「○○の部落の連中ははんかくさい」だの言うもんねぇ
何でも爺様の爺様世代さくらいになると男衆はたんぱらなの多がったみたいでさぁ、部落間の喧嘩というか実質殺し合いみたいなの頻繁にあったらしいんだべな・・・喧嘩とか言ってんけど部落間の紛争戦争っしょ・・・
TV観ててもアイヌ同士の何かそういうの触れねんだわな、アイヌは素朴じゃなきゃいけねぇみだいなイメージっての?そういうので脚色してる感が当事者としてはなんまら有んべな
ていうかアイヌ系のなんちゃら協会へ開拓期に内地から来た家のやつが所属してアイヌ名乗ったりしでんだけどアレ良いんだべか?
そういうの見てると協会に参加さ求められてもうっさん臭くって関わりたくないべな