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https://note.com/yoshiaono/n/n4cd37820faf0
を読んで。
マイナンバーカードへツッコミたい気持ちはよくわかるし、同感なところもあるんだけど、「止めるなら早いほうが」っていう、やめる前提の議論を期待してるのはちょっと乱暴だなぁ、と思ったのと、ツッコミたいところもあったので。
そもそもマイナンバーカードの目的がよくわからない。身分証明のためなら運転免許証や健康保険証でよくね?そもそも何が問題なの?
→健康保険証は顔写真がついていないので(アナログでの)本人確認書類として利用できない。運転免許証は、運転免許を取得した人しか保有しない。16歳未満や高齢者の身分証明書としては利用できない。正直、高齢者はとっとと免許返納してマイナンバーカードを身分証明書にすりゃいいと思ってる。
カードに書かれたマイナンバーが漏れるとまずいらしい。漏れるとまずいのに印刷するの?みんなで便利に使うための番号じゃないの?
→同意。漏れていけないものを印字するする意味がマジでわからん。今の使い方なら、漏れても特に問題ない番号だと思う。
→アナログ利用も前提としてるので致し方ない。本人確認を必要とするあらゆる場所でデジタルデータを読み出せる端末を用意できるまでにはかなりの時間とお金が必要だろうなぁ。あと、デジタルデータで身分証明するなら、今の暗証番号形式だとセキュリティ的に弱すぎる。後で出てくるけど、生体認証でないと、リテラシーが不足している人間には使えない。こんな現状ではマイナンバーカードはユニバーサルな身分証明のデジタル化としては利用できない。
ただ、紛失時の個人情報漏洩を気にするなら、運転免許証も健康保険証も同様。マイナンバーカードに限った話じゃない。
だから、付属のビニールのカードケースを使って個人情報を目隠しする。仕様としておかしすぎない?誰かツッコんでくれなかったの?
→目隠しするのは個人番号、性別、臓器提供意思表示の3カ所。住所、生年月日、氏名、有効期限は目隠しされない。法律で認められていない用途でアナログ用本人確認として利用するため。このときに、ビニールケースから出すと違法。そのことを知っていれば、目の前で確認する人がビニールケースから出したら即突っ込める。知っていない人がほとんどだろうけど。
→QRコード読むよりビニールケースから出す方が手っ取り早くマイナンバーがわかるんですが……。
費用がかかり過ぎ。もう一兆円くらい使ってない?
→制度設計もシステム要件もまあ、急ぎすぎた感しかなくて、そのせいでお金がかかったんだろうなぁ。
→住基ネットとは違う仕組みなんですよ、っていうのがお国の言い分で、学んでいるつもりはあるのかも。住基システムの失敗が活かされていない、ってどんなところなのか具体的に指摘してほしかった。
マイナンバーシステムの管理項目が、住民記録システム(住民票)や戸籍システムとかぶっている。いい機会だから統合して効率化しようって話にならなかったの?それとも無駄が好きなの?
→今、標準化のお話が進んでいる模様。ただ、自治体のシステムって住基と戸籍を元にして様々な事務システムと連携するもんで、住基も戸籍も基礎自治体の地方自治という名目で好き勝手にシステム化させたおかげで統合するにも大変じゃろうの。パッケージ化されたソリューションをいれてればまだマシなのかなぁ。まだあるのか存じませんが、電算部門が独自開発したシステムとかだと……。
→貴重なIT人材がどのくらい投入されてるのか存じ上げないのですが、何かわかるソースとかないですかね?あと、逆説的にマイナンバー関連のシステム開発に投入されていないIT技術者は貴重じゃないように読めちゃうので、表現をどうにかして欲しい。
4種類のパスワード(「利用者証明用パスワード」「署名用パスワード」「券面事項入力補助用パスワード」「個人番号カード用(住民基本台帳用)パスワード」)を目的に応じて使い分ける。それ、忘れる人が続出するよ。パスワードの再設定という新たな職務を創出したいの?
→創出したい、という状況ではなく、窓口はすでにその業務に忙殺されているようです。
生体認証を使えない。やっぱり4種類のパスワードを覚えるしかないのかー。仕方ないからメモに書いてマイナンバーカードと一緒に持ち運ぶか...あれ?
→暗証番号じゃなくて、生体認証+マイナンバーカードで本人確認っていうのが理想だと思うんだけど、その仕組みを作るのにどれくらいお金がかかるのやら。生体認証も指紋、静脈、網膜とか複数パターン用意しないとですし。
利便性が低い。マイナンバーカードを使って給付金を申し込むと、自治体職員を激務に追い込み、もらえるのが遅くなるという逆利便性。もはや日本の生産性を下げるのが目的としか思えない。
→給付金って10万円のやつですかね?給付が遅いか早いかは、単純に自治体の規模によるものだと思います。規模が大きい自治体の方が、職員一人あたりの世帯数が多いはず。
マイナポータル経由の申し込みで自治体職員の業務が増えるのは、世帯員全員分の申請をしてないとか、口座番号確認用書類の添付忘れがあったときの確認作業で、紙の申請でも同じことで、マイナンバーカードがどうこうじゃなくて、申請者のリテラシーが低いのが原因ではある。どちらかというと、給付金制度の設計が甘かったということではないかと。
あと、マイナンバーカードって住民票のコンビニ交付っていう付加価値もあるそうですが……自治体によってやってないところも多いしねぇ……。
普及してない。そりゃそうなるよね。一回、落ち着いて反省した方がいいと思うよ。
→そりゃ、今のところ運転免許証を持てない人が持てる身分証明書としてしか利用価値がないからなぁ。で、落ち着いて反省して、どうしろと?
にもかかわらず、自民党はさらに大量の税金をぶっこんで普及に躍起になっている。これ、やめられなくなった負け戦に似てない?後で責任取るつもりないよね。
→躍起になってるのは自民党なのか総務省なのか……っていうのはどうでもいいけど、政府がこれまでの施策に対して、間違ってましたからって責任を取ったことってあるんですか?
マイナンバーカードを持っている人は、引っ越しして転出・転入手続きをするときに暗証番号が必要になる。つまり、持っていない方が無難ということですね。
→どういう意味なのかよくわかんないです。余計な手間がかかるから持ってない方がいいってこと?これも、暗証番号じゃなくて生体認証を導入していないからですね。
→返却じゃなくて失効手続きでいいような気もするけど、身分証明書的に使われるのと、偽造のリスク考えると返納したほうがいい気もする。
→本当は、住所が変わるたびに再発行すればいいんだろうけど……コスト削減のためなんじゃ?再発行手数料は本人負担だろうし。
→国、自治体、民間も含めて、マイナンバーそのものを本人確認手段として使用しちゃだめよっていう規制は必要と思う。映画とかでよく見るどこぞの国のIDナンバーみたいな使い方されちゃ困る。
マイナンバーカードに運転免許や健康保険証を集約しようとしている。返納や再発行が必要で目的外利用禁止のカードに集約するだと?生活できなくなるぞ!
→目的外利用が禁止されてるのはマイナンバー(個人番号)であって、マイナンバーカードではないのでは?カードの目的外利用ってなんぞ。
あと、健康保険証だって、加入している保険が変われば返納しなきゃいけないんですが……。
→手書きなのは電子証明書の有効期限です。マイナンバーカード自体の有効期限は印字されてる。
建前上、マイナンバーカードの発行申請と電子証明書の発行申請が別物になってるからでしょうねぇ。後から電子証明書の発行申請もできるようなので。電子証明書の申請をしなかった場合は空欄のまま、申請したら有効期限を忘れないように自分で記入しといてね、ってことじゃ。
自治体に業務の負荷をかけ過ぎ。発行・再発行だけでも大きな負荷。でもって、月数百万枚しか発行できないそうよ。自治体職員を殺す気?
→マイナンバーの目的が、自治体業務の軽減じゃなくて、国民側の手間(申請時に住民票や所得証明などの証明書関係を併せて提出)を省くことなので、自治体職員の苦労なんて知ったこっちゃないのです。自治体は自治体で、知恵(と金)を使って効率化すれば無問題。っていうのが国の理論なんでしょう。
で、以下、雑感。
マイナンバー制度をやめる、マイナンバーカードをやめる、のどっちなのでしょう?
どちらにしろ、「やめる」選択だけだと、以下のような問題が考えられます。
ただ、もうすでに「やめるなら早いほうが傷は浅い」段階じゃない気がしますが……。
最初から問題のない完璧なシステムが作れるって訳でもない。もうちっとましなシステムにすることは出来たはず、という理屈もあるだろうが、じゃあ、どこまで議論して検討すればGOサインが出せるシステムになるのかって話になるし。
本筋とは関係ないけど、「内容について変更や追記のご希望があれば」っていうのに違和感が。著者の意見は、こちらが希望して変更してもらうものではない。意見は著者自身が判断して変えたり追記したりするのであるはずなので。
https://note.com/yoshiaono/n/n4cd37820faf0
サイボウズの人だよね? いち社員だとしても、こんな認識で大丈夫なの?
https://anond.hatelabo.jp/20200921124203
そもそもマイナンバーカードの目的がよくわからない。身分証明のためなら運転免許証や健康保険証でよくね?そもそも何が問題なの?
まずさ「マイナンバーカード 目的」でググってみた? 社会保障、税制などの業務を円滑にするためだと書いてあると思うが。
全体的に「庶民にめんどくさいこと押し付けやがって」という論調に見えるが、マイナンバーカードが普及して困るのは悪い富裕層。 銀行口座経由の脱税がやりにくくなる。国税庁はいまだに脱税の調査に口座の名寄せを手作業でやってる。んで3情報(氏名・生年月日・性別)たまたま一致して無実の人を拘束しかけたといったミスも発生してる。デジタル化したほうが良くない? 脱税が減って税収が増えるのってメリットじゃない?
社会保障も同様、個人の年収なり雑所得なりが番号1つでビシッと分かれば不正受給も減るんでない?
マイナンバーと同等のものはアメリカや韓国、台湾ではすでに普及していて、国民なら持ってるのが当たり前、今の日本人の感覚だと「戸籍があるかどうか」に近い存在になってる。
カードに書かれたマイナンバーが漏れるとまずいらしい。漏れるとまずいのに印刷するの?みんなで便利に使うための番号じゃないの?
個人情報は表に書いて、裏面にナンバーが書いてあるでしょ? クレジットカードも同じ運用ですけど。紛失・漏洩したらちゃんと別の番号振ってくれるし。クレジットカードも同じ運用ですけど。
運転免許証持ってる? あれちょっと前まで本籍も書いてあったんだぜ。その時文句言った?
公的身分証明書の要件がそうなんだから仕方ないじゃん。韓国みたいに券面に自分の指紋をプリントした方がお好み?
だから、付属のビニールのカードケースを使って個人情報を目隠しする。仕様としておかしすぎない?誰かツッコんでくれなかったの?
お前みたいな文句を言うヤツが湧いたからビニールを後付けしたんだよ。あれはそもそも不要。
難読化って知ってる?それともあなたはQRコードみて「これは20678576……」ってわかるわけ?
費用がかかり過ぎ。もう一兆円くらい使ってない?
これは俺もそう思う。というか手際悪すぎ
ほんとこれは縦割り過ぎて連携取れなくてマイナンバーもうまく行ってないよね。
マイナンバーシステムの管理項目が、住民記録システム(住民票)や戸籍システムとかぶっている。いい機会だから統合して効率化しようって話にならなかったの?それとも無駄が好きなの?
戸籍と住民票が疎結合なのは知ってるかな? というか管轄も目的も違うから統合できないよね。免許証も、銀行口座も。そういった個人にまつわる事柄を紐付ける共通番号を振ろう、というのがマイナンバーの趣旨。既にマイナンバー的なやつを導入済みな国でも戸籍や住民票、免許証や銀行口座がなくなった訳ではない
愚痴ってないでサイボウズ様のソリューションってやつを見せてくださいよ。
これは俺も糞だと思うので、気に入らないところを10も20も並べないで的を絞って攻撃してほしい。頼むよ。
利便性が低い
コロナで日本からマスクやアルコールスプレーやトイレットペーパーが消えたのはマイナンバーカード的な名寄せ手段がなかったからだぞ。それでも不便って言う?
普及してない
こう勘違いしてる人が多いと普及させる方も苦労してると思うわ
運転免許証も同じ運用だし、健康保険証は引っ越すたびに再発行ですが。どうなってほしいの?
え????? 免許証も保険証もパスポートも年金手帳もクレジットカードも目的外利用はできないし、不要になったら返納しなきゃだよね??
それ電子証明書の有効期限だよね。仕方ないじゃん。欄をなくして暗記したいの?それともマイナンバーカードの有効期限だと思っちゃってる?
自治体に業務の負荷をかけ過ぎ。発行・再発行だけでも大きな負荷。でもって、月数百万枚しか発行できないそうよ。自治体職員を殺す気?
確かにそれは糞だと思うけど、そういった困りごとをITで解決するのがサイボウズ様のお仕事じゃないの?暇そうだし提案書でも書いたら?
仕組みが間違っているというなら、それを正確に指摘して修正する立場の職に就いているのに「なんかおかしい」と遠くから石投げるだけってサイボウズ的にどうなの?社食でそういう話ばっかしてんの?
これって本当なのかな?iPhoneで撮った写真が非常にSNSで映えるのは分かるし、iPhoneの広告でiPhoneで撮った写真を大伸ばししてポスターにしてスマホのカメラで撮ったとは思えない写真になっているのは見たが、センサーサイズやレンズのサイズからして、理論上通常のカメラに勝てないはずなんだけど。
スマホの小さい画面で見て映える写真は紙にプリントすると不自然に色が派手でシャープネスが強すぎるイメージがある。iPhoneのカメラ性能が高いのか、画像処理エンジンが優秀なのかよく分からん。
それなら既存のカメラメーカーが頑張って作っているカメラとかレンズは何なのかと…。広角でパンフォーカス(画面全体的にピントが合っている)の写真ならスマホの得意ジャンルなんだろうけど、やっぱりちゃんとしたカメラの方が勝っていると思いたい。
反論になってないところがいくつかあるな
・そもそもマイナンバーカードの目的がよくわからない。身分証明のためなら運転免許証や健康保険証でよくね?そもそも何が問題なの?
→身分証明だけなら運転免許証で良いのはその通り(健康保険証は顔写真が無い)、マイナンバーカードのICチップによる身分証明と正しいマイナンバーの検証が同時に確認できるのが肝
マイナンバーカードなら今までと同じ事に加えてマイナンバーの検証ができる!って余計な事増えただけじゃない?
これは「マイナンバーカードでなきゃ〇〇が出来ない」って書かなきゃ反論にならない
・カードには、名前や住所や顔写真など個人情報がプリントされている。落としたら個人情報がダダ漏れ。デジタル化する気ある?
→それ運転免許証落としても同じですよね?
新しいもので今までと同レベルなら、別のカードが出来た分リスクが2倍になるからサービスレベル低下してるだろって話では?
→マイナンバーカードの有効期限は印字されていますよ?手書きなのは電子証明書の有効期限。マイナンバーカードと電子証明書の有効期限はまず期間が違うし、同時に発行されるとも限らない。身分証明時に確認するのは印字された有効期限。
カードの有効期限と電子証明書の有効期限がバラバラな仕組みそのものが腐ってるって話では?
・自治体に業務の負荷をかけ過ぎ。発行・再発行だけでも大きな負荷。でもって、月数百万枚しか発行できないそうよ。自治体職員を殺す気?
元記事はこれです https://note.com/yoshiaono/n/n4cd37820faf0
・そもそもマイナンバーカードの目的がよくわからない。身分証明のためなら運転免許証や健康保険証でよくね?そもそも何が問題なの?
身分証明だけなら運転免許証で良いが(健康保険証は顔写真が無い)、誰でも取得出来る顔写真付き身分証明書は必要(追記)
マイナンバーカードのICチップによる身分証明と正しいマイナンバーの検証が同時に確認できるのが肝
・カードに書かれたマイナンバーが漏れるとまずいらしい。漏れるとまずいのに印刷するの?みんなで便利に使うための番号じゃないの?
ここは政府の雑な説明がほぼ悪いのだが、青野社長レベルで「漏れるとまずいらしい」という認識なのか…
「みんなで便利に使うための番号じゃないの?」その議論もあったがマイナンバー法で目的外利用が厳しく制限された。アメリカでのSocial Security Numberの濫用を危険視したのだろう。
それ運転免許証落としても同じですよね?
・だから、付属のビニールのカードケースを使って個人情報を目隠しする。仕様としておかしすぎない?誰かツッコんでくれなかったの?
これはご指摘の通りで「マイナンバーの流出」に対して行政側も過敏に反応しているしバランスが取れてない、何とかしてくれデジタル庁!
・費用がかかり過ぎ。もう一兆円くらい使ってない?
費用がかかってるとは思うが一兆円は盛り過ぎてない? https://jp.ub-speeda.com/ex/analysis/archive/38/ では立ち上げで2700億円
住基ネット一兆円も盛り過ぎてない? また住基ネットの失敗って何?全国の市区町村で分かれていた個人情報フォーマットをまとめたのが失敗なの?それをサイボウズの社長が言います?
大量投入も盛ってない?日本のIT化の未来は暗いって言いたいだけでは?
・マイナンバーシステムの管理項目が、住民記録システム(住民票)や戸籍システムとかぶっている。いい機会だから統合して効率化しようって話にならなかったの?それとも無駄が好きなの?
選択的夫婦別姓で国を訴えている青野社長が住民票は総務省、戸籍は法務省管轄であるのを知らないはずが無い。それぞれ目的が違うものを統合して効率化する大変さを知らない訳ではないですよね。
・4種類のパスワードを組み合わせて利用。それ、忘れる人が続出するよ。というか覚えられる人が珍しいと思う。
「利用者証明用パスワード」「券面事項入力補助用パスワード」「個人番号カード用パスワード」は4桁数字で3つ同じも可能、「署名用パスワード」は数字とアルファベットの組み合わせで6文字から16文字までと実質2種類に出来るし窓口でもそう勧めている。
・生体認証を使えない。やっぱり4種類のパスワードを覚えるしかないのかー。仕方ないからメモに書いてマイナンバーカードと一緒に持ち運ぶか...あれ?
一生変更不可能な生体情報を結びつけることには検討が必要(銀行は生体認証の有無を選べるし、乗り換えることも出来る)。また先ほども書いたがパスワードは実質2種類でしかも複雑な署名用パスワードを覚えておかなければいけないシチュが分からない。電子署名にしか使わないからだ。つまり覚えるのは4桁の暗証番号1つで良い。(これはこれで問題がとも言われるが、カード実物と組み合わせなので仕方ない点も)
・利便性が低い。マイナンバーカードを使って給付金を申し込むと、もらえるのが遅くなるという逆利便性。ここまでくると、日本の生産性を下げるのが目的としか思えない。
これは自治体による。マイナンバーカードを使った申請で紙ベースより早く給付される自治体もあった。https://twitter.com/kumagai_chiba/status/1262640109762908168 給付金自体が想定外のオペレーションだったのは大きい。
・普及してない。そりゃそうなるよね。一回、落ち着いて反省した方がいいと思うよ。
・にもかかわらず、自民党はさらに大量の税金をぶっこんで普及に躍起になっている。これ、やめられなくなった負け戦に似てない?後で責任取るつもりないよね。
私はマイナンバーカードは必要だと思っている派だが、マイナポイント事業は正直分からない。一回落ち着いた方が良いのは同意するが日本で止められなくなった負け戦は沢山あるので不安…
・マイナンバーカードを持っている人は、引っ越しして転出・転入手続きをするときに暗証番号が必要になる。つまり、持っていない方が無難ということですね。
「遅滞なく返納」とはなっていますがそもそも国外に転出した時点でマイナンバーカードは失効します。
デジタルな世界とアナログな人間社会を紐つける物理媒体なので物理的な制限があるのは仕方ないのでは、嫌なのは同意する。例えば電子ペーパーにした場合、破損して真っ白になったらなど考えることは多い。
(追記)それでは困るというので捻り出されたのが利用者証明用電子証明書を利用したマイキーID
・マイナンバーカードに運転免許や健康保険証を集約しようとしている。返納や再発行が必要で目的外利用禁止のカードに集約するだと?生活できなくなるぞ!
運転免許証や健康保険証だって返納や再発行が必要なのは同じ。今の法律では出来ないので法改正が必要。
マイナンバーカードの有効期限は印字されています。手書きなのは電子証明書の有効期限。マイナンバーカードと電子証明書の有効期限はまず期間が違うし、同時に発行されるとも限らない。身分証明時に確認するのは印字された有効期限。
・自治体に業務の負荷をかけ過ぎ。発行・再発行だけでも大きな負荷。でもって、月数百万枚しか発行できないそうよ。自治体職員を殺す気?
総じて青野社長のマイナンバーカードへの不満には納得できるものもあるが、日本を代表するIT企業の社長としては理解が雑すぎる。
選択的夫婦別姓の裁判を戦っている割には関連法律の理解もイマイチだ。(弁護士の仕事だろと言われるかもしれないが、青野社長には選択的夫婦別姓についての発信者でもあるので正しく知って欲しいと思っている)
またマイナンバーカードと言う物理媒体への不満が主で、ICチップを利用した電子署名に全く触れていないのも不思議だ。
企業のペーパレス、DXを進めるサイボウズとしては電子署名は絶対必要になるものだ。
それに必要な認証局と電子証明書とICチップ搭載の一式を税金で作ったマイナンバーカードは民業圧迫では無いのか?と思わなくも無いが一番お手頃に導入出来るのは確かだ。
その点がサイボウズと競合分野であるので触れないのかなと思った。
電子署名の話でマイナンバーカードは目的外利用禁止だろ!と突っ込まれるかもしれないと思ったので書いておく。
大変紛らわしいことに利用目的が厳しく制限されているのはマイナンバーである。身分証明時に免許証をコピーされることがあると思うが、マイナンバーカードで断られるのは
マイナンバーカードにマイナンバーが記載されているからであってそれをコピーした時点で目的外利用になってしまうからだ。(あの変なスリーブが出来た理由の一つ)
つまりマイナンバーカードでマイナンバーが関わらない部分、つまりICチップの電子証明書を利用することは自由に出来る。
今回のマイナンバーカードを利用した給付金のオンライン申請でも、マイナンバーの認められた利用目的に給付金申請なんて入って無いのでマイナンバー自体は一切使われていないし使えない。
自治体に届く情報は申請者が記入した世帯の氏名や振込先口座情報をマイナンバーカードの電子署名用証明書で署名したデータであり、マイナンバーは含まれていない。
オンライン申請で時間がかかる場合があったのは申請者が記入した振込先口座情報などが間違えていることが多々ありその確認作業に手間取ったからだ。
今回の想定外の事務処理で突合処理を楽にするため一部の自治体では奇策を取った。
マイナンバーカードには電子署名用と利用者証明用、2種類の電子証明書が含まれておりそれぞれ固有のシリアル番号を持つ。
利用者証明用のシリアル番号はコンビニコピー機での住民票発行で使われており自治体にも身近な存在(という自治体がありますというレベルですが)だ
そこで電子署名用と利用者証明用のシリアル番号の対応表を取り寄せ、給付金の申請情報に含まれる電子署名用証明書シリアル番号→利用者証明用のシリアル番号→住民票というルートで突合したのだ。
あれ?そのシリアル番号で個人を判別出来ちゃってない?と思う方が居るだろうが電子証明書のシリアル番号はマイナンバーでは無いのでこんな利用をしても良いのだ。
(電子証明書の有効期限は5年で再発行時シリアル番号も切り替わるがマイナンバーは原則一生変わらないという違いはあります)
追記2
コメントやブコメを思っていた以上に頂いた、ありがとうございます。
「結構同意してるじゃん」との指摘にそうだなと思ったのでタイトルを「サイボウズ青野社長のマイナンバーカードdisに反論する」から
「サイボウズ青野社長のマイナンバーカードdis批判に一部反論指摘する」に修正した。
マイナンバーカードはICチップに搭載された電子証明書により利用者証明と電子署名が出来る、で良いだろうか。
偽造に対抗する券面事項をICチップから読み出す機能は運転免許証にもあるからなぁ。
「それ運転免許証落としても同じですよね?」
これはそういう意味だったのか、完全に私が読み違えていた。ご指摘ありがとう。
同レベルのセキュリティなら枚数が増えた分だけ落とすリスクが増えるのはその通り、で政府は運転免許証のマイナンバーカードとの一体化を検討しているのでこれが進めば枚数は減る。
「名前や住所や顔写真など個人情報がプリントされている」のを防ぐには電子ペーパー等のデバイスと生体認証等の組み合わせが考えられるが
住所記入欄のところでも指摘したが、壊れたときに何も表示出来ないというデメリットが大きすぎる。
スマホにアプリとして入れる?それでは日本政府がコントロール出来なくなってしまう…
これは後出しだがマイナンバーカードの有効期限を5年にして電子証明書と期限を揃えるべきだった。
現在のマイナンバーカードの有効期限は10年だが、日本で一番使われているであろう運転免許証も有効期限が最長5年なので許されるだろう。
10年という期間は住民基本台帳カードに引っ張られたのではないか。
電子証明書の有効期限を10年に延ばすというのは電子証明書の危惧危殆化の観点から許されないだろう。
https://www.cao.go.jp/bangouseido/mailmagazine/backnumber/2020/20200221_01.html
また現在のマイナンバーカードでは申請時に電子証明書無しで後から追加が可能になっており、これが給付金申請のときにトラブルにもなったのだが、
これもまた住民基本台帳カードに悪い意味で引っ張られてしまったのではないか。(住民基本台帳カードサービス開始時は電子証明書を入れるサービスが無く、約半年遅れのスタートになっている)
https://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2004/01/23/1851.html
制度設計的にここまでマイナンバーカードを急速に普及させる気が無かった感がある。
それが給付金申請や政府のデジタル化といったもので急速に注目が集まり負荷も高まってしまった。
想定時より状況が大きく変わった以上先に法整備しろというのは無理がある。
早急な法改正をすべきであるしそれについては他の項目でも指摘している。
ブコメであったが「青野社長に厳しすぎないか?」という意見だが
サイボウズ社長ならマイナンバーカードの電子署名などにも言及してくれると思ったのでそこは残念だったと感じたのでこの文章を書いた。
また「マイナンバーシステムの管理項目が、住民記録システム(住民票)や戸籍システムとかぶっている。いい機会だから統合して効率化しようって話にならなかったの?それとも無駄が好きなの?」
「青野氏らは戸籍法に着目。同法の規定では日本人が外国人と結婚した場合、同姓か別姓かを選べることになっているのに、日本人同士の結婚で選べないのは不平等だと訴えた。」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56062670W0A220C2CR8000/
戸籍法に焦点を合わせて戦っている方が「いい機会だから統合して効率化しよう」というのはいくらなんでも乱暴すぎるだろう。
追記3
最近のスマホ(NFC対応のiPhone8以降、Android機種等)では読み取り可能で、給付金のオンライン申請でも既に使用されています!
今までのPCとカードリーダーとの組み合わせから手間が大幅に削減されました。
お手持ちのマイナンバーカードがの真正性を検証してみたい方は「IDリーダー」というアプリで確認出来るので気になる方は試してみてはいかがでしょう。
https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.co.osstech.jeidreader
https://apps.apple.com/jp/app/id%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%80%E3%83%BC/id1480652022
トランス女性が女性にとって特に危険だと主張しているわけではありません それを示唆する証拠は ほとんどありません しかし、私はトランス女性が極端なミソジニーの暴力で脅しているのを見てゾッとしています。
私は、ほぼ毎日のようにソーシャルメディア上で、TERF(トランス排外主義的な急進的フェミニスト)と呼ばれる女性を狙った暴力的な脅迫を目にしています。
昨年9月には、ロンドンの60歳の女性が、30年以上年下の身長180センチのトランス女性に殴られました。
この女性、マリア・マクラクランは、単に自己認証の提案を議論する会議に出席するためにそこにいただけでした。
4月にサンフランシスコで開催されたアート展では、「I punch TERFs」とプリントされたTシャツに偽の血をまぶしたものや、トランスの旗の色で描かれた野球のバット、斧、スレッジハンマーなどが展示されました。
秋葉原通り魔事件。宮崎勤の事件。ああいう事件で「抑圧されて育った人間の歪み」を見聞きするたびに、他人事ではないなと感じる。
母親は教育関係の仕事をしており、子どもを立派な大学に入れたスーパーマザーである。
しかし、その子どもは、無事に無い内定引きこもり無職(一応学生)となっている。社会性が育つ場面で極端に制限をかけられた子どもがどうなるか。20年をかけた壮大な人体実験の記録を一つ読んで欲しい。
1.恐怖で抑圧させて勉強させられてきた幼少期
私は物心つく3歳の頃から、毎日「ノルマ」を課せられ、やりたくもない勉強と向き合い続けてきた。母親が帰ってくる前までに母親の決めた「ノルマ」を仕上げないといけない。このノルマが終わっていないと、「指導」が始まるのである。例えば、「なぜ今日は出来なかったのか」について一時間、二時間、と向き合う。答えられず無言でいると「そうやって私を無視するのか」と詰められ、「バカだったからです」と答えれば「勉強が出来ないバカは家から追い出す」、「離婚したダメ父親の元に送る」、などが提案される。この「話し合い」は深夜にまで及び、「なぜできなかったのか」答えさせられる「自己批判」の時間では「どのように答えればこの人は納得して寝かせてくれるのだろうか」をパニック状態の頭で考えることとなるが、どれを答えても地雷。最後には不甲斐ない自分に関する悔し涙を流す。すると「反省しているポーズをとるな」と詰められる。涙を拭けとティッシュを渡され、鼻水を拭いたティッシュを丸めて置いておく。
「今日のノルマをやってから寝るよ」。勉強をしていて情けなさに涙をこぼすと、「泣くな!」と怒られ、鼻水を拭いたティッシュを口に入れられることもあった。彼女自身、子どもを支配するのに必死だったように思う。子どもの一日というのは大変長く、誘惑に満ちているので、ついつい遊んでしまうのだが、昨晩課された、あるいはノルマ棚に置かれたプリントを見て勉強をするほど私は賢くはなく、この「指導」の時間が辛く無駄な時間だったと感じる。
そんな物理的な圧で勉強に向かわせてくる母親であったから、うちはゲームが禁止だった。周りの友達が全員「たまごっち」を持っている中、買ってもらえずに輪に入れないということもあった。何度かお願いをしてみたのだが、ダメだったし、この人には何を言ってもダメだと分かっていたから、諦めた。現在、「スーパーマリオ」や「ポケモン」は基礎教養だと思うが、私はそれらで遊んだことが無く、アクセスできなかったため、それらに関する話題が出た時に全くついていけないのがかなり困っている。一生困ると思う。「ポケモンの金銀並みだな~」とかいう比喩表現を聞いたとき、「そうですね」とへらへらと笑って合わせていくスキルを20過ぎに身に着けたが、付け焼刃感というか、相手の言っていることが何も分からないので悲しい。
友達の家でやればいいというお声もあるだろうが、「母の目の敵にしているゲームを触ること」は私にとっては「大麻にトライすること」くらいハードルが高かったのである。今でもゲームをしている人を見ると謎の居心地の悪さを覚えてしまう。
漫画は、年の離れた兄弟が大量に所持しており、そこからこっそりと借りることが出来た。捨てられたジャンプから、好きな漫画をカッターで切り抜いて、単行本を作っていた。ただし見つかると「私刑」である。生命活動を勉強時間に全振りすることで東大に合格できると思い込んでいた母親は、勉強以外の活動をしていると烈火のごとく怒った。弟の気に入って隠し読んでいた「純情パイン」は八つ裂きにされて捨てられてしまった。
幸いにして私は小説を読む方にはまっており、私のメインの趣味である読書は「推奨」される行為だった。(ただしノルマをやった後、寝る時間を惜しんで読書を優先すると叩かれる)図書館のお気に入りの本は読みつくしたし、母親の検閲(中身には興味がなく、文字かそうじゃないかが重要だった)をクリアする「涼宮ハルヒの憂鬱」等ライトノベルには大変お世話になった。グロ系や耽美、18禁のものも、「本」なので良かった。ここに関しては寛大な処置を頂いたと思っている。
そんな読書少女に育った私は、頭でっかちの、言語性だけが身に付いた、悲しいモンスターだった。小学生の頃、女子特有のクラスのトラブルに悩んだ時、最高指導者である母に相談してみた。すると「増田ちゃんはそんなレベルの低い子と無理して仲良くしたいの?」と一刀両断。そうか。周りの子はレベルが低いから、関わらなくていいのか。誤解した増田ちゃんは「基本的に物腰は柔らかいが、トラブルにすら巻き込まれないように一歩身をひく付き合い」を心がけるようになる。また、友達と遊ぶことは制限されており、家に友だちを呼んではいけなかった。新しい友達も「どこの、誰で、何をしている親の、どういう子」かを説明するという責任があり、母親に認められない子と遊ぶことは良い顔をされなかった。そんな中でも文通をしたり、こっそり会うといった方法で仲良くしてくれた友人には頭が上がらないのだが、やはり「友人と遊ぶ」ことがダメなので、せっかく仲良くなったクラスメイトとお祭りや、ショッピングなど楽しいイベントに出かけることは出来なかった。(そもそも自由なお金がなかったし、バスにも乗れなった)
高校では、最初は素敵な友人グループに属させてもらった。友人たちと仲良くしてもらって感謝しているが、その中でも「この間のショッピングモールで~」のような会話にはついていけないことが増えていく。ついに深い交流をすることは出来なかった。今でも交友関係を続けている同級生同士がとても羨ましい。
そういった抑圧の下で生きてきた結果、やはり20代半ばで実感しているのが、「勉強だけ出来てもダメ」ということだ。
最近の教育分野では「非認知能力(社交性とかもろもろ)」が重視されているが、詰め込みノルマ型の勉強の成果をどうにか形にしたり、就職して社会に還元したりする上ではこの能力が必須である。元々ASD傾向がある上に、社交の一切合切を無駄と切り捨てられて育ったことは大変大きな損失だった。そもそも母親も社交スキルが低く、同級生のママを見下しながら、自分が適応できないことの憂さ晴らしをしていた。母親も、社交スキルをどう教えて良いか分からなかったのだと思う。その結果、「コミュ強を見下す」という戦略に走ってしまった。結果はどうか。増田で長文を投稿し、コロナもあって友人関係が更に狭まり、就活で全滅の、「無敵の人」予備軍の出来上がりである。
母親は上記のようなことをほぼ忘れ、「でも〇大に受かったから、よくママ頑張ったでしょ」と承認を求めてくる。〇大に受かっていなかったら、今よりも肩身が狭い、バカのコミュ障が出来上がっていたかもしれない。
ただ、〇大に受かった後、うつになり、頭の良さがかなり下がったので、結局「何もできないコミュ障」が完成してしまった。
20年をかけ、社会的なコミュニケーション能力を切り捨てて詰め込み教育をするとどうなるか??うつになり、頭も悪くなる。
「アルジャーノンに花束を」のチャーリィよろしく、どんどん阿呆になっていく様を記録して後世に残すことが私の役目なのかもしれない。
大坂なおみがテニスの大会を棄権しようとしたことに関してこのような批判がされていた。
「スポーツ選手の行動は子どもへの影響が大きく『主義主張があれば競技を棄権してもいい』と思わせてはいけないと考えます」
これを見て国歌斉唱を拒否する教師に対しての不信感を思い出した。
個人的な心情を言うなら私は君が代など歌う必要などはないと思っているし、そもそも当の私が君が代を1フレーズも歌えない。
学校では習わなかったし(音楽教師はご丁寧に君が代が載っている教科書のページにプリントを貼るよう指導してくれた)日本代表の試合なども見ないため君が代という曲をろくに聞かず歌わず現在に至る。
逆に世間の人々はどういうタイミングであの曲を歌えるようになったのか少し気になるぐらいだ。あのリズムや音程などは普通に聴いてるだけでは歌えるようにならないと思うのだが…
なのでたとえ日本代表の選手が君が代を歌わなくても私は何も思わないであろう。
我々が学生時代の頃など普段の授業などはともかくとして集まりたくもない夏の校庭や冬の体育館などに無理やり集められ、歌いたくもない校歌を歌わさせられたものである。
もし規則がなければ夜の校舎の窓は割られバイクは盗まれ走りだし猫は炬燵で丸くなる。若者の集団とはそのようなものだ。
その規則を押し付ける側が思想・良心の自由を御旗に掲げ、国歌斉唱を拒否するのはどうなのか。
もし自分が「自分がこの学校の校歌を歌いたくありません」などと主張すればどうなったか?
おそらく私の内申点は地に落ち、音楽の成績は見る影もなかったであろう。(どちらも元々大したものじゃなかったが)
そうやって生徒に対し圧倒的な強権を持ち多くのことを強制してきた教師がいざ自分たちが何かを強制させられる立場になると憲法を持ち出して規則から逃れようとする。
教師だって一人の人間だしそりゃやりたくないことや従いたくないことの一つや二つや200はあるだろう。
ただ私としては自分の主義主張を優先して、卒業式など生徒のための式典を円滑に進行することすらできない者に規則だのルールだのを押し付けられたくないなと思った次第である。
八年くらい前の話。最近無くなった、テレビCMもやっていた求人サイトで夜のお仕事の求人を検索して、キャバクラの面接を受けに行った。
スタート時給5000円。オープニングスタッフ。私の住んでいる地域からは離れた場所にあるけれど、寮完備、一ヶ月は寮費無料。お金に困っている人は相談してください、相談に乗ります、と記載あり、他の求人にはこんなこと書いてないのにと小さな違和感は感じたが、webから応募したら、翌日には担当者から電話連絡があった。かなり気さくな人で、夜の仕事の経験あります?どこで?そこなら客層悪い地域なんで大丈夫です!ここの地域の方が客層いいんで楽勝ですよ!と言われ、面接を受けに行った。系列店が働く予定の場所と私が住んでいるところの中間くらいにあり、そこで面接することになった。
面接交通費支給と書いてあった。電車で一時間半はそれなりに遠かった。駅に着いたら連絡くださいと言われたので、連絡したら面接官の人が迎えに来てくれた。太ってはいないが肉付きのいい、パッチリ二重の人だった。貫禄ある。喋り方や立ち居振る舞いがすごく丁寧だった。世間話をしながら歩いて、まあまあ立派なオフィスに入った。店で面接しないのか?と思った。※面接官は最初に電話した気さくな人とは別の人です。
住民票の写しと免許証を渡した。一枚のプリントを渡された。質問がいくつか書いてあった。内容はあんまり覚えてないけど、心理テストみたいなものと、お金恋人仕事家族を大事な順に並べてくださいみたいな質問が印象に残った。一番はお金にしたんだよね。
貫禄のある人の名刺を貰って、普通の面接っぽく志望動機や今までの夜の仕事の職歴などを聞かれた。履歴書は不要だった。アットホームな夜の仕事しか経験がなく、ノルマに必死にならなくて良かったことについてやたら言われた。よかったね。うちの店とは違うよみたいに。
うちの店は基本待機時間がなくて、オーラスでお客さんに付きっぱなしになる、忙しいよですよ!と言われた。ガラケーに電話がかかってきて瞬時に面接官は電話に出た。今面接中でー、うんうん、まだ分からないと言っていた。
お店の説明が続いて、ここさ、キャバクラにしてはスタート時給いいと思わなかった?五千円だよ?と聞かれたので、そうですね、と答えた。どうしてだと思う?分かりません。服の上からお客さんがおっぱい触ってもいいお店なんだよ、店の女の子はみんなノーブラで働かないとダメなんです、と言われて絶句した。こんな真面目そうな顔でおっぱいとか言うんだ。て言うか、求人に書いてあったことと違う!と思い更に絶句。すると、おっぱい出しちゃうと警察来ちゃうからさ、だから服の上から、とその人は言った。それは、セクキャバとして申請してないキャバクラに見せかけたセクキャバでは?と思ったが、何も言わなかった。
何かお金を貯めたい理由がありますか?と聞かれたので、目標額と貯めたい理由を言った。それなら二ヶ月あれば大丈夫!!と何故か元気に言われた。いやー、でもその金額は昼のお仕事では難しいね。君は夜の仕事するにはラストチャンスじゃないかな?年齢的に。前の職場はノルマ無かったらしいけど、経験あるだけ大丈夫。需要あるよと言われた気がする。頭がよく回らなかった。スライド式で時給が決まるので、最初の一ヶ月で指名が取れなかったりすると、二ヶ月目の時給が3000円になるらしい。やる気出なさそう過ぎる!
寮が空いてるか聞いてみますと言って勝手に電話をかけ始めた。電話が終わって、一部屋空いてるそうです!どうしますか?今なら一人で住めますよ!普通のキャバクラだと思って面接にきて働く人もいますよ!と言われた。
その場で断ると怖い人が出てきそうだなと思って、少し考えて連絡しますと言った。少しとはどれくらいですか?(面接したのが木曜だった気がする)じゃあ月曜日で。もし断ろうと思ってるなら、今言ってくれて大丈夫ですよと言われたので、働くのはやめにします…と断った。理由聞かせてもらってもいいですか?そんなの、完全に詐欺だからと答えたかったけど、普通のキャバクラで働きたいと思ったので。と答えた。
分かりました。でも気が変わったらいつでも連絡くださいね、渡した名刺に連絡先書いてます、待ってますよと言われた。交通費は片道だけくれた。駅まで送ってもらって帰った。
帰りの電車の中で、一部始終を友達にLINEで話した。その友達はセクキャバで働いたことがあったから、どう思う?と聞いたら、キスするか聞いた?と言われて、へえええ?!!と思った。おっぱいで頭がいっぱいになって何も考えてなかった。多分キスはさせられる、服の中に手を入れてくるやつもいる、下も触ってくる奴絶対いるよ!!と言われた。
断って良かった。お金に目がくらんで、一瞬考えたよね。友達に、どうしてセクキャバで働いたの?と聞くと、普通のキャバクラでも無理矢理触ってくるやついるし断るの面倒だし、それならお金多く貰った方がいいじゃん!と言う答えだった。
電車の中で更に冷静になり、寮が一部屋だけ空いてますは多分嘘だなと思った。オープニングスタッフで人足りてないんだろう、どうしてピンク求人に載せないの…。求人サイトに直接、嘘の求人載ってますよと連絡してやろうかと思ったけど、100%私の仕業だとバレそうだからやめにした。これからも、普通のキャバクラだと思って面接を受けに行く女の子いるんだろうな、そんなことを考えながら家に帰った。
翌週、昼の仕事の面接を受けて、それからは昼の仕事しかしていない。お金が欲しかった目的(滞納していた国民年金の返済)も終わって、お店がどう稼働しているか気になって検索した。お店に行った人のレビュー日記があり、キスしまくれる、耳舐めてもらえるー!と書いてあった。断って良かった、そう思って名刺を破って捨てた。それ以来検索はしていない。お店の名前を忘れてしまった。
コロナ禍で今お店は繁盛していますか?絶対に行くことはありませんが。
西くんは変な男の子だった。女の子みたいなおかっぱで、いつも忘れ物をしていた。先生が怒っても、聞いてるのか聞いてないのかわかんない顔してニヤニヤしてるから、余計怒られていた。
あまりに忘れ物ばかりするので、怒った先生が教卓に西くんを乗せて、靴でお尻をたたいたこともあった。このときばかりは、西くんもニヤニヤをやめて、真っ赤な顔でワーワー泣いていた。
小学校3年生の時、西くんの机がおかしいって誰かが言い出して、放課後に先生と一緒に中を調べたことがある。
机の中には、教科書が全セット置き勉されてきただけでなく、この学年になってから配布された全てのプリントがクシャクシャになって、ギューギューにつめこまれていた。
そんな西くんが、あるとき突然転校してしまった。しばらくたってから、西くんの両親が離婚したことを聞いた。ずいぶん前から家庭内はめちゃくちゃになっていたみたいで、多分、西くんはネグレクトに近い状態だったんだと思う。
離婚が成立したあと、西くんはおじいちゃん、おばあちゃんと暮らすことになったらしい。
西くんがいなくなって1年後くらいかな、校区外の公園で西くんをみかけた。
新しい友達と遊んでる西くんは、おかっぱからスポーツ刈りになっていて、パリッとした白いTシャツと半ズボン姿で、めちゃくちゃ普通の男の子になっていた。保育園から西くんを知ってるけど、こんな西くんはみたことがなかった。西くんは定期的に散髪にいけて、洋服を洗濯してもらえる、ふつうのこどもの生活をしてるみたいだった。
ちょっととまどいながらも、「西くん?」って声をかけた。西くんは、振り返ってちょっと恥ずかしそうにニヤニヤしたけど、すぐに新しい友達のところに戻っていった。
『早生まれの不利は大人になっても続く』という見出しの記事が最近話題になっていた。
高校入試の偏差値や所得にも影響しているという記事で、統計的に3月と4月で偏差値が約4.5違うというものだった。
6歳になりたて、小学1年生の入学時には身長が109センチ。趣味はスーパーファミコンとドラゴンボールZのビデオ視聴。
好きな食べ物は近所のかっぱ寿司で食べるお寿司。おじいちゃんが大好き。
すでに当時、幼稚園に置いてあったひらがなの書き取りが苦手で、勉強するために行く学校に不安を持っていた。
ひらがなの書き取りより一人でスーファミをするか、読めないゲームの取扱説明書を眺めることのほうが好きだった。
小学校へ入学するにあたって、家で何かドリルをやらされたりということはなかった。3つ下の妹が1人。
小学校1年生の2学期後半、もしかしたら自分はやっぱり勉強が嫌いなのかもしれない。と初めてハッキリ感じた。(当時は苦手、というより自分は勉強が嫌いかも。という感覚だった。)
そう感じたのは1年生が使う「さんすうセット」から卒業した時だった。
今まで視覚的にすうじを追っていたのに急に文字になった途端混乱した。1~5までの数字の計算なら頭の中におはじきを思い浮かべその数を数えた。
5以上が出てくると考えるのもしんどくなり、鉛筆が止まるようになった。隣の席の子を気にしながら指折り数えた。
しかし学校の授業は進む。どんどん進んでいく。そのうち先生がクラス内の学力差に気づき、わからない人が居たら遠慮なく声かけてねと言ってくれるようになったが
職員室は入りづらく、先生も大抵居ない。2度ほど先生からクラスの勉強についていけない子達に声をかけて補習が行われたが、自分から声をかけることはほとんどなかった。
当時にしてみれば、先生は忙しそうに見えたので時間を取らせるのもなんだか悪い。とも思っていた。
そんなことを考えるものだから、授業中にわかりません。と言うことはまず無かった。授業中、自分だけわからないことが怖かった。
体育。一番小さいサイズの体操服を着て走り回り、1年生になって初めての健康診断が行われた後、背の順で並ぶと一番前になり、前へならえでは小学校6年間一番前で手を腰に当ててふんぞり返っていた。
夏のプールでは一番浅瀬で泳ぎ、先生達には常について回っていてもらっていた。
学校行事に「持久走大会」というものがあった。1年生は校庭を3周。
今でも当時の録画を見ているかのように覚えてる。150人ほどいる学年でビリだった。
ビリから2番めからも相当離され、残り半周を学年みんなが、そして親御さん達が全力の声援を送る中。
顔と耳を真っ赤にしながら腕をめちゃくちゃに振って走った。親と仲がいいA君のお母さんなんか名前まで叫んじゃって。
恥ずかしかったし悔しかったし辛かった。達成感はほんのちょっぴりで、もう2度とこんなことしたくないと汗まみれになりながら思った。
得意と言える科目も特になく、ぼんやりと授業を受けるようになった。
もうすでに躓いてわからない科目は聞いているだけだったし、授業の後半に配られたプリントは授業中に解き切ることができず提出しそこね、隠すように机の中に仕舞った。
そのうち授業中に提出できないなら無理やりにでも提出すればいいのでは?と
割り算プリントにデタラメな数字を並べて、クラスの賢い子たちと同じくらいのタイミングで先生に見せにいくも怪訝な顔をされ、突き返された。
考えて答えを割り出すことよりも、提出することに拘った結果だった。
小学5年生の頃には科目すべてが苦手に感じて自分は不出来な人なんだなと自覚していた。
国語は漢字の覚えが悪く、社会科も47都道府県がいつまでも覚えられなくて居残りをした。
音楽も練習したつもりだったリコーダーのドレミの歌はクラスで下から数えた方が早かった順位だったし、美術も風景画や人を描くのはまぁまぁできたつもりだが、立体物はからきし苦手だった。
4年生から始めたスイミングスクールの甲斐あって、高学年になったら持久走はなんとかビリから抜け出した。
中学はもうすでに小学校の時点でついていけなくなった学習状況に拍車がかかり、赤点スレスレか、がっつり赤点を取るかだった。
中学には水泳部に所属したが、3年生にもなると後輩にどんどんタイムを抜かされ、結局水泳部の中で一番遅い状態にもなった。
(書くか悩んだが案外いろんな所でやっているようなので)
中学の運動会が自分の生まれた月によって割り振られる、「春夏秋冬組み分け運動会」だった。
1年生の時に割り振られ、中学生活3年間自分は春組として運動会を迎える。
夏組・春組が強く、冬組はここ数年4位から脱却せずにいた。秋組に至っては万年3位だった。
毎年夏組と春組が接戦を繰り返し、最終的に毎年夏組が優勝をさらっていく。
夏組に割り振られた6月生まれはガッツポーズをして喜び、その学年の生まれの割合から冬組に割り振られた10月生まれは先生に詰め寄り、春組に割り振られた人たち同士で3月生まれか4月生まれかの確認しあいっこが始まる。
秋組に割り振られた人たちは特段リアクションは薄かった。
秋組以外は今年こそ妥当夏組・秋組を狙い奮闘し、夏組は連続首位を逃すまいと躍起になっていた。
運動会を開催してみると、やはり夏組が優勝し、春組が悔し涙の2位。涼しい顔で3位を秋組が握り、終わるころにはあきらめムードの冬組がうなだれていた。
中学1年生の運動会を終えて初めて、早生まれや冬組が体力的に劣っていると体感した。
ぼんやりしがちな性格のせいで単に学習についていけないだけかと思っていたが、なるほど、早生まれはこうして遅生まれ、夏生まれとの差ができるのか。と納得したシーンだった。
今から5年前の運動会、実に30年ぶりくらいに冬組が優勝したと聞いたときはもう知っている後輩も居ないようなこの年の運動会の結果を喜んだ。
きっと当時の学生たちはそれはもう喜んだことだと思う(最下位になってしまった秋組には来年がんばれ、と手を合わせた。)
高校は公立高校へ行ったが、やはり勉強についていけなかったのと家計を助けるためアルバイトしつつ、通信制の高校でマイペースにプリントを進め、コツコツとDTPデザインの勉強をした。
高校生にもなるとインターネットはかなり身近になり、勉強がすごく苦手というと、家庭教師を志望しているネットの友人が声をかけて勉強をSkypeしながら見てくれたりと、本当にちょっとづつ勉強を再開したりした。
通信制の高校へ通いだしてからはかなりストレスなく勉強できるようになり、自分の進行度で確実に学ぶことができたのが嬉しかった。
正直今でも変わらないが、答えを導き出すために考えるということがすでに苦手で放棄するようになってしまったのが今となってはもったいないなと思う。
もちろん、小学生当時の私に考え続けるという根性がなかったことも問題の一つだったのかもしれないが、早生まれがどうして不利を背負い続けてしまうのかという話に関しては
適切な学習環境が必要なのではないか、と当事者の自分は思った。
ちなみに、小学校1年、2年生を担当してくれた先生は自分と同じ誕生日の美しい先生だった。
聡明で明るく、朗らかな先生が大好きだったし幼いながらも尊敬していた。
小学校の頃、好きでもない相手から「はてな君が、増田君が私の事好きって言ってたんだけど、気持ち悪いから本当に勘弁してね?」と伝えられたこと。今でも覚えている。
視線を向けるな、話しかけるな、お前と関係があると思わせるな、プリントを回すときにプリントに指を触れるな、言葉を変えて色んな女に言われてきた。俺がブサイクで、ブサイクに好かれたらブサイクとのカップルとして扱われ恥をかくから、と。
中学校では流石に状況が変わった。多くの女は理性を手にして、相手がブサイクなだけなら人間扱いをする必要があるということを理解した。基本的人権の開眼を直ぐ側で何度も目にした当事者だと言ってもいい。
同時に、それでもなおブサイクを人間扱いしない一部の女達は、成長により手にした暴力や知識や冷酷さを俺を社会から排斥する行為に活用し続けてきた。許せねえ。しかし、あんな女を許すかどうかについて精神エネルギーを使うのが人生の無駄なので、あまり盛り上がる気にはならない。
高校、大学、会社、状況は変わらない。相変わらず女達の中には俺を天性の加害者として扱い容赦のない「反撃」を繰り出してくる奴が紛れ込んでいた。ブサイクは罪なのか?
ブサイクは罪なんだろうな。これは、男達の中にも変わらずある心だ。ブサイクは罪だ。ブサイクの触った食べ物は穢れるから食べれないと語る男達を何度も見てきた。ブサイクと同じ空気を吸うことに耐えられないよなと話を振られ、嫌われたくないので俺も相槌を打つた。俺はブサイク故に犯罪者、そして俺もブサイクという誰かの罪を裁く顔面偏差値の憲兵。咎人を裁く咎人。俺の罪が許されるはずもない。
産まれ落ちた罪。生きてきた罪。同族殺し。ブサイクという犯罪。その加害者。私刑の礫。その加害者。だが神に許しはこわない。人が産んだ人の決めた罪に過ぎぬから。それがブサイク罪。
終戦の日は、Y君の命日です。
高校時代の同級生Y君とは、それほど親しくありませんでした。同級生とは言っても、三年間で同じクラスだったのは一年生の時だけでした。その後は、時折廊下などで会った時に軽く話をし、稀にメールをする程度の仲でした。
Y君は、予備校の友人と二人で海水浴場に行って事故に遭ったそうです。酷く天気の悪い日で、彼らの他に誰も泳いでいなかったと伝え聴いています。それ以上Y君の死の理由は誰も話しません。みな察しがついているからです。
しかし、僕は彼の死の理由と向き合う必要があります。悼むだけでは足りないほどの仕打ちを、僕は彼にしてきました。
Y君と最初に話したのは、高校入学初日です。僕らの高校は、マンモス私立高校で、大概は公立高校の受験に失敗した人間が行く学校でした。お世辞にも賢い学校とは言えません。それでも、それなりの生徒を集めて、特進クラスが二クラス編成されます。僕らのクラスはその一つでした。
入学式からしばらくは、みな口々にどこの高校に落ちてこの学校に来たのかを話していました。例によってY君も学区一番の難関公立高校に落ちたそうです。最も、僕らの高校の進学クラスの大半は、その高校か、県下トップの公立高校を落ちてきた人間でした。
はじめは出席番号の近い者同士で輪になるものです。彼と僕の出席番号は二番違いでした。ゴールデンウィークに入る頃には友情の再編成が済み、僕らは別々の交友グループに加わって行きました。
端から見ていて、グループの中のY君の地位は極めて低かったと記憶しています。彼らのグループはみなテニス部でした。Y君はいつもいじられる役回りを演じていました。自分から話を切り出しても「調子乗るなよ」という言葉を掛けられている様子をよく見かけました。
入学式が終わってすぐに、実力試験を受けさせられます。Y君の試験結果がどうであったか僕は知りません。少なくとも、僕より上ではなかったことは確かです。学年トップ十人は公表され、僕は四位でした。
第一志望でこの高校に進んだ僕は、周囲から奇異の目で見られていました。ただ一人、Y君だけは、周囲と少し違う反応をしていたのでよく覚えています。Y君の同じ中学校で、学区トップ校合格間違いなしと言われて落ちた二人を、僕は下しました。そのことをY君は自分のことのように喜んでいました。
その時の僕にはまだ、そんな理由で勉強をはじめようと思う理由を理解できませんでした。彼にとって高校はどのような意味をもった場なのかと怪訝に思いました。今になって思えば、不本意に入学した学校について、明るく思える理由を見つけられた日だったのでしょう。
とは言っても、その後Y君が試験のライバルとなることはありませんでした。二年生からは、進学クラスの文系理系とで別れてしまい、一緒になることはありませんでした。英語の授業だけは進学クラス二クラス合同で、レベルごとの三グループに別れて開かれていたが、ついに一緒になることはありませんでした。二年間、Y君は成績下位クラスから上がって来ませんでした。
交友グループが完全に別れてからも、僕はたまにY君と話す機会がありました。というのも通学に使う電車の駅が同じだったのです。そうかと言って一緒に通う約束をするような仲でもありませんでした。遭えば多少話をするといった具合でした。Y君はよく話しかけてきましたが、僕から何か話しかけたという記憶はあまりありません。
彼の家はごく近所でしたが彼の家に遊びに行ったことはありません。詳細な場所も知らず、団地の名前で知っているだけでした。僕は中学卒業後にこの街に引っ越してきたので、同じ中学校の出身というわけでもありません。彼が普段通学路にしていた道が、僕の部屋の窓から見えます。しかし、駅との直線距離上に住んでいる人と思っているだけでした。
Y君はテニス部に入部していました。中学から続けていたと聴いています。しかし、同じクラスのテニス部員から伝え聞くかぎり、部の中での実力ははじめから下位だったそうです。Y君は小柄で、先も細く、よく中学生のようだとからかわれていました。
Y君と同じグループのテニス部員は、高校二年にあがるまでに部活を辞めてしまいました。部員の層は厚くないものの、後輩にも実力で追い抜かれ、Y君は引退まで団体戦のメンバーに入ることはなかったそうです。
ときに一年生の頃にY君と同じ班だったM君は強豪のサッカー部員でした。髪を染めピアスをしていたM君は、Y君に対していつも高圧的な態度をとり、掃除当番を押し付けて、誰よりも早く部活の練習に行き、後にレギュラーの座を得ていました。少なくともY君はそのような気概を持ち合わせてはいないように見えました。
僕らの通った高校には、進学クラスを中心とした三泊四日の受験勉強合宿がありました。合宿中は山のように課題を出されました。ホテルに着いて早々、会議室に籠ってひたすらに特別授業を聴かされました。それが終われば翌日までに解いてこいとプリントを大量に渡されました。まともに取り組んで解き切れる量ではなく、教師もその事を知った上で出していた節がありました。それでも僕らは、教師の鼻を明かしてやろうと思って夜を徹して問題を解いていました。
Y君は、ちょっと問題を解いては周りに話しかけていました。「どこまで進んだ?」「この問題どう解くの?」と。そして周囲が邪魔そうな顔をすると自虐的に謝った後、「よし、俺も集中する」と宣言して問題に取り組み、三十分と保たずに振り出しに戻るのでした。
高校二年の頃、しばしば僕はY君のクラスでごく親しい友人と受験勉強のノウハウや、進行状況について情報交換をしていました。そこに、部活が休みになってY君が加わったことが何度かあります。
Y君が、自分の勉強について詳細を語ったことはありませんでした。自分より成績の良い人間の発言には同意をし、自分と「同等程度以下」と思っている人間の発言にはあまり信用していないような素振りをしていました。しかし、前者が後者の発言に賛同すると、途端に賛同し出す、風見鶏な態度で話に加わっていました。
僕らはみな自分に合わせて勉強のスタイルを組み立てていました。Y君には、そのような節はなく、彼の尊敬する誰かの勉強の仕方を真似しているだけでした。正確には、真似している「つもり」なだけでした。
僕がセンター試験模試で九割をマークした時、Y君が英語の勉強内容について尋ねてきました。その頃僕は学校で配られた基礎的な問題集で文法問題を毎日大量にこなしていました。ケアレスミスを減らしつつ長文問題に十分な時間を確保するためでした。自宅学習を英語の長文に充てられるよう、学校での細切れの時間は文法を勉強していた方が都合よかったのです。
そのような事情は告げず、学校で配られた問題集を解いているとだけ告げると、Y君は基礎的な問題集にずっと取り組んでいました。かなり後になってから知ったことですが、Y君は毎度の模試では長文問題で大量失点を繰り返していました。長文を読む訓練からはじめるべきだったのに、同じ文法の問題集に何周も取り組み続けていたのです。その後も彼は模試の度に取り組んでいる問題集を尋ねに来ましたが、僕は同じ問題集だと答え続けていました。
時を同じくして学年上位の人間が「単語力が足りない。」と言ってハイレベルな英単語帳に噛りつくと、Y君はそれを無条件に肯定し、同じ単語帳に取り組み出しました。
学年上位の彼女の場合、元から基礎的な語彙力・単語力がしっかりあり、それに支えられて文法問題を解きこなし、身に付けた語彙・文法で長文を読み解き、総合的な英語力を身に着けた後に、日々取り組む実践問題の中で単語力の不足を感じていたのでした。Y君は、そのような事情を知る由もありません。
すべての教科の勉強がこのような具合で、Y君の受験勉強は日々、一貫しないものになっていきました。誰かが「基礎をしっかりしないといけない」と言えば同意をし、しばらく基礎的な勉強を繰り返し、また誰かが「基礎ばかりで実践レベルの問題が解けない」と言えば、応用問題を解き始めました。Y君は、自分の実力を冷静にみて勉強する習慣がなかったのです。
試験が終わっても模試が終わっても、Y君はいつも「次で挽回する」とだけ言って答案用紙を二つ折りにして閉まってしまい、自分が何を間違えたのか何が不足しているのか反省をしているようには見えませんでした。僕らは答案を見せ合い、点数をひけらかし合い、同時に何を間違えたのかも見られ、ときには馬鹿にされ、それを恥じ、次には同じ過ちをしまいと心に誓ったのです。そして口々、「次の試験では負けない」と言い合うのでした。
Y君は、ただひたすらに成績上位の級友に勉強方法・勉強内容を尋ね、それを真似してみるだけでした。あるいは、それで成績の落ちた級友に反省点を尋ねてみるだけでした。自分の頭を使って、自分に必要な勉強をして成績を上げようという姿勢が見られませんでした。
高校二年の秋頃から、学年トップ十人の常連の内で、制服に細工をするのが流行りました。理科実験室から拝借してきた薬品で五円玉や五十円玉を磨き上げ、ブレザーの左胸にある校章の裏に挟むのです。すると鳥をあしらった校章が後光の差したように見えます。上位三人が五円玉を、残り七人が五十円玉をはさみ、模試のたびに奪い合うのです。
事情を知らぬ者が見れば、何のこともない遊びです。どんなにかよく言っても「お洒落」程度のことです。何も知らないでY君がそれを真似して校章に五円玉を挟んでいたのを、僕らは影でクスクスと笑いました。自分の手で掴む喜びを知らないで、努力する苦しみを知らないで、努力した者の成果にだけ憧れるY君の態度を、僕らは気づき、そして内心侮蔑の眼差しで見ていました。鈍い色の五円玉が、それを象徴しているように思えたのです。
勉強をしたからテストの結果が伴うのだという自信が、僕らの中にありました。また、勉強していないから全国模試で他校の人間に負けるのだと悔しがっていました。進学クラスの同志とともに学内順位で一喜一憂するのは全国模試で泣くほど悔しい思いをした腹癒せであり、本懐はみな志望校への合格でした。
正直に言えば、僕は心底彼を見下していました。大した進学校でもない私立高校の成績上位だけを見て、「◯◯君、勉強できるもんね」と言えてしまうY君の姿勢を、僕は内心唾棄すべき存在だと思うようになっていました。
僕は、努力の方向性を間違える人間は愚か者だと思っていました。そして努力すらしようとしない人間を軽蔑していました。他の何もかも投げ打って練習に取り組むわけでもなく実りのない部活動にただ漫然と時間を費やすY君の姿勢は、まさに軽蔑の対象でした。「三年の夏に部活を引退したら、本格的に受験勉強をする」というY君の弁に至っては、この時点でもう勝負はついていると僕は思いましたが、哀れな奴だと思うことにして黙っていました。
当時進学クラスの上位面々にしても、実際には大した学力は持ち合わせていませんでした。勉強すればするほど募る不安を振り払うべく、ビックマウスで自分を鼓舞させ、歯を食いしばって受験勉強に打ち込んでいたのです。
みな手の内を知っているから言い合えた言葉がありました。「普通クラスの連中が努力して行くような大学だから、日東駒専は滑り止め」「明青立法中はセンター利用入試で一学部二学部抑えて、あとは試験慣れ」「本命は早慶、国公立大学」
Y君が目指したのも、早慶の文系学部でした。折りに触れ志望学部を聞いた時に「受かったらいいなぁ」という言い方をしていたので、どこまで本気で受験していたのか分かりません。また彼が将来どういう職業に就きたくてその大学を目指したのかも知りません。いずれにしても、当時のY君の実力からすれば、合格は絶望的なので記念受験だったと思います。
日本で双璧をためす有名私立大学どころか、当時のY君は本気で日東駒専を第一志望にして対策を組んで然るべき成績でした。それにも関わらず、十分な対策をしていなかったのでしょう。そのレベルの大学を「滑り止め」として受験し、行き場がなく浪人が決まりました。
先にテニス部を辞めたある級友は、有名私立大学に合格しました。Y君から学業面で「同等程度以下」と思われていましたが、彼は初めからY君より成績は良く、そして努力の甲斐あって志望校に合格しました。Y君が、センター利用試験で抑えるつもりだったレベルの大学です。
高校の卒業式で、Y君は自宅浪人をするつもりだと話していました。図書館で勉強している方が集中できるからだと本人は話していました。それを聴いて、受験勉強のやり方を根本から間違えているのだから予備校に通わなければY君は同じ失敗するだろうと、僕は思っていました。
僕も浪人が決まっており、同じ境遇の友人らと、どこの予備校に行くか、予備校が始まるまでどう過ごすか情報交換をしていました。しかし、僕は、彼と同じ予備校に通うのは自分の精神衛生に悪いと思い、誘いませんでした。
僕は気心が知れた戦友二人と予備校生活を送りました。定期的に他の予備校に通っている元同級生とも食事に繰り出し、情報交換とリフレッシュをしていました。時には勉強会を開き、時には悪い遊びに繰り出し、予備校生活を満喫しました。僕はY君に対して意図的に声をかけませんでした。
Y君が亡くなった後、彼がどのような浪人生活一年目を送ったのか、聴いて回っても誰も知りませんでした。分かっているのは結果だけです。一年後の再戦にY君は敗れました。彼が受かったのは、日東駒専の文系学部一つでした。浪人してそんな大学行けないと、二浪することを決めたそうです。Y君と伴に最後までテニス部にいた普通クラス出身者が、予備校生活の後に地元国立大学の教育学部に合格したのも少なからず影響があったと思います。
Y君の二浪目については、僅かながらに噂が流れていました。僕らが通った予備校とは別の大手予備校に通ったと聴いています。そしてそれはY君の両親の望みだったという話です。しかしそれ以上のことは誰も知りませんでした。
Y君は、限りなく記念受験に近いであろう第一志望の早稲田大学に落ちました。それでも、今度は明青立法中レベルの大学に手応えを感じていたそうです。高校時代の担任教師の元には、今度は大丈夫そうだとメールが来たそうです。滑り止めに受けた日東駒専の合格は決まっていました。
しかし受かった手応えを感じていた青山学院大学は、不合格だったそうです。その結果が判明した時、既に日東駒専の手続き期日は過ぎていたそうです。二浪して予備校に通い、親に負担を掛けたくない気持ちが働いたのでしょう、Y君は日東駒専の入学一時金を払わなかったそうです。
かくしてY君は三浪目が決まりました。その頃のことは、Y君の級友何人かが打ち明けられていました。「一浪、二浪までは変換できるけど、三浪って、ケータイで変換できないんだね」Y君からある友人に宛てられた最後のメールには、そう書かれていたそうです。
苦しさは後に喜びがあると知っているから耐えられるものです。喜びのために経験する苦しさと、苦しさの後にある喜びとは、価値が全く異なります。失敗の先に成功を掴んだ人間だけが、成功を評価できます。しかし成功を掴めない人間には、そのような言葉は無力です。苦しさの中でも特に失敗は辛く、とても重ねていられるものではありません。
三浪目の夏、Y君は、予備校の友人と二人で海に行き、事故に遭ったことになっています。酷く天気の悪い日で、盆過ぎの海水浴場には彼らの他に誰もいなかったと伝え聴いています。
同行したのが同じ予備校の友人であるのかは分かりません。しかしその新聞を調べてみると、天気予報では、県内は午前曇、午後から雨となっていました。海水浴に出かける天気ではありません。実際の天気を調べてみても、前日から曇り、実際に曇のち雨だったようです。
二人は遊泳禁止柵を超えて、外へ外へと泳いでいったそうです。友人はしばらくして怖くなり引き返し、Y君のことを警察に通報したそうです。海上保安庁と警察が捜索したものの、Y君が発見されたのはそれから二日後のことでした。
沖に流されて生還した人の体験談を、折りに触れ読んでみました。だんだんと手足の感覚が無くなって行き、全身が重く感じられ、乾きと苦しさと絶望のあまりに、自ら沈もうとしても身体は死を受け入れず、数時間に渡って浮かんでいると言います。その間、Y君は何を思ったのでしょう。
暗く塩辛い海の底に引きずり込まれるまでの数時間、海に来たことを後悔するのでしょうか。自らの力の無さを恨むのでしょうか。早くから勉強しなかったことを悔やむのでしょうか。時代を恨むのでしょうか。日本社会を恨むのでしょうか。
人生の遠回りを許さない日本の空気に、Y君は命を奪われました、一体誰が仇をとってくれるのでしょうか――僕はそう思うことで、Y君の死は、自分の責任ではないと思い込もうとして来ました。そんな綺麗事では済みません。彼を死に追いやったのは僕らです。
彼の学業上の相談に乗らなかったのは、彼が気楽に、好きなことをしていたことに対する妬みです。彼が、僕の思う独善的な「努力」をしないことについて、快く思っていなかったからです。「努力」などと呼んでいいものではありません。自分の味わった苦しみを人も味わえばいいという意識は、酷い嫉妬心に過ぎません。
彼が学業面で悪循環に陥っていると知りながら、僕ら「成績上位者」を誤解していることと知りながら、僕らが手の内を明かさなかったのは不当な仕打ちです。Y君は、級友の受験勉強という、励まされる理由にも自信を持つ理由にもならないものを盲信していました。そして、僕らはそのことの具合の悪さに気づいていながら放置し、影で嘲笑っていました。僕らはY君の話を聞ける関係にあったのに、聞かずに見殺しにしました。
こうまで酷い仕打ちをして、どうして彼の死を受け止めて来られなかったのでしょう。
今なお、僕は「僕ら」でないと責任を背負えない弱い人間です。そんな僕にも毎年夏は訪れます。しかし、今に自分一人、罪の念を免れたいがために記憶を上塗りし、忘れ去ってしまうことでしょう。あるいは、もうそれは始まっているのかも知れません。
実家にある、かつての僕の部屋からは、一車線しかない県道が望めます。Y君が三年間、高校に通うために歩いた道です。なんの変哲もなく、田んぼと林に囲まれた田舎の風景です。僕が彼から奪ってしまったものの一つです。
齢40歳のおじさんが居て、まあ仕事柄一般的な40歳よりは若いテンションで仕事してると思うんだけど、
今年入ってきた21歳の女の子のことがお気に入りで、正式入社する前の研修のときから絡みまくりの構いたがりでお気に入りを隠さない
(というか気に入った人間とそうでない人間への態度差がとってもわかりやすいタイプ)
今は部署違うから毎日会うわけじゃないんだけどすれ違うと「オッ♪」て嬉しそうな顔して寄ってって話しかけ、あげく「がんばれよ~」って
傍から見てたわたしは「きもちわる…」って思っちゃったし、当の女子は「まあ研修のときからああでしたよ(苦笑)」って感じで流してくれてるけど
いやいやふつうに気持ち悪くない??あなたオジサンやし 気持ち悪く見えるでって思ったから「きもちわる~」って口に出しましたけど
数日後、その女子が不在のときに話題になって「あの子大丈夫なの?辞めちゃわない?見るたびどんどんげっそりしてる気が…研修のときはオレにツッコむ元気があったのに…」とか言ってて、いやいや、もう正社員やしアンタに構う必要なくなったからでは?と思ったので「ツッコまなくていいと思ってるからじゃない?」「若い子忙しいんだよ、おじさんなんだから…」って返したら、
「そうおじさんだよオレなんか。だから気楽でしょ、ちょうどいいでしょ」
「・・?」
「どうせおじさんなんだから、ねえ。向こうも気負わなくていいっしょ」
ん?つまり、絡みに行っても当該女子は「おじさん(妻子あり)なんだから本気じゃないわ」って思うだろうから、おじさんである自分も気楽にコミュニケーションを楽しんでるってこと?
・NFCタグを手の甲にプリントした左手とiPhoneを持った右手を顔の前でクロスさせることでロック解除と自作アプリのショートカット起動を同時に行って見得を切る
前提として私めちゃめちゃおっぱいが好きな女なんだけど。
久々にブラ買いに行ったら、店の真ん中に可愛く陳列されてるやつ全部肉が乗っちゃって、奥から持ってきた可愛くないやつしかなかった。
勝利。すごい。おっぱいは育つ。私が育てました。これからも精進します。
いやでも待て。
え?まじで?この小ささでG?ありえん……見た目D、いやCでは?
Gカップってもっと違くない?似合う服がないんじゃないの?肩が凝るんじゃないの?胸を潰すブラを検討するんじゃないの?
まじで潰すまでもなく潰れてる。
古いブラつけて確認してる。ああ私Dじゃねえわって。でもブラ取るとD。
胸だけでモテるくらい巨乳になりたい。みんなが乳をチラ見してくるって悩んでみたい。おっぱいの厚みの分だけ密着できない隙間が欲しい。VネックのV部分を谷間で埋めたい。プリントTシャツの胸の部分がびよーんってなりたい。おっぱいでスペースキー押しちゃって勝手に空白が挿入される怪現象に遭遇したい。
は~~~まじで骨格が貧乳。
骨格に勝てるくらい巨乳になりたい。
いくら骨格が貧乳でも、乳にメロン入ってたら巨乳。あーあ乳にメロン入れたい。痛そう。
Iカップになって、妊娠して更にKカップとかになりたい。おっぱい大きくなるから妊娠したい。
豆乳飲も。
※注※基本的にただの自分語りなので、アドバイス系の話ではありません
思い出したら「痛い」としか言いようがないのだが、現在30代の私は中学時代、本当に見た目からして恥ずかしいオタクだった。
中学受験をして私立一貫校に入学したんだけど、小学校生活の後半をほとんど受験勉強に費やしてきた私は中学でアニメや同人誌の存在を知り、あっという間にオタク・腐女子の道に足を踏み入れた。
思えば小学生の頃からクラスの男子に「ガリ勉」なんてからかわれていたけど、ただのガリ勉でいれば良かったのにオタク要素を追加してしまった。
中学入学当時は肩くらいまでの髪を母が三つ編みにしてくれていたけど、私は何故か髪を延々と伸ばし続けてほどなく貞子のようになった。
伸ばすだけで手入れもしない髪。結ぶにしても、何故か顔の横だけ少し残して低い位置でひとつ結び。
眉毛もボサボサで手入れなし。小学生の頃から使っているガリ勉メガネ。
体型的には当時153cm43kgくらい、「体型からしてオタク」という訳ではなかったと思うけど、そんな問題ではない程のオタクオーラを纏っていたと思う。
オタクテンションが上がりまくって周りが見えなくなっていた私は、ハマったアニメの絵をプリントアウトし、それを白Tにアイロンプリントして学校に着ていった。
電車通学だったから、電車の中でも堂々と。むしろ電車の窓に映るアニメTにたまらない自己満足を覚えた。
クラスメイトに聞かれたんだよね、「恥ずかしくないの?」って。その時は堂々と「全然」って答えたけど、思い返すと黒歴史でしかない。
覚えているけど、学年のギャルグループにしょっちゅうプークスされてた。
中学入学と同時に入った塾で知り合った他校の女子にも腐はいたけど、きちんとした制服のある学校の子だったから、見た目で感じる痛さはなかった。
親がなぜ止めなかったのか未だに謎。諦められていたのかもしれない。
そんな私が方向転換したきっかけは、高校に進学してから三次元の芸能人にハマったことと、趣味のスポーツを通じて大人との交流が増えたことだった。
ハマった芸能人みたいになりたくて、その芸能人の写真を美容院に持っていって髪をばっさりショートにした。
大人たちのコミュニティに参加する中、自分も少しでも大人っぽく見えるようにと服装に変化が出て、コンタクトデビューして眉毛を整えたりもし始めた。
そんなこんなで、高2になる頃には中学生の後輩から「増田さんてイケ女子って感じですよね」と言われるほどの変貌を遂げた。
趣味のスポーツもアニメがきっかけでハマったオタク趣味の延長だったけど、運動習慣がついて何となく体型もかっこよくなったので結果オーライ。
その頃高校では白Tの体操着に油性ペンで絵を描くのが流行っていて、私は以前私をプークスしていたギャル達から頼まれてとある漫画のキャラの絵を描いた。
ちなみに海外アーティストの似顔絵とかを頼まれて描いていためちゃくちゃ絵のうまい同級生は、卒業後ほどなくして漫画家になった。
情報番組で仕事場が紹介されたり、たまにツイッターの発言がバズっていたりと、漫画一本で生計を立てているはず。彼女にオタクオーラは全然なかった。
私はというと、高3後半には色々面倒になった時期があって、たまにジャージで登校したりしていた。アニメプリントTよりはマシだったはず。
時間は飛ぶが、変わらずオタクな私は今は毎日ジャケットを着て仕事に行っている。
会社的なドレスコードはないんだけど、ジャケットを着ていればそれなりにきちんとして見えるし、内ポケットがある物を選んで着ているので色々便利。
インナーは季節に応じてTシャツだったりニットだったり、ボトムは基本黒パンツで、体型が気になるのでガウチョが増えた。
靴は20代のうちはハイヒールとか履いてたけど、巻爪がひどくなったりして最近はめっきりローヒール。ローファーだったりスニーカーのこともある。
平日も休日も同じ服を着られるように(服を増やさないように)、シンプルで楽な服を選んで買っている。
声優の朗読劇とか行く時も気がついたら仕事に行く時と同じ服装だったりするし。ヘタにオシャレしよう!と思ってしくじるよりはマシかと思って。