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2021-11-11

anond:20211111230103

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言語学第二座談会(~前半の部~)

千葉大学にて1月開催

発言者遠藤光暁、青山学院大学教授中国語音韻史・方言学、アジア地理言語学

    木部暢子、国立国語研究所副所長、日本語方言

    風間伸次郎、東京外国語大学教授アルタイ言語言語類型

    福井玲、東京大学教授朝鮮語

    吉川佳見、国立国語研究所非常勤研究員アイヌ語

    児倉徳和、東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所准教授ツングース満洲語学

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福井:ただ日本語と唯一関係があるかもしれないと思っているのは、河野六郎先生や李基文先生など多くの方が扱ってきたいわゆる高句麗語あるいは濊語、つまり高句麗地名から推定される言語で、それが日本語に近いというのはほぼ間違いない。最近伊藤英人先生も注目すべき発表をなさっています

遠藤:ええ、だからこのヤポネシアゲノムプロジェクトでも日本以外の言語学証拠で一番確かな根拠は、いわゆる「高句麗地名だと狙いを定めて、初年度から重点的にやっています。実際にはたぶんそれが全体として「高句麗語」を反映するというよりも、倭人半島部で先住民として当時になるとモザイク化して居住していて、倭系の地名を残したとか、そんなイメージではないかと思うんですけど。

福井:そうですね。それを河野六郎先生がはじめて歴史的資料の中に出てくる濊人の言語ではないかということを言い始めた。その一番きっかけとなった大きな証拠は、もともと朝鮮日本人のことをなんと呼ぶかというと、jej(예)ですね。これが「濊」の字音(jej)とまったく一致します。その一方で、日本人の呼称普通倭人字音「倭(waj)」となるはずなんですが、中期朝鮮語資料の中ではそれではなくて、jej(예)と呼ばれている。そこから発想されたのかなと思うんです。

遠藤:それが現在中国東北部、古い時代の「夫余」の地域あたりまでJaponicで解ける地名があると以前から言われています

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風間:2つほどあります別に私が言い出した事ではなくて、以前Vovinさんらが日文研から刊行した日本語系統についての本にも書かれていますが、日本語は昔はもっと孤立語的なタイプだったとする説です。先ほど遠藤先生中国語などと比べると日本語全然違ったタイプ言語であるとおっしゃっていましたが、日本語は昔はもっと孤立語的なタイプだったとする説を考えていく必要はあると思っています。昨日も木部先生がおっしゃっていましたように、古代日本語の語はほとんど一音節です。一方、母音の数は現在よりおそらくもうちょっと多かった。助詞自体にも個別の声調があって、現代のテ形のテの部分などにも独自の声調があった。つまり膠着的ではなく、文法要素も独立した語の性格を持っていて、孤立語的だったということです。助詞助動詞には自立語起源説明されるものがかなりたくさんあり、声調があって単音節、という事になると、まるで孤立語であるということになります

遠藤:ええ。それは歴史時代の話ですよね。

風間はい、今まさしくそ歴史時代日本語の事を考えなくてはいけないんだと思います。それを考えるとやっぱり孤立語だったという可能性についてよく検討していくべきではないかと思います

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遠藤:文献言語史的な証拠から言うと日本語はせいぜい1500年前ぐらいしか遡れないですね。あるは『魏志倭人伝』とかの頃ですよね。高句麗かいろんな北方民族の記録については中国側の正史などの東夷伝とかもありますが。考古学の方からするともっと古い情報がわかって、宮本一夫先生の説によると、まず日本語を話す人たちが朝鮮半島に入ってきて、そのあと朝鮮語を話す人たちが現在でいう中国東北部から朝鮮半島に入ってきた、といったことが先史時代に起こっている可能性があるので、そうすると日本語朝鮮語ツングース語を話す人たちっていうのは中国東北部先史時代に非常に密接な接触をしている可能性があることになりますね。われわれは普段そういうことを考えないんですけど、そういうのはどうでしょう。かのアルタイタイプ諸語のTurkic、Mongolic、Tungusic なども地理的な分布範囲歴史時代先史時代ともかなり移動しているんじゃないでしょうか。

福井考古学との関わりという意味ではやはり今後参考にすべきところはいろいろあると思います。昨日の私の話だと主に韓国語から日本語への借用ということを中心にお話しましたけど、まあその逆の場合もありうるわけで。日本朝鮮半島の間で考古学的な遺物共通している場合があります。これは歴史学の人から聞いた話ですけれども、例えば日本式の甲冑韓国のある一部の地域でかなりたくさん出てくるとか、その時期そのあたりで接触があったということは明らかであるし、前方後円墳朝鮮半島でも見つかっていて、それは歴史をやっている人たちからするとむしろ日本から渡ったものではないかという説もあります

遠藤古墳時代ぐらいになるとそういう方向もあるみたいですね。遺伝学的な根拠からしても半島南部のところで縄文DNAが見つかったとかいうこともありますしかし、文献言語史で考えるくらいのタイムスパンだと日本列島には既に日本語が入っていて朝鮮半島朝鮮語が優勢であってツングース語はシべリアから中国東北部にいた、といった現代の状況を投影して考えがちですが、もっと全然違った居住地域で一緒に雑居していて遥かにドラスティック言語接触を考えてもいいんじゃないかってこのプロジェクトに入ってから思うようになりました。言語学的にそれを証明することは非常に難しいと思うんですが。語族単位でやっていると非常に細かい違いが目に入ってくるかもしれませんが、もっと大きいアジア全域といったマクロ範囲で見るとやっぱりアルタイタイプ諸語の共通性が際立って見えるんですね。

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風間:もう1つ目についてお話しするには今日はもう残念ながら時間が残っていないと思います。先の話の続きですが、やや推論の上での推論ということになりますが、孤立語だった日本列島言語を話していた人々を大陸から来た別の集団征服して、それが上層言語となり、下層言語孤立語ものだったけれども、最終的に日本語がSOVで膠着的なアルタイ型の言語文法タイプに再編成されたという可能性はあり得ると思います

遠藤縄文語(諸語?)が孤立語タイプで基礎語彙がそこから継承されて、弥生時代大陸から入ってきた膠着語タイプ言語によって文法が組み替えられたというわけですか。私などは『三国史記』で半島大陸部にJaponic地名存在するということからして、むしろ日本語半島とか大陸にあった時代に非常に密接に接触するチャンスがあったのでは、という仮説に傾いているのですが。

風間大陸接触してから列島に入ってきたということでもいいとは思いますが、その支配者層はそれほど多くの人数でなかったとしてもかまわないと思います

遠藤漢語について言うと、遣隋使遣唐使が行って、ごく少数のエリートが本をもってきて、仏典も含めてずっと勉強していく過程日本列島舞台として日本語の中の漢語の中の比率が増えていくわけですよね。そういう事は文化語彙については英語などでもギリシャ語ラテン語フランス語が大量に入るといったことは起こりますが、言語の中核的な部分で民衆言語まで浸透するためには、そういう文化的な学習だけじゃなくて日常的なレベル普通庶民バイリンガリズムとかの状態になっていないと、そういう風な組み換えは起こりにくいんじゃないでしょうか。あるいは完全に支配者の言語に取って代わられる例っていうのは中南米スペイン語とか枚挙にいとまないですけど。

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言語学第二座談会(~後半の部~)

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風間ゲノムをはじめとする他の学問分野での推定とどのような関係にあるのかはわかりませんが、言語学シナリオとして唯一あり得ると考えられるのは、日本語孤立語タイプから現在膠着語的なタイプへと、何らかの理由で変化してきたという可能性ではないかと思います。それを示唆するような痕跡的特徴は日本語にある程度存在するのではないかと思います。その中でも一番問題になるのはアクセントもしくは声調と呼ばれる現象さらにはその両方が日本語にあるということだと思います。ただ、アルタイ諸言語がどの言語弁別的アクセントを持たない、ということもあり、私は日本祖語は無アクセント言語だったのではないかという仮説に深く関心をもっています山口幸洋さんをはじめとする何人かの研究者提案されている仮説です。

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木部:これから先は想像世界ですけども、古くは日本列島各地に今の大和ことばではない言語、何語であるか分からないような言語日本列島にいっぱいあって。

遠藤:たぶん縄文時代とか。

木部:縄文時代縄文語かもしれない。それが無アクセントであったという事はあり得るとは思います。そのあと、大和琉球共通祖語、日琉祖語が上にかぶさって、元の言語は日琉祖語に取り替えられたけれども、アクセントにはサブストレータム(基層語)としてもとの無アクセントの特徴が残った地域があって、現在、各地に点々と残っているということはあるかもしれません。元々、声調の区別をもっていなかった言語が新しい言語を受け入れたときに、アクセント区別をしなかったという事はあると思います。無アクセント言語アクセントのある言語から借用語を取り入れるときに無アクセントで取り入れるという事はよく起きています

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遠藤:それで、九州の無アクセント地域と二型アクセント境界線のあたりにABOの血液型境界線がひかれるんですね。A型瀬戸内海から関西にかけて特に多くなって、その周りに別のタイプがあって、その境界線がちょうど無型アクセントになるあたりなんですね。それから他にも斎藤先生のおっしゃる三段階説または内なる二重構造、イエナのマックスプランク研究所の人は新幹線モデルといっていましたが、関西から山陽新幹線がはしっている辺りから九州にかけて、身長が高くて、首と胴体の比率が7頭身に割合近いといった形態的な違いもあるそうですね。それで、服部四郎が『アクセント方言』の中で、北九州の辺りから関西にかけて移住が起こったかもしれないと書いていますね。もしかしたら朝鮮半島からも繋がっているかもしれず、弥生人北九州にもたらした日本語アクセントをもっていたが、周辺部ではアクセントがなかったとかいたことがもし想定できるとしたら風間先生とか狩俣先生とか、もっと早くは山口幸洋が言っているようなこともあるかもしれませんね。つまり一言語内部の比較言語学的な考察からすると対立が少ないところは分化条件が与えられない限り必ずや合流を経たとせざるを得ないので、ウルトラCのような離れ技として民族的ないし言語的なsubstratumを想定に入れないとダメになりますね。ヤポネシアゲノムが始まる2年前までは我ながらこんなことを言い出すなどとは思いもよりませんでしたね。もう40年ほど前から日本語系統論っていうのは、本当に危ない分野なので手出しせずに実証的な研究に没頭すべきだと考えてきた世代なので。

2021-09-28

チャンバーじゃなくて「チャンカパーナ

4人時代のNEWS代表曲

パーナさんとは

アイドルグループ「NEWS」ファンを指す呼称名称NEWS2012年楽曲チャンカパーナ」に由来する。「チャンカパーナ」は造語で「愛しい人」

パーナさん事件とは

2013年コンサート雷雨のため次の日へと順延となってしまったのですが、地方から来場していた『パーナさん』の中には宿泊場所を確保していない人もいました。よって、急遽その晩に泊まる場所を探さなくてはならなくなったのです。

若い来場者などはお金があまりない人もいたこともあり、一部はTwitterを使い27日の夜中に泊めてくれる人を募りました。すると、ジャニーズの他グループファンなどが、『泊めてもいいよ』などと投稿したのでした。

食料の無償提供要求

一部のパーナが、コンビニに対して食料の提供無償で行うように要求したとされています。また、泊まるところのないファンたちを保護するように、警察要求したパーナもいたとされているのです。それに対しては、『行き過ぎ』とする声も出ました。

宿泊場所の見つからないパーナ国立競技場青山学院大学が開放されたという情報拡散されました。もちろん、そういった事実はありません。また、警視庁消防署において宿泊させてもらえるといった情報まで飛び交ったのです。こうした情報デマであり、大きな広がりを見せました。

「OOナンバーパーナさん目当てのレイプ車」といったデマ

anond:20210928171101

2021-02-05

anond:20210205160659

面白くなかったら救いもあるが、面白かったら青山学院大学法学部卒のジャニーズアイドルとの兼業面白小説を書いて直木賞を取れてしまうということになるから小説しか書けない人間にとって一切救いのない話になるよ。

2021-01-21

Fラン就活失敗したニートから見たら青山学院大学は十分エリート

民主党のほうがエリート主義やで??

鳩山東大偏差値72~77)

菅直人東工大(偏差値67~69)

野田早稲田偏差値67~78)

首相経験者はゴリゴリエリートで、弁護士資格者も多数。

蓮舫でさえ(タレント議員だと思われがちだけど)青学(偏差値60~74)出身

エリート主義はむしろ民主党やで?

MARCH以上の大卒でないと議論土俵にも上がれない日本就活事情を具現化したのが民主党なので、エリート主義をどうこう言えないんだよな。


まず俺はFラン卒だからまじめに受験勉強受験対策したことがない!

はてなの連中にとっては常識かもしれないが

学部によって難易度が違うということもわからない!

Fラン大にいくような俺はそもそもそういうことを考える必要がないからな!

から俺の中では青山学院大学エリート

国会議員の学歴リスト

2021-01-04

逃げ恥における森山みくりの進路についての所感

「逃げ恥」心理学を学んだことがある人たちは内容がリアルでいかにも…と思っているという話(togetterより)

心理院生がやりそうなダメっぽい研究」という指摘があったので、少し情報を整理して感想を述べる

1.原作での描写について

原作冒頭において、こんなやりとりがある

黒●徹子(妄想)「あなた 大学では心理学をお勉強なさってたんですって?」

みくり「はい それで」

徹子「それで就職人事部企画 商品開発なんかを志望していたと」

徹子「だけどあなた ウフ ごめんなさい 全滅だったんですって?」

みくり「そうなんです 今思えば もっと業種を広く」

徹子「それで就職浪人するよりも と大学院進学をしたけど 文系大学院は就職さらに大変だったらしいじゃない」

みくり「文系の院全てがそうとは言い切れないとは思いますが 院で臨床心理士資格を取ったのでそれを生かせる仕事ができればと」

徹子「でも 心理カウンセラーとかスクールカウンセラーは中々就職がなかったと」

――海野つなみ逃げるは恥だが役に立つ 第1巻」より




臨床心理士指定された大学修士課程を修了後に「受験資格」が得られる

そして、臨床心理士資格認定試験は毎年10月に開催され合格発表12月となる

修了後の4月無資格なので、資格取得見込みでも受け入れてくれる仕事を探さないとならない

同じ大学院・研究室の先輩や指導教官に紹介して貰ったり、非常勤で週2~3日の仕事自力で見つけて応募することが多い

作者である海野つなみがどこまで知っているか不明だが、みくりは大学院修了後にそうした仕事もつけず、資格取得後も就職先が見つからなかったことになる

ストレート卒業・修了・資格取得をしたとすると、この時点で24である


心理学部・学科卒業人事部企画商品開発を志望すること自体には問題がないが

仕事がない」という理由だけで、より狭き門であるはずの心理職に進む所に見通しの甘さが感じられる

専門職である心理職は、何かの代わりに選んで成れるような進路ではない

(正直、指導教官や周りは大学院進学を止めなかったのか。それと、こんなにふわっとした見通しの甘い人間に、臨床心理士試験面接官はよく合格を出したな)



2.ドラマ描写

ドラマでは1話にて森山みくり(25歳)の経歴が紹介される

2.1インタビューセリフおよび入学式写真

「元は企画商品開発の仕事を探してて でも全滅で」

就職浪人するよりはと思って大学院に進みました」

「甘く見てましたね。まさか文系大学院卒がこんなに就職できないとは」

大学院では心理臨床コース選択卒業後に臨床心理士資格を取得した上で再び就職活動に臨んだ(ナレーター)」

2013年度 青明大学大学院入学式(大学時代写真より)」

2.2履歴書(一部抜粋および組換え)(出典はhttps://twitter.com/i/events/868751617960443908:title=こちから)

【提出先(※推測)】

ニチスイ株式会社(※内容からして食品メーカーだと思われる)

【提出日】

2014年12月15日(※大学院2年(最終学年)の12月に提出したものであると思われる。つまり物語開始より1年前ほどのものになるか)

【生年月日】

1990年9月8日

【住所】

神奈川県横浜市都筑区黒沢5-5-6(※黒沢架空の地名とのこと)

学歴

2006年4月入学2009年3月卒業   県立みなと第一高校

2009年4月入学2013年3月卒業   青明大心理学

2013年4月入学2015年3月卒業見込 青明大学大学院

資格

2009年11月 日本漢字能力検定 2級

2012年6月  実力英語検定2級(※いわゆる英検は、正式名称が「実用英語技能検定であるので誤記可能性がある)

2014年12月 臨床心理資格(取得予定)(※ナレーションでは「臨床心理士」と言っているため、誤記可能性がある)


趣味・特技・サークル部活

趣味カフェ巡りです。特技は整理整頓です。サークルはお散歩サークルに入っていました。


現在行っている卒業研究論文の内容について】

テーマ等:青年期の対人恐怖心性と自己愛傾向について

具体的な内容:上記テーマを「幼少期の両親の養育態度」と「甘え」の観点から分析しています。この研究青年期になっても対人関係コンプレックスを強く持つ者は、幼少期に両親から否定的イメージを受けており、「甘え」という行為が成立していなかった場合に多く見られた。これによって「甘え」の形成は対人関係を育てることが分かったが「甘え」の感覚を得るには両親との幼い時の関係性が重要であることが学びとれた。

あなた長所

真面目なところと思いたったらすぐに行動するところです。

私の長所は真面目な所です。頼まれ仕事はきっちりこなす性格です。短所でもありますが、突拍子もないことを考え、思い切り突っ走ってしまい、びっくりされてしまうことも多いですが、その新しい発想のおかげで上手く運んだこともあったので、長所としてとらえています

学生時代に打ち込んだこと】

心理学研究です。私は人の役に立つことが好きで、人が何を求めているか察知できる人間になりたいと思い、心理学を専攻しました。心理学で学んだことをアルバイトでの接客でも発揮され、お客様が求めていることを先回りして提供することができるようになりました。今後も、会社というチームの一員として自分に何ができるのか、お客様には何を提供できるのか、心理学を生かして察知していきたいです。

【志望理由

私は貴社で、新商品の開発や企画に携わりたいです。貴社はもぐもぐ蕎麦という今までこの世になかった新しい商品で、世界食文化を変えた会社であり、私ももぐもぐ蕎麦のように世界文化インパクトを与えるような商品を開発したいと思っています大学では色彩心理学や希少性の原理などを学び、消費者心理についても研究してきました。大学院まで心理学勉強してきたことを生かして、消費者がついつい買ってしまいたくなるようなアイデア提案したいです。

自己アピール

世界中の、とくに栄養の不足に悩まされている地域の人々に、自分の開発した商品を伝え、健康改善してくことが夢です。栄養不良に悩まされている人は8億人以上いるといわれていて、普及するには手軽さ・価格の安さ・おいしさの3つが必要だと私は考えます。そのまま食べられる、あるいは水やお湯などをかけるだけで簡単に作ることができ、安価ながらもおいしい食材で作られた商品を開発し、世界に広めたいです。

2.3.履歴書から言える事

「青明大舞台」で調べた所によると、ロケ地自体は「日本大学経済学部7号館の前」との情報がみつかった

(逃げるは恥だが役に立つ 逃げ恥 ロケ地情報より)

「青明大学」と同名の大学は勿論ないが、名前の響きからして「青山学院大学」や「明治大学」「明治学院大学」が近いと思われる

いずれも第1種指定大学院である

何となくこういうリア充的な雰囲気学生青学じゃねえのかという偏見がある。というか、青学児童系の心理に強いイメージがある。なんでそんな大学院を選んだんだこいつ。何も考えないで生きてんのか


この場合大学院修了後の2015年12月臨床心理士資格は取得見込みとなる筈である

履歴書には「2014年12月 臨床心理資格(取得予定)」となっているので、資格名もしくは取得時期については現実制度とは違いがある

ナレーション説明とも乖離が起きているので、作成したスタッフ誤記勘違い可能性がある

他の資格について、大学1年生の11月漢検2級を、大学4年の6月英検2級を取得している

2.4.個人的結論

全体的に、こんな薄っぺらいやつ採用試験で落ちて然るべし。もっとちゃんと考えて進路決めなさい

漢検英検くらい高校で取っておけよ。というか、色彩心理研究したというなら、「色彩検定」とか「カラーコーディネーター検定」とか、色彩計の資格を取っておきなさいよ。

商品開発したいなら、日本商品開発士会資格でも取りなさい。合格率も低くないみたいですよ

他国に自社の商品を売り出したいと思うなら、TOEICTOEFLくらい受けておく発想には至らなかったんでしょうかねえ……

履歴書とは関係ないが、人事に行きたいなら産業カウンセラーを取りながら就職活動をしても良かったのでは……

臨床心理コースなので仕方がないが、「青年期の対人恐怖心性と自己愛傾向について」と志望部署の関連が薄い。本気で商品企画・開発したい人の選ぶ心理ではないよねえ

大学院在籍中に、一般商社受けるとかどうなってんだこいつ

青年期の対人恐怖心性と自己愛傾向について」は手垢が付いたような薄い研究なんよ。青年期を対象にした研究室でよくある、質問紙を都内大学生に沢山配ってやるような量産型研究なんですよ。土居健郎の「甘えの構造」とかを理論的支柱にして、適当尺度を組み合わせて因子分析とか重回帰分析掛けるとそれっぽいデータが出るんですよ。そこらの大学卒論発表会レベルのものを、大学院でやってはいかんのですよ。指導教官何やってんの。きっとこれじゃ、修論審査会でボコボコにされますよ、本当に(ry)

2020-08-15

夏の懺悔

終戦の日は、Y君の命日です。

高校時代同級生Y君とは、それほど親しくありませんでした。同級生とは言っても、三年間で同じクラスだったのは一年生の時だけでした。その後は、時折廊下などで会った時に軽く話をし、稀にメールをする程度の仲でした。

Y君は、予備校の友人と二人で海水浴場に行って事故に遭ったそうです。酷く天気の悪い日で、彼らの他に誰も泳いでいなかったと伝え聴いています。それ以上Y君の死の理由は誰も話しません。みな察しがついているからです。

しかし、僕は彼の死の理由と向き合う必要があります。悼むだけでは足りないほどの仕打ちを、僕は彼にしてきました。

Y君と最初に話したのは、高校入学初日です。僕らの高校は、マンモス私立高校で、大概は公立高校受験に失敗した人間が行く学校でした。お世辞にも賢い学校とは言えません。それでも、それなりの生徒を集めて、特進クラスが二クラス編成されます。僕らのクラスはその一つでした。

入学からしばらくは、みな口々にどこの高校に落ちてこの学校に来たのかを話していました。例によってY君も学区一番の難関公立高校に落ちたそうです。最も、僕らの高校の進学クラスの大半は、その高校か、県下トップ公立高校を落ちてきた人間でした。

はじめは出席番号の近い者同士で輪になるものです。彼と僕の出席番号は二番違いでした。ゴールデンウィークに入る頃には友情の再編成が済み、僕らは別々の交友グループに加わって行きました。

から見ていて、グループの中のY君の地位は極めて低かったと記憶しています。彼らのグループはみなテニス部でした。Y君はいつもいじられる役回りを演じていました。自分から話を切り出しても「調子乗るなよ」という言葉を掛けられている様子をよく見かけました。

入学式が終わってすぐに、実力試験を受けさせられます。Y君の試験結果がどうであったか僕は知りません。少なくとも、僕より上ではなかったことは確かです。学年トップ十人は公表され、僕は四位でした。

第一志望でこの高校に進んだ僕は、周囲から奇異の目で見られていました。ただ一人、Y君だけは、周囲と少し違う反応をしていたのでよく覚えています。Y君の同じ中学校で、学区トップ合格間違いなしと言われて落ちた二人を、僕は下しました。そのことをY君は自分のことのように喜んでいました。

「四位なのに、第一志望でこの学校にきたんだね。」

「こういう人も来るくらいの高校なんだから俺も勉強しよう」

その時の僕にはまだ、そんな理由勉強をはじめようと思う理由理解できませんでした。彼にとって高校はどのような意味をもった場なのかと怪訝に思いました。今になって思えば、不本意入学した学校について、明るく思える理由を見つけられた日だったのでしょう。

とは言っても、その後Y君が試験ライバルとなることはありませんでした。二年生からは、進学クラス文系理系とで別れてしまい、一緒になることはありませんでした。英語の授業だけは進学クラスクラス合同で、レベルごとの三グループに別れて開かれていたが、ついに一緒になることはありませんでした。二年間、Y君は成績下位クラスから上がって来ませんでした。

交友グループが完全に別れてからも、僕はたまにY君と話す機会がありました。というのも通学に使う電車の駅が同じだったのです。そうかと言って一緒に通う約束をするような仲でもありませんでした。遭えば多少話をするといった具合でした。Y君はよく話しかけてきましたが、僕から何か話しかけたという記憶はあまりありません。

彼の家はごく近所でしたが彼の家に遊びに行ったことはありません。詳細な場所も知らず、団地の名前で知っているだけでした。僕は中学卒業後にこの街引っ越してきたので、同じ中学校出身というわけでもありません。彼が普段通学路にしていた道が、僕の部屋の窓から見えますしかし、駅との直線距離上に住んでいる人と思っているだけでした。

Y君はテニス部に入部していました。中学から続けていたと聴いていますしかし、同じクラステニス部から伝え聞くかぎり、部の中での実力ははじめから下位だったそうです。Y君は小柄で、先も細く、よく中学生のようだとからかわれていました。

Y君と同じグループテニス部員は、高校二年にあがるまでに部活を辞めてしまいました。部員の層は厚くないものの、後輩にも実力で追い抜かれ、Y君は引退まで団体戦メンバーに入ることはなかったそうです。

とき一年生の頃にY君と同じ班だったM君は強豪のサッカー部員でした。髪を染めピアスをしていたM君は、Y君に対していつも高圧的な態度をとり、掃除当番を押し付けて、誰よりも早く部活練習に行き、後にレギュラーの座を得ていました。少なくともY君はそのような気概を持ち合わせてはいないように見えました。

僕らの通った高校には、進学クラスを中心とした三泊四日の受験勉強合宿がありました。合宿中は山のように課題を出されました。ホテルに着いて早々、会議室に籠ってひたすらに特別授業を聴かされました。それが終われば翌日までに解いてこいとプリントを大量に渡されました。まともに取り組んで解き切れる量ではなく、教師もその事を知った上で出していた節がありました。それでも僕らは、教師の鼻を明かしてやろうと思って夜を徹して問題を解いていました。

Y君は、ちょっと問題を解いては周りに話しかけていました。「どこまで進んだ?」「この問題どう解くの?」と。そして周囲が邪魔そうな顔をすると自虐的に謝った後、「よし、俺も集中する」と宣言して問題に取り組み、三十分と保たずに振り出しに戻るのでした。

高校二年の頃、しばしば僕はY君のクラスでごく親しい友人と受験勉強ノウハウや、進行状況について情報交換をしていました。そこに、部活休みになってY君が加わったことが何度かあります

Y君が、自分勉強について詳細を語ったことはありませんでした。自分より成績の良い人間発言には同意をし、自分と「同等程度以下」と思っている人間発言にはあまり信用していないような素振りをしていました。しかし、前者が後者発言賛同すると、途端に賛同し出す、風見鶏な態度で話に加わっていました。

僕らはみな自分に合わせて勉強スタイルを組み立てていました。Y君には、そのような節はなく、彼の尊敬する誰かの勉強の仕方を真似しているだけでした。正確には、真似している「つもり」なだけでした。

僕がセンター試験模試で九割をマークした時、Y君が英語勉強内容について尋ねてきました。その頃僕は学校で配られた基礎的な問題集で文法問題毎日大量にこなしていました。ケアレスミスを減らしつつ長文問題に十分な時間を確保するためでした。自宅学習英語の長文に充てられるよう、学校での細切れの時間文法勉強していた方が都合よかったのです。

そのような事情は告げず、学校で配られた問題集を解いているとだけ告げると、Y君は基礎的な問題集にずっと取り組んでいました。かなり後になってから知ったことですが、Y君は毎度の模試では長文問題で大量失点を繰り返していました。長文を読む訓練からはじめるべきだったのに、同じ文法問題集に何周も取り組み続けていたのです。その後も彼は模試の度に取り組んでいる問題集を尋ねに来ましたが、僕は同じ問題集だと答え続けていました。

時を同じくして学年上位の人間が「単語力が足りない。」と言ってハイレベル英単語帳に噛りつくと、Y君はそれを無条件に肯定し、同じ単語帳に取り組み出しました。

学年上位の彼女場合、元から基礎的な語彙力・単語力がしっかりあり、それに支えられて文法問題を解きこなし、身に付けた語彙・文法で長文を読み解き、総合的な英語力を身に着けた後に、日々取り組む実践問題の中で単語力の不足を感じていたのでした。Y君は、そのような事情を知る由もありません。

すべての教科の勉強がこのような具合で、Y君の受験勉強は日々、一貫しないものになっていきました。誰かが「基礎をしっかりしないといけない」と言えば同意をし、しばらく基礎的な勉強を繰り返し、また誰かが「基礎ばかりで実践レベル問題が解けない」と言えば、応用問題を解き始めました。Y君は、自分の実力を冷静にみて勉強する習慣がなかったのです。

試験が終わっても模試が終わっても、Y君はいつも「次で挽回する」とだけ言って答案用紙を二つ折りにして閉まってしまい、自分が何を間違えたのか何が不足しているのか反省をしているようには見えませんでした。僕らは答案を見せ合い、点数をひけらかし合い、同時に何を間違えたのかも見られ、ときには馬鹿にされ、それを恥じ、次には同じ過ちをしまいと心に誓ったのです。そして口々、「次の試験では負けない」と言い合うのでした。

Y君は、ただひたすらに成績上位の級友に勉強方法勉強内容を尋ね、それを真似してみるだけでした。あるいは、それで成績の落ちた級友に反省点を尋ねてみるだけでした。自分の頭を使って、自分必要勉強をして成績を上げようという姿勢が見られませんでした。

高校二年の秋頃から、学年トップ十人の常連の内で、制服に細工をするのが流行りました。理科実験から拝借してきた薬品で五円玉や五十円玉を磨き上げ、ブレザーの左胸にある校章の裏に挟むのです。すると鳥をあしらった校章が後光の差したように見えます。上位三人が五円玉を、残り七人が五十円玉をはさみ模試のたびに奪い合うのです。

事情を知らぬ者が見れば、何のこともない遊びです。どんなにかよく言っても「お洒落」程度のことです。何も知らないでY君がそれを真似して校章に五円玉を挟んでいたのを、僕らは影でクスクスと笑いました。自分の手で掴む喜びを知らないで、努力する苦しみを知らないで、努力した者の成果にだけ憧れるY君の態度を、僕らは気づき、そして内心侮蔑眼差しで見ていました。鈍い色の五円玉が、それを象徴しているように思えたのです。

勉強をしたかテストの結果が伴うのだという自信が、僕らの中にありました。また、勉強していないから全国模試で他校の人間に負けるのだと悔しがっていました。進学クラスの同志とともに学内順位一喜一憂するのは全国模試で泣くほど悔しい思いをした腹癒せであり、本懐はみな志望校への合格でした。

正直に言えば、僕は心底彼を見下していました。大した進学校でもない私立高校の成績上位だけを見て、「◯◯君、勉強できるもんね」と言えてしまうY君の姿勢を、僕は内心唾棄すべき存在だと思うようになっていました。

僕は、努力方向性を間違える人間愚か者だと思っていました。そして努力すらしようとしない人間軽蔑していました。他の何もかも投げ打って練習に取り組むわけでもなく実りのない部活動にただ漫然と時間を費やすY君の姿勢は、まさに軽蔑対象でした。「三年の夏に部活引退したら、本格的に受験勉強をする」というY君の弁に至っては、この時点でもう勝負はついていると僕は思いましたが、哀れな奴だと思うことにして黙っていました。

当時進学クラスの上位面々にしても、実際には大した学力は持ち合わせていませんでした。勉強すればするほど募る不安を振り払うべく、ビックマウスで自分鼓舞させ、歯を食いしばって受験勉強に打ち込んでいたのです。

みな手の内を知っているから言い合えた言葉がありました。「普通クラスの連中が努力して行くような大学から日東駒専は滑り止め」「明青立法中はセンター利用入試で一学部学部抑えて、あとは試験慣れ」「本命早慶国公立大学

Y君が目指したのも、早慶文系学部でした。折りに触れ志望学部を聞いた時に「受かったらいいなぁ」という言い方をしていたので、どこまで本気で受験していたのか分かりません。また彼が将来どういう職業に就きたくてその大学を目指したのかも知りません。いずれにしても、当時のY君の実力からすれば、合格絶望的なので記念受験だったと思います

日本で双璧をためす有名私立大学どころか、当時のY君は本気で日東駒専第一志望にして対策を組んで然るべき成績でした。それにも関わらず、十分な対策をしていなかったのでしょう。そのレベル大学を「滑り止め」として受験し、行き場がなく浪人が決まりました。

先にテニス部を辞めたある級友は、有名私立大学合格しました。Y君から学業面で「同等程度以下」と思われていましたが、彼は初めからY君より成績は良く、そして努力甲斐あって志望校合格しました。Y君が、センター利用試験で抑えるつもりだったレベル大学です。

高校卒業式で、Y君は自宅浪人をするつもりだと話していました。図書館勉強している方が集中できるからだと本人は話していました。それを聴いて、受験勉強のやり方を根本から間違えているのだから予備校に通わなければY君は同じ失敗するだろうと、僕は思っていました。

僕も浪人が決まっており、同じ境遇の友人らと、どこの予備校に行くか、予備校が始まるまでどう過ごすか情報交換をしていました。しかし、僕は、彼と同じ予備校に通うのは自分精神衛生に悪いと思い、誘いませんでした。

僕は気心が知れた戦友二人と予備校生活を送りました。定期的に他の予備校に通っている元同級生とも食事に繰り出し、情報交換とリフレッシュをしていました。時には勉強会を開き、時には悪い遊びに繰り出し、予備校生活を満喫しました。僕はY君に対して意図的に声をかけませんでした。

Y君が亡くなった後、彼がどのような浪人生活一年目を送ったのか、聴いて回っても誰も知りませんでした。分かっているのは結果だけです。一年後の再戦にY君は敗れました。彼が受かったのは、日東駒専文系学部一つでした。浪人してそんな大学行けないと、二浪することを決めたそうです。Y君と伴に最後までテニス部にいた普通クラス出身者が、予備校生活の後に地元国立大学教育学部合格したのも少なからず影響があったと思います

Y君の二浪目については、僅かながらに噂が流れていました。僕らが通った予備校とは別の大手予備校に通ったと聴いています。そしてそれはY君の両親の望みだったという話です。しかしそれ以上のことは誰も知りませんでした。

Y君は、限りなく記念受験に近いであろう第一志望の早稲田大学に落ちました。それでも、今度は明青立法レベル大学に手応えを感じていたそうです。高校時代担任教師の元には、今度は大丈夫そうだとメールが来たそうです。滑り止めに受けた日東駒専合格は決まっていました。

しかし受かった手応えを感じていた青山学院大学は、不合格だったそうです。その結果が判明した時、既に日東駒専手続き期日は過ぎていたそうです。二浪して予備校に通い、親に負担を掛けたくない気持ちが働いたのでしょう、Y君は日東駒専入学一時金を払わなかったそうです。

かくしてY君は三浪目が決まりました。その頃のことは、Y君の級友何人かが打ち明けられていました。「一浪二浪までは変換できるけど、三浪って、ケータイ変換できないんだね」Y君からある友人に宛てられた最後メールには、そう書かれていたそうです。

苦しさは後に喜びがあると知っているから耐えられるものです。喜びのために経験する苦しさと、苦しさの後にある喜びとは、価値が全く異なります。失敗の先に成功を掴んだ人間けが成功評価できますしか成功を掴めない人間には、そのような言葉は無力です。苦しさの中でも特に失敗は辛く、とても重ねていられるものではありません。

三浪目の夏、Y君は、予備校の友人と二人で海に行き、事故に遭ったことになっています。酷く天気の悪い日で、盆過ぎの海水浴場には彼らの他に誰もいなかったと伝え聴いています

同行したのが同じ予備校の友人であるのかは分かりません。しかしその新聞を調べてみると、天気予報では、県内は午前曇、午後から雨となっていました。海水浴に出かける天気ではありません。実際の天気を調べてみても、前日から曇り、実際に曇のち雨だったようです。

二人は遊泳禁止柵を超えて、外へ外へと泳いでいったそうです。友人はしばらくして怖くなり引き返し、Y君のことを警察通報したそうです。海上保安庁警察が捜索したものの、Y君が発見されたのはそれから二日後のことでした。

沖に流されて生還した人の体験談を、折りに触れ読んでみました。だんだんと手足の感覚が無くなって行き、全身が重く感じられ、乾きと苦しさと絶望のあまりに、自ら沈もうとしても身体は死を受け入れず、数時間に渡って浮かんでいると言います。その間、Y君は何を思ったのでしょう。

暗く塩辛海の底に引きずり込まれるまでの数時間、海に来たことを後悔するのでしょうか。自らの力の無さを恨むのでしょうか。早くから勉強しなかったことを悔やむのでしょうか。時代を恨むのでしょうか。日本社会を恨むのでしょうか。

人生の遠回りを許さな日本空気に、Y君は命を奪われました、一体誰が仇をとってくれるのでしょうか――僕はそう思うことで、Y君の死は、自分責任ではないと思い込もうとして来ました。そんな綺麗事では済みません。彼を死に追いやったのは僕らです。

彼の学業上の相談に乗らなかったのは、彼が気楽に、好きなことをしていたことに対する妬みです。彼が、僕の思う独善的な「努力」をしないことについて、快く思っていなかったからです。「努力」などと呼んでいいものではありません。自分の味わった苦しみを人も味わえばいいという意識は、酷い嫉妬心に過ぎません。

彼が学業面で悪循環に陥っていると知りながら、僕ら「成績上位者」を誤解していることと知りながら、僕らが手の内を明かさなかったのは不当な仕打ちです。Y君は、級友の受験勉強という、励まされる理由にも自信を持つ理由にもならないものを盲信していました。そして、僕らはそのことの具合の悪さに気づいていながら放置し、影で嘲笑っていました。僕らはY君の話を聞ける関係にあったのに、聞かずに見殺しにしました。

こうまで酷い仕打ちをして、どうして彼の死を受け止めて来られなかったのでしょう。

今なお、僕は「僕ら」でないと責任を背負えない弱い人間です。そんな僕にも毎年夏は訪れますしかし、今に自分一人、罪の念を免れたいがために記憶を上塗りし、忘れ去ってしまうことでしょう。あるいは、もうそれは始まっているのかも知れません。

実家にある、かつての僕の部屋からは、一車線しかない県道が望めます。Y君が三年間、高校に通うために歩いた道です。なんの変哲もなく、田んぼと林に囲まれ田舎風景です。僕が彼から奪ってしまったものの一つです。

今はまだ、入道雲青空に彩られたこ風景に罪の意識を覚えます

2019-12-26

anond:20191226150003

俺が青山学院大学漫研にいった時は逆に何もしらないやつばっかりでうんざりした

なんとなく最近ゲームやってるぐらいで漫画アニメ全然知らんしこだわりもなし

からそんなとこいても知識世界コネクションもひろがりゃしないというね

なんらかの「基礎教養」を求めてくるぐらいの空気のほうが何ぼかええわ

2019-11-01

anond:20191101175910

なんで、青山学院大学ってアタマ良さそうに見えるんだろうね・・・

それが不思議

2018-12-22

南青山の件で正月箱根駅伝青山学院大学

謂れのない罵声を浴びることになるんだろうな

ただでさいアンチ勢の多いチームなのに

2018-10-21

システムアーキテクト2018/10/21@青山学院大学

FEAPPMSTSCSMAUときて、SAに来ました。

SAって一般常識的な感じで何勉強すべきかわかりませんでした。。過去問と関連調査くらいです。

■午前2

イウエエイ アアエウア エイエイ ウウウイエ ウエアイイ

  多分合ってる:1,2,5,6,7,9,10,11,17,29,20,22,25

  疑わしい  :3,4,8,12,13,14,15,21,23

  テキトー  :16,18,24

  ---------

  過去問少なくない?知るかよって問題が多すぎる。

■午後1

<大問1>

設問1(1)受講者に向け5週間前に案内メール送信する運用。(3/20内示で4月上旬実施から。)

   (2)人材開発部で受講者と登録したタイミングで案内メール送信する。(これは想像で書くところ。)

   (3)   受講者:所属が変更となる受講者

     タイミング:月の2日,3日から始まる講座。(名簿など作ったタイミングと、月初から所属が変わるからと考えたが…これは間違ってそう。)

設問2(1)人事異動対応できるように社員基本情報所属複数登録できるようにする。(なんかこれも間違ってそう。)

   (2)a:専門分野、b:レベル、c:取得資格、d:資格

   (3)資格名は受領データにないので登録時に設定できるようにする。

設問3: 機能:講座一覧の照会機能(間違ってそう。この機能は有ると思うけど、ぴったりな表現は見当たらなかった。)

    不具合:照会日付での最新情報判別できず正しく表示できない。(主キーじゃないとNULLが入るうると…と考えました。間違ってそう。)

  1-(3)と3がやばい。この問題で4割~5割かも。

<大問2>

設問1:文書登録後、公開前に承認必要とする機能

設問2:開示請求件数の約半数が年度初めの4月、5月に集中するという特性

設問3(1)利用者登録していない個人法人から開示請求する際に、手数料など追加項目を設定するため(いい感じに思ったが、ちょっと飛躍しすぎかも。)

   (2)職員認証システムとのデータ連携が月1頻度に抑えられるため

設問4(1)現行同様、必要に応じ情報提供先に電話で連絡できること

   (2)場所時間制限がなく即時に文書を取得できること(手作業の手間を低減したい、も書きたかったが文字数足らず。)

   (3)事業者の開示請求が多く、メールアドレスより法人電話番号の方が登録やすいため。

■午後2

設問2(PKGと要件ギャップ対策案)を選択過去問にほぼ同じがあり考えたことがあったので。

骨子だけ記載しておく。

1.対象業務システム概要、PKG選定の理由

1-1.対象業務システム概要

1-2.PKG選定の理由

  顧客システム10年動いていて、文書腐ってたり保守コスト運用コスト挙がっているのがPKG導入の背景。

2.PKGと顧客希望機能ギャップとそれに対し検討した解決

2-1.実施したFit&Gap分析

  顧客現行システム機能一覧と、自社PKGの機能一覧を紐づけて整理。それを複数回のデモ確認した。

2-2.分析の結果検知したPKGと顧客希望機能とのギャップ

  以下の3つのギャップが発生した。

   ①PKGのにはAAA機能がなかった。まあどうでもいいトラブル対応用の機能

   ②PKGのにはBBB機能がなかった。これは企業競争力寄与する業務機能

   ③PKGのにはCCC機能がなかった。これも重要だがPKGの追加開発はコストが大きく厳しい。

2-3.ギャップに対して検討した解決

   ①別機能を組み合わせて代替としてもらうよう依頼。マニュアル作って補足。

   ②業務インパクトを鑑みて、追加開発する。

   ③自社追加開発のコストを整理して高いとアピールし、接続する他方システムで改修してもらうように打診。

3.ギャップ解決策と評価

3-1.ギャップ①の解決策と評価

   大変良いと評価した。安易な追加開発に進めずよかった。デモでその認識相違も埋めてよかった。

3-2.ギャップ②の解決策と評価

   業務インパクト分析したのがよかった。

   契約書の追加記載などで避けられたかもしれないので、その可能性も比較すべきだったのが✕。

3-3.ギャップ③の解決策と評価

   情報整理してすすめたことは大変よかった。

   ちょっと強引で顧客や他システム側に嫌われたかも。もっと早めに気づいて展開できればよかった。

  午後1がOKなら、この論文は受かると思う。

以上

2018-04-21

偏差値で人を判断してはならない

http://b.hatena.ne.jp/entry/362680318/comment/TM2501

TM2501 この手のアホな女って大体青学だよな

橋本綾乃さん青山学院大学総合文化政策学部62.5
青二才さん立正大学経済学部45.0

青学にも素晴らしい女性はたくさんいるし、立正大学にも素晴らしい男性はたくさんいる

2016-06-23

http://anond.hatelabo.jp/20160622100232

総務省 情報通信政策研究所本体はどういった人がいるかからないけど、委嘱している研究員の顔ぶれはこんな感じ。

http://www.soumu.go.jp/iicp/chousakenkyu/advisors.html

平成27年度 情報通信政策研究所 特別研究員五十音順平成281月29日現在)
●特別上級研究員法学系】

青木 淳一(慶應義塾大学法学部准教授)
専門:行政法政府規制産業法
石井 夏生利(筑波大学大学院図書館情報メディア研究科准教授)
専門:プライバシー権個人情報保護法情報佐々木 秀智(明治大学法学部教授)
専門:英米法情報メディア法
新保 史生慶應義塾大学総合政策学部教授)
専門:憲法情報法
杉原 周治(愛知県立大学外国語学部准教授)
専門:憲法ドイツ法、メディア曽我部 真裕(京都大学大学院法学研究科教授)
専門:憲法メディア寺田 麻佑(国際基督教大学教養学部准教授)
専門:行政法情報通信法
東條 吉純(立教大学法学部教授)
専門:経済法
西土 彰一郎(成城大学法学部教授)
専門:憲法マスメディア西村 暢史(中央大学法学部准教授)
専門:競争法、競争政策
林 秀弥(名古屋大学大学院法学研究科教授)
専門:経済法、独占禁止法競争政策
平野 晋(中央大学総合政策学部教授)
専門:不法行為法、契約法、アメリカ法
若林 亜理砂(駒澤大学大学院法曹養成研究科教授)
専門:経済法
【経済系】

依田 高典(京都大学大学院経済学研究科教授)
専門: 応用経済学
春日 教測(甲南大学経済学部教授)
専門:産業組織論経済政策
高口 鉄平静岡大学大学院情報学研究科准教授)
専門:情報通信経済学産業分析
佐々木 勉(ポリシーリサーチユニット株式会社主任研究員)
専門:情報通信経済学
宍倉 学(長崎大学経済学部准教授)
専門:公共経済学産業組織論
実積 寿也(九州大学大学院経済学研究教授)
専門:通信経済学公共経済学産業政策竹村 敏彦(佐賀大学経済学部准教授)
専門:応用経済学
田中 辰雄(慶應義塾大学経済学部准教授)
専門:情報通信産業実証分析
手塚 広一郎(日本大学経済学部教授)
専門:産業組織論、公益事業論、交通経済学
徳原 悟(拓殖大学国際学部教授)
専門:開発経済学
中村 彰宏(横浜市立大学学術院人文社会科学系列教授)
専門:産業組織論計量経済学
森脇 祥太大阪市立大学大学院経済学研究科教授)
専門:ミクロ計量経済学
【人文・学際系】

秋吉 美都(専修大学人間科学部教授)
専門:情報行動のミクロデータ分析社会統計
内山 隆(青山学院大学総合文化政策学部教授)
専門:メディアエンターテイメント経営戦略経済政策
岡田 仁志(国立情報学研究所准教授)
専門:電子商取引論、電子通貨論、地域情報政策北村 智(東京経済大学コミュニケーション学部准教授)
専門:メディアコミュニケーション論、情報行動論
小泉 力一(尚美学園大学芸術情報学教授)
専門:教育工学情報教育
小舘 亮之(津田塾大学学芸学部教授)
専門:メディア情報サービスマルチメディア情報通信工学
土屋 大洋慶應義塾大学大学院政策メディア研究科教授)
専門:国際関係論、情報社会論、公共政策論
橋元 良明(東京大学大学院情報学環教授)
専門:コミュニケーション論、社会心理学特別主任研究員法学系】

生貝 直人(東京大学大学院情報学環特任講師)
専門:情報政策知財プライバシー表現規制等)
早川 雄一郎(京都大学大学院法学研究科特定助教)
専門:経済法、競争政策経済系】

橋本 悟(帝京大学経済学部専任講師)
専門:公益事業、公共経済学ミクロ経済学産業組織論
山本 渉(電気通信大学情報理工学部講師)
専門:応用統計学
【人文・学際系】

河井 大介(東京大学大学院情報学環助教)
専門:情報行動論
齋藤 長行(お茶の水女子大学非常勤講師)
専門:メディア政策行動経済学教育工学
吉見 憲二(佛教大学社会学部現代社会学科講師)
専門:情報コミュニケーション情報通信経済学特別フェロー

工藤 郁子(慶應義塾大学SFC研究所上席所員)
専門:情報田中 康裕(専修大学社会知性開発研究センター客員研究員)
専門:国際情報通信学、社会情報学
堀川 裕介(東京大学大学院学際情報学府博士課程)
専門:社会情報学メディア利用と心理

2016-03-27

東京工業大学←頭が悪そうな大学名だな

​先日、友人と2人で合コンに行ってきた。

ぼくは、青山学院大学に通っていて、友人は東京工業大学に通っている。

合コンの序盤で、女性から「どこ大ですか?」とストレート質問が来た。

ぼくは、学歴無頓着なほうだけど、合コンでは、良い印象を抱かせたい。

もし、友達日大だったら、「まあ、オレは青学だけどな(ドヤ顔)」と差別化できるのに、今回の友人は東工大だ。負けた…orz

 女性 「どこ大ですか?」

 友人 「東京工業大学っていう大学なんですが、聞いたことあります?」

 女性 「あー、なんか聞いたことあるような気がします(首をかしげながら頷く)」

 女性 「てか、ワタシのお兄ちゃんも工業高校でてますよ」

今まで、気にしたことなかったけど、東京工業大学って頭の悪そうな名前だな。なんだかニヤニヤしてきた。

友人は、東工大の知名度の低さに慣れてるのか笑顔スルー

 友人 「文系学部がないからいまいち知名度がないんだよね。女の子も少ないし笑」

 女性 「へー(工業大とか頭悪そうだからスルーしとこ)ぼく君は?」

 ぼく 「オレは青山学院です」

 女性 「うわースゴイ!! めっちゃ頭いいですねー!!!(会場が盛り上がる)」

 ぼく 「そんなことないですよ笑(勝利宣言)」

 ぼく 「まあ、でも、彼、国立大ですからね。彼も頭が良いですよ(上から目線)」

 女性 「え、国立大なんですか…!?

…まあ、こんな感じで、ぼくは、あの瞬間、東工大に勝った。嬉しかったです。

東工大を知らない女性モテても仕方ない」とか、とりあえず、どうでも良い。

東工大相手だと、勝ち目がないぁ…」と弱気になっていたのに、勝ったのが嬉しかったです。

(ちなみに、ぼくも友達合コンでの収穫はなく、再挑戦を誓い合って解散しました…笑)

2015-03-05

はてなで有名なのはかの有名な青二才名物

http://tm2501.hatenablog.com/entry/2015/03/03/212023

MARCHで有名なのはかの有名な青山学院大学名物!

相模原トラップ」だ!

これは「都会に憧れて青学に進学して大学デビューを目論む新大学生達を地理的アクセスも悪く、

住宅ゴルフ場以外何もない相模原で2年間授業を受けさせ、そこで進級できないと憧れの渋谷デビューをさせない」

という拷問のような恐ろしい刑罰だ!

…ちなみに、この相模原トラップの有名な犠牲者には藤田晋というサイバーエージェント社長さんがいる。

だが、この青学名物の「相模原トラップ」は最近ではなくなったらしい。


2000年 サイバーエージェントマザーズ上場藤田社長26歳)

2003年 青山学院相模原キャンパス開設

2004年 サイバーエージェントアメーバブログアメブロサービス開始

2015-01-03

母校が優勝した!

と書いてみたかっただけです、

すいませんでした。

青山学院大学の皆さんおめでとうございます

2014-04-21

すべての学歴厨が直視できない現実

文系

政治----

小泉純一郎 慶應義塾大学経済学部卒業

安倍晋三 成蹊大学法学部卒業 南カリフォルニア大学政治学中退

橋下徹  早稲田大学政治経済学部

石原慎太郎 一橋大学法学部

舛添要一 東京大学法学部政治学科

野田佳彦  早稲田大学政治経済学部政治学科

麻生太郎  学習院大学政経学部

経営----

三木谷浩史 一橋大学商学部 ハーバード大学経営大学院楽天

堀江貴文 東京大学文学部中退ライブドア

内藤裕紀 京都大学経済学部ドリコム

南場智子 津田塾大学卒業 ハーバード大学大学院修了(DeNA)

田中 良和 日本大学法学部政治経済学卒業GREE)

藤田晋 青山学院大学経営学部サイバーエージェント

渡辺美樹 明治大学商学部ワタミ

柳井正 早稲田大学政治経済学部ユニクロ

佐藤航陽 早稲田大学法学部メタップス)

理系

政治----

鳩山 由紀夫  東京大学工学部計数工学卒業 スタンフォード大学大学院修了

菅直人 東京工業大学理学部応用物理学

マック赤坂 京都大学農学部

経営----

川上量生(かわんご) 京都大学工学部卒業ニコニコ動画

近藤 淳也 京都大学理学部卒業はてな

猪子寿之 東京大学工学部計数工学卒業チームラボ

本田謙 上智大学 (FreakOut)

2013-03-18

はてぶ工作? 働くって楽しいぜ! enjoy-work

はてなブックマークトップに出てるこのブログが工作っぽい

将来、社会にでる学生へ!働く準備、就活の準備はできていますか? | 働くって楽しいぜ!

http://enjoy-work.raindrop.jp/archives/454

http://b.hatena.ne.jp/entry/enjoy-work.raindrop.jp/archives/454

はてぶ 7 users うち確認できるのはコメントが乗ってる二人

はてぶトップに載った後、今現在削除中?

syunsyun0229 なるほどですね就活の準備を楽しく聞けるのはおもしろいですね。 2013/03/18

chakao88 働くを意識し始めた僕にとって、まじでためになりそうなイベントビビっと! 2013/03/18

どちらもブックマークはこの1件だけ

参加費:社会人12800円 学生9800円

ブロガー情報

ハンドルネーム:SaaKun

メールアドレス:saakun.andoh@gmail.com

[経歴]

2009年:青山学院大学 経営学部 卒業

2009年:IT系企業入社 ITコンサルタントとして働く

ここまで書いて更新したらはてブがまた減った

ほんとこういうのやめてほしい。

追記

更新してなかったブラウザキャッシュ

http://i.imgur.com/7K6uULS.png

追記2

コメントの二人のアカウントでググったら ツイッターがでてきた

片方はブログを紹介してるから友達なのかもしれませんね

同時に二人とも消したの(プライベートかも)は謎ですが

最近、はてぶ工作が露骨に増えてきたんでこれからは見つけたら晒していこうかなーと思ってます

2013-03-04

センチメンタルな週末

最近引っ越しをした。

引っ越しの先日に自転車が撤去されてて

引っ越し時に自転車を運んで行くことが出来ず今回の話につながる。

コンビニ自転車で行って、歩いて帰ってきてしまったようだ。

生憎、アホかという突っ込みは受け付けていない。

金曜日

金曜日荒川区に住む友達と連絡をしてて荒川区で飲もうという話をした。

彼は会社の人と飲んでいて、俺は先に仕事が終わったので先に

現地についてラーメンを食べていた。が、中々連絡がこない。

ラーメン食べているとき自転車撤去されていたことを思い出して、

友達の家に泊まって、朝自転車を回収して帰ろうってことを考えた。

終電間際になっても彼から連絡はこなくて、結局ラーメンだけ食べて終電で帰ることにした。

代々木公園まで行って、そこから歩いて帰宅

東海大とか東大の脇とか通った。戸建てのフレッシュネスバーガーがやたら雰囲気がある。

夜中に知らない景色を見て帰るのは嫌いじゃない。

土曜日

朝方友達から連絡がきて、荒川区まで電車できてしまたかどうかとか心配された。

ラーメンだけ食べて帰ったよという旨を伝えたらものすごく謝られた。(そりゃそうか。)

朝まで飲んでいたみたいで、連絡も出来なかったそうな。

まぁこの辺に関しては普段失礼なことをするような奴ではないので、あまり気にしていなかった。

そう、自転車のことを思い出したので、取りに行って自転車で帰ってこようという

一般的にはアホと思われるような思いつきをしてしまったのだ。

でもそんなことは気にしない。普段使わない銀座線とか南北線とかを無意味に乗り継いだ。

昼には大塚プロントに行って村上春樹の本を少し読んだ。

ビートルズが流れていてとてもいい選曲だった。

おばちゃんたちで席が埋まっていて、普段もこんな感じなんだろう。

隣に座ってきた女の子がソワソワしていた。何を考えていたんだろう。

常磐線三河島駅についた。

撤去自転車の保管所に行って、5000円を払った。

しばらく忘れていた記憶を取り戻したような気がした。

正直、今から始まる自転車の旅に年甲斐もなくわくわくしていた。

GoogleMapを起動。途中で景色も撮りながら帰ろう。音楽もかけて。

今までスポットで行ったことがある場所自転車で通るのは不思議感覚だった。

点が線で結ばれるような。記憶を辿るような。

道は繋がっているんだなぁと。東京って狭いなぁと。

スポットを挙げていく。

日暮里駅

鴬谷駅

ラブホがたくさんある。

上野公園

湖を写真に撮った。

湯島

湯島天神を撮った。

後楽園

東京ドームシティ

風が強くて女子高生スカートを押さえている。

飯田橋

この辺りから中央線から見える景色なんだろうな。

川沿いを走りながら市ヶ谷

理科大とか法政とかあった。

どこも一度は見たことある景色だなぁ。

四ッ谷

若い女の警官ここでイヤホンをしていることに初めて注意された。

今まで警官には何度もすれ違ったけど。

すげー低姿勢の人だった。

赤坂とか行く途中で学習院中等部

警官が並んでいる。宮内庁か。

権田原。お、もうすぐ神宮球場じゃね?

外苑フットサル場。よく行ったね。

知ってる景色だけどこっから表参道って近いんだね。

表参道交差点

左曲がるとギャルソンとかツモリとかある方。

右に曲がると表参道で、原宿駅の方か。こう繋がってるんだね。。。

で、まっすぐいくと宮益坂なのね。ほんと道は繋がっているんだなぁと思い知らされる。

青山学院大学

国連大学でなんか催し物してた。

お、宮益坂

あれ、これ渋谷のどこあがるとここなんだっけ。

あ、ビックカメラの方か。なるほど…。ヒカリエの方まで下る。

スクランブルは避けて、王将の脇の道を進む。

パルコとか西武とかの、人があり得ないほど密集してる空間自転車で通り、

センター街を爆走。しばらく進む。

あれ…?





この景色日見た気がする。笑


そう、気づいたら昨日の代々木公園東大のコースにいた。

フレッシュネスバーガーは昨日と変わらずお洒落である

非常に不思議感覚だった。

自転車という、新しい感覚で新居に着いた。

日曜日自転車を駆使して三軒茶屋とか探検したんだけど、これはいいか。


大学社会人を通して色んな場所に行ったけど、

まさかママチャリで都内をフルコース探索する日がくるとは思っていなかった。

何はともあれ、センチメンタルな週末だった。

こういう週末もいいもんだ。

2010-03-22

やわらか銀行朝鮮の関わり

ttp://chiraurasouko.blogspot.com/2010/03/blog-post_8729.html

ソフトバンクグループ 2009年新卒採用 営業・企画職/エンジニア職 1230名

経営基幹職 42名

 営業・企画系 30名

  朝鮮大学校 9名 東京大学 6名 ソウル大学校 3名 京都大学 九州大学 高麗大学校 延世大学校 2名

  一橋大学 慶応義塾大学 東北大学 梨花女子大学校 1名

 エンジニア系 12名

  朝鮮大学校 3名 東京大学 ソウル大学校 2名 東京工業大学 九州大学 九州工業大学 高麗大学校 浦項工科大学校 1名

総合職 1188名

 営業・企画系 783名

  日本大学 39名 東海大学 20名 近畿大学 18名 法政大学 17名 明治大学 東京経済大学 15名 関西大学 大阪経済大学 愛知大学 専修大学 12名

  早稲田大学 立命館大学 広島修道大学 東北学院大学 東洋大学 9名 同志社大学 青山学院大学 南山大学 福岡大学 京都産業大学 龍谷大学 札幌学院大学 7名

  他198校517名

 エンジニア系 505名

  日本大学 20名 芝浦工業大学 18名 東海大学 17名 工学院大学 16名 近畿大学 大阪工業大学 15名 法政大学 武蔵工業大学 東京電機大学 福岡大学 12名

  東京理科大学 千葉工業大学 愛知工業大学 10名 中央大学 東洋大学 摂南大学 広島工業大学 金沢工業大学 8名

  他78校286

2010-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20100203131619

蓮舫議員日本国籍を選択しただけでなく、日本の一級大学を出ており、

東大出てるのかと思ったら、Wikipedia によれば青山学院大学らしい。

一級大学定義はなんなのだろうか?

個人的な感覚だと、日本の一級大学といえば東大京大であろう。

2009-06-21

千葉県レイプゲーム

男女問わず、千葉県民とあればレイプしまくるゲーム流行ったとしたら、千葉県民はどう感じるだろうか。

男女問わず、青山学院大学学生とあればレイプしまくるゲーム流行ったとしたら、青山学院大学学生はどう感じるだろうか。

こういうのは言葉で書いてもなかなか想像しづらいだろうから、実際に誰か作って実験してみて欲しい。

2008-12-01

俺の考える典型的リア充

年齢:21

大学青山学院大学

専攻:経済

サークルテニス||フットサル||ラクロス

バイトカフェスタバドトールにあらず)

趣味海外サッカー観戦・スノボーフットサルダーツゲームウイイレのみ)

音楽:俺なんかは名前も知らない洋楽。Jpopはあまり聞かないが、ミスチルバンプは聞く。

   高校の時にアコギを練習していて、そこそこ演奏できる。

彼女:もちろん有り。中学のときから数えて3人目。

週末:彼女デート雑貨古着屋を巡る。

テレビ:普段は友達と外に遊びに出ているためあまり見ない。ラストフレンズなどたまにドラマを見る。

映画時計じかけのオレンジゴットファーザーファイトクラブ

家族:父は誰でも知っている一流企業部長・母は専業主婦・姉は地方公務員で市役所に勤めている。

ファッション:前はそこそこ頑張ってドメブラの服を買っていたが、今は頑張りすぎないスタイル

       ファッションを楽しんでいる。主に古着を買っている。

告白:以前のバイト先では3人に告白されたが、すでに彼女がいたため断った。その後、人間関係に疲れて

   今のバイト先に移る。今までに通算、11人に告白されている。たまに逆ナンされることも。

パソコンパソコンには疎い。たまにmixiをやる程度。だけどmixi日記は書かないことにしている。

     就職のことも考えてシスアドMOUS取得のために現在勉強中。

課外活動:長期休みにはボランティアにも精を出す。イベントスタッフ老人ホームでの手伝い

     子供とのふれあい。そこで出会った仲間たちと深い付き合いになることも多い。

2008-11-01

日本は侵略国家であったのか」を読む つづき

前回↓が途中で切れたため、その段落から改めてつづきを貼ります。

http://anond.hatelabo.jp/20081101232814

 さて日本中国大陸朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争突入し3 百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では、日本戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカコミンテルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局(NSA)のホームページに載っている。膨大な文書であるが、月刊正論平成18年5月号に青山学院大学福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナファイルとは、コミンテルンアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。アメリカ1940年から1948年までの8年間これをモニターしていた。当時ソ連は1回限りの暗号書を使用していたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、日米戦争最中である1943 年から解読作業を開始した。そしてなんと37年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980年に至って解読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了し1995年に機密が解除され一般に公開されることになった。これによれば1933年に生まれたアメリカフランクリン・ルーズベルト政権の中には3百人のコミンテルンスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2の財務次官ハリーホワイトであった。ハリーホワイト日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。彼はルーズベルト大統領親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルト共産主義の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリーホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機100機からなるフライイングタイガース派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ1ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカ日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。

 「ホームページに載っている」と、また典拠をあいまいになさっていますね。アクセス日時を明記して、該当のURLを示すことも論文ルールとして確立しています。典拠となる論文の題名も該当ページも省略されていますが明記するのが普通です。先行研究の要約と著者の意見の区別がつかないのも問題です。先行研究の要約にオリジナリティはありません。先行研究について論じたいのであれば別でしょうが、先行研究を手がかりに、何かを主張したいのであれば、引用でも注でも根拠となる史料(この場合は「機密資料」)の該当部分を明記するのが論文ルールです。ちなみに孫引きは基本的にしてはいけません。原典にあたらずに引用元の編集が正確であるとは言えないからです。つまり、読む側からすると、根拠が示されていないがために、その主張を認めることはできません(学問ルールにおいては、主張する側に立証責任があります)。

 ルーズベルト戦争をしないという公約大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本ルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。日本アメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれない。しかし一時的に戦争を避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、アメリカから第2,第3の要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。結果として現在に生きる私たちは白人国家植民地である日本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車洗濯機パソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類歴史の中で支配、被支配の関係戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

 繰り返しますが、根拠のない推測は論文の中では無価値です。さて、戦った結果、無条件降伏して占領(=支配)されました。その後、戦争をせずとも、サンフランシスコ講和条約を結んで独立できましたし、奄美諸島小笠原諸島沖縄も返還されました。

 さて大東亜戦争の後、多くのアジアアフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たちは日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英霊に対し感謝しなければならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊かな生活を営むことが出来るのだ。

 しつこく繰り返しますが、風が吹けば桶屋が儲かる式の主張に説得力はありません。「国家間の問題も話し合いによって解決」とのことですが、イラク戦争グルジア戦争は話し合いではありません。「百年、2百年」の根拠も示されていません。「人種平等」を推進した国際連合を結成したのは、勝った「強者」の国々でした。

 一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争などしなくても今日平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。しかし人類歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。日米安保条約に基づきアメリカ日本首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返

ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は60年以上不法に占拠されたままである。竹島韓国の実行支配が続いている。

 また、「・・・・・・という人」、さらに「・・・・・・と思っているのであろう」ですが、藁人形を叩いても論文に説得力は生まれません。論文で心情の吐露をしても説得力は増しません。私の立場を表明しておきますが、人の生を無益だとする考え方には賛同しないことと、批判的検討を行うことは両立すると考えています。

 東京裁判はあの戦争責任を全て日本押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロール戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本アメリカ化が加速する。日本経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法アメリカシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。日本国民は20年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきっているような関係改善の必要があると思っている。

繰り返しますが、論文における藁人形叩きに意味はありません。

 自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。諸外国では、ごく普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いことも知っておかなければならない。日本軍軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。

 国を主語にしたのですから、そのように表明している公式見解くらい示してください。個々の語りについても、他者が参照できる形で提示されないものは論拠になりません。最後まで「侵略」の定義がなされないままでしたね。

戦時中アジア諸国と日本との関わりについては以下の諸論文を参照。

吉川利治「タイ国ブーン政権太平洋戦争」『東南アジア研究』19(4)、1982年、363-387ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/56071/1/KJ00000133800.pdf

大野徹「ビルマ国軍史(その2)」『東南アジア研究』8(3)、1970、347-377ページ。http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/55632/1/KJ00000134014.pdf

中里成章「日本軍の南方作戦とインド」『東洋文化研究所紀要東京大学)』151、2007年、149-217ページ。http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/5716/1/ioc151004.pdf

黒田展之・小林裕一郎「シンガポール華僑粛清事件裁判記録(1)」『法と政治関西学院大学)』49(2/3)、1998年、327-337ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0001061933

同「シンガポール華僑粛清事件裁判記録(2・完)」『法と政治関西学院大学)』49(4)、1998年、575-614ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0000592111

谷川榮彦「太平洋戦争東南アジア民族独立運動」『法政研究九州大学)』53(3)、1987年、361-398ページ。http://ci.nii.ac.jp/cinii/servlet/CiNiiLog_Navi?name=nels&type=pdf&lang=jp&id=ART0008279870

 日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在先進国の中でも暴行殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。

事実を丹念に」見せるのが実証的研究です。この「論文」はそうではありません。

「嘘やねつ造は全く必要がない」心の底から同意します。

以上、お目汚し失礼しました。もっと勉強しなければ……

(追記)日本新聞記事へのリンクを貼り忘れていたので追加します。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081031-00000123-jij-soci

http://www.asahi.com/politics/update/1031/TKY200810310298.html

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008110102000087.html

(再追記)論文の題名に誤りがあったので訂正しました。田母神様、申し訳ありませんでした。

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