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はてなキーワード: 情報化社会とは

2018-06-15

HINOMARUの件をみててくつくつと笑っている

RAD右翼っぽい歌を作ったら手のひらを返すようにもう聴かないとかいう人。

君の名は。はそんな感じだったよねと勝ち馬ノリ

・例の団体の人が抗議デモ計画していると後から聞いて大慌て

(実はかなり最初からあのTweettwitterでは話題になってたけど、はてなの人全然気づかないもんな~(笑)俺は最初の頃のブコメみながら笑ってたよww

RAD謝罪する→謝罪ダサい上から目線蔑視→ところがファンに謝っただけで、実は批判している人は無視している。けどその文脈全然きづいてない。

・曲の歌詞ダサいダサい馬鹿みたいに連呼意味ねぇ~。

ロック意味反体制から反体制に変わってしまたことに大慌て。

音楽には政治を持ち込んでいいんでぇぇぇぇす!!!!!

左派で有名なバンドの人は「今までの自分の曲も歌詞も何も読まずに言及する人が多すぎてうんざりしてる。ノーコメント。言いたいことあるならてめぇで言えよ」と宣言自分でいいましょうねー。よちよち。

RADはこれから大変だろうなぁ~、とかい意味不明かつ根拠レス発言(何が大変なの?ニヤニヤ


いやーまとめサイトに口汚いリベラルフェミ発言がまとめられるようになってしばらく経つけど、ついに効果出てきたって感じ。

はっきり言うけど、はてな左派情弱かつ、デマに踊らされるようになってるわwwwwww


情報化社会を楽しんで行ってねぇ~

2018-06-06

ゴルフというスポーツ昭和世代にウケたのは

物理的に広大なスペースを長時間支配するというコンセプトがあの世代の感性マッチたからだと思う。

車もそうだが、情報化以前の娯楽はある意味前近代的なところがあって、物理的な空間の踏破と密接な関係がある。

それは同時に社会的ステータスとも少なからリンクしていた。

逆に今の若者ゴルフがウケないのは、もちろん経済的制約も無視できないが、根本的に上記感性との相性が悪いという点があると思う。

情報化社会に生まれ人間にとって、物理距離支配が持つ意味相対的に薄れる。

同時に高速通信恩恵を受けることによって、短時間に大量の娯楽を消費できるようになった。(実際にコンテンツはそういう方向に進化してきている。)

そういう状況下においては、娯楽というもの性質根本的に変わってくる。

本当は、情報化インターネットというのは物理距離時間の踏破が飛躍的進化を遂げた1つの形だが、その断絶があまりに大きすぎるがゆえに、感性の部分で世代的断絶が生まれているのが現代社会の歪な姿だろう。

要約すると週末ゴルフはクソ

2018-06-05

30ノリアネスB4のスパゲッティ

情報化社会キッズYouTuberたちは信じてくれる…そんなの常識じゃん?

アナログ時代パスタルビーしかないといっても過言ではなかった、ということ。

家庭のみ存在する可能性があるだけでなく、配給もデニーズナポリタンミート情報源しか無かった、実例もたくさんある。

当然そうなんですけども、「パスタ5倍類」という呼称デフォルトではなく、ましてミート情報源を「ラグー」と呼ばれるのをアクティブリスニングした実態がないといっても過言ではなかった。そう、iPhoneならね。

弊社の父その他大勢、未だに赤くないパスタゲテモノだとロジカルシンキングしTEL(笑)

おそらく赤くない、つまり成長がないパスタブルジョアジー権をインプットしたのはイタリアンブーム(作られたブーム)が来たときのような気がする。

イタリア語食べ物ティラミスとかパンナコッタとか流行った学生時代。これメモっといた方がいいよ。

経験者を、吸収、合併、買収したカルボナーラ需要を示した。

そのカルボナーラは、情報化社会マクロ的な観点から俯瞰すれば我が国スタイルの別物でビジネスチャンスはあるが、パスタ乳製品と読み取れるミームシナジーだった。

パスタのみ存在する可能性があるだけではない、『デキる人』はみんなそうしてる。

パスタのみでは乗るしかない、このビッグウェーブに

ピッツァセンサスピッツァ(圧倒的感謝)。

サラミタマネギとポワヴロンが必ず乗ったベーグル生地米国式で、タバスコをかけて”食べる化”する媒体だった。

マルゲリータ類いまだ納期ではなかった。

バジルユイエクストラヴァージンオリーブオイルデフォルトではないというより、あえてしなかった。

2018-05-25

情報化社会で生き抜いていくために

2018/05/25

はてなブログでこんな記事を見つけた。

http://yuhka-uno.hatenablog.com/entry/2018/05/24/103813

「宇野ゆうかの忘備録:ほとんどの女性が性犯罪被害者であることを知った男性に、気をつけてほしいこと」

これを見て、とてもショックだった。

これほどの女性が被害を受けていることをこれまで知らなかったし、

僕は上の記事で触れられている典型的な「声を上げがち」な人間だったからだ。

実際に大きな行動を起こすまでは無かったものの、

女性の味方にとして振る舞いたくなってしまうような人間であるからだ。*1

この日記の本題は、「未成年の時に性犯罪被害にあった女性の割合はどの集団での8割か」

ということである。

まず以下の内容が、男性である僕にとって、この驚くべき事実を認めたく無いがための議論のすり替えでは無いことを述べておく。

むしろ逆にこれから性犯罪被害に関心を持ち、女性の声に耳を傾けるべきという意見を真摯に受け止めなければならない。

さて、僕が考えたいのは記事中の(りょうたっち@ryoutacchi3)のTwitterによるアンケート結果を

そのまま信じて良いのかということである。

約18万人に及ぶ投票の結果、未成年の時に痴漢・性的いやがらせ・セクハラ等をを受けたことが

ある 64%

ない 14%

結果閲覧用 23%

となっている。この結果から閲覧用18%を覗いた64/(64+14)=82%という数字が記事で使用されている8割という数字である。

この結果は一見、大量のアンケートを集計した結果、実に世の中の82%もの女性が被害者を受けた経験があるという印象を与える。

しかし、このような統計調査を解釈する際に気をつけなければいけないのが”標本数”と’’標本の抽出方法”である。

”標本数”については18万人である。

これか十分か否かは判断が難しいが、日常の感覚で18万人もの人から意見を集めるのは難しく

知人から意見を聞くのに比べたら非常に多いという判断にしておこう。

僕が疑問を抱いたのは”標本の抽出方法”に関してである。

今回のアンケートはTwitterで行われたものである。

アンケート参加者がりょうたっちさんのアンケートを発見した経緯を考えると、

RTが主な拡散手段だと考えられる。

では、このアンケートをRTするユーザーはどのような人々だろうか。

おそらく女性の性犯罪被害に何の関心もない人はRTすらしないだろう。

すると自然にこういった問題に興味関心の強い人同士でネットワークが出来上がっていく。

こうした人々は過去に自分が被害にあった方や、知人が被害に会い当事者意識が強い人だと考えられる。

するとどうだろう。

そのような人々が18万人集まってアンケートを行った場合、被害に会われた方が多くなるのは

自然な傾向ではないだろうか。

良い例えかわからないが、動物好きの人を集めて「これまでペットを飼ったことがあるか」とアンケートをとったら

これも”ある”の票が増えると思われる。

これは決して目新しいことではないが、統計調査を評価する際には

その’’標本抽出”が”無作為に行われたか”が重要となる。

今回の結果から、「世の中の女性の8割は未成年の時、性犯罪被害にあったことがある」

と解釈してしまうのはいささか危険だと訴えたい。

さて、危険性だけ訴え終わりにしてしまうのは問題解決に繋がらないので

この問題について、我々が出来ることは何か考える。

アンケートから少しでも正確な情報を得たい場合は

「異なる標本に対して同じアンケートを何度も行う」という方法が確実である。

異なる地域、年齢、職業に属する人に対して同じアンケートをとることで

それぞれの集団の特徴に応じて結果の割合は変化する。

もしも、異なる集団間で結果が似通っている場合、それは全体に共通の性質つまり

「世の中の女性の8割は未成年の時に性犯罪被害にあっている」

ことになるだろう。

最後に、

これまで述べてきたように、りょうたっちさんのアンケートを正しく解釈するなら

「Twitterのユーザーでアンケートを”ある”か”なし”で解答した人のうち約8割が性犯罪被害者である」となる。

しかしこのアンケート結果は少なくとも18万*64%=12万人ほどの女性が被害者であるということを述べている。

今まで言ってきたことを裏返せば、これを読んでいるあなたの周りには、性犯罪被害を受けたことのある女性はほとんどいないかもしれない。

しかし一方でこの日本に12万人もの被害者がいる*2ということである。

性犯罪は性的行動を使用した犯罪であり、被害者の受ける心理的、肉体的苦痛は僕には計り知れないものであると考える。

そのような被害者が12万人もいるということを重く受け止めなければいけない、として

この日記を終わろうと思う。

1(今後気をつけなければいけない)

2 (もちろんアンケート解答者を信用し、複数解答などは無いと仮定している。)

2018-05-12

http://anond.hatelabo.jp/20170426102141

例えばギュトー密教学堂が修行に困ってるなんて聞いたことないけど ましてやこの情報化社会戒律守って童貞からセックス想像できない><とか本当かな

問題は「チェリーボーイなのに性交渉なんて思い巡らすことできない」という修行法そのもの不安定になっていることです。

2018-05-03

野球という欠陥だらけのスポーツ

球場によって広さが違う。ある球場ではホームランのものが、別の球場では3ベースヒットになる。ある球場では3ベースヒットのものが、他の球場では2ベースヒットになる。は? こんな標準化されてないふざけたスポーツ他にあるか? 敢えて挙げればゴルフくらいだろ。

 

タッチアウト単純化して言うと、一塁以外はタッチしなければアウトにならない(ランナーが詰まっている場合の他の塁もタッチ不要)。競技性質上、改善のしようがないのだろうけれど、ランナー野手の間で鬼ごっこが始まるのが非常に見苦しい。ランナーランナータッチをかわすために忍者みたいになる。それはそれでおもしろいしイチローエンターテイナーだと思うけれど、いかんせん見苦しく、洗練されてない感がある。ホームベース上でキャッチャー体当たりするランナーもそりゃ出てくるわ(今は反則になった)。

 

・忘れた頃に話題になるフォースアウト審判に申告すればホームベースを踏んだランナーをアウトにすることができ、そのままベンチに下がってしまえば攻撃側に得点が入る。は? 曖昧すぎだろ。サッカーで申告すればオフサイドになるケースがあるか? バレーボールで申告すればタッチネットになるケースがあるか?

 

キャッチャーサインを盗み見るのはマナー違反。は? この情報化社会情報戦時代で何言ってんの?

 

故意連続ファールは反則。何年か前の甲子園話題になったが、バッター意図的連続して投球をファールにするのは反則なのだそうだ。は? 意図的だって何でわかるの? ファールにしつつ選球するのも技術であり戦略ひとつだし、ピッチャーはアウトを取りにいくのが仕事だろ。ルールで縛るなよ。

 

・大量リードしている中で盗塁するのはマナー違反だとか。お互いゲームセットまで本気で戦うのがプロでありスポーツマンシップなんじゃないの? 記録がかかっている選手だっているだろ。何なのその不文律。まーこういうのは他のスポーツでも存在するかもしれない。

 

・ということで野球っていうスポーツはあまりにも欠陥だらけで、もやっとすることが非常に多い。試合時間が決まっておらず、次の番組放送時間がずれ込むのもいけすかない。ま、これも他のスポーツでもあるから何とも言えないけれど。私は楽天応援しています

2018-05-01

日本で最もITリテラシーが高い世代就職氷河期世代とその前後

偏見もかなりあると思う。感覚論もある。

でも、世代的には、ちょうど失われた20年に社会に出るくらいの世代とその前後くらいが、最もITに関するリテラシーが高いと思う。

社会に出た年代をざっくり言うと、1990年代から2000年代くらい。特に1990年代後半から2000年代前半、つまり2000年を中央とした前後5年くらいの人たちが、頂点だったように思う。

自分は1990年代の前半くらいに出た世代で、就職氷河期の最も上の世代だ。なので肌感覚でわかる。

自分世代は、職場の上の世代からは、「若いやつはパソコンかいろいろ技術的なことを知っている」と思われた。事実、そうだった。上の世代よりは。

から、今後は情報化社会が進むだろうから、どんどん若いやつが、どんどんITに詳しくなっていくと思っていた。

でもそうはならなかった。

いまだに、だいたい50歳代後半より上の世代が、ITにまったく付いてこれていない情弱なのは事実だ。いまの社会実験を握っているジジイたちはたいてい情弱に含まれる。

一方で、だいたい30歳よりも若い世代は、ジジイたちほどではないにせよ、ITリテラシーが低い。

今後もゆるやかに下降していくんだろうと思う。

日本で最もITリテラシーが高い世代就職氷河期世代とその前後

だが、その世代が最も貧乏くじを引いたという社会

それがIT基本的に弱い情弱な国、日本

2018-04-28

anond:20180427235111

策がないか模索必要エネルギーターボチャージャーみたいに過給されて普通事柄が熱く大きくなってるのが怒りなので、即座に解決する策が出たりもともと用意してあればそうはならないというのを、情報化社会で怒りを解決できる策が情動以外でも探せるのがアンガーマネジメント

外部の刺激で動きが軽くなるのは舟歌労働歌と同じなのでアンガーではないしマネジメントも異なる。

問題発生時に内輪で限られた知識手段だけで解決するのやめようなってマネジメントなので、子育てストレス1人で溜め込んで爆発とか上司と部下だけのハラスメントとか内輪で粛清するだけのような問題解決責任をとらせて個人感情的に満足する事が着地点にならないような解決方法を推進するもの

問題発生時に湧き出る不安や焦りや感情を押さえ込めって修行じゃないよ。

2018-03-08

キンコン西野さんの絵本騒動からだいぶ時間がたったので

まとめてみました。

(漫画村騒動を見て思い出した……今更、とか言わない)

事の発端 ~キンコン西野の主張~

  • お金を持ってない小学生のために絵本無料公開するよ!
  • お金価値の上に成り立ってるコンテンツ否定はしないけど、そういうのって糞ダセーと思うよ
    • だって、「売れること」より「知られていること」の方が価値があるしね。
  • からお金は払いたい人だけが払えばいいと思うよ
  • こうして恩を売れば、誰かがきっと僕に恩を返してくれるはずだよ
    • 絵本という「財産」を分配したほうが、僕もみんなも幸せになれるよ!
  • お金を稼ぐことは悪いことじゃないし、僕自身もそういう類の仕事を沢山抱えているよ
    • でも、今回の事例は「人の善意」が生きそうだから無料公開に踏み切ったよ

それに対するアンチ意見


西野さんの反論


すべての意見を総括して


以下、私の意見です。

クリエイターさんは、「情報無料にするな!」と叫ぶことに時間を割くのではなく、その時間を使って、情報無料化される時代を読んで、高品質作品を作り出すべきだと僕は思う

自分作品作りに時間を使うことが、自分家族スタッフを守ってくれる最善の策だと思う。

多くのクリエイターは、あなたのように絶大な知名度を得るまでに、莫大な時間をかけているのです……。

だってお金を貰わないと回らない仕事をたくさん抱えています

この意見と、

お金が無い人には見せませーん」ってナンダ

糞ダセー。

……いや、モノによっては、そういうモノがあってもいいのかもしれません(←ここ大事ニュースになると切り取られる部分ね)。

この意見って矛盾しません?

自分のやってる仕事を「お金もらってるから糞ダセー」と言うのか……?

おそらく、西野さん的には「最終的には『恩』で世界を回したい、だけどいきなりは無理だから、まずは絵本業界から手を付けてみました」ってところなのだと思います

そう思うのは勝手ですが、そう思ってない他の絵本作家にとってはい迷惑です。

西野さんにとっての「お金を貰わないと回らない仕事」が絵本作家にとっての「絵本創り」だったりするのですから

絵本業界でこういう前例ができてしまたことを好ましく思わない人も当然いるでしょう。

西野さんのやったことは、確かにマーケティングでは多々行われている事だし、これから情報化社会を考えれば正しい選択です。

しかしながら問題なのは有名人しかできないことを、さもすべて一般ユーザーがすべき事のように説いたことだと、私は考えています

…てなワケで俺は無料にするけど、その代わり他のクリエイターに「西野はタダにしたんだからおまえもしろ」なんて絶対言っちゃダメよ。

西野さんはこう言っていますが、問題は「タダにする/した」ではなく、「無料商法」を時代の波だ、と論じているところです。

世の中にはそう思わない「職人」も沢山いるってわけです。

自分精魂込めて作った作品を「無料です!」という文句に釣られて寄ってきた、作品価値努力をわかろうともしないユーザーに扱ってほしくはないのです。

そういう点にも少し気を使ってもらいたかったなぁ、と私は思っている次第です。

以上、底辺ゲーム制作者の戯言でした。

ここまで私の駄文にお付き合いしていただいた方、本当にありがとうございました

(ちなみに、個人的に言えば、割と西野さん好きです。商売上手いのは尊敬する。)

2018-02-20

要因から行動は推測できるが、その逆は可能か?

よく「△△をする男性は○○な性質がある」「××をする会社仕事は□□だ」みたいな法則ってあるでしょ?

過去に本やブログなんかでも取り上げられることあるけど。

例えると、

食事メニューいつまでも決められない男性決断力に欠ける」

トイレが汚い会社は、仕事杜撰

みたいな法則、見たことある人も多いと思う。


だがよく考えてみて欲しい。

あなたが”決断力に欠ける(が決断力があるように女性に見せたい)男性”だったらどうするか?

また”仕事杜撰(だがキッチリ仕事をすると思われたい)な会社経営者”だったらどうするか?


更に、この情報に溢れた現代において、冒頭のような法則さえもあなたは既に知っていたらどうするか?

食事メニューを速攻決められるように、事前に行き先のレストランメニューネットでチェックした上で、注文する料理を予め決めておく」

事はしないだろうか?

「客が来る直前、もしくは前日にトイレ(の目立つところだけでも)綺麗にする」

事はしないだろうか?


ここまで読めばわかると思う。

かに、”決断力に欠ける男性食事メニューを決められない”し、”仕事杜撰会社トイレが汚い”事もほぼほぼ間違いないだろう。

だがだからと言って、”食事メニューを決める男性決断力がある”、”トイレが綺麗な会社仕事も丁寧”とは限らないのだ。

ただし、”行動から要因を推測する”事が可能なケースもあり、それは”対象がその法則性を知らない”事が前提となる場合だが、そのような”相手の入手情報”など知る由もないし、そもそも情報化社会においては全ての人間が全ての情報アクセスしている事を前提にするべきだろう。


以上の点から、多くの本やブログで紹介されているような、

「△△をする男性は○○な性質がある」

「××をする会社仕事は□□だ」

といった法則は、飲み会ネタ程度としては面白いが、生涯のパートナー探しや投資企業の選定にするべきではない、とオレは思う。



ところで、こういう現象って既に理論化されているのだったら、理論名や法則名を誰か教えてほしい。

2018-02-12

ネトウヨって愛されたことなさそう

核心を付くと日本が衰退してるのは日本人ブサイクから

生存戦略的に嘘でレバレッジかけないと自分必要のない存在なのは意識的にも無意識的にも重々承知してるんだと思う。

SNOWとかプリクラ盛るのもある意味嘘でしょ。

昔だと知り合いにマジ強え人が居るとか、物知りとかそういうのが通用たかもしれんが情報社会崩壊

日本凄いは俺凄いだし。凄くないからそういうことする。自信がない。まあ自身を持てって言っても自身根拠になるものもない。こんな良いとこがあるよとかいう奴思ってもないこと言うなよ。言う方もブサイクで傷の舐めあいキモすぎる。

嘘を付く人と付かない人の最大の違いは、嘘を付かなくても受け入れて貰えるかどうか。

嘘って面白いじゃん。嘘って指摘してくれる人が出てくれば寂しさも紛れる。

ネトウヨ孤独だし付きたくなくても仕方なく嘘を付き続けるしかないんだよ。

ネトウヨは居場所を主張しないと生きていけない。他に何もないから。

逆もそうだからね。ネトウヨないわって言ってる方も焚き付けて争いたいだけ。争いは孤独を忘れさせてくれる。

お互い共通してるのは人生面白くなさと孤独。衰退の原因になってる日本人の全てはニコ生喧嘩凸してる奴等と大差ないというかその延長。

愛される人達喧嘩凸しない。愛してくれる人がいるし、孤独じゃないし寂しくないから。愛されるのは愛される容姿をしてるのが最大の理由橋本環奈喧嘩凸するの想像できないだろ?

ブラックが絶えないのも労働に打ち込んで忙しさの中でそういった寂しさを感じないで済むようにしてるから。嘆いてる奴は働いてるやつらがなぜ長時間働けるのか理解してない。口で嫌だと言いつつ無意識では忙しさの中に身を置き続けたいって思ってるからそいつらにいきなり休み与えても何してよいか分かんなくて呆然としてるのよく見る。

何が言いたいかって言うと日本衰退の最大の理由日本人身体的魅力がなくてお互いにお互いを愛せないからだし、情報化社会がもたらした自然淘汰圧

2018-01-12

人外IT

不幸の手紙、不幸のメールと来て最近は不幸のLINEらしい。

すごいな、化け物や妖怪の類いも最新技術に付いていけないと存続できないってことか。

ということは貞子も最近活動拠点Blu-rayYouTubeに移してるのかな?

そろそろ妖怪界隈のSEとかも登場してるのかな?

(追記)

指摘によると貞子の性質的に現代技術への汎用性はかなり高いようで…怖くてリング完走できないもので…。

言われてみれば都市伝説ではインターネット拠点活動してるモノが既にいますね。

と言うか都市伝説自体情報化社会の末に語られるようになったとも言うか。

存続のために世の中の流れに乗らざるを得ないのか、人の世俗の移り変わりと共に語られるモノが変容していくのか。

どれだけ技術が発展してもそういうモノもきちんと憑いて来るものなんですねぇ。

2017-12-11

似非科学に関して青春時代の思い出を交えた個人的考察

 似非科学というのはいつの時代もなくならないものだ。パッと思いつく例だけでも、血液型性格診断ゲーム脳環境ホルモン水素水マイナスイオン、等々、枚挙に暇がない。多くはマスコミによって支持され、テレビ番組特集が組まれ、その科学的根拠あいまいにも拘らず世間に流布されて浸透する。テレビ番組などはあたかもその説を「検証」しているかのような映像を作り、怪しい肩書専門家コメントを添える。視聴者の多くはなんとなく「科学的に証明されている説なんだ」と信じ込み、疑問を持つことなく受け入れてしまう。一億総白痴化社会の完成である最近ネット上で多くの意見を比べて読むことができるので、情報収集能力の高い人たちはそこまで騙されやすくないとは思うが、未だテレビ新聞が主な情報源である人たちにとっては、上述の似非科学が今でも信じていることが多い。特に血液型性格診断などは、宗教のように信じ込んでしまっている人も相当数いるだろう。

 私も子供の頃はこれらの似非化学に騙されやす人間だった。最近ほとんど見ないが、昔はテレビが娯楽の中心だったこともあり、夕食時などはよく見ていたものである特に捏造問題で打ち切られた「発掘あるある大事典」などは、親が好きだったこともあって毎週見ていた。その中で血液型性格診断特集を何度か行っていたことは、今でも何となく覚えている。番組の中で「数名の幼稚園児を血液型別に分類してその行動を観察する」という検証が行われており、ものの見事にその血液型の特徴が行動として現れていた。見ていた私は「やっぱり血液型性格には関係があるんだなー」とぼんやりと納得していたが、今になって思い返してみれば数名の幼稚園児の行動で結論を出すのは早急すぎるし、番組が「○型かつ××な性格」の幼稚園児を数名集めることな造作もないことだし、そもそも集められた幼稚園児の血液型が本当に表示通りだと証明する根拠は何も無い。極めつけはあの「あるある」である。そういえば「あるある」マイナスイオン特集も何度かやっていた記憶がある。まあ、放送内容の真偽を検証するのは今となっては不可能に近いことだからやめておくにしても、心理学会において血液型性格判断の真偽は何度も検証されており、いずれも関連性を肯定するものがないことから、かの理論が出鱈目であることは疑いようがないだろう。

 しかし、科学価値は小指の爪の垢ほどもない血液型性格診断であるが、この似非化学が私に教えてくれたことが二つある。それは「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」ということと「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」ということだ。付け足すなら、当時私はまだ純粋ティーンエイジャーだったので、「大人は平気でうそをつく」ということも学んだと言えよう。

 私が初めて血液型性格診断反証する意見に触れたのは、中学二年生のことだったと記憶している。当時別段読書が好きでもない(むしろ嫌い)だった私が、たまたま休み時間図書館に立ち寄り、ふと目に留まった一冊の本を手に取ったのがきっかけだった。それは村上宣寛という方の著書『「心理テスト」はウソでした。受けたみんなが馬鹿を見た』(2005、日経ビジネス)という本である。新作であったこの本は本棚の上に表紙が見えるように立てられており、そのセンセーショナルタイトルに興味を惹かれたのを覚えている。

 10年以上前に読んだものであるためにうろ覚えな部分もあるが、本の内容は大きく2つに分かれていた。前半が血液型性格診断への反論、後半はまた別の心理テストへの反論が主であった(後半の内容は忘れた)。本文の中で、今日血液型性格診断の源流である能見正比古氏の著書をけちょんけちょんに貶し、また血液型性格診断のような「占い」を人に信じ込ませるための心理テクニックであるバーナム効果」についても詳しく説明があったと記憶している。

 当然、本の内容は著者の考えであり、本の内容が絶対的事実であるとは(今となっては)思わない。しかしこの本の内容は、血液型性格診断科学的根拠のある学説だと何となく思い込んでいた私にとっては、とても衝撃的な物であった。血液型性格診断のものというより、これまで固定観念的に信じ込んでいた常識が、脆くも崩れ去った瞬間で、まさしく目から鱗であった。活字嫌いな私が、数日図書館に通って本を読んだのは、(マンガ喫茶を除けば)後にも先にもこの時だけであろう。「借りて読めよ」と言われるかもしれないが、当時の学校図書館ルールで、新作は借りれなかったのである

 新しい知識を得たら人に言いふらしたくなるのが能のないアホウドリの常である。当時は全盛期こそ過ぎたものの、血液型性格診断世間一般根付いており、それを否定する論調は(少なくとも大手メディアでは)ほとんど存在していなかった。要するに「他の誰も知らないことを自分けが知っている」ような状況だったのだ。腕のケガだと偽って毎日手に包帯を巻いて通学していたリアル中二病の私にとって、これほどドヤれる材料は無い。とは言え、何の脈絡もなく血液型性格診断の話をするのも変である。友人との会話の中で血液型の話が出てくるのを待ち、出てきた瞬間にこれでもかと否定する。それによって「頭が良い奴」と思われて皆からちやほやされる。正に完璧計画だった。

 ところが、実際に反論してみたところ、いずれもあまり芳しくない結果に終わってしまった。どや顔血液型性格診断否定しても、「でも何となく合ってる気がするし…」と、決まって歯切れの悪い反応しか返って来ないのである挙句教師からも「屁理屈ばっかりこねるな」と言われる始末。今となってはどちらが屁理屈なんだと思わざるを得ないが、確かに思い返してみれば、血液型の話でわいわい盛り上がっている時に、キモいデブどや顔否定して来たら、場が白けてしまうのは明白だろう。要するに私の敗因は、イケメンではなかったこである

 冗談はさておくにしても、それ以降、私は血液型性格診断の話が出てきた時、余程仲の良い間柄でなければ、ニコニコして受け流すようにした。まさに2017年現在でも血液型性格診断肯定論者の方が言うところの、「否定する奴はモテない」という説を支持する対応であった。情けないとは思うが、当時ただでさえ友達が少なく、これ以上周りから孤立するようなことは避けたかった私を責めることなど出来るだろうか。ちなみに今は目上の人でなければそれとなく否定している。相変わらずチキンであった。まあ、事実事実として、TPOに合った会話合わせというのは必要だと思っている。

 そこで私が学んだことが、先の「人間客観的事実よりも自分が信じたいものを信じる」「何かを信じ込んでいる人間を説得しようという試みは大抵徒労に終わる」の二つだ。血液型性格診断を信じている人に、上述の心理学会の話や、バーナム効果の話をしても、決まって返ってくる言葉は「でも何となく当たってる気がする」「私の周りでは当たっている」と言ったものだ。査読のある学術誌に投稿された数千人規模の調査結果よりも、自分の身の周りの数名の事例を優先するのである。当然その事例には得てして強い確証バイアスが掛かっているのだが、本人はそれに気付くことができない。「客観的事実よりも自分が信じたいことを信じる」典型である

 これは、似非化学に限らず社会の中のあらゆる現象に対して言えることである。例えば昨今、「若者の○○離れ」という言葉をよく耳にする。○○の中には、テレビ新聞、車、バイク、酒、読書など、ありとあらゆるものが入り得る。そして、その原因は大抵若者帰着させることが多い。「最近の若者は人との関係希薄から酒を飲みながらのコミュニケーションをしないのだ」とか、「世間政治に対して無関心だからテレビ新聞を見ないのだ」とか、とりあえず若者悪者にするような結論が多いが、決して「社会の変化によってニーズも変容し、製品価値相対的に下がった、すなわち製品自体時代の変化に追いつけなくなったのだ」といったような、自らに責任帰着させることは決して言わない。やはり自分が信じたいことしか信じていないのである

 また、血液型性格診断を信じている人の共通点として、否定しようとすればするほど攻撃的になって反論するというものがある。先の中学生の時の教師がその典型例だろう。理論的な反論が出来なくなると「屁理屈をこねるな」と論点をずらして逃げるのである。「否定する奴はモテない」というのも同様で、血液型性格診断の真偽について反論しているのに、「モテるモテない」の話にすり替えさら相手を「お前は場の空気の読めないモテない人間だ」と罵倒しているのである。そうなってしまうと、もはや冷静な会話は成り立たない。こちらがいくら事実を述べても、返って来るのは罵倒だけであり、最終的に相手が逃げてしまうのである。そこに残るのは無駄時間の浪費と徒労感だけで、何ら生産性のない労力を費やされることになる。

 こちらもやはり社会全般で言えることだ。例えば「若者犯罪ゲームアニメによる影響だ」などの持論を展開する人に、「若年層の犯罪率は年々下がり続けており、反対にゲームアニメ市場は伸び続けている。」と反論しても、恐らくその後は謂れなき若者批判罵倒くらいしか返って来ないだろう。論理的反論を受け入れられない人間にとっては、実は事実などどうでも良く、会話を勝ち負けを決める手段としてしか考えていない。そして自分が負けるのが嫌だから最後子供のような罵倒に終始し、逃げてしまうのである。こういった手合いは、「自分の非を素直に認められない」ことも共通点と言えるだろう。人間であれば誰しも少なから負けず嫌いな側面は持っているが、この手の人間特にその傾向が強い(と何の統計的データもなく私の主観でそう思っている)。

 似非科学のような嘘を信じ込んでいる人は、宗教信者に近い。もちろん宗教否定している訳ではない。宗教というものは、「事実か否かを証明する術がない」にもかかわらず、「否定は許されない」というのが特徴である。これ自体別に悪いことではなく、「鰯の頭も信心から」と言うように、それを信じることによって本人の精神的支えとなるのであれば、それで良いと個人的には思っている。客観的証明できなかったとしても、個人の中で信じていれば問題はないのである。ただし行き過ぎると他者に対する不寛容に繋がり、戦争弾圧に容易に発展してしまうため、注意は必要である仏陀キリストと「顔を描いてはいけないあの人」の誰が一番偉いかというような論争は、決して行ってはならないのである(仏陀キリストが同じアパートの一室で生活しているマンガはあるが)。

 「宗教」と「似非科学」の明確な違いは、前者は「事実かどうかわからない(事実であることに重きを置いていない)」のに対し、後者はそれが「明確な嘘」だということである。明確な嘘を流布すれば、社会に対して損害が生まれる。血液型性格診断であれば、近年問題になっている「ブラハラ」なる差別を生じる。ゲーム脳であれば、本来何も悪くないゲーム会社風評被害を受ける。水素水であれば、医学的根拠のないただの水を健康に良いと信じ込んで高額な値段で買わされる消費者が現れる。そして、損をする人の裏側では、他者を騙して得をする悪人存在しているのである。大抵は嘘っぱちの本を書いた奴とその取り巻きだ。

 だからこそ似非化学は撲滅しなければならないし、似非化学の考案者やそれを流布するメディア批判されなければならない。日本表現の自由保障されているから何を言おうと自由であるが、それはあくま公序良俗に反しないことが前提であり、嘘によって不正利益を得るのは詐欺である表現に対して批判を行う自由もあるのだから客観的に見て明らかに事実と異なる論説に対しては、毅然とした態度で批判すべきである

 そして、一般消費者である我々は、常にその情報事実であるか否かを見極める努力が求められる。媒体を問わずメディアは平気で嘘をつく。他人に言われたままのことを信じる人間は、その情報が誤りであった場合他人責任を求めがちである。何が正しいか自分判断し、自分責任において選択する力こそが、情報化社会を生き抜くために必要スキルと言えるのではないだろうか。

 似非科学流行は、社会におけるメディアリテラシー成熟度合いの指標と言えるかもしれない。

2017-11-29

日馬富士事件

この高度情報化社会でこんな見事な「藪の中」が見られるとは思ってなかった。素晴らしいドラマ性。

2017-11-22

児ポロリ軽犯斎はなんでエンコーミングしなかったの?

今の情報化社会裏ビデオ(?)なんて買ってたらいつ捕まってもおかしくないじゃん。

そんなのよりも個人間で金銭のやり取りをする援助交際の方が安全だと思うんだけど。

つうかビデオ見てシコシコするためだけに人生棒に振るとかありえないでしょ。

せめて本番だよね。

2017-11-19

JRCM

シンデレラ・エクスプレス

松任谷由実楽曲、および、JR東海製作したCMだ。たしか1987年1992年に1作ずつ作ってる。

CM登場人物は、1人の女性のみ。1作目は河合美佐、2作目は横山めぐみ

東海道新幹線東京新大阪行きの最終を舞台に、ホームに残された女性視点の心境を綴るCM

東京の都会の雑踏、冬の寒々しい東京駅ホーム

発車時刻まで恋人とともに過ごす大切な時間、そして定刻になり、発車する列車

追いつくはずもない列車を走って追いかける女性

当時は、スマホはおろか、携帯電話すらなくて、"会うこと"がなによりも大切だった。

今考えればありえない、連絡手段固定電話手紙しかない遠距離の恋。

すごく悔しくなった。

平成生まれ自分は、こんな美しい世界を知らない。

現在の発達した情報化社会に過ごしている故の、馬鹿で、甘えていて、前時代的で、この時代一生懸命に過ごしていた人々にひどく叱責されそうな、でも、本当に正直にそう感じた。

人と人の関係が美しかった。

何もかも便利になりすぎた。

便利になった、それ以前の世界を知らない。

世の中は、どんどん発達する。

人々の声は、口から耳に直接入るのではなく、信号化され、電波となり、機械を通して会話となる。

日々は益々忙しく、時間効率技術に追いつかなくなった寝台列車新幹線によって淘汰される。

人の代わりに、電脳が答えを導き出す。

別に嫌なことばかりじゃない。むしろ、便利なのは個々の生活をより豊かにする。

でも。

きっと"豊か"に慣れてしまったとき、心はある意味疲弊してしまうのだろう。

もう二度と、手に入らないものを見たとき、人はそれを美しいと思う生き物なのだろう。

美しい、とともに、悲しいという感情も生まれしまうのはなぜだろう。

現代人の心は時間に囚われすぎている。

病的にまで、余裕をすり減らして喜ぶ。

もう、"こころ"は戻らないのだろうか。

2017-11-06

21世紀は「人間はけしてわかり合うことが出来ない」とクラスタリングが進んでいくのだろうか

高度情報化社会が到来して、あらゆる人間適当情報を発信し意見を表明できるようになってしまった結果

世界は1つでは無く70億存在し、それはけして交われない、たまたま重なることはあるがそれは刹那な偶然に過ぎない、

人は究極的には連帯和解不可能しかし一人で生きることも不可能というジレンマに苛まれてくる嫌な時代になっていくのだろうか。

そんなことを思ったよ、ここ数年。リベラル他者無理解絶望し、コンサバ勝手に内にこもっていくそんな時代

2017-11-05

情報化社会において消費者物価指数問題にすること自体ナンセンスになってきている

1. ユニクロドレスもそうだけど、こういうことの背景に「情報技術による生産流通効率化」があるという視点は忘れられがちだと思う。

要するに「デフレ」とか言うけど、産業構造の変化によって物価は下がるという側面があるわけで、情報化社会の到来を無視して、一定資源を奪い合う古いモデルで、物価問題にすること自体、あまり意味を持たなくなっているのではないかと思う。

2. これは、逆の視点統計という視点から見ると、消費者物価指数全然実態を反映していないという話とつながる。

たとえば、台所用スポンジ、スーパーホームセンター販売価格はそんなに変わらないけど、CANDOで、同等性能の製品12個入り100円で買えるようになったので、昔より購入価格は数分の1になっている。洋服の青山より、系列低価格店のスーツカンパニーの方が、安くて縫製が良かったりする。いずれも、消費者視点から見たら「デフレ」だけど、統計上は、「低価格店」の「別商品」に過ぎないので、表に現れない。これは、マルイじゃなくてユニクロGAP大塚家具じゃなくてIKEAニトリという話だし、多くの消費財に成り立つ。

消費者物価指数では、「同じ店」「同じ商品」が基準になっているので、そもそも消費者が買う店の業態が変わりつつ、定格で高品質のものが売られるようになるという実態が、統計上現れてこない。

さらに言うと、現代においては、「消費者物価指数」という概念自体が、恣意的で、計算方法によって大きくブレるものになっており、それを基準経済政策を考えることにはあまり意味がないのではないかと思う。

じゃぁ、どうすれば良いかは知らない。

https://togetter.com/li/1167744

2017-10-25

未知を楽しめない人達が多い

知らないことってわくわくする。

いまは情報化社会過ぎてつまらない。

でもこんなこと思っているのは少数派なんだ

2017-10-03

https://anond.hatelabo.jp/20171003004454

あー、浅間山荘とか、その辺の共産主義運動のこととか知らないのね、まぁ時代だよなー

あの頃は「共産主義ダメじゃね?」って言われると「北朝鮮という成功例がある、あそこは天国だ」という返しが定番だったのよ

今の情報化社会でまだ共産主義とか言ってるんだから、充分にアリでしょ、そんな時代錯誤なアレ言うとか

2017-07-13

最近ワイドショーを賑わせている松居一代氏の騒動

「チーム松居」のメンバーで、youtube動画制作担当したのは「学生団体OASIS出身の鵜池氏と吉田氏。

鵜池氏は株式会社KIRINZの代表取締役。『情報化社会が加速する中で新しいムーブメントを作り出す会社』だそうです。

スポニチによると『この勢いが続くなら1カ月で3000万円近く稼ぐはず』らしいけど、彼らの取り分はどれくらいなんだろう…。

鵜池航太氏

https://twitter.com/uikekota

https://www.facebook.com/kouta.uike

吉田竜也氏

https://www.facebook.com/tatsuya.yoshida.1042

https://gakusen.jp/yoshida-tatsuya/

株式会社KIRINZ

http://kirinz.tokyo/

学生団体OASIS

http://学生団体oasis.com

https://twitter.com/oasisuniversity

https://www.facebook.com/gakuseidantai.OASIS

https://chaoticpatroldonut.tumblr.com

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170626101153

今の童貞高校生の君には難しいかもしれないが、性欲というのはどこまでも消化できない厄介なものなのだ

童貞でない者なら、乳首ひとつ例にとっても、それを実際に見て触って、口に含んで転がして、念入りにもみほぐしてみたところで射精までのにぎやかし以外の何物でもないと断言できるはずだ。

無論、童貞高校生という性欲カースト最後尾かつ最高消費者植物プランクトンには想像もつかないことなのだろうが、乳房ももケツ秘裂も、いざ自由にいじり倒してハメ殺してみれば、すべて同じものだと言い切れるものなのである

それらは躍動しながら秘匿された存在であるがゆえ妄想をかきたて、君のあそこをビンビンにさせるわけだが、その射精欲はその指向性のみによって完結した存在なのだと君は知らなければならない。

性欲はどこにも君を導いてくれない。

人間生理的欲求がすべて、その当事者を満足させるために存在するわけではない。射精欲は射精するまでの存在だ。

時間無駄以外の何物でもないと誰もが分かりきっていながら、開かずにはいられない扇情的エロサイトへのリンクを踏まないでいられたら、どんなにかいいだろう。

だが悲しいかな。この情報化社会においてはネット接続睾丸を切断する以外に射精欲を振り切る術はないのである

2017-05-25

小3の息子が「ママ今日生理なの?」と言っていた。

仕事から帰ると小3の息子と妻がお風呂から上がってきたところだった。体を拭きながらもの凄く自然に発せられた息子の言葉に衝撃を受けた。

ママ今日生理なの?」

わず固まる私を他所に、妻は「そうだよー。」と極自然に答えていた。生理に関するやりとりはそれだけで終わり、その後は子供の「今日学校でね~」という他愛も無いものになっていった。

子供が寝静まったあと、私は妻に苦言を呈した。

小学生の息子が既に生理を知っているのはおかしい。二次性徴について知るのはまだ早い」

妻はあっけらかんとこう言った。

「改まって教える事じゃない。生き物として自然な事なんだから、聞かれたらごまかさずにありのまま伝えればいい。私はたまたま聞かれたから教えただけだ。」と。続けてこうも言っていた。

「昔みたいに学年に応じて与える情報コントロール出来る時代じゃない。子供の興味に応じて正しい知識を与えるチャンスがあったなら、その時点で与えた方がいい。」

普段ネットでの情報収集もろくにしない妻が、子供子供を取り巻く情報化社会の現状をそれなりに認識して、自分なりの結論に至っている事に驚いた。

そして私は困惑した。子供に「パパのおちんちんはどうして剥けてないの?」と聞かれたら何と答えればいいのだろうか。

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こんな悩みうちには無いなw

http://anond.hatelabo.jp/20170528175740

2017-02-22

情報疲れた

清水富美加不倫していたらしい。

個人的にかなり好きな女優さんだった。まれCMなどで天真爛漫な姿を見せる彼女はまぶしかった。不倫していたことは出家以上にショックだった。過去にはベッキー不倫したりミスチル桜井が売れないころに支えてきた彼女を捨てキャンギャルと付き合うなどいろいろあるみたいだ。しかし今回ほどショックな感情を抱いたことはなかった。不倫でなく交際であってもあるいはショックだったかもしれない。嫉妬だな。

アイドル熱愛報道を知ったファンはきっとこんな気持ちだったんだろうな、と理解した。

疲れた芸能人は究極的に他人なのだろう。当たり前だが。。。アイドルにかぎらず芸能人にたいして自らがイメージして信頼している人物像はすべてアイドル偶像)でしかない。他人コントロール不可能である以上は当たり前なのだ芸能人報道にこんなにがっかりして嫉妬したのは初めてかもしれない。絶望とまでいうと言いすぎであるしかしなんだかずいぶんと、疲れたな。マギーハイスタ横山健不倫報道があった時にはそんなにショックを受けなかった。

マギーはどうでもいいがハイスタはかなり好きだ。なのであれは嫉妬というよりも軽い失望を覚えた程度だった。

マギーはどうでもいいと思い清水富美加不倫にはショックを受ける。勝手なのは自分のほうか・・・

マギー清水富美加自分人生とは絶対に接点などできない人であることは変わらない。変わらないのに勝手好き嫌いを設け勝手失望してと、まるで意味のない偶像への恋愛感情。なにかもうそういった情報に触れること自体疲れてきたな。

芸能報道だけでなく殺人事件とかもそうだ。芸能人不倫と同じように個人感情暴走したものについて考えること自体本質的意味はないのだろうし。もっと軽いので言えば個人ブログ炎上とかもそうかもしれない批判するにしろ参考にするにしろ眼にした瞬間に好悪を判断する。見ないか見るか、批判するかしないか判断するだけで思考リソース無駄遣い。

たぶん基本的情報自体が総じて不要ものなんだろうなと最近は思ってきた。情報というより報道というほうが正確かもしれない。

東京マラソンの通行規制情報などは価値ある情報だ。ふるさと納税の返納品も価値ある情報だ。しかしもういわゆる一般的な「メディア」が流す情報は究極的に無価値エンターテインメントしかないのだろうな。

情報化社会と言われて久しい。情報コミットする必要性が過大になり異常なまでに情報が目に入ってくる。その波に疲れた芸能人だって不倫する。そんなこと当たり前で他人絶対的倫理観構成されているなんて思ったこともない。しかしこの如何ともしがたい自らの感情を処理する向けどころがない。彼女浮気したら弁護士ちんこをきれば解決するのかもしれない。しか報道で知るようなぶつけ先がない感情は膿となって自分の中にため込んでしまう。はけぐちとしては増田に書くぐらいである。

ここまで読んで山奥で暮らせばいいとつっこみが入りそうであるが僕は都会の喧騒も好きであるし、人間関係が人に重力を与えると思っているのでリアル関係の中で揺さぶられる感情はいいと思っている。しか情報には疲れた現実的に見ない術がない。会社に行けば同僚が話してくる。実家に帰れば母がテレビをつけ笑っている。インターネット接続すればニュースで溢れている。

情報に関して正確な判断をすることは良いことだ。しかし僕はもうそ判断をする前段階として情報に触れたくすらないのである

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ようこそ ゲスト さん