はてなキーワード: 今年の新入社員とは
自分の職場はいわゆるJTCで、男性の比率が多いという訳ではないが昇進を目指すルートで採用された女性はやはり少ない。
そんな中昨年からと新入社員や転職で女性総合職がぼちぼち入りはじめてきた。良いか悪いかは本筋ではないため議論しないがまあそういうことがあった。
さて、ちょっと前に今年の新入社員が職場に本配属となった。ひとりは女性だ。なんだが自分の同期のサークラ女に顔がそっくりなのだ。彼氏が居るにもかかわらず色々やって飛ばされてさらに飛ばされた先で結婚したけどやっぱり色々やらかした。それだけじゃない、後輩のサークラ疑惑があった別の女の子にもちょっと似ている。
どんな顔だかは上手く説明できないし引き合いに出して申し訳ないが、NGTのおぎゆかを初めて見たときに同期を思い出したかな。まあお淑やかそうで長い黒髪を巻いている。
Xでちょっと前に既婚者を掠奪して燃えた女の子にも似ているような気もする。
偏見を持ちたい訳ではないけれど、新入社員女性を見るとどうしても先輩達に色々やらかした同期の顔がよぎって仕方がない。ただ身綺麗というわけじゃない、周囲の男をおかしくさせるような、惹きつけるような雰囲気が。
サークラの相ってあるのかな。今の職場の若年層は良い子が多いし、彼女もハキハキしていて良い子だと思うんだ。どうか自分の誤解であってほしい。
今回の件、偏向報道によって問題が過剰に大きく扱われているように思える。
まず状況を整理しよう。
まずここだ。
メディアの卑劣なる印象操作の爪痕は未だに深く、多くの人が「いなばに今年入った全ての社員の9割が辞めている」と誤解していることだろう。
まあ確かに「9割の人間が入社を辞退するような職種があった」というのは間違ってないとは言える。
だが、それを「いなばの今年の新入社員の9割が」と誤解させるような書き方をメディアが繰り返しているのはどうかと思う。
これは憎むべき偏向報道の一種であり、いなばがこの17人に対して行った行為がどれほど卑劣であろうとなかろうと、それが偏向報道をしていい理由、鵜呑みにしていい理由にはならないはずだ!
これはね、マジでよく起こるんですよ。
女性ってのはコミュニティ内のノリを優先するもんだから、どうしても一度方向性が決まったら自分だけ反対とはしにくくなる。
総合職の人達と比べると、「特別この会社で働きたい!」みたいなのがないというかね、「楽にお金が貰えるならぶっちゃけどこでもいいかな。でもちょっとキラキラしたいかも」「ぐらいの動機で何社何社も思いつきみたいに面接を受けて、たまたま大手の所に通ったらそこに入るって感じなんですよ。
軽いんですよね会社選びのノリが。
だからグループチャットのちょっとしたノリとアッサリ天秤にかけることが出来てしまう。
信念がないんですよ。
ネコ様のために美味しいちゅ~るを作ろうみたいな情熱がないから、別にはごろもフーズでシーチキンを作ろうが地元の山崎パンで片親パンを作ろうが、そこそこの業務時間でそれなりに給料が貰えたらどうでもいいと思ってるわけですね。
ボロ家の修繕について、当時入院中の副社長から決裁が下りなかったことで業務が滞っていたことについて、もっとやりようがあったのではないかという批判が集中している。
では聞きたいのだが、どうすればよかったと考えているのだろうか?
1 副社長に社宅の全権を委ねているため社宅の実情を全く分かってない社長が変わりに決裁を承認する
2 社宅業務の担当責任者である副社長から許可を得ることなく業務を進めてしまう
これがどちらもそれなりのリスクがあることは流石に分かるよね?分かるかな?わかってほしいんだけどわからない人に説明する自信はないからお母さんにでも聞いてね
そもそもこうならないように常に代理決裁者を用意しておき、複数人のブレーンを用意するのが理想だろう。
だが代理決裁というものは多用すればどの決裁者も自体を正確に把握することがないまま事業が進んでしまうリスクがある諸刃の剣だ。
イナバが副社長に社宅の全権を集中させたのは、トップがキチンと状況をコントロールした上で社宅管理をしようという意思があったからなのではないだろうか?
それをさも「社宅をないがしろにしていたから、たかがジジイが1人病気で死にかけているだけで仕事が止まっていたんだ」と報道するというのは、目先のセンセーショナルを追求し過ぎではないか?
総合職22万円・一般職19万円で提示されていた給料を勘違いして3万円下がったと思っただけ。
うん、これで攻められるのは可哀想。
たとえばだ。
『コーヒー スモール100円(ミディアム 200円)』とメニューに書いてあったとしよう。
それに対してこんなクレームがついたらどう思う?
クレーマー「コーヒーが100円だと思ったから注文したのに200円取られた。なんか注文時にゴニョゴニョとサイズを聞かれたから「普通で」と答えたらこうなった。よく読んでないお前が悪いと言われたから怒って返品しようとした店員から「は?」って顔された!許せん!分かりにくいんだよ死ね!」
おかしいよな?
俺はおかしいと思う。
うんこの話はこれで終わり。
フェイク込みで書くが……増田は、アラサー会社員。学部卒の新卒入社で5年目くらいとなる。
中小企業ではないが大手企業とも言えない会社に勤めている。うちの会社は、勝手に仕事が舞い込んでくることが多く、会社全体として営業力は弱め。そんな中、新規事業系の部署に配属された。新規事業系の部署に配属されたのは、大学時代に学んだ資格が評価されてのことだった。
作ればいいという考え方もあるが、恥ずかしながらどうやって作ればいいかわからない。
上司も他の部署の管理職達も、新規開拓をしてきた経験のある人は極めて少なく、上司から学ぶということはできない。
向こうから舞い込んでくる数少ない仕事は、増田メインでは経験不足で処理できない上、上司もやることが少ないから、上司中心でやってしまう。すると、本当に仕事がないのだ。
部署で永遠の最若手なのもあり、上司のアシスタント業務もしくは雑務を中心にやっている。でも、雑務だけで8時間が過ぎるわけでないので、時間を持て余している。
ここ3年はコロナと在宅勤務のせいで(おかげで?)こんなもんかと思っていたが、そうも言っていられなくなった。
年齢も年齢になってきたし、アシスタント業務だけで辛い。いつまで経っても1人で仕事を回すことができなくて辛い。既存事業の方の部署は、今年の新入社員ですらメインで仕事を任されているのに。
忙しそうな既存事業の部署を毎日目の当たりにしているので、増田1人だけ暇そうにしているのもストレスになってきた。最近は出社すると涙が出るし、動悸もする。
増田が昔何かをやらかして干されたというわけでもないと思うのだ。アシスタント業務は任されているし。雑務はちゃんとこなしているから、そこに関しては信頼感もあると思う。ただ部署として仕事が少なく、いつまで経っても増田の経験値が上がらないため、メインとして仕事を任せるに値しないのと、上司も仕事が少なく不安なので自分でやってしまう(時間的にもやれてしまう)というのが原因だと思う。
資格を勉強しろという考え方もあるが、周り(既存事業の部署)が忙しい中勉強しづらい(もし勉強しろ派の人がいたら、PCで完結して、且つチラ見されても仕事してる感の出る資格の勉強を何か教えてほしい)。
ちなみに、上司は、時間のある時には、業界や商材や社内に関わるニュースや書類を読んで勉強してほしいらしい。もしくは、先々の社内資料を作成するか。
上司は、自分の仕事を増田に取られてへそを曲げた過去もあり、増田がこれから上司の仕事を巻き取るのもやりづらさがある。増田1人でできる実力がないのも事実だし。
年収は2022年で300万円台。東京なのでその面でも苦しく、転職も視野に入れているが、とにかく上に書いた感じでなんの経験も積んでないのでうまくやれる自信もない。
今の会社は人間関係が良好であるということもネックだ。直属の上司以外とは仲良くやっているし、増田は実績を上げていないのにも関わらず、他部署の人からは何故か高く評価されているので、他の会社に行って大丈夫かと悩む。
増田は、自分の部署の仕事(新規事業)をやりたくないわけではなく、むしろやりたいのだが、どうしていいかわからない。
最近は、経験を積むため、既存事業の部署に異動したらいいのかと悩んでいる。増田が異動希望を出せば、たぶん通ると思う。でも、一方で忙しくなって残業が増えるのが嫌だとか、新規事業に対する未練だとかもある。せっかく資格を評価されて入ったのだから。持っている資格を活かせるのも今の部署だけだ。(逆に、部署に仕事がないのに、増田が業績に貢献していないのに、配置転換がなくこの部署にいるのは資格のおかげ(せい)だ。)
【追記】
これは、あまりトラバやブクマが付かない流れかなあと思って、Yahoo!知恵袋にも同内容を投稿した。文体は変えている。
トラバしてくださった方は有り難かったけど、これは複数の意見を聞きたかったので。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14288546764
・赤ちゃん扱いしないでください
→丁寧に、大事に接してもらえてることは厚く感謝申し上げます。
でも、度が過ぎると自尊心がやられそうです。
ほどほどでお願い致します。
・私の話をお聞きになる際に「オンッ、オンッ、…」と言いながら相づちを打つのはとてもダサいのでやめたほうがいいと思います
→あの「オンッ、オンッ、…」っていうの、何なんでしょうか。
若輩者の私に少しでも偉そうにマウンティングしたい気持ちはお察ししますが、
兎にも角にもダサすぎるのでおやめになられたほうがいいかと存じます。
・何かと「いや~ 若いね」というのはおやめください
https://anond.hatelabo.jp/20220428103925
は、男性を馬鹿にしているので、まず間違いなく、この内容は理解できないだろう。
男性を頭からバカにしているので、言ってることはすべて否定され、捻じ曲げられて解釈され、真っ当に届くことはないとしか思えない。
が、まぁそれは自分の問題じゃない。まずは自分的メモとして書いておく。
男であれば多かれ少なかれ「渇望」しているのものだ。
何者かになりたい、認められたい、唯一無二のものになりたい。世界で誰も行ったことがないどこかに行きたい。
「渇望」はあるものの、自らが満たされることはない。
それは当然。世界は自分のためにあるわけじゃない。学校に行けば勉強しろ。社会に出れば、パワハラ上司にへいこら。結婚すれば奥さんに平身低頭。子供が出来れば、子供のことで精一杯。
仕事と言っても、どうでもいい雑用ばかりで給料も上がらなければ、褒められることもない。給料が上がらないから無能なのだろうと、いろんな人から責められる。
そのような世界は「渇望」を持った身からすれば「泥沼」のよう。何をどうしても抜けられない。「渇望」は自分の中から発生するがゆえに何をしても消えることはない。
何をしても抜け出せない泥沼のような世界。そこを誰かのために歩いていくしかない絶望、そして「死」。
死ねば楽になるのかもしれない。でも「渇望」ゆえにそれもかなわない。
これから社会に出る新入社員からすれば、不安いっぱいに決まってる。「渇望」が満たされるかは大いに疑問なのだから。
そのような泥沼の世界で孤独に絶望し「死」しかない世界から逃げるには「妄想」位しか存在しえない。
「渇望」は非定型だが、男性であるがゆえに「性」の「型」として、「たわわ」のような女子高生は無垢で生命にあふれているという「妄想」を持つことが出来る男性が存在する。
そういう男性が、たまたま、その存在を見ると、一瞬「死」の世界が崩壊し「渇望」した世界に到達できたかのような「妄想」を感じるのだ。
言い方を悪くすれば、単純に「そういう妄想」を別世界で実現してると言い換えても、さほど間違ってない。
でもそういう「妄想」を持って何が悪いんだ?「渇望」を持っていることは犯罪とは関係ない。そんなんだったら男性は全員捕まってる。
そもそも原因である「渇望」が「性」とは必ずしも関連しないので性犯罪の原因とは無関係だ。
大本が妄想なので、悪く行ってしまえば必要悪。とてもではないが「良い」ものなどと思えるものではない。
「問題ない」からといって「賛美」にはならない。なぜ「賛美」と言う単語を使えるのかさっぱり分からない。
私から見るに、こういう「妄想」を持てる日本社会の流儀というか社会的文脈を把握して書いてるように見える。
フェミニズムの考えでは「渇望」は社会的なものなのかもしれないが、男性からすれば自分の中から発生する、非定型な「衝動」だ。
全くの勘違いをしているようだが、「渇望」は非定型で、女性に向かうとは限らない。
上記のように、たまたま、日本社会の「社会的文脈」で女子高生になったが、おそらく別の社会なら、別のものになったろう。でも完全になくなるとは思えない。
男性の「渇望」が内にある限り。
ということで、まとめれば「何」で元気になるかと言えば「泥沼のような絶望せざるを得ない世界」を「妄想」で破壊し、一瞬「渇望」を実現てきたと思える希望を持つことで、だ。
その「妄想」を「キモい」と言って、男性の愚かさとして非難するのだろう。そもそも理解できないに違いない。
でも、その「妄想」を誰がどう非難するんだ?それが犯罪か?じゃあ「絶望せざる得ない世界」に銃を振り回して殺して回ればいいのか?
男性の悲しい適応反応を「弾圧」してさぞかし楽しいことだろう。
でも、その弾圧に意味はない。男性の「渇望」が消えることはないからだ。
この内容もフェミニストからすれば、言ってることが分からないのだろう。私は一応「表現の自由」派になるのだろうが、そんなに大層なもんじゃない。単に「妄想」するぐらいの自由をくれと言ってるに過ぎない。
https://anond.hatelabo.jp/20190318130406
40代後半の女だ。
最近はてなを眺めていて、たわわ関係で思うところがあったので日記を書く。長文だ。
言いたいことは
(1)40代女性があの広告を問題あると感じやすいのは自身の経験&既往研究と整合する。の1点だ。
幼稚園年長
近所のお兄さんにいきなりキスされ、舌でべろべろ唇をなめられた。気持ち悪くて泣いたら、お兄さんは逃げていった。なぜか親には言えなかった。
小学生高学年
土手沿いを自転車で走っているとき、知らないおじさんに声をかけられて、「かわいいね。」、「あっちにかわいい子犬がいたんだよ、見に行こう。」と川沿いのアシが茂った人気のない場所を場所を指さされた。あんなところに子犬がいるわけない、というのと、おじさんの目つきがなんともいえず気持ち悪かったので逃げた。親には知らない人と話すんじゃないと怒られそうで言わなかった。
混んだ電車で祖父母の家に母と出かけた時、いつのまにかスカートの内側に精液をかけられたことがあった。
当時は鼻水だと思っていたが、祖父母の家についてから母が「スカート脱いで」と言って、祖母と小さな声で話しながら裏地を怖い顔で洗い始めて、鼻水つけられたくらいで大げさだなと思っていた。
高校生になって、自転車通学になり、いきなり下半身露出男が日常になった。
学校の行きかえりや、高校のテニスコート周辺に、下半身露出男がしょっちゅうでた。
他には自転車で走っていると、車でのろのろと後ろからピッタリ尾けられることがときどきあった。追い抜く道幅は十分あるのに、なんでついてくるんだろと思っていた。
部活の試合で皆で移動しているとき、空いている電車内で向かいに座っている男が自分たちに向かって下半身を露出することもあった。
電車に乗り込むとき、部活の仲間の尻をスーツ姿のおっさんがさりげなく触っているのに気づいたこともあった。あのおじさんに触られてたよ!と仲間に伝えると、おじさんは気まずそうに次の駅で降りた。
電車通学が始まった。
高校生の時に下半身露出男が日常で、上記の痴漢目撃経験があったため、電車通学時は最大限の警戒態勢で臨んだ。
といっても、痴漢に遭遇したらぶん殴ってやる、と思いながら電車に乗るだけだ。しかし、それが効いた。
同級生と比較すると痴漢に遭遇する頻度は非常に低く、4年間で5回くらい。
胸をもまれたり、股間をまさぐられたり、尻をガシっとつかまれたり、下半身を露出したり、「こいつ、痴漢だ。」とはっきり分かったケースだけだが。
この数を言うと、同じように電車通学していた人には「少ない!」驚かれた。
痴漢にあうのは、風邪をひいたり精神的に落ち込んだりしているなど、弱っているときだった。
どの場合も蹴る、殴るなどして抵抗した。ほとんどの痴漢はこわばった顔で次の駅で降りて行った。
しかし一回だけ、痴漢に殴り返されたことがあった。その場合は、他の男性乗客が「お前が悪いんだろうが!」と殴り返してくれた。そいつは下半身露出タイプだったため、他の乗客にも変質者だとわかりやすかったというのもあると思う。
電車以外では、本屋で2回ほど痴漢にあったことがある。2回とも蹴っ飛ばしたら逃げていった。
アパートで独り暮らしをしていたのだが、歩いているときにBMWから降りてきた知らないスーツのおじさんに家まで尾けられた。
階段の入り口までこられ、私が2階に上がるところまでニヤニヤしながらジロジロみられたので、降りて行って、「おい、なんか用か?」と声をかけると「いや、かわいいなと思って」ともごもご言ってから小走りで車に逃げていった。
おっさんが車に乗り込んで逃げていくまで、お前の車覚えておくからな!と、おっさんの車のナンバーを大声で叫んだ。部屋に戻って鍵をかけたあと、自分の手が震えていることに気づいた。
今思えばセクハラだなと思うことは山ほど経験したが書ききれないので割愛。
結婚してから、仕事関係のおじさんに会食して相談したいことがある、と言われ、断りにくい関係性だったため、夫に相談したら、夫が会食の場の駐車場で待機してくれたことがあった。会食中、全然相談の話にならずセクハラな会話が続き、次の店に行こうと手を握られたので下の駐車場で夫が待っているので、と言って帰った。当時30代半ばだ。
どちらかというと少ない方だと思う。
それでも、40代も後半になって思うのは、いろいろ危なかったな、ということだ。
土手おじさんをはじめ、今思い返すとヒヤリとすることがあった。
若い人は真似をしない方がいい。なんか便利なアプリとかあるみたいだし、周囲に助けを求めて欲しい。
で、本題だ。
某アンケートで、40代以上の女性で広告を問題視する割合が増えるという結果があったが、なぜ割合が増えるのかについては、
①「あの時は危なかったな」と被害経験を客観視できるようになった。
②上記に加え、子供を守り育てる年齢になり、子供たちにああいう目に遭わせたくないなという気持ちが強くなる。
という作用機作があるとおもう。
①について、若かったころは、世の中こんなもんだ、と思い込んでいたが、今思えば、ずいぶんむき出しの危険に晒されていたというか、社会に守られていなかったなという実感がある。
自分はもっと怒るべきだったし、痴漢は蹴っ飛ばすだけじゃなくて周りに助けを求めたり、警察につきだすべきだった。
だから、電車で痴漢を殴り返してくれた男性には今も感謝している。
殴るという方法は良くないかもしれない。でも、周囲の大人は痴漢に怒ってくれる、という信頼感を自分にくれた恩人である。
あのときは小さな声でお礼しか言えなかった。感謝しています。ありがとうございます。
②について、様々な既往研究では化学物質等の危険なものについて、子供の有無に関係なく30代から40代の女性が他の属性よりも危ないと感じやすいという一般的傾向が確認されている。
子供の有無に関係なく、というのがポイントで、その年齢になると、危ないものをより危ないと感じやすくなるのだ。
子供を守り育てるための本能に近いものではないかと考えられている。
割と良く知られていることなので、なんであのアンケートの調査者が既往研究について触れないのかは謎だ。
このことについて、年増女の若い子への嫉妬だ、と揶揄する人もいる。電車内の高校生を性的に見て何が悪いんだ、という人もいる。
おそらくそう言えてしまう人は、男女関係なく、①の被害経験が少なく、「あの時は危なかったな」という客観視プロセスを経ていない人、②子供を性的な被害から守りたいという意識の薄い人、なのではないかと思う。
経験や知識、実感がないと理解できないのは当たり前であり、仕方ないことだと思う。
①と②の意識は男女、年代問わず、誰でも持っている。ただ、それが他の属性よりやや高くなりやすいのが40代女性ということである。
そのためもちろん個人差があり、40代女性でも、高校生の時は自分で自分を守ってきたという自負がある人もいるし、電車内の高校生を性的に見ることを社会として受容可能という人もいる。
40代女性も一人一人違うのである。量的調査をすれば、平均値が他の属性と比較して少し上がる、というだけだ。
以上、40代後半女による、40代女性が例の広告はまずいと思いやすい背景の説明である。
まあn=1なんだが、n=1だろ、と切り捨てるのも科学的態度ではない。そうした質的研究を行うことで、説得力のある量的研究の設計をすることができる。
ちなみに、自分自身は、あの広告の表象が女性差別とは思わない。
巨乳フェチ漫画自体が悪いとも思わないし、新聞社が悪いとも思わない。
なんちゃらアライアンスみたいなのは、事業者間の約束事で、外野がどうのこうの言うもんでもないなと思っている。取り決めを行った主体間で、問題があれば話し合いをしていけばいいだけの話だ。
編集者等、編集部の構成員に上記の①や②の意識はどの程度あるのか。
編集者は「4月4日は今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうため全面広告を出しました。」というコメントをどのような意図で言ったのか?
その目的のため、広告を出すにあたってどのような工夫をしたか。
上記は別に糾弾するつもりはない。出版社ってどこまで考えてくれているのかなという、40代後半女の、単なる好奇心である。
以上。
2500万円で新聞に1回だしただけで、こんだけ長く毎日のようにあちこちでアップされるのって
広告の中では
今週も、素敵な一週間になりますように。
の一言しか書かれておらず、審査する側もこれに問題性を見出すこと自体無理。
進級・進学した女子高生が自分の一週間のことを祈っているだけのようにすら読み取れる。
「4月4日は今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、
広告審査をパスするような問題のない絵面でつくっておいて、掲載されたあとに
間違いなく流行ると思う。
「巨乳女子高生見て元気出せなどと醜悪な」って憤ってる人いるけどさ、
普通の受け取り方なら広告の『今週も、素敵な一週間に、なりますように』
って励ましの言葉で不安を吹き飛ばして元気になって欲しいんだなと思うでしょ。
初期のブコメでも、批判ロジックのおかしさに無意識に気づいてる人はいるけど。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/natalie.mu/comic/news/472548
この方やスターをつけた人は恐らくは編集部を批判したかったんだろうけど
疑問に思うべきは自分の受け取り方だよね。
先入観で不自然に歪曲した解釈をした為に生まれた自分たちの批判、
それを正当化する為に相手の方がおかしい事にしてるわけでしょこれ。
まあ、誰しも陥りがちな罠だと思うけどさ。
それだと「元気になって、不安を吹き飛ばして、元気になってもらうため」みたいな
因果関係のどれが一番先に来るんだかわからんコメントになっちまうわ。
そもそも胸の大部分を隠してるイラストなのに「巨乳女子高生見て元気出せ」
なんて解釈に疑問持たなかったのかね。
巨乳を一番に見て欲しいわけじゃないから巨乳を隠すイラストなんでしょあれ。
広告だから作品のイチオシキャラ使って、今週も良い週だから不安なんてないよ、
って励ましてるだけでしょ。
あのすいません人の話聞いてます?
広告の主眼が女子高生見てとかおっぱいで癒やされてだと、コメントの趣旨が
「不安を吹き飛ばして、元気になる」の順にならないでしょ?って話を聞いてもらってます?
「元気になって、不安を吹き飛ばせ」なら女子高生みてとかおっぱいみてって因果関係になってもおかしくないけど、違うよねって話を聞いてくれてます?
ねえ?
編集部のコメントが醜悪な下心前提だと、コメントの因果関係がそうならないって書いたの読んでくれてます?
一番最初に「ヤンマガ編集部コメントへの批判に絞って」って前提書いたの、2行目以後に忘れちゃいました?
ねえ?
「巨乳女子高生見て元気出せなどと醜悪な」って憤ってる人いるけどさ、
普通の受け取り方なら広告の『今週も、素敵な一週間に、なりますように』
って励ましの言葉で不安を吹き飛ばして元気になって欲しいんだなと思うでしょ。
初期のブコメでも、批判ロジックのおかしさに無意識に気づいてる人はいるけど。
「月曜日のたわわ」全面広告が日本経済新聞に「不安を吹き飛ばし、元気になってもらうため」(コメントあり)
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/natalie.mu/comic/news/472548
この方やスターをつけた人は恐らくは編集部を批判したかったんだろうけど
疑問に思うべきは自分の受け取り方だよね。
先入観で不自然に歪曲した解釈をした為に生まれた自分たちの批判、
それを正当化する為に相手の方がおかしい事にしてるわけでしょこれ。
まあ、誰しも陥りがちな罠だと思うけどさ。
それだと「元気になって、不安を吹き飛ばして、元気になってもらうため」みたいな
因果関係のどれが一番先に来るんだかわからんコメントになっちまうわ。
そもそも胸の大部分を隠してるイラストなのに「巨乳女子高生見て元気出せ」
なんて解釈に疑問持たなかったのかね。
巨乳を一番に見て欲しいわけじゃないから巨乳を隠すイラストなんでしょあれ。
広告だから作品のイチオシキャラ使って、今週も良い週だから不安なんてないよ、
って励ましてるだけでしょ。
たわわ批判派の論点が動き続けてて訳が分からない。ので整理した。
発端は日経の当該広告ではなく、ナタリーが伝えた編集部コメントという認識。
【炎上】日本経済新聞の広告がジェンダークレーマー被害に遭ってしまう - Togetter
今回の新聞広告について、ヤングマガジン編集部は「4月4日は今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうために全面広告を出しました」と語っている。
批判の理路は各人で異なるものの、概ね「元気になってもらうため」を「現実の女子高生を見て元気になって」と解釈したフェミニスト(※)が広告を掲載した日経を批判しているものが多かったように見える。
性的消費とか性的搾取とかの用語を使いながら、この広告を掲載することは即ち日経新聞による「現実の女子高生を見て元気になって」というメッセージの是認であるという主張に収斂していく様子が(主観的には)観測された。
※ 「善良なネットユーザ」でも「ジェンダークレーマー」でも好きなように適当に読み替えてください
そんなななか、ハフポストが専門家"治部れんげ"准教授を引き連れ以下のように問題点を整理してくれた。
「月曜日のたわわ」全面広告を日経新聞が掲載。専門家が指摘する3つの問題点とは? | ハフポスト NEWS
第一に「『見たくない表現に触れない権利』をメディアが守れなかったこと」が問題だと主張したが、法学クラスタからの猛反発を受けて治部れんげ准教授は「私の主張のメインは法律ではありません。コメント引用で見たくないものに触れない「権利」と書いてあるので、法律論だと思った方もいるようですが。」と実質的に取り下げた。
法学部出身の治部れんげ准教授が第一の問題点として挙げたが、法律よりむしろマナーとかそういうものに近い話だったらしい。
”見たくない表現に触れない権利”は存在しない。すでに司法で否定されていた。平裕介弁護士の解説。 - Togetter
2つ目の問題は、広告掲載によって「異性愛者の男性が未成年の少女を性的な対象として搾取する」という「ステレオタイプ」(世間的固定概念)を肯定し、新聞社が「社会的なお墨付きを与えた」と見られること
広告そのものが問題なのか、本編の内容や編集部のコメントも併せて初めて問題になるのか、など不明点はあるものの、「新聞社である」日経が広告を掲載したことが問題という主張だ。
3つ目の問題点は、これまで「メディアと広告によってジェンダー平等を推進し有害なステレオタイプを撤廃するための世界的な取り組み」を国際機関とともに展開してきた日経新聞が、自ら「ジェンダーのステレオタイプを強化する」という矛盾に陥ってしまったこと
この記事では記載されていないが、治部れんげ准教授はUN Women 日本事務所が推進する「アンステレオタイプアライアンス」のアドバイザーである。
そのアドバイザーが「「3つのP」という[...]基準に照らすと、[...]女子高生の『人格や主体性』は考慮されていません」と指摘」している。
「3つのP」という基準を守れていないことが問題だと明確に主張している。
治部れんげ准教授がやや燃えたあと、同じくハフポストがUN Women本部が日経に抗議したことを報じた。
国連女性機関が『月曜日のたわわ』全面広告に抗議。「外の世界からの目を意識して」と日本事務所長 | ハフポスト NEWS
UN Women 日本事務所の石川雅恵所長にインタビューを行い、UN Womenの問題点の認識を聞いている。
UN Women 日本事務所の石川雅恵所長は、今回の全面広告が、「アンステレオタイプアライアンス」の加盟規約などに反すると指摘する。
「今回の広告は、男性にとっての『女子高生にこうしてほしい』という見方しか反映しておらず、女子高生には『性的な魅力で男性を応援する』という人格しか与えられていません。私たちが重視してきた『3つのP』の原則は守られていないのです」
日経新聞が違反しているとされる「加盟規約など」の具体的事項は明らかにされていないが、ここでも「『3つのP』の原則は守られていない」ことが問題とされているように読める。
その上で日経新聞に「「3つのP」に反する広告を掲載したことも問題視し、同社の新聞広告の掲載基準の見直しを」要求したという。
『月曜日のたわわ広告は「アンステレオタイプ3つのP」に反したのか』2022-04-16|ヒトシンカ ( 『シンカ論マガジン』『センサイクロペディア』 )|note
社会常識としての日経「たわわ」問題(追記済 - tikani_nemuru_M’s blog
tikani_nemuru_Mさんへの返信 - hepta-lambda’s blog
違反しているから問題だと指摘されているが、違反していないかチェックするための基準ではないのでは?という議論。
基準の内容からしても、過去のインタビューからしても「3つのP」は達成できると望ましい、達成に向けて努力しましょうという位置づけという解釈が自然と考えられる。
もしネガティブチェックとしたら他の広告とたわわとの比較となり、たわわに恣意的な適用がされていないかという別の問題があるだろう。
UN Womenが抗議した報道を受けて、複数の政治家を始め表現の自由の侵害を懸念する声が上がった。
国連女性機関による「月曜日のたわわ」全面広告への抗議表明について|赤松健|note
これに対し、日経がアンステレオタイプアライアンス設立メンバであり、設立メンバとして個別に交わしていた覚書に違反したことをUN Womenが問題にしているのだから政治家が抗議するのは筋が違うという反論がある。
フェーズ1では社会の公器たる新聞社が広告掲載したことが問題になっていたが、ここに至ってはアンステレオタイプアライアンスに加盟していない新聞社であれば問題は無いことになる。
「3つのP」とか「ステレオタイプ」とか言われるけど、そもそも、あの絵のどこがダメなのか誰も具体的に指摘しているところを見たことがない。
著名な社会学者の小宮友根 教授がまとめた「性的客体化の表現技法」のどれにも合致していないように見える。
炎上繰り返すポスター、CM…「性的な女性表象」の何が問題なのか(小宮 友根,ふくろ) | 現代ビジネス | 講談社(1/9)
UN Womenは「「3つのP」に反する広告を掲載したことも問題視し、同社の新聞広告の掲載基準の見直し」を要求しているが、今回のたわわ広告を弾ける現実的な基準が全く想像できない。
日経新聞4月4日号に、ヤングジャンプ連載中の漫画「月曜日のたわわ」の全面広告が掲載された。その1日後の4月5日に、その広告が「女性を性的消費している」「新聞広告にはふさわしくない」と燃えている。
この問題で気になるのは、掲載の翌日の4月5日に炎上したこと、掲載された広告のイラストは制服姿の少女のものだが、漫画の最大の売りである彼女の大きな胸がほとんど隠れていることである。
もし4月4日の掲載日にこの問題が炎上したとすると、新聞を読んでいた人が電車内や会社で大きな胸も露わなイラストを見て「これはよろしくない」と騒いでいることになるが、炎上までに1日の誤差がある上、イラストは振り向きショット、腕で胸がほとんど隠れておりパッと見ただけでは彼女の胸が大きいことはわからない。となると別の理由で炎上している可能性が高い。
4月4日の昼に、webメディアの「コミックナタリー」が広告掲載意図について編集部のコメントを載せている。
「4月4日は今年の新入社員が最初に迎える月曜日です。不安を吹き飛ばし、元気になってもらうために全面広告を出しました。」
なるほど、掲載意図としては、4月1日入社の新入社員を元気づけたい、と言うものだったと言う。そう言う意味では、可愛らしい少女のさわやかなイラストや「今週も、素敵な一週間になりますように」は、一定程度意味があるように思える(若干アイキャッチ的に女性を使ってるともいえるが、まあ漫画のヒロインなので、そこは置いておく)。ただ、なぜこの漫画が、「月曜日の憂鬱」を吹き飛ばし、元気になるに値するのか。ナタリー編集部がご丁寧にも説明している。
「「月曜日のたわわ」は、月曜日が憂鬱な社会人に向け、豊満な体型をした女子を中心に描かれるショート作品。」
月曜日が憂鬱なのは社会人に限らず、学生、主婦、みんなそうである。休み明けは力が入らない。なんとなく憂鬱だ。そんな人を元気付けるために用意されるのは、さわやかな青空でも綺麗な花でもおいしい朝食でもなく、「豊満な体型をした女子」であるという。
一般論的に、豊満な体型の女性を見て「元気が出る」のは異性愛者の男性かと思われる。ただ、月曜日が憂鬱な社会人には、異性愛者の女性もいれば、セクシャルマイノリティ男女もいる。そうなると、この理論は極めて限定的な人へのエールであるともいえる。そんな思い切り異性愛者の男性だけに向けた広告を、「新社会人へのエールとして」日経新聞に掲載されると、日経新聞読者のうちの何割(異性愛者の女性、同性愛者の男性など)かはムッとするのではないか。おまけに、女性に至っては、自分が「月曜が憂鬱な男性を元気付けるための属性」というレッテルを貼られてしまうため、よりイラッとする可能性がある。男性には月曜日を元気に迎えてもらうために手当が用意されてるのに、同じ思いをしている女性(特に豊満な体型の女性)は、自分の感じる月曜日の不安や憂鬱は無視される上、己が属する性が逆に男性を元気づけるために「利用」されるを目の当たりにしなくてはならない。これでは女性が怒るのも当たり前である。
今回の広告は例えば「宇崎ちゃんは遊びたい!」の献血ポスターに比べると、胸元がほぼ見えず、絵だけを持って性的な表象としていると訴えるのは無理筋だと思う(まあアイキャッチ的ではあるが、漫画の新刊の宣伝なのでヒロインが描かれるのは当然である。)。また、この広告は漫画の新刊の宣伝でもあるので、広告を掲載していけない理由はない。ただ、この漫画の成り立ちや訴えたいもの、広告掲載意図がインタビューで語られた途端、この広告、この漫画は極めて限定的な人に向けた情報であり、女性を含めたいくつかの属性の人は無視され、また女性に関してはある種「自分の属性がレッテル貼り」されるのを目撃している状況になってしまった。
個人的には漫画は好きなので、月曜日のたわわが悪いとは思わない。新刊の宣伝もしていいと思う。ただ、講談社は本当に新入社員へのエールとこの漫画の宣伝を掛け合わせる必要があったのか、コミックナタリーは、「「月曜日のたわわ」は、月曜日が憂鬱な社会人に向け、豊満な体型をした女子を中心に描かれるショート作品。」という文を書く必要があったのか。誰かのことを無視して、広告掲載を擁護する人は「日経新聞なんて男しか読まないんだからマーケティング的には合っていた」などと言うのが正しいのか。もう一度考えた方がいいと思う。