私は、送り仮名が間違っている人に対してかなり厳しい。
明治大正あたりの小説では、今とかなり違う送り仮名が使われていたりして、しかしそれは別に構わない。
全国で同じ言語を学ぶと言う国の目的のもと、国語の教科書の内容がある時期に統一されて、それを小学校で全員が学んでいるにも関わらず、間違える人に対して、「なんで気づかないの?」「小学校の勉強もできなかった人かな?」と思ってしまう。
一方で、夫は「伝わればよくない?」とのこと。さらに、「人文学的な内容は時代で変わるのだから」「増田は学校で習った正解にこだわりすぎる」という。
そりゃあそう。私だって伝わればいいと思う。でも、送り仮名がちょっと違えば、ぱっと見て読めないときもあるではないか。うんだ、と読みたい時に、生だ、と書いてあると、難しくないか?
時代で変わる、に関しても反対だ。なぜなら、増田と同年代は全員同じ指導要領で学んでいるので、違うはずがない。
正解にこだわりすぎる、というのも、よくわからない。正解うんぬんではなく、そもそもひとつしか解がないので、それ以外を選択しようがないではないか。
一方で、テストのときは点数のためにちゃんと書くべき、と言っている。おもしろい。じゃあ普段から書けよってな。
うーむ。
自他の境界がないアスペなのでは
どっちが?誰が?
𓆊「オッ…オレに聞かんでくれえッ!!!!」
区別ついてない人
ありがとう まあ確かに……
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𓆊「だがオレは命中の瞬間」 𓆊「真空の斧で空気流のバリヤーを作り🪓🌪️🛡️」 𓆊「直撃をふせいでいたのだ…」