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2017-06-09

高専奨学金でなんとか高学歴?になって、感じた・思ったこととか

社会人3年目が終わったので、どうやってここまで来たのか書いてみることにする


一応ほぼ自分の金? で高等教育?の高専大学大学院までは卒業したので

金がなくて大学とかどうしよって思っている人とか

金がなくて子供学校にやれねーなと思っている親とかが見てくれればと思う



まず最初自分の家庭環境とか進学時の経済状況とかだけど

中学高校を選ぶときにまず、私立にはとてもじゃないけどやれないと言われた

まあ兄弟が5人いてその長男から仕方ない感じはあった

よくもまあこのご時世に5人も作ったって話ではあるんだけど

で進学先は公立国立しか選べんかった

国立高校近畿の某大都市までいかないとなかったし

公立高校県内だと最高70くらいの偏差値場所しかなかったか

対して偏差値も変わらなくてお得な工業高等専門学校とやらに行くことにした

からしたら早く働いて欲しかったみたいだからそこを進められたってのはあったんだろうけど


この『高等専門学校』略して『高専』は工業高校短大を組み合わせた?みたいな感じの学校

だいたい全国の都道府県には1つづつ(ないとこやいっぱいあるとこもある)あって

基本的工学系の学科電気電子機械情報建築物質化学なんて種類がある

五年間勉強して、そっから就職か進学することになる


卒業できれば工業高校とか工学部と同じくらいに就職はしやす

どのくらいしやすいかて言えば面接一回で受けた次の日に内定が決まるとか

学生一人あたりへの求人件数が30~100倍とかそんな感じ

基本的大企業(メーカインフラ)の現場職として就職する

でこれが就職の話で次に進学の話



高専からの進学は基本的国立大学工学部への3年次編入になる

難易度的には普通にセンター試験?(私は受けたことがないのでわからない)で入るよりも簡単らしい

それと高専学費自体普通高校よりも高いんだけど

大学4年間と高専の4・5年+大学3・4年だと高専大学の方が安くなる

高校大学高専大学でみても後者の方が安い

(具体的な額とかはだんだん変わるだろうから調べてください)

あと高専には専攻科っていうのがあって

高専+2年間、高専勉強することで大学相当資格を貰える

ぶっちゃけ難易度お金の面で言えば専攻科+大学院の方が簡単で安い

ただ、人や金の面で言えばあんまり専攻科はお勧めはしない

しょぼい国立大学でも専攻科よりはましだと思うので




で、高専5年間で感じたことを書いていきます

まず自分には工学自分で選んだ学科がクソほどつまらなかった

交流とか電磁気とかやるわけなんだけど

とにかくつまらん、数学もつまらない

歴史とか語学講義もないことはないんだけど

高専カリキュラムではそういう講義二の次三の次

ぶっちゃけ中学の時点で道を狭めたことは後悔したし

そもそもあってないことを続けるというのはかなりの苦痛だった

もし高専に進もうとか考えている中学生とか

高専に行かせようとか考えている親御さんがいらっしゃるのなら

この先40年近くそういうことと付き合うことになるということを考えてから進学して欲しい


とにかくつまらんかった

高専先生が良く言うのが君たちは技術者になるんだっていうこと

この技術者ってのが私にはすごくつまらなく聞こえた

高専を出て、キャリアを積むこともできずにこのままつまらない技術者になるのは嫌だった

(技術者の人には申し訳ありません)

かといって研究者になろうとか起業しようとかそういう考えがあったわけじゃないけどとりあえず進学することにした






さっき高専大学はお得っていいました

でも、親は当然大学お金なんてだしてくれません

それどころか高専4・5年のお金自分でなんとかしろって言われました

さて学生の私はどんな手を使ってお金を集めればよいのか?

から金がでない場合

奨学金

授業料免除

アルバイト

この辺が妥当だと思う

ということで奨学金を借りてアルバイトして授業料免除申請しま

これが割と辛い

まず肉体労働して勉強するのは想像以上に辛い

夜中のバイト生活リズムが崩れて講義中辛いし

割のいい肉体労働(引越し配達仕訳)なんかは肉体的に辛い

勉強面では

授業料免除しようとおもったらまあクラス5番以内には入っておきたい

奨学金一種(利子無し)を貰おうとすると10番以内には入っておきたい

さて、肉体労働も頑張って、成績でも頑張って

自分に残るのは?

奨学金で膨らんだ借金だけです

親にははよ働いて欲しいといわれて

いくらバイトしても金は残んなくて

周りのみんなはバイト代バイク買ったり

スキーやらスノボに行き初めます

マジで辛い

私も車の免許みんなと合宿で取りに行きたかったし

バススノボに行きたかった

でけえバイクにも乗りたかった

携帯も新しくしたかった

なのに残るのは借金いくら万円なわけです

とういことで自分の金で大学に行くというのは中々辛い

高専からルートなので高校からルートよりは楽だと思いますがいやあ辛かった

なのでもし自分の金で大学に行きたい人とか

金がないのに大学に行かせたい親とかがいたら

まあ覚悟して頑張って下さい

さて、ここまでは高専の話です

次は大学編入のお話です

高専から大学編入は正直私には難しくありませんでした

自分で金を稼いで高専に行っていた二年間の間の勉強で十分大学には入れました

ちなみに基本的大学編入は3年次編入なのですが

某T大学とK大学高専生には『教養』が足りないとうことなので

2年次編入になります

自分は2年次は嫌だったので別の大学しましたが

あと、高専生が良く行く大学技術科学大学があります

愛知県豊橋新潟県長岡にあるのですが

この二つの大学高専時代の席次が3番以内だと入学料・授業料全額免除特待生になれる可能性があります

自分も割と迷って結局いきませんでしたが、お金に困っている場合はかなりアリな選択だと思います

ちなみに編入試験は国立大学でも試験日程さえ被らなければいくらでも併願可能です

そのため、ぶっちゃけ余程勉強していないような同級生でも

国立大学バンバン編入していたので国立大に入りたいだけなら高専コスパがいいと言えると思います

普通高校からだと大学受験時に予備校や塾に行くのが普通だと聞いているので

そういう場所に全く行かない高専生は大学に行かしたい親から見れば凄くお得な教育機関だと言えます




では晴れて、高専かい監獄を抜け出して

工学部とは言えなんとか歴史ある国立総合大学様に編入できたわけですが

まあ工学部隔離されてましたので

はいねえし、高専生を少しお上品にしたみたいなやつらでいっぱいでした

サークルってやつにも3年生ながらに参加させて貰って楽しかった

ただ、高専とは別の意味で色々辛いことがありました


まず研究室です

理系学部の人はだいたい4年次、早ければ3年次に研究室に入ることになります

研究室によって辛さは変わります

まあ電気とか機械とかこの辺はだいたい辛いです

就職のしやすさと研究室の辛さはだいたい比例です

とにかくコアタイムとか辛いし

週報とか辛いし

実験はつらいし

論文はつらいし

学会とかつらいし

講義でて、バイトして、研究して、なんとかサークルして・・・

からだがいくつあっても足りません

正直就職したら楽になったって人の方が多いです

なんで自分金工面して理系でやっていくというのはマジのマジで辛いと思います

(文系とか工学系以外はやったことないので比べようがないですけど)




次に世界の違いです

高専はまあ偏差値自体はそれほど低くもないのでいうほどアレな人はいません

私は高専の中でも割と貧乏でしたが、高専の連中とは割と話とかは合いました

しかし、まあ大学で会う多くの連中は『違う』気がしました

そりゃあ私と同じく奨学金を借りて、授業料免除を受けて大学に通ってるやつもいます

でも大多数の人間基本的に割と裕福な人が多いです

そして努力もするし、自分投資しま

なぜなら彼らはそれが帰ってくることを知っているからです

それが価値あることだと思い知っているからです

私の地元中学同級生には彼らのように勉学にお金努力を賭ける人はあまりいません

そんなことするくらいならヴェルファイアでも買っていると思います

私の地元同級生と何が違うのか

なんで、頭のいい大学生がそういう風な考え方でやっていけるのか考えれば

やっぱり親とか友達とか周りの皆がそのように考えて

彼らがやったことを褒めて価値を認めるからだと思います

そんな下地がある上に個人個人能力も高いのです

から私はすごく視点が違う場所に来たと感じました

そして、私はそれを凄く羨ましいと感じました

それで自分と彼らを比べてスゴク辛くなってきます

私もそんな環境ならもっと上にいけたんじゃないかとか情けないことを考えてしまます

彼らは普通のことをやっているだけなのに環境や考えの違いを思い知らされます

彼らは私と普通に接しで普通に喋っているだけなのに

その結果、家賃携帯代を学費を食費を『自分時間』を払っていることにやるせさなや怒りを感じて

まあ中々辛いです

色々思い知らされて

そんなこんなで大学卒業しました

それでまあ工学自体は嫌いでしたが結局大学院までいくことになりました






大学院までいくころにはもう親はあんまり何も言わなくなりました

からすれば大学院なんてもう聞いたこともないような世界だとかなんとか

自分の金で行ってるんだから勝手しろとのことでした

さて、大学院基本的研究をする場所です

高専のころに言われた『技術者から離れて

技術者の『マネージャー』とか『研究者』になることが現実的になってきます

また、学会海外に行ったり

海外雑誌論文投稿して自分名前を載せることができたり

ついに勉強してきたことと実際の世界がしっかりとリンクしていることを感じることができます

やっとこさ高専のころのクソ詰まんなかった電磁気イオンの動きやなんやかんやがついに意味を帯びてきます

まあつまんないことに変わりはなかったんですけども

ただ大学院研究成果は奨学金免除に直接影響しま

英語論文2本出しとけば修士の分の奨学金は全額免除くらいは行けるでしょう

なんで貧乏場合は割と大学院は楽です

研究成果も出しやすくなっていますので

ただ、研究自体さらにきつくなります

正直、バイトよりも奨学金借りるだけ借りて研究して

免除を狙った方がコスパがいい気がしま

就活です

正直言って、工学部なら就活は余裕です

工学部には学校推薦制度があってかなりの確率内々定を貰うことができます

大手でも推薦一本でも十分行けます

ただ、私は工学あんま好きじゃなかったので自由でいろんな企業を受けてたら

夜行バス学割在来線を使っても交通費10マンくらいかかってしまいました

あとスーツとかカバンとか靴とか色々高いです

ただなんだかんだ言って高いモノかっても安いモノかっても就活には影響しないのかなという感じです

私は某巨大スーパースーツに某ブラックで有名なチェーンのシャツニット帽で有名なチェーンのネクタイとかで

就活してましたがなんだかんだ大手5社くらいから早々に内定者はもらえました

でまああとは研究頑張って修論書いて終わりです

修論は無茶クソ辛いです

就活の百倍辛かった



こんな感じですね

就職してから三年たってやっとこさ奨学金を返し切りました

だいたいアクアが二台くらいですかね?

そのくらいの金額でした

やっとこさ同期のみんなと同じスタート地点に立った感じです

高専の同期は結婚したり、でかい車かったり、下手をすれば家を建ててます

大学大学院の4年間と奨学金を返し切る3年間で高専の同期とどれだけの差が開いてしまったのか

大学院の同期に三年間でどれだけおいて行かれてしまったのかわかりません

でも高専から現場技術者になってもそもそもなにか違うという考えがずっとよぎっていたのではと感じます

原チャ廊下を走り回っている中学ちょっと頭のいい高専、頭のいい大学とたどってきたおかげで

いろんなことを考えることができたと思います

学歴がなくても生きていけますけど学歴がないと見えない世界もあります

逆に学歴があると見えなくなる世界

からもし、貧乏だけど大学にいくとか、今勉強してることがなにか違うと感じてるとか

そういう人に見てもらえればと思って書きました

2016-11-21

原チャ乗って資源ゴミパクってる爺さんって元手取れるのか?

本文なし

2015-10-24

男が狼であることはテレビが教えてくれた

私は超テレビっ子だった。小学生の頃からスーパージョッキー」という昼からエロを垂れ流す番組などを見ていた(親が兄弟野球クラブで不在だったので、ひとりで見ていたのである)。だんだんドラマ理解できるようになり、土ワイとか火サスとかも見ちゃうようになった。

土ワイでおなじみ「家政婦は見た」では、市原悦子が家政婦に行った先の爺さんが若い女の子に手を出す描写なんかもあった。ジジイになってもあわよくばと思っている男がいるもんなんだな、気持ち悪いなと思ったりした。

中学生くらいになると深夜番組を見るようになり、「ギルガメ」や「トゥナイト」も見ていた。それ系で際立って酷かったのが、「A女E女」である。今流したらとんでもないようなことを若い女の子がさせられていた。本当に卑猥だった。

だいたい、芸能人ゴシップは既婚者が20歳以上離れた女の子不倫騒動が当たり前にある。

70過ぎの歌舞伎役者が、40歳以上離れた女性結婚し、しかお腹に子までいるとか。武なんて胸が大きい人と不倫しに行いこうとして原チャ事故るし、明石家さんまは、60歳になっても今年惚れた女とかいってランキングを発表していたり、あわよくばの塊の人たちばかり。

芸能人パパラッチのおかげで隠せないだけで、だいたいの人が大なり小なりそんなもんだろうなと。

美術館行って、作品見て高尚なこと思ったあと帰ったらオナニーするぞ!

独立系映画見に行って、感動しても帰ったらオナニーするぞ!

福山雅治も、岡村隆史ラジオで語ったのは、オナニーのこと

京都のあの青年が語ることは、容姿セックス勃起

島耕作は、60過ぎてもセックス


それはさておき、テレビに男は狼と教えられ、おかげさまで身持ちの堅さはダイヤモンド級となった私。30半ば未婚。今年、家を買う決心をいたしました。イエイ

2015-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20150113041123

茨城引っ越しから原チャノーヘルや2人乗りの中学生らしき子をたまにみかける。

あと、お金ないから原チャを改造して爆音で乗ってたりw

田舎だなぁ、と思う日々。

2015-01-11

痴漢関連の記事を見てうっかりフラッシュバックして涙が止まらなくなったので吐きに来た。

大丈夫なつもりでも駄目なもんだと実感した。経験のある人にはフラッシュバックを引き起こすかもしれないので、以下の内容は読まないように気をつけて。


痴漢経験は何度もあって、最初小学生の時。

初めてディズニーランドに行った日のことだったからとても鮮明に記憶している。

電車に乗っていた。朝で混雑していて、乗り換え駅で家族の後を追って電車を降りようとした時、後ろから尻を鷲掴みにされた。

お出かけだからって真新しいジーパン履いてて、かなりの力で掴まれた尻に当たる布地が硬かったことまで20年以上経った今も覚えている。

頭が真っ白になっている間に何度か揉まれた。振り向いたのはホームに降りてからで、その時には降りてくる多数の客に紛れて犯人が誰だったかなんて分からなかった。

親を追いかけて必死で走って行って、その後はもうひたすら怖くて乗り換えた電車では親の脚にしがみついていた。

折角のディズニーランドなのに、到着前に電車酔いして吐いた話は家族の笑い話になってるけど、気分が悪くなったのは電車酔いのせいだけじゃなかった。

次にディズニーランドに行ったのは約10年後。

友達にいくら誘われても断り続けてたけど、車で連れてってもらったら思ったより平気だった。


道を歩いてて後ろから来た男に抱きつかれたことも、露出されたことも、本屋立ち読みしてて尻を触られたことも、電車の中で何度となく遭遇した痴漢も、その他いろいろも記憶として存在してるけど、鮮明過ぎてキツイのは上に書いた人生初めての痴漢と、二十代になってからのものだ。


大学生の頃、自転車帰宅途中、自宅まであと一分の所で後ろから来た原チャの男(フルフェイスだったので確信はないが、そう思っている)が強引に寄せてきて、私は自転車にまたがったまま道脇の家の壁に押し付けられる形になった。腿を掴まれ、さすられ、股間をまさぐられた。

やめてくださいと声は上げた。聞いてる人はいなかった。

腕を精一杯突いたが離れてくれず、壁と自転車の間に挟まれた片足が痛かった。

しばらく触られたが、もう一度やめてくださいと声をあげて手を押しのけ、肩のあたりを押すとやっと離れた。

走り去る原チャナンバープレートは上からガムテープが貼られていて番号が見えなかった。車体の色や何か文字が書いてあるのを必死に見ようとした。

家に駆け込み、玄関先で泣きじゃくって怖かったと訴えると事態を把握した家族警察を呼んでくれた。

警察は割とすぐに来てくれて、どこでどうされたとかの話をした。家の目と鼻の先での事だったので、声出した?家族呼ぶとかした?と聞かれた。

声は出したが、数件先の自宅に届くような大声ではなかったと言うと、それじゃ駄目だと言われた。

中年男性警官と二人きりでパトカーの中で質問されることが怖くて仕方なかった。

警官は二人いて、一人はパトカーで私と話をして、もう一人は外で写真を撮っていた。二人ともパトカーに居たらもっと怖かったか、それとも逆に安心できたかはわからない。

まず最初に本当にそういう被害にあったのね?という確認からまり、嘘ついてると思われてるのかと愕然としながら、覚えてる限りのことを喋った。

原チャの特徴や相手の服装、ナンバーを隠していたことも言った。

他に目撃者いないのにナンバーわかんないんじゃ捕まえらんないよと即座に言われた。

そのあたりでまた泣き出してしまって、とても迷惑そうな顔をされ、泣きながら謝り続けた。

パトカーを降りてもう一度現場確認しながら警官はまた捕まらないだろうねと言った。

駄目ですかと尋ねると、物を盗まれたわけじゃないのと、ナンバーわかんないんじゃまず無理だからと返された。

無力感絶望感で警察なんか呼ぶんじゃなかった恥かいただけだったと後悔に襲われて、警官が帰った後で母に抱きついてまた泣いた。父はひったくりじゃなくて良かった、犬に噛まれたと思って忘れなさいと言っていた。

あれから何年か経つけど、犯人は捕まってない。


たぶん私は軽い男性不信になったのだと思う。

それから男性と付き合えなくなった。

後ろから近づいてくる気配が異常に怖くて足音が聞こえたりエンジン音がすると何度も振り返ってしまう。あと、昔から仲良くしている男友達以外の男性と二人きりで密閉空間に居るのが耐えられなくなってしまった。

エレベーターで知らない男性と二人きりになると威圧感のようなものを感じて息が止まってしまう。高層階に行くときだと酸欠になる。

不思議なことに男性複数人いる場合はさほど気にならない。電車普通に乗れる。

から警官とのやりとりでダメ押しされた感はある。

確かに書類上の被害は何も無いに等しいんだろうけど、数年経ったいまも涙が出てくる程度には辛い。

このトラウマを面と向かって話すことができ、聞いて理解してくれる男性なんているのかなと思う。

いてほしいし、そういう人と会えればと思うけど、匿名で書くのにもフェイク入れないと怖くて書けないし、べそべそ泣いてるしで、難しいだろうなあ。

2012-08-15

原付二種欲しい!

現在通勤チャリ電車+徒歩で行っているわけだが、これが地味にめんどくさい。

全部チャリオール徒歩、電車1時間から5分とかならあまり気にしなかったんだけど、

車移動がデフォ田舎っ子育ちなので、贅沢言えばドアtoドアで移動したい。

しかし車を維持するだけの財力があるわけでもないので、二段階右折なし+30キロ制限なしの

原付二種を買いたい気持ちがすごい高くなっている。コスパもいいし。

9月まで予定がいっぱいいっぱいだから無理だけど、10月になったら本格的に

教習所通ってみよう。学生時代原チャを乗り回して色んな所にいって楽しかたから、

原チャ2種を買ったらちょっと遠出もしてみよう。盗んだバイクで走りだす~って歌いながら。

本格的にバイクいじってる人からしたらちっちぇえ夢だと思うけど、

自分にとってはすごく切望してる夢。目標は冬になる前に原二ゲットだ!

2009-09-10

こどもちゃれんじから高校講座までやってたよー

はてブより失敬

上限18歳は勿体無い。せっかくならその流れで密着して、大学単位の取り方、サークルの選び方や、就職後の上司へのゴマのすり方まで、オールベネッセはどうなのよ

上司へのゴマのすり方…のノウハウはさすがに無理だけど、大学生活にいたるまで…の情報ならサポートしてるよ

 

今は違うかもしれないけれど、という前置きあり

高校講座を受講していると、大体合格発表が出始めた時期に

「どの大学に受かったか教えてくれませんか」アンケートが来る

 

その中身とは「次に受験する人のサポーターになりませんか」というもので

自分が受かった大学来年受験する人の質問に答えたり、

大学カリキュラムや、大学生活について、テンプレート化された用紙へ回答したりする

 

これがうまい大学生になったら高い教科書を買わされることが多かったし

手書き1通で図書券1000円もらえて、ちょっとした小遣い稼ぎになってた(ひと月に数通の微々たる物だけど)

もちろん相手へは匿名…だけど自分の後輩になるかもしれないと考えると気合が入る

 

今は多分ネットとかあるからこういうサービスは消えてそうだけど

地方在住で他県の大学受験しようと思ってる人にとってはすごくありがたいシステムだったように思える

塾もねえネットもねえ吉幾三故郷レベルに住んでた自分もこのサービスを利用してたからそう思うんだけどw

 

それとは別に教材として届いた「日本国大図鑑」みたいなのは、学校にあるものより参考になった

男女比率とか、学校への満足度、在学生の一言コメント(「学食カフェテラスです ○○学部・女」とかいう)……もう見てるだけでワクワクですよ

受験生が一番必要としてる情報偏差値ではなく、「この大学に入りたいから勉強するぞ!」というモチベーションなのであって、ベネッセはそれをよくわかってたんだね

汚いなさすがベネッセきたない

ターゲットの、非常に細かい心の機微までバカにしない理解&商品への反映の積み重ねが、自社の強みの一つだと考えているんじゃないかなぁ?ベネッセは。

エントリ先から引用。まさにそのとおりだと思います 

 

 

余談だけど、その大学図鑑で某新興宗教大学は、満足度が100%、コメントも絶賛の嵐で、高校生ながらに「うわっ…」って思ってた

たいていは「校舎が古い」、「駅から遠い」、「構内が広すぎて原チャ必須」などのマイナス意見も入る

他のミッション系、仏教神道大学普通大学と同じように評価されてるのに、なんか気持ち悪かった

 

ベネッセ宗教的な何かと関わっている?という憶測は多分違っていて、

多分その新興宗教大学を肯定する意見しか寄せられないんだろう

ベネッセ中の人たちはある思想を持って平等だから

あ、「教育」か…

2009-04-19

カッとなって書く

原チャで走ってたら止められた。

「テールランプ付いてないよ!

なにやってんの!」

いやいやいや出るとき確認しましたって、てか今ついてますから

「そんな訳ないでしょう、なにバカ言ってるの!さっき消えてたから」

で、このまま平行線

ホントあういう人たちって話通じないのね

時にやさしく接していい警察官だな俺はって感じですか。おめでてーな

5000円より態度がイライラするわ


あー、おもわず書き散らしてしまった

ネガコメ2chでやれ、ですねそうですね

2009-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20090202013456

個人的には学校至近がおすすめ

徒歩圏を外れると天候が悪いときに学校行くの大変。

田中は住んでたけど悪くなかった。

少しややこしい地区な分(w、家賃が安め。

学生が住むようなアパートではややこしい面はまず関係ないし。

てかそもそもガチの地区には学生向けアパート無いんじゃない?

あの辺に住んでるとだいたいチャリでどこでも行けるし、

毎日行く場所の近くに住むのがいいと思う。

コンビニの近さは大事。

あと、チャリ原チャが両方置けるところに住むと、

行動範囲を広げられてとっても便利に生活できると思う。

2008-12-25

http://anond.hatelabo.jp/20081225185648

うーん…その友達の態度微妙だけど,3回の違反は何したの?

自分原チャ免許ふくめて免許取ってから8年くらいたってるけど,違反で捕まったことは一回もないよ(違反が全くないとは言わないが,一時停止無視とかはしないし,車の免許になってからは特に注意深くなった気がする)。何となく五十歩百歩の印象はある。一年目は確かに無理をしがちだし,運転もうまくないけど免停になるのはそんなにあることではないと思うよ。走行距離とか関係なく。

捕まるかどうかではなく無違反を心がけようね。

2007-11-26

自己分析のための大学生活伝2.0

 自分への覚え書きも兼ねて。まとまらん文章で失礼します。ちなみになぜ2.0か?増田で訊いているからです。それだけです。

1年生前期・・・高校時代ずーっと非リア充で悶々と過ごしてきたので、その頃から大学に入ったら彼女でも作ってわいわい楽しく過ごすぞー!!って言う強迫観念にも似た意思があった。1年の前期はその意志だけで動いていた。私立文系

 一番はっちゃけていた時期かもしれない。おしゃれになろうと努めたり、大学に入る前から学部主催の交流会に出たり、入学式でちょっと仲良くなった人と写真を撮ったり、テニスサークルに入ったり、ノリでフットサルサークルに入ったり、基礎演習や語学の人たちと一緒に遊びに行ったり、サークル等の新歓花見飲み会に手当たり次第参加したり、とにかく交友関係を築こうという意思は十二分にあり、おかげで俺の顔と名前だけは知ってもらえることに成功した。友達や新たな出会いを求めて、他の基礎演集のクラスの輪に一人で乗り込んでいくことも多かった。携帯メモリが一気に100件増えた。飲み会カラオケオールという夜の遊び方の流れを覚えた。ピークには1週間に6回は飲み会だった。

 はっちゃけていたし、なんせ世渡りを知らない青二才だったので、正直にいえば原チャ飲酒運転チャリパクで捕まったりもした。今では反省している。自分自身でもむちゃくちゃだな、と思いながら生活していた。それ以上に楽しかった。大学デビューはそこそこ成功したんじゃないのかな。逆にちょっとはしゃぎすぎた感が否めない。うん。もう一度言うけれど今では反省している。

1年生夏休み・・・1年の前期でテニスサークル空気が何か違うなと思ってやめた。フットサルサークルも好きな子がいたけど振られたので気まずくてやめた。どっちにしろ、この時点で付き合いの幅を決定してしまうにはまだ早いなと思ったという経緯もあったんだけど。

 バイクに乗りたいと思って教習所通いを始めた。

 経験とお金を稼ぐために飲食店のキッチンバイトを始めた。

 このごろには彼女できるかなと思っていたが無理だったのでサークルで仲良くなった男3人で花火を見に行った。相変わらず飲み会だけは多かったが前期の頃と比べるとまだ少なくなってきた。

1年生後期・・・それまでどっちかというと古着しか着ていなかったんだけどすこしいい服を買い出すようになった。バンドをしている友達に影響されてエレキギターを買った。前期のやり方がだんだん通用しなくなってきた。それまではちゃんと授業に出てたんだけど、後期に入ってから授業の出席率が悪くなった。

 加えて友達が、それぞれ別の友達と仲良くなり始めて俺のコミュニケーションできる人の数が徐々に減っていった。別に仲が悪くなったわけじゃないんだけどちょっと話しかけるの気まずいかな、って言う人が少しずつ増えてきた。俺はどうも狭く深い人間関係を築くのが苦手だなぁ、広く浅い人間関係のほうが向いてるんじゃないかと思ったのもこの頃だったと思う。それまではあまり家にいることは少なかったんだけどこの頃から家にいる日が増えだしてくる。そして俺はそんな状況をあまり心地よく思っていなかった。

 バイト先の女の子を好きになっていっぺん遊びに行ったけど結局無理だった。なんとなくうまくいかなくて閉塞感が漂っていた時期だった。逆に言うと現実的になり始めた時期かもしれない。

 年の終わりごろにバイクを購入した。いきなり次の年の初めにはバイクがきっかけで女の子と仲良くなることがあって、バイク所持の攻撃力の高さを思い知った。

 色彩検定2級をとった。

1年生春休み・・・新しく入ってくる新1年のための新歓スタッフを務めることになり、新歓交流会の企画運営を行った。がんばらなくてはという自負でちょっとした責任者ポジションについたんだけど、他のメンバー女の子ばっかりでしっかりしていたうえに、俺自身がそんなにしっかりしていなかったので空回りばっかりで、うまくマネージメントすることができずに終わってしまった。がんばろうという意思だけは最後まであったのだが、ある意味総すかんを食らった形だったので、俺は陰ながらメンバーにいらいらしたり、半ばふてくされながらやっていたりして、とにかく俺の交友関係(特に女子)に禍根を残す形になってしまったといっても過言ではない。そこで、俺は人の上に立って人を使ってあれこれ言う立場には向いてないのかな、もしそうありたいならもっと責任感や計画性を持たなければいけない、ということを感じた。

2年生前期・・・新歓スタッフとして前期の間新1年の基礎演習のサポートをすることになり、ちょっとしたごたごたの末そこで知り合った新1年の女の子と付き合うことになった。素直でいい子だった。2年の前期と夏休みは半分その子との思い出みたいなものだ。かといって、それで新1年のサポートがぐだぐだになってしまってはまずいと思って、本業もちゃんと全うして、今度は遺憾なく新1年を取りまとめることができた。生活的には1年生後期のようななんとなく広く浅く友達と付き合っている感じだった。

2年生夏休み・・・半分彼女との思い出。今のところ人生で一番楽しい春夏だったと思っている。やはり交友関係は広く浅くの方向であまり誘われるほうでもなくなってきたがそれでも何とかやっていけたのはひとえに彼女がいたからであり、交友関係もまぁこんなもんなんだろうとだんだんたかをくくり始めた。

2年生後期・・・ゼミが始まって新しい人との出会いがあった。でももちろん1年前期のようなわきゃわきゃした空気は俺も周りも持っていなかったので、至って現実的で建設的な交友関係を築いた。

 mixi炎上して、その事が彼女鬱憤を爆発させることにつながって、結局彼女と別れて、なんとなくやけくそな時期を迎えた。授業に出ない日も増えたし、バイク事故ったり、無駄に夜更かしをして1日2日無駄に過ごすことも多くなった。日常が音を立てて崩れるのを感じて少し絶望的だった。そんな体たらくなので周りの人と話す元気も少しずつ失せていって、俺の交友関係はまた少し小さくなった。

 先輩にクラブミュージックを紹介してもらって、クラブミュージックに興味を示し始めた。

 スペイン語検定4級をとった。

2年生春休み・・・このままではいけない、もっと新しい世界をいっぱい見て自分自身を磨かなければ、このままだとどつぼにはまるという思いがあった。それと、まったく文化も言語も違う環境で俺は果たしてどれだけやっていけるのだろうか。それが知りたくて海外に1ヶ月ほど留学した。結果はまずまず良好だった。新しい文化や違う言語を話す人たちと交流して、それにすんなりと入っていける自分を再認識した。一緒に行った他のメンバーが戸惑っているようなことでも俺は積極的に受け入れて、それぞれの事柄は些細なことかもしれないけど人一倍向こうでいろいろなことを体験できたと思っている。自分には新しい環境に溶け込むことができる能力があるんだなとこのときに思った。

 この時期に「ウェブ進化論」を読んで、ネットおもしれーと思って、日常生活の交友関係が相変わらずさっぱりさばさば広く浅い感じだったこともあり、それ以来俺の生活の重心が一気にネットの方向に傾き始めた。これは、ひとつの非常に大きな転換点だった。

3年生前期・・・クラブ通いとネットへの傾倒が始まった時期といえる。はてなダイアリーを始めたのはこの時期で、うれしそうにweb2.0とかなんとかほざいていた。ニコニコ動画もこの時期に始めて、ネット傾倒の流れはさらに加速した。ここにきて、リアルな交友関係は少しだけ重要性が低くなった。広く浅くなんだけど、いよいよそれほど広さもないかな・・・とか思い始めた。それでももちろん、仲がいいやつとは仲がよかったので、別にそれでよかった。それよりも頻繁に通うようになったクラブでのその場その場の酔った勢い的な出会いが面白く感じるようになってきた。昼夜は確実に逆転し、街には主に夜しか出かけることがなくなり、なんだか1年前期とは違う意味でおわってるなと思うこともあるけれど、別に閉塞感も何もなく、それなりに楽しい日々を送った。学習したい欲が高まってきてだんだん本を読む習慣ができてきた。ネットに興味を示しているので、ネット関連(非技術系)の本を読み漁り始めた。

3年生夏休み・・・ネット系の企業インターンシップに行って、そこそこの成果を挙げることに成功した。有意義だった。就活に向けての意識が一気に高まった。車の免許を取った。

3年生後期・・・相変わらず生活スタイルは3年生前期と変わらず。暇なときはネットがあれば時間がつぶれるようになった。学習したい欲はゼミ個人研究が始まったことでさらに高まり、読む本の量も確実に増えてきている。だからといって毎日かつかつで生活しているわけでもなく、本当に自分の興味のままに知識を貪り、ニコニコ動画を見、クラブに通う日々を過ごしている。この前は野外DJイベントを計画した。俺にしてみれば自主的に動けたし、イベント自体もとてもいいものになったのでとても満足なんだけど、これも自分の並々ならぬ興味関心があるからこれだけ動けたのかな?とも思ったりしている。

 大学入学時に思い描いていた青写真とはだいぶかけ離れた自分になってしまっているなぁとおもうがこれも成り行きだし、こういう生活も悪くないって今思えているから結果的にはいいんじゃないのかなって思う。就活を控えて周りの就職活動も加速していて、自分もそろそろ本腰入れて就活に取り組まねばなと少し焦っている。←今ここ

 この俺の歴史を踏まえたうえでの俺の長所短所って何ですかね・・・・・・。もしよろしければ他己分析いただければありがたいです。なんか長所が見えてこないのは気のせいか?

 追記:ハテブコメで言われてそのほうがいいと思ったのでじきに小中高大含めて年表化します。

 追記:http://anond.hatelabo.jp/20071127060449http://anond.hatelabo.jp/20071206001845は俺。

 
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