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はてなキーワード: 霊感とは

2018-10-26

幽霊存在する…らしい。

うちの同僚の親戚は霊感が強いらしく、沢山の人が非業の死を遂げたところに行くといろいろ見てしまうそうだ。新婚旅行沖縄に行ったらゲートルを巻いた兵隊さんたちなどを見てしまい、あまり楽しめなかったという。

私は霊感がないので、沖縄だろうが広島原爆ドームだろうが行っても何も感じないし、何も見えないけど、だからと言って霊感のある人の言うことを簡単否定するのはどうかと思う。

同僚いわく、川中島はかなり有名なスポットで、ちょっと掘れば人骨が出てくるし、見える人にはいろいろ見えてしまうそうだ。川中島の合戦ってどんだけ昔の話だよとは思うけど、相当強い思いを残して死んだのであれば、一部の人しか見えないとしても存在に気づいてくれた方が嬉しいのではないかと思う。個人的には彼らが生きていた頃を知っている人がいなくなったあたりで成仏した方が良いんじゃないかという気もするけど。

以前、新聞東日本大震災被災地ではかなり幽霊の目撃談があると書いてあった。自分が死んだ自覚がなく、タクシーに乗って目的地に着いたら消えていたり、家族や知人・友人のところに現れたりするという。真偽のほどはともかく、ある日突然自分そばから去ってしまった人たちが縁のある人たちのところに姿を見せてくれたら嬉しいのではないかと思う。

科学的な根拠を問われると困るけど、私は幽霊存在すると思いたい。見えてしまう人には迷惑なのかも知れないけど、戦争とか災害によって突然この世を去ってしまった人たちが、現世にちょっとでも帰ってくることができるなら、彼らに会いたい人々にとっては良いことではないのかな。

2018-10-18

ブログ記事を書くことで裁判きっかけを与えたことになって訴訟合戦になるという霊感が降ってきた

2018-10-10

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-09-25

anond:20180925190057

イ“ヤ”アアアアアン!!;;;;;;;;

やっぱそう思う!?実は昨日ジジイ念仏みたいなのが

ずっと左耳から聞こえてたんだw(左耳だけなんだぜwww

その前にYouTube怪談見ちゃったのがよくなかったかなぁ

あーーーもうやだぁ…なんか最近霊感ついてきちゃったか

2018-09-12

anond:20180912214709

素粒子かな。霊感いかいるかどうか確認できたことないけど、いると考えた方が楽しい。未知の現象って厨二心くすぐられる。

2018-08-17

霊感霊能力がある人は、脳に障害があるってことでいいんだよね?

2018-08-11

人の気配に敏感なAと大震災不思議な話

知り合いに人の気配に敏感というか、第六感レベルで鋭いやつがいる。

仮にAとしておこう。

A曰く、道の角を曲がったら人がいるとか、外から見て家の中に人がいるかどうかもわかるらしい。

そんなAが体験したのが、阪神大震災での不思議なこと。

Aは当時、一番被害の大きかったところに住んでいが、地震の起きる15分程前、つまり午前5時半ごろにたくさんの人の気配を強烈に感じて目が覚めた。

普段はいるはずのない、たくさんの人がいると。

Aには霊感があるわけではなく、感じるのは実際に生きている人の気配のみ。

その後、震災が起こってそれどころではなく、しばらくは人の気配のことを忘れていたが、ふと思い出したらしい。

あれは一体何だったんだろう? と考えていたが、1個思いついたことがあるという。

それは、未来タイムマシンが完成し、歴史的なできごとを観に、未来人が大挙して来ていたのではないかということ。

突拍子もない話だが、筋が通ってないわけではない。

その後もAの人の気配能力は続いているが、歴史的なできごとにそう遭遇することはなく、大震災のような体験はしていないそうだが。

2018-08-10

怖い話をしよう

地元に曰くつきのトンネルがあった。

やれ、夜中0時にそこに入ると女の霊がいるやら、このトンネル事故で多くの人間が亡くなったのでその死体を食べるために鬼が出るやら、カップルで入ると近い内に不幸が起きる、そんな曰くつきのトンネルが。

小学生の時、友人の田中と、橋田と俺の3人でそのトンネル肝試しをしようとしたが、トンネルに着くまでに人に見つかり「絶対に行くな!」と強制的に連れ戻された。田舎からそこらへんのおっちゃんおばちゃんっていうのは全員知り合いだ。

この体験が俺や田中橋田にとって「あのトンネル絶対になにかあるんだ」と印象づけた。その一年後、隣に作られていた新トンネルが開通し、そのトンネルは封鎖されることになった。

自分たち大学生になった頃。久しぶりに俺と田中橋田、そしてこっちに遊びに来ていた田中大学の友人の井口相川で遊んでいた時、ふとそのトンネルの話になった。

絶対なにかあるんだべ。」

「あそこまで大人が言うのはおかしいわ。」

「行ってみる?」

あほか、それならカラオケでもいくわ。」

といった感じで話してその場は終えた。大学生になった頃にはそんないわくを信じてはいなかったが、わざわざトンネルを男5人で見に行ってキャーキャー騒ぐのもよくわからいからな。

 

その後、井口電話をしてきた。

「前言ってたトンネルってどんな噂があったの?」

「案内してくれないか田中は行こうと言っても行きたがらない。」

自分も、その頃ソーシャルゲームにハマっていたので「いや、俺はいかんよ。噂は、女の霊が出るとか、鬼が出るとか、あとカップルで入ると不幸が起きるとか。そういや、高校の時の友達森本君が彼女連れて入ったか彼女はその後交通事故にあったよ。」(森本君の彼女事故にあったのは事実)という話をしたのを覚えている。

橋田のところにもかかってきたようだが、橋田は県外に出ているので噂だけを伝えたそうだ。

 

それから、そんな事を教えたのもすっかり忘れてた30手前の時。

仕事取引先にこんなことを言われた。

君って○○町出身なんでしょ?○○トンネルの噂ってしってる?」

あのトンネルの話だった。

「えぇ知っています!女の霊が出るとか、鬼が出るとかいうやつですよね。高校の時の森本という友人が彼女と一緒に入ったら彼女がその後交通事故にあったんですよ。」

と話すと

「やっぱり何かあるんだね。うちのバカ息子がそこに肝試しに行ったら何かに見られてる気配がするっていうもんだから、お祓いしてもらってた。」

と話を続けて、何分が盛り上がった後、打ち合わせも終わり、帰路についた。

 

家に帰って、ふと気になって「もしかしたら有名な心霊スポットになってるのかな?」と検索をする。

すると、一発でHIT。

黒い背景の赤い文字が乱舞するページにたどり着く。○○県の心霊スポットというようなページだ。

そこにそのトンネル

危険度SSSS(命の保証はできません)」と書いてあるのだ。

自分は「うぉ!すげぇ!」と思いそのページをみる。

 

「このトンネルは、建設途中落盤事故で多くの人間が死んだらしいです。

そしてその後から鬼がでると地元の人から畏れられています

また、女の霊が出て、カップルで入ると女の霊の嫉妬女性に不幸が降り注ぐといわれており、

情報元の友人は彼女と入った後、交通事故あいお亡くなりになったそうです。」

 

若干、自分がもってる情報とは違うがどうやらこのトンネルの事で間違いがない。てかもしかして最後って森本君の彼女の話?とか思いながら、画面をスクロールする。

そして、写真が現れた…

 

トンネル写真が…!

 

そして、そのサイトは多くの人から情報提供をいただくようで、多くの人間体験談を書いて、いったという証拠写真を載せていた…

 

トンネル写真を…!

 

他のサイトも周る。

そして出てくるわ出てくるわ

トンネル写真

が。

 

そして、みんな口をそろえて言うのだ

「このトンネルには間違いなくなにかあります霊感が強い友人が絶対に入りたがりませんでした。」「お祓いに行ったけど事故あいました。」「このトンネルに入った後、家にかえったらうちの猫が怖がって寄ってきませんでした。」

トンネルには「なにかある」と…

 

今年の夏もその新トンネル心霊スポットのようで、夜になると結構人がいると田中から聞く。(なぜか田中は大笑いして報告をしてくる…なぜだろうか…)

きっと霊現象も新居が立てばそちらに引っ越しするのだろう…。

みなさんも、心霊スポットに行くときは注意されたし…。

間違いなくトンネルにはなにかあるのだから

2018-08-09

無職としての学問

 特に文系において、大学研究を取り巻く環境が厳しいので、少し愚痴を書かせていただきたくお邪魔します。

* * *

 研究生活が実生活、ことに家庭生活に対し極度の不安定性を与えることは、今日に始まったことではない。

 例えばかの有名なマックス・ウェーバーによる1919年の講演の中では、「大学に職を奉ずるもの生活はすべて僥倖支配下にある」と語られており、「精神的に打撃を受けることなくこうした境遇に堪ええたためしは極めて少ない」とまで言われている。

 このような状況は、100年の時と洋の東西とを超えた今日日本においても、同様である。むしろ人口減少と学問に対する軽蔑——それはおそらく、ウェーバーが講演の中で強調した、学問がなんの「救い」も「啓示」ももたらさないということを、多くの人々が正しく認識たからに他ならないが——に直面している極東島国の方が、研究生活を取り巻く環境過酷であるといえるだろう。

 博士号を取ったとしても多くの人々には就職先がなく、あっても有期雇用で、しか低賃金であり、長期的な研究生活の途を描くことは全く不可能である

 日本より恵まれ研究環境を有する国、例えば博士課程から給与が出るアメリカや、高等教育がほぼ無償であるフランスの例を持ち出すことは簡単であるしかし、研究生活はその研究者が根ざしている言語文化、あるいは人的ネットワークにある程度は依存せざるをえない。また、他国研究環境は、一部だけを切り出せば外面的には羨望の的になりえるが、実際は、給与と引き換えに研究テーマ選択制限されたり、あるいは無償で得られる研究環境には限りがあったりするのである

 当然のことながら、研究者における研究成果はそれぞれのおかれた研究生活の諸条件に左右されるのであり、それは資本的な制約を大きく受ける理工学系のみならず、人文系についてもそうなのである

 ハンナ・アーレントのように、生地での生活を根こそぎ奪われ、新天地で大きな研究成果を挙げる例もないわけではない。大学官職への道を閉ざされてから活躍したカール・マルクスそもそも学歴のなかったピエールプルードンなども、偉大な思想家としてのちに崇められる存在であるしかしながら、すべての人が偉大な人、指導者のような人、あるいは預言者になることを目指して研究に励んでいるわけではない。実態はむしろ逆であり、陽が当たらない部屋で日がな一日、誰も読まないような古雑誌の1ページをどう解釈するかについて考え、その謎を解けた時に無常の喜びを感じる、そういう人が研究生活に入るのである。そのような、全くつまらないことこそ重要研究成果なのであり、むしろ大きな社会的反響を呼び起こす御宣託が科学的な研究成果とは全く呼べないようなものであることは、ウェーバーの指摘するところであり、歴史が度々証明してくれたところでもある。いずれにせよ、研究生活とは社会的名声や富と全く関係がないどころか、資本主義社会ではしばしばそれらは相反するものとなるのである

 尤も研究者も所詮人間であるからして、研究のものの「客観性」や科学位置付けとは無関係に、それぞれの求める研究生活上のあり方というのは存在する。名声や富を求めて研究に取り組む人もいるのかもしれない。しかしそれは明らかに悪手だ。羽生名人でも挽回できないぐらいの悪手だと思う。

* * *

 さて、反面、家庭生活はまさに「経済」の必要に駆られるところのものであり、十分な収入、定住可能な住居、そして可能な限り多くの家事労働自動化が進んだとはいえなお労働集約的だ)が投入されて、初めて成り立つものである

 収入がないなどもっての外であり、亡命収監失踪放浪なども、家庭生活とは相容れないものである

 歴史を顧みれば、自死発狂、子捨て、虐殺に至るまで研究に身を置いた人々の末路は様々であるが、なんとかしてそのような事態は避けたいと誰しもが願うところであろう。

 できれば平穏無事に、昭和時代理想とされたライフスタイル、すなわち夫婦円満子供と共にマイホームに住み、安定した立場で働き定年後は年金生活という人生を歩みたいところである(これは皮肉である)。

 しか今日の若き研究者は、子供はおろか結婚もままならず、マイホームマイカーも持たず、年金制度破綻を前に怯えながら年老いるのである

 もしあなた結婚したとすれば、それはパートナーの全く寛大な心によるものか、パートナー無知蒙昧で完全に誤った選択をしたかのいずれかであろう。

 さら子供がいるとすれば、当然あなた研究生活放棄するか、あるいはなんらかの安定した不労所得に拠って研究生活と家庭生活の両立を試みねばなるまい。(あるいは、あなたが非常に体制時代に順応的な研究をなしていたとすれば、すでに十分な収入に恵まれいるかもしれない。これこそウェーバーの言った「僥倖である。そういう人には心から祝福を送ろう。願わくば同じような僥倖が数多の迷える研究者たちにあらんことを。)

 多くの研究者たちにとって、結婚出産研究生活首にかけられた縄である

 女性研究者の研究生活性別役割分業的発想や家庭生活に対する支援パートナーから十分に得られないなどの理由によりすぐに縛り首になってしまうが、男性研究者の研究生活も同様に性別役割分業的発想や金銭支援パートナーから十分に得られないことですぐにギロチンにかけられてしまう。

 いずれにしろ他者にとって金にならず有用性のわからない行為としての研究は、家庭生活に直面すると挫折する公算が大きいのである

 だからといって、家庭生活を全く否定してしまうことも困難である穂積陳重来日本の身分法学者は、日本国民の位置付けを次の三つの身分のいずれかあるいは複数に属するもの定義した。すなわち、夫婦、親子、親族である

 しかし、親が死に、結婚もせず、親族との紐帯も弱いとなれば、その人は社会的にも法律的にも、全く孤立した存在となってしまう。

 その人は十分な社会保障の対象にならないことはもちろん、社会生活上の様々な面で制約や不利益を受けることとなる。

 実際上の問題として、社会的要請として家庭生活に入ることを我々は求められており、多くの人はその生活が全く不幸であり耐え難く絶望的なものだと感じていたとしてもなお、家庭生活に甘んじているのである

 当然、研究をしていなければ家庭生活が楽になるとは全く言うことができない。しかし、少なくとも研究生活が家庭生活と激しく対立することであることは自明であることのように思われる。

 あるいは「家庭」という理想像の崩壊高齢者二人世帯や単身世帯シングルマザーの増加、生涯独身者の増加などによって、家庭生活という名付け自体空虚ものになっているという批判があるかもしれない。

 しかし反面で、なお結婚出産経験する人は半数を占めており、「家庭」に代わるほど普遍化された結婚出産を前提とした私的領域生活モデルはいまだに存在しないわけだから、やはり家庭生活という呼称を用い、特に若い研究者たちにとってはそれを重視せざるを得ない現状もあるのだ。

* * *

 収入、定住、家事労働を求める家庭生活は、無収入、度々の転職と転居をもたらし、にもかかわらず時間の余裕を求める研究生活とは、完全かつ深刻に対立する。

 では、この間の解決はどのようにしてもたらされるのか。非研究であるパートナーの忍耐によってであろうか。あるいは研究生活の適度な抑制によってであろうか。

 前者はこれまでの男性研究者がしばしば採用した方法であり、女性人権がない時代であればよかったが、21世紀にもなってこの方法採用しようと思っている人がいるなら、その人は妻を見つけることができないであろう。

 後者方法は、実際には採用し得ないものであり、つまりそれは相撲レスラー炭水化物摂取を控えるとか、プログラマーが1日3時間しかモニターを見ないようにするとかいう話であって、研究生活を「適度に抑制する」などということは単に研究生活否定しかない。

 研究者はその人をして全的に研究に没頭せしめなければ、素晴らしい「霊感」を得られないものである。そうでなければ、特に人文学研究においては、それは単なるジャーナリズムに陥るであろう。

 そして、これもウェーバーと同じく声を大にして言いたいところであるが、そのような素晴らしい「霊感」、今日言葉であれば「イノベーション」などというものは、研究のみならず仕事や様々な形の労働の中でも、それに没頭し専心していなければつかむことの能わざるものであり、行政府が旗をふって労働時間の長短や職業訓練の有無をいくら弁じ扇動しようとも、生まれてこないものなのである

 家事労働ワークライフバランス長時間労働問題は、まさにこの没頭の可能性にあるのであり、特に家事労働時間を細切れにしてしまうために人をして何かに没頭させることを妨げること大であるワークライフバランスも、結局その目的とすることが明らかでないか低賃金かつやることのない中途半端余暇をもたらすだけである長時間労働改善しても、人々が自ら欲するところのものに取り組めるような労働時間の設定でなければ、それが長かろうが短かろうが、人々の不満は変わらない。いくら労働時間が短いとしても過労死は起こりうるし、長く労働していても過労死しない場合があるのは、この理由によるのである

 とにかく、家庭生活の求めるもの根本的に否定しなければ、研究生活は成り立たないのである

* * *

 では、解決方法は何か。家庭生活問題点は、それが夫婦という二者で成立するように想定されていることである。それゆえ、収入と定住を男性が支え、家事労働女性が支えるという構図が出来上がった。

 しかしこの想定は噴飯ものであり、シングルマザーは全て一人でやらざるを得ず、あるいは逆に親族から支援収入不安が軽減されたり、実家を譲り受ければ定住も可能というように、家庭生活の諸条件の実現は夫婦という関係性の外部で決まっていることが多い。

 もし家庭生活に関与してから研究生活継続するためには、家庭生活を成立するためのリソースを外部から調達することが最も望ましい。(逆にいえば、外部からリソース調達できなければ、ついにここで研究生活のお墓を立てるしかない。自分研究というアイデンティティよ、さようなら、と。)

 ただ、ここには二つの問題がある。一つは、リソース調達である大川周明のように徳川家から調達したり、大杉栄のように政治家からぶんどってくることができれば最高だし、あるいは明治時代のように女中を置いたりできれば最高だが、なかなかそういうわけにはいかない。もう一つは、その調達個人能力に帰せられることで、研究能力とは別にそれに取り組む環境規定されてしまうということである

 この二つの問題解決するためには、若い研究者同士で研究生活を支えるための生活ネットワークを構築するしかない。あるところには金がある人もいるだろう、あるところには手が余っている人もいるに違いない。

 どうせ研究生活に勤しんでいる人以外に若い研究者に対して同情を寄せてくれる人はいないのである

 アカデメイアリュケイオンがどうだったかはわからないが、古今東西大学に併設されている寮や大学街(カレッジ)では生活上でも学術上でも研究者のコミュニティ形成されていたはずだ。修道院のようなものである

 いま、若い研究者は官僚主義的な大学制度によって互いに分断され、地方に散住し、有能なもの国外へ出て行ってしまっている。もう最後タイミングである

 いま我々若い研究者が団結して助け合わなければ、この国の研究はすぐになくなる。もし研究のなくなり方が緩やかであれば、日本語で達成された学術的成果を、多少なりとも国際的に、人類のために遺す時間猶予が生まれるかもしれない。あるいは、国外から救いの手が差し伸べられるやもしれぬ。「タコツボ」を脱しなければならない。近くで助け合って生活し、なんなら雑誌なども出して(いまであればブログでいいのかもしれないが)、特に文系では消え掛かっている研究の灯火を、なんとか引き継いでいかねばならぬ。ならぬと思う。

いや、それとももう、研究生活を諦めるべきなのか。

2018-08-01

科学者理系バカの違い

被験者幽霊を見た」

文系バカ被験者くんは霊感が強いんだね」

理系バカ幽霊なんているわけがない。被験者くんは嘘つきだ」

科学者被験者くんが何を見たのか科学的に解明したい。話を詳しく聞かせてくれ」

文系バカにするのは概して理系バカであるが、科学者視点を持てないという意味で両者は五十歩百歩だ。

2018-07-30

anond:20180730110441

強引な勧誘や高額な布施要求しているわけではないようだから反社会的組織だとは思ってない。

だけど、教祖現人神だったり、信仰を深めれば霊感で神の啓示が受けられるといった要素からカルトだと思っている。

俺も道場に行くことを拒むと人生良くならないと親に脅されたが、人間不安や恐怖心につけ込むのは悪質だよ。

でも本人にとっては他の信者から自分存在を認められたりしてやりがいがあるんだろうね。

そうやって何年も生きてきたら今更やめることは出来ないだろうな。

2018-07-17

霊感系のシャンプーって

洗ってて泡が股間に垂れてきたら痛いくらいスースーするよな?あれもうちょっと何とかならんの

2018-07-04

ジャンヌダルクとか単なる統合失調症だよな

イエスキリストマザーテレサ

妄想現実と思い込む病気のやつを担ぎ上げて利用してた奴がいたんだろ

俺たちの時代にも、動物の言いたいことがわかると霊感あるキャラみたいなやついたけど

それの上位互換しかない

2018-06-11

黒沼爽子は始めから美人

小学生時代同級生から間違えて「貞子」と呼ばれて以来、真っ黒な長髪と青白い肌という陰気な容姿からそのあだ名が定着しており、霊感があるなどの根拠の無い噂で周囲から恐れられる。

wikiでは紹介されていて、実際そうなんだけど、一話目から思っていたよ。

爽子美人

からそう考えると俺物語は凄いよ。

2018-06-05

SPSS「未知のエラー」について

SPSS使用中に「未知のエラー」が出る場合がある。

正確には、「未知のエラーによりプロセッサとの通信が終了しました。SPSS Statisticsプロセッサ使用できません。」なるもの

上記メッセージでググってみても該当する情報がなかったので、少しメモっておく。

使用環境は、大学研究室

SPSS大学から配布されているもので、学内構成員であれば無料使用することができる。

「同時ユーザーライセンス」で、「ライセンスマネージャー名」を入力することでライセンス認証が行われる仕組み。

使用していたバージョンは、21・22であった(2018年6月時点)。

ソフトウェアの起動はするのだが、何かしらの検定を実行すると、上記エラーが出てしまい、処理が行われない。または、固まって動きがおかしくなる。

同時使用者数の制限にかかっているわけでもなさそうだったので、基本に立ち返って、バージョンを最新版(ver25、修正パッチ含む)にしてみた。

すると、どうやら解決した模様。

詳細な原因は不明なのだが、もしかするとライセンス認証などに係る部分で、バージョンの違いによる問題が起きていたのかもしれない。根拠霊感

同様のエラーに直面した方々におかれましては、バージョンを最新版にしてみると良いかもしれない。

2018-05-28

anond:20180528173528

幽霊も居ないとかいうくせに

霊感があるってどういうことなの。

霊感あるけど、あの世は無いよ

幽霊もいない

霊感のある人いる?

あの世ってある?

2018-05-13

anond:20180513101731

婚約指輪はどの指につけるのが正解? | BRILLIANCE+ https://www.brilliance.co.jp/engagement/bridalnote/engagement04.html

古くからヨーロッパでは、それぞれの指に意味があるとされています。順番に見てみましょう。

 

・親指:サムリング

左手/自分の信念を貫いて現実を切り開く。

右手/目標を達成したい時に力をあたえる。

 

人差し指インデックスリング

左手/集中力積極性を高め、行動力を生み出す。

右手/目標を達成したい時に力をあたえる。

 

中指:ミドルフィンガーリング

左手/空気を読む力や協調性を高めて判断力を高める。

右手/直感インスピレーション霊感などを高める。

 

・薬指:アニバーサリーリング

左手/愛を深める、心を受け入れる、絆を深める。

右手/本来自分の力を出したい時に、不安を取り除く。

 

・小指:ピンキーリング

左手/チャンスを呼びこみ、願いを叶え、恋を引き寄せる。

右手/自分の魅力や自分らしさを発揮する力を高める。

全部つけてみたいな?

2018-05-12

幽霊

変な風に思われたくないので、人前ではあまり公言しないのだけれども、私は幽霊をみます

母方の祖父母二人ともが、いわゆる、霊感が強かったらしく、そっちの親族はだいたい見える人です。

子供の頃から見えていましたが、子供心でも、これはあまり人前で言う事ではないと思っており、大人になってから、その血筋の事を知りました。その時は、もっと早く言ってよー、っと思いましたが。

ちなみに、本当に見える人には分かるのだと思うのだけども、普通の人と見分けがつかないくらいハッキリとしています。なので、きっと幽霊と気付かずに通り過ぎている事も多いと思います

例えば、最近だと、スーパーに車で買い物に行った時にこういう事がありました。駐車場で車を止めようと探していたら、ある車の運転席に人が座っていたので、もうすぐ出ると思い、少し通り過ぎて、車が出るのを待っていました。バックミラーで出るのを確認していましたが、2〜3分経っても出る気配がないので、運転席を凝らして見ると、誰も乗っていませんでした。もちろん、助手席に移ったわけでも、車から出て行った訳でもありません。あー、幽霊だったんだ、と思い、他の場所を探しに行きましたが、こういう事がしばしばあります

あくまで自論なのですが、幽霊に対しての良くある指摘について、見解を書きたいと思います

幽霊見えないし、そういう場所にいっても、結局、幽霊出ないじゃん

さきほど説明しましたが、生きてる人と区別が付かない事が多いので、実は、気付いてないだけで、見てるかも。

あと、感覚的な事ですが、テレビチャンネルみたいなものがあり、それが合わないと見えないのかな、と思っています。よく見える人は、地上波CSBSの全チャンネルを見れる感じ。しかも、2画面とか4画面対応。逆に、見えない人は、何も放送してない1つのチャンネルしか見れない感じ。なので、人によって差が出るのかなと思ってます

幽霊が本当にいるんなら、戦争天災で人がいっぱい死んでるから幽霊だらけのはず

幽霊にも寿命があるのかなと思ってます。多分、50年くらいが最長。法事最後って、50回忌だけど、多分、幽霊寿命に由来してる気がします。でも、実際の平均寿命はもう少し短いと多いと思ってます。母方の法事で集まった時に、一度に、ある先祖の23回忌と別の先祖の33回忌をしたことがあります。その時に、どっちか忘れたけど、1人しか来ませんでした。親族何人かで同じ人しか見てないから、もう1人の方は寿命を終えた(成仏?)のだと思います

なので、戦争とか関東大震災とかの幽霊はもうほとんど居ないと思う。

あとは、上で触れたけど、同時に見てるチャンネル数に限界があるから、死んだ人全員、見えるって訳にはならないと思う。

この前、この辺の話題になったことがあり、少し考えてみたので、書いてみました。

2018-04-25

anond:20180425020711

世間って結構広くて、今でも魔女になりたいとずっと頑張ってる人って結構いるよ。

魔女狩りってあったでしょ。それから皆身を隠すようになったの。探せば以外といるもんだよ。

自称霊感ある人ぐらいには会ったことあるでしょ?

何十億も人がいるんだから魔法使える人がいてもおかしくないでしょ。

2018-04-17

まとめサイトによくある嘘話

「いいから!理由はあとで話すからすぐ出て」

という下りが出てきたら100%嘘だなって思うのでその先読む気がなくなる。

シチュエーションとしては、家にいたとき霊感のある友達から電話がかかってきて突然言われるパターンとか、初めて家に知人や家族を招いたら言われるパターンなどなど。

オチとしては実は近くにストーカーが潜んでいたとか、未来予知でよくないことがわかったとか、あと霊の通り道だったとかそういう感じ。

他にも妄想で好きになった不倫相手が凸する途中とか、勘違い男が近くをウロウロしてるとかそういうのもある。

どっちにしても「あとで話すから」ですぐに出るわけねーだろと思う。ていうか理由があるならその場で言えば1分以内で終わるだろが。

話の組み立て方にしても雑すぎてしらける。

2018-04-10

よく当たる占い師

ちゃんのまとめとかにたまに出てくる「よく当たる占い師」だけど日常でよく当たる占い師にかかわったことがなさすぎて実際が謎すぎる。まあ創作ほとんどなんだろうけど、そもそも本当にいるんだろうか、よく当たる占い師

よく当たる占い師の話を他人からいたことは、33年の人生で2度ほど。一度目は自称霊感ありの友人から、もうひとつ占いなど一切信じないと豪語していた会社の人から

今思えばもうちょっと深くエピソードを聞いておけばよかった。

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