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はてなキーワード: 一般大衆とは

2020-08-04

anond:20200804234649

最後の一文、

コロナ対策に飽いて無防備で人混みの中に外出する一部一般大衆の心境ってこんななんだなあ、とおもった。

2020-08-02

学校教育数学理科必要ない

数学理科を教えても、何の効果も無い。こんなことに税金を費やすのは無駄であるから、やめるべきである

一般的に言って、学校教育数学理科などの専門学問の基礎科目を課す理由は、以下の2つである

  1. 将来その学問研究者や高度な専門技術者になる人材を育てる
  2. 一般大衆教養科学リテラシー等の能力の向上を図る

現状、国民学校教育を施しても、このどちらも成果を上げていない。

まず上記(1)は完全に無駄である

将来、研究者や高度な専門技術者になる人はごく一部であり、その一部を輩出するために、全体に教育を施すのは無駄である

また、このような専門家(具体的に言えば大学教員や有名大企業研究職・技術職など)になる人たちは、全国レベルの有名進学校出身ほとんどである。そういう人たちは最初から学問への関心が高く、学校勉強など課せられなくても、勝手に才能を伸ばしてくれる。

それ以外で学校勉強が役に立つケース、つまり学校勉強きっかけで学問に関心を持ち、優秀な研究者技術者になる」などというケースは無視できるほど少ない。

まり、専門人材育成のための教育無意味である

続いて上記(2)も無駄である

第一二次方程式三角関数などを教えても社会に出てから使う人は皆無である。つまり無駄である

また、日本(に限らず先進国)の国民の約3割は小学校3〜4年生レベルの数理的能力しかなく、PCを使った基本的業務ができる人は1割しかいない。電磁波有害説やがん放置療法などの社会的に問題のある疑似科学を信じる人も後を絶たない。国家規模のコストをかけた教育の成果がこれでは、やる意味は無い。

そもそも数学理科に限らず、義務教育公民選挙について教えたって、投票率は半分もない。国民の3割は簡単な短文すら読めない。あらゆる領域学校教育コスト無駄になっている。

学校教育から数学理科を無くしたところで、何か問題が生じることは無い。

上に述べたように、研究者や高度な専門技術者になるような人は最初から優秀なのであり、学校で教えなくても、勝手に才能を伸ばす。したがって、学校教育から数学理科を無くしたところで、そういう人材が減ることはない。

また、国民ほとんどは、数学理科を習ったところでその素養日常生活の中で活かせていない。そして現状、日本にはそういう人たちにもちゃん仕事があり、ほとんどの人は不自由なく生活が営めている。つまり学校教育から数学理科を無くしたところで、職を得たり生活することが困難になる人が生じることもない。

2020-07-31

anond:20200731102724

一般大衆の知性が高かったら民主党政権安倍政権の長期化もおきてないだろw

気がつくのおそすぎ

ネットで、ウイルスマスクの網目より小さいか

マスクは役にたたないとドヤ顔で言ってた人らに、ウイルスウイルスだけ飛んでいくわけじゃなくて飛沫として飛散するからその話は成り立たないと反論してたことがあったけど、理解できる人は一人もいなかった。

2chとかこことかで。

一般大衆の知性の低さに絶望するしかない。

2020-07-28

anond:20200728115931

上や立場のある人が謝らないのは多分どこの国もそうだから個人的にはあまり気にならない

気になるのは一般大衆との乖離海外大衆も「謝ったら負け」を地で行ってる感じがある。海外スポーツ見てると揉めたときによっぽど明白じゃなければ自分の非を認めず相手非難することの多いこと多いこと

逆に日本じゃ「潔く罪を認め謝罪するのが美徳」「言い訳は恥」とかそう言う意識一般社会に求められ(押し付けられ)良くも悪くも謝罪文化が浸透してるのに上の人は全然謝らず大衆から叩かれる。ちょっと不思議

まあ罪を認めるのが求められても、相手がそれを許す寛容な心と言うモノがあまり求められてないように思えるからそのせいかもしれんけど

2020-07-21

宇宙宇宙をつなぐ数学 - IUT理論の衝撃」の感想

Amazonレビューなどに書くと過去レビューから身バレする可能性があるのと、わざわざ別アカウントを作ってまで批評するほどのものではないと思ったので、こちらに書きます

初めに断っておきますが、本稿は別に加藤文元先生人格や業績などを否定しているわけではありません。また、IUT理論やその研究者に対する批判でもありません。「IUT理論が間違っている」とか「望月論文査読体制問題がある」などと言う話と本稿は全く無関係です。単純にこの本に対する感想しかありません。

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加藤文元先生の「宇宙宇宙をつなぐ数学 - IUT理論の衝撃」を読みました。結論から言って、読む価値の無い本でした。その理由は、

ほとんど内容がない」

この一言に尽きます数学書としても、一般書としてもです。

本書の内容と構成

本書は、RIMS(京都大学数理解析研究所)の望月新一教授が発表した数学理論である、IUT理論宇宙タイミューラー理論)の一般向けの解説書です。

1~3章では、数学研究活動一般説明や、著者と望月教授交流の話をし、それを踏まえて、IUT理論画期的であること、またそれ故に多くの数学者には容易には受け入れられないことなどを説明しています

4~7章では、IUT理論の基本理念(だと著者が考えているアイデア)を説明しています技術的な詳細には立ち入らず、アイデア象徴する用語フレーズを多用し、それに対する概念的な説明や喩えを与えています

8章がIUT理論解説です。

まず、数学科の学部3年生以上の予備知識がある人は、8章だけ読めばいいです。1~7章を読んで得られるものはありません。これはつまり「本書の大部分は、IUT理論本質的関係ない」ということです。これについては後述します。

各章の内容

1~3章は、論文受理されるまでの流れなどの一般向けに興味深そうな内容もありましたが、本質的には「言い訳」をしているだけです。

IUT理論が多くの数学者に受け入れられないのは、従来の数学常識を覆す理論から

望月教授が公開された研究集会などを開かないのは、多数の人に概要だけを話しても理解できないから。

などの言い訳が繰り返し述べられているだけであり、前述の論文発表の流れなどもその補足のために書かれているに過ぎません。こういうことは、数学コミュニティの中でIUT理論懐疑的人達説明すればいい話であって、一般人に長々と説明するような内容ではないと思いますもっとも、著者が一般大衆も含めほとんどの人がIUT理論懐疑的である認識して本書を書いたのなら話は別ですが。

4~7章は、「足し算と掛け算の『正則構造』を分離する」とか「複数の『舞台』の間で対称性通信を行う」などの抽象的なフレーズが繰り返し出てくるだけで、それ自体の内容は実質的説明されていません。

正則構造とは、正方形の2辺のように独立に変形できないもの

対称性とは群のことで、回転や鏡映などの操作抽象化したもの

のように、そこに出てくる「用語」にごく初等的な喩えを与えているだけであり、それが理論の中で具体的にどう用いられるのかは全く分かりません(これに関して何が問題なのかは後述します)。そもそも、本書を手に取るような人、特に1~3章の背景に共感できるような人は、ここに書いてあるようなことは既に理解しているのではないでしょうか。特に6~7章などは、多くのページを費やしているわりに、数学書に換算して1~2ページ程度の内容しか無く(誇張ではなく)、極めて退屈でした。

8章はIUT理論解説ですが、前章までに述べたことを形式的につなぎ合わせただけで、実質的な内容はありません。つまり、既に述べたことを並べて再掲して「こういう順番で議論が進みます」と言っているだけであり、ほとんど新しい情報は出て来ません。この章で新しく出てくる、あるいはより詳しく解説される部分にしても、

複数数学舞台対称性通信をすることで、「N logΘ ≦ log(q) + c」という不等式が示されます。Θやqの意味は分からなくてもいいです。

今まで述べたことは局所的な話です。局所的な結果を束ねて大域的な結果にする必要がありますしかし、これ以上は技術的になるので説明できません。

のような調子で話が進みますいくら専門書ではないとはいえ、これが許されるなら何書いてもいいってことにならないでしょうか。力学解説書で「F = maという式が成り立ちます。Fやmなどの意味は分からなくていいです」と言っているようなものだと思います

本書の問題

本書の最大の問題点は、「本書の大部分がIUT理論本質的関係ない」ということです(少なくとも、私にはそうとしか思えません)。もちろん、どちらも「数学である」という程度の意味では関係がありますが、それだけなのです。これがどういうことか、少し説明します。

たとえば、日本には「類体論」の一般向けの解説書がたくさんあります。そして、そのほとんどの本には、たとえば

素数pに対して、√pは三角関数特殊値の和で表される。(たとえば、√5 = cos(2π/5) - cos(4π/5) - cos(6π/5) + cos(8π/5)、√7 = sin(2π/7) + sin(4π/7) - sin(6π/7) + sin(8π/7) - sin(10π/7) - sin(12π/7))

4で割って1あまる素数pは、p = x^2 + y^2の形に表される。(たとえば、5 = 1^2 + 2^2、13 = 2^2 + 3^2)

のような例が載っていると思います。なぜこういう例を載せるかと言えば、それが類体論典型的重要な例だからです。もちろん、これらはごく特殊な例に過ぎず、類体論一般論を説明し尽くしているわけではありません。また、類体論一般的な定理証明に伴う困難は、これらの例とはほとんど関係ありません。そういう意味では、これらの例は類体論理論的な本質を示しているわけではありません。しかし、これらの例を通じて「類体論が論ずる典型的現象」は説明できるわけです。

もう一つ、より初等的な例を出しましょう。理系なら誰でも知っている微分積分です。何回でも微分可能実関数fをとります。そして、fが仮に以下のような無限級数に展開できたとします。

f(x) = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 + ... (a_n ∈ ℝ)

このとき、両辺を微分して比較すれば、各係数a_nは決まります。「a_n = (d^n f/dx^n (0))/n!」です。右辺の級数を項別に微分したり積分したりしていい場合、これはかなり豊かな理論を生みます。たとえば、等比級数の和の公式から

1/(1 + x^2) = 1 - x^2 + x^4 - x^6 + ... (|x| < 1)

両辺を積分し、形式的にx = 1を代入すると

arctan(x) = x - x^3/3 + x^5/5 - x^7/7 + ...

π/4 = 1 -1/3 + 1/5 - 1/7 + ...

のような非自明な等式を得ることができます。これは実際に正しい式です。また、たとえば

dy/dx - Ay = B (A, B ∈ ℝ、A≠0)

のような微分方程式も「y(x) = a_0 + a_1 x + a_2 x^2 + ...」のように展開できて項別に微分していいとすれば、

Σ((n+1)a_{n+1} - Aa_n) = B

  • a_1 - Aa_0 = B
  • (n+1)a_{n+1} - Aa_n = 0 (n ≧ 1)

よって、

  • a_{n+1} = Aa_n/(n+1) = A^n (B + A a_0)/(n+1)! (n ≧ 0)

a_0 = -B/A + C (Cは任意の定数)とおけば、

  • a_n = C A^n/n! (n ≧ 1)

「e^x = Σx^n/n!」なので、これを満たすのは「y = -B/A + Ce^(Ax)」と分かります

上の計算正当化する過程で最も困難な箇所は、このような級数収束するかどうか、または項別に微分積分ができるかどうかを論ずるところです。当然、これを数学科向けに説明するならば、そこが最も本質的な箇所になりますしかし、そのような厳密な議論とは独立に「微分積分が論ずる典型的現象」を説明することはできるわけです。

一般向けの数学の本に期待されることは、この「典型的現象」を示すことだと思います。ところが、本書では「IUT理論が論ずる典型的現象」が数学的に意味のある形では全く示されていません。その代わり、「足し算と掛け算を分離する」とか「宇宙間の対称性通信を行う」などの抽象的なフレーズと、それに対するたとえ話が羅列されているだけです。本書にも群論などの解説は出て来ますが、これは単に上のフレーズに出てくる単語注釈しかなく、「実際にIUT理論の中でこういう例を考える」という解説ではありません。これは、上の類体論の例で言えば、二次体も円分体も登場せず、「剰余とは、たとえば13 = 4 * 3 + 1の1のことです」とか「素因数分解ができるとは、たとえば60 = 2^2 * 3 * 5のように書けるということです」のような本質的関係のない解説しかないようなものです。

もちろん、「本書はそういう方針で書く」ということは本文中で繰り返し述べられていますから、そこを批判するのはお門違いなのかも知れません。しかし、それを考慮しても本書はあまりにも内容が薄いです。上に述べたように、誇張でも何でもなく、数学的に意味のある内容は数学書に換算して数ページ程度しか書かれていません。一般向けの数学の本でも、たとえば高木貞治の「近世数学史談」などは平易な言葉で書かれつつも非常に内容が豊富です。そういう内容を期待しているなら、本書を読む意味はありません。

繰り返し述べるように本書には数学的に意味のある内容はほとんどありません。だから、極端なことを言えば「1 + 1 = 2」や「1 + 2 = 3」のような自明な式を「宇宙宇宙をつなぐ」「正則構造を変形する」みたいに言い換えたとしても、本書と形式的に同じものが書けてしまうでしょう。いやもっと言えば、そのような言い換えの裏にあるもの数学的に正しい命題意味のある命題である必要すらありません。本書は少なくとも著者以外にはそういうもの区別が付きません。

本書の続編があるなら望むこと

ここまでネガティブなことを書いておいて、何食わぬ顔でTwitter加藤先生ツイートを拝見したり、東工大京大に出向いたりするのは、人としての信義に反する気がするので、前向きなことも書いておきます

まず、私は加藤先生ファンなので、本書の続編が出たら買って読むと思います。まあ、ご本人はこんな記事は読んでいないでしょうが、私の考えが人づてに伝わることはあるかも知れませんから、「続編が出るならこんなことを書いてほしい」ということを書きます

まず、上にも書いたような「IUT理論が論ずる典型的現象」を数学的に意味のある形で書いていただきたいです。類体論で言う、二次体や円分体における素イデアル分解などに相当するものです。

そして、IUT理論既存数学との繋がりを明確にしていただきたいです。これは論理的な側面と直感的な側面の両方を意味します。

論理的な側面は単純です。つまり、IUT理論に用いられる既存重要定理、およびIUT理論から導かれる重要定理を、正式ステートメント証明抜きで紹介していただきたいです。これはたとえば、Weil予想からRamanujan予想が従うとか、谷山-志村予想からFermatの最終定理が従うとか、そういう類のものです。

直感的な側面は、既存数学からアナロジーの部分をより専門的に解説していただきたいです。たとえば、楕円曲線のTate加群が1次のホモロジー群のl進類似であるとか、Galois理論位相空間における被覆空間理論類似になっているとか、そういう類のものです。

以上です。

加藤文元先生望月新一先生、およびIUT理論研究・普及に努めていらっしゃるすべての方々の益々のご健勝とご活躍を心から祈り申し上げます

2020-07-15

教育不毛

たとえば三角関数なんか教えても、それを使う人は全体の0.1%もいないだろう。

そもそもほとんどの生徒や学生積極的教育を受ける気がない。

こんなもの税金を費やすのは無駄である。生徒にとっても教員にとってもメリットがない。

こんなことは、誰もが感じていることのはずなのに、反対意見が根強い。

一般大衆教育必要性を説く理由なんて一つしかない。そっちの方がかっこいいからだ。

たとえば、科学技術批判して自然環境保護を主張したり、人権民主主義の名のもとに政府警察批判するのは、何だか進歩的でかっこいい。しかし、こういうことをしている連中の大半は、それを専門的に論ずるだけの知識を持っていない。要するに、インテリぶっているだけなのである

もういい加減にそういう中身のない議論日本を停滞させるのはやめたらどうか。

2020-07-14

山中先生コロナ対策で出てくるのはおかしいと思う

山中先生の専門は再生医学から感染症公衆衛生舞台である新型コロナ対策に上がってくるのはおかしいと思う。どれくらいおかしいかというと、イチローサッカー指導をするくらいおかしい。しかし、多くの人々はイチローサッカー指導をするのがおかしいことは理解できても、山中先生が新型コロナ対策に出しゃばってくるのがおかしいことは理解できないのだ。

これは、多くの人にとって医学スポーツに比べて身近でないこと、医学をひとまとまり認識していること、権威主義などの要素が関係している。

医学スポーツに比べて身近ではない。スポーツ特に野球サッカー相撲といった国民的なニュース毎日報道されるし、テレビでも毎日放送される。しかし、医学ニュースは大きな発見がされたときしか報道されない。このことによって、野球サッカーの違いは分かっても、再生医学感染症学の違いがわからない市民が出来上がる。

多くの人は再生医学感染症公衆衛生の違いがわからず、一塊で「医学」と認識しているのだ。だから山中先生が何かを言えば権威主義的にそれに従ってしまう。

しかしこれは当然のことであり、仕方のないことでもある。例えば、私は建築学文学ITの中にどんな学問があるのか知らないから、その分野の知識必要になったらとりあえず有名な人に意見してもらおうと考えるだろう。実家から古文書が出てきたときに、古文大学教授がいてくれたらなんと頼もしいことか。その古文書が例え漢文で書かれていたとしても。

から医学場合は、とりあえずノーベル賞で有名な山中先生意見をもらおうというのは、当然であると言えなくもない。

このことは一般の方々にも言える。医学だけで細かい発見をいちいちニュースにしていたらいくら時間があっても足りないし、医学だけ特別扱いするわけにもいかないし、そもそも市民医学の細々とした発見に興味がない。だから市民医学についての詳しい知識を持ち合わせていないのは当然のことなのだ。

問題点は、メディアなどが過剰に持ち上げることにある。ノーベル賞を受賞したといっても、山中先生感染症学の専門家ではない。さらに臨床での新興感染症対策経験もない。感染症対策については本質的には素人で、新興感染症について適切なアドバイスはできないということは本来なら理解できるはずだ。

から感染症を専門とする先生専門家として呼ぶのが正しいはずだ。しかノーベル賞という看板に惹かれたかそもそも感染症素人であることがわからないのか、山中先生を新型コロナ専門家という立場に据える番組などが後を絶たない。終いには山中先生自身が「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」というサイトを立ち上げ、専門家会議(分科会になったんだっけ?)のメンバーとして祭り上げられてしまう始末である

かにノーベル医学賞を受賞し、有名なインフルエンサーである山中教授新型コロナウイルスについての情報拡散するのは理にかなっているのかもしれない。しか短期的に見れば有効でも、長期的に見ると民衆馬鹿にしている(ダブルミーニング)ように思えてならない。

SNSで見た主張として、「山中先生は新型コロナが出てからそれについて一生懸命勉強した。だから新型コロナ対策知識は十分にある」というものがある。これに対して反論したい。

かに山中先生は新型コロナについて、それが発生してから懸命に勉強たかもしれない。しかし、高々数ヶ月の話だ。日本は何年何十年と懸命に感染症について研究してきた専門家をたくさん抱えている。高々数ヶ月の勉強とは、文字通り桁違いの経験を積んできた先生である。新型コロナに限らず、感染症対策に関する知識も、経験も、その言葉の重みも桁違いである。だから、「数ヶ月勉強たか知識は十分だ」という主張は、その分野で飯を食ってきた本物の専門家に対する侮辱にも等しいのではないかと思う。本来はそういった本物の専門家をお招きしてアドバイスをいただくのが正しい筋であるはずなのだ。だが、本物の専門家は往往にしてなかなか表舞台に出てこない。メディア学問専門性が高い分野を扱うとき特にそうだ。専門家は忙しいのか、恥ずかしがり屋なのか、報酬が割に合わないのか、はたまたメディアがそういった専門家を知らないのか・・・

ここまで散々ノーベル賞に乗っかる諸々をディスってきたが、私は権威主義否定しているのではない。むしろ迎合するくらいである。

最近は「誰が」主張したかよりも「何を」主張したかについて主眼が置かれる風潮がある。確かに主張の内容は重要であるし、自身の専門分野や興味のある分野については、主張が正しいかどうかを精査するのは極めて重要である

しかし一方で、我々のような一般大衆にとっては精査は仕事ではないのだと思う。自分の知らない分野に対してその主張が正しいかどうかを判断するのは難しいし、それに誰の主張についても考えていたらいくら時間があっても足りない。さらに、自分でどれが正しいかを考えると、自分の考えのバイアスがかかる。しかもそのバイアスがド素人バイアスなので余計にたちが悪い。だから自分が知らない分野については「何を」主張するのか考えるのはやめて、「誰が」主張するのかを考えた方が、幾ばくか合理的であるかもしれない。

そして私が最も強調したいのが、「その権威が正しい権威なのか」を考えることである

権威が正しいのかを考えるのは、主張の内容が正しいのかを確かめるよりも簡単だと思う。例えば、建築専門家建築の指示をするのは正しいが、コップ製造の指示をするのは正しくないだろう。全ての主張についてこれと同様に考えれば、自ずとどの言い分が「正しい」のかわかる。

もちろん、この方法では間違えるかもしれない。例えばニュートンは「光は粒子である」と主張した。しかし実際は「波と粒子両方の性質を併せ持つ」ことは高校物理でも学ぶ常識であるし、高校物理をとっていなくても知っている方が多いと思う。しかしそれは現代視点から見た話であり、1600年台後半の民衆にとっては光は粒子であることは「正し」かったのである

科学は日々進歩するものであり、現代の「正しい」が後世にわたって永遠に「正しい」というものはない。そして、その分野特有思考を持ち合わせない素人が、どれが正しいか判断するのは難しいものがある。ニュートンでさえ間違えたのだから、その分野の知識がなく、興味もない素人ではなおさらだ。そんな中でひとまずの妥協点を見つけるのが科学者や専門家仕事でもある。その仕事に乗っかるのもアリだろう。

自分の興味のない分野、わからない分野については専門家の言っていることに従う。しかし、その専門家は本当に「その分野の専門家」なのか、といったことをちょっと考えてみるのも重要だと思う。

2020-07-12

BL存在自体ポリコレに反する……で、だから何?

BLポリコレではない」議論anond:20200710045020)、だいぶ盛り上がりましたね。

もう「現代日本BL存在自体ポリコレではない」には共通了解が取れたと理解していいんですかね? いや、だってどう考えても政治的に正しくないし。

理屈理解できない人は当事者の人がスライド作ってくれてるからそれを見ような。

https://docs.google.com/presentation/d/1RY27M0g28cM9MTm2Mk5TYH-W_RzEZoiymCtJXeftFB0/edit#slide=id.p

個々の描写がどうとかではなくて「性的少数派の性愛をそうでない人たちがおもちゃにしてる」という構図自体ポリコレ的にアウトもアウトだという話なので、いくらホモ呼びをやめたり対等な関係性を意識したりしようがポリコレ違反からは逃れられないってことですね。

で、この、「BLポリコレではない」って、「豚肉を食べるのはイスラム教義に反する」みたいな話だと思うんすよ。トンカツ食ってるときに、「それはイスラム教義に反する」って言われた、みたいな。

これは端的に事実ですよね。だってコーランに豚食べるなよって書いてあるし(細かい解釈の話は措いておくとして)。

でも、あなたイスラム教徒じゃなけりゃなんも気にする必要ないじゃないっすか。「はあ、たしかイスラムの教えには反してますが、それがなにか? 私イスラム教徒じゃないし」で済む話。

からゲイ当事者の人に「BLポリコレではない」って言われたとしても、おおかたの腐女子の人は「はあ、たしかポリコレ違反ですが、それがなにか? 私ポリコレの支持者じゃないし」で済むはずなんですよね。

そう、本来ならそれで終わってた。淡々と「確かにあなたの言う教義には反してますね。でも私は異教徒なので」と言えばそれで終わりだった。なんなら「異教徒に身勝手教義押し付けるな! お前らは多様性の敵!」という反論をすることもできた。

なんでそれで済まなかったかといえば、まあ、ポリコレを掲げて他ジャンルの人や一般人意識アップデートしろと迫る腐女子の人たちがそれなりにいたからですよね。

ジーディー教徒が髪の毛さらして歩いてるのを「異教徒め! 外出するときベールかぶれ!」と声高に糾弾して場合によっては虐殺までしてきたイスラム聖戦士の皆様が豚肉食ってるんだもの、そりゃ背教者と罵られた挙げ句石打ち刑に処されますわ。

日頃から豚肉食ってるのにわざわざイスラム聖戦士になろうとするやつなんてそうそういるもんじゃないし、仮に食っててもイスラム国に加入するときには豚肉断ちをするのが普通だろうけど、常日頃BLを愛好しておきながらBL断ちもせずにポリコレ聖戦士になる連中はなぜか大勢いたんですよね。いやほんと意味わかんないんだけど、でも現実なのよね。

まあ、そういうことなので、腐女子の皆さんはBL趣味を続けるならポリコレとは相容れないのでいっしょにポリコレ押し付け反対をやっていきましょう。

実際ポリコレとかただの圧制にすぎないものポリコレに抗してBL文化萌え文化守護らねばならぬ。

追記

事実評価を分けてくれ~。

たとえばカツ丼食ってるやつに「それイスラムの教えに反するよね」って言うのは単なる事実の指摘だよね? 「現状のBL作品の多くはポリコレじゃないよね」ってのもそうですよ。単なる事実の指摘。

その事実をどう評価するかってのは別の問題ですよ。でも事実事実から、前提となる事実くらい受け入れてくれ~~~~~~。

男だからといってフェミ叩き男の責任をとらなくてもいいように、腐女子からといってラディフェミ腐女子責任をとらなくてもいいと思うんだけどね…

いやほんとそのとおり。腐女子全般萌えヘイター腐女子責任を取る必要はない。

でもこれ、責任論じゃないんですよ。仮に男オタクが矛を収めたとしても「BLポリコレ的にアウト」という部分は変わらないんですよ。なぜならこれはポリコレという主義に照らせばそうなるよねという筋論の話だから

BLポリコレ的にアウトなので別の趣味します」と「BLポリコレ的にアウト? 知ったことか、私は反ポリコレだ!」のどっちを選びます? って話です。

個人的オススメ後者っすね。いっしょにポリコレに立ち向かって文化を守っていきましょう。BL文化が潰されるのはもったいない、すごい損失だと思うので。

BLに限らず、男性向けエロ漫画エロ同人を描いてる男性でもフェミニズムに理解を示す人や、ポリティカルコレクトネスの意義を認める人はSNS上に存在してるけど、そういう人は増田観測範囲に居ないのかな?

なんも状況判断できてないんすね。今のポリコレを真面目に適用したら現状のBL死ぬって話してるんすよ。

BLの中の倫理的ではないカプや描写死ぬんじゃなくて、BL死ぬの。

あたしゃ腐女子じゃないけど、BL文化現代オタク文化重要な一部ですから、みすみすポリコレなんぞに殺されるのを座視するなんてとてもできませんわ。だから一緒にポリコレに立ち向かいましょう。

腐女子の人たちが自分たちを殺す思想に従わなければいけない理由がわからない。

ポリコレなんて誰しもが多かれ少なかれ逸脱した部分と順守したい欲求を抱えているものだし、創作オタク腐女子を守るポリコレもあるべきなんで、どっちの勢力も0か1かみたいな扱いやめてくれんかね。

マジョリティである異性愛者中心の集団男性同性愛者というマイノリティを使って彼らの実態とはかけ離れた創作してる時点でポリコレ的にはスリーアウトチェンジでしょ、という話をしてるんですが、マジで危機感ないんすね……腐女子ポリコレで守られる対象じゃなくてポリコレで殴られる対象でしょ、どう考えても。

ポルノ自体ポリコレ案件じゃなくてTPO間違えた露出問題になるだけでしょう

ポルノだけじゃなく、いやむしろポルノよりも日常を描いた全年齢BLポリコレ的にはヤバいって話はさんざんされてますね。

ポリコレだと、たとえば黒人ポジティブに描くだけじゃダメで、仮に昔のアメリカ舞台にした作品黒人差別されてなかったらそれはそれで「黒人差別という歴史を透明化しようとしている」って批判されるんすよ。抑圧や差別を無かったものとして描いてはいけません、ってことね。

現代日本ではゲイ差別は現役で生きてるんだから現代舞台にしながらも男同士がなんの偏見も苦労もなく彼氏を見つけて恋愛する「優しい世界」はポリコレ的にアウトっすね。

当然、これ女性差別でも同じこと適用されるんでしょ? 差別がなく要職が女ばかりで占められた世界美少女キャラがのびのび暮らしてる萌えアニメとか全滅っすよ。こんなんポリコレ敵対する以外に解決策ある?

ポリコレってのはふわっとした「配慮」とか「思いやり」とかのことじゃなくて、こういう差別に関する独自理論実践の集積で、その理論アメリカ社会情勢を元にして作られていて、理論更新アメリカ社会(というか英語圏)が主導して進められていて、本来はかなりドメスティック理論実践の体系であるはずなのにアメリカ英語権力を背景に世界中で影響を持ってしまっているものなんすよ。こんなんマトモに導入したら、日本オタク自分たち社会事情と合わず自分たちが主導権を握れないものにみすみす表現の根幹を明け渡すことになりますよ。それでいいんですか?

(そろそろ我々アジア出身アジア人は真面目に「アメリカ黒人英語母語話者アメリカ人という特権階級だろ」と主張した方がいい局面にいると思う。あいつらマジで特権自覚してないっぽいので)

ポリコレは支持するとかしないとかではない。人類全員が考えるべき項目

考えた結果ポリコレ文化を殺すなという結論に行き着いたので反対しますね~。

笑った。ポリコレ様に従うことで全人類幸せになれると信じる教団。ブコメまさにそれそのものがいるじゃん。ポリコレ信者の方々にはどうもこれまで踏みつけられて不幸になってきた民草の姿はどうも見えないらしい。

ポリコレ自分たちが有利になるならポリコレを支持することは(善し悪しは別として)合理的だな~って感じなんですが(仮にアメリカ黒人ゲイに生まれたらポリコレ支持するのが一番自分にとって得っすよね)、自分趣味が殺されることになるのにポリコレ支持してる一部の腐女子理解不能すぎて……

同性愛者の目につかないように、影に隠れてコッソリやれよって話だよ。百合豚はコッソリやってるだろが。

(いや百合豚はどう考えても隠れて)ないです。百合は下手するとBL以上に当事者の目に触れてるジャンルなので……

BL描写ゲイ現実とかけ離れてるけど、百合はそこまで離れてないので当事者から容認される気がする

創作者の中の当事者比率もそれなりに高いジャンルっすからねえ。ただ非当事者としては当事者リアルは文献を通してしか知らんので、非当事者立場から百合現実度を言い立てることは問題あるかなって……どうしたって当事者にはなりえないので。それより現実とはかけ離れていてもファンタジーからいいんだよっていう理屈を構築した方がよいのでは。

いや、話は簡単で、お前らはこっちに死ねって攻めてきたからならばお前らもろともに死ぬのか、死なないように相互不可侵を決めるのかどっちだ?と城下の盟を迫られているだけやで

一番迷惑してるのが普通腐女子っすよねぇ。ごくごく一部のポリコレに目覚めた腐女子外患誘致されてるんだもの。ほんと、よくそんな天敵を自陣に引き入れようと思ったよな……

ポリコレってメッチャ広範囲故に反対すると踏み絵(それもエグい奴)になるよ?要は別姓も、人種差別女性差別すらBL支持の為に許容する事に。故にお薦め是々非々ポリコレなんだけど…

海の向こうで是々非々ポリコレの種を蒔いたらあっという間に「シストランスの役をやるな」「白人声優黒人キャラに声を当てるな」まで成長したの見てたら、とてもそんな呑気なことは言えないっすね。危機意識足りなさすぎでは?

ちなみに「シスジェンダー白人女性ゲイ少年主人公にした小説を書くのは搾取」という議論マジでされてますからね。

https://i-d.vice.com/jp/article/8xeg4b/does-it-matter-who-writes-queer-stories

是々非々っていう態度でこれ拒絶できると思います? 無理でしょ。是々非々ポリコレ侵入を認めていたら絶対こういう話にたどり着きますよ。この理屈が波及したらお姉さま方が描いてるBLなんてほぼ全滅じゃないすか。ポリコレ論理のものが我々の敵なんすよ。

ポリティカル・コレクトネスは「一般大衆に向けて発表する場合」に問題になるわけで、公開範囲限定することが前提であれば従わなくても構わない、という点を抜きにした議論無意味かと思います

同性愛匂わせで視聴者を釣るのは搾取理論で『シャーロック』が叩かれてるっていう現実が見えてないんですかね……>https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-47877196

こんな理論適用されたら日本コンテンツたいていポリコレ抵触するでしょ。『ユーリ!!! on ICE』とかどうなんの? って話っすよ。

もうほんと、ポリコレ支持者ってなんでこんなポリコレに対する認識がテキトーなの? 信じられない。あ、そっかポリコレをテキトーしか認識してないからその怖さもわかんなくて簡単に支持できちゃうんですね……

異端より異教徒の方が弾圧されにくいので半端に受け入れるとひどい目に遭うらしいし拒絶しきったほうがいいんだろう

ほんとこれ。この期に及んで「でもPCにもいいところはあるし……」とか言ってる腐女子の人たち、マジで何がしたいのかわからん。死にたくなければそいつから離れろと。

ポリコレ推進派の腐女子当事者アカウントブロックしたり無視するのがおすすめ。都合が悪い時は下を向いて黙り込むのがいい。みんなそうしてるし。

あ~、これめっちゃ笑いましたね。サイレンシングでマンスプレイニングトーンポリシングやんけ! っていう。自分らで発明した概念自分たちの首絞めてる光景外野からウケる~以外の言葉がないというか。

2020-06-22

anond:20181020195622

ヴィーガニズムについてはいろいろ思うところがあるんだけど、とりあえず以下の点については疑問だ。

それにしてもビーガンは極端に思えるだろうが、伝統的にも欧州で言えば修道士日本で言えば厳格な僧侶実践すべきと教えられてきたことだ

この部分、ヴィーガンなんて何も特別なことじゃないよー、と印象を薄めるための部分だと思うが、事実は大きく異なると思う。

なぜなら、「あらゆる動物由来のタンパク質禁止」するようなことは厳格な僧侶ですらしてないからだ。仏陀悟りを開いたきっかけは「ミルクがゆ」を飲んだことだが、これはヴィーガンならアウトな行動だ。また、欧州修道士も卵やチーズ場合によっては魚だって食ってる。せいぜい「通常のヴェジタリアンレベルであるヴィーガン食生活と彼らのそれは、決してニアリーイコールではない。

更に言えば、彼らは「一般大衆にそれを強制する」ようなことはしない。なぜなら、彼らの思想の根っこには素朴な「人間中心主義」があるからだ。それに対してヴィーガニズムの根っこにあるのは、まさにその「人間が中心だろうか?」という疑問だ。ヴィーガニズムが多くの派生過激主義者を生み、結果多くの人に反発を食らっているのは、実はそちらの顔があるせいだと思う。この点でも、ヴィーガニズムは、歴史の選別を経てきた現生宗教とは大きく異なる。いわば、まだ洗練されていない(危険性のたっぷり残る)宗教なのだもっと分かりやすく言えば、残念ながら現時点ではただのカルトだ。

2020-06-15

anond:20200614235155

一般大衆が、いままで利用していたガラケーに比べて、広告を沢山見させられるようになった以外のメリット享受できていないとでも?

2020-06-14

anond:20200614234601

スマホは確かにハイテクだ。しか一般大衆側にしてみれば、より多くの広告を見せつけられるようになっただけでは?

2020-06-02

anond:20200602141648

次のように考えてみればどうだろう?

そもそも漫画家」が職業として成立しているのは、歴史的日本人に「図像を介したコミュニケーションリテラシー」が高かったから。それは、他国にあまり例がない「絵巻物」の隆盛であったり、青表紙赤表紙黄表紙などの絵本・絵入り雑誌文化であったりを見ても分かる。法隆寺金堂にある「大工落書き」を見ても、昔から日本人デフォルメされた図像に対するセンス絵心は伝わってくるだろう……云々。それは、文化を「内側から発生」ではなく「海外から輸入」することで発展させてきたこ民族独自に身に付け発達させてきた、異文化間での高度な伝達・学習ツールだったのかもしれない。たとえば、自分たで発明したわけではない地獄極楽概念一般大衆に分かりやすく広めていくために「地獄絵図」の描き方がやたらと進化した、とかそういう意味で。

こう考えれば「漫画家職業として成立しているかイラストが描ける人が多い」というのは、説明としては順序の逆転した不正確な説明なのではないだろうか? むしろ漫画家職業として成立するほど日本人は(古来から絵心にあふれている」のであって、これはやはり民族的(文化的)特性と言えるのではないだろうか。

2020-05-29

anond:20200529231159

きみみたいに物事ネガティブサイドばかりに目がいく人こそが一般大衆って言われてるんだよ。

他人ハッピーに感じた事に違和感とか、恐ろしいわマジで。神かよ。

ブルーインパルスブクマ見て絶望した

「万一墜落したらどうするんだ」

「こんな金があったら他に使え」

このパターンコメントが目立つようになったら終わりだわ。一般大衆マジョリティなっちゃってるのな。

バカとかキチガイが居るのはオッケーだけど、こういうつまんねー事言う人ばっかりになったらダメだわもう。

2020-05-25

anond:20200525113726

ネットには啓蒙主義実践者も多いし、無料で質の高い情報投稿し続けてる人もたくさんいるけど。

そもそも馬鹿相手にしてないし、馬鹿に楽しんでもらおうって気持ちもないから、馬鹿には届いていないってことだと思うんだよね。

日本には放送大学もあるし、YOUTUBEでもなんでも専門的な内容を解説したりいろんな知見を広めてくれる無数の言説がある。

でもそれがターゲットにしてるのは、そういうものに興味があって科学情報リテラシーを持つ人であって、真に一般大衆向けではない、開かれてるけど向けられてない啓蒙から効果を発揮してないのではないかと思う。

2020-05-24

今のインターネットは本当にタチが悪い

主義思想の違いはあれど、昔の2chと今のはてなTwitterで、誹謗中傷や悪意のレベルに違いはない

両者ともにクソである

 

ただ、明確に異なるのは、昔の2chが自らを「便所の落書き」と定義していたのに対し、今のはてなTwitterは「自らを正義」だと思っている

ゆえに万人がクソを理解すべきだと考え、むしろクソを理解できない一般大衆は愚かだとさえ考えている

 

本当にタチが悪い

2020-05-13

衆允とす。悔亡ぶ。

易経」をご存知だろうか。
当たるも八卦当たらぬも八卦でおなじみの易占のテキストであり、儒教四書五経の一つである

周の時代に成立した書であるゆえ、これを出典とする言葉名前も多い。
有名どころでいえば「観光」、「啓蒙」、「維新」、「資生堂」などである

易経には、「陰」と「陽」の組み合わせで全部で64の「卦」が書かれている。
「卦」はそれぞれ漢字一字または二字の題がついている。
そして、それぞれの「卦」は、六つの「爻」と呼ばれる節から構成されている。
詳しいことは各自ググるなり本を読むなりしていただきたい。

さて、この易経の第三十五卦は、「晋」である
人名にもよく使われる字である
そして、皆様ご存知の日本とある政治家名前にも使われている文字である

「晋」の「三爻」には、「衆允。悔亡。」とだけ書かれている。
三浦國雄による読み下しと訳文は以下の通りである

読み下し:衆允とす。悔亡ぶ。(しゅうまこととす。かいほろぶ。)
日本語訳:みんなから信用され、難儀が消える。

ここから勝手想像である

「晋」と「三」から成るあの政治家名前は、もしかしたら易経に由来しているのかもしれない。
由来は関係ないとしても、占いに頼っていると週刊誌に報じられたこともある彼のことだから、「易経」のこの文言のことは知っている可能性が高い。

そして彼は、自身名前と関連のある「衆允とす。悔亡ぶ。」を自らのモットーにしているのではないだろうか。

周りの友人たちから信用され、難儀は消さないといけないと考えて、これまでに数々の大混乱を引き起こしているのではないだろうか。
あるいは、居直っていれば、一般大衆からも信用されて、悪い局面は無かったことになるとでも思っているのだろうか。

彼は、「易経」の教えに従っていれば何とかなると思っているのかもしれない。
でも、彼のやっていることは、悔を允にしようとして、衆が亡びる道を作っている。

2020-05-12

anond:20200512021208

ネトウヨだけど、安倍内閣の特徴は、反対派が言うような巨悪や無能ではなく、調整型で組織防衛型という点にあると思う。

これまで自民以外も含めて、政策関係ない些細なことやわきの甘い点を攻撃されて失墜していった反省から、決定的なボロを出さないことに注力した究極形態みえる。

これまで安倍首相は数々の批判さらされてきたが、いまだに収賄をはじめ一発退場の違法行為実行犯としての証拠は挙げられていない。

セクハラ女性問題特に表に出てはいない。

揚げ足をとられないように、発言抽象的になり、文書などの証拠も極力出さないようになる。

それが公正さ、誠実さに欠けていると批判されても、明確な違法行為実行犯とはならない範囲を見極めているのが巧妙。

そういう点では(そうは見えないかもしれないが)歴代内閣もっとも守りの堅い、将棋で言う穴熊のような盤石の防御態勢を作った。

状況によって組織防衛の「組織」が日本だったり内閣だったり自民だったりするが、守りに関することは動きが早くて、それ以外は調整型なので遅く、大胆な改革はしない。

組織に対して献身的であり、個人的私利私欲は意外なほど見せていないので自民党内部から刺されることもない。

首相の座に居続けることで得られる利益というのはあるだろうが、もっと直接的な欲はほぼ見せない。

調整型であることで、自民党内部や官僚多種多様産業界のどこか(農業とか製造業とか)が割を食ってその業界ぐるみで反発されることもない。

調整型・組織防衛であることのメリット政権を長く保つことができて、長期計画政策がおこなえるということ。

熟練したメンバー阿吽の呼吸で動けるようになること。

(現状できていなかったとしても、その下地ができているということ)

短期間で任務が変わる場合一般公務員などでよくあるが、1年くらいで成果が出る目先の改革に注力してしまい、

どんなに優秀な人でも長期的展望がないいきあたりばったりのことをやってしまう。

デメリットはもちろん癒着、腐敗、見えないところでルール違反をしやすいところ。

政権場合防衛的にわきを固めているので、不祥事も他の政権と同等かそれ以下であり、ことさらにそこを攻めても崩れない。

最後安倍首相の倒し方について。

今のような巨悪や無能論点とした正攻法や、揚げ足とり、違法行為に対する間接的関与で安倍首相個人を叩いても、さほどダメージは与えられないと思う。

とはいえ現状はすでに安倍首相個人一般大衆のヘイトを買いすぎているので、次の選挙自民が大ダメージを受けるのは確実ではある。

安倍首相自民を分断させ、自民党員に安倍支持を表明することがデメリットと感じさせるようになったら組織防衛が崩れていくだろう。

それに向けて内部に反安倍派を増やすような工作を今からしておくのも有効だと思う。

調整型を攻めるなら、他の先進国のような大胆でスピード感のある情報改革を進める方が国のためになる、という政策論議がいいかもしれない。

2020-05-09

平田オリザへ~あなたが叩かれているのはあなたがオリザではないからだ

根本的にあなた認識世間の反応に著しいずれがあるのは、「演劇業界必要不可欠の、喫緊業界であるのかどうか」について乖離があるからだ。

Covid-19 はありとあらゆる産業無差別に襲っている。各業界への支援も、トリアージせざるを得ない状況だ。

そう言う中で、演劇特に大資本がバックについていない小劇場系の「非商業演劇」への支援は、国民認識としてほとんど最後支援対象、言い切ってしまえば、「別になくなっても構わないもの」でしかない。

それに対する予想される反論は「欧米では日本の文化貧困だ」みたいなものになるのだろうが、普段労働従事し、そもそも支援するための原資を稼いでいる圧倒的多数労働者層から見ればそれは寝言に過ぎない。その発想自体上から目線なのだそもそも欧米日本が違うというだけならともかく、どうしてそこに優劣が発生するのか。そこに優劣が発生すると言う意識それ自体上から目線なのではないか

その「文化的に優れた欧米」が軒並み、Covid-19 の被害抑制、つまり一般大衆保護において、日本東アジア地域よりも圧倒的に劣位の結果しか残していない時点において、ロールモデル足り得るのか、そこがまず疑われている。彼らの文化を選別したうえでの、特定領域に対する厚い支援は、文化的マスターベーション、ある種の帝国主義意識と表裏一体のものではないのか、と。

あなたがた演劇人は、この疑念を乗り越えるだけの「切実性」を一般国民提供する任務に失敗したのである。つまり演劇は、「魂のコメ」としてのオリザ性を欠いている。

そもそも経済と言うものは、そこに金銭のやり取りが生じているのであれば、そこに価値が発生しているものであり、産業の規模とその産業価値は直接的にリンクしている。あるいは「将来的に産業の規模につながること」で、その価値担保している。

いずれも欠いている演劇脆弱であり、脆弱であるからこそ税金と言うパトロネージ生存のためには必要としている。そもそも「余禄」でしかあり得ない産業である

2020-05-08

演劇人は今後口の利き方に気を付けるべきだな

あの辺の人たちって普段から薄っすらと、いやいやわりと露骨総体として日本のことバカにしてたじゃない。

からいざ困って国に支援を求めても、大衆の反応が「知るか、河原乞食らしく野垂れ死ね」となったわけだ。

まあね、日本演劇なんて太い実家含むパトロンの援助と可哀想若者搾取で成り立つ市場に背を向けたシロモノだから所詮一般大衆のお前らなんて客じゃねえ、ってことで言いたい放題バカにしてきたんだろうけど。

国なんぞに頼らねぇって無頼も気取れないなら、せめて国民大衆に嫌われない程度の「演技」はしてみせないとな。

2020-04-29

モーニングショーに出てる時の石原良純が好きだ。

自身比較リベラルなのに、保守的な交友関係敵対するようなことも言えなくて、でも正しいと信じたことは正しいと言う。

「間違いを正してやる」みたいな上から目線じゃなく、間違えてしまう人々の気持ちに寄り添って、「何をどう間違えて、批判されているのだろう」ということを、同じ目線解釈しようとしてくれる。

私はこういう優しい人が好きだ。

ワイドショーにはうんざりすることもあるけど、私がこの番組のことを嫌いにならないのは、こういうところだ。


COVID-19に関しても、ワイドショーの流す情報は質が低い。やはりモーニングショーを見ながら、専門家の話を聞く気がないコメンテーターにはうんざりする。しかしそれが一般大衆リアルでもあろう。

そんな面倒くさい人々を相手にしながら、不安な心にしっかりと寄り添い、それでいて正確な情報必死で伝えようとする専門家の姿に私は心を打たれた。岡田晴恵さんと言うらしい。こんな立派な人がいたんだ。くだらないと笑われる番組に出て、くだらない人々を救うために、諦めずに言葉を尽くす。これが本物の「専門家なのだろう。


ワイドショーなんて、心底くだらない低俗番組だと思う。しかしそんな地獄こそが、今まさに私たちが生きている現代社会のものでもあるのだろう。「地獄地獄」と見下して、関係ないふりをして、自分たち高潔で穢れのない高等な人類であるという顔をするのはやめよう。

汚物にまみれた地獄の中で、必死にもがいている人々がいる。孤独に戦ってる人がいる。私はそんな人々を応援したい。

2020-04-13

芸術系の人々の選民意識がキツすぎる

安倍首相動画炎上している。

自分炎上し始める前にみて、正直特に感想がなかった。よくも悪くも。

からあんなに炎上していることにびっくりしている。

  

人によっては「ださい」「ちょっと趣旨とずれてる」「犬可愛い」「この緊急事態に!」みたいな色々な感想があるのはそうだと思う。

まあそれは色々あるよね。人それぞれだし。

でもそれで終わりだと思ってはいた。

  

批判をざっくりみると、「政治利用」だの、「芸術への敬意がない」だの、「セッションになってない」だの。

いや、それは個人の感想としてはいいけど、袋叩きにする大義にはならないって。。。

そもそもオープン利用なんだし。

だって、寝癖でぶつぶついうだけの動画を君たち面白がってたじゃん。。)

  

結局なんかあの世界の人々に謎の選民意識があるのだと感じた。

何か特別な才能を持って、一般大衆とは違う生き方をしている、という。だから特別存在であり、業界なんだ、と。

その聖域に自分たちの認めていないひとが入ってきたのが相当いやだったのだろう。

  

先のライブ等の自粛に対する、補償云々でも彼らはキレてた気がする。(今回もその文脈だろう)

でもそれって他の業種も同じなんだ、わかっておくれ。

誰かからみたら不要不急かもしれないが、誰かからみると生活がかかっている、これは大体の仕事がそうだったりする。

決して芸術だけではない。

和牛だってそうだ。その産業の人からしたら死活問題だ。

  

自分音楽は大好きだ。日々助けられてる。

からこそ、その中の人たちの攻撃性と選民意識にすごく失望してしまった。

2020-04-06

はてブコロナで間違え続けているのに

いつまで偉そうやねん。

コロナに踊らされる一般大衆と冷静沈着な俺たち。

みたいな雰囲気をいつまでだしとんねん。

インフルと変わらん派だった人、正直に手を上げて~」

って記事ブコメ見ても屁理屈後知恵事後孔明ばかりで吹いたわ。  

アレはネタ言い訳してる奴もいると思うがマジっぽいのも混じってるな。

はてブをはよロックダウンせえや。

真に受ける奴がいたらたまらんわ。

2020-03-21

anond:20200321005806

そーかー? 一般大衆イメージが強いぞ。投資世界にもイナゴタワーなる用語があるが、これは大衆集団殺到して値が上がるっていうイメージがある。まあでも飛びつくっていうイメージしか思い浮かばない人もいるかもしれんし、共通認識的なものは特段ないのかもしれんな。

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