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はてなキーワード: 一般大衆とは

2018-07-11

うちの親、バカだった

ウナギ絶滅危惧種であるというニュースを聞いて親父が「ウナギいなくなっちゃうのか、じゃあ今のうちに食べなきゃね」と愚かな一般大衆典型的バカ発言をしたの見てやっぱりバカだったんだと思った。

母親も事あるごとにウナギ食べたくない?って私に提案してくる。

母方の祖父熱帯魚を家の近所の川とか湖に捨てるような、学習図鑑に書いてある通りの典型的ダメ人間だし。

2018-07-09

医療関係者モラル - 看護師倫理教育歴史

https://anond.hatelabo.jp/20180709055614

の続き

 ダニエル F.チャンブリス著、浅野祐子訳「ケアの向こう側 看護職が直面する道徳的倫理的矛盾

 この本は、病院フィールドワークを行い患者医療者に起こっていることを目の当たりにしたことをもとに書かれています目的は「ナース日常業務の中で倫理的問題をどのように捉え、対処しているかを、詳細に、かつ弁護できる程度の一般化をもって記述すること」です。

 第1章は、「ナース世界、すなわち病院は、一般社会とは全く異なる道徳システムを持っている。病院では悪人でなく善良な人がナイフを持ち、人を切り裂いている。そこでは善人が、人に針を刺し、肛門や膣に指を入れ、尿道に管を入れ、赤ん坊頭皮に針を刺す。また、善人が泣き叫ぶ熱傷者の死んだ皮膚をはがし、初対面の人に服を脱ぐよう命令する」といった衝撃的な言葉で始まり、「一般人にとって身の毛のよだつ残酷物語もここでは専門家商売なのだ」と続いています

 確かに病院一般生活とは異なる独特の世界がありますしかし次第にそれが普通のこととして「日常化」され、業務は「ルーチン化」されていきます。チャンブリスはこの「ルーチン化」とともにナース感情は平坦化し、そこで生じる出来事に対する感受性も失われていくと述べています患者さえもそのルーチン化に含まれていきます患者は人としてではなく、一つのケースとしてしか認識されないようになるのです。その結果、ナース患者に生じる多くの倫理的問題道徳的問題認知しなくなっていくのだと分析します。

 しかし、倫理的問題こそナース積極的に関っていくべき必要があるはずです。なぜなら、ナース患者擁護する立場にあるからです。アメリカでも、アメリカ看護協会(American Nurses Association )による「看護師の倫理綱領( Code of Ethics for Nurses)」にそのことが明記されています

看護歴史倫理に関する書籍の紹介

 こういった事実を知っているかどうかで、未来は大きく違ってくるはずです。まずは、女性から看護師だから、そういった犯行は起きない、という偏見先入観を捨てる必要があります

 それどころか、むしろ看護師という職にある限り、必然的モラル倫理的に気が付けば滅茶苦茶な様態になる職だと認識し強く自覚し、教育をしていくことが必要です。

歴史の浅い日本看護職、その虚飾


 根源的には人類共通の「死と病への畏れ」があり、日本においても仏教思想的な浄・不浄・穢れの概念から科学が発達していない時代に、やはり皮膚・血や体液・死を取り扱う医師助産師看護師、洗濯、理髪は賤業と見なされていた。(ヨーロッパでも同様に血を扱う理髪師兼外科医

 それゆえ、日本近代的な専門職としての看護の始まりにおいては、やはりナイチンゲールの「白衣の天使」というイメージを輸入し、キリスト教徒信心深い修道女禁欲規律使命献身と清純のイメージを全面に打ち出し、「聖**看護学校」「聖**病院」「**マリア病院」、はたまた教会修道女の誓い(神との結婚まり禁欲貞操の誓い)を真似た宣誓と戴帽式といった、実際には看護師はキリスト教徒でもなく修道女でもないのにも関わらずそのイメージ一般大衆に植えつけ印象付けてきた。

 中身と行動が伴っていない虚飾はまったくの茶番

 問題なのは日本看護はその上っ面のイメージ形式だけを輸入し、本質的な使命と人間性道徳教育倫理観を輸入し損ねたことだ。欧米文化圏では文化的に刷り込まれているキリスト教道徳価値観倫理観すらも持ち合わせていない日本で。。。

 そもそも現代日本看護教育は、戦時中軍隊式日赤十字従軍看護婦養成伝統をそのまま引き継いできてしまったものだ。

日本では戦後長らく,看護研究に関する倫理問題はおろか,「看護倫理一般についての空白期が1980年代初頭まで続いた.かつて日本看護師には,清楚さ,奉仕精神医師への従順さ,組織への忠誠,規律と秩序の維持等の,専ら内面的な美徳を備えた者であることが期待され,それに応答することが看護倫理であった.しかし,戦後民主主義が浸透し,経済的に豊かになる中で,過去看護師像に対する強い反発と反動日本看護界に広まり,抑圧された過去看護師像を想起させる「看護倫理」そのもの敬遠されたことが,この空白の背景にあるといわれる.その結果,米国では1960年代からすでに看護研究に伴う倫理的課題に対する積極的応答が看護界全体においてみられたのに比して,日本看護界における対応1980年代中頃になるまでほとんど皆無であった.

http://homepage3.nifty.com/cont/42_2/p519-30.pdf


この時期(1951-1966 年)の看護倫理に関する教育内容は、「ナイチンゲール誓詞」などの倫理規定のほか、看護師にとっての礼儀作法、心構え、守秘義務、対人関係など、戦前の流れを引き継ぎ美徳中心であったとされる。

1967 年の指定規則改正では、看護学が基礎科目と専門科目に分けられて体系化がはかられる一方で、「看護倫理」という独立した科目は削除された・・・

この時期(1967-1988 年)には、1967 年のカリキュラム改正前の看護倫理は、看護婦としての心構えや人類愛、使命感、奉仕などの精神性で貫かれており・・・

1989 年に指定規則改正されたが、このとき看護倫理を「看護概論」の中に含むという「注」も削除された。これによって、看護倫理に関する記述指定規則から全く無くなり・・・

1996 年の指定規則改正でも、看護倫理に関して独立した科目は設けられていない・・・

2002 年に出された文科省看護基礎教育の在り方に関する検討会報告「大学における看護実践能力の育成の充実に向けて」(文部科学省, 2002)の中では、人間尊重擁護方法について「看護職者は、対象者治療及びケアを受ける過程で遭遇する具体的な場面で、常に、その人の尊厳権利擁護する立場で行動できることが不可欠である」と述べられている。また、その教育方法についても「学生自身がその意味に深い関心を持ち、看護職者が対象者権利擁護者として機能することの意義を追求できるよう、具体的な看護事象を用いた演習を組むなど、学生同士の討論や患者などの対象者などから学ぶ方法採用することが大切である」とされている。さらに、人間尊重について「対象者立場に立つこと、個人文化背景・価値信条理解意思決定必要情報提供自己決定権人間としての尊厳人権尊重インフォームド・コンセント実践支援プライバシー保護個人情報の取り扱い、セカンドオピニオンの意義などについて」と具体的に言及し(た)

https://www.osaka-med.ac.jp/deps/dns/pdf/zasshi/09.pdf

 プライバシー尊重とか超超基本的倫理についてやっとここ数年になって看護教育の課程に組み込まれただけ、以前は全くありませんでしたとか、冗談かよ、な状態

 恐ろしいことに本来あったり前の守秘義務でさえ、看護師においてはほんの10数年前まで存在してなかったというお粗末さ。

秘密の保持に関する保助看法上の条文は法 制定当時にはなかったが、平成 13 年(2001) の法律第 87 号で第 42 条の 2 として新たに追加されたものである

今の30代以上の看護世代…そしてそういう世代から教わる今の看護師達。

日弁連日本弁護士連合会)も懸念表明

 ところが,我が国には,このような基本的人権である患者権利を定めた法律がない。

そのような中で,今日我が国医療は様々な場面において多くの重大な課題を抱え,患者権利が十分に保障されていない状況にある。

...

ところが,いまだ,患者権利に関する法律は制定されていない。

...

 日本医師生命倫理懇談会による1990 年の「説明同意」についての報告も,こうした流れを受けたものではあるが,「説明同意」という訳語は,インフォームド・コンセント理念を正しく伝えず,むしろ従来型のパターナリズムを温存させるものであるとの批判を受けた。

http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/organization/data/54th_keynote_report3_1.pdf

看護師=モラル高い人達」という幼稚な幻想や、看護師が何か問題を起こせば「環境による被害者」という風潮を、周囲やメディアも含めて、煽り過ぎている現状があります

 今日日本では、医療現場のみならず、世間一般の中にも無知蔓延し、患者の当然の権利を「モンスター患者」の一言黙殺しようとする風潮がある、とまで言える。

続く

https://anond.hatelabo.jp/20180709080702

2018-06-28

ワールドカップ試合結果を予想する動物

今回のワールドカップで、マスメディアがせっせとネタを絶えまなく供給しているにもかかわらず、リアルでもネットでも一切話題になっていないものが、「試合結果を予想する動物」な。

タコだの猫だのカワウソだの、連日どこかの新聞社サイトがやってるが、一切なんの話題にもならない。

南アフリカ大会の予想タコパウルくんの二匹目のタコ、じゃなかったどじょうはいなかったということだ。

そもそも、心底くだらなく、子供すら騙せない子供だましで、パウルくんにはちょっとだけ新規性があっただけのものに、今更話題性があるはずがなかった。こればかりは一般大衆すらも乗る価値がないと思ってるわけだ。

2018-06-15

anond:20180615085006:一般人様こそがこの国で一番強いのだ

だって政権を選んでいるのも、大企業経済活動を支えているのも、全ては一般大衆様様の総意でございますからな。

この国で最も強いのは一般人が集うことによって生まれ集団心理

富裕層などリバイアサンに飾り付けられた王冠やさすまたしかない。

いわば一般人こそが日本では最強!

真に無敵なのは一般人だ!

2018-04-17

anond:20180417143333

芸能人スポーツ選手に対する一般大衆の論評としてなら「衰えた」「老けた」「声出なくなった」「年取った」程度は許容範囲だろ

面と向かっていうのは失礼でありえないだろうが

2018-04-14

合格しても失敗」 おおたとしまさ氏の高校無償化記事に抗議する

おおたとしまさ氏という、中学受験を中心とした評論家がいる。自身麻布中高という名門私立中高一貫校出身であることもあって、私立中受験市場マスメディアに多く登場するが、専門外の記事になると、的外れで、唖然とするような記事を多く書く。

4月13日高校受験に携わるものとしては看過できないような記事を見かけたので、掲載しておく。まずは読んでほしい。

都立高校復権」の裏で「都立高校定員割れ」が意味すること

https://news.yahoo.co.jp/byline/otatoshimasa/20180413-00083769/

おおたとしまさ氏は、中学受験しか精査して調べていないことが丸わかりな記事である。お願いだから高校受験について何も知らない素人が、こういうデタラメ記事を、一般大衆を煽るかたちで書かないでいただきたい。

どうせトップ都立高に入れないのであれば、中学受験をしたほうがいい、あるいは私立高校に行ったほうがいいという判断が働くのも無理はない 【記事より引用


私立高校学費無償化の影響なく、都立上位校の人気はますます高まった

上記記事をご覧になったうえで、おおたとしまさ氏の脳内思考はこうである。「都立高校がいくつも定員割れを起こした」⇒「日比谷や西といった都立トップ進学校の人気が落ちたのだろう」→「都立上位校といえども、中学受験の中堅校の同程度の進学実績だから私立高校に進学する生徒が増えた」

果たして、本当にそうなのだろうか。都内高校入試最大の母体を持つVもぎの合格基準を用いて、過去3年間分の都立高校普通科ランク別の受験者数と実施率倍率の推移を書いてみる。

男子

ランク 1398人→1327人→1427人  (1.66→1.57→1.69倍) ↑

ランク 944人→917人→947人    (1.37→1.42→1.46倍) ↑

ランク 2863人→2934人→3000人  (1.53→1.55→1.64倍) ↑

ランク 2911人→2902人→2967人  (1.53→1.53→1.59倍) ↑

ランク 4403人→4389人→4107人  (1.45→1.46→1.37倍) ↓

ランク 3667人→3858人→3332人  (1.28倍→1.33倍→1.18倍)↓↓

都立高校合格必要偏差値をAランクからランクに分けた。Aが難関校、Bが上位校、C・Dが中堅校、Eが下位校、Fが課題集中校となる。見ての通り、A~Dランクまでは、3年間のうちで2018年度が最も受検者数が多く、倍率も高かった。つまり都立高校のうちのトップから、多くを占める中堅校のC~Dランクまでは、人気の上昇は継続している。

おおたとしまさ氏は、なぜかAランクやBランク進学校の話ばかりしている。きっと、私立中高一貫校の専門家であり、難関校の取材ばかりしているから、EランクやFランク学校をよく知らないのだろう。都立高校の定員割れの話をする際に、今年も人気が上昇した都立上位校の話をするのは、リサーチ不足と言わざるを得ない。

おおたとしまさ氏の「学区撤廃で一部に集中しただけ」は印象だけ

おおたとしまさ氏は、「学区を撤廃して、日比谷のような一部の超トップ校に難関大学合格者が集中しただけ」と語っているが、おそらく、何も分析せずに印象だけで語っている。実際にはまったく異なる。都立高校改革で、2番手や3番手学校大学合格実績も大きく伸びている。おおたとしまさ氏は、まず以下の都立2~3番手校の大学合格実績を10年前と比較されたい。

小山台駒場三田、竹早、小松川、豊多摩大泉富士三鷹武蔵野北、小金井北、調布北、町田日野台、調布北、昭和

これらの学校は、都教委肝いり進学指導重点校ではない。ところが、軒並み大学合格実績が伸びている。特に国公立大学合格者総数は、激増といっていいほど増えている。あなたのおっしゃる通り、都立高校生は、国公立大学志向が強いので、同じ表を、国公立大学合格率で計算したい。

都立高校改革が、当初は「一部のトップ校だけに高学力の生徒が集中して、ほかの都立進学校地盤沈下する」と危惧されていたのは事実だ。2000年代初頭ぐらいには、多くの方々がそう語っていた。ところが、都立高校間で進学指導ノウハウを蓄積した結果、都立高校全体での指導力が高まり、結果としては、都立進学校全体が伸びた。2000年代前半に都立全体で東大に50人台しか合格しなかったのが、2017年改革以後最多となる170人半ばを突破してた。参考までに、東京都内私立高校都立高校全体が、2012年から2017年の5年間でどれだけ大学合格実績が伸びたかを調べたので、掲載しておく。

●国公立大+早慶上智

都立高校 +892人 (115%)

私立高校 -489人 (97%)

●難関国立大(東大京大一橋大+東工大旧帝大東京医科歯科大)

都立高校 +81人 (136%)

私立高校 +41人 (103%)

おおたとしまさ氏の指摘する「特定校への集中」は、実は、氏の支持する私立中高一貫校の方が顕著かもしれない。

合格しても失敗」おおたとしまさ氏の最発言は、教育ジャーナリストとは思えない大暴言

おおたとしまさ氏の最後発言は、もはや教育ジャーナリストという肩書返上してほしいと思わせる大暴言だ。

難関大学合格可能性の観点から言えば、もしも世田谷学園を切り捨てたのであれば、日比谷や西に合格できない限りその選択は失敗だったことになり、同様に、田園調布学園や獨協を切り捨てた場合駒場小山台合格しても失敗だったということになります記事より引用

おおたとしまさ氏のこの発言暴言であるのには二つ理由がある。

第一に、データが滅茶苦茶であるということだ。おおたとしまさ氏曰く、難関大合格観点からすると、「独協を切り捨てた場合小山台合格しても失敗」らしい。だが、この感覚は、一般人感覚とは相当ずれていると言わざるを得ない。

独協  国公立大 12人  (うち現役合格5人)  ※卒業生数約200人

小山台 国公立大 115人 (うち現役合格92人) ※卒業生数約300人

単純に比べて、どちらの方が進学実績が優れているかといえば、独協高校には本当に申し訳ないのだが、どう考えても、小山台高校の方が格上と言わざるを得ない。東大京大東工大一橋大の指標も、小山台が5人(全員現役)、独協が1人(浪人)だ。

それなのに、恣意的データを用いて「独協を切り捨てたら小山台合格でも失敗」とサラッと言ってしま感覚が恐ろしい。そしてそれを、教育ジャーナリストという肩書で全国配信してしまうのだ。

第二に、これは単純に、その高校に通っている生徒に失礼ということだ。「小山台高校合格しても失敗」「駒場高校合格しても失敗」なんてことを、何度も言うが、教育ジャーナリストと名乗っている人間が全国配信している。しかも、具体的な都立高校名を挙げて。

おおたとしまさ氏は、ぜひともこの調子で、中学受験の子を持つ保護者に、逆のことを言ってほしい。

日比谷高校より東大合格者数の少ない私立中高一貫校に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立国立高校よりも東大合格者数が少ない桐朋中に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立西高校よりも東大合格者数が少ない国学院久我山中に通っている生徒は、合格しても失敗」

南多摩中等よりも東大合格者数が少ない穎明館中に通っている生徒は、合格しても失敗」

都立高校定員割れ分析は、おおた氏のような印象ではなく、精緻分析

おおたとしまさ氏の都立高校に関する記事が、まったくもって不正であることを指摘した。最悪なことに、全国配信されているので、この記事を読んだ一般の方々が「なるほど。都立高校定員割れは、学力優秀層が都立進学校から私立高校へ流れたことが原因か」と誤解してしまう恐れがある。

今回の事象について、日経新聞では、さすがと言いうか、冷静で精緻分析記事にしている。つまり、中堅校以上、偏差値でいうと50以上の都立高校にはほとんど影響はなく、それどころか、大学合格実績の伸長によって、ますます都立高校人気が高まる結果となった。一方で、偏差値30台の課題集中校や、商業科、工業科の人気が極端に下がり、私立高校に流れたと。

私立高校無償化政策による都立高校定員割れについて、我々が考えるべき最大の問題は、都立商業高校工業高校を、このまま不人気ということで廃校にしてしまっても良いのかということだ。今の若い子達には、なかなか商業高校工業高校の良さは伝わらない。嫌な言い方をするが、商業高校工業高校へ行くぐらいなら、私立高校からランクであっても大学へ進学させたいという家庭が多い。しかし、都立商業高校工業高校は、長い伝統の中で実習教育に長けていて、高卒の大切な人材供給の源。これをなくすことは、結果としては、国にとって損失ではないか?そういう議論などをしていかなければならないと思う。

おおたとしまさ氏も、そこに着目して、「都立高校の定員割れは、商業高校工業高校が見捨てられて、私立高校に流れたからだ」という論調で書いていれば、的を射た記事になっていただろうに……。

お願いだから、少なくとも「教育」ジャーナリストと名乗るからには、そういった学校にも目を向けて、足を運び、たくさん取材をしたうえで、この、「都立高校定員割れ」という国レベルでの大きな問題に提起する記事を、ぜひ全国配信してほしい。

開成とか、麻布とか、御三家とかも良いが、それだけじゃ、教育ジャーナリストとは名乗れない。

2018-03-05

[] #51-5「ノットシューゴ」

俺は呆れ果てて何も言えないでいたが、同じくクラスメートであるタイナイが、カジマの蛮行を嗜めた。

ちょっと待てよ、カジマ。そんなの撮っちゃダメだ」

タイナイは俺たちの中で最もネット社会に漬かっている人間だ。

そのタイナイが嗜めるのだから、カジマのやっていることは思っている以上にタブーのようだ。

抗議活動結構だけど、これはただの目立ちたがりの売名行為しかならない」

「こーいうのは目立ってなんぼでしょ!」

「悪目立ちで集まるのは、騒ぎに乗じたいだけの烏合の衆だ。それだと肝心の問題についても、大衆に正しく認知されない。主義主張が何であれ、正しい筋道で実行されなければ正しい支持も得られないんだ」

「あーあー、そうやって物知り顔で、抗議活動している人の出鼻を挫いていくんだよなあ。タイナイみたいな自称常識人は~」

タイナイの言うことは真っ当だが、カジマにはまるで通じない。

カジマに自身客観的に見れる冷静さがあるなら、始めからこんなことをやろうとはしないだろう。

こういうタイプには、むしろ別のアプローチが効く。

「カジマ、お前のやってることはむしろヘイトを広めるだけ。しかも、そのヘイトはお前自身に向かうぞ。一般大衆からアニメオタク過激常識もないバカだと思われ、アニメオタクから抗議活動邪魔をする輩だと非難される」

「え……そこまで深く考えてなかった……よし、この抗議活動はやめるっす!」

まりにも容易く撤回したカジマに、タイナイは溜め息を吐く

カジマは大義名分があるからやっているだけで、別に高尚な志があるからこんなことをやっているわけではない。

いっちょ噛みしたいだけでリスクまで背負いたくはないので、それをチラつかせるたほうが効果なのだ

「あーあ。現実喧騒から離れて、楽しい気持ちアニメを観ていたいはずなのに、どうしてこんな現実問題ヤキモキしなきゃならないんすかね……」

カジマは何だか純粋ぶったことをのたまっているが、俺たちは面倒くさくなってきたので無視した。


…………

ところかわって父のほうでは、フォンさんと共に重役たちの説得に回っていた。

「…………いま一度考え直しませんか」

「そうは言っても、アニメってのは総合芸術だろ? 監督とは言っても、その実アニメ製作は他のスタッフたちの働きによるところが大きい。彼が『ヴァリオリ』を作った代表者だと表現することは不可能ではないが、100歩譲っても彼だけの、彼のためにある作品ではないはずだ」

「もちろん『ヴァリオリ』はシューゴさんだけの作品ではありません。ですが……」

「我々だって何も全面的シューゴ氏を責めているわけではない。出来れば彼に監督でいて欲しかったし、実際これまではそうしてきた。だがモノにはコンプライアンスがあり、限度もある。そして我々が何度言っても彼は改めなかった」

「言っておくが、君たちにだって責任はあるんだぞ。君たちが彼の手綱ちゃんと握っていれば、こうはならなかったかもしれないのだから

しかし、いずれも色よい返事はこなかった。


…………

ーー『ハテアニ』スタジオ

世間ではかなり騒ぎになっていたが、スタジオ内は意外にも落ち着いていた。

この界隈でスタッフが途中で入れ替わるなんてのは珍しいことではなかったし、それは監督という立場でさえ例外ではない。

今回はそれが人気アニメ監督だったというだけで、世間よりも現場のほうが冷静な者は多かった。

それに監督が誰であろうと給料が変わるわけではないので、現場人間はただ目の前の仕事をこなすしかないのだ。

せいぜい、暇をしてるアニメーターが、WEBメディア取材でテキトーなことを並べるくらいである。

しかし、現状ではその程度で落ち着いていても、このままではいずれ瓦解するという危機感が、父とフォンさんにあった。

やはりシューゴさんを呼び戻すのがベターだが、成果は芳しくなく、父たちは頭を抱えていた。

シューゴさんの『ヴァリオリ』における功績を丁寧に説明しても尚、誰も首を縦に振ってくれませんね……」

「実際、彼らの言い分にも一理も二里もありますからね」

こうなった大きな要因は、シューゴさんに対するネガティブイメージが強く残り続けているのが大きな要因だった。

特にある一件では、彼の過激言動によってアニメ業界全体が激震し、謝罪会見にまで発展したこともある。

経営から見て、そんな人間制作トップに置き続けるのは、リスキーすぎると判断するのは当然だったのだ。

しかし、それでも打つ手が全くないというわけではなかった。

「フォンさん、“あれ”はどんな調子ですか」

大分、溜まってきましたかね」

「では、そろそろシューゴさんのほうにもアプローチをかけてみましょうか」

(#51-6へ続く)

2018-02-26

anond:20180225105423

なぜ差別であるのかどうかという点で理解できないのか

元増田差別かどうかに言及しているのであって、差別が実際に行われているかどうか、差別問題なのかどうか、痴漢問題なのかどうか、ましてや痴漢が男女比どのくらいで被害者がどれくらいいて……みたいな話はすべて、関連する話ではあるけど別の話でしかない。

これを理解するために、トロッコ問題の話をしたい。

基本的ものはこうだ。

眼の前に暴走したトロッコがある。

直進先の線路に五人の作業員がいる。

線路分岐があり、もう片方に一人の作業員がいる。

分岐操作するレバーは目の前にある。

身を犠牲にしてトロッコに飛び込んでも暴走したトロッコを止めることはできない。

そして問いは分岐操作レバーを引くかどうかではない。

レバーを引くのは正しいことかどうか? ということだ。

しかしたら、作業員トロッコを避けられるかもしれないという人がいるのなら、

ではもし分岐の先はつながっていて、作業員が避けることができたらもう片方の分岐に戻ってきてそちらにいる作業員は轢かれてしまうとしたらどうだろう?

または、あまり政治的問題を扱うのはふさわしくないかもしれないが、アメリカ原爆を投下したこと二次大戦が早く終わったということがもし事実だとして、それを認めることができるだろうか。一定の人数を犠牲にして多数の人間を救うことは正しいことか?

こういう質問を繰り返していって、自分の考え方をより厳密に確認していく(もしくは矛盾点を指摘する)ことがこの手の思考実験目的の一つだ。

話を戻そう。

差別現実的にどこにでもあるものである

血液型性格診断なんてまさに差別のものだし、あいうえお順にクラスの子供達をならべるのも差別と言えるかもしれない。名前一般的自分で選べない。

LBGTという言葉だって、その他の性的マイノリティ無視した差別的表現なのかもしれない。

自分選択していない国籍について日本人らしくとか言われるのも十分に差別たりうる。

あらゆる差別を語義通りに撤廃するのであれば、少なくとも今の社会生活は全く成り立たない。

女性専用車両差別ではある。

だが差別であることと悪であることには実は関係がない。

(それと実際に不利益を被っている人がいることも関係がない。)

なぜならば、差別という概念自体善悪とは別に存在うるからだ。

現実的問題として、様々な差別に苦しんだり具体的な不利益を被る人がいて、それをなくしたいというのは筋が通っている。

しかしその問題があまりに広範で捉え方にも差がありすぎるせいで、いつも恣意的ルールと各個人で異なるバックグラウンドを前提としてしまう。

元増田としては、そのあたりを整理するために問題提起したのだと認識している。

これを共通認識としない限り話を先に進めることができないからだ。

逆に言うと、これについて善悪論や感情論反論する限り、女性専用車差別問題は少なくとも解決を目指すことは難しいだろう。

(それをこのような考え方の素養がない一般大衆に求めるのも難しいところだが。)

2018-02-01

自分より評価されている他人馬鹿にせずにはいられない物書きの話

 最初に前提として私の性格を言っておこう。

 まず、プライドが高い。文才も地の頭の良さも無いのに、どうしてか自分は頭が良いと思いがちである

 そして、他人との比較による評価判断の重きを置く。

 極め付けには、「プライドが高く才能も無いのに相対評価にいつもびくびくと怖気付いている私は馬鹿なのだ」と分かりきっているようなことを考えて、まるで自分のことを本当に理解しているからこそ卑下するのだという態度を取る。

 こんな人間の戯言でも良ければ見ていってほしい。

 私は二次創作小説を書いている。ペースは1〜2週間に8千〜1万字程度の短編を一本。生活を圧迫しない程度に小話を書いて満足している、趣味には飢えていない物書きごっこ大好き遅筆人間である

 小説を書くのは楽しい。また理解出来ないようなキャラクタの心情をどうにか知ることは出来ないか考察に走ってみることも楽しい。但しその考察目的が「キャラクタを知りたい」というものである以上、その楽しみが「考察をすること」に留まってはいけないと思うし、考察によって自分が得た「キャラクタの心情」が一次のキャラクタが持つそれと同一である盲目的に信じることもいけないと思う。

 話が逸れてしまったのですぐ上で述べたことを繰り返すと、私は文章を書くことに対して喜びを感じている。元々勉強でも現代文が一番得意で、本も同年代の平均的な読書量と比べれば読んでいる方だろう。文章に対して苦手という意識は無く、文を読むこともこねくり回すことも大好きな部類の人間だ。

 だから好きなキャラクタについて文章を書くことも楽しいし、それ自体目的であり手段であるのなら「○○について話書くのたのしいな!」で思考ストップしても別に構わない。それが当然の帰結であろう。

 けれど、そこで終われないのだ。

 書き終わった後作品コミュニティサイトにアップし、どれくらいの人から良い評価を得られるかが気になってしまう。数時間おきにページを開き、通知を確認してしまう。

 その上、他人が書いた作品に付けられた評価自分作品に与えられた評価とを見比べ、一概に言えるわけもないのに「自分の方が上手い文章であるのにどうしてこの人の方が褒められるのか」と苛立ってしまう。“一概に言えるわけもないのに”という表現からも、私のプライドの高さが伺えるとは思う。

 pixivを例に挙げると(実際私が今小説投稿しているサイトpixivではないが)、pixivには閲覧者があなた作品が好きですという感想マウスをワンクリックするだけで伝えることの出来る「すき!」という評価システムがある。

 勿論閲覧してもらうこと自体嬉しいのだが、好きだと言ってもらえることはもっと嬉しい。嬉しくてたまらない。しかしその嬉しいという純粋感情は、次第に「私はこれだけ評価されている」という目を背けたくなるような慢心へと姿を変える。

 そして評価されているのは私ではなく私が書いた小説であるということにも気が付かずに、「私はこれだけ評価されている」という偉ぶった思いが、いつのまにか「他人があれだけ評価されている」という妬ましい思いにすり替わっているのである

 実際pixivではランキングという一つの評価指標のようなものがあり、そのランキングがその時の利用者の間の流行に左右されて一つのジャンルで埋まることがあるとしても、競争心のようなものが煽られているような気はしなくはない(利用者が気軽に「評価の高い≒高確率でハズレではない」作品を閲覧出来るようにという意図によって作られたのだろうけれど)。

 しかし私の利用しているサイトではランキングシステムはなく(世間様の目に触れてはいけないようなジャンルを扱う人々が作品をアップするサイトであるからかもしれない)、皆恐らくのんびりと創作に勤しんでいるはずだ。競争心を煽るようなものはどこにも見つからない。

 にも拘らず、だ。私は人様に寄せられた好意と私の作品に寄せて下さった好意とを失礼なことに比較して、剰え自分の方が優秀であるだろうなんてことを考えている。好意を寄せる人々とその“人様”とを侮辱しているようなものではないか

 まあ多分、きっと、私の文章面白くないのだ。それに今熱中しているジャンルは、本編の放送が終了してしまっている。だから離れていってしまった人も多いのだ、というのは言い訳として言わせてほしい。実際閲覧数も落ち着いてきている。

 でも、本当に面白くないのだとは心の底では思ってなどいない。そんなの認められない。認めたくないのだ。だって、私にはプライドがある。私の文章面白くないわけないじゃないか、という捨てられない最後の砦がある。

 どうしてそんなクソみたいなプライドを持ち合わせてしまたかというと、それは中高時代経験が多分にある。

 私は中学受験をして、世間からお嬢様学校と呼ばれるような学校に入った。御三家第一志望とする受験生が第二・三志望で出願するような学校で(当時の話だ。今がどうかは知らない)、毎年数人が東大に行き、学年の半数以上が早慶上智、少なくとも皆GMARCHには行くくらいのレベルのそこそこ進学校である。めちゃくちゃバレバレだが。

 小学校では中学受験をする子が周りにおらず、親も褒めて伸ばすタイプだったのが逆に悪かったのか何なのかは知らないが、いつのまにか私の中には「自分は頭が良い」という意識が生まれていった。

 しか中学に入って、私はだんだん勉強に追いついていけなくなる。100点のテストで70点しか取れなくて悔しがっていたのが、いつしか苦手科目や5教科以外の試験なら平均点や満点の半分の点数を取れればまあ良いやというようになってくる。

 初めは真面目に通っていた鉄緑会も辞めてしまい、鉄壁はその厚さにギブアップしてターゲット1900に切り替えるなど楽な方を選択して勉強もまともにしなかった為、高3では地獄を見る羽目となった。

 それは元々の私の性格である怠惰さや勉強があまり好きではないという思いから来るものであり、また自分よりも学にも芸にも秀でている友人を見ていくうちに漸く得た「なんだ、自分って大したこと無いんじゃん」という諦念の感によることだったのかもしれない。

 けれど、私は「自分は出来る子だ」というプライドを捨て切れなかった。

 夏休み課題で提出する小説で賞を貰ったこと、授業で誰一人理解することの出来なかった『こころ』の友人Kの感情自分だけ読み解けたこと、センター志望校過去問絶対現代文だけは間違えなかったこと、そういう取るに足りない誰もがきっと忘れていくような些細な物事の欠片を、歩いてきた道を振り返ってしゃがみこんで目を凝らして拾い集めた。

 誰にも自慢出来ることがなく、性格が良いわけでもなく、美人でもなければ気が利くわけでもない。友人と呼びたくとも向こうがこちらを好いていなかったらどうしようと怖くなって友達もあまり作れなかったし、部活で一緒だった数人の友達と呼べる人たちが皆国立理系コースに進む中私だけ私立文系という道を選んだ(算数嫌いが祟って数学も駄目だった)し、夢もなく何かに向かって努力たかと言えば泣きながら日本史熟語を頭に詰め込んだ時くらいだ(暗記科目が苦手なくせに受験で使った)。

 要するに救いようのないくらい臆病な馬鹿だ。出来ないことが多すぎて、常に劣等感に苛まれている。しかし臆病であるからこそ本当に自分は駄目なんだと諦めたくなくて、「自分馬鹿じゃない」と思い続けている。

 結果として大学受験センター滑り止め他志望校で躓き続け、奇跡的に第一志望だけ合格したのだから始末に負えない。世間様に馬鹿にはされない学校に入ったことで、人生設計の全く捗らない行先に少しは安心出来る要素がプラスされたくらいのくせに、私の「自分は出来るんだプライド」は強化されてしまった。

 「どうしてどうせまともに勉強もしていないようなあなた文章が、W大文学部の私が書いた文章よりも評価されるの?」

「どうしてあなたがテキトーに書いた3千文字も無い文章が私の1万字よりも評価されるの?」

「どうしてまともに『てにをは』を使えないあなた文章が私の文章より評価されるの?」

 というような泣きたいくらいの進化が遂げられてしまった。いやもう泣いてる。見ず知らずの人を絶対自分よりも下流努力していない人間と決めつけて、自分付加価値で殴ろうとしている。文章は長ければ長いほど良いと思い込んでいる。三番目は許してほしいが、信じられない愚行だ。

 まず第一勉強が出来る(=成績が良い)ことと文章面白く書けることとは全くもって関係がない。ウィット文章を書けることと教養があることとは関係があるだろうが、そちらは関係がない。

 第二に学歴文章判断するのは間違っている。学歴が無くても面白い文章は書けるし、一般大衆にウケたり賞も獲れたりする。

 まったく評価基準が間違っているとしか言いようがない。視野が狭い人間なので他にも叩ける部分はあると思うのだが、溜息しか出ない。しかもわかっているのに直せない(と思い込んでいる?)のだからどうしようもない。どうしたら良いのだろう。どうすれば良いのかわからなくて、途方に暮れている。

 嫌な人間になってしまったものだと思う。でもこの世の中は競争社会で、相対評価が当たり前で、何かしら人と比べなければ気が済まない人々に囲まれ環境に置かれればそうなってしまうのも致し方ないのではないか、と自分を庇ってしまいたくもなる。

 誤解の無いように言っておくと、他人様の文章に感動しない人間ではない。寒い部屋で鼻水垂らして泣きながら読んだ大好きな小説もあるし、してやられたと最後最後でのどんでん返しにニヤついてしまうこともある。

 しかし「人に馬鹿にされたくない」という思いと「人に評価されたい」という思いが混ざると、こんな面倒なことになってしまう。でもどちらも当たり前の感情だとも思うから、返って対処の仕方が解らない。

 作品に関しては宣伝もっと上手く出来れば閲覧数が伸びるのではないか、という指摘もあるかもしれないが、表立って書いてますとは言えないジャンル創作なので、そこの辺りは難しいのではないかと思う(一応ツイッターにそのジャンル専用の鍵アカウントを作ってあるが、相互が40人程度の小規模なアカウントだ)。

 人に賞賛される喜びが捻じ曲がって醜い嫉妬に変わり果てるのは、今私や私の小説を好きだと言って下さっている方々の思いの否定にもなりかねず心苦しい。

 今回はそういう気持ちをどこかに吐き出したいと思いチラシの裏感覚文章を書いたのだけれど、割合すっきりしたのと同時に恐らくこれからもそのような自己矛盾と付き合っていかなくてはならないのだろうな、という実感が湧いてきている。

 何があっても筆は止まらないし、折るつもりもない。文章を書く喜び、キャラクタに向き合う喜び、そして人に賞賛されるという喜び。それらの何物にも代え難い快感を知ってしまったら、もう当分心大人になりきれるまでは、ずっと苦しみ続けなければならないのだ。

2018-01-15

[] #47-3「嫌煙の仲」

カフェに置いてあるテレビからニュース番組が流れている。

禁煙法に関する街角インタビューのようだった。

「むしろ今まで(タバコが)普及していたのが不思議なくらいでしたね」

「すっぱり禁止にするというのは思い切りが良すぎるとも思いますが、現状を踏まえるとそれ位しても良いのかも」

予想以上に『禁煙法』に賛成する人々は多かった。

これが個人にとってどうでもいい対象ならば、肯定する側も否定する側もたくさんいただろう。

だが大半の人々にとってタバコ肯定する理由はなくても、否定する理由はたくさんあった。

もっとネットとかでネタにされるレベルのこと言って欲しいですよね」

「ま、あのあたりの街のヤカラにインタビューしたら、月並み意見しか出てこないわな」

この流れにマスターたちは落胆するかと思いきや、意外にも冷静だった。

「みんな、タバコが吸えなくてツラくないんですか?」

ちょっと口寂しくはあるが、オレたちは依存症になるほど吸ってないからな」

「他の喫煙家たちも、ほとんどは耐えられるレベルだと思うよ。毎日たくさん吸うか、よほど重いタバコを常用しているとかでもない限り」

「なるほど、だから冷静なんですね」

「いや、まあ、それもあるけどな」

タケモトさんが気になる言い方をする。

他にも何か理由があるのだろうか。

私たちは『禁煙法』が、しばらくしたら撤廃されると思っているんだ」

その答えに俺は少し落胆した。

楽観的な考えだと思ったからだ。

「それは難しいんじゃないでしょうか。多くの人は『禁煙法』を歓迎していますし、タバコ有害から考えても、改めて普及するほどの理由がない」

「マスダ、物事には善悪だとか好悪だとかでは単純に語れない。そういうケースが多くあるんだ」

センセイが含みのある言い方をする。

要領を得ない俺は、適当な答えをぶつけた。

「じゃあ、どうやって撤廃させるんですか。デモとかをするんです?」

「ははは、違う違う。デモなんて一般大衆からすればタバコ並にウザい行為だよ。ましてや主張が支持を得られないなら尚更」

「まあ、デモをするやつもいるだろう。主張の内容が何であれ、一応は立派な抗議活動だし。だが、それはあくま問題意識を持続させる位の効果だ」

「では、一体……」

「つまり最終的な判断政府側に委ねられている以上、この『禁煙法』が失敗だと思わせる必要があるってこと」


…………

それからしばらくすると、センセイたちの言っていたことを俺は理解しつつあった。

なぜか禁煙法ができてからのほうが、消費量は増えてしまったのだ。

理由は色々とある

まずこの決まりを作った人間タバコに詳しくなかったうえ、法を急造したものから色々と穴だらけだった。

そのせいで一般的な紙巻き以外の、マイナータバコが普及し始める。

「おい、タバコを吸うのはやめろ」

「吸ってない。噛んでるんだ」

「吸ってない。舐めてるんだ」

「吸ってない。吹いてるんだ」

「んん? どういうことだ」

しかも、それらタバコは紙巻きタイプのものよりも非常に“重い”ものほとんどだった。

「オレは缶タイプのを試してみたな。だがパイプでアロマやってた身としては、あれはキツすぎるわ」

「タケモトさんは普通にロマ炊けばよいのでは?」

タバコを間違ったやり方で楽しむ人も多かった。

「私は噛みタバコを試してみたよ。ちょっとクセが強かったね。飲み込んだときの風味は特に

「センセイ、それ飲んだらダメなやつじゃ」

「うん、後で気づいた。ガムと同じノリでやるもんじゃいね

「ガムも飲むもんじゃないですよ」

当然そんなことを恒常的にしていれば、重度の依存症になりやすい。

結果として紙巻きタバコが普及していたときよりも、患者数の割合は増えてしまったのだ。

そして、これはあくま第一の失敗。

事態はこれだけでは終わらなかった。

(#47-4へ続く)

2017-12-25

セクハラ云々の件、女にとっては傷つくのかもしれないけど、そうではない立場からすればどうでも良過ぎるんだが...

とりあえず今回の件ではてな民一般大衆からは大幅にずれてることを再認識した。

anond:20171222000041

2017-12-22

はてな童貞多過ぎない?

童貞云々の件、童貞にとっては傷つくのかもしれないけど、そうではない立場からすればどうでも良過ぎるんだが...

とりあえず今回の件ではてな民一般大衆からは大幅にずれてることを再認識した。

2017-12-14

政府賃上げ要請という無理

無理な話

政府企業経営者賃上げ要請するのは下策。

・ただし税制改正を通じてインセンティブを与えようというのは良い方向への変化といえる。

・雇われる側が今のままで変わらず賃金だけ挙げて欲しいというのは無理な話。労働市場価値の低下の反映なのだ政権問題ではない。他国でも同様のことは起きているし、過去もこういうことは何度も起きてきた。

賃金を上げるには

・雇われる側が専門技能向上、専門知識習得に努めないことには賃金上昇など無理な話なのだ単純労働の代わりはいくらでもいる。

・専門技能向上、専門知識習得の補助を通じて所得アップというのが無理のない流れであろう。分かっている人はそういう努力を重ねている。

一般大衆は愚かなものという前提で考えなければならないのが統治者というものなのだろう。怠惰で愚かな人々を守るのが政治家というものならば因果商売である。よくやるものだ。本来聖人でなければ務まらない職業である

大人は変えられない

・既に高齢な人々は変えられない。大人は変えられない。よほどのことがなければ己を変えようなどとは思わないものだ。自身を磨き鍛える意欲が旺盛な成人など、万人に一人もいないと考えた方が良い。とはいえ、そういう稀有な人々のための専門技能習得、専門知識習得の機会を補助するのは有意義である

可処分所得を上げたいのなら

可処分所得を増やそうというのなら無理な賃上げ要請ではなく減税である

官僚機構肥大化していないか採用人数多過ぎないか

国家百年の計

・一番重要なのは子供教育だ。大人に期待してはならない。未成年者、特に幼児小学生教育国家百年の計の根幹となる。すれば百年待たずとも数十年、早ければ十数年で効果が出て来るはずだ。

結論

教育お金人材を振り向けるのが王道。そういう意味で、授業料無償化は正しい方向といえる。

2017-11-30

https://anond.hatelabo.jp/20171121235754

仕様が変わって一般人増田は取り上げられなくなった。

前は2−3ブクマされるとホットエントリーに乗ったけど

今は全然乗らない。

あと運営の人が選んで載せてるっぽいか

運営から嫌われると載せてもらえない。(間違った印象を与えたので訂正)

政治的な話で一般大衆がやらないような的確な政治批判

権力中枢を批判をすると載せてもらえない。

2017-10-21

https://anond.hatelabo.jp/20171021191322

一瞬、なんで匿名のはずがオレの学歴ばれてんの?はてなセキュリティ大丈夫?と思ったが、

「お前(のような実際は賢くもなんともないクソしょうもない人間)が生きられているのは(たまたま偶然得られた)東大卒(という学歴)のおかげ(で就職できているから)だ」

っていうことじゃなくて、

「お前(のような凡人)が生きられているのは(お前とは別の)東大卒の(人間の)おかげだ(と、東大卒以外の一般大衆に呼びかけている)」

っていうことなのね。

ドキッとした。

2017-10-12

anond:20171012014844

ネット時代からこそ君みたいな意識高い系しか喜ばない図書館じゃ駄目だろ。

娯楽小説をタダで読みたいだけの人にも広く図書館サービスします。

ニーズ無視一般大衆を見下してご高説垂れてるような図書館なんか誰も行かんわ。

ブックカフェ税金で担う意義はなんだ。

民業圧迫してまで行う大義が有るか。

議会承認され、市民も満足している以外に理由必要か?

美術館内のカフェ庁舎展望台や娯楽系イベントへの税支出等も全部否定するの?

するのは勝手だけどそれが賛同を集めると本気で思うの?

その地域でないと価値のわかりにくい地域資料保全や、

武雄図書館の件は叩いてる連中のデマだったしなあ。

http://www.city.takeo.lg.jp/information/2015/11/002624.html

なお図書館第三条は「十分留意して収集」程度の記述であり、網羅的に収集して未来永劫保存することまでは求められてない。

歴史的学術価値のある資料はともかく、地元有志が作った誰も読まない同人誌的なものまで何で税金永久保存せにゃならんのかという意見は当然あるだろうし、そこは各館が判断することだろう。

国会図書館ならまだ後世の文化研究に役立つという理由があるが、物理的スペースに限界のある地域図書館資料の取捨選択があるのは当たり前のことだからね。

つかNDL同人誌の類は寄贈されれば収蔵するが、自分から積極的収集はしていない。

2017-09-07

https://anond.hatelabo.jp/20170906173422

これに似た話として、池上彰坂下千里子の話がある。

池上彰の話は通常であれば一般大衆には理解できないはずなのだが、坂下千里子をワンクッションとして置くことにより番組として成立している。


池上が一人でしゃべっても

「何や専門家がまた意味不明なこと言っとるわ」

で終わるが、坂下一般大衆レベルにまで落とした質問をする事により、視聴者感覚的に理解できるようになる。


世の中には頭の良いヤツも悪いヤツも多く存在するが、こうした両者を繋ぐ存在は希少である

故に、NHKの「これでわかった!」でも池上番組でも毎回出演させられるのだ。


さて、この増田の話の場合、愚かだと考えられていたA君は実は池上彰であり、B君という坂下存在によりその真価を周囲に理解させることが出来た、という事なのだろう。

2017-09-02

ヒノテル事案

https://twitter.com/madnoda/status/903191317441789952

上のツイートを読んで、この話については自分の感じ方が違うんかなとモヤモヤしていたが、事案について語っているのがおしなべて30代〜50代の中年ばかりという印象なので、21歳自分意見も割と正鵠をなんとかするんじゃないかと思い、書いてみる。

暴力ワイルドカードである。どんなに論や感情正当性があろうとも、そこに暴力が少しでも介在すれば、前後のものはすべて「劣悪」だとして判を押されることになる。

いまの中年世代にどんなトラウマがあるのかはわからないが、アレルギーでもあるのだろうかと思うくらい、とにかく暴力には敏感だ。彼らの親や教師世代が、ちょうどいまのヒノテルほどの暴力しがちなジイさん世代というのも原因のあるのかもしれない。

ただ、結構すごい家庭内暴力を受けてきた自分でも、暴力がそこに少しでもあったからといって、あそこまでボコボコにされるほどの話ではないと思っている。暴力言い訳に、ヒノテルの名誉毀損バッシングという暴力快感を得て、隙あらば自分語りをして悦に入っているようにしか思えない。

ブログジャズ精神とやらを書き連ね、4ヶ月に渡って譜面通りの練習をしてきたのであろうビッグバンド編成の演奏の中で起きたことを批判し、プロ自称しながらとんでもない憶測と嘘八百を並べたて暴力を振るう、八幡なんとかとかいギタリストはその筆頭である。ああいうのはたぶん何をやっても中途半端で終わるタイプの、ちょっと賢しいだけで突き抜けられない一番可哀想タイプである。そのような輩がヒノテルを叩く様は、まさにルサンチマン全開で痛々しいことこの上ない(マジで嫌いだ)。

どれにせよ、「当事者同士が納得している」以上のことは何もない。ドラマー少年ステージに上がることを拒否するようにでもなったらそれは問題だが、親も少年も納得して反省している。ヒノテルは彼と一年以上の付き合いがあり(ヒノテルのようなミュージシャン一年もひっつけている時点ですさまじい熱意と才能があることは伺える)、自身で「親と子のような間柄」だと報道陣に語っていた。行き過ぎた指導であったことも認めている。

この場合暴力は、誰も批判しようがないものだと思う。彼らは指導関係である以上に、一般大衆にはおおよそ想像できないほど「本気」のミュージシャンというライバル同士なわけだ。語った上では親と子のような関係でもある。どのような感情が飛び交うもの自分にはわからないが、その手の「飛び抜けた」人たちが抱えている感情は、すごいものがあるというのはなんとなく知っている。

それを理解できない「普通の人々」が、ルサンチマンをこじらせ、暴力行為という点にのフォーカスして晒し上げている。ヒノテルが語ったとおり、陰湿いじめているという暴力披露しているのは、まったくどう考えても、八幡なんとかやその論に同調する人々、報道陣、何者にもなれないがゆえに何者かであろうとする人々に無意識下で嫉妬している

人々である

今回の暴力は、どう考えても外野批判しうるものではない。国外ジャングル奥地で、日本人からすれば非人道的行為大事儀式と称して行っているところにわざわざ出向き、「そんな暴力的行為非人道的だ!」と批判しているようなものである。ヒノテルたちのような「本気の人々」が生きている世界は、日本から国外ジャングル奥地とまでと言わず、おそらく太陽系を飛び出すくらい「違う世界」での出来事なのである

わざわざ噛み付いている人々は、マスコミなんぞが垂れ流す、自分には99.999%は関係がない話を自分語りの糧にしているようなくだらない感性の人々なのだろう。それも、おそらく一時は成功したものの突き抜けられなかった人々(八幡なんとか)。

ただただ気持ち悪い。ほとんどの場合、正しいのは「実績」でしかないのだという良い反面教師だ。勉強させていただく。

書いてスッキリしたので、久保帯人先生ツイート引用して終わろうと思う。

「才能も無く、努力もせず、そのくせ与えられるものに不平を言って、努力する人間の足しか引っ張れないような奴は、目を瞑ってどっか隅っこに挟まって、口だけ開けて雨と埃だけ食って辛うじて生きてろ」

2017-07-23

メモ

   米ロの新冷戦は極めて間接的な形で進行する

アメリカモンロー主義では決して無くアメリカ利益になることならなんでもする、あれ

アメリカ外国への武力行使は控えるようになるがその分軍事力に拠る牽制は多くなり、軍事力も増大する?軍事費は抑えられるかもしれないが潜在的戦力は減少しないのは確か

ロシア単独アメリカに対抗することが出来ないため周辺国への影響力の拡大が優先的に行われる、またネット攻撃などの間接的軍事力に注力する恐らくこれは中国も同じ

またロシアは状況の変化により大きな方向性の転換が有り得る、革命は恐らくないが市民の声の完全な黙殺も出来ない

ロシア独裁体制軍事政権化が進展し周辺国への浸透が継続される、ロシア国内での民主化勢力勢力弾圧されるが少なくない影響力を持つ

主に考えられるのがウクライナ中東の新ロシア化と中国への影響力の拡大と大国に対しての自国の有利になるような間接的な形での政治介入継続的実施

しかロシア第一次世界大戦第二次世界大戦ときのような国家戦略の支柱となる特定イデオロギーを持たないため世界的な影響力は限定的ものとなる、が地域的影響力は極めて大きいものとなる


ウクライナ周辺での独、英、仏とロシア

この対ロの方針でもヨーロッパ諸国間の摩擦が顕在化?、独と英は意見対立するEU内でのもう一つの求心点としてフランスが台頭する?……

アメリカの対ロ政策への介入とドイツへの牽制EU平和裏に瓦解する時期を逸した、最終的な結末は分裂か政争かはたまた…… その時イギリスいかなる行動を起こすか……

イギリス欧州以外の対外勢力との結びつきを求める、日本ドイツEU内で主導的立場を獲得しようとするがEU内での大きな反発も起きる

シェンゲン協定欧州委員会 EUのこの二つの仕組みの変化

日本海東シナ海での中、ロと日米 日本アメリカ

中国周辺諸国との衝突、中国国内民主化勢力の動向、ロシアと違い中国は各国と曲りなりも関係性を維持しておりそのため中国国内民主化勢力は様々な対外勢力と結びつきやす

また現状から大勢一般大衆地方権力者とも利害が一致するため無視できない因子となる、中国民主化勢力弾圧は粗雑で性急に過ぎるため逆効果となるかも

日本が各国と強い結びつきを求める、主にアジア欧州との結びつきも?アメリカ日本に対する影響力を弱める政策をとる?

日米同盟は如何なる自体においても双方の国家により絶対に維持される、中ロが存在する限り太平洋の完全支配必要日米関係存在し続ける

日本は国際協調を続ける、9条破棄、右傾化軍事力の増大はあっても積極的対外侵略を行う気は決してない、核を持つこともないがすぐに核兵器に転換可能な準核戦力をもつ可能性は大いにある?

2017-07-17

KinKi Kids 20周年に思うこと

20年前、KinKi尋常じゃないくらテレビに出ていた。月曜は負けたらアカン!というくだらない対決番組の司会で、ダウンタウン松っちゃんにも酷評されていた。火曜は確かバリキン7賢者選択、というこれまたくだらないバラエティ対決番組で、元CCガールズなどのB級タレントばかり出演しており、上原さくらビンタされた光一さんにファンが噛み付いてたのを覚えている。水曜日あたりにTOKIOと出ていたトキキン急行というバラエティ。これはKinKiピンクレディや寺尾聰、ジュディオングなどになりきって歌うコーナーがあり結構面白かった。金曜はかなりの頻度でMステに出演し、土曜日LOVELOVEあいしてる日曜日はそれいKinKi冒険。豆マン資格ゲッターピカイチが登場した番組だ。ラジオは週1のキンキラキンキワールドに、帯番組のどんなもんや。これに加えて、CDが発売されたら歌番組にも出演し、その頃はドラマでも主演クラスだったし、紅白こそ出ないものの、今の嵐よりも消費され尽くしていて、長く持たないだろうなと感じていた。

KinKiデビュー以降、曲に恵まれCDは今でも連続1位を更新し続けギネス登録されているものの、ここ10年くらいは世間の多くが知らないシングルばかりになってきた。同じくドラマ映画でも主演を務めることはなくなり、バラエティも今は嵐や関ジャニジャニーズの主力。光一さんは舞台ソロ活動に注力して実績も重ねているので、ゆくゆくは少年隊ニッキみたいなポジに行くのかと思ってた。剛さんはこれまた独自性の強いソロ活動を持って、他のジャニーズができない活動平安神宮Liveとか)が許されている。よって、KinKiでの活動は限りなく縮小して、コアなファン向けに細々と活動して、そのうち地味な結婚でもするのかなーと勝手に思ってた。

しかし、この20周年を迎えての様々なテレビ出演や薔薇太陽などの周年シングル聴くと、KinKiまだまだいけるんじゃない?と思えた。コアなファン向けの活動だけでなく、一般大衆向けにも魅力があるのではないだろうか。さすがにTOKIO岡田くんには敵わないものの、ジャニーズの中ではかなり良い中年ポジションなのでは。これはひとえに、

LOVELOVEあいしてるに出演したことが彼らの運命を大きく変えたと思う。吉田拓郎からギターを教えてもらい、錚々たるバンドを従えて毎週歌い、作詞作曲ができるようになり、口パクでなく生歌でコンサート歌番組に出るようになったことは、他のジャニーズと一線を画している。キムタクかがLOVELOVEあいしてるに出演したときKinKiのことを本気で羨ましがっていたのをよく覚えている。

マッチさんには皆辟易しているし、少年隊ヒガシだけだし、光GENJI男闘呼組SMAP解散してしまったし、TOKIO副業が主力だしV6グループ格差がシャレにならないし、その中でKinKiファンは割と幸せファン活動ができているように感じる。すごいスキャンダルもないしね。

その点、嵐はどんな中年ポジションになるんだろう。バラエティでわちゃわちゃしてればいいのもあと数年だからソロ活動が増えていくのだろうか。櫻井くんには司会や知性があるし、ニノは演技と世渡りでなんとかなるんだろう。大野くんは植草かっちゃんみたいになりそうだけど、歌とダンス釣りがあるから大丈夫だろう。相葉くんと松潤アラフォーになったらどうやって生き残るのか心配。嵐はスキャンダル多いしね。その他のジャニーズは全てグループとして良い中年期を迎えるのは厳しいように思う。司会とバラエティと演技ができる子がピンで生き残るだけでは。グループで生き残るには、KinKiのようにもう少し音楽に力を入れたほうがいいのに。

途中から何が言いたいかからなくなったけど、ジャニーズの中でKinKiファン幸せに見えるってこと。20周年おめでとう!

2017-06-20

https://anond.hatelabo.jp/20170620114704

うーん。

一般大衆に「ワンピース火の鳥、名作だと思われるのはどっちですか?」というアンケートを取ったら、火の鳥のほうが票を集めそうだけど?

2017-06-14

増田トゥルーマンショー問題

ちょっとから増田投稿をはじめた。

最初はその日の気分とかを一行二行書き殴ってハイおしまい、といったような使い方だったが、そんな駄文以下の文字列にでもコメントをくれる人がいるもんで、コメントをもらうと嬉しくなってくるのが人情である扇動による木登り速度が豚よりも速いと評判の俺はすぐさま調子に乗って色々書き始めた。

だが、俺自身にはさしたるバックグラウンドがない。名家出身だとか、幼少期に大事件に巻き込まれたとか、大病を患ったとか、同級生にスゴいやつがいたとか、猛勉強して東大に入ったとか、その手の「他人とはちょっと違う体験」などが、圧倒的に無かった。

そうなると自分語りネタなぞ三日やそこらで尽きる。かと言って創作増田を書けるような文才もなく、「〇〇と言えば」系のお題も思い浮かばない。そもそも他人が下着のことをパンツと呼ぼうがパンティーと呼ぼうがどうでもいい。

だが承認欲求は満たしたい。そんな浅薄な俺が選んだのは「自作自演」だった。互助会も魅力的だったが、いちいち他人ブログをチェックしてコメントを残さないといけないと知って止めた。

俺が増田投稿する。その増田に俺が返信をつける。さらにその増田に俺が返信をつける。そんな事を繰り返していくと、ブコメスターがチラホラとつく。「おああーーーっ。あーっ。いけない。いけないやつだこれ。」などとコメントするだけで800以上のスターをもぎ取っていく大物ブックマーカーからすれば、俺の自作自演につくスターブコメはまさに塵芥に等しかった。自作自演してその程度だったが、それでも俺は結構満足していた。


変化があったのは先週だ。いつものようにクソ下らないやりとりを増田自作自演していた俺のスレッドに、全く関係ないやつが割り込んできたのだ。

はた目から見れば、おかしことな特にないように見える。だが、そのスレッドのアホみたいなやりとりをしているのは、俺と、誰かも分からない奴の二人だけなのだしかも俺の書き込みが大半を占める中、「俺ではない何者か」の書き込みは1件だけ。

例で言うと、ちょっと前に「零戦が飛ぶのが不快」っていうホッテントリがあったと思うが、あの長いやり取りをしているのは9割俺で、たったひとつ書き込みだけ「俺ではない何者か」っていう状態である

いや、確かに今までも自作自演エントリ中に俺以外の奴が書き込んでくる事はあった。ただ、今回の書き込みは、何と言うか、その・・・俺のことを知っているんじゃないかと言うか、見られてるんじゃないかと言うか、自作自演がバレてるんじゃないかと言うか・・・。単純に言えば、気味が悪かった。シュタインズゲートってゲームの中で、主人公がいきなり「お前を見ているぞ」ってメールを受信する場面があるが、今俺が抱いている感情はあの場面に近い。

この前の土日は、「えっ、もしかして自作自演ってバレてる?って言うか、俺の個人情報漏れてる?って言うか、俺の住所知ってる?」などの考えが脳裏をよぎりつつ、不安と恐怖に苛まれながら週末を過ごしていた。


そういう事を考えているうちに、ひとつ映画が思い浮かんだ。表題にある「トゥルーマンショー」だ。この映画を知らない人向けに簡単説明すると、映画セットの中で何も知らずに暮らしている男の話だ。男は普通に人生謳歌しているが、実は無数の監視カメラ24時間撮影され続けており、その様子は全国放送されている。家も、街も、友人も、妻さえもすべてが造り物であり、男だけがその真実を知らない。

映画の続きが気になる方は直接本編を見てもらうとして、ここでは俺の抱いている不安の話だ。一瞬でも「もしかすると、はてな匿名ダイアリーにまじめに投稿しているのは俺だけで、俺以外の増田は全部はてな運営が書いている」「俺の個人情報は全国に晒されていて、俺が増田投稿すると通知が飛ぶ」「それを見た一般大衆は『またクセエ自作自演してるな』とニヤつきながらスマホディスプレイを眺める」といった場面を想像してしまうと、もう脳裏にこびりついてしまって振り払う事ができない。

少し前の俺なら、「そんな事あるわけねえだろ」とタカを括っていられたが、あのエントリが、あのコメントが、あの増田が、俺を呪縛から解き放ってくれない。あれは絶対に俺の事を知っている奴にしか書けないコメントだ。

昨日は会社PC仕事そっちのけで「増田 正体」「はてな 自作自演」とかのキーワード検索していた。だが、俺の知りたいような情報は一切ヒットしなかった。当たり前だ。このPC監視されていて、俺に都合の悪い情報遮断されているに決まっている。昼休みに、同僚にスマホを借りて同じようなワード検索してみた。こっちでもヒットしなかった。クソ、手が込んでるな。だが俺は見た。俺が「スマホを貸してくれ」といった時の同僚の怪訝な顔を。いけしゃあしゃあと「いいけど、何に使うの?」等とのたまっていたが、お前のその怪訝な表情は一切隠せてないからな。しかし今思えば、あれは失敗だった。俺が世界の謎に気付いているという無用情報を渡してしまっただけではないのか。いや、どうせPC検索履歴から過去女性経験から全部赤裸々になっているんだ、今更引き返せない。

決意して、上司LINEに「申し訳ありませんが、本日より2日~3日程度有休を頂きたいのですが、よろしいでしょうか」と送ったのがついさっきだ。上司からは「えらく急だね。いいよ、了解」というすっとぼけた返信が届いたが、そんな態度でいられるのも今のうちだからな。俺は必ず世界の真理、人類の根源、至るべき場所に到達してやるからな。これはこの増田を見ているお前たちへの宣戦布告でもある。首を洗って待っていろ。

2017-05-17

ネオリベ2017年で完全追放しませんか?

またしてもミサイル発射事件後に「デマ」がSNSに充満した。たった9年前の大不況から私たちは何も学んでいなかったようだ。しかし今回のデマは前回よりもひどい。なんせ「ネオリベなのだから

不況当時のデマ陰謀論に関する流言飛語だった。自分自身、ある慈善組織をめぐる嘘を拡散してきた後輩を叱りつけた思い出がある。デマをうのみにして拡散することは悪意がなくても許されないことだ。しかし、今回はそれよりひどい。最初から傲慢ありきなのだ

拡散されたのは金と箱物連想する「ネタ」を中心としたデマだった。これによって傷つけられた存在大勢いたことだろう。ネオリベから迷惑に怯え続けている弱者だけではない。ミサイル発射が繰り返される中不安でいっぱいの日本人たちには笑いごとではない。

とあるインターネットではミサイル発射による列車非常停止事件発生直後、「鉄道会社関連のネット炎上」や「車やバイクを嫌う日本人たちのネオリベによる冷笑」が問題になっていた。どこまで事実かはわからないが、これらはネオリベを中心とした気違い者の馴れ合いにすぎない。一般大衆さえ、この暴言を真に受けている。

もううんざりなんだよ。日本の「ネオリベ」は、2017年を契機に完全追放しませんか?

2017-05-13

欧州情勢

一般大衆極右を支持する流れは沈静化してきたもの

極右集団の中に過激集団が現れつつある特に軍隊の中からそういうのが出てくるとやばい

最近だとドイツ兵が前大統領移民が行ったと見せかけて暗殺しようとしたってのがあった

欧州はは幾つかの問題に対して相当の危機感を持ってきてる

フランス大統領選も表向きは既定路線を通った感じだけど

無効票白票が50年ぶりの多さだし投票率も異例の低さだった

そのうえで国民戦線が着実に票を伸ばして33%も投票されてる

冷静な判断のもとに極右政党が票を伸ばしているってのが一番恐い

欧州情勢は楽観視できないとこにきてる

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