「疑似科学」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 疑似科学とは

2017-12-18

エンブレム騒動はいま思い出してもひどかったな。

知財専門家デザイナーが「パクリとは言えない」と散々説明していたのに感情論で総叩き。

疑似科学にハマる人を笑えないクソさだった。

2017-11-04

オカルトものには似非科学疑似科学だーって叩いて

お尻チューブにはこれは医療行為だー言って

なんつーか病院に全幅の信頼を寄せすぎ

ニュースになってる以外でも判断ミスで死んだり合ってない薬を出され続けてろれつ回らず

知恵遅れ扱いで何年も無駄にした人はいくらでもいるぞ

2017-11-02

悪魔の証明」が絶対的反論になってたのも今は昔。

既に使うほうが間抜けワードに成り下がってるから気をつけなよ。

  1. 法律用語で、所有権証明が困難であることをいうための比喩。なぜ困難かは由来を参照。
  2. 法律用語で、困難な証明全般比喩的に表す言葉消極的事実証明を指すこともあるが、消極的事実証明から立証責任を免れるというわけではなく、立証責任の配分において考慮すべき一要素でしかない。また消極的事実証明からといって、必ずしも困難とはみなされていない。
  3. (ここから先は、本来意味誤用したものである)2から消極的事実証明一般に困難である」という誤解が広まり議論ルールとして広く使われるようになってしまったもの科学論理学とは関係がないし、一般論として用いるのは誤りであるが、科学者エッセイブログ疑似科学否定する際などにわりと使ってしまうようだ。論理学者は、このような曖昧概念を嫌う。
  4. から「あると証明できないなら、(悪魔の証明は無理なのだから)無いと決めつけていい」と主張するために用いられることもある。これは「無知に訴える論証」(根拠無く新しい主張をすること)で、誤りである。ただし一般的に無いと思われているもの場合は、「無い」説は新しい主張でないので論理は通っているが、紛らわしい。

http://dic.nicovideo.jp/a/%E6%82%AA%E9%AD%94%E3%81%AE%E8%A8%BC%E6%98%8E

2017-10-22

ニートだと不感症になるとか普通に疑似科学レベルの話がさらっと受け入れられてて草

単に飽きたんだろ

2017-10-10

http://b.hatena.ne.jp/entry/radiation.shotada.com/

 

これ系で語られないこと。

 

疑似科学で儲けを得る人たちは「馬鹿しか騙せない広告」をすることで、簡単に騙せる人のみを抽出しているフシがある。

 

これらの簡単に騙せる馬鹿バリアとして働いていることで、疑似科学詐欺が高度化して科学と見分けがつかなくなることがない。

 

とりあえず「波動」と書いてあるもの疑似科学だと思えば、疑似科学の半分以上はシャットアウトできる。

2017-10-03

人相学や骨相学で疑似科学になったルッキズムはまだ心理学でもエビンデンスがとれてねぇよwww

2017-08-26

[] #34-3「あの風邪を治すのは」

「えー……これは恐らく風邪……」

医者風邪だと診断された以上、教祖もそう下手なことはいえない。

というか、もし弟が先にこっちに来ていたら「医者に診てもらえ」と言っていただろう。

この教祖はそこらへん妙に現実的だ。

「は?」

だが弟に睨まれ教祖は慌てて軌道修正に入る。

風邪……風の精霊が体内でイタズラをしています。咳が出るのも、そのせいでしょう」

「じゃあ、俺の熱もそいつが?」

この教祖がよく使う、「精霊仕業論」だ。

「……その風の精霊撃退するために、君の体内に存在する火の精霊が奮闘している。その影響でしょう」

「つまり、この熱は必要なことってわけか」

「そうです、なので風の精霊撃退するためには、その火の精霊の手助けをしてやればよいのです」

「手助けって、具体的には」

「火の精霊の力は宿主に依存します。それゆえ体に良いものバランスよく食べることで助力となるでしょう。手早く吸収できるものが体への負担も少なく、効果的でしょう」

教祖も思いつきで話を合わせているだけだったが、このあたりで興がノってきたらしく、どんどん話を盛っていく。

生活教の教えである栄養バランスと話を絡めてきた。

「他には?」

「えーと……火の精霊邪魔をしないよう、熱いからといって体を冷ましすぎないこと。体を動かしすぎるのもダメです。反動で火の精霊が出て行っちゃいますからね」

「風の精霊を弱らせる方法とかはないの?」

「うーん……あ、水の精霊! 水の精霊に助けてもらいましょう」

「水の精霊?」

「そうです。空間に漂っている水の精霊を増やすことで、風の精霊は動きが鈍るのです」

「どうやったら水の精霊は増えるの?」

「水の精霊の住処となる、止まり木を作りましょう。そうすればその一帯は水の精霊が集まります

止まり木はどうやって作るの?」

「え……と……バケツなどの容器に水を入れて、そこに新聞紙などの紙の束を丸めものを縦にビッシリと差し込んでください。それを室内にいくつか配置するのです」

水の精霊の住処だとか言っているが、まんま簡易加湿器の作り方である

から聞いていると、宗教的な話に無理に絡めようとして、かえって歪になってきているような印象だ。

なぜか弟は素直に聞いているが。

「とはいえ、この時期は空間内の火の精霊も水の精霊も活発な時期ですからあなたが風の精霊にイタズラされているのは体内の精霊が弱っているのが原因だと思われます

「……つまり?」

「体を暖かくして、栄養を摂って、寝てください」

「ふーん……って、同じ結論じゃねーか!」

結論というか、それまでの説明も実質ほとんど同じだったのだが、弟は今さら気づいたようだ。

「じゃあ、病院で貰ったこの薬は?」

停戦協定のための手形ですね。宿主の体が精霊たちの戦いに耐えられなくなったときに使います。正確には冷戦に近い状態になりますが」

「えぇ……じゃあ、あんたも似たようなの持ってないの? ほら、免罪符とか、できればすぐに治してくれるやつ」

「いや、免罪符ってそういうものじゃないですし……それに私がやっているのはあくま布教活動だけで、商売はやってません」

商売』って表現してしまうとは、教祖のくせにドライ宗教観だな。

「何でやらないの? 宗教とかそういうのやってるでしょ」

「……どうも誤解があるようですが、『生活教』において人々の無知信仰につけこんで不当な金を得ることは邪教、カルト同義です。そんなものと同列に扱って欲しくない」

「俺にはイマイチ区別がつかないが」

「失敬な。宗教カルト似て非なるものです。科学疑似科学くらい違うものですよ!」

よく分からないが、この教祖なりに矜持があるらしい。

いや、矜持じゃなくて教示か?


それから程なくして、弟の風邪は治った。

母の言うとおりにしたから?

医者の言うとおりにしたから?

まさか教祖の言うとおりにしたから?

どれでもない。

弟はほぼいつも通り過ごしていた。

弟の思考回路がどのような判断をしたのかは分からないが、「信じられるのは自分しかいない」とか言っていたのでロクなものじゃないことは確かだ。

そもそも信じる、信じないって話じゃないだろうに。

だが、俺から弟に言えることは少ない。

なにせ治ってしまった以上、弟の結論全否定するのも憚られるからだ。

「結局、治ったのは俺自身のおかげってことかな」

自分で考えろ」

俺は呆れ気味に弟にそう返した。

結局のところ、弟にとって重要なのは「治るかどうか」ということだけなんだな。

ある意味シンプルな考え方で、ほんの少しだが羨ましく感じた。

(おわり)

2017-07-26

疑似科学科学非科学と誤解する人が定期的に表れるから自称科学とか偽装科学表現した方が語弊を招きにくいんじゃないかと思う

2017-07-19

https://anond.hatelabo.jp/20170719135202

あれほんと疑似科学批判クラスタにぶっちめて欲しいんだよなあ

他力本願ですまないけどたたき方がよくわからん

柔道整復士や協会整骨院と言うもの、あれらは世のため人の為に滅びるべきだと思う

すでに整復士として歳食ってる人は可哀想だけどさー…

2017-07-12

好きな先生疑似科学の信奉者だった

何年か前の話。

受験して大学に入り、まず一般教養の科目を受講した。

そこはそんなに偏差値が高いわけでもなく、東京にあるわけでもないので当たり前だが、

日本権威みたいな偉い教授メディアに出るような有名な先生もおらず、棒読みレジュメを読み上げるような講義ばかりで退屈だった。

そんな中で、僕は自然科学系のある先生講義だけは好きだった。彼は授業がうまく、学生を飽きさせないように工夫していた。指定教科書は彼自身の著書だったのだが、上手く纏まっていて、一冊の読み物としても面白く感じた。

授業も終盤に差し掛かったある日、友達から「あの先生ヤバい人らしいよ」と聞いた。気になって名前検索してみると、出るわ出るわ…。疑似科学批判クラスタ槍玉に上がる○○を信じていて、自ら活動も行っているとの事だった。

教科書を読み返すと、確かに最後の方で唐突現代科学批判的な内容があって、なるほど…と思った。

でも、僕が知る限りでは、講義で扱っていた内容自体は正統な学問範囲だったと思うんだよなあ。



先生の持つ自然科学知識疑似科学はいったいどういう形で繋がっているんだろうか?

僕よりも遥かに学識がある先生肯定する疑似科学を「みんながおかしいと言っているから」否定するのってそれはそれで盲信なんじゃないのか?

そもそも、僕が教わったことの中にも疑似科学的なものが紛れ込んでいたのか…?

そんなことをいまだに考えてしまう。

2017-07-06

自分所属してる今の会社疑似科学どっぷりなのを増田愚痴ったら、同じ会社でもあるまいに(その可能性は極めて低いだろう)なぜかえらく突っかかってくる奴が現れたんだが、何が気に食わなかったんだ?w

俺を怒らせて色々探ろうとでもしてんのかなw

深夜のテンション

転職サイトで一件応募してみた

一年ぶりの転職サイトでの活動。去年はいいところまで行った会社があったが、あまりに人使い荒らそうでとりやめたのだ。転職活動って気が重いから、腰を上げるのも重い。最初のたった一件が大変。

今の会社疑似科学を信じ切っててどっぷりはまってるんだよね。馬鹿ばっか。IT系知識労働会社なのにこんなので大丈夫なのか。将来を考えただけでうんざりするし悲観する。内定出たらすぐおさらばしたい。昔、某社ープがマイナスイオンを売り出しはじめた時のそこの社員もこんな気持ちだったのかな。転職決まってしばらくしたら内実暴露増田を書いてみたいくらいだ。

2017-07-02

宇宙船大気圏突入するときの高熱は摩擦じゃない、断熱圧縮だ」

高所得者ほど格安スマホを使い、貧乏人は使ってない。だから貧乏なんだよ」

ここ数日でTwitterおよびTogetter話題になったネタ。なんか、つい2,3年前にも全く同じ話題TwitterTogetter話題になってた気がするんだが(貧乏人ほど初期投資が大きい行動がとれない、それこそが貧困だ、ってネタネットのド定番でしょ)、別にその時全ての人がその話題を見たわけでもないだろうし、また見てたとしても忘れた人もいるだろうし、ネットって2,3年おきにおんなじネタが繰り返し繰り返し流行るねえ。ま、それは知ってるけどね。

疑似科学トンデモ歴史修正主義なんかも同じネタが何度も何度も繰り返されるんで、賢い人たちは定期的に啓蒙していかないといけないのを知ってるだろう。それとそっくりだ。

2017-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20170603090618

べつに「生物としてどうなの?」なんてことはないよ

人間は知性を獲得し文字映像を通して人類全体のことまで俯瞰できるほどに発達した地球上で唯一の生物なんだから

自分必死になって子孫を残さなくても問題はないし、むしろ人口問題遺伝的優劣などを鑑みて、残さないほうがいいという判断も下しうるんだから

その域にあるのにあえて知的レベルの低い動植物と同じパターン踏襲する必要はないよ

動物と同じように動物的に生きるのが良いんだっていうのは宗教とか疑似科学の域の意見から

2017-05-30

そういう都合のいい疑似科学だけ信じるのやめたら?

2017-05-10

東大医学部・面会交流論文不正の有無の審議中

東大医学部の面会交流論文が、話題となっている。http://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=74779&#abstract

DVを行ったとされる父親との面会交流を行っている子どものほうが、行っていない子どもよりも、ひきこもり抑うつなど、精神問題、行動上の問題を抱えやすい、という論文である

この論文は、フローレンス駒崎弘樹氏が3月末にそのブログで、面会交流によって子どもの心が壊される、という彼の主張を裏付ける「エビデンス」として紹介したことを皮切りに http://blogos.com/article/215491/4月末に行われた「当事者の声を国会へ」と題する衆議院第一会館での院内集会や、「「国連人権勧告の実現を!」実行委員会」による「第20回学習会 ハーグ条約と親子断絶防止法案http://jinkenkankokujitsugen.blogspot.jp 等でも取り上げられたようであり、さら5月5日には産経新聞にも紹介された。

まり、これは、現在国会議員らによって提出が検討されている「親子断絶防止法」の策定を左右しうる重要論文である

日本では、別居親と子どもの面会交流は、家庭裁判所が間にはい場合、月1〜2回、4時間程度できれば良い方で、高葛藤や面会拒否が強い場合は月1回に2時間未満のことが多いと思われる (参考: http://oyakonet.org/documents/report_h2308.pdf )。DVがあったとされる父親であれば、その頻度・時間さらに減少するだろうし、FPICのような第三者機関の補助を得て行うことがほとんどで、面会交流時にDVあるいはそれに近いような行為をすることは稀であると考えられる。父親子どもを愛おしく思い会うでのあるから、短い時間の中ではその子どもを喜ばせようとすることが多いであろう。そのような状況で父親に会うだけで、本当に子どもひきこもり抑うつ危険性が高まるというような因果関係が本当にあり得るのだろうか?

そこで、研究論文を読むことのできる有識者にこの論文を読んで学術的に評価してもらった。そうしたところ、この論文は、きちんとした学術研究レベルに達していないひどい代物であるようだ、ということがわかってきた。

そのポイントは以下のようなものである

1. 僅かなサンプル数で、混交要因が統制されていないどころか、記述もない

研究対象としている母親の数がわずか38名、面会交流を行っている子どもの数が19名、面会交流を行っていない子どもの数が30名と、この種の簡易なアンケート形式研究としてはNが圧倒的に少ない。混交要因の統制が全くなされていないどころか、群毎の基礎的統計記載すらない。各群の基礎的な数値(Demographic characteristics)が両群でまとめて書かれてしまっていて、分けて記載されていないのである。つまり母親学歴収入精神疾患罹患統計値、離婚の有無、別居からの経過年数、子どもへのDVの有無・程度などが、各群で分けて記載されていない。加えて、両親間の葛藤の強さ、裁判調停審判などの有無、なども混交要因として示されるべきであろう。これらの混交要因候補指標のうちいくつかについては、この程度の少ないNであれば、各群で偏りが出てしまうことのほうがむしろ普通である本来、これらは分けて記載すべきなのに分けてないということは、これらのどれかで差が存在してしまっているので、それを意図的隠蔽している可能性もかなりある推定される。対象被験者集団は非常にヘテロ集団で、僅かなサンプル数しか取得していないにも関わらず、これらの指標について群ごとに示していないようなものは、まともな調査研究と言えるレベルのものではない。

2. 極めて僅かな回数の面会交流

「面会交流を行っている子ども」が父親と面会交流を行っている頻度の平均が、なんと僅か平均2.2回/年。Nもたったの19名。そのSDが2.2でレンジが0.5回~6.5回/年。年間2.2回というのは半年に一回しか会わないということであり、年間0.5回の面会交流というのは2年で一回しか会わなかったということ。しかも、この研究では、DVをしていたとされる父親との引き離しからの平均年数が6.9年も経っているのである。仮になんらかのDVがあったとして、引き離し後に7年もたったあとの、そのような僅かな回数の面会交流が、引きこもり抑うつリスク統計的有意に上げることは、常識的に極めて考えにくい。

3. 回答者バイアス可能

この研究は、質問紙を使ったアンケート形式のもの。回答を行ったのは子ども本人ではなく、DVを受けたと称している母親最近のことであるので、当然、親子断絶防止法のことも知っている母親が多いであろう。回答者研究の(政治的な)目的を知った上でバイアスのかかった回答をしている可能性があり、そのような可能性を排除するような工夫が全くなされていない。

4. 恣意的被験者抽出可能

方法によると、リクルートされた69名の母親のうち、8名が「精神疾患罹患している」という理由で除外されている。除外されていない回答者の中にも精神問題がある人がいるようであるが、除外の明確な基準は何か?都合の良い恣意的な除外なのでは?また、回答した60人のうち、22人が、「質問に全部回答できていなかった」という理由で除外されている。合わせると実に35%もの被験者が除外されているのである。このような被験者数がごく僅かの調査において、全ての質問に回答しなかった、という理由のみで除外することが許容されるのか?この研究では、各質問について統計解析を行っているのみで、それらの統計を行う上で、「質問に全部回答する」ということは全く必要とは言えない。つまり、除外する必要がない人を多数除外しているのである。これは、後付で、そのように除外することによって「有意差」が得られるからではないのか?

5. 標準的ピアレビューがなされていない可能性が大

このジャーナルを出している出版社はいわゆるpredatory open access publisherに分類されている。以前、過去にどこかで発表された論文をたくさん集めて無断で掲載していたことをNature誌に報道されたこともあったり、意図的にでたらめな論文作成投稿された論文掲載してしまったり、無断で研究者編集長として掲載していたり、という前歴のある「ならずもの出版社」の一つ。 https://en.wikipedia.org/wiki/Scientific_Research_Publishing 当該の論文掲載しているOpen Journal of Nursingも編集長を調べると、教育しか行っていないような大学教員であり、責任著者としてはこの10年で1報しか論文を出していないような人である。このジャーナルは、医学生物学文献の権威あるデータベースPubMedにも、もちろん掲載されていない。この出版社ジャーナルではまともな査読がなされていない可能性がかなりあり、筆者らの所属大学を筆頭とする多くの日本大学が、この出版社をうまく利用してしまっている事実が指摘されている。https://science.srad.jp/story/15/12/07/0554222/

上記の各ポイントは他の標準的査読が行われている科学雑誌では指摘されるのが当然であり、普通はこのままでは受理はされない。であるからこそ、このような出版社ジャーナルから発表している可能性が高い。

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以上のような深刻な問題を抱えている論文であるため、その有識者は、この論文の著者にデータの開示や、群毎の基礎的統計提示を求めるなどの連絡を責任著者に対し行った。当初、責任著者からは何の返事も得られず、そのため、その責任著者の所属学科長にも連絡を行った。それでも何の返事も得られなかったため、所属大学の「科学研究における行動規範に係る不正行為に関する窓口(本部)」に通報を行った。

その通報根拠は以下のようなものである

文部科学省の「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf

は、研究機関

研究者に対して一定期間研究データを保存し、必要場合に開示することを義務付ける規程を整備し、その適切かつ実効的な運用を行うこと」

義務付けている。

そして、当該論文の筆者らの所属大学

国立大学法人東京大学における研究活動上の不正行為の防止に関する規則

http://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/reiki_int/reiki_honbun/au07410491.html

には

研究者は、研究活動正当性証明手段を確保するとともに、第三者による検証可能性担保するため、文書、数値データ画像等の研究資料及び実験試料、標本等の有体物(以下「研究資料等」という。)を別に定めるところにより適切に保存し、開示の必要性及び相当性が認められる場合には、これを開示するものとする。」

とある

当該論文は、国の立法に影響を及ぼすことを目的として各所で用いられているのであり、データとその解釈科学的に正当な疑義が提出されており、また開示しない特別理由もない以上、データ開示の必要性があるのは疑いがないところであろう。

まり、この定義によると、再三のデータ開示の求めにも応じず拒否し続ける責任著者らが、この規則違反しているとみなすこともできるであろう。つまり、この規則によれば、この論文の著者らは、ある種の不正行為を行っている可能性があることになるのである

この通報後、窓口担当者らは、本件について医学部長らと議論し、その結果、この論文責任著者はその有識者に回答のメールを送付した。しかしながら、その回答には、

倫理委員会承認された研究手続きを逸脱することになるのでデータは開示できない、

・混交要因の候補変数について両群で比較した結果、有意差はなかった(実際の統計値の提示は全く無し)、

・その他は、科学者コミュニティーオープン議論すべきなので、当該Journalにletters to the editorとして質問せよ、

との主旨の内容があるのみで、リクエストや指摘の重要ポイントについては、実質的な回答は全く得られなかった。

その有識者は、4月26日にその論文ウェブサイト上のコメント欄に上記ポイントについて書き込みをした上、議論を行うよう著者にメールにて依頼を行ったが、著者らからは、5月9日現在、何の返事や回答も得られていないとのこと。

http://www.scirp.org/journal/PaperInformation.aspx?PaperID=74779&#abstract

著者らの誠実な回答と、著者らの所属大学による速やかで適切な対応が期待される。

その有識者は、こんなことを言っていた。

科学の基本は「エビデンス」ではないのか?そしてその「エビデンス」とは、データのもののことではないのか?そのデータがなぜ有識者にすら提示できないのか?連結不可能匿名化されたデータであれば提示はできるであろうし、すくなくとも重要な混交要因候補について各群ごとの統計数値のテーブルくらいは提示すべきではないのか?

データ不在で第三者による検証ができないような「科学」は、もはや「科学」とはいえないのではないか。それは控えめに言って疑似科学さらに言えば、科学の名を借りたカルトである。そんなものに、国の立法が影響を受けること、そして多くの人々の生活が影響されることがあってはならない。」

・・・・・

以下、5月15日追記。

千田有紀教授より、

ブログ文章を読む限り、分析妥当性をめぐる疑問のように思われました。そういうことを、「不正」などと言ってはいけないと思います。」

との指摘をツイッター上でいただいた。 

しかし、このブログで指摘した不正可能性は「分析妥当性」についてではない。指摘したのは、リクエストに応じてデータを開示しないことについての不正可能である

論文著者らの大学の「不正行為の防止に関する規則」に

研究者は、研究活動正当性証明手段を確保するとともに、第三者による検証可能性担保するため、文書、数値データ画像等の研究資料及び実験試料、標本等の有体物(以下「研究資料等」という。)を別に定めるところにより適切に保存し、開示の必要性及び相当性が認められる場合には、これを開示するものとする。」

とあり、これに違反しているのではないか、という指摘である。この点、ご留意いただきたい。

・・・・・

以下、5月29日追記。

本日付け、中日新聞朝刊でも、当該研究が紹介された。

東京大学大学院研究グループが面会交流による子どもへの影響などを初めて調査した結果だ。」

「面会交流子どもにとって良いことだと言われるが、DVがあった別居親との面会では、こどもたちは長期にわたり悪影響を受けている。」

などと、面会交流子どもに悪影響を与えたと因果関係として紹介されている。

しかしながら、当該研究は単なる相関を調べた調査であり、しかも上記のように混交要因についてきちんと吟味されておらず、(仮にデータのものが正しかった場合でも)因果関係については主張することは極めて不適切である。相関と因果関係区別をしないという、基本的な誤りをおかしているといえる。

以下、6月28日追記。

春名氏による当該の論文サイト上での回答を受け、親⼦ネット中部共同親権法制運動の会、親⼦断絶防⽌法全国連絡会などが連名で、東京大学の窓口に不正疑惑の申立を正式に行った。

「全国連絡会は構成団体及び杉山弁護士石垣臨床心理士と連名で「春名めぐみ 東京大学大学院医学研究科准教授」の論文に対する下記申し立てを同⼤学科学研究⾏動規範委員会に対して行いました。」

東京大学による責任ある調査と回答が期待される。

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427082756

生物学者ではないが、血液型っていうのは抗体の種類なんだからフェノタイプと関連があるのは当たり前というかほぼトートロジーだろう

特に心疾患の感受性っていうのはいかにもな話だな

で、血液型性格診断が馬鹿にされるのは「血液型性格の間に相関があるという根拠存在しない」からじゃない

確かに君の言うとおり、「血液型性格の間に相関がない」というデータ存在しないかもしれない

もしそうだとすると、それは個人的にはあまりバカバカしすぎて真面目に取り組む価値すらないだと思うけどな

から血液型性格の間に相関がない」と科学の場で宣言することには語弊があるわけだ

(俺が調べてないだけで相関がないという論文も出ているかもしれない)

でも性格診断っていうのは、「A型几帳面」だとか「AB型天才肌」だとか、性格血液型の相関を仮定したうえでさらに一段話をすすめているだろ

確かにA型几帳面ではないという根拠はないが、同様にA型サイコパスではないという根拠も、A型おっちょこちょいではないという根拠もない

その中でA型几帳面だというのはさすがに恣意的というかこれはまさに疑似科学

もし血液型診断が「あなたA型ですので、あなた性格血液型の影響を受けているかもしれないし、受けていないかもしれない」と言うだけだったら誰も馬鹿にはしねえよ

血液型性格判断には根拠がないという疑似科学

B型です。(血液型性格判断には根拠がないという「情強のオレカッケー」の方には意味のない情報ですが。)

さて、「情強のオレカッケー」の方々は、おそらくネットちょっと調べて「血液型性格判断には科学的根拠がない」みたいのをちょっと読んで「オレカッケー」になってしまったんだと思います。ですが残念ながらそれは情弱疑似科学典型です。「血液型性格に関連がないという十分な(生物科学的根拠がある」と「血液型性格に関連があるという十分な科学的根拠がない」とは全く別だからです。(もしかしたらオレカッケーの方々には理解できないかもしれません。情弱なので。)

血液型とフェノタイプに関連があるということに関しては少数ですが科学的と言えるデータがあります。例えば http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S002561961401043X 血液型と心疾患の感受性の関連を示した論文です。

血液型性格に関連がないと言うためには最低限次の2つを合理的説明する必要があると思います

①心疾患のような生存に関連するフェノタイプに差があるのに、それが進化過程で行動パターン形成に影響を及ぼさなかった理由

②例えばA型B型にフェノタイプの差がないのであれば、数十万年ランダム選択淘汰圧)でA型B型の数が同数になっているはずだがそうでない理由

血液型性格に関連があるという科学的なデータがない理由としては、そのコスト(数千万円✕数年)の割に、ビッグジャーナルには倫理的理由掲載されないリスクがあるからでは?と思っています情強先生方、どうぞ上記2点の反証をお願い致します。

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