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2021-04-22

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その15

https://anond.hatelabo.jp/20210415000024

私が作曲を学び始めて、数年の話である。私も20世紀音楽にかなり慣れ親しむようになっていたとはいえ、何が行われているのかは全く知らなかった。そんな段階で、私の当時の師匠は、とある地方都市ではないだろうね)で、対面でこう述べた。

フルートには数々の特殊奏法があり、その中に重音奏法があるよ」

私は、あの喫茶店に置かれた真っ白のテーブル軽食位置関係をいまだに覚えている。おしゃれな場所に入ったように思う。覚えているくらいなので、よほど衝撃的な出来事だったのだろうか。

どうやら指使いを変えるとたくさんの音が出るらしい。しかし、そんなものを実演で聴く機会はない。どうやったら聴くことができるのだろうかと思っていると、NHK-FMで豊住竜志の独奏オーボエ管弦楽のためのディアーナがかかり、柴山洋が勢いよくオーボエ重音を鳴らしたのである

その次の年には、NHK-FM近藤春恵のオーボエピアノのための詩曲がかかり、ダブルトリルが披露された(ダブルトリルが非常にクリアに聞こえた日本人の曲は、これ以外知らない)。

世相を反映したのか、オーボエを使った日本人の佳曲が多かった。これを見た富樫康が「またオーボエか」と憤慨したのを覚えている。

こうやって木管楽器の各種奏法を覚えていった中学生は少なかったと思われる。2021年現在東京中学生でも、中1からオーボエ重音を指使いに書き込んで作曲しているとはとても思えない。そんな指導東京首都圏でも絶対にしていないはずである音楽大学のハードルが下がってしまったので、今中1だと、せいぜい頑張ったってソプラノ課題の4声体くらいしかできないし、中2でソナタ形式に入っても思いっきり絞られるに違いない。

2021年の東京は確かに優れた都市だが、人材という点で不足している。東京に住んでも、ジーメンス系の作曲家をほとんど知らない教員がいまだにいるのだから仕方がない(これは絶対にあってはならないことである)。私にはその不足が幸運にもなかったのである。1時間バスが1本の土地で、考えられないくら奇跡的なことであった。

2030年代の中盤になると、私は沖縄から北海道のどこに住んでいる人間からも「恵まれ教育を受けてずるいですね」と、いわれる立場になる。どのように返答してよいか、非常に難しい。「あなたたちのほうがPDFを何十万冊も落とせて便利ですね」とは、いわないことにしようと思っている。

2021-01-20

俺は司法試験にも合格できないしオスマン帝国にも行けないしナンパ界隈にも入れないし浄土真宗僧侶にもなれないしこどおじにもなれないしソプラノ歌手にもYOASOBIにもなれないまじでしょーもない人生

お隣さんがソプラノ歌手みたいに歌ってる

お隣さんがここ数年ずっと歌ってる。

増田家とお隣さん一家はそれぞれ一軒家。歌ってるのはおそらく娘さんだ。20〜30代。(交流がほぼないので知らない)

数年前、ある日急に夕方ごろお隣さんの歌声が聞こえてきたのだ。

なんか歌ってる。しかピアノも聞こえる。弾き語り…?

最初増田家がざわざわした。

「なんか、歌ってたね」「うん、歌ってたね」「音楽学校行ってるのかな?」ざわざわ。

でもずーっと週5くらいで聞こえてくるので、だんだん慣れてきた。

聞こえてくると「今日も歌ってるね」みたいな。

いつも歌うのはオペラのようなクラシック系の曲だ。

歌声もそういう裏声で高く伸びる感じ。

上手いか論じられるほど音楽素養のある人間増田家にはいないけど、聞いててヘタクソもは思わなかった。

でも、ボヘミアンラプソディの映画流行ってた頃にクイーンの歌が聞こえた時、この人はオペラ系のが向いてるなと思った。

別にさ、いいんだけど。個人の好みだし。

ただちょっとうるさいんだよな。

10時に仕事からくたくたで帰ってきて、玄関前でお隣さんの歌声が聞こえてくると、「ちっ…やってんな…」ともやもやが募ってしまう。

朝7時台から聞こえてきた時は、母が「こんな朝早くから歌ってたら喉痛めちゃうよ」と心配してた。やさしい。

テレワークになってからは昼間も歌ってるっぽいことを知った。Web会議の向こう側にお隣さんの歌声が届いてないかちょっとハラハラしている。

せめてもうちょっと防音設備整えてほしい。

あと、何の仕事してるのか教えてほしい。声楽家になったの?

2021-01-12

合唱楽しいソプラノ女子だけ

この理屈リトグリの緑担当の子いっつもハモり楽しいのかなって思う 知らんけど

2020-12-29

anond:20201228221806

音波でコップを割ろうとした10年間も。

よくソプラノ歌手がやるアレだ。

口を程よくすぼめて音が狭い範囲に飛ぶようにしてホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーって叫ぶの。

コップは微動だにしない。

2020-07-14

合唱曲キャラランク

合唱曲キャラランクについて記す。

ランクS COSMOS 旅立ちの日に

COSMOShttps://www.youtube.com/watch?v=ZRYcXup6blY

最強。これを歌う権利を獲得したクラスが金賞を取るといっても過言ではない。この曲は聴いている側はもちろんのこと、歌っている側も鳥肌が立つ。宇宙という壮大なテーマ完璧に曲の中に落とし込んでいる。「合唱コンクールだり~」って言っている男子でさえも裏声ソプラノを歌ってしまうほどの力がこの曲にはある。「百億年の歴史が」からサビまでの盛り上がりはまるでジェットコースターが頂点までの道を上がり始めたかの如く。くるかくるか、きたかたか、という焦燥にも似た興奮のトンネルを抜けた先には光が待っている。

旅立ちの日にhttps://www.youtube.com/watch?v=9RgtFqOs8s0

合唱定番曲。合唱コンクール、3年生を送る会、卒業式など、どの行事でも歌われ、かつ不可避の感動を与えてくれる。特筆すべき点はなんといってもハモりである。これぞ合唱曲だといわんばかりの調和男子女子が手を組まなければ完成しないマスターピース。この曲を歌った経験があり、今でもハモりの部分を歌えるという人は多いはず。

ランクA 親知らず子知らず 時の旅人

親知らず子知らず(https://www.youtube.com/watch?v=NbVvgGkCES4

合唱曲ダークヒーロー邪道とも言える。合唱コンクール入賞は堅いが金賞は取れない。ドラゴンボールベジータのような、主人公匹敵する魅力や強みはあるが決して主人公にはなれない、そんな印象を受ける。この曲はとにかく暗い。救いがない。それが強みでも弱みでもある。さらにこの曲は歌う際の難易度も高く、伴奏者にも表情や身体の動かし方といった表現力が求められる。曲中の「ぐわっと」で何かにまれるような感覚を味わった人は多いはず。

時の旅人https://www.youtube.com/watch?v=Kds6RwirI5Q

「めぐるめぐる風」 「汗を拭って歩いた道」 この二箇所が強く印象と記憶に刻まれる。穏やかな曲調ながら、根を大地にしっかりと張った大樹のような力強さを感じさせる。「やさしい雨にうたれ」からは、天からかい手が差し伸べられ、何か神秘的かつ大きな存在に救われたかのような気持ちにさせてくれる。目をつむってじっくりと味わいたい曲。

ランクB HEIWAの鐘 手紙拝啓十五の君へ~

HEIWAの鐘(https://www.youtube.com/watch?v=xLtJQlr3VxQ

好きな人にはたまらない、しかし万人に対して同じ印象を与えるか、と悩んだ末にこのランクとなった。この曲の魅力は何といっても歌詞にある。権力と書いてちから、と読み、戦争と書いてつみ、と読むような中学生垂涎ものリリック。これらが疾走感を伴った爽やかさで歌われるのだ。そしてこの曲にはきちんと力強さもある。筆者お勧め一曲

手紙拝啓十五の君へ~(https://www.youtube.com/watch?v=MJ1X0vfWQXM

合唱コンクールでこの曲が歌われる際、15歳である生徒が多いだろう。そのため歌う方と聴く方の双方に刺さってくるような強みがある。この曲は遅効性である。歌っている当時は「15歳だなんて大層なものではない」なんて斜に構えてしまうところがある。しかし歳を重ねこの曲を聴くと「15歳の頃はよかったな」「15歳から何年経ったのだろう」などと先端の尖っていない針で心が刺される。思い出による補正も乗り、遅くなってから初めてこの曲の、そして15歳という時期の本当の価値を知り、味わうこととなる。

ランクC マイバラード 怪獣バラード

マイバラードhttps://www.youtube.com/watch?v=3uywnyJutQU) 

サビがとても強く、合唱曲王道という印象を受ける。しかしそれゆえに個性の足りなさを感じる。他の個性豊かなアイドル人気投票で負けてしまうが、中位は維持し続けるアイドルアニメ主人公のようだ、といえば伝わるだろうか。しかし、前述のようにサビの「きらめけ」がとても強い。伸びのある透き通った高音でこの「きらめけ」が聴ければ思わず10点と書かれた札を掲げたくなる。

怪獣バラードhttps://www.youtube.com/watch?v=_9VCTbHXfOQ

入賞は望めないが、とにかく明るく、誰も悲しまないし、誰もこの曲を選んだことを後悔しない。テーマ戦争や命などの他の曲とは異なり、それが恐竜であるため重くない。テーマ人間に関連していない合唱曲比較的珍しいといえる。最後の「ヤッ!」という掛け声で聴いている人はみな温かい気持ちになり、自然と口角が上がってしまうだろう。

 

 以上が今回作成した合唱曲キャラランクである。もちろん、この他にも記述すべき合唱曲としての名作は多数あるだろうし、このランクに納得のいかない点もあるだろう。異論は認めるほか、曲の強さではなく合唱の発表順に入賞は左右されるものだ、という意見も受け止める。

私は、これを見た見知らぬ誰かに中学生の時を回顧してほしく、これを書いた。当時は朝練などで面倒くさかった合唱コンクールも、今となっては過去を懐かしむ大切な思い出の一つとなっていることを実感してほしい。

生硬で、不器用だった当時の自分を、この機会に懐かしんでみてほしい。

2020-04-23

合唱をやめた理由

前置き

ふと、社会人デビューする前にこれを吐露しておくと肩の荷が下りる気がしたので下ろしておくことにしました。推敲は一切しないので悪しからず。

本題

自分小学校の時、音楽の授業での合唱に何故か強いモチベーションを持っていた。確かあの時はパヴァロッティ演奏ビデオを見たり、ソプラノ歌手のものを見たりしたか記憶してる。それでもって家に帰るや否やソプラノ歌手の声真似をしようとしていた。声が変わるとそれは厳しくなって少し苦悩はしたが、声は大きかったことと中学に混声の合唱部があったこともあって真っ先に合唱部を選択した。

中学で3年テノール(バリトン寄り)を歌い続けたのは自分にとって一番長合唱経験になっている。

高校に入るとき自分は先行き不安定な歌で身を立てる訳にはいかないだろうから、と合唱から距離を置いて勉強に勤しもうとした。が、これにいくつかの失敗を伴った。

合唱から距離を置いた結果中学合唱時代の同期達と疎遠になった自分は荒れた自称進学校で格好のストレスのはけ口だったようだ。合唱に勤しみすぎたのか、自分には頼れる人間合唱部の同期の他にあまり多くはいなかった。それどころか一部の同期には大分冷たい目を向けられていたように今は思う。ただその一方人数合わせに先輩に呼ばれて一度だけステージに立ったこともあった。

高校を出る頃から今まで、自分合唱から距離を置くべきだったかどうかについては結論が出ないままでいる。そしてこれからも出ないと思う(こういうことを吐露たかった。)

2年を経て上京して、大学に入った際、大学グリークラブ一曲入学式で歌っていた。ゆるそうな雰囲気を感じてここならやっていけるかと思ったが、ここで思いのほか高い壁に当たった。ミサの聖句の一つ一つが余りにも自分にとって重い物になっていた。かつて中学の頃は文章意味を追いかけて、恐らくは絵本程度の世界を思い浮かべることが限界だった。大学に入って、あまりにもミサの聖句は苦しいものだった。半年持たなかった。

それから翌年、中学の同期と後輩に呼び出されて歌った。これは昔ともに歌った人間も居て勝手も分かりよかったのだが、やはりミサの聖句は重かった。しかミサが一番ウケがよかったのも事実だった。結局、1年半ほどたったところで仲たがいしてしまい、それっきり今に至る。

ミサ

結局自分にとってミサは何だったんだろうか。家は浄土真宗本願寺派日蓮宗の両親の下に生まれ、それなりに二人とも経を唱える程度のことはし、自分もさせられた。そんな家で育った自分にとって、若いころはミサはもう一つ、どこか別のところで誰かが信じている神の姿を描こうとするものだったように思える。つまり、そこに神は、自分の中では居たように思う。

しかし、恐らくは不登校と化して自傷まがいなこともやっていた(出席日数もギリギリだった)高校時代辺りが節目だったかもしれない。

大学時代に歌うミサ自分にとって余りにどう歌えばいいかからない、そんな曲だった。旋律を美しく仕上げることは、特に死ぬほど練習した中学時代の勘が多少なり働いてくれる。でもそれだけだった。曲が自分たちを支えている。しかし支えられる自分が何も描くことが出来ないような空虚感があった。神はもう居なかったように思える。

それなりに人を信頼して生きていた中学時代、人を信頼しなくなった高校大学時代ではあまりにもミサに対してモチベーションが違った。

追記

1日経って、やはりある程度肩の荷が下りているのを感じているところです。

思いのほか拙文を人が見ていたので幾分かの追記をしておこうと思います

想像にお任せします(汗)

グリークラブ=聖歌隊なんだから今思えばバカをしたなと思っています

ではないんですがかなり出身校に偏りがあり、出身中学から90人程度、ほかの中学10~30人程度の塊で進学して来ている人が殆どで、既にその中でコミュニティ存在しているというのが実情でした。後東〇予備校に9割の生徒が通っていて、金銭事情でそういった所に所属しなかったのも大きいかもしれません。

今の自分思想無神論に寄っていて、神を熱心に信仰している他人不思議に思えてしまうのです。

それに、ミサはKyrieなどがそうですが、「私はあなた(神)を讃えます」みたいな内容、つまり信仰告白歌詞に含む曲が多い以上それを非キリスト教徒が歌うことに疑問符を隠せないでいます

  • 自分の興味関心が次第に浮かび上がり来る人生と感じた。歌や信仰について現在どういう距離に置いているのか解らないけど、人生の中で少しずつでもそれらに対し思考したり思考する様な材料のある環境にあってほしい。

言われてみると、合唱と神というスコープを通して興味関心が少しずつハッキリとしてきた人生かもしれません。少なくとも信仰無神論寄りになって、クラシック合唱からは足が遠のいているのが実情ですが、時には歌を歌う人、神を信じる人の気持ちを感じる機会を得られればと思います

ミサの項は特にデスノートですね

1年くらいたって見返したら椅子から転げ落ちているか

2020-02-08

音楽性の違い理由PTAを退会する親が続出している

音楽家の親が「音楽性が違うのでPTA活動はできない退会したい」といいだしたのにつられて、

「私も音楽性が違うのでPTAに入れません」と、

どこからどう見ても普通会社務めでミュージシャンでもなさそうな親が、

PTA入会拒否言い訳として音楽を利用することが流行しているらしい。

酷いのになると

ベルマークで購入するソプラノリコーダーバンド方向性と大きく異るので、ベルマーク収集活動に参加することはできない。」と言う親もいるのだとか。

何とかならんか

2019-09-21

anond:20190921150835

人間だとソプラノ歌手悲鳴しかきこえんような音質で普通に歌詞つけて歌ってる人外がいる事実のものがたのしいじゃん

音域解釈というもの人間生物限界にしばられていたことにきづかされるよ

2019-06-26

完全に女声の男にあった

20代後半くらいの若ハゲだったのに声は完全に女

デカイと野太い声になるが、その人は身長150くらいでかなり華奢だった

男でかなりソプラノボイスなのに声帯まで華奢だから女声になっちゃったんだろうな

2019-04-24

[]カナラ

木嶋佳苗死刑囚の持つモテテクを学ぶために裁判傍聴をするなど追っかけをしている女性のこと。


ググった程度ではネタ元は出てこないが

神林広恵, 高橋ユキ 編著「木嶋佳苗劇場 : 完全保存版!"練炭毒婦"のSEX法廷大全」 2012年6月宝島社

第3章 なぜカナエに魅せられたのか?(座談会 追っかけ!カナエギャル大集合 木嶋佳苗のここが凄い!-「カナエは中毒性のある女なんです」

あたりにソースがあるのだろうか?

ここらあたりにも似たような記述

母性愛をください」“木嶋ガールズ”に続き、男子大学生にも木嶋佳苗ファンサークルが……|日刊サイゾー

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.cyzo.com/2012/04/post_10465.html

2012.04.17 07:00  女性セブン 木嶋佳苗支持の声に「病的なナルシシズム崇拝は怖い」と作家

https://www.news-postseven.com/archives/20120417_101970.html

2012.04.15 07:00  女性セブン 木嶋佳苗 鈴が鳴るようなソプラノ声に記者から「声かわいい

https://www.news-postseven.com/archives/20120415_101928.html

2012年女性セブン色々攻めてるな。

2012.03.26 16:02  女性セブン ブスと呼ばれるのは平気な木嶋佳苗 ただし田舎者扱いは嫌い

「カナラー」は見つけられなかったが「木嶋佳苗ギャル」、「カナエギャル」という単語2012年ごろ使われている。女性セブンポストセブンが広めたように見える。「カナエギャル」にという用語週刊文春が広めたものかもしれない。女性セブンは「木嶋ガールズ」。カナラーと呼ばれたかは分からないがその手の人たちはいたらしい。

2019-02-23

anond:20190222091142

これ見て音大周りの物件とか言ってる結構いるけど音大近くに住んだこと無いんだろうな。

音大近くの楽器OKはみんな騒いでお互い様って物件ばっかだよ。

夜にラッパの音とかソプラノとか聞こえてくる。

2018-07-10

anond:20180710010344

アルト歌ってる奴って地声低くていかにも陰キャって感じだよな

ソプラノはそれだけで音楽が成立しうるけど、アルトが歌っても「なにそれ?」「なんの曲?」「抑揚がないねw」と言われること必至

anond:20180710012756

適当なことを言うな

合唱ヒエラルキーは間違いなくソプラノアルト

イオナするのは自由だが存在価値を認めさせようとするんじゃない

お前が言っているのは強者弱者いるからこそ強者でいることができる、というのをオブラートに包んだだけだ

anond:20180710010344

学生時代社会人になってから合唱やっててずっとアルトパートやってました

もちろんやらされてたわけではなく自分場合は自ら手を挙げてだけど

ソプラノとはまた違った魅力があるんだけどなかなか分かってもらえないのは少し寂しいですね…

anond:20180710010344

音楽人生の縮図、な人は世の中の一握りだ気にすることはない

そんなことより増田アルトパートを軽視してる感があるけど、アルトはいいぞ、なぜならその歌を知ろうとしたからこそ聴こえる旋律を自ら歌えるから

多分ソプラノ主旋律の歌を想像しているのかなと思いながら語るけど

主旋律はなんとなく聴く立場でも知ることはできる、でも実は副旋律に支えられているか楽譜以上に輝いていられるのだ、そのことにちゃんと気付けるのは副旋律を聴けるまたは歌えるものだけなんだ

すなわちアルトパート練習するだけでその歌をもっと素敵に聴けるようになるお得なパートなんだ

熱く語ってうざくなってしまったけど最後にこれだけは主張したい、合唱合奏ピアノ含め全てのパートが主役だから自分の音も周りの音もちゃんと聴いて存分に楽しもう

中学合唱アルトパートにされた女子

アルトパートのような人生幸せと思わなくてはいけないのか

ソプラノパートになりたいと願ってはいけないのだろうか

2018-06-12

今通った親子3人

さな子供を抱っこしながら家族で父母が子供をあやすために歌っているというのは見慣れたシーンだけど、父のテノールと母のソプラノ子供をあやすために使う素人レベルじゃなかった

主旋律旦那さん、副旋律を奥さんが歌うアンパンマンマーチは俺の知ってるアンパンマンマーチよりもずっと荘厳だった

音楽家庭ってあんな感じなのか

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