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はてなキーワード: ハ長調とは

2024-04-07

[] 生徒の校歌音程が低い」赴任した中学校長、始業式で抱いた違和感 もとの楽譜を調べてみたら

[B! 校歌] 生徒の校歌音程が低い」赴任した中学校長、始業式で抱いた違和感 もとの楽譜を調べてみたら

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.kobe-np.co.jp/news/himeji/202404/0017511004.shtml

校歌に関するアンケート結果では、生徒の3割近くが「歌いにくい」と答えていた

ブクマカ論調は、作曲当時のニ長調への回帰派に比べて、改変したハ長調の維持派が優勢なように思える。

しかし、次のような視点にも留意したほうがいいんじゃないかと思う。



これらはいずれも記事から直接読み取ることはできない、あくま可能性の列挙に過ぎない。

実際に、ハ長調にすることで歌いやすくなって大好評だった可能性もある。

改変した当時、実際に生徒に歌わせてみて誠実に比較したはずだとも思う。

しかし、このような記事を読んだ瞬間に、上記のような可能性をあれこれ連想することができるかどうかは、どんな記事を読むときにも役に立つ感性だろう。

なお、ハ長調への改変の理由として挙げられた「変声期男子生徒への配慮や、アルトリコーダー演奏やすくするためでは」というのは、ニ長調への回帰を目指した校長による、あくまで推測である

2024-03-29

anond:20240327231029

( ^ω^ )

ズージャ語

「…隠語を作る時に倒語(逆さ言葉)にするのは日本語で昔からある手法であり、「ドヤ街」(宿街)、「ダフ屋」(札屋)、「ちくる」(口る)、「ドサ回り」(里回り=濁音にしてよりイメージを悪くしている)などがよく知られる。ジャズ界では人名も逆さにすることが多く、「森田(一義)」が「タモリ」となるのは同じ原理である

現金払い(即金払い)でギャラをもらうことを「取っ払い」というが、このとき金額的な生々しさを避けるために、たとえば25万円を「デージューゲー万円」と言った。音名に当てはめたもので、C, D, E, F, G, A, Hが順番に数字の1から7までを意味した。ツェー、デー、ゲーというようにドイツ語読みしたのは、当時の音楽家は音名をドイツ語で呼んでいたかである。Cが1になるのは、この音がハ長調の第1音(主音であるため。なお8は「オクターブ」(略して「ターブ」)、9は「ナイン」または「ナインス」と言った。

このような調に関して発生した言葉として、「C調」(しーちょう。こちらのCは英語読み)がある。この場合の「C調」は、「調子いい」とハ長調C調)をかけて、軽く調子のいい事を吹聴する人物を指したものであるジャズ出身クレイジー・キャッツ流行らせ、「無責任一代男」には「人生大事な事はタイミングC調無責任」という歌詞が出てくる。また、サザンオールスターズ楽曲に「C調言葉に御用心」がある。

これ以外の言葉では、「ヤノピー」(ピアノ)などの逆さ言葉が広まり、「トーシロ」(素人 = 一般人)に悟られないようにするために重宝された。「ワーカー ノ レーナガ ニ ズンタッタ」と言うのがあるが、これの原型は「川の流れに佇んだ」である

ズージャ語の衰退

編集

1980年代から1990年代初頭にとんねるずブラザーコーン中山秀征などがテレビ番組などで、銀座を「ザギン」、六本木を「ギロッポン」、姉ちゃんを「チャンネェ」、寿司を「シースー」等とする単語を盛んに使ったため、一般人の間でも若者を中心に使われるようになり、隠語意味合いが無くなってしまい、一般化した単語などを除いて、現在では芸能界でもあまり使われることはない。

バブル時代とは直接関係はないが、彼らがこれらの言葉を発していた時期がバブル時代と重なることから番組などでは「バブル時代業界用語」と言われることが良くある。」

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BA%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A3%E8%AA%9E

2022-11-03

僕は音楽には向かないと思って生きてきた

僕は音楽に向かないと思って今まで生きてきた。

小学生の頃、ちょっとだけピアノを習ったことがある。

いつからやっていたのかわからないが、かなり長い間という印象がある。

といっても低学年の頃には通っていた記憶がないので、3年生くらいからはじめたかもしれない。

そう考えると、通っていた期間は1年も満たないかもしれない。

子供の1年は長いのだ。

なんで習い始めたかはわからないが、きっとテレビで見たとか、友達もやっているからとか、そういう軽い興味を母親に話したからだと思う。

母は「興味があるならやったほうがいいと思うよ」と言う感じで了承してくれてすぐに音楽教室に通うようになった。

しかし、通ってすぐにモチベーションは下がっていってしまった。

まず、楽譜の読み方はわかった。鍵盤と楽譜ドレミ位置はわかった。

でも、しばらくするとへ音記号が書かれた楽譜が出てきた。

知っているドの場所とは違う読み方だった。

ト音記号ヘ音記号の違いは何なのかわからなかった。先生に聞けばよかったんだろうが、奥手の自分質問はなかなかできない。

先生に直された場所に音名を書いて、それの前後から音を類推して暗記しようとした。

そもそも、なんでいつもの読みと違うのか全くわからなかった。

和音というのはいくつか出てくるのを覚えた。

ハ長調という言葉と、ナントカ短調という言葉も出てきた。

しかしそれが今やっているレッスンの何を説明しているのか全くわからなかった

レッスンは聞いてても面白みのない単調なものをずっとひかされて、そして知らない言葉が日々増えてきた。

先生の使う言葉はわからない。当てずっぽうでやっていくしかない。という負の連鎖に陥ってしまった。

毎週水曜日がとても憂鬱な日になった。

教室に向かう途中で台風事故でも起きて行かなければ済めばいいのにというのをずっと思っていた。

レッスンが済めばとても爽やかな気持ちになった。

もう一週間教室に行かなくていいという安堵感だ。その夜のドラゴンボールZはとても嬉しい気持ちで鑑賞できる。水曜の夜の清々しさは土曜日の夜にもまさった。

だが、月曜が来るとまた水曜が近づくということで憂鬱になる。

その繰り返しだった。

発表会は絶対に失敗できないのでそれは模倣をすることでなんとか乗り切った。

しろ発表会周辺はいい。レッスンはその曲の練習に割り当てられるので、常に同じことを繰り返すだけだったからだ。

そんなに辛いならやめたいといえばいいのだが、僕はそういうことを言えない性格だった。

自分からやりたいと言ったからと言う負い目も感じていたのかもしれない。

よっぽどのことがない限り学校を休ませてくれない親に育てられたからだからか、途中で放り投げるというのは悪いこととも思っていたからかもしれない。

とにかく、つらい水曜日を送っていた。

そんな僕に転機が訪れた。

引っ越すことになったのだ。

引っ越すときに親に「引っ越した先でも続ける?」と言われたとき僕は何も言えなかったが、伏せ目がちにはぐらかそうとしたのを察知したのか、親は「まあやらなくていいか」といってくれた。

これで晴れて僕は音楽教室から解放されたのだ。

新しい学校への不安友達とも離れてしまう寂しさもあったが、教室から自由はそれらに勝っていた。

しかし、この教室に通っていたことはのちの人生に禍根を残すことになった。

楽器音楽へのコンプレックスだ。

まず音楽教室に通う前に親に「小さいときにやっていると、音感が身につくしピアノや他の楽器だってすぐにひけるようになる。プロや上手い人はみんな小さいときからやってた。だからやったほうがいい」と言ってくれた。

これは『小さいときにやると、音感ピアノが身につきやすい』という話だがこれを僕は解釈を誤ってしまい『小さいときにやらないと、音感は身につかないし、ピアノや他の楽器は弾けなくなる』とそう思っていた。

でも、あんな苦しい思いをしたんだから今後ピアノ楽器はひけなくてい良い。10歳ごろのころに完全に諦めた。

学校音楽祭という行事があるのだが、僕はなんの立候補もすることなリコーダーをした。

ピアノや木琴などは音楽教室に通っている人の特権だと思っていた。

児童館ピアノ猫踏んじゃったなどを弾く女子がいたが、その時おもっていたのは「僕には全然からなかったことを分かっているすごい人。あんなに弾けるまで音楽教室を続けられている。きっと勉強もできるんだろう」という尊敬の念とともに「僕はああいうふうにでできる人じゃなかった」とも感じていた。

このピアノが弾ける人は小さいときからやっている。小さい時にやりはじめないとピアノは一切弾けないという思いはクラスピアノうまい子を見るたびに強くしていった。

引っ越しまえに音楽教室に通っていたことも隠した。

通っていて何もできないなんてしられたくなかった。だから何も始めなかったことにした。

中学高校とも音楽を避けてきた。

避けたといっても積極的に行かなければ関わることもないので気にならないようにしていた。

中学くらいになれば色気が出てギターを始める人、バンドに熱中する人も出てくるが、

僕はそこに入る資格はないとおもっていた。なぜなら小さいときに始めることを諦めたからだ。

そして、ギターなどを始めている子たちは小さいときから何かしらやっていたんだろうと思っていた。

そんな誤った認識結構成長するまで続いたが、高校時代衝撃を受けたことがあった。

専門学校に進学したバイト先の知り合いだ。

保育士専門学校ではオルガンピアノの授業があるが、「今までピアノとか触ったことなかったので、弾けるなるようなるまで毎日頑張っている。結構うまくなってきた」とバイトの休憩時間で教えてくれた。

僕は驚いた。小さいときピアノをやったことないのにやれるのかと。

もう一つ驚いたことがあった。

同級生のあまり親しくない人が先生雑談しているのを勝手に聞いたのだが、「最近ピアノをはじめた。近所のうちにあるから弾きにいってる。独学だけど結構ひけるようになった。」と。

これもまた衝撃だった。

小さいときに初めてないのにピアノをやっている。そして教室に通わず自分でやっている。

僕の認識では、ピアノ楽器は小さい時から教室に通い苦しみを乗り越えたもののみが得られるすごいスキルなんだと思っていた。

もちろんトップレベルプロたちはそうだろう。

でも僕はすべての弾くスキルに対してそう思っていた。

ずーっとあの単調なつまらないフレーズ練習してそれをクリアしないときれいな曲を弾く資格を得られないと思っていた。

バイト先の人のおかげで、小さいときからやらなくてもできるということ、同級生のおかげでいつでも自由に楽しむために始められるということを知った。

でも、それを聞いてもすぐには楽器に手を出すことはなかった。

当時は学生だったし、高いし、またやめてしまいそうだ。

それに楽譜を読むのにまた勉強するのも大変そうだと思った。

でも、楽器の他に僕は熱中するものができた。

大学受験だ。

そんないい大学を出てはいないが、勉強問題集での実力の測定のPACDを回して模試での偏差値がグイグイ上がっていくのに熱中した。

おかげで自分卒業した地元のあまり評判の良くない高校には似つかわしくないくらいの大学には入ることはできた。

次に熱中したのはプログラミングだ。今の仕事でもある。

これも設計実装バグとりのPACDを回して品質を上げていくことに熱中した。

個人的にもアプリをいくつかリリースして、使ってもらえた。

こういった人生経験を積んだおかげだろうか。

新しいことをやるということに恐怖はわかなくなった。

最近ギターを始めた(ちょっと前に増田に書いた)

息子が吹奏楽部に入部したので楽しそうと思ったからかもしれない。

ギターを始めるにあたって、CとかFとかはなにか、コードとはなにか、メジャーとはマイナーとはなにかを調べた。

ドレミファソラシド一般的に言われる音名は英語ではCDEFGABC日本語ではハニホヘトイロハということ

教室で習ったハ長調とは、ハ音を主音にしている長調だ。

ドレミは階名といって主音にしている音が何かによって相対的に変わるらしいということ。

ハ長調主音がハで、長調からドがハになるということらしい。

Cをギターで弾くと、ドミソの音がなっていることに気づいた。

これは教室意味からず習った和音の一つだ。

レファラというのも覚えていたが、これはDmだ。

4分の3拍子や4分の4拍子と教室ではずっと言われていてなんのことかわからなかったが、1小節に四分音符が3つ入るか4つ入るかということだということ

泊のとり方もわかった。

長調短調のこと全然からなかったがギターではメジャーマイナーという言葉で帰ってきた。

ここらへんまだ調べきれていないが、長調は全全半全全全半で音が上がっていく音の並びを使い、短調では全半全全半全全で音が順番に上がっていくらしい。

ピアノでミとファ シとドの間に黒鍵がないが、これは半音しか上がっていないということに気づいた。

これピアノハ長調を弾くときに黒鍵を触らないでも済むようにデザインされているのかもしれない。

こうやって、幼い頃に躓いたあの教室意味不明だった理論の答え合わせをしている。

いつから始めても構わないし、やりたいときが始め時、やめたいときが止め時だなと思った。

そして、息子が僕と同じ罠にはまらないように、疑問にはなるべく二人で調べるようにして、ちゃん解決をする道筋自分で考えることを教えようと思う。

2022-05-17

七音=ドレミ

ドレミハ長調=Cメジャースケールやろ

1オクターブ12から、どの7音をチョイスするか、

普通ピアノの白鍵盤だが、自由といえば自由やろ

あと、四七抜き音階がある、ペントニックがある

七音だけだと=ドレミにはならんので、

素直に「ななおちゃんかくんでええやろ

そもそもドレミ…で構成されるダイトニックコードはとても硬直的でつまらない音であり、

ドレミ…に含まれない音も使ったノンダイアトニックコードを混ぜるのが普通であって、

それによってドミナントモーションのような音同士の引力がぐだぐだ…

2021-11-13

これはパッヘルベルカノンです

Masdaが採譜したメロディーを書き出してみる

ミーソ/レードシ/ドーミ/シーラソ/ラード/ソーファミ/ファード/レー

スラッシュ小節区切り、太字は各小節の中で3/4以上を占める長い音、普通の字はそうでない音を表している。

これを見ると8小節あるメロディーの内、全ての小節にその小節の3/4以上を占める長い音が入っていることがわかる。

普段耳にする曲でここまでロングトーンが頻発することはあまりなく、このメロディーは割と異質である

このメロディーロングトーンな部分だけを見てみよう

ミー/レー/ドー/シー/ラー/ソー/ファー/レー

お分かりいただけただろうか。

7小節目までミからファへと一音ずつ階段状に下がっている。それがどうかしたかと思うかもしれないが、これがこの曲がパッヘルベルカノンたる所以である

カノン進行

パッヘルベルカノンを元にしたコード進行を俗にカノン進行と言う。

コードとは簡単に言うと3つ以上の音の組み合わせのことであり、コード進行はそのコードの種類の並び順のことだ。

カノン進行は、ハ長調では以下のようになる。

C - G - Am - Em - F - C - F - G

これだけでは何を言っているのかさっぱり分からないので、それぞれのコードドレミファソラシの組み合わせで表記してみる。

C:ド、ミ、ソ

G:ソ、シ、レ

Am:ラ、ド、ミ

Em:ミ、ソ、シ

F:ファ、ラ、ド

C:ド、ミ、ソ

F:ファ、ラ、ド

G:ソ、シ、レ

Masdaメロディーとの比較

これでカノン進行がどんな音から成っているのかがわかった。ここで、その構成音をよく観察してみよう。

C:ド、、ソ

G:ソ、シ、

Am:ラ、、ミ

Em:ミ、ソ、

F:ファ、、ド

C:ド、ミ、

F:ファ、ラ、ド

G:ソ、シ、レ

Masdaのメロディーと同じく、一音ずつ下がっていくメロディーが現れた。

ミー/レー/ドー/シー/ラー/ソー/ファー/レー

そう、このメロディーカノン進行の一部だったのだ。

和声音(NCT

ここまでメロディーの長い部分しか見てこなかったが、元のメロディー小節が切り替わるタイミングコード構成音ではない音がある。これを非和声音(NCT)、あるいは装飾音と言う。

装飾音の名の通り、これはメロディーに動きを与えもう眠くなってきたので割愛

まぁとにかくMasdaのメロディーは、パッヘルベルカノンからできてて、その一部に装飾音を挟んだものなんちゃう?知らんけど

anond:20211113012556

2019-06-17

[]猿には分からない裏コード入門

ハ長調、Cメジャーにおいてドミナントセブンスはソシレファ、実音で下からGBDFだが、このBとFはトリトン、つまり全音である

この三全音は展開してもコードインターバルが変わらないため、BとFの三全音且つ三度体積を担うD♭とA♭からなるセブンスコードを、ドミナントセブンスの裏コード定義したのだ。

ちょうどこの2つのコードは五度圏上で対極に位置しているのはたまたまではないが割愛する。

2019-01-03

理三受験の思い出

anond:20190102063518

こういうの書きたくなるね。自分が頑張ったことは思い入れがある。

微妙に書くところ間違えたので投稿しなおした。


小学生

関西田舎の町立小学校に通っていた。友達がみんな塾に行っていたのが楽しそうだった。

「僕も行きたい」と親に言ったことがあったが、なぜか断られた。

自分が子を持った今なら分かるが、3人目の私にお金をかける余裕がもはやなかったのだと思う。家にはアップライトピアノがあって姉が習っていたが、自分は習いたいと言ってもお茶を濁された。


父は会社勤め。ホームレス気質天才タイプ。母は専業主婦。真面目な秀才タイプ。親は教育に興味が無いわけではなかった。むしろかなり意識的独自戦略のようなものを持っていたと思う。

小6の夏休みに入ると、「レベルの高い学校に行くとめちゃくちゃ楽しい」などと、うまいこと母に言いくるめられて中学受験を決心した。


「力の五千題」とか「自由自在」を各教科買ってきて、夏休みに二回ほど通した。なにかババのようなものを掴まされたような気もしなくもなかったが、面白かったので続けた。

からは応用問題集、冬になると過去問をやった。模試は受けなかった。「自信を失わせたくなかったから」とあとで母から聞いた。どういう意味だ。

私立を2つ受けてどちらも合格した。ちなみに、受験直後の自分感触としては98%落ちたと思っていた。未だに謎である


中学生

中高一貫校寮生活が始まった。

強制的勉強する時間毎日3時間あった。小学生の頃とは比較にならないほど学校の授業を面白く感じたので、予習・復習をやった。みんながやっていたので、ラジオ英会話を毎朝聞いて、テキストを暗記した。完璧発音テキストの会話を一人で完全再現できるようにしていた。一年イギリス人先生普通の会話ができるようになった。
中学3年生のときに、全員がZ会模試を受けることになった。はじめての模試で超わくわくした。総合で全国100番位だった。初めて自分立ち位置を知った。思ってたより良いという感覚。でも同じクラスに全国一桁台とかが普通にいた。


音楽室に個室のピアノ部屋が5台分あった。昼休みにほぼ毎日通ったので、結構弾けるようになった。今考えると異常な環境である音大かっていう。親友ピアノが超すごいやつがいた。ヤマハをずっとやってきた人で、聴いたら即弾ける、ハ長調譜面初見で見て変ロ長調で弾ける、メロディを見ると即座にステキ伴奏を思いつく、など。理解不能であるピアノをメインの楽器にするのはやめようと思った。


高校生

下宿に移り、自由になった。学校以外で勉強しなくなった。暇なので、絵を描いたり生徒会をやったりピアノの人などを誘ってバンドをやったりと、生活を広げ始めた。

授業中に予習復習などすべて授業を聞きながら終わらせたので、成績は特に落ちなかった。

こういうことを書くと、舐めてるとか自慢とか思われるわけだが、違うんだ。

自分なりに一番効率が良い方法を追求していた。授業中に寝て、家で数時間独自勉強するみたいな非効率的なことはしたくなかったのだ。

授業は120%の集中力で聞く。それでも時間が余るので、次の予習をしたり、問題の別解を考えたりしていた。家で半徹夜で何時間勉強している人たちよりも結果的に長時間勉強していたと思う。だって毎日9時から17時まで勉強していたんだもの毎日7時間くらい集中して勉強しているのに、「増田勉強せずに成績が良いな」みたいなことを言われてたのは未だに納得がいかない。


高2で東大模試を受けてみると、理三以外はすべてA判定だった。理三だけが完全にE判定だったので、「は?しばくぞ」と思った。
なんかの奨学金アメリカにただで行けた。夏休みの一月まるまるESL漬けで楽しかった。自分英語力はあんまりしたことないと気づいた。同級生アラブ皇太子とかトルコ首相の息子とかがいた。そういうのも自分には無い。


高3になって流石にクラス空気も変わり、自分放課後勉強するようになった。小学生の時は夏休みから半年でなんとかなったけど、さすがに東大一年位はやらないとやばいだろという感覚があった。

一学期にあった駿台統一模試で、英数国の三教科の偏差値が80を超えていた。一方で、本来好きな理科がボロクソだった。準備不足を痛感して夏休みに強化することにした。


・高3夏休み

化学生物だった。教科書はさすがにすべて頭に入っていたので、いよいよ応用問題週に手を出すことにした。東大過去問をちら見すると、化学の出題の半分くらいは似たような問題しか出ないことがわかったので、同じ問題を何十回も解いた。滴定とか。30分かかって6割しか正当でいなかったところから、5分で100点の回答ができるようになった。時間が余るので、初めて見る問題ゆっくり考えられて便利。生物は、問題文に答えが書いてある。

一方で、わりと大丈夫そうな主要三教科は、根本的なところをやることにした。

数学

チャート式などは数冊終わっている状態大学への数学をひたすら解く。新しい問題は、ひたすら考える。未知の問題に解法の方針を立てる練習

英語

TIME誌を定期購読していたので、毎号気になる記事を一つまるまる訳してみる。超大変。NEWSWEEKにすればよかった。のだが、一年定期購読してしまったのでやるしかない。んで、訳したあとは要約を英語で書いてみる。ラジオ英会話ビジネス英語までランクアップしていた。正直東大受験ではこのレベルリスニングスピーキングは当時必要なかったので、聞き流していた。ハマっていたのはパーソナリティの訛りを真似すること。

国語

Z会小論文をやっていた。元来文章がそんなにうまくはなかったけれど、読むのも書くのも好きだったのでこれは半ば趣味結果的200字作文に多少役に立った。


・高3秋

9月学校最後イベントがあり、燃え尽きた。勉強は2ヶ月ほどお休み。焦りはなくはないが、みんなそれで合格するやつは合格するっていう先輩の像を見てきている。今回は自分がそれをやるほか無いという感覚。流石にバンド解散した。


・高3冬

10月から2月まで5ヶ月もある。


センター試験

英語198 

数学191 まさか満点じゃないとは。世知辛い東大理系はわりとこういう感覚だと思う。

国語167 古文漢文論説は150/150。小説めっちゃ間違えた。こういうこともある。

化学100 

倫理93  一応、山川倫理用語集を3回くらい読んだ。手抜き教科のつもりが、哲学に興味が芽生えた。大学に入ってから哲学系の本をたくさん読んだ。自己形成に大きな影響を与えた。人生何が大事わからん

合計

前記749/800

後期489/500

センター試験

ようやく赤本に取り掛かった。感想は、英語簡単すぎ、数学難しすぎ、国語意外とお得、理科けっこう簡単

というわけで薄々気づいていた数学不安定さと、国語のお得さに焦点をあてる。数学が0点でも受かる謎の計画をたてる。国語最後の一ヶ月だけ、古文漢文個人先生に習った。

ちなみに東大模試は3社2回とも全部受けて、最後を除いてすべてE。でも成績は徐々に上がって最後だけはC判定だったので、本番の頃にはB判定くらいになってるんじゃない?と思っていた。


・本番

当日はなぜか20時に寝て、25時に覚醒し以後眠れないというアホなことをした。

ただ全く寝てないわけでもないし、ただ少し眠いだけなのでやるしかない。


 点数非公開時代なので自己採点

国語 60/80 ほぼできた。

数学 40?/120 難しすぎ0完6半ワロタ。。1完だと思ってたのに、弥生門を出たところで配ってた駿台の速報を見たら計算ミス発覚。かなり暗くなったが寝たらわりと忘れた。

生物 50/60 多分まあまあできた。

化学 55/60 多分ほぼ間違えてない。

英語 120/120 まじで満点じゃね?と思った。

合計 325/440 数学が0点でもギリ受かるかも?と思った。

・発表当日

赤門から会場へ向かうと、のちの上クラになる姉が向こうからやってきた「あ!○○ちゃん、受かってたよ!」

弟に「ちゃん」づけはまあしょうがないとして、俺が知るより先に結果を言うなよ。未だに恨んでるぞ。

合格してから

家賃が安いという理由三鷹寮に申し込んだのだけれど、その書類を集める際に親の年収が600万であることを知った。そりゃ無理だわ、塾もピアノも。ちなみに中高は奨学金もらってた。それでも親は教育のために借金してたんじゃないかな。決定的に計算が合わない。ちなみに三鷹寮は生活費が安すぎて家庭教師バイトだけで異常に金持ちになった。楽器を買ったり海外旅行に行ったりした。ヨーロッパまで6万円で行けた時代である。さておき、感覚としては、医者になってまともな収入がある今よりも、当時は自由に使えるお金があった。人生まじで謎である

おじさんもなぜか未だに人生謎のままに頑張ってるけど、受験生の皆さんも頑張ってね。

2016-08-02

VimVImは違います

Vimテキストエディタです。

NeovimVimは別物です。

VIm音楽理論で登場するマイナーコードです。

ハ長調VImと言ったらAmです。

誰かに話して自慢してください。

ふぐ田ビム夫

2012-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20120409151845

君こそわかってて書いてるんだろうけど、数ヘルツ単位微妙な話をしてるんじゃなくて、


Aの音が鳴ってCisだと思ってしまうとか、

Csus4の和音が鳴って、D7を鳴らしてしまうとか、

五度跳躍かと思ったら六度跳躍だったとか、

ハ長調変ホ長調に聞こえるとか、

ドリアンかと思ったらミクソリディアンでしたとか、



そういう話だ。

幸い、オーボエクラリネット音色の違いはわかるが、ヴァイオリンヴィオラは聞き分けられない。

2008-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20081211224903

ハ長調と二長調が別に聞こえるってそりゃ普通だ。威張ることではない。本当はそういう雰囲気や気分の微妙な違いを考えて曲を作る。(だから昔の人はそういう違いを言いあてたいから、あれこれ表現したってわけだ)

でも、ポップスはどうかな。タダの音域あわせという発想でいいかもしれない。クラシックだって歌の場合は移調するからね、声域によって。あまり難しく考える必要はないかもしれん。

ポップス音楽理論でどこまで実践したいのか知らないが、移動ドで考えると即興で移調できたりする(訓練は必要だ、そりゃ)。あと、微妙音程感覚は移動ドのほうが感じやすいだろうな。絶対音感なんてものはどうでもいいし。ま、それも電子楽器つかうだけなら関係ないし、ギターって言っても、なあ。名人クラスはどうか知らんが、たいていそこまで考えて音程とってないだろ、普通は。

本当は歌やる人は 、自分音程を作る楽器を何かやって半音微妙な違いを鍛えた方がいい。けど、これも普通はしなくてピアノどまりだね。

音楽理論というからあれこれ書いた。続編頼むぞ。

2008-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20081211224959

学校ソルフェージュの授業で、固定ドで歌う人と移動ドで歌う人が一緒にいたけど(自分は固定ド)

先生音程を注意されるのは固定ドの人が多かったな。

移動ドで歌う人は全部ドレミで歌う・・・というか、感覚的に固定ドの人が常にハ長調で歌うようなもんだからか。

固定ドは、♯が出てくると微妙に音が取りにくかったりする(自分がへたくそなだけだろうけど)。

その点、移動ドの人はファ♯でもニ長調の曲の場合、ただのミなんだよね。その辺の柔軟さが羨ましかったり。

あと全然関係ないけど、サックスとかトランペットとか移調楽器は吹けない。気持ち悪くて。フルートならいけるけど。

http://anond.hatelabo.jp/20081211222657

増田ですが。

移動ドだと頭がこんがらがるです。

ソの音なのになんでドなの? 今度はミがドなの? えええ?って。

ソルフェージュとかだとハ長調のドレミファソラシド固定で歌うので、

移動ドになるとよけいに混乱する。

http://anond.hatelabo.jp/20081211215949

こまかいところだけど、あとあと混乱するといけないからな。

そのため、ドレミファソラシドとレミファソラシドレは違う

レミファ#ソラシド#レなら同じである

言わんとしてることはわかるけど、正式にはドレミファソラシドは単にスケール(音階)の音の並びを言ってるだけ。長調ならどれでも、ハ長調でも二長調でもどれでも、ドレミファソラシド。全部同じ。

ハ長調の場合、C(=ド)、D(=レ)、E(=ミ)、F(=ファ)、G(=ソ)、A(=ラ)、B(=シ)、C(=ド)。

長調の場合、D(=ド)E(=レ)F#(=ミ)G(=ファ)A(=ソ)B(=ラ)C#(=シ)D(=ド)。

あとは同じ。

ただ、 慣用的に...CDEFGABC...を...ドレミファソラシド...と言い換えてはいる。だけど、移動ドの概念意識したほうが、たぶんあとあと便利じゃないかな。

2007-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20070609123341

なんっつか、調が違うと、曲の「色」が変わるんだよね。場合によっては別の曲かと。

一青窈を長三度下げると平井堅になるトリビアじゃないけど。

クラシック曲でも何でも、ハ長調にしてみるととたんに天真爛漫に聞こえたり。

あと、私の場合、訓練受けてないから相対音感が全くない。だから原調じゃないと歌えないってのもある。

精度が低いのも元増田と同じ。しかるべきタイミングで訓練受けてないからだと思う、私の場合は。

 
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