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2019-05-01

anond:20190501182557

捨てる神あれば拾う神あり。

捨て鉢にならないようにね。

2019-04-15

anond:20190415143257

なるほど、ご説ごもっとも。

ならば弱者男性は言うだろう。

結婚しなくても幸せになれるこの時代を終わらせてやる」と。

そもそも結婚した程度で搾取だなんて笑わせる。

その時代、男の血と汗をすすって女は生きてた。

それこそ「搾取」ということも出来るし、君の見方一方的過ぎる。

とかく、「女性の味方をしても何のうまみもない」と人口の半分を敵に回し、どれだけ戦えるかな?

何もない弱者男性ある意味最強だってのは加藤インセル証明するところだが、

強者男性社会」と「捨て鉢になって社会性すら捨て去った弱者」と二正面作戦、がんばって。

2018-10-12

若手俳優オタク愚痴

はじめに。今衝動で書いているのでフェイクとか全く入れてないし吐き出すだけ吐き出してるからこれが誰のことか分かっても言及しないでほしい。こんな糞みたいに長い愚痴吐いててもまだ大好きな推しだし応援したいし迷惑かけたくないし、でも愚痴は吐きたいし、単純に疲れてしまった。

若手俳優の追っかけをしている。追っかけと言ってもそんなガチな追っかけじゃなくて、月に一度彼が出る舞台を観に地方から上京して二公演ほど観劇してまた地元へ戻る、という程度のオタクだ。いわゆるゆるオタである

どこにも愚痴が吐き出せなかったのでここに吐き出すことを許してほしい。

そもそも私は二次元オタクで、彼を知ったのも最近何かと話題2.5次元舞台きっかけだった。もうこの辺で他の若手俳優オタクからは白い目で見られるかもしれないが、もうそんなことはどうでもいいくらい沈んでいる。

彼が演じていたのは自分推しキャラとは違うキャラだったが、芝居が終わる頃にはすっかり彼の演技に引き込まれていて、そこから二年ほど彼のファンをしていた。否、今もファンであるが、いろいろなことが重なって前よりも熱心に追いかけてはいない。

元々ストレート舞台に出演することが多かった彼が、二回目に出演した2.5次元舞台がAという作品だった。最初はあまり期待されていなかった舞台だったが、二年も経てば人気に火が付き地方巡業や海外公演もするようになった。私はその作品ファンでもあったし、同時に彼のファンでもあったので自分でも冷静になれば馬鹿じゃないのと思うくらい通った。

この辺りでお気づきの方もいらっしゃると思うが、その彼は今年その作品卒業してしまった。

ただ、なんていうかその卒業自体が嫌だったとか、卒業したことで熱が冷めたとかではないんだけど、卒業してから仕事を見ていて私は彼がどこへ向かいたいのかいまいち分からず戸惑っている。

卒業が発表される直前、彼の初めての個人イベント海外で行われた。国内でも行われたことのない彼個人イベントであるしかしそれは国内で告知されず、ひっそりと、その国のサーバーで、その国の言葉だけで告知された。それでも名前パブサすればヒットしてしまっていたので私はその情報を知り得たのだが、待てども待てども公式からその情報は発信されず、結局チケットは発売されてしまった。アフターイベント付きのVIPチケット即完だったし、なぜだかチケット販売の前日から数日間だけそのHP日本語訳がついていた。(二週間後に確認したところ日本語訳掲載されていた痕跡は一切消されていた。)

これは本当に行われるイベントなのか? と疑って調べたところ、どうにもそのイベント主催するイベント(少しわかりづらいがイベント内で企画されていた個人イベントだった)が昨年も同様に開催されていたことが分かったので、ひとまず詐欺ではないことを理解した開催の一か月前。開催日は推し誕生月だった。事務所イベントを告知しないまま時間が流れ、イベントの前日彼は突然その国に降り立ったブログ更新した。そこで今度発売するもの撮影をしたと報告され、翌日、実は現地ファン向けのイベントを開催していたという事後報告だけがファンにもたらされた。

彼に心血注いで追いかけているファンはその国にまで駆けつけたのだろう。実際現地へ赴いた同担の友人がいて、話を聴いてみたところやはりというかいたのはほとんどが日本人だったらしい。無理もない、彼の知名度国外でそれほど高いとはお世辞にも言えない。その国には同年二月に件の舞台関係で降り立っているが、現地在住の彼個人についているファンがその会場を埋めるだけいたかどうか、私にはちょっと疑問だ。

もし、先に国内で彼個人イベントが開催されていたとしたら、私もこんな気持ちにならなかったのかな。海外イベントしたことよりも、多分そっちの方が悲しかった。私は全然通えていないファンだけど、それでも多分、国を越えて観に来てくれるファンよりは通えているはずだ。彼は超人俳優というわけではないけれど、それでも毎月舞台に出演するほどに忙しくしている人であり、日本に近い海外とは言え毎回来日していたら旅費だって馬鹿にならないだろうし、そこまで熱心に彼を追いかけている人がたくさん言われるかと問われたたら、私だって頷きかねる。海外イベントするなとは言ってない。ただ彼の「初めての」個人名義のイベントは、やっぱり国内でやってほしかった。しか誕生月だし。

現地のファンの方を下に見ているとかではなくて、国外に目を向けるより先に、もっと身近なファンに目を向けるべきじゃなかったの? と事務所失望した。彼にではない、最終的にするかしないか選択くらいはしたかもしれないが、彼は来た仕事をこなしているだけに過ぎないので、専ら私の感情の矛先は事務所だった。そりゃあ毎回全通するようなファン海外イベントにも行っただろうが、全通はしてなくても毎回行ける限り通ってるファンの方もいるだろうし、私みたいに無理のない範囲で観に行ってるファン国内にはたくさんいるはずなのに、なーんで先に海外イベントやっちゃうかな。でも、結局は行けなかった私が悪いんだよね、時間お金もないファンでごめんね。あなた仕事否定するようなファンでごめんね。

これが一つ目だ。

卒業発表前に彼の次の仕事公表され、彼が次の公演に間に合わないことを知った。ある程度覚悟はしていたので私は次のステップへ進むんだね、頑張ってねという比較的前向きな気持ちのままキャスト発表の告知を見ていたが、界隈はまあまあ荒れた。昨今の2.5次元あるあるだと思う。二次元オタクは、私もそうだから思うけど、色々と思い込みが激しい。そこにはアニメゲームで一度キャスティングされた声優がよっぽどのことがない限り交代する、という事態に陥らないことに慣れ切ってしまっているのもあるのかもしれないな、と最近思う。根拠はないけど。

彼が卒業するにしろしないにしろ、私はそのジャンル自体オタクなので次作も観に行くつもりでいたし、彼のことも応援し続けるつもりだった。しかしその数週間後またも彼の事務所に苛ついてしまったのである

推し事務所広報ツイッターを所持していて、所属俳優ブログ更新ツイートや出演情報RTなどに活用していた。ただしその情報の取捨選択がめちゃくちゃにへたくそで、所属俳優が出演している作品情報重要度に寄らずすべてRTしてしまう。当日券情報必要だが、流石に俳優が出ているアプリの新ガチ情報はいらない。しか所属俳優は一切関係ないキャラクターのガチ情報イベント情報RTされてくる。

目についたものは片っ端からRTしているという様子で、時には一般発売開始から三日後のチケット情報RTされてきたりした。そもそもSNS活用方法が下手なのか、RTしたツイートコピペして情報を流してきたりするのでURLが途中で切れてしまアクセスできない、などということもあった。

Aの卒業を発表して二週間後、なぜか事務所はAの次回作情報RTし始めた。てっきり事務所の後輩がアンサンブルとして出演でもするのかと思い見てみたが、そんな情報はどこにもない。完全なる誤RTである。それだけならまだよかったが、そのRTの中に紛れて事務所無関係一般人のリプライRTされたまま一週間ほど放置されている体たらくだった。流石にちょっと我慢できなくて、捨て鉢になって事務所メールを送ってしまった。

ここまでだらだらと書いたからもうこれも書いちゃうけど、昨年別事務所所属する俳優と合同で開催したイベントがあった。イベント告知とチケ販告知は流石に推しからもされていたが、物販情報の一切が推しからはもたらされなかった。何を売るのかも、個数制限も、何なら物販時間すら告知されていなかった。別事務所俳優ブログツイッター情報が告知されていたのでそれで調べて物販に並んだが、さすがに丸投げってどうなの、と思った。推し個人ツイッターを持ってないけど、ブログだってあるし(別事務所俳優さんはブログで物販情報の詳細を告知していた)広報ツイッターってそういうイベント情報を流すためにあるんじゃないだろうか。もう目を付けられてもいいや、という思いでそのことと一般人のRTを指摘し、ついでに前々から思っていたツイッター活用方法を一度考え直してほしいという旨の意見メール送信した。ちょっと指が震えた。即座に誤RTは削除され、その日を境にRT数は減少し代わりに事務所が発信する情報が増えてくれたが、返事はまだない。

返事がない時点で、あーもう私厄介になっちゃったんだ、と思った。一個人企業情報発信の方法を考えてくれなんて言っちゃいけなかったんだ。RTの方がずっと楽だったよね、すみません、でもきちんと情報文字としてツイートしてくれるようになったおかげで、推しのことも事務所のほかの子たちのお仕事も前よりずっと追いやすくなりました。それでもまだRTは多いけど、よく分からんアプリゲーのイベガチャ告知ツイが流れてこなくなったのは良かったかもしれない。

おせっかい焼いて厄介行為みたいなことまでしてしまって、色んなことを反省して、その時取ってたチケット以降の舞台チケットが取れなくなった。こんな事務所文句しか言ってない状況で、観に行って私が純粋に楽しめるのか分からなかったし、彼に対して罪悪感しかなかった。彼が売れるようにマネジメントしてくれてる会社に、文句付けてるファンなんていらないじゃん、普通に考えて。私が推さなくなったところで、事務所にとっては痛くも痒くもない。私は“通う”ファンじゃない。

これが二つ目。まだあります。もう読まなくてもいいよ。

彼はどうやら特定演出家に気に入られていて、今年に入ってからそれぞれの演出家に二回ずつお呼ばれしている。仕事があるのはいいことだ。でも、そのどれもが2.5だった。もっといえば今年に入ってから彼は朗読劇を除けばストレートに一回も出ていなかった。

2.5も舞台なわけだけども、やはりストレートとはちょっと違う。元々ストレート多めの俳優だっただけに、その事実鑑みるちょっとショックだった。そして、彼が2.5次元俳優自称し始めたことにもショックを受けていた。まあ、今の時代若手俳優が売れるのに2.5次元舞台は避けて通れない道だし、それ自体否定しているわけじゃないんだけど、なんだかなあと思ってしまうのがファンわがままな部分だと思う。

その、彼を気に入っている片方の演出家が突然謎の生放送アカウントを取得し、まだ全然告知も何もされていなかった撮影の裏側が配信され始めたのである若手芸人と一緒に。関連性も何の仕事なのか分からないまま、めちゃくちゃぶつ切りで音声すらまともに聞き取れない三十分間の放送を私は虚無顔で見ていた。

その界隈で有名かどうかはさておき、それなりに規模が大きくなっていたAという舞台卒業して次のステップへ進んだはずの彼が、結局2.5次元の枠にこれまで以上にどっぷりと浸かり、どういう方向に進みたいのかも見えないままいる現状が私に困惑をもたらし続けている。雁字搦めになっている他の要因が先述した事務所への不満だった。口悪く言うとAよりももっと規模のでかい2.5に出演します! とかなら売れる選択肢としてアリだったんだろうなと納得できるけど、今彼が出演している舞台はどちらかというと小劇場でやる2.5だなあ……同規模でも集客は残念ながらAの方が見込めてしまうし(Aに関しては辛口コメントしかできないのでそこにいたままの方が良かったとは決して言い難いが)、名前を売りたいならなんで今こういう仕事状態なんだろうなーと、思ってしまう。本当にわがままなんだけど。

ここまで愚痴っておいてなんだけど、結局は私が悪くて彼も彼の事務所も何も悪くなくて、そんな金を落としもしないオタクがギャーギャー騒いでる現状は傍から見たらクソ在宅が動物園の檻の中で叫んでるのと同じなんだろう。考えるまでもなく滑稽だな。

タイミング悪く彼の事務所の態度への不満と彼自身方向性困惑が重なって、彼の事務所メール凸なんていう奇行へ走ってしまったんだろう。一般人の誤RTを指摘したことについてはあのままじゃ気付いてなかっただろうし今後も間違いを繰り返す可能性があったから何も間違ってないと思ってるけど、なんか他のことまで言及したのはだいぶやりすぎだったんじゃなかろうか……自分が思っている以上に自分は頭がイってるのかもしれない。

何様のつもりなんだろう、私。

なんで突然こんな数か月も溜め込んでた愚痴を書いたって、他の卒業した子やその事務所ツイッターフォローは外してなかったのに、Aの公式ツイッター事務所広報ツイッターだけブロ解してることを知って何かが爆発したからでした。こんな闇気付きたくなかったわ!(笑)

終わり。

2018-05-18

選手はやりたくもない反則を指示されて監督に「俺が責任を持つ」とまで言われて捨て鉢になって、ああいうあからさまな反則をしたんだろうな。

監督のほうはもっと自然にやると思ってたのが誤算。

 

という想像をした。

2017-09-04

https://anond.hatelabo.jp/20170903124812

自分元増田と同じような立場にいる。

ある種の失言癖のようなもので、過去に数え切れず失敗してきた。人間関係も何度も壊したし、修復不能になった人たちもある。素のままを生きていたつもりが、人とまみれる中で、ふと自分の中に見知らぬ他人が住み着いているような違和感にとらわれ、苦しんできた。

この苦しみは恐らく棺桶に入るまで治らないのだろうと落胆しつつ、すこしずつ学んでもきた。

学びの過程で得た秘訣は、とにかく思ったことを口に出す前に、一呼吸置くこと。恥ずかしながら、これは年下の人から教わった。一呼吸置いて相手の状況を見た上で、自分が同じ状況にいた時に今から言おうとすることを自分が言われたらどう感じるかを考える。ムカついたり、ショックだったりしそうなら、無難言葉を探す。言葉が浮かばないなら黙っていてもいい。

やり始めは結構負担感を覚えるはずだ。でも続けるうちに徐々に慣れて、上手くなってくるから安心していい。自分はこれを習慣づけてから、だいぶ失言癖は修正された。感受性に対する違和感は相変わらずだが、人との摩擦からくる事後ストレスは上手く回避できるようになった。それでも酒を飲んで気が大きくなるとやらかすのは相変わらずで、ついこの間も近所の旧知のお年寄りと飲むなかで「昔と比べて小さくなったな!」と暴言を吐いてあとで大汗をかいた。

デリカシーの無さを卑屈に思う一方で、人の本音なんて一皮むけばこんなものではないかとの思いも持ち始めている。はてなブコメも無神経発言だらけだし(増田に対して「今までどうやって生きてきた」発言するid含め)、ヤフコメも下衆なコメントだらけ。人の本性は案外ろくでもないものだ。ようは表立って言うか言わないかの違いだけ。増田はやや正直に生きすぎただけなのだと思う。

自分バケモノみたいに感じる増田には、人を思いやるセンスがある。苦しみは成長する上での糧になる。捨て鉢にならず、いっしょに少しずつでも学んでいこう。

2017-03-10

元増田の怒りの対象被災者ではない

anond:20170309135447

いや元増田の考えと認識はどうか知らないけど。私はそう思った。

うつ状態経験者として思うところを書く。

こういう、発達障害とか鬱病とかアスペとかコミュ障とか言われる、精神的な問題って、共感されないし同情されないよね。

同じ様に(それこそ自殺を考える程に)苦しんでいるにも関わらず、被災者共感され同情され、何より支援される。

かたや精神問題自己責任だと叩かれ、絡み辛いと遠巻きにされ、カウンセリングは(場合によるが)保険も効かない。

ここに不公平感がある。

まり元増田の怒りの対象被災者ではなく、共感出来る不幸には物質的・精神的に救いを差し伸べるが、そうでない不幸には寧ろ石を投げる、世間社会なんじゃないのか。

コミュ障精神疾患は、周囲から叩かれ疎まれ、それにより更にコミュ障になり、更に叩かれる無限地獄

かく言う私自身も、周りに居るそういう人を個人的に助ける事は出来ない。

同情はするし出来る範囲の事はしたいと思ってるが、家族や旧友でもなければ彼等を好きになれないし、積極的に関わるのには莫大なエネルギー必要からだ。

そうして彼等は孤立し、更に解決のチャンスを失う。

人に助けて貰う為には先ず好かれるか同情されなければならないが、そこで躓く。

ひと昔前は発達障害鬱病という言葉認識されて居なかったので、今よりも更に「怠け者」「性格が悪い」という認識をされ易かった。

そういう意味では今はマシにはなってるが、不十分だと思う。

秋葉原無差別殺人事件加藤なんかは、そういう負のループからまれた面も有ると思ってる。

彼が「社会」「世間」に攻撃したのはある意味当然の帰結ではないか

社会(関わってきた他人達)は、彼を排除した。

その社会に彼が共感を持つ事は無いし、復讐心を抑えるブレーキ機能しない。

元増田はとりあえずカウンセリングとか精神科に行って、専門家に知見を求めるのが良いと思うが、社会っつーか我々の理解がもう少し進めば、こうした「救われない不幸」は減って行くんじゃないかと思う。

それと、元増田経験は、それを持っている人にしか無い魅力や強みにもなり得ると思う。

ご苦労お察しするが、捨て鉢にならずに、より良い状態を探してみて欲しいと勝手ながら思う。

2017-02-19

ちびまる子ちゃん』で卑屈になり『サザエさん』で無敵になる『ドラえもん』で夢の捨て鉢になり『クレヨンしんちゃん』で傷ましくなる

彼らの住む平地に万歳を諸手を挙げて気を捨てた。

2016-09-12

ネタバレ仮説】シン・ゴジララスト尻尾意味

シン・ゴジラを一度観てすぐ浮かぶ疑問点

  1. 冒頭の無人ボートはどういうことなのか
  2. ゴジラはなぜあの場所で「発生」したのか
  3. なぜ二回の上陸とも東京の中心を目指したのか
  4. なぜ二回目の上陸時は最初から完成形(第4形態)だったのか
  5. 自己増殖するゴジラ細胞(?)のシーンはなんなのか
  6. ラスト尻尾のアップのあれはなんなのか

以下は、これらをつなぎ合わせる妄想です。いちど観ただけの記憶を元に書いているので、細部記憶違いの可能性もあり。苦手な方はお帰りください。



(注)本文での論理展開の手順

シン・ゴジラ現実事件ではなく創作物なので、創作物なりの読み解き方ができるはず。

  1. ある人物が「○○○だ」あるいは「○○○かもしれない」と言っている。
  2. それは物語中で特に否定されない。
  3. ならば○○○はこの物語の設定をセリフに紛れ込ませた物語上の真実である

教授の人物像

物語中、唯一の癒やし成分として登場するカヨコ(石原さとみ)による情報で、ゴジラは60年前に米国杜撰に海中投棄していた核廃棄物が謎の古代生物の生き残りに作用して発生した新生である可能性が示唆される。そのレポートをまとめたのが牧教授。超重要なのに、セリフの中にしか出てこず、回想シーンすらない人物である

セリフの中にしか出てこないということは、セリフの中に出てくる説明や推測がそのまま牧教授の人物像の設定と考えていい。

ざっくりと箇条書きにすると

と、こんな感じ。

冒頭の無人ボートに残された「私は好きにした。あとはお前たちが好きにしろ」(だったっけ?)という捨て鉢メッセージ。揃えて脱がれてあった黒い革靴。牧教授はあのボートから海に飛び込んで自殺したことは間違いない。ではなんのために?

ゴジラ形態変化

パンフレットによると、映像には映らなかったが東京湾に出現した時点の第1形態はしっぽの長いオタマジャクシ型らしい。

出現時の順序は、次のようになっていた。

  1. 謎の高温により水蒸気爆発が起こる
  2. 海中を泳ぐなにかが視認される(第1形態
  3. 尻尾が海面上に現れる
  4. 上陸
  5. どんどん陸地向けに形態変化していく(両生類っぽい第2形態爬虫類っぽい第3形態
  6. 排熱が追いつかず退化して海に引き返す

高温は急激な形態変化の副産物なので、最初の「謎の高温」は、形態変化が爆発的に開始したタイミングと考えられる。

ということは、当然それ以前、オタマジャクシ型の「前」があるはずだ。

両生類←オタマジャクシ←(?)

ゴジラ細胞

  1. 物語の途中、米軍攻撃により地表に落ちたゴジラの体液がなにやら生物っぽく増殖している映像がサクッと挟まれる。これにより、ゴジラが無生殖で増殖する可能性が示唆され、国連東京に核攻撃を行うきっかけになる。
  2. ラストシーン尻尾のアップ。尻尾の先の方になるほど、クジラのような骨格や、人の手の骨のようなものがむき出しになっていく。
  3. ゴジラ遺伝子情報量人間の4倍である
  4. パンフレットによれば尻尾の先は「人の顔のようなもの
  5. ゴジラVSビオランテ以降、ゴジラ細胞は「G細胞」と呼ばれ、ゴジラ以外の生物摂取すると体を乗っ取られてゴジラ化してしま公式設定がある。

これらのことに、古今の漫画的な「お約束」を加えると、ゴジラが他の生物を「取り込んで」成長することは明らかだ。

尻尾の先にあった別の生物らしき骨格は、ゴジラが吸収して未消化の(あるいは完全生物であるゴジラにとって不要判断された)パーツと考えられる。

教授がやったこと

さて、ここから大きくハネてみる。

米国沿岸で発生したゴジラ。これが「わざわざ」東京湾までやってきて爆発的に成長を始める。そして「なぜか」東京の中心(日本の中心)だけを執拗に狙う。

ここに「日本を憎んでいて、最近米国から日本に移動したマッドサイエンティスト教授」というピースを当てはめるとすべてがしっくり来るストーリーが作れる。

  1. 教授調査中米沿岸の海底で入手したゴジラ第0形態(卵型)を日本に持ち帰り、東京湾身投げしつつ摂取した、あるいは取り込ませた。
  2. 人間ゴジラにとって初めて取り込む知的生命体だったため、ゴジラには原始的自我が生まれ、その意識は牧教授怨念ともいえる「日本を滅ぼす」一色で塗りつぶされていた。
  3. 教授の脳から地理的知識も取り込んでおり、東京の中心(皇居霞が関都庁等)の方角を間違えずまっすぐに進んでいった。
  4. 放熱が上手く行かないためクレバー判断で一旦太平洋に引き返したあと、クジラ等大型海棲生物を取り込みつつじっくり完全体(第4形態)となり、再度鎌倉から上陸して東京を目指した。

こうなっていたとすると、ラストシーン尻尾ゴジラが他の生物を取り込む設定→冒頭の無人ボートの謎が解けることになり、物語がきちんと閉じて気持ちいい。

教授が本当に憎んだもの

この説に直接関係はないが、牧教授遺書「君たちが好きにしろ」というのを深読みすると、牧教授が憎んだのは日本のすべてではなく、自分研究をきちんと評価しなかった学会官僚主義といったものだったかもしれない。現在日本はどうしようもないから滅んだほうがいいが、ゴジラを乗り越えられるような日本に生まれ変われるのなら、それもまた良しといったメッセージのようにも思える。

ところでそれヒゲメガネじゃね?

こうしてみると、これを思い出さないだろうか。場所鎌倉芦ノ湖で近いし。

http://goo.gl/1pbxXQ

あっ、作者が同じだ!偶然だね!

2015-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20151212035221

なんか理解できる内容。

子供ってあんまり時間概念ないけど、本当は周囲はかなり時間かけて自己把握させていかないとダメなんだと思う。

自尊心が火傷して疲れている状態から、ともかく指導より、ぬるまったい空間に一人にさせて休ませるのがよいのよね。

健康な肌が出来て活動できるようになったら、必然的に寂しさが出てきて、勝手に動き出すから

いじめられっこは偉い人が好きなものだし、偉さに等級をつけるのも実は大好き。

から友達付き合いをする人は、られっこよりハイスペか、彼が尊敬する部分で圧倒的に強いか、あるいは大人か、どれかが望ましいのよ。

られっこは日焼けする前に火傷しているのと同じなんで、日焼け下部組織が完全に回復して、肌の機能が通常に戻ってから、つまり実はデキた友からしか社会性は学べないのですよ。

から、気を付けなければならないのは、ハイスペ友はられっこを甘やかしてはならないのですよ。

あくまでも校内模試で上位を取っていることを隠さず、部活で全国に行ったり、スピーチで優秀な成績を修めていることを当たり前の努力として見せないといけないんですよ。

なぜなら、られっこは保護された直後は「尊重」という概念を知らない場合が多いから

知っているふりをしていても、結局それはうわべだけだし、どっかから受け売りや借り物なのですぐにボロが出る。人から大事にされた経験がないひとが、人を大事にできるわけがないんですよ。

から、力の差をちゃんと親切に教えてやるのよ。

世の中広いんだぜーみたいな感じに。そゆのをられっこの自己把握とゆいます。私は。

これでやけに捨て鉢になったり卑屈になるなら、そのられっこはそれまで。多分、甘やかされることしか他人に期待していない。そゆ子は割といるし、人になることを諦めた人として死ぬまで放置しかない。

ただ、立ち直って頑張る人もそれ以上に割といる。

また、後遺症が残るケースもある。彼より何かが劣る人とは、距離をおいたつきあいしかできない。

近づくと揉めたり不要な気を揉んだり不協和音が響くもんです。

ちなみに、「彼」とは書いたけど、特定の誰かをモデルにしているわけじゃないからね。

2015-03-02

未来のくだらないことで悩んでいる、お前を励ますために送るぜ。

 失敗すると誰しも落ち込むものだ。それが致命的であればあるほど、不安は大きくなる。未だ訪れない未来を恐れるのは当たり前だ。観測していない事象であれば、「まさか」と「もしも」は付きまとう。それが怖れ、脅威。些細なことであったとしても人の心の片隅にこびり付いて離れることのない負の感情だ。

 この感情を無くすことはできない。観測していない事象から不安要素を取り除くことなど誰もできない。ではこの感情を抱えたまま夜を越えて、朝迎えるのか。眠ってしまえばそれでいいと見過ごすのか。

 私は嫌だ。この不安に立ち向かいたい。かつて敗れ、押しつぶされたこの不安に勝ちたい。そして何事もなかったのだ、と何でもないように振る舞うのだ。直す箇所はわかっている。何をすればいいのかも明確だ。それが時間内に終わらないことが不安なのだ

 時間内に終わらせることを明日考えればいい。どうすれば解決するのか真剣に考えればよい。まだ時間はあるのだ。不安を抱えて鬱々とするよりは、いずれやってくるときに備え、心を強く持っておけばいい。ミスを恐れるのではなく、反省し、どう対応するか考えればよいのだ。

 今回はミスだ。情報の伝達、意思の疎通、ソースコードへの理解。すべてが足りなかった。ならばこれから時間をかけて補っていくべきである。また、明日すぐに補えないのなら、使えるものをすべて使って確認すればいい。何処を直したから何処を確認すればいいのか全て明確にすればいい。そうして確認問題がないといえばいい。

 予想外のことが起きれば直せばいい。いずれにせよ土曜日の夜のように考えることを放棄するのはいけない。思いつかなければ聞けばいい。意気消沈するのはまだ早い。現状を正確に分析相談すればいい。自分キャパシティをとっくに超えているのだ。何が何でも終わらせなければいけないのだから使える物は全て使えばいい。通訳プログラマ社長全て使って明日終わらせる。

 だから今は何も考えなくてよい。明日会社の扉を開けてから考えればいい。今ここで考えていても治す内容は減ったりしない。

 壁を超えた先のことを考えろ。楽しいこと面白いこと、自分の休息について。寝てやる、遊んでやる。明日問題は綺麗さっぱり解決して、俺はゆっくりと休息するのだ。

新しい物語の筋を考えよう。TRPGの準備をしよう。ネトゲを使用。仕事仕事だ。自分役割をこなせばいい。その分の給料しかもらっていない。仕事をするのは時間ないだけでいい。今は仕事ではない。仕事ではないのだ。

 お前は今自由だ。何も不安に感じることはない。バグがあと1,2個増えた程度どうでもいい。消化するのには時間はかかるが、お前は一人ではないのだ。辛ければ吐き出せばいい。どうにかなる。成果を出すのは2の次、3の次だ。

 見栄を貼るな、片意地貼るな。同しようもないことはどうしようもない。どうにかなることだけをどうにかすればいい。どうにかならないものはどうすればいいか聞いて考えればいい。それが結論。どうせ社長の中ではだいたい答えは決まっているのだ。下手な考えをするより、どうするべきかを聞いたらいい。そんな権限も、責任もない。損害が出ようが知ったことではない。アップロードしてバグが出るのが問題であれば別の環境であアップロードしてバグ確認すればいい。今までの仕事確認はそうだったろ。

 何度でも書こう。間違いは悪いことではない。致命的と書いたが、命を失うわけではない。人間生きていればどうにかなる。お前が一番良く知っているだろう。上り坂のあとは下り坂がある。

 この適当な掃き溜めもどこかに仕舞いこんでしまえば「ああ、この時こんなに辛かったんだっけ」と苦笑するネタ昇華できる。

 明日のことは大したことはない。社長が大げさに言っているだけだ。知っているだろう。業務的に大きな内容というのはプログラム的には大したことはないのだ。

 彼はかわいそうに勘違いしているだけだ。もしくは立場上押さえつけているだけだ。おそれを大きくしているのはお前の心だ。考え方でどうにでもなるし、どうでもいいのだ。明日から路頭に迷おうが構わないだろう。私の人生はもう終わっているじゃないか。心のなかにある理想なんて適当ものだ。捨て鉢何が悪い捨て鉢にさせたのはお前らだ。お前らを俺は死ぬまで憎む。綺麗に生きようだなんて思わない。受けた恨みは死ぬまで呪い潰してやる。お前らが覚えていなくても俺は絶対に忘れない。俺を歪ませたことを絶対に忘れない。

 それだけを糧に仕事をしているのだ。金はあればいいが、復讐のほうがどちらかというと先決だろう。

 ミスをした。それがどうした。ミスしたのであれば、今後どう解決すればいいか考えればいいだけだ。全く何も聞かずに一人で転んだわけではないのだ。

 怒れ、恨め、妬め。それでいい。この原動力大事だ。萎縮するよりも、がむしゃらがいい。もちろん、明日の大したことのないバグは誠実に、真剣に治す必要はあるが、それだけだ。

 直すだけだ。作るわけではない、難しいことではない。注意深く進めばいいだけだ。何度も確認すればいいだけだ。何処に影響し、何処が変化し、正常に動いていることを確認するだけ。俺が作ったものではないなら聞けばいいだけ。

 本当にそれだけだ、本当にそれだけだ。本当にそれだけだ。うん大丈夫

 結局こんな時間だよ。ゆっくり寝よう。そしていつもどおりに行こう。意識をするな。

 お前は一人ではない。お前は大した人間ではない。けれど、お前はここまで歩いてきているじゃないか。辛いことから逃げた。だがここまで歩いてきた。何とかしてきた。その自負は誇るべきものだ。自分を誇ってやれ。誇れ。

 未来のくだらないことで悩んでいる、お前を励ますために送るぜ。

2014-07-05

正解を探すのをやめた

しかった仕事を辞めて今はバイト暮らし中なんだけど

仕事辞める前は、「この立場として正しい行動は何だろう」「先の事を考えると取るべき行動は何だろう」みたいなことをいつも考えてて

それが凄くプレッシャーだったんだな、というのが今になって分かった

辞めるって決心した時は、もう捨て鉢というか、「間違っててもいい、知ったことか」みたいな気分だった

結果的にはそれが凄く自分を楽にしてくれて、だからもう「正しい」のは何かって事を、あんまり考えないことにした

正解を探そうとすると、あれもこれも間違いだらけに見えてくる

でも、正解にこだわらなければ「今はこれでいいや」くらいの気持ちでいられる

この歳でバイト生活っていうのも、将来のこととか考えたら不正解かもしれないけど、今が自由だからどうでもいい

現在の続きにしか未来はないのだし、辛い現在だったら未来まで続けたいとも思わないから

2014-05-13

ワイおっさんアイドル映画を観て泣く。(「百瀬、こっちを向いて。」の感想)

百瀬、こっちを向いて。」という映画を観に行った。

平日仕事終わりの劇場だったからか、男性客が数人。おそらく皆、主演の早見あかり(元ももいろクローバー)目当てで来た客だろうと思う。

大多数の事情しらない方に簡単に説明すると、早見あかりとは、今をときめくアイドルももいろクローバーZ」の元メンバーである彼女が「女優になりたい」と言って脱退した後、「ももいろクローバー」は「ももいろクローバーZ」に改名し、あっという間にブレイクした。

その、早見あかりの、女優としての初主演映画が、この「百瀬、こっちを向いて。」であるバラエティ番宣はしているものの、TVCMもない、露出もそれほど多くはないこの映画を観るために劇場にやってきた片手で数えられそうなぐらいの男性客が、すべて彼女のファンであることは疑いようがない。

私もそうだ。というか、私こそがそうだ。

普段はもっぱら洋画しか観ないのだが、今回ばかりは

「どうせつまらないアイドル映画だろうけど、まあファンだし」

早見あかりがかわいく映っているシーンが1つでもあれば、すべてを許そう」

これぐらいの、かなり後ろ向きな姿勢で、お布施のような1,800円と2時間弱を投じた。

結果。

私は、この低予算の「アイドル映画」に、まんまと心を揺さぶられてしまった。

恥を忍んで告白するが、少しだけ泣きもした。

主演の早見あかりのファンであるということを差し引いて観ても、見どころのある映画だったと思う。

私は、映画館には月に2~3回足を運ぶ程度の「普通の人よりは少し観ている」レベル映画ファンだ。今年観た映画の中では、「ダラス・バイヤーズクラブ」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」「アクト・オブ・キリング」の3本が良かった。この3本は、誰にでも「一見価値あり」と勧められる、いわゆる「名作」だったと思う。なんだか上から目線で話しているような気分になってむず痒いが、他に言いようがないから許してほしい。

上から目線ついでに、さらに不遜な言い回しを続けさせてもらうならば。

今回観た「百瀬、こっちを向いて。」は、正直に申し上げて、今、例にあげた3本の映画のような「名作」ではなかった。

「そんなことは観る前からわかっている」

と言われるかもしれない。

「そもそも、アカデミー賞ノミネートされるような映画と比べること自体、間違っているじゃないか」

とも。

確かにそうかもしれない。

アイドル映画なのだから

私の目で見てもわかる、演者若さゆえの演技の拙さ。不必要に思えるカメラのブレ。

また、簡単にあらすじを説明すると、「恋人はおろか、同性の友人すら少ない引っ込み思案の男子高校生が、ひょんなことから百瀬という同級生と、恋人のふりをすることになる」というところだろうか。

ネタバレなるかもしれないが、この後の話の展開は、あらすじを読んだときに「きっとこんな話になるんじゃないか」という予想を超えることはない。名作と呼ばれる低予算映画インディー映画にあるような、驚くような展開も見られない。

この映画は、もしかしたら「佳作」ですらないかもしれない。

それでも、私は、この映画をとても面白いと思った。

好きだ、と言ってもいいと思う。

作中。主人公は、早見あかり演じる百瀬陽の、物憂げな、どこか捨て鉢のような横顔を眺めながら、恋人のふりを続けるうち、少しずつ、彼女のことが本当に好きになってしまう。

私は、その姿を見ながら、どこか懐かしい気持ちになっていた。月並み言い回しを重ねるならば、

「浸っていた」

と言い換えてもいいかもしれない。

ここで述べておきたいのが、私が「懐かしい気持ちになった」というのは、主人公が「いつの間にか百瀬を好きになってしまった」という主人公の心の動きについてではないということだ。

確かに、若い時分は、青年期や壮年期にくらべ、幾分恋に落ちやすい傾向にはあると思う。人は突然恋に落ちる。それも、深い穴の中に落ち込んだ後、見上げるような形で、いかに自分が深みにはまっているのかということに気付く。

しかし、それはいくつ年を重ねたところで同じことだ。異論はあると思うが、私は「いくつになろうとも、いつの間にか人を好きになってしまう」ものだと思っている。例え恋人家族がいたとしても。まあ、これは余談だが。なんにせよ、この点に関して「懐かしい気持ちになった」わけでは、決してない。

私が「懐かしい気持ちになった」のは、主人公が「ただただ横顔を眺め続けることしかできない」ところについてだ。

年を重ねれば、女性を1対1のデートに誘うことも、「かわいいね」とお世辞を言うことにも慣れる。けれど、最初は誰だってそうではなかった。

好きな女性の顔をまっすぐ見ることができない。話しかけることができない。手を握るなんて、もってのほか。ただただ横顔を眺めている時間けが過ぎていく。そして、彼女は私のほうを向いているときでも、どこか遠くの、誰かのことを考えている。

百瀬、こっちを向いて。」は、恋する女性の、美しい横顔を眺め続ける映画だ。

横顔を眺めながら、彼女の気持ちを推し量る。

もちろん答えなんて出ない。

何を考えているかからない。

それでも、その横顔の美しさに惹きつけられて、目を離すことができなくなる。

またしても、陳腐言い回しを用いることを許してほしい。

この主人公はまるで僕だ。

つないだ手を握り返すこともできない。涙を流す女性の肩を抱きしめることも、追いかけることもできない。憎むべき相手に殴り掛かることもできない。引っ込み思案の少年

そんな少年が、なけなしの勇気を振り絞って、自分の思いを伝える瞬間が美しい。

もっとも、現実の私には、そんな瞬間はついぞ訪れたことはないけれど。

いや? あったか

あったかもしれない。

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最後にいくつか。またも不遜な言い回しになるがご容赦願いたい。

物語に驚くような展開は見られない」と書いたが、抑制のきいた台詞回しや、いくつかの場面における演出については、思わずニヤリとさせられた。また、原作にないいくつかの要素やディテール、終盤の展開については、どれも物語プラスの方向に向かわせる気の利いたものだったと思う。

そして、何よりも早見あかりについて。

彼女の表情、わけてもその横顔の美しさが無ければ、凡百の青春映画しかならなかったのではないか?」とすら思わされるほど、彼女の魅力こそがこの映画の推進力・吸引力にだったと思う。私は映画を観ている2時間弱で、完全に魂を持っていかれ、引ったくりにあったような心境で劇場を後にした。

文中、やや蔑称のような形で括弧つきの「アイドル映画」という表現を使ったが、これは、「登場人物の美しさこそが物語屋台骨であって、これが欠けると作品自体が成立しない」という広義の意味合いを色濃く含むことを強調しておきたい。

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http://momose-movie.com/

公式サイト

最初に表示される早見あかりの横顔を美しいと思ったなら、この映画には劇場で観るだけの価値がある。

「早見さん目当てで見始めたが、途中からすっかり百瀬のファンになっていた。」というのは、画家山口晃コメント早見あかりが、現代日本において5指に入るであろう美術家が「今、一番美しいと思う女性」と評する女優であるということを末尾に指摘しておきたい。

 
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