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はてなキーワード: 特攻隊とは

2018-12-26

今日悪夢

薬を飲み忘れた日の夢はいつも怖くて、あまりに怖いので書いておきたくなった。

今回見たのは

終戦間近に命を散らした特攻隊の苦しみを描いた映画を見て怖かった

という夢だ。

なんかね、零戦ではなく、小さなロケットみたいな潜水艦に数人で乗るの。

遠方から弾を撃って敵を駆逐するんだけど、一号機の出撃が思いの外上手くいって、次号機をつくるとき製作陣が欲をかいたの。機動性とか推進力をもっともっと極限まで追求しようってことで、もうそりゃ狭いスペースにぎゅうぎゅうづめに四人くらいの人が縦一列に並んで座らされるわけ。そんでものすごいスピードで出撃するんだけど速すぎるの。あまりに速すぎて、艦がもう形を保てなくなってくるわけ(このへんからわたし物理学的見識が少年漫画であることが発露しはじめる)。艦内の気圧が(なぜか)急激に下がり始め、中の乗組員は圧迫されはじめる。加速とともにどんどんつぶされてゆく艦体。それでもますます加速する潜水艦はついに限界を超え、ばらばらに壊れ始める。それと同時に乗組員の身体もばらばらに砕かれる。時間にしてわずか数秒。乗組員は自分達がどうなったのかもわからないまま、血と肉片と骨片とに砕かれて海中に散りばめられてしまう。その数秒間のすさまじい痛みや恐怖を数十分にもわたって克明に描写する映画

実はそうなる可能性が決して低くないというのは乗る前からわかっていて、いまわの際に彼らは走馬灯の中で上層部の老人達に同じ苦しみを味わわせてなぶり殺す。しか現実にはもちろん老人達は生きていて、今なお若者達の血と肉の上にのさばり続けている。

この老人達実在人物で、映画を見終わったわたしたち観客はその足で老人達を殺しに行く。そうするのが自然からだ。しかし結局それは彼らの奸計で実現しなかった。何も変わらない。乗組員達の痛みはわたしたちの痛みとしていつまでも身体に染み込んで抜けない。

2018-12-23

anond:20181223183925

上空にB29がいるとき消防活動することや、着そうなときに前もって防空壕を掘ることが軍事行動でわない根拠って何なの?

特に消火活動は、焼夷弾が水程度では消えないと分かっててやるのだから特攻隊一種だろう?

2018-12-20

anond:20181218004400

火種ねつ造できる

不審だって日本政府北朝鮮に金を渡せば特攻隊員を漁船に詰めて日本海に送ることは十分できる

全部が軍事産業自作自演だとして一般庶民には止める手段は何もない

2018-12-05

anond:20181205075055

神風特攻隊は死んでくれたじゃん

老人どもはそれのおかげで生きているんだから次は自分たちがってならなきゃじゃん

2018-11-23

昭和天皇は戦犯の筆頭。うまく生き延びた卑怯者

形式だけと言い逃れしても、昭和天皇大日本帝国軍元帥トップ)だった。

敗戦と同時に、責任を取って天皇引退して、天皇制を廃止すべきだった。

天皇自身決断日本君主制から共和制に変えるべきだった。

 

神風特攻隊で死んだ日本兵は、死後靖国神社で再会を誓った。

連合国降伏した昭和天皇人間宣言をしてしまった。てめえだけカッコつけてんじゃねえよ!

昭和天皇は、靖国神社に毎年参拝して、お国のために戦った日本人を弔う義務があるにも関わらず、放棄した。

 

昭和天皇は、日本大和魂侮辱している。

歴代天皇の中でも、昭和天皇は一番のボンクラだった。

あいつのバカさ加減には、三島由紀夫も嘆いていた。

 

公武合体に失敗して、明治維新結果的に失敗だった。

徳川家将軍に代わるリーダーとして、大統領制を導入すべきだった。

今の日本人は、過去の失敗を教訓として、新しい国体を作って行かなければならない。

 

増田日本グランドデザイン議論すべきだろう。

2018-11-17

anond:20181117141815

信仰という表現は、べつに宗教を指して書いたわけではない。

もっと広い意味信仰で、たとえば「こう生きるべき」という規範意識をもって、「よく生きた」という自覚がある者は、死をそれほど恐れなくなる。

そういったもの信仰一種である。信念と言ってもいい。

特攻隊に志願して死んでいった人たちも、そういったある種の信仰、信念、祈念があったから死を厭わなかったのだし。

そういった強い意思もつ機会が、安穏に生きている一般の多くの人にないのは当然であるし、よいことでもある。

から人が死を忌避することに対して、私は肯定的に考えているし、自然自己保存の本能だと捉えている。

2018-11-10

敗戦後の日本は戦勝国に切り売りされた植民地

外国語ができなくて自主的日本鎖国を続けてる低学歴は、ゼロサムゲームパイの奪い合いに必死

また日本戦争やるなら、海外安全地域疎開して、終戦を待つのが正解。

神風特攻隊を見れば、お国のために死ぬのは無駄死にだったと分かる。

2018-11-02

anond:20181102161235

これは

特攻隊に感動するかどうかって話と似てるよね。

彼らは社会的圧力からやらされただけなのであって美談にしてはいけない。

自ら志願して行った人もいた。社会的圧力でやらされた人もいるかもしれないし、反省重要だが共感し、感動するのは仕方ない。

という話。

まぁどっちも間違ってないと思うよ。

2018-10-24

駅伝つん這いと特攻隊

駅伝で体が動かなくなったのに四つん這いで必死にタスキをつないだ選手の話、

どの記事ブクマだったか選手の素晴らしい闘志に感動した」などと書いてるのがあった。

これっていわゆる感動ポルノのものなんだけど、いくつも星がついてて、こんなふざけた奴らが複数いるかと大いに笑えた。

自分一人だけなら将来のことを考えて棄権するところを、仲間がいるか棄権できず無理を通さざるを得なかったのに

実情も知らない、ろくに運動しないような無責任な奴らが、なぁにが「感動した」だ、バーカ!

駅伝に限らず、常に故障危険と隣り合わせなスポーツ選手はいっぱいいて

客が勝手に抱く期待という圧力、そして仲間内で足手まといになるわけにはいかないという圧力が彼らを故障まで追い詰める。

もちろん、そんな圧力に負けない鋼の心の人たちもいるかもしれない。

だけど、真面目で努力家の選手たち、特に集団スポーツ選手達は多かれ少なかれ、

そんな圧力に晒され、精神的に圧迫されている事を隠してそのスポーツに打ち込んでいる。

一見優雅そうに見えて水中で必死に足びれ動かしてる白鳥のように。

上記ブクマを見た時に頭に思い浮かんだのは、特攻隊に感動する人たちのことだ。そっくりじゃね?

この度、ひっでぇ題名の(よりによって「紀」を使うか?!)本を出版される嘘八百田さんが思いっきり美化しまくった本を読んで感動する奴ら。

他者から圧力で命を懸けざるを得なかった他人の行動に「素晴らしい」「感動した」とか言ってる奴ら、

自分らで紐なしバンジージャンプに挑戦してみればいいのに。

ぜひとも「素晴らしい」「感動した」と大いに褒めたたえて差し上げ……たら奴らと同じになるから念仏の一つでもあげて差し上げるさ。

2018-10-19

anond:20181019002016

逆に「死んだら負け」って言ってる人って戦中の特攻隊とか集団自決をどう思ってるんだろう

「国のために死んだ」「英霊だ」ってまつりあげてたりして

anond:20181019001641

「死んだら負け」を批判してる人って戦中の特攻隊とか集団自決をどう思ってんのかな?

普段の言説を見るに「国のために死んだ」「英霊だ」ってまつりあげることを良しとせずに「死んだら負けでしょ」「死ぬ必要ない」って言ってる気がするんだけども

2018-10-14

天皇制誤謬君主制では日本人幸福になれない事実

日本戦争アメリカに負けた。

戦争指導者であった天皇判断・采配が間違っていたからだ。

 

資源がない国だった日本でも、アメリカよりも先に原爆を完成させて、アメリカ本土に投下していれば、アメリカ日本降伏しただろう。

日本にも原爆を作るチャンスがあった。

 

実際には、日本国民から鍋や釜など金属を供出させて、それを材料にして戦艦大和武蔵を作っていた。

だが時代は、海戦で決着が付くのではなく、航空戦に移行していた。

 

戦後判明したことは、アメリカ日本の500倍のリソース(人・物・金)をつぎ込んで、原爆開発を進めていたこと。これでは日本が勝てるわけがない。

特攻隊無駄死にさせられた戦前若者たちがかわいそうだ。妄想精神論アメリカに負けたのだ。今もその愚を続けている。

 

 

anond:20181014135819

2018-10-13

匿名文化神風特攻隊

匿名による彼らの書き込みには生命が宿っているが、その価値は著しく軽い。

なぜなら彼らは匿名で書き込むことで自我を減らしているからだ。

私達は同じ人間である、ということで価値を同じにしている。

匿名である彼らは同じ人間ではあるが、同じ人間から少し引き算をした存在なのだ

何を引き算しているかというと、彼らは名前を持たない。

彼らはいかにアイディンティティと呼ばれるものを保持できているのか?

私が書き込んだものは変わることはない、その不変性によって維持できている。

そうでなければ、私が書き込んだもの侮辱されたり、過小評価されたりしたときになぜ落ち込むのかわからない。

wikipediaは書き込んだもの修正されるが、修正された履歴として残る。

  

匿名の人が人間から少し引き算をした存在だとしても、同じ人間であることは変わらない。

私達と同じ感情を有しているのだ。

これは非常に混沌とした問題だと思う。

一方では匿名は劣った存在だが、もう一方では同じ存在として扱わなければならない。

匿名の人が名前を持たないというのは当たり前のことだ。

彼らはいかにアイディンティティを保持できるのかも私は書いた。

一方で彼らは匿名でのアイディンティティ簡単に捨てることもできる。

なぜかといえば、私が書き込んだものを削除すれば消えるし、私が書き込んだことを忘れてしまえばなくなるだろう。

(忘れる方法について、簡単ではないように思えるだろうが、人は大したことではないことは簡単に忘れられるようにできている。)

本来、アイディンティティ簡単に捨てることはできない。

まず家族がいるだろうし、私のそのままの暮らしのものであったりするからだ。

それが毀損されれば、どうなるかここでは書くことはできない。

そのアイディンティティ匿名では自分意思によれば簡単に捨てられる。

匿名世界でも、アイディンティティ尊重されねばならないが、本人がどうでもよければ価値はないのだ。

  

人は会話をするときある取引をしている。

それは一方の論理を受容するとき、一方の論理もまた受容するというものだ。

それはアイディンティティを守るための取り決めである

匿名世界で会話をすると気にはこの論理取引ほとんど不可能である

なぜならアイディンティティを守る必要がないからだ。

いや、私のアイディンティティは守らねばならないが、相手アイデンティティはどうでもよい。

捨てればいいだけだからだ。私のは今は捨てたくない。

  

匿名同士の会話はこのように成り立っているようで成り立っていない。

常に死者が出ているのだ。

会話をするときに常に人が死んでいく様子は戦場である

彼らがマッチョ思想に染まるのも当然で、むしろそれを貶す奴らのほうが狂っている。

もちろん匿名同士では私の言っていることは逆に間違っている、貶なせるのなら貶すのが正しいだろう。

これがアイディンティティ簡単には捨てられない世界との衝突では大変なことになる。

匿名の人はいかにもアイディンティティ大事のように振る舞うのだ。簡単には捨てられないほうが価値が高いことを知らないか

分かっていない、またはそれが非常に有効戦略なのだ

私のアイディンティティ取引しませんか?

私はあなた論理を受容しましょう、だから私の論理も受容してください。

これを拒否するのなら、匿名の人はアイデンティティを捨て、もう一度同じことを繰り返すだろう。

取引をしたとして、彼らが味方になることは無いのだ。なぜなら彼らはすぐに死んでしまう。

この様子はまさしく神風突撃隊のようだ。

死を覚悟して、人の論理突撃していく、彼が正しいか正しくないかなど関係ない。

アイデンティティ問題なのだから

そして拒否する側は、ひどい罪悪感に苛まれるだろう。

それは死者が出ることが分かっているものに、私の論理はそれほど正しいのだろうかという疑念も出るだろう。

人の死より正しいものがこの世にあるのだろうか?

それに会話するルールを毎回のように破らなければならないのは、一般的なことではない。

  

私はこれは解決すべき問題だと思っているが、私にはやることない。もう世界がすでにそう動いている。

アイデンティティ価値について、よく吟味するしかないだろう。

そういう意味では信頼を可視化するという試みはうまく行きそうだ。

信頼の可視化は、いろんな問題を含んでいるのだが特攻隊を見ることはなくなるだろうと思う。

2018-10-09

anond:20181009130544

まあ、老人殺せって言われても、大義名分必要なんだよ。

特攻隊員が1人死ぬと敵の戦艦が確実に1隻沈没するというような人殺し言い訳も今では通用しないわけだし。

でも今から毎年ずっと老人殺せって言い続ければ、20年後とか40年後には実現するだろうから頑張って言い続けることだな。

2018-10-01

anond:20181001133636

戦時には普段役立たずと思われていた障害者も、兵士なり特攻隊なりで健常者と同様の立派な戦力となれる、その下準備として福祉を拡充する

これも福祉国家のありかたの一つと思う

特攻隊を称賛することと何の生産性もない障害者を生き延びさせることって、どちらも非合理的だが、福祉であるという点で違いがない気がする。

2018-09-26

志願兵が減っている

やっぱり日本にはターミネーター必要なんだよ

ドローン規制してラジコン立国をつぶしたのは失敗だった

ターミネーターがあれば神風特攻隊は金だけあれば何度でも結成できる

2018-09-20

anond:20180920134003

素朴な質問だけど、あなたは「基本的人権を守らない人間基本的人権を認めない人間」の基本的人権尊重すべきという立場だろうか? それとも違う? 可能ならご自分意見立場を聞かせてほしいです。

ちなみに私は「当然尊重すべき」派です。しかしそれは、私が思想人間であって政治的人間ではないからに過ぎません。極論すれば、私は私の思想一貫性を保つためならば社会が悪に染まっても仕方ないと言っているも同然で、それは十分傲慢な考え方と自覚しております。(※)その意味で、自分はそう考えないまでも、ある種の政治的人間が「『国民人権など知らない』と考える政治家人権など尊重しない」かのように振る舞うことにも一定の理解をもちます。彼らは毒をもって毒を制すると考える、あるいは、毒をもってしか毒を制することはできない、と考えているのでしょう。彼らに見えているものは私に見えているものとは違いますが、それは十分に想像可能です。たとえば、坂口安吾占領軍の眼を意識しながら、戦後のある時期に「特攻隊に捧ぐ」という随筆を発表し(占領軍検閲により発表できませんでしたが)民主主義時代になろうが特攻隊員の純粋献身を疑うべきではない、と述べたのと同じです。従って私は彼らを批判すべき言葉を持ちません。

で、あなたは?

どのような立場から彼らを批判しているのでしょうか。

※…「傲慢」と書きましたが、もちろん私は自分自身に傲慢を許す=自分自身を偉い人間か何かと考えているというわけではありません。私は、人間理性への信頼に基づき、いずれにせよ最終的には人間はまともな考え方に収斂するので社会が悪に染まるとしてもそれは一時のことであると考えていますしかし、そういう考え方を他者が見たとき誤って「傲慢」と呼ぶかもしれませんし、それもやむを得ない…そういう意味で「傲慢」という言葉を用いています私自身は自己のことを、単に忍耐強いと考えております

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