「原色」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 原色とは

2017-09-11

anond:20170910235146

CG映像とのコンポジットが当たり前になってくると、

原色で塗り分けたような色使いが使えなくなってくるんでしょうね。

2017-09-06

https://anond.hatelabo.jp/20170906054618

ふと、キン肉マンテリーマンとか、東方クラウンピースアメリカ人が見たらどう思うのか聞いてみたい気がする。けど、神経質なアメリカ人怒り出すかなとも思ったりする。

うん、なんかサブカルアメリカ人って国旗原色系の服大好きじゃん?

もうキン肉マンみたいな人種意識バリバリなのって作れないかなぁ。いろいろきにする奴はうるさいし。

2017-08-31

子供読書感想文コンクールに行く

学校から帰ってきた子供が目を輝かせながら言った。

しかし、手放しで喜ぶにははいささか不安が残る。

なぜなら、その感想文は100%子供が書いたものではないからだ。

ここで少し、自分過去の話をしたい。

自分子供と同じ頃、じつは自分の作文もコンクールに行ったことがある。

結果は佳作としてローカル新聞に載る程度のものだったが。

このとき100%自分で書いた。しかも、子供がどの目線文章を書けば大人が喜ぶかを計算した上で書いた。

子供らしい向こう見ずな文章や、出て来る数字も敢えて理解よりも大げさに書いた。

なぜなら、周囲の子供たちはまだそのレベルだったからだ。

の子供らしい部分を大げさに表現すれば、間違いなく大人は喜ぶだろう確信があった。

果たして思惑の通りの評価が並び、子供ながらにしてうける文章とは何かを理解することになった。

しかし、賞に選ばれることはあまり嬉しいことではなかった。

少し特殊な生い立ちを持つ自分は、できるだけ目立たないように生きることが習慣づいていたのだ。

それでも中高の小論文は毎回と言っていいほど自分文章がお手本として選ばれた。

議題に対する切り口だけはこだわってしまった結果だろう。

遠慮して書いてもそのレベルなのだと感じられることに悪い気はしなかった。

ついでに言えば、その頃はすっかり本の虫としての毎日を送っていた。

今で言うライトノベルと呼ばれそうなジャンルから本格ミステリ純文学など節操なくなんでも読み漁った。

電車通学の30分を使って年間100冊は当たり前に読んでいただろう。

絵で描かれる物語とは決定的に異なる、活字が与えてくれる想像余地がたまらなく好きだったのだ。

ちなみに今でも心から尊敬する作家川端康成先生だ。

自分現実世界はいわゆる色弱としての生活を強いられているのだが、彼の本の中では健常者以上に鮮やかな色彩を感じられる気がしたのだ。

モノクロ世界淡々と描いておいて、突如蜷川某氏を思わせるような原色が巻き散らかされるようなシーンの移り変わりに脳天をかち割られるような衝撃を受けたものだった。

それに、彼自身折り紙つきの変質者であるのに、全くそ自覚を持たず純度の高い無邪気さのままに書き上げらる文章に、まるで自分の心の醜さを試されているような感覚もたまらなく好きだった。

しかし、生い立ちの都合でその時代一般的企業への就職を諦めざるを得なかった自分には進学という選択肢はなく、過酷肉体労働に進む以外の道がなかった。

今でこそ現場を離れて机に根を生やす生活を送っているが、最前線現場を仕切っていた時代文章は縁遠い存在になってしまっていた。

そんなある日、家に帰ると子供原稿用紙とにらめっこをしていた。

ひらがなで3枚を埋めることが目標だったのだが、あと一枚がどうしても埋まらないらしい。

どれどれとそこまでを読んでみると、いわゆる子供が陥りがちな感想文がそこにはあった。

本文を抜き出しては、ただ一言おもしろいとだけの感想がつく文章が並んでいたのだ。

どうやらここにたどり着く間にも母親の力を借りていたらしいことを聞いて思わず苦笑してしまった。

そうなのだ大人だって大半はこのレベルなのだ

自分面白いと感じた部分を掘り下げることばかりがうまくなっているだけで、それがあらすじなのか感想文なのかの違いをわかっていない。

そこで少しだけ手伝ってやることにした。

「この本の中で、一番おもしろいとおもったところはどこ?」

「それをどうして面白いと思った?」

「もし自分だったらどういうふうにしたいと思った?」

大切なのは、その時代、その人間しか感じられない感性を切り出して言葉に残すことだ。

思った通り、大人では絶対に思いつかないようなポイントに興味を惹かれていて、そしてそれに対する代替え案も、まさに今の時代を生きるこの子しか思いつかないような言葉が返ってきた。

それを子供の口から言葉にさせ、内容は変えないままに言葉より子供らしく無邪気なものに置き換えて子供に伝え返す。

子供はそれを黙々と書き写した。

そして、あえて終わりを歯切れの悪いものにした。

れいに終わらせることにこだわるのは大人だけのエゴだ。

文章とはもっと自由もので、それにそれこそが味と言われるものになりえるからだ。

小学校先生ときがその良さに気づくとは到底思ってもいなかったことだけが誤算だったが。

しかし、子供の話を聞いて驚くことが一つあった。

どうやらこの読書感想文に対して、コンクール前に先生と一緒に手直しと加筆をするというのだ。

なんだ。それではやってることが家でのことと変わらないではないか

結局子供大人エゴに躍らされるのだ。子供を通じて子供らしいと思えるもの大人同士がやり取りして楽しんでいるに過ぎないのだ。

願わくば子供大人言葉押し付けられることで文を紡ぐ楽しみを見失ってしまぬことを。

コンクールで賞を取ることなんかよりも、よっぽど大切なことからだ。


さて、蛇足をあえて加えさせて頂くと、卒業後しばらく疎遠だった物書きだが、このところは比較的高い頻度で文章を書くことができている。

はじめて誰に遠慮するでもなく、思っていることを好きなように書いてもいい場所を見つけたのだ。

そして、それに対して見ず知らずの誰かが色々とリアクションをしてくれるという、まるで夢のような場所がこの世に存在していたのだ。

おかげさまで、自由文章を書くということがこれほどまでに楽しいことだったのだと喜びを噛みしめる毎日を送っている。

子供読書感想文コンクールに選ばれたのもそこでの経験が大いに活かされているといっていいだろう。

ありがとう増田。そしていつもありがとうブクマカ

子供の作文がコンクールで賞に選ばれた暁には、スペシャルサンクスに今までブクマしてくれた皆の名前を載せようと思う。

2017-08-30

https://anond.hatelabo.jp/20170830215013

物体色の実体は、光の波長ごとの反射率の違いなんだよ。

分かりやすく3原色でいえば、赤い光を反射し、青い光と緑の光を吸収する物体は、赤く見える。

青いい光を反射し、赤い光と緑の光を吸収する物体は、青く見える。

人間は、光が当たらないと、その物体の色は分からないけれど、

「光の波長ごとの反射率の違い」は、別に光が当たらなくても、その物体性質として存在するの。

2017-08-17

今更気づいたけど、なんで妙に女オタクデレマスに居るんだ?

一ノ瀬議論でやたら一人称が私のP見たけど

デレマスってアレ、女からしたらオフェンシブな表現ありまくりじゃん?

ロリコンとか、エロいキャラは無論、

やたらフリフリして原色ピンクで着飾る

「か弱い存在」としての旧来の女性像そのもの

乃木坂とかAKBポジションコンテンツだよね?

 

乳首騒動以前ラブライブはまだわかるよ

あれはPもいないし、自立した女としてのアイドル像が目新しかった

BB・・・30代3次元アイドルやるっつうのもある意味一線を画してた

まり女っぽくないキャラも居たし(まあ不人気になってすぐスカートに変わったけど)

 

対するアイマス

Pも大体男で統一されてるし、百合オタ用のCP作れば

「ぼくのかんがえたアイマスじゃない!」

ってちんさんの攻撃受けるっつう

どう考えても女が入る余地無いと思うんだが

 

オタサーの姫狙いの女が好きでもないのにやってるってこと?

それともsideMのついで?

おばあちゃん子だから昔の価値観で凝り固まってるとか?

よく分からん・・・

2017-08-14

togetterのまとめタイトル気持ち悪すぎと話題に!→増田同意!」

今日リアルタイムランキングより。もっとみたい方はhttp://b.hatena.ne.jp/entrylist?url=https%3A%2F%2Ftogetter.com%2F

元々原色大文字を使った偏向的なまとめ方や気持ち悪いコメントが多くて苦手だったが、タイトルで釣ってPV稼ぐとかゴミアフィブログと同じじゃん

未だに痛いニュースホットエントリしているのに何の疑問も抱かないアホ共、何とも思わないのか?

2017-07-19

https://anond.hatelabo.jp/20170719064948

単純に津田大介のような胡散臭さ全開の人間地元芸術祭に関わるというのが嫌。

金沢市は山出保というリーダーシップのある市長20年かけて、芸術文化が街に溶け込んでいる景観を作り上げた。翻って今回の人選はどうだ。

あいちトリエンナーレはまだ次で4回目だ。ここで変にジャーナリズムとかメディアとかを出すと、祭り自体が鼻持ちならないものになってしまう。

文化庁とかのお固い催しにするならオーソドックスな人を選ぶべきだし、むき出しのアートに触れる原色体験を目指すならアバンギャルド演出家を選ぶべきだ。

津田大介がやるようでは、作品場所全てが彼自身の発信する道具として使われてしまうのが関の山だ。会期中にそれこそ東何某や茂木何某を呼んでトークセッションでもして、

「個のレベルで発信し、それが世間リンクするという意味アートジャーナリズムは通じている」なんてしたり顔で発言してバズられたりするんだ。

そんな地獄芸術祭とは言わない。ただの盲目人間養成する畜産センターみたいなものだ。

2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427094504

RGBモニタ表示の参考にする加色混合(原色を混ぜれば混ぜるほど白に近づく)で

CMYK印刷表示の参考にする減色混合(原色を混ぜれば混ぜるほど黒に近づく)じゃないの?

表記が違うだけで色味そのものは変わらないはず

インキで表現できる色域がRGBより狭い。だからCMYK化すると多少色が変わるし、CMYK表現できない色はすっとぶ。

ただ、CMYK化したあとの色をきっちりとRGBモニタ表示することはできる。

http://anond.hatelabo.jp/20170427095306

そうなると、

いつもまた思うのが、

RGBのままレタッチしてCMYKに変換するのが正解なのか

RGBCMYKに変換してからレタッチするのが正解なのか

がどうしたらいいんだろうと思う。

これも、どっちでも結果は余り変わらないでOKなんだろうか?

基本はRGBレタッチ作業をする。

色の情報が削がれた後で色々調整すると、微妙色相を変たくても色が飛んでるから思うようにできなかったり、トージャンプしたり、あとはRGBじゃないと使えないフィルターなんかあるよ。

そして、だいたい終わった後でCMYK化して、微調整するのがいいよ。

ちなみに「表示」メニュー >「校正設定」の「カスタム...」からシミュレート対象に「Japan Color 2001 Coated」なんかを追加することで、データRGBのまま、「表示」>「校正設定」からCMYK変換後を予想して表示してくれる。

CMYK変換後の微調整でも校正設定は使える。

人物が写った写真を調整するとき、「表示」>「校正設定」>「作業マゼンタ版」で見てみる。このとき、顔がベタッと暗く塗りつぶされてると、思うように顔色が変わらないので、顔全体の中で濃度差ができるようにしてから調整するといい。

http://anond.hatelabo.jp/20170427092529

RGBモニタ表示の参考にする加色混合(原色を混ぜれば混ぜるほど白に近づく)で

CMYK印刷表示の参考にする減色混合(原色を混ぜれば混ぜるほど黒に近づく)じゃないの?

表記が違うだけで色味そのものは変わらないはず

2017-04-22

コードを書けない人からすると

上司と俺とよその会社の人と三人で自社のスマホアプリの話をしてたら、上司アプリ仕様自分が考えたとか、設計自分でやったとか言ってるのな。

でも実際やったのは、某パソコンソフトパンフレット体験版をもってきて、俺に「こういうの作れ」って言っただけ。

お手本にしたPCソフトをそのままパクるのは無理だったから、最低限の機能を洗い出したり、分かりにくい内部ロジックも、体験版にいろいろデータを打ち込んで推測したりしたのは俺。

上司のやったのは、ほぼ出来上がった状態アプリを見て「このメッセージ重要から(原色の)赤にして点滅させろ」とか、デザインをダサくしたり使い勝手を悪くするような指示だけ。

俺の目の前で自然自分設計したって言ってるから、本人の主観ではそうなんだろうな。

 

こういうことは初めてじゃなくて、何度か経験してる。

ゲーム会社で働いてたとき麻雀ゲームを作ることになって、外注ゲームデザイナーがやたらと思考ルーチンのロジック説明しろって俺に言ってきて「コード書けない人に説明してわかんの?」と思いつつ、ロジックを頑張って説明してた。

しばらくしたらそのゲームデザイナー会社に「俺がこれだけアドバイスをしたんだから麻雀ゲームエンジン権利を半分よこせ」みたいな交渉しだすのな。

 

コード書けない人からすると、ちょっと仕様自分意見が反映されると「俺が仕様をきめた、設計した」って思えちゃうんだろうな。

2017-02-23

コスプレパジャマと同じ

コスプレの是非を巡ってまたぞろ話題になっているけど、根本的な問題はこれだと思っている。

たいていのコスプレは布がしわくちゃで安っぽくて原色ギラギラ子供っぽい付属物(猫耳おもちゃ)がついていて、とてもまともな大人のする格好ではないというのが根本的な嫌悪感に繋がっている。

パジャマで外出することは法律で禁じられていないが、パジャマ電車に乗ってるやつがいたら「うわっなんだこいつ…」って扱いをされるのは当然だし、そういう扱いは許されている(是非は別にしてな)。

また、ヨレヨレ布地&ギラギラ原色の服ってのはめちゃくちゃ目立つ。視界に入るだけで「うるさい」と感じるほどに目立つ。ラーメン屋で隣に座った人がずっと電話で話してたら「うるせぇな」と思うだろう。それと同じなんだよ、現状のコスプレイヤーって。

一方で、ゴスロリは「そういう(特殊な)趣味の人」として、近寄りたくはないけどまぁ、別にいいよね的な扱いを受けている。それは「見た目のうるささ」が実は少ないからだ。ゴスロリファッションの多くは縫製や布地、色彩が落ち着いているし、持っているアイテム時代にそぐわないとはいえ、現代現実存在するものばかりだ(バッグ、傘など)。近寄りたくはないけど、「なんでそんな変な恰好してるの!」と言い出せない雰囲気はある。ドレス着物の延長線上にゴスロリはある。

しかアニメコスプレは、子供のお遊戯パジャマの延長線上に位置している。まずそれを認識してほしい。

また、人間は知らないもの忌避感を感じる。人間に限ったことではないが。コスプレイヤー批判され、白眼視されるのは、「よく知らないもの」だからだ。

というわけで、コスプレイヤーに言いたい。

安っぽい布地、おもちゃみたいな付属品原色ギラギラ下品な色、キッツイ髪色、痴女/痴漢のもの露出は仲間内だけにしてくれ。公共の、「よく知らない人」の前に出るときは、気合を入れてしっかりした布地(ユニクロレベルでいい)、まともな縫製、現実的な色彩、人間として認識できる髪色、社会性を持った生命体としてまっとうな露出具合にしてきてくれ。それができて初めて「そういう変わった趣味の人」扱いをされる。

そこから始めてほしい。

海外コスプレサミットでは、キャラクターの格好を現実的ものに落とし込んだコスプレをよく見る。そういう方向はどうだろうか。

2017-02-16

図書館の貸出ランキング

某市立図書館のが公開されてて面白かったので貼る。

わりと普通っぽいジャンル

歴史・伝記・地理旅行


社会教育民俗学軍事


アフィブログタイトルみたいになってるジャンル

総記哲学心理宗教言語


工業コンピュータ医学


家庭・手芸料理育児


それ科学じゃなくて図鑑じゃん

自然科学動植物産業


偏りすぎ

芸術スポーツ趣味


子供の本

最近人気ブコメスター数が増えている気がする

一昔前は3桁なんてめったにないのに、

ちょっとした左右問題や男女問題いじめ問題子育て問題で可燃性や揮発性の高い案件になると、

簡単に100や、下手したら200、300なんてのもザラになってきた。

それだけはてブユーザーが増えてきたということだとは思う。

でも反面、それだけ世論というか、その場の雰囲気でグワーッと集合意識が大揺れしそうな気配がしてなんだか薄ら寒い

特に人気ブコメが軒並み3桁になってて、しかもその殆どが同じ意見で埋め尽くされていたりすると、

なんだか巨大なアングリーモブが今にも爆発しそうな雰囲気がして恐怖すら感じる。

そう、人が増えて多種多様議論が交わされるという希望が全く持てず、

人が増えれば増えるほど単一色で埋め尽くされそうな怖さがあるんだ。

或いは正反対原色2色に分かれて、

それがもう決して相容れることなく壮絶ないがみ合いをしそうな雰囲気

なんだかはてブが、

そんなきな臭い雰囲気に飲まれていきそうな予感がして、

最近ブクマスターもつけがたくなっている自分がいる。

2016-09-04

投稿あるいは

初めて投稿する。

逃れ逃れてここにきた。

ほかの場所ではそれぞれに違った事情感情原色を保てない。

匿名性があたたかい。毛布。

昨日、ブログを通じて知り合った人と東京の街を散策した。

その人ははっきり言って私のタイプではない。

ブログ記事LINEでのやりとりから受ける印象と、実際に会ってみての印象はやはり違った。

私はその人を自分の中で勝手に美化していた。

悪い人では全くない。むしろいい人。

理想ばかり追い求めてても老けていくだけかしら。

ちょっと期待しすぎたな。

後に残るのは虚無、脱力、疲労。

そんな風に言うと相手にとても失礼。

彼は私を楽しませようとしてくれた。美人でもない私を。

振り返ってみると楽しかった。

ただ、ときめきが足りなかった。

大げさかもしれないけど真実垣間見た気がした。

愛する人に愛されるって奇跡なんだぜ、リア充のみなさん。

いろいろ書きましたが、要は彼氏ほしいけどできない、って話です。

2016-08-23

東京五輪セレモニーの優れた配色

日の丸の赤というのはまさに暖色の中心の赤。

それを中心に据えながらCool Japan表現する難しさはデザインを心がけた人間ならすぐに分かることだ。

しかし、あのセレモニーには確固たる答えがそこにあった。

セレモニー中に使われている暖色は赤のみ。しかも、FF0000と表記したくなるくらい原色の赤。

それに対して、ショーのメインとして使われているのは白黒のモノトーンと、赤の補色に当たるシアンとそれより寒色側に位置する青系のみ。

基本となるモノトーンは、潔さや清潔感想像させる白、礼儀や誠実さを感じさせる黒という日本代表的カラーと言える。

そこにただ寒色系を織り交ぜだだけでは無機質で寒々しいショーになってしまっただろう。

しかし、日本の象徴であり暖色の代表格と言える赤を、さらテーマカラーではなくアクセントとして時に大胆に用いたことで、内に秘める情熱やたぎるような生命力が見事に表現されていたのだ。

恒星は青くなるほど温度が高くなる。そんなことをも思い出させてくれるような、火傷では済まない熱さが伝わったはずだ。

そのために黄色や緑などの生命感溢れるカラーを徹底的に排除し、それが生命力溢れる原色を前面に押し出すリオのショーに対して真っ向から挑むことになったのは単なる偶然ではないのかもしれない。

リオが押し出したのが生命自然だったのに対し、マリオドラえもんなどの非実在キャラクター都市テクノロジーなどが存分に登場するムービーがそれを物語っていると言っていいだろう。

多くの観衆や視聴者はこのたった10分間だけのショーを見ただけで、リオオリンピック過去のものになってしまったと感じたはずだ。

その証拠に、東京五輪セレモニーを挟んだ前と後のショーとでは全く違うものに見えたのはわたしだけではないはずだからだ。

一見挑発ともとれるこの行為は、まさに地球の裏側であり全く文化の異なる国にバトンが渡されたことを意味するには効果が絶大であり、オリンピックが終わった直後であるにも関わらずすでに4年後を期待させるにはこの上ない演出となったと言っていいだろう。

居合わせた観衆や視聴者の誰もが東京五輪に少なかぬ期待を抱いたはずだ。

ここまで大したデザイン勉強したこともなく、ホームページの配色くらいしか担当したことのない人間妄想だったがいかがだったろうか。

しかしそれよりも何よりも、自らの人生40年を振り返って、まるでその集大成走馬灯のように見させられたかのようであまりにも感慨深かった。

本当に近頃の商用文化だけでお茶を濁すようなものにならなくてほっとしている。この時代に生まれてよかった。

ただこの考えで行くと、小池百合子氏が選んだ高価なお着物の配色は東京五輪テーマとはそぐわなくなってしまうのだがこれは何かの暗示だろうか。

2016-07-02

ふらいんぐうぃっち地方生活勘違いをしないでほしい

数話しか見てないが、風景神奈川の内陸部あたりで畑が混在する郊外のようにみえた。それと生活描写についても地方優雅に暮らす大金持ちの人たちにしか見えなかった。

まず田舎と比べて家と家の間隔も全然違うし、あんなに模型みたいな綺麗な家ばかり並んでいるはずがない。

それに色味を抑えているつもりかもしれないが、どことな原色っぽい下品さがあるのは都心から少し外れた街並みのようなセンスのなさを描写しているように見えた。田舎もっと全体的に灰色でくすんでいる。緑も空もあんなに鮮やかに見えることは少ない。

次に住んでる家についても、あの造りで床も柱もピカピカなのは戦前から代々続く名士か何かで、土地資産もある人が最近建てた家のようにみえた。おそらく築10年以内で、いい木材をふんだんに使って代々の付き合いがある大工にでも作らせたのだろう。窓や建具に土埃ひとつついてないし古い家特有年代感も感じられないことから庭師お手伝いさんといった人を使って年中 家の手入れをしているはずである

奥さんも絵本作りなんてたいそう高尚な趣味を持っているようで、週末は県庁所在地あたりにある新聞社文化センター講師でもやっていそうな雰囲気だ。地方でもかなり裕福な部類にあたる文化人である

ひとつ違和感があるのは旦那さんで、痩せ型の苦労人のような描かれ方をしていたようにみえたが良い家柄なのであればもっとボンボンのはずだし、豪農として財をなしたのであればもっと肌艶よくギラついているはずである婿養子でやって来て家業をやらされている気苦労の多い人物なのだろうか。詳しく見ていないので分からない。

以上のように自分の好みから外れる作品だったので断片的にしか見ていないわけだが、地方生活や細かな描写に癒されるといった讃える記事を時折見たため違和感を持っていた。

おそらく、作っている人も褒めている人もあまり田舎での生活実態を知らない人たちなのではないだろうか。

これに憧れて地方移住なんてことはないはずだと信じたいが、念のため作中にある倉本家の生活は、生まれながらに恵まれたほんの一握りの優雅な家の姿を描いているということを理解しておいてほしい。

2016-05-23

中学時代勉強できるヲタピザデブ男子の話

中学時代、ある程度仲が良かった男子がいて、見た目も地味でそもそも肥満だったり、ルックス的には全然まれていない人なんだけど、とにかく勉強ができた。

で、勉強ができる子らしく立派にオタクだった。カードゲームとかオンラインゲームとかも中毒レベルでハマっていた。あと(ラノベではない)小説が好きで、中学生なのに作家の(大人だらけの)ファンミーティングなんかにも顔を出す社交的な人だった。

でも、外見は完全にオシャレでもない単なる肥満児で、恋愛とかモテとは無関係に思えた。

ところが、その男子が中学2年のある日、これまた勉強のできるクラスでも指折りのメガネ美人(と評価されていた)の子と付き合い始めた。正直、ショックだった。いつもありえないほど原色スウェットに太ももがピチピチのチノパンを履いてるようなヲタ丸出しの子だったのに、突然異次元別世界の人になったかのようだった。いや、あいかわらず外見はピザデプのヲタであることには変わりなかったのだが。

自分がその交際からかったことからその男子との関係は悪くなり、私達の縁はほぼ切れてしまった。その後も同じ高校に進学したものの、その男子は青白い顔をした文化系ヲタ丸出しだったにも関わらず、なんとラグビー部に入部。部活漬けの青春を送った後、現役で首都圏の名門私大に進学した(もちろんスポーツ推薦ではなく実力)。

大学進学の際、私は地元に残った。それ以来、あの男子とはまったく接点がなくなっていたのだが、先日、ふとFacebookで彼の名前検索してみたところ、たいぶ体型はスリムになったものの、オタクっぽいメガネをかけ、センスの欠片もないファッションに身を包んだ彼が小さな子どもと写っている写真を目にした。

あの男子は既に結婚していた。彼が好きだった小説家がよく本を出版していた大手出版社に勤めていた。相手女性は(オタク系の専門校卒ではあったが)美人知的そうな顔をした女性で、彼女との間に子どもすらもうけていたのだ。典型的幸せな家庭を築いているように見えた。

別に私があの男子に恋していたわけではない。どちらかといえば軽いイジメ対象にしていたような気さえする。正直言って、彼のルックスは(現在写真に写っている姿もふくめ)底辺クラスといっていいし、とてもではないけど恋愛対象にはならない。

けれど、彼のような全く恋愛と縁がなさそうな男子でも、できる人は思春期になり初めの頃から恋愛を楽しめているわけで、逆に私の周囲にいる(外見も中身も悪く無い)草食系男子学生時代からろくに恋愛には恵まれていない。

そう思うと世の中の人が言うような、恋愛に縁がない男性は「努力が足りない」とか「勇気がない」というより、どうも生まれついての何かが違うのではないかと思えなくもない。

あのビザデブ男子は少なくとも外見では(現在にいたるまで)モテのための努力ほとんどしていないことは明らか。たしかに痩せた努力は認めるけど、清潔感もろくにないルックスは相変わらず。でも、彼は恋愛相手に恵まれているし、私の周りのわりと雰囲気イケメンな男たちはなかなか相手に恵まれない。

この差はなんなんだろうね。婚活もふくめ世の中の人が色んな「モテるための努力」に勤しんでいて、私もその一人ではあるのだけど、正直本当に人として魅力的でありさえすれば、もしかしたらモテるための努力なんて必要ないのかもしれない。

結局、私たちはそもそも人として大して魅力的でもないので、せめて外見やモテるワザをつかって相手の気を引くしかなかった、というのが現実なのかもね。

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん