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2020-11-25

しりからラー油

前に食べるラー油にハマっていた時期の話。

毎日必ず1食は食べるラー油を食べていた。特に夜中にお腹が空いたとき、米と食べるラー油だけを夜食として食べていた。

ある日トイレが終わった後、習慣のように便器を除くと、オレンジ色の油が浮いていた。すぐに「ラー油だ!」と思った。ついに腸がおかしくなったのかと思い検索しまくった。

ふと思い出した。その頃、アーモンドを爆食いすることにもハマっていたことを。そこでアーモンドについて検索すると、どうやらアーモンドは油の吸収を阻害するらしい。

大量の油を摂取しているのに、油の吸収を阻害するものを大量に食べていたため、吸収出来なかった油がそのまま出てきてしまっていたのだ。おかげでパンツちょっとオレンジ色がついていた。

これを機に、食べるラー油アーモンドを食べるのをやめた。パンツ汚れるの嫌だし。

2020-10-26

わず語り

朝6時半ごろ起きてペットの猫達と犬のご飯やって

犬の散歩行ってから自分朝ご飯

軽く英語勉強して、在宅ワーク

45分集中して15分休憩を大体2セット。

15分休憩はトイレに行ったり犬猫触ったりお茶を飲んだり

合間にお米といで、お昼ご飯の下ごしらえ。

仕事が一段落つく頃にはお昼。

料理あんまり得意じゃないので、定食メニューが基本。

ご飯味噌汁、メインの肉か魚を煮るか焼くかしたもの

納豆豆腐は必ずどちらかが(セットの時もある)一品料理として登場。

そのまま出せば副菜になるのでとても便利。

ご飯は少なく、その分、野菜キノコは大量に味噌汁などに入れて

バランスよく。

今日かぼちゃが安かったので、かぼちゃの煮付けも作った。夜ご飯に。

大根人参が余ったので、紅白なますにしたけど、ニンジンを多過ぎてほぼ

オレンジ色なますになってしまった。

いってq録画見ながらご飯食べながら洗濯機を回して、食べ終わったら干して。

アイロンかけるのが面倒なので、いつでもドライ洗濯

シャツ類は洗濯ネットに入れてドライ洗濯の短い脱水時間が済んだらすぐに取り出して

干せば、シワにならずに便利。

小物類も洗濯ネットに入れて洗って、干物干しネットの上にばらまき干し。

いちいち洗濯バサミで使うのがめんどくさかったんだよね。これでかなり時短になった。

昼の仕事は終わったので、タンブラー紅茶入れて近所のショッピングモール

フードコートテラスから公園を見ながら読書する予定。

ミニタンブラー買ってから喫茶店に入らなくなった。

暇だとなんとなく喫茶店に入ってたけど、特に飲みたくないのに毎回4 、500円払うの

今思えば大損だよね。

最初フードコートで何も食べないのは気まずかったけど、平日の昼間が持ち込んだお弁当とか

食べながら勉強するや読書スマホゲームする人たちが結構いて、やってみたら意外に快適で

私もすっかり常連になってしまった。

土日は混んでうるさいけど平日は静かで落ち着く。

カフェだとテラスはいつもいっぱいだけど、フードコートは大きいから座れるのが嬉しい。

読書の本も図書館で借りたもの

運動不足になりがちだからジムに通うのでなく、ショッピングモール内を

ウォーキング商品見ながらだと時間が経つのが早くて良い。

お金って使わなければ使わないんだな、と思う。

今の仕事をしながら独立して稼ぐ人もいるけど、そのための集客を考えるとげんなり。

経験も長いんだからチャレンジしたらってよく言われるけど、

今は稼ぐことよりも、最低限自分動物たちが暮らせるだけの給与

ゆったりした時間、心の安定の方が大事

給与今とそんなに変わらないのに、1日10時間とか毎日働いてたことを思うと

二度と戻りたくない。

人間関係のしがらみも疲れた

身も心もボロボロになってまで働いて、何が残ったと言うのだ。

同僚で個人での仕事もどんどん広げている人を見ると、すげえなぁと思う。

ただ私にもぐいぐい営業かけてくるので鬱陶しいけど。

あなたあなたですよ。

私とは違うのでそっとしといてください。

稼ぐことよりも、心の安定を求めたいんです

2020-10-19

トリュフ匂いがする男性

日5ヶ月ぶりくらいに物理店舗ウィンドウショッピングをした。コロナで外出頻度はぐっと下がり、服もジャージばかりになったけど、華やかなオレンジ色の秋服に目がいった。するとすかさず男性店員さんが寄ってきて「これかわいいですよね」と声をかけてきた。と同時に、もわ〜んとした匂い。あ、この匂いわかる、と思った。2年くらい前に母親を連れて行ったイタリアンのお店で頼んだ今日おすすめ(高級なキノコ)にたんまり乗ってた丸い木のクズみたいなやつ。トリュフだ。豚が探し当ててくれるキノコトリュフ。(ていうかキノコキノコ乗せるの意味からなくない?)

店員さんが服を手にとったり私の体に合わせたりするたびにもわ〜んとトリュフ香りがする。ランチにめちゃくちゃトリュフを召し上がってきたブルジョワ店員なの?と思ったけど、どうもこのもわ〜んとした香りは体からきているらしい。そういうボディソープがあるの?それとも香水不快匂いじゃないけど、別にトリュフってそこまで良い匂いでもないと思う。よくわからないけど、もしあえてそういう香料を選択しているならこの男性趣味は私の好みではない。

頭の中はトリュフのことばかりで全然服のことを考えられなくなったので購入せずに店を出た。帰りの電車で「トリュフ 男性匂い」とググると、それっぽいのがヒットした。知恵袋だったけど開いてみたら「男性の腋汗に含まれホルモンと同じ構造をしている」みたいな回答だった。

でも別に男性トリュフ匂いをしているわけじゃない。脇汗ホルモンだったら全員そういう匂いするべきじゃない?

友達何人かに聞いてみたらそのうちの一人から元カレトリュフ匂いしてた」って返信がきた。やっぱり!!トリュフ男は他にもいる。でも本当に脇汗ホルモンなら、かなりレアな脇汗ホルモンなのかもしれない。昨日の店員はあたりだったんだなー

2020-10-09

いつまで765プロを偉大な先輩として扱わないといけないのか

アイマス15周年。765プロ本家は既に事業規模を縮小して久しい。新作ゲーム単独で出す体力すら無くなったのに、自分たちあくまで主役にして後輩たちを呼び集めて「越境」と称して新作ゲームを出す有様。

ドームツアーをするデレ、ツアーSSA単独ライブするミリ単独ドームライブ開催予定だったM、今まさに成長中のシャニ

かに先駆者として道を切り開いた功績は大きい。それ相応のリスペクト必要だろう。だが、なぜ後続のコンテンツ達が先輩の太鼓持ちをし続けなければならないのか。

2014年SSAに立っていた時は偉大だったし、2015年西武ドームに立っていた時もまだそうだった。でも今はもう2020年も終わろうとしているのである

芸歴がものをいう声優の方々が、先輩を敬うのは当然だろう。正直さすが先輩みたいなムーブメントを合同生放送等で毎回のように見てるのも個人的には嫌気がさしてきたが、業界のしきたり等々もあるし、それこそオレンジ色責任者の前で反感を買うのは得策ではなかろう。

だが、スタマス。どうして、越境作品なのに765を主軸に置くのか。フラット関係性を築けないのか。越境合同ユニットを765主導にする必然性がどこにあるのか。どこの事務所から独立したユニット担当者という関係に何故できないのか。それ以外のストーリーは書けないライター責任なのか。そういう展開以外作りたくない製作者の責任なのか。私にはバンナム気持ちがわからない。オレンジ色責任者がいる限りはこれから765プロ第一ですよ、第一!なんだろうなと諦めてるが。13人で単独ドーム公出来ると良いですね、恐らくシャニの方が期待値高いと思うが。

キャラぶれるなんてパラレルなんだから受け流せよ、それができないなんてPとして青いな」というアイマスPしぐさを平気で振舞える人間がそこそこ大勢いるか公式もきっと変わらないだろうなと諦めざるを得ない。

コンテンツが生きてるのか死んでるのか曖昧なままひたすら進み続けて老人ホームよろしくやってれば良いと思うが、何事も終わりがあるべきだと思うので私が好きなコンテンツには衰えたらきちっと畳んで欲しいものである

2020-10-07

一日の終わりにはできるだけ目を使わないようにしようと思った。

目が覚めてから寝るまで、常に何かを注意して見ている。スマートフォンタブレット生活の中に入り込んで来てから、画面を見て何かを読むのをやめられなくなっている。人間視覚を好むと言っていたのはアリストテレスだったか大学哲学の授業に出たのはだいぶ前のことだからうろ覚えだが、現代人は視覚を好みすぎて酷使しているような気もする。

それで、寝る前はラジオ聴くことにした。

仕事帰りに新宿西口ラーメンを食べた後、ヨドバシカメラに寄って、小さなラジオを買ってきた。ラジオしか聴けないようにするためにラジオが欲しかった。

ベッドに入って電気を消し、ラジオの電源を入れる。小さな液晶オレンジ色の光が灯り、周波数を表示する。ダイヤルを回すと、ザーッという音が聞こえる。

そういえば、番組番組あいだ、周波数周波数あいだには、意味をなさない、あるいは意味を読み取れない雑音の海があった。アプリ文字画像タップするといつも目的コンテンツに一瞬でたどり着くことに最近はすっかり慣れていたから、そんなことも忘れていた。

ダイヤルを回し続けると、雑音は不意に音楽に変わる。この、無秩序から秩序への移行を一瞬に知覚する時の感じも、ずっと忘れていたことが信じられない。

ボサノバ旋律が、やけに遠くから聞こえてくる。チェーン店カフェでお昼を食べるとき天井から降ってくる、ありきたりで空疎環境音のボサノバ。それが今はどこか遠くから、大切に、丁寧にこの小さな箱まで届けられた音楽のように聞こえる。これはきっと、もともとはそういう音楽だったのだという気さえしてくる。

音量のツマミを回して次第に音を小さくすると、かなり小さな音でも音楽や人の声は識別できることに気づく。スピーカーに耳をつけてようやく聞こえる程度でもそれはさほど変わらないことにも。暗くした部屋でラジオの微かな音に耳をすませていると、落ち着く。

音楽よりも好きなのは天気予報だ。各地の天気や気温をアナウンサーが静かに読み上げていくのを聞いていると、ただ時間が経っていくのを感じられるというか、なんだか豊かな気持ちになる。さらに好きなのは各地の気圧で、ヘクトパスカルがただ読み上げられていくのに暗闇で聴き入っていると、世界はすでに戦争で滅びかけ、自分シェルターで生き延び、よく知らない政府の発表に立ち会っているかのような、何かに包み込まれ不思議隔離感がある。

感じられている暗さが室内の暗さなのか、まぶたを閉じているときの暗さなのか、音の途切れは電波のせいなのか、自分意識が飛び飛びになってきているせいなのか、もうわからなくなってきたら、ツマミを回し、音を完全に消す。

久しぶりに、薬を飲まずに眠ることができた。

2020-10-05

湯船に軍手を浮かべると

背中の後ろにびっしり張り付いた疲れの塊が剥がれ落ちるね。

豚の貯金箱も1つ2つ沈めておくと外がオレンジ色になってワクワクする。

そのままコタツに首だけ突っ込んでるうちに平成が終わってしまった。

2020-09-19

[]カレー弁当のスゝメ

さて、みなさん。カレー弁当をご存知でしょうか。あまり聞きなれない方もいらっしゃるかと思いますカレー弁当は、カレー弁当として持ち運べるようにしたもの弁当カレーを持って行こうという荒業について、おすすめしていきます

・早い、安い、うまい弁当

カレー弁当レシピ

・保存の方法とここまでのコスト

主食の準備

安全輸送する方法

・加熱の方法

カレー弁当危険

以上の順でお話をしていきたいと思います

早い、安い、うまい弁当

今回ご紹介するカレー弁当の特徴は簡便のひとことに尽きます。簡便とは簡単で便利の略なのかどうかは、判断の別れるところ。兎にも角にも手間暇をかけずに職場での昼食のクオリティー(QOL)を極限まで高めることができる弁当です。

価値の高い弁当とは、早い、安い、うまいオレンジ色牛めし屋のようなキャッチコピーのごとく、手間がかからず、財布にやさしく、食べたらおいしいと三拍子そろった状態弁当のことを指します。

どのようにして価値の高い弁当を実現するのか、成功の一つ目の鍵はレシピにありますルーではなく、インドのものをご近所で手に入る材料で仕上げていく。これがこのカレー弁当ポイントの簡便をクリアすることになります。少し前に増田投稿されたレシピがたいへん参考になります

カレー弁当レシピ

材料

たまねぎ 2個 涙が出ないように冷やしておく 116円 値段が高いときは1個にする

にんじん 1本 78円 いっぽんでもにんじん 値段が高いときは省略

ショウガ 1個 98円 値段が高いときは省略

セロリ 1本  158円 値段が高いときは省略

青唐辛子 3個 ししとうでもよろしい 158円 値段が高いときは省略

トマト缶 1個 78円 庭で取れたトマトでもOK

鶏むね肉 1パック 230円 もも肉が脂っこいのでむね肉に

一味唐辛子パウダー チリペッパーがご近所に売っていないので、エスビーの詰め替え用で代用 辛みを求めない人は不要

インデラカレー粉 ご近所のスーパーで売っている限界アイテム それすら手に入らないときエスビーの赤缶

一回分の野菜と肉で税別818円、税込みで899円となります。1日分で180円となります

作り方

1 フライパンを加熱し、サラダ油を入れる

2 たまねぎ1個を刻み、フライパンへ入れ適度に炒める

3 適度にフライパンの火加減を見ながら、ニンジンを刻み、フライパンへ入れる。

4 フライパンの真ん中をドーナツ状にあけ、適度にフライパンの中身を混ぜながら、鶏肉を切る。

5 真ん中の火の強いところへ鶏肉を入れ、焦げ目をつけるように焼き、あらびきのコショウをかける。

6 面倒なので、たまねぎにんじんしょうがセロリフードプロセッサーで液状に粉砕する

7 周りの野菜鶏肉の上へ乗せ、焦げないようにする

8 真ん中をドーナツ状にあけ、トマト缶と粉砕した野菜を入れ、加熱。

9 塩を小さじ2入れる

10 トマト缶に水を8分目ほど入れ、トマト缶の中を洗い、フライパンへ水を入れる。

11 10分煮る

12 青唐辛子を刻み、入れる。

13 一味唐辛子パウダーを小さじ1入れる

14 インデラカレー粉を小さじ2入れる

15 混ぜてなじまさせて、できあがり。

これで、4から5食分のカレーができる。洗い物もフライパンフードプロセッサーだけで済み簡便。辛いのが苦手な方は、一味唐辛子パウダー青唐辛子を抜きましょう。食材の水気を飛ばして、うまみを凝縮していくイメージが大切。しかしながら、最終的に少し水分があったほうがそれっぽく仕上がります

保存の方法

保存の方法は、110円(税込)ショップで購入した直径12センチ孵化さ4センチほどのお皿になります。5個用意しておきましょう。

フライパンにできあがったカレーを5つのお皿に均等に盛り付ける。少し冷まして、ラップをかけて冷蔵庫で保管します。これでカレー弁当スタートする準備が整いました。30分の調理で5日分の弁当が900円ほどの費用で完成しました。セロリ青唐辛子しょうがを省略すると414円の節約となり、一食あたり89円の激安弁当となります

カレー粉、油、唐辛子パウダーは何回か使えるものとして別勘定にしてありますカレー粉(550円)と唐辛子パウダー(165円)は、8回は使えると思います。1調理あたり89円、1食分89円に17円を加算しても106円となり圧倒的な「安い」を実現しております

ちなみに野菜の重さを合計(玉ねぎ2個400g にんじん200g トマト400g セロリ100g しょうが80g ししとう120g)すると1300gとなり、5日分とすると260g、4日分とすると325gとはてなで推奨されている1日の野菜摂取量の350gに肉薄する結果が出てきますカレー弁当は、さらに450gの野菜を追加することができるのであれば、5日分を作って、1日の野菜が1食で摂取できる完全食となることができるのです。

主食の準備

ここまでの調理明日のお昼ご飯にすぐに持っていけるカレー弁当が5回分完成しました。完成と言ってもカレーの部分だけで、主食がない。これでは未完成と言わざるを得ません。暇だったら、強力粉イースト菌ナンを作ってもよいのですが、簡便さを実現するためにごはんパンを選びます

パンは、いろいろ試したところ、超熟フォカッチャがこのカレーと合うことがわかりました。超熟フォカッチャはこのカレーとの相性が非常に高い。しかし、超熟マフィンと比べて取扱店が少ないの問題です。入荷するご近所のスーパーを調べておくとカレー弁当の完成度が最高に高まります。超熟フォカッチャを入手できないときは、マフィンマフィンがないときヤマザキの塩バターフランスがよい。この辺りはいろいろと試行して、パンメーカー地域制も考慮して、好きなパンを見つけていただきと思います

ごはんであれば、私の場合は2合炊き、カレーを入れたお皿と同じお皿に1合ずつ入れ、ラップをして冷蔵保存します。解凍が面倒なので、冷蔵で十分です。カレーごはんは、長粒種を食べたいところですが、お米には莫大な関税がかかるようになっており、温暖な土地二毛作、三毛作できて激安な長粒種のお米も関税のおかげで消費者の手元に届くときには、5kgで2000円くらいの国産米価格をそろえられた状態になってしまます。この関税障壁がなくなれば、カレー弁当日本国内さらに普及する可能性が高いです。みなさんの力でカレー弁当議連にはたらきかけて、長粒種の関税を引き下げ、カレー弁当の普及に尽力していきませう。

安全輸送する方法

前人未踏カレー弁当日本ではカレー弁当安全職場学校輸送する手段確立されていません。完成したカレー弁当は、110円(税込)ショップの皿にラップしただけ、汁気があるという悪条件です。さらカレー特有のにおいもあり、輸送途中のアクシデントは、通勤電車シェアする人たちの衆目を集めることは間違いない。車での通勤でも、まんが頭文字D豆腐屋配達員のごとく、加減速や曲線運転カレー弁当を車内にぶちまけない慎重かつ大胆な運転が求められます

この悪条件を克服するには、保冷タイプ弁当用のトートバッグを用意するとよい。保冷タイプトートバッグの内側は、キャンプで使う銀マットの素材でできており、仮にカレーが皿とラップの隙間から漏れたとしても、外に漏れことなく、銀マットの表面はティッシュペーパーで拭き取れば、カレー痕跡が残ることがありません。カレーの上にはごはんか超熟フォカッチャスプーンを入れて、しっかりとジッパーを閉めます

自転車バイク場合はどうするのか。先人の知恵である出前品運搬機を荷台に装備します。岡持ちを出前品運搬機に固定すれば、安全職場カレー弁当を運ぶことができます

ロードにお乗りの方は、フレーム工房キャリア用のダボを溶接してもらい、そこへ後部キャリアを固定。そのキャリアに出前品運搬機を固定するとよいです。バイクにお乗りの方は、これを機にスーパーカブシリーズへ乗り換えをすすめますスーパーカブには、出前品運搬機を簡単に取り付けられ、カレー弁当輸送が比類なき進化を遂げます

これで安全輸送する方法説明は終わりです。

加熱の方法

ここまでの行動で無事にカレー弁当会社へ持ち込むことができました。冷蔵したカレーを保冷バックに入れて運ぶとこの夏の35度を越える暑さのなかでも腐敗することな安全輸送することできることも確認できています。季節対応安心です。

加熱に関しては、お洒落事務所火器使用することはできない可能性が高い。ラップをしたままのお皿を電子レンジで加熱することとします。事務所電子レンジがない方は、職場の休憩室に電子レンジ寄付する荒業を使うと感謝される可能性が高まります。わざわざ輸送が難しい陶器製のお皿を使ったのは、電子レンジでの加熱を成功させるためです。タッパーウェアやジップロックのような樹脂製の容器は電子レンジでの加熱が苦手なので、温まり感がよい陶器製の容器を使うことをおすすめします。電子レンジでの加熱時間は、2分50秒くらいがよい。10秒のボタンを5回押すのが面倒ですが、しっかりと加熱されつつ、容器をギリギリ持てる熱さになります。すぐに持つと熱いので、コピーの裏紙を重ねて、手をやけどしないように取り出すと安全です。

食事のあとは、お皿とスプーンを給湯室で洗ってから持ち帰ると帰りの輸送安全になります

カレー弁当危険

手間がかからず、財布にやさしく、食べたらおいしい、三拍子そろったカレー弁当ノウハウをみなさんにお伝えしました。このカレー弁当はとても優れた食事です。しかし、あらぬ中傷受けたりやインドとの外交問題に発展する危険性を秘めていることを注意点として述べておきたいと思います

毎日カレーを食べていると、戦隊モノ黄色マンみたいとかキン肉マンに出てくるインド超人かよなどと見識の低い意見を述べる小並感のある同僚が現れる可能性があります戦隊モノ黄色マンかよという誹謗中傷は、国内問題なので我慢すればすみますが、インドに対する偏見のようなことを言われるとインドとの外交問題念頭に置いて行動する必要がある。一個人としては、同僚のSNSアカウントインドに対して失礼なことを言っていないかチェックすることくらいしかできません。この点に気を配りながら、カレー弁当をご利用することを望みます

2020-09-15

オートメーションテープ増田切る木田寿磨をプーテデんょシー目トー緒(回文

おはようございます

プリンターインクなくなったらちゃんとなくなったって言って下さい!

ストックないじゃん!

もー!

しかも私のところのプリンターじゃなくて隣の部署プリンター

まあ私はいい人だから

買いに行ってあげんだからね!って

せこせことポイントゲットだぜ!ってポイントを集めるって作戦だろ!って思われないように演じるの。

でもほんとマジ最後に使った人は言って欲しいわ。

なんかさー、

イラーに勝手灯油補充してくれるように、

勝手インクも補充してくれるようなビジネスモデルいかしらね

それはともかく、

私凄いこと発見したの!

ビックビジネスのチャンス!

あのね、

セロテープだとかのそう言ったテープ類いのテープ

一定の決まった長さに切ってくれるオートマチックテープ台ってのは、

この世の中には存在していないみたいなのよ。

これ開発したら一攫千金大もうけじゃない?

昨日またこれも隣の部署のお手伝いよ。

封筒に糊が付いてないタイプ封筒

せっせと両面テープをせこせこと貼る作業を手伝ってたの。

これは言っとくけどポイントは貯まんないんだから

そして、

もしかして決まった長さに切ってくれる自動的オートメーションの仕組みが確立されたら、

テープ付き封筒大量生産

しかも安定生産できるんじゃないかしら?って

わずビッグビジネスのチャンスに乗れるはずだと思うわ。

でもさ、

機械となると大袈裟から

電池も電源もいらない機構で作って、

ワンハンドで測って封筒に測れる分だけ切ってダイレクトに貼り付けることが出来る器具ができたら、

これマジ実用新案登録というか

これこそ東京特許許可局案件じゃない!

もう昨日の晩は

テープいか一定の長さに切れる機械が作れない買って事を一生懸命考えた一夜であったわ。

でも

普通テープ台に定規をカッターと同じ高さに持っていって、

カッターのところに定規のゼロセンチをあわせてテープを引っ張ったら、

まあ結構正確に測れるじゃない!って

落とし所に落ち着いた訳なんだけど、

これはきっとブルーオーシャンビジネス匂いがプンプンするわ!

「母は必要なモノを発明する人だから」のことわざのように、

お箸の国の人だもの

って相田みつを先生が言いそうな味の素のシーエムのキャッチフレーズのように

絶対そこには発明の母が潜んでいるはずなのよねー。

ミルキーさだまさし~って言うぐらい。

でもそんなことを考えながら、

テープ貼りしていると、

全部終わっちゃってその達成感のためか、

すっかり今の今まで忘れていたわ!

このビジネスチャンス誰か掴んでもいいわよ!

うふふ。


今日朝ご飯

ハムタマサンド

タマサンドにしなかった理由

ハムタマサンドを私の身体が欲していたからよ!これは確実!

今日はすっとハムタマサンドに手が伸びたわ。

身体が良質な蛋白質を求めているのよ。

己に従うわ。

デトックスウォーター

みかん缶買ってきたかシロップだけ捨ててもったいないけど、

みかん缶ウォーラーみかん感満載!

またグレープフルーツとは違うオレンジ色可愛いわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-09-12

久しぶりに大雨が降り、数時間後に空がオレンジ色に染まった。

日曜日に向けてすべてリセットされるような天気の後は、自分が好きな食事で締めくくりたい。

2020-09-05

anond:20200904192751

ウニホヤ牡蠣白子等々、魚介系は値段というより鮮度で全然味が違うので、もう仕方ないところがある。

自分は魚介好きだが、そこらへんを産地と遠い場所ではホイホイと食わない。

茗荷パクチーなどはやり過ぎ注意。やたら入れるのが正義みたいなのは納得いかない。香草系は分量も大事だ。

アワビ刺身チヤホヤされるが、蒸されてるのが一番ウマいと思う。

カリフラワーは癖があるので、嫌うのも分かる。

自分オレンジ色カリフラワーを食って、意外と美味いなと思うようになったし。

あと、ロマネスコは癖がなくていい。

だがこれが、品種問題なのかそうでないのかちゃん検討したことはないので本当のところはわからん

オレンジソースクランベリーソース白味噌の甘い味噌汁、ぬたが理解できない」の、「白味噌の甘い味噌汁」がどういうものちょっとよくわからないが、「オレンジソースクランベリーソース」にうへぇって思ってたことはあるから理解できる。ぬたも、実家の酸っぱい味は大丈夫だが、外食の甘ったるいのはダメだったので。

だが、「オレンジソースクランベリーソース」に関しては美味いと思うようになった。

いや、今でも店の味をどう思うかはわからないが、自分で作って調整できる分には美味い。

肉に果実ソースが本当に合うと知って目から鱗だった。

無理して食う必要全然まったくないのだが、「なんだよ、これ本当にうまいじゃんか」は思ったより楽しい

2020-08-26

オレンジ色増田インクン委だ素真呪いレオ回文

おはようございます

ねえねえ聞いて聞いて!

オレンジのジェルインクボールポイントペンを買ったの!

オレンジの色のペンって可愛くない?

あんまりボールペンの色には無頓着選手権2位ぐらいは充分狙える私が忌み嫌っている緑色インクボールポイントペン

緑ってどこで使うんだよ!って毛嫌いしていたのに。

人ってほんとコロッと変わるわよね。

緑色じゃないけど

オレンジって変化球すぎない?

でも書いたらオレンジ色が可愛くて一瞬で気に入っちゃったし!

今は色々な文字通り色のボールポイントペンがお店に並んでいて、

文字通りよりどりみどり祭りなの。

結構何色を買うかって最初

敵視していた緑系、

遂に私も緑インクデビューちゃう?って思ってたんだけど、

昨今のこのボールポイントペンカラーラインナップは

イッコン!ニコンサンコン!って言っちゃいそうなほど、

もう誰も覚えていないあの往年のギャグ披露してしまいそうなほど、

だけど、

やっぱり私は常識あるレイディーだから

そこは試し書きの細長い紙に

イッコン!ニコンサンコン!って書いたの。

すらすらさらさら書けていいわね!って

でもこんだけ色があるんだから

さぞ選ぶのに256秒ぐらいかかったんじゃないの?って思ったでしょ?

コンマ0.2秒でオレンジインクボールポイントペン一目惚れよ。

もうこれ買う一択と言ったら聞かないぐらい

文房具屋さんのフロアで寝転がってオレンジ色のインクボールポイントペンじゃなきゃ嫌だ!って駄々っ子を演じる自信ぐらいはあるわ。

そのぐらい心ときめくボールポイントペンインクは初めてよ。

なかなかお気に入りの1本が見つかって嬉しいわ。

事の発端としてはね

いつも私は書類をチェックしているチェックペン赤色インクボールポイントペン

いい加減赤に飽きちゃったって訳なの。

赤だけにアカンって言いそうなところで寸止めよ。

でもなんだかオレンジ色のインクってだけで

チェック作業捗るような気がするわ。

気持ちが逸るというか、

たったボールポイントペン1本でこんなにウキウキなっちゃう私ってどうよって思う反面、

たまにはやっぱりリアル店舗に言って色々なものを見て見聞を広げるのもやっぱり必要で、

このときばかりは書を捨て町へ出よう!って思ったわ。

あとね、

何か気の効いたグリーティングカードいかなーって

ネット画像検索とかショッピング検索してても、

たくさん画像は出てくるんだけど、

私のハートサジェストする1枚は見つからないのね。

でその足で百貨店文房具売り場、

まり文房具屋さんのハシゴね。

それをしていたら、

あのカードを陳列するぐるぐる回る棚というかああいうのあるじゃない。

そこでパッと目の前にしたグリーティングカード一目惚れ

これがいい!って1枚買っちゃったわよ!

これも出会いじゃないかしら?

まりに嬉しくて、

そのカードが陳列されているぐるぐる回るやつを私は思いっ切りぐるっと回したら

カードが全部落ちて店員さんを困らせちゃったわ。

そこまではさすがに喜びすぎだけど、

そこでまた私は思っちゃったわけよ。

書を捨てて町へ出よう!って。

もう、

オレンジ色のインクボールポイントペン

お気に入りデザイングリーティングカードで私無敵!って思ってたけど、

パン屋さんをチラッと覗いたら、

な!な!なんと!夏限定このサマーに食べなきゃ損なぐらい美味しそうな、

マンゴーを挟み込んだクロワッサンをショーケースで見つけて、

私はタマゴのクロワッサンクロワッサン・ウッフ!と叫びながら

その季節限定に弱いじゃない女子って、

からマンゴークロワッサンも食べてみることにしたの。

そこでまた私は思ったわけよ、

書を捨てて町へ出よう!って。

犬も歩けば棒に当たるって言うほど、

良い物に当たったわ!ってその日は上機嫌で

レモンサワー焼き餃子が美味しいチェーン店餃子でキメたところよ!

1日の終わりは

やっぱり餃子レモンサワーね!って

いつも言ってるように初めて言ってみたわ。

たまにはいいこともあってもいいわよね!

うふふ。


今日朝ご飯

牛乳寒天買っておいたの食べなきゃってことで、

から朝ご飯感覚スイーツ頂いた感じが涼しげで良いわね。

牛乳寒天好きなのよね。

今度自分でもこしらえてみようかと思うわ。

間違えて寒天じゃなくてゼラチンで作ったらあれは牛乳ゼリーよ!

やってミルク

デトックスウォーター

カットスイカウォーラーなんだけど、

今日は鬼のさいの目に切った、

まりはいつもよりも細かくサイの目にした本当にサイコロぐらいの大きさで

キューブ状のカッツスイカ

ウォーラーに浮かんでいる様は可愛いわよ。

実際は浮かばないけどね。

でも炭酸水にカッツスイカウォーラー小さめに切ったやつを浮かべたら炭酸の泡がひっついて

浮かんで泡が弾けたら沈むという

行ったり来たりしてとても可愛いスイカキューブウォーラーもできちゃうから

やってみてね!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2020-08-20

キャバクラ面接に行った話

10年前の今日

私が24歳の頃、池袋西口キャバクラ面接に行った事がある。

大学卒業後、アルバイト転々とするが何一つ長続きせず、消費者金融から20万円ぽっち借りただけですぐに借りられなくなった。

親には何度も泣きついて、ついに「もうあげられるお金はないから、地元に帰って来なさい」と最後通告されてしまった。

私はどうしても田舎に帰りたくなかった。

もう私にはキャバクラしかない、と思った。

アルバイトも長続きしない人間が、キャバクラ接客なんてまず出来ないのは明白だが、人間窮地に追い込まれれば出来ない事はないと当時の私は思った。

ならしっかり定職に就けば良いものを、地道に働くより短い時間で沢山稼ぎたいと欲だけは深かった。

昼のアルバイトが続かないなら、夜のアルバイトなら続くかも?というよく分からない希望もあった。

インターネットキャバクラ求人サイトで歩いて行ける池袋西口の店に早速面接の予約をした。

何故そこにしたかと言うと、歩いて行けるけどバス電車を使ったと申告すれば交通費をチョロまかせると思ったからだ。(当時キャバクラに送迎がある事を知らなかった。浅はかでみみっちい考えである。)

面接日はすぐに決まった。

面接当日、お店のドアを叩くといかにもという感じのスーツ男性が迎えてくれた。

40歳くらいだろうか、龍が如くに出てくる人だ。

オープン前の店内は薄暗く、並べられたボトルとシャンデリアだけがボヤッと青白く照らされている。

大きな黒い皮張りのソファに、何だか汚ならしい女が座っていた。

顔はどう見ても50過ぎのおばさんだが、赤いペラペラドレスを着て、白髪まじりの髪を無理矢理ブリーチした金髪は綺麗に巻いてある。

こちらに一瞥もくれずに煙草をふかしていた。

時折カウンター作業している若いボーイに怒鳴るように話し掛けているが、ボーイは何も返さなかった。

この店のお局だろうか。私はきっとあの人にいじめられるだろう。とまだ面接もしていないのに不安だけは募る。

おばさん嬢から少し離れたソファに案内され座ると、先程カウンター作業していた若いボーイがスッとドリンクを出してきた。

カクテルグラスにオレンジ色の液体、カットされたオレンジが刺さっている。

アルバイト20件以上転々とした私でも、面接にこんな飲み物を出されたのは初めてだった。

口にしなかったので今となってはあれがオレンジジュースだったのか、お酒なのか、それともまた別の何かだったのかは分からない。

私は段々怖くなっていた。

1秒も働いてない私にこんな飲み物まで出して、この人達は私を一体どうするつもりなのか。

飲み物凝視している間に玄関で迎えてくれた男性が向かいソファに座った。この人が店長らしい。

身分証見せてくれる?」と言われ免許証差し出すと店長は「これコピー」と先程のボーイに渡した。

「何でキャバクラで働こうと思ったの?」と誰もが疑問に思うであろう事を聞いてきた。

「あっ、お金がなくて.......はい」と何の捻りもない返事をした。ここでスキルアップだなんだと嘘をついても仕方がないと思った。

「うちの店のシステム説明するね。」

ここから先は記憶ぼんやりしているのだが、質問上記の一点のみで、後はどういう風にお金が貰えるか、どんな事をすると罰金か、などの説明店長淡々と話し始めた。

緊張した頭にシステムを叩き込む余地はなく、ただぼんやりと(もうここで働くんだな.......)という実感だけがふつふつと沸いていた。

奥の席で煙草をふかすおばさん嬢、テーブルに置かれた謎のカクテル、シャンデリア、ボーイ、目の前でキャバクラ説明をする店長.......

昨日までの自分から想像もつかない夜の雰囲気に、私は怖じ気づいてしまった。

働きたくない。怖い。でももう後戻り出来ないところまで来たんじゃないか

ここでやっぱりやめますなんて言ったら、東京湾に沈められるのではないか

さっき免許証コピーも撮られたか悪用されるのでは。もう私の人生は終わった。

お母さんには迷惑ばかりかけた。金をせびるばかりで、何もしてあげられないまま私は夜の街に消費されるんだ。

そこまで考えて、私は泣き出した。

すみません、私やっぱり無理です.......ごめんなさい.......」

言ったら殺されると思いながらも、もう言わずはいられないくらい恐怖と不安に押し潰されていた。

店長は顔色ひとつ変えず「そうですか、駅まで送るね」とスッと立って出口に向かった。

驚くほど簡単に、私は解放された。

外に出ると一気に安心した。

すみませんでした.......失礼します」と頭を下げて帰ろうとしたら、店長もついてくる。

えっ?!ほんとに駅までくるの?!と内心焦った。

私はまだ解放されていないのだろうか。

夜の池袋の街を並んで歩きながら店長は「世の中には悪いお店も沢山あるから、もうこういう事はしちゃいけないよ」と言った。

怒るでも諭すでもない、フラットな口調だった。

はい.......すみません.......」それしか言えない。時間と労力と謎のカクテル無駄にしてしまった私はどんな償いをすればいいのか、何か要求されるのだろうか、お金はない.......どうすれば.......と私の頭はいっぱいだった。

店長はそれ以上の事は言わず、お互い無言で池袋西口の駅に着いた。

「では気をつけて」「はいありがとうございました」お辞儀をして数歩歩いて振り向くとまだ店長こちらを向いて立っていた。

私はまたお辞儀をして早足で西口階段を駆け下りた。

何もなかった。

本当に駅まで送ってくれただけだった。

駅前用事があったのだろうか、そのついでに私を送ってくれたのだろうか。

でも振り向いた時にまだ店長は立っていた。

優しい人だったのだろうか。

何だか今日見たものは全てが夢だったような気持ち帰宅した。

それから10年が経とうとしている。

私は東京湾に沈められる事も、免許証悪用される事も(多分)なく過ごしている。

この10年性懲りもなく何度も金がなく、出来もしない職業にヤケクソに飛び込もうとした時はあったが、あの時の店長の事を思い出しては踏み留まった。

34歳になった今、客としてあの店に行き、店長指名したいと思うのだった。

2020-08-18

オレンジ色常夜灯

テーブルに置きっぱなしの茶わん

エアコンの風がひじにあたって冷える

風向きを変えたいけれどリモコンを探すのが億劫

もうこのまま寝てしまいたい

タイマーかけて、風を当たらないようにして、ちゃんと布団に入らないと、起きた時だるくて関節痛もするとわかってるのに…

2020-08-14

マトリョーシカ

うちにあるマトリョーシカは、中に6体入っている。

一番大きいのは黄色ブラウスオレンジ色ジャンパースカート、うす水色のエプロンをしめて花柄の赤いスカーフをしている。

右手には赤地ピンクの水玉の巾着袋を持っている。

エプロンの裾にはすずらんの模様が並んでいる。

一番大きいやつの大きさは20センチくらい。最小のやつは1センチくらい。

最小のやつは赤くて、服の模様などは何もなく、ただ顔があるべき位置に顔らしき白い楕円がちょんと描かれているだけだ。

大きいマトリョーシカや中くらいのは別に普通人形に過ぎないが、この最小の物体塗料がテカり、エイリアン胎児のような不気味さがあって好きではない。

でも今も棚に飾ってあるマトリョーシカ中心部にはあの最小の赤いテラテラした物体が収まっている。

2020-07-21

空港に行き、飛行機に乗ってホテルに泊まり、そして帰る

旅行別に好きでもない。観光地に興味はない。私の目的空港ホテルだった。

待合のラウンジに並ぶプラスチック椅子と、添え物のような観葉植物を眺めながら通路を歩くのが好きだった。

窓のない、オレンジ色の照明に照らされたクリーム色の廊下を歩くのが好きだった。

全ては過去形だ。私はとみに貧しくなった。きっともう、飛行機を飛ばすような距離旅行へ行くことはないだろう。

からもう、窓のない廊下も、飛行機の見える通路も歩くことはないだろう。

でも別に空港なんざ行くだけなら行けるし、ホテルだって近くのものに泊まればいい。

やっぱり旅行が好きだったのかもしれない。観光地に興味がないだけで。

2020-07-07

待つ

今年の初めから流行し始めた新型の感染症のせいで、今年は花火大会ほとんどが中止になるかもしれません。

未知のウイルス世界中蔓延して自由に外出できなくなって、人々がマスクを奪い合う日常というのはまるで現実離れしていて、私は春からずっと誰かが作った映画や本の中に迷い込んでしまったような気分がしています

今日は少しひんやりしているなと思いながら、傘を持っていない方の手のひらで反対側の二の腕をあたためました。家の中に居て雨の音を聞いていると保護されているような気持ちになるのに、外に出るととたんに心細くなるのはどうしてなのでしょうか。

傘を指してどこかへ急いでいく人々が目の前を横切っていきます。私は待ち合わせ場所が間違っていないか不安になりました。そういえば、本屋さんで待ち合わせをしようと決めただけで、具体的な場所指定していなかったことに気づきました。待ち合わせといえば当然入り口だろうと思い込んでいたのです。

腕時計の針はここに到着してから15分が経過したことを告げていました。

私は今、街で一番大きな本屋さんの入り口に立っています。この本屋さんにはいくつもフロアがあるので、別の階に探しに行ってもどこかですれ違ってしまうかもしれません。あたりを見回すと、どの人も私の待ち人そっくりに見えて、でもよく見ると決してそうではないのでした。

誰かを待っている時間というのはおそろしくゆっくりと流れます。どこのコーナーに行ってどんな本を見ようかとわくわくしていた気持ち、そして会えるのを楽しみにしていた気持ちが、自分の中で少しずつしぼんでいくのがわかりました。

夏にこうして誰かを待っていると、私は子供の頃の花火大会の日の夕方の、長い長い時間のことを思い出します。

中学校制服をどうやって手に入れればよいのだろうと考えていた記憶があるので、きっとあれは小学校六年生の頃だったのだと思います。いつだったか、転校してきたクラスメイトのおうちに一度か二度お邪魔させてもらったことがあった気がしますが、それ以外では子供の頃に誰かとの交流経験することはなかったように記憶しています。当時の私にとってそれは日常でした。

から、今考えると、花火大会に誘われたということのほうがおかしなことではあったのです。

自分の掌を開いて見つめていると、しばらく忘れていたはずのあの日出来事が鮮やかに蘇ってきました。

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その日はよく晴れていて、花火大会はまず中止にならないだろうと教室で誰かが話していました。お祭り屋台で何を買うか、楽しそうに相談する声が聞こえました。私には関係のない話でした。

私は机のしみを数える作業に戻りました。それに集中していたので、教室の窓側で立ち話をしていたクラスメイトのうち一人が私の方にやってきて話しかけてくれたときは本当にびっくりしてその場で飛び上がりそうになったのを覚えています最初は人違いをしているのではないかと思いました。待ち合わせ時間場所はまだ決まっていないから、夕方連絡網を見て電話するねと言われて、私は彼女の気が変わらないうちに思って急いで頷きました。

下校して家に着いたときは15時くらいだったと思います

私は電話線が抜けていないか何度も確かめながら、誰もいない家の中で電話を待ちました。貯金箱を割ってみると、思っていたよりお金は入っていなくて、でも一番安い何かなら買うことができるかもしれないと考えました。

他の女の子たちは浴衣を着てくるのかもしれません。私は、一緒に並んでいて皆がなるべく恥ずかしくならないように、持っている中で一番ましだと思う服に着替えました。

****

待っている時間永遠のように長く感じられました。

水色の空がオレンジ色になって、薄紫色に変わって、それから深い群青色に染まりました。電話の前で座り込む私の影が長くなって、それからだんだん見えなくなりました。

目をつぶると、目の前に深いあかがね色をしたびろうどの緞帳が現れました。私は幕が上がっていないステージの内側で片足立ちをして、始まるのを今か今かと緊張しながら待っている踊り子になっています

まだ幕は上がりません。どんどん足が疲れてくるので、そうしたら反対側の足で片足立ちをします。それをずっと繰り返しながら、踊りのステップを忘れてしまわないよう頭の中でそらんじています

何かを待っているとき、私はいつもこうして踊り子のことを想像しました。これは私が何度も繰り返して読んだお気に入りの本に入っていたおはなしの一つに由来するイメージです。このイメージを頭に浮かべていれば、不安気持ちが少し紛れるような気がしたものです。

私はふたたび手触りのよさそうな緞帳を見つめました。何度も何度も交互に片足立ちをして、そのときが来るのをじっと待っています

もう外はすっかり夜でした。

遠くで花火が上がりました。それからしばらくして、祭囃子の音が小さく聞こえてきました。

私は真っ暗な部屋でしずかにそれらに耳を傾けます。目を閉じて、わたあめふわふわとした触感や、水の入ったカラフルヨーヨーのひんやりとした温度や、りんごあめやいちごあめの甘さを想像しました。わたし貯金箱に入っていたお金では、きっとどれも買うことはできなかったのだから、これでよかったのだと思いました。クラスメイトに気を遣わせるようなことにならなくて本当によかったのだと。

目の前で花火のにおいがするような気がしました。煙がしみるので私は目をしばたたかせました。お金を握っていた手はすっかり汗ばんでいて、手を開くと金属くさいにおいが立ち昇りました。

****

誰かが呼ぶ声がしてはっと我に返ると、私はふたたび雑踏の中にいました。隣には恋人が立っていて、私に何か話しかけていました。

私は、花火大会あの日からずっと今まで待っていたような気がしました。やっぱりちゃん約束していたんだというほっとした気持ちと、待っている人が約束を守ってくれたうれしさと、待っていた時間の悲しさが胸の中でごちゃごちゃに混ざり合いました。

黙っている私に、待ち合わせまであと三十分もあるのに先に来ていたのでとても驚きましたと彼は言いました。そういわれて昨日の電話の内容を思い出してみると、待ち合わせ時間は十七時だったことに気が付きました。それでかばんのなかにいつも入れている小さなメモ帳を見てみると、十七時にT書店で待ち合わせ、と私の字で書かれていました。メモまで取ったのに待ち合わせを一時間早く間違えていたのです。一人で勘違いをして一人で悲しくなっていたことを恥ずかしく感じました。それにしても、一時間遅く間違えなくて本当に良かったと思いました。

そういえばK市の花火大会は今年も開催されるらしいですよと本屋さんのエスカレーターに乗っている時に恋人が教えてくれて、今年も行こうということになりました。

去年の花火大会は、前日まで一週間も雨が降り続いていました。花火大会当日も結局雨だったのだけどなぜか開催になって、傘をさしながら足元を泥だらけにして一緒に見たことを思い出しました。私にとってその日は花火大会に初めて行く日で、しかも隣には好きな人がいて、これは現実なのだろうかと何度も疑ったものでした。

私たち距離は今のように近くはなくて、その頃はまだ手を繋いだことがありませんでした。

手が冷えていたのでエスカレーターの手すりがあたたかいなと思っていたら、一段下にいた恋人が隣にきて私の手を握ってくれました。

私は今とても幸せだと思います。こうして一緒に過ごしている間は何も余計なことを考えないでいられるのですが、一人になるといつも罪悪感をおぼえました。恋人に優しくされるたびに子供の頃の私と今の私とのコントラストが強くなっていくように感じられて、何だかとても悪いことをしているような気持ちになるのです。

子供の頃の私はきっとここではないどこか違う世界に行くか、別人に成り代わりたかったのだと思います大人になった私は今こうして別人に成り代わって、別の世界にやって来たつもりでいました。でも結局のところ過去自分現在自分は分かちがたく連続しているのだということが、今更になって漸くわかってきたような気がしました。

私は恋人の手を握り返しました。本当は横並びに乗ったらいけないとわかっているのですが、ずいぶん待ったのだからこのくらい良いだろうと勝手なことを思いました。

2020-07-04

あの世界がやってくる

夏のノスタルジック雰囲気が好きだ

入道雲が大きくなり立体感が強くなる様は、空の奥行きを強くし世界を広げているように見える

昼に食べるそうめんは、あまり食欲がなかったとしてもするすると胃の中に落ちていき食べやす

夏ぐらいにしか食べないというのが、季節感を感じてまた乙だ

セミの鳴き声は、夏という場にふさわしいBGMになっている

それもかなりの音量で、常に夏を盛り上げてくれている

暑い時に食べるアイスは、火照った体を冷やしつつ甘みを口の中に伝えてくれる、夏の回復アイテム

ただし、回復アイテムを服用しすぎると回復するどころか自分ダメージを残す場合がある

夏を攻略するには調整が必須

ヒグラシの鳴く声も良い

あの声を聞くと、それを合図にどこか別世界にいくような、そんな感傷的な気分になる

また鳴くのも夕方頃のため、周りは夕日が差し込みオレンジ色世界で綺麗だが、どこか儚げな世界に迷い込ませてくれるようにも思う

日が落ち涼しくなると、火照った体が徐々に冷え気怠さや眠気が出てきて、どこか心地よくも感じる

夜風は、昼間の風と違い清涼感を持ったものとなっていて気持ちがよい

そして明日も同じように夏が来ると思うと楽しくなる

から、夏が好きだ

モデルハウス奇譚

最近はずいぶん蒸し暑いですね。

私は梅雨のない地域で生まれ育ったので、この季節特有空気感に慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうです。夏の間はいつも冷たい素麺饂飩ばかり食べているのでどんどん痩せていきます。軽くなった体で往来を歩いていると、蜃気楼の中に自分が溶け込んでいくようです。

目的地まではまだ距離があります。あまり暑いので、途中で見つけたスーパーで冷たいお茶を買いました。あとは、お土産西瓜も一玉買いました。

お茶を飲んだせいか、片手にぶら下げた西瓜が重いせいか、一歩足を進めるごとに全身から汗が噴き出てきます。もう夕暮れ時だというのに、気温はまだ高いままのようでした。

ふいに私の後ろからなまぬるい風が吹いて、石けんと汗が混じった自分匂いしました。私は夕焼けを背にして歩いていたので、目の前には自分の影が長く伸びていました。私はもうこれ以上歩けない気持ちになって、シャッターが閉まった八百屋さんの前にあるベンチに座り込みました。

しばらくじっとしていると、もう何年も前のことになりますが、初めて一人暮らしをした年の夏の出来事が頭の中に蘇ってきました。

****

私が初めて一人暮らしをしたのはとても大きな街でした。

人々の歩く速度や、次の電車が来るまでのスピードは信じられないほど早く、私はよくそれらに圧倒されて駅のホームにあるベンチにただ座り込み地下鉄を何本もやり過ごしたものです。そういうとき、街全体がそこで暮らしている人々をも取り込んだ一つの巨大なシステムであるかのように感じられました。そうかと思えば、人気のない道端は吐しゃ物やごみで汚れていたり、ぼろぼろの格好をした人々が呻きながら寝転がっていたりしていたし、私が駅のホームぼんやりしていても変に思われませんでした。同じようにぼんやりしている人をあちこちで見かけました。そういった意味では暮らしやすい街だったなと思います

この街に来たばかりの頃はとにかくお金がなかったので、いつも働き口を探していました。私は学がなく、またひどい吃音緘黙症をもっていたために仕事探しは難航するかと思われましたが、幸運なことにこの大きな街においては仕事にあぶれることはありませんでした。

私はその年の夏、街の端の方に位置する治安の悪いXという地域にある建設会社で働いていました。

上司の指示を受けて色々な住宅展示場に出かけていって、モデルハウスの前のパラソルの下でお客さんが来るのを待ちます。お客さんが来たらパンフレットを渡して、モデルハウスについての簡単説明質問応対をスケッチブックパソコンを使って行います。お客さんが来ても来なくてもお給料は変わりません。そんな仕事でした。当時はほとんど話すことができなかったので、なぜ採用されたのかはよくわからないのですが。

お客さんはあまり来なかったので、週末に図書館で上限まで本を借りて、それらを読んで時間をつぶしました。仕事が終わる時間は十八時頃まででしたが、土地勘がないのと、ときどきバスしか行けないような場所の展示場に行くことがあったために(それまでバスに乗ったことがなかったので)帰り道を間違えてしまい、ようやく家に辿りつく頃にはもうとっぷりと日が暮れているというのが常でした。

お客さんが来ない日は、モデルハウスの中に立ち入ることは禁じられていました。一日に二回、私が勝手なことをしていないか上司が見張りにきました。とはいえそれはいつも同じ時刻だったので、その時間だけ本をかばんに隠してパラソルの下で神妙にしていればよく、それ以外の時間のんびりと過ごしていました。

夏至を過ぎると一気に気温が高くなって、私はそれまで体験したことのない暑さに驚きました。外の気温が体温を超えたときなどは、時間を見計らってこっそりとモデルハウス玄関で涼んだものです。窓と玄関のドアを細く開けると気持ちのよい風が通りました。髪をほどくと、風に吹かれて私の汗と石けんが混じった匂いしました。

その日の最高気温は三十八度で、朝から晩までかんかん照りという有様でした。

お客さんは一組も来なかったのですが、あまりに暑くて読書に集中することができませんでした。仕事時間が終わって戸締りをしようとしたとき、雲のない空からまっすぐに差す夕日が、太陽を背にして玄関に立つ私の影を家の中まで長く伸ばしました。

それを見た瞬間、真新しい家の二階の窓から夕焼けを見てみたいという強い気持ちが私を襲いました。それまで、お客さんが来ないときに家の二階まで入り込んだことはなかったのに。

ここで働くようになって初めて、新築の家の匂いを知りました。それは、少し化学的な匂いと、新品の布や畳の匂いとが混ざった匂いです。

階段を静かに上りながら、この家に自分が住んでいる空想しました。ベランダが付いている部屋を見つけて、ここを私の部屋にしようと思いました。その部屋の窓は南西に向いていて、西日が差し込んでいました。この場所には学習机を置いて、ベッドの向きはどうしようか?壁の一面には大きな本棚を置きたいけど、背表紙日焼けをしないように扉が付いたものでなくてはいけないかもしれない。友達が遊びに来たときのために小さいテーブル必要かもしれないな。そんなことをつらつら考えているとなんだか少し悲しくなってきて、その気持ちを振り切るように窓を開けてベランダに出ました。

辺りはすっかりオレンジ色に染まっていて、建物木々や道を歩く人々の輪郭曖昧にしていました。

それらを見つめながらかすかな風の中に佇んでいると、少しずつ気持ちが落ち着いてきて、これからまた何だってできるような気がしてきました。何しろ私はこんなに大きな遠くの街にいるのだから

部屋を後にしようとしたときクローゼットの扉が少しだけ開いているのがふと気にかかりました。窓を開けたせいで風にあおられて開いてしまたかもしれません。二階に上がったことを上司に知られてはいけないので、扉を閉めるために私はそこに近づきました。

扉の隙間からは妙な匂いしました。新築の家には似つかわしくない匂いです。手垢で小口が汚れた古い辞典をめくったときや、寂れた地下鉄の駅のホーム列車が来たときにこんな匂いかいだような気がしました。大工さんが中に何か忘れていったのかもしれないなと思って、私はクローゼットの扉を両手で開きました。

****

初めに「それ」を見たとき、私は大きな置物や等身大人形の類かと思いました。しかし「それ」は紛れもなく本物であるようでした。

「それ」を目にするのは初めてではありませんでしたが、こんなに乾いていてさびしげな「それ」を見たことはありませんでした。ほとんどミイラのようになっていたので、いわゆる腐乱臭のようなものは感じられませんでした。ひどく痩せていて、夕日が肉の落ちた腕やあばら骨の浮いた胸に濃く影をつくっていました。眼窩は落ちくぼんで暗くなっていましたが、色々な方向からのぞき込むと、小さな白い虫が奥の方でひっそりと蠢いているのが見えました。

夕暮れどきの時が止まったような不思議雰囲気のためか、私の心は奇妙なほど落ち着いていました。あるいは、日中の暑さで頭がうまく働かなかったのかもしれません。

ここでの私の仕事は、パラソルの下でお客さんを待ち、お客さんが来たら簡単説明質問応対を行い、時間が来たら戸締りをすることです。もし家の中に「それ」があったときには上司に報告したり警察通報したりするように、などという指示は受けていません。私はクローゼットの扉を静かにぴったりと閉めました。

部屋を出て階段の方に向かったとき、奥の部屋から何かの気配と殺気のようなものをふと感じました。私は子供の頃に大きな野良犬対峙したときのことを思い出しました。その犬からはまっすぐな殺意が感じられましたが、奥の部屋から漂う殺意には迷いがあるようでした。そこにいる何かが心を決める前に、私は階段下り玄関のドアを開けて戸締りをして、人通りの多い道を選んで駅まで歩きました。

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ふと気が付くともう太陽が沈むところでした。私の目の前には誰かが立っていましたが、暗くて顔がよく見えませんでした。大丈夫ですかと尋ねられて初めて、私はその人が恋人であるとわかりました。

約束した時間を過ぎても私が家に来ないので迎えに来てくれたようでした。夏でもいつも平気そうにしているはずの恋人の額には汗が浮かんで、髪が少し乱れていました。

ぎゅっと心臓をつかまれたような気持ちになって、迷惑をかけてしまたことを謝りました。彼は私の頭のところにそっと手をやって、あまりにそこが熱くなっていたらしくびっくりしていました。こんなに暑いなのだから自分がそちらの家を訪ねればよかった、すみません恋人は言いました。そうやってベンチにすわってお互いに何度も謝り合っているうちに少し涼しくなってきたので、家に向かうことにしました。

手を繋ぐと、恋人の腕の内側の皮膚が私の腕に触れました。少し汗ばんだあたたかいその皮膚は、その下に肉や血の通った血管があることを教えてくれて、私はそれで少し安心することができたのでした。

今日晩御飯は一緒にピリ辛茄子素麺を作る約束をしています西瓜はすっかりぬるくなってしまったけど、水とたくさんの氷を浮かべたお風呂に沈めておけば、夕食の支度をして食べ終わった頃にはちょうど冷えているかもしれない。そんなことを話しながら、蒸し暑い夏の夜道を二人で歩きました。

2020-07-03

坂の上の家のはなし

今住んでいるところには海も丘もあります

私が子供の頃住んでいた場所には、そのどちらもありませんでした。

悲しいときに砂浜にしゃがみこんでじっとしていると、いつの間にか凪いだ気持ちになります。むしゃくしゃしているときに丘に登って街を見下ろすと、胸がすく思いがします。今はそうやって心を落ち着かせることができるのですが、昔このような環境享受できていればどんなに良かったかと思わずはいられません。

私の故郷の町は平べったくて、田んぼがどこまでもどこまでも続いていて、海ははるか遠く、電車に乗って数時間かるところにありました。案内板を見ても、図書館で詳しい地図を調べてみても、この町には目立った起伏はないようでした。

犬を飼いたかったのですがそれは叶わなかったので、隣の家の犬とこっそり仲良くしていたら、その家のおじさんのご厚意で自由散歩させてもらえることになり、起伏を探すための現地調査によく連れ立って出かけたものでした。しかし、長い時間をかけて町を隅から隅まで歩いて調べても、やはり小高場所存在しないようでした。

今ではそんなことをしなくても、グーグルマップを使えば半日もかからず調べ終わってしまます。そのくらい小さな町です。今調べても、ほとんど起伏は認められません。

なぜ、地図にないとわかっているのにわざわざ歩いて探していたのか疑問に思う人もいるかもしれません。私が執念深く町を歩き回って高い場所を探すようになったのは、ある出来事きっかけになっています。もちろん、高いところから自分が住んでいる町を見下ろしてみたいという願望は物心ついた頃からずっと持っていたのですが。

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犬のことや、高い場所を探し回ったことはよくおぼえているのですが、その他のことはほとんどぼんやりしていて断片的にしか思い出せないのです。

から、具体的にその女の子がいつ転校してきて、どのくらいこの町に住んでいたのかはよくわかりません。ただ、クラスメイトランドセルを背負っていたような気がするので、おそらく小学生の頃だったのだと思います

その女の子をAと呼ぶことにします。Aのお父さんはトウモロコシ研究をしていて、私の町にはトウモロコシ国立研究所の一拠点があったらしく、それで一家引っ越してきたようでした。

私は幼い頃誰かと遊んだり、仲良くさせてもらったことはなかったように思います

から、どういう展開でAの家に遊びにいくことになったのかよくわかりません。Aは新参者でこの町のことをよく知らなかったので、ある意味暗黙の了解のようなもの認識しておらず、それで私のことも誘ってくれたのかもしれません。あるいは、Aが他のクラスメイトを誘い次いで私にも声をかけてくれたとき、その場には新卒若い担任先生居合わせていて、クラスメイトの多くはその先生に好かれたがっていたので、何となくそのままの流れでAの家に向かうことになったのかもしれません。

先ほども書いたように、子供の頃の記憶はじつに曖昧なのですが、その日のことは犬との思い出と同じくらい今でもくっきりと残っています

Aの家は学校からかなり離れたところにあるようで、自転車に乗って登校することを許可されていました。私の住む家がある地域を越えて、線路を越えて、さらにどんどん歩いていって、… そうしているうちに少しずつ夕暮れの気配が近づいてきました。

クラスメイト達は最初の方こそお喋りに花を咲かせていましたが、歩き疲れたいか徐々に口数が少なくなってきました。ずっと喋っているのはAだけで、家に友達を呼ぶのが初めてではしゃいでいるようでした。私はAの隣を歩いていたので黙っている訳にもいかず、ただひたすら相槌をうっていました。辺りはすっかり薄闇に包まれていて、お喋りをするAの大きな口だけが際立って見えました。

ふいにAが立ち止まり、この坂を登ったら私の家だよと言いました。

私たちの目の前には急勾配の広い道がまっすぐ伸びていて、Aが指差すその先は暗くて目を凝らしてもよく見えませんでした。こんな場所がこの町にあったのだなと私は思いました。ここまで来るのにかなりの距離を歩いてきたようでふくらはぎが痛かったのですが、ともかく登らなければAの家に着かないので、私たちは坂を登り始めました。

Aは学校を出発してからずっと自転車を押してきて疲れているだろうと考えて、私がAの家まで自転車を押して歩くことにしました。ただの親切心というよりは、ここまでの道のりでAは私にたくさん話しかけてくれたので、そのお返しのつもりでした。

恐ろしく急な坂でした。

急な坂がやたら多いNという街がありますが、そこと同じくらい険しかったように思えます自転車を押していると何度も後ろにひっくり返りそうになり、しょっちゅう立ち止まらなくてはいけませんでした。後に、授業中三角定規を使っていて、あの坂は60°くらいはあったなと思ってしまったほどです。

Aの家に漸く辿り着いた時にはもう日が暮れていました。いつの間にか他のクラスメイトはいなくなっていました。坂があまりにきつかったので途中で帰ったのだろうと思いました。

****

坂の上にはAの家だけがありました。

Aの家は平屋で、縁側がついていました。縁側の先には広い庭があり、両腕を広げた大きな木にブランコハンモックがぶら下がっていました。私はすぐにでもブランコハンモックに乗ってみたかったのですが、いきなりそれで遊ぼうとするのはお行儀が悪いだろうと思ったので黙っていました。Aは、お母さんが晩御飯を作って待っているから、食べ終わったら一緒に遊ぼうとにっこり笑って言いました。私は心の中を見透かされたようで少し恥ずかしくなりました。

Aの家族は私を暖かく迎えてくれました。

Aのお母さんはAとよく似ていて口が大きく、笑うと顔のほとんどが口であるかのような印象を受けました。テーブルにはお母さんの作った料理が湯気を立ててずらりと並び、張り切って作ったのと笑いました。トウモロコシ研究をしているというAのお父さんも食卓についていました。

オレンジ色の電燈の下で、Aとその両親と色々な話をしながら、Aのお母さんが作ってくれた晩御飯を食べました。私もAも半袖を着ていたのでおそらくそときの季節は夏だったと思うのですが、私の町では夏でも夕方になるとひんやりとしてくるので、温かい食事は沁み入るように美味しかたことを覚えています

こうやって談笑しながらみんなで食事をとるのは初めてでした。普段は話そうとすると喉がつっかえたようになってしまうのに、そのときはすらすらと言葉が出てきました。ハンモックブランコのことを聞くと、ここは借家で、ハンモックブランコは前の住人が残してくれたのだとAのお父さんが教えてくれました。

ブランコハンモックも私とAが二人で乗れるくらい巨大でした。

ハンモックバランスを取って乗らないとすぐに転げ落ちてしまうことを初めて知りました。何度も転げ落ちてしまうので笑いが止まりませんでした。仰向けに横たわって見上げると、いつもは見えない暗い星まで見ることができたので、ここらあたりには街灯が少ないのかもしれないと考えました。

まりに楽しかったので、この時間がずっと続けばいいと思いました。こんなに夜遅くまで人の家にお邪魔したので、きっと母は機嫌を悪くして私をひどく叱りつけるだろうということは容易に想像がつきました。それでもやはり帰る時間はやってきて、また来てねとAとお母さんとお父さんに玄関口で見送られて、Aの家を後にしました。

****

その後のことはあまりよく覚えていません。

Aのお父さんは別の拠点に行かなければいけなくなって、Aはすぐにまたどこかの町に転校していきました。私は犬と一緒にAの家があった場所を探すようになりましたが、とうとう見つかりませんでした。それから何年も経って私も町を出て、今は海も丘もある街で暮らしています

私には恋人がいて、その人はずっとこの街で暮らしています。ある日、海も丘もあるところで生まれ育ったことを羨んだら、そうですかね?と言いつつも誇らしげでした。

恋人は街のことを隅から隅まで知っていて、美味しい料理を出す店や景色が良いところへよく連れていってくれます。無口な人ですが、そうした場所にまつわる思い出について尋ねると、比較饒舌に、嬉しそうに話してくれます。私の隣でぽつぽつと語る横顔をこっそりと眺めながら、恋人がそのような良い環境の中で子供時代を過ごしていたことにいつも安堵するのでした。私の住んでいた町ですか?いきなり聞かれたのでびっくりしてしまいました。特に何もない平べったいただの田舎町で、冬にはたくさん雪が降ります。ここはとても素敵ですよね。海と山が近いなんてなかなかありません。食べ物も美味しいし。そんな風にして、いつも話題この街のことに戻すのでした。

私はもう故郷には帰らないと思います

隣の犬もずっと昔に死んでしまったので、帰る理由がなくなってしまいました。でも、結局Aの家を見つけられなかったことだけが心残りです。

町の人は、ここには見てわかるように丘なんてないし、線路の向こうにはそもそも家がないと言っていました。トウモロコシ研究をしているお父さんを持つAという子は確かに一時期この町に滞在していたけれど、遊びに行ったというのは君の夢か空想なのではないのかい?そう言って、人々はAの家を探すことに何年もずっと執着している私を気味悪がっているようでした。そう言われると、そうなのかもしれないと思います

でも、Aの家まで自転車を押して坂を登ったときふくらはぎの痛みや、Aのお母さんが何度もすすめてくれた不思議な味のする温かいスープが喉を伝う感覚や、ハンモックにうまくバランスをとって横たわることができたときの浮遊感と体に網目が少し食い込む感触は私の体にまだ残っていて、それらはリアリティをもって私をあの日に引き戻してくれるのです。

いつか自分たちの家を建てることになったら、それは坂を登ったところにあったらいいなと思います。庭もあったらいい。そこには両腕を広げた大きな木があったらもっといい。そうしたら、その木に大きなブランコハンモックをぶら下げて、私の子供が淋しそうにしている友達を連れてきたら、温かい食事をご馳走したいなと思うのです。

2020-06-25

独身寮、学生寮などコンロのない環境

http://goldhead.hatenablog.com/entry/2020/06/25/070000

上記について、転勤族御用達マンション独身寮、学生寮でまかないを食べる前提だったものが何らかの理由で(アレルギーとかカロリーとか懐具合など)まかないを食べられなくなった場合を想定してこの文章を書きます

期間限定暮らしでは引っ越しは考えにくい。

コンロ、まともに使えるものはついていないことがあります

まかないで済ませるならいらないので修理もされません。

水道はついていることもあれば共用スペースのみの場合も。

洗濯は自室でできる場合もあれば共用の場合も。

冷蔵庫、置くスペースが狭く1ドアのものがついているかどうか。

入れられるのはせいぜいジュース牛乳

なのでコンビニ利用が前提となります

この環境引用先の料理はできません。

自分冷蔵庫を買っておくことも電力事情とスペースの問題でできないでしょう。

となると使えるのは電気ポットと電子レンジくらい。

この2つはリサイクル品を扱っているところで安く購入できます

まり場所も取りません。

パンも焼けるしね。

冷蔵庫ほど電気も食いません。

包丁や鍋その他百均で買ってきたところで、加熱調理が難しいから使いようがありません。

だとするとお湯を用意すること、

レンチンで済ませられること、

保存は室温でも大丈夫なこと、

などが条件になります

麺つゆのもとアウト、

創味シャンタン微妙ですがちょっと使いにくいかな、

ケチャップソースマヨネーズのたぐいは冷蔵庫保存なのでアウト、

ドレッシング市販のもの冷蔵庫保存なのでアウト、

ということでちっちゃな流しの下か段ボール箱に保存できるものがいい。

基本的調味料

砂糖

塩、

味付き塩コショウ

しょうゆ、

お酢

みりん

料理酒、

味噌(今流行りの減塩もの冷蔵庫でないと傷むのでアウト)、

サラダ油

小分けしてあるだしの素、

片栗粉

カレー粉(調味してあるやつ)、

コンソメ(開けたらビニール袋みたいなので包んでおいて)、

七味唐辛子

すりごま

乾燥わかめ

乾燥ネギ系統

ラー油

などが常備品で考えられます

細々としたものスープに味付けするときに足すなりで使えばいいけれど、

面倒だと思ったら省略してもいい。

だいたい百均コンビニで手に入れれば小さいサイズになるはず。

あとは野菜は火を通さなくても包丁を使わなくても食べられるものをチョイス。

カット野菜

ニンジンスライサーでカット

プチトマト

きゅうりは塩もみしてね、

ほうれん草冷凍モノを買ってきてポリ袋に入れレンチン

本当はミックスベジタブルを使いたいところですがいっぺんに使い切れないので代わりに缶詰コーンを買ってきていっぺんに食べちゃえ、

ドレッシングはしょうゆとお酢サラダ油適当に混ぜよう、

味を変えたければすりごまとかカレー粉とかで工夫して、

きゅうりなどだと味噌で食べる手もある。

味噌汁はお椀に味噌大さじ1(大さじ小さじは百均で)、だしの素小さじ1/2、乾燥ネギ、お湯。

味噌汁に豆腐など手に入ったら混ぜてみよう。

お湯が冷めちゃうから豆腐を味しみがいいようにスプーンですくってお椀の中で先にお湯で温めておこう。

プラコップなどに使ったお湯を捨てておくこと。

それから残りの材料を加えればいいね

ということで栄養源は…

豆腐

サラダチキン

サバ缶やシーチキンなどの魚の缶詰

卵焼き

惣菜コーナーのもの

200mlくらいの牛乳

サラダ油

ピーナッツなど、

ニンジン

ほうれん草

カット野菜

焼き芋ポテトフライ

パックご飯

流水麺

パン

コーンフレーク、

無限キャベツのもとみたいなパリパリ麺もいいね

果物カットタイプみかんイチジクぶどういちごなど、

これに糖分の入っていない飲み物

少々のお菓子

などなど…

なお、バランスを考えるときは、

牛乳200ml、

豆腐一丁(腹具合でサイズを決めて)、

卵一個分、

魚一缶か一匹(一尾)、

肉は手のひらに乗るくらい、

野菜緑色のものオレンジ色のもので片手に乗るくらい、

赤いものと白いもの、薄い色のもので両手くらい、

(豆でできているものアボカド野菜には入れない、

コーンも入らない)、

果物は片手に乗るくらい、

パン8枚切りで一枚程度(大食漢で2倍程度)、

ご飯1パック(人によってサイズ変更)、

流水麺1 パック、

調味料

カロリーのない飲み物

少々のお菓子

こんな感じで栄養バランスを取れないでしょうか?

イメージしているのは女子栄養大学の4群式ですが私の知識が古いので…

これをたたき台にして、皆さんの意見をうかがいたいです。

2020-06-12

anond:20200611222435

人類が薬を飲んで体を青くしてる時代人間が、なんで薄いオレンジ色を指して肌色って言葉使ってんの?

俺らの知る青色(増田テーマカラー)をこそ肌色って呼んでしかるべきだろ

2020-06-07

渋谷から30分くらいのアパート

渋谷から電車で30分くらいの駅の、駅から徒歩5-6分くらいのアパートに住んでいた。駅の付近は起伏の多い地形で、谷のように降っていく地域と、丘のように登っていく地域があった。住んでいたアパートは駅から緩やかに丘の上へ登り、2車線の道路を渡って降っていくかという場所にあった。アパート名前は忘れた。なんとかハイツとか、なんとかハイムというような、地名と無個性単語の組み合わせだったと思う。

アパートは確か5階建てくらいで、その3階に住んでいた。

部屋のドアの色は鮮やかな青色で、そこだけが新品のようにつやつやした手触りだった。ドアを開けるとキッチンの向こうにベランダがあり、やけに大きな窓が2方面に開いていた。窓は西向きだったのか、夕方に部屋の奥まで光が差し込んだ。アパートの向こう側は下り坂になっていたので窓の向こうの景色は開けており、他の建物から視線が気になることがなかった。カーテンはつけず、部屋の中の照明も控えめなものにして、1年中夕焼けが見えるようにした。冬は寒く、1日中毛布にくるまって過ごした。

駅の近くにあるスーパーで買い物をして帰ることができた。ぼけっとしていてスーパーを通り過ぎても、セブンイレブンがあったので弁当を買うことができた。何かの拍子にセブンイレブンも通り越すと、小さな蕎麦屋が家の向かいにあった。夜は半分居酒屋メニューで、テレビがいつでも小さな音量でついていて、麺がやわらかい店だった。

蕎麦屋メニューを覚える頃には、別のお店がないかと探した。Google Mapは今よりもずいぶんいい加減な情報を表示していて、個人のお店は載っていないことが多かったように思う。通りの雰囲気と人の流れを頼りに、アパートの向こうの下り坂を降りて、自室の窓から見えていた桜の咲く公園の近くへ歩いた。

この下り坂を降るとき、いつも不思議不安なような気持ちになった。あたりは夜でも十分に電灯はあったし、人通りもそれなりにあった。建物は2階建て個人宅が多く、昔から住んでいる人たちの木造建築はどれも立派な造りに見えた。アパートマンション比較的新しい建物のようで、大声が聞こえることも、不審に思える人物とすれ違ったこともなかった。

だが気になるのは、家々の窓から漏れ出る光。白からオレンジ色の光が、どの家からアパートからマンションからも、どの方角からも道に向かって漏れている。電灯から次の電灯までの間、辺りを見るとこの窓の光だけがぽつぽつと目に入ってくる。

それぞれの窓の中の景色想像する。自分と同じ一人暮らしの人も多いだろう。渋谷へのアクセスが良く、駅徒歩も10分以内といったところだ。不動産屋も紹介しやすいことだろう。二人暮らしの人もいるだろう。駅から離れるにつれてアパート敷地は広くなり、一部屋の間取りにも余裕が生まれる。ファミリー層向けのマンションには子供が生まれたばかりの夫婦が住むだろうか。昔から建っている立派な木造建築には、3世帯で住んでいる人たちもいるに違いない。夕飯の時だけは1階に集まって、テレビをつけながら談笑したりしているだろうか。そうした想像をすると、窓の光の一つひとつ生活があり、違った人生があるという当たり前のことが、リアリティをもって感じられた。この実感は、私をとても不安気持ちにさせた。

通勤電車が混むことが苦痛になり、2年でその町から引っ越した。今は生活が変わり、住宅街を通ってもあの時と同じ気持ちにはならない。でも、あの町の、あの坂道を通ってみたらどうだろうか。あの部屋で、夕焼けを直に受けるクローゼットの扉を見たらどうだろうか。

たまに思い出すが、何の用事もないような場所なので、あの駅に降りることはもう無いだろうなと思う。

2020-05-21

検察

話題になったのでバカ検事の事を思い出した。

外国人の知り合いA氏一家日本に遊びに来た。

俺を頼って来たわけじゃない。ただの家族旅行

A氏は自分の国で少し特殊自動車運転免許を持っている。A氏の国はちゃんとした先進国だ。

その免許証で今までどの先進国でも通用したため日本でもOKだと思い、自国にいる間に自国旅行会社を通じて日本でのレンタカーを予約し、予定通り日本レンタカーを借り運転中に駐車場内で自損事故を起こした。ケガ人等は無し。

しか警察が調べると彼の免許証日本では適用されず無免許となりややこしい事になった。

警察署が正式通訳を呼び彼の取り調べをしたものの、一緒にいた家族は全く日本語がわから不安になって俺に連絡があった。A氏には仕事でも世話になった事もあったか家族らの通訳を買ってでた。

警察も本人が悪いと言うよりは旅行会社レンタカー屋のリサーチ不足で実際そっちにも事情を聞くと言っていた。

警察での手続きなども全て済んでA氏一家日本旅行を終え帰国した。


それから数ヶ月後、突然俺に検事から電話があった。A氏の無免許事件の件だと言う。

若い声の男がものすごい一方的法律用語を並べたてる。


よく聞いてみると結局のところ、

A氏の罰金刑が決定したのでいついつまでにこちらに出頭しろ

とA氏に言え、

と言う。

え?何で俺が?

俺は本人でもないし、関係者でもないし、正式通訳でもないんですけど?と言うと

検「でも連絡先知ってますよね?友達ですよね?あの時警察署にいましたよね?」


早口でまくしたてる。わけがからない。俺は特に後見人でも何でもなく何かに署名した覚えはない。ただ警察の人に念のため連絡先を教えただけなのに。


俺「Aさんと連絡取れないとか、ですか?」

それにしたって俺は関係ないが。


検「Aさんの電話はxxx-xxxx-xxxxですよね?住所は〇〇、メールがxxx@で、勤務先がXX、奥さん電話はxxx、勤務先が〜」


なぜか得意げにまくしたてる。


俺「え!?それ全部連絡取れないんですか?」

検「俺さんが連絡して下さい。」


会話のラリーおかしい。



俺「検察からだと電話に出ないとかそう言う事ですか?」

検「そうではないです。とにかくいついつまで〇〇検察庁に出頭する様に言って下さい。刑法〇条により〜で〜ですから。要はAさんは日本で悪い事をしたって言う事ですよ!!わかりますか?」


あれ?イタズラ電話


俺「イタズラ電話ですか?切りますよ。」

検「私は〇〇地方検察庁〇〇の増田増男です!!!電話番号はxxxxxxxxです!!!とにかくAさんに出頭する様に言って下さい。」

俺「ちょっと意味がわかりません。忙しいので。」


と言って電話を切った。あの話し方になんらかの発達障害とか症状名は付いてくるのを感じる。


少し不安になったので、A氏にメッセージを送り、検察から連絡があったか聞いたが、何も来てないと言う。

やっぱりイタズラかと思い、表示の電話番号をググるとその地方検察庁の本番号と近い。


次の日の朝8時半にまた同じ番号からかかってきた。気にはなっていたので出てしまった。


検「Aさんに連絡しまたか?いつ日本に来ますか?」

俺「知りません。連絡はしてませんよ。」


検「どうしてですか?連絡先わからないんですか?」


俺「すいません。なんで、私が、Aさんに、連絡を、取るのですか?」

意味がわからなすぎて、俺はおかしい奴に話しかけりようにゆっくり話す事にした。名前は出てこんがオレンジ色野球芸人並みだ。


検「友人ですよね?違いますか?」


俺「友人です。でも、この件を、どうして、私が、Aさんに、伝えるのですか?担当検事である増田さんが、連絡して下さい。」

検「......」

???

長い沈黙の後

検「......Aさんに連絡...して...下さい。」

俺「これ何ですか?検察命令とかですか?」

検「...命令...ではありません。」

俺無言

電話を切ろうかと思ったら、

絞り出すような感じで

検「...Aさんに連絡して...いただけませんか...」

いやお願いできない人?

俺「あの、連絡するのはいいんですけど、検事の、増田さんが、連絡しないのは、ナゼですか?」


沈黙









検「......英語は.........にがてです」




俺「えぇ?......わかりました。」



電話は切れた。俺が切ったんじゃなくて検事増田が切った。「じゃあお願いします」も無しで。


次の日の朝8時半きっかりにまた電話がかかって来た。

検「連絡しまたか?Aさんはい日本に来ますか?」

俺「連絡はまだしてません。」

検事増田は舌打ちでもしそうだ。

検「何で連絡しないんですか?」

俺「なんでって。私も忙しいんで。」

検「...今連絡...して下さい。」

出た。お願いできない奴!

俺「いや時差もありますから。」

検「向こうは何時ですか?」

俺「知りませんよ。増田さんが調べて下さい。」

検「...」

俺「ちょっと忙しいんで。いつ日本に来るか聞けばいいんですね。当分来れないと思いますけど。大体、この件だけの為に日本に来るわけないですよね。」


検「!!日本国内で〇〇法に違反してるんですよ!〇〇法で〇〇にあたるんですよ!!日本国内で処理するんですよ!!わかります!?

俺「わかりません。」


検「〇〇法〇〇条です!!わかりますか?!」

こいつただの憲法オタク

俺は黙って電話を切った。


その日のうちに一応、狂った検事からこんな連絡があったからとA氏に電話した。A氏は、次に日本に行く時にめんどくさいと困るから弁護士に頼むよごめんよと言って終わった。

次の日の朝8時半、またその次の日もまたその次の日も増田から電話があったが無視し、その番号は着信拒否にした。


思うに、検事増田プライドが高すぎて、上司通訳手配が頼めず、たまたま連絡先があった下級市民の俺に丸投げしたんだろう。

下級市民のお前は憲法を知り尽くした上級検事増田の言う事を聞かなければならぬのだ。ぐらいの勢いだったな。

こんな奴が検事になるんだと呆れたが、逆にこんな奴だからこそなれたのかもしれん。

あの話し方は発達障害かなんか知らんがコミュ障もかなり拗らせてるようだから出世は出来んだろう。

2020-05-09

[]カリン (マメ科)

漢字で書くと花梨、花林、花櫚。

東南アジアからフィリピンニューギニア熱帯雨林に自生していて、日本では八重山諸島が北限。オレンジ色の小さな花が、1日から2日の間に密集して咲く。

建物内装材や家具材、仏壇楽器として使われる銘木(美しくて趣がある木材のこと)である

ややこしいことに、のど飴なんかに使われるカリンとは全く別の種である。こっちは中国原産バラ科で、漢字で書くと花梨、榠樝となる。果実生薬名を和木瓜(わもっか)という。ただし和木瓜をボケやクサボケとする人もあるし、カリン木瓜(もっか)とする人もいるらしい。木瓜と書くと、普通ボケな気がするのだが、この辺は統一されていないとのこと。なるほど、どの種を指しているか混乱しないように、唯一のラテン語学名必要になるわけだ。

そういえば、近所の植物園ウコンと呼ばれる桜の品種が生えていて、ウコン色の花が咲くからなのだけれど、これもややこしいことこの上ない。わざわざ植物に別の植物の由来する名前を付けているのだものとはいえ、実際にウコンなのだしょうがない。

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