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はてなキーワード: 心理士とは

2021-05-21

うつ病患者の周囲に、一人くらい現実的なことを言う人間がいた方がいいのではないか

家族うつ病で、ずっと治療を見守ってきたんだけどさ。先生看護師さんも心理士さんも、みーんな優しくて甘いことしか言わんのよ。たとえばおばあちゃんっ子だったので介護仕事やろうかと思って……!そしたら貯金して一人暮らしして、猫飼って奨学金も返してって言ってる患者に、現実はそううまく行かないよ、とか言わないんだよね

介護仕事っておばあちゃんっ子だったからってできる仕事じゃないよとか給料いからそのプラン現実的じゃないよとか

案の定介護仕事はすぐにギブアップ、私は仕事が続かない自立もできないダメ人間だって落ち込んでるし。

よくわからん。転院させたほうがいいのかね……

2021-05-03

ホストヤンキー上がりのカウンセラーが“ヤバい理由”、教えてやん

ホストヤンキー上がりでカウンセラーをしてる男はヤバい


そういう男性責任感が欠落しているケースが多い

こんにちは人生恋愛を上手くいかせたい女性のために本質思考アドバイスする、匿名ライター増田太郎です。

からメンヘラ市場で、まことしやかに噂されていることがあります

それが、「ホストヤンキー上がりでカウンセラーをしてる男はヤバい」というもの。耳にされた方も多いのではないでしょうか。

ただ、何をもってしてヤバいのか、どうヤバいのかを具体的に説明できる人は少ないように思います。僕自身、この情報を散々耳にしたことがありますが、「そういえばなんでヤバいんだろう?」と改めて疑問に思ったので、記事にさせていただきます

まず、ホストヤンキー上がりで、カウンセラーをしてる男性ヤバいのかヤバくないのかでいうと、ヤバいです。もちろん、臨床心理士公認心理士など資格を取り、のっぴきならない事情でグレてしまっても、元から興味があった場合しょうがないです。

しかし、そういった事情もなく、現役で活動ができなくなって転職した男性は、何かしら欠落したものがあると考えて間違いないと僕は思います

何が一番欠落しているのかというと、言うまでもなく「倫理観」と「責任感」なんですよ。しかも、倫理観が欠落していると派生して起こるデメリットが凄まじくて、その被害の矛先は一緒にいる人に向くことが多いです。

カウンセラーになるケースは、自分自身に原因があるケースがある

そういう男性相談しても、苦労するのは女性である

ホストヤンキー男性場合だと、そのデメリットの矛先が女性全般に向いているわけですが、多くのケースでは、女性は好きで相手に貢いでいます

いくら口では、「早くうちのカレシは正業に就かないかしら」と言っていても、本当に男の自立を促す女であれば、「いついつまでに出て行きなさい! その期限を過ぎたらお金さないからね!」というように、強く言い続けます

それでも正業に就く気配がないときは、強硬手段に移ることも珍しくないですね。

口ではそう言いつつも、ホストヤンキー生活し続ける女性の多くは、なんだかんだ言って相手がいなくなるとさみしいわけです。

から強く出ないのですが、中には相手仕事をしないことに何の疑問を持たない女もいるので、ホストヤンキー男性の同居背景の多くが、「共依存」の関係にあると言えるでしょう。

ちなみに、ヤンキー先生(自由民主党所属衆議院議員、元法務副大臣)の存在問題視されることがよくありますが、有権者迷惑をかけていないのであれば、それは自民党問題なので、他人が口を挟むことではないと思います

ただ、そういった男性正業を持とうと資格を探し出し、カウンセラーになったときに苦労を背負い込むことになるのは、確実に相談者なんですよね。

ホストヤンキー上がりで、のっぴきならない事情でグレた場合以外で、今まで正業に就いたことがない男性と、ヤンキー先生を一緒にするのはかわいそうだという声はあるかもしれませんが、倫理観の欠落という観点だけを見ると、どっちもどっちな気がします。


ホストヤンキー上がりの共通点

自分自分の機嫌をとることができない人も多い

なぜなら、ホストヤンキー上がりの男性も、ヤンキー先生も、ほとんどの場合次のような共通点があるからです。

一般的サラリーマンが一ヵ月生活できるだけの収入を知らない

支援者ご飯を用意してくれる

女性家事をしてくれる

光熱費生活品は必要経費から支払われている

・めんどうくさくなるとスゴんで相手ビビらせればいいと思っている

・いざとなれば昔のツテでケツモチをしてもらえる

・なんならスラップ訴訟も辞さな

自分は偉くなったので過去の罪は帳消しだと思っている

問題発言をしても揚げ足取り有名税だと相手にしない

などなど。

このような共通点があるのですが、「俺は家事やってるよ!」「経費は必要ものだけきちんと精算してるよ!」というような男性も中にはいるかもしれません。

でもそれ以外のことを支援者がやっているのであれば、何の言い訳にもならないし、倫理的問題があることに変わりはないんですよね。


――飽きた。

後はゆたぼんパパとか混ぜてテキトーに書けばよく燃えんじゃね?

https://www.c-c-j.com/course/psychology/mental/column/column01/

だいたい民間資格カウンセラー調子乗りすぎなんだよってのもあるが、藤本ってよく見たら資格ねぇんだからそもそもカウンセラーでも何でもねぇんじゃんww

 精神科もそうだけどカウンセリングって治療エビデンス確認しづらい上に状況悪化しても責任なんかゼッテー取らねぇし、元から腕っぷしと口八丁のヤツがテキトーに名乗って他人の身の上相談するだけならまだしも、士業名乗って偏見ブチマキとか放っといていいのかよってちょっと思ったんだよなw

 義家はテキトーに引き合いに出したが正直良く知らねー。

頑張って更生して成り上がった連中を叩くってのは好きじゃないが、テキトーチョーシこきすぎるとそういう連中全般が同じ目で見られんだよな。


「やっぱり元々**だった人は――」ってさ。分かってんのか? オマエラ。


 最近増田あんまりyahooに上がってこねーけどどうした? 裏で遣ったり取ったりの資金でも尽きたのか?ww

義務教育元ヤンカウンセラーとか中学生youtuberなんざオマエラ大好物だろうにw

なんなら元ネタの子供部屋だのフェミだの男女同権だのオタクだの混ぜ込んだら炎上フルコーススペシャルディナーだぞ?

オマイラ大好きだろ? ネタにされたくない人間の話を引きずり出してやり玉に挙げてポリコレ面でギャンギャン騒ぐの。

期待してるぞアノニマスダイアラーwww


 あ。もうちょい言うと過保護であるとかコロナ禍に於ける生活保障と公的支援女性の自立と相談先の問題、なんてのは実は高度に政治的な話であって、日本の現状って行政過保護過ぎる側面もあんじゃねーかなぁーって今ちょっと思ってる。

 ウィルス心配職場安全に疑問はあるけど労働争議はしない、給付金は欲しいけど増税は嫌、専門家メディアは信用できないし行政対応が遅いけど、自分ちょっと連休でお出かけしてきまーす、ドイツコイツ人気取りだけどそれを指摘できちゃうテクシかっこいー、今日は何人死んだ何人感染したそれもこれも政治が悪いんだって言いつつ世界的に感染率が低いのは見て見ぬフリ、ワクチンあくしろよおらー、みたいな?

 連休なんだろ? 議論できてカッケー増田のいいとこちょっと見せてくれよ。

(因みにここ数ヶ月他のエントリーは一切見ていない。悪しからず)


ああ、もうちょい書かねーと引用の主従条件とかあんだっけ?

文字数カウンター使うと引用が空行抜きで1723と本文(上二行まで)1055か。……めんどくせーな。

内容的には問題ないし、実際はそのまま引用する必要はなくて部分的パロディしてみました♪ つってアンカー引用すりゃいいんだけどどうなんだろうな?


 ……まぁ何?

実際オマエいつまで匿名やってんだよ、煽りにしてもオマエのって品がねぇんだよとか口の効き方がどうのとかって話はあんだろうけど、普段から言ってる通り俺はお綺麗な言葉遣いで実際には手斧持ってこいヒャッハーな内容書いてる連中ってのが大嫌いでさ、流石に「1000万以下の納税者はそれ以上の人間インフラを拠っているのですからワクチン接種順で同じなのは疑問を感じます」とかって話が今回は上がらなくて(・д・)、チッ って感じなんだけどその辺で副作用云々の報道してるとしたら上手くやってる感あるよね。(笑)


 そうそう、ヤンキーとかヤクザバランス感覚として「気合の入ってる連中」って言い方があってさ、これって意外と特攻精神と通じる部分があって、任侠だの武侠だのってその辺と繋がりを求めてるような気がちょっとすんだよね。つまりイモ引いて飛んじゃうやつは「気合が入ってない」ワケで、ドロ被って笑ってるやつは「気合が入ってる」ワケ。

 こういうコト書きながら俺なんか体重60gで身長170mmの超ミニマム級でさ、たまにお花と動物が大好きな**でーすとかアピールしてるやついるけどこっちにとってはウサギさんとか巨象クラスからな? レタス転がってきて下敷きになったら死んじゃうかんな? でも気合い入れて書いてるんだよ。……分かる?

 何が気合必要かってさ、この間相模原行ったんだよ、相模原のやまゆり園。

それでさ、俺はタッパねぇから歩きだと10倍時間掛かるんだけどやる時はやるワケ。アイツって将来考えてプライマリーバランスを考えた場合にどこかで福祉を切る線引をしなきゃならないって考えがあったのかないのか知らねーけど、年収千万とか保護されてる立場が云々って話になると実は

 あ、800文字超えてるからもういいか。じゃーな。

2021-04-29

発達障害になるくらいなら生まれたくなかった

発達障害になるくらいなら生まれたくなかった


中学校はずっといじめられてた。みんなが当たり前にできることができなくて、どうして自分にできないのか理解もできなくてパニックになってよく泣いていた。勉強はできなくもないけれど得意な訳でもない。板書が極端に遅くて、授業後はいつも黒板消し係の人に急かされていた。運動は目も当てられないくらいできなくて、友達も少ないから体育の授業の「二人組をつくって〜」で余るのが常だった。中学くらいになるとそういう時に相手を探す行為自体無意味だと悟ったのでただ時間が過ぎるのを待っていた。そして先生と組む。

学校生活がうまくいかなくても頭がバカなので不登校という発想がそもそもなく、あと学校に行かないと親にクソほどキレられるので学校がある日は半泣きになりながらも登校していた。学校が嫌いだったか勉強も好きになれず、でも勉強しないと親に怒鳴られるので勉強は大嫌いになった。

勉強はしたくなかったか高校普通科ではない少し特殊学科を選んで入学した。これがたまたま合っていたのか、成績はクラスでも上位に入るようになった。授業は楽しいクラスメイトも優しくて、初めて学校いじめられなかった。高校卒業したら同じジャンル専門学校にでも行こうと思っていた。が、ある時担任にこの成績なら大学視野に入ると言われ、それを親に話したところいつのまにか第一志望が大学になっていた。高三の頃には中学いじめフラッシュバックメンタル限界を迎え、卒業式も保健室で迎えた。遅刻も多かったけれど成績は維持できていたので、地元のそこそこ良い大学指定校推薦で進学した。

大学生活は大変だったけれど今までで一番楽しかたかもしれない。

勉強の習慣がなかったか毎日の予習復習ができるようになるまで二年かかった。基礎もできていないから授業にもついていけない。それでも、今まで学んだことのなかった社会学心理学哲学法律外国文化歴史英語以外の外国語… 高校でやった普通科目がかなり少なかったのもあるのか、俺は義務教育でやったような国語算数理科社会みたいなやつだけが学問だと思っていたからとにかく衝撃で、全てが新鮮だった。

人間関係は相変わらずカスだったが、何とかグループに入れてもらってその人たちと一緒にいくつか講義を受けたりした。大学は一人でも勉強できる環境はあるけれど、「あの先生講義は楽」

だの「この授業が面白かった」「課題の提出期限が変わる」「今度こういうイベントがあるらしい」とかの情報があると段違いで勉強やすくなるから友人はいた方がいい。

大学三年のある日、そのグループの人たちに合わせて一緒に取っていた言語学関係講義発達障害存在を知った。

俺のことかと思った。

俺が発達障害

気になるとそのことしか考えられない。

数日後には県内発達障害を扱うメンタルクリニックを予約していた。初診は1ヶ月後しか受け付けていないと言われたがメンクリでは珍しいことではないらしい。素直に1ヶ月待つ。




「恐らく、自閉症スペクトラムと呼ばれる発達障害可能性があります




絶望した。


自分障害者なのかあんなに知りたかったのに、いざ面と向かって発達障害だと言われるとそこには絶望しかなかった。

俺は「あなた発達障害ではありません」と言われたかったのかもしれない。自分普通なのだとその証明医者から貰いたかったらしい。そのことに、発達障害だと診断されてから気付いた。

今までできないなりに努力もしたつもりだったけれど、お前の能力では努力してもどうにもならないのだと、現実を突きつけられた気分だった。

医者に進められるがままにwaisというIQテストを受けることになった。

waisの結果は最悪だった。

総合的なIQは平均以下の90、特に低い処理速度が65、作動記憶が70。

典型的ADHD、その上自閉もあるからコミュ力もない。

自分のできないことが数字として可視化され、心理士に読み上げられる。情けなくて悔しくて、でも誰にもこの感情をぶつけることができなかった。

俺はメンクリに来たことを、誰にも言えなかったから。

それから投薬が始まって、聞いたこともない名前の薬が沢山出された。

一番飲んでいた頃は一日で

ストラテラ120mg

インチュニブ2mg

コンサータ18mg

ルーラン12mg

セロクエル12,5mg

ルネスタ3mg

レンドルミン0,25mg

を飲んでいた。ストラテラのせいで異様に目が覚めるから睡眠薬で無理やり寝て、それでも3-4時間で起きてしまうから毎日睡眠不足だった。卒論がうまく書けなくてそれを主治医に言ったらこうなった。

卒論は何とか間に合い、俺は無事大学を卒業できた。

大学卒業後、よりによってアスペに不向きな接客業就職してしまったので結局ストラテラは減らせなかった。仕事はできない上に人間関係も上手くいかなくて、薬を減らしてもっと無能になるのが怖かった。夜は眠れない。朝が来たら仕事に行く。

その状態一年働いて、心身共に限界がきてついにこの前仕事を辞めてきた。

ストラテラもやめた。

一気にやめたら副作用なのかちょっとしんどかったけど。

貯金がなくなったら自殺しようと思う。

もう嫌なんだよね、俺が何かするたびにおかしい目で見られて、俺が喋ると会話が止まるの。仕事ができないのも悔しくて、だって俺さ、接客業やりたかったんだよ。この仕事に就きたかったんだよ。バイト接客業やってさ、楽しいなって思って就職して、でもできなかった。やりたいことだったのに、好きだったのに、できなかった。

俺は空気が読めなくて、喋り方もおかしいかダメなんだって

普通じゃないってなに?

数が多いってだけでお前らが正しいの?

俺がおかしいから、お前らに合わせないといけないの?

指摘されたこととか、怒られたことを思い出して俺の何がダメだったのか、どうすればよかったのか考えてるんだけどさ、

もう何も考えたくない

何も考えたくないよ


貯金が尽きるまでは本を読んで、ゲームをして、アニメを見る生活を楽しもうと思う。

多様性を認める社会

ダイバーシティ

そんないつ実現するか分からない理想社会を語るんじゃなくてさ、今困ってる俺を今助けてくれよ。

発達障害に生まれた俺が全部悪かった

発達障害になるくらいなら生まれたくなかった

2021-04-08

過去記憶が薄い人

別件で心療内科カウンセリング受けている時に気がついたんだけど俺過去記憶が薄いんだなって。

過去の思い出とかも何かキーワードを誰かが出してくれてピンポイントに焦点を当ててくれればなんとか思い出せるんだけど。

みんなそんなもんだと思ってた。

あと心理士記憶が薄いってだけですぐ解離性記憶障害を疑うのをやめろ

2021-03-30

実家を出て母の声が怖かったと気づいた

表題通りです。

実家を出て初めて、私は母の声が恐怖の対象だったと気づいた。

2階の自室にいるときに母の声に呼ばれた気がして慌てて下に降りて「呼んだ?」と聞くと呼ばれてない時がある。でも、気づかないでいると、あるいは気のせいだと思っていると2回目には怒号が飛んでくるから怖くて無視出来ない。

母は声が大きかった。そして常に苛立っていた。

私はただ母が怖かった。

近づくと「来ないで!」と怒られるのでなるべく近づかないよう、話しかけないよう息を潜めて生きた。それでも、子供から限界もあった。私は毎日母にはしゃぐたびに怒られていた。

いっぱいいっぱいだったのだと思う。子供を育てるのは大変だってネット上でいくらでも見る。

子供自分勝手で親の気持ちなど知らず利己的で理性が無くて甘ったれで騒々しい。親はそれに苛立つのなんか当たり前なのだと教わった。1日も早く「人間に成れ」と言われていた。

またそれを補完するためなのかネット上の育児ブログなんかもよく読まされた。ブログの中でも概ねそのような内容だった。どの母親子供の未熟さに悩んでいた。生きているだけで迷惑をかける生き物なのだと思った。

虐待の記録を目の前で読み上げられ「あんたはほんと幸せね」と言われた。

本当は私も虐待を受けていたのだと気づいたのは大人になってからだった。

私は小学校の頃、母に「子供を堕していいか?」と相談された。「お金がないの。この子を産むことも出来るけど、そしたらあなた達にかかるお金がなくなっちゃう。それでも○○は兄弟が欲しい?」

私はそう問われ、何日も体調が悪かった姿や、すでに金銭的な悩みを日常的に相談してくる母のことを思い出して「兄弟はいらない」と答えた。

婦人科まで私も一緒に行った。

母は妹が先に産まれていれば私など産まなかったという。

祖母お金を借りるのに、母が行きづらくて私が行ったこともあった。

母は金銭的な悩みでよく私の前でだけ泣いていた。慰める言葉の出ない私は黙って「そう…」と言うしかない。

子が近づくことを許さない母に名前を呼ばれる時は、大体悪い出来事前兆だった。

幼少期から不眠症夢遊病、また自傷癖があった。口の中は常に血が滲んでいて頭はマダラに禿げていた。

何度も体調不良を訴えては病院で「気持ち問題ですね」と言われて、いつしか病院に連れて行ってもらえる機会は減った。

メンタルクリニックは「頭がおかしい人みたいだからやめてよ」と言われて行けなかった。成人するまで、保険証は母が携帯していた。

成人してから親に内緒病院に行きまくった。3ヶ月連続採血された。

一人暮らしを初めてから一気に不安過去の恐怖が溢れ出す。

くつろいでいて、隣人の声が聞こえると「呼ばれた」と思って焦って飛び起きるがそもそも母はここにはいない。実家を出る時も見送りも何もなかったし、興味もなかったから、私が住んでいる場所も知らないはずなのに。

過去のことを思い出す時間が増え、不眠症悪化し、メンタルクリニックで入眠剤をもらおうと思った。

そこはカウンセリングが初回で行われる医院だった。

常に思い出す過去のことを一通り聞いたあと、カウンセリング心理士は言った

「その家庭で育って、よくもっと大きな病気にならないでいてくれましたね」

私の家、おかしかったのか……と思った。

ていうかもっと大きな病気ってなんだろうと思った。

過去を振り返ると、母を、父を助けてくれる人は周りに誰も居なかった。両親も様々な虐待を受けていて、でも子供が産まれしまたか祖父母に頼らざるを得ない環境だった。

今でも私は「私の家がこうだったのは仕方なかった」と思う。そう思うしかなかった。心の壊れた父や泣き叫ぶ母を見てもっと頑張れなんて子供身分では言えないししっかりしてくれよとも言えない。

ただ怯えて隅で固まっていただけの役立たずだった私がいまさら言える不満なんてない。

何も言えないまま、助けにもならないまま、大人になって逃げ出した。

ネット毒親や、被虐待児の相談を見て、回答で言われる「自分人生を生きて」「子供を産んで優しくしてあげて。自分がして欲しかたことをしてあげれば癒しになる」「子供を産めば親の気持ちもわかる」

そして失敗した両親を私はよく知っているのだ。

色々調べて、家族は要らないなと思った。子供も欲しくない。親の気持ち理解する努力20年間ずっと続けてきたから、もうわかっている。

自分子供を持ったら同じことをすると思う。

悲しいが、私は専門職給与は多くない。

私に出来るのはせめて両親を祖父母にしないこと、もう苦しませないこと、この血筋を終わらせることだけだ。

もう何代前からこの血は虐待を受けているのだろう。親戚の話を思い出しても、虐待虐待虐待戦後世代から養子を受け入れ兄弟をたくさんもうけても、一人しか結婚しない。親戚には初老にまでなった独身者が異常に多かった。

呪われているんじゃないかとすら思う。

さて、私は血を残さず死ぬまでの自分人生を歩み始めた結果、このようにいきなりつまづいてしまい薬の世話になっている訳だが、なんとか頑張って生き抜きたいとは思っている。

だが、どうしても、一人で部屋にいると「もうどこにも帰れないのか」「私には頼れる、愛してくれる人は誰もいないのだ」と思ってしまい眠れなくなっていく。

寂しさに負けたら同じ歴史が繰り返されるとわかっているのにただ寂しい。

それだけがまだ辛い。

2021-02-19

anond:20210219014159

精神科主治医から全検IQしか伝えられてないけれど、凹凸はあるらしいので多分そう。

試験担当した心理士から今度詳しい結果を聞く予定(どうやら管轄が違うらしい)

2021-01-25

anond:20210123154953

オッスオラ中年女性小学生時代駅前本屋で当時は立ち読みできたロリペド触手エロ漫画JUNEゴリゴリ創作BL誌)を立ち読みしていたしBL同人誌も読み漁っていたけど「あれは架空世界妄想お話」で終わっていて現実自分には特殊性癖実行歴も願望もないぞ。

 

それはさておき、すでに他の方も言及されているけど娘さんの性癖は娘さんの課題。娘とはいえ個体の人の性壁を知って、受け入れられず態度を変えずに居られないのは増田課題

親子だとここの線引きがクソ難しい様子は散々みているのだけど、親子関係相談を受ける仕事している自分としては是非とも親子はそれぞれ別個体なのだ区別して行動して欲しいところ。

 

で。生理的に無理ってことがあるのは人間誰しもそうなので悪いことじゃないんだけど、生活する上での障害になっていそうなのが心配自分物事の捉え方と現実の折り合いをどうつけるかをある程度整えないと色んなことに派生して色んなことがしんどくなりそうな気がするのでなぁ…

そういった意味カウンセリングおすすめ。いきなり金かかるのも…だとお住まい自治体の子育て相談とかで相談してみることをおすすめ。あと、心理士養成大学院だと教育研修機関なのでお安くカウンセリング受けられるのでおすすめしとく。

2020-10-12

自己肯定感ハラスメントについて

自己肯定感ハラスメントとは

最近陰ながら絶大に勢力を広げているモラハラ手法一種に、自己肯定感ハラスメントがある。

自己肯定感ハラスメントとは名前の通り、他者に対して「あなた自己肯定感が低い」「自己肯定感が低いから上手くいかないのだ」と決めつけ、そう言い続けることで暗示をかける最悪のハラスメントである

そもそも、考えても見て欲しい。自己肯定感が高い人間なんてこの世にそれほど沢山いるだろうか。大半の人が、少なくとも人生で一度や二度、多ければほとんど生涯を通して「自分は劣っているのではないか」という恐れを抱きながら生きている。

あなた自己肯定感が低い」は、占い師の言う「あなたは冷静なリアリストだが、ロマンチックな一面も持っていますね」ぐらい誰にでも当てはまる、「言われてみればそんな気がする」ワードである

そして、ごく当たり前の事だが、自らの手に余る問題を抱えている時、心が弱っている時、大抵の人は普段より自分肯定できない状態にある。そんな人に対して「あなた自己肯定感が低いのではないか」というのは、占いの館で「あなたは何か悩みを抱えていますね」というのと同じぐらい「的中率の高い」戯言である

自己肯定感ハラスメント害悪

自己肯定感ハラスメントが横行するのは、まさに上記で述べたような「的中率が高い」場面である。悩める人に対して素人診断で「あなた自己肯定感が低いんですよ」と言うことがいか有害であることか。外的要因によって悩んでいる人に、それはあなた内面問題だと言ってのけ、本来対処すべき問題から目を逸させ、さらに「あなたが悪い」と更なる否定感を植え付け自信を奪う。まさにハラスメントである精神科医でも心理士でもない人間安易にするべき行為ではない。

そして自己肯定感ハラスメントと共に行われることの多い、もう一つの最悪なハラスメントが「幼少期に問題があったのでは」「親と上手くいっていなかったな違いない」「アダルトチルドレンでは」だ。「あなた自己肯定感が低い。その原因はきっとこうに違いない」と、憶測で決めつけ、「親や家庭環境、幼少期」といったその人の人格形成の根幹となる部分まで否定する。(親との関係完璧人間のほうが少数派だろう)自己肯定感が低いと言いながら自己肯定感を根こそぎ損なわせるような悪魔のようなハラスメントである

このようなハラスメント存在を知っておくことは、自分ハラスメントをしないためだけでなく、ハラスメントの餌食になることからも塞いでくれる。あなたから搾取しようとする人間は、インナーチャイルドだか自己肯定感だか両親とのご関係だかを利用してあなた否定し、精神的に支配しようとしてくるだろう。そんなに、立ち止まって考えて欲しい。本当に自分自己肯定感低いのかと。きっとよく考えると言うほど低くない筈だ。

2020-10-01

anond:20201001030145

それな。難しい話だね

 

イタリアには長期入院精神病院がなくて日本もそうなったらいいのにと思うが

お薬出しますねしかしない+手遅れになるまで放置し続ける毒親大国日本じゃ無理だろうなぁ

イタリアには精神病院がない anond:20181219090224

 

 というか、これまでの日本社会家族責任押し付けすぎたんだよ。

(重度の精神病者のいるご家族のご苦労は本当だと思う・・・が)

医療関係者ネタでは?

イタリア精神科医が行った「バザーリア改革」って門外漢であっても知っている有名な話じゃないですの?

イタリアには精神病院はない。何故なら精神病者社会から隔離して薬漬けにしてプラスに運ぶ事は何一つとしてないかである。(人権無視して永久クスリ漬けにして閉じ込める場合は別として)

バザーリア曰く、「人は自分狂気共存でき、人生主人公として生きることができる」

そりゃそうだよね

一方、日本精神科病床数は30万超、入院患者数は人口比、絶対数とも世界最多。

イタリア精神病を患っている方々は、一般社会で、ホテルレストランバーラジオステーション建設業映像制作農業酪農園芸、警備、修理 など仕事をし、

閉じ込められる事なく自身権利生活保障を得て、

共に働く人々にとっても精神障がいのことを知る良い機会となっている。

一方日本は?というと、大した障がいレベルでは無い相手に対して、共に働く人間が「負担だ」とか「邪魔だ」とかやって、時には訴えられたりもしている始末

バリアーザ曰く、


精神保健の仕事貧困との闘いであると考えているとしたら、

専門技術者医師心理士技術面の管理法の専門家といった私たち役割は、二次的なものになってしまます

精神医療専門職廃止し、政治家になってしまうことは望ましいことではないのではないですか」


私たちは二つの状況、二つの役割、つまり専門技術者としての役割政治的活動家としての役割をあわせもっていなければなりません」


まり専門職としての役割政治的役割もどちらもあるだろう、と彼は考えるわけです。


すべては与えられるのを待たず、プロ意識を持ち、他人任せしない事じゃないですかね

 

2020-09-30

虐待などによる複雑性PTSDかも。夫婦カップル関係の難しさ

嫁と普通に喧嘩できない

https://anond.hatelabo.jp/20200928211140

何かのきっかけで突然キレ出す妻・彼女めっちゃ怖いですよね。

ぼくの彼女元増田と同じような感じで、なんらかのトリガーで怒りのスイッチが入ると暴れだして、ひどいとき包丁を持ちだして脅したりもしました。

「死んでやる」「別れる」はいものこと、みたいな感じでした。

いまはカウンセリングとSTAIRという感情と対人関係を調整するトレーニングを受けて、だいぶマシになってきました。

最初は激しい情動から境界性パーソナリティ障害」を疑っていたのですが、なんだか違うなーといろいろ勉強していたら、彼女機能不全家族の中で育っていて、虐待も受けていたようでした。

長期間、反復的に逆境的な体験さらされていると「複雑性PTSD」という、ごちゃまぜになったトラウマに苦しめられる症状が出てくるそうです。

突然キレてしまうのも、ストレス不安・恐怖をうまく処理できないことや、対人関係不和とかそういうものを感じ取ってフラッシュバック(+解離?)が起きているのだと思います

物を破壊するのはかなり強烈ですね。

そちらの配偶者は落ち着いたあとは謝ってきており、普段は理知的なようなので、落ち着いているときトラウマに詳しい精神科カウンセラーを調べるとよいかもしれません。

日本トラウマティック・ストレス学会に加入している医師心理士をみつけられるといいのですが。

https://www.jstss.org/

2020-07-30

シューゲイザー

好きだった音楽関係仕事をしていたが、職場人間関係に悩み、鬱で休職をし始めて数ヶ月経った。

生き甲斐だと思っていた音楽だったが、今となっては楽器に近づくのも怖くて、音楽聴くことすらも疲れてしまう。

散々寄り道しながらも、自分には音楽しかないと思い、ようやく進んだ道だったが、どうやら心が折れてしてしまったようだった。

この間の通院からカウンセリングによる治療が始まったのだが、職場で受けたストレスを振り返る場面があった。

私は周囲の期待の一方で、先輩・上司からの「指導」に精神的苦痛を覚えており、それを隠しながらも期待に応えようとしなければならないことに葛藤していた。

そのストレスを、何を支えに乗り越えていたのかと聞かれた時、私は酒を飲んで誤魔化していたとしか答えられなかった。

心理士は、例えば好きな趣味とか、ペットとか、家族恋人や友人とか、大切にしているものとか、そういったものがあったはずだろうと問う。

ワークシートに目を落とすと、人生サポート資源という欄に、いくつもの項目が書けるように設定してあったが、私が書いたのは酒、たったそれだけだった。


帰りの待合でもう一度考えるが、何も浮かんでは来なかった。

かに、私は多くの人の支援があって生きてきたし、感謝している。しかしながら、それが人生原動力であったかと言われたら、異なるように思えた。

私の勝手な我儘を、音楽勉強をさせてくれた両親には借金もある。

歳の離れた恋人とは、価値観の違いからの衝突が増えており、私はいつ別れ話をしようかと考えあぐねていた。

学生時代の友人や会社の同期とも、もう随分連絡をとっていない。特に病気になって会社を休むようになってからは、どうにも気まずく、殆どの友人と疎遠になっていた。

何より、自分自分たらしめるものと信じて疑わなかった音楽は、今では向き合うことも苦しいものになってしまった。

自分には音楽しかない、そう言い聞かせて進んできたのは、思い込んでいただけであって、音楽そもそも自分のものではなかったのだ。

私の精神的支柱なんて脆いものである。確固たるものなど、端から持ち合わせていなかったのであった。


まり専門性の高い仕事を選んでしまったために、他業種への転職の潰しは効きそうにもなかった。

コロナ禍の現在、自ら職を失うことがどれだけ馬鹿たこであるか、資格も大した職歴もない自分転職をすることが、どれだけエネルギーが要ることか、考えるだけで気が滅入ってしまった。

全てふりだしに戻ってほしい。

仕事のことも、恋人のことも、人生も、全て清算してしまいたい。

待合では、小さい子ども母親に抱きかかえられながら、どこかで覚えたのだろう読経の真似事をしていた。母親は疲れの滲んだ悲愴な表情で、やめなさい、静かにしなさいと繰り返している。

救急隊員が担架を運んでくる。毛布の隙間から、冷たい顔が見える。

しばらくして、両親らしい男女二人が処置室に案内される。

緊張感に覆われた空間に、ヒーリングミュージックアレンジされたショパンが流れ続け、別れの曲はクライマックスを迎える。



私は心臓をばくばくさせながら、焦燥を必死に隠して、薄汚れたジャックパーセルの爪先を睨みつけていた。


私の人生はまだ続くのだろうか。

2020-02-10

海外ドラマですぐにカウンセリングを勧められる登場人物見ていたら面白そうだと思ったので自分も受けてみようかなーと軽い気持ちで申し込んだらたまたま枠が空いたからと2日後に予約が取れてしまって特に話すべきこともまだ何も考えていないからどうしたもんかな…と悩んでる

カウンセリングって海外ドラマでみたやつ以外だと、中学図書室にあったとりいへいでる?の児童心理士?の本の内容くらいしか知らない

継続的に通うものらしいけど、そんなに話すこと無いし、単なる好奇心です!とも言って良いものか…

自分発達障害とか人格障害かに当てはまりそうだなっていう病識は持ってるけど、どうにかこうにか生きていけてるし、治すために努力とかもしたいと思ってないし、ますます何話そ…って悩んでしま

衝動的に申し込んでしまうようなことがよくある…といえば問題あるけど、申し込んだこと自体には後悔したこと無いしなぁ

普通に海外ドラマで見て面白そうだと思ったから、って話せば良いのかもしれないけど「へーそうなんですねー」「はいそうです」で終わりじゃん…

カウンセリングってなんか話さなきゃいけないよなぁ…話すことがなさすぎることを話せば良いのか…?

2020-01-07

息子が気持ち悪い

三十代半ば、二児の母。

子供は二人とも男の子で、上の子はもうすぐ小学生になる。

の子はまだ一歳になったばかり。

10代はじめ頃に、大学生と思しき4人ほどの男性に、ハイエースのような車に連れ込まれ性的暴行を受けた。

昼下がりの池袋で、今もまだあるか分からないけど、東口手芸用品店に立ち寄った後だった。

それによって、これまでの人生の半分以上をPTSDを抱えて生きてきた。

そんな私もなんやかやあり、主人と交際し、結婚した。

主人と交際することで、男性のものへの嫌悪はかなり薄らいでいた。

もちろんセックスへの恐怖も、対主人であれば無くなっていた。

世の中にはこんなに優しくて誠実な男の人がいるのか、と大変驚いたことを今でもよく覚えている。

結婚後2年ほど子供が出来ず、不妊治療を始めようか、といった矢先に妊娠した。

子供のことはとても大切に思っているし、折に触れ愛情を伝えている。

ただ最近子供の体が気持ち悪くて仕方がないのだ。

まだ幼年ということもあり、私とお風呂に入ることもあるし、弟が生まれストレスからか、着替えを手伝ってくれだとか、お手洗いを手伝ってくれだとか言ってくることもある。そういったとき、彼の下腹部を見ると嫌悪感がこみ上げてくる。

まだお手洗いはなんとかなる。プールに連れて行った際の更衣室も大丈夫だった。

けれど、浴槽に浸かっている時にちょうど視線と同じ高さにくる彼の下腹部や、自分で着替えているときにうっかり下着まで下ろしてしまい、ふざけている姿を見ると、どうしようもない気持ちの悪さでやめてと大きな声を出しそうになる。

子供からしたら全く以て理不尽な話である

これが二次性徴を迎えた息子だというならまだしも、たかが5歳である

それでも私は彼の身体気持ち悪くて仕方ないのだ。

もっと早い段階で性暴力被害者の会のようなもので話をしたりするべきだったと思う。

相性のいい心理士出会うまで根気よく色々な医療機関に行ってカウンセリングを受けておけばよかったのかもしれない。

レイプサバイバー子供を持つのはいけないことだったのだろうかと思う時もある。

けれど子供のことは心から愛していて、この子のためなら何でもしてやりたいと思う。

ただどうしても、体が気持ち悪いのだ。

同じようなサバイバー出会えることはあるだろうか。

もし出会えたら、こんな風な気持ちを持ったことがないか、悩んだことがないか、聞いてみたい。

被害者の会を探すだけの余力が今はないけれど、下の子がもう少し夜長く寝てくれるようになったら、

体力も回復するだろうし、そういった場を探そうと思う。

もっと早く、覚悟を持つべきだった。

もっと早く、自分の中の嫌悪をより少なくしておけば良かった。

子供に対して申し訳なく思う。

2019-10-24

アラフォーカウンセラー仕事現場でのメイクについて試行錯誤してます

臨床心理士として10年ほど働いています

あ、公認心理師も取りましたが、心理師より心理表記のほうが何となく好きです。

「師」って強そうすぎる。

カウンセリング心理検査が主な仕事ですが、

ネットワーク会議に出たり、セミナー講師企画運営もしています

対象子どもではなくて、若者から大人あたりです。

基本的には相談支援なので、

カウンセリングに合う、メイクを探し続けているんですが、

その試行錯誤を書き残しておきたいと思います

心理士として

相談者を不安がらせない。

相談者を怖がらせない。

相談者を安心させる。

相談者を依存させない。

相談者に距離を感じさせない。

を目指しております

カウンセリングは、カウンセラー相談者の問題解決してあげることではなく、

相談者が解決の糸口を見つけて、それを実行するために伴走するようなものなので、

というのが前提としてあるわけですが。

一般的には「悩みを解決してあげる」のがカウンセリングと思われがちですが、

そんな魔法のようなことはできませんよ。

自分で動いて行ける!と思える程度の後押し。

カウンセラー解決してくれた、ではなくて、

自分解決できたという自信を持ってほしい。

素晴らしい人におんぶにだっこで丸投げしたいを刺激しない程度の後押し。

カウンセリングについて語ると長くなるので、

そんな心理士にふさわしいメイクはどうしたらいいのか、

考えたいんですけど、考えているんですけど

検索しても全然出てこないです。

まあ、レア職種ですもんね…。

一般的職場メイクって、ほぼほぼキリっと頼もしそうな感じ、みたいですよね。

一般的職場一般的職種で働いたことがありませんが。

でも心理士としてはあまりキリっとしていると、

相談者を依存させてしまいそうだったり、

相談者に距離を感じさせてしまったりしそうで、

ちょっとそぐわないと思うんです。

存在感があまり強くないぐらいがいいと思うんですよね。

心理士って。

信頼はできるけど親密ではなく、依存も(できそうに)ない距離感。

めちゃくちゃ微妙距離感ですよね。

からいわゆるバリキャリメイク心理士っぽくないわけです。

頼もしすぎるし、印象に残りすぎる。

からといって今はやりの「抜け感」で検索すると、

今度は色気が問題になるんですよ。

心理士の仕事で色気なんかあったらもちろん邪魔なので。

職種友達に「モテメイクは?」と言われたので、調べてみましたが、

しかに、「おっとり」とかはいいんだけど、

すぐ「蒸気肌」とか色気につながってしまうんですよね。

大学院とき指導教官女性だったんですけど、

ほぼすっぴんみたいな感じで…。

そう、たしかに「美しくなくてもいい」わけですけど、

それはそれで自分テンションが下がるじゃないですか。

今のところ、印象にそれほど残らなくて、

清潔感がありつつ、相談者が心理距離を感じさせない程度で、

自分がボチボチ納得できる程度のお化粧のポイントをまとめます

私はブルベ冬です。

ファンデーション休日メイクと同じです。

イブロウ研究中です。

普段もそんなにきりっとしたくないので。

髪の毛の色に合わせて、ちょっと赤みのあるブラウンですね。

濃いときりっとしてしまいそうなので、濃くならないように。

イブロウマスカラしたほうが垢抜けるなと思っていますが、

仕事で垢抜けたほうがいいか悩み中です。

アイメイク目力を感じさせないように。

顔が派手なので、アイメイクしなくてもいいぐらいなんでしょうけど、

アイメイクが好きなので、いい感じの妥協点を探し続けています

アイラインは引かないかブラウン系。

最近はラブライナーのバーガンディブラウンが優しそうで好きです。

全然お店に売ってないので、もしかして廃盤なのかしら…。

細めに入れて、目じりは伸ばさないです。

でもやっぱりアイラインひかないほうがいいのかなぁ…。

NOメヂカラ。

アイシャドウグラデーションであまり色味を感じさせないように、

ヌーディな感じ。

ブルベなので、ブラウンがめちゃくちゃ苦手で、

やっぱり研究中です。

涙袋ベージュピンクとかラベンダーとか、

いわゆる「愛されメイク」みたいに入れたほうが、

おっとりした穏やかそうな雰囲気が出る気がします。

マスカラ自分のために塗ってます

多分塗らないほうが、印象に残らないんでしょうけど。

ビューラーでは上げません。

少しでも目力を弱めるため…。

でも私、してなくてもまつ毛けっこう上がってるほうみたいです…。

チークは、斜めに入れないように。

柔らかい色味をわりと丸く入れます

色味は感じさせないぐらいがいいですけど、

健康的には見せないといけないですからね。

クリームチークで、パウダーの下からじわっとぐらいがいいんだろうなーと思うんですけど、

そんなクリームチークには出会ってません…。

キャンメイクパウダーチークスミレパープルが良かったですが、

私は本当にブルベなので、あまり参考にはならないでしょうね…。

幼くもならず、発色も強くなく、白くもならず、印象に残らない健康的な色味です。

健康的にということで、ハイライトはわりと入れます

艶=色気というより健康を目指して。

でもシェイディングは、輪郭に入れる程度です。

ノーズシャドーとかは違うなと思って入れてません。

凹凸のしっかりしたくっきり感はいらないので。

口紅は、まだ迷ってます

ただ、口角にコンシーラーを塗って、

にっこり口に見えるように、は確定しています

色はねー、難しいですね。

健康的には見えたい。

でも口紅でしっかりした色をしっかり塗ると、

しっかりして見えちゃうので、

輪郭をはっきりさせるのはどうかなと思ってます

なのでくすみピンクの色付きリップとかを今のところ使ってます

フローフシ(今はUZU)の3℃が好きです。

健康的と言われやすい、コーラルピンクオレンジは私には全然似合いません…。

今のところこんな感じです。

これからも考えていきます

書いてて思ったんですけど、

メイクってどちらかといえば、他人の印象の残る方向性が強いのにもかかわらず、

私が目指しているのは、印象に残らないって方向なので、

そりゃあ難しいですよね。

でもカウンセリングは「カウンセラー先生のおかげです」と言われたら失敗だと思っているので、

その人の人生の中で「モブ」になりたいです。

きっと「モブ」になれたら、カウンセリングの影響の与え方として成功だと思うので。

だれか、私と同じようにメイクに悩んでいる心理士いますかねぇ。

2019-09-23

鬱病ワンオペ母が映画キングダムを観に行った話

前置きの長い愚痴です。

キングダムへの愚痴ではないです。映画キングダムは素晴らしい作品でした。

11月6日にブルーレイDVDが出るそうです。

3歳の女の子と、その父親と一緒に住んでる母親です。

娘が2歳の秋に鬱病の診断を受けました。その時点で夫は海外への転勤が決まっており、帯同してくれと頼まれました。

鬱っぽくなってきていると気がついたのは、診断を受ける1年ほど前のことです。

日中何度も記憶が飛ぶようになり、抗えない眠気で1歳の子どもと二人きりなのに眠ってしまうという症状からまりました。

夫は激務で、休日と名のつく日でも昼まで寝て、夕方から出勤。その年の12月には一ヶ月で2日しかまともに家にいる日が無かったとTwitterに記録されています

夫と地域の子育て支援課に相談し、心理士さんと面接しましたが、その時点では私の意識を変えれば精神科などに通う必要はないという結論を出しました。

しかし翌年の6月に活字が読めない、料理段取りができず調理時間がかかり味も感じないなどの症状が出始め、7月から通院開始。11月に医師から鬱病だと言われました。

途中、ほぼ1日ベッドから起き上がれないほど体調が悪くなった時期もありました。小さな娘には長時間テレビを観せてしまったり、自分感情コントロールできずに強く当たってしまたこともありました。虐待をしているのではないか自分を責め、家事をしたいのに動かない身体が悔しくて、毎日泣いて暮らしていましたが、夫がその様子を見る機会はなく、状況の深刻さは伝わりませんでした。

夫と結婚したのは娘が産まれる5年前のことです。

私は4人兄弟の長女で、実家は愛に溢れた仲の良い家庭でしたが、親に甘えることを遠慮して育ちました。

親への甘え方を知らず、甘えている妹弟を羨みながら生きていた10代の頃の私は、嫉妬から逆恨みのような形で勝手家族から孤立して、漫画世界に逃亡しました。友人に恵まれて、成人する前に漫画とは適切な距離を置いて付き合えるようになりましたが、その後も漫画を読む時間は心の支えであり続けました。

職場出会った夫とは漫画趣味が一致したこと結婚を考えるきっかけになりました。

自分漫画との関係理解してもらうことは、家族になる上でとても重要なことだと考えていました。平たく言えば、オタク自分を知った上で女性として見てくれる男性出会うことは簡単ではないけれど、オタクを隠して家族になることはできないと考えていました。

夫の転勤を機に入籍し、実家から義実家からも離れた関東圏に住むことになりました。夫はオタクと言えるほど漫画アニメ好きな人ではありませんでしたが、休日にはレンタルショップ漫画アニメDVDを借りて、二人で感想を言い合って過ごすこともありました。卑屈な性格の私は、自分がこんなにも幸せ生活を送っていいわけがない、いつかドンデン返しが来るに違いないと不安に思っていました。それほど、毎日幸せでした。

そんな中で、夫がレンタルショップで借りてきたのが原泰久作の漫画キングダムで、私は夢中になりました。

子育てをする中で鬱になってしまったのは、恵まれ家族の中ですら孤立してしまった自分が親になる自信が全く無かったのが原因だと思います。自信がないから頼りたい、相談したいと思っていても夫は激務、実家義実家も遠く、実母はダブルワーカーになっていて電話タイミングを合わせるのも難しい、義母は癌と闘っていてそれどころではないという状況でした。

何故産んだのかと思う方もいると思いますが、子どものいる生活を夫が希望しており、その時は産まれたら仕事セーブすると言っていました。しかし、妊娠中に義母が癌を患っていることが発覚。夫は新幹線で片道2時間かけて義実家へ通い、義母の闘病のサポートしました。義母の病状が落ち着くと、通勤距離片道2時間半の職場へ異動。彼も想像できなかったことでしょう。娘が1歳を迎えるまでは、彼の方が「自分が思うほど育児に協力できない」というフラストレーションで鬱っぽくなっていたように思います。そしてそれは私を余計に追い詰めました。

ようやく映画キングダムの話になります

娘2歳の2月、夫は海外転勤の辞令を受けて一足先に引っ越しました。私と娘は実家に二ヶ月ほど居候させてもらって、渡航の日を待っていました。バタバタ引っ越しの準備を進める中で、映画キングダムの告知を見ました。私は所謂原作厨」というやつで、アニメ化ですら自分イメージと違って不満を持つことがあるので、実写化はとても不安でした。中国の歴史ものなのに、どうして日本映画化されるのかという疑問もありましたし、原作スケール日本映画表現できるのかという不安もありました。しかし、その不安メインキャストを知ると共に期待に変わりました。それが自分の中のイメージにぴったりハマっていたからです。勿論、なんで日本人が演じるんだという疑問は残りましたが、日本漫画キャラクターの顔は日本人の顔なんだなと、メイクをした俳優さんたちを見ながら思いました。

キングダムの公開日は渡航の日程ギリギリでした。私は夫に、渡航日を少し後ろ倒しにして観に行かせて欲しいと頼みました。夫は早く家族と住みたいと言っていましたが、私の願いを聞くと「今まで映画を観に行かせてあげられる機会を作れなかったね、楽しんでおいで」と手続きをしてくれました。

観賞の時間、娘は母に見てもらうことにしました。

実家で過ごした二ヶ月半の間、ほとんど母に娘を預けることはありませんでした。私よりも先に、実家の近くに住んでいる妹が子どもを預けに来るからでした。

映画公開日翌日、映画館のあるショッピングセンターまでバスで向かおうとしていた私に、両親が「車で送っていくからついでにお昼ご飯も食べよう」と誘ってくれました。(今、この一文を打ちながら涙ぐんでしまうほど、私は両親への甘えに飢えていたんですよね)

子どもの頃は仲の良かった両親も、子ども独立するとお互いどう接していいのかわからなくなってしまったらしく、少しギクシャクしていました。二人で連携して支度を進め、おしゃれをして車に乗り込む両親を見ることですら、私には感慨深いものがありました。

私が選んだ定食屋で、両親と娘が順番を待つ間に一人、チケットを買いに行きました。何年かぶり映画で、有人カウンターが無いことに大きな衝撃を受けつつ、自動券売機で席を選んで発券しました。「キングダム」と印字されたチケットを手に取った時、私の心は幸せ気持ちで満たされました。大好きな作品が納得のいく形で実写化されて、それを今から観られるという幸福だけではありません。今自分がこの場に立つために、今まで甘えられなかった夫が、両親が協力してくれたことが嬉しくて熱いものが込み上げました。

定食屋に戻ると、父が娘にお子様ランチを注文していました。まだ2歳の娘は食べきれないと言うと、「おじいちゃんが孫を甘やかしたいんだよ」というような事を言った気がします。実は、娘の初節句の時ですら、私は自己主張ができずに両親にも参加して欲しいと言えませんでした。妹の子を預ける予定を聞いて、それを優先してくれと言ってしまったのです。娘がおじいちゃんおばあちゃんに甘える機会すら奪ってしまった自分を責めていた私は、父から孫への愛情にすら感動してしまいました。お子様ランチの残りを食べきるのは大変でした。

食事を終えて、娘は眠くてグズリながら両親の車に乗りました。「すぐに寝るから大丈夫、気にしないでゆっくり楽しんでね」と母は言って去って行きました。

今まで抱えていたマイナス感情から解放された私は映画館に向かって踵を返しました。

「今から観るよ」と、定食を背景に撮ったチケット写真を貼ったツイートには、いいねが数件付いていました。私のアカウントフォロワーにはキングダムファンはいないので、「よかったね」「いつも頑張ってるから楽しんで」という意味でつけてくれたのだと勝手に感じました。

着席してから、泣く事と、好きなキャラクターが出てきた時に声を上げてしまう事を想定して、ハンカチを握りしめました。

左隣には50代くらいのご夫婦が座っていました。旦那様が原作ファンなのかな?同世代女性ファンをあまり知らないけど、それくらいの世代男性に人気があるのかな?などと考え、どう見てもオタクではない一般人のご夫婦不快にならないように、オタクっぽい反応を出さないように鑑賞しようと思いました。

映画は素晴らしかったです。俳優さんたちは、キャラクターのものでした。

特に吉沢亮さんの演じられたキャラクターの演じ分けには感動しました。私が漫画を読んだ時には読み取ることが出来なかった部分まで演じられているように感じました。

私の好きなキャラクターも、あのキャラクターの歩き方だ!あのキャラクター戦闘の動きだ!といちいち納得し、感動しました。

俳優さんたちの身体の作り込みにも驚き、感動しました。キャラクターの背景を描く体格を、生身の肉体に再現されていたからです。血の滲むようなトレーニングの成果なのだと思います

作品全体に、俳優さんをはじめスタッフの方々がそれこそ命懸けくらいの愛情を注いでくださっているのだなと感じ取ることが出来る作品でした。

私の好きな漫画作品を素晴らしい映画にしてくださったスタッフの方々に心から感謝します。そして、映画化されなかったらキングダムに触れることがなかったであろう、俳優さんのファンの方や映画好きの方の元に、キングダムを届けてくださってありがとうございます

観賞後、細かい部分の感想と共に、「こんなに幸せオタクはなかなかいない」とTweetしていました。



さて、ここまでが長い長い前置きです。

映画観賞中のこと。

ここまで書いてきた背景の中で幸せ気持ちで胸を膨らませて、私はその席に座っていました。

CMが一通り終わり、本編が始まりました。キングダム世界観を説明するナレーション重厚感があり、期待が膨らみました。

冒頭の映画オリジナルのシーンには戸惑いながらも日本映画とは思えない画面の良さに不安が和らぎ、主人公たちの生活を描くシーンに変わった頃には集中して映画世界に入り込んでいました。

その時

ピカっ

左の席が眩く発光しました。

隣の奥様がスマホの画面をチェックする光でした。

すんっと高鳴っていた胸の音が消えたのを感じました。

私は映画世界から弾きだされ、現実世界の、スマホを見る女の隣に座っていました。

その後も何度もスマホチェックをする女性に声を掛けようかなと思いました。しかし、私には映画館でこの作品を観賞する機会がもうありません。少しも見逃したくないし、聞き逃したくありませんでした。

注意をする間の数十秒、彼女の方を向き、口を開く。その間もスクリーンの中の時間は流れ続けます。なんと注意するか、棘のない言葉を考えることに脳を使う時間必要だし、声を掛けて素直に謝罪してやめるとは限らない。後の鑑賞に支障が出るような反応が返ってくる可能性もあります。出来れば声を掛けたくありませんでした。

きっと連れの方が観たくて、あまり興味がないのに入ったんでしょう。スマホで何をチェックされているのかはわかりません。お仕事のことかもしれないし、緊急性のある連絡が来るかもしれない状況なのかもしれません。優しい気持ちで察してあげることはできなくはないのですが、私の中の幸せ気持ちは、スマホが光る度に萎んでいきました。

「私の好きなキャラクターが出てくるシーンが近づいてきている。出てきた後に光ったら声を掛けよう」そう思って、なるべく横を気にしないように心掛けました。幸い、その後彼女スマホを出すことはありませんでした。

たかスマホが光るだけ。目くじらを立てるほどこだわる人は気持ち悪い、そう思う人もいるかもしれません。

私もキレ散らかすほど怒った訳ではないです。その後、Twitterにも残念だった。運が悪かったくらいのテンションTweetしただけだったと思います

そんな事に執着して作品の素晴らしさへの感動が占める心の面積を縮小するのは勿体無い事ですしね。

でも、やりがちな人が知らないなら知ってもらいたいな。一緒に鑑賞している人の中にはその上映が特別意味を持っている人がいるかもしれないこと。

注意されないか大丈夫というわけでないのだということ。

知っててもやっちゃう人のことはもうどうでもいいです。

とってもつまらない日記を書いてすみませんでした。

前々から自分ワンオペ育児からの鬱について、自己消化のためにどこかに吐き出したい欲求があった中、Twitter映画観賞時のスマホについての話題をいくつか見かけたので。親にも甘えられない赤ちゃんが、インターネットユーザーに甘え散らかす愚行なのは承知の上です。

私の心の状態は随分良くなってきましたが、この話に対する反応を見る勇気はないので、書き逃げします。

産後の私が一番幸せだった日の話でした!娘の成長に興味ないわけじゃないよ!!

あ〜〜〜最後まで最高に幸せな気分のままキングダム摂取たかったなーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!

2019-09-10

息子が発達障害衝動性が高く加害傾向があった

ズンズンがギィーするのをとめられないママ「子供が誰かを傷つけたとき 傷つけた本人もその親も 実はすごく傷ついているんです」

加害する傾向がある子供を育てた親の育児談がまじで辛い…「これは言われても納得できないかも」の声も

息子は発達障害だった。小さい頃に近所の公園に何度か行った。お母さんたちのグループ挨拶して仲良くできれば…とは思ったけどだめだった。

いつもいつも息子が誰かを叩かないか怪我させないかとヒヤヒヤしていた。後ろをずっとついてまわった。お母さん同士で話をするなんてできなかった。

結局、何度か謝った末に、自分たちが歓迎されていないことがなんとなく解って公園には行かなくなった。夕暮れの人がいない時に遠くの公園にコソコソと歩いて行った。

息子は何度言い聞かせても何度真剣に怒っても他害が治らなかった。すぐ誰かを叩く。すぐ誰かを押す。言葉が遅いと指摘されていた。

何か伝えたいことがあるんだろうとは思うけどそれが出てこない、かわり手が出る。

行くようになった保育園で、保育士に「しつけができていない、しつけぐらいしてください」って言われた。

他害があると相手の親御さんに謝りに行って二度とさせませんと言う。嘘になるかもしれない、またすぐやったらどうしようって思いながら平謝りした。

でも保育士は味方にしないといけない。にこにこして何かあったらすぐ対応します、病院に行って診断してもらいますちゃんします、がんばります、って何度も言いながら何度も謝った。

息子がたまたま怪我して動転して救急車を呼んだ次の週に、私の怒っている声が大きすぎたのか近所の人に通報された。救急車がまた来た。近所の人達に見られまくった。虐待を疑われて色々警察の人に聞かれた。

怒りがすごかった。だったらお前らがこいつを何とかしてくれよって思った。

いっそ死のうと思ったけど息子がかわいい。息子は何故かものすごくかわいかった。よく怒っていたけど、同時にすごくかわいかった。優しいところもたくさんあった。抱きしめるとすごく幸せになる。でも言うことは聞かない。

育児書や発達障害関係の本もたくさん読んだ。色々としたけどだめだった。八方塞がりだった。

ママ友なんてできなかったし、作らなかった。潜在的な敵だと思っていた。排除してくる親も時々いた。

出来るだけニコニコして謝り続けた。よく無視されたし嫌なことも言われた。今でも覚えている。

スーパーでは手を振りほどいて一直線に走っていく。お母さんの手をおとなしく握って、一緒に歩いているよそのお子さんが羨ましかった。

迷子になった息子を連れてきた店員に、子供も見ないで買い物しているんですか?となじられてからは、深夜に夫に息子を見てもらって買い物に行った。

何度も子供が一人でウロウロしていたら店員が言うのは仕方がないことだろう。生協が助けになった。

幸い、夫がたくさん話しを聞いてくれて、一緒に謝りに行って、一緒に先生と話をしたり、ずっと努力し続けてくれた。

夫も癖がある人で厳しすぎたり甘すぎたり、私ともよく育児の話で意見割れた。でもいつも必ず味方になってくれた。夫が私と息子を支え続けてくれた。

から心中しなかった。夫がいなかったらどうしていたかからない。

その後小学校中学校と、ずっと他害やいじめなどのトラブルが起きて何度も謝りに行き続けた。放課後電話がかかってくると動機が激しくなる。

毎月のように先生トラブルの話を聞いて、相手保護者電話で謝って、ご自宅を訪問して子供とともに菓子折りを持って申し訳ありませんと謝る。

もちろん被害者になったこともあった。お互い様です、謝罪もいいですよこれからも仲良くしてくださいねといってくれる人もいた。

育児は終わらない。

先生保護者、色んな人達に謝り続けた。色んな人がいた。

優しい人、理解しようとしてくれる人、息子と仲良くしてくれる子、口先だけいいことを言う先生差別してくる先生おかしなことを要求してくる保護者いじめごまかそうとする保護者。色んな人がいた。息子もそれを目の当たりにした。その都度家族で話し合った。ちなみにLINEで謝ってくる保護者はほぼクソです。これは本当です。

私と夫はこう思うようになった。

何年かあとに息子が独り立ちすることが、我々の目的だ。今のトラブルは処理していくしかない。周りの人に迷惑をかけていって申し訳ない。理解してもらえるとは思っていない。平謝りして許してもらうしかない。私達は息子のために防波堤になって謝るしかない。息子ももちろん自分したことは謝らないといけない。どうしても許してもらえなかったり排除されたら、夫の実家引っ越したり学校を変えていくしかない。大きくなるまでずっと我慢し続けよう。年をとって発達障害と息子が付き合えるようになるまで、親はずっと我慢しよう。

息子も投薬が始まり診断や心理士カウンセリングを受けたりいろんなサービスやいろんな支援をしていただいた。がんばるしかない。

年月を経て、天使のように可愛かった息子も大きくなった。高校大学と進んでいった。

息子は自分に自信がなかったり、若干友人が少なかったりと二次障害的な部分も少しあると思う。

私が悪かった、あの言動虐待ではなかっただろうかと悩むことも多い。私みたいな人間が親じゃなかったほうが良かったのではないかと今でも時々思う。

私は息子に何かしてあげれただろうか。わからない。

でも多分ずっと息子と過ごした嵐のような日々は、たかもの…と言いたいけどもう二度はむりだ…むり…。でも息子は大好きだ。

これから楽しいことを探して生きていってほしい。長生きしてほしい。ずっと笑っていてほしい。

2019-09-02

anond:20190902145630

心理系の本嫁。スピ系でない自己啓発でない心理士四角とれるやつ。mendoi

日本語で書けよ。意味不明

さらに言うなら「心理学」の一言で何を証明した気になってるの?

人間が全員(or大多数)心理学の類型に収まってるなら世の中に犯罪なんかないわ

2019-07-30

看護師のN山さんへ 病院辞めました

病院の人事などに以下の文を送ろうと思っていましたがやめました。

病棟はとても大好きだったので。

あなたに言われたこと一生忘れないと思います

**********

解離症状が出現した原因について

1. 出来事

2019年2月21日解離症状が出現し労務不能状態となった。

2. 原因

同僚N山さんとの関係、いわれたことで悩み精神的に不安定となった。

別紙参照。

3. 発症からの記録

2月21日 女性二人(H師長、K師長)に病院まで連れられ、採血と頭部MRI撮影実施精神医師を名乗る男性(O医師)より問診あり。実家帰宅したほうが良いとアドバイスあり、実家帰宅

3月12日 G病院受診。45分ほど個人心理士による面接GHQ検査あり。その後、医師診察開始。生育歴、症状、経時記録などを使用して説明する。ストレスによる解離状態が出現している可能性があり、その状態に蓋をするか上手く付き合っていくかという選択がある。症状の落ち着けや気分のむらについては投薬が効果があると説明受ける。解離に対してはエビリファイ3㎎を内服開始、不眠についてはブロチゾラム使用して治療すると説明うける。採血(生化、HbA1c、FT4、TSH)あり。

3月17日 3時半頃まで寝付けず。希死念慮あり。コードで二度ほど首をしめることがあったため、次回診療日を待たず、19日受診し頓用でのクエチアピン処方受ける。また、ブロチゾラムニトラゼパムに変更となる。

3月26日 休養を優先で生活確認

4月9日 休養優先で生活確認

4月24日 ニトラゼパムの薬効薄く、ロゼレム追加あり。5,6月休職し休養すると相談

5月7日 ニトラゼパムを中止し、エビリファイロゼレムで内服を調整する。解離症状出現していないため徐々に減薬する方向性でよいのではないか医師よりあり。クエチアピンはほとんど使用していない。

5月21日 抑うつ症状悪化。休養時間やす。薬の増加はなし。

6月4日 休養優先で生活確認7月関東に戻ること決定。甲状腺ホルモンフォロー採血実施

6月20日 休養優先で生活確認

7月2日 H県での受診は終了。

4. 症状

身体症状便秘、腹満感、曖気、嘔気などの腹部症状。下剤、制吐剤の使用、食欲不振、夜間過食、排尿困難、動悸、悪心、過呼吸、振戦、頭重感、頭痛

睡眠障害:いつか患者を殺すのではないかという考えにとらわれ入眠、休息をとることが難しくなった。勤務後21時頃に就寝しても3時頃まで寝付けない日々が続いた。眠りが浅く。寝ている間も常に身体が浮いているような感覚があった。中途覚醒もあった。

幻聴:夜間帯に流涙することが多くなり、それに伴って患者を殺す、患者を殺すという幻聴がみられた。また、同様の独語があった。

不安症状:N山さんと一緒の勤務帯では自分インシデントを起こし、人を殺すのではないかという考えで頭が働かなかった。患者安全・安楽よりも自分が何かするのではないかという考えにとらわれた。

被害妄想:2年目フォローや同期に対して、この人たちに助けを求めたら、この人たちが報復を受けると考えるようになった。また、メンバー全員が私を駄目な看護師であると思っていると考えるようになった。

 落ち着かない

 気力が出ない

 物をなくすことが多くなった。

別紙 具体的原因

 N山さんより、ほぼ毎月一回は「患者殺す気?」、「患者が死にます」、「あなた看た次の日に(患者が)具合悪くなってるよね。そのうち(患者を)殺すよ。」、「仕事舐めてるの?」と言われた。

 受け持ち患者検査時に出血を伴う状態となったため、16時20分ごろ帰室したが、酸素投与、モニター装着などしていたため当日リーダーだったN山さんへの送りが30分近くになった。送り必要と考えたため声をかけたが、「いらない。もう時間です。」と言われた。その後、リーダーへの送りはせず、夜勤者に直接送りを行った。30分ほど経ってからNさんよりさっき何かあったのかと聞かれたため報告すると「何言ってるか意味がわからない。そういうのは報告してください」と言われた。

夜勤中、休憩直前緊急入院患者の受け持ちとなった。手術の戻りが前半休憩中に重なりそうだったため、休憩は後半を希望した。病棟が落ち着いていたため、私はリーダーのN山さんと休憩のペアを組むと思っていたが、N山さんは点滴交換量が多いため前半に休憩はいると決めた。他看護師2名(1名はリーダークラス)が緊急手術の戻りがあるため、リーダーは一緒にいた方がいいのではと助言してくれたためNさんと後半休憩に入ることとなった。戻ってきたオペ患者の創部から出血あり。Nさんに報告し、医師にも報告したほうがいいだろうかと確認すると「何言ってるの。意味わかんない。」と言われた。実際に一緒に創部確認しやはり出血が持続していることが分かった。来棟していた医師に報告し創部縫合処置となった。

夜勤リーダーN山さんに送り中、日勤メンバー残業している中、「日勤メンバーがうるさくてあなたの送りが聞こえない」と私に言い、それを日勤メンバーに注意するのではなく、二人で注射室に移動して送りをするようにと促される。送り中、「は?」「意味わかんない」と連呼される。

 勤務交代時に麻薬の指示変更があったため日勤者に申し送りをしているとその指示はもう日勤帯での指示であるため残りの記録を書くことを優先しろと言われた。

夜勤帯に変更になってから1.5時間ほど経過してから日勤帯で受け持っていた患者の点滴が滴下していないため刺し直しをして、と命令された。交代時には点滴は滴下していたし、滴下にむらがあることも申し送りで伝えていたためなぜその時間に私がさし直しをしなくてはいけないのか不明だったが、身体が竦んで反論できなかった。

ナースステーションに本人がいるにもかかわらず、休憩室でその人たちに対してプライドが高い、仕事ができない、みんな嫌いでしょ、といった会話をしようとしており、不信感が出現した。

2019-04-12

anond:20190412041951

きついことを書くが、アンタのために書いているつもりなので、どうかこらえて読んでもらいたい。

まず、アンタは治りたい(本当は治癒というよりは寛解、もしくは自分のありようにおりあいをつけるということなんだが)のか。今だけ楽になりたいのか。どっちなんだろう。いずれにしても、アンタのやり方はよくないと思う。まずアンタが書いている時刻が問題だよな。俺は今日早く家を出る用事があって早起きして、アンタを見かけてこれを書いているわけだけど、アンタ、未だに夜寝られていないんじゃないのか。それは状況が改善していない証拠だと思う。

自分で病名を探して納得しようとする、っていうのは、メンタルの悩みを抱える人が陥りがちな穴なんだけど、こう考えてみてくれないか。直線が曲がって見え、色が違った色に見える、そういう状態視覚で懸命に絵を描こうとして、絵が描けるのか? 少なくとも一人では描けないよな。もし無理矢理描くならば、定規なり補助者なり、といった「外部(自分以外)の基準」なしには絵は描けないわけだ。これと同じで、メンタル問題を抱えた人間が、その精神的状況を自分で精査することは不可能だ。だから医師なりカウンセラーなりの助けが必要だし、最終的な判断は彼らに委ねなければならない。

患者側が、たとえば amazon で大枚はたいて DSM-5 やそのマニュアルを購入し、自分にあてはまる箇所を探す……なんてことがありそうなわけだが、あれは臨床経験ちゃんと持った精神科医が診断の基準にするためのものなので、素人自分主観的に感じる状況をその中に探しても、あーここも、ここも、ここにもあてはまりそう……で終わってしまう。だから自分自分を「診断」するのはやめた方がよろしい。意味がないんだ。そういう例を山程扱っている専門家に委ねる必要がある。

ただし、患者側にもある程度選択する自由はあるし、選択することは考えないといけない。ニュースとかで見たことあるかもしれないが、安易な多剤併用の処方を漫然と行う精神科医は確実に存在するし、まともな指導を受けず、怪しい資格を取得してカウンセラー自称するような輩も結構あちこちに転がっている。

から、これから書くことをやってみてもらいたいんだ。うまくいけば、もっと自分の状況をよくすることができると思う。

まず病院を探すこと。近所にあるところにポンと入るのは駄目。さっき書いたような多剤併用を行うような医師に当たってしま可能性もある。俺がこの手の話を相談されたとき提案するのは、その地域保健所相談することだ。保健所は、精神医療における自立支援医療の窓口になっているので、精神科・心療内科に関する評判が集まる。多少敷居の高さを感じるかもしれないが、邪険にされることはまずないから、一度行って話を聞いてもらいたい。

あと、ちゃんとした精神科医は、いきなり病名を決めたりはしない。何度かの通院の中で、状況を観察し、処方に対する反応をチェックし、最終的な病名を決定する。なので、先の多剤併用みたいなことがない限りは、多少辛抱強く通院する必要がある。おそらく最初は、抗不安薬眠剤しか処方されないかもしれない。それは、いきなり複数種の薬を処方しても、効果があるのかないのか分からいから。向精神薬ってのは微妙な薬で、同じように見える二人の人に投与しても、片方に劇的に効くがもう片方は副作用で苦しむだけ……みたいなことが結構普通に起きる。抗うつ薬等の場合血中濃度が安定するのに長くて二週間位かかるものもあるので、飲み始めてそれ位経ってから効き目を判断しなければならない。最初は、まずひとつ処方して、二週間様子をみて、量を調節して、駄目そうなら他に変える、しかしいきなりやめると揺り戻しがくるから何週間かかけて減らし、他に変えて……ということを続けることになる。まあ、ちゃんとした医師は俺の書いていること位は説明してくれるけどな。いずれにしても、バファリン飲んで頭痛が治まる、みたいに安易はいかない。そこは辛抱しなければならないところだ。むしろ安易にいくと軽々に言う医師はあまり信用できないということだな。

あと、いわゆるパーソナリティ障害に関しては、薬剤治療よりも精神治療カウンセリングなど)が有効とされるわけだが、カウンセラーに関しては臨床心理士であるかどうかを確認した方が良い。他にもちょっと前に公認心理士という資格ができているわけだが、あの業界オーソライズされている資格って結局は臨床心理士なんだな。専門の大学院教育を受けないと取得できないし、資格が5年で更新され、更新にあたっては臨床実績がなければ無理、という制度なので、判断基準としては有効だと思う。カウンセリングに関しても、一度や二度受けてどうこう、というものではないので、継続的に受ける必要がある。

いずれにしても、医者は厭だ、自分自分はこうだと思う、納得した!……では、状況はあまり変わらないよ。変わってりゃあ、もう少し朝寝坊もできると思うんだけど。医者は厭、を越えて、少しはマシな医者を探す、に行ってもらいたいと思うのだが。

2019-04-10

ASDADHDハイブリッド

京大理系院卒、いわゆる大企業勤め。

これまで携わってた業務から、大きく内容が変わって数ヶ月、絶賛精神不調罹患中で仕事に行けなくなってしまった。

医師心理士との面談を通じ、いっちょ心理検査も受けてみっか!→ジャジャーンASDADHDハイブリッド~~!

いやー金槌でアタマを殴られた気分。なるほどー、なるほどー!

というのも、Beforeが研究開発のようなマイペースで進められるタイプだったのに対して、Afterは20名ほどのプロジェクトチームタスクフォースクロスファンクショナルワーキンググループにおいてポーンとして働くタイプ

BeforeでもAfterのような仕事はあったが、小規模(メンバー4-5名)かつマネジメント寄りだったので、恐らくは相対的大人数×多部門×マイペースに動けない、が苦痛だったんだろうな。

え…私の能力…低すぎ?と思うほどにパフォーマンスが激落ちくん。

パフォーマンス低い→貢献度低い→自己効力感下がる→つらみ→イマココ

休み明けたら配置換え願い出るか、このままドロップアウトして転職するか、という贅沢な悩みです。

前者の場合、昇進はあきらめるが適職なのは分かっているかOK出るなら万々歳。

後者場合、かなーーーり見極めないと死ぬねきっと。

同じような皆さんはどうやって活路見いだしていますか??

2019-02-08

anond:20190207004137

児童相談所 拉致 静岡市」などと検索すれば、当事者(親)が発信する記事を閲覧することができる。Twitter実名発信すら行っている。

彼らの主張と、裁判所認定事実とを対比しながら読めば、恐ろしさが伝わってくると思われる。

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損害賠償請求事件

東京地方裁判所平成21年(ワ)第25349号

平成25年8月29日民事第44部判決

口頭弁論終結日 平成25年4月25日

       判   決

(第1,第2 省略)

第3 争点に対する判断

1 認定事実

 前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)本件小学校入学前後の経緯

ア 原告Q1は,原告Q2及びQ9との同居を始めた平成19年2月頃,Q9が時間を守らないこと,嘘をつくことを矯正させる必要があると考えて,原告Q2との間でQ9へのしつけの方法について話合い,その結果として,原告らは,Q9が小学校入学した同年4月頃から,Q9が上記の点について原告らの口頭での指導を守らなかった場合には体罰を与えることとした。

 原告らの体罰は,当初は頭を軽く叩く程度であり,その後顔を平手打ちするようになり,同年6月頃からは,Q9に木製の子ども用バットを持ってこさせて,臀部をバットで叩くことなどがあった。

(甲4,75,原告Q1本人)

イ(ア)Q9の所属するクラス担任であるQ12教諭は,平成19年4月頃,Q9の顔に痣があったこから,その痣について聞いたところ,Q9は,タンスの角にぶつけたと述べた。Q12教諭は,その後,Q9の顔の別の位置に痣があることを発見した。

 Q12教諭は,同年5月下旬頃,Q9が忘れ物をして登校してきたため,どうしたら忘れ物をしないようにできるか尋ねたところ,Q9は泣き出して,自分学校の支度をしていることのほか,原告Q1は殴るので恐いこと,原告Q2はQ9を守ってくれなくなり,原告Q1と一緒に怒ってばかりいるが,以前はそうではなかったことなどを述べた。そこで,Q12教諭は,Q9に対し,先生はいつも君の味方であり,先生が守ってあげるなどと述べた。

 原告らは,同月31日,本件小学校担任教諭保護者との間での連絡帳に,Q9から先生が守ってあげるという発言があったと聞いたが,その発言真意確認を求める旨の記載をした。

(イ)本件小学校のQ13教頭は,同年6月5日,原告ら宅を訪れ,原告らと面談した。その際,Q13教頭は,虐待の疑いがある場合についても適切な対応をとる必要がある旨述べ,原告らは,今までQ9はしつけを行われずに育ってきており,Q9を良くするのは今しかないこと,しつけの方針として,悪いことをしたら殴ること,虐待を疑っていることは理解していることなどを述べ,Q12教諭上記(ア)の発言について,Q12教諭からの直接の謝罪要求した。これを受け,Q13教頭は,一旦本件小学校に戻り,Q12教諭と共に再度原告ら宅を訪れ,Q12教諭上記(ア)の発言について,誤解を招く発言であったとして謝罪した。

 Q9は,同日以降,Q12教諭に対し,先生が来てくれてから殴られなくなったと述べた。

(ウ)Q9は,同年6月29日,右大腿部,右肩に赤色の跡があり,Q12教諭が,Q9がプールに入る際にその跡について聞いたところ,Q9は,原告Q2から叩かれたと述べた。

 また,Q9は,同年7月2日,右目の下部に痣があり,Q12教諭からその痣について聞かれたところ,原告Q2に殴られたと述べたが,Q13教頭からその痣について聞かれた際には,Q9は転んで怪我をしたと述べた。そこで,同日,Q13教頭原告ら宅に架電したところ,原告Q2は,Q9が2日続けて許せない嘘をついたこから原告Q2が殴った,私も人間から感情的になると述べた。

 原告Q1は,同月3日,本件小学校架電し,Q13教頭に対し,原告らは冷静にQ9をしかっていること,同じ状況であれば原告Q1であっても殴っているはずであり,原告Q2も同じ方針であることなどを述べた。これに対し,Q13教頭は,殴らないで育てることをまず考えるべきであるなどと述べた。

(エ)Q12教諭は,同月4日,原告から,本件小学校教育方針等についての意見記載された手紙が送付されたため,同日午後3時頃,原告ら宅を訪問した。その際,原告ら及びQ12教諭居間にいて会話をしていたところ,原告Q2は,一旦居間を離れてQ9の部屋に行き,Q9を叩き,居間に戻ってきた際に,「今私,Q9のこと,叩きましたから,守って下さい。叩きました。嘘ついたから。」などと述べた。

 その後,本件小学校のQ14校長教務主任及び生徒指導主任原告ら宅を訪れ,原告Q1から学校で行う教育と家庭で行う教育区別をしたガイドラインを示してほしいという要望があったため,Q14校長ガイドラインを示す旨述べて,同日午後8時30分頃にQ14校長らは原告ら宅を離れた。

(甲11,17,18,乙ろ2の12,乙ろ15,証人Q13)

(2)本件一時保護に関する経緯

ア Q14校長は,同月6日,静岡市教育委員会に対し,前記(1)イの経緯を報告した。静岡市教育委員会は,同月10日,静岡市α区の要保護児童対策地域協議会児童福祉法25条の2参照)の定例実務者会議において,Q9を要保護児童として提示し,Q13教頭が前記(1)イの経緯をまとめた報告書(乙ろ2の12の1ないし6丁)を提出した。上記会議に出席した静岡市児童相談所の所員は,同日,本件小学校に対し,Q9は保護を要する児童であるため,今後Q9に痣等があった場合には児童相談所に通告するように指示した。

イ Q9は,同月13日の登校の際,左顎及び左目下部に痣があり,Q14校長がその痣について聞いたところ,Q9は,嘘をついたことを原告Q1に怒られて殴られたと述べた。そこで,同日「Q14校長は,静岡市児童相談所架電してQ9について通告した。また,同日のプールの授業の際,Q9の大腿部及び背中に痣があることが確認された。

 静岡市児童相談所は,同日,上記通告を受け,子ども虐待対応の手引き(平成19年1月23日付け雇児総発第0123003号厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課長通知。乙ろ2の10)及び静岡県中央児童相談所作成家族支援ガイドブック(乙ろ2の11)に基づき,上記アの会議に参加していた所員等による緊急受理会議を開催し,Q9に行うべき支援及び援助の内容を判断するための虐待処遇アセスメント指標(乙ろ2の6)で判定をしたところ,虐待の程度は,5段階の上から2番目(打撲,広範囲の軽外傷等)であり,調査格付は,生命を脅かす(又は高い可能性がある。)状態として,直ちに立入調査を行うこととなる「R-1」と判定された。また,静岡市児童相談所のQ15主任主事ケースワーカー)等の所員3名が,本件小学校に立入調査をして,Q9の顔から足にかけて痣があることを確認し,Q9に聞き取りをしたところ,Q9は,原告からは,Q9が時間を守らないという理由毎日殴られること,原告Q2の方が多く殴ること,原告Q1からおもちゃバットでいろいろなところを殴られ,原告Q1から殴られた際に血が出たことがあることなどを述べた。静岡市児童相談所は,上記立入調査をした所員からの報告を受け,上記虐待処遇アセスメント指標及び所員の合議に基づき判定をしたところ,Q9の支援・援助格付は,直ちに一時保護必要となる「AA」と判定された。

 静岡市児童相談所長は,Q9に痣があり,Q9も原告から殴られていることを認めたこと,本件小学校から家庭訪問をした後も原告から虐待継続していることが確認できたことに基づき,Q9を一時保護し(本件一時保護),その後に原告ら宅に架電し,原告らに対して本件一時保護したことを告げた。

 Q9は,同日,静岡市静岡病院のQ16医師の診断を受けたが,同医師作成診断書には,「全身に打撲によると思われる皮下出血を認める」として,〔1〕両下眼瞼,〔2〕左顎部,〔3〕右肩甲骨上,〔4〕左大腿背側,〔5〕右下腿膝下部前面及び〔6〕両殿部について,「いずれも鈍器,または靴による打撲跡と考えられる」,「上記外傷について全治一週間と診断する」との記載がある。

 静岡市児童相談所は,同日,静岡県中央児童相談所の一時保護施設にQ9の一時保護委託した。

(甲11,乙ろ2の4ないし6・12,乙ろ15,16,乙は3の1・2,証人Q17,証人Q13)

(3)本件一時保護開始後の経緯

ア 原告らと静岡市児童相談所は,本件一時保護が開始された平成19年7月13日以降,電話等でやり取りをしたが,次のとおり,原告らは,Q9に対する体罰虐待ではなく,親である原告らの意思無視して本件一時保護継続することは不当であるとの意見を繰り返し述べた。

 原告Q1は,同月20日,静岡市児童相談所のQ15主任主事との電話で,虐待はしていない旨述べ,暴行肯定されると考えているかとの質問に対して「ええ,肯定されますよ。当たり前じゃないですか」「一時的感情だとかそんなことで虐待を繰り返してきているわけじゃないんだ」,「責任ある体罰っていうのだってあるんだ」などと述べ,静岡市児童相談所のQ18統括主幹との電話で,同月27日,「Q9をおたくらに任せますけど,やつが20歳ぐらいになったときにまともな,私らが考えているような大人になってなかったら,抹殺しますんで。おたくらも含めてよ。」,同月30日,「子どもがこう,おれらの考えてたとおりに教育できなくなったときに,おまえらどういう責任とる。とらなかったときは,おまえ,リンチしてもいいか」,同年8月1日,「根本からお前らの育て方とか教育論が間違ってるのに,何で間違ってる奴らと俺らが話し合わなきゃいけないんだよ。」などと述べた。また,原告Q2は,同年7月23日,Q18統括主幹との電話で,「私達は少なくとも体罰体罰だって考えてるんですね。私の思う虐待と言うのは自分憂さ晴らしですね。」,「体罰っていうのは暴力とは違う」などと述べた。

 静岡市児童相談所のQ19主任主事心理士)及びQ15主任主事は,同月20日から同年8月31日まで,一時保護施設を訪れてQ9と面談,行動観察,心理テスト等を行った。Q9は,同月8日以降の面接で,原告らと会いたくなく,施設から帰りたくない旨訴えた。Q19主任主事は,Q9について,同年9月20日開催の静岡市健康福祉審議会児童福祉専門分科会児童処遇審査部会に「現段階では,本児の家庭に対する拒否感が強く,両親と距離を置き,守られた環境下で,本児の話に耳を傾け,個別には母性的で受容的な対応が望まれる。」,「これまでの養育環境により本児の情緒面での成長が阻害されてきた結果が示されており,今後,両親の養育態度に改善が望めないようであれば,家庭との分離はやむを得ず,児童養護施設への入所が適当であると考える。」との心理診断の結果を提出した。同部会では,Q9の入所措置承認を求める申立てを行うことに異議は出なかった。

 静岡市児童相談所のQ20所長は,上記原告らの発言心理診断の結果及び上記部会の結果を踏まえ,原告らによる暴力継続される可能性が高く,Q9も帰宅拒否していることから児童養護施設への入所が適当であるとして,同年9月25日,入所措置承認を求める申立て(本件申立て)をした。

(甲11,14,乙ろ7の1ないし7)

イ 原告らは,同年9月28日,静岡市児童相談所を訪れ,Q20所長,Q17参事平成20年4月1日に静岡市児童相談所長となった。以下「Q17」という。)等の所員と面談した。この面談の際,Q20所長らは,本件一時保護の経緯や,Q9については児童虐待防止法2条1号所定の暴行が行われたもの判断していると説明したが,原告らは,「体罰虐待はこれ別物ですから」,「しつけの段階で,あざができるほどたたかなきゃいけなかった」などと述べてQ9の返還を求め,静岡市児童相談所はこれに応じなかった。

(甲9,10,乙ろ7の10)

ウ Q20所長ら及び原告Q1は,本件承認審判及び本件勧告がされた後である平成19年12月21日,静岡市児童相談所面談した。原告Q1は,本件承認審判の「二度と虐待に該当するような体罰をさせない」という文言から虐待に及ばない体罰については容認されたもの解釈している,体罰主体にしない努力はするが,目的によっては必要なこともあるなどと述べたのに対し,Q20所長は,しつけ自体否定するわけではないが,体罰を伴うしつけは子ども心理的な影響があり好ましくない,本件勧告を受けて,静岡市児童相談所から原告らに対する指導方法について年明けに提案する旨述べた。また,原告Q1が,原告らがQ9の通学している安西小学校に面会等を申入れることは問題となるか確認したのに対し,Q20所長は,今の状態だと問題となる旨述べた。

 静岡市児童相談所は,平成20年1月頃,上記提案として,Q9と原告らの家族統合に向けた「ご両親への支援プログラム」(以下「支援プログラム」という。)を作成した。支援プログラムでは,〔1〕目標は,「Q9君が安心して生活できるような家庭づくり。」であり,〔2〕方法として,原告らが静岡市児童相談所を訪れ、概ね1か月に1回2時間程度を目安に面接実施し,面接以外にも課題の提出をお願いすることがあること,〔3〕2月から3月頃にQ9の気持ち確認し,写真ビデオレターなどを通した親子交流を始めること,〔4〕Q9が原告らに会いたいという気持ち確認し,5月から6月に児童相談所内で原告らとQ9との面会を実施し,6月から7月初旬に親子での外出を実施すること,〔5〕面会・外出時の親子の様子,Q9からの外泊希望確認し,児童相談所所員による家庭訪問実施した後,7月初めに家庭への外泊を開始すること,〔6〕外泊が繰り返される中で,良好な親子関係が認められ,引取り後の支援のあり方について共通理解が得られれば,家庭引取りとなることが記載されている。

 Q20所長ら及び原告Q1は,同年1月11日,静岡市児童相談所面談した。静岡市児童相談所のQ21心理士支援プログラムについて説明するなどしたところ,原告Q1は,支援プログラムは本件勧告無視したものである原告らは体罰をしているのであって虐待暴力ではない,一時保護自体間違っている,おれは日常生活の中で普通にやっていく中で必要であれば絶対体罰は使う,まずはQ9を帰してもらいたいなどと述べた。そこで,Q20所長は,再度提案をする旨述べた。 

 Q20所長ら及び原告Q1は,同月24日,静岡市児童相談所面談した。Q17が,本件勧告に基づいてQ9を帰宅させるためには,虐待に該当するような体罰はしないことが条件になる旨述べたところ,原告Q1は,裁判所原告らが虐待をしていないと認めており,Q9をすぐに返してもらった上で静岡市児童相談所による指導を受けるというのが原告らとして譲歩案の全てである静岡市児童相談所原告らの意見を聞かずに一方的な主張をしているなどと述べた。

(甲9,10,乙ろ5の2,乙ろ7の11・12)

エ Q9は,平成19年12月31日,静岡ホームで転倒して頭を打ち,CT検査をしたが,脳に異常は認められず,頭部挫傷と診断された。

 静岡市児童相談所は,原告らに対し,上記転倒事故を通知せず,原告らは,平成20年3月7日に静岡市個人情報保護条例に基づき開示を受けた文書により,上記転倒事故の発生を認識した。

(乙ろ1)

オ 原告Q2は,同年2月1日,静岡市児童相談所に対し,Q9の毎日の詳しい言動や様子を報告しない理由等の回答を求める質問状を送付した。また,原告らは,同月8日,静岡市児童相談所を訪れ,本件抗告棄却決定に対して特別抗告申し立てた旨伝えるとともに,親権行使するとして,Q9の毎日の一時保護施設及び小学校での言動を報告することを求めた。さらに,原告Q1は,一時保護期間の7か月でQ9の身長が2.4センチメートル体重が1キログラムしか増えていないという理由で,Q9への精神安定剤等の投与を疑

2018-12-19

イタリアには精神病院がない anond:20181219090224

というか、これまでの日本社会家族責任押し付けすぎたんだよ。

(重度の精神病者のいるご家族のご苦労は本当だと思う・・・が)

医療関係者ネタでは?

イタリア精神科医が行った「バザーリア改革」って門外漢であっても知っている有名な話じゃないですの?

イタリアには精神病院はない。何故なら精神病者社会から隔離して薬漬けにしてプラスに運ぶ事は何一つとしてないかである。(人権無視して永久クスリ漬けにして閉じ込める場合は別として)

バザーリア曰く、「人は自分狂気共存でき、人生主人公として生きることができる」

そりゃそうだよね

一方、日本精神科病床数は30万超、入院患者数は人口比、絶対数とも世界最多。

イタリア精神病を患っている方々は、一般社会で、ホテルレストランバーラジオステーション建設業映像制作農業酪農園芸、警備、修理 など仕事をし、

閉じ込められる事なく自身権利生活保障を得て、

共に働く人々にとっても精神障がいのことを知る良い機会となっている。

一方日本は?というと、大した障がいレベルでは無い相手に対して、共に働く人間が「負担だ」とか「邪魔だ」とかやって、時には訴えられたりもしている始末

バリアーザ曰く、


精神保健の仕事貧困との闘いであると考えているとしたら、

専門技術者医師心理士技術面の管理法の専門家といった私たち役割は、二次的なものになってしまます

精神医療専門職廃止し、政治家になってしまうことは望ましいことではないのではないですか」


私たちは二つの状況、二つの役割、つまり専門技術者としての役割政治的活動家としての役割をあわせもっていなければなりません」


まり専門職としての役割政治的役割もどちらもあるだろう、と彼は考えるわけです。


すべては与えられるのを待たず、プロ意識を持ち、他人任せしない事じゃないですかね

2018-10-28

発達障害の診断をしてもらった話。

あいつは発達障害だ」とか「発達障害なんじゃないの?」とか平気で他人馬鹿していた同僚が発達障害だったらしくてわろた。

僕も何回か言われたけど、「またこいつ言ってるよ」くらいにしか思わなかったもの

自分では気付けないものなんだなと恐ろしくなったので自分精神科で診断してもらった。

面談やらテストやらいろいろやったけど特に問題はなかった。

面談ときに診断を希望したきっかけを話したら「他者に対してそういう言葉を使う人間自分発達障害だと言われて嫌だったからそうやって他者を傷つけるんです。コンプレックスを抱えてるんですよ」って心理士に言われて腑に落ちたわ。

病院行って診断してもらえば気が楽になるよ。

2018-10-03

anond:20180928234249 ゆうメンタルクリニックには行ってはならない

以下に本クリニックにおけるGoogleマップでの評価を投下します。


申請のために診断書が欲しい。って方にはとても良い病院ではないでしょうか?心が本当に辛く治したいと思っている人には絶対オススメ出来ません。ベルトコンベア診療です。毎回同じことをいい大体5分で診療から追い出されます複数医師がいるようですがどの医師ベルトコンベア医師です。予約が取りにくくてもきちんと話を聞き、診療し信頼出来る病院を探した方がいいです。診断書申請書が欲しいだけなら☆5かもしれないですね。

(追記)

オーナー様よりお返事をいただきありがとうございますネットにて検索した所、心理士心療内科医の助けとなり患者の心により寄り添う必要もあると拝見しましたが病院によっては心理士だけに頼らず初診に1時間近くかけて診療を行う診療内科医もいらっしゃるようです。また何故診療時間が短いかというのも1人に掛ける時間が長い程、病院側が金銭的に損をする事も分かりました。ゆうメンタルクリニックさんは辛い時に直ぐに掛かれる病院と謳い文句で実際には短い時間でたくさんの患者を捌き儲けようとしているようにもとることができます心理士とのカウンセリング保険適用外ではなかったでしょうか?よって患者治療よりもお金儲けに意識が傾いている病院なのではと個人的に思ってしまいました。患者の辛い心に触れようとも訴えも聞かず薬の処方の話しかしませんよね?私は騙されて時間無駄にしてしまいました。心が辛くて病院に行こうと悩まれてる皆さん、きちんと病院選びをしてください。皆さんが良い医師出会えることを祈ります。良い評価をされてる方もたくさんいらっしゃるようなのでこればかりは相性なのだと思いますが私は絶対オススメしません。ネット検索しますと当たり外れの心療内科の見分け方などの記事が見れます自分の為に合う医師を探してください。


以上です。

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