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はてなキーワード: 相互理解とは

2020-07-11

anond:20200711091312

増田が使っている「よくわからない」を「びっくりする」に置き換えても伝えたい内容は相手に通じるんじゃない?

増田が使っている「よくわからない」も、人によって意味が通らないという人もいると思う。やわらかくいったん受けるため「よくわからいかもっと聞かせて」などと使用することもあるが、一方で、「よく分かんねーな…」という相互理解拒絶の意味あいも含む言葉だ。人それぞれでしかなく、前後文脈などで判断する必要がある。

「びっくりする」は怒りが含有されていて、コミュニケーション断絶の合図となる言葉だが、増田も例示しているように身体的に驚いた時にも使う。そして、同じように「よくわからない」も、試験勉強で難しい問題が解けなくて解法を読んでも「よくわからない…」と身体的に己を嘆く時にも使うが、「女って下らねえな、わかんね」と言いたい時にも使うコミュニケーション断絶の言葉にもなる。

今回、増田も、増田も「よくわからない」をこの文章で、後者意味で使っている側面があるだろう。

土の表面だけを見ているようでいて、身体的な言葉と内心を示す言葉を例示で並べて比較するあたり、すでにバイアスがかかりまくっている。フラットで冷静な俺と思っているのかもしれないが、増田にもすでに十分婉曲な嫌悪と拒絶を伝える気持ちがある。単に語彙の深さが足りないというよりも、女ってウザいなというバイアスがかかった結果、男の俺は冷静という立場からこういう文章を書きたくなったんだろうね。実際はそうでもないわけですけども。

2020-07-10

出来ることなら私もカプの左右を固定したい

……こんなこと言うともう間違いなく、真の左右固定派にはぶちのめされる。

今は自粛してるけど、同人誌即売会でスペースの前で硫酸でもぶっかけられるかもしれない。

なのでこう……増田につらねるわけなんですけれども。

私は趣味女性向けの二次創作――要するに非公式BLかいている。

同じ趣味を持つ方ならなんとなく分かっていただけると思うが、どのジャンルのどのカップリングにも、相手や左右固定と名乗る宗派の人たちがいる。

それで、反対に私は組合せには殆ど拘りがない。もちろん好みはあるが、“組合せが理由”で読めないものが、どのジャンルでもほぼ存在しないのだ。

先に言っておくが、私には固定派の方々を責めるつもりは一切ないし、どちらが優れているとか、正しいとか、ポリコレが云々とか、そういうことを議論するつもりもない。

苦手なものも含めて自分を形づくる要素の一つだし、私も組合せに地雷がないだけで、シチュエーションとか物語の展開とかにはすごいめんどくさい地雷がある。

からとやかく言うつもりはない。



で。

本題に入るのだが、私はここ5年くらいずっと固定派になりたい。メチャクチャなりたい。

ライト理由としては、ピクシブ投稿するときに楽だからだ(ぶちのめされそうな理由である)。

イラストを1枚ずつ投稿するのが主流の男性向けとは異なり、女性向け同人ではイラスト短編かいたらまずツイッターにアップして、それがある程度の枚(本)数たまったらログとしてまとめて投稿、という形式一般的だ。

この際にタグをつけるのだが、私の場合普通にしているとタグがとっちらかってしまう。

まりにいろんなカプをかいているため、つけるタグ死ぬほど悩むのだ。というか、あからさまに固定派には絶対的に優しくないログである

検索避けのために、かいたカプは全部タグづけするか?とも考えるが、すぐに(全部1枚(本)ずつしかないのにタグをつけるのも、それオンリーログを期待している人にとっては迷惑なのでは?)と思い直し、悶々としてしまう。

そんな訳で、もう3年くらい自分ピクシブアカウントにはオフ本のサンプルしかアップしていない。

正直に言おう。

単一のカプだけのログ投稿できる人羨ましい……。

本当に、本当に本当に羨ましい。




閑話休題

2つ目の理由(こっちが本題)としては、生きにくいからだ。

非固定派は生きにくい。……いや、それだけでは言葉足らずだろう。

ひとりで楽しむぶんには、おそらく地雷が少ないほうがハッピー二次創作ライフを送れるのだろうと、私も考えている。なにせ見られないものが少ないし、それなら見ないようにする努力にパワーを割かなくて済む。

しかし私は、交流だってしたいのである

先日某字書き漫画がバズった際に見かけたツイートの中に、「我々は結局、趣味からといって“社会”をやることからは逃れられない」という趣旨のものがいくつかあった。

まったくそのとおりだ。おっしゃるストリートである

そして、社会をやるためには、「何処かにさなくてはならない」のである

これが難しい。何せカプが固定出来ないので。女性向け同人において、どのカプを嗜好するかというのは、あまりデカい“所属”なのである

ツイッターのbioに「A×B」と表記することで、我々は取り敢えずの“所属先”を得て、社会に参入している。「ABの女」として。

これだけのことが本当に本当に難しくて、もう5年も悩んでいる。

実は5年前に持っていたツイッターアカウントでは、「AB中心B受け」とbioに掲げていた。

当時は良くも悪くも素直なコドモだったので、界隈とは関係なく自分が何を好きかとか、AB界隈の雰囲気かに疑問を殆ど持たなかったのだ。だからまあ……ピクシブで日夜CABA検索して、ブクマもそこそこしていようと、自分は「AB中心B受け」の女だと思っていた。ツイッターでは本誌でBが活躍した話ではしゃいだり、ABの妄想ツイートをしたりして、楽しんでいた。そこになんの矛盾もなかった。

でも諸事情で一度アカウントを消し、1年くらいツイッターをやめた。

1年間ピクシブとカプサーチ(当時もうピクシブ時代だったが、ジャンル自体の連載開始がサイト時代だったので)で供給を得、自分も何本かかいピクシブサイト投稿した。

1年後、ツイッターアカウントを新たに取得して、私は愕然とした。

私は社会に馴染めなくなっていた。




現在私は5年前と違うジャンルにいるが、良い出会いに恵まれツイッターでは好き勝手な呟きをしている。

けど現在ジャンルは男女カプだからBLではまた勝手が違うよなあ……とも思っているのだ。

なんでかというと、最近またBLカプにハマって、できれば交流をしてみたい、と感じるからだ。私も社会をやってみたい。

けど私は非固定だ。ABもBAも読む。どっちも好きだ。そしてAというキャラクターは、「攻めにしたい人と受けにしたい人の間には、相互理解は難しいだろうな……というレベルでの解釈の断絶がある」。

ちょっとぼかした言い方をすると、「いざという時頼りになる俺様攻めかエッチな年上受けか」みたいなものだ。平成の攻めが好きか、令和の攻めが好きか、みたいなモンだと思って欲しい。

固定派が多いのだ。

そして私自身、固定派の多いカプにハマるのもこれが初めてではない。

そのたびに両方の界隈を外から眺めては(入れないな……)とハナから諦めてきた。

ここ数年、即売会で本を2、3冊出してそのままジャンルを去る……みたいなことを何回か繰り返している。大抵私を挟んだ両隣はお友達である。まあ当然だし仕方ないが、普通に寂しい。

だけど今回は、社会をしたいのだ。私だってコミュニティの一員になってみたい。交流をしたい。

固定しなくても社会がやれない訳じゃないとは思う。

でも固定派の方が圧倒的に社会はやりやすいのだ。所属がはっきりしているから。

しかし、それで自分にも他人にも隠しごとをしてABないしBAの村で生きていくのって……どうなの?と最近よく考える。人狼ってこういう気持ちなんだろうか。

本当につらい。

固定派の多いカプにまたハマってしまたから、出来ることなら私も左右を固定したい。

2020-07-08

沙慈・クロスロードは00の一期と二期の変化を象徴するキャラクターだったのかな?機動戦士ガンダム00世界においてソレスタルビーイングを敵視する存在はどうなるんだろう?という話

anond:20200707043149

ソレスタルビーイングアンドレイについて僕が思っていた事は結構書けた。僕が00についてこんな思っていた事を書き出すのはこれが初めてだと思う。まだまだこの作品について書きたい事はあるかもしれない。

沙慈・クロスロードというキャラクターが居る。三大国家群の一つ「ユニオン」に属する経済特区日本で両親の遺してくれた保険金などを頼りに姉と二人で暮らす工学部学生で、日本引っ越してきた刹那のお隣さんでもあった。

彼にはルイス・ハレヴィという仲の良いガールフレンドが居た。スペインから留学生であり、沙慈は彼女のお母さんから公認を受けお付き合いをしていた。沙慈とルイスとお母さんのやり取りは、00の本編には珍しく底抜けに明るい。

視聴者目線の平凡な立ち位置キャラクターなのかな?と思いきや、ルイスが何か事故に巻き込まれたと聞くや否や居ても立ってもいられず単身日本からスペインまで飛ぶなど行動派であるペアリングを渡して愛の告白もする。

ルイスソレスタルビーイングの実働部隊である「チームトリニティ」の襲撃により両親と親戚を失い、自身左手から先を失った。ガンダムビーム兵器に含まれる毒性により、再生医療も受けられない程の障害を肉体に負った。

報道機関に勤務する沙慈の姉であり唯一の肉親「絹江・クロスロード」は、ソレスタルビーイングとその創設者イオリア・シュヘンベルグ」の謎を追いイオリアの追跡取材をする内に真実へ近づいてしまい、傭兵サーシェスに殺害される。

この二つの事件が立て続けに起こった事から、沙慈はそれまであくまでその存在疑問視するだけだったソレスタルビーイングという組織に対して明確な悪意を持つようになる。プトレマイオスチームが直接の犯人という訳では無いけど…。

二期でも彼はメインキャラクターとして登場する。日本を離れスペースコロニーで若き技術者として働いていた彼は、地球連邦政府保安局反政府勢力に加担している嫌疑をかけられある日突然逮捕された。お、Zガンダムみたい。

沙慈は囚人収容するコロニーで反連邦政府勢力を専門に対応する特殊部隊アロウズ」の囚人掃討作戦に巻き込まれ、対人兵器ロボットにもう殺される!という危うい所で刹那に救出される。刹那、生身でロボット倒したよ!

刹那に救出された後、沙慈はプトレマイオス保護されるのだが…刹那ソレスタルビーイングガンダムマイスターであり、5年前から武力介入を行っていた事を知り沙慈は怒る。沙慈の関係者を傷付けたのがプトレマイオスチームではないにしても、同じ組織に属していた相手からしょうがないと思う。一期でロックオン自分家族を殺した仇と同じ組織に属していた、というだけで自爆テロとは直接関わりない刹那に怒ったので、これはもう感情問題だと思う。

沙慈は刹那の同僚であり生まれ付いてのガンダムマイスターであるティエリア・アーデ」に「君は現実を知らなすぎる」と叱られる。プトレマイオスチームで沙慈を叱る事が出来るのがティエリアだけだったのは、彼が沙慈とは真逆に戦いの中で生きてきた戦いしか知らない人間だった事もあるんだと思う。他のメンバーは沙慈のように平和日常の中で生きてきた経験もあるので、大切な人と日常を奪われて怒る沙慈を本気で叱る事は出来なかったんだろうか…?と思った。

ソレスタルビーイング武力介入とその影響で大切な人間を失った遺族の立場から、沙慈はソレスタルビーイング辛辣言葉をぶつける。ソレスタルビーイングが掲げる「紛争根絶」という理念とは全く関わりのない事で親しい人間が傷付いたのだから、当然だと思う。ソレスタルビーイングメンバーもそんな沙慈に「わかってもらおうとは思わない。恨んでくれても構わない」という態度しか取れない。ここら辺はWのヒイロとノベンタ元帥のお孫さんの話を少し思い出すな…。

ところがある時沙慈の立ち位置が変わる。ソレスタルビーイングから反政府勢力「カタロン」の施設に預けられた彼は、脱走を決意する。元々沙慈はカタロンの構成員だと誤解されて死にかけたのだから良い感情なんてある訳がない。

カタロンの構成員に嘘をつき上手く脱走に成功した沙慈は連邦軍に見つかり、カタロン関係者だと思われ連行される。そこで連邦軍屈指の人格者セルゲイ大佐に、自分にかかった嫌疑を解いてもらうためこれまでのいきさつを話した。

そこからカタロンの地下施設情報漏れアロウズ攻撃を受けたカタロンに数えきれない犠牲者が出てしまう。沙慈はこの時、自分がこれまで非難してきたソレスタルビーイングと同じ加害者側になってしまった。間接的にだけど。

これ以降沙慈は自分を責めるようになり、被害者としてソレスタルビーイングを責める事を控えるようになった。それどころか人員不足プトレマイオスの戦力を補うために、ダブルオーガンダム支援戦闘機オーライザー」のパイロットを務めるようにもなる。一期で戦いを傍観する第三者だったキャラが、二期では自分も戦いに加わる当事者になった。これはソレスタルビーイングの起こした変革であり、戦いは誰にとっても他人事では有り得ないというメッセージだと思う。

…けれど。沙慈の複雑なところは当人も勿論ソレスタルビーイング活動による犠牲者なんだけど、一期でソレスタルビーイングの出した名もない犠牲者達の代弁者でもあった事だと僕は思っている。沙慈以外に「自分達は武力行使なんかしていなかったのに貴方達の活動犠牲になった!」とソレスタルビーイングに怒りをぶつけるキャラクターが00には居なかった。ガンダムから出てくるのはどうしても軍人ばかりで、そういう意味でも沙慈みたいなキャラは珍しかった。

その沙慈がソレスタルビーイングに与するようになったので、機動戦士ガンダム00には「ソレスタルビーイング犠牲者」という立ち位置存在が居なくなってしまった。勿論プトレマイオスメンバー達は自分達の行動が多数の犠牲者を生み出している事を重々承知して、戦術予報士の「スメラギ・李・ノリエガ」が半ばアルコール依存症になっているのはそういう理由から、だと僕は思っている。軽く見返すとスメラギさんはいつでも酒を飲んでる気がする…作戦後とか。

ただ沙慈がオーライザーに乗った事で救われた人間あの世界に多く存在するし、黒幕の策略でアロウズ側に付いてしまったルイス最後には沙慈と結ばれたのも沙慈が「ルイスを取り戻すために」刹那達と力を合わせて戦ったからだ。

二期での戦いを終えた後、沙慈はソレスタルビーイングを離れ軌道エレベーター整備士として働いている。アロウズと戦うソレスタルビーイング活躍を称える新政権プロパガンダ映画にも沙慈に相当する人物は出て来なかった。

これは機動戦士ガンダム00という作品において「沙慈はソレスタルビーイングと共に戦った」けど「沙慈はソレスタルビーイングの一員ではない」という表現だったんだろうか?と今になって気付いた。沙慈は戦いをする人ではなかった。

この日記を書くために00を軽く見返していて、「ソレスタルビーイングメンバーには守る物が無い」事が共通点としてあるのかもしれない…と思った。二期の沙慈は姉を亡くしルイスとも離れ離れでもう失う物がないから命懸けで戦えた。劇場版の沙慈はルイスという大切な人を取り戻せたので戦いから離れた。アレルヤマリーという大切な人と再会出来たので一時プトレマイオスを降りた。と考えると何だか僕の中では腑に落ちるような気がする…全く根拠はないけど。

グラハム・エーカーというキャラクターが居た。1話でAEUのスペシャル2000回で模擬戦なエースを倒した主人公刹那を2話のラストで襲う相手で、ガンダム00でアリー・アル・サーシェスと並んで人気が高かった敵役の一人だと思う。

MSに乗らない1話から「失礼!」と断りを入れながら本当に失礼な事をする愉快な人だった。僕は00を視聴する前からこのグラハムという人が人気である事を知っていたし、実際に本編を見てなんと魅力的なキャラだ!と惚れ込んだ。

このグラハムは三つの超大国家群の一つ「ユニオン」の軍隊ユニオン直属米軍第一航空戦術飛行隊通称MSWADに所属する軍人で、ユニオンの最新鋭MSユニオンフラッグ」を与えられたエースパイロットであり、操縦技術も高い。

00に登場したキャラクターの中でも最もガンダム交戦した回数が多いパイロットだろうし、その度にちゃん生還しているので操縦技術だけでなく判断力が優れている事が分かる。登場回は大体善戦してるし流石ですグラハム中尉

この人は幾度となくガンダムと戦いながら一度も仕留めるに至らず、また共にフラッグを駆る「フラッグファイター」であった部下や愛機を改修してくれた恩人ガンダムとの戦いで失った事から、戦う内にガンダムに対して恨みを抱くようになる。同時にMSという兵器を扱うパイロットとして「ガンダム」の圧倒的な性能に心奪われ、魅了された。ガンダムの性能は作中に出てきた台詞から三大陣営の最新鋭機の6倍以上の性能があるらしく、夢中になっても仕方がないとも思う。

ガンダムに対して歪んた愛憎を持ち一期の最期で主役機「ガンダムエクシア」へ襲い掛かる彼を主人公刹那は歪んでいると見なし、断ち切る事を決意した。グラハム自分を歪ませたのはガンダム存在だ、と主張した。正しく愛だね。

結局一期最後の戦いはエクシアフラッグの相討ちという形で終わる。グラハムは亡くなった二人の部下の仇を取れたと満足し、エクシアフラッグは大破した。中の人はどちらも生きてたけど、二期で出番があるからこんな所で死ねない。

二期で再登場したグラハムは周囲からミスター・ブシドー」と呼ばれ刹那の駆るガンダムと戦い決着をつける事にのみ執着する面白いけど歪んだ人物になっていた。一期で生き延びた後他に生きる意義を見つけられなかったんだと思う。

結局グラハム刹那との決闘に敗れ、刹那自分トドメを刺すように求めるが刹那は「生きて明日を掴む事が自分にとっての戦いである」と言い、グラハムにも「生きて戦え」と告げた。グラハムは一期でも二期でも死ねなかったけど、劇場版まで生き延びられて本当に良かったと思う。グラハム地球連邦軍に復帰し、フラッグの後継機でもある可変MSブレイヴ」を駆る強襲部隊ソルブレイヴスの隊長就任し大活躍する。劇場版はグラハムファン必見だと思う!

グラハム劇場版で二期の自分の行いを愚行と呼び、ガンダムではなく刹那を超えたいと言う。そして地球外生命体「ELS」との決戦で刹那通り道を作るために華々しい最期を遂げた。刹那と対になる主人公のような気がしてくる。

ここからが本題で…グラハムだけでなく沙慈もそうなんだけど、一期の戦いでソレスタルビーイングに恨みを持った人間は二期でソレスタルビーイング寄りの立ち位置になっている気がする。そういう段階は二期で終わったからだろうけどね。

機動戦士ガンダム00では対話相互理解重要性が何度も訴えられる。今は敵対していても相手と話し合って分かり合おうと努力した人は何らかの形で努力が実っている。宇宙世紀ニュータイプ達が目指していた物だと思う。

ところで小説版00によると刹那が量子ジャンプを行ってから地球に帰還するまでの50年の間も「世界各地から争いの火は消えなかった。」「大戦に発展しかけた事もある。」とマリナが述懐している。グラハムが主演を務める00の続編もその時代舞台になると言われている。ELSが平和象徴である花になっても争いは無くならなかった。コロニー公社労働者のような問題はELSが居てもどうにもならないだろうし仕方ないのかもしれない。突如現れ地球でも暴走したELSのような存在人類が受け入れるのも難しかったと思う。その気になれば人間を触れるだけで殺せる存在が、地球全土から集められた軍事力の大半を壊滅させた後何か友好の意思を示してきたとしても、怖いだけだと思うし…。

地球連邦軍の損失率は戦いが終わった後には50%を超えていたと思われる。ELSとの戦いで親族を亡くした遺族は、果たしてELSという存在を許せるだろうか。ELSとは関係なく7年前にソレスタルビーイング紛争根絶を掲げ武力介入を行っていた時それが原因で親しい相手を亡くした人間はまだ恨みを抱えていたかもしれない。対話相互理解なんて絶対にごめんだ、という人もひょっとしたら居たかもしれない。作中には出て来ないので僕の想像だけど。

サーシェスやリボンズのように相手と分かり合う気がなく争いをやめる気もない人物世界から排除される。僕は「劇場版の後だとそういう人は最終的に殺されてしまうんだろうな」と00が好きな人の前で言ってしまった事がある。その時は「どうせ00観てないで言ってるんだろうけど」と相手を怒らせてしまった。確かに劇場版にそういう人物は出ていないか勝手想像だし、怒らせてしまたこっちの言い方が悪かった。話に水を差してると受け取られても仕方がないと思う。

グラハムが主演が務める続編では、ガンダムマイスターとしてソレスタルビーイングに加わったグラハムエクシアの改修機に乗り「空白の50年」を戦うと予想されている。ああやっぱり00の続編早く見たいですね!もう楽しみで仕方ない。

追記

ソレスタルビーイングは「人類がやがて宇宙に飛び立った時に宇宙火種にならないように」というイオリアの壮大な願いを実現するための組織…と考えてもいいのかな。実は本編前から結構怖い事もやっていて、ガンダムに搭載するためのGNドライヴは一期が始まる90年くらい前に完成していたんだけど、木星圏で20年以上かけてGNドライヴを作り上げた技術者達を機密保持理由に皆殺していたり…08MS小隊ギニアス兄さんもやってたけど、悪役っぽいかな。

ところで僕はガンダム00の悪役だとチームトリニティ長男「ヨハン・トリニティ」とイオリア計画を捻じ曲げていた黒幕リボンズ・アルマーク」が好きだ。この二人は計画の一部としてやがて死ぬ事が決定されていた。ヨハンは任務以外の何にも興味を示さず狂暴な弟や妹をろくに諫めない人だったけど、ガンダムマイスターとして与えられた使命には誰よりも忠実でストイックな人だったしあの最期にはどうしても同情を禁じえない。リボンズイオリア計画を円滑に進めるために生み出された人造人間だけど、使い捨ての駒として終わるのが嫌だったか計画を乗っ取って自分支配者側になる事を目指すという…冷ややかな性格に見えて実は創造主への反骨心が原動力だったって所がとても良いと思う。

ソレスタルビーイング計画って人類全体の事を考えてはいても個人の事は全く考えてないんだろうなと思うからGNドライヴ製作に携わった人達もチームトリニティプトレマイオスチームもイノベイドも死んで人類のためになってねって扱いなのは正直怖い。だから使われるのではなく自分が使う側になってやるんだってリボンズは悪役だけど「ただ計画に従うだけで終わってたまるか!」ってガッツを感じるのが好きなのかな…と書いていて思った。やってる事は悪役だけど。

ところで機動戦士ガンダム00には「in those days」というキャラクター原案を担当された高河ゆん先生による各キャラクター内面について掘り下げられた漫画作品があるけれど、僕はこの漫画で描かれたリボンズ解釈が大好きだ。ソレスタルビーイングスポンサーでもある国連大使アレハンドロ・コーナー」の小姓をリボンズ結構楽しんでやっていて大使が亡くなった事を本当は少し残念に思っていたり、計画がどんどんズレて次々修整せざるを得ない状況に内心殆ど余裕がなかったり、実は親であるイオリア人間ばかりを見て子供である自分の方を見ず愛してくれなかった事に大変なコンプレックスを持っていたり…アニメの冷ややかな悪役という雰囲気も良いけど、この漫画の実はとても繊細な内面打たれ弱いリボンズ人間臭くて「これはこれでとても良い!」と僕は思うアニメ世界でもリボンズが改心すればまた彼は肉体を作り直して復活できるのだろうか?実際にグラハムは復活したので少しだけ期待しても良いかな。

もしかしてイオリアという人は大切に思える誰か特定個人が居なかったかあんな壮大な計画を思い付き実行出来たのかな?と少し思う。もし居たとしても「世界を良い方向に変革したい」という使命感が勝ったのかもしれないけど。

00の感想を書いている内にやっぱり僕は00が好きなんじゃないだろうか、という気がしてくる。「やっぱり好きな方なんだろうなあ」というこの距離感で00とは末永く付き合っていきたいなあ。

2020-06-29

フェミニストではないけどオタクな女が例の記事を読んで

ホッテントリに入ってたこ記事を読んだ。

オタク」であり「フェミニスト」でもある私が、日々感じている葛藤

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73447

私自性別が女であるということもあり興味を引かれて拝読したのだが、いまいちモヤモヤとしたものが残ってしまったので言語化したくてこれを今書いている。

自分フェミニストという程積極的思想もあるわけでないが、女性という身で「今」を生きていて声を上げやすかったり昔(当社比)より少しばかりでも生きやすくなっているのは今までそういった活動を地道ながらも熱心に行ってきて下さった方々のおかげなのだろうなあと感じることはままある。

それと同時にやはり社会で生きていて女であるという理由で気をつけなければならないことが少し多かったり、嫌な目にあったりすることもまだまだあるので、そのあたりはきっとこれからも声をあげて変えていかなければならない事なんだろうとも思う。

でも、それと同時にこの記事で挙げられている

『「フェミニスト」は、端的に言えば、ジェンダー平等の実現を求めることに賛同しているすべての人である。もう少し踏み込んで言えば、性別に起因する格差や、性別によって社会から規範的に割り当てられる役割の違いに基づく生きづらさを問題だと感じ、是正を求める人のことである。』

以上をフェミニスト定義として、そしてそれを自認し語るのであれば、「女性の生きづらさの改善だけを求める」のは違くない?と感じるんですよ。

なんとなくで生きていても男性の知人と喋っていてああ男性も生きづらさを抱えているんだなと感じることなんていくらでもある。

でもどんなに考えを凝らしても私の身が女である以上、男性の生きづらさを根本から理解することは絶対に出来なくて、それは逆も然りだと思う。それでも女性男性もお互いの立場を慮って時には自分から声をあげて相互理解を示して時には譲歩して、互いに住みやす社会を目指すのがフェミニストなのでは?と勝手に思ってるんですが違うんでしょうか。

で、ここまでオタク要素が出てきてないですが、私自身は今いわゆる男性向けコンテンツにどっぷりハマっている身です。女の子キャラクター女性声優さんを追いかけているので、件の記事を書かれた方と同じです。(とはいえ少年漫画少女漫画も、ゲームで言えばエロゲー凌辱ゲー乙女ゲーBLゲー百合ゲー、なんでもおもしろそうと思ったら手を出しているので「今は」という注釈がつきます

なのでどのような事を記事内で語るのかというのも興味深かったんですが…そこで「推し」という単語を出してくるのもなんというか、ちょっと違うような気がしてならないなというのが正直な感想でした。

語られている内容でもコンテンツストーリーデザインパフォーマンスに魅力を感じているから等が大きく語られていて、意図してなのかは分からないけれど、そこに「生々しい性の魅力」はぼかして書かれているように感じてしまいました。

百合の界隈にも一時期身を置いていたので女性もまた時に女性を直球に「性的消費」することを私は知っています。だからこそ、男性から女性への性的ものに比べてのその部分のぼかされ方が納得がいかないのかなと今書きながら思いました。(私自身の目ではまだ見たことはないけど男性男性性的に消費することもあるのだろうし、きっとその場合男女のものに比べて被害を受けた男性は声を上げにくいんじゃなかろうか…と勝手ながらに思ったりもする)

また、記事内で語られているいわゆる被害側が全て女性性なのもよく分からない。

オタクをやっていれば女性向けと称して男性もまた様々なコンテンツ性的消費されてるのは山ほど目にすると思うんだけれども…。

あくま記事内では男性向けコンテンツオタクとしての主観的ものだけを語るようにしているというなら、その旨が一文でもあったら読後の感じ方も全く違ったんだろうなと勝手ながらに残念に思います

男性女性性の消費も、女性男性性の消費も、そして男性から男性女性から女性への性的消費も度を越したものは等しく理性的に語り合えて、そして男女あるいはそのどちらでもない性の方々も生きやすい世の中になるといいなーと思います

2020-06-28

anond:20200628141256

他人をくみ尽くせないことに安心する人がいるっていうのは新しい知見でした。その考えが無意識共通している人たちが出会えば、相互理解四苦八苦する同言語話者同士より、お互いを個として尊重やす健全関係を築けるのかなと想像できる。ありがとうございます

2020-06-20

文脈!(そういうのもあるのか!)

当たり前だが、

同じ言葉でも、相手馬鹿にする意図で順に文に組み込んで放たれたものと、単に知識として置かれたものとでは、

全く意味が異なる。

だいたい、何でも悪意にとってしまうのでは、そうする者が発言者にとって悪意があるようなのを証明しているではないか

それが罵倒であれ説明であれ、

相互理解のために共通言語があるのなら、

なぜそのように互いに使わないのだろう?

2020-06-16

兄に彼女ができた妹の話

兄に彼女ができました。

もう何か月も続いているらしい。

何とこの前は彼女さんの実家に行ってご両親と飲み明かしたのだとか。

ワオ、我が兄ながらキラキラしている。

正直私にはブラコンのケがあるので兄に彼女ができたことは当然だと思っているし優良物件を見つけたな!と鼻高々である。それに兄が好きになる彼女さんなのできっといいひとだろうなと思っている。(私は実家を離れて一人暮らししている大学生なので彼女さんと会ったことはないのだ)ぜひ仲良くなってみたい。

……ので、ここで問題なのは兄に彼女ができたことじゃないのだ。

よくある話、母からプレッシャーなのだ

カミングアウトしてしまうと、私はバイセクシャルであるアセクシャルも入っているのか、これといった恋愛感情も薄い。

加えて軽い男性恐怖症もあるし、つまり母の望むようないわゆる男女のお付き合いをする土台が全くと言っていい程ないのである

一度、バイセクシャルであること、そもそも恋愛感情が薄いことを母にカミングアウトした。

その時は驚きつつ受け入れてくれたように思う。ただ、「お父さんが厳しいから男の人が怖くなっちゃったのね」「その内男の人を好きになれるかも」と言っていたのでん?と思いはしたが、まぁバイなので男子を好きになったこともあったし受け入れてくれたこ自体がありがたくてそれどころじゃなかった。

ので、ほっといたのが悪かったのかもしれない。

兄と彼女さんが仲良くなるにつれ、母からの「彼氏いないの?」「好きな人は?」コールが増える増える。

ただの被害妄想だとは分かっているんだけど、普通に男の人を好きになれない自分を責められているようで嫌になっちまうのだ。

ただでさえ世の中は恋愛ソング恋愛ドラマに溢れているというのにそれが理解できない自分に鬱になっちまうのだ。

誰のことも好きになれないまま歳くって独りでいることを憐れまれながら独りで死んでいく想像が容易にできて死にたくなるのだ。

本当の相互理解なんてできないとわかっているものの、それでも一度私のことを知ってくれたはずの母からの催促にいちいち傷ついてしまう。

お手本のような人生を歩む兄、優しくて大好きだけどキラキラしすぎて鬱になる。

あなたのような人を幸せって言うんだろうね。と、妹は恨めしくも、嬉しくも思うのだよ。

幸せになれ。解散

2020-06-11

anond:20200610213142

全裸になってマイバッグを手・足・首・チンコで回転させながら、

バッグいりましぇーーーーん♪

バッグはいりましぇーーーーん♪

いいないいなマイバッグ股間を2重回転させながら)

バッグい・ら・な・いッ(股間の汁を飛ばしながら)♪

って踊れば相互理解を深める

2020-06-08

マイノリティの私が自分性別について話したら人権団体ポリコレ棒でぶっ叩かれた話

タイトルの通りである

怒りのままに書いたので感情的な内容になったことはお許しいただきたい。

私は性的マイノリティであり、性別的にもマイノリティである

まず、性別わずかに恋愛感情を抱くわけでもなく、性欲も湧かないという、いわゆる『無性愛者』であり、見た目は女性ではあるが、一部の男性機能も持った半陰陽である

半陰陽と言えば、フィクション両性具有、いわゆるふたなりというもの想像する方もおられると思うが、現実世界では、両性の生殖能力完璧に備えた人物はあまり存在しない。

かくいう私も、男性機能はほぼなきに等しく、外見は完全に女性と言った出で立ちである

そんな私が半陰陽だと発覚したのは二次性徴の折、女性よりも先に男性的特徴が強く出てしまたかなのだが、まあそれから数年、私は男として生きた。その方が面倒ではなかったからだ。

その後、なんやかんやで(治療したり)女に戻り、それ以来、一応社会的には女ということで生きている。

だがしかし、性が芽生える時期である思春期を男として生きた経験があまりにも強すぎて、いまだに女の子が好きなのである

そして冒頭に書いた通り、恋愛感情と性欲が他人に向かない無性愛者。

マイノリティ寄りである

前談が長くなってしまったが、まあそんなわけなので、生活の一部としてそういう話をしている。

理解されたいとかそういう目的ではなく、「好きな人が出来た」「こういう好みがタイプ」「体型が気になる」「髪型変えた」みたいなノリで発している。いわゆる日常会話である

そんな私が突然、知らない団体から「DSDsについて未だに誤解が多いため情報アップデートして認識を改めろ(要約)」的なリプライをもらった。

DSDsって何?デュアルSIMデュアルスタンバイで合ってる?知らん人にいきなり失礼するならせめて専門用語やめませんか。

と思いつつ記事ポチッて現れたのは、まさかの『おまえの認識半陰陽及びそれに類する人たちへの人権侵害です!!(要約)何故ならそれは〜』みたいな記事

私はただ自分性別についてツイートしただけなのに、まさか差別者いである。

記事の内容は、男女どちらでもない肉体(半陰陽以外のものも含んでいたのでこう表現します)を持つ当事者たちはこんなに困ってる、尊厳を傷付けられている、と言った内容のもの

私はただ自分の体と性指向の話をしただけで、私以外の苦しんでいる人々をどうこうという気持ちは全くなかったのに、いつの間にか人権侵害したことにされていた。

と言うか私は当事者ではないのか。

私の尊厳は他の何者でもないお前にたった今傷付けられたが。

まりに腹が立ったので抗議したがウンともスンとも反応がなく、元気よく「悩んでいる人を救う!」とかツイートしてるので勢いでこうしてまとめた。

自分自分性別や肉体のことを話すのが人権侵害になるなら、例えば女性が「今日は可愛く化粧出来た、彼とのデートが楽しみ!」と言うのも、男性が「太ってきたかも、妻と子供運動公園行こう」と言うのも同じく人権侵害のはずだ。

まあ当たり前の話だが、そんなことは全くない。その文脈で行けば、私が私の肉体と性の話をするのも私の勝手である

それに人権侵害と噛み付いてくるのは、正直申し訳ないが、おまえが一番性別に関する差別をしていると、私は思う。

まあしょうがないよな、正義の棒で気に入らない奴を叩くだけでスーパーヒーローになれるなら、そんなに気持ちいいことはないからな。

最後に。

私はポリティカル・コレクトネス必要ものであると思っている。

マジョリティマイノリティ関係なく、みんながより生きやす世界を作るのには相互理解と許容が必要だとも思っている。

でも、行き過ぎると「当事者が許そうが私のポリコレ棒が許さん!」などと言った滑稽なことになってしまうので、程良いバランス世界になればいい。

マイノリティ人間にも自分のことを発信する自由くらいくれや。

まあなんか、そういう感じです。

2020-05-24

そもそも140文字の短文でやり取りするシステムが悪い

文章とも言えない短文、そんなさえずりで面識のない他人同士が相互理解できるはずがない。

どうしたって言葉は足りない。あらゆる言葉オブラートに包まれず、直接的になる。

直接的な表現は、不満や怒りといった感情を隆起させる。

ビジネスマナーが何のために存在するのかを考えれば分かりやすいと思う。

人間論理でなく感情で生きている。

相手物事を依頼するとき「○○を××日までにやっといて。よろしく。」だけでは納得は得られない。これでは当然不満が発生するだけだ。

まずは背景や理由を伝える。なぜその業務必要なのか。なぜ締切日がそこになるのか。

そして、相手への気遣いも忘れないことだ。「忙しいところ申し訳ないけれど」の一文くらい追加してもいいだろう。

これらを無駄だと感じる人も居るかもしれないが、どうしたって円滑な人間関係に必要なことだ。

ブクマカ連中のコメント尊大で嫌味に聞こえるのも、短文しか投稿できないシステムのせいだ。

簡潔に要約された情報は好まれるが、それだけでは足りない。

手紙1枚を書くこと、原稿用紙1枚を埋めること、相手のことを考えて自分気持ちを伝えるためにはそのくらい必要になるのだ。

少しだけ振り返って、ブログEメールの良さを再認識してみてはどうだろうか。

昨今のSNSは気軽すぎる。

2020-05-21

平田オリザ氏の失敗を日本教育の失敗みたいに主語を広げていくのは

ご遠慮頂きたいなって思ったんですがタイトル長すぎて切れましたてへぺろ

平田オリザ炎上にみる、コミュニケーション教育は「他者相互理解する能力」を害しているという現実

https://note.com/hirayama_t/n/n9ee3544db3b0





これ見て「伝える力偏重コミュニケーションはパッと見だとうまくいってるように見えるけどちょっとしたきっかけで破綻する」ってのはその通りだよなーと思いつつ、どうしてもひっかかることがあったんですよ。

そもそも日本コミュニケーション教育は伝える力偏重」ってマジなの?ってとこです。

自分職業コミュ障のくせに他者との会話が必須なので教育で得たスキルでどうにか人並みの仕事をできるようにしてるんですけど、そのコミュニケーションのための教育で教わることって「相手の話をちゃんと聞こうね」なんですね。

相手の話には適切に相槌を打つことで相手安心感を与えよう、だとか、相手の言ったことを再確認することで齟齬が起きにくくなるだけでなくて相手からも信頼してもらいやすくなるから言われたことはちゃんと「○○ですね?」って聞き返そうね、とか。

もちろんこっちからしかける時の注意として分かりやすく簡潔に、とか、伝えるためのスキルってのも教わりましたよ。でも相手の言いたいことをちゃんと把握するための技術はきちんと教わりましたし偏ってるなんて思ったことないです。

そもそもこの平田オリザって人、コミュニケーション教育ナントカ座長第一人者って言うけど今回の炎上まで名前も知らなかったんですよね。もちろん自分アンテナが狭いってのはあると思いますが、それだけ重鎮のはずの人ならそれこそテレビ御意見番とかで出てきて名前くらい聞いててもよさそうなのになーとか思ったり。




そんでちょっとググってみたんですけど、この「コミュニケーション教育推進会議」って悪名高い民主党政権時代に発足してて、しか文科省WEBサイトを見る限りでは会議自民党政権に戻った後は開かれてないっぽい(議事録が4回目までしかないしその後の活動特に掲載がないし資料も見当たらないし)感じなんですよ。いや活動継続してるなら教えて欲しいのでリンク下さい。

もちろんその2・3年ほどのせいで日本教育に深い爪痕を残したっていうのであれば理解できなくはないですけど、そういう方向の話でもなさそうだし。

日本には昔から「話し上手は聞き上手」っていうことわざだってありますし、いわゆる陰キャと呼ばれるようなタイプの間でリア充の人のコミュスキルの高さの話が出る時って「真のリア充自分らみたいなコミュ障でもうまく会話を誘導して話を聞き出して広げてくれるからすごい」って話であって「リア充の話っていつまで聞いてても飽きない」みたいな方面の話はほぼ聞かないです。自分は。

時間の都合とかスキル不足で教育が足りてないという現実はあるにせよ、コミュニケーションには自分意見を正しく伝えることも重要だけど、相手意見を引き出す能力であったりその為の傾聴能力であったりもすごく重要だよね、と思ってる人の方が多いんじゃないかなあ。少なくとも自分観測範囲だとそうです。

ネット上のコミュニケーション発言重視のコミュニケーションになってしまうのは、どちらかと言えばどうしても対多人数への発信が主になりやすく、かつ相手の反応が返ってくる(相手の反応を確認できる)のがリアルタイムではなくてタイムラグがある(ブログなどだと記事投稿⇒読んだ誰かによるコメント⇒更にそれを書いた本人が確認するための時間差がある)という対話方式構造上の問題であって、教育がどうこうじゃないと思うんですよね。

いや、そういう1対多数のコミュとか発言からレスポンスまでにタイムラグがある場合対話術とかを教育できちんとやるべきではって話であるならやった方がいいでしょうねとは思うんですけど、それって傾聴能力を軽視したかコミュニケーション教育は失敗したんだ、っていう話とは別の話じゃないですか。別の話に平田オリザを混ぜ込まれると問題点が見えなくなるのでは?っていう。





十数年前の道徳教科書には既に「英語が得意な『私』と得意でない友達がそれぞれ海外ホームステイに行ったけど、『私』はステイ先の同年代の子供と話が合わずギクシャクして、友達の方が海外の友人と仲良くなっていた」っていう話がありましてね。喋るのが得意でもそれだけでは相互理解なんてできないというのはずっと前から教育者も理解してると思います。(まあこの話の本題は自分の国に目を向ける、自国に誇りを持つことにあるっぽいですが)(ちゃん最後には仲良くなれるのでごあんしん)

でもって傾聴能力のもの教育である程度まではどうにかなります。何せ自分仕事できているので。

もちろんそこには仕事からこそ相手の話をちゃんと聞こうという意識が働いているという部分があり、相手の話を聞こうとしなければ傾聴スキルいくら磨いてもコミュニケーションできないってのはその通りです。ですが「相手の話を聞こうと思えるようになるためには何をすればいいか」についてはこれもやっぱりある程度までの話になりますけど教育で賄える部分かと思います

という横の話はおいといて、やっぱり平田オリザ氏のコミュニケーション論を軸に日本全体、あるいは主軸のコミュニケーション論が伝える力偏重であるという論調で話を進めるのはちょっと乱暴でないかなーと思うのです。

昨今の英語教育だって技能、読む、聞く、書く、話す、と受け取る能力が盛り込まれます

日本コミュニケーション論が伝える力偏重になっているのでは、という話をするならそんなごく一部かつ負けた政権人間で今は開催されてないっぽい会議議長の話を出すんじゃなくて、もっと他に今話題の方とか継続して活動を続けておられる方とか現在全国で取り組まれている試みとかを例として提示しないといけないんじゃないでしょうか。





あとググって出て来たここのページ

http://web.iec.ehime-u.ac.jp/reinelt/2018JCAcsComp/2018JCAcs3WakiTadayuki.pdf

とかを見て当時の会議資料のありかを知ったんですが、確かに2000年代初頭の資料については伝える力について主題として扱っているんですが、これはそもそも国語力とコミュニケーション能力関係性について語られているのであって主題になってるのは国語力の方では?というあたりの問題もあって一概には言えない気もするなーとか。

国語力は円滑なコミュニケーションには重要です、という話とコミュニケーション能力とは高い国語力のことです、では話が違いますよねってことです)

それにこれって「意見を発信する時には相手への尊重必要不可欠だよね!だから敬語大事にしようね!」みたいな話なので(雑すぎる要約なので詳しく知りたい方はちゃん一次資料を読んでね)相手こちらの話を聞いて貰えるようにするための警戒心を解いてもらう話術の話だと思うんですよ。

そんでもって平田オリザ氏の例の発言炎上したのってその「相手への尊重」が欠片も感じられないんですけど、ってところが起点じゃないですか。

発信する側としてのコミュニケーションスキルである相手への尊重とそれを実際に示す態度、話法というのができてない時点で「平田氏のコミュニケーション論には問題があるかもしれないけれど、そもそもとして平田自身自分の主張するコミュニケーション技法を守れていないので、今回の炎上を元に平田氏のコミュニケーション論が間違っていたかを論ずることはできないのでは?」という。平田氏のコミュニケーション論が正しいかかには別のサンプルを持ってこないと駄目なんじゃねっていう。

なんかこう、平田氏の失敗を直接的には関係ない仮想敵への攻撃に便利に使っているように見えてしまって、伝える力偏重コミュニケーション教育はよくないって主張そのものについては同意できるだけになんかむずむずするなーと思いました。

2020-05-14

東京法律事務所検察庁法改正反対の記事への反応を見て

 実名で書くと多方面への配慮が面倒なので…

 http://blog.livedoor.jp/tokyolaw/archives/1077404701.html

 ネットにおける検察庁法改正反対運動の動きは目覚ましいものがあり、どうでもいい問題と思っていた私としても意見を変えつつある。世間状態政権不信があると、こういう技術的なものに近い話が、特に興味を持たない、何となく怖いと思っているだけの人々をここまで大きく動かせるのだと、率直に恐怖に近い感情を覚えた。専門家からの指摘についても、良いものもあるが、上記東京法律事務所記事法案反対・現政権批判という色が強く、ややバランスを欠いているように見える。

 この件については、既にバズっているとんふぃ氏のまとめが比較中立でわかりやすいが、少し専門性が強く読みづらいかもしれない。ちなみに、別にとんふぃ氏は改正賛成はではなく、どちらかというと反対に近いように見えるが、本当の問題がどこにあるのか、という点から網羅的・中立的にまとめておられる。

 https://note.com/tonfi/n/n95a2265c6273

 また、慶應義塾大学大屋雄裕教授Twitterも参考になる。

 https://twitter.com/takehiroohya?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

 こういった良情報があり、注目を集めてもいる状況がありながら、東京法律事務所記事が分かりやすいと賛同を得る状況を見るに、内容面への理解というよりは、現政権おかしい!何か危ういことをしようとしている!というスタンス危機感に合っているかどうかが重要視されるようになっているのではないかと感じている。

 こういうときに、上のお二人には到底及ばないが、少しでも落ち着いて考えるように促す投稿が別途あっても良いかもしれない、というのがこの投稿を書いている動機である

1.私の改正についての賛否

 まず、私自身だが、どちらかというと改正案には反対である

 本改正案は、細かいところを捨象すると、①検察官全体の定年を63歳から65歳に引き上げる、②一定役職については役職としての定年を63歳(現行法の通常の検察官の定年と同じ)にする(=その後は平の検察官に戻る)、③一定事由がある場合内閣によって②の役職の定年や①の検察官としての定年を延長することができる、という3段階の制度を設けていることは広く知られていると思う(ただ、ここは、役職等により色々な条項が入り乱れており、ざっくりまとめれていることがほとんどであるため、理解をしにくくしている点かもしれない。)。

 このうち、問題視されている③について、私は、特段必要性がないと思っていることが反対の理由である三権分立というような大上段の話ではない。

 ①については、公務員全体の定年引上げという中で、そこと揃えるのであるから特に反対する理由は思いつかない。ここについては、東京法律事務所問題ないとしているので、特に取り上げない。

 ②についてであるが、高齢化社会において定年の延長という社会全体の趨勢があるとしても、トップやそれに近い要職高齢者が就いているという事はあまり好ましいものではないと考えており、私としては問題がないものと考えている。ここも、東京法律事務所記事特に反論されていないのでこれ以上は触れない。

 ③については、例えば民間企業等において、優秀なトップに引き続き職責を務めてもらいたい、というような理由高齢の方が一般の定年年齢を過ぎた後も働くということは往々にしてあると思われ、規定趣旨としては理解できるものである。ただ、そのような能力があると言えるかどうかの検証は困難であると思われ、実際には、政治力等々、様々な事情の絡んでくる話になるだろう。とすれば、②の趣旨を貫徹し、一律新しい風を吹き込むべきであるというのが私の見解である。この辺りは、各人に考えの違いがあるのではないか。ただ、それは、定年という制度への考え方についての話であり、三権分立がどうとか、現政権陰謀というような話にはならないだろうし、これほど世間が大きく盛り上がるような話でもないと考える。

2.三権分立について

 何故、私が、今回の件について三権分立関係しないと考えているかという点だが、これも散々に指摘されているところではあるが、そもそも、現行検察庁法上、「検事総長次長検事及び各検事長は一級とし、その任免は、内閣が行」うものとされていることから明らかなとおり、内閣一定役職の任免権があるからである

 最も恣意的な関与を及ぼしやすい場面の一つである任命について内閣にその権限があるのに、定年を伸ばすという「出口」だけを殊更問題視することで、いったいどれほど政権恣意排除ができるのだろうか。

 この点について、東京法律事務所記事は「歴代自民党政権は、検察庁とりわけ前任の検事総長意見尊重し、これに介入しないという慣例がありました」として、任命権があるからと言って時の政権自由にできたわけではないことを挙げているが、まさか、この慣例に反することが違法だという趣旨ではないだろう。そうだとすると、検察庁法の立て付けとして、任命については、精々政権が慣例に配慮することを望むことはあるかもしれないが、内閣に任せても三権分立は維持できるということになっている。ならば、定年延長についても個別事例においてきちんと国民監視を行い、問題があれば、当該政権への非難を行えば十分であるだろう。余談だが、先述の慣例を無条件に守るべきであると考えているのであれば、昨今(というほど最近でもないが)の司法制度改革を通じ、一種象牙の塔」と化していた法曹界国民との間での双方向性を入れてきた流れとは、ずいぶん異なるようにも思う。

 結局、この法改正があろうがなかろうが、適正な三権分立の維持のためには国民不断監視こそが重要であることは、若干文脈が異なるがとんふぃ氏の指摘するとおりである三権分立の点から批判するのであれば、せめて、任命についても含めて、より大きな視点から制度設計を描かない限り、説得的ではないのではないか

(ここからは全くの邪推だが、定年を伸ばせる程度では大したことはできないだろうという見解に対し、任命の問題と別の大問題だという見方をする方の背後には、桜を見る会モリカケ、あるいは、それこそ黒川氏の定年延長問題など、様々な問題についての現政権批判が結局は世論に届いてこなかったという無力感や怒りがあるように感じることがある。結局、国民監視し、意見するということの力は、大したことがないのだと。ただ、本当にそれは大したことがない力しかないのだろうか。)

3.黒川氏の問題について

 正直に言えば、黒川氏の定年延長については私の興味の外に近い。既に内閣見解として、検察庁法に関わらず定年延長可能という解釈が示されている以上、今回の改正と絡めて邪推をするよりも、個別に法解釈上の問題を争うとともに、個別妥当性についても問題にすべきだろう。事後的に定年延長を正当化するものであり、政権の不当な解釈変更を事後的に承認しかねないものだという見解も多く見られるが、国会において適法に成立した法に則り、適切なプロセスを経て定年延長をすることが仮に可能なのであれば、それはそれで問題が無いのではないか。こういうのもなんだが、そもそもわいろというのは見える場所でやり取りする物だろうか。丸見えのわいろに従って忖度した判断をする検事総長等々の判断に反抗しないほど個々の検察官は軟弱で、国民は見抜けない程阿呆なのだろうか。

 ただ、結局、この問題と絡めたおかし邪推がしやすいような状況で、改正推し進めた結果が国民からの不信を高める結果を助長したのは間違いがなく、改正法は成立になっても不成立になっても禍根を残すだろう。非常に悲しく、恐ろしい状態になってしまったなと感じる。

4.今回の反対運動について

 まとめであるここの項が、一番言いたいことであり、また、一番の放言であるのだが、Twitterハッシュタグでの拡散による反対運動一定成功を収めたように見えることは、非常に怖いことであると感じた。今回の件について、きゃりーぱみゅぱみゅ氏が炎上してしまたことは大変悲しいことであると思うし、個々人が、自身理解の中である政治的問題への意見を表明すること自体は悪いことであろうはずもない。ただ、Twitterという短文投稿の場で、ハッシュタグ拡散を行うという安易さは、民主主義の基礎たる議論となじむものなのだろうか。そこにあるのは、何となく不安や恐怖に対する共感が主であり、相互理解のための議論があるとはどうしても思えないというのが私の意見である。そういった共感による多数を作ることが民主主義なのだとしたら、全体主義はそのすぐ隣にいるのではないだろうか。

2020-05-10

人として終わってる

付き合いが負担になって切った人が例外なしに当てはまってる。


思いやり、助け合い、寛容、寛大、相互理解


これを上から目線で人に求める向きは、他人リソースを消費することに無関心すぎるし、何かしてもらっても感謝がない。あっても上辺だけ。


そうならないように注意しないとね。

2020-03-14

anond:20200314190557

相互理解」や「個性尊重」のライン女性に寄ってるからね。

男性固有の苦しみなんて認められないよ。

2020-02-18

いや、日本より向こうの方がヤベーから

海外海外日本よりもやべー奴等が跳梁跋扈しているのですけどね(笑)

アメリカなんてそれこそラディってる方々の本場だし、イギリスはマジやべーし、向こうのポリコレしろフェミニストなんてガチでアレな方のほうが多いよ。

フェミに対してブチぎれ過ぎてインセルなんて連中が湧くくらいにはね。

向こうはイく所までイッちゃって、普通に退廃芸術をしちゃったり、レースクイーン等の女性職業までぶっ潰したりしている事をもうお忘れか?

参考

若い裸婦像を英美術館が一時撤去 検閲議論

https://www.bbc.com/japanese/42944154

Is It Time Gauguin Got Canceled?

https://www.nytimes.com/2019/11/18/arts/design/gauguin-national-gallery-london.html

レースクイーン廃止論争で号泣自分否定されたよう」

https://news.livedoor.com/article/detail/14290585/

anond:20200218020328

時系列で見たら結構面白いよ。罵り合ってるようで、中間層相互理解は着実に進んでる

2020-02-11

死のうかなと思う時に考える

死ぬのに必要なことはなんだろうかと考え続けてきた。世間自殺するなら迷惑をかけないように死んでくれと言ってくるが、実際病院のベッドで死ぬだって看取る家族心理的負担があるし医療機関にも世話にならざるをえない。家でぽっくり死んでも警察の世話になる。自殺だってどれだけ静かに死んだところで最後死体を見つけてもらわなければ死んだことにはならない。(行旅死亡人という文字面にはとても惹かれるものはあるが。)そうなると自殺だろうが病死だろうがもはや誰にも全く迷惑をかけずに死ぬというのは不可能なのではないかと思い至った。故に死ぬのに迷惑をかけずにとか考えるのはよした方がいいということにした。もちろん最小限にまで迷惑をかけないようにするつもりではあるが。

とりあえず上質な睡眠とそれなりに規則正しい食生活を心がけても毎夜毎晩こんなことを考えているし、段々と死ぬために済ませておきたいこと、時期、必要ものが具体的に思い浮かぶようになってきた。昼はニュートラル感情で居られることも多いのに日が落ちてからはずっとこんなことを考えている。この状態になってしまった原因の根本解決されずにずっと毎日同じ精神状態を繰り返すのは少し自転車操業に似ていると思った。

それにしたって本当に困るのは死にぞこなった時のことだ。誤って死にぞこなって病院で目を覚ましたら周りに誰がいるだろうか。居なかったら本当に助かるが、万が一周りにいた人に「気づけなくてごめんね」などと言われたら反吐がでる。別に気づいて欲しかったわけじゃない。おそらく自分が目を覚ました時にそばにいることの出来る人達とはもう相互理解を諦めたのだ。正しく知りもしないことを勝手解釈理解されるのは冗談じゃない。

そしてこんなことを考えていると朝になる。死ねないまま次の日を迎える。ちゃんと生きられるリミットけが迫っている。それさえすれば生きていけそうな手続き努力の類を行おうという気力はもうない。それなのにまだ生きている。

から死ぬのに必要なのはこんなことを考える余裕を吹き飛ばすとても強い衝動なんだろう。

2020-02-08

多くの場合、求めてられているのは傾聴です anond:20200208181649

相談者が期待しているのは「解決」ではなくて

「傾聴」アクティブヒアリング

金貰ってもいないのにカウンセラーなんぞやんねぇぞならそのままお伝えすれば

双方の時間無駄にならない

「傾聴」の英語は「active hearing」

「傾聴」は英語で「active hearing」または「attentive hearing」です。「active hearing」は臨床心理学で「積極的傾聴」と呼ばれ、アメリカ心理学者カール・ロジャース提唱した手法として知られています

傾聴:共感理解

共感理解」とは「相手視点相手立場に立ち、相手気持ちや話の内容に共感しながら聴き入れることです。「共感する」という行いは相手にとって「話を聴いてくれている」「認めてくれている」という安心感を与えてくれます

傾聴:無条件の肯定的関心

「無条件の肯定的関心」とは、聴き手の私的感情を取っ払い、無条件で肯定的に話を聴くことです。たとえ、話の内容に誤りや間違いがあっても、また社会的に反する内容であっても、否定をせず関心を持って聴く技法です。

傾聴:自己一致

自己一致」とは、聴き手自身感情意見尊重し、相手の話で理解できない点がある時は内容を確認しながら、真摯姿勢で話を聴いていくという技法です。分からない点をそのまま置き去りしてしまうと、相手に「私の話はそれほど重要ではない」と誤解を招いてしまうこともあるでしょう。質問と答えを確認する行程が加わりますが、相互理解はお互いに安心感を与えてくれます

2020-02-03

自己保身の為のDD論

良くも此処まで人間として越えてはいけない一線を平気で越えられるな。

控えめに言ってこいつらの馬鹿にするオタクニート氷河期子供部屋おじさん、KKO下の人間の屑。

そりゃここまで厚顔無恥だとサイコパスとか世間から言われるのも当たり前。

こんな良心の欠片もない連中だからこそ平気で児童ポルノ青少年だの喚いて、子供権利自身お気持ち規制の為だけに平気で悪用する行為もやるのだろう。

人として終わっている。

何とかJ民はまだ熱い掌返しをやっているのはネタの部分も大きいけど、こいつらは自己保身の為に平気でやる。

2020-01-30

anond:20200130140956

まあ相互理解ってことでええやん。お互いに関係ある問題ってことやろ。

2020-01-15

anond:20200115104415

ブコメより

性的自決権」駆使を讃えられても、一部上級モテ男性」国民しか益なくして「都合のよい女」として消費されるなら…。


https://anond.hatelabo.jp/20200115105418もつながる話だけど、

女性が「性的自決権」を訴える場合、大抵は「嫌な時に嫌と言える権利」と言う意味なのに

男性は「したいときにしたいと言える権利」としか把握しない、って時点で認識のずれがあり過ぎて

やはり男女は違う生き物だから相互理解不可能なのではないかと思える。

デフォルトセックスを「したくないもの」と思っているか「したいもの」と思っているかの違いなんだろうけど。

(だから男の大元認識が「デフォルトセックスをしたくないと思っている女=本当はしたいくせに抑圧されている!」となるんだな…)

2019-12-21

平等は訪れないんじゃないか

フェミニストってジェンダー平等を訴えてる割には未だ「女性らしさ」にこだわってませんか?

例えばひげを伸ばす行為女性はあまりしませんけど、それって社会でまともに見られるための清潔感というより、

女性らしいかわいらしさとか、美しさとか、従来女性らしいとされている常識価値観に従い続けているような気がします。

それと西欧価値観に引っ張られすぎじゃないですか?

それぞれに固有の風土歴史があり、そこから価値観が生まれているのに、

異なる環境で生まれ価値観が、果たしてそのまま日本に取り入れられるのでしょうか。

参考にはするべきですが、目的地は日本に合うような新しい概念にするべきだと思います

最後にもう一つ言いたいんですが、ジェンダーでも人種でも何でも平等ってほぼ間違いなく訪れないんじゃないかと思うんです。

どうしても量的に上回ったりして、どれかが多くなったり優遇されて、そのたびに少数派に力を与えて、ということの繰り返しになると思います

平等じゃなくて相互理解かに考えをシフトしたらいいんじゃないでしょうか。

お互いの事をよく知ったうえで、お互いの意見を聞いて、お互いを尊重する。

そうすればいいんじゃないかな、と思います

2019-12-09

美術大学院の現状について

博士」生かせぬ日本企業 取得者10年で16%減: 日本経済新聞

https://r.nikkei.com/article/DGXMZO5300655005122019SHA000

日経記事を読んで、思うところあったので書いてみる。

もともと美術大学博士はおろか修士にさえ進学する人が少ない。

多くの人がイメージする括弧付きの「美大卒」とは違い、デザイン系専攻の場合就職への意識が高く、その多くが学部卒業とともに就職する。

そのため、毎年数名の進学者が出れば良い方で、大半の専攻では内部進学者ゼロであることが多いのだ。

しかし、大学院には定員を満たすほどの学生所属している。なぜなら留学生をたくさん受け入れているからだ。

とりわけ中国から留学生が多く、彼らだけで大学院全体の8割以上を占めているのが現状だ。

留学生の一人に聞いてみると、中国の裕福な家庭では美術デザインといった分野の教育を受けさせる親が増えているらしい。

金銭的にも文化的にも恵まれているため、昨今世間を騒がせているいわゆる「留学生大量行方不明」のような問題も起こっていない。

しか問題がないわけではない。ここでは「言語」の問題が起こっている。

もちろん授業での共通言語日本語で、教授とのコミュニケーションであれば日本語で話されるが、それ以外のシチュエーションでは中国語が飛び交っている。

例えば、グループワーク。留学生同士が中国語で会話をして、それを解さな日本語話者けが孤立する状況になることが多い。

それ以外の場面でも「申し訳ないですけど、日本語で話してもらって良いですか?」と何度言ったか覚えていない。

ここでは日本語話者の方がマイノリティなのだ...と気が付くまでに時間はかからなかった。

多様性尊重することや異なる立場の人との相互理解をしたい気持ちはあれど、自分孤立した少数派の状況でどうすればそれをできるかわからないまま、入学から8ヶ月が経ってしまった。

日本にいるのに言葉の壁がある。それが美術大学院の現状だ。

2019-12-07

anond:20191206220655

zu-ra 子供が殺されるニュースに「かわいそう」と思うのは他人事。親になると動悸が起こる。子供犯罪で傷つけられたり殺されたりする恐怖は小梨にはわからない。想像には限界がある。そこが相互理解の断絶よ。

子供は親御さんのみならず社会の宝だから社会で育てたいと思っていたのに、こう言われちゃうと、じゃあ放っておくから後は好きにやってよ、子育て支援の税負担の話をされても知らないよって言いたくなっちゃうな。

親御さんがこう言うなら、虐待可能性がある子を見かけても、きっと本当の親にしかからないこともあるんだろうと思って通報はしない。

公園で騒ぐお子さんを見て、しょせん関係ない人間からこっちが不審者扱いされそうだし、通報される前に子供から騒音被害通報しちゃえって考えて行動に移そうとしているおじさんを見かけても、止める気が失せちゃうなあ。

2019-12-05

ゲレンデより愛を込めて 〜Re:エンジニア職に就いたあと辞めたポエム

エンジニア職に就いたあと辞めたポエム の者です。業務終わりにみたら伸びてたので補足がてら。ぼくのいる雪山はまだそんなに積もってないんで16時くらいに閉めるんですよね。空気も美味いよ。暖冬最高。「週休2日しかフレックス」なんて無いけどな。

はじめて書いた増田で、こういう形で二の句を継ぐなんてダサすぎる気がしますが、少しでも注目を得られたのが意外だったので。きもちは残して晒したい派です(なら実名でやれ)。

ここから先はフィクションです。遠い昔、遥か彼方の銀河系の、たまたま地球に似た惑星の、たまたま日本に似た列島の、とある僻地物語

これ創作でしょ? キーワードの散りばめ方が上手すぎる。"玉掛とフォークリフト" だった人が書く文章じゃないし 1~2 年?でこの内容の仕事をやってきたのなら才能溢れる人。現役Web屋さんが書いた正にポエムだね。 - lorenz_sysのコメント / はてなブックマーク

もともとフォークユニック乗ったりしてた人が途中からエンジニアを志してたらこんなヘソの曲がった駄文ではなく、もっと真摯文章になってたと思います自分場合は逆で、バイトのためにフォーク免許取っただけなので、べつに工場勤務はバックグラウンドではないかなぁと思ってます。あと、1~2年で書ける才能があればよかったのですが、阿呆なので3~4年くらいやってこのレベルです。電工二種は落ちました。あれ受かるの天才じゃない?

これ地方の話しじゃないと思うし、もし地方だったとしても首都圏とかでも全然ありえる話しだと思う。増田自身未経験といいながらかなり言葉をしってるし所々フェイク入れてるんじゃないかな。 - letitrideのコメント / はてなブックマーク

ほかの多くのひとも言及してますが、マジでどこにでもある話だと思います。ただ、どこにでもあるはずだしタブーでもないのになぜかあんまり表立って見かけないのでぶん投げました。個人的には「どこにでもある話」と言ってる人にどうやってサバイブしているのか教えて欲しいところです。自分妥協以前に病んだので駄目でした。

あとこれもよく言及してますが、今読み返したらフェイク1.5割くらい、本質関係なさそうなのを含めると3割くらいな感じです。経緯っつーか言い訳としては、最初個人ブログに投げるつもりだったのでフォーカスずらしてうっすらとブラーかけてたんですが、客観的にみたときdisだけで終わりそうになってしまったため、増田にアップしようとしてどうせならと加筆しまくったら文字数制限にひっかかってしまい、最終的にざっくりと削ったり言い換えたりしたのも影響してます。ところどころ日本語がおかしくなっとる(のに頑なに好きなvtuberの箇所は消さなスタイル)。

言葉っつーか界隈で使われがちな単語とかは、この程度ならQiita読んだりTech系ポッドキャスト聞いてると刷り込まれると思います。と、ほぼ未経験SEが言ってみる。

優秀ですなあ。本当に未経験なら議事録の書き方すらわからないと思うけどねw - KazuoLv1のコメント / はてなブックマーク

本文中には敢えて書いてませんが、MTG時に議事録録る役を充てられている人がいました。その人が不在のとき自分に役が回ってきて、書き方はこれまでのやつを参考に、と言われたのでやったことが数回ありました。というか正しい議事録の録り方ってどっかで習えたりするもんなんでしょうか。いいなぁ。

地方の製造業のシステム部門を切り出して別会社にした会社なのに、COBOLやRPGの話じゃないなんて。 - onehiroのコメント / はてなブックマーク

これは指摘されて書き方が間違っていたと気づきました。もともとあったシステム部門を切り出したわけではなく、正確には新しく受注するシステムみたいなのを専門にやるために作った、というのが正しいと思います。うーん、そういわれれば本来そういう部門があったかどうかも怪しいです。どうしてたんだろう。

これくらいの人が熊本で来てくれないかなぁ(ヽ''ω`) - megascusのコメント / はてなブックマーク

ほかの方も地域差について言及してますね。べつに場所にこだわりはない(ただし都市圏を除く)ので住むのはどこでもいいんですが、スキルに関してはたぶん過大評価です。ほかの方も能力について言及しているのを見かけます自分スキルセットは大したことないと思ってます(といってそもそも実務経験がこれだけなので棚卸しもなにもない)。今回は客観的技術力を評価してもらいたいというのが主目的入社したのですが、ご覧の通り結局叶いませんでした。せめて研修くらいあって、テックリード的な役割をしている人がいれば最高なんですが、逆にいうと地方でそんなのほとんどねぇよな〜という印象です。なんのためのインターネットテクノロジーやねん。

本文にも書きましたが賃金はわりとどうでもよくて、「300万出す」と言われたら「180万でいいんで週休4日にしてくれませんか」てな感じで自分時間を優先するタイプかもしれません。帰属意識社会的責任が云々ではなく、単に貧乏性なんだと思います

『スキー場で住み込みバイト』どこ?白馬??捕獲してうちで働いてもらわないと! - stealthinuのコメント / はてなブックマーク

外国人たくさんいそうで英語使う機会ありそうだし面白そうだったんで白馬いきたかったです。。。

増田は普通に優秀な部類のプログラマだと思うので、ちゃんとした開発フロー持ってる会社に潜り込む機会はいくらでもあると思う。札幌や福岡などの地方大都市くらいなら引っ越せないかなあ。東京ならすぐ決まるけど - oakbowのコメント / はてなブックマーク

マジで行きたいですね。べつに場所にこだわりはない(ただし都市圏を除く)ので。バイト間中にそこらへんの会社リサーチをしてみます札幌/仙台/金沢/岡山/福岡以外にどっかありますかね?海外でも火星でもいいけど。

こういう感じの人うちの会社にも居たけどそいつのTwitterでの毒吐きと似てるなあ。脳内で同僚とか関係者を極悪人に変換しちゃってたりするんだよね。単に本人がクソなだけなんだけど。 - newnakashimaのコメント / はてなブックマーク

ずっと相互コミュニケーションが不足してるなぁという思いはありましたし、そこが問題だと思ってました。でもどうすりゃいいか結局わからなかったですね。本文に書いた「ポエム褒め褒め大会」や「全社清掃」も実はレガシーな形での相互理解の場のつもりだったのかもしれません。なんつぅか、互いに童貞処女みたいな感じでした。童貞雰囲気なんて作れるわけないよね。。。

「ハッピーエンドは欲しくない」の作者が暇つぶしで書いたような内容だな - kae1990のコメント / はてなブックマーク

自分も大好きで事あるごとに読み返してます。彼のような超天才タイプとは程遠いですが。お気づきのように冒頭の "ここから先はフィクションです" はリスペクトです。


いかがでしたか

ぼくのはなしは、これでほんとにおしまい

退職アドベントカレンダー2019はまだはじまったばかりです。楽しみですね。

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