「ロールズ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ロールズとは

2019-07-30

anond:20190729202238

非常にキンキンでギンギンですわ。

こりゃあネギとジョンロールズに似てるっちゅうことにもなってきますわな。

みみくそみみくそみみくそみみくそみみくそみみくそみみくそみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみくそみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみぬみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみゐみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみみくんくんすぅはぁ


2019-05-20

anond:20190520150139

ポスト自由主義は、自己他者自由尊重する社会的公正を指向する思想体系のことをいう。性的な分野での自由を主張する近代自由主義(モダンリベラリズム)とは異なり、それが人々の自由をかえって阻害するという考え方が根底にある。現代において個人自由独立した選択実質的保障し、極度の恋愛的、性的は貧富差における個人社会的自由侵害する偏見差別などを防ぐためには、政府による制限や介入をなくしたりするのではなく、政府地域社会による積極的な介入も必要であるという考えに基づく。

「公正」とは、ジョン・ロールズによれば「立場入れ替え可能性の確保」を意味する。これは人々に「社会のどこに生まれても自分は耐えられるか」という反実仮想を迫るものであり、機会平等と最小不幸を主張する。ロールズ格差原理では、格差ないし不平等存在は、それをもたらす関係につく機会が平等に開かれており、かつ、それによって社会で最も不遇な人々の厚生が図られない限り、その存在は公正ではないものとされている。

よって、ポスト自由主義積極的自由に基づく自己決定を推奨し、国家による性の再配分または地域社会による相互扶助肯定する。すなわち、市場原理主義では経済的容姿的、コミュニケーション強者利益を最大化する一連の行為のために、少子化問題構造貧困介護問題などさまざまな弊害社会問題が生じ、それは近代自由主義の「意図に反して」人々の社会的自由をかえって阻害しているとし、近代自由主義修正する思想である


階級間の融和不可能対立中央集権的な統制を是認しない一方で、近代自由主義者のように自由競争が市場における「神の見えざる手」のように最大多数の最大幸福自動的に実現するとは信じず、政府によって、各人の社会的自己実現をさまたげ、市場社会における相互欲求最適化や調整のメカニズムを阻害する過度の集中や不公正などの要因を除去することが、まさしく「自由」の観点から言っても必要だと考える。

なかでも○○は「自由放任の論拠とされてきた形而上学は、これを一掃しようではないか。持てる者に永久権利を授ける契約など一つもない。利己心がつねに社会全体の利益になるように働くというのは本当ではない。各自別々に自分目的を促進するために行動している個々人は、たいてい自分自身の目的すら達成しえない状態にある」と述べ、アダム・スミスに由来する「見えざる手」に信頼する自由放任論からの脱却を求めるとともに、具体的には不完全婚姻均衡からの脱却のための人口政策が、政府によって実現されることを求めた。

2018-12-29

「都合の良い女」とか「都合の良い男」とか…

最初に言い出したのは…という話ではなくて

アニメラノベキャラだとかアイドルだとかに対して

「男にとって都合の良すぎる女キャラ」とか「女にとって都合の良すぎる男像」みたいな批判はまあよく見る。

しかしこれら「現実の女(男)はこんなこと言わない」「現実の女(男)はこうじゃない」などと言った考えは、

よくよく考えてみると逆説的に「男とは○○である」「女とは××である

…みたいなジェンダーロールを肯定してしまっているのである

要するに、「都合の良い女」とか「都合の良い男」みたいな批判は、

性役割の固定を前提とした、ある種旧来的価値観に寄り添っているのである

当人ジェンダーロールを批判してるつもりなのかもしれないが、

実はそのメソッドジェンダーロールズブズブなのである

いやまあ別に、そういう批判絶対悪だし発言するなとか極端なことを言うわけではないんです。

言いたかったら好きに言えば良いです。

ただ、自分のことを男女平等主義者だとかジェンダーフリーとか自己認識しておいて、

上記のような批判をしてる人を見たら、そりゃーちょっとどうかと思うんですってだけの話なんですよね。

せめて性役割肯定してしまっていると言う、後ろ暗さは抱えるべきなんじゃないんですかねー。

2018-10-23

[]2018年10月22日月曜日増田

時間記事文字数文字数平均文字数中央値
00789882126.743
01376050163.539
0227220781.738
03193021159.076
04651886.352
05141667119.140
06153876258.471
07394277109.753
0880690686.336
0989665974.854
10125807964.644
11119851171.541
121981675984.642.5
1312814147110.548.5
1411914608122.840
151841235967.248
16919489104.363
1711312165107.753
1812318185147.840
19627145115.242
20
21527980153.541.5
224610472227.753.5
2311822552191.148.5
1日1882207514110.345.5

頻出名詞 ()内の数字単語が含まれ記事

人(200), 自分(148), 清潔感(136), 女(107), 話(89), 男(87), 言葉(78), 増田(77), 問題(74), 今(66), 好き(61), 人間(58), オタク(56), 意味(54), 女性(50), 清潔(49), 感じ(48), 必要(48), 相手(47), 前(47), 仕事(46), 日本(44), 服(44), ー(44), あと(42), 理解(42), 普通(42), 差別(41), 最近(40), 存在(39), 他人(38), 毎日(37), 気持ち(37), 理由(37), 気(35), ゲーム(35), お気持ち(35), 関係(34), 時間(34), 子供(34), しない(33), ネット(32), 昔(32), 場合(30), 他(30), 自体(30), 風呂(30), 頭(29), 結局(29), 男性(27), 会社(27), 社会(27), 批判(27), レベル(27), 目(26), バカ(26), 個人(26), 不潔(24), 話題(24), 世界(24), 一番(23), 男女(23), 規制(23), 扱い(23), じゃなくて(23), 程度(22), 無理(22), 一緒(22), 全て(22), 状況(21), 意見(21), 誰か(21), 文句(21), ワード(21), 時点(21), 絶対(21), では(20), 勝手(20), 顔(20), 今日(20), 別(20), 全部(20), 完全(19), 特定(19), ただ(19), 確か(19), 元増田(19), 要素(19), キャラ(19), 金(19), 基準(18), いや(18), 生活(18), 一般(18), 結婚(18), 自由(18), 心(18), 人生(18), 判断(18), 重要(18)

頻出固有名詞 ()内の数字単語が含まれ記事

清潔感(136), 増田(77), 日本(44), お気持ち(35), じゃなくて(23), 元増田(19), フェミ(17), イケメン(15), 毎日(15), いない(14), 個人的(14), 可能性(13), キモい(13), キモオタ(13), 洋ゲー(13), ポリコレ(12), トラバ(12), お土産(12), アメリカ(11), ブコメ(11), ゾーニング(11), Twitter(11), いいんじゃない(11), 被害者(10), KKO(10), 普通に(10), なんだろう(9), ブラック企業(9), 好きだから(9), わからん(9), カス(9), ゲーマー(9), ビッチ(8), なんの(8), 表現の自由戦士(8), エロゲ(8), 社会的(8), ツイート(8), PC(8), 東京(8), 笑(8), 基本的(8), モテ(7), なのか(7), アプリ(7), 自己責任(7), CERO(7), 中国(7), 多数派(7), キモ(7), ブクマカ(7), s(7), ブクマ(7), 価値観(7), ブログ(7), キズナアイ(7), ロールズ(6), 1人(6), マジで(6), ルッキズム(6), 社会人(6), 功利主義(6), あいつら(6), 就活(6), AV(6), リアル(6), マウンティング(6), 人間関係(6), 全年齢(6), エージング(6), 仕方がない(6), はてブ(5), 外国人(5), スマホ(5), この国(5), wikipedia(5), いつまでも(5), 婚活(5), 客観的(5), SNS(5), 反差別(5), モテる(5), な!(5), 少数派(5), hatena(5), twitter(5), yahoo(5), ネトウヨ(5), ホッテントリ(5), 後進国(5), 軽減税率(5), 8%(5), はてな民(5), おまえら(5), ぶっちゃけ(5), エロい(5), 20代(5), 何度(5), wiki(5), ヘイト(5), ソシャゲ(5), パワハラ(5), w(5), 個人情報(5), パリコレ(5)

本日の注目単語 ()内の数字単語が含まれ記事

エージング(6), ロールズ(6), ブラックホール(7), ババロア(8), CERO(7), 発破(5), よれよれ(5), ヨレヨレ(8), ネルシャツ(4), ゴア(4), 手土産(4), 清潔感(136), 清潔(49), 不潔(24), アトピー(9), ヒゲ(8), お土産(10), ビッチ(8), 言い換え(10), 着替え(8), 黒髪(9), ワード(21), 汗(15), シャワー(10), おしゃれ(7), お菓子(12), 風呂(30), 用語(11), 黒人(16), 服(44), 臭い(27), 洗濯(13), 肌(14), 髪(14), 白人(12)

投稿警察もどき日中に再投稿された本文の先頭20文字 ()内の数字投稿された回数

うんち (6), しゃぶれよ (4), パリコレ (4), 人の良いところを褒める=余裕がある (2), あってる? (2), 福岡お土産として日本中で大人気のひ(2), めっちゃ似てる (2), よっしゃ明日は海に行こうぜ!!! (2)

頻出トラックバック先(簡易)

清潔感というクソワード /20181021212341(41), ■自分の県のお土産って食べるの? /20181022141750(34), ■ブラック企業って /20181022093356(25), ■【追記あり】この増田への1ブックマークトラバ毎に1円寄付する /20181022141130(19), ■なんで表現の自由戦士って洋ゲー表現規制ローカライズには文句言わないんだ? /20181021192616(18), ■「じゃあ俺のお気持ちは誰が考慮してくれるの?」という痛み /20181022124213(17), ■ダメ政治家を叩くより有能な政治家応援したいんだが /20181022001417(11), ■ダサい /20181022094156(10), ■IT業界 どうしてその用語になったのか不思議言葉 /20181022115008(8), ■もう神話とかから名前とってくんなよ。 /20181016202406(8), ■「清潔」と「清潔感」は違う /20181022143116(8), ■ビデオゲーム業界 どうしてその用語になったのか不思議言葉(追有 /20181022141209(8), ■一般の人は現代アート絶対理解できない。 /20181021093430(7), ■朝起きれない /20181022150622(7), ■日本はおちんちんの大きさ主義国家になるべき /20180814185751(6), ■ババロアムースの違いがわからない /20181021170009(6), ■二次元だって飽きたら捨てる /20181022121932(6), ■女で友達がいないのはヤバイ /20181022153043(6), ■後輩が頭おかしい /20181022154237(5), ■anond20181022141209 /20181022152740(5)

増田合計ブックマーク数 ()内の数字は1日の増減

5731786(3839)

2018-10-22

anond:20181022124213

共感功利主義が対比できるという発想は無かったわ

共感感情的もので、功利主義理論的なものとして、感情理論の対ってことか。

あー、コモンズの悲劇は共有の問題だけど、共感はどうだろうか

可処分時間の取り合いという形で理解するなら、可処分時間という共有資源(全ユーザー時間)を取り合っている、そこでKKOの人たちは資源が枯渇しているため、見逃されがちだと考える。

うん、コモンズの悲劇論点でいけそうだな。

で、ロールズがなんだっけ?

https://anond.hatelabo.jp/20181022124213

べつにロールズに戻ってもいいし、ロールズとは違うけど、

シンガーとか反共感論の人とか活動的な人々が頑張るんじゃないか

ロールズ功利主義的とか一瞬驚いたけど、ふつうはこんなものか。

anond:20181022124213

まず人権じゃなくて人権運動に話がシフトしてること

ロールズ個人的倫理観必然性ストーリーを求めていること

これらの点が筋道をぐちゃぐちゃにしてる。ぶっちゃけロールズ関係ないやん

anond:20181022124213

ロールズよりも更に前の状態、つまりは誰もが自分一人のお気持ちを守るために自分以外の全員と生存闘争を行う、万民闘争状態でしょ。

幸いロールズ的な、最小限の人権(例えば生存権なんか)は認められてるんで、あとはその範囲外のいわばオプション領域で、互いを傷つけ合う醜いマウンティング合戦をしてるんだ。そこで繰り広げられる無間地獄inインターネッツwithアリーナ。どうなるんだ? じゃなくもはやはっきりとそ方向にいきつつあるんじゃね?

「じゃあ俺のお気持ちは誰が考慮してくれるの?」という痛み (追記した)

昨今の流れでは、お気持ち、と揶揄されがちだが、他者感情に対する配慮自体は確かに重要なことである

ていうか、最近重要ってことになった。

というのも、ちょっと前までの人権っていうのは、個人感情というものを全く無視していた。弱者への保護は、「無知のヴェール」で有名なロールズ流の功利主義的な操作によってのみ正当化されていたし、そうでないといけないと考えられていた。だって客観的論理的議論を進めるには、感情無視した功利主義を使うしかなかったから。

でもそれじゃあやっぱり理屈から取りこぼされるものが出てくるし、そもそも現実に即してない。現実人間感情を持っていて、感情に基づいて人を助ける。もし自分弱者だったら、とかいちいち想像力を働かせて人権を守ってる奴なんていない。

理屈にならない感情個人お気持ちに対する配慮共感こそが人権を守る本当のキーなのだ

そういう事を言い出したのがだいたい20世紀後半だ。「相手気持ちを考えましょう」と俺も学校で教わった。

でもここでKKOとかの話が問題になってくるわけだ。

感情感情から理屈じゃなくて、平等じゃないんだよ。

キモいオッサン共感する人は少ない。人権の話をしているのに、*ただイケ、みたいな事が起きてしまう。

そもそも昔、ロールズ功利主義人権定義づけようとしたのは、そうしないと平等には出来なかったからだ。なのに功利主義を捨てて共感メインに走ったら、それはもちろん不平等・身内ひいきになる。そういう批判は昔からされていたが、ポリコレ運動の結実とSNSの普及が始まった2010年代になって、現実社会危惧顕在化してきた。

増田ツイッターの上っ面だけじゃなく、もっと別の文脈でも、このような批判は、既に始まっている。

https://www.asahi.com/and_M/articles/SDI2018080275981.html

「でた、お気持ちー!」とか揶揄している人たちが本質的に求めているのは「お前の気持ちはいいけど俺らの気持ちは?」ということだ。ヘイトスピーチを広めるネトウヨたちにも気持ちはある。しかも彼らは往々にして低所得者で、つまり社会弱者だよ。人権運動家が彼らと敵対するしかなかったの、ほんと思想危機と思うわ。

かといって、今更ロールズに戻るわけにもいかず、一体どうするんだろうね。

anond:20181022121044



---------------------------------------------------------

たくさんのブクマカありがとうございます

ざっくり3つポイントがあったと思うので追記ときますね。

>一体どうするって、やはり戦争が続くのだろう

ですかね。

このエントリは、言及先の増田を見て、個人的には戦争以外の何か包括的な考えがないだろうか、という思い付きから書いたものだったが、「そんなもんねーよ」と言われたら、うーんやっぱりかーという感じ。

弱者のみを都合よく救うことなどできない、という話も胸にささった。こうなるともうネット正義議論すること自体不毛で愚かだ。それもやっぱり感ある。

わたし母親じゃねーし男どものお気持ちなんかしらねーよ。

貴方がたは正しい。

問題は、相手も同じ正しい主張をしているということである

男どもは貴方父親や夫じゃないので、貴方が性行為に恐怖していてもしったこっちゃない。

このエントリは、そんなしったこっちゃないの殴り合いでいいのか?という思い付きを記したものだが、やっぱ殴り合いはするしかないのだろう。

ロールズ功利主義じゃない。

あそうか、変な言葉使ってしまった、というのが正直なところ。教科書にないことを書いた。

しかしやはり僕は、ロールズは実際に功利主義の一派だと理解している。正義論は功利主義批判とは言われるが、その内容はつまるところ「無知のヴェールみたいな仮定を置けば、功利主義でも弱者を守れる」であって、遅れてきた修正功利主義といって差し支えないと思う。しかもその理論は、ロールズ批判に重箱の隅をつつかれまくって最終的に破綻したように思われ、その根本原因はロールズ功利主義的であったからじゃないかと思う。

ロールズ後に現れた共感、と書いたは現代フェミニズムの源流の一つ?であるケア倫理の登場を念頭に置いており、フェミニズムの皆様がお気持ち理論を繰り広げるのは明らかにケア」の影響のはずだ。しかしそれは先の述べたように社会全体としては争いを誘発するものであるようだ。

そういう自分の中のぼんやりした理解を、雑に社会学史一般に当てはめてしまったのは、やはり失敗だったのだろう。まさかこんなに読まれるとはね。

2018-09-13

anond:20180913171612

リベラルといえば、ロールズじゃないの?

正義論」を読むのはしんどいだろうからサンデルあたりのロールズ批判を読むのもいいだろうし、正義論の解説新書あたりで読んでもいいよね。

これとかはどうかね。

https://www.amazon.co.jp/dp/4480066128/

2018-08-29

anond:20180829111740

違うぞ。

偏見差別世界では、

・どんなバカ弱者であっても白人であるだけで生きにくさとは無縁だった。

貧乏で汚いオッサンでも男であるだけで結婚相手を用意してもらえた。

だぞ。

偏見差別をなくしたってことは、自由競争社会になったということだ。白人弱者黒人強者に負けて生きにくくなり、貧乏で汚いおっさんは一生童貞で過ごすことになった。白人主義者が沸くのも当然ってもんよ。

現実世界にはロールズ無知のヴェールなんかないんだよ。

日本人のお前は、まごうことな強者であって、偏見差別世界が来たとしても日本社会においてつらい目になんかあわんわい。

2018-04-09

Buzzfeed佐々木俊尚さんのファクトチェックやってほしい

佐々木俊尚さん、またロールズが書いてない自分の自説をロールズが言ったことにしてません?

この人マイノリティ憑依の時も小田実が言ってないことを言ったことにして自分の説の権威付けに使用してたって指摘が有るんだけど今回も?

2017-10-22

リベラリズムって、単に経験主義や「科学主義」のことなんじゃないの

昨今、議論するほど取っ散らかって、結局ちっともまとまらないリベラルとは何か、ということについて

皆さん自由はもちろん、権利や、公正や、分配のことだと言うんですよ。でもね、それって本当にそうですか?そもそもなんでそんな考えが出てきたんですか?

遡るとリベラリズムジョン・ロックという人に行き着きます。ここまでは普通です。彼はイギリス経験論の人でした。そう、この時代までに経験哲学が生まれ、同時にそこから近代科学誕生したのです。

ロック氏は経験論を根拠に、国王統治権王権は“神”に与えられたものではなく、各人の持つ自然権を守るために委任されたものだ、という思想発明します。これがリベラリズム誕生です。本当です。

これってさ、科学じゃん。観測に基づいた帰納と仮説じゃん。リベラリズム自由の生みの親は、経験主義科学思考方法論なのです。

ブコメなどから社会契約説元ネタ聖書である、だから信仰一種である科学ではない)とのご指摘がありました。

私はこの時代科学宗教を、そんなに区別していませんでした。ガリレイキリスト教の“異説”を唱えたキリスト教徒であり科学者です。経験主義の祖のベーコンキリスト教徒です。

なので、ロックプロテスタント(だから王権神授説の異説を唱えた)であり社会科学者のプロトタイプなのではないでしょうか。

(続き)ロックから始まるリベラリズムは、この仮説をもとにして以後、市場経済功利主義ロールズ正義や公正などを発明していきます。また、自由科学知識をもった者は産業革命を担い、社会そして個人生活科学技術的に豊な方へと変えいきました。

でも私は思うんです。いつの間にが、現代リベラリズムからは「科学主義」が失われているんじゃないか自由のための公正や分配もいいけど、まずそれらを科学的に考えることがリベラルなんじゃないか

リベラリズムの遠戚である共産主義には、最初科学がありました。そしてその頃までは栄えていました(笑) これはリベラリズムにも言えて、現在低調と言われたりするのは、科学手法科学技術を援用し政治することが足りてないからなのではないのか!?

翻って日本リベラルを見てみると、どう思いますか。あれ、自民党の方が「現代経済学に根差し金融政策」してませんか?なんで理系ギーク系が自民党支持なんてすか?自民党リベラルと言うのは、なしです(笑)

日本、または世界リベラルが低調なのは、きっと保守科学手法を上手く使われているかなのだと、私は思いますリベラル革新的な利点そのものが無くなりますからね。必ずしもナショナリズム感情時代から、ではないのです。マイナンバー制度の根幹はIT技術です。IT技術であるツイッター世界でも保守言論がよく使っています

からリベラルは、ごちゃごちゃとリベラルとは何だなどと議論する前に、現代科学議論に基づいた政策と、科学技術振興策を取ってください。

そして物理科学社会科学者と科学技術者の信頼を取り戻し、本来科学進歩的リベラルに戻っていただきたい。 枝野さん、お願いしますよ。

2016-10-10

肛門商品を入れて万引きしようとしたら肛門内で爆発した件

ラスベガスウォルマートから食料雑貨品を万引きしようとしたマーティンクラインと彼のパートナーである

ジュリーワイス逮捕された。

https://empireherald.com/cinnamon-roll-can-explodes-inside-mans-butt-during-shoplifting-incident/

伝えられるところでは、クラインワイスは午前11時頃にラスベガスウォルマートに入って、

ピルスベリー・シナモンロールズの缶をいくつか取ってトイレに向かった。

防犯カメラによると、2人は20もの間、トイレの中にいた。

(略)

警備員はこう語る。

「彼はトイレに持ち込んだ商品を見せることを拒否したんだ。そして店の正面から出ていこうとした。

私は彼の後を追ったんだが、彼のパートナーがローションを私の顔にぶっかけてきたんだ。

私がクラインを捕まえようとして、彼の上に倒れ掛かった。そのときクライン背中からボンッとはじける音がした。

クラインは大声で叫んだ。そして液体が彼の肛門から流れ出したんだ」

目撃者によると、落下の衝撃と肛門内の圧力のためにシナモンロール缶が爆発したとのこと。

缶とその中身はクラインから取り除かれた。クラインは怪我の治療を受け、ラスベガス警察拘留された。

パートナージュリーワイス逮捕された。

2016-03-08

フェミニズムの簡単な俯瞰

最近フェミニズムまわりがメンドクサソーな展開になるのは外野から全体像が非常に分かりづらいことなんじゃないか?ということを考えてて、

たとえば絵を描くときって全体のあたりから始めて徐々に細部に向かっていくのが普通で、いきなり細部から書き始めると全体がゆがんだものになりがち。

同じようにフェミニズムについても、いきなりアクの強い人の本を読んだり狂ったツイートを見たりを繰り返してるとフェミニズム全体へのイメージがゆがんだものなっちゃうんじゃないか?

あとツイッターなんかでフェミニストを名乗ってるわりに結構フェミニズムについて分かってない人も居るよね?

ということを思ったんで、フェミニズムについてちょびちょび自分なりに調べて俯瞰できるようまとめてみようとしてたんだが

http://anond.hatelabo.jp/20160307231710

急に増田が来たので取り急ぎ便乗公開してみる。

フェミニズムとは

フェミニズムとは女性を様々な抑圧から解放することを目的とした*思想運動*を指す。

女性解放を実現するための考え方や手法問題意識は人によってさまざまであり、衝突し合うものも多いがそれらをまとめて「フェミニズム」と呼ぶ。

18世紀の終わりから始まったフェミニズム最初公的権利の取得のための運動だったが、私的領域も含めより深いレベルでの男女平等を目指すようになった。家父長制を不平等の根源とした考え方が様々な領域適用され、現在性差別以外の問題をも巻き込んだものになっている。

フェミニズムの流れは三つの時期に分けられる。

第一波(ファーストウェーブ

参政権財産権労働権、婚姻など公的権利の獲得という形であらわれた。

第二波(セカンド・ウェーブ

ファーストウェーブ公的権利だけだったのに対し広い範囲における領域平等を追及していった。

特に家父長制という男性主権価値観問題性が広く認識され、様々な領域社会制度規範への批判へと繋がっていった。

また公的領域だけでなく私的領域も扱うようになり、家庭内における性に関する問題などそれまで見えにくかったところまで踏み込んでいった。

第三波(サード・ウェーブ

カンド・ウェーブに加え、人種地域宗教階級階層、性指向など多種多様問題領域を扱うようになった。

カンド・ウェーブを置き換えたわけでなく、扱う範囲や深さを広げたかんじ?

家父長制(Patriarchy)

社会領域政治経済文化、家庭など)における主要な力を男性が持つ社会システム価値観

フェミニズムではジェンダー押し付けものとして扱われる。

最初男性優位主義などの用語が使われていたが、女性を抑圧する側に居るのは男性だけでないし、この構造により抑圧される男性も居ることから Patriarchyが使われるようになった。

フェミニズム流派

あくま思想系統であり、フェミニスト所属するというものではない。あるフェミニストとある派の考え方の多くが同じである場合、その派のフェミニストと呼ばれることがあるだけにすぎない。

発生当時とは社会状況も違っており、現在では初期の考えと大きく違う部分もあると思われる。

ラディカル フェミニズム

カンド・ウェーブ以降の主流となる、家父長制を性差別の根源とみなし社会から家父長制を排除することで差別根本的な改善を目指すフェミニズム

根源を改革するからRadical feminism(根本的なフェミニズム)。

なので関係する問題領域社会全般のはずな気がするが、現代では主に伝統的なジェンダー・ロールや女性性的対象化、家庭内暴力生殖関連、性犯罪を扱ってるのを見かける。

これらの領域に対し政治的プロセスによる改善でなく、規範への疑問を社会に訴えかけることによる改善模索する事が多い。

リベラルフェミニズム

社会が不必要女性能力を低く見積もった制度になってると考え、女性自由な選択や行動のため能力をふるうことのできる平等を重視とするフェミニズム

ファーストウェーブの流れを汲んでる?っぽく、慣習や法による機会の不平等を打破するため、政治的プロセスを介して状況の改善権利獲得を目指す。

法や権利など主に公的形式を扱い、家庭内権威関係など私的な面はあまり扱わない。

機会が平等であれば後は個人の能力次第であるという考えが、他のフェミニズムと衝突することも多い。

マルクス主義フェミニズム

資本主義という制度社会階級対立が、女性の抑圧にも一役買ってると考えるフェミニズムの一派で、主に女性労働問題を焦点とする。

昔は資本主義制度廃止を唱えていたみたいだが、今はどうなんだろ。

家事家族の世話など、家庭内労働への評価の低さを問題視する。

報酬を得るための労働を「生産労働」、家庭内労働など自分たちのためにやる労働を「再生労働」と呼び、再生労働責任を共有し、女性生産労働にかかわることで再生労働価値が適切に判断されるようになると考える。

社会主義フェミニズムソーシャリストフェミニズム

まれ境遇などによって特権を得たり抑圧されたりと人生が変わってしまうことを問題視する。日本米国リベラルというとソーシャルリベラリズムのことを言うと思うが、それに近い考え方。

労働に関するマルクス主義フェミニズムの考え方に、ラディカルフミニズムのジェンダー、家父長制の考え方を組み合わせたもの。ラディカルフミニズムのように家父長制だけでなく経済的性差も重視する。

リベラルフェミニズムとの違いがよく分からないが、調べてると、マルクス主義フェミニズムと一緒に扱ってるサイトが多かった。

ブラックフェミニズム

性差別だけでなく、階級対立性自認人種主義などさまざまな問題は密接な関係であり不可分であると考える一派。

このような考え方をインターセクショナリティという。

カルチュラルフェミニズム

社会女性特性過小評価されてると考え、男女の違いを肯定的評価していこうとするフェミニズム

ラディカルフミニズムから派生したが、対立する見解が多い。

その他

元増田の「フェミニズムとは」の節を読んでちょっと気になったのでメモ

「この人はリベフェミからこの人の言ってることはリベフェミの主張のはずだ」のような考え方をしたのかなと思うのだが、あるフェミニスト発言特定の派の思想内にぴったり収まってるということは少ないので、そういう認識の仕方は危険かなと思った。

はてブ見てて思うのは、どうも偏ったフェミニストばかりを見かけてしまって変なイメージ付いちゃうよなー、ということ。フェミニストはその活動の仕方によって目立つタイプの人とそうでない人とが出てきてしまうし、多くの人にとっては目立つタイプの人が「フェミニスト典型例」となってしまう。

なのでまず「フェミニズムには多様な思想があるし、それらは常に変化している」ということだけ注意しておけば、いらぬいざこざを減らすことができる、、、かもしれない。

2016-03-07

キモオタによるフェミニズム概論

フェミニストからキモオタ死ねと言われ、私はもちろんキモオタであるから激昂してクソフェミ死ねと言い返しかけて、そこでふと気がついて困惑した。

フェミニズムとは何だろうか。

私はフェミニズム名前ぐらいしか知らない。しかし知らないものを知らないままにしておくことは、少なくとも私にとってキモオタしからぬ行為である。私は自分に自信をもってキモオタでありたい。クソフェミ死ねと罵られるキモオタであることに誇りを持ちたい。ならばフェミニズムについて知らなければならない。

しかフェミニズムについて知りたかったら何を読めばいいのか。これが意外と分からない。ロールズやセンを読めというのを見つけたので読んでみたが、やはりフェミニズムが分かった気になれない。

そこで手当たり次第に適当にフェミニズム書籍を読んでまとめみることにした結果が本稿である。決して十全ではないが、私同様、フェミニズムをよく知らないオタク諸姉諸兄にとって、フェミニズム理解の取っ掛かりになれば幸いである。

フェミニズムとは

フェミニズムは大きく三種類ある。ラディカル・フェミニズム(以下ラディフェミ)、リベラルフェミニズム(以下リベフェミ)、そしてマルクス主義フェミニズム(以下マルフェミ)であり、それぞれ理論の組み立ては全く異なる。以下順に見ていこう。

ラディカル・フェミニズム

現在のラディフェミ理論的支柱はキャサリン・マッキノンと言っていいだろう。「性の不平等の源はミソジニー(女嫌い)」であり、「ミソジニーの源は性的サディズムにある」(C.マッキノン,"フェミニズム表現の自由",1987,*1)。そして社会に溢れるポルノグラフィ(以下ポルノ)こそが「性差別主義者社会秩序の精髄であり、その本質をなす社会的行為」(*1)に他ならないと喝破する。この諸悪の根源ポルノであるという揺るぎない確信からポルノ法規制を推進する。

ポルノ性犯罪を誘発するという統計的証拠はあるのか。この批判に、しかしマッキノンは自覚的である。誘発するという調査もあり、無いという調査もあると率直に認める。従って彼女が起草した反ポルノ法は「被害をもたらすことが証明されうる物だけが告発できる」(C.マッキノン&A.ドウォーキン,"ポルノグラフィ性差別",1997,*2)。「証明されるべき被害は、強制行為、暴行脅迫、名誉毀損、性にもとづいて従属させる物の取引といった被害でなければなら」(*2)ず、不快に感じた、宗教上の信念を侵しているといった被害は認められない。被害者ではない第三者告発することも認められない。

ポルノには、ホモレズ二次元も、古典文学から芸術作品まで被害をもたらすことが証明される限り全て含まれる。自分が叩きやすゲームマンガだけを槍玉にあげて、自分が叩かれやすい文学や芸術から目を背けるチキンではない。殴るからには全て殴る。それがマッキノである

なお、田嶋陽子はラディフェミを名乗りドウォーキンへの共感を示しているが、ポルノ諸悪の根源とはせず、現実的政策としてはリベフェミに近い内容を述べているため注意されたい("愛という名の支配",1992)。

リベラルフェミニズム

J.ロールズの「公正としての正義」やA.センの「不平等の再検討」をその理論的土台とし、リベフェミは次の点を問題視する。「ジェンダーシステムは、その根を家族における性別役割にもち、事実上わたしたちの生活の隅々まで枝葉をはびこらせた、社会の基礎的構造のひとつ」(S.オーキン,"正義ジェンダー家族",1989,*3)であり、「女性男性重要差異が、家族内で現在おこなわれている性別分業によって作られる」(*3)。

夫婦がともに働いている姿を子供に見せることが教育上望ましいと考え、そして共働きにおいて妻にだけ家事育児押し付けられることは不平等であり、二人で平等に分担するべきであるとする。もし専業主婦なら、夫の稼ぎは夫婦二人で稼いだものとして両者で均等に等分すべきだとオーキンは言う。

このように家庭内賃金労働の不平等の解消によって性差別の無い社会が構築されるとする考えから、リベフェミ女性社会進出を推奨し、出産休暇や託児所の拡充、男性育児休暇取得を推進する。また「子どもたちがなりたい人間になる機会」(*3)を拡大するため――その機会を無知ゆえに狭めないために、性教育重要性を訴える。

なお、「男性を敵視し憎む分派は消滅するだろう」(B.フリーダン,"新しい女性創造",1965)が示すように、フェミニズム男性女性権力闘争化することに否定的立場をとる。

マルクス主義フェミニズム

出産を含む女性の家事育児は明白な労働行為である。にも関わらず男性社会はそれに一切の支払いをしてこなかった。ゆえに女性とは搾取されるプロレタリアートであり、その意味で男性とはブルジョワジーである女性の抑圧は、資本制と家父長制の構造上必然的に生じたものであると喝破し、資本制・家父長制の打倒を訴え、そしてこれが日本の伝統フェミニズムである

女性社会進出に関してはリベフェミの主張とほぼ同一だが、フェミニズムの主要な敵は男性であると断じ、マルフェミでは家事育児という労働に対する賃金の支払いを請求する(上野千鶴子,"家父長制と資本マルクス主義フェミニズムの地平",1990,*4)点で異なる。ただし誰に請求しているのか、また家父長制を崩壊させるために「資本制との新しい調停」を、というが、それが共産制かというとそれも曖昧で判然としない。

日本ではさらにそこに独自思想が入り交ざる。例えば男女混合名簿の推進は「日の丸君が代シンボルとする儀式を撃ちくずす」(河合真由美,"「男が先」を否定することでみえてくるもの――学校の中での性差別男女混合名簿",1991)から良いのだ等、目的が何なのか、いささか混沌としている向きも見受けられる。

その他のフェミニズムと補足

レズビアンフェミニズムブラックフェミニズムエコロジカルフェミニズムポストモダンフェミニズムなど多岐にわたる。マルクス主義フェミニズムの派生であるサイボーグフェミニズム(D.ハラウェイ,"サイボーグ宣言",1985)は読むとつまらないがネタとしては面白い。あとキワモノで言えばスピリチュアルフェミニズムとか。

補足1:クィア理論

同性愛者とフェミニスト関係は、従来男性権力社会に対する「敵の敵は味方」関係に過ぎなかった。そこで登場したのが「フェミニズムと、ジェンダーに関するゲイレズビアンの視点と、ポスト構造主義理論を、政治的ひとつに纏め」(J.バトラー,"ジェンダートラブル",1990)たクィア理論である。これにより統一戦線理論的に張ることが出来るようになった。

補足2:男性差別

リベフェミは広範な男性差別否定するが、アファーマティブ・アクションでの男性差別肯定する。ラディフェミ男性敵視の姿勢を持つが、しかしマッキノンは男性けが徴兵されることは男性差別だとして否定する。「平等とは、ジェンダーの違いではなく、ジェンダーヒエラルキーを問題にし、その根絶をめざすものである」(*1)からである。マルフェミはよくわからなかった。女性兵士に反対しているので、男性差別肯定されるのかもしれない。

フェミニズムが扱う問題

セクハラ家庭内暴力中絶女性兵士等色々あるが、本稿ではオタク、わけてもアニメオタク関係の深い「性の商品化」について取り上げる。

「性の商品化」の法規制

マッキノンは、猥褻として過去に規制された、まさに「性の商品化であるユリシーズ(J.ジョイス,1922)について「ポルノではない」と述べる(*2)。現実の被害が証明されていないからである。「性の商品化」は法規制の理由にならない。

リベフェミであるN.ストロッセンは「子供や妻への虐待強姦日常的な女性への屈辱行為などを正当化する内容が詳細に述べられている」書籍として聖書をあげ、「禁止されない安全思想などほとんど存在しない」("ポルノグラフィ防衛論",2000)とする。そして性教育がかつて猥褻として政府に規制された例を上げ、ポルノ禁止法は政府検閲に利用されると強く批判する。

一方、上野は「性の商品化」だとしてミスコン廃止を訴えるフェミニストについて、彼女らは「法的取り締まりを要求したわけではなく、受け手として「不愉快」だという意思表示権利行使であると言う。そして「性の商品化」は「メディアのなかでも、なんらかの基準がつくられる必要がある("「セクシュアリティ」の近代を超えて",新編日本フェミニズム6,2009)」とする。

ここから見えてくる点として、女性が「不愉快であることが問題なのだということが分かる。「性の商品化」とは何か、それに実害があるかは、おそらく最終的にはどうでもいいのである。さらに求めているのは自主規制であって法規制ではない。自主規制によって発言者は自ら口をつぐむのだから表現の自由は全く関係のない話である

不愉快」による法規制正統性

リベフェミであるマーサヌスバウム嫌悪感を根拠とした法規制を徹底して批判し、ゾーニング妥当性を論じるが("感情と法",2004)、マルフェミである永田えり子は「ポルノ市場が成立すれば、必然的ポルノ市場の外部に流出する。そして流出すると不快に感じる人がいる」("道徳フェミニスト宣言",1997)としてゾーニング効果がないと批判する。

ポルノは「人々に広く不快を甘受させているかもしれない。そして事実不快だという人がいる。ならば、それは公害である」。「性の商品化は多くの人々に対して、確実に何らかの不快や怒りを与えるはず」であるがゆえに規制されるべきだと主張する。

そのような不快感を根拠とした規制は恣意的運用がなされるという批判は当たらない。曖昧な法は他にもあるが、現に警察と司法は正しく運用しているかである。性道徳に根拠が無いという批判も当たらない。「根拠がないということがすなわち不当であるわけではな」く、それは「正しいから正しい」のである

なお、福島瑞穂非実在児童ポルノ規制は法的安定性が保証されないとして反対しており、この永田見解がマルフェミ共通見解でないことは述べておく。が、例えば児童ポルノ法規制に対して日本ユニセフ協会広報室長の中井裕真から司法は正しく運用してくれる旨の見解が述べられており(永山薫昼間たかし,"マンガ論争勃発2",2009)、これがフェミニストの通説でないことは明らかだが、一定存在する見解であるように思われる。

日本草の根フェミニズム

初期の日本フェミニズムには「反主知性主義」があり、「女性であれば(女性としての経験をもってさえいれば)誰でも女性学担い手になれること、専門的なジャーゴンや注の使用を避け」、「プロアマ距離をできるだけ近づけること」が目指されたと上野は述べている("女性学の制度化をめぐって",2001)。

こうした取り組みで女性が声をあげられる空気を作り出すことに成功したが、結果としてフェミニズムは「一人一派」と化した。筆者の私見に過ぎないが、これは同時にフェミニズムと「私」の区別を曖昧なままにしたのではないか。

「私」とフェミニズムが一体化しているとすれば、「私」が不愉快ならフェミニズム上も不公正に決まっている。それが従来のフェミニズム理論と矛盾していたり整合性が取れなくとも関係ない。「「オンナ対オトコ!」なんて言ってるフェミなんて、いないのになぁ」(北原みのり,"フェミの嫌われ方",2000)が示す通り、従来の理論について知識も興味もないフェミニストは珍しくない。知らなければ(当人の中で)矛盾はしない。

理論を欠いた思想は、しばしば信念や信仰へと還元されてしまいがちである」(*4)と上野は言う。そのような啓蒙主義者にとって「真理はつねに単純である。(中略)真理を受け容れることのできない人々は(中略)真理の力で救済することができなければ、力の論理で封じるほかはない」。そうして治安警察国家を招き寄せる人々は「反主知主義の闇の中に閉ざされる」。

これは実は上野によるリベフェミへの批判なのだが、筆者にはリベフェミではないところに突き刺さっているように思えてならない。

おわりに

このようにフェミニズム一言で言い表せるような概念ではもはやない。日本の初期フェミニズムはマルフェミが中心であったが、現代日本フェミニストは必ずしもそうではないだろう(例えば堀田碧は"「男女共同参画」と「日の丸フェミニズムの危うい関係"で一部の若いフェミニスト愛国心に苦言を呈している)。

最後になるが、フェミニズムはクソだという見解に私は全く同意しない。職場上司女性社員の尻を撫でることは強制わいせつ以外の何物でもないし、家庭内暴力夫婦喧嘩ではなく傷害である。どれだけ成果を上げようが性別を理由に賃金を低く抑え、出世コースから排除するといった制度の是正フェミニズムが尽力したことを、私は決してクソだとは思わない。

私がクソだと思うのは、……まぁ、書かなくても察してもらえるかと思う。

いささか長い増田になった。この程度の調査力でキモオタとかw という批判は甘んじて受けるしか無いが、とはいえもし誰かの理解の役に立ったのならそれに勝るものはない。

2015-06-17

年金医療保険論は難しかったなあ。ていうか興味が持てないわりに複雑だったんだよな。

ロールズ名前が出たときちょっと目が覚めたが。

担当先生特別優れてはいなかったから難しかったってのもそうなんだろうが、

似た雰囲気の分野の本は他の分野で面白い本を書いている人のでも難しかったな。

たとえばネーゲルの税と正義も真面目に読んだが

課税前所得自分のものだと感じたり考えたりするのは正当ではないみたいな主張くらいしか覚えてない。

課税前所得にはたとえば経済政策等の税金の影響が入ってるからだったっけ。

いや、もし税によって整備されたインフラが利用できなければ、課税前所得は異なった量だろうからか。

2012-08-15

法学部生の必読書50

 法学部生が読むべきと思われる本を50冊選んでみました。

プラトン法律

アリストテレス政治学

キケロ『義務について』

トマス・アクィナス神学大全

マキャヴェッリディスコルシ』

ボダン『国家論』

スアレス法律についての、そして立法者たる神についての論究』

グロティウス『自由海論』

ホッブズ哲学者法学徒の対話』

スピノザ神学政治論』

ロック『統治二論』

ヴィーコ自伝

モンテスキュー『法の精神

ヒューム人間本性論』

ルソー社会契約論』

スミス法学講義

ベッカリーア『犯罪と刑罰』

バークフランス革命省察

ハミルトン他『ザ・フェデラリスト

カント人倫形而上学

ヘーゲル『法の哲学

ベンサム道徳立法の諸原理序説』

ミル『自由論』

トクヴィルアメリカデモクラシー

バジョット『イギリス憲政論』

イェーリング権利のための闘争』

モムゼンローマ国法』

ウェーバー『法社会学

カフカ『法の前』

モース『贈与論』

ケルゼン『純粋法学

シュミット憲法理論

ベンヤミン暴力批判論』

カントロヴィチ王の二つの身体

コジェーヴ『法の現象学

ハート『法の概念

ハイエク『法と立法と自由』

フーコー『監獄の誕生

ドゥルーズ記号と事件』

デリダ『法の力』

ルジャンドルドグマ人類学総説』

アガンベンホモ・サケル

ハーバーマス事実性と妥当性』

ルーマン社会の法』

ポーコック『徳・商業歴史

パトナム『事実価値二分法の崩壊

ロールズ『公正としての正義 再説』

ドゥオーキン『法の帝国

ヌスバウム感情と法』

レッシグ『CODE』

2012-04-15

倫理について一考。

道徳の理由』という本(かなりの古書だ!)を再読したのでちょろっと。

※私はethicsに関しては全くの素人であり、ロールズ正義論でなり、ミル功利主義なりもまともに読んでいない。

倫理というのはヴィトゲンシュタイン的に言えば一つの言語ゲーム。すなわち、そこに所属している成員に対して要請される規則といえる。もっというと、その社会所属している成員に対し、「私」が期待するルール

まりのこと、その規則は「私」には適用されないと見る。

すると、倫理を私に適用する理由はないように見える。その通り、「ない」とするのが私の見方だ。つまり倫理とていうのは、あくまで、「オレ」から「オマエ」に発信される言語しかない。

Why be moral? という語は本質的why should I be moral?と Why should you be moral? に分別される。後者の方が本質的であるとみるのだ。

しかしながら、倫理には自分自身も縛られる。本来的には「私が道徳を守らねばならない」理由は何も無い。

ただし、この規則は両刃の剣であって、倫理はこの概念が、その社会所属する全員に適用される時のみ、「倫理」と呼ばれる。つまり倫理社会所属員全員からなる相互監視システムである

この考えとしては、倫理っつーもんは、村の掟となんら変わるところが無いわけだ。

補足すると、社会は多層的であるから、メンバA,B,Cが社会Xを形成し、同時に同じメンバが社会Zを形成している、ということは用意に想起しうる。人は一枚岩の思考で動いていない。

例えば、クラスの全員が、いじめは慎むべき行動だ、と考えている。(社会成員Xのメンバ)。しかし、同時に、クラスリーダーであるAに対して不快な行動をとった者に対し、いじめを行うことは推奨される、と考えている。(社会成員Zのメンバ)

話を戻す。この相互監視システムは、相互監視であるから、単体では監視機能は働かない(とひとまず考えることにする。まず主体をyouにおくのだ!)つまり密室状況において倫理を構成する要素は何も無い。

これは幾分思考実験的な状況だ。現実的な意味密室などこの世に存在し得ないといえる。猫箱の中で倫理は問えない。しかし、実質的な猫箱なんて社会にはなかなか存在しないのだ。

まぁ、例えばあなたと一人を除いて他の観測者がいない世界で、どうやって第三者があなた監視するのだ、という問題である。誰も監視できないじゃないか。このような環境下では、そもそも倫理という語が成立しない、というのが原語ゲーム的な倫理観です。(実際には、このような環境化でも倫理存在しうる。例えば一人で行う行為に対する倫理の第二者から倫理的判断や、意識の無い第二者に対して行う第一者に対する第二者の遡及倫理判断など。例えば、地球存在者一号たるあなた存在者二号が気絶している間にアッー!アッー!して、意識がある第二者が何らかの要因でそのことに気づくなど。尻が痛いとか。)

更に問題をややこしくするのが、相互監視システムによって監視されていることは、人間自分ではなかなか感知できないことにある。知能の高い社会の成員はこの言語ゲームによる制裁を受けないように、証拠の残る反倫理的行動は取らないように務めるが、知能の低い成員はそうではない。また、どこからその制裁の追求が来るかわからいから、人はうかつな行動が取れない。

さらさらに、言語ゲームでよく言われる話だが、人は一人でも社会を形成する。人は自分と対話することができるが、これは自分のうちに一つの社会を形成しているに等しい。ここでも言語ゲームによる制裁は成立する。これが自分倫理的に行動せしめる要因の一つだと思う。人は一貫した規則性に基づいて行動するような文化的特性を獲得しており(そりゃ獲得してない人もいるだろうが)、その中には動物本能から立脚すると思われる特定の行動を含む、ある種の言語ゲーム存在するのだ。これがWhy shoud I be moralに対する根源的回答になるのではないかと思う。

 トートロジーで何も言ってないじゃないかとか言われそうだが。

まり、人が倫理的に、道義的に何かせねばならないと判断をする時、そこには価値判断が伴っている。その価値判断は、本能的形質的文化的なさまざまな要因から定められた判断を取るのだが、それにいいもわるいもないということになる。だって、判断してんの本人だもの。勿論、第三者が介入していい、とか、わるい、とか論じることはできるが、そいつは俺らの言語ゲームであって、彼の言語ゲームではないのである

逆説的に、自分自分行為道徳的に正しいかどうかを判断しているというのは、極めて社会的アクションだと言える。そういうわけでは、監視者としての神の存在というのは、実に都合のいい概念なのかもしれないね

倫理が善概念と結びつくことが多いのは、この種の言語ゲームひとつロールモデルを通じて語られることが多いからではないかと思う。

例えば、ギャングの掟なるものを考えてみる。これは、ギャングが他のギャングにあってそうあって欲しい姿であり、かつ、ある程度自分がそうありたいと望む姿になるだろう。これは、ひとつ共同幻想であるとも言える。

さてさて、このような言語ゲームによる倫理の規定は、多くの倫理的問題をすっ飛ばしてきているようだが、少なくとも功利主義倫理論よりはうまく倫理現実のありようを捉えているような気もするが、なにぶん門外漢なので、功利主義的説明で説明でき、言語ゲーム的説明では説明できない、本質的倫理的判断に関する問題があったらご指摘願いたい。まる。

※書いてからコンマ1秒考えたけど、結局これはアプローチの仕方の問題であって、何が正義であるか、何が道徳であるかということに関しては「なんでもいいんだけどさ」で逃げてるなぁ。だから、「なぜ道徳的であらねばならないか」はぼんやりと答えているけど、「道徳であるとは(ソクラテス的な意味を前提した上で)なんであるか」ということに対しては、回答を拒否している。それこそ言語ゲームによるよね、と。イワシを祭ろうが隣人を石でぶとうがしったこっちゃねーや、という考えだ。そして、列車急停止のジレンマに対してこんなとんでもない回答を出すのだ。「おい、目の前の人間の顔色伺えよ。どっち答えて欲しそうなんだよ。そっちって言っとけ。」

※そもそも、真とか善とか美とか言い出したら定義論以外いいようがないじゃないか、という無限後退に陥っている。

2011-03-07

これからの「正義」の話をしよう の話をしよう (読書感想文

日本始球式をすることも決まっている、話題のサンデル教授の本『これからの「正義」の話をしよう』を読んだ。

シリアスゲーム的な考え方だと思った。押し付けがましくなく、それでいて熱意がある。

ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」では、行動経済学として人々の社会規範市場規範に焦点を当て、さまざまな実験を通して規範適用の仕方を検証している。

サンデル教授はこれまで社会規範適用されてきた社会市場規範適用するという最近の風潮を危惧している。

それは、アメリカのみならず、諸先進国においても同様だろう。GDPでは幸福は測れないということだ。

そうした現状で、公正な正義を一人一人が認識しようとすることは社会幸福への試金石になるかもしれない。

宮台真司の推薦文にもある通り、サンデル教授コミュニタリアン共同体主義者)だそうだが、一部のコミュニタリアンにとっては違和感のある呼ばれ方だそうで、その原因は「正義は個々のコミュニティが好き勝手定義したものに過ぎないという相対主義的見方を表しているように思える」からだそうだ。

つまり、コミュニタリアンと呼ぶ側(功利主義自由主義)がコミュタリアンの物語の探求という考え方を見落としているということだ。

NHKの白熱教室を観た方はわかると思うけれど、サンデル教授功利主義自由主義、そして共同体主義を実際に起きた問題や思考実験によって人の正義と自由、正義権利、自由と権利といった問題を焦点に繰り返し問題提議、検証していく。

5章以降のカントの示した人生観ロールズの考える自由は、より具体的で、わかりやすく、刺激的だ。

人生観で特に印象的だったのは、マッキンタイアの「物語の探求としての人生を生きる」という考え方だ。

これまでに生きられたあらゆる物語はある種の目的論的特性を帯びている

自由を追い求める考え方は目的論を独善的とみなす。しかし、現実的には人々は人生という物語解釈している。

自由に選択できることが真の意志の尊重とするが、

選択とは物語解釈から生まれるもので、意志が支配する行為ではな

物語の探求という生き方は、アドベンチャーゲームロールプレイングゲームのようにマルチエンディングのような、または、SF的な多世界解釈に近いと思う。

そして、それは強烈だ。これからの諸問題との対峙する時、コミュニタリアン正義に対する捉え方は安易な自由や平等主義よりも解決への熱意を持っている。

サンデル教授功利主義自由主義共同体主義という選択肢を検証し、最終的にトゥルールートとでもいうように納得させる形で共同体主義への道筋を示した

それが、 これからの「正義」の話をしよう なのだと思った。

実際、目的論的な考えは心理学でも注目されているように思う。

心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱されたフロー体験というものがある。

フロー英語Flow )とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。

チクセントミハイが見たところによれば、明確に列挙することができるフロー体験の構成要素が存在する。彼は8つ挙げている。

1. 明確な目的(予想と法則認識できる)

2. 専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)

3. 自己に対する意識感覚の低下、活動と意識の融合。

4. 時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更

5. 直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)

6. 能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)

7. 状況や活動を自分で制御している感覚

8. 活動に本質的価値がある、だから活動が苦にならない。

フロー経験するためにこれら要素のすべてが必要というわけではない。

フロー:wikipedia [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC ])

目的論的な解釈や考え方はフロー体験を促しやすいのではないだろうか。

さらに、自己実現理論も紹介したい。

自己実現理論(じこじつげんりろん)とは心理学者アブラハムマズローが、「人間自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層理論したものである。又、これは、「マズロー欲求段階説」とも称される。

マズローは、人間の基本的欲求を低次から

1. 生理的欲求(physiological need

2. 安全の欲求(safety need

3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)

4. 承認の欲求(esteem)

5. 自己実現の欲求(self actualization

の5段階に分類した

自己超越

マズロー晩年、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があると発表した。それが、「自己超越」(self-transcendence)の段階である自己超越者(transcenders)の特徴は

1. 「在ること」(Being)の世界について、よく知っている

2. 「在ること」(Being)のレベルにおいて生きている

3. 統合された意識を持つ

4. 落ち着いていて、瞑想的な認知をする

5. 深い洞察を得た経験が、今までにある

6. 他者の不幸に罪悪感を抱く

7. 創造である

8. 謙虚である

9. 聡明である

10. 多視点的な思考ができる

11. 外見は普通であるvery normal on the outside)

マズローによると、このレベルに達している人は人口の2%ほどであり、子供でこの段階に達することは不可能であるマズローは、自身が超越者だと考えた12人について調査し、この研究を深めた。

(自己実現理論 :wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96 ])

この自己実現理論自己超越という考え方も中々興味深い。

フロー体験や自己超越といった段階は、ただ安易な自由や平等を考える以上に、個々人が社会で生きる目的認識することが重要であることを示しているように思える。

2010-10-17

合コンに行って出た答が二次元最高でした

別に僕は女性は嫌いじゃないんだけど、向こうはこっちなんぞどうでもいいと。

女の人とうまくやる能力を身につけるのは僕の手に余ります。

そこまでの才能もなければ、それだけに時間を割く余裕もありません。

結論としては、三次元の代替品としての二次元最高です。

ちゃんと代替品って言いましたからね。

二次元止めろって世の中の皆様に言われてる気がするんですが、そりゃ無理です。

田舎で暮らしてて車が必要なのに、マイバッハロールズロイスを買う金がないから車と暮らしは諦めるとはならないでしょう?

中古軽自動車買います。

そーゆーことです。

そりゃ相手を全然選ばなきゃいいのかもしれないですけどね、いくらつきあおうって言われたとこで金に汚そうなフィリピン人でもいいやとは思えないのですよ。

それつきあってるんじゃなくて利用されてるだけだよ、ってツッコまれるのがわかりきってますし、自分でもそう思いますし。

2009-05-16

なんで左派って感情論で語るのばかなの?

せめてロールズ正義論とかひっぱれよ

だからよく勉強した中道右派になめられんだよ

2008-09-01

正義

まぁ、不公平の話をしたら結局

ノージックロールズに立ち戻るんだよな。

2008-03-15

anond:20080315145308

本当だ。消えないうちにグーグルキャッシュからサルベージしておこう。

グーグルキャッシュ初版なので違うところがあるかも。

プラトン国家』 

アリストテレス形而上学』 

ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカル『パンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キルケゴール『不安の概念』 

スピノザエチカ』 

ルソー社会契約論』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教経験の諸相』 

ニーチェ権力への意志』 

フッサール論理学研究』 

ハイデガー存在と時間』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間と自由』

レヴィナス『全体性と無限』 

フロイト快感原則の彼岸』 

ラカン精神分析の四つの基本概念』 

レヴィ=ストロース『悲しき熱帯』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール『一般言語学講義』 

チョムスキー『文法理論の諸相』 

ヴェイユ重力と恩寵』 

アーレント精神の生活』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

アドルノホルクハイマー啓蒙弁証法』 

ドゥルーズガタリアンチ・オイディプス』 

ウェーバープロテスタンティズム倫理資本主義精神』 

デュルケム『自殺論』 

バタイユエロティシズム』 

モース『社会学人類学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

マクルーハンメディア論』 

ブローデル地中海』 

ウォーラステイン『近代世界システム』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法の原理序説』

ミル『自由論』 マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展の理論』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』

ボードリャール消費社会神話と構造』 

オルテガ『大衆の反逆』 

ミルズ『パワーエリート

リースマン『孤独な群衆』  

イリイチシャドウ・ワーク』 

ベル資本主義の文化的矛盾』 

ネグリ『構成的権力』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

アンダーソン『想像共同体』 

バレーラマトゥラーナ知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ロールズ正義論』 

ハイエク『法・立法・自由』 

ブルデュー資本主義ハビトゥス』 

オング『声の文化と文字の文化』  

M・ポランニー『暗黙知次元』 

クーン科学革命の構造』 

ポパー『推測と反駁』 

サイードオリエンタリズム』 

メルロ=ポンティ知覚現象学』 

フッサール論理学研究』 

ラッセル西洋哲学史』 

フロム『自由からの逃走』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』

デリダ『グラマトロジーについて』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

フレイザー金枝篇』 

シュミット政治神学』 

クラウゼヴィッツ戦争論』

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

リップマン『世論』 

マンハイムイデオロギーユートピア』 

ブルームアメリカンマインドの終焉』 

ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトライス』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

クーン科学革命の構造』 

ホワイトヘッド科学と近代世界』 

ソンタグ『反解釈』 

ドーキンス 『利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学的視覚論』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

ケストラー『機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

ホーキング『ホーキング宇宙を語る』 

イーザー『行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マン『ロマン主義レトリック』 

シオラン歴史ユートピア』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ『経験論と心の哲学』 

パーソンズ社会的行為の構造』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アガンベンホモ・サケル』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

マッキンタイア『美徳なき時代』

こういう時、トラバツリーが各所に残る今の仕様は便利だ。

ツリー内主要エントリ

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん