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はてなキーワード: ポートピア連続殺人事件とは

2021-05-07

それってファミコンより楽しいの?

俺が今までの人生で思ってき事だ。

スポーツをやるのも観戦するのもファミコンより楽しくなかった。

自分が主役になれるわけでも何でもないものに何の魅力も感じなかった。

燃えろプロ野球のほうが圧倒的に楽しかった。

サスペンスドラマは、自分がそれを体験できるわけでもなんでもないので

ファミコンより楽しくなかった。

ポートピア連続殺人事件自分が主役になれるの楽しかった。

漫画アニメは確かに楽しい部分があったけれど、そのアニメキャラクター

自分が動かせるわけでもないのでそこが嫌だった。

からドラえもん ギガゾンビの逆襲とかキャッ党忍伝てやんでえとかドラゴンボール大魔王復活の方が

しかった。

人形は確かに飾ったり遊んだり出来たけれど、壊すと叱られるのが嫌だった。

ロストワードオブジェニーのジェニーパンチキックとかで戦う方が楽しかった。

映画は2時間近く自分では何も動かせないから見ていて段々とまどろっこしいと思った。

2時間もあればスーパーマリオブラザーズ3の笛無しでかなり楽しめるし、ロックマンだって出来て楽しかった。

それなのに全然動かせない映画を見続けるのは展開がよくても苦痛だった。

学校勉強は達成感がなくて楽しくなかった。ドンキーコングJrの算数遊びの方が楽しかった。

こっちのほうが算数を学べた。ババア先生はすぐ癇癪を引き起こすし校長先生の話無駄に長く一つも話を覚えていない。

どこに行っても何しても主役になれなかったけれど、ドラゴンクエストでは自分勇者になれて楽しかった。

特に3では最強の攻撃魔法ギガデイン、最強の回復魔法ベホマズン勇者だけの最強の装備、そして最強の伝説を作ったのが

最強が大好きだったので楽しくて何度もプレイして下敷きが今でも宝物。

4でギガデインは微妙になったけれどやっぱり最強なのが勇者であって、自分勇者なんだ!とイキるのが楽しかった。

学校音楽時間音楽聴くのも自分演奏するのも下手で嫌だったけれど

シティコネクション音楽とかパロディウス音楽が使われていた時は、この音楽流れるならファミコンをさせてくれればいいのにと思った。

テレビ音楽が流れても、これよりキャプテン翼ゲーム音楽の方が100倍かっこよくて楽しかった。

超能力流行った時は、父親中古マインドシーカーを買ってきてプレイして全クリして

超能力が目覚めたと大興奮して楽しかった。

だけど学校自分超能力に目覚めたんだと主張したら馬鹿にされて辛酸をなめさせられた屈辱は今でも忘れられない。

家族旅行に連れていかれるのが嫌だった。その間ファミコンが出来ないから。

移動時間ファミコンが出来なくてイライラした。いつファミコンが出来るようになるのか。

泊りの時は最悪だった。ファミコンはあるのかとしきりに親に聞いたが無いとしか返事が来なかった。

観光地に行ってなんかよく分からない鳥とか見ても、テラクレスタ火の鳥になって無敵になったほうがいいとか

植物を見ても、ファイアマリオになってパックンフラワーファイアボールを投げつける方が楽しかった。

運動会は大嫌いだったけれど、くにおくんの熱血行進曲れい大運動会は楽しかった。

くにおくんみたいな大運動会は実際になかったのも現実のつまらさなを感じた。

クラス女の子もみんなブスだなぁと思っていた。

甲竜伝説ヴィルガスト外伝のリュキアが可愛くて今でも好きだ。性癖歪んだ。

ドラゴンクエスト3の遊び人女の子が今でも好きだ。

モンスターメーカールフィーアが可愛くて今でも好きだ。

レイラではイリス派だ。可愛い

お前はリュキアと比べるとブスだなと平然と言っていた。現実の女はみんな性格が悪かった。

ここまで書いたけれど何をするにもどんな時も感じていた事はファミコンより楽しいの?ということだ。

じゃあ今はどうなのかと聞かれると。

今でもファミコンをやっている。正確にはバーチャルコンソールでだけど。ファミコン実機もたまに出す。

勿論他のゲーム機で遊ぶこともあるけれど。

俺の人生は全てファミコンだったと思うし、ファミコンこそが楽しかった。

ファミコンが無ければ俺の人生は砂色だったし、ファミコンこそが正義だった。

何をするのもファミコンがあったから、ファミコンが無ければ何もできなかった。

勉強が終わったらファミコンで遊んでいい!?

ファミコンがやりたいからこんなところ(旅行先)から早く帰りたいね

食べるよりもファミコンの方が楽しいよ!

テレビよりもファミコンをやりたいよ!

あー風呂入りたくないなあファミコンやってたいなあ!

ファミコンのほうが友達より大事だよ!だってファミコンの方が楽しいし!

それ、ファミコンより面白いの?

学校ファミコンが出来ればいいのになあ。

授業が長いかファミコンが出来る時間が減るなあ。

こんな感じだった。本当にこんな感じ。

もう自分人生ファミコンだった。

はてな匿名ダイアリーに書く時間があるならファミコンをやってればいいと昔は言ってたと思う。

そして今もこれを書くならファミコンをやればよかったと思っている。

けど、突発的に言いたくなった。どうしても言いたくなった。

みんなにもきちんと理解して欲しいと主張したくなった。

衝動的に書きたくなった。

ファミコンが一番楽しい

2021-04-08

anond:20210408192350

これは・・・

レトロ風味狙いだよね、そうだと言ってくれ・・・

いっそポートピア連続殺人事件雰囲気くらいまで遡ってほしいな

2020-12-15

昔のゲーム業界人、若すぎワロタ!!ワロタワロタ、、、、

90年代ゲーム雑誌を「懐かしいな~」とめくっていてね、花形クリエイターインタビューとか読んでてね、「あれ、こいつら、この時代めっちゃ若くないか?」ってことでゲームクリエイターの年齢を調べてた。

はあああああ~~~若い業界自体ほとんど80年代に興ったような若い業界から作り手も若いのは当たり前なんだけど、それにしたって若い

神童みたいな存在だった中村光一中裕司若いうちから代表作を残しているのは当たり前としても、あん清濁併せ呑むような作風の『タクティクスオウガ』作ったとき松野泰己20代なんだよ。「ガキが...舐めてると潰すぞ」ってならんか?ならんか?

あと何気にショッキングだったのは、堀井雄二広井王子ね。元々ゲーム業界外の出身であるこのへんは年齢も高く、ゲーム雑誌を熱心に読んでいた90年代中盤の自分にとっては「おじさん」っていうか殆ど初老」って感じだったんだけど、年齢みたら40歳前半くらいなんだよな。全然若いなオイ、ソシャゲディレクターとかのが全然年齢上だぞ、ってなる。

から年齢の問題はともかく、橋野さんや外山さんに比べて一回り遅れている気持ちが、どうしても僕の中にはあります若い頃に芽が出なくて、やっと32歳のときに『ドラッグオンドラグーン』でディレクターでしたから。

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ニーア、ペルソナ等の人気ゲーム開発者激論国内ゲーム産業を支える40代クリエイターの苦悩とは【SIE外山圭一郎×アトラス橋野桂×スクエニ藤澤仁×ヨコオタロウ

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/170828

ヨコオタロウの「やっと32歳でディレクター」というのは、現在感覚からすると随分順調なように思えるが、2003年(『ドラッグオンドラグーン』のリリース年)であっても、なおそれくらいの若々しさが残っていた業界だったということだ。この座談会のなかで、外山はコナミで3年目、橋野はアトラスで5年目で初ディレクターを任されたと語っている。




2020-11-29

anond:20201129004456

小説にするほど厚みのある話でもなかったけど当時としては本当によくできてた。

ただ犯人はヤスという言葉は知っていても実際にポートピア連続殺人事件プレイしたことのある人ってそんなにいないんだよね。

ゲームとしてはオホーツクに消ゆのほうが面白かった。

軽井沢誘拐案内とあわせて堀井ミステリー三部作といわれるけど大人向け要素が多くてファミコン移植できなかったこれが実は一番面白い。

俺はPC-88版で遊んだけどとっくに手元にないんでやり直すこともできない。

一時期ガラケーアプリとして提供されてたらしいんだが、いまはもう無理だろうな。

日本もっとも有名なゲームクリエイターの一人である堀井雄二作品が全部遊べないって残念なことだね。

2020-06-19

75年生まれの俺を作ったゲーム10本を全力で紹介する

そういうわけで、1975年まれの俺を「構成した」ゲーム10本を時代順に紹介していく。

それはとりもなおさず、俺自身を紹介することとほぼ同義になるはずだから、長たらしい自己紹介とか前口上はなしで……では、参る。

パックランド1984/AC/ナムコ

俺にとっては、ヴィデオゲーム魔法は全て本作に詰まっていると言っても過言ではない。

結局のところ、俺の人生におけるヴィデオゲームは『パックランド』に始まり、『パックランド』に終わるだろう。

今作に出会ったのは俺が8歳の時、駅前にできた『カニヤ』というゲーセンだった。

カニヤ』は薄暗く、当世風に言うところの「ツッパリ」と「オタク」(という言葉が生まれる前のオタク大学生たち)でひしめきあい

当時の彼奴らは『忍者くん』や『ソンソン』や脱衣マージャンに興じていた。

忍び込むようにして入ったこゲーセンで、俺はこのゲームにひと目で惚れた。

パックランド』には俺がそれまで見てきたゲームとは全く違った吸引力があった。

キャラクターBGM、色彩……全てにおいて、ゲームにこれほど「魅せられた」ゲームは生まれて初めてだった。

消火栓を押した時の、水しぶきに押された時の、モンスターの頭上に乗っかた時の、妖精にもらったブーツで空を飛べた時の感動。

それは俺がヴィデオゲームと「契りを交した」瞬間だった。その契約は今なお解消されていない。

ポートピア連続殺人事件(1985/FC/エニックス

もし本作をプレイしてなかったら、初代ドラクエを発売日に購入することもなかっただろうし、

ADV」というジャンルに注意を払うこともなかっただろうし、

中学生になってから推理小説にどっぷり浸かることもたぶんなかった。つまり、俺は俺でなかった。

犯人はヤ●」は、個人的にはたいした問題じゃない。

推理小説よりもゲームブックよりも面白い推理もの」をゲームで作り上げてみせたことに大きな意味と意義があった。

シナリオ堀井雄二/制作チュンソフトゲーム史的に考えても偉大すぎるだろ。

本作がなければドラクエも(おそらく)存在しなかったってことだ。

けどまあ、そんなこともどうでもいい。これまでもこれからも、ポートピアは俺の血であり肉である

ドラゴンクエスト(1986/FC/エニックス

ポートピアと初代ドラクエ記憶が地続きになっている。

子供ながらに、「堀井雄二で、チュンソフトで、エニックスなら絶対面白いに決まってるや!」みたいなノリで近所のおもちゃ屋に予約した。

プレイ時は……のっけから震えた。こんなに面白いゲームがあって良いのかと。ゲームにはこんなことができるのか、と。

作者と開発元が同じだけあって、テキスト文体UIポートピアと一緒だな……などと子供らしくないことも思ったっけ。

そしてエンディングスタッフロールでは母親の前で号泣した。

そういえば、ここに挙げたゲーム殆ど全て泣いたな。今となってはゲームで感動して泣くことなんてそうはないけど。

それが年齢によるものだったのか、ここに挙げたゲーム凄さによるものだったのかは知らん。

ウィザードリィ(1987/FC/アスキー

通称ウィズ」。

ある種のゲームが「想像力」を膨らませる最良の媒介であるっていうことはウィズが教えてくれた。

RPG」というジャンル/概念意識したことも、ドラクエよりウィズの影響が大きい(というか、ウィズがなければドラクエもおそらくないのだが)。

種族職業キャラメイク、鑑定しなければ不明アイテム

「?ぶき」を鑑定して、「むらまさ」だった時を上回る驚きと喜びって、もう体験できないんじゃないか

もろ鳥山明ドラクエとは違って、おどろおどろしくリアルな姿/形状のモンスター末弥純デザイン)たちに慄いた。

寺院に駆け込んでも、死者が蘇生するとは限らない——人も物も永久に失われてしまうというリアリティに泣いた。

ウィズは俺に「隣り合わせの灰と青春」を理屈ではなく、ゲーム体験として叩きこんでくれた。

おおっと、故羽田健太郎氏の作ったBGMの素晴らしさについても触れないわけにはいかない。

あらゆるクラシック音楽から「いいとこどり」の手法で極上の音楽を作り上げるすぎやまこういち氏に対して、

バッハ以前のバロック音楽へのストイックな愛がびしびし伝わってくる荘厳な旋律羽田氏ならでは。

タイトル画面、カント寺院キャンプBGM永遠ものだろう。もし未聴ならyoutubeで聴いてほしい。

MYST(1994/SS/サンソフト

当時、プレステ派とサターン派でゲーオタ勢は真っぷたつに割れたが、俺は迷わずサターンを選んだ。本作をプレイするためだ。

当時は震えるほど高価だった(44800円)不格好きわまりない鼠色のハードファミマバイトして購入した。

膨らみ過ぎて破裂しそうになっていた、こちらの勝手な期待ははたして外れなかった。ポートピア以降のADV観はこの1本で刷新された。

トラベルの中でトリップし続けているような、唯一無二のゲーム。それが『MYST』。

インターネットなき時代に本作を自力クリアできた時の感動は筆舌に尽くしがたい(泣いた)。

ゲーム史的に言っても、その後の国内外RPGウォーキングシミュレーターというジャンルへの如実な影響が……や、ゲーム史云々の話はよそう。

ここに挙げたどのゲームも、俺にとっては「自分を作ったゲーム」であり、それ以上でもそれ以下でもないからな。

風来のシレン(1995/SFC/チュンソフト

つい最近まで「自分ローグライクゲームが好きなのだ」と思いこみ、それっぽいゲームには積極的に手を出し続けてきた。

が、結局、初代シレンが好きだったのだという結論に落ち着く。

当時、俺は浪人生だったが、心は勉強にも恋愛にも向かわず文字通り、寝ても覚めても今作とともに過ごした。

タクティクスオウガドラクエⅥもテイルズオブファンタジアも素晴らしいゲームだったけど、

朝晩取り憑かれたようにプレイしていた今作のせいで、この時期に出たゲーム自分の中で必要以上に印象が薄くなってしまっている。

後期SFCらしい完璧ドット絵も、和風すぎやまこういち傑作BGMも、チュンらしい快適操作UIも、寡黙なシレンも小生意気なコッパも、

ガイバラもペケジも※アスカも、どのモンスターより恐ろしい店主も、全てが愛おしかった。

手持ちのROMカセットは内部電池が切れてしまってたから、数年前、Amazonで新品を再購入。

フェイの最終問題」をどうにかこうにかクリアし、地球の裏側に再び出でた。

中年になった今でも、俺の腕と勘は(少なくとも初代シレンにおいては)まだ衰えていないようだな……。※訂正 アスカ→お竜

moon(1997/PS/アスキー

思うところありすぎて、何を書けば良いのか困ってしまう。

「昨年ついにSwitch配信されたし、もうすぐパッケ版も出るから絶対やっとけ!!!

それで終わらせてしまいたいところだが、どうも気が済まない。

数多の熱狂ファン批評家たちによってすっかり語り尽くされている感のある今作。

俺にとっては、世界の見え方をがらりと変えてしまった哲学書のような作品である

あるいはクラブカルチャーサブカル世紀末感……90年代後半、自分にとって全てだった世界をそのまま封じ込めたCD-ROM

本作はゲームでありながら、「ゲームを超えた何か」という感じがしてならない。

人生をすっかり変えてしまうかもしれない、それまで夢中になってきた「ゲーム」をやめさせてしまいかねない、超危険物

でも、だからこそ『moon』はゲーム以外の何ものでもない。

もはやゲームから素直に感動を得られなくなっていた、すれっからしの俺をもう一度「ゲーム」に住まわせてくれた、まったき「ゲーム自体」。

すまん、自分でも何言ってるかわからんくなってきた。

CONTINUEYES.

ゼルダの伝説 時のオカリナ(1998/N64/任天堂

世代的にゼルダディスクシステム時代からやってるが、正直、ドラクエと比べるとゼルダにそこまでの思い入れはない。

神々のトライフォース』も『風のタクト』も確かにめっちゃ良くできてると思ったが、「自分を作った」とは言い難い。

正直、世界中で大絶賛されたBotWもそこまでとは思えなかった。

あれがオープンワールドの傑作なら、俺はこれからクローズドワールド結構

時オカだけが俺にとってとくべつなゼルダである

なぜか? 「広がる世界」を生まれて初めて感じたゲームから

BotWと比べれば全くオープンワールドではないのだろうが、俺にとっては本作のハイラルこそ、生まれて初めて感じたゲーム内に広がる「世界」だった。

エポナを手に入れ、高原を走り回っている時以上に「世界」を感じたことは、今のところ、まだない。

夕暮れ時、ロンロン牧場マロンちゃんオカリナ演奏しながら過ごした時間よりも麗しい青春を感じたことは、今のところ、まだない。

L.O.L(Lack of love)(2000/DC/アスキー

moonディレクターである西健一氏が数少ないスタッフと生み出した傑作。

moon』が作り出したうずたか第四の壁をよじ登り、ついに超えてみせた作品は今なお本作のみと感じる。

エンディングはいい歳して号泣した(物心ついてから号泣した最後ゲーム)。

坂本教授BGMを作ったにもかかわらず、本作はろくすっぽ売れてない。

内容も恐ろしいほど過小評価されているように思う。

ドリキャスという幸薄いハードで発売したことと、高めの難易度設定に拠るところが大きいだろう)

おまけにリメイクアーカイブもないから、『moon』と違って「やってくれ」と気軽に言うこともできない。

だけどもし、ここまで読んでくれて、「こいつとはゲーム趣味近そうだな」と感じてくれたなら、どうか本作をプレイしてみてほしい。

とくに『moon』に強く打たれたゲーマー諸氏! 本作は『moon』の唯一の精神的続編と思ってほしい。やれば、わかる。

しつこく。再発売(配信)をせつに、せつに、せつに、望む。

スプラトゥーン(2015/WiiU/任天堂

本作発売時、75年生まれの俺はとっくに「中年」と呼ばれる年齢にたっしていた。

本作はそんな「まさか」という頃にやってきた、俺のラスト・オブ・アオハルだった。

そしてそのアオハルは俺を(おそらく)最後に「再構成」した。

それまでスタンドアローンしかゲームしなかった俺に、本作はオンライン/共闘しか味わえないゲームの楽しさと厳しさを骨の髄まで叩き込んだ。

その体験は視界を塗り替え、時間感覚刷新し、現実異化した。

これほど夢中になってプレイしたオンラインゲームは本作と『ARMSしか思い当たらない(やっぱ俺は任天堂シンパなのだな……)。

『PUBG』も『Overwatch』も『Fortnite』も面白かったけど、初代スプラから受け取ったJOYには届かない。

あの頃、夢中になって1日中プレイしてたイカ中毒者なら、

汗を流しながらでかいゲームパッドを握りしめていたあの2年間を死ぬまで忘れることはできないはずだ。

※※※※※※※※※※

俺を作ったゲーム10本は以上です。暑苦しい長文を最後まで(途中まででも)読んでくれて心から感謝

何年生まれか知らんが、そちらの「俺を作ったゲーム」もぜひ教えてほしい。何本でもいい。マジ知りたいから頼む。

※※※※※※※※※※

追記

まさかホッテントリ入りしてたので追記

ブコメ全部読みました。

こういう「○本」みたいな括りって、そこからこぼれ落ちた大事ゲームの思い出とか括りでは語れない気持ち排除するみたいで、

あんま良くなかったか……って書いた後はちょっと落ちこんだけど、

ブコメで多くの世代の皆さんを作ったゲームを知れて(知らなかったゲーム、やりたかったゲームがたくさんあった。やる)、

思いきって書いて良かったと思えた。心から感謝

剣呑な現世界だけど、みなさんと俺がこれから面白いゲーム出会える世界でありますように。

2019-11-28

anond:20191128091459

自分言及して書き足しているんだよ。おっさんだよ。使い方よくわからないんだよ。調べるのも億劫おっさんだよ。さっきはあまり時間がなくてザーッと書いたか言及追記するおっさんだよ。

まず君に一番聞きたいことはゲームCGデザイナーのところ読んだかな?って言うことだよ。

https://www.nintendo.co.jp/jobs/introduction/design/work01.html

このゲームCGデザインのところだよ。読んだかな?多分君がやりたいのってこれだよね?

終わりの方に「任天堂ではたらくゲームCGデザイナーに求められること」があるね。ここには「長い目で見ればツールよりも基礎的な造形力やデザイン力のほうが大切」、って書いてるね。

これの言いたいことはツールの使い方は結局自分で木を削って彫刻を作るかCGで書くかと言うのは基礎的な力の延長でしかない、っていうことだけど、この文章の裏を返せば、「ツールガッツリ使えるようにならないとだめだよ」っていうことでもあるんだろうね。だって、それが中心業務なんだから

だけどね、実はもっと大事なことがこのページには書かれている。

すべての段落に書かれているんだよ。わかったかな?

ユーザープレイヤー

明確に単語が書いてあることがほとんどだけど主語が省略されている場合も「ユーザー」なんだよ。

これの意味することは何だって考えたことはあるかな?君が今考えるべきなのは「何でこんなに『ユーザー』って書いているんだろう?」っていうところだと思う。

おっさんが考えるに、ゲーム世界のあらゆるものには「何でこうしたのか」っていうのが入っているんだと思う。一見すると単なる邪魔な置物も「何でここにあるのか?」っていうのはあると思う。

3Dモデルにもなって時間概念が入ってくると、「こういうデザインだと夕方眩しすぎる」とか「こういうデザインだと夜何も見えなくなる」とかそういうのもあるだろう。

ここに木箱を置いてみたらユーザーはなんとかして開けようと一生懸命なっちゃうから開かないってわかるデザインにする、とか、このキャラにこの服を着せちゃうと敵っぽくなっちゃってユーザーは話しかけないから敵じゃないってわかるデザインにする、とかそういうこともするんだろう。

そしてどんなに基礎力があってもユーザーのことを考えられないなら多分ずっと上からの指示に従ってモデリングして配置して色塗るだけになっちゃうんじゃないかな。自分上司で部下がそういう人ならそうする。それは君の望んだ世界だろうか?多分、もっとデザインの中心に入ってこのステージはこういうふうにしよう、ああいうふうにしよう、って決めていく。

君がデザインした画面はユーザーにとってはまるで本当に自分がそこにいるかのように没入できる

君がデザインしたフィールド物語インスピレーションを10倍にも100倍にも高めてくれる。

君がデザインしたキャラクターは最小限のポリゴン数でびっくりするほどクールになる。

そんな仕事をしたいんじゃないかな?

じゃぁどういう人がそういう仕事をできるのか?って言うことだよ。おっさん意見として聞いてほしい。

勉強もしないで遊び呆けていたようなやつにはできない。

なにか特定のことばかりをずっとやってきたようなやつにも残念だけどそれはできない。

前者と後者、どちらが可能性があるかって言うと実は前者だ。だけど技術がないから結局できない。後者はかなり努力がいるだろうけど結局キャッチアップできる頃には結構な歳になっていてできずじまいになる。

どんな業界でもそうだけど、トップクラスの人は本当によく勉強している。色々なインプットをして、色々なアウトプットをしている。その上で本業技術も学んでいる。そしてこれが本当の狂気だとおっさんは考えている。昔日本ファルコムにいた頃の古代祐三音楽を作りつつ音楽を鳴らすプログラムも書いたと聞いたことがある。

ドラクエ堀井ゆうじは自分でもプログラムを書いていたし、プログラマには思いもつかないような素晴らしい操作性のゲームを書いた。ポートピア連続殺人事件って知ってる?それのことだよ。

特に君のようなクリエイティブな方向に進みたい人にとっては、感性重要だ。知性と感性の両方を研ぎ澄まさないといけない。それらの使い方を知らないといけない。

知性を育てるのは勉強すればいい。だけど勉強っていうのは物事を覚えることじゃない。過去の人経験や知恵を自分のものにして新しいものを編み出す力を身につけることだ。君が編み出したものは他の誰かも編み出すだろう。だけど編み出せることが重要なんだ。

感性おっさんはよくわからない。だけど、自然を見る、芸術を見る、伝統を見る、見るだけじゃなくて観ることも重要だ。何でここはこうなっているんだろう?今さらっと言ったことが実は5分後にいきてくるなんてこともあるし、話し手はそれを計算していたりする。

何でお笑いの人が話すと自分が同じこと言ったのに比べて人は笑うのか?

何でこのゲーム面白いのか?

何でこのゲームはつまらないのか?

からさまにクソゲーなこのゲームは何で一度始めると何時間もやってしまうのか?

多分こういうところに感性が入ってくるんじゃないかな。おっさんはそう思うよ。だけど同時に科学なんだよ。論理的な考え方は重要なんだよ。

そしてこういうのは君が狂気じみたレベルでやろうとしているデッサン、色彩構成、立体制作で身につくのかな?

おっさんはかってに基礎練習のようなものバスケで言えばひたすらボールダムダムやるあたり?なんじゃないかな、と思っているけど多分それだけじゃだめなんじゃないかな。

聖飢魔IIギタリストエース清水は「音楽理論作曲する上で重要だけど、その理論からいかに外した上で楽曲を成立させるかが味のある楽曲を作り、高みを目指すためのエッセンス」というようなことを著書の中で言っていたことがある。そして彼はそれを身につけるために他のバンド楽曲譜面に書き起こしては分析していたそうだよ。当然かなり高いレベルでの基礎力が必要なことではあるね。おっさんねこふんじゃったが限界からね。

ジブリアニメは遠くにあるものを大きく書いていることは知っているかな?これは人間は遠くのものを大きく見えるように脳内補正していることと無関係ではないそうだよ。だけどただでかくすれば良いわけじゃない。ここには理論感性ミックスされた何かがある。

そしてそれは大人になってからいつでも身につくと思うかな?

理論しかない大人感性しかない大人、どちらもない大人自分の周りにもそういうのがいるけどね、克服することはなさそうだよ。

そんなわけでおっさんアドバイスをするならこんな感じかな。自分ビビときたのだけやればいいし何もしなくてもおっさんは何も言わない。もしおっさんがつよくてニューゲームして君のようにCGデザイナー任天堂目指すならきっとこういう事やるんだろうな、って思っただけだからね。

1,高校でいろんな勉強をして君の美術の力にたくさん味付けをしてあげてください、味付けの仕方を学んでください

2,高校では美術だけじゃなくてとにかく様々なものに触れてください。だけどいつも「何でこうなってるのかな、自分ならこうするかな、こうしたらどうなるかな」っていうことを考えてみてください。欲を言うなら「これを美術にどうすれば活かせるかな」って考えてみてください。

3,高校大学ではアホみたいに本を読んでください。特に自分絶対興味を持たないものから読んでみてください。

4,学校テストはまぁ赤点取らなきゃ良いんじゃないかな。だけど自然といい成績が取れるといいですね

5,高校でも大学でもとにかく色んな人にあって話してください。彼らが何を持っているのか、何を持っていないのか、根掘り葉掘り聞いちゃってください。そして感謝してください。

6,何より任天堂はいるためじゃなくて、心から美術を楽しめるようになってください、突き詰めていけるようになってください。それが自分人生だと思えるなら。

じゃぁ、頑張ってな!

2017-10-29

ファミコン版の「ポートピア犯人を知らないでクリアした幸せな人

現在ではタイトルしか知らない(あるいはタイトルすらあやふやしか言えない)人でも犯人は知っているみたいな風潮の「ポートピア連続殺人事件」だけれど、そもそも表題の人ってどれだけいるのだろう?

マイコン一世を風靡している「アドベンチャーゲーム」なるものファミコンでも遊べる!みたいな感じで鳴り物入りファミコン版登場したのが1985年

その当時自分小学生だったのだけれど、それでも発売されたばかりの時点で誰が犯人なのかは小学生内のクチコミ犯人は誰だかみんな知っていた。ネットなんて一切無い時代なのにだ。

ゲーム内の小ネタ「こめいちご」の暗号解きなんかはクラス友達と一緒に悩んで盛り上がっていたけど、それでも大オチ犯人は誰だかみんな知っていたよ…。

PCマイコンに縁の無い子供ですらそういう状況だったのだけれど、当時ファミコン版を犯人知らずにクリアした幸せな人ってどれだけいるのだろう。あの衝撃的なラストを実際の本当の体験として熱く語れる人って超絶希少人種のような気がするのだけれど、そういう人いる?

2016-01-18

iPhoneからマックデリバリー成功させるの難しすぎ

最初に断っておくとマクドナルドステマじゃないし別に買ってほしいわけでもないから勘違いしないでください。

はっきり言って中途半端な謎解きゲームより面白かった。

ポートピア連続殺人事件で育った理不尽ながらちょっとずつ進んでいく感じがたまらない人は是非。

スーパーマリオのようなリトライゲーム的な要素も高い。)

この週末、嫁さんが寝込んで子供おいて買い物にも行けないから、チラシ入ってたし、子供マリオフィギア欲しいっていうから試しに注文してみた。

多分5年ぶりくらいのマクドナルドだった。

最初は軽い気持ちアプリインストールすれば簡単だろうと思っていたが、アプリ評価の低さに嫌な予感が漂った。

予想通りアプリだけではすぐにつまずいて、ブラウザと連動させながらなんとか注文できたものの、全部で40分はかかった。

何度か電話注文にしようかと思いつつ、あとちょっとで進めそうな感じが続いて結局最後までがんばってしまった。

自画自賛するわけではないが、おそらく実際に注文までたどり着ける人間はかなりの忍耐力と問題解決能力があると思われる。

(言ってしまえばマクドナルドである必要はこれっぽっちもないのだから

一応ルールは、PCの利用禁止リモートアプリダメ)、電話注文も禁止

基本的に、スマホ(iPhoneandroidでも変わらないとは思う。)上で完結させる。

デリバリーの条件、1500円以上の商品を注文する。(この時、実際に食べてみたい商品比較しながらだと操作の緊張感を味わえる。)

初回注文時につく特典、アップルパイクーポンをカゴに入れることができたらクリア

ちょっとだけ面白かった部分を書くと、データ入力途中でしっかりと条件を満たして進まないと突然ログイン画面に戻されたりする。

ところがその後何度か試してみても、気が付くとログイン画面に戻ってしまう。

解決するためにはとある条件を満たさないといけないのだが。。。

といった理不尽な感じが、ファミコン時代の謎解きアドベンチャーをノーヒントで挑んでるみたいで面白かった。

この週末、時間を持て余している人にオススメ

そういう意味での完成度の高さを楽しめること間違いなし!

2008-11-12

衰退していくIT業界に向けて、30半ばシステムエンジニアが昔の思い出を語るよ 0010

 たくさんのブックマークと期待コメントありがとうございました。続きを書いていきます。

※これは連載です。初めての方は下記から見てください。

衰退していくIT業界に向けて、30半ばシステムエンジニアが昔の思い出を語るよ 0001

 兄貴FM-7で、初めはゲームばかりやっていたのだが、しばらくすると「信長の野望」には裏技存在する事を知ってしまった。裏技を使い、稼いだ金に物を言わせて増兵をしまくり、簡単にクリアできるようになってしまった僕。(ど忘れしたのでどんなのか調べたら、『いったん年貢率を0にしてから収穫前に上げることで米収入が上がり、その米を元手に富国強兵を行うといったテクニック』らしい。)

 その頃やっていた他のゲームは、ハイドライドウィザードリィ、ザ・ブラックオニキス、デゼニランドポートピア連続殺人事件など。自分で買ったゲームがほとんど無いので記憶は薄いのだが、みんなテープ媒体だったように思う。

 一方、兄貴はというと、なにやら熱心に毎月雑誌を買って、どこかへ投稿しようと試みているようだ。当然、それとなくそ雑誌も読んでみる事となる。それが僕と「マイコンBASICマガジン」、そしてプログラム言語との出会いだった。目の前にある機械ゲーム専用機ではなく、自分の思い通りに動かせるのか、と気付いた時の驚きと快感。今も忘れられない。

 前述の通り、その当時のマイコンは、電源を入れるとROMから「BASICモード」がいきなり立ち上がるのだけど、この状態から自力で何かを動かしたい場合、BASICと言われるプログラム言語を実行することにより、色々出来るようになる。

 マイコンBASICマガジン(長いので以降「ベーマガ」)は、主にBASICソースコードが掲載されている専門雑誌だ。基本的に、雑誌の構成は読者からの投稿で成り立っており、自ら投稿したBASICソースコードベーマガに掲載されるかどうかが、その当時マイコン小僧たち最大の憧れであり、ステータスだった。

 ご他聞に漏れず、ベーマガを読み始めてから僕はBASICの虜となってしまい、今までやっていたゲームの頻度は自然と減り、BASIC時間を割くようになった。

 今思えば、兄貴は本気でBASICプログラムを投稿し、掲載される気満々だったので、かなりの難しいコードを書いていたんだと思う。結局、彼の思いが果たせたのかは分からない。掲載されたコードを見せてもらった事が無いし、それなりに競争率が高かったので多分ダメだったんだろうと思う。

 一方、僕といえば、ベーマガで面白そうなゲームソースを見つけては、一生懸命コード入力し、誰かが作ったゲームをやることに専念していた。しばらくの間、記憶する媒体テープレコーダーしか無かった為、目の前にある「ベーマガ」のゲームがやりたければ、一字一句間違えずにソースコードを打ち込まなければならず、何回も何回も間違えながら入力していた記憶がある。テキストエディタなんてものがそもそもなかったので、ただ入力するだけでもかなりの難作業だった。

 そのうち入力しているだけでは我慢できなくなり、なんとなくBASICというものが理解出来て来たので、自力でゲームと言うものを作ってみる。しかし、「作る」と言っても一切の独創性はなく、ベーマガに載っていたゲームアイデアをほとんど流用していた。

 一番初めに作ったのは、縦スクロール型のスキー風障害物除けゲームだった気がする。僕みたいな初心者がこれを選ぶのには理由があって、RND(乱数発生関数)とPRINT(画面表示)だけ知っていれば縦スクロール自体はターミナル勝手にやってくれる為、後は壁の判定処理を入れるだけでよい。特に難しい事を考えなくてもある程度作れるからだ。

 当時、知っている命令語のレパートリーは極めて少なかったし、現在webのように、簡単な方法で調べる手立ても無かった。綴りや文法が分からない命令はいちいち調べるのが面倒くさいので、とにかく使わない方針で押し通していた。

 ロジックも見よう見まねで無理やりひねり出してたものだから、乱数が過激に発生して、スキーゲレンデが右側から大きくはみ出して表示がぐちゃぐちゃになったり、両側の壁に隙間が出来てプレイヤーがそこをすり抜けてしまったり。しかし、こういう試行錯誤の中で、ロジックの作り方や、エラー処理と言うものを知った。

 立体迷路とか、横スクロールゲームとか、ベーマガで輝いていたあのゲームを自力で作りたかったけど、その当時はそこまでのレベルに達することは出来なかった。

 ブクマを燃料として書き続けます。

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