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はてなキーワード: 大学ノートとは

2021-03-28

anond:20210328184250

地方人、と言ってるでしょ。

中学受験偏差値が伸び悩むなんてことは、本来ありえない。

あれだけ大量の情報に接して、スマホもあればパソコンもあって、調べ放題の世の中なのに、

中学受験で折れるなんてことはあり得ない。ボールペン大学ノートをぼろぼろにしていた40年前ならあるかもしれないけど。


もし中受で折れてるというのなら、精子卵子の質が低く、知能に障碍があるんだろうかね。

親が、子供勉強の面倒を見ることができなくなっている。

この親共は、知能の点では地方人とさほどの差があるとはとても言えない。

もちろん、差をつけている都民がいることは認めざるを得ないがね。

2021-02-09

anond:20210209210957

20代からスマホだと、少々変わるかもしれない。

それでも10コピー時代はもう今の子供は何も知らないし、知ってほしいとも思わない。

それ以前は大学ノート時代ね。(私の大先輩世代かな)

2021-02-08

anond:20201211003725

スターをつけている面々を確認したら、他の場面では普通に差別に反対しているユーザーがいたりする

まりダブルスタンダードを躊躇せずに使っているのが大学に受かり、使えないのが大学に落ちるってことなんだよねえ。

これはインターネットはおろか、10コピーすらない40年前の日本も変わってない。

10コピーのない時代は、ひたすらに大学ノートを何冊もボールペンでつぶしたという。

私の時代10コピー時代

挙句の果てには、今の学生のほうが受験が楽になっているという側面がある。

2021-01-15

見せ方と見せる場所

テレビ吉本興業理系敏腕社員として紹介されていた人物が、タレントスケジュール管理エクセル使用することを絶賛されていた

・街歩きのテレビ番組や雑誌で、年季のある手書きメニュー表や所々剥がれているような古いカウンターが好感をもって紹介されている

こういう例から見えてくるものがある。

頑張ってるけどくすぶってる人の大半は、見せ方か見せる場所かその両方を間違ってるケースが多い。

見せる場所は年齢とともにそう頻繁に移動できなくなる。

から一番工夫のやりがいがあるのは見せ方。

オタサーの姫という言葉がある。

オタク気質男の子が多いグループに同じ趣味女の子がポツンと加入するとお姫様のように大切にされるという現象のことだ。

ここまで極端ではなくても、こういう視点は大切にするべきだ。

例えばものすごいキレイ写真たっぷり編集されたメニュー表がどこにでもあるチェーン店っぽく見えてしまうのは感覚として分かるはず。

でもそこには破った大学ノートに書かれた手書きメニューよりかは遥かに労力がかかっているのは確かだ。

その労力が本当にその成果に見合っているかと振り返る癖を持つ事。

努力を怠るなと言ってるんじゃないよ。

営業マンであるなら、同じ営業マンライバルではない。

そこで競って足を引っ張り合っても上には上がいて10の成果を手に入れるのに50とか60の労力を求められる。

同業は戦友・仲間だ。

伸ばしたいスキルが有るならスキルを盗み・盗ますために仲間や自分がいる。

そこは見せる場所でも見せ方を工夫する場所でもない。

スキルを磨くことは絶対に大切だけど、スキルを見せる場所とその見せ方をよく考えろという事。

北海道飲食店四国漁港で取れた鮮魚取り扱いませんか?って営業かけるバカはいないでしょ?

でも「俺はこんなにエクセルを高度に使いこなしているのに何故評価されないんだ!あいつはあの程度で評価されてずるい!」ってバカはたくさんいる。

今ある場所で咲くでも、誰かを蹴落とすでもなく、とにかく見せ方を考えよう。

大喜利M-1と一緒。

誰でも・いつでも、光るものが遠くまで届くチャンスは必ずある。

2021-01-12

タイムリープでもう一度、人生をやり直すために

=== 1 ===

私は過去へとタイムリープしたことがある。人生をやり直すために。

まあ、そう言ったところで多くの人には信じてもらえないのだろう。

からまずは、どのようにタイムリープ可能となったのか、その理屈を述べ、

納得を得るべきなのだろうが、先方との約束でそれはできない。

今回のタイムリープには協力者が居て、その人のおかげでタイムリープが実現できた。

それ以上のことは先方との約束により、絶対に明らかにできない。

しかし、タイムリープ理屈など、私にとってはどうでもいいことだ。

そんなことよりも、タイムリープによって知った驚きの事実を、私はある「期待」とともに皆に伝えたいのだ。

=== 2 ===

そもそも私の場合入試恋愛、大きな事件事故など、現在に至るまでの人生の中で、

強い悔いを残し、これだけは絶対に変えたい!というイベント特に無かった。

それでも、先方からタイムリープの誘いに乗ったのは、既に結果を知る過去を再度歩めるのなら、

そこに現れる人生選択肢もより良いものが選べるはずだと考えたからだった。

例えば、学生の頃のテスト現在知識によって、より良い点数が取れるだろう。

また逆に、記憶の限り日々のトラブルはすべて回避できるだろう。そういったことだ。

すなわち、自分記憶によって、2度目の過去ではより良い選択肢が選べ、

現在までの人生もっと高いステージに引き上げることができるだろうと思ったのだ。

おそらく、大多数の人間がそう考えるように。

ちなみに、私には中学生の頃から大学ノート日記を記す習慣があった。

さすがに、過去の細かなことなど覚えていないわけで、過去をより良く選択するには、

日記という貴重なデータ絶対に持っていく必要があると思った。

から、先方にも無理を言って説得し、その十数冊ある日記の束と共にタイムリープすることを許してもらった。

それは、ちょうど今日に当たる日付の出来事だった。

しかしながら、今になって思い返してみれば、それが一番の悪手だった。

その日記という紙束が、自分選択肢を強く制約し、新たな可能性を潰してしまったのだ。

まりは、実際にタイムリープしてみると、日記記載記憶どおりの人生を歩んでしまい、

新たな選択肢を選び直すことなほとんどできやしなかったのだ。

=== 3 ===

いや、タイムリープして最初のうちは、出し惜しみのつもりだった。

中学生に戻って、日記記載記憶どおりに繰り返す毎日

その不思議さは、自分が全知であるかのような錯覚を生む。このままで居たい。

すると、新たな選択億劫さ。

そこで、新たな選択未来を知る自分アドバンテージを損なうことなのだと理屈を付けた。

そして、自分はまだ中学生なのだから、さほど大きな選択肢も無いだろうと、

タイムリープして最初のうちは意図的に、1度目の過去とわりと同じ選択肢を選び続けていたのだった。

さらに、先に述べたとおり、私には絶対に変えたいというイベント特に無かった。

そのため、新たな選択肢を出し惜しむ状態は、数年間にも渡って続いてしまった。

しかし、高校生にもなれば、日々の会話の中で「バタフライ効果」の存在に思い至る。

どんな小さな行動でも、新たな選択肢を選んでしまえばその影響の大きさは読み切れない。

未来を知るアドバンテージもその行動に留まらず、完全に失われかねない。

それに気づいてからは全てを不安に感じ始めてしまい、いつか来る大きな選択肢のために

そのアドバンテージを保持しようと、それが自分にとって良いことであろうと悪いことであろうと、

ひたすら日記記載記憶の通り行動した。それは大人になっても同じだった。

例えば、その日は職場トラブルを起こし、大迷惑をかけるとわかっていた。

それでも出勤し、何の対策も取らず、上司に怒られながら対応に奔走した。

例えば、その日は旅行でどんな光景を見たのか、おぼろ気ながらも覚えていた。

それでも出発し、同じ忘れ物をして、退屈を感じながらも時刻表に追われた。

もちろん、毎日何を食べて暮らしていたかなど、日記にも記憶にも無いこともあったが、

それらは詳しく追わなかった。それなら、意識しないことこそ自然だと思ったから。

そして日記も書いた。

もはや、日々起きるイベントは1度目の過去と全く同じであり、

日記を書くというよりは、持参した日記の単なる引き写しでしかなかったわけだが。

それでも、日記を書かないこともバタフライ効果を起こすと信じてしまい、

持参した日記まっさら大学ノートにそのまま書写するという、

客観的に見ればまさに馬鹿馬鹿しいだろう行動を、現在まで真剣に続けてきたのだった。

=== 4 ===

そうやって、タイムリープの出発時点である現在」に十数年もかけて、ただ出戻ってしまったわけだ。

外見的には、同じ日記の束が1組増えただけのひたすら長い時間だった。

前節に述べた思考過程により、人生を変えるような選択肢は何一つ選べなかったわけだが、

それでも、一つだけ新たに気づいたことがある。

それは、2度目の過去は少々退屈ではあるけれど、ひたすら快適だということだった。

2度目の過去の後半はむしろ自発的に新たな選択肢を選ぼうとしなかったのかもしれない。

なにしろ選択肢を選び直さなければ、明日に何が起こるのかまたわかるのだから

その明日トラブルだらけだったとしても、それはいつどのように治まるかを知っている。

「止まない雨は無い」ということを、実体験によりわかっていたのだ。

それゆえ、バタフライ効果の影響が狭まったやり直しの後半においても、

トラブル回避するつもりの選択肢を選ぶリスクバタフライ効果でそれはリスクにもなり得るのだ)より、

選択肢を選び直さないことによるメリットの方を選んだ。

そうして、私はこの2度目の現在に至るまで、リスクのある新しい選択肢ではなく、

苦しくとも理解できる未来が選べる快適さの方を選んできたのだった。

ここまで長々と書いてきたが、今回のタイムリープでは、タイムリープによる人生のやり直しなど

物語上の幻想に過ぎないと身を以て知った。

おそらく、私のような常人には、タイムリープを以てしても人生はやり直せない。

タイムリープ人生をやり直すには、タイムリープの誘いを受けたという幸運だけでなく、

ある種の快適さ、未来を知る快適さを打ち捨てるだけの強い意志必要なのだ

それは本当に強い意志だ。私が驚きとともに伝えたかったのは、まさにそのことだ。

人生にやり直しがきかないのは、タイムリープができないからではないのだ。

=== 5 ===

そういえば、タイムリープで戻った時点よりももっと前、

しか小学生の頃には、私もいわゆるロールプレイングゲーム遊んだことがある。

しかし、それを最後までクリアしたことは一度も無かった。

なぜなら、ガイドブック存在する範囲シナリオが終わってしまうと、

何をどう進めて最終目標に向かえばよいかからなかったからだ。

そのことを、2度目の現在に戻ってようやく思い出す。

これからの、日記記憶も、当然ガイドブックも無いまっさら未来が本当に恐ろしい。

それに比べて、あの快適さに包まれ過去の日々は、本当に素晴らしいものだった。

強い意志の無い私のような人間には、新たな選択肢が選べ直せないと重々わかりきった上でも、

もう一度、日記とともにタイムリープを繰り返したいと思うくらいに。

そして、今はあの「現在」だ。

1度目の人生と同様、協力者である先方は再び現れるはずだ。

迷惑メールのようなぎこちない文面で、タイムリープの誘いを持ち掛けてくるはずなのだ

そう、そのはずだったのだ。

しかし、タイムリープの誘いを持ち掛けるメールは、いまだに来ない。

その時期が日記記載から遅れていても許すから、どうか早く現れてほしい。

まっさら未来などまっぴらだ。私は快適さのある過去に、もう一度引きこもりたい。

あんなに嫌っていたバタフライ効果だったが、今度だけはそれを「期待」して、この文章を投じておく。

タイムリープでもう一度、人生をやり直すために。

いや、タイムリープでもう一度、人生を繰り返すために。

(改稿前)anond:20210111174701

(初稿)anond:20200611173408

2021-01-11

タイムリープ人生はやり直せない。それでも、もう一度過去に戻りたい

=== 1 ===

私は今、過去へとタイムリープして、2度目の「現在」を生きている。

まあ、そう言ったところで多くの人には信じてもらえないのだろう。

からまずは、どのようにタイムリープ可能となったのか、その理屈を述べ、

納得を得るべきなのだろうが、先方との約束でそれはできない。

今回のタイムリープには協力者が居て、その人のおかげでタイムリープが実現できた。

それ以上のことは先方との約束により、絶対に明らかにできない。

しかし、タイムリープ理屈など、私にとってはどうでもいいのだ。

私が伝えたいのは、タイムリープを以てしても、結局人生はやり直せなかったという事実だ。

タイムリープ人生をやり直すには、タイムリープの誘いを受けたという幸運だけでなく、

ある種の「快適さ」を打ち捨てるだけの強い意志必要だと知ったのだ。

身を以て知ったその事実を、強い驚きに加えて、ある「期待」を持って皆に伝えたいのだ。

=== 2 ===

そもそも私の場合入試恋愛、大きな事件事故など、「現在」に至るまでの人生の中で、

強い悔いを残し、これだけは絶対に変えたい!というイベント特に無かった。

それでも、先方からタイムリープの誘いに乗ったのは、既に結果を知る過去を再度歩めるのだから

そこに現れる人生選択肢もより良いものが選べるはずだと考えたからだった。

例えば、学生の頃のテストは「現在」の知識によって、より良い点数が取れるだろう。

また逆に、記憶の限り日々のトラブルはすべて回避できるだろう。そういったことだ。

すなわち、自分記憶によって、2度目の過去ではより良い選択肢が選べ、

現在」までの人生もっと高いステージに引き上げることができるだろうと思ったのだ。

おそらく、大多数の人間がそう考えるように。

ちなみに、私には中学生の頃から大学ノート日記を記す習慣があった。

さすがに、過去の細かなことなど覚えていないわけで、過去をより良く選択するには、

日記という貴重なデータ絶対に持っていく必要があると思った。

から、先方にも無理を言って説得し、

その十数冊ある日記の束と共にタイムリープすることを許してもらった。

しかしながら、今になって思い返してみれば、それが一番の悪手だった。

その日記という紙束が、自分選択肢を強く制約し、新たな可能性を潰してしまったのだ。

すなわち、実際にタイムリープしてみると、日記記載記憶どおりの人生を歩んでしまい、

新たな選択肢を選び直すことなほとんどできやしなかったのだ。

いや、タイムリープして最初のうちは、出し惜しみのつもりだった。

中学生に戻って、日記記載記憶どおりに繰り返す毎日

その不思議さは、自分が全知であるかのような錯覚を生む。このままで居たい。

すると、新たな選択億劫さ。

そこで、新たな選択未来を知るアドバンテージを損なうことなのだと理屈を付けた。

そして、自分はまだ中学生なのだから、さほど大きな選択肢も無いだろうと、

タイムリープして最初のうちは意図的に、1度目の過去とわりと同じ選択肢を選び続けていたのだった。

さらに、先に述べたとおり、私には絶対に変えたいというイベント特に無かった。

そのため、新たな選択肢を出し惜しむ状態は、数年間にも渡って続いてしまった。

しかし、高校生にもなれば、日々の会話の中で「バタフライ効果」の存在に思い至る。

どんな小さな行動でも、新たな選択肢を選んでしまえばその影響の大きさは読み切れない。

未来を知るアドバンテージもその行動に留まらず、完全に失われかねない。

それに気づいてからは全てを不安に感じ始めてしまい、いつか来る大きな選択肢のために

そのアドバンテージを保持しようと、それが自分にとって良いことであろうと悪いことであろうと、

ひたすら日記記載記憶の通り行動した。それは大人になっても同じだった。

例えば、その日は職場トラブルを起こし、大迷惑をかけるとわかっていた。

それでも出勤し、何の対策も取らず、上司に怒られながら対応に奔走した。

例えば、その日は旅行でどんな光景を見たのか、おぼろ気ながらも覚えていた。

それでも出発し、同じ忘れ物をして、退屈を感じながらも時刻表に追われた。

もちろん、毎日何を食べて暮らしていたかなど、日記にも記憶にも無いこともあったが、

それらは詳しく追わなかった。それなら、意識しないことこそ自然だと思ったから。

そして日記も書いた。

もはや、日々起きるイベントは1度目の過去と全く同じであり、

日記を書くというよりは、持参した日記の単なる引き写しでしかなかったわけだが。

それでも、日記を書かないことも「バタフライ効果」を起こすと信じてしまい、

持参した日記まっさら大学ノートにそのまま書写するという、

客観的に見ればまさに馬鹿馬鹿しいだろう行動を、「現在」まで真剣に続けてきたのだった。

=== 3 ===

そうやって、タイムリープの出発時点である現在」に十数年もかけて、ただ出戻ってしまったわけだ。

外見的には、同じ日記の束が1組増えただけのひたすら長い時間だった。

前節に述べた思考過程により、人生を変えるような選択肢は何一つ選べなかったわけだが、

それでも、一つだけ新たに気づいたことがある。

それは、2度目の過去は少々退屈ではあるけれど、ひたすら快適だということだった。

2度目の過去の後半はむしろ自発的に新たな選択肢を選ぼうとしなかったのかもしれない。

なにしろ選択肢を選び直さなければ、明日に何が起こるのかまたわかるのだから

その明日トラブルだらけだったとしても、それはいつどのように治まるかを知っている。

「止まない雨は無い」ということを、実体験によりわかっていたのだ。

それゆえ、「バタフライ効果」の影響が狭まったやり直しの後半においても、

トラブル回避するつもりの選択肢を選ぶリスク(「バタフライ効果」でリスクにもなり得るのだ)より、

選択肢を選び直さないことによるメリットの方を選んだ。

そうして、私は「現在」に至るまで、リスクのある新しい選択肢ではなく、

苦しくとも理解できる未来が選べる「快適さ」の方を選んできたのだった。

そういえば、タイムリープで戻った時点よりももっと前、

しか小学生の頃には、私もいわゆるロールプレイングゲーム遊んだことがある。

しかし、それを最後までクリアしたことは一度も無かった。

なぜなら、ガイドブック存在する範囲シナリオが終わってしまうと、

何をどう進めて最終目標に向かえばよいかからなかったからだ。

そのことを、2度目の「現在」に戻ってようやく思い出す。

これからの、日記記憶も、当然ガイドブックも無いまっさら未来が本当に恐ろしい。

それに比べて、あの「快適さ」に包まれ過去の日々は、本当に素晴らしいものだった。

強い意志の無い私のような人間には、新たな選択肢が選べ直せないと重々わかりきった上でも、

もう一度、日記とともにタイムリープを繰り返したいと思うくらいに。


そして、今はあの「現在」だ。

1度目の人生と同様、かの先方は再び現れるはずだ。

迷惑メールのようなぎこちない文面で、タイムリープの誘いを持ち掛けてくるはずなのだ

=== 4 ===

そう、そのはずだったのだ。

しかし、タイムリープの誘いを持ち掛けるメールは、いまだに来ない。

その時期が日記記載から遅れていても許すから、どうか早く現れてほしい。

まっさら未来などまっぴらだ。私は「快適さ」のある過去に、もう一度引きこもりたいのだ。

あんなに嫌っていた「バタフライ効果」だったが、今度だけはそれを「期待」して、この文章を投じておく。

2020-06-20

anond:20200620214145

積みマスキングテープとか、積み付箋とかはする。

でもそれは個別デザイン可愛いとか違いがあるからなので、普通大学ノートを積むのはまたちょっと違うかもしれない。

積みノートちゃういるかな?

積みゲーとか積みアニメとか積みプラとかあるよね、あんな感じで。

100均をぶらつくと大学ノートが3冊か4冊ぐらいひとまとめで売ってるの見るとついつい衝動買いしてしまう。

帰ったらまだ使ってないノートが沢山あることに気づく。

ここならわかってもらえるかなと思って。

2020-06-11

人生はやり直せなかったけれど、もう一度過去へとタイムリープしたい

信じてもらえないとは思うが、私は過去へとタイムリープした。

先方との約束により、その方法は明らかにできない。しかし、その方法がどんなものであったかなど、この場ではどうでもよい。

しろ私は、タイムリープが本当に実行できたにもかかわらず、人生は結局やり直すことができなかったという事実を、強い驚きと「ある期待」を持って伝えたいのだ。

物語のように、タイムリープ人生を綺麗にやり直すには、ある種の「快適さ」を打ち捨てるだけの強い意志必要であり、タイムリープが実行できた幸運だけでは人生をやり直すには不十分だと身を以て知ったのだ。

私の場合入試恋愛、大きな事件事故など、「現在」までの人生に強い後悔を残すイベントは無かった。

それでも、タイムリープの誘いに乗ったのは、既に結果を知る過去を再度歩めるのなら、そこに現れる選択肢はより良いものが選べるはずだと考えたからだった。

大多数の人間がそう考えるように。

ちなみに、私には学生の頃から大学ノート日記を記す習慣があった。先方にも、その十数冊ある日記の束と共にタイムリープすることを許してもらった。

私が日記過去に持っていったのは、選択肢の変更によって人生が向上したことを明確に認識するためだった。

しかし、今になって思い返してみれば、その日記という紙束が、自分選択肢をことごとく潰してしまったわけだった。

まり、実際にタイムリープしてみると、日記記載記憶通りの人生を歩んでしまい、何も選択し直すことができなかったのだ。

それでも、最初のうちは「出し惜しみ」のつもりだった。

巻き戻って繰り返す毎日を実際に体験してみると、新たな選択は、未来を変えてしまうこと、つまり未来を知っているアドバンテージを失うことと改めて気づいたから、

ここぞというときのために、意図的に、1回目の人生と同じ選択肢を選び続けていたつもりだったのだ。

先ほど述べた通り、強い後悔を残すようなイベント特に無かったので、その状態は数年間続いた。

その間、「天気予報が晴れにも関わらず、雨が降るので傘を持っていく」ぐらいのことはしたと思うが、大きな選択肢の変更は無く、持参した日記通りの生活をこなしていた。

しかし、そのうちに「バタフライ効果」の存在に思い至り、それを不安に感じ始めてしまう。

まり、どんな小さな行動でも新しい選択肢を選んでしまえば、そのアドバンテージは大きく失われかねないと気づいたのだった。

そこからは、いつか来る大きな選択肢のためにアドバンテージを保持しようと、良いことであろうと悪いことであろうと、日記記載記憶の通り行動した。

例えば、その日は職場トラブルを起こし、大迷惑をかけるとわかっていた。それでも出勤し、何の対策も取らず、上司に怒られながら対応に奔走した。

例えば、その日は旅行でどんな光景を見たかおぼろ気ながらも覚えていた。それでも出発し、同じ忘れ物をして、退屈を感じながらも時刻表に追われた。

もちろん、毎日何を食べて暮らしていたかなど、日記にも記憶にも無いこともあったが、それらは詳しく追わなかった。それなら、意識しないことこそ自然だと思ったから。

そして日記も書いた。

もはや、「日記を書く」というよりは、持参した日記からの単なる書写でしかなかったわけだが、書かないことが「バタフライ効果」を起こすのか、

持参した日記を見る行為のものが「バタフライ効果」を起こすのかがよくわからなくなり、自分の書いた文章が大好きな私(そうでなければ、こんな長文を書いたりはしない)は、改めて「書く」ことを選んだのだった。

そうやって、タイムリープの出発時点である現在」に、十数年もかけて、ただ出戻ってしまった。外見的には、同じ日記の束が1組増えただけの長い時間だった。

上述の思考過程により、人生を変える選択肢は何一つ選べなかったわけだが、それでも一つだけ新たに気づいたことがある。

それは、2回目の人生は少々退屈ではあるけれど、ひたすら快適だということだった。

2回目の人生の後半はむしろ意識的に新たな選択肢を選ぼうとしなかったのかもしれない。なにしろ選択肢を選び直さなければ、明日に何が起こるのか、またわかるのだから

それに、その明日トラブルだらけだったとしても、それはいつどのように治まるかを知っている。「止まない雨は無い」ということを、実体験によりわかっていたのだ。

それゆえ、「バタフライ効果」の影響が狭まった後半においても、トラブル回避するつもりの選択肢を選ぶリスクより、選択肢を選び直さないことによるメリットの方を選んだ。

そうして、私は「現在」に至るまで、新しい選択肢ではなく、苦しくとも理解できる未来が選べる「快適さ」の方を選んできたのだった。

タイムリープで戻った時点よりももっと前、小学生中学生かの頃には、私もロールプレイングゲーム遊んだことがある。

しかし、それを最後までクリアしたことは無かった。

なぜなら、ガイドブック存在する範囲シナリオが終わってしまうと、何をどう進めて最終目標に向かえばよいかからなかったからだ。

そのことを、2回目の「現在」に戻ってようやく思い出す。これからの、日記記憶も無いまっさら人生が本当に恐ろしい。

それに比べて、あの「快適さ」に包まれた日々は、本当に素晴らしいものだった。

強い意志の無い私のような人間には、その選択肢が選べ直せないと重々わかりきった上でも、もう一度、日記とともにタイムリープを繰り返したいと思うくらいに。

そして、今は「現在なのだ。当然のごとく、かの先方は再び現れるはずだ。迷惑メールのような文面で、タイムリープの誘いを持ち掛けてくるはずだ。

そのはずなのだ。その時期が日記から遅れていても許すから、早く現れてほしい。あんなに嫌っていた「バタフライ効果」だったが、今度はそれを期待して、この文章を投じておく。

2020-04-30

趣味としての小説執筆はとてもコスパがいい

なんせ、どれだけ書いてもほとんどタダなのだ

専用の器具必要ない。大学ノート鉛筆で書いてもいいし、型落ちのゴミのようなパソコンでも書ける。

時間を持て余したときいくら書いていても他人迷惑をかけない。

周囲を汚さないし、騒音も発さない。場所も取らない。

傑作を書こう、誰かに見せて褒めてもらおう、賞に応募しよう。

そんなことを思い始めると、途端に苦痛が始まるけれど、それだって金のかかることではない。

やることはどこまで行っても、また、小説で金を稼げるようになったって、小説執筆以上のことはやらないのだ。

暇で仕方ないなら小説を書いてみればいい。

世の中には時々、天才が潜んでいて、中場利一のようにそれ一本で金持ちになることもある。

2019-10-02

anond:20191002011844

おまおれ

そういう発達障害一歩手前(もしくは両足突っ込んでる)の奴は見直しの癖を付けようとしても付かない

ただ20%のミス確率10%くらいに下げることはできる(実体験)

まず書き文字行間を空けろ

あと問題文に書いてある重要数字は囲っておけ

1つ2つどころか全部計算間違ってても気にしないメンタルを持て

とにかく行間を空けるだけでかなり違ってくる

ノートの罫線も重要で、大学ノートならB罫よりA罫だ

プライドを捨てるなら小学生の使うデカいマス目ノートがいい

1行飛ばしで書くんだ、いいな

2019-09-16

anond:20190915230205

さなコミュニティだと男性でも学級会起こしてるのはたまに見る

pixivキャラクター名を検索しても大学ノート鉛筆で描いた落書きガラケー撮影したものがたまーにアップされる程度だったのに

急に商業作家並の画力の人が現れて最初はみんなコメント欄でスゲーって言ってたけどなんやかんやで文句つけるようになって追い出して

雰囲気悪くなってガラケー絵師もいなくなっちゃうとか

5chの小説系のスレで速筆で長編落とせる人に文句つけて追い出したことにより便乗して短編書いてくれてた人もいなくなるとか

オレ以外の男が注目されてるの気にいらねえみたいなある意味オスの本能的なやつなんだろうか

ただでさえマイナーだったコミュニティが学級会が起きたことによりますます衰退する、みたいな流れだからまり表には広まらない


あいつばっかり反応貰っててずるい、あいつばっかり連投してスレ占領してる、いやいやそんなこと言うなよだとかしゃべり場やってるのが

マイナーなケモエロ系界隈だとかクリ責め特化小説スレとかだからから見てるとすげえ情けない

2019-03-03

anond:20190301221356

きまった場所ドレスコードがあるのとかうざくない?とか

TPOわきまえるのなんて常識にとらわれすぎ?とか

じゃあストライクウィッチーズキャラクターに起用しましたと言って

大人になったウィッチーズというコンセプトで現代に転生したらと

トヨタ戦国武将でやったような全然関係ない俳優をつかってタイトルロゴだけ

もってきたら 「それ ちがうんじゃないかな」 と ファンは思わないものなのですか?

結婚式場水着でいってもいいだろうし

募集ポスターに肌の露出があってもいいだろうけど


大好きなアニメキャラクターがこどもの落書きみたいなものかになっても

ああこれは作品としてとらえてるとか言えるの?

おまえの大学ノートに書いた絵をここに乗せるべきじゃない

TPOとか質とか場所とかわきまえろとか

思ったりしない?

2019-02-15

1年くらい前から一部のセリフエピソードだけ覚えてるんだがタイトルだけどうしても思い出せない小説があって何だったかなー?とずっと悩んでいたのだが押入れの掃除をしていたら出てきた大学ノートに書かれていた

まり自分が25年前の小6の時に書いた小説をすっかり忘れて凄い好きな名作だったような記憶だけ残っていたのだ

2018-06-30

一年間の学費

100円のシャーペン100円の消しゴム、それと10冊くらいの100円大学ノートと200円のシャー芯があれば十分に勉強できるよな。

合計2000円くらい。

あれ? 意外と安くね? 教育ってそんなにコストがかかるものなの?

2018-06-16

勉強内容を暗記するためのデバイス

結局A6大学ノートが最強だわ

電車の中でもポケットから出して即閲覧できる

2018-02-22

なんで世の中B5ノートや0.5mmペンばかりなんだよ

みんなジャポニカ学習帳とか、小学生の時に使ったことあるよね。

あれもB5だ。

多分、一番日本では多いノート規格だと思う。

自由帳とか日記帳とか社会科用とか、いろいろあるけど、とにかくB5。

そろいもそろってB5。

漢字練習ときには白文帳とかいう新勢力一時的に出てくるが、そもそも学校漢字を習う期間なんてそう長くはない。

そして中学ぐらいからは、キャンパスノート的な横罫ノートシフトチェンジ

アルファベット用とかを使うようにもなるが、あれも中学にいる間ぐらいでしか使わない。

大抵は高校ぐらいまでは大学ノートになる。

そして示し合わせたかのようにB5である

誰かから絶対そうしろといわれたこと、ある?

私はない。

ただいつもB5を買っていた。

授業でプリント配られただろ?

あいうのはきっちり裁断された、正確なサイズの用紙で刷られる。

B5ノートはB5ノートと名乗っていながら、実はB5よりはやや小さい。

プリントを板書ノートに合わせて保存するなら、ノートに貼るのが一番いい。

ところがはみ出てしまうので、ここでいちいち工作必要になる。

授業中ハサミやらアラビックヤマトやら使う羽目になる。

面倒くさい。

別途ファイルなどを用意して保存すればいいかもしれないが、のりで貼るのが後で見たとき、一番わかりやすい。

そこで中学の頃、私は考えた。

ノートを大きくすればいいじゃないか、と。

結果から先にいうが、A4ノートなんぞ買うもんじゃない。

広すぎて書きにくいことこの上ない。

おまけにでかすぎて鞄に収まりにくい。

そして提出したとき、ひとりだけノートがでかすぎて、先生がそろえたとき、なんかカッコ悪い。

プリントの手間を省く代わりに、いろいろな影響があった。

高校を出てしまえば、もう周りの目などそう気にしなくなる。

この辺でルーズリーフを使うようになった。

塾や講習会なんかにたことある人なら、すでに小学生の頃からお世話になってるかもしれないが。

私は大学ではほぼルーズリーフになった。

この辺で、中学の頃の失敗から、実はノートは小さい方がいいんじゃないかと、思い始めた。

ついでにいうなら、筆圧が強いので、シャープペンペン先で一番多い、0.5mm規格も好きじゃない。

ボールペンともなれば、一番出回ってるのは0.7mmだ。

とにかく自分にはふとすぎた。

通販などが世間に出回る時代になって、文房具もあれこれ買いやすくなった。

色々試した。

結論から言うなら、現在はA5もしくはB6規格の、方眼ノートに落ち着いた。

シャープペンは0.4mmぐらいが自分に合ってた。

ボールペンは0.5mmぐらいをよく使う。

ルーズリーフ情報カードもたまに使うが、とにかく方眼がいい。

縦書きにも横書きにも使える。

改行のインデントも、書いているうちにずれたりしない。

枠をはみ出しても横罫ほど気にならない。

意外に自由に書ける。

ペン先は細い方が、字がつぶれないので見返したとき読みやすい。

分かりやすく言うなら、字がきれいに見える。

ノートは大きすぎても小さすぎても、書きにくい。

ペン先も後で見るとき、案外筆跡にかかわるので、自分に合ったものにすると、読みやすくなる。

案外、書きやすいかどうかは、やる気にもかかわってくる。

筆記だけを考えるなら、実はB5ノートはでかすぎる。

シャープも0.5mmは太い。ボールペンの0.7mmも太い。

なんであんなに世の中に出回ってるのか疑問だ。

もっと早く、せめて高校ぐらいにわかっていたら、もう少し勉強効率良くできた………………かも…………しれない……?

追記

地味に伸びてるので、ついでに。

長野県民にだけ課せられる、白文漢字練習つらい。

(とても中が細かいのでたくさん書かないといけない。めんどい

2017-07-17

自分小学生の時から漫画家を目指していたが結局なれなかった。

でも大学ノートに何十冊もマンガを描いてものづくりに対する根性みたいなものが身についたので

今もクリエイティブ業界の端っこで食いっぱぐれることなく生きている。

一方幼馴染で高校生とき急に声優になりたいと言い出して専門学校に行き、

30過ぎても定職についていない人間が2人いる。

当時は同じような夢を持つ仲間として仲良くしていたが、今ではすっかり疎遠になってしまった

彼らの夢を諦めさせる大人が近くにいればよかったのにと思う

2017-03-09

高校で好きな女の子ができて恋人になり人生がすごく変わった

恋の力は凄いとよく言われるが俺も恋の力で人生がすごく変わったなと思う。

 俺は自分で言うのもあれだがまあまあのイケメンだと思う。少なくとも女性10人中7人位はイケメンと言ってくれるかな?でも高校時代メガネを掛けてたので痩せたオタクよりの顔だった。

 高校地元偏差値53程度の普通普通科高校になんとか入ったものの中3の受験勉強反動なのか高校1年の秋までは全く家では勉強しなかった。特に数学英語が大の苦手で毎回赤点を取っていた。部活テニスをやっていた、だが部活仲間と仲が悪くなり部に居づらくなったので高1の12月には辞めてしまった。

まあ部活をやめた後もとくに勉強することもなく、むしろ部活やめれてラッキーだし大好きなゲームができる!ということで学校から帰ったら即PS3の電源をつけてゲームばかりやってた。その当時やってたのはCODMW2だったな。あとBF3とか。

 そんなこんなで見事帰宅部根暗ゲーヲタになった俺、数学英語で毎回赤点取りまくり、親を学校召喚させられクソ教師特別3者面談もしたこともあった。

 しかしそこで人生の転機が訪れる、隣のクラスにめちゃくちゃ可愛い女の子がいた、とても自分の好みだった、名前は(Rちゃん)にしておこうか。髪の毛もサラサラでツヤツヤ、芸能事務所前を歩かせれば即スカウトされるレベル女子がいた。定期テストはいつもトップ5に入る、まさに才色兼備であった。「恋人になりたい…!」そう思っていたが頭の悪い俺では釣り合わないだろうし、そもそもこんなにかわいければ彼氏なんてとっくにいるだろうと諦めていた。しかし周囲の話をよく聞いてみると彼氏はいないっぽい、じゃあ後は何をするべきか、才色兼備彼女釣り合うために勉強するしかないと思った。そう決意したのは高1の3月であった。

 高2になりクラス替えが行われたが、なんとRちゃんと同じクラスになった、もうその時は心の中では雄叫びを上げてガッツポーズでしたよ。

 というわけで高2の最初定期テストで1位を取るという目標を掲げ、ほとんどしなかった勉強宿題すら解答丸写しで提出してるレベル)を家でもしたがやっぱり今までサボって多分、特に数学はどこから手を付けて良いのかすらわからなかった。まあとりあえず数学教師数学苦手だからどうすればいいですかと聞いたら俺のために特別プリントをくれた。毎日学校がある日は数学プリントを解き教師に丸付けをして間違ったところを徹底的に復習したりした。

 授業も次の授業で習うところを予想して予習した(まあ教科によっては予想が結構はずれた…)その日に習ったことはその日のうちに大学ノート自分なりにまとめ復習をした。定期テスト前なんか家に帰ったら5時間勉強した。これで定期テスト対策は万全、最初定期テストでは320人中17番を取った、けどこれだけ勉強してもトップ3に入れなかったのかよ…と思ったが、けど自分もやればできるじゃないかと自信もついた。一方Rちゃんは学年1位だった。

 んでその後は席替えでRちゃんと隣ではないにしろ近くになり結構話すようになった、といってもRちゃんと俺2人ではなく、俺の男友達1人とRちゃんと彼女友達2人というなんとも漫画アニメででありがちな男2女3の群れ?が出来てしまった。Rちゃんは政治経済が多少苦手だったので俺によく質問してくれたおかげで仲良くなった。

 5人でテスト間中勉強を良くし合うようになった。おかげで切磋琢磨でき成績も順調に伸びた、定期テスト模試も学年10位以内はキープできるようになった。

 Rちゃんと俺2人だけのときプライベートな事もよく話すようになるくらい仲良くなった。そして高2の10月にRちゃんに想いを伝えた。「前からRちゃんのことが好きでした!」それ以上の言葉はでなかった。彼女はいきなりの告白に驚いていたが俺の気持ちを受け入れてくれて晴れて恋人となった。

 それから休みの日は近くのイオン地方都市だしもうそしかデートスポットないよ…)なんかでデートした。Rちゃんの家にも遊びに行った、初キス彼女の家でした。なんやかんやで彼女の家でセックスもした。

 その後はどうなったかというと高3の3月に別れた。理由はお互い別々の大学に行くことになったしRちゃんのほうから別れよっかってなった。意外とあっさりだった。悲しかったがオレと彼女は互いに目指しているものは違うし仕方ないと思った。

 んで俺は九州大学に進学し順調に勝ち組人生への道に向かって歩いているところだ。でも彼女ともし出会わなければ?高卒フリーターで一生底辺貧乏生活だったかもしれないと思うとゾッとする。

 人生における「勝ち組」とは人によって捉え方は違うだろう。俺にとって「勝ち組」のボーダーラインとはどこかの旧帝大には入り大企業社員公務員になり、かわいい女性結婚して子供は2人くらい、そして子供2人とも奨学金を借りさせることなく満足して大学に入れさせるくらいの経済力があることだと思う。批判承知で言うと世帯年収800万以下で子供を作るのは児童虐待だと思う。子供がかわいそうだ。大学すら満足に通わせることが出来ないのはかわいそうだ。子供借金を背負わせないと大学に行かせられないのは恥を知れと言いたい。貧乏人は子供を産むな!まあ公務員2馬力でもなかなか世帯年収800万って難しいだろうしやっぱり大企業を目指すべきなのかな。

2017-02-01

大学ノートスケッチブック

どっちが欲しい? と問われたら、子供はだいたい真っ白なスケッチブックを選ぶだろう。そんで大人はだいたい罫線の引かれたノートを選ぶ。あの分水嶺ってどこにあるんだろう。

2016-12-15

親に対して住民票閲覧制限をしてみた話。※追記'17.8.28

こんにちは。「すう」と申します。

ママなんつーカジュアル言葉が出てきちゃってる昨今、毒親育ちの皆さま方におかれましては、いかがお過ごしでしょうか。

さて。

この度私は、親に住所を知られないようにする支援措置を受けました。

それは

住民票戸籍の附票の閲覧制限」!!

住民票は、まぁ読んで字のごとくですね。

一度でも引っ越したことがあれば、だいたい縁があると思います

バッチリ住所が載ってますね☆

そして、戸籍の附票というのは、住所の移転履歴を記録したもの

あちこち引っ越して姿をくらましているつもりでも、これを毒親に見られてしまうと、今まで住んだ場所がぜーーーんぶバレてしまうってこと。

オソロシィ…

そんなのムリ!!コワイ!!というわけで、ググってググっていろいろ調べて、私も恐る恐るながらもがんばって申請してみたのですっ!

毒親の凸や不法侵入に怯えてるひと、遠方だけどいつトチ狂って押しかけてくるかわからなくて怯えてるひとのお役に少しでも立てればいいなと思って、私の踏んだ手順を記しました。

(長くてゴメンね!でも覚えている限り詳しく書きました。)

※ちなみに私は後者。遠方の上に高齢で凸の心配は低いが、命尽きる前にいつ押しかけてくるかと怯えていたのです。


[手順①]
居住中の住所の役所に問い合わせてみる

近々引っ越すかもしれんってなったとき、そのとき住んでいたA区の市民課に電話してみた。

私「住民票閲覧制限について電話した」

役所のひと「支援担当のひとにかわるねー」

支援担当のひと「かわりました〜」

私「あのね、B区に引っ越す予定なんだけど、その前に住民票閲覧制限ときたい」

支「引っ越すならばB区に転入届を出すとき申請することになるよ。そのときに今のA区の住所も一緒にロックできるから

私「なるほど」

支「ちなみに、引っ越す予定がなく現住所のみをロックしたい場合は、対象者に現住所がバレてないことが前提になるお」

私「バレてるかもわからん

支「んじゃなおさら、B区に引っ越すとき申請してね」

私「ほほう」

支「引っ越す二週間くらい前までに、警察かB区役所内にある家庭相談室に相談実績作っとくとスムーズだよ」

私「おけ、ありがと」

この電話の冒頭で、支援担当女性ちょっと慌てた様子で「ストーカーかい!?DVかい!?」と訊いてきた。

「あ、いえ、自分もう大人だけど、親なんよ」

と答えたら、切迫した感じはなくなり、落ち着いて説明をしてくれた。


[手順②]
引っ越す予定の役所相談に行く

程なくして引っ越す時期がおおまかに決まったので、引っ越し先のB区役所に行ってみた。

窓口は市民課だけど、どこにあるかわからなかったので、入り口にいた案内係のひとに住民票閲覧制限について相談にきた旨を伝えて案内してもらった。

担当部署通路の端っこに設けられたパーテーションで仕切った小さなスペースに案内され、机を挟んで市民課の支援担当さんと向かいあって座った。

まず、誰に対しての閲覧制限かを聞かれ、母親であることを話す。

ここからちょっと記憶曖昧なんだけど、どういう理由かを聴取され、手順の説明を受けた。

ここでは申請理由は省くけど、まぁ堤防決壊して大変だったよね。

こんなこと、見ず知らずのひとに話すなんてことはないと思ってたから、もう大変だった。

担当さんが席を外してる隙に、胸の内をつぶやいたTwitterフォロワーさんにたくさん助けていただいた。本当に感謝

申請に行くときは、誰か信頼できるひとと行ってもいいかもしれん。

最初にA区の支援担当さんから聞いた話では、家庭相談室に相談することになるとのことだったんだけど、B区にあるのは「子育て支援課」というものだった。

多分これは、住民票戸籍の附表の閲覧制限というものが、元々は主にDV被害者に対する支援措置であったことに起因するからかなと思う。

過去虐待対象になったのは2012年のことだそうだ。

私の場合は親から受けた過去虐待での申請になるので、基本的には子育て支援課では受けられないとのことで、まず警察相談窓口に行くように言われた。

もしも警察ダメなようだったら、子育て支援課でなんとかするから再度来るようにとのことだった。

幸い警察署区役所のすぐ近くにあったので、そのままその足で警察署相談窓口に行った。

住民票戸籍の附表の閲覧制限について相談したい旨を伝えると、体格のよいひとのよさそうなおっちゃんが出て来て、隣の個室に案内してくれた。

自分名前と、閲覧制限をする対象者を記入する紙を渡され記入。

それを見ながら、どんなことがあったのか、現在はどういう不安があるのかを聴取され、B5のノート鉛筆サラサラメモしてゆく。

区役所で一度堤防決壊してるので、警察署では比較的冷静に「そんな大学ノート(死語?)に鉛筆でいいんだ…」などと考えながら、

それでもたまに泣いたりしながら訊かれたことを答えた。

おっちゃんは、私があまりうまくしゃべれないのを察してか「申請とき役所から訊かれたら、大袈裟目に言っとくけど、それでいい?」と言ってくれた。私は「お゛ね゛がい゛じま゛ず…」とずぴずぴと返事をした。

話している中でわかったのは、

現在においてどんな被害があるのか、または今現在被害がなくても対象者と接した場合どんな被害が予想されるのか」が肝っぽい、ということ。

最後おっちゃんはちょっと寂しそうに「弟さんとだけでも連絡取るわけにはいかん?」と尋ねてきた。

「弟にも暴力振るわれたことあるんで…」と答えるとおっちゃんはずっこけてちょっと笑いながら

「んならしょうがいね!じゃ、大袈裟目に言っとくから安心していいよ」と言って帰してくれた。

ひとまず事前相談はここまで。

警察署を出てから、再度区役所に向かい、親身に相談に乗ってくれた支援担当のひとに警察署での聴取大丈夫だと言われた旨を伝えて、その日は終わり。


[手順③]
住民票を移すとともに、ついに申請

その後、引越し先の家も決まり、いよいよ住民票を移すときがきた。

住民票の異動届を書き、窓口に渡すときに「閲覧制限申請をしたいんだが」と伝え「がってんちょい待ち」

椅子に座ってしばらく待った。

担当のひとが奥のスペースに案内してくれた。

警察相談である旨を伝えると、申請をしたい理由を再度詳しく訊かれ(内心もうやめてー)、いよいよ申請書類に記入をする。

申請理由は4つの項目があり、

DV被害

ストーカー被害

児童虐待

④その他

とあった。(ざっくりだけど)

私は真っ先に③にマルをつけたが、担当のひとは「違う」と言う。

なのだそうだ。

詳しくは訊かなかったけど、③は現在起こっている児童虐待に対する措置なのだろうかね。

そしてこの支援措置の内容の説明を聞く。

自分以外は住民票の発行ができなくなる。

配偶者が来ても発行不可。配偶者も発行できるようにするならば、配偶者身分証明のコピーを持って申請すること。

申請した役所以外での発行も不可。

配偶者住民票閲覧制限をかけたほうが良い。

代理人発行の委任状なんていくらでも偽装でき、その偽装を調べる術がない。対象者が業を煮やして配偶者委任状偽装して住民票発行請求をしてくる場合があるので念のため、とのこと。

などなど。

申請を受けたあと、役所のひとが警察電話して相談内容を詳しく聞き、支援必要かどうかの決定をするんだって

支援措置が決定されたか否かの通知が3〜4週間後に書留で届くので、きちんと受け取るように、と言われた。

郵便局の保管期間を超える不在や住所が違うなどで返送されてきたら、支援は取消になるんだそうだ。

まだ引越し完了していなかったので、旧居から新居に3日おきくらいにポストを見に行った。

その後、無事に通知を受け取り、内容を確認して終わり。

1年ごとに更新で、来年また申請に行かねばならないのが面倒だけど、これで安穏を得たという感じ。


[最後に]

手順②③ではややこしくなるので省きましたが、私の引っ越し先の住所の管轄出張所になるので、申請窓口も出張所になるから住民票を移すとき出張所に行ってね、とのことでした。

役所にある相談窓口が家庭相談室とか子育て支援課とか、

事前相談役所なのか警察なのかあるいはまた別の窓口なのか(児相というケースもあるらしい)、

申請は一括して本元の役所なのか出張所なのか、

とか。

関係各所の名称や、相談申請の手順は各自治体で違うのだろうと思います

悩んだら、まずはお住まい自治体に問い合わせてみることです。

私は正直、親を対象にして自分個人情報閲覧制限をかけることに迷いがありました。

閲覧制限までする必要があるのか?

私はそこまでひどいことをされていないのではないか

自分は親に対してとんでもないひどいことをしようとしているのではないか

でも私、「すうのお母さんと偶然会ったよ」という地元友人からメールや、玄関開けたら母親が立ってた!という妄想などで寝込むくらいだったんですよ。

これじゃどうにもこうにも、いつ精神崩壊が訪れるかわからんな、という感じで過ごしていました。

体調や精神に不調が出て生活に支障をきたすくらいなら、それをずっと恐れて生きるくらいなら、と申請決断したわけです。

あとは親戚や義家族や友人などが親切という名の余計なおせっかいをして母親に転居先を漏らしたりしないように用心するのみ。

今の所、親戚・義実家には引っ越したことを言っていない。別に訊かれてないからな。

もし引っ越したことを話すようなことがあったら、

行政支援を受けて母親に住所を知られないようにする措置を受けているので、住所を教えるわけにはいかない」と言うつもりです。

また、私は閲覧制限をかけると強く決意した後も、問い合わせの電話をする前は

「親を対象閲覧制限するなんて!とか言われたらどうしよう」

とかなり怯えていました。

しかし実際にそんなことはなく、電話に出てくださった支援担当の方は親切に手順を説明してくれました。

役所警察に事前相談をする前も、

「その程度の被害では申請はできないよ!とか言われるかもしれない」

と震えていました。

これも実際にそんなことはなく、役所のひとも警察のひとも親身になって話を聞いてくれました。

ちなみに私が母親にされたことは、

言葉暴力人格否定

・片親疎外

宗教強制

無視や怒りでのコントロール

・たまに身体暴力

・機嫌を損ねると食事抜き

などの、主に精神虐待に分類されるもので、箇条書きで表せるのはこんなもんです。

そのうち、警察での相談で話したのは「言葉暴力」と「たまに行われる身体暴力」のみでした。

当初は、どうせ支援してもらえるかわからないんだったらチクショー全部話してやるぜ!と意気込んでいたけど、涙で言葉が詰まってしまって無理でした。

それでも警察の方は私の様子を見て、

それはひどいね」

「ちゃんと支援されるようにもっと大袈裟に言っとくから

と、そう声をかけてくれました。



もう大人になったのに、独立したのに、仕事してるのに、家庭があるのに…

毒親自分人生コントロールして絡め取ろうとしてくるのを必死で避けて生きているひとびと。

自分と、自分の大切なひととの生活を守るために行動していいんです。

いつまでも毒親の影に怯えて暮らさなくてもいいんです。

申請は正直めんどくさいし、支援が決定したあとも住民票発行などに制限があったり1年ごとの更新だったりと、何かと不便だけれど。

超☆安心できますよ〜♪

まずは関係各所に相談してみてください。

案外、ポンっと飛び越えられるハードルかもな、と感じられるはずですから

2016/12/18 追記

大切なことを忘れていました。

閲覧制限をかけても戸籍大元のものは閲覧できるので、例えば結婚した、離婚した、子どもが生まれた、というのはわかってしまうそうです。

配偶者名前子ども名前、わかってしまます

ただ、現住所は記載されません。



みなさん読んでくださってありがとう

ブクマコメントありがとう

「誰か困ってるひとがいたときのために」という方もいらっしゃって、ありがたい限りです。

必要なひとに届けてください。ありがとう



2017/08/28 追記

先日、支援決定からそろそろ一年つの更新をして来ました。

まず、役所から電話があり、再度警察相談に行くように言われ、警察に行って来ました。

警察の方が前回の資料に目を通しながら、この一年間で押しかけなどはなかったか、状況に変化はないか支援継続希望するかなど訊かれました。

そして注意事項として、もし押しかけなどがあった場合は迷わず110番すること、戸締りなどには気をつけること、配偶者の親などにも住所は黙っておいたほうがよい、などを言われ、相談自体は10分ほどで終わりました。

(しかし前回の資料を出して来るまでがとても長かった〜)

その後役所申請に行き、一年前と同じ書類に記入。

前回と同様に支援決定の通知がそのうち届きます、と言われて終わり。

警察署役所と毎年ふたつ行かねばならないのか〜と思うとめんどうですが、ここ一年を振り返ってみると、住所が親にバレない・突然押しかけて来ないんだ!ということでだいぶ精神が安定したなぁと思います

みんなもがんばって。

毒親に対する支援措置の例をたくさん作って、困っているひとたちが今後もっとスムーズ手続きできるようになるといいな、と思います

2016-12-07

字をきれいに書く方法

原稿に行き詰ったので書く

1 万年筆を買う

万年筆は力を入れずに書くことができる。毛細管現象によって紙が勝手インクを吸ってくれるから。そのため慣れると書くのが楽しくなる。この点ボールペンは紙にボール押し付けて書く仕組みのため、力を入れざるを得ない。書いていてすぐ疲れてしまい、続かない。

万年筆は滑りがいい。ボールペンよりインクがどばどば出るから。なので最初は太いのを買うと効果をより実感できる。

・色の濃淡が出る。力を込めて書いたところとすらすら書いたところで露骨に色の濃淡が出る。字が下手な人もこれだけで割とかっこよく見える。

・安いのでいい。カクノなら1000円で買える。

2 ノートを買う

・1行が10mmのノートを買おう。市販大学ノートは6mm~7mmがスタンダードだけど、これは万年筆で書くには細い。

3 たくさん書く

・たくさん書こう。別に丁寧に書こうとか思わなくてもおk万年筆で書くのが楽しくなってくると、自然と美しい字を追及し始める。

おわり

2014-06-19

創作クラスタって何だ?

最近Twitterで「創作クラスタです」ってよくみる。

疑問なのが、「創作クラスタです」じゃなきゃだめなの?

ただ「オリジナルイラストかいます」じゃだめなの?

漫画かくなり小説かくなりで本編をかいてる人達は堂々と「創作クラスタです」っていえばいい。

それより、本編かかずにキャラの設定や過去だけ羅列してキャラ立ち絵イラストだけ投げて「創作クラスタです!」って言ってる人達はなんなんだ?

「#創作クラスタでつながりたい」タグで「かっこいいイラストだなーキャラかわいい!どんな話なんだろう?」って飛んでみたら「このキャラはこういうトラウマがあって」「こういう性格で」「こういう装飾の服をきてて」って数十行のキャラ設定文章よまされた挙げ句まともな本編掲載してないなんてザラ。

そこまで詳細きまってるなら本編かいたらいいのに。そんなぐちゃぐちゃ設定よまされたって刺激されないよ。

キャラ設定だけTLに垂れ流したり「うちのこ描いて下さい!」って乞食してる暇あったらネームひとつでもきればいい。

オリキャラ考えて設定つける厨二行動なんて昔から大学ノートでやってることじゃん。なのになんで「創作クラスタです」ってさも誇らし気にいってるんだろう。

創作活動スタートとしてはいいとおもう。そういうのをきっかけに漫画かいたり小説かいたりすればいい。

キャラ設定考えただけで満足して自称創作クラスタ同士でなれ合ってるだけなのに創作クラスタ名乗るなよ。

もっといえば「創作」なんて誰でもやってることなんだよ。なーんかTwitter絵描きの独特の文化として「創作クラスタ」ってくくりが出来てる気がする。

創作クラスタ」ってわざわざbioにかくんなら、それ相応の創作物だせ。作品かけ。

きっと今やってるぐだぐだの馴れ合いより成長できるし楽しいはずだよ。

2013-09-25

佐賀5万円タブレット公共事業

 佐賀県が県立高校に5万円のタブレットをばらまこうとしている。

   朝日新聞タブレット個人負担撤回を 佐賀嬉野市議会意見書 http://www.asahi.com/edu/articles/SEB201309190005.html

 ネットでは「高すぎ、泥タブなら2万で済む、俺ならiPadが欲しい」といった意見が見られた。

 このニュースを読んで、私は喉に小骨がつかえるような違和感を感じた。

 どうして教育の中身を、何を教育するかを論点にしないのだろうか?

 タブレット端末は、教育を行うための手段に過ぎない。

 生徒を教育するという目的が達成されるのなら、タブレットでもスマホでも大学ノートでも構わない。

 手段ばかりが、ハードウェアばかりが論題にされている。

 どこかで見たことのある構図だなと思ったら、まんま公共事業とそれに対する批判の図式と同じだ。

 地域住民の便益や産業振興といった目的は棚に上げられ、いきなり「道路を作る、ダムを造る」という話になる。

 それで反対する人たちは「税金無駄遣いだ」と言う。

 納税者利益を増進させることが目的なのに、その手段でしかないインフラ整備ばかりが議論される。

 肝心の目的納税者にどんな利益があるか)は後回しにされるか、場合によっては全く議題にのぼらない。

 実のところはインフラ整備そのもの目的から、こういう議論のスタンスは『正しい』とも言える。

 佐賀タブを批判したい人は、論点を変えなければ勝てない。

 ハードウェアについて議論している限り、どっちに転んでも(無償配布 or 実費負担教育の質を高める建設的な話にはならない。不利益佐賀高校生かぶる

 ちなみに、もし私が佐賀高校生だったら、ヤフオクに「これが噂の佐賀5マソタブ!」と銘打ってガジェオタに高値落札させる。

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