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はてなキーワード: 法家とは

2018-09-28

儒教文化法家思想

儒教文化では法律は「冷たく不完全」なもので、仁徳のある為政者法律を超越して善政なすことが理想的状態である

まあ、水戸黄門であり、暴れん坊将軍である法律の届かないところで悲しむ国民お上が超法規的に救うことを良しとする価値観である

銀英伝のいう最善の専制政治概念である

まり法律無視して民の声に応じるのが、儒教文化における理想的為政者であり、法律に則って国民の声を無視するのは儒教的観点からすると良い為政者ではない。

かの儒教国の政治法律に則っていない、とか、国民感情第一国際ルール無視している、というような批判はだからうまく通じない。

なぜなら「国民感情を優先して、法を曲げること」は儒教文化の中にあると「良い事」だから

というようなことを海軍旗の話し見ながら思った。

2018-06-16

anond:20180615141805

おいしく焼くのは難しい

中まで火を通してかつジューシーが難しい

自分でやったらレアかウェルダンかその療法家の3つでミディアムができない

2016-12-25

http://anond.hatelabo.jp/20161225100154

そもそも契約概念日本人には無いんだからしょうがいない

キリスト教の神と人間関係契約の元になってる事しってる?

中国法家とは違うんだよ

2013-11-03

民法出でて忠孝亡ぶ(民法出テゝ忠孝亡ブ):穂積八束

一理あれば一害あり。私法家は個人平等の極端に捗りて社会の秩序を害し易く,公法家は権力相関に偏重して世運啓発に伴ふことを怠るは,各 其(の)専らとする所に於て免れざるの弊なり。唯 此の二元素 相 調和して始めて国家法制の美を成すべしと雖,我邦 維新以來 社会の改新を謀るの急なるより,明治立憲の法度,或は専ら私法家理論に偏傾したる跡なきにあらざるが,豈に後世史家の浩歎する所ならざるを知らんや。

我(が)国は祖先教の国なり。家制の郷なり。権力と法とは家に生れたり。不羈自由の個人が森林原野に敵対の衝突に由りて生れたるにあらざるなり。氏族と云ひ国家と云ふも家制を推拡したるものに過ぎず。権力相関を指摘するの呼称は異なりと雖,皇室の嬖臣に臨み,氏族首長の其(の)族類に於ける,家父の家族を制する,皆 其(の)権力の種を一にす。而して之を統一して全からしむるもの祖先教の国風にして,公私の法制習慣 之に由るにあらざれば,解すべからざる者 此々 皆 然り。之を要するに,我(が)固有の国俗法度は,耶蘇教以前の欧羅巴と酷相似たり。然るに我(が)法制家は,専ら標準を耶蘇教以後に発達したる欧洲の法理に採り,殆んど我の耶蘇教国にあらざることを忘れたるに似たるは怪しむべし。

耶蘇教以前の欧洲の文化は希臘(=ギリシャ)羅馬(=ローマ)の盛世 之を代表す。当世の史料,素より富胆なり。之を詳にする難きにあらず。況や如今 法制史の大作,クルチウスの希臘(=ギリシャ)に於ける,モムセン及(び)イエリングの羅馬(=ローマ)に於けるあり。専門の士にあらざるも之を窺ふに易きのみ。古日耳曼(=古ゲルマン)に到りては僅(か)にタシタスセーザルの記傅に由ると雖,方今ワイツ以下 古独(=古ドイツ)法制 探究する者少なしとせず。而して耶蘇教以前の古(日?)耳曼(=古ゲルマン?)の制度は,期せずして希臘(=ギリシャ)・羅馬(=ローマ)と其(の)跡を同ふするを発見するときは,耶蘇教の欧洲に入らざりし以前は汎く印度・日耳曼(=ゲルマン),人類に通ずるの主想ありしこと知るべきなり。

欧洲固有の法制は祖先教に本源す。祖先心霊を崇拜するは其(の)建国の基礎なり。法制史は法の誕生を家制に見,権力の源泉を家父権に溯る。然れども何が故に家父権神聖なりやと問はゝ,之を祖先教の国風に帰一せざるべからず。祖先の肉体存せざるも,其(の)聖霊,尚(なお)家に在りて家を守護す。各家の神聖なる一隅に常火を点して家長之に奉祠す。是れ所謂 家神なり。祖先神霊なり。事細大と無く之を神に告ぐ。是れ幽界の家長にして,家長は顕世に於きて祖先の霊を代表す。家長権の神聖にして犯すべからざるは,祖先の霊の神聖にして犯すべからざるを以てなり。家族は長幼男女を問わず一に其(の)威力に服従し一に其(の)保護に頼る。

一男一女,情愛に(由?)りて其(の)居を同ふす。之を耶蘇教以後の家とす。我(が)新民法,亦(また)此(の)主義に依れり。之れ我(が)国 固有の家制にあらざるなり。是れ欧洲固有の家制にあらざるなり。欧土の古法は祖先の祭祠を同ふする者を家族と云ふ。家神は其(の)子孫にあらざれば之を守護せず。各家に其(の)神あり。之を絶滅することを忌む。家運の恒久を顕するなるべし。共に同一の神火に頼る者を家族と云ふ(古語家族とは神火を同ふすると云義なり)。後代,或は家長権の及ぶ處(=ところ)を家属とし,必(ず)しも血縁の因のみに限らざるの制あり。然れども,民法家が我(が)国に行はんとするが如き家とは,一男一女の自由契約婚姻)なりと云ふの冷淡なる思想は,絶(え)て古欧に無き所なりとす。婚姻に由りて始めて家を起こすにあらず。家祠を永続せんが為に婚姻の礼を行ふなり。茲(=ここ)を以て,古法は娶らざるを禁じ,叉 子無きときは婦を去ることを認め,或は他姓の子を養ふて家祠の断絶を防ぐ,皆 古欧の家制は今の家制と其(の)主想を異にし,祖先教に本源することを証するものなり。之を我(が)国 非耶蘇教の習俗に照応するときは相似たる者あり。欧洲は,彼の宗教行はれしより,独尊の上帝は人類の敬と愛とを専有し,子孫また祖先の拜すべきを知らず。於是乎(=ここに於いて?)孝道 衰ふ。平等博愛の主義 行われて民俗血族を疎んず。於是乎(=ここに於いて?)家制 亡ぶ。而して個人平等社会を成し,個人本位の法制を以て之を維持せんと欲す。フュステル・ド・クーランジ(ュ)は法制史の大家なり。其(の)古欧家制を解説するに序して曰く,人が「其(の)父,若(しく)は祖先を崇敬(アドレ)すると云ふの事(?)は吾人の信じ難き所なり。然れども是れ事実なりき」と。嗚呼耶蘇教国に於きて耶蘇教人に孝道を説明するの難(し)き,此の一言を以て証すべし。我(が)国 未だ他教を以て祖先教を一洗したるにあらざるなり。然るに民法の法文,先づ国教排斥し,家制を破壊するの精神に成り,僅(か)に「家」「戸主」等の文字を看ると雖,却(っ)て之が為めに法理の不明を招く空文 無きの優れるに若かざるなり。嗚呼,極端個人本位の民法を布きて三千余年の信仰に悖らんとす。而して一方に於きては,或は耶蘇教旨の我に行はるゝを欣ばず,強(い)て忠孝の国風を保持せんとす。哲学家は巧妙の弁あるべしと雖,法制史家の眼中に於ては孝道は祖先教家制の影なり。法制 先づ其(の)実体を亡(ぼ)し,教育行政は其(の)影の存せんことに汲々たり。史家は其(の)前後矛盾を笑なるべし。公法権力相関の秩序なりとは,予が公法の講堂に出入せし人の聞(き)飽きたる説明なり。然れども,公法研究は,期せずして復た此(の)原則に帰納せらるを得ざるなり。仏人フラフの近著,亦 権力相関の源泉に遡り,制度の変遷を詳(ら)かにせんとす。諸家 皆 其(の)本源を古の家制に帰す。家は家父権 之を統治す。家父は家属に対し殆んど無限威力あり。後世の羅馬(ローマ)法家 之を夫が婦 及(び)子に対して天然に優れるの実力に帰せんとす。蓋(し)誤解なり。家父は夫 若(しく)は父たるの身分に由りて此(の)権を有するにあらず。権力の源泉は祖先の霊にあり。家を守護するの家神は家属を制裁するの威あるべく,子孫の祖先の霊に服従すべきは,之を顕世の代表者に移すことを得べし。古代「バーチル」の語,常に母の夫を指すのみならず,汎く有権者を呼びたる例なしともせず,亦,以て家父権は法の源たること知るべく,法は神聖なりと云ふ語の完全なる意味をも解することを得べきなり。耶蘇教の入りしより家父権 衰ふ。祖先の霊は子孫を守護するの責を免れ,父子夫婦 同じく唯一上帝の前に平等なり。祖先及(び)父を崇敬するは,神を侮辱する者なり。法は俗界の制 何ぞ神聖と称する事(?)を得ん。博く汝の隣人を愛せ,一視同仁の天帝血縁の濃淡を認めざるなり。家制 豈(に)久しきを保たんや。家制 衰へてより近代国政の基礎を固ふするに到るの間,欧洲の社会権力相関の中心を失うこと久し。是れ法度 弛廃し,豪族(が)割拠(し)優者(が)専恣(する)の世とす。僅(か)に其(の)社会を救ふたるもの耶蘇教の力 多しとす。「神聖なる羅馬(ローマ)帝国」は実に宗教の力に頼りて其(の)主権名分を正し,人心を維持することを得たり。若(し)欧土にして急激の祖先の教法を棄て耶蘇教を入るゝことを拒みしならば,欧洲の社会道徳法制 其(の)跡を絶ちしならん,後人の鑑むべき所なり。耶蘇教の希望する個人を本位とし世界を合同するは,欧土 尚 之を実践する能はず。家制を脱し族制に遷り,方今は国家を以て相(い)依り 相(い)携ふの根拠とせり。家制主義 既に及ばずとするも,国家主義を以て法制の本位と成すべきなり。史家は一躍 三千年来の家制を看ること弊履の如く,双手 極端個人本位の法制を迎へんとする我(が)立法家の大胆なるに駭(=おどろ)くなるべし。萬世一系の主権は天地とともに久し。其(の)由る所 或は祖先の教法家制の精神捗るなきか。所謂 君子国の美俗は,祖先教を撲滅し,又,新教を容れず,唯 学校修身教課書を以てのみ保維することを得るか,史学の一好試験なり。

(法學新報第五號 1891(明治24)年8月15日。『穂積八束博士論文集』(有斐閣1943年)を底本とし,表記を現代語に改め,適宜 句読点 及び送りがなを補った。)

2011-11-19

http://anond.hatelabo.jp/20111118021438

マジレスしてみよう。

働く意味が分からなくなったんじゃないですか?

金融やさんってことは、取り敢えずお金を増やす仕事ですよね。

仕事でもお金を増やしていたでしょうし、個人でも相当おありでしょうが

そのお金を「何に」つかいたいと思っていたんでしょうか?

会社で使える金額を大きくして、どうしたいのか。

個人でお金を貰って、どう生きたいのか。

人の意見じゃなくて自分の考えで決然と「これ」っていうものがあったのかどうか。

俺はこれで生きていく、っていう考え。

まあ普通は、別に無くても何となく生きていけるかもしれないけど、

貴方はそこんとこに気づいちゃったんじゃないですか?

気づいて無力になるだけならいいけど、死ぬのはまだ勿体ないと個人的には思う。

甘えだろうが何だろうが、働かなくていいよ。

で、そのうすーい気の抜け切ったサイダーみたいな人生が嫌で

おかしいぜ、助けてくれ誰か!って思うんだったら、心理療法家を探してください。

臨床心理士カウンセラー精神衛生保健士精神分析的療法家、とか色々あるけど

まあ探して見てください。

取り敢えず臨床心理士がいる精神科クリニックなどいいのではと思います

仕事を止めて数カ月、全く気力が出ませんどうしたらいいのでしょう」

とか言って駆け込みでもしたらテストでも受けつつ面談が始まるはずです

で、話してる人と話が合うか見極めて合いそうなら週1~でカウンセリングを受ける。完璧

これからはそちらで貴方の思うことを吐き出してください。


精神分析療法やキチンと心理療法を学んできた臨床心理士にめぐり合うことができれば、

今の悩みや不安を受け止める人はいるはずなんです。というか、臨床心理士は本当はそういう人を相手に

一緒に考えてくれる専門の人です

要は貴方が本気でどうにかしたいなら、多少お金はかかっても、話を聞いてくれる

怪しくないカウンセラーを見つけ出して、定期的にカウンセリングを受けた方がいいと思います

カウンセリング健康保険対象外なので、60分5000円が毎週とかでかかります

そんだけかけても惜しくないと思うようにガッツリ話してやってみてください。

調度暇もあるのでしょうし、回復への道を探しているという世間体ももてます

実際カウンセリングで何をするか、は貴方次第ですが、手ごたえのない生活から

脱出するためのきっかけは、探すのを手助けしてくれるはずです

恐らく今の貴方には即物的に働けとかアレしろこうしろというのは

無意味だと思われます。本来的には内面を考える時だと思います

ぶっちゃけて言えば宗教みたいなものを考える時です

どうやって生きて、どうやって死んでいくか、考え直す時。

既存宗教に頼りたくないなら思想家でも哲学でも伝記でも精神分析でも心理学でもなんでもぶち込んで

日が暮れるまで考えればいいと思います

この時、表面上、医師(とカウンセラー)にかかって復帰に向かっている

と言えると精神衛生はとても良いですお勧めします。

2011-10-01

子供ポケモンマスターで多額の賞金が稼げるように英才教育したりして

http://anond.hatelabo.jp/20111001152509

それで、子供が、音楽プロにしようとやらせすぎると音楽が怨が苦になるように、ポケモンマスターオーバーアーチバーみたいになって、そんな人が増えたらポケモンマスター燃え尽き症候群とか名づけられて、金儲けしようと企む心理療法家も出てきたりしてw

2011-09-27

増田啓蒙しよう!OH! とかないよね

病院行った方がいいって言う人、どういうところか知ってる?

まあそれは、酷いところも良いところもあるって事で、置いといて、それを言おうとしたんじゃなくて


精神科だけじゃなくて、心理療法も、あれって広義の意味では人権侵害を含んでる

事になる。法律的には。

から、本当は治療の前にカウンセリングなんかでも、カウンセリングを受けることを納得して受けます、みたいなものを書かされたりという事もあるらしいと聞いた

書いたこと無いけど

なんでそれを書かせるかと言うと、訴えられたら治療者側が負ける可能性があるからだろう

実際損害賠償請求になってるの見たことあるカウンセリングで。

なんか変なものを心理なんとかって流行らせるから、そういう態度が当たり前みたいに思われたり、変な権利みたいに勘違いされちゃってるかもしれないけど

カウンセラーや心理療法家のやってる事って、プライバシー権侵害を含んでるから、嫌だったら、犯罪者でも黙秘権があるのに、それはプライバシー権侵害です!とはっきり言った方がいい。

カウンセリング受ける状態の人や、受ける必要がある状態って、自主性や主体性がなくなってるからそれを取り戻すという意味合いがある思う。 抑圧により、自分の意思が自分で確認しにくい状態

そういう人に付け入ったり、利用したり、騙したり、洗脳したりするのは、割と簡単だったりするんじゃなかろうか


適応症状起こしたわけじゃない顔面神経麻痺で、市立病院の口腔外科(ほんとは耳鼻科で診ないといけない)→違う市の大学病院神経内科→そこの神経科 と回されてカウンセリング

親の職業学歴、友人の数や、もっと何だったっけな、プライベートな事も下調べのようなもので、聞かれた。 ア、成績だ! 成績は?と聞いてくる。そんなの自己申告だし、どういえばいいのかと思った。

色々聞いた後、自分性格についてどう思うか?と聞く。 なんかその前からの質問も、クライアント内省強要しているような、印象を受けたし、圧迫感がない事も無かったが、 顔面神経麻痺と親の職業と何の関係があるの?と思えるけど これが不適応状態にある人なら、全てをクライアント内面に原因や責任を求めているかのようで、なんかおかしいなと思った。 顔面神経麻痺病気からそれ以上でも以下でもないけど、不適応症状だと本人も悩んだりしてるかもしれないのに、それをさらに追い詰めるような事や、勘違いされそうな事を質問として並べるのもおかしい。


心理学カウンセリングの考え方と随分違うなと思った。


顔面神経麻痺は、ほぼ治って左右の眉が思いっきり上げた時に、1ミリくらいずれるというものだった。それで何かストレスでも?なんて回された日には、かなわない。

人間の顔って左右が正確に対照的な人の方が少ないらしい。元々1ミリくらいずれてたかもしれない。

2011-09-20

ACは疑似科学ではないか

科学なら、専門家が出てきて疑似科学似非科学を批判してたのに・・・

自称ACではなく、自称AC専門家自称AC心理療法家は、どこのどういう学会でどういう論文を発表し、どういう風に評価されたのか、客観的に分かる形で示して欲しいものだと思います。(論文はあっても正式の医学学会のではないものが多い)

http://anond.hatelabo.jp/20110919235051  の続き

多すぎたのか最後が入らなかった。    

上のに入らなかったので

731 :優しい名無しさん:2007/07/06(金) 10:14:11 ID:dSHhKWfW

1990年には、米国の3つの物質依存治療センターで、アルコール依存症治療中の患者を対象に、

親のアルコール依存症の有無によって2群に分けて調査を行い、

その結果、米国の正統派の精神科の診断基準マニュアルであるSM-Ⅲで、

その2群にはまったく統計的な有意差は認められなかったと報告し、

アダルトチルドレン(AC)そのもの存在しないとした。

http://mimizun.com/log/2ch/utu/1175555457/

ACを自認する人を責めたり疑ったりするつもりはありません。

上記スレには、少し責めたりしてるレスもあるかも。

前の日記にも書きましたが、このレスの元の論文そのもの論文検索サイトで探しても、見つかりませんでした。英語なので探しにくいです。昔のだという事もあります

わかる方いらっしゃいませんか?


http://www.geocities.co.jp/Berkeley/3653/archive/kato01.html   アダルト・チルドレンの語られ方  -雑誌記事の分析より- 加藤 篤志 『茨城大学人文学部紀要 コミュニケーション学科論集』No. 4 (1998年9月発行) 165-180ページ所収

http://www5.ocn.ne.jp/~misuzu/tamaki.html  書評心理学化する社会」 -精神医学という名のメタなる怪物-

上記レスの調査ではないようだけど、フロイト先生のウソという本でも、虐待連鎖については差はあるものの、8%と12%なので、大した差では無いという事になったと書いてあるらしいです

http://psychodoc.eek.jp/abare/ac.html  中立的なもの見方精神科医意見 精神医学界では冷遇されているとしながらも、頭から否定はしていない。1999年書かれたもの。ちょうど流行りかけのころか。

その中にもこう↓書いてある。 

ACとそうでない人々の間に統計有意差はなく、ACなんてもの存在しないと主張する研究者もいたりする。

2011-09-19

はてなブクマから辿ってったら、またこの問題に出た

http://anond.hatelabo.jp/20110906150347

読んだけれども全部は内容を把握できてないかもしれません。アダルトチルドレンというのは、ずっと前にも自分の今は使ってないgreeの中にも書いたのですが、アダルトチルドレン オブ アルコリック の前の部分だけを取り出したもので、アルコール依存症患者とともに子供時代を過ごした人(今は大人)について、を指す言葉で、その人たちが大人になった時に同じような精神症状を示し、それがどうも過去に起因するのではないかと、精神医学の分野の人たちではなく、アメリカで心理療法家や臨床で精神的な問題を抱えた人に心理的なアプローチをする実際に身近にいる治療者たちから、言われ始めそのような研究論文も(英語論文サイトで見た事もある)少しはできたりしてたらしいです。(少しはと書いたのはアメリカが元だけど、そんなにアメリカで持て囃された理論でもなかったと思うから)

しかし、虐待連鎖については、調べてみたら有意な差は認められなかったという結果が出た事もあったと、日本精神科医サイトで見たこともありました。(この元の論文は探してるけどまだ見つけてない)

日本では、虐待連鎖理屈や理由や統計は求めらずに一部専門家が言ったら、確定事項みたいに流布してしまっています。ACの流行の盛りは過ぎたと思ったのに、質問サイトはいまだに虐待連鎖心配して、被虐待者が自分が将来虐待するのではないか相談しています被虐待者に不安を与えて信者にして儲けようとしている人もいるかもしれないと思ってしまます日本精神医学学会ではACというものには懐疑的らしいです。なぜかというと、アダルトチルドレン オブ アルコリックの人の症例や理論拡大解釈し過ぎだし、誰にでもあるような事や、大して問題とも言えない事まで問題視する本をAC理論を唱える関係者がを出したりしてたかです

虐待により精神的な問題を抱えるようになった人たちがいるのは事実だと思います。その人たち(自分もかもしれませんが)に適切な治療の場やサポートが与えられる必要はあると思います。AC本批判の医者の中にも極端な考え方をしている人も居ると思います。 精神症状の原因を外部に求めるのがいけないという書き方の本もありますから。どちらとも決め付けられない事だと思います

こんなふうに意見が別れるのも、抽象的でどちらとも言えないもの決め付けられないものを、AC本は決め付けてしまっているからだと思います

極端な考え方のものはともかくとしても、精神医学系の学会が、ACという考え方に関して疑問視していたと知って、書かれた疑問も読んで、ほっとはしたものの、なんだ、自分が思ってた事と同じではないか!もっと早く言ってよ!!と思ったことはありました。

認識の問題とか、自分の回復のために、そのような問題を書き綴って確認作業のような事をするのは、本人にとって害はないからよいと思いますが、お金を払って治療を受けに行くと、信者にされる可能性もあると思います

.

昼間に書き始め、途中でやめて、また書いているので、最初言いたかった事とずれてしまたかも。

.

こういう問題について書こうとするとよくわからなくなってくる。

ただ、アダルトチルドレン オブ アルコリックは、アルコール依存症患者とともに育った子供時代を持つ大人を指すので、例えてみれば、中国残留日本人孤児の人たちが今は大人なのに孤児と呼ばれているので、中国残留孤児だった大人と正確に呼び、その後半部の「孤児だった大人」の部分だけで呼んで「孤児だった大人」「孤児だった大人」と呼んでいるようなものだと思うから何だかこっけいな感じがしてしまうのです・・・

自分が書いたものでも、つい「アダルトチルドレン」と繋げて書いてしまいました。 これを言うなら「アダルト チルドレン オブ アルコリック」とすべきでした。その方がわかりやすかった。子供だった大人、どんな子供? アルコール依存症の人と一緒に居た、ということだと思うんで、そこから、心は子供体は大人、とか 見た目は大人なのに中身は子供で、そうなってるのは本人のせいではない、みたいな理論とか、大人になれない子供とか(これは批判のように捉えて嫌がる自分はACだと思ってる人もいるみたいだけど)、子供時代を失った子供とか(これはある意味そうなんでしょうけど、それを指摘して何になる?当事者でもない専門家が親切にもあなた子供時代を失ってますよ~と言ってくるというこっけいさ。それって親切なの?かわいそう攻撃じゃないの?) 子供時代に大人の役割をさせられた子供とか(これもそうかもしれないけど、それをACと称する事に、関係者お布施を募る事ができる以外、何の意味があるかわからない) ...etc 

これらの状態を アルコール依存症の人と一緒の子供時代を送って育った大人、とどう結び付けていけるのかわからない。

アダルト・チルドレン という響きが、聞こえが良かったのではないか? 自己愛的傾向を持つ人々の心を掴むのに、格好のネーミングだったからではないか? 

.

子供時代に受けたトラウマが、精神症状を引き起こす事はあると思います。それを否定するものではありません。それに対しては個別にそれぞれの現在の状態に合わせて対応するべきだし、親に限らず他人から受けたトラウマ精神症状が引き起こされる事はあるでしょう。親と言う人と接するのは、自意識自我が発達してなくて判断力がない時期からから、混乱させられやすいという事は言えるかもしれません。

.

アダルト・チルドレンというものを考える上で、こういう事も念頭に置いた方が良いのでは無いかと思ったので書いてみました。

心に傷を持つ人、空虚ものを持つ人、家庭に問題があった人、孤独な人、こういう人は都会に出たら、何とか商法や、壷や絵を買わされやすい傾向にあると思います。怪しい宗教なんかも付け入ろうとするかもしれません。(孤独なお年寄りが布団売りつけられるようなものです。)

それよりはマシかもしれませんが、本買ったり心理療法に通わされたりするのも、同じような面もあるのではないかと思います

手を変え品を変え、有名人を引き込んだり、NHKで有名作家カウンセリング体験を語らせたり・・・

これで得をするのは誰でしょう?

.

追記

アダルト・チルドレンキーワードになってたので、読んでみたら

今はACは、機能不全家庭で子供時代を過ごした子供たちの総称になっているそうです

機能不全という言葉で用いられている機能というものが、そもそも抽象的なものしか無いので、そのあたりが問題ではないかと思います

自助団体 (自助という言葉適当かどうかわかりませんが、そう自身で名乗られているので) からも、AC本の人には抗議文が送られていると、はてなキーワードで見ました。やっぱりねw

わかるとは思いますが アダルトチルドレンではなく、キーワードがACなので、リンク貼っときます。 http://d.hatena.ne.jp/keyword/AC

追追記

837 : 没個性化されたレス↓ : 2010/04/20(火) 00:09:36

ACを商売にしてる人はACに根拠が無い事がばれてくると今度は

「負の連鎖」とか「虐待連鎖」というこれまたまっったく根拠の無い概念

新たなお店を開いているようです

838 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/01(土) 18:57:32

根拠あるでしょ。十分に。

839 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/02(日) 13:58:54

ACに根拠があるかどうかに関わらず、

(傷付きやすく騙されやすい)ACターゲットに商売をする人たちは

たくさんいるから、警戒が必要ということはいえると思う。

距離の近い親の本質を暴くことは、世の中の危険な人の本質を見抜くよりも簡単。

世の中、表面的にはイイ顔をしてても、中身は毒親みたいな搾取的な

人間はいっぱいいるんだなと思う(むしろそんなやつばっか)

善意からAC関連の活動を行なう人の助けを得るにしても、

人間誰しもそうだけど)その人だって完全ではないのだから

自分有用とは限らないから、

結果として騙されたり、時間無駄にすることだって多いのかもしれない。

ACが自身の主体性を取り戻し、社会性を得ることの難しさに、

問題の本質の一つがある気がしま・・・

840 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/08(土) 19:27:01

問題の本質ACが根拠のないウソ概念なのに

それに騙されて身動き出来ない人がいるということ。

ACが自身の主体性を取り戻し、社会性を得ることの難しさに、

> 問題の本質の一つがある気がしま・・・

ウソ概念で騙されているんだから主体性を取り戻せるわけがない。

ACというウソ概念で人を騙して人の人生台無しにして

カネを搾り取ったがもうカネも出て来なくなったら主体性を取り戻せという。

AC業者の糞なやり方には本当に腹が煮えくり返る。



986 : 没個性化されたレス↓ : 2010/06/29(火) 22:37:15

アメリカソーシャルワーカー達がアダルトチルドレンという無根拠なレッテル貼りを始めてから

もう40年という月日がたってしまった。

それを利用したAC業者やマスコミが被害を拡大させて、日本でも30年近くこの無根拠な概念暴威をふるった。

このAC概念は無根拠なくせに極めて専横的で疑いを許さなかった。マスコミAC業者がそうさせなかったのだが。

AC概念は人々を苦しめ、裁き、断罪し、この概念くびきのもとで生きる事を強い、いささかの救いの道をも与えなかった。

ACは無根拠であるが故に疑いを許さなかった。ヒットラーのように。北朝鮮のように。

人々はACという強制収容所に入れられたようなものだ。

AC収容所人間は小石のようなあきらめをしゃぶり乾きを癒すしか無かった。

私はACからしょうながい。私はACからここにいるんだ。

ACに根拠は無いのに。

そして強制収容所の人々が「ここにいるから私は友と知り合えて生きていること許される」と心理的な合理化をするように

AC知ったからこそ私の人生がある」と合理化をするようになる。

商業主義の暴虐に痛めつけられ囚われの身となった人の心が、最後の誇りを失わないようにするために

心が最後防波堤を築き、なんとか自分を守ろうとするのだ。

強制収容所に30年幽閉された人が解放されてもとまどうように。

30年と言う月日をAC商業主義の暴虐に晒された心に「ACには何の根拠も無い」

と言われてもすぐには受け入れらないのはもっとなことだ。

このスレも次スレもこうしたAC被害者リハビリをどうするかという問題も検討されるべきだろう。

http://logsoku.com/thread/academy6.2ch.net/psycho/1035617398/

某巨大掲示板ログですが、学問板なので、それなりにそれなりのモノの見方をする人も出てきてますが、残念ながらACと言われる人を責めるレスも時々ありますしかし、それに反論レスもあります。反論するのはAC理論が正しいとは思ってない人たちの場合も多いです。AC理論は否定するけどACと言われる人たちの中には精神的な症状がある人がいるのも事実だろうという認識です

AC理論を唱えて儲ける専門家たちは、自分たちにとって一番楽な状態の人しか相手にしません。具体的な事をしなくて良くて、心理的なものの具合だけを診ていれば良い状態の人、過去の事で精神的に問題がある人、これらの人たちなら過去の事だから、今現在具体的に人権救済しなくてよいわけだし、ただでさえ、親の事で肉体的な暴力でもない精神的心理的抑圧なんて、そんな昔の事で・・・と言われるのが落ちで、グチや不満ではなく本当にわからなくなったり混乱したりして話したとしても、親の変な話をするというふうにしか受け取られなかったりする傾向にあるから、そういう専門の心理の療法家しか自分たちの事をわかってくれない!と思いつめさせそこに依存させたり、信仰させたりする事もできる。

自分たちのところに来ない人たちの事はサバイバーと呼び、さも来ないのが変みたいに思わせる。

成人後も困った親から逃げている人たちもいる。そういう人は助けないのだからおかしい。

413 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/22(木) 10:43:37

わたしはAC概念に救われました。

おばさんになってからの自認でしたから、既に生き辛さへの改善は進んでいたのですが、

やっかいなのが嗜癖と、自責の念でした。

嗜癖と自責の負のループに陥っていたのですACと自認した途端、解放されました。

ACと自認する事の利点は3つあると思います

1. 自分を認め許す事ができ、自己肯定感獲得につながる。

2. 思考の偏りの起因を知り、改善が進む。その際自己嫌悪から解放される。

3. 自分が得るべき支援が分かる。(支援が必要な場合

AC論が正しいとしても、正しくないとしても、また自称だとしてもそれが役に立てば良いのではないかと思います

極論、機能不全家族が原因で無いとしても、その考えに辛さを預けて進めれば良いのでないかと。

ただ、AC免罪符であってはならないのでしょう。自己努力が不可欠であり、その時こそ、AC自認が有効に働くと思います

ACだったらこうすれば良いという特効薬もないと思います

(意外にこの特効薬を求めてACを知りたがっている人が多いような気がする)

今抱えている問題は過去に起因していても、今の自分の問題であるという事ですよね。

414 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:00:50

>413

誤った疑似科学概念が人に仮の安定をもたらすというのはよくあることだ。

星座占い血液型占い宗教インチキ心理学

仮の安定が幸せならば特にその幸せを奪おうという気はないが、

ここは学問板なので出て行ってもらいたい。

またそうした方が幸せは長続きするだろう。

学問は常に激しい嵐のような批判的検討に晒される。

それに耐えうる概念のみが生き残る。

あなたが安定を得たはずの嘘概念AC虚妄であるという

事に気づいているからこそ、

あなた学問板に書き込んでいるのではという気もする。

415 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:52:07

仮の安定ですか。

仮の概念により得た安定の方が私にはしっくりきます勘違いなのかな?

「嘘概念AC虚妄であるとも、ないとも分かっていません。

そういう意味でも学問板に書く資格が無いのは確かでした。本当にそうですね。

申し訳ありませんでした。

書き込みはしないようにしますが、時々見に来ますね。

416 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 11:59:34

>415

例えば「全ては神の思し召し」ということで安定する人もいる一方、

この世の物質のと生命精神のふるまいによるカオスに直面し、

そこと格闘しなんら安寧を獲得せずこの世を去る人もいるわけです

AC概念は控えめに言って「視点を固定した時そう見えるだけという誤認」にすぎません。

もし過去ログを読み現代の研究も読み進むなら、

あなた信仰と安定はおびやかされるかも知れません。

それでもよければどうぞ。


親に対して、細かい指摘ができる(細かく正当な指摘ができると言う意味)はてなブログの方でも、心理療法家についてはあまり疑ってないみたいだったけど

この方の親程度に自分に都合が良い事をするその手の専門家はくさるほどいると思う。

精神科医でも、ACとはまた別の話で、NHKでもうつ病の薬について、医者がわかっていて儲けのために依存させる事もあるかのような特集も前やっていたのを見た。わかっててやったかどうかはわからないが、今は規制されてると思うけど、リタリン依存症を起こし、離脱症状などでわけがからなくなりまだ若くて健康だったのに、自殺されてしまった方の遺族が訴訟を起こしていたのもニュースで見たことある

質問サイトでも、精神科医批判でこんなのがあった。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271342947  目を通すだけでも通してほしいのですが、(タイトル)

抜粋

心療内科精神科に行ったら、もっと惨めな気分にさせられ実際泣いて帰ってきた…

>そこ、ハズレですから別のところへ行きましょう。

>これはあくまで私の私見ですが、

精神科医の半分強、カウンセラーほとんどが、ほんとうはその本人がケアを求めていると私は思っています

>「最近うつでもないのに来る人が多い」

>「あなたは甘えている」

>という言葉の裏には、

>「私はあなたより苦しいのに、なんであなただけ治療を受けられるんだ!私だって甘えたいんだ!」

>という、その医者個人の叫びがうかがえます

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1425822034  うつ病の診察中に精神科医から言葉精神的ショックを与えられました。

はてな日記の親の心理的搾取理性的に指摘されている方も、機能不全という言葉は信じて使ってらっしゃるようでしたし、自分精神科医にかかった時に、医者に言われた事で、微妙な事でカチンと来た事や無駄アドバイスだと思ったと言うような指摘は書いてありましたが、精神医療構造的な欠陥 (昔 医師会の当時の会長に「家畜経営」と言われた精神病院経営の仕方など、自分たちの利益のためなら人を壊す事も構わない、人間を獲物にしてる) までは、関係ないからという事もあるでしょうけど、全然言及されてません。

弱みがある人間が行けば、いい餌食にされる可能性は、弱みの無い人より高いと思います。 悪い医者ばかりではないと思いますが、精神医療はいろいろと矛盾を内包して闇の部分が多すぎます

ACというものについては、学問板といっても、2chなのでスレ内では、自称とか言って責めるような意見煽りとして存在してました。しかし、アダルト チルドレン オブ アルコリック でも アダルト チルドレン オブ アビューシブ ペアレンツ でも アダルト チルドレン オブ ディスファンクショナルファミリー でも アルコール依存症の人と一緒に子供時代を過ごし大人になった人 という意味や、虐待する両親の元で子供時代を過ごした大人 という意味や、機能不全家庭で子供時代を過ごした大人 という意味なら、ACは居る、存在している、と言えると思います

しかし、AC専門家サイトで13の特徴とか、非科学的な啓蒙活動をするのは、間違っているのではないかと思うし、そこに挙げられているようなACというものについてなら、居ない と言えるのではないかと思います

科学なら、専門家が出てきて疑似科学似非科学を批判してたのに・・・

自称ACではなく、自称AC専門家

2010-03-31

アジャイル開発とカウボーイプログラミングについて

来談者中心療法が初めて日本に入ってきた時の話を思い出した。

心理療法家面接を逐語的に分析して今のは受容が足りなかったとか言ってたって話。

理論と洞察を無視した方法論の適用って悲しいものだね。

2009-07-05

http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2618041/4331288

よくぞやってくれた。

ポジティブ一辺倒になるアンバランスを正してくれた。

ブックマークで、精神療法では常識とされている、みたいなコメントがあるが、そうなのか。知らなかった。少なくとも私の周りの心理学者精神法家カウンセラー先生方でそういうことを明示的に語った人はいなかったから。

論文を直に読んだわけでもないので、何とも言えないのだけれど。

たぶん私としては、ネガティブな思考・言葉存在価値とか正当性とかを取り戻してくれる根拠になるのがうれしいのだろう。

 
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